Building Development

賃貸ビルは長期安定収益を目指した事業です。当社は賃貸オフィスビルと賃貸マンションの開発で多数の実績があり、オフィスでは80棟超・マンションでは東京建築賞(東京都建築士事務所協会主催)を3回受賞等数々の実績があります。

当社はビル開発に伴う、全ての業務を行います。

Subject
  • 開発プロデュース

    土地のポテンシャルを最大限引き出します。まず敷地周辺エリアの市場を調査し、競合となるオフィス・マンションを分析します。敷地を踏まえ、最も競争力のあるプランを検討し、建築企画プランをご提案します。
    土地取得から資金調達サポート、建築企画プラン、事業計画、設計、工事監理、テナントリーシング、運営管理から長期修繕・リノベーション対応まで、ビル開発に伴うすべての業務を一貫してご提供します。
  • 建築設計

    感動する建築、見た瞬間に素晴らしいと思えるビル(オフィス・マンション)を設計します。

    地域で最も高い賃料を設定できるビルを設計します。 長期的に価値が持続し、稼働率の高い賃貸ビルを設計します。

  • ワンストップ

    当社は新規ビル開発に伴う、全ての業務を行うことができます。

    「勝てるビルしか創らない。」をモットーに、ビル開発・建築設計・運営管理を30年以上の長きにわたって行ってまいりました。PM(プロパティマネジメント)・BM(ビルメンテナンス)・テナントリーシングを手掛けているからこそ、どのようなビルが求められているのか、賃料をとれるのはどんなビルかがわかっています。

Our Business

サービスの特長

  • ボリュームプラン設計思想

    当社のオフィス・マンションは、長期に渡って価値と競争力を持続しつつ賃貸スペースもしっかり確保した、効率とデザインに配慮した建築を目指しています。そのためには、レンタブルを高めるだけの設計では不十分で、多くの開発実績から導き出された設計思想が必要となります。
まず市場分析に基づいた面積の設定から始めます。マンションであれば、単身向けが家賃が最も高いと思われがちですが、それ以外の面積帯の方が高いエリアも存在します。そこで狙う面積・家賃帯を慎重に設定します。建物に相応しいエントランスの面積、天井高さの確保、法令制限等の解釈を考慮して容積を最大化した空間の構成を検討します。当社はその際、整形な空間・全体のデザインにとことん拘ります。幾何学と構造を駆使して、理想のプラン・デザインを実現します

  • 選ばれるビルのデザインと
    競争力

    当社で設計するオフィスは、テナントに選ばれるビルを開発するという思想のもと、外観・エントランス・水回りなどの細部までこだわり抜いて設計されています。デザイン性・機能性・耐久性を兼ね備えた高品質なオフィス空間を提供し、企業のブランド価値を高めるとともに、長期的な資産価値を維持できる環境を整えています。外観やエントランスは、企業の第一印象を左右する重要な要素であり、洗練されたデザインと高級感のある共用部が、訪れる人に安心感と信頼を与えます。
また、LED照明や省エネ空調、高性能ガラスなどの最新設備を導入し、快適なオフィス環境を実現。テナントの満足度を高めることで、長期的な稼働率の安定と収益性の向上につながる競争力のあるビルを提供します。マンションでは、躯体放射冷暖房を導入して一年中快適な温湿度を実現した建物もあります。一時的な市場動向に左右されるのではなく、質の高い建物をつくることで、将来にわたって入居者に選ばれ続けるオフィス・マンションを目指しています。

  • ワンストップサポート&
    安心の管理体制

    当社は、開発から設計、運営管理、リノベーションまでを一貫してサポートする体制を整えています。ビル開発後は、資産価値の維持やテナント対応など、多くの管理業務が発生しますが、当社はワンストップの対応によりオーナーの負担を軽減。プロパティマネジメントやサブリースにも対応しており、オーナーが直接テナント対応を行うことなく、安定した賃貸収入を確保できる選択肢も提供しています。
    また、適切なメンテナンスや市場動向に応じた運営戦略により、長期的な安定経営を支援。ワンストップサポートにより、安心して本業や事業成長に集中でき、資産価値を最大限に活かすことが可能です。

対応業務例

  • 市場分析と建築企画プラン

    敷地周辺エリアの市場を調査し、競合となるオフィス・マンションを分析します。そこで最も効果的な貸室面積を検討の上、建築企画プランを計画します。

  • 設計・ゼネコン見積査定

    建築企画プランを基に基本設計、実施設計を進めていきます。価値の持続する外観・内観を調和のとれた建築として提案します。構造・設備と打ち合わせを行い、詳細の図面を作成します。

    図面が確定したら、ゼネコンから相見積もりをとり、査定を行います。

  • 賃貸運営の最適化サポート

    ビル開発後の入居者誘致や契約管理、運営の最適化を支援。 ターゲットに応じた適切なリーシング戦略を提案し、安定した稼働率と収益性を確保します。運営方式もご提案します。

    また、共用会議室や耐震機能など、企業が求める設備の活用を最大化し、長期的に選ばれるビル運営を実現します。

  • 売却・出口戦略の提案

    当社の開発したビルは、市場価値を維持しやすい設計・管理が強み。

    開発後の資産運用を見据え、最適な売却タイミングや出口戦略のアドバイスも可能です。将来的な資産価値を最大限に活かし、法人の不動産戦略を支えます。

Contact
運営管理に関するご相談やご質問がございましたら、
お気軽にお問い合わせください
Projects
Voice
  • これは本当に売り物ですか? 投資用とは思えないほど、デザイン・設備の完成度が高いビルでした。

  • 企業の顔としてふさわしいオフィス。立地の良さに加え、洗練されたエントランスや設備が決め手になりました。

  • 長期的な資産価値の高さに納得。将来の売却を見据えても、安心して保有できる物件です。

  • テナントがすぐ決まり、運用のしやすさを実感。立地と設備の良さが競争力につながっています。

  • サブリースで管理の手間なく、安定収益を確保。オーナーとしての負担が少なく、安心して任せられます。

  • 立地・仕様ともに理想的な投資物件。このクオリティで、この場所なら長期的に運用できると確信しました。

Flow
  • 1

    お問い合わせ・ご相談

    お電話またはWebフォームからお問い合わせください。ご希望のエリアや物件の条件、入居時期などをお伺いし、最適なオフィス選びのサポートを開始します。
  • 2

    物件のご提案・
    現地見学

    ご要望に基づき、豊富な物件情報の中から条件に合うオフィスをご提案します。実際の使い勝手や雰囲気を確認するため、現地見学の調整もスムーズに行います。
  • 3

    ご契約・お手続き

    サービス内容・費用にご納得いただけましたら契約を締結。綿密なスケジュール管理のもとでスムーズにPM業務をスタートし、オーナー様への定期報告を実施いたします。
  • 4

    引き渡し・
    運用サポート

    サービス内容・費用にご納得いただけましたら契約を締結。綿密なスケジュール管理のもとでスムーズにPM業務をスタートし、オーナー様への定期報告を実施いたします。
Contact
運営管理に関するご相談やご質問がございましたら、
お気軽にお問い合わせください
Related Articles

ビル分譲ガイド2 初心者のための投資チェックリスト完全解説

皆さま、こんにちは。株式会社スペースライブラリの羽部です。今回は「ビル分譲ガイド 不動産投資商品の選び方」に引き続いてお送りします。「ビル分譲ガイド2 初心者のための投資チェックリスト完全解説」のタイトルで、2025年12月25日に執筆しています。少しでも、皆さまのお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 以下では、ビル分譲ガイド 不動産投資商品の選び方 第5章の不動産投資チェックリストで例示した各STEPについて、「不動産投資初心者がどのように理解・判断していけばいいのか」という視点から、専門用語の解説や具体的な判断基準、考え方の流れを詳細にまとめています。投資初心者の方が各項目をどのようにクリアしていくか、一つずつ押さえてみてください。 目次STEP1【投資目的の明確化】STEP2【物件種類・権利形態の選定】STEP3【エリア・立地の選定】STEP4【物件現地調査・物理的確認】STEP5【収益性分析】STEP6【法務・権利関係の確認】STEP7【資金調達・融資の検討】STEP8【管理運営体制の確認】STEP9【出口戦略(売却時)の確認】STEP10【総合的な最終投資判断】まとめ(不動産投資初心者向けアクションステップ) STEP1【投資目的の明確化】 1.1投資目的を設定 インカムゲイン狙い・「インカムゲイン」とは定期収入であり、賃貸不動産であれば賃貸収入から賃貸管理原価等を控除した賃貸収益を意味する。・「家賃収入」などの定期的な収入を得て、毎月のキャッシュフローを確保したい場合。・毎月のキャッシュフローを積み立てて将来的な老後資金を作る、不動産投資を副業としてサラリーマン収入+副収入を得るなどの場合。・次項のキャピタルゲインを得る場合でも一定のインカムゲインを得ることができる不動産があるため、主たる目的または得られる収益を鑑みて表現する。・賃貸収入増加を目指し、適宜、必要な改修などの投資を行う場合がある。・会計処理として賃貸事業用不動産とするのが通例。キャピタルゲイン狙い・物件を購入→価格上昇後に売却→売却益を狙うスタンス。・景気やエリアの需要によっては大きな利益を得る可能性もあるが、リスクも高い。・前項のインカムゲインを得られる場合でも、賃貸条件として定期借家とするなどインカムゲイン狙いの物件とは運用方法が異なる場合がある。・必要不可欠な部分以外は物件に投資しないで維持を抑える場合もあれば、逆に不動産評価を高めるために大規模な投資をして販売価格増加を目指す場合もある。・会計処理として販売用不動産とするのが通例。節税・相続対策・不動産所有に伴う減価償却などで所得税を抑える、相続時の評価減を狙う、など。・減価償却は賃貸事業用不動産を対象とするため、インカムゲイン狙いと類似の運営となる。・相続対策として相続税評価ルールを踏まえた不動産を選択する場合がある。初心者が判断するコツ:・「いつまでに、どのくらいの収入を得たいか?」を具体的な数値で考える(例:「5年後に月10万円の家賃収入が欲しい」など)。・ネットや本で見かける「節税対策」だけに飛びつかず、本当に節税が必要な所得状況や相続規模かを税理士など専門家にも確認する。・キャピタルゲイン狙いとする場合でも不動産市況によっては希望する時期に希望する価格での売却が困難となり、投資計画が達成できない場合もあり得るので、複数のシナリオを想定のうえ計画内容を検討する。 1.2投資期間の設定 短期投資(1~3年)・転売(キャピタルゲイン)目的が多い。初心者が短期で成功させるにはハードルが高め。・不動産市場は金融市場に比較して価格変動に爬行性があるうえ、取引成立に時間がかかる点に留意が必要。中期投資(3~10年)・比較的スタンダード。ある程度の賃料収入を得つつ、数年後に売却する。・不動産売却時の保有期間は5年を境に短期譲渡と長期譲渡に区分されるので、中期投資計画であっても、税務的な差異があるかについての確認を行う。長期投資(10年以上)・安定的なインカムゲインや相続対策がメイン。修繕費用など長期的な視点が必要。・建物に対する知識も必要なので、投資期間を通じて投資家自らが知見を蓄積するなど積極的に不動産に関与することが成功につながる。初心者が判断するコツ:・まずは自己資金でどのような投資ができるかを検討する。もし、既にローンがある場合、ローン返済計画と合わせて検討する。・投資金額に大きな幅がある投資商品であり、融資を活用すると投資対象の幅が拡がる。その場合、既存のローンを含む返済計画を検討する。・転勤や子どもの進学、親の介護など、ライフイベントに合った投資期間を想定する。特に投資期間中で最もキャッシュフローが厳しいタイミングがいつで、どのような資金繰りとなるかを検討する。・不動産は個々の物件による差異だけでなく、価格設定次第で流動性が異なる(売り易さが変わる)ため不動産市況が過熱傾向にあっても、過剰な期待は避ける。逆に不動産市況が厳しい状況にあった場合の価格見直しについても過剰なものとならないよう注意する。・利益確定の売却を想定する場合、売却で得られた資金を運用する場合の利回りと保有を継続した場合の利回りを比較する。 1.3投資許容リスク(安定重視or高利回り重視) 安定重視・一等地オフィスビルなど。利回りは低め。オフィスビルは修繕費用がかかるが計画的に対応可能。不動産運営能力が求められるため、プロパティマネジメント会社などへの委託も検討の余地あり。賃料水準は相場に連動して上下する。・大手管理会社のサブリース物件。利回りは低め。サブリース物件は賃料減額リスクに配慮する。売主がそのままサブリースする場合は高額売却を目指して相場以上のサブリース賃料で借り上げていないか注意が必要。バランス重視・賃貸住宅1棟。比較的稼働率が安定する都心ファミリー物件などは単身用1ルームマンションに比較して入退去が少ない。但し退去タイミングにより次の引っ越しシーズンまで空室が継続することもあるので注意が必要。賃料水準は長期的には逓減傾向となることが通例。高利回り狙い・郊外・築古など、空室リスクが高い物件を安く買い、賃貸収益向上やリノベで価値UPを狙う。・競売・公売物件等も対象とする。・短期売却が成功すれば高利回りとなる。売却期間を短縮する方策として価格を下げる例が見られ、収益を確保できない可能性もある。短期売却を前提とした資金計画はリスクが高い。 初心者が判断するコツ:・自分の家計(年収・貯蓄・ローン残高など)と相談して、空室が出ても耐えられるかを試算する。・賃貸住宅では退去時の原状回復費用負担割合に注意が必要であり、すぐに次テナントが決まってもキャッシュフローが滞る場合がある。・築古の建物は大規模な修繕工事が発生すると資金調達が困難となる可能性がある。・まずは安定重視を選ぶ初心者が多い。不動産投資に関する情報も賃貸住宅を対象としたものが多く、競争相手も多くなる傾向がある。 1.4投資予算(自己資金・借入可能額) 自己資金・預貯金や金融資産のうち、どれくらいを投資に回せるか。緊急用の生活資金は残す。また修繕費や空室期間のキャッシュフローを維持するための予備費も検討する。借入可能額・金融機関に事前相談し、自分の信用力(年収、勤務先、資産状況)でどの程度融資が受けられるかを把握。初心者が判断するコツ:・物件価格のフルローンはリスクが大きいので、頭金として1~2割は入れるのが一般的。市場性の高い不動産であればフルローンが提供される可能性もあるが、競争力のない不動産にフルローンが提供される場合、将来の破綻リスクが高まる。(例:かぼちゃの馬車)・売却時に必要な経費についても想定する。・銀行に打診したり、住宅ローンと比較検討したりして融資条件を確認する。 STEP2【物件種類・権利形態の選定】 2.1投資金額に適した物件種類を選定 小口化商品(クラウドファンディング等)・10万円~投資できる商品。初心者でも手軽に始められるが、運営会社の信頼性が大事。不動産投資というより投資対象資産が不動産の金融商品という側面がある。そのため実物不動産と比較すれば流動性は高い。区分所有マンション・区分オフィス・500万円~数千万円程度の物件が多い。管理は管理組合が担い、比較的手間が少ない。管理費や修繕積立金などの増額など、管理組合の運営リスクが収益に影響する場合がある。区分オフィスは一般的でなく対象物件が少ないため運営会社の実績を確認する必要がある。一戸建て・中古であれば数百万円からでも投資物件がある。入居者が決定すれば所有者の管理する手間は比較的少なく、修繕が必要な場合に対応することで足りることもある。空室状態では収入が一切なく、借入があると資金繰りが大幅に悪化するリスクがある。1棟アパート・ビル・立地次第であるが、概ね1億円以上など大きな予算が必要。自主管理・委託管理の選択、修繕計画など検討項目も増え、投資家側での知見や業務も必要となる。初心者が判断するコツ:・自己資金やローン可能額をもとに、自分が持てる金額からアタリを付ける。・物件により市場での売却の難易度が異なる。流動性の高い不動産とは売却に出せば購入希望者が多く存在して、金融機関の融資など受けやすいなどのメリットがある物件を指す。逆に流動性の低い場合は、購入希望者が少なく、長期間市場に出さないと売却が難しい物件を指す。これは価格面で規定される場合、すなわち同じ物件であっても市場水準より高い価格ではいつになっても売れないようなパターンと、物件そのものの問題で価格が0であっても(物件によっては購入すると条件次第では金銭がもらえる場合もある)えんえんと売れないパターンがある。市場環境が変わらなければ、購入時の状況が売却時にも現出する可能性があるので、自身が購入するときにはどの程度、売却活動されていたか、期間や価格の変動を把握しておくことは、売却時の参考にもなる。・いきなり1棟ビルはハードルが高いので、まずは区分マンションなどから不動産投資に参入する投資家が多い。・自身で判断をしたい場合、価格帯が低い土地建物所有の一戸建て住宅は取り組みやすい。但し、郊外や地方にある築年の経過した木造一戸建て住宅は資産価値が低く、ローンによる資金調達が困難となる場合もあり、自己資金での投資が主体となる。 2.2投資目的に合致する物件種別(居住用・商業用・事務所用など) 居住用(マンション・アパート・戸建)・空室リスクが低いが、利回りは中程度。但し、戸建住宅は入居期間が長期となる可能性があるが、退去後、次テナント成約まで時間がかかる場合がある。オフィス・店舗・景気動向によるリスクがある一方、賃料単価が高く利回り高め。初心者が判断するコツ:・賃貸需要が安定しているのは居住用(単身向けワンルームやファミリー向けマンションなど)。賃料水準は長期的に下がる傾向。・商業用はテナントが見つからないと収益がゼロになるリスクがある。更にビルであれば入居者がいなくても管理コストは発生するため、収益はマイナスとなる。賃料水準は相場に応じて上下する傾向。 2.3権利形態(所有権・借地権・底地など)の確認 所有権・通常の不動産取得で、土地と建物を完全に自分のものにできる。借地権・土地は地主、建物は投資家が所有。地主とのやりとりや建替え制限あり。底地・土地を所有するが、上物は借地権者が利用。地代は低いが相続税評価は抑えられる。初心者が判断するコツ:・分かりやすいのは「所有権」。借地や底地は地主との交渉など専門的知識が必要。・節税やリスク分散目的で借地・底地を選ぶなら、必ず専門家に相談する。・不動産を購入する場合、検討時点の登記事項証明書に登記されている情報を必ず確認する必要がある。登記されている権利に応じ、通常と異なる権利が登記されている場合、その影響について正確に把握する必要がある。 STEP3【エリア・立地の選定】 3.1地域区分(都心・近郊・地方都市・郊外等) ・都心ほど物件価格が高く、利回りは低くなる傾向。・地方都市や郊外は利回りが高いが、人口減少や空室リスクも大きい。・不動産の流動性は地価水準に比例する。初心者が判断するコツ:・将来的に人口が減りにくい地域(政令指定都市、大学が多い街など)が安定しやすい。・まずは身近な居住地や職場周辺で相場観をつかむのも良い。但し、認知の歪みで身近にある不動産を客観的に評価できない場合もあるので、第三者意見と比較して自身の判断の客観性を確認する必要がある。 3.2立地特性チェック ・交通利便性:駅からの徒歩分数・バス便の有無・商圏人口:周辺の商業施設や大学、工場など・行政施策:再開発予定や都市計画を確認初心者が判断するコツ:・「駅徒歩10分以内」の物件が人気で賃貸需要も高い。遠すぎると家賃を下げざるを得ない。・市役所や自治体HPの「都市計画」や「人口ビジョン」を参考にする。・ハザードマップで土地にかかわるリスクを把握する。 3.3周辺環境チェック(競合物件、将来の再開発等) ・競合物件:同エリア内に似た条件の物件が多いと家賃下落リスク。・嫌悪施設:近隣に墓地、ごみ処理場、暴力団事務所、騒音施設などがあるか。・再開発計画:大規模商業施設や新駅建設予定があると資産価値向上の可能性。初心者が判断するコツ:・Googleマップや現地視察で周囲を歩き回り、生活環境や治安を体感する。・地元の不動産会社から再開発情報を聞き出すと良い。・詳細は後述しますが、実際に自分自身で現地を下見することです。現地を見ないで不動産を購入するのは極めて危険です。初心者は絶対避けてください。また以前に行ったことがあるから大丈夫、というのも間違いのもとです。何らかの変化が生じて、それが原因で売却される状況になった可能性もあります。物件を紹介した不動産仲介会社に確認することは可能ですが、必ずしも正確な情報が得られるとは限らないことに留意してください。 STEP4【物件現地調査・物理的確認】 4.1築年数・構造 ・RC造(鉄筋コンクリート造):耐久性が高く、賃料が安定することが多い。築年数によっては大規模修繕必要。・S造(鉄骨造):RCより軽く、建築費用も比較的安いが、耐久年数や耐火性能を要確認。・木造:安価だが、耐久性や火災リスクに注意。初心者が判断するコツ:・ローン審査で「築年数制限」があり、築古だと融資期間が短くなる場合がある。・「築25年以内」など一定の基準を自分の指針にすると判断しやすい。・建物の構造で減価償却期間が異なります。減価償却期間は建物の経済耐用期間という側面もありますので、長期運営を計画する場合や銀行融資を受ける場合にも影響があるため、必ず確認してください。 4.2建物の状態(劣化・修繕履歴) ・劣化の有無:外壁のひび割れ、屋上防水の劣化、配管のサビ、雨漏りなど。・修繕履歴:いつ・どこを・いくらかけて修繕したかの記録。管理組合がしっかりしていれば履歴が保存されている。初心者が判断するコツ:・ホームインスペクション(建物診断)やエンジニアリングレポートなどを専門家に依頼して、素人には分からない欠陥をチェックしてもらう。・ホームインスペクションを依頼する場合、住宅診断士など国家資格者でない人間の検査は割安かもしれないが、一級建築士などの国家資格者に依頼した方が間違いは少ない。対象不動産の価格帯に応じて適宜使い分けを検討しても良い。・購入後に高額な修繕費がかかると利回りが大きく下がるため、事前に確認が必須。重要な事実を告知しない場合など、法律上のルールで対応できる場合もあるので売買契約書の内容は専門的な知識を有し、クライアントの利益を確保する仲介窓口を利用することが望ましい。契約書を弁護士にチェックしてもらう(リーガルチェック)場合もあるが、不動産取引実務に長けた弁護士でないと適切な対応は難しい。 4.3設備状況(水回り・空調・防犯・防災など) ・水回り:キッチン・浴室・トイレの老朽化状況、給排水管の劣化。配管は露出していないため目視調査では不具合の把握は困難な場合がある。・空調・電気:エアコンの台数や老朽度、電気容量がテナントニーズを満たすか。・防犯・防災:オートロックや防犯カメラ、防火設備(スプリンクラー等)の有無。初心者が判断するコツ:・入居者目線で「住みたくなるか・借りたくなるか」を想像し、最新設備かどうかをチェック。・一定期間(できれば竣工からすべて)の修繕履歴を提出して頂き、対応内容を確認することで問題点を把握することができる。修繕履歴がない場合、しっかりとした検査が必要となる。 4.4建築基準法の観点からのチェック 賃貸借用途・現在の貸室用途と検査済証を取得した時点との比較を行う。用途が異なる場合、現時点の建築基準法に合致するか、途中で用途変更届をしているかなどを確認。管理報告書・建築基準法に合致しない場合、管理報告書にその旨が記載されている場合がある。例えばエレベーター設備の既存不適格などは多く見られる。そのまま使用不可ではないが、既存適格とするための修繕費用は多大な出費となる場合もあるので注意が必要。初心者が判断するコツ:・信頼できる仲介会社の営業担当者に物件の調査を依頼する。宅地建物取引士の資格を有する担当者や長い経験を有する担当者であれば様々なリスクを把握しているので、建築基準法に合致しない場合でも投資対象としての妥当性についてある程度の意見を述べることはできる可能性があるので、その意見をもとに自身で調査する必要があります。・専門家に調査を依頼して、建物が建築基準法に合致するかをチェックしてもらう。検査実務に精通した一級建築士の資格者が望ましい。 4.5耐震性のチェック(新耐震・旧耐震) 新耐震基準(1981年(昭和56年)6月以降の確認申請物件)・地震対策を強化した基準。金融機関融資も通りやすい。旧耐震基準・耐震診断や補強工事の必要が出る場合がある。初心者が判断するコツ:・原則として新耐震基準物件が望ましい。旧耐震は安く買えるメリットとリスクを比較し、専門家に相談を。・旧耐震建物は耐震改修することも技術的には可能であるが、既存賃借人がいる場合は工事が困難であるなど、既存貸室の使い勝手が悪くなるので改修が困難となる場合もあり注意が必要。 4.6アスベスト調査 ・石綿障害予防規則で、改修・解体工事前にアスベスト含有の有無調査が必要。アスベスト調査には費用がかかる。・築古のビルはアスベスト含有リスクがある。初心者が判断するコツ:・すぐに大規模工事の予定がない場合でも、将来的に撤去費用がかかる可能性がある点は認識しておく。・解体を伴う改修工事を行う場合、アスベスト調査を行う義務が規定されており、アスベスト調査を実施した場合は調査結果を保管しておくことが望ましい。 STEP5【収益性分析】 5.1表面利回り ・計算式:年間家賃収入÷購入価格×100(%)・あくまで物件比較時の目安であり、諸経費は含まれない。 5.2実質利回り ・計算式:(年間家賃収入-諸経費)÷(購入価格+購入時諸費用)×100(%)・管理費、修繕積立金、固定資産税などを考慮した実質的な収益率。初心者が判断するコツ:・最初は「表面利回り」に惑わされがちだが、実質利回りを重視。・税金や管理費用を差し引いた手残りがどれくらいかを計算するのが大事。 5.3空室率・周辺の賃貸相場 ・空室率:地域や物件管理の良否で大きく変わる。・賃貸相場:同エリア・同築年・同設備の物件との比較が必須。初心者が判断するコツ:・不動産ポータルサイトや地元仲介業者から相場をリサーチし、想定家賃が適正かチェックする。・保守的に「空室率10%~20%」を見込んでおくとリスクに備えやすい。 5.4収支シミュレーション ・キャッシュフロー計算:(家賃収入-ローン返済-諸経費)・将来の修繕費や設備交換費なども考慮。初心者が判断するコツ:・シミュレーションには「家賃下落」「金利上昇」のリスクも織り込む。・不動産会社の作るシミュレーションは楽観的な数字になりやすいので、自分で厳しめに計算する。 STEP6【法務・権利関係の確認】 6.1登記事項証明書(登記簿謄本)の確認 ・建物の表題部:売却対象と合致するか。床面積など数量を含め確認が必要。・権利部(甲区)に記載されている事項(所有権に関する事項)にある権利者:売主が本当に所有者か。所有者でない場合、どのような立場であるか。・権利部(乙区)に記載されている事項(所有権以外の権利に関する事項)にある抵当権など:既に担保に入っている場合、抹消手続きはどうなるか。初心者が判断するコツ:・司法書士や仲介会社が通常は調査するが、自分でも法務局で取り寄せ可能。・気になる点は購入前に必ず質問し、あいまいにしない。 6.2検査済証 ・建物の建築確認、検査済証。初心者が判断するコツ:・初心者は検査済証のない物件は融資や売却時に手間がかかる場合があるので注意が必要。 6.3法令制限(用途地域・建ぺい率・容積率・高さ制限) ・用途地域:住居系、商業系、工業系で建築可能な用途が違う。・建ぺい率・容積率:建物を増改築する際に制限がかかる。初心者が判断するコツ:・将来リノベや増築でバリューアップを狙うなら、容積率に余裕があるかをチェック。・1棟ビルの場合、エンジニアリングレポートを取得し、網羅的な調査があれば参考になる。 6.4賃貸借契約書・管理委託契約書の内容 ・既存テナントがいる場合:契約条件、賃料改定の可否、敷金の引き継ぎ方法など。・管理委託契約:管理料率、解約時の条件。初心者が判断するコツ:・オーナーチェンジ物件の場合は、既存テナントとの契約内容に拘束される。・弁護士や仲介業者に細かい条文を確認する。 6.5借地権・底地の場合の地主・借地人との関係 ・借地契約の期限や更新料、地代の増減条件など。初心者が判断するコツ:・初心者にはハードルが高いため、可能であれば避けるか、専門家の意見を確認し、安全な取引となるようにする。 STEP7【資金調達・融資の検討】 7.1金融機関の融資評価額 ・物件評価額vs購入価格。・銀行によっては独自の評価方法があり、想定より融資額が下がることも。初心者が判断するコツ:・複数の銀行・金融機関に打診し、金利・融資期間・担保条件を比較する。・金融機関は様々な種類があり、融資取扱い対象となる不動産はそれぞれ異なることがある。・担保価値の高い物件は金利優遇などを受けられる可能性がある。・与信が高い借主は金利優遇などを受けられる可能性がある。取引がない場合、自己資金の割合が高いことも信用につながる。・不動産金融の世界では、金融環境・物件・借主与信など様々な要因によるがLTV(※)は70%以下を目安とし、30%以上を自己資金または出資金から賄うことが通例。初心者もあまり借入比率を追求するのでなく、妥当な水準で資金調達ができない場合は、何らかのリスクが生じた場合のキャッシュフローに懸念が生じるので、無理をしないほうが良い。※LTV:Loan To Value(不動産の評価額・取得価格に占める借入金の割合) 7.2自己資金と融資のバランス ・頭金が多いほど、毎月返済額を抑えられキャッシュフローが安定しやすい。・フルローンは利益率を高める可能性もあるが、リスクが大きい。初心者が判断するコツ:・「万一家賃が半分になっても返済に困らないか?」をシミュレート。・総資産の大半を投資に回すのではなく、緊急資金は必ず残す。 7.3金利変動リスク・繰上げ返済条件 ・変動金利だと金利上昇で返済額が増えるリスク。・繰上げ返済に手数料がかかる場合もある。初心者が判断するコツ:・短期決戦で売却するなら変動金利もアリだが、長期保有なら固定金利を検討して安定を図る。・売却時の収益計算には繰上げ返済時の手数料等を含めて計算する。 STEP8【管理運営体制の確認】 8.1管理メンテナンス会社の有無・業務委託料 ・管理メンテナンス業務委託:清掃、設備管理、管理窓口を専門業者に任せるのか。・委託料相場:物件の設備、用途により異なる。初心者が判断するコツ:・管理メンテナンスは業務委託必須。近隣在住でも初心者は対応できないことが多いので、自主管理を目指す場合でも、自身で対応できるようになるまでビルメンテナンス業務は管理メンテナンス会社に委託して自身の知識習得や対応体制構築に努める。 8.2運営管理会社の有無・手数料 ・賃貸管理委託:賃貸管理(家賃回収、クレーム対応、退去時清算など)をプロに任せるのか。・運営管理委託:プロパティマネジメント業務として、賃貸管理だけでなく、テナント募集から物件全般の運営管理まで不動産の運営すべてを専門会社に任せるのか。更にサブリース(一括借上げ)まで任せるのか。・賃貸管理手数料相場:月の家賃収入の5%~10%程度が多い。・運営管理手数料相場:月の家賃収入の5%~20%程度が多い。初心者が判断するコツ:・遠方物件は管理会社必須。近隣在住でも初心者は基本的に委託したほうが安心。・管理会社は様々な特徴があり、得意分野も異なるうえ、営業エリアもあるのでしっかり選定することが望ましい。 8.3管理会社の実績・対応力 ・実績:管理戸数、地元での評価など。・対応力:入居者募集力、トラブル時の迅速対応が重要。初心者が判断するコツ:・地元密着の管理会社が空室対策や地域事情に詳しい。大手はブランド力や営業力が強い。・組織体制がしっかりしている会社は管理業務の原価として人件費が大半なので、それに見合った形で手数料が高い。・口コミや実際の管理物件の状態を見て判断すると良い。・募集看板が多い業者が必ずしもテナントリーシング能力があるとは限らない。募集のやり方は条件の決め方を確認して、考え方に納得できる業者が望ましい。・特定の物件のみの成約を目指す利益相反を指摘する解説があり、注意は必要であるが、入居者募集時に物件を紹介しているのか、報告書で確認すればそのような行為をする管理会社は一般的でないことは理解できると思われる。 8.4維持管理・修繕計画の体制 ・日常管理体制:劣化が進んでから対応すると大幅なコストがかかるので、充実した日常管理で建物維持に努めることが、テナント満足度向上にもつながり良好な運営となる場合が多い。・長期修繕計画:分譲マンションなら管理組合が計画しているかどうか。内容が合理的か。初心者であれば第三者意見も確認する。・一棟物件:所有者自身で積立を行うか、管理会社と計画を立てるか。1棟利用テナントが入居した場合、管理をどちらが行うか。テナント自主管理は建物劣化が進む懸念があるので管理仕様を所有者が決めて、その通りの運用となっているかを常にチェックするか、所有者が行い、テナントから管理費・共益費を取得するかを検討する。初心者が判断するコツ:・将来の大規模修繕(外壁塗装・屋上防水など)に備えて毎月のキャッシュフローから積立する習慣を付ける。・予防保全的な対応が合理的であるかを確認する。過剰な管理仕様は収益に悪影響となる。 STEP9【出口戦略(売却時)の確認】 9.1流動性の高さ ・都心物件や駅近は売却しやすく、価格も安定。・郊外や地方は売りに出しても買い手がつかず、値下げが必要なケースがある。・特殊な物件は立地が悪くなくても運営が難しい場合もあり、立地に合致した標準的用途(住居、オフィス、店舗など)の方が検討者は多い。 9.2過去売却事例の確認 ・不動産ポータルサイト、REINS(不動産流通標準情報システム)や不動産会社の成約事例を参照する。・不動産鑑定を利用する。・いつ頃、どのくらいの募集期間で、いくらで売却に出し、実際にいくらで売れたかを確認。(すべての情報が確認できるとは限らない、むしろ、いつ頃、いくらで売却に出していて売れたようだ、という情報しか得られないことも多い)・詳細の情報を知りたい場合、売買が行われてからしばらく経っていれば、建物の登記事項証明書を取得することで買主や融資有無など追加の情報が得られる場合がある。売買契約直後は登記完了していないため取得できないこともある。 9.3売却タイミングと投資期間 ・マーケットが加熱している時期に売れば高く売れるが、タイミングは読みにくい。・税制上、保有5年超で譲渡税率が下がる(長期譲渡)などの優遇がある。初心者が判断するコツ:・「投資開始時点で10年後に売却する」など方針を立てつつ、状況によって柔軟に変える。・不動産仲介会社や投資家向けのオンラインコミュニティで市況をリサーチ。・トータルで収益を確保できている場合、収益を確定するという意味で売却を進めることも意味はある。但し、売却で得られた資金をどのように活用するか、市場が過熱気味で予想より高く売れた、ということは、自身が新たに購入しようとした場合も予想より高い物件しかないので、将来の値下がりリスクを負う懸念もある点に留意し、市場状況を確認したうえで判断する。但し、そのような状況になると客観的に市場を見ることができなくなる場合もあるので、それまでに信頼できるセカンドオピニオン依頼先を確保しておく。 STEP10【総合的な最終投資判断】 10.1投資目的に対する総合評価 ・STEP1で立てた目標と、STEP2~9で集めた情報を突き合わせて、実現可能性を確認。 10.2リスクとリターンのバランス評価 ・空室や修繕費といったリスクと、家賃収入や売却益を見込んだリターン。・最悪の場合(地震、経済不況、金利上昇)にも備えられるか。 10.3専門家の意見を得る ・税理士:税金・相続対策。・不動産鑑定士:物件の客観的評価。・建築士・ホームインスペクター:建物の品質や耐震診断。初心者が判断するコツ:・不動産仲介会社の言うことを鵜呑みにせず、セカンドオピニオンを持つと安心。・全項目をクリアした上で納得できるプランなら初めて買付を入れる。 まとめ(不動産投資初心者向けアクションステップ) 1.不動産用語の理解・不動産投資の広告・資料に使われている用語など、基本ワードの意味を把握する。可能であれば具体的な相場観・水準などをおさえ、どうしてその水準なのかを理解する。いったんおさえた数値であっても、市況の変化に応じて変わるので、適宜、必要に応じて専門家へ確認する。2.小さく始める・いきなり大きな物件よりも、まずは少額投資や区分所有など手が届く範囲で実践すると学びやすい。物件の立地や種別として特殊なものより、身近なものから選択した方が身につきやすい。もしくは本稿の範囲外であるが、不動産会社への投資、という観点から自身が興味ある事業を行う上場不動産会社株式に投資することを通じて業務理解が進む可能性もある。3.複数の専門家・銀行と連携・不動産会社だけでなく、税理士、弁護士、金融機関、管理会社を複数あたって比較する。但し、不動産関連企業であれ、専門家であれ、それぞれ得意分野がある。その観点で各専門家の特徴を把握し、状況に応じた使い分けをする場合もある。4.必ず現地視察・ネット情報だけに頼らず、自分の目で周辺環境や建物状況を確認。また割安な物件と感じた場合、競合物件も実際に見ることで、割安な理由がどこにあるのか発見できないか、確認してみる。理由もなしに安い物件は存在しないという認識は常に忘れない。5.保守的な収支シミュレーション・空室リスクや修繕費、金利上昇など悲観的シナリオも想定して、キャッシュフローの破綻が生じないか、自身の予算をオーバーしないかをチェック。こうしたステップを踏むことで、不動産投資初心者であっても専門的な切り口で確認事項を一つずつクリアしながら、納得度の高い投資判断を下せるはずです。焦らず、慎重かつ着実に情報収集と分析を行いましょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ代表取締役 羽部 浩志 1991年東京大学経済学部卒業 ビルディング不動産株式会社入社後、不動産仲介営業に携わる 1999年サブリース株式会社に転籍し、プロパティマネジメント業務に携わる 2022年サブリース株式会社代表取締役就任(現職) ライフワークはすぐれた空間作り 2025年12月25日執筆

ビル分譲ガイド 不動産投資商品の選び方

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの羽部です。この記事は「ビル分譲ガイド 不動産投資商品の選び方」のタイトルで、2025年12月8日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次第1章 不動産投資商品の名称と特徴第2章 投資金額別商品例と対象資産の特徴第3章 投資目的に応じた不動産投資商品例とその説明第4章 不動産投資商品の立地区分の例とその説明第5章 まとめ・不動産投資チェックリスト 第1章 不動産投資商品の名称と特徴 不動産投資の分野では、特にビル投資において多彩な表現が使われます。以下では、特に「ビル分譲」「ビル1棟売り」「投資用不動産」「売りビル」など、不動産投資広告でよく目にするキーワードについて、それぞれの意味・特徴を広告文例とともに分かりやすく整理します。「不動産投資に興味があるのでネットで調べてみようと思うけれど、どのように調べれば良いのかわからない」と感じている方が具体的な物件の情報を調べるうえで必要な基本的な知識としてご覧下さい。 1.ビル分譲(区分所有・1棟全体) 【意味】・「分譲住宅」が良く使われるため、これに準えた「分譲ビル」という表現でビルの「区分所有権」販売を示す。・1棟ビルを「フロア単位」または「区画単位」に細かく分割し、個別に販売する方法。購入者は区分所有権を取得する。・1棟ビル全体を販売する方法。分譲対象がビルという部分に焦点をあてた表現。・建物の分類はビルとなる不動産について、「区分所有権」を含む「所有権」販売全般を意味する。【表現例】・「都心オフィスビルの1区画を区分所有で手軽に購入」・「フロア単位で所有可能な区分オフィス投資」・「少額からのオフィス投資。相続・節税対策にも最適」・「予算に応じた安定資産のビル投資。インフレ対策に最適。」【対象・特徴】・一般投資家向けに投資金額が数千万円~数億円程度から参入可能。・節税対策、相続税対策、資産形成のニーズに対応。・区分所有建物の場合、他オーナーとの共同管理が必要。・分譲不動産は所有形態によらず自己使用または賃貸収益を目的とする。 2.ビル1棟売り(1棟収益ビル・1棟オフィス) ・ビル全体(建物1棟丸ごと)を販売する方法。・ビル分譲が様々な規模の不動産を対象としていることと比較し、1棟は区分所有を除外し、相対的に資産規模が大きい不動産の販売方法。表現例・「駅前好立地、1棟収益ビル」・「人気エリアの1棟オフィスビル。満室稼働中」・「1棟ビル投資で高収益・高利回りを実現」特徴・投資規模が大きく(数億円~数十億円)、比較的富裕層や法人投資家が主対象。・オーナーが単独所有のため、運営方針を自由に決定できる。・キャッシュフローと資産規模拡大に向くが、資金力・リスク許容度が求められる。・収益ビルと表現した場合は賃貸収益を目的とする。1棟オフィスは自己使用が可能な物件も含まれ、自己使用と賃貸収益双方を目的とする場合も含まれる。 3.投資用不動産(収益不動産・オーナーチェンジ物件) ・賃貸収入(インカムゲイン)や売却益(キャピタルゲイン)を目的に取得する不動産の総称。・賃貸不動産を対象とし、区分所有も1棟全体も対象表現例・「投資用区分オフィス、即収益物件」・「利回り〇%のオーナーチェンジ物件」・「賃貸稼働中の収益ビル、安定収入物件」特徴・購入時点でテナント(借主)が既に入居中の場合は、「オーナーチェンジ物件」と呼ばれる。・価格に対して年間賃料収入を示した「利回り」を強調する表現が多い。この利回りはあくまで物件比較のための目安であり、投資家が実際に得られる収益は異なる場合がある。・物件の種類は多様(ビル、マンション、店舗、倉庫など)である。 4.売りビル(販売ビル・売ビル) ・販売目的で市場に出ているビル物件。区分所有ではなく原則として1棟売却を指すことが多い。表現例・「売りビル情報多数あり。未公開物件も」・「都心の売りビル、レア物件につきお早めに」・「1棟ビル売却案件・非公開案件をご紹介します」特徴・区分販売ではなく、1棟まるごとの売却をイメージさせる用語としてよく使われる。・建物の状態・収益状況・立地によって価格や利回りが変動し、資産価値や出口戦略がポイントになる。・分譲不動産は所有形態によらず自己使用または賃貸収益を目的とする。主なターゲットは法人や富裕層の投資家。 5.その他よく使われる不動産投資商品名称 (1)レジデンス・レジ物件居住用マンション・住宅を指し、マンションの賃貸収益を狙った投資。(2)バリューアップ物件リノベーションやリーシング改善により付加価値向上を狙う物件。中古物件を安く買い、改修後に収益性を高める。(3)底地・借地権付き物件土地所有者と建物所有者が別々の物件。権利調整が複雑だが、安価で高利回りを狙える。(4)開発素地物件既存建物と土地が対象の不動産のなかで、建物の築年が経過して経済価値が低くなっている場合や既存不適格などの瑕疵がある場合などですべての賃借人退去後に建物解体のうえ新築建物の建築計画を予定する物件。必ずしも建物解体が必要ではなく、建物リニューアルを行う場合もある。 6.各表現の比較・整理 表現対象不動産投資規模主な投資家収益性投資難易度ビル分譲(区分)オフィス1フロア・店舗1区画中小規模(数千万~数億円)個人・中小法人中程度~高め(立地次第)易しい(管理も外注可)ビル1棟売りオフィス・商業ビル1棟大規模(数億~数十億円)富裕層・法人中程度~高(リスク・規模大)-投資用不動産マンション・オフィス・店舗など全般幅広く小規模~大規模まで個人~法人まで幅広い中程度~高め-売りビル(1棟)主に1棟のオフィス・商業ビル大規模(数億円以上が一般的)法人・富裕層中心- 7.不動産投資商品名称のまとめ(ポイント) ・「ビル分譲(区分所有)」はフロアや区画単位で所有可能で、比較的少額投資。・「ビル1棟売り」「売りビル」は、1棟単位で売却され、法人や富裕層向けの高額投資案件。・「投資用不動産」は収益性を前提とした全般的な不動産を指し、入居中物件(オーナーチェンジ物件)も含まれる。こうした用語を理解しつつ、それぞれの投資目的や規模、資産運用戦略に応じて物件選びを行うことが重要です。 第2章 投資金額別商品例と対象資産の特徴 前章で不動産投資商品の広告等で使われる用語の具体例を説明しました。より具体的な不動産投資商品のイメージを持って頂くため、不動産投資商品・対象資産を投資金額帯ごとに具体的に整理し、代表的な投資例・特徴をまとめます。誰にとっても良い投資商品というものは存在しません。下記の整理を参考に、自身の資産規模や目的に合わせて最適な不動産投資商品を選ぶことが重要です。 1.【数十万円~数百万円】不動産小口化商品(不動産クラウドファンディングなど) ・一口10万円~数百万円程度の少額で都心の商業ビルやマンション等に投資可能。・クラウドファンディング会社が不動産を取得・管理し、出資者は出資金に応じて配当を得る。・物件管理やテナント対応などは業者任せ。投資初心者向き。(具体例)・OwnersBook(ロードスターキャピタル)・CREAL(クリアル)・Rimple(プロパティエージェント) 2.【数百万円~数千万円】区分所有マンション(ワンルームマンション投資) ・分譲マンションの1戸(区分)を購入し、賃貸収入を得る。・都市部で駅近の好立地マンションを中心に需要がある。・個人投資家が比較的少額で参入しやすく、管理が容易。(具体例)・プロパティエージェント・日本財託・FJネクストホールディングス(ガーラマンション) 3.【数百万円~数千万円】区分所有オフィス・店舗 ・ビルの1フロアまたは区画を区分所有権で購入。・オフィスビルや商業施設の1フロア単位で、安定的なテナントが入居する立地の良い物件が多い。・節税・相続対策としても利用される。(具体例)・ボルテックス(区分所有オフィス)・サンフロンティア不動産(バリューアップ物件)・インテリックス(中古区分商業ビル) 4.【数百万円~数千万円】底地投資(借地権が付いた土地の所有権) ・借地権者が建物を所有し、土地の所有権だけを持つ状態。・毎月の地代収入は得られるが、土地利用が制限される。・収益性は低めだが相続税評価減・節税目的で投資される。(具体例)・都市部の底地専門業者(トーセイ、日本土地建物、日本商業開発など) 5.【数百万円~数千万円】借地権付建物(一戸建て住宅や小規模建物) ・土地は他人(地主)が所有し、建物のみ所有権を持つ。・投資額が抑えられる反面、地主との関係性が重要で、土地の利用や建替えに制限あり。・都心の住宅地や商業エリアで多く存在。投資利回りは高めだが流動性がやや低い。(具体例)・都内23区などの借地権付戸建住宅・店舗付き住宅など・下町エリアでの老朽住宅をリフォームして賃貸運用するケースも多い。 6.【数千万円~1億円未満】ロードサイド店舗(所有権土地建物一括) ・土地・建物の完全所有権で、ロードサイド店舗(コンビニ・飲食店・ドラッグストアなど)を所有。・投資額が比較的高いが、安定した賃料収入が見込め、管理負担が少ない。・土地の価値が安定しやすく、中長期的に収益性が高い。(具体例)・コンビニ、ドラッグストア、飲食チェーン店(回転寿司、ファストフード)などの単独店舗物件。・大東建託などが一括借上げ(サブリース)で提供するケースもあり。 7.【数億円以上】オフィスビル1棟・商業ビル1棟 ・1棟丸ごと所有するため投資規模が大きく、法人や富裕層向け。・収益力(利回り)と出口(売却・転売)戦略が重要になる。・管理は管理会社に委託することが一般的。(具体例)・都心の中規模オフィスビル(5億円~10億円)・商業地(駅前・繁華街)の1棟店舗ビル 8.【数十億円~】大型オフィスビル・商業施設(1棟所有権) ・資金規模が大きく、機関投資家やファンド、REITなどが購入主体となるケースが多い。・賃料収入だけでなく、価格上昇(キャピタルゲイン)を狙う投資もある。・一般個人投資家にはハードルが高い。(具体例)・J-REITが取得するような丸の内エリア、虎ノ門エリアのオフィスビル(数十億円以上)・外資系ファンド(ブラックストーン、ケネディクス)等の投資対象 9.投資金額帯別不動産投資商品のまとめ 金額帯投資対象(例)特徴権利形態対象投資家数十~数百万円不動産クラウドファンディング(証券化商品)手軽な金額でリスク分散型投資を実現小口化持分・匿名組合出資初心者個人百万円~数千万円区分所有マンション・区分所有オフィス区分所有マンション・区分所有オフィス比較的低予算で所有しやすく、節税や資産形成が目的区分所有権個人・小規模投資家数百万~数千万円底地・借地権付き家屋制約付きながらも、都心立地を低予算で保有できる底地権・借地権付き建物所有権個人・小規模投資家数千万円~1億円未満ロードサイド店舗(土地建物)など安定的で利回りが良く、土地・建物がセットの完全所有完全所有権(土地・建物)富裕層・中小法人数億円以上ビル1棟・大型オフィス・商業ビルビル1棟・大型オフィス・商業ビルまとまった資金が必要だが、安定的かつ規模の大きな収益を狙える完全所有権(土地・建物)富裕層・法人投資家 10.投資目的に応じた商品例 ●少額からスタートしたい初心者不動産クラウドファンディング・区分所有ワンルームマンション●節税・相続税対策の投資家戸建住宅・区分所有マンション・区分オフィスなど●安定収益重視の投資家ロードサイド店舗・賃貸アパートなど●資金力があり収益性・売却益重視の投資家都心1棟ビルなど完全所有権型 第3章 投資目的に応じた不動産投資商品例とその説明 投資対象となる不動産について、比較的商品の選択肢が多くあるものについて例を挙げ、「投資対象としての特徴」や「投資のポイント」を簡潔かつ整理して解説します。 1.戸建て住宅(賃貸用) 投資特徴:個人の居住需要に対応した賃貸住宅。単身世帯~ファミリー世帯まで幅広いニーズに対応可能。比較的初期投資額が低め(数百万円~数千万円)。利回りは高めだが、入居者退去時の空室リスクがある。メリット・デメリット:【メリット】売却しやすい・自己利用に転用可能。【デメリット】1戸空室で収入がゼロになるリスク。 2.アパート・マンション等の共同賃貸住宅(1棟投資) 投資特徴:複数の住戸をまとめて運営するため、空室リスク分散が可能。安定的な家賃収入を期待でき、初心者~プロ投資家まで広く人気。築浅物件は利回り低め(3~5%)、築古物件は高利回り(7~10%以上)も。メリット・デメリット:【メリット】安定収益・空室リスク分散。【デメリット】修繕コストが大きくなる・管理コスト発生。 3.オフィスビル(1棟・区分所有) 投資特徴:法人がテナントとなるため家賃が高く、安定した収益を見込める。都市部の好立地ほど賃料・稼働率が安定。賃貸契約期間が比較的長い(3~10年)ケースが多い。メリット・デメリット:【メリット】法人テナントによる長期安定収益。【デメリット】景気影響を受けやすく、空室時の収益低下リスク。 4.テナント商業ビル(店舗・商業施設) 投資特徴:商業店舗、飲食店、クリニック、美容室など、多様な業種が入居。ロードサイド店舗は利回り5~8%前後で比較的高収益。立地が極めて重要で、駅前・幹線道路沿いが有利。メリット・デメリット:【メリット】立地次第で収益性が高い。【デメリット】景気変動の影響を受けやすく、テナント入替時の空室リスクがある。 5.オフィスビル(事務所用途) 投資特徴:法人テナント対象で、賃料が安定しやすい。都市中心部でのニーズが高く、区分所有で小口投資も可能。バリューアップ(リノベーション)で資産価値を向上可能。メリット・デメリット:【メリット】長期契約で安定収益が狙える。【デメリット】景気変動による賃料低下・空室リスク、管理費や修繕コストが高い。 6.テナント商業施設(ショッピングモール・複合商業施設) 投資特徴:大規模施設はREITや法人投資家向き。安定テナントを誘致できれば賃料収益は安定するが、規模が大きく投資額も高額。郊外型大型商業施設は集客次第で収益が変動する。メリット・デメリット:【メリット】収益の安定性・知名度向上による資産価値維持。【デメリット】空室発生時の影響大。初期投資が高額。 7.底地(土地のみ所有、借地権建物あり) 投資特徴:地代収入を得る目的で投資。自己利用・建築自由度が低い。相続評価額が低く節税に効果的。メリット・デメリット:【メリット】節税効果・安定収入。【デメリット】土地利用や売却が困難。収益性低め。 8.借地権付き建物(建物のみ所有、土地は借地) 投資特徴:土地は借地のため安く、少額で賃貸用建物を所有可能。比較的利回りが高いが地主との関係性が重要。メリット・デメリット:【メリット】投資額抑制。利回りは高め。【デメリット】土地利用の制限。地主との交渉が必要。 9.土地・建物の完全所有権(ロードサイド店舗・事業用地) 投資特徴:コンビニやファミレス、ドラッグストア等のロードサイド店舗。完全所有のため土地・建物の自由利用や売却が可能。メリット・デメリット:【メリット】所有権自由度高・安定的収益・売却しやすい。【デメリット】初期投資額が大きめ。 10.ホテル 投資特徴:観光需要に応じた宿泊施設への投資。稼働率や景気に左右されやすく収益性変動あり。都市部ホテル、リゾートホテルなど種類は多様。メリット・デメリット:【メリット】観光地立地では高収益可能。【デメリット】運営リスク(稼働率変動)が大きい。 11.倉庫・物流施設 投資特徴:EC需要増加に伴い、物流拠点ニーズが上昇。賃貸期間が長期(5~10年)で安定収益が見込める。メリット・デメリット:【メリット】賃料収益安定性高・管理負担低め。【デメリット】立地の選定次第で稼働率・売却難易度が左右。 12.その他の一般的な投資対象例 ●コインパーキング・月極駐車場初期費用が比較的安価。土地活用での暫定措置としても一般的。都市部で稼働率が高いが、固定資産税対策としての一時利用。●トランクルーム・レンタル倉庫初期投資低め・安定したニーズ。利回り高め(8~12%前後)。個人・小口投資家向けの運営会社による投資商品もある。 13.まとめ(不動産投資対象別の特徴比較) 種類安定性利回り目安流動性投資難易度戸建て住宅△中~高め高易アパート・マンション〇(安定)中~高め中程度-オフィスビル〇(景気敏感)中~高め中~難-商業施設〇(立地次第)中~高め中~難-底地◎(低収益)低め難しい-借地権付建物〇(制約あり)中~高め難-ホテル△(不安定)高め難-物流施設◎(安定)中中程度- 投資対象ごとに特徴やリスクが異なるため、それぞれの目的・資金力・リスク許容度に応じて選択することが大切です。 第4章 不動産投資商品の立地区分の例とその説明 本章では、代表的な立地分類(都心の商業地、オフィス街、近郊住宅地、地方都市、地方山村)を用いて、不動産投資対象としての特徴を整理します。また、代表的分類に一般的な区分を追加・整理し、それぞれの投資上の留意点もあわせて解説します。必ずしも1つだけに分類されるとは限らない場所もありますが、これらの分類を参考に、自分の投資目的や資金規模、リスク許容度、運営手間に応じて、投資対象の立地を選定するとよいでしょう。 1.立地別の不動産投資特性一覧表 立地区分主な投資対象特徴(メリット)注意点(デメリット)都心商業地商業ビル・店舗・オフィス人口・商業集積が高く、需要が安定的。資産価値が高く流動性も高い。土地価格上昇によるキャピタルゲインも期待可。価格が高額で利回りは低め。景気・市場変動の影響を受けやすい。オフィス街オフィスビル・テナントビル安定した法人需要。長期賃貸契約で安定収益。区分所有も可能。企業移転など景気変動に伴う空室リスク。築古物件は維持管理コスト高め。近郊住宅地マンション・アパート・戸建住宅ファミリー層中心の安定的な居住ニーズがあり、空室率低め。購入価格も比較的手頃。競争物件が多く家賃競争が激しい。人口減少エリアでは空室リスク増加。地方都市(中核都市・地方県庁所在地)賃貸住宅・ロードサイド店舗・ビジネスホテル購入価格安価。一定の都市需要が存在し、利回りが高め(6~10%)。人口減少・賃料下落・テナント撤退時の空室リスクが大きい。地方山村(過疎地)別荘・民泊施設・太陽光発電用地土地価格が安く、利回り(表面利回り)が高い。自然資源活用型投資(太陽光・林業など)可能。流動性が低く換金困難。賃貸需要は極めて低い。 2.各エリアの詳細な特徴解説 ① 都心商業地(銀座、新宿、梅田など)人口集中度・消費ニーズが高く、店舗ビルやテナント向け商業ビルとして魅力的。投資対象は高額で利回りは低い(2~4%台)が、キャピタルゲイン(売却益)を狙える可能性もある。地価が安定して高く、流動性も高い(換金性が良い)。【広告表現例】「希少立地!駅徒歩1分の好立地収益ビル」 ② オフィス街(東京の丸の内・大手町、大阪の梅田・淀屋橋)法人がメインターゲットで、安定したテナント需要。区分所有オフィス投資が一般的で、節税・相続対策としても人気がある。景気後退や企業移転で一時的な空室が生じやすい。景気敏感型の資産。利回りは4~6%程度が一般的。【広告表現例】「東京主要オフィス街の区分所有ビル、安定稼働中」「1棟オフィスビル投資、法人テナント契約済み」 ③ 近郊住宅地(東京近郊:三鷹・川崎・横浜・千葉・埼玉のベッドタウン)居住需要が安定し、賃貸住宅・一戸建住宅(賃貸)が人気。投資物件としては賃貸マンション・アパート中心で、中古戸建を賃貸転用も多い。ファミリー向け・単身者向けと多様な物件があり、賃貸ニーズは比較的安定。投資利回りは5~7%程度が一般的で、競争激化のため家賃の維持が難しい地域も多い。【広告表現例】「都心通勤圏、満室稼働中の1棟アパート投資」「利便性良好の中古戸建住宅、リフォーム後即収益可」 ④ 地方都市(地方県庁所在地・中核都市、例:仙台、広島、熊本など)地方都市中心部は人口が安定しているが、周辺エリアは人口減少傾向。投資物件はマンション、商業店舗、ビジネスホテルが主流。購入価格が比較的低いため高い利回り(8~10%以上)を狙えるが、将来の空室リスクがある。【広告表現例】「地方都市中心街で利回り10%以上の収益アパート」「地方都市の駅前テナントビル、満室稼働中」 ⑤ 地方山村(農村・過疎エリア)自然豊かな環境を生かした投資が主流(太陽光発電、別荘、民泊施設など)。投資額は安いが、管理や稼働率に課題が多い。投資としては玄人向き。流動性が低く売却時に苦労することがある。【広告表現例】「地方の別荘地で民泊投資、利回り15%超も可能」「地方山林を活用した太陽光発電投資、安定的な売電収入」 3.その他、投資対象として一般的なエリア分類(補足) 駅前繁華街(地方都市含む)商業テナント需要が高く、空室リスクが低い。1棟ビル投資、店舗区分投資として有効。ロードサイド店舗(郊外エリア)コンビニ・飲食店・ドラッグストアなど、郊外でも安定収入が可能。賃料が安定しやすい長期契約が多い。観光地(リゾートエリア)民泊・ホテル・別荘型施設への投資が有効。観光需要に左右されるため、収益性は変動しやすい。土地・駐車場(都市・郊外問わず)賃貸運営コストが低く、節税にも有効だが、収益性はやや低い。将来の開発を見込んで購入するケースが多い。 4.投資対象としてのポイント整理 ・都市の中心地ほど価格が高く収益率が低め、地方ほど価格が安く利回りは高い傾向。・人口動態、立地特性、テナント・居住ニーズなどを考慮し、資産価値の安定性と流動性をバランスよく考えることが重要。・初心者向き:近郊住宅地(マンション・戸建て)や都心区分所有(マンション)。・経験者・法人向き:オフィスビル・商業ビル・物流施設。・ハイリスク・ハイリターン型:地方山村エリアの民泊・太陽光施設。 第5章 まとめ・不動産投資チェックリスト 以下に、「不動産投資を行う際のチェックリスト」を体系的に構成します。これまでの章でどのような商品があるか、その特徴を述べて参りましたが、具体的な商品を見ることが不動産投資の第一歩です。自分にあった商品を探すために、まずはチェックリストをもとに自分の希望を整理したうえで、具体的な物件を調べてみて下さい。不動産投資について調査を重ねるなかでより具体的な希望条件が明確になれば、実際の物件がその希望条件にどの程度合致するかを判断することができます。そのような手順を進めるうえで、具体的なかつ実用的なチェック項目をまとめました。不動産は同じ物件は2つとないため、個々のチェックリストが全体的に関連し、最終的な価格や収益に影響してきます。網羅的な項目を挙げていますので、初心者には不明な項目があるかもしれませんので、それらはブランクでも大丈夫です。ご自身の希望条件に合致した投資物件をいくつか見つけることができれば、一定の相場観のようなものを掴むことができます。これはこういう部分があるから安いのか、あれはああいう部分が魅力的なので高めなのか、などのご自身なりの判断ができるようなればもう不動産投資家です。 1.不動産投資チェックリスト・フローチャート 以下の順序でチェックを進めていきましょう。✅ STEP1【投資目的の明確化】投資目的を設定(インカムゲイン、キャピタルゲイン、節税・相続対策など)投資期間の設定(短期・中期・長期)投資許容リスク(安定重視 or 高利回り重視)投資予算(自己資金・借入可能額)✅ STEP2【物件種類・権利形態の選定】投資金額に適した物件種類を選定(小口化商品・区分所有・1棟所有・底地等)投資目的に適合する物件種別(居住用・商業用・事務所用・ホテル・物流施設等)権利形態(所有権・借地権・底地・区分所有)を明確化✅ STEP3【エリア・立地の選定】地域区分を明確化(都心・近郊・地方都市・郊外等)立地特性チェック(交通利便性・人口動態・商圏人口・行政施策)周辺環境チェック(競合物件・嫌悪施設・将来の再開発計画の有無など)✅ STEP4【物件現地調査・物理的確認】築年数・構造(RC・鉄骨・木造など)建物の状態(劣化・修繕履歴・リノベーション有無)設備状況(水回り・空調・エレベーター・防犯・防災設備など)耐震性のチェック(新耐震・旧耐震、耐震診断・補強有無)アスベスト(石綿)調査済みの有無(石綿障害予防規則対応状況)✅ STEP5【収益性分析】表面利回り(年間賃料 ÷ 購入価格)実質利回り(実際の諸経費を差し引いた実質収入ベースで計算)周辺の賃貸相場との比較(割高・割安を把握)空室率のチェック(現状および周辺の稼働率)収支シミュレーション(キャッシュフローの安定性を精査)将来の家賃下落・経年劣化・修繕費用上昇リスクの検討✅ STEP6【法務・権利関係の確認】登記簿謄本確認(所有者・抵当権・借地権の権利関係)法令制限チェック(用途地域・建ぺい率・容積率・高さ制限)契約関係書類(賃貸借契約書・管理委託契約書)の内容確認借地権物件・底地の場合の地主・借地人との関係性確認✅ STEP7【資金調達・融資の検討】金融機関の融資評価額(融資可能額・金利・融資期間・担保条件)自己資金と融資のバランス(無理のない返済計画かどうか)借入に伴うリスク(返済計画、金利変動リスク、繰上げ返済条件)✅ STEP8【管理運営体制の確認】管理会社の有無・管理手数料管理会社の実績・信用・対応力テナント対応(募集・クレーム対応)の仕組み確認維持管理・修繕計画の体制(長期修繕計画有無)✅ STEP9【出口戦略(売却時)の確認】売却可能性・流動性の高さの確認(将来的な換金性)近隣エリアの過去売却事例確認(価格推移)売却タイミングの想定・投資期間の再確認✅ STEP10【総合的な最終投資判断】投資目的に対する物件の総合評価投資リスクとリターンのバランス評価投資判断に関する第三者専門家(税理士・不動産鑑定士・建築士)の意見・助言を得る 2.フローチャートで整理する不動産投資プロセス 投資目的・予算設定  ⬇️物件種類・権利選定  ⬇️エリア・立地選定  ⬇️市場調査・物件情報確認  ⬇️現地調査・物件状況確認  ⬇️収益性分析  ⬇️法務・権利関係確認  ⬇️資金調達・融資検討  ⬇️管理運営体制確認  ⬇️出口戦略検討  ⬇️総合的な最終投資判断 3.このチェックリストの活用方法 ・各項目を順番に確認することで、体系的で網羅的な投資判断を行えます。・判断に迷った場合、各項目のチェックを再度振り返り、専門家への相談を挟むことも有効です。・実際の投資判断の際に、チェック項目を印刷・整理して、物件ごとに客観的評価を行いましょう。 4.補足:不動産投資で忘れがちな注意事項 ・景気変動や市場動向を考慮した保守的な収支予測を立てること。・税務・法務・建築の専門家との連携によって投資リスクを低減すること。・不動産市場や関連法令・税制改正の最新情報を定期的に確認し、常に情報アップデートを怠らないこと。以上のチェックリストを活用し、体系的で精度の高い不動産投資判断を行うことができます。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ代表取締役 羽部 浩志 1991年東京大学経済学部卒業 ビルディング不動産株式会社入社後、不動産仲介営業に携わる 1999年サブリース株式会社に転籍し、プロパティマネジメント業務に携わる 2022年サブリース株式会社代表取締役就任(現職) ライフワークはすぐれた空間作り 2025年12月8日執筆
 
 
 
Recommended Articles

仲介営業に紹介される賃貸オフィスビル、されないビル

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「仲介営業に紹介される賃貸オフィスビル、されないビル」のタイトルで、2026年1月9日に執筆しています。少しでも、皆様に新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 第1章:「決まらない賃貸オフィスビル」に共通する“見えない壁” 「条件はそんなに悪くないはずなんだけど、なぜかずっと空いている」 「条件はそんなに悪くないはずなんだけど、なぜかずっと空いている」――こんな“モヤモヤ空室”に悩むオーナーやビル管理会社は、決して少なくない。立地はまずまず、賃料は相場並み、設備もそれなりに整っている。物件情報の数値/図面を見ても、特段の欠点は見当たらない。それなのに、内見案内の問い合わせすら少なく、月日だけが過ぎていく――。まったく無視されているわけではない。データベースにはちゃんと載っているし、物件情報も世の中に出回っている。でも、“紹介されていない”。あるいは、“紹介されても、推されていない”。その背後には、オーナーやビル管理会社の目には見えにくい、けれど確実に存在する“見えない壁”がある。それは、テナントではなく「仲介会社の営業担当」が無意識にその物件を“避けている”こと。もしくは、“推しきれずにスルーしている”という状態だ。 「決まるかどうか」は、仲介営業が握っている どんな物件も、テナントに良し悪しを判断してもらうには、まず誰かがその物件を紹介しなければ話は始まらない。その「誰か」とは、仲介会社の営業担当だ。彼らは日々、膨大な物件情報を捌きながら、「この案件は決まりそうだ」と感じたものに、限られた時間と労力を注ぎ込んでいる。ここで重要なのは、その判断が「この物件は決まりそう」という前向きな直感だけではなく、「これ、紹介したところでどうせ決まらないんじゃないか?」という“微妙な敬遠”にも左右されている、という点だ。この“避け”は、はっきりとダメ出しするものではない。ただ、「ちょっと扱いづらそう」「内見案内しにくそう」といった曖昧な感覚によって、紹介される物件の候補から外されていく。つまり、仲介営業にとって“紹介される物件”かどうか、この暗黙のフィルターを抜けられるかどうかが、実は最初の関門なのだ。ここで振り落とされた物件は、データ検索のリストには載っていたとしても、実際の内見案内の候補としてピックアップされることはなく、知らないうちに、なかったことになってしまっている。 「紹介されない物件」は、空室のブラックホールに落ちる いくら賃料を下げても、いくらトイレをリフォームしても、仲介営業に「紹介されないまま」になっている物件は、永遠に“選ばれない”。この「紹介されない状態」は、テナント募集資料に徴があるわけでもなければ、ビル管理会社のリーシングの月次報告に示されることもない。日常のやりとりのなかでも、問題点として、はっきりと言語化されることはない。だからこそ、オーナーや管理会社にとっては、気づきにくい。けれど、現場の仲介営業は、それを“感覚として”捉えている。──「このビル、ちょっと扱いにくいんだよな」そうした、ささやかな違和感が、紹介されないという個別の出来事として蓄積されていく。それぞれは単発の事象であったとしても、仲介営業の記憶の中で重なり合い、やがて「紹介しづらさ」という空気が、物件にまとわりついていく。明確なNG判断ではなく、いつの間にかみんなの手が伸びなくなっていく。そうなってしまえば、たとえ立地がよくても、物件のスペックが整っていても、紹介されず、内見案内されず、決まらない。“見えないスルー”によって、静かに空室ループに引きずり込まれていく。とはいえ、そのようなメカニズムで「紹介されない物件」があるからといって、それ以外のすべての物件が“積極的に紹介されている”わけではない仲介営業の現場では、「紹介される/されない」の境界線はいつも曖昧だ。ある営業にとっては「まあまあ」な物件が、別の営業には「ちょっと扱いづらい」になる。そしてその差を生み出すのは、物件の仕様や募集条件じゃなくて、ほんの些細な空気感だ。物件情報の図面の見やすさ、写真の印象、ビル管理会社のレスポンスの速度、説明のしやすさ――何気ない要素が、“思い出されやすさ”や“引っかかりやすさ”に影響している。つまり、「紹介される物件」とは、明確な基準で選ばれたものではなく、無数の現場感覚が重なった先に、ゆるやかに“浮かび上がってくる”ものだ。その“紹介される(可能性が高い)物件群”というレイヤーは、誰かが定義したわけでも、リストアップされたわけでもない。けれど、仲介営業たちの頭の中には、確かに存在している。それは、仲介の現場で共有される“空気のような了解”として働いている。このコラムでは、その空気の正体に迫っていく。仲介営業が物件をどう“感じ”、どう“スルーし”、どんなときに“推せなくなる”のか。その“名付けられない違和感”に、実務の現場から静かに向き合っていく。 第2章:仲介営業が“内見案内しづらい”と感じる賃貸オフィスビルの7つの実務ポイント 仲介営業が、物件を「紹介する/しない」を線引きするとき、いちばん先に見ているのは、物件のスペックでも家賃でもない。内見案内時のストレスと段取りの軽さ。ここに引っかかった時点で、その物件は静かに“候補落ち”する。紹介されない理由は、「物件力がない」からじゃない。むしろ、「ビル管理会社の実務対応」のなかに見えてくる。現場の仲介営業が“内見案内したくなる状態”になってるかどうか。答えは、内見案内の最中にちゃんと見えてくる。 ①内見案内の事前対応が遅い 問い合わせしても返事が遅い。もしくは返ってこない。内見案内の調整をお願いしても半日以上音沙汰がない。物件の基本情報を確認したいだけなのに、すぐに折り返しがない。こういう“反応の鈍さ”は、それだけで敬遠される。いまどき、みんなスマホ持ってる。気合があれば、すぐに折り返しくらいできるでしょっていう話。仲介営業の現場はスピード勝負。すぐに動ける物件から優先して紹介されるのが当たり前で、反応が鈍いビル管理会社の物件は、徐々に候補にすら入らなくなっていく。 ② 内見案内のときの対応 最近は、スマートロックやキーボックスを設置して、仲介営業に「勝手に見てきてもらう」スタイルも増えてきた。省力化、効率化ってことなんだろうけど、それって本当に正解なのか?現地に誰もいない内見案内は、印象に残らない。説明もない、伝わらない、記憶に残らない。仲介営業にとっても、テナントにとっても、「ただ見て帰っただけ」になる可能性が高い。ちなみに、当社の管理物件では、原則として、専任のリーシング担当が同道する。鍵を開けるだけじゃない。その場で設備の使い方、ビルの特徴、改修履歴、テナントの動きまで、ちゃんと伝える。内見案内が「場をつくる仕事」になっているかどうか。ここに差が出る。仲介営業にしてみれば、「内見案内しやすい」と感じる物件ってのは、説明のしやすさとセットになってる。だからこそ、「あのビルはちゃんと説明してくれたな」という印象が、あとで推薦されるかどうかを左右する。もちろん、同道が重たく見えたら逆効果。重要なのは、連絡すればすぐ調整できる段取りがあるかどうか。スピード感と“気持ちのいい対応”が整っていれば、同道はむしろ武器になる。 ③エントランスが暗い・入りにくい ビルの構造上どうにもならないケースもあるんだろうけど、仲介営業の感覚ってのは正直で、内見案内の入口で「連れて来づらい」と感じた時点で、そのビルはもう負けてる。だからこそ、エントランスの照明を明るめに設定する、余計な掲示物やよれたマットは外す、視界のノイズを減らす、そういう細かい配慮が効いてくる。大事なのは、「このビル、ちゃんとしてるな」っていう第一印象を、テナントのみならず、仲介営業に持ってもらえるかどうか。たとえ、築古の賃貸オフィスビルだったとしても、“気合い入ってる感”は伝わる。 ④ 執務スペースの室内が暑い/寒い/臭う これ、内見案内の現場で一番冷めるポイントかもしれない。夏はサウナ、冬は冷蔵庫、湿気とタバコの臭いが混ざった室内。内見案内時、執務スペースの室内がそんなだった瞬間、仲介営業もテナントも「うわ……」となる。それだけで、その場で選択肢から消える。でもこれって、内見案内のちょっと前に行って空調をつけておくだけで全然変わる。やるかやらないか。結局、ビル管理会社のリーシング担当の気持ちの問題。 ⑤清掃が甘い 内見案内で見られてるのは執務スペースだけじゃない。エントランスから廊下、給湯室、トイレ、共用部を含めた“内見案内ルート全体”。そこで埃がたまってたり、壁が薄汚れてたり、不要な什器が放置されてたりすると、もうその瞬間に仲介営業の心の中では“ナシ判定”が下る。築古だからこそ、清潔感が勝負になる。同じコストをかけて日常清掃の業務委託をしていたとしても、必要なのは、ちゃんとしておこうという気遣いと日常的な確認。 ⑥物件情報のデータと図面が古い・ズレている・面積が曖昧 物件情報の数値と図面は、仲介営業にとっての“説明の武器”。それが現況と違う、天井高が不明、OAフロアなのかも分からないとなれば、仲介営業はもう紹介しようとは思わない。図面が古いならば、ビル管理会社であれば社内で簡単なCADを使える人はいるでしょうに、頼んで描き直せばいいんじゃないかな。「物件情報の数値と図面が整理されてる」っていうだけで、テナントの仲介営業の印象は変わってくる。 ⑦物件情報の写真が少ない/画角が雑/現況とズレてる 物件情報の写真もまた仲介営業の武器。「これが今の執務スペースの室内です」とちゃんとした写真を見せられるだけでも、テナントの反応はまるで違ってくる。でも、ありがちなのは、外観1枚と暗い室内写真が2枚だけ。しかも、内1枚はピンぼけして、見切れてて、現況とズレてる、そんな状態だったりする。仲介営業は、そういう物件を紹介する物件の候補には入れない。ただそれだけのこと。現況を反映した明るめの写真が数枚あれば十分。新築やリノベ物件なら、プロに撮ってもらってもいい。まじで、それだけで印象が変わってくる。 ビル管理会社が“リーシング対応に慣れてるかどうか”がすべてを決める ここまで挙げた7つの要因、全部突き詰めると、ビル管理会社が「仲介営業の現場感」を分かってるかどうか、って話になる。・問い合わせにすぐ返す・内見案内をスムーズに段取りできる・あらかじめ空調を回しておく・清掃に気を配る・物件情報の数値/図面や写真をちゃんとアップデートして渡せる不思議な気もするが、いずれも、物件のスペックじゃなくて。段取りの話だ。でも仲介営業から見れば、それがすべて。紹介される物件になるか、候補にすら入らないか。その分かれ目は、意外とこういう“地味だけど重要なこと”にある。 第3章:「紹介される物件」には、“内見案内のイメージが湧く”空気がある 「この物件、いけそうか?」で仲介営業は動いている 仲介営業は、物件のスペックを一つひとつ冷静に比較検討してから紹介を決めているわけではない。現場ではもっと直感的に、「今回の案件でこの物件、いけそうか?」という感覚で動いている。そこにあるのは、「勝てそうな空気感」があるかどうか──つまり、仲介営業が“無理なく動けるイメージ”を持てるかどうかが、紹介されるか否かの分かれ目になる。 物件のスペックは“最低限の通過点”それ以上ではない 築年数、空調方式、トイレの仕様、共用部のデザイン──これらを含めた物件のスペックは、仲介営業にとって「見ておくべき前提条件」ではあるが、紹介されるか否かの決定打にはならない。実際、築30年を超えていても即決される物件はあるし、逆に築浅であっても、内見案内すら敬遠される物件もある。その差を分けているのは、「内見案内に踏み切れるかどうか」という仲介営業側の心理的なハードルだ。同じエリア、同じ坪数、同じ賃料水準の物件が3つあったとしても、仲介営業が案内するのは、“無理なく動ける方”である。 仲介営業は、“決まらない内見案内”を最も嫌う 仲介営業にとっての最大のリスクは、「決まらない内見案内」に時間と手間をかけてしまうこと。だからこそ、少しでも不安要素がある物件は、無意識に避けられていく。たとえば以下のような経験があると、その物件については、以降、なんとなく避けられてしまうことになる・内見案内の段取りが面倒(ビル管理会社の連絡が遅い・返信が曖昧)・物件情報の数値や図面と実際の現地にギャップがある・共用部など、現地での印象が説明しづらい・過去に提案したが、決まらなかったことがあるそうした小さな“引っかかり”が重なると、対象物件は仲介営業の記憶のなかで「いけそうにない」として扱われるようになっていく。 空室の原因は、“紹介されないこと”にある場合もある 空室が長引くと、つい「賃料が高いのか?」「設備が古いのか?」と、物件側の条件に原因を探しがちだ。けれど実際には、仲介営業の側で「紹介する対象に入りにくくなっている」ことこそが、最大のボトルネックになっているケースも多い。しかも、空室が長期化しているという事実そのものが、営業にとって説明しにくい要素になり、「今回もやめておこうか」という静かなスルーを誘発する。その結果、また空室が続く──という悪循環に陥ってしまう。 空室対策は、“紹介されやすい状態”を整えることから始まる 本当の空室対策は、物件のスペックをいじることでも、過剰な演出をすることでもない。まず必要なのは、「紹介しやすい状態」を地道に整えることだ。たとえば以下のような準備があると、仲介営業はぐっと動きやすくなる・数値・図面・写真などの物件情報が正確に揃っている・現地の状態が安定している(照明、空調、清掃など)・ビル管理会社のレスポンスが早く、やり取りにストレスがない・「この物件、こういう人なら合うかも」と説明しやすい特徴がある仲介営業が「これは勝てそうだ」「案内のイメージが湧く」と感じた瞬間、その物件は、自然と“紹介される物件”に引き上げられていく。そして、そこに乗れなければ、テナントに選ばれる以前の段階で、勝負は終わってしまう。 第4章:「内見案内される物件」には、気配りとテンポがある 「紹介されない理由」を潰すだけでは、紹介される物件にはならない 多くのビルオーナーやビル管理会社が空室対策としてまず手をつけるのが、共用部の清掃や物件写真の撮り直し、図面やスペック表の更新といった「基本的な整備」だ。それ自体は間違っていない。だが、それだけで仲介営業の記憶に残る“紹介される物件”になれるかというと、話は別だ。仲介営業が本当に内見案内したくなるのは、「このビル、気が利いてるな」と感じたときだ。その評価を左右するのは、紙の上の物件のスペックではなく、内見案内の現場で体験する“動きやすさ”の感触だ。この章では、その感触を生む「内見案内設計のセンス」について掘り下げていく。 「清掃されている」だけでは、必ずしも「ちゃんとしている」とは思われない たとえば、共用部を清掃しておくこと。確かに重要だ。だが、それは“やってあって当然”の話だ。仲介営業が評価しているのは、さらにその先──「あと一歩、気が利いているかどうか」である。たとえば・内見案内前に十分な時間をかけて空調を回し、暑さやニオイを感じさせない・エントランス清掃のタイミングを調整し、余計なものが視界に入らない空間を整える・エレベーターのカゴを1階に戻しておき、スムーズに内見階へ移動できるようにする・ビル管理会社のリーシング担当が玄関で出迎え、すぐに内見が始められる体制にしておくこうした細やかな配慮の積み重ねが、仲介営業に「このビル、内見案内しやすいな」という安心感を残す。これは、築年数でもリノベーションの有無でもなく、内見案内において「現場の気配り」でつくられる感触だ。この気配りは、単なるマニュアル対応でもなく、一方的な営為でもない。仲介営業との間にある、言葉にもならない阿吽の呼吸のようなやりとり――互いの動きや感覚に呼応しながら整えていく、繊細なコミュニケーションの積み重ねである。 “スムーズに終わる内見案内”が、次の紹介を引き寄せる 仲介営業にとってもっとも重要なのは、「内見案内がスムーズに終わるかどうか」だ。1日に複数の物件を回る営業にとって、段取りの読みやすさ・所要時間の予測しやすさは重要な評価軸となる。たとえば・ビル管理会社との連絡がスムーズで、返答も的確・現地に着けばすぐ内見案内が始められ、無駄なく説明できる・所要時間の見通しが立ちやすく、次の予定にも響かないこうしたテンポの良い内見案内は、仲介営業の中に「またこのビル使いたい」という記憶を残す。つまり、“スムーズな現場体験”が、「紹介される物件」の記憶を形成していく。 「説明しやすさ」は、仲介営業にとって最大の安心材料になる 整えられた物件情報(図面・写真・スペック表)は、ただテナントに渡す資料ということだけではない。仲介営業がテナントに説明するときに立つ“言葉の足場”であり、その安定感があるかどうかが、紹介に踏み切れるかの判断基準になる。たとえば・「天井高2,600ありますよ」・「このフロア、士業が入っていて静かです」・「トイレは去年リニューアル済みで照明もLEDです」これらが自然に口をついて出るように整っていれば、仲介営業は安心して内見案内できる。さらに、現地でビル管理会社のリーシング担当がその場で補足できれば、仲介営業は“さらに動きやすく”なる。重要なのは、「どんな風に説明されたいか」まで見越して整えてあること。それが、“説明しやすいビル”と評価される分岐点になる。 「仲介営業の動線」から逆算して設計する 結局のところ、空室が埋まるかどうかの入り口は、「紹介されるかどうか」だ。そしてその鍵を握っているのは、テナントではなく仲介営業だ。だからこそ、すべての整備と準備は「仲介営業の動線」から逆算して考えるべきだ。仲介営業の動きは1.物件情報を見て候補に入れる2.内見案内の段取りを組む3.現地で内見案内し4.内見案内後に説明を補足し5.テナントの反応を踏まえて再提案するこの流れが“つっかえずに流れる”ビルこそが、紹介される。そのために必要なのは、物件のスペックの高さではなく、「段取りと現場の整え方」だ。 空室を埋める前に、“内見案内される条件”を整える 空室が出たとき、すぐにリノベや賃料調整に走る必要はない。その前に問うべきは、「このビル、仲介営業に紹介されているか?」ということだ。仲介営業にとって・“動きやすい”ビルか・“面倒くさい”ビルかこの分岐は、たった数秒のテンポとわずかな段取りの差で決まってくる。だが、そのわずかな差を丁寧に積み上げている物件だけが、現実に“次も紹介される”物件になっている。空室対策の成否は、すでに内見案内の現場で決まっている。 第5章:「決まるビル」とは、仲介営業が“最後に推せる”ビル 「テナントが選ぶ」のではなく、「仲介営業が選ばせている」 テナントが最終的に契約するのは、内見案内された複数の物件のうち、たった1件だけ。だが、その選定を誰がどう後押ししたか──そこを見落としてはいけない。内見案内が終わると、営業担当は必ず聞く。「どうでしたか?」と。返ってくるのはたいてい、曖昧な反応だ。・「まあまあ良かったです」・「他の物件も見てみたいですね」この曖昧なやりとりの裏で、営業担当はすでに判断している。「このビル、決め打ちしていいか?それともやめておくべきか?」この“静かな線引き”が、提案の流れを決めている。つまり、「決まるビル」とは、仲介営業が「選ばせたい」と思ったビルだ。 「推せるか/推せないか」は、自分の仕事のリスクで決まっている 仲介営業がビルを“推す”とき、そこには「この案件、自分が責任を持てるか?」という明確な判断がある。判断の基準はシンプルだ。「あとで面倒にならなそうか?」という一点。たとえば以下のような要素が揃っていると、営業は安心して提案できる・ビル管理会社の対応が的確で速い(質問に即答できる)・内見案内の段取りがスムーズで、現地での補足も破綻がない・物件情報(図面・写真・数値)の精度が高く、現況と整合性がとれている・物件のスペックが明記されていて、テナントの質問にも即答できる・入居後にトラブルになりそうな要因が見当たらない(過去のクレーム事例も少ない)これらは、すべて「自分の仕事にリスクが跳ね返ってこない」ことを確信できる材料であり、“推せるかどうか”は、それをどこまで仲介営業が肌で感じられるかで決まる。 「わからない」は、最大のブレーキ 仲介営業にとっての“ちゃんとしてるビル”とは、「スムーズに説明できるビル」のことだ。逆に言えば、説明に詰まりが出た瞬間に「推せない」側へ傾く。たとえば・物件情報の数値/図面と現地にズレがある・物件のスペック資料に載っていない仕様がある・「この点ってどうなってます?」とテナントに聞かれて、物件情報を見ても、回答しようがない。・「あとでビル管理会社に聞いておきますね」が何度も出てくるこうした些細な「わからなさ」の積み重ねが、仲介営業の判断を鈍らせる。「何かあったらまずいな」という不安が勝った時点で、そのビルは“提案候補”から外れる。 最後の一押しが“自然に出る”ビルだけが残る 最終的にテナントが意思決定をする場面で、「ここで決めませんか?」という一言が自然に出せるかどうか。そこには、仲介営業の中で、確信が育っている必要がある。・ビル管理会社の対応に不安がない・入居後のトラブルやクレームが想定しにくい・提案後、フォローの必要があまりなさそうこれらの「先が読める」「リスクが低い」という安心感が、仲介営業の背中を押す。だから、“決まるビル”には、必ず「安心して推せる空気」が流れている。 第6章:仲介営業の“つま先”が止まるビル ──「内見案内されない理由」は、スペックではなく“足もと”にある 「なんとなく違う」──物件は“頭”ではなく“足”で選ばれている 「今回はやめておきましょうか」「この物件、ちょっと違う気がするんですよね」仲介営業が内見で物件を訪れたとき、物件資料を見返すわけでもなく、募集条件を詳細に比較するでもなく、その場の“空気”を感じ取って、すっと引き返すことがある。その判断は、頭ではなく身体――もっと言えば、「足」がしている。・なんか足取りが重い・立っていて落ち着かない・暑い、臭い、声が響く・どこをどう説明していいかわからない物件情報の数値/図面にもスペック表にも書かれていない、言語化しにくい情報。だがその微細な“ノイズ”が、「この物件はやめようかな」と営業の“つま先”を止めてしまう。 「違和感」とは、理屈よりも先に反応している身体のセンサー たとえば──・エントランスの空気がもたついている・共用部に、空室のよどみが漂っている・ドアノブの手触りが異様に古い・声が反響して落ち着かない「・ここを見せよう」と思える軸がないこうした要素は、必ずしもテナント本人が認識するとは限らない。でも、仲介営業がその空間でうまく動けないと、「やめておこう」という判断が生まれる。「このビル、図面で見たときは良かったんだけど、内見してみるとちょっと違いましたね」──テナントがそう言うとき、その“ちょっと違う”の正体は、仲介営業と共有された言語化されない違和感なのだ。 「ノイズがないこと」が、物件を自然に“通過”させる では、仲介営業がスムーズに案内できる物件には、何があるのか?実は、目立った魅力や演出があるわけではない。むしろ、「邪魔をしない」「拒否されない」状態があるだけだ。たとえば・暑くない/寒くない・臭くない・暗くない・動線に迷わない・共用部に気まずさがないこうした「ノイズのなさ」は、いわば“マイナスの排除”にすぎない。でも、それこそが仲介営業の足どりを軽くし、説明のテンポを崩さず、自然に内見案内ルートを組み立てられる鍵になる。 「選ばれるビル」は、拒否されなかった物件なのかもしれない 成約に至るビルが、必ずしも魅力的とは限らない。仲介営業が止まらず、テナントが違和感なく進んでいった結果、「ここで決めましょうか」と静かに決まることがある。つまり勝負を分けているのは、“推せる魅力”ではなく、“拒否される違和感”がなかったかどうかだ。仲介営業が立ち止まらず、説明が詰まらず、つま先が止まらない状態で動けた物件。それが「決まるビル」の共通点である。必要なのは、「整っている」こと。その整いは、仲介営業の身体が反応しない“静かな正常さ”のことだ。言い換えれば、物件が仲介営業という回路にスムーズに接続される条件が、きちんと揃っているということ。それだけで、紹介も、内見案内も、提案も、流れるように動き出すのだ。 第7章:その賃貸オフィスビルは、“紹介される物件”として認識されているか? ──仲介営業の「世界」からこぼれ落ちた物件たち 「スペックは悪くないのに、なぜか決まらない」 物件情報の数値/図面を見れば、特に大きな欠点は見当たらない。立地も悪くない。賃料も相場通り。設備も古すぎるわけじゃない。──それなのに、内見案内も入らず、問い合わせも続かず、いつまで経っても空室が埋まらない。オーナーやビル管理会社にしてみれば、「なぜ決まらないのか、まったく分からない」と首をかしげるしかない。だが、仲介営業の側から見ると、そうした物件にはある“距離感”が生まれている。それは、物理的な距離ではなく、“紹介される世界”から心理的にこぼれてしまっている物件という距離感だ。 仲介営業の中にある、“紹介される物件”という幻想 仲介営業は、毎日何十、何百という物件情報に目を通している。だが、そのすべてを一物件ずつ比較検討している時間はない。仲介営業の判断は、データ、数値による評価というより、「扱える気がするか/しないか」という感覚で下されている部分が大きい。・「このエリアの物件は大体スムーズに進む」・「このビル管理会社は、現況とのズレが少ない」・「このシリーズの物件は、内見案内しやすい」こうした“感覚的な地図”は、営業個人の経験に加え、同僚や業者間の会話、成功体験・失敗体験の共有のなかで、共有知のようなかたちで形づくられている。つまり、営業担当の頭の中には、「紹介していい(紹介できる)物件」のイメージが、幻想として漂っている。その幻想に映り込めない物件は、物件のスペックに見るべきポイントがあったとしても“存在しないも同然”になってしまう。 「物件情報がある」≠「紹介の対象になっている」 物件情報が届いている、ポータルに掲載されている、メールで案内された――それは物件の情報が“存在している”というだけにすぎない。仲介営業の頭の中で「内見案内候補」として浮上してこなければ、その物件は紹介されない。たとえば、ビル管理会社のリーシング担当が、仲介営業に対してアプローチをしたとしても・物件情報の数値/図面を送ってもスルーされる・内見調整の提案をしても、後回しにされる・現地案内をしても「また今度」と流されるこうして、物件は静かに仲介営業の思考の“視界の外”へと押し出されていく。これは、テナントに「選ばれなかった」物件ではない。「そもそも選ばれてすらいない」紹介されていない物件である。 「紹介される物件」から、こぼれていく過程 仲介営業の中で「紹介される物件」として認識されるには、小さな記憶の積み重ねが必要だ。逆に、その信頼が損なわれるのも、一つひとつの些細な体験から始まる。・現地と物件情報の写真が微妙にズレていた・ビル管理会社との連絡がちょっとかみ合わなかった・内見案内時に少し説明が詰まった・テナントから不満が出たことがある・過去の案件で、何となくスムーズに進まなかったこうした断片的な違和感が、やがて「なんとなく扱いづらいビル」の印象となって蓄積する。さらにやっかいなのは、それが個々のビルだけにとどまらず、ビル管理会社の名前や物件ブランドごとに“印象の連鎖”が起こることだ。いつの間にか「この管理会社の物件、なんかやりづらいんだよな」と、無意識に敬遠されるようになっていく。 選ばれないのではなく、「認識されていない」状態 ここが重要なポイントだ。紹介されないビルは、「選ばれなかった」のではない。“選ばれる以前に、見えていない”のである。・物件のスペックは整っている・募集条件も妥当・物件情報の数値/図面も写真も更新されている──にもかかわらず、案件が動かないのは、その物件が仲介営業の中にある「紹介できる物件」の幻想に映っていないからだ。これは、テナントに「評価されなかった」という問題ではない。そもそも“見えていない、視界に入っていない”という問題なのだ。 空室対策は、「紹介の風景」に再び入り込むことから始まる 空室が埋まるビルは、必ずしもスペックで勝っているわけではない。ただ――紹介されている。それだけだ。物件情報が共有され、案内が組まれ、内見が実施され、候補に上がる。つまり、「紹介される物件」として、日々の営業プロセスの中に位置づけられている。だから空室対策として、・物件情報の図面を更新して、磨くこと・物件情報の写真を演出すること・募集条件を調整することこれらはもちろん有効な手段だ。だがそれらよりも先に、本質的にテコ入れすべきは、「紹介という現実」の中に、再びそのビルを映り込ませることにある。 「紹介される幻想」に、もう一度参加すること 仲介営業は、毎日物件情報を見て、扱っている。そのなかで、誰に言われるわけでもなく、いつしか「紹介していい物件とは何か」という暗黙の了解が形成されていく。それは、誰かが明示的に選んでいるわけではない。でも確かに、「扱える物件の気配」は滲み出ている。・メール対応の早さ・質問への回答の正確さ・現地の内見案内のスムーズさ・雰囲気のノイズの少なさ・物件資料の写真・図面の見やすさそうした小さなやり取りの積み重ねが、「あのビルなら紹介できそうだ」という幻想を静かに育てていく。そしてこの幻想の中に、物件がもう一度参加できたとき、はじめて“空室が埋ま”っていく。 勝負は、「物件のスペック」や「募集条件」だけじゃなく「意識の中に存在しているか」 空室を抱えるビルが、まず意識すべきは、「リノベーションをした方が」「募集条件を合わせた方が」についての検討はさておいて、問うべきは、「このビルは、いま仲介営業の頭の中に存在しているか?」ということだ。わずかな違和感の解消、説明のしやすさ、内見案内のテンポ感、応対の信頼感――そうした繊細な相互作用のなかで、物件は徐々に「紹介される風景」に滲み出していく。このプロセスは、いわば共同幻想の境界線を少しずつ湿らせる作業に近い。乾いて離れてしまったビルを、じりじりと“中”へ引き戻す営みだ。空室対策とは、募集条件調整、リノベーションだけじゃない。「紹介される物件」として、現実のなかにもう一度浮上できるかどうか。その一点にかかっている。 最終章:賃貸オフィスビルは“扱われる”ことで、息を吹き返す ──「紹介される」という現実に、もう一度つながるために いま、賃貸オフィスビルの空室に悩んでいるオーナーの中には、募集条件を見直して。リノベーションも手掛けて、あとは運かタイミングの問題だと感じている人も少なくないかもしれない。だが、本当に問い直すべきなのは、そういった「建物そのもの」なり「条件」ではなくて、そのビルがいま――仲介営業の“日常の風景”に、ちゃんと存在しているかどうかだ。 賃貸オフィスビルは、「紹介される物件」という“流通”の中で初めて存在する どれだけ良い条件で募集を出しても、仲介営業の意識にのぼらなければ、その物件は紹介されない。 紹介されなければ、案内もなく、提案もされず、選ばれることもない。賃貸オフィスビルの情報サイトに掲載されていようと、物件の写真が綺麗だろうと、「流れていない川」に浮かぶだけの存在になってしまう。この現実は残酷だが、正確でもある。空室が埋まるビルと、いつまでも決まらないビルとの差は、仲介営業に扱われて、「紹介される」かどうか、まさに、そこなのだ。 共同幻想は、意図的にはつくれない。けれど、整え、育てることはできる 仲介営業が「あの物件なら扱える」と感じるとき、そこに誰かの指示やルールがあるわけではない。それは、日々のやりとりのテンポ、空間の印象、説明のしやすさ、対応の正確さといった、無数の断片的な経験のなかから、じわじわとにじみ出てくる“気配”のようなものだ。この気配は、強引につくることはできない。だが、整えることはできる。たとえば、不自然な間取りにちょっとした内見案内の導線を足すこと。質問への回答を翌日に回していた内容を、当日中に返すこと。どれも地味だが、そうした小さな対応の積み重ねが、仲介営業の身体と意識の中に「この物件、扱いやすいかもしれない」という感覚を、確実に残していく。そして、その“感覚”が一人だけでなく、複数の仲介営業のあいだで、なんとなく共有され、なんとなく語られ、なんとなく思い出されるようになったとき――それはもう、“共同幻想”として立ち上がっている。誰かがつくるものではない。だが、確かに「そこにある」と皆が思い始める。その幻想の中に入り込めた物件だけが、「紹介されるビル」として再び現実に浮かび上がってくるのだ。 空室対策とは、「存在を取り戻す」ための運用である いったん、仲介営業の記憶からこぼれ落ちたビルを、もう一度“紹介の風景”に戻すには、それなりの時間と丁寧な対応・運用が必要になる。だが、それらの努力によってビルが再び扱われはじめた瞬間、空気は確実に変わる。物件のスペックや募集条件で他を圧倒できないとしても、仲介営業の動線の中に入り、意識にのぼり、身体が自然と動くようになったとき、そのビルは再び“紹介される可能性のある場所”に浮上している。空室対策とは、物件のスペックなり、募集条件の調整だけじゃなくて、仲介営業の記憶への再接続だ。「紹介される物件」という共同幻想に、もう一度接続されるための地道な回復プロセスなのだ。 終わりに:あなたのビルは、もう一度“扱われる側”に戻れるか? いま、この瞬間にも、無数のビルが「存在していない」ものとして日々の営業活動をすり抜けていく。紹介されないビルには、永遠に声がかからない。だからこそ問いたい。そのビルは、いま誰の現場に“存在している”か?いま、誰の手によって“扱われている”か?空室を埋めるとは、誰かの記憶に、身体に、日常に――もう一度“戻る”ことなのだ。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年1月9日執筆

築古の賃貸オフィスビルにおける“水回りの整え方”再考―どこを、どう整えるか―

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古の賃貸オフィスビルにおける“水回りの整え方”再考―どこを、どう整えるか」のタイトルで、2026年1月8日に執筆しています。少しでも、皆様にお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 はじめに 「内見はトイレで決まる」という言葉を、築古賃貸オフィスビルのビル管理会社の担当者なら一度は耳にしたことがあるだろう。正直に言えば、賃貸オフィスを選ぶ企業がトイレや給湯室といった水回り設備を、なぜそこまで重視するのか、と思った経験もあるのではないだろうか。しかし、現場の実情は驚くほどシンプルだ。「立地は申し分ない、坪単価も魅力的、レイアウトも悪くない。でも、水回りがちょっと…」築30年以上の賃貸オフィスビルを案内するリーシング営業担当者から、このような声が後を絶たない。内見に来た企業の担当者が眉をひそめる瞬間を見逃さず、その後の意思決定に大きな影響を与えているのが「水回りの第一印象」なのである。 オーナーにとって水回りは、どちらかと言えばコストや手間ばかりが目につく箇所という印象だ。老朽化した便器、独特の空気感、薄暗く古びた給湯室……日常的な清掃の手間や、突発的な不具合対応の煩雑さに、頭を悩ませることも少なくない。だが、こうした「なんとなくどんよりした」水回り空間は、内見者にとってもまた、ビル全体の印象を静かに下げる要因となっている。そしてその場面で、多くの内見者が無意識に求めているのは、派手な演出や高級感ではない。重要なのは、視覚的・感覚的に、瞬時に不快感がないと判断できる状態――つまり「機能的清潔感」である。空間の用途に対して、無理のないかたちで整備されていて、使うことに何のストレスもない。そのように整えるだけで、水回りは印象を下げない空間として機能する。本コラムでは、築古の賃貸オフィスビルにおける水回り――とりわけ、トイレと給湯室に焦点をあてる。単なる老朽化設備としてではなく、整え方そのものがビルの信頼性を左右する空間として捉え直し、実務の視点から考える。以下の観点を通して、水回り整備の本質に迫っていくなぜ、今あらためて水回りが問われるのか?単なるリフォームの検討で見落とされがちな、整備と対応体制の設計とは?「どこを、どこまで整えるか」を判断する基準は、どう持つべきか?テナントにとって、水回りは日常的に使われる場所でありながら、最も素の状態があらわれる空間でもある。整っていて当然と思われている空間がゆえに、ほんの少し乱れているだけで、「このビル、大丈夫かな」という印象に変わってしまう。逆に言えば、派手な演出ではなく、考え抜かれた整え方ができているかどうか――そこにこそ、築古の賃貸オフィスビルの実力がにじみ出る。設備を入れ替えるかどうかよりも、その整備方針をどう考え、どう現場に落とし込んでいるか。「水回りで決まる」とは、そうした実務の積み重ねと正面から向き合うことなのかもしれない。このコラムでは、その具体的な視点と整備の考え方を、整理していく。 第1章:水回り設備が築古の賃貸オフィスビルの意思決定を左右する理由 「立地・坪単価・広さ」だけでは決まらない 築古の賃貸オフィスビルのオーナーにとって、テナントに選ばれるか否かは死活問題だ。そのため、多くの場合、オーナーは立地条件や坪単価の競争力、または内装の見栄えといったポイントに注力しがちである。実際、マーケットにおいてこれらが重要なファクターであることに異論を唱える人はほとんどいないだろう。しかし、実務的には「条件はすべてクリアしているはずなのに、なぜか決まらない」というケースが少なくない。その際、営業担当者や管理会社が現場で頻繁に遭遇する落とし穴が、水回りである。特にトイレと給湯室は、物件内見時のわずか数秒でテナントの判断を左右してしまう。 内見担当者が水回りに「過敏な反応」を示す理由 では、なぜテナント企業の担当者は、わずかな内見時間でそれほどまでに水回りの印象を重視するのだろうか?その理由は心理学的・行動経済学的な視点からも説明できる。人間は本能的に、衛生面での嫌悪感を強く持っている。清潔さや衛生状態に関する直感は、生存本能に根ざした深い心理的反応であり、ロジカルな意思決定よりもはるかに瞬間的かつ感情的なレベルで行われてしまうのである。トイレや給湯室のくすんで、古ぼけた感じが与える直感的な嫌悪感は、その後に見る部屋や設備がいかに優れていても、簡単には払拭できない負の印象を生んでしまう。内見後に意思決定プロセスが進むにつれて、担当者の頭の中には「トイレが古い・キレイではない」という負のイメージが無意識に残り続ける。つまり、築古の賃貸オフィスビルの内見では、水回りの印象が決定的な影響を与える瞬間が存在するのである。 意思決定プロセスにおける「瞬間的判断」の力 テナント企業が物件を選ぶプロセスは、必ずしも論理的かつ合理的な判断だけで成り立つわけではない。むしろ、「直感的判断(First Impression)」によって方向性がある程度固まり、その後、合理的にその判断を補強する情報を探す、というプロセスで決定される場合が多い。実際のテナント意思決定においても、内見後の社内会議などで物件評価が行われる際、「何となくトイレがキレイではなかった」という理由は明確なマイナス材料となり、後に「管理体制が不安」「社員の不満につながる」などの合理的理由付けがされるケースが多い。これは行動経済学で言うところの「後知恵バイアス(Hindsight Bias)」とも関連している。人間は直感的に嫌悪感を感じた後、その感覚を正当化するために論理的な理由を後付けする傾向がある。水回りのネガティブな印象は、こうした心理的バイアスによって簡単に強化され、意思決定を覆すほどの力を持ってしまうのである。 築古の賃貸オフィスビルが抱える水回りの構造的課題 築古の賃貸オフィスビルにおいて、内見時の印象形成で最も弱さが出やすいのが水回りだ。築年数を重ねるにつれて、配管設備の老朽化、給排水性能の低下、防水処理の劣化、そして湿気による影響など、構造的な問題が次々と表面化してくる。多くのオーナー/管理会社は、表面的なリフォームで対応しようとするが、大抵の場合、これらの問題は表面的な対処法では解決しない。築古の賃貸オフィスビルにおいて効果をもたらす水回りの改善とは、「瞬間的に感じられる清潔感」=「機能的清潔感」を追求することである。 「機能的清潔感」という視点の導入 築古の賃貸オフィスビルの水回りをどう整えるか――これは、表面的なキレイさを演出することとは少し違う。本コラムで扱う「機能的清潔感」とは、テナントにとって「使ううえで不安や嫌悪を感じない状態」を、過度な投資を伴わずに実現する整備のあり方である。便器やシンクの形状が多少古くても、床や排水口まわりが適切に清掃され、違和感なく使える状態に保たれていれば、内見者はそこで判断を止めてくれる。逆に、見た目を取り繕っても、日常的な清掃・管理が甘ければ、「このビルは大丈夫だろうか?」という不信感につながってしまう。 水回りがきちんと整っていると、それだけで信頼感が生まれる。つまり、「この空間はきちんと扱われている」という印象が、無意識のうちに伝わってくるからだ。そして、人は目に見える部分が整っていれば、見えない部分もきちんと管理されているはずだと感じるものだから。今後の章では、そうした「機能的清潔感」をどう実務に落とし込むか――その際、どこまでをやるべきで、どこからはやらなくてよいのか。現場感のある判断のヒントを、できるだけ具体的に整理していく。 第2章:「機能的清潔感」とは何か―表層的なリフォームからの脱却 「キレイに見せる」と「清潔感」は違う 築古の賃貸オフィスビルのオーナー/管理会社が陥りがちな失敗の典型が、表面的な装飾や部分的な見た目のリフォームだけで内見評価を改善しようとすることだ。例えば、古いトイレの壁紙を明るい色に変えたり、手洗い周りにデザイン性の高い照明やアートパネルを設置したりするなどの方法がよく見られる。確かに、内見時の第一印象としては一見「オシャレ」「キレイ」という評価を得る場合もあるかもしれない。しかし、こうした改善策の多くは、内見後の意思決定を好転させることにはつながりにくい。テナント企業が重視する「清潔感」とは、整えた美観にではなく、「日常的に問題なく使えるという安心感」と共にあって、毎日の「適切な維持管理」によって保たれるものだからだ。見た目だけ整えても、日々の清掃や、トラブル時の迅速な対応力がなければ、テナント側はそのことを敏感に感じ取り、逆に「作られた清潔感」に違和感を覚えるようになる。 表層的な改善が心理的に逆効果となる理由 実務的に重要なのは、内見時の第一印象が持続する「深い納得感」を持っていることだ。人間の認知プロセスは、初見の印象が後の評価を強く方向付ける傾向にあるが、同時に「本質的でない装飾」には非常に敏感である。心理学において「認知的不協和(Cognitive Dissonance)」と呼ばれる状態がある。これは、見た目の印象(キレイ)と実際の状態(古い・使いづらい)にギャップがある場合、そのギャップ自体が不快感を増幅させるという現象である。トイレや給湯室において表面的な改善を施しても、日常清掃や管理体制がおざなりになっていると、この「認知的不協和」が生じ、内見時にマイナスの心理状態をかえって増幅させてしまうリスクが高まるのだ。 「機能的清潔感」という視点の重要性 このコラムで提唱する「機能的清潔感」とは、「日常的な維持管理によって自然に保たれる、実務的かつ現実的な清潔感」のことを指す。それは、表面的な外観を取り繕うことで生まれるものではなく、実務的に言えば、以下のような「管理やメンテナンスがしやすい状態」をつくることを意味している。 ・日常的に問題が起こらないよう、清掃、管理が行き届いている・トラブルが発生した場合でも、迅速かつスムーズな対応ができる体制が整備されているこのように、「機能的清潔感」とは単に表面的にキレイに見せることではなく、日々の清掃、管理とトラブル対応の仕組みまで含めて整備された状態を指すのである。 第3章:築古ビルの水回りは「対応力」で決まる―トイレと給湯室の実務評価軸 「古い=汚い」と思われないために必要なこと 築古の賃貸オフィスビルでは、水回り、とりわけトイレに対する内見者の目は厳しい。一方で、給湯室はあまり目立たない存在ではあるが、「日常的に使われる場所」として、整っていて当然とみなされやすい。つまり、見られ方に違いはあっても、いずれも同じ基準で判断されている。きちんと清掃されているか、そしてトラブル時にすぐ対応できる体制があるか。水回りの評価を左右するのは、この管理の姿勢に尽きる。本章では、築古の賃貸オフィスビルにおける水回りの評価を大きく左右する実務的な対応力について、具体的な視点で整理していく。 ①清掃体制が整っていれば、水回りは嫌われない 内見時に、もし万が一、水回りで「臭いが気になった」「床が汚れていた」と感じたとしたら、後から、なにをしたとしても、その印象を拭うことは難しい。だが、適切な清掃体制と頻度が確保されていれば、そもそも問題は起こり得ない。実務的な現場感覚から言えば、トイレや給湯室の不具合の多くは、清掃不足に起因する。築年数が半世紀を過ぎた飲食雑居ビルじゃあるまいし、排水トラップが正常に機能していれば、下水の臭いが逆流することはまずない。施設面の不備で臭いが問題になることはあり得ない。トイレの便器や床、洗面周り、給湯室のシンクの汚れ・水アカが目につくとしたら、100%、日常清掃の不徹底を意味するだけである。したがって、「古いから清潔に見えない」のではなく、「清掃が足りていないから不潔に見える」という認識が重要だ。 実務ポイント・日次・週次での清掃範囲と手順の明確化(壁・床・便器・シンクまわり等)・清掃チェックリストの導入と巡回点検の仕組み化・内見前のスポット清掃(最低でも床・手洗い・便器・シンク周辺) ②詰まり・水漏れ等のトラブルへの即応体制が信頼につながる 築古の賃貸オフィスビルでの水回りトラブルのあるあるが、トイレの詰まりと、給湯室を含む水漏れだ。どちらも「いつか起きるもの」として、起きた際にいかにスムーズに対応できるかが、テナント満足度に直結する。 トイレの詰まりの実態詰まりの原因は、便器の問題ではなく、配管内部に長年蓄積した尿石などによる通水断面の狭まりが多い。とくに築古の賃貸オフィスビルでは、配管自体の経年劣化も相まって、詰まりやすい傾向がある。対応としては、次のような段階的対応が現場では一般的だ:一次対応:ビル管理会社の社員が、ラバーカップ(すっぽん)で解消できるかを確認二次対応:業者を手配し、薬剤やトーラー(ワイヤー)での貫通作業。更に、対応をエスカレートする必要がある場合のみ、高圧洗浄を実施便器を交換したとしても、配管がそのままなら再発は避けられない。詰まり対策は日常管理+トラブル即応体制の整備が基本である。水漏れトラブルへの備え水漏れの主因は、トイレ、給湯室に共通しているが、配管接続部のパッキン劣化によるもの。数百円~数千円程度の部材交換で対応可能なケースが大半だ。だが、対応が遅れると下階への漏水など大きな損失に発展するリスクがあるため、初期対応力と業者との連携体制が鍵になる。実務ポイント:・ビル管理会社の社員が一次対応(ラバーカップ/止水確認)を担える体制整備・トラブル発生時の連絡・対応フローを掲示・マニュアル化・提携業者と「即日対応」の関係性を構築しておく ③設備更新は「印象を変える切り札」として戦略的に使う 便器・洗面台・シンクなど水回りの設備更新、内装素材の更新は、「劇的に印象を変える手段」である。ただし、これは清掃とトラブル対応という管理体制の基盤が整った上で初めて効果を発揮する。更新の判断基準は、「清掃しても古さの印象が払拭できないか」に尽きる。古いピンクの便器、黄ばみの取れない洗面台、曇ったままのシンクなど、清掃ではどうしようもない状態のとき、更新=印象刷新という意味で効果を発揮することがありえる。空室募集の内見での第一印象を重視する場合や、バリューアップの一環として賃料水準を引き上げようとするのであれば、そうした水回りの刷新は象徴的なサインとして効果的である。ただし、そうした設備更新はあくまで最後の一手として冷静に判断するべきである。 ✦ミニコラム オフィスの「水回り」は、共用部でありながら、もっとも“個人的な”場所かもしれない トイレや給湯室は、あくまで共用部の一部として、ビル側が用意し、管理する空間である。区画ごとに間仕切られた専用部のオフィスとは異なり、それ自体が賃貸契約上でも専用部とは扱いが区別されている。 ところが、そうした制度上の取り扱いとは裏腹に、実際のオフィスで働くテナント従業員にとって、この水回り空間は、 極めて“個人的”な意味を持つ場所なっている。トイレは、業務の緊張から一時的に離れられる、数少ない“孤独な空間”だ。 同僚との会話も、視線のやり取りも、意識しなくて済む。 個室の扉を閉じるあの数分だけは、自分の時間に戻れる。 それが共用部であることなど、日々の使用者にとっては関係ない。 給湯室は、もう少し開かれた、しかしやはりオフィスの “本線”とは少し離れた場所である。 マグカップをすすぐ音、ポットの湯気、漂うコーヒーの香り。 ここでは、たとえば別部署の社員とたまたま会って交わす一言が、業務とは関係のない雑談になったりする。 「ここ、寒いですよね」とか、「あの会議長かったですね」とか。 その会話は、Slackにも議事録にも残らないが、たしかに職場の空気をつくっている。 つまり、給湯室はオフィスの“余白”として、人間関係のバッファを育てている空間とも言える。 こうした水回りの空間性は、オーナー/管理会社側が直接コントロールできるものではない。 だが一方で、その空間が整っているか、整っていないか――それだけで、テナントの従業員が感じる「職場としての快適さ」には差が出てしまう。 「汚れていないこと」「トラブルが起きてもすぐ直ること」は、実務的な信頼の土台だ。 だが、それだけではない。 この空間の持つ“個人的な時間”や“非言語的な関係性”への理解があるかどうかは、実はビルというハードの整備を超えて、ソフトな評価軸として作用しているのかもしれない。      第4章:「どこまで整えるべきか」――築古の賃貸オフィスビルの水回り改善における実務的判断軸 「水回りをきれいにすれば、決まるのか?」 築古の賃貸オフィスビルの空室が長期化しているとき、オーナー/管理担当者のあいだでよく話題に上るのが「水回りの刷新」である。「トイレを新しくすれば印象が変わるのではないか」「給湯室を改装したら空室が埋まるかもしれない」――こうした相談を受ける機会は少なくない。たしかに、水回りは日常的に使われ、かつ印象に直結する空間だ。そこに手を入れることで反応が変わることもあるだろう。しかし実際には、「整っていなくても決まる」こともあれば、「整えても決まらない」こともある。つまり、水回りの整備にはやるべきこととやらなくていいことの線引きが必要であり、その判断を誤ると、投下コスト倒れに終わる危険もある。この章では、築古の賃貸オフィスビルにおける水回り改善について、何をどこまで整えるべきかという判断の順序と軸を整理する。 清掃とトラブル対応こそが「やるべきこと」 水回りに関して、まず確認すべきは「清掃が行き届いているか」「トラブル時の対応が整っているか」である。この2点は、整備の基本であると同時に、評価の前提条件でもある。言い換えれば、どれだけ設備が新しくても、清掃が甘ければ意味はなく、対応が遅ければ信頼は得られない。逆に、多少古くても、「整っている印象」が生まれているならば、更新せずとも十分に評価されうる。水回りに関しては、この基本動作だけで印象が改善する余地が大いにあることを、まず押さえておくべきだ。 設備更新は「整え方の最後の一手」として冷静に判断する 一方で、設備更新が避けられないケースもたしかに存在する。清掃しても取れない黄ばみや水垢、明らかに古さが目立つ陶器の色味や金物の劣化など――こうした状況では、「整っている」という評価自体が成立しないこともある。特に以下のような状態であれば、更新を検討する意味が出てくる:・ピンクやアイボリーの古い便器・洗面台が視覚的に目を引く・鏡や流し台がくすみ、どう清掃しても古びた感じが残る・清掃や補修では印象が改善しないと、現場でも判断されているこうしたケースでは、設備更新=印象刷新の切り札として機能する可能性がある。ただしそれも、日常の清掃・点検・対応体制が整っていることを前提とした話であり、それなしに改修だけを行っても、効果は、ほとんど望めない。 「設備更新すれば埋まる」とは限らないという現実 ここで重要なのは、設備更新をしたとしても、テナントが埋まらない物件が現実に存在するという事実だ。テナントがなかなか決まらない状況に焦ったオーナーが、打開策として水回りに手を入れる――そんな場面は少なくない。だが、その結果として劇的に反応が変わるかといえば、そうとは限らない。そもそも、テナントの判断軸は水回りだけにあるわけではない。更新に踏み切るなら、どこをどう整えるのかという方針を明確にし、戦略的に取り組むべきだ。 設備更新の資金負担と“踏み切るか”の判断材料 以下は、設備更新を検討する際の概算支出額の目安である。これを参考に、「費用をかけるに見合うだけの判断ができているか」を自問しておくべきだ。※以下は、当社が手掛けた場合、オフィス用途としては最高級のブランド・イメージを確立せんと改装した場合の目安であり、個別条件によって変動あり。 項目概算費用(税抜)備考便器の交換(1基)40〜50万円撤去・廃材処分含む洗面台の交換(1台)30〜40万円特注デザイン仕様(配管接続・鏡含む場合は上昇)流し台の交換(給湯室・1台)50〜70万円特注デザイン仕様(既存撤去・壁面補修あり)内装改修(床・壁・天井)5〜10万円/坪材質・範囲により変動 このように、「印象を変えるための更新投資」を行うにはそれなりの資金負担を伴う。期待された効果がリーシング等において目に見えて発揮されなかった場合等、これらの投資支出の回収において不確実性を伴うことについては常に留意が必要である。だからこそ、踏み切るかどうかは、状況を見極め、反応を観察しながら慎重に判断するべき領域である。 まとめ:築古の賃貸オフィスビルの水回り整備は、「順番」を間違えないこと 築古の賃貸オフィスビルにおいて、水回りはたしかにテナントの印象に影響を与える空間だ。ただし、それは「見映えがいいかどうか」ではなく、清潔に保たれ、日常的にきちんと機能しているかどうか――つまり機能的清潔感によって評価される。だからこそ、清掃や簡易な補修といった基本的な整備対応が不十分なまま、いきなり設備更新に踏み切っても、本質的な改善にはつながらない。まずは、今ある人員や管理体制の中で、どこまで整えられるのかを突き詰めるべきだ。それでもなお、「自分たちの整え方として更新が必要だ」と判断できるかどうか――そこが、次の一手を決める本質である。設備更新は、印象を上げるための手段ではあっても、それだけが目的ではない。整える順番を間違えないこと。そこにこそ、築古の賃貸オフィスビル運営のリアリティと戦略が宿る。 第5章:「整っている」ことの次へ―水回り整備に“判断の軸”はあるか? 「清掃してきちんとしている」だけでは足りない時代に 今どき、築古の賃貸オフィスビルであっても、トイレや給湯室の手入れがまったく手入れされていないような物件はほとんど見られない。きちんと定期清掃が入り、基本的な日常管理がされていれば、表面的な汚れや破損は一定水準で抑えられている。水回り整備の評価ポイントは、「やってあるかどうか」ではありえなくて、「どう整えているか」という側面へと移ってきている。ただし、この「どう整えているか」という視点は、単なる清掃のオペレーション・レベルを意味するものではない。清掃や日常管理に始まり、修繕、さらには設備更新まで含めて、どこを・どの水準まで整えるのか、そしてどのタイミングで更新に踏み切るのか――こうした水回り整備に対する考え方や判断の積み重ねが、最終的には物件全体の印象としてテナントに伝わっていく。大切なのは、いま目の前の水回りが「整っているか」ではなく、「どんな方針で整えているのか」。その違いが、築古の賃貸オフィスビルにおいて選ばれる理由になる可能性は、たしかに存在している。 「整備の水準」ではなく、「整備の設計思想」が印象を決める たとえば、トイレの床材が傷んできたときに、それを張り替えるべきか、清掃で様子を見るか。便器の形状が古くなってきたが、まだ機能的には問題がないとき、更新すべきかどうか。給湯室の流し台がくすんできたが、使える状態ではある場合、それをどう判断するのか。こうした場面では、「整っている/いない」という二択では答えが出ない。大切なのは、それらの判断に一貫した考え方や優先順位があるかどうかである。 ・どこにコストをかけ、どこを割り切るのか・何を維持の対象とし、何を更新の対象とするのか・整備の方針は、物件全体の印象とどう連動しているのかこうした設計思想があれば、水回りの整え方は判断の積み重ねとして明確になってくる。そしてその積み重ねは、テナントの受ける印象にも、静かににじみ出ていく。 整備の判断が「場当たり」になっていないか? 築古の賃貸オフィスビルの水回り整備において最も避けたいのは、方針のない場当たりの対応である。たとえば・便器が割れたから、そこだけ最新型に交換・クレームが出たから、特定の箇所だけ照明をLED化・担当者が替わったから、内装テイストが急に変わった個別の判断としてはどれも妥当性があると言えるかもしれない。だが、こうした整備が全体として「何を目指しているのか」が見えない場合、結果として雑然とした印象に流れていくリスクがある。そして、そうした整え方の不一致や整備のちぐはぐさは、テナント側に無意識の違和感として伝わってしまう。「ちゃんと整えようとしている」感覚が持てない空間に、テナントが従業員を安心して送り込めるはずがない。 整え方に「方針」があるビルは、印象がブレない 整え方に「方針」があるビルは、印象がブレない評価の高い築古の賃貸オフィスビルでは、水回りの整備ひとつ取っても、運営の中に一貫した方針が感じられる。たとえば、次のような姿勢が典型的だ。 ・設備の交換までは行わないが、清掃と軽微な補修は徹底する・更新を行う際は、色や素材、意匠を他の空間と調和させる・派手な演出は避けるが、放置感や使いづらさは決して残さないこうしたどこまで手を入れるかという線引きが明確に設計されている物件は、内見者や入居者の目にも「印象がブレない」と映る。そして何より、「このビルは、きちんと考えて運営されている」と感じさせる空気がにじむ。それは、設備が新しいかどうか、デザインが凝っているかどうかといった表面的な話とは、まったく別の次元の信頼感だ。 まとめ:「整っている」は、あくまで手段である 水回りを整えるという行為は、それ自体が目的ではない。本来は、テナントに不快感を与えず、安心して使ってもらうための手段である。だからこそ重要なのは、「何のために整えるのか」を言語化できていること。そして、その目的に照らして、一つひとつの判断が組み立てられていること――。これが、「整え方に判断の軸がある状態」だと言える。整え方に一貫性があるかどうか。その違いは、最終的に「このビルに入って大丈夫かどうか」という、テナント側の根本的な信頼判断に影響してくる。つまり、「水回りで勝てるかどうか」とは、単に見た目を整える話ではない。“整える”という行為に、筋が通っているかどうか――その姿勢そのものが問われている。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年1月8日執筆

それでも、私は“このビル”を持ち続ける ―賃貸オフィスビル・オーナー千人の本音から見えてきた現実と

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「それでも、私は“このビル”を持ち続ける―賃貸オフィスビル・オーナー千人の本音から見えてきた現実と」のタイトルで、2026年1月7日に執筆しています。少しでも、皆さんに新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 はじめに 「この賃貸オフィスビルって、あと何年もつのか」「もう売るべきなんじゃないか」「でも、手放したら何が残る?」築年数が30年を超えた賃貸オフィスビルや店舗ビルを運営するビルオーナーたち。彼らは今、「なんとなく続けてきた」経営の、その先にある現実と向き合わされている。賃貸オフィス市場の空室率が改善したと言われても、帳簿に残るのは増え続ける支出。リニューアルすれば良い、設備を更新すれば良い――それが正論だとわかっていても、「そこに踏み出せない理由」が山ほどあるのが本音だろう。本コラムは、最近の賃貸オフィスビル・オーナーの動向に関する調査を紹介した記事を見ながら、そうしたビルオーナーたちのリアルな感覚と、そこに潜む“決断の論理”をひもとくことを目的としている。数字の裏にある葛藤。言葉にされないまま続けられているビル経営。その「静かな選択」を、私たちはもっと真剣に読み解くべきではないだろうか。 第1章:賃貸オフィスビル・オーナーの“顔”が変わらない理由―なぜ60代以上が過半数なのか。事業継承の現実と、“持ち続ける”という選択の背景 千人を超えるビルオーナーを対象にした調査によると、経営者の約6割が60歳以上という結果が示された。この数字だけを見ると、「不動産オーナーの高齢化が進んでいる」といった、よくある表面的な解釈にとどまりがちだ。しかし、より本質的な問いは別にある。それは――「なぜ、その不動産は若い世代に引き継がれていないのか?」という問題だ。単なるビルのオーナーが歳を取って、年齢分布がシフトしたという話ではなく、「継承されない構造」がそこにあるのだとすれば、これは今後の賃貸オフィスビル市場にとっても無視できないサインである。 「たった1棟」の重さ 調査によると、全体の6割のオーナーは「1〜2棟」しかビルを持っていない。その中でも、主要ビルの延床面積は1,000坪未満が約7割、築年数は33年以上が約半数を占めていた。つまり、いわゆる“中小型の築古ビル”を少数所有しているオーナーが、全体の多数派を形成しているのである。地元で父の代から続く賃貸オフィスビルを1棟あるいは2棟、相続して、というような。そうした“零細かつ個人経営的な賃貸オフィスビル事業”が、実は東京の都市経済のベースを静かに支えているということは、あまり語られてこなかった。そしてこの構図の中には、「小規模だからこそ、次の世代に引き継ぎにくい」という側面も浮かび上がってくる。たとえば5棟10棟と複数のビルを保有する法人オーナーであれば、ビル管理業務を専門の管理会社に任せたりもできるし、事業承継にあたっても、ポートフォリオの組み替えや一部売却など、いくつかのがあり得る。しかし、ビル1棟2棟しか持たないオーナーの場合、その運営は「事業」としての合理性よりも、「家族の財産として維持されるもの」として扱われがちだ。家業の一部として、生活と直結するかたちで個人が担っており、意思決定も情緒的・保守的になりやすい。経営というより、“生活の延長線上で背負う資産”といった方が近いだろう。そして当然ながら、資産規模が小さいほど、失敗は許されない。投資判断は慎重になり、収益のブレには神経質にならざるを得ない。その慎重さが、知らず知らずのうちに「誰かに継がせる」という選択肢に、無意識にブレーキをかけていく。 「継がせたい」のに、継がせられない―現場にある静かな断絶 相続を見据えて不動産を持ち続けることは、いまや珍しくない、というか王道の資産運用戦略だ。賃貸オフィスビルであれば、毎月の賃料収入を得ながらも、相続時の評価額は一定程度圧縮される。現金で保有して相続させるよりも税務上は有利で、「子どもに有利に残すために、賃貸オフィスビルを運営し続けている」という高齢オーナーを、現場ではよく見かける。しかしその一方で、「相続させた後、息子や娘がこの賃貸オフィスビルの運営を引き継ぐのかどうかは、正直わからない」と語る声も少なくない。調査結果としては表に出てこない部分だが、実務の現場では、“継がせたいという親の気持ち”と、“継ぎたくないという子の本音”が、噛み合わないまま空中に浮いているケースが多いようにも見受けられる。それも無理はない。オーナー自身が日々の経営の中で、「こんなに気を遣って、頑張って、それでも、今後、ビジネスとして伸びていくこともないし、報われることを実感し難い仕事を、子どもにやらせたいか?」と自問してしまうのだ。ある種の“やらせたくなさ”が、オーナー自身の内側からにじみ出てくる。 現時点での賃貸オフィスビル経営は、必ずしも“悪い”状況ではない。ただし、じわじわと増えていく支出。強まる「身を削っている」という実感。これらは無視できないリアリティだ。中小規模のビル経営は、単に管理会社に任せておけばいいようなシンプルな商売ではない。 ・修繕のタイミングをどう見極めるか・設備更新の必要性と費用の兼ね合い・テナントとのトラブル対応、賃料交渉の方針・法務・税務にかかわるリスク判断 これらすべての決定が、最終的にはオーナー個人に委ねられる。たとえ実務を管理会社に任せていたとしても、プリンシパル=エ―ジェント問題を無視できない以上、丸投げはできない。利害がズレれば、対応の質もズレていく。しかも、それらの判断はマニュアルでは対応できない「個別対応」の連続だ。数字だけでは測れない“現場の空気”や“相手の温度感”を読み取る力。地域との関係性、長年の経験値。そういった、マニュアル化できないノウハウを以てこそ、賃貸オフィスビルオーナーんとか維持している実態だ。 だからこそ、いまのオーナー世代は思ってしまう――「これは自分で終わらせるしかないかもしれない」と。それは、単に子どもを頼れないという悲観ではない。むしろ、「面倒をかけたくない」という優しさと、「誰かに任せるには重すぎる」という冷静な現実認識が交錯した、切実な判断なのだ。 続ける理由は、「辞められない」のではなく「辞めにくい」から 都心部であれば、築古であったとしても立地によっては十分に収益が出ている。また、たとえ、駅から多少距離があったとしても、「売ろうと思えば売れる」。それでも、多くのオーナーは売らない。それは、「苦労しているのに、辞められない」ということでもなく、“儲かっているからこそ、辞めにくい”という理屈である。売ってしまえば、まとまった現金は入る。だがその後の相続税対策は難しくなり、現金の再投資先にも頭を悩ませることになる。 それならば――・安定的に賃料収入が入る・含み益がある・相続評価を抑えられるこうした理由から、「このまま持っていた方が合理的だ」となる。これはまさに冷静な計算に基づいた“持ち続ける選択”なのだ。 だが、だからといって楽ではない。築年数が進めば、建物の老朽化とともに「大規模修繕か、建替えか」の判断が求められる。テナントの立退き、行政との調整、資金調達、相続人の合意、金融機関の査定…。ビル経営の「終わらせ方」は、“始め方”よりもずっと複雑で、ずっと重い。しかもその“正しい出口”が、いつ、どこに、どの条件で現れるのかは誰にもわからない。ゆえに、こう考えるオーナーが多くなる。「まだ回ってるうちは、自分の手元でやっておいたほうが安全だ」この姿勢は決して後ろ向きではない。それは、“なんとなく続けている”のではなく、“責任ある選択として、持ち続けている”という現代のビルオーナー像である。このあと第2章では、「業況は回復した」とされながらも、多くのオーナーが感じている“違和感”――数字と感覚のズレに踏み込んでいく。 “儲かっているから辞めにくい”というリアル 築年数が古くなっていても、都心部の立地であれば、賃貸オフィスビルは今なお十分な収益を上げている。仮に駅から少し距離があるとしても、「売ろうと思えば売れる」物件は少なくない。それでも、多くのオーナーは売却に踏み切らない。そこにあるのは、「苦労しているのに辞められない」という後ろ向きな事情ではなく、“儲かっているからこそ、辞めにくい”という、きわめて合理的な構造だ。たしかに、売却すればまとまった現金は手に入る。だがその瞬間から、相続税対策が一気に難しくなる。さらに、その現金をどう再投資するかという、新たな悩みも生まれる。 だからこそ、多くのオーナーはこう判断する。・安定的な賃料収入がある・含み益がある・相続評価を抑えられるこれらを踏まえれば、「このまま持ち続けたほうが合理的だ」という結論に至る。これは、“なんとなく続けている”のではない。冷静な計算に基づいた、責任ある選択だ。 ただし、だからといって楽ではない。築年数が進めば、建物の老朽化は避けられず、いずれ「大規模修繕か、それとも建替えか」という重い判断に向き合わなければならない。そのときには、テナントの立退き交渉、行政との調整、資金調達、相続人間の合意形成、金融機関による資産査定――さまざまな要素が絡み合い、“終わらせ方”は、始めるときよりもずっと複雑で、ずっと重い。しかも、その“正しい出口”が、いつ・どこで・どんな条件で現れるかは、誰にも分からない。だからオーナーはこう考えるようになる。「まだ回っているうちは、自分の手元でやっておいた方が安全だ」これは決して後ろ向きな姿勢ではない。むしろ、“今はまだ出口ではない”と判断した上で、責任を持って続けているという、現代の賃貸オフィスビル・オーナーのリアルな在り方である。次章では、「業況は回復した」とされる一方で、多くのオーナーが抱えている“ある違和感”――数字の好転と、実感の乖離に踏み込み、そのギャップの正体を明らかにしていく。 第2章:業況は“回復”した。でも、なぜこんなに不安なのか―「収入が増えた」3割強vs「支出が増えた」3分の2弱。見かけ上の好調と実態のズレ 「ビル経営、今どうですか?」そう聞かれたとき、「まぁ、悪くはないですよ」と答えるオーナーは意外と多い。実際、調査では6割強のオーナーが「業況が良い」「やや良い」と答えている。この数字だけを見れば、回復基調にあるように映る。しかし、その言葉の裏には、どこか言い切れないニュアンスが漂っている。たしかに「悪くはない」のかもしれない。けれど、なぜか皆が口をそろえて「でもこの先はわからない」と言う。この“好調のはずなのに、不安が拭えない”という違和感の正体は何なのだろうか。 収入はそこまで上がっていない、むしろ「維持しているだけ」 「業況が良い」という回答の背景を見ていくと、「収入が増えた」と答えたのは、全体の3人に1人程度。残りの多くは、「変わらない(約3割)」「減った」「わからない」と答えており、自分の収入の伸びを実感できている層は限定的だ。それでもなお「業況は良い」と答えるのはなぜか。おそらくそこには、「悪くなっていないことが、むしろ良い」と感じている心理的構造がある。つまり、“期待値がすでに下がっている”のである。コロナ禍で空室が一気に増え、「このまま沈むかもしれない」と思っていたあの時期と比べれば、確かに今は落ち着いている。実際に、空室が減り、募集も徐々に動いているという実感が戻ってきているオーナーも多い。だが、それはあくまで「元に戻った」だけの話であって、「前より良くなった」わけではないってことなのかもしれない。それなのに、「良くなったような気がする」。この心理的なズレが、表面的な好調感を生み出しているのではなかろうか。 支出は容赦なく増える。「収入は横這い、コストだけが増加」 さらに深刻なのは、支出の増加である。調査では、支出が「増加した」と答えたオーナーは全体の3分の2にものぼる。この割合は、「体感的に多い」というレベルではなく、明確に構造的な問題になりつつあることを示している。 特に増加が目立つのは以下の項目・公租公課(固定資産税など):約半数が「増加」・水道光熱費:3分の2が「増加」・修繕費・資本的支出:3分の2が「増加」ここで注目すべきは、これらのコストが「価値向上」のための投資ではなく、「現状維持」のための出費であるという点だ。 つまり、何かを改善するためではなく、“悪くならないように守る”ためにコストをかけている。しかも、インフレやエネルギー価格の上昇、人件費の高騰といった外的要因は、ビル経営とは無関係にやってくる。そうした“外圧的コスト”に対し、テナントに対して、賃料や管理費を引き上げて、即座に転嫁できるわけがない。結果的に、「実入りは据え置き、コストだけが上がっていく」構造ができあがっている。 「持ち出し前提」の時代へ あるオーナーはこう語っていた。「毎年、建物が歳を取る。何もしなければ老朽化する。でも何かするには金がかかる。そして、何をしても収入は増えない」この言葉は、まさに現代の築古の賃貸オフィスビル経営の縮図である。 実際の現場では、こうした出費が繰り返されている・電気料金の上昇することを踏まえた、エネルギー効率性向上を見据えた空調設備の更新・蛍光灯は間もなく製造中止になるので、照明器具のLED化は待ったなし・水漏れへの緊急対応としての防水補修どれも「必要な支出」であることは間違いない。だが、どれも「収益を直接押し上げる支出」ではない。むしろ、「収益を維持するための費用」と言った方が近い。つまり、持ち出しが前提の経営が常態化しているのだ。 “好調”とは、「想定よりマシだった」という感覚 結局、「業況は良い」と感じている理由は、「想定していたよりはマシだった」という安心感に根ざしている。コロナ禍という偶発的な悪化フェーズを経た今、「落ち着いている」「前よりまし」という相対的なポジティブ感がにじみ出ているだけとも言える。だが、これはあくまで“比較の問題”であって、“絶対的な安心感”にはつながっていない。むしろ、日常が戻ったことで、「次に本当に必要な打ち手をどうするか」が正面から問われ始めている。オーナーたちは薄々気づいているのだ。「このままでは、またすぐ限界が来る」と。だからこそ、“好調”という言葉にどこか戸惑いが残る。次章では、そうした不安の正体に一歩踏み込む。なぜ多くのオーナーが“価値向上の施策”に踏み出せないのか。改善が進まないのではなく、「進められない理由」があるとすれば――それはいったい何なのか。 第3章:ビルを整えられない理由 ―なぜ価値向上の手が止まるのか。「やらない」のではなく「やれない」実情。多くの賃貸オフィスビル・オーナーにとって、「整える」「手を入れる」「価値を高める」といった言葉は、常に頭の片隅にあるはずだ。 老朽化が進むにつれ、どこかのタイミングで何らかの手を打たなければならない――そう感じている人は決して少なくない。しかし現実には、その“手”が止まっている。思ってはいても、踏み出せない。調査結果を見ても、その実態は明らかだ。 専用部について「特に何もしていない」と答えたオーナーは全体の6割。共用部においても「特になし」が5割弱。 つまり、半数以上の賃貸オフィスビルで価値向上に向けた施策が未着手のままということになる。これは、単なる怠慢なり、放置ではない。むしろ、「やりたくても、やれない」オーナーの心理的な葛藤と、合理的判断の積み重ねにほかならない。 まず立ちはだかる「投資コスト」 施策が進まない最大の理由は、やはり「お金がかかる」ことである。調査でも、「多額の投資が必要となる」と回答したオーナーが最も多く、全体の5割強にのぼった。これは、当然の反応である。たとえば、空調設備の更新、照明のLED化、エントランスのリノベーション、屋上の防水工事など。いずれも、それなりの規模の工事であり、数百万円から1千万円越え、場合によっては数千万円規模の出費となる。しかもその投資が収益増加に結びついて、資金が回収できるかどうかが見通せないという問題がある。「費用対効果が見込めない」「わからない」と答えたオーナーも4割弱。さらに調査の結果を読み解くと、「建物の寿命が近い」として判断を保留している層も3分の1に達している。つまり、オーナーが直面しているのは“三重苦”である。・お金をかけるには勇気が要る(コストが重い)・成果が見通せないから踏み切れない(リターンが不確実)・そもそも、ビル自体、あと何年使えるかもわからない(老朽化と寿命の問題)この三重苦が、「整えたい」という気持ちにブレーキをかけて、「整えられない理由」の根底にある。 「正しい打ち手」は、コストだけが“見える化”されている 近年、ESG、ZEB、DX――こうしたキーワードがメディアや業界紙に溢れ、賃貸オフィスビル経営において「整えるべき」課題が目白押しである。だが、こうした論調に接するたび、オーナーの頭にまず浮かぶのは「いくらかかるのか」という現実的な問いだ。そして、問題は、その問いに対して「かけた金額は分かるが、得られる効果はよく分からない」という点にある。たとえば、ある空調設備を最新機種に更新しても、テナントがつくかどうかは別問題。エントランスの床材を高級にしたから賃料を上げられるか?そうした問いに対して、確実な“見返り”を示すことはほとんどできない。調査でも、「施策をやってみてよかった」「空室が埋まった」といった“確かな手応え”をもって語られる事例はごくわずかにとどまっていた。「支出は確定しているのに、効果は不確定なまま」。この非対称性が、オーナーの判断をためらわせる原因となっている。 実は“試してみたけど反応がなかった”層もいる さらに現場では、「一度整えてみたが、ほとんど反応がなかった」というオーナーも少なくない。たとえば――エントランスの壁紙を張り替えた。照明をLED化した。外構の一部をちょっといじってみた。けれど、いざ募集をかけてみても、空室は埋まらない。内見の反応も、仲介業者の評価も変わらない。そして、こう思ってしまう。「結局、手を入れても意味がないんじゃないか」このような小さな失望体験が積み重なり、次の一手を止めてしまう。「改善しても報われない」。そんな諦めが、静かにオーナー心理に根を下ろしていく。 “ビルの性格”は変えられない 築古の賃貸オフィスビルには、それぞれに“性格”がある。天井が低い。柱が太い。給排水の配管経路が限られている。窓面が少ない。それらのビルの性格に加えて、駅からの距離が中途半端……。オーナー自身が、物件を誰よりもよく理解しているからこそ、こうした限界を日々実感している。そして多くの場合、「この“性格”を抜本的に変えるとしたら、建替えるしかない」ことを知っている。調査でも、「建物の物理的な寿命」が価値向上の支障要因として3割強のオーナーに挙げられている。言い換えれば、「限界があることを、誰よりもわかっているから、整えない」という選択もまた、実に理にかなったものなのだ。 だからこそ、“整え方”を問い直すべきとき 価値向上といえば、大規模なリノベーションやフルスペックの改修が連想されがちだ。だが、本当に今求められているのは、「整え方そのものの再定義」である。・どこにお金をかけるべきか・どこはあえて手を入れず、現状のままにしておくべきか・どの順番で施策を打つか・効果をどう検証し、継続するかどうかをどう判断するかこうした視点を持たないまま、“なんとなくリニューアルする”という姿勢は、むしろ危うい。整えるという行為には、戦略と感性、そして割り切りと判断軸が不可欠である。 次章では、そうした判断を支える「静かに整える」実践例に目を向けていく。それは、必ずしも“映える改修”ではない。維持管理の見直し、“できるところから始める”という実務的なアプローチ。その先にある「続けるための火種」を、見つめ直す。 第4章:それでも、ビルを整えてみた ――リノベーションは“投資”ではなく、“段取り”かもしれない築年数が進んだ賃貸オフィスビルを「整える」ことの難しさは、多くのオーナーがすでに理解している。資金、タイミング、入居状況、将来の建て替え可能性、そして手間。それらを天秤にかければ、「いま無理に動く必要はない」と結論づけるのは、ごく自然な判断だ。 それでも、実際には一部のオーナーたちが、静かに、そして現実的に“整えはじめて”いる。それは大きな改修や派手な演出ではない。数千万円の投資を一気に行ったわけでもない。むしろ、「この状況下で、自分のビルにいま本当に必要な整え方とは何か?」を丁寧に問い直しながら、できるところから、計画的に、段取りとして進めているのだ。 目立たないけれど、確実に効く――共用部の最小リノベ たとえば、築30年を超える中規模ビルで、「共用トイレと給湯室」だけをリノベーションした事例がある。専有部には手を加えず、募集条件も大きくは変えなかった。にもかかわらず、施工後すぐに新たなテナントが決まり、賃料収入が増加したので、投資額600万円に対し、8ヶ月ほどで回収できる算出が成り立った。この改修が成功したポイントは、「映える」見た目の演出ではなく、使い勝手と清潔感の両立に注力した点にある。・LED照明とミラーで明るさと奥行きを演出・掃除しやすく汚れが目立たない床材を採用・女性用洗面台への細やかな配慮・統一感のある照明と素材選定で、給湯室にも清潔感を付加どれも派手さはないが、「ここなら安心して借りられる」と感じさせるには十分な“整え”だったという評価ができよう。 一括改修よりも、「構造の整理」と「順序の明快さ」 別の事例では、五反田にあるビルで5フロアとエントランスホールを一括で改修したケースがある。一見、大規模なリニューアルに見えるが、随所にコストを抑える工夫がなされていた。・エントランスには白漆喰を使い、光と建具で“上質感”を演出・床や天井は既存を活かして再利用・水回りはステンレス製で、耐久性と清掃性を重視・ガラス建具によって視覚的な抜け感をつくり、面積以上の開放感を実現費用は5,000万円台半ばと大きいが、当時は5フロア分の空室があり、「一度に整える」判断には十分な合理性があった。この事例で注目すべきは、「何を変え、何を残すか」の線引きが極めて明確だった点だ。・すべてを変える必要はない・だが、手を入れるところには徹底的に注力する・判断基準は「それが入居につながるかどうか」の一点に集約されているリノベーションに「正解」はない。しかし重要なのは、行き当たりばったりではなく、“筋の通った構想”として整えることである。 リノベは「投資」ではなく、「関係の再設計」である よくある誤解に、「リノベ=投資」という思い込みがある。もちローン、費用が発生する以上は投資であることに違いない。しかし、実際に起きていることは、「物件との関係を再設計する作業」に近い。・現在の入居者に、自分のビルはどう映っているか?・内見者が最初に気にするポイントはどこか?・なぜ空室が長引いているのか、根本原因は何か?こうした“関係性の棚卸し”を抜きにしてリノベに踏み切っても、効果は限定的で、むしろ的外れな結果に終わることも多い。リノベは、物件そのものの再評価であり、オーナーとビル、そして入居者との関係を再構築するためのプロセスでもあるのだ。 少しだけ整えて、反応を見るという戦略 何千万円もかけなくても、打てる手はある。たとえば――・照明の色温度を変更、調整して、雰囲気を一新する・トイレの壁紙だけを張り替える・EVホールに案内サインを追加する・給湯室の古いカーテンを撤去して、スッキリと見せるこうした“細かく、静かな整え”でも、内見者の印象やテナントの動きが変わることがある。もちローン、劇的な成果がすぐに現れるわけではない。だが、「試してみたこと」「小さくても結果が出たこと」が、次の一手を考えるための大事な足がかりになる。整えることはゴールではない。整えた先に出てくる“反応”こそが、次の展開を導くヒントになるのだ。 次章(第5章)では、「では、その整えた先に何があるのか?」を見ていく。売却ではなく“持ち続ける”という選択をとったオーナーたちは、いま何を見ているのか。「諦めではない継続」の背景にある論理と感覚を、さらに深く掘り下げていく。 第5章:売らない理由、そして“持ち続ける”という決断 ―「もう、十分だ」と言える日が来るまで。築古の賃貸オフィスビルを前にしたオーナーたちは、迷っていないわけではない。修繕は増える。空室も続く。手間はかかるし、周囲からは「もう売ればいいじゃないか」と言われる。それでも、多くのオーナーは「持ち続ける」という選択をしている。合理的に見えないかもしれないこの判断には、感情だけではない、いくつかの“ロジック”が存在する。 「出口がない」のではなく、「出口を選ばない」 「売るに売れない」と言われるが、実際にはそうでもない。都心のビルなら、買い手はいる。価格もそこまで悪くない。にもかかわらず、なぜ手放さないのか?答えはシンプルだ。売っても残らないからだ。売却益が出ても、そこから税金を引き、ローンがあれば返済し、管理法人を整理して……と手続きを終えた頃には、「あれ?こんなもんか」となる。それなら、“毎年少しずつでも入ってくる”方を選ぶ。自分で管理すれば、経費で落とせるし、相続税評価も圧縮できる。要するに、オーナーは「辞めないこと」が最もローリスクな運営であることを、知っているのだ。 「継がせたくない」は、“やめたい”とは違う 後継者がいない、という声もよく聞く。しかし、それは「継がせたくない」のであって、必ずしも「辞めたい」という気持ちとは一致しない。・・この大変さを子どもに味わわせたくない・・24時間365日の気疲れを引き継がせたくない・・テナントとのやりとりは人格勝負。それを人に任せるのは難しいこうした心理の裏側には、“まだ自分がやった方がマシだ”という判断がある。言い換えれば、ビルを手放す覚悟より、続ける忍耐の方が軽いという状況なのだ。 “辞めどき”は、利益で決まらない どこまでやったら、このビルを卒業できるのか。どこまで頑張ったら、「もう十分」と言えるのか。これは、利益率や満室率では測れない感覚の話だ。 例えば――・・すべての空室に、想定していたテナントが入った・・入居者との関係が落ち着き、やるべきことが明確になった・・自分のやりたかった改修が一通り終わったそういう「納得のプロセス」を通ったときに、オーナーはようやく「もう手放してもいいかもしれない」と思える。この意味で、“辞めどき”とは、単なるタイミングではなく、「自分なりにちゃんと着地した」と思える状態なのだ。 “資産”から“生活の一部”へ 築古ビルを長年持ち続けたオーナーにとって、それはもはや単なる不動産ではない。「所有している」以上に、「暮らしてきた」という実感がある。毎月の家賃振込、電球交換の手配、設備更新の見積もり、退去連絡の処理。ビルの呼吸に合わせて暮らしてきた日々が、いつの間にか“生活の一部”になっている。だからこそ、売るという判断には、資産としての合理性以上の迷いが生まれる。たとえ数字で見れば十分に“売りどき”であっても、手放すということは、「これまでの自分の営みをひと区切りつけること」と重なるからだ。それは、単なる資産整理ではない。それは、「自分の一部を、そっと閉じる」ような行為なのだ。 最後に ――問いは、まだ終わっていないこのコラムのタイトルは「それでも、私は“このビル”を持ち続ける」だった。だが、もしかしたら本当に言いたかったのは、こうかもしれない。「私は“まだ”このビルを持ち続けている」この「まだ」には、希望も、不安も、未練も、意地も、すべてが含まれている。決して楽な選択ではないけれど、決して間違った選択でもない。築古の賃貸オフィスビルは、単なる不動産ではない。長く続けてきた人にしかわからない“もうひとつの価値”がある。そしてその価値は、これからの都市の中で、静かに再評価されていくはずだ。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年1月7日執筆

「共益費=管理費」の適正ラインはどこにある?──築古オフィスビルの現実的な「共益費=管理費」の設計戦略

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「「共益費=管理費」の適正ラインはどこにある?――築古の賃貸オフィスビルの現実的な「共益費=管理費」の設計戦略」のタイトルで、2026年1月6日に執筆しています。少しでも、皆さんにお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに第1章:そもそも「共益費=管理費」とは何なのか?第2章:「賃料+共益費(管理費)」で決まる“総額の整合感”第3章:築古ビルだからこそ問われる共益費(管理費)の見せ方第4章:「共益費(管理費)の適正ライン」をどう設計するか第5章:説明責任はどう考えるべきか――「聞かれたら答える」の落とし穴第6章:「納得される共益費(管理費)」は、どうやって成立しているのか第7章:「気にされない共益費(管理費)」を支える、管理・運営側の整え方第8章:共益費(管理費)という“あいまいな費目”を、どう戦略的に扱うか はじめに はじめに―「なんとなく払っている費用」への違和感管理費、あるいは共益費。その名称がどうであれ、テナントから見れば「家賃とは別に請求される、なんとなく払っている金額」であることに変わりはない。請求書の明細に並ぶ「3,500円/坪」といった数字を、深く追求するテナントは実はそれほど多くない。だが、「なんとなく納得して払っている」だけに、その内訳が曖昧だったり、建物の状態との釣り合いが取れていないと感じられた瞬間、不満や交渉の火種になる。この構造は、実は飲食店における“チャージ料”や“サービス料”と似ている。テーブルにつくだけで数百円を取られたり、接客とは無関係に一定の料率で上乗せされたりする料金――「このサービス料って、何の対価なの?」と感じたことがある方も少なくないだろう。にもかかわらず、私たちは多くの場合、それらを“慣習”として受け入れている「共益費=管理費」もまた、実費とは必ずしも一致せず、説明責任も明確に果たされないまま“相場価格”として提示されるのが現実だ。特に、築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルでは、共用部の設備やサービス水準が最新ビルに比べて見劣りする中で、「この金額は妥当なのか?」という疑問が浮かびやすい。しかし、だからといって、原価に忠実な金額設計が求められているわけではない。むしろ求められているのは、「このくらいなら、まあ妥当だろう」と思わせる価格の“整合感”である。見えるサービス、わかりやすい運営、そして他の物件との“総額比較”の中で浮かび上がる、「共益費=管理費」の適正水準。その現実的な考え方を、本コラムでは紐解いていきたい。。 第1章:そもそも「共益費=管理費」とは何なのか? 賃貸オフィスビルにおける「共益費」あるいは「管理費」は、ビル運営において当然のように徴収されている費用だが、その意味合いや実務運用は、実のところ曖昧なまま定着している。物件の概要資料にも「賃料:○○円/坪」「共益費/管理費:△△円/坪」と分けて記載されるのが通例だが、これを「共益費=共用部分の維持費」「管理費=管理会社の業務報酬」と区別して説明できるケースは少ない。現実には、この二つはほぼ同義として扱われている。 歴史的には別物だった「共益費」と「管理費」 本来、共益費は「共用部分に関わる実費的な支出の按分」、すなわち廊下・トイレ・給湯室・エレベーターといった共用スペースの清掃や電気、水道、警備などにかかる費用を、入居者で割り勘する形で徴収する仕組みだった。一方、管理費は「ビル全体の管理業務にかかる人的コストやシステム費用」、つまり建物を運営する管理会社によるPM・BM業務に対する対価という位置づけで、共益費とは別に設計されるべきものだった。しかし、この区別は現場レベルでは徐々に形骸化し、特に中小規模の賃貸オフィスビルでは「細かく分けることに意味がない」という判断から、管理費と共益費を一本化して「共益費」という呼称に集約してしまうケースが一般化した。逆に「管理費」という表現を使っていても、それが実質的には共用部維持費であることもある。つまり、今日の実務においては、両者の名称は機能的な違いよりも、言葉の選好や慣習によって使い分けられているだけであり、意味内容としてはほぼ等価になっていると見なして差し支えない。 テナントにとっての「共益費=管理費」は、“説明されない価格” こうした混同は、テナント側の受け止め方にも影響している。多くのテナントは、「共益費=管理費が何のために使われているのか」という説明を受けることなく、「とりあえず請求されている費用」として納得するか、「よくわからないけど払うもの」として受け流す。これは、飲食店での“テーブルチャージ”や“サービス料”と同じ構造だ。客側は、「このチャージの中に、何が含まれているのか?」とは通常問わず、むしろ“チャージが取られる店”か“そうでない店”かという店ごとの慣習の差で受け止めている。同様に、テナントも「共益費=管理費がかかる物件」か「賃料に込みの物件」か、そして「その合計額で割に合うかどうか」という判断をしているに過ぎない。内訳や原価よりも、“見える価値”と“総額水準”の整合感が、「共益費=管理費」の妥当性を左右するのが実態である。 第2章:「賃料+共益費(管理費)」で決まる“総額の整合感” 共益費(管理費)の金額設定にあたって、多くのオーナー/ビル管理会社が見落としがちなのが、「テナントは、共益費(管理費)単体ではなく“賃料との合計額”で物件を判断している」という事実である。つまり、「賃料〇円+共益費△円」という2本立ての価格設定であっても、実際の比較検討の現場では、「合計でいくらになるか」が重要であり、共益費はあくまで“総額バランス”の一要素として受け止められている。 共益費(管理費)は“見せ方”の問題でしかない テナントが賃貸オフィスビルを比較検討するとき、賃料と共益費(管理費)の合計(=賃菅:ちんかん)ベースで「坪単価11,500円の物件」として他物件と横並びにされる。そこに、共益費(管理費)が3,500円であろうと4,500円であろうと、テナントにとっては「全体として割に合うかどうか」の一点が重要であり、共益費(管理費)という区分そのものにはあまりこだわりがない。したがって、共益費(管理費)をいくらにするかは、「原価がどうか」「慣習としていくらか」よりも、「最終的な総額がどう見えるか」という“見せ方の整合性”によって決められるべきだといえる。 「共益費(管理費)ゼロ」や「賃料込み表記」が選ばれる背景 実際、一部のリーシングの現場では、共益費(管理費)を設定せず、「賃料に込み」で提示するケースも増えている。これは、価格のわかりやすさを重視し、「説明責任」を省略する意図もある。とりわけ、築古・中小規模の賃貸オフィスビルでは、「管理費を取っているのに、設備が古いのでは?」というネガティブな印象を回避するため、最初から一本化して“賃料のみ”で勝負するスタイルが有効に機能することもある。こうした価格構造の変化は、賃貸オフィスビル市場において「共益費=管理費」が機能的な意味よりも、心理的な意味――すなわち“値ごろ感”や“信頼感”を演出する部品になっていることを示している。 「相場感」との整合がすべて 結局のところ、テナントが物件に対して「高い」「妥当」「割安」と感じるのは、個別の内訳ではなく、その物件の「総額水準」と、競合物件との相対比較によって決まる。たとえ共益費(管理費)が3,500円であっても、近隣の似たような物件が「賃料+管理費で11,000円」なのに、自物件が12,000円になっていれば、それだけで“割高”という印象がつく。逆に、築古でも共用部がきれいに整備されていて、エントランスや設備の使用感が良好であれば、「管理費込みで11,800円」でも“割安感”が出ることはある。つまり、共益費(管理費)の金額設定は、“市場との整合感”という一種の演出設計に他ならない。賃料をいじるのか、共益費(管理費)を動かすのか――という議論ではなく、最終的にどの水準に「着地させたいのか」から逆算して設計することが、本質的な戦略といえる。 第3章:築古ビルだからこそ問われる共益費(管理費)の見せ方 築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルにおいて、共益費(管理費)という費用項目が与える印象は、ビルの価値そのものに対するテナントの認識と密接に結びついている。新築・大規模の賃貸オフィスビルであれば、共用部のグレードや設備仕様の高さによって自然と「それなりの共益費(管理費)がかかるのは当然だろう」と納得が得られやすい。しかし、築古・中小規模の賃貸オフィスビルの場合、共益費(管理費)の金額に対して「この状態で本当にこの金額なのか?」という疑念を抱かれるリスクは決して小さくない。そのため、築古の賃貸オフィスビルにおいては、共益費(管理費)の“中身”を詳細に説明するのではなく、説明しなくても違和感を持たれない状態を維持することのほうが重要である。本章では、そうした“見せ方”の具体的ポイントを整理していく。 説明をしない前提で、納得を成立させる 共益費(管理費)の内容について詳しく説明する機会は、通常ほとんどない。にもかかわらず、テナントの側で「なんとなく払っている」ことに納得感が生まれているのは、物件の状態が“それなりに整っている”という印象を裏切っていないからだ。このとき求められるのは、特別な演出や明示的なアピールではない。あくまで、日常的な管理の中で、“荒れていない状態”が安定して保たれていることが重要になる。たとえば共用部の壁面に掲示物が乱立していたりしないので、共用部が視覚的に整然としている共用部の床の掃除はきちんとされており、照明の色調や照度にムラがないテナントの来訪者から「なんとなく、きちんとしている」と思われる空間感覚が保たれているこうした要素が“現れている状態”において、空間の印象が共益費(管理費)に対する納得感を静かに支える構造になっている。 掲示をしない運営でも、情報は過不足なく伝える 掲示板による案内や点検情報の貼り出しは、視覚的にわかりやすい一方で、空間を煩雑に見せてしまうリスクがある。当社では掲示物による情報提供を行わず、必要な情報はすべてメールでテナントに送付している。これは、空間としての静けさや整理された印象を優先する判断によるものだ。点検や修繕がある場合、メールでの通知を原則としているが、停電等、業務への影響が大きい場合は個別連絡(電話)で補足することで、“気づいたら工事が始まっていた”といった不信感を未然に防ぐ対応も合わせて徹底している。このように、“知らせるべき情報は過不足なく届けるが、空間には余計な痕跡を残さない”という運営方針は、掲示板での情報共有よりも、確実性が高く、有効である。このような実質的な管理責任をまっとうする姿勢は、共益費(管理費)の納得形成において重要な意味がある。 「よく分からないけど、きちんとしている」こという評価が理想 共益費(管理費)というのは、「こういう内容なら払います」と事前に明確に合意される性質のものではない。むしろ、入居後の体験の中で、「特に不満がない」「支障がない」という印象が続いていれば、それがそのまま納得の形として定着していく。そのために必要なのは、「高品質な管理」ではなく、“気になるポイントがない”という低刺激の状態である。特別な加点はなくてもいいマイナス評価につながる要素が見当たらないこと見慣れた共用部に不安や違和感が生まれないことこうした状態が続いていれば、共益費(管理費)に対して追加的な説明や根拠提示を求められることはない。築古の賃貸オフィスビルにおいては、「よくわからないけど、まぁ妥当だろう」と思われる状態こそが、最も安定した共益費(管理費)運用の形である。 第4章:「共益費(管理費)の適正ライン」をどう設計するか 築古オフィスビルにおいて、共益費(管理費)費が「高い」「安い」と判断されるかどうかは、管理原価や業務内容の実体というよりも、その価格が“相場の感覚”と合っているかどうかにかかっている。どんなに細かく積算しても、金額に対する納得感が伴わなければ、テナントには響かない。逆に、多少の曖昧さがあっても、「まあ、そんなものだろう」と思われれば、それで成立するのが共益費(管理費)の実務的リアリティである。では、その“相場の感覚”とは何か。ここでは、共益費(管理費)の適正ラインを見極めるうえで押さえておくべき、現実的な考え方を整理していく。 原価ではなく、“賃菅”での整合を重視する 共益費(管理費)単体で価値評価されることは、実はほとんどない。テナントが重視するのは、「賃料+共益費(管理費)」=“賃菅(ちんかん)”ベースでの総額比較である。たとえば、賃料が8,000円/坪で、共益費(管理費)が3,500円/坪であれば、実質的には「坪11,500円の物件」として評価されているということだ。このとき、周辺エリアの競合物件が「賃料7,500円+共益費(管理費)3,000円=10,500円」といった水準で出ていれば、自ビルの「賃菅」が割高に見える可能性がある。一方で、築年数や設備、立地の違いから、多少の価格差があっても「その価値はある」と思われるケースもある。つまり、「共益費(管理費)の適正ライン」とは、「共益費(管理費)」という単独価格の妥当性ではなく、総額の中での“バランス感”として設計されるべきであり、「原価」よりも「市場との整合感」を基準にすべきである。 相場と“見た目”の距離を測る 実務上、「適正な共益費(管理費)はいくらか?」という問いに明確な答えを出すのは難しい。なぜなら、共益費(管理費)の設定は、同じエリア・同じ築年数の賃貸オフィスビルでも、運営体制やリーシング方針によってばらつきがあるからだ。そのため、自ビルの共益費(管理費)が適正かどうかを判断する際は、次の2点をセットで見ておくとよい①周辺の築年数・規模・仕様が近いビルの“賃菅相場”と比較し、突出していないか②その金額に対して、“見た目”として納得感のある運営状態が保たれているか要するに、「このビルで、月額11,500円/坪は高くないか?」と問われたときに、現場で感じられる印象がそれを支える状況になっていれば、それは適正と言える。逆に、「どこを見ても劣化が目立ち、特にサービス感もない」となれば、それはたとえ価格が平均的でも“高く見える”。この「額面の数字」ではなく、「金額に対してテナントが抱く印象、値ごろ感」が、築古の賃貸オフィスビルにおける共益費(管理費)の妥当性を左右している。 賃料と共益費(管理費)の“比率”にも注意 近年、一部のオフィスでは、共益費(管理費)を高めに設定して賃料を抑える「共益費(管理費)積極型」の料金設計が見られる。これは、表面上の賃料を安く見せたい場合や、リーシング戦略上の見せ方として用いられる手法だ。ただし、あまりに共益費(管理費)が突出して高いと、「実態のわからない金額」に対する警戒感を招く。特に築古ビルでは、共益費(管理費)が賃料の40〜50%以上になるような設定は、「中身を聞きたくなる水準」に達してしまう可能性がある。そのため、価格構成を見直す際は、「賃料と共益費(管理費)の比率」も、見た目の印象として意識しておくとよい。同じ賃菅総額でも、比率が極端であれば不自然さが生じる。 “安すぎる”ことのリスクもある 意外かもしれないが、共益費(管理費)が安すぎることも問題になることがある。テナント側が「こんな価格で、本当にきちんと管理されているのか?」と不安を抱くことがあるからだ。特に、雑居ビルや管理状況のバラつきが大きい築古ビル群の中では、価格があまりに低いと、かえって“何かをしていないのではないか”という疑念につながる。つまり、適正な共益費(管理費)の水準とは、相場と合っていることに加えて、「やるべきことをやっていると思わせる」価格帯である必要がある。安さを前面に出すよりも、「それなりの管理がされていると思われる価格」を維持することが、結果的に信頼の維持につながる。 第5章:説明責任はどう考えるべきか――「聞かれたら答える」の落とし穴 共益費(管理費)という費目は、あいまいである。原価積算に基づく価格設定がなされているわけでもなく、項目ごとの使途が明示されているわけでもない。にもかかわらず、「これはいったい何に使われているのか?」という疑問を、ある日ふとテナントから投げかけられることがある。このような問いに対して、どこまで答えるべきか。あるいは、そもそも答えられる前提があるのか。本章では、「共益費(管理費)の説明責任」に対する実務的な構え方と、対応の基本原則を整理していく。 共益費(管理費)に“原価の積み上げ”は存在しない そもそも、共益費(管理費)というのは本来、「賃貸オフィスビルの共用部にかかる費用をテナントで按分する」ことを目的として設計されていたはず。照明や清掃、水道、エレベーター、消防点検、警備など、共用部の維持に必要な支出を、利用面積に応じて公平に分担する――これが、共益費(管理費)の基本的な考え方だった。しかし現在、賃貸オフィスビルの管理実務において、こうした実費按分の仕組みはほぼ形骸化している。実際には、共益費(管理費)は「月額3,000円/坪」「3,500円/坪」といった定額制で設定され、原価と連動しない“定型項目”として扱われている。そのため、「この共益費(管理費)は何に使われているのか?」と問われたとしても、原理的に「これとこれに使っています」と明確に答えることはできない。実費精算ではなく、包括的な管理・運営費用として広くテナント全体から徴収しているという性格があるからだ。 「一部を答える」は、むしろ疑念のきっかけになる この点を理解せず、「清掃や点検などに使っています」と答えてしまうと、逆に次のような疑念を誘発することがある。「それ以外は何に使っているのか?」「点検と言っても、実際には何をどこまでやっているのか?」「それにしては高くないか?」つまり、「答えること」が信頼構築に直結するわけではない。むしろ、説明によって疑問が増えてしまう構造があることを、オーナー/ビル管理会社は理解しておく必要がある。 対応の基本姿勢は「包括性と公平性」を示すこと 実務上の対応としては、詳細に踏み込むのではなく、共益費(管理費)の基本的な性格を“ブレずに、丁寧に”伝えることがもっとも効果的である。「『共益費(管理費)』は、共用部の維持や設備点検、清掃、緊急時の対応を含め、賃貸オフィスビル全体の管理を安定的に行うための包括的な費用として、定額でご負担いただいております。すべてのテナントに公平に適用しており、エリアの賃貸水準との整合性もふまえて設定しております。」このように、細かい中身を“答えない”のではなく、“構造として丁寧に説明する”ことが、現場での納得感につながる。 質問のきっかけは、“運営上のズレ”にあることが多い 実際に共益費(管理費)についての問い合わせが発生する場面は、往々にして何らかの“小さな違和感”がテナントに生じた後である。価格そのものへの関心というよりは、管理の不備や情報伝達のミスが引き金になることが多い。たとえば設備の不具合が放置されたままになっている予定されていた点検の連絡が来ていなかった清掃品質に波があり、汚れが目立つ日があるトラブル対応が遅れ、連絡も不足していたこうした場面で、「そういえば共益費(管理費)って、何に使われているのか?」という問いが自然と湧いてくる。つまり、共益費(管理費)の説明対応は、価格や中身の話ではなく、管理・運営上の不整合への反応として出てくるものであり、日常運営の精度がそのまま“共益費(管理費)の疑問発生率”を左右する。 「聞かれない状態」を維持するほうが本質的 だからこそ、説明の準備よりも、そもそも説明を求められない状態をどう維持するかに注力すべきである。すでに本コラムで述べてきた通り、共益費(管理費)は“整っている状態”が維持されていれば、テナントの関心には上らない。説明されなくても、困っていないことが、最大の納得要因になる。つまり、「『共益費(管理費)』について問い合わせが来ない」というのは、説明が要らないほど信頼されている状態を意味している。この状態が保たれていれば、詳細を語らずとも、価格は成立し続ける。 最低限の「定型回答」は用意しておく とはいえ、万が一の問い合わせに備えて、社内での統一的な回答文言を準備しておくことは必要である。現場での対応が属人的にならず、どの担当者でも一定水準の返答ができるよう、以下のような文言を共有しておくとよい「『共益費(管理費)』は、建物の共用部にかかる管理業務(清掃・点検・巡回・緊急対応など)を含む、建物全体の維持費用を広くカバーする定額制の費目として設定されています。個別の実費精算ではなく、すべてのテナント様に公平な形でご負担いただいております。」このような文言をあらかじめ用意しておけば、担当者ひとりひとりが過度に構える必要もなく、冷静に対応できる。 第6章:「納得される共益費(管理費)」は、どうやって成立しているのか 築古の賃貸オフィスビルにおいて、共益費(管理費)という項目がテナントから特に問題視されずに受け入れられている状態――それは、実は非常に高度な“無風の成果”である。その納得は、説明によって得られているわけではなく、日々の運営の中で自然と蓄積された信頼感によって成り立っている。この章では、テナントにとって「気にならない費用」として共益費(管理費)が成立するために、どのような要素が“感覚(知覚)レベル”で機能しているのかを考察していく。 共益費(管理費)は、「感覚としての整合」が成立しているときに、はじめて納得される テナントが共益費(管理費)を「妥当だ」と感じるとき、それは金額に対する明確な計算根拠や明示的なサービス内容があるからということで、ロジカルに導き出すものではない。むしろ、「この物件の状態と、月額●●円/坪という水準が釣り合っているかどうか」、「違和感がない」という言語化されない感覚的な整合感によって、妥当性が判断されている。この感覚は、いわゆる「勘」や「雰囲気」といった曖昧なものではなく、もっと根本的に、人が日常を生きるなかで得ている連続的な知覚の整合性に支えられている。たとえば、フロアに足を踏み入れたとき、照明の明るさや反射の具合に不安がなく、床の素材に段差や浮きがなく、空調の風が極端に強くも弱くもなく――「何も引っかからないままに、そこにいられる」こと。スピノザが述べたように、感覚(知覚)とは心と身体を分けることなく、「存在の様態として感受される経験」であるとすれば、共益費(管理費)への納得感もまさに、論理を超えた身体性と整合する感覚の中にある。それは、「頭で理解する」のではなく、「全体として受け止めている」状態であり、非言語的に“調和している”と感じることそのものが納得を生んでいる。 「特に問題がない」という体験の蓄積こそが、共益費(管理費)を成立させている この整合する感覚は、単発的事象としは成立しえない。たまたま清掃が行き届いていた日、偶然トラブルがなかった一週間というだけでは生まれえない。むしろ、「何も起きなかった」「いつも通りだった」という、継続した時間の経過の中でしか形成されない体験の蓄積である。ここで重要なのは、“何かがある”ことではなく、“何も気にならない”状態が続いていることそのものが、無言の評価になっているということだ。テナントは、いちいち清掃頻度や点検内容をチェックしているわけではない。それでも、以下のような状況が“当然のように続いている”とき、共益費(管理費)への疑問は起きない。フロア内の空気環境に違和感がない(風の吹き出し音や温度ムラが気にならない)エレベーターがいつもスムーズに動いている共用部の照明が統一され、光のちらつきや色ムラが生じていない廊下や壁面の傷や補修跡が端正に処理されており、清潔感が保たれているトイレや給湯室の備品が切れていたことがないつまり、「納得される共益費(管理費)」とは、個別の出来事や項目に分解できるものではなく、“何も引っかからないという知覚が、連続的に更新されている状態”にほかならない。逆に言うと、小さな不整合が積み重なると、テナント側の心理的な違和感が募り、「共益費(管理費)の内容がよく分からない」「説明してほしい」という声につながるということである。 「何も言われない」ことは、最高のフィードバックである “何も引っかからないという知覚が、連続的に更新されている状態”である限り、共益費(管理費)について、テナントから、不満なり、なにがしかのコメントが寄せられることは少ない。しかし、それ以上に重要なのは、何も言われないまま、更新が行われ、請求が滞りなく処理されていくという事実である。これは、管理運営としての成果が「可視化されていない」からといって、無視されているわけではない。むしろ、「言われない状態が、最も深く肯定されている状態」であるとも言える。それは、「何がいくらかかったのか」といった分解可能な根拠ではなく、「この金額なら特に文句はない」という身体的・経験的納得によって支えられている。この納得は、ロジックではなく、整合する知覚として、感覚のなかに棲みついている。 共益費(管理費)の価値は、「いつも通り」の中に潜んでいる “いつも通り”という言葉には、形式としての繰り返し以上の意味がある。そこには、違和感のない時間が積み重ねられてきた結果としての“自然さ”があり、それが共益費(管理費)の妥当性を静かに保証している。共益費(管理費)が成立するとは、価格と項目の合理的な整合がとれているという意味ではない。それは、日々の体験が言葉になることなく、「問題がなかった」と身体的に記憶されているということだ。この、語られない納得の構造こそが、築古ビルにおける“気にされない価格”をつくり出している。 第7章:「気にされない共益費(管理費)」を支える、管理・運営側の整え方 前章で述べたとおり、共益費(管理費)はその内容が説明されることなく、また、分析的に評価されることもないまま、「納得されている状態」が自然に成立している。この構造を支えているのは、個々の管理業務のパフォーマンスを包括して、全体として“気にならない状態”が持続していることにある。本章では、そうした「気にされない共益費(管理費)」を成り立たせている、管理・運営側の視点と具体的な整え方について掘り下げていく。 「質を上げる」のではなく、「ばらつきを抑える」 共益費(管理費)の納得感は、特別なサービスの追加によって得られるものではない。むしろ、築古の賃貸オフィスビル管理においては、狙った演出よりも、“日々の業務がいつも通り行われている”ことの一貫性のほうが重要である。たとえば:清掃の仕上がりに日によってムラがない照明器具/給湯設備の修繕対応に、担当者による差が出ない巡回頻度や点検の実施タイミングが、安定しているこうした“小さなばらつきの不在”こそが、テナントの不信感を未然に防ぎ、共益費(管理費)を価格として成立させている。“いつもそれなりに整っている”という一貫性のある管理が、テナントの心理的な安心感を生み、結果として共益費(管理費)への無関心=納得という状態につながっている。 「気づかれない変化」をどう設計するか 築古の賃貸オフィスビル管理において、設備の老朽化や外注業者の契約更新、仕様変更など、どうしても管理・運営の内容に変化が生じるタイミングがある。しかし、この“変化”が意識されてしまうと、それまで成立していた“気にならない状態”が揺らぎ、テナントの納得感を損なう引き金になり得る。たとえば:清掃業者の交代で、床の仕上がりや匂いがわずかに変わる巡回頻度を週5日から週3日に変えた結果、対応の遅れが出始める点検後の養生撤去や張り紙が雑になり、管理体制に疑念を抱かれる個々の更新・変更そのものは不可避であり避けがたいケースも多かろう。重要なのは、“更新・変更されたことが意識されない”ように、調整の過程をなめらかに運営できているかどうかである。この“段差のない更新・変更”ができることこそが、実務的な共益費(管理費)運用の鍵を握る。 違和感を「未然に察知する」姿勢・体制づくり 「共益費(管理費)が高いのでは?」という疑問は、突発的に出てくるのではない。多くの場合、日常の管理・運営のどこかで「これはおかしい」と思わせる出来事が蓄積した結果として現れる。だからこそ、“何かが起きてから動く”のではなく、“起きそうなことに事前に気づく”ための姿勢・体制づくりが重要になる。現場スタッフが「いつもと違う」と感じる感度を持てるようにしておく巡回時に設備や共用部の変化を“形式的チェック”で終わらせない清掃・補修・警備などの業者報告を、形だけでなく“内容ベース”で確認するこれは、点検の回数を増やすことではない。“静かな異変”に先に気づく視点、違和感への感度を、現場の運営の中に織り込んでいく姿勢であり、管理・運営力の問題である。 言葉にならない運営が、「価格をいじらずに信頼を保つ」 共益費(管理費)という費目は、一度設定されると、そう簡単に見直したり変更したりできるものではない。しかも、共益費(管理費)は、説明すればするほど納得されるとは限らない。むしろ、説明の過程で新たな疑問が生まれたり、「だったらこれはどうなんだ」と別の指摘につながったりすることも少なくない。その構造を踏まえれば、共益費(管理費)とは「語られないまま、納得されている」状態が、最も安定した形だと言える。この納得感を長く保ち続けるために、ビル管理会社として、また現場の担当者が行っているのは、目立つ改善策や大胆な改革ではない。 むしろ、誰からも注目されることのない部分での微調整や観察――つまり、“何も起きていない”状態を裏で静かに維持し続ける日常の調律である。たとえば、清掃ルートの見直し、備品補充のタイミングの最適化、共用部の照度や温湿度への反応、業者とのコミュニケーションの質のコントロール。それらはテナントに意識されることのない小さな判断の積み重ねだが、「この賃貸オフィスビルはちゃんとしている」という印象を、静かに支える要素になっている。特別なことはしない。ただ、特に問題が起きないように“細部を微調整し続ける”。この“見えない調律”こそが、共益費(管理費)という曖昧な価格を、動かすことなく崩さずに成立させるための、実務的かつ職人的な技術なのだ。 第8章:共益費(管理費)という“あいまいな費目”を、どう戦略的に扱うか ここまで見てきたように、築古の賃貸オフィスビルにおいて共益費(管理費)という費目は、説明のしやすさや計算の明快さを欠いた、ある意味では“語りにくい価格”である。何にいくらかかっているのかを項目立てて語ることは難しく、相場水準との整合や納得感の形成も、数字よりも「違和感のなさ」「日々の整い」といった感覚的な要素に依存している。一見すれば、それは経営上の不確実性や不安定さにつながる弱点のようにも思える。だが、本コラムで見てきたとおり、この“あいまいさ”こそが、実は共益費(管理費)を柔軟に設計し、運営の安定を支えるための余地を与えている。そして、この性質を正しく理解すれば、共益費(管理費)は、単なるコスト回収のラインとしてではなく、むしろ「このビルはきちんと整っている」という印象を静かに維持する、信頼形成の装置として戦略的に設計されるべきものとして位置付けることができる。 共益費(管理費)は「収支説明」ではなく、「納得感の設計」である 共益費(管理費)を「管理コストの按分」や「実費の積算」として捉えると、どうしても説明責任と原価の開示が重くのしかかる。だが現実には、共益費(管理費)はそうした原価連動の費目ではなく、あらかじめ設定された“一定の金額で、整っている状態を保つ”という実務運用のための外枠=静かな枠組みである。共益費(管理費)は、状況に応じて上下させる「可変パーツ」ではなく、「この範囲で整え続ける」という枠組み=前提条件として設定されるものだ。オーナー/ビル管理会社が求められるのは、その価格が“問われない”状態を、日常業務でどう維持し続けるかという視点である。 「疑問が出ない」ことこそ、最大の肯定 共益費(管理費)の扱いで最も避けるべきなのは、「この費用は何に使われているのか?」という問いが浮かび上がる状態だ。この問いは、費用対効果に対する不信の兆候であり、運営のどこかでズレやばらつきが発生しているサインである。だからこそ、「説明がなくても、気にならない」こと――すなわち、価格と状態が“暗黙の了解”として成立している状態を目指すことが、もっとも現実的で有効な共益費(管理費)運営のあり方である。 あいまいさを支える日常の調律 築古の賃貸オフィスビル管理において、共益費(管理費)は「何も言われない価格」であることが理想だ。その実現のためには、あらかじめ設定された一定の価格の外枠の下、テナントとの適切な距離感を保ちながら、印象を乱さず、整え続ける―そのための静かな調律を、日々の業務のなかで積み重ねていくしかない。それは、設備更新や新サービスの導入のような「目に見える改善」とは異なる、見えないところで印象を支える静かな実務力である。 おわりに 共益費(管理費)は、確かにあいまいな費目である。だが、そのあいまいさを“悪くないかたちで維持できている”ということ自体が、管理の質そのものを表している。共益費(管理費)のような費目においては、“わかりやすい説明”が誠実さの形とは限らない。問われずとも納得されている状態を維持することもまた、一つの誠実な姿勢といえる。語られずとも受け入れられているものを、丁寧に保ち続けるという態度――それこそが、築古ビルにおける共益費(管理費)運用の本質であり、オーナー/ビル管理会社が持つべき、もっとも実践的で静かな戦略なのかもしれない。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年1月6日執筆

築古オフィスビルは、なぜ“残る”のか?─東京の再開発と資本能率性の盲点

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古オフィスビルは、なぜ“残る”のか?─東京の再開発と資本能率性の盲点」のタイトルで、2026年1月5日に執筆しています。 少しでも、皆様に新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに──賃貸オフィスビルは、どこまで「場所」で儲かるのか?第1章:資本主義が見落としてきた「場所の特殊性」第2章:「東京」という局所性が築古の賃貸オフィスビルを延命させてきた第3章:「ストック市場」と「フロー市場」の構造的矛盾が築古の賃貸オフィスビルを揺さぶる第4章:ファンド資本主義の隙間で生き延びる、築古の賃貸オフィスビル第5章:ズレを引き受ける空間としての築古の賃貸オフィスビル―資本主義の“余白”に生きる最終章:都市の綻びに宿るもの──築古の賃貸オフィスビルという生存装置 はじめに──賃貸オフィスビルは、どこまで「場所」で儲かるのか? 賃貸オフィスビルの経営って、よく考えてみると、ちょっと不思議なビジネスだと思いませんか。やっていることは、シンプルです。土地の上にオフィスビルを建てる。できるだけ良いビルを建てる。そして、そのビルのオフィス空間をテナントに貸して、賃料という“場所代”をもらう。基本的には、それだけ。でもこの仕組みは、何十年も変わらずに機能し続けています。いったい、賃貸オフィスビルという事業の成立において、「場所」が持つ力は、どこまで大きいのでしょうか。少し立ち止まってみると、これは資本主義にとって、なかなか解けない問いでもあります。市場経済の原則では、すべてのモノやサービスは、需要と供給によってフラットに評価されるべきだとされます。リンゴも、パソコンも、オフィスも、同じルールで価格が決まるはず。けれども、「土地」だけは、どうしてもそうならない。 特に東京を見れば明らかです。日本中にこれだけ広い国土があるのに、経済活動は異様なまでに一極集中し、限られた土地にだけ極端な価値が宿る。そして、ほんの少し郊外に外れただけで、オフィスの賃料や土地の評価は大きく変わってしまう。この局所的な偏りは、「市場の公平な価値付け」では説明しきれません。 むしろ、賃貸オフィスビルというビジネスの根底には、「資本主義がうまく扱えない特殊性」、言い換えれば、「資本主義の外側に残された価値」が、じわりと作用しているのかもしれません。実際、東京の賃貸オフィス市場は現在、空室率の改善、賃料水準の上昇など、いわば「好調」に見える状況にあります。ですが、そうした表面的な回復基調の裏で、築古の賃貸オフィスビルには、別の現実が静かに忍び寄っています。売買価格(=ストックの価値)は上昇を続ける一方で、築古物件の賃料収入(=フロー)は頭打ちに近づいており、「この価格に見合うだけの収益が、本当に得られるのか?」という根本的な矛盾が、じわじわと表面化し始めているのです。もしこの矛盾が臨界点を超えたとき、「築古の賃貸オフィスビルはもう成り立たない」という未来がやってくるのかもしれません。しかし、本当にそうでしょうか?賃貸オフィスビルが築古になっても、場所としての価値が失われるとは限りません。むしろ、建物の効用や資本の論理では説明しきれない「場所のちから」が、そこに静かに息づいているとすれば──それは、築古の賃貸オフィスビルが“まだ使える”というだけの話ではなく、「資本主義という仕組みそのものに潜むズレ」を映し出す、ひとつの鏡なのかもしれません。ちょっと難しく聞こえるかもしれませんが、大丈夫です。このコラムでは、賃貸オフィスビルが収益を生むうえで、「場所の価値」がどのように作用してきたのかを改めて見つめ直しながら、築古の賃貸オフィスビルの価値をどう再発見し、どう延命していけるのか──その実務と思想の両面から、現実的に考えていきたいと思います。それでは、一緒にその謎を解きに行きましょう。 第1章:資本主義が見落としてきた「場所の特殊性」 市場という仕組みは、そもそもすべての財やサービスを、フラットなルールで交換する場として設計されています。リンゴでも、自動車でも、オフィス空間であったとしても、価格は需給のバランスで決まり、効率のいいものが選ばれて残り、そうでないものは淘汰されていく。そうした新陳代謝によって、資本主義は成長していく──そんな理屈です。 でも、そのロジックに、ぴったり当てはまらない存在がある。それが「場所」、土地や空間です。場所には、モノやサービスにはない「偏り」があります。たとえば、品川駅前の一等地を、青森とか地方都市に“引っ越し”させることはできないし、希少性のある立地は、それだけで特別な価値を持ってしまう。 資本主義の教科書的なロジックに照らせば、こうした“動かせない偏り”は、むしろ制度の歪みとして扱われることが多かった。実際、古典派経済学のリカードは、土地の生産性の差から生まれる「差額」が地代の根拠になると説明しました。つまり、土地はそもそも他の財と同じ市場原理では扱いきれない、特権的な利潤構造を内包しているのです。 そして、いまの東京の賃貸オフィス市場を見渡してみれば、その理論が、思いのほか“生々しいかたち”で現実化していることがわかります。たとえば、千代田・中央・港といった都心3区にある築古の賃貸オフィスビル。築年数が30年を超えて、設備も最新水準とは言いがたい―にもかかわらず、意外に高い賃料水準でテナントが入っているケースは少なくありません。それは、いわゆる「ビル性能」をもとにした市場の効率的な価格形成から、明らかにズレています。このズレこそが、「場所の力」が働いている証です。 企業にとって“立地”とは、単に駅からの距離だけを意味するものではありません。顧客や取引先との心理的な距離感、従業員が“この場所”で働いていることの満足度、そして「このエリアにオフィスを構えている」ということ自体が持つ信用やブランディング効果──そうした複数の価値が複合的に絡み合い、“場所”という一点に集約されます。これらは、坪単価やスペック比較では可視化しにくい、「非数値的な便益」です。にもかかわらず、実際の入居判断には決定的な影響を与えています。「築古だけど、ここにあるから選ばれる」──この構図を見過ごすと、立地が支えるビル価値の実態を読み誤ることになります。 ただし、そうした「場所の特殊性」も、いつまでも続く保証はありません。テレワークの普及、業態の変化、都市計画の転換、人口動態の変化……社会が変われば、場所の“特別さ”もまた変容していきます。築古の賃貸オフィスビルが、いま直面している不安定性は、まさにこの「場所の価値」が、時代の中で揺らぎ始めていることに発するのかもしれません。 言い換えれば、築古の賃貸オフィスビルが生き残っていくに際して問われているのは、設備更新やリノベーション等に対する投資判断だけではなく、資本主義の中でうまく扱い切れなかった「場所の特殊性」とどう付き合い直すかという、根本的な課題なのです。この「資本主義が見落としてきた価値」に、どんなヒントがあるのか?次章では、もう少し具体的に、「東京」という空間を起点に考えてみたいと思います。 第2章:「東京」という局所性が築古の賃貸オフィスビルを延命させてきた 前章では、土地や空間といった「場所」が持つ特殊な価値が、市場原理に基づく資本主義の枠組みでは十分に扱いきれないことを論じました。築古の賃貸オフィスビルが、「東京」という局所性を背景に価値を保ち続けているのも、その延長線上にあります。ここでは、もう少し具体的に「東京」という都市そのものにフォーカスし、その局所性が築古ビルの延命にどう作用してきたのかを掘り下げてみます。あわせて、その局所性に限界が訪れたとき、どのような変化が起きうるのかも想像してみたいと思います。 「東京」という都市が築いた、特別な立地価値 東京の賃貸オフィスビル市場が、日本全国の中でも飛び抜けた特別な存在であることは、誰もが認めるところです。高い賃料水準、集中的なオフィス需要、交通や商業機能の圧倒的集積。それらは東京という都市が時間をかけて積み上げてきたものです。思い返せば、東京は戦後の空襲で一面の焼け野原となった場所でした。そこからの復興期、高度経済成長、バブル経済、そして現在に至るまで、政治・経済・文化の機能が意図的に集中され、「特別な立地価値」をもつ都市へと成長してきたのです。政府機関の集積、大企業の本社機能、金融市場、情報発信拠点としての役割がすべて東京に集められた結果、地方都市では実現できない経済的優位性が形成されました。こうした構造の中で、築古の賃貸オフィスビルもまた、立地という「場所の力」を借りて価値を保ち続けてきました。多少古くても、設備が劣っていても、「東京のど真ん中」にあるという理由だけで、「信頼できる立地」として認められ、一定のテナント需要が保証されていたのです。 局所性に永続性はあるのか? しかし、この「局所性の恩恵」も永続するとは限りません。東京の賃貸オフィス市場は長らく順調に推移してきましたが、すでにその構造に小さな揺らぎが見え始めています。示唆的なのが、アメリカの動向です。ニューヨークやシリコンバレーといった超高地価の都市圏から、企業や若年層がテキサス州のオースティン、ヒューストンへと移動するケースが増えています。背景には、地価の高騰による生活・事業コストの上昇と、それに見合わない経済的リターンへの不満があると言われます。このような現象は、経済活動が特定の場所に過度に集中した結果、「バランスを取り戻す力」が市場から自然に生まれることを示唆しています。立地の特別性が限界まで膨らみ、フロー(賃料)とストック(不動産価格)のバランスが崩れたとき、人や資本は新たな場所へと移動していくのです。出典:CBRE「U.S. Office Market Outlook」U.S. Census Bureau(都市圏別人口統計)Reuters(企業動向に関する報道) 東京でも「変化の力」は動き出している もしも東京がもっと狭い都市で、賃貸オフィスビルの供給余力も小さく、飽和していたとしたら、こうした移動はすでに起きていたかもしれません。けれども、東京は広大で、かつ日本社会の中枢機能が過度に集中しているため、「変化の力」が顕在化するには時間がかかっていると言えるのかもしれません。それでも、近年ではテレワークの浸透や働き方の多様化に伴い、東京の一極集中に対する限界を、多くの企業が少しずつ感じ始めています。都心にオフィスを持つことのメリットが、以前ほど絶対的ではなくなってきている──そうした認識が広まりつつあるようにも感じられます。一部の企業では、非中枢機能を郊外や地方都市に分散し、サテライトオフィスを設けるなど、拠点構成の見直しが始まっています。都心に本社を置き続けるという大きな流れは維持されているものの、「立地の特別性」が相対化される兆しが出てきているのは確かです。 「東京である」だけでは守りきれない価値 だからこそ、築古の賃貸オフィスビルに求められるのは、「東京にあるから価値がある」という発想をいったん疑ってみることです。これからの時代、「東京の立地性」だけに依存した延命戦略は、いずれ限界を迎えるかもしれません。むしろ、「このエリアだからこそできる」「この物件ならではの魅力がある」といった、より具体的で身体性のある価値づけこそが求められるのではないでしょうか。築古ビルの延命において、「場所の力」を過信せず、「場所との付き合い方」をアップデートしていく──その視点が、これからの局所性戦略の核心となるはずです。 ただし、ここでひとつ立ち止まって考えたいのは、「場所の価値」が際立てば際立つほど、それが資本の論理によって“商品”として過剰に評価されてしまうリスクがある、という点です。実際、不動産市場では立地の希少性が評価されるあまり、実態の収益力と乖離した価格形成が進みつつあります。築古の賃貸オフィスビルがもつ「場所の特殊性」は、価値を支える一方で、ファンド資本主義の射程にも取り込まれやすい──。このねじれた構造のなかで、いま何が起きているのか?次章では、「ストック」と「フロー」という二つの市場のズレに注目しながら、築古の賃貸オフィスビルを取り巻く資本主義的矛盾の正体を掘り下げてみたいと思います。 第3章:「ストック市場」と「フロー市場」の構造的矛盾が築古の賃貸オフィスビルを揺さぶる 土地や空間という資源は、本来、資本主義の市場原理が苦手としている「局所的で代替不可能なもの」です。再生産も流通も不可能な「一回性のモノ」である土地は、理論上のフラットな市場とは相性が悪く、その意味では資本主義の“外側”に置かれていたはずでした。ところが、資本主義が成熟し、「ファンド資本主義」とでも呼ぶべき段階に突入すると、この本来“外側”にあったはずの土地・不動産も、資本運動の射程に組み込まれていきます。まさにその点に、築古の賃貸オフィスビルが直面している最大の構造的課題が潜んでいます。 ファンド資本主義が生み出す「資産価格の膨張」 資本主義の仕組みを考えるうえで、少し歴史をさかのぼってみましょう。資本主義が本格化する前──とくに農業を基盤とした封建社会では、土地を耕して得た“余剰”は、領主のもとへ「年貢」や「地代」として吸い上げられていました。この時代の土地は、作物をつくるための生産手段であると同時に、「余剰を吸い取る装置」でもあったのです。現代の不動産賃料も、ある意味ではこの構造の延長にあります。借り手が稼いだ利益の一部が、賃料というかたちで貸し手に吸い上げられていく。その意味で、家賃や地代は、資本主義の「自由競争と価値創造」という原則から見ると、やや異質なしくみ──言うなれば、“封建制のなごり”とも言えます。こうした視点で見ると、GAFAのような巨大IT企業がつくったプラットフォームに、私たちユーザーが自覚のないまま“地代”を払っている構図──いわゆる「テクノ封建制」──もまた、封建的な支配構造の現代版と考えられるかもしれません。土地ではなく、デジタル空間が“場所”になり、そこにいること自体がコストを生む。つまり、時代が変わっても、「場を支配する者が利益を得る」という構造は、かたちを変えて生き残っているのです。 一方で、産業資本主義が成熟していくと、企業が利益として蓄積する資金量は、実際の製造・販売に必要な投資額を上回るようになります。銀行はその余剰資本の受け皿となって産業に貸付を行い、生産効率を高める装置として機能しましたが、余剰資本の膨張とともに、やがて投資先の選別が困難になり、資本は生産と乖離しながら「自己増殖する資本」へと変質していきます。このとき登場するのが「ファンド資本主義」です。株式や債券といった金融商品だけでなく、金(ゴールド)、さらには、土地や不動産のような、本来は資本主義の周縁にある資産にまで、ファンドの資金が雪崩れ込むようになったのです。その典型が1980年代後半の日本のバブル経済であり、あるいは、近年の世界的な超金融緩和のなかでの不動産価格の上昇です。こうして土地や建物の価格は、もはや実用価値では説明のつかない水準にまで引き上げられていきます。当然ながら、その先に蓋然性を以て予見されるのは、バブルとその崩壊という“いつか来た道”です。中央銀行が金融政策でその振幅を制御しようとはしていますが、将来にわたって「完全に抑えられる」のかは不透明と言えるでしょう。 賃貸オフィスにおける「ストック」と「フロー」のズレ こうしたファンド資本主義の影響を最も強く受けている分野の一つが、不動産市場です。東京都内の賃貸オフィスビル市場では、特に売買価格(ストック)は上昇を続けています。ファンドを含む外資、地方の事業会社、中堅の不動産会社などが、収益還元可能な水準を超えた価格でも取得を試み、市場の売買価格はじりじりと切り上がっています。しかし、その一方で、オフィス賃料(フロー)には明確な上限があります。テナントが支払う賃料は、自らの事業によって得られる利益の範囲内に制約されており、それを超える賃料を支払えば、たちまち事業は成立しなくなります。つまり、賃貸オフィスビルのフロー収入は、ファンド資本主義が描く“理想的な収益曲線”ではなく、企業活動の実態や経済の基礎体力という“現実”に律されているのです。この現実とは、極めて当たり前で、しかし忘れられがちな制約です。どれだけストック価値(ビル価格)が市場で高騰しても、それを支えるフロー(賃料収入)が企業活動の実態と乖離すれば、その矛盾はいずれ顕在化します。 築古の賃貸オフィスビルが最前線で受ける“歪み” この矛盾の最前線にあるのが、築古・中小規模の賃貸オフィスビルです。老朽化によってスペックが陳腐化し、天井高や設備仕様に限界がある物件は、たとえ需要があっても賃料単価を上げにくいという現実があります。一方で、都心立地や希少性、将来的な再開発余地などが評価されることで、売買市場(ストック)においては、投資家によって高値で取得されるケースが後を絶ちません。すると、その物件が生むフロー収益と、投資額との間に大きなギャップが生まれる。いわゆる「この賃料水準で本当にこの価格を回収できるのか?」という根本的なズレが表面化してきます。そして問題は、その“ズレ”が単なる投資収益の低下にとどまらない点にあります。期待したキャッシュフローが得られない状況が続けば、オーナーはビルの維持管理や設備更新にコストをかけづらくなり、やがて最低限の管理すら行き届かなくなる可能性がある。空調が壊れたまま、共用部が古びたまま放置される──そんな状態になれば、当然テナント満足度は低下し、結果として空室が増える。つまり、フローとストックの矛盾が、ビルの品質劣化→テナント離れ→稼働率低下という悪循環を引き起こす構造になっているのです。加えて、築古・中小規模の賃貸オフィスビルに入居するテナントは、費用感に対して極めてシビアな企業や個人が多い傾向にあります。したがって、設備やサービスを向上させて賃料を引き上げる余地は限られており、フローの上振れで矛盾を吸収することも難しいというのが実態です。 この矛盾にどう向き合うか こうした構造的な矛盾に対して、オーナーやビル管理会社が個別の努力で抜本的な解決を図るのは、現実的にはきわめて困難です。どれだけ内装を整備し、どれだけ入居条件を工夫したとしても、テナントが実際に支払える賃料には明確な上限があります。つまり、築古の賃貸オフィスビルにおいて収益力を根本から押し上げようとしても、それを受け止められる「市場の許容範囲」自体が限られているのです。 だからこそ重要なのは、この矛盾が構造的なものであり、避けがたい現実として存在していることを、まずは率直に受け止めることです。そのうえで、築古の賃貸オフィスビルの現場において、いま何が可能で、何を諦めざるを得ないのか──限られた条件の中で、どこまで手をかけ、どこで割り切るのかを見極める姿勢が求められます。次章では、こうした制約を前提としたうえで、それでもなお現場で実行可能な「現実的な選択肢」について掘り下げていきたいと思います。 第4章:ファンド資本主義の隙間で生き延びる、築古の賃貸オフィスビル ファンド資本主義が不動産市場を席巻する現在、築古の賃貸オフィスビルは、どのようにしてその居場所を保ち、生き延びていくことができるのでしょうか。 仮定として、もし都市の開発や不動産市場の取引が、摩擦ゼロの条件で進むと仮定すれば、非効率な建物はすべて再開発されてしまうことになるので、古びた中小規模の賃貸オフィスビルはとうに姿を消しているはずだ。だが、現実はそうはなっていません。都市の再開発には、さまざまな制約がつきまとっています。権利関係、法制度、施工リソース、建築コスト──それらはすべて、資本の論理による一斉再開発を現実から遠ざけています。さらに言えば、仮にそうした制約をクリアできたとしても、そこに投下される巨額の資本が、本当に都市の経済活動とバランスするのかという根本的な問いが残っています。ファンド資本主義のプレイヤーたちが「この市場はすでに過熱している」と一斉に判断した瞬間、開発プロジェクトの価値評価は、チューリップ・バブルや南海泡沫のように一気に崩れる可能性すらあります。要するに、この矛盾はどこかで“解消”されることはない。むしろ、整理されきれない余白が都市の随所に残ることで、逆説的に全体のバランスが保たれていると言えるでしょう。都市とは、“ノイズ”や“隙間”を含んだまま機能する構造体なのだ。言い換えれば、再開発され尽くさないことこそが、都市の延命条件であるとも言えます。 さらに、不動産市場では、売買価格(ストック)と賃料収益(フロー)との間に構造的なギャップが生じています。にもかかわらず、築古の賃貸オフィスビルが完全に淘汰されないのは、それが「ファンド資本主義の本流(メインストリーム)からわずかにズレた場所」にあるからではないでしょうか。 この“ズレ”は、単なる不完全性ではなく、「価値の余白」としての可能性を持っています。築古の賃貸オフィスビルのサバイバル戦略とは、必ずしも、新たな投資価値を創出することではありません。むしろ、資本の加速運動から少し距離を取った“非‐資本主義的空間”として、ひっそりと、しかし確かに機能し続けることにあります。それは、都市のなかに点在する“逃げ場”としての役割でもあります。制度や秩序が支配する空間とは異なる、もうひとつの場。哲学者ミシェル・フーコーは、そうした空間を「ヘテロトピア(異空間)」と呼びました。都市の秩序が張り詰めるなかで、そこから一歩引いた“別のリズム”を許容する場所──まさに築古の賃貸オフィスビルは、そうしたヘテロトピア的視点を体現しているのかもしれません。以下では、そうした「ヘテロトピア的な築古ビル」が持つ5つの特殊性について見ていきたいと思います。 特殊性①:小さな局所性が息づく 丸の内や六本木といったランドマーク型の街だけが、東京ではない。神田、日本橋、新橋といった街には、顔のある空気と時間の蓄積がある。築古ビルは、そうした“顔のある街”の一部として存在できる。たとえば神田なら、利便性や賃料の手頃さに加えて、気取らない街並みや老舗の蕎麦屋がオフィス空間に“生活の温度”を添えてくれる。これは大規模再開発エリアでは決して得られない質感だ。ファンド資本主義がスルーしていく細部の価値。それこそが、築古ビルにとってのアイデンティティになり得る。 特殊性②:小ささゆえの即応性と柔軟性 小さなビルは、速く動ける。テナントのニーズに合わせて柔軟に内装や設備を調整できること、対応が早いこと、融通がきくこと──これは大規模ビルには真似できない築古ビルの持ち味だ。今後、オフィスの在り方が流動化し、プロジェクト単位での利用やハイブリッドワークが広がるなかで、この“サイズ感”の良さは好まれる場面が増えている。要するに、小さいことによって「逃げ場」としての機動性を確保し得るのである。 特殊性③:資本の視線から距離を取った空間設計 築古ビルには、使い手の想像力を許容する“余白”がある。派手な演出ではなく、削ぎ落とされた素地。意図的なマーケティングの文脈から離れ、素朴で静かな空間が立ち上がる。たとえば、自然光の入り方を活かしたミニマルな内装や、素材そのものの質感を大切にする設計。そうした空間は、“見せる”ではなく“避ける”ための場所として機能する。資本の視線から少し距離を置く──そのことが、特定の感受性を持ったユーザーにとっては、むしろ信頼できる選択肢となる。 特殊性④:地域の物語を内包した“空間の記憶” 築古ビルには、時間の痕跡が残る。建物そのものが持つ歴史、街とともに歩んできた記憶、そこにあった営み。こうした要素は、新築ではゼロから構築しなければならないが、築古ビルには自然と宿っている。神田や日本橋の周辺の立地において、こうしたストーリーの存在は、物件選びの“最後の一押し”になり得る。過剰な演出を排し、静かな背景を持つこと。それは、地域とともにあるという信頼の証でもある。 特殊性⑤:非中心ネットワークの“点”としての接続性 都市構造がセントリック(中央集権的)からリゾーム(分散接続的)へと変化していく中で、小さな築古ビルはネットワークの“ノード”として機能する可能性を持つ。本社が都心にあっても、郊外や地方に拠点を持つ企業にとって、アクセスしやすく柔軟なサテライト拠点としての価値がある。移動型ワーク、多拠点居住、二拠点ビジネス──そうした流動的な活動にとって、「点としての空間」はかけがえのないピースとなる。 築古の賃貸オフィスビルが持つ可能性は、その“弱さ”、周辺特有のマイノリティ性、のなかにこそあります。ファンド資本主義のメインストリームから少し離れたその場所で、無理せず、過剰に抗わず、しかし確かに息づいています。都市の“端っこ”で生き延びる。そこには、派手さではなく、地に足のついたサバイバルのリアリティがあります。そして、それこそが、築古の賃貸オフィスビルが持つ唯一無二の“希望”ではないでしょうか。 第5章:ズレを引き受ける空間としての築古の賃貸オフィスビル―資本主義の“余白”に生きる 大規模な再開発が進む東京の都市空間。八重洲、日本橋、高輪ゲートウェイ、田町といったエリアでは、デベロッパーが主導し、ファンド資本を背景とした巨大プロジェクトが次々と展開され、地上40階超の超高層オフィスビルが都市の景観と機能を塗り替えつつあります。しかし、そうした「表通りのランドマーク」を一本裏に入るだけで、築年数を重ねた中小規模の賃貸オフィスビルが、静かに、しかし確かに生き残っている光景に出会います。これらの築古ビル群は、資本主義が描く都市の最適化構造にとっては、どこか“異物”のような存在です。最新の設備にも、設計上の効率性にも適合していません。それでもなお、完全に淘汰されることもなく、むしろ「最適化の網から外れた場所」に、頑なにとどまり続けています。 都市の「再開発されなさ」が示す、摩擦のリアル ある特定の築古の賃貸オフィスビルが再開発されずに残っていることに、絶対的な必然性があるわけではありません。相続、権利調整、法制度、工事コスト、近隣対応──そうした動かしがたい事情が複雑に絡み合い、結果として「動かしづらい存在」となり、偶発的に、そのまま都市の中に留まり続けているのです。完全に合理化された都市とは、イマジナリーな概念にすぎません。すべてが最適化され、資本が無駄なく配分され、スペックが標準化された社会は、理論上は正しく、美しいかもしれない。けれど、現実としてはきわめて脆弱です。揺らぎも、逃げ場もない都市は、ひとたび想定外の事態が起これば、一気に臨界点を超えてしまいかねないのです。すべての結論が出揃った都市では、新しい物語はもう始まり得ないのです。だからこそ、都市のどこかに「ズレ」があり続けること―それこそが、現実を実体として成立させるための前提なのです。築古の賃貸オフィスビルは、そのズレを物理的にとどめておく装置として、いまも都市のなかに存在し続けています。 “ズレ”が開く、生き残りの空間 収益性が低く、維持費は重く、今後の改修にも多くの課題が残る、けれど、それでも築古の賃貸オフィスビルが都市から必要とされているのは、そこに「数字に映らない需要」が息づいているからです。たとえば、歴史ある中堅企業、予算に限りがあるスタートアップ、短期利用のプロジェクトチーム、クリエイティブを仕事にする個人事業者──彼らが求めているのは、必ずしも最新スペックでも、充実した設備でもなく、「今、ここで、使える」場所なのです。大規模開発された賃貸オフィスビルでは吸収しきれない、目立たないけれど圧倒的に多数派である中小企業のニーズ。その流動的で多様な需要を、静かに、しかし確実に受け止めているのが、都市の“谷間”に点在する築古の賃貸オフィスビルです。つまり、築古の賃貸オフィスビルとは「なくなっても困らない存在」などではまったくなく、「なくなっていくと都市の基盤が静かに崩れ始める」存在なのです。 観察される構造としての“リゾーム” 築古の賃貸オフィスビルは、どれもが事情を異にし、個別に存在しています。オーナーがいて、管理会社がいて、テナントがいて、入居には仲介会社が関わる──このエコシステムは、あくまでも自然発生的であり、あらかじめ構築されたネットワークというより、それぞれの現場ごとにバラバラに動いているようにも見えます。しかし実際には、築古の賃貸オフィスビルを複数管理している私たちのようなビル管理会社の立場からは、ある特定の価格帯・スペック帯の中で、テナントがビルを“回遊”している構図が、仄かに見えてきます。それは成長とともに広いオフィスへと移動することもあれば、事業縮小により狭い空間へと移ることもある。予測不能でアドホックなこの動きは、事前に計画して意図されたものではないにせよ、確かなリズムをもって都市に存在しているのです。そこには、計画性も連携もない。けれど、都市の構造的なズレが生み出す“予期せぬ接続”が、非公式な回路として静かに機能している。その様相は、あえて言えば「リゾーム的構造が幻視される」とでも言えるでしょう。リゾームとは、戦略的に設計されるものではなく、ズレの中から偶発的に浮かび上がる構造なのです。 都市というシステムのバッファ領域として 築古の中小規模の賃貸オフィスビルは、都市空間のなかで「バッファ」としての役割を果たしています。ここでいうバッファとは、都市経済の表層に現れるメインの活動を直接的に支えるのではなく、その周囲で発生する余剰や不確定性、変動要因を吸収・緩和する“緩衝地帯”のような存在です。都市の経済活動は、常に明確な方向性をもって動いているわけではありません。起業や撤退、拡張や縮小、転居や仮住まいなど、企業や個人の判断は流動的で、計画と現実のあいだには常にズレがあって、「決まっていない」「つなぎ」「様子見」といった判断が日常的に含まれています。こうした曖昧で一時的なニーズに寄り添って、仮の拠点、つなぎの場所、あるいは撤退までの一時的な逃げ場として、築古の賃貸オフィスビルは使われていくことになります。これらの動きは、大規模できちんとした賃貸オフィスビルでは受け止めることは難しいかもしれません。築古の賃貸オフィスビルは、その柔軟さ、手頃さ、規模感によって、都市に生まれる未決定な状態を受容する受け皿となっているのです。A面ではないB面のニーズ、あるいは一時的な商流や拠点の動きに対応できる場所──そうした「定まらないもの」に都市が対応して、動的に機能し続けられているのは、まさに築古の賃貸オフィスビルのような“余白”がそこにあるからなのです。 「ズレ」が残ることで、都市は生き延びている もし都市空間のすべてが最適化され、スペックや収益性だけで評価され、資本の論理に沿って整然と配置されていたなら──それは、効率性の観点からは理想的に見えるかもしれません。しかし、そのような都市は、ほんのわずかな揺らぎにも対応できない、極端に脆いシステムになりかねません。実際の都市には、常に予定外の動きや計画されていない選択が存在します。制度の枠を越えるような人々の営み、企業の突発的な撤退や拡張といった変化は、予期せぬかたちで日々生じています。こうした揺らぎやノイズを、都市のシステムは完全に管理することができません。むしろ、都市で活動する人間や企業そのものが、システムにとっての“外部性”として立ち現れる──そうしたパラドキシカルな状況が、都市という場の本質にはあります。すべてが設計通りに整えられた都市では、計画外の事態が生じた瞬間に、逃げ場はなくなります。都市空間に曖昧に存在しているのが、築古の賃貸オフィスビルです。こうしたビルは、あらかじめ意図された機能ではなく、都市のシステムのスキ間に偶発的に生じた“誤差”であり、“ズレ”なのです。このズレが、その“ゆるさ”によって、外部性による突発的な揺らぎやノイズ──人間や企業の思わぬ動き──を吸収し、局所的な不均衡があっても全体の崩壊を防ぐクッションの役割を果たしているのです。それはまるで、生物における「免疫機能」のようです。都市というシステムが長期的に持続するためには、外部性を完全に排除するのではなく、一部を受け入れ、内側で折り合いをつけていく柔軟性が求められます。つまり、「予測不能な揺らぎを受け止める余地」を空間として持ち続けること──それが都市における“免疫”として機能しうるのです。築古の賃貸オフィスビルは、資本主義の都市設計においては“誤差”や“失敗作”として片付けられてしまうことがあるかもしれません。けれど、この誤差/ズレをあえて許容できる都市だけが、突発的な変化にも耐え、しなやかに立ち直ることができるのです。すべての結論が出尽くし、隙のない構造でできあがった都市には、新たな物語はもはや生まれません。だからこそ、“ズレ”がどこかに残り続けること──それは、単なる老朽や未整備ではなく、都市が都市としての物語を紡ぎ続けるための、根源的な生命線なのです。 最終章:都市の綻びに宿るもの──築古の賃貸オフィスビルという生存装置 都市とは、思い通りにならない場所だ。成長には摩耗がともない、整理すればはみ出し、再開発を進めれば、かならずどこかに歪みが残ります。完全に整った都市など存在しないし、存在するはずもない。人が生きる限り、そこには常に“揺らぎ”が生じます。だからこそ、都市は生きていられるのです。築古の中小型賃貸オフィスビルとは、そうした“揺らぎ”が都市のシステムの中に累積し、結果的に“誤差”として浮かび上がった綻びです。資本が期待する利回りに届かず、再開発の輪からも外れ、建築的にも制度的にも「今の正解」からは大きくはみ出しています。けれど、その不完全さゆえに、都市の中で「揺らぎを受け止める場所」として機能し続けているのです。 都市の計画は合理性で描かれていても、そこで暮らす人間の動きは決して合理だけでは説明できません。制度からはみ出す暮らし、採算に合わない動き、予測不可能な変化。その一つひとつが、都市という巨大なシステムにとっては“外部性”であり、“ノイズ”となります。けれど、そのノイズをすべて排除してしまえば、都市は均衡を失い、壊れやすくなるのです。すべてが最適化された都市では、予定外が起きた瞬間、逃げ道がなくなるのです。築古の賃貸オフィスビルは、その逃げ道として、計算外の外部性やノイズを受け止めるためのバッファとして、都市の片隅にとどまり続けています。そして、こうした誤差の累積は、やがて都市構造の中に“ズレ”を生みます。明示的な意図ではなく、結果として残された隙間。見えない構造線の軋み。きっちり閉じられなかった接合部のにじみ。その“ズレ”こそが、都市のシステムにとっての免疫として機能します。このズレは、都市にとって、欠陥ではありません。むしろその綻びがあることで、都市は柔軟に揺らぎを吸収し、突発的な変化を受け流し、耐える構造を保つことができるのです。正解や完成に向かわないものが、あえて整えられないまま、局所的に「なんとなく」存在し続ける。それは都市にとって、人間的な空間を残すための最後の余白です。 「今ここで、なんとなく機能している」。それは、一時的かつ局所的で、かつ曖昧な状態かもしれません。けれど、その“いびつな”状態があることで、都市は壊れずに済んでいます。完璧でないものが、完璧であろうとする都市全体を、結果的に支えている──このパラドクスを、私たちは見過ごすべきではありません。築古の賃貸オフィスビルとは、いわば「都市が過去からこぼし続けてきた誤差が堆積した空間」なのです。そこでは、計算ではなく、観察が求められています。戦略ではなく、応答が要請される。整えすぎないこと、完成させすぎないこと。つまりは、「それでもなお、人が躊躇いながらも、息をして生きている空間」を、都市のどこかに残しておくこと。その静かな在り方が、今日の都市のバランスを、知らず知らずのうちに守っているのです。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年1月5日執筆
 
 
 
資料ダウンロード お問い合わせ