Building Renovation
老朽化したビルの単なる修繕はリフォームと呼ばれますが、ある程度の広さを総合的に改修して建物の性能を向上させたり、価値を高めたりすることをリノベーションと呼びます。
Subject
  • 空室を埋められる
    リノベーション計画

    トイレ・エントランスなどをきれいにして空室を埋めたいが、どのようにリノベーションしたらいいかわからないことも。動線の良し悪しも含めた相談が必要です。
  • 費用と家賃収入

    リノベーションをして費用がいくらかかり、どのくらい家賃収入を上げられるのかは誰もが気になるところ。どのタイミングでいくら投入するべきか、近隣相場を熟知した会社に相談することが重要です。
  • ビルリノベーション会社の選定

    リノベーション設計・PM(プロパティマネジメント)・BM(ビルメンテナンス)・リーシングの実績のある会社に任せたい。特にメンテナンスを含めた総合的な診断をできる会社選定が課題です。
Our Business

サービスの特長

  • 家賃をとれるビルを
    知っている

    どんなビルにすれば家賃がとれるのか、わかっているようでなかなかわからないものです。入居テナントが内覧をして決まりやすいビルとはどんなビルなのか?長年の経験と徹底した図面・現状の分析から、当社はとことん設計のクオリティに拘ることで決まりやすいビルを作ることができます。

  • 近隣の相場を熟知して
    適切な提案ができる

    当社は地域の賃料相場や空室率、テナント動向を分析することで、リフォームが良いのかそれともテナントにアピールするリノベーションがいいのか、費用をかけただけ家賃収入が上がるのか小規模な修繕にとどめるのかを詳細に検討の上、ご提案していきます。

  • PM・BM・
    リーシングの実績

    当社はリノベーション設計・PM(プロパティマネジメント)・BM(ビルメンテナンス)・リーシングの実績が豊富です。特にメンテナンスを含めた総合診断に基づいて計画するので、「修繕すべきところ」「入居テナントにアピールするリノベーション」を狙った時期に行っていきます。

対応業務例

  • トイレ・給湯コーナー

    最新のデザイン性のある衛生機器の導入や洗面カウンターの広さ、光と色を活かした空間演出などにより、クオリティが高くリフレッシュできるトイレ空間を創出していきます。給湯コーナーもシンプルで機能的なデザインにより従業員の憩いの場となることもあり、可能性を秘めたスペースと捉えています。

  • エントランスホール

    個別の案件ごとにその内容は異なりますが、築古ビルの多くは照度が足りず暗い印象があります。床・壁・天井の素材、照明の工夫とカラーリングにより、明るく清潔感のあるエントランス、多くの人に好まれるエントランスを目指します。

  • ファサード

    ファサード(正面から見える外壁)のイメージがパッとしない、とお考えであれば、足場をかける修繕のタイミングで、既存の外壁を撤去せずに新素材を上張りすることで、施工期間短縮・コスト削減とデザイン刷新の両立を図ります。外断熱を図れば、断熱性能が高まり、光熱費削減やテナント企業の環境負荷低減に繋がり、付加価値となります。

  • エレベータホール・廊下

    築古ビルの多くはやはり暗いエレベータホールが多く、トイレの入り口が見える場合もあります。トイレまでの動線計画も見直して検討し、来訪者にいい印象を与えるビルを追求します。ダウンライトと間接照明を併設するなど照明計画がキーポイントになることも多いです。

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運営管理に関するご相談やご質問がございましたら、
お気軽にお問い合わせください
Projects
Voice
  • リノベーションにより空室が一気に改善し、賃料収入が安定。

  • 築30年を超えた老朽ビルが見違えるように再生。

  • 当初は修繕コストばかり気にしていたが、段階的な改修提案で負担を分散。結果的に賃料アップにもつながった。

Flow
  • 1

    お問い合わせ・ヒアリング

    お電話またはWebフォームでご相談内容をお聞かせください。物件概要や現状の課題点などをお伺いいたします。
  • 2

    現地調査・改善提案

    当社スタッフが現地を確認し、建物の状況や周辺市場を分析。その上で、リーシング方針や修繕計画など含めた最適な運営プランをご提示いたします。
  • 3

    ご契約・運営開始

    サービス内容・費用にご納得いただけましたら契約を締結。綿密なスケジュール管理のもとでスムーズにPM業務をスタートし、オーナー様への定期報告を実施いたします。
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古い賃貸オフィスビルの内装をどう変える?人材に選ばれる空間づくりの実務ポイント

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「古い賃貸オフィスビルの内装をどう変える?人材に選ばれる空間づくりの実務ポイント」のタイトルで、2025年11月17日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに第1章:なぜ今「内装」が人材確保のカギなのか第2章:築30年超でも選ばれる「内装リノベ」の条件第3章:成功事例に学ぶ「印象」と「機能」を両立させた内装改善第4章:テナント目線で読み解く「内装の価値」第5章:その空間に、思想はあるか?─ビルの価値を決める設計の哲学第6章:オーナー・管理会社が今すぐできる実務アクション第7章:まとめ 築古でも“選ばれる”ための内装戦略おわりに:古いことは、弱みではない。整っていないことが弱みになる。 はじめに 築年数が古くても、内装次第でビルは再生できます。実際に、築30年超の賃貸オフィスビルであっても、戦略的な内装改善により、優秀な人材を惹きつける企業が入居し、賃料アップや満室稼働を実現した事例は少なくありません。本コラムでは、都心の中規模・賃貸オフィスビルを保有するオーナー・管理会社の方々に向けて、ポストコロナ時代の働き方と人材ニーズに対応した「内装戦略の最前線」を、豊富な実例とともに、専門的な視点からわかりやすく実務的に解説していきます。単なる“デザインの流行り”ではなく、テナント企業の評価軸に合った空間とは何か?築年数というハンデを乗り越えるために、どこに投資すべきか、どこに手をつけるべきか?本コラムを通じて、その判断軸と実行のヒントを、具体的に探っていきましょう。 第1章:なぜ今「内装」が人材確保のカギなのか かつて昭和の時代から続いてきた「オフィス=作業場」という発想は、今や過去のものになりつつあります。令和の現在、オフィスは企業の戦略や文化を表現する空間として、その役割と価値が再定義され始めています。特に2020年代以降、働き方の多様化やテレワークの普及と見直しを経て、「社員がなぜ出社するのか」「出社する意味とは何か」を、企業があらためて問い直すようになりました。その中で、「社員が出社したくなるオフィスをどうつくるか?」というテーマは、経営の視点からも重要な課題として注目されています。単に生産性や利便性を追求するだけではなく、組織の創造性や意思決定のスピード、対話の質といった、“リアルな場”だからこそ生まれる価値が見直されている背景があります。もはや、ただ机が並んでいるだけの従来型オフィスでは、人は集まりません。これからの時代、過去のオフィス像を乗り越え、「働きたくなる空間」への転換が求められています。 「本質的な多様性」に応えるオフィス空間へ 「多様性(ダイバーシティ)」という言葉も、以前のように軽やかに語れる時代ではなくなりました。働き方における多様性も、今まさに“再定義”のフェーズに入っています。これまでは、“なんでも受け入れること=多様性”といった表面的な理解が広がっていた時期もありましたが、いま企業が求めているのは、もっと実質的で、仕事に集中できる環境を整えるという意味での“地に足のついた多様性”です。その実現には、「誰にとっても快適な空間づくり」や「業種・職種ごとの働き方にフィットする柔軟性」が欠かせません。たとえば、同じオフィスの中でも:・一人で集中したいエンジニアと、会話が多い営業職・通常勤務の社員と、フレックスや時差出勤をしている社員・社内業務メインの部署と、来客対応が多い部署──こうした多様な働き方が共存しています。だからこそ、現場ごとの違いをきちんと捉えたうえで、選択肢のあるオフィス設計を行うこと。これが“本質的な多様性”に対応した空間づくりと言えるのではないでしょうか。 総務担当者が見る内装のチェックポイント テナント企業のオフィス選定において、実質的な決定権を握っているのは多くの場合、総務部門や移転プロジェクトの実務担当者です。彼らは“社員が毎日使う場所”としての視点で物件を見るため、ビルオーナーの想定以上に細かくチェックしています。以下は、内見時に特に注目されやすいポイントです: チェック項目着目されるポイント例エントランス清潔感/開放感/来客への印象.老朽化や暗い照明はマイナス要素共用部(廊下・EV)共用部(廊下・EV)明るさ/安全性/視認性.古い内装材や色温度の違和感は悪目立ち天井高・躯体構造空間の開放感や現し天井の可否.圧迫感の有無も重要床仕様/OAフロア床仕様/OAフロアレイアウト変更の柔軟性.配線のし易さなども見られる照明/空調照明のチラつき/照度不足、温度ムラ/席による寒暖差は注意ポイントトイレ/給湯室清潔感/男女/手洗いスペースの広さ.古さ・臭いは即NG判断に直結セキュリティ/動線来客/荷物動線の分かり易さ.オートロックや監視カメラの有無案内表示/サイン類テナント表示やピクトグラムの視認性.統一感のあるサイン計画が好印象 加えて、近年では企業の“社員ブランド”や“採用力”を表現する場としても、オフィスの空間設計が重視されています。・「このオフィスなら採用ページに載せても見栄えがするか?」・「来社した取引先に“この会社、ちゃんとしてる”と思ってもらえるか?」こうした視点で、内装そのものが企業の“顔”として評価されているという現実があります。総務担当者は、設備だけでなく“目に見えない印象”まで含めて、内装を判断しているのです。 内装は、テナント確保=人材確保の基盤 企業にとって、オフィスは単なる設備ではありません。“人材戦略の一部”です。社員が働きやすい環境を提供できなければ、離職リスクは高まり、採用競争力にも差が出ます。そして、テナント企業が人材確保に本気で取り組んでいるからこそ、選ぶオフィスにも“本気”が求められているのです。築年数という“言い訳”が通用しない時代に入っています。ビルオーナーとしても、内装改善に本気で向き合う姿勢が問われています。 第2章:築30年超でも選ばれる「内装リノベ」の条件 「古い=選ばれない」という時代は、もう終わりを迎えています。いまのテナント企業が重視しているのは、築年数そのものではなく、実際に働く空間の質です。つまり、古さそのものが問題なのではなく、“古さのまま放置されている状態”こそが問題なのです。適切な内装リノベーションを施せば、「賃料が安いから仕方なく選ばれるビル」から「この空間なら働きたい」と直感的に感じさせるビルへと進化することは可能です。特に、築30年以上が経過した中小規模の賃貸オフィスビルにおいては、物理的な制約を受け入れながらも、どこに手を入れるかが勝負になります。では、どのような視点で内装改善を考えるべきか?ここでは、選ばれるビルが備えるべき3つの内装価値について整理してみましょう。 ■ 選ばれる築古ビルの「3つの内装価値」 ① 印象:最初の3秒で「ここ、良さそう」と思わせる力人もビルも、第一印象が9割。内見の最初の3秒で「ここはないな」と思われてしまえば、その後の逆転は難しくなります。エントランス、受付、EVホール、共用廊下といった“共用部の顔”は、空間全体の評価を大きく左右します。たとえば──蛍光灯で薄暗いエントランス汚れた床材が貼りっぱなしの廊下年季の入ったトイレの蛇口や洗面台こうした「手が入っていない印象」は、どれだけ立地が良くても選定から外される要因になります。逆に、白を基調に間接照明を組み合わせるだけで、空間の印象は一変します。“清潔感”と“明るさ”があれば、築年数の壁を超える──それが内装の力です。② 機能:見た目ではなく「実際に使えるか」で判断されるオフィスは、見た目だけでは選ばれません。テナントが業務を快適に遂行できる空間かどうかが、重要な判断基準です。企業がチェックするのは、以下のような基本性能です:空調はゾーン分けされており、席によって暑い・寒いが発生しないかOAフロアが設置されており、自由にレイアウト変更ができるか通信設備(光回線・LAN・電源容量)は現代水準に対応しているかセキュリティや監視カメラなど、一定の安心感が担保されているかこうした“実際に使えるかどうか”の視点で、機能性は冷静に評価されています。いくら内装のデザインを整えても、こうした基本機能が備わっていなければ、テナントから選ばれることはありません。③ 柔軟性:未来の変化に「対応できそう」と思わせる余白いまのテナント企業が求めているのは、「今だけ快適なオフィス」ではありません。人員増加・部署変更・フレキシブルな働き方…変化を前提としたオフィス選びが一般的になっています。だからこそ、「この物件なら、変化に柔軟に対応できそうか?」という視点が重要です。柱や梁の配置は、間仕切りの自由度に影響しないか?天井高は十分か?スケルトン対応が可能な構造か?壁や床の下地構造は、テナント工事に対応しやすいか?“どうにでもできそう”と感じさせる内装かどうか。この“余白”こそが、選ばれる築古ビルの重要な要素です。■ 共用部と専有部、それぞれに必要な改善ポイント内装リノベというと、「テナント専有部」ばかりに目が向きがちですが、共用部こそが、ビル全体の印象を決定づける場であることを忘れてはいけません。以下、実際に改善効果の高い代表的なポイントを整理します: 区分改善ポイント内容例共用部エントランスタイル・照明の更新、サイン計画、床材の張替えなどEVホール・廊下LED照明、視認性向上、壁紙の更新トイレ・給湯室器具更新、臭気対策、男女比対応、清掃性専有部床・天井・壁床・天井・壁OAフロア新設、天井現し、クロス・床材更新空調・照明照度設計、個別空調ゾーン設計、静音対策インフラ・配線電源容量、光回線、LAN配線・電話配管など 中でも、「一部だけでも刷新」することで印象が劇的に変わるポイントもあります:トイレの鏡と照明を変えるだけで、“新しいビル”に見えるEVホールの壁面のパネルを工夫するだけで、グレードアップ感が得られる廊下のクロスとエレベーターの意匠を揃えるだけで統一感が出るこうした“費用対効果の高い一手”を見極めることが、内装改善において極めて重要です。 第3章:成功事例に学ぶ「印象」と「機能」を両立させた内装改善 築古ビルが内装リノベーションによって“選ばれる物件”へと再生することは、理論上の話ではありません。ここでは、東京都港区に位置するフロア坪数100坪超の賃貸オフィスビルの事例を紹介します。この物件は、築10年超の時点で、一時全館空室となりましたが、全館の内装再生によって満室復帰・賃料水準の向上を実現した成功事例です。このケースからは、今の時代でも通用する普遍的な改善のヒントが多数読み取れます。ポイントは、「第一印象の劇的な改善」と「テナント目線の実用性強化」をセットで実施した点にあります。 ■ 物件概要と状況:全館空室状態からの出発 対象物件は、東京都港区・JR山手線の駅から徒歩10分の立地にある中規模オフィスビルです。竣工1993年。キーテナントが退去した時点で築13年でしたが、全フロアが空室となる危機的状況に直面しました。この段階で、オーナーが取った選択は「賃料を下げて埋める」のではなく、一棟丸ごとのリノベーションを断行するという、攻めの意思決定でした。築古ビルであることを前提にしながらも、「物件の印象と機能を根本から再構築する」という明確な方針のもと、工事は計画されました。 ■ 第一印象を劇的に変える:共用部の「印象改革」 最初に手を入れたのは、ビルの“顔”とも言える共用部の刷新です。この段階で重視されたのは、「古さを隠す」のではなく「時代に合った空間として再構成する」という発想です。(1). エントランス外観の刷新(庇の意匠変更)リニューアル前は、曲線的な庇とモルタル調の外壁が特徴的な古い印象のファサードでした。これを、直線的でシャープな意匠に変更し、外観に現代的な印象を加えています。(2). エントランスホールの照明演出・素材選定内部のエントランスホールでは、天井に間接照明を仕込むことで、柔らかくも高級感のある光を演出。白を基調とした壁面と、シルバー系の金属素材をアクセントとして用い、清潔感と洗練性を両立させています。(3). EVホール・廊下・水回りの素材アップグレード共用廊下には明るい床材を採用し、「暗くて古臭い印象」を徹底的に払拭。また、水回り(トイレや給湯室)については器具の交換・照明の調整・素材感の統一によって、清潔感と快適性の両方を確保しました。→ これらの共用部の刷新によって、内見時に「古いビル」というイメージを逆転させる効果を実現しています。 ■ テナント目線での実用性改善:機能面の再整備 次に、テナント専有部および設備系統についても、入居後の快適性・業務効率を重視した改修が行われました。(1). OAフロアの新設全フロアにOAフロア(フリーアクセスフロア)を導入し、配線の自由度と安全性を向上。これにより、テナント企業はレイアウト変更や機器配置を自由に設計できるインフラ環境を得ることができました。(2). 空調・照明のゾーニング空調設備については、エリアごとの温度調整が可能なゾーン設定を導入。照明も執務エリアと会議エリアで照度を切り替えられるようにし、社員の体感快適性と生産性を意識した設計がなされています。(3). セキュリティ・遮熱対策などの細部対応エントランスにはオートロックと監視カメラを新設し、セキュリティの信頼性を向上。また、窓面には遮熱フィルムを施工し、夏季の空調効率を改善するなど、細部に至るまで機能性の底上げが図られています。 ■ 結果:空室ゼロ&周辺相場超えの賃料で満室稼働 こうした印象改善×機能強化のリノベーションを経た結果、対象物件ビルは再募集開始から短期間で満室となり、空室ゼロを達成しました。しかも、リニューアル前より賃料を引き上げた状態で募集を行い、周辺相場より高い水準での成約が成立しました。見た目だけの化粧直しではなく、機能と印象の両面を改善かつ、細部にわたる“使いやすさ”への配慮この2点を的確に押さえたことが、成功の最大要因となったのです。 ■ 今の時代に通じる「エッセンス」は何か? 今回、取り上げた対象物件の改修は2006年実施とやや前の事例ですが、「どこに投資すべきか」「どう印象を変えるか」というエッセンスは今なお通用します。清潔・明るい・整っているという共用部の基本要件テナントが使いやすいインフラ環境(配線・空調・セキュリティ)内見時に「ここなら恥ずかしくない」と思わせる設えと印象づくりとくに、白+間接照明+金属素材の組み合わせや、シンプルで力強い空間演出などは2025年現在でも“時代に左右されない、選ばれ続ける定番”と言えるでしょう。 第4章:テナント目線で読み解く「内装の価値」 “良いオフィス内装”を決めるのは誰か? オフィス内装が“良い”かどうかを決めるのは、オーナーではありません。その空間で日々働く、テナント企業の社員たち自身です。しかもその評価は、誰かに聞かれたときだけでなく、日常のなかでリアルタイムに下されています。近年ではSNSを通じて、働く人の率直な本音が広がりやすくなっており、例えばこんな声が見られます:・「内装が古すぎて気分が上がらない」・「薄暗いオフィスで毎日出社するのが苦痛」・「エントランスが古くて来客を呼ぶのが恥ずかしい」逆に、ポジティブな声もあります:・「清潔で明るいオフィスだから毎日出社が楽しみ」・「エントランスがキレイだと会社のイメージも上がる」・「トイレが使いやすいおかげで快適に過ごせる」こうした声がSNSで拡散されることで、オフィス内装の印象や満足度は、企業のイメージにも少なからず影響を与えています。ただし、SNS上の意見をそのまま真に受けるのは危険です。発信者のバイアスや一時的な感情が反映されやすく、“言語化しやすいもの”だけが目立ってしまう構造があるからです。それでも、働く人たちがどんな空間に満足し、何にストレスを感じているのか――その「感覚のリアル」に向き合う姿勢は、オーナーや管理側にとって不可欠です。この章では、SNSなどの“表層の声”にとどまらず、社員の行動や心理に根ざした、「本質的な内装評価」の視点を深掘りしていきます。 ■ 第一印象と清潔感は“即決レベル”の判断要素 「このビル、いいですね」と感じるか、「ここはちょっと…」と引かれるか。内見や来訪のわずか数分のあいだに、物件の印象は決まります。特に共用部──エントランス、受付、EVホール、廊下、トイレといった空間は、全ての人が必ず“見る・通る・使う”場所であり、印象評価に直結します。以下は、テナント社員が日常で体感している“内装の印象”にまつわる声です:・「受付が暗くて来客のたびに恥ずかしい」・「廊下が無機質で気が滅入る」・「トイレが古いと、会社全体が古く見える」これらの声の共通点は、“清潔感”と“居心地”への感覚的評価にあります。見た目の派手さやデザイン性以前に、「きちんと手入れされているか」「明るく安心感があるか」が問われているのです。 ■ トイレ・廊下・照明──“意外に重要な細部”が評価を左右する ビルオーナーが見落としがちなのが、“脇役に見える内装要素”が実は主役級に重視されているという事実です。たとえば、ある調査では、働く人がオフィス内装で最も気になる場所は「トイレ」という結果が出ています。その理由は以下の通りです:・1日に何度も使うから「不快だと気になる」・プライベートな空間なので「清潔感がダイレクトに伝わる」・来客時にも案内するため「会社の印象に直結する」さらに、廊下や照明も心理的な快適性に大きく関わります。・廊下が閉鎖的だと圧迫感を覚える・蛍光灯のチラつきや、寒色系の光はストレスを誘発する・明るすぎず暗すぎない、自然な色温度の照明が安心感につながる内装というと「執務室のデザイン」や「インテリア」を想像しがちですが、社員が毎日必ず接するこれらの空間こそ、満足度・定着率・モチベーションに直結する領域です。 ■ テナント企業が重視する「見えない価値」とは? テナントの内装評価には、「目に見える部分」だけでなく、“見えない価値”も含まれています。・空間の清潔感や快適性が「社員に好かれるか?」という採用力に直結・取引先を案内した際に「会社の印象がどう見えるか」に影響・毎日働く社員の気分・集中力・健康にも間接的に関与これらは数値では測りにくいですが、非常に実感の強い要素です。「古いけど、なんか居心地がいい」「必要なところがちゃんと整っている」そんな空間は、長く愛され、選ばれ続けます。ビルオーナーとしては、“細部に神経が行き届いた空間”こそ、テナント企業から評価されるということを強く認識する必要があります。単なる箱貸しではなく、働く人に寄り添う空間づくりを提供できるか。そこに、築年数を超えた競争力が生まれるのです。 第5章:その空間に、思想はあるか?─ビルの価値を決める設計の哲学 (1). なぜ今、内装に「意味」が問われているのか 2025年、東京の賃貸オフィスビル市場では“内装”という言葉の重みが変わり始めています。ただお洒落にすればいい、映える空間をつくればいい――そんな時代は終わりました。現在のテナント企業が本当に求めているのは、「その空間が、自社にとって意味のある場となるか」という一点に集約されます。ポストコロナ、テレワーク、Z世代の価値観、多様性の再定義、ESG疲れ――こうした社会の揺らぎのなかで、オフィスという空間は単なる「執務スペース」から、“経営や組織文化を体現するリアルな装置”へと位置づけが変わってきています。そしてこの変化のなかで、オフィス内装に求められているのは、流行を取り入れることではなく、その企業らしさを引き出す「舞台」としての整え方です。だからこそ、オーナーも「いま流行っているデザインは何か?」ではなく、「働く場としての“質”とは何か?」を捉え直す視点が必要とされています。 (2). 「トレンドワード」に惑わされず、“意味”で読み解く 最近、「グレージュ」「ニューミニマル」「ホームライク」といったワードが、オフィスの内装トレンドとして取り上げられているみたいで、リノベーション業者やオフィス家具メーカーなどが、こうした言葉を積極的に打ち出しているのをよく目にします。たしかに、こうしたキーワードは空間デザインの方向性を端的に掬い取るという点で、一定の役割を果たしている側面もあります。しかし、本当に大切なのは――そうした言葉を「そのままなぞること」ではなく、その背景にある「人間の感覚」や「働き方の本質」を読み解くことです。たとえば:① グレージュ(Greige)とは:・グレージュ(Greige)は「グレー(灰色)」と「ベージュ」を合わせた造語で、灰色の持つ洗練された落ち着きと、ベージュが持つ温かみや自然な柔らかさを併せ持った中間色のことです。・オフィスにおいて、無機質で冷たい印象の強い真っ白な壁や濃いグレーを避け、従業員が心理的に落ち着き、リラックスして過ごせる色合いが選ばれるようになってきました。グレージュの柔らかくフラットな色調は、過剰な刺激を抑え、集中力を維持しやすくするとともに、「安心感」や「快適さ」を感じさせる色として評価されています。・つまり、企業側が従業員のメンタルヘルスや感情面の安定に配慮した職場環境作りを重視する流れの中で注目されているカラーです。② ニューミニマル(New Minimal)とは:・「ニューミニマル」は、単に装飾を減らしただけの従来型ミニマリズム(Minimalism)を超え、機能性や利便性を損なわずに、視覚情報を徹底してシンプル化する新しい概念です。形状や色彩を厳選することで、心理的ノイズや過剰な刺激を最小限に抑え、「集中力」や「生産性」を高めることを狙います。・近年、情報過多によるストレスが社会的問題になり、職場においても「いかに余計な刺激を排除し、仕事に集中しやすくするか」が重要視されています。ニューミニマルは、情報を削ぎ落とし、必要な情報だけを際立たせる「視覚的ノイズの最適化」という観点で、働く人の効率性と精神的負荷の軽減を目指す背景があります。③ ホームライク(Home-like)とは:・「ホームライク(Home-like)」とは、その名の通り「家庭のような」「自宅のような」空間のあり方を指し、職場においてもリラックスして自分らしくいられる環境づくりを目指すコンセプトです。オフィスの中に、自宅にいるような安心感や居心地の良さを取り入れ、従業員のストレスを緩和し、ウェルビーイング(心身の健康・幸福感)を向上させることを目的としています。・ホームライクという概念の背景には、従来型オフィス空間に対する意識の変化があります。長時間働く現代人にとって、職場で過ごす時間は非常に長く、従来のような堅苦しく緊張感の高い空間では心身への負担が蓄積されてしまいます。また、人間は本質的にリラックスした環境のほうが創造性や生産性を発揮しやすく、柔軟な発想やコミュニケーションの活性化も期待できます。このような理由から、企業側もオフィス内にリビングルームのような柔らかいインテリアや居心地の良さを取り入れ、従業員が心理的に安心し、ストレスから解放される職場環境の整備に積極的に取り組むようになりました。このように、トレンドワードにも共通しているのは、ただの流行として消費されるのではなく、「社員の心理的安全性」や「集中と拡散のバランス」、「緊張と解放」といった、“空間を通じて働きやすさを支える”という目的意識が、その背景にあるということです。オーナーにとって本当に重要なのは、「話題のキーワードを寄せ集めて、なんとなく取り入れてみる」ことではありません。それぞれの言葉が示している“人の働き方”や“企業の空間戦略”を、意味として読み解く力。そこに投資すべき価値があります。 (3)「完成された空間」から、「余韻のある空間」へ かつてのオフィス内装は、“完成された美しさ”を目指すものでした。共用部も専有部も「最初から出来上がった状態」で提供され、それを使ってもらう――そんな発想が一般的でした。しかし現在、多くのテナント企業が求めているのは、「自社らしく使いこなせる空間」です。それは決して“白紙の空間”を求めているのではなく、「整っていながら、手を加えやすい空気感」を備えた場だと言えます。たとえば:・内装を過剰に演出せず、素材感を活かしたニュートラルな設えにする・明るさや清潔感を意識した照明計画を敷きつつ、控えめな存在感にとどめる・床材や壁材はシンプルで質感のあるものを選び、テナントの家具や備品が映える構成にするこうした設計思想は、空間を「決めすぎない」ことで、入居者の創造性を引き出します。意図的に“余韻”を残した空間設計――それが、今後の築古オフィスにおける内装戦略の軸になり得るのです。未完成ではなく、“整えられた余白”としての完成度。それが、オーナー側から提供すべき空間のあり方ではないでしょうか。 (4)「整えて渡す」からこそ生まれる、自由度とのバランス 築古ビルの内装改善を考える際、オーナーとして悩ましいのは、「どこまで仕上げて渡すべきか?」という永遠のテーマです。仕上げすぎるとテナントが手を加えにくくなり、自由度が下がる。かといって、仕上げが甘ければ“管理されていないビル”と見なされ、印象で損をします。このジレンマに対して、私たちが取っている答えは明確です。「きちんと整えたうえで、自由に使える余白を設計する」こと。具体的には:・天井・床・壁の仕様は、上質でプレーンな仕上げを選択し、余白として機能する構成に・空調や電源・LAN配線などのインフラは、すぐに使える状態で整備しておく・ブラインドや照明は、快適性を担保しながら、過度に主張しない実用的な設計にとどめるこうした「汎用性のあるミニマルな完成形」を用意することが、テナントにとっては“自社らしく使いやすい空間”となり得ます。「何もしない自由」ではなく、「きちんと整っているからこそ安心して手を加えられる余白」――それこそが、築古ビルにふさわしい提供のかたちです。私たちが重視するのは、「選ばれる空間」であることと同時に、「信頼される空間」であること。仕上げの思想を持ち、整えたうえで手を渡す――そのあり方が、ビルの価値を左右します。 (5). 空間の「思想」が、ビルの差別化を生む トレンドやデザイン、機能性――それらは確かに重要ですが、最終的に「選ばれるビル」と「見送られるビル」を分けるのは、“空間に思想があるかどうか”です。これは、派手なコンセプトや装飾を施すという意味ではありません。むしろ逆に、「この空間は、誰が、どのように、どんな働き方をするための器か?」という明確な意図が込められているかどうかが問われているのです。たとえば:・「小規模でも、社員が静かに集中できる場所を用意したい」・「来客が多い企業向けに、受付から会議室への導線をスマートに整えたい」・「流行りのシェアオフィスなどではなく“専有空間の快適さ”にこだわる企業の受け皿になる」こうした設計思想が、内装のデザインや素材、照明や動線計画に反映されていれば、ビルそのものが“働くための哲学”を持った空間として評価されるのです。特に、築古の中規模・賃貸オフィスビルこそ、“思想のある改修”が価値を生みます。築浅・大型物件のように設備や構造で勝てないからこそ、思想とこだわりで差別化する。・派手なデザインではなく、“意図のある余白”・決まりきった内装ではなく、“丁寧に選ばれた素材”・無機質な空間ではなく、“人が安心して働ける場”としての提案その積み重ねが、「このビル、なんか良い」と感じてもらえる印象に変わり、結果として空室を埋め、テナントが長く居つくビルへとつながっていきます。空間の意味を再定義したうえで、ビルオーナーとして問われるのは「では、明日から何をするか」です。次章では、築古ビルでもすぐに着手できる内装改善の実務アクションを、費用対効果の視点とともに整理していきます。 第6章:オーナー・管理会社が今すぐできる実務アクション 空間に意味を持たせる。 それは決して、大規模改修や高額なデザイン監修だけで実現するものではありません。むしろ築年数の古い中小ビルにとって重要なのは、「限られた投資で、どれだけ印象と使い勝手を高められるか」という現実的な判断です。この章では、小さな改善でも大きな成果を生み出す“実務アクション”を整理していきます。そして、ただ整えるのではなく、「テナントが“選ぶ理由”になる改善」とは何か?を掘り下げます。① エントランスの整備(過剰な装飾ではなく、“きちんとした佇まい”をつくる)・床や壁の汚れ・劣化箇所を補修し、清潔でフラットな状態を維持・無駄な設置物を避け、空間にノイズを持ち込まない構成・照明は昼光色かつ高照度で統一し、明るさそのもので清潔感を演出→ 「整理されている」「信頼できるビル」という印象は、過剰な演出ではなく管理の精度で伝わります。② 共用部照明のLED化と高照度設計・昼光色×高照度を基準に、照度ムラや劣化を徹底排除・古い蛍光灯や色ムラのある器具は、LED一体型で一新・共用廊下・EVホール・トイレなど、全ての動線空間で明るさを担保→ 視認性・清潔感・安全性の3点を、最も効率的に改善できるのが照明。空間の信頼性を底上げする基本中の基本です。③ 部分リニューアル(素材の更新で“くたびれ感”を除去)・廊下やEVホールの壁紙・巾木の更新(落ち着いた色調で統一感を重視)・カーペットタイルは、やや暗め・深みのあるトーンを採用・ドア・スイッチ・サインプレート等、目につく細部部材は優先的に交換→ 一部の素材を更新するだけでも、「このビルは手が入っている」と感じさせる効果があります。④ 共用部の徹底清掃・メンテナンス強化・床や金属部材の洗浄・研磨でくすみを取り除く・ガラス面の定期清掃で視界と光の抜け感を確保・トイレの臭気対策・水栓まわりの更新を実施→ “清掃が行き届いている空間”は、それだけで管理レベルの高さを直感的に伝える最大の要素です。⑤ サイン計画の刷新(見落とされがちな印象の要)・古くなったテナント表示板・フロア案内板を統一フォーマットで更新・郵便受け・インターホン・注意書きなどの掲示類を“貼らない整理”に転換・サインはあえて主張せず、情報の視認性・整理整頓・静けさを優先→ 無理にかっこよくするのではなく、「混乱がない」「無駄がない」ことが価値になる領域です。 ▼印象戦略の本質:整っていれば、それだけで選ばれる 築古ビルにおいては、過剰な装飾や奇をてらった仕掛けよりも、「基本が整っている」こと自体が最大のアピールになります。何かを足すのではなく、余計なものを削ぎ落とす。そんな“引き算”の内装改善こそが、働く人にとって本当に快適で、評価される「地に足のついた空間戦略」と言えるのではないでしょうか。 第7章:まとめ 築古でも“選ばれる”ための内装戦略 築年数が古くても、人を惹きつける賃貸オフィスビルは確かに存在します。そして、それらのビルに共通しているのは、単なる見た目の新しさではなく、「この空間で働きたい」と思わせる“印象”と“思想”を備えていることです。本コラムで紹介してきたように、テナント企業の視点は、かつてよりもはるかに高度化しています。立地・広さ・賃料だけでは判断されず、「社員が毎日使う空間として、どこまで信頼できるか」という総合的な印象評価が、入居の意思決定を左右する時代です。(1). デザイン性だけでは足りない、“使いやすさ”とのセットが鍵照明が明るいか、トイレが清潔か、レイアウト変更しやすいか――こうした細部にこそ、働く人の快適性や企業の使い勝手が宿ります。どれほどお洒落な内装でも、座る場所が寒い/暑い、配線が不便、音が響くといったストレスがあれば、テナントから「ここでは働けない」と判断されてしまいます。逆に、華美でなくても使い勝手が良く、整った印象を与えるビルには、長く安定したテナントがつきます。デザイン性と実務性のバランス――それが“選ばれる内装”の本質です。(2). テナントの「働く環境」に寄り添えるかが選定基準になる2025年現在、オフィス内装に求められているのは、単なる意匠ではなく「働き方に応じた空間の調律」です。一人で集中したいときにこもれる場所があるか来客時の動線がスマートに構成されているか会議・雑談・静寂、それぞれのシーンにフィットするゾーニングがあるかこれらはすべて、テナント企業の“社員戦略”と直結する要素です。オフィスが整っていれば、採用・定着・エンゲージメントにも良い影響を与える――その感覚を持った企業ほど、空間を見る目が厳しくなっています。ビルオーナーが真に競争力を持つには、そうした「経営の文脈でオフィスを選ぶ企業」から見られていることを意識する必要があります。(3). 最後に問われるのは、“ビルの印象をどう作るか”という覚悟ここまで内装の要素、改善アクション、トレンドの読み解き方などを整理してきましたが、最終的に勝敗を分けるのは、“そのビルが持つ印象”です。共用部が明るく清潔に整っている無理にトレンドを追わず、落ち着きと使いやすさがあるスケルトンで余白を残し、入居企業が“自分たちの場”として育てられるこうした印象は、単なる仕様の積み重ねではなく、オーナーの「姿勢」や「考え方」が反映された結果です。このビルは、誰に、どんな働き方を提供したいのか?この問いに明確な答えを持ち、ブレずに整え続けている物件こそ、結果として選ばれていくのです。 おわりに:古いことは、弱みではない。整っていないことが弱みになる。 築年数の経過したビルでも、「デザイン性」と「使いやすさ」を両立させた内装戦略によって、十分に勝負できます。大切なのは、見た目の刷新にとどまらず、そこで働く人の視点に立った“使い勝手の向上”をセットで提供することです。テナントの従業員は、その空間で日々、長い時間を過ごします。だからこそ、快適で働きやすい環境をつくるという設計思想が不可欠です。派手さは必要ありません。清潔で、洗練され、機能的であること。そんな空間は、企業にとって「採用力」や「人材定着率」を支える、“人的資本への投資基盤”にもなり得ます。そして最終的に問われるのは、ビルオーナー自身の姿勢です。築年数は変えられなくても、「印象」は内装次第で変えられる。そしてその印象こそが、テナントに選ばれるかどうかを左右するのです。本コラムで取り上げたポイントをもとに、自分のビルにはどんな可能性があるか――ぜひ、現実的に見直してみてください。築古ビルでも、人は集まり、選ばれる。その未来を切り拓くのは、オーナーの判断と、内装への投資です。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月17日執筆

築古オフィスビルを活かすインダストリアルリノベーション ~低コストで“今っぽい”空間を実現するための実践ガイド~

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古オフィスビルを活かすインダストリアルリノベーション~低コストで“今っぽい”空間を実現するための実践ガイド~」のタイトルで、2025年11月12日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次1.導入:築古オフィスビルの活用価値とトレンド2:低コストで、今っぽく見せるための基本ポイント3.インダストリアル・テイストの特徴と魅力4.「見せる配管」の活用術5.実際のリノベーション事例6.低コストとデザイン性を両立させるポイント7.まとめ:築古オフィスビル×インダストリアル・テイストの魅力 1.導入:築古オフィスビルの活用価値とトレンド 築古オフィスビルのリノベーションが近年、大きな注目を集めています。長くビジネス・エリアとして栄えたエリアに立地することも多く、年月を経た独特の風合いや街並みに溶け込む佇まいは、築古オフィスビルに、単なる箱としてではなく、過去の歴史を感じる“物語性”を持った空間としての付加価値が生まれます。また、既存の構造をうまく活かせば工事コストを抑えることが可能であり、その分をデザインや機能性の向上に回すなど、自由なアイデアを盛り込みやすいというメリットもあります。一方、社会全体では価値観や働き方の多様化が進み、シンプルかつ機能的な空間づくりへのニーズが強まっています。生活スタイルや働き方が大きく変化する中、「低コスト」でありながら「今っぽさ」を感じられる空間を実現するリノベーションに対する需要は、ますます高まっています。築古オフィスビルならではの味わいを活かしつつ、テナントのニーズや時代性に合わせた新しい価値を創造していくことが、これからのリノベーションの可能性といえるでしょう。 2:低コストで、今っぽく見せるための基本ポイント 近年、築古オフィスビルのリノベーションにおいて「低コスト」でありながら「今っぽく」見せることが重要なポイントとなっています。その実現の鍵を握るのは、装飾過多を避けるミニマルなデザイン、素材の持つラフな質感を活かすこと、そしてあえて「未完成感」を演出する手法です。それぞれのポイントを詳しく掘り下げながら、実践的なアイデアや具体例を交えて紹介します。 2-1.ミニマルデザインで費用削減と洗練を両立 ■ “残す”ことで生まれるコストダウン築古ビルの壁や床は、長年の使用により塗装が剥がれていたり、キズや凹凸があったりするものです。これを全面的に改修しようとすると大きなコストがかかります。一方で、そうした“経年変化”をあえて残し、保護や部分補修だけで済ませることで、施工費用を削減しつつ独特の風合いを残せます。たとえば、塗装の剥げ具合をそのまま活かし、上からクリア塗装だけ施せば、古さと新しさが混在する不思議な魅力をもつ空間を創り出すことができます。■ 無駄をそぎ落とすことで演出される洗練感ミニマルデザインの考え方に沿って、空間全体の色数を抑え、インテリアの装飾をシンプルにすることで、広がりや余白を感じさせられます。古い建物ならではの風合いが際立つだけでなく、導線や機能面もすっきりと整理されるため、オフィスや店舗としては使い勝手が向上します。 2-2.ラフな質感の活用 ■ コンクリートやOSB合板の可能性インダストリアル・テイストを象徴する素材といえば、やはりコンクリートの打ちっぱなしでしょう。新築で意図的に作るとなると相応の施工費がかかりますが、築古ビルの壁や柱からコンクリートが出てくるケースでは、下地処理を最小限に抑えるだけでそれらを“表の顔”として活用できます。一方、OSB合板は下地材として使用されることが多いですが、その独特の木材チップ模様はデザイン性が高く、低コストで個性的なアクセントウォールや家具を作ることが可能です。■ エージング加工と相性の良い素材“ラフな質感”をさらに際立たせるために、エージング(古びた風合いを人工的に与える加工)を施すこともあります。金属部分をわざと酸化させたり、木材をバーナーで炙って焦がしたりするなど、ちょっとした手間でドラマチックな見栄えを実現できるのも、ラフな素材の面白さです。 2-3.あえての未完成感 ■ 未完成がもたらす空間の自由度完成しきっていない状態をデザインに取り込むと、利用者がレイアウトや用途を柔軟に変化させやすくなります。壁の一部に仕上げを施さず、下地のまま残しておけば、将来的に簡単なDIYで棚を取り付けるなどの拡張もしやすくなります。企業の成長スピードが速いスタートアップなどでは、オフィスのレイアウト変更が頻繁に起こり得るため、このような“未完成”の状態がむしろ利点となるケースがあります。■ 施工工期の短縮とコスト削減仕上げを最小限にするということは、つまり施工工程を大きく削減できることを意味します。特に築古ビルのリノベーションでは、現状把握から解体、内装工事までに想定外の工程が生じることも珍しくありません。あえて完璧な仕上げを目指さず、最低限の補修とクリアコート程度で留めることで、工期も費用も抑えつつ、むしろ“味のある”空間が得られるのです。これらの「ミニマル」「ラフ」「未完成感」という要素を組み合わせることで、今注目される「インダストリアル・テイスト」を実現することが可能になります。次章では、このインダストリアル・テイストについて詳しく掘り下げ、その特徴や魅力を説明します。 3.インダストリアル・テイストの特徴と魅力 3-1.歴史的背景:産業革命から生まれた空間 インダストリアル・テイスト(Industrial style)は、その名のとおり産業的(industrial)な美意識に由来しており、19世紀末から20世紀初頭の欧米における産業革命期にルーツを持ちます。この時代は、蒸気機関や機械化技術の発展に伴い、大量生産と都市への人口集中が進んだ大変革の時代でした。イギリスではマンチェスターやリヴァプール、アメリカではニューヨークやシカゴなどの都市部を中心に大規模な工場や倉庫が次々と建設され、鉄骨、コンクリート、レンガなどの新しい建築素材が大量に使われるようになります。しかし、20世紀に入り、産業構造の変化や工場の郊外移転などが進むにつれて、都市部に残された多くの工場や倉庫が放置されるようになりました。荒れ果てたこれらの建物は、広いフロアや高い天井といった特徴を備えつつも、外壁や柱、配管などの無骨な構造がむき出しで、一般的な住宅やオフィスとは異なる雰囲気を醸し出していたのです。 3-2.20世紀中盤以降:アーティストとデザイナーによる再評価 こうした廃墟化した工場や倉庫に最初に目をつけたのが、1960年代から70年代にかけて活動した若いアーティストやデザイナーたちでした。ニューヨークのソーホー地区やブルックリン地区、ロンドンのイーストエンド地区などでは、家賃の安い廃工場や倉庫がギャラリーやアトリエ、住居として再利用され始めます。彼らは、予算の制約や実験精神もあって、鉄骨やレンガ壁、コンクリートの床、配管やダクトなどを隠すことなく、そのまま活かすことを選びました。それは意図的というより、「経済的理由」や「工事の手間を省く」という必要に迫られた結果でした。しかし、そのむき出しの配管や無機質なコンクリート壁が生み出す“無骨だが洗練された”魅力は、やがて意図せざる流行を生み、アンダーグラウンドの芸術家コミュニティを中心に注目されるようになります。これが、現在の「インダストリアル・テイスト」と呼ばれるスタイルの源流でした。 3-3.モダニズムからポストモダニズムへ:建築思想との関連 19世紀末から20世紀前半にかけて主流となっていたモダニズム建築は、“Less is more”に代表される機能主義と合理主義を追求し、装飾を廃した簡潔なフォルムに美しさを見出しました。ところが、1960年代以降になると、このモダニズム建築の均質的かつ無機質なデザインに対し疑問を呈する動きが生まれます。これがポストモダニズム建築の台頭です。ポストモダニズムでは、多様で複雑な表現を志向し、場合によっては構造体や機能部を意図的に露出させ、建築物自体を“建築の内面を外部に可視化したオブジェ”としてデザインするという試みが見られます。その代表例が、レンゾ・ピアノとリチャード・ロジャースによるパリのポンピドゥーセンター(1977年)です。構造体や配管類をあえて外部に剥き出しにし、それ自体を装飾として強調する手法は、当時の建築界に大きな衝撃を与えました。さらには、フランク・ゲーリーのように、建物の外壁を歪ませたり、素材そのものの質感を強調するようなデザインを打ち出す建築家も登場しました。こうしたポストモダニズムの考え方が、アーティストやデザイナーによる“廃工場・倉庫の再利用”の動きと結びつき、従来の建築常識ではタブーとされた“むき出しの構造”や“未完成のような仕上げ”をポジティブに評価する風潮が広がっていきます。これこそが、現在私たちがインダストリアル・テイストと呼ぶスタイルの大きな思想的背景になっているのです。 3-4.インダストリアル・テイストを形づくる要素 インダストリアル・テイストの具体的な特徴は、以下のような要素に集約されます。■ 素材の露出鉄骨(スチールフレーム)やコンクリート、レンガ壁、金属管(配管・ダクト)など、産業建築における構造材や機能部品を隠さずに見せる。■ 無骨さと重厚感レンガやコンクリートがもたらす無機質で重厚な雰囲気、鉄骨や金属素材が放つクールさと線のシャープさ。■ 未完成感・ラフな仕上げ塗装が剥げたり、下地がむき出しになった状態をあえて残すことで、長年使用された建物特有の味わいを活かす。■ 大きな空間と高い天井工場や倉庫などにもともと備わっているオープンな空間構成を活かし、壁や区切りを最小限にする。■ モノクロやアースカラーを基調とした配色素材そのものの色(灰色のコンクリート、茶色のレンガ、黒い鉄骨など)を活かし、過度な装飾や多彩な色を使わない。 3-5.なぜ現代で支持され続けているのか? ■ 多様化する価値観や働き方との相性モダニズム建築が追求した“合理主義”は、多くのメリットをもたらしながらも、行き過ぎると無機質・没個性的になりがちでした。現代ではSNSやクラウドサービスの普及により、人々がさまざまな場所・時間・手段で働き、暮らすようになっています。そのなかで、個性ある空間へのニーズが高まり、画一的ではない“個”を尊重するスタイルが好まれています。インダストリアル・テイストは、まさに“個性的な素材・構造”を大きな特徴とするため、この潮流に合致しているのです。■ “無骨さ”と“クールさ”の絶妙なバランスインダストリアル・テイストがもたらす無骨でありながらクールな印象は、特にオフィス空間や店舗デザインで引き合いが多い理由の一つです。画一的なオフィスでは得られないアーティスティックな雰囲気が、スタートアップ企業やクリエイティブ業界などで人気を博しています。スタッフの想像力やコミュニケーション意欲を高め、職場への愛着が増すといった効果も期待できるでしょう。■ コストと環境への配慮インダストリアル・テイストでは、配管やコンクリートを“隠す”内装仕上げを行わない分、低コストでの施工が可能になる場合があります。また、既存の建物や素材をそのまま利用することで、廃材や新材の使用量を減らし、環境への負荷を低減できる点も魅力です。建築のサステナビリティが求められる現代において、“再利用”と“デザイン”を両立させる手法として、インダストリアル・テイストがますます注目されているのです。 4.「見せる配管」の活用術 築古ビルをリノベーションする際、低コストかつ魅力的に見せる代表的なアプローチとして「見せる配管」が挙げられます。従来であれば壁や天井の中に隠す空調ダクトや電気配線を、あえて露出させる手法を指します。空間の一部としてむき出しの配管やダクトが走る様子が視覚的に面白く、機能美をそのままデザインに取り込むことができます。オフィスビルのリノベーションにおいて、この手法は低コストとデザイン性を高レベルで両立できるアプローチとして注目されています。 4-1.「見せる配管」のメリット ①コスト削減・工期短縮■ 隠蔽工事が不要本来、天井裏や壁内部に配管を収めるための造作工事が必要ですが、見せる配管を採用すればこれを省けるため、工事費の削減と工期の短縮が期待できます。築古ビルでは想定外の補修が発生するケースも多いので、浮いた費用を別の設備投資に回せる点は大きなメリットです。■ 投資回収のスピードアップ施工期間が短くなると、テナントの入居開始時期が早まり、オーナーや投資家にとっては投資回収のスピードを上げやすくなる利点もあります。② 空間のインパクト向上■ 素材の質感・色合いを活かす配管に使われる金属や樹脂などの素材感が、無骨ながらも独特の存在感を演出します。インダストリアル・テイストを強調するうえで非常に効果的です。■ 意外性によるデザインの面白み通常は隠される要素を見せることで、“意表を突く”デザイン上の面白みを生み、訪れた人の記憶に残るオフィス空間となります。③ メンテナンスの容易性■ 点検・修理が簡単露出しているため、配管の劣化や異常に気づきやすく、万が一の修理作業も大掛かりな壁や天井の解体を行わずに済む可能性が高いです。■ ランニングコスト削減配管周りの補修に大きな費用をかけずに済むため、長期的な運用コストを抑えられます。 4-2.具体的な「見せる配管」デザイン事例 ① 統一感を出す塗装■ 配管を天井や壁面と同色に白い天井に白いダクトを走らせると、光や影のグラデーションが適度な奥行きを生み出し、クールな印象になります。グレーや黒で塗装し、全体をモノトーンにまとめる事例も多く、落ち着いた大人の空間を演出できます。■ 塗装の仕上がりにこだわるマット調や半艶仕上げなど、塗料の種類によってダクト表面の質感が変わり、全体の雰囲気にも影響を与えます。オフィスのブランドイメージやコンセプトに合わせて選ぶのがおすすめです。② アクセントカラーで個性を演出■ 企業カラーの取り入れロゴやコーポレートカラーと同じ色で配管を塗装すると、一体感のあるオフィス空間を手軽に作れます。訪問者に企業イメージを強くアピールするブランディング手法としても効果的です。■ メタリックカラーや黒でシャープに配管をあえて黒やシルバーメタリックに仕上げると、機械的で洗練された印象が強まり、インダストリアルの世界観をさらに引き立てます。③ 素材感をそのまま活かす■ 無塗装によるリアルなインダストリアル感ステンレスやガルバリウム鋼板など、素材そのものが美しい光沢や質感を持つ場合は、塗装を行わずにむき出しのままにするのも一つの方法です。シンプルな内装とのコントラストが際立ち、独特の迫力ある空間を演出できます。■ 経年変化を楽しむやや錆びた金属感や酸化による色変化は、ヴィンテージライクなテイストを好む層にとって魅力的な要素です。ただしオフィスとして快適さを損なわないよう、クリア塗装で表面を保護するなどの工夫も必要になります。④ 照明との融合:機能性とデザイン性の両立■ レール型LEDの取り付け空調ダクトに沿ってレール型照明を設置し、必要に応じて照明の位置や角度を変えられるようにしておけば、空間の使い方が変わっても柔軟に対応できます。■ 吊り下げ照明でアクセントダクトや配管から吊るすペンダントライトを複数配置すれば、照明自体がインテリアの一部として映え、インダストリアルな雰囲気を高めると同時に作業エリアの照度を確保できます。■ 天井高の有効活用築古ビルの場合、元の天井がそれほど高くないケースもありますが、“見せる配管”と“照明の一体化”を図ることで圧迫感を軽減し、開放的な印象を維持できます。 4-3.導入時の注意点とメンテナンス ① 法規や安全性の確保■ 建築基準法や消防法を遵守特に耐火性能が求められる配管やダクトの露出には注意が必要です。万一の火災時に配管が延焼経路にならないか、避難動線に支障はないかなど、事前に専門家との協議を行いましょう。■ 防災設備との位置関係火災報知器やスプリンクラーの配置にも影響を与える場合があります。配管が検知機器を遮ってしまうと消防法に抵触する可能性があるため、施工計画を緻密に立てる必要があります。■ 既存躯体の調査と補修築古ビルのリノベーションでは、躯体や配管などが思いのほか傷んでいる可能性があります。安全性を確保するために専門家による調査を徹底し、必要な補修を行ったうえでデザインに活かすよう計画しましょう。② メンテナンス対応の重要性■ ホコリや汚れの蓄積配管がむき出しだと、どうしてもホコリや汚れが目立ちやすいです。掃除のアクセスルートを確保し、高所作業車や脚立を使った清掃の手間を考慮しておく必要があります。■ 結露や温度差による劣化冷暖房機能をもつ配管(空調ダクトなど)は結露しやすく、周囲の建材を傷める可能性も。ドレン配管の処理や、保温材の選定などをしっかり行い、長期的な耐久性を担保しましょう。③デザインバランスと快適性■ 居心地との両立露出配管や無機質な素材が増えると、空間が冷たい印象になりがちです。オフィスで働くスタッフのモチベーションや居心地を考慮するなら、木材やファブリック素材などをバランスよく取り入れて柔らかさを補完しましょう。■ 企業のブランドイメージやコンセプトとの整合企業のブランドイメージやコンセプトに合わせて、インダストリアル・テイストの度合いを調整することも大切です。すべてを無骨なままにするのではなく、部分的に洗練された仕上げを施すなど、メリハリを意識すると良いでしょう。■ 空間レイアウトの柔軟性オープンな空間を活かすリノベーションが多いインダストリアル・スタイルでは、パーティションを工夫したり、ガラス張りの仕切りや可動式の間仕切りを取り入れるなど、空間の柔軟性を高め、機能的なゾーニングについても配慮する必要があります。■ ノイズや振動への対策稀に配管から出る風切り音や振動が気になるケースがあります。防振材の使用や配管の固定箇所の調整など、設計段階で対策を講じておくことが望ましいです。築古オフィスビルのリノベーションにおいて「見せる配管」は、コストを抑えつつも今っぽさと機能美を表現する非常に有効な手法です。素材そのものの特性を活かし、構造や機能を隠すのではなく、むしろ積極的にデザイン要素として捉えることで、現代の価値観に合致した魅力あるオフィス空間を生み出すことが可能になります。 「見せる配管」イメージ図 5.実際のリノベーション事例 事例1:老舗企業の営業所ビルを刷新、ショールーム兼オフィスへ■ 状況と背景・築30年以上が経過し、壁紙や天井材などの老朽化が目立つ営業所ビル。・社名や商品ブランディングの一環で、来訪者に「新しい企業イメージ」を感じてもらいたいという要望。■ リノベーション内容①天井をスケルトン化し、むき出しのダクトを採用 ・空調や給排気の配管を露出し、トーンを統一したグレーの塗装を施す。・天井を高く見せる効果があり、営業所内の圧迫感を軽減。②ショールームスペースに“見せる配管”+スポット照明を組み合わせ ・ダクトにレール型の照明を取り付け、展示商品に合わせて照射角度を随時変更可能に。・天井全体を暗めのカラーリングにすることで、商品のディスプレイが際立つ演出に成功。③インダストリアル・テイストで企業イメージを刷新 ・古い建物を大幅に改修することなく、“スケルトン+照明+塗装”だけで大きな変化を実現。・内装に金属調の什器を組み合わせることで、先進的なブランドイメージを伝える仕上がりとなった。■ 成果とポイント・既存ビルを解体せずに再利用することで、工期を最小限に抑えられた。・古い営業所のイメージを大幅に一新し、商談時の企業ブランディングにも役立っている。事例2:中規模オフィスビルの一角を設計事務所のアトリエに改装■状況と背景・地元の設計事務所が、既存の築古ビルの1フロアを借り受け、アトリエ兼オフィスとして活用。・クリエイティブな職場環境を目指し、無機質なデザインを採用したいとの要望。■リノベーション内容①配管の素材を敢えて活かし、未塗装のまま露出 ・ステンレスのダクトをそのまま活かし、自然光が差し込むとメタリックな輝きを放つ。・床面はコンクリートを薄く磨き上げ、クリアコーティングのみで仕上げ。②モジュール化された照明計画 ・ダクトに取り付けたレール照明で、作業机や模型置き場、打ち合わせスペースなどを柔軟に照らす。・シーンに応じてライトの向きを変えたり、増減させることで、多目的に使えるアトリエを実現。③ワークスペースに木材とファブリックをミックス ・クリエイターの長時間作業を考慮し、デスクとチェアには座り心地や疲れにくさを重視。・木製ラックと観葉植物をポイントで配置し、インダストリアルな無骨さを和らげる工夫も。■成果とポイント・設計事務所ならではの“素材を見せる”アトリエ空間が評判を呼び、クライアントとの打ち合わせ時に“デザイン事務所らしさ”をアピールできる。・配管のメンテナンスや設備点検がしやすく、オフィス移転コストやランニングコストを抑えられている。 6.低コストとデザイン性を両立させるポイント 6-1.余剰予算をどこに投資するか 築古ビルのリノベーションは、新築よりも建設費を抑えやすい傾向がある一方で、老朽化による設備補修や改修が思わぬコスト要因となる場合があります。そこで、まずは建物の躯体や設備の状態を入念に調査し、耐用年数や交換のタイミングを見極めることが肝心です。・基礎設備の優先度空調や給排水、電気配線などはビルの機能を支える基盤となるため、予算を確保して入念に整備すべきです。ここに予算を割き過ぎると、デザイン面での投資が難しくなる反面、逆に疎かにすると後々の維持管理コストが増大してしまいます。・内装のメリハリコスト削減が狙いやすい“見せる配管”やスケルトン天井などのインダストリアルな演出は、有効な低コスト手法の一例です。ただし、全体的に無骨にし過ぎると利用者の快適性が下がる恐れがあるため、必要な箇所には適切に予算を配分し、床材や照明などにメリハリをつけて投資することが大切です。 6-2.必要に応じて専門家の力を活用 築古ビルのリノベーションでは、古い建物ならではの図面不足や構造計算書の不備などに直面するケースが珍しくありません。こうした不確定要素をクリアし、安全性や建物の活用度を高めるには、専門家のアドバイスが不可欠です。・建築士や設備設計者耐震補強の必要性や設備の交換時期、配管計画など、幅広い視点で助言を得られます。・歴史的建造物に詳しいコンサルタント文化的・歴史的価値のある建物や景観保護が関係する場合、適切な保存方法や活用手段を提案してもらえます。・インテリアデザイナー“見せる配管”やインダストリアル・テイストの度合いを、トータルコーディネートの中でどう活かすかなど、空間演出や動線計画で力を発揮します。理想的には、設計・設備・デザインそれぞれの専門家とチームを組み、初期段階から協議を重ねながらプロジェクトを進めるのが望ましいと言えます。 6-3.情報共有とコミュニケーション リノベーション後のビルにテナントやオフィス利用者を迎え入れる場合は、あらかじめコンセプトやデザイン方針を十分に共有することが極めて重要です。・無骨さやインダストリアル感への理解インダストリアル・テイストは好き嫌いが分かれるスタイルとも言われます。配管の露出度、素材の選択、仕上げの程度をめぐり、意見が対立する可能性があります。・イメージのすり合わせ3Dパースやサンプル画像、塗料の見本などを用いて具体的なイメージを伝えることで、完成後の“ギャップ”を減らせます。こうした準備を怠ると、完成直前になって「こんなに無機質なのは想定外だった」といったトラブルが生じかねません。事前のコミュニケーションが、後戻りのない工事をスムーズに進めるためのカギとなります。 6-4.運用開始後のメンテナンスと改善 築古ビルのリノベーションでは、完成後も適切なメンテナンスと改善が不可欠です。特に“見せる配管”を採用している場合、日常的な清掃や定期点検が運用コストを左右します。・定期点検とクリーニングダクトや配管が露出している分、ホコリの蓄積や錆びなどが見えやすく、景観を損ねる場合があります。清掃の頻度や方法を具体的に決めておくことで、常にインダストリアルの格好良さを維持できます。・可変性の追求オフィスレイアウトの変更を想定する場合は、配管のルートや照明レールの設置に余裕を持たせ、後からアップグレードできる仕組みを検討しておくのがおすすめです。こうした運用面の計画をしっかり練っておくことで、リノベーションが完成した後もビルの価値を長く維持し、快適な環境を提供し続けられます。 7.まとめ:築古オフィスビル×インダストリアル・テイストの魅力 「見せる配管」はインダストリアル・テイストを代表する要素であり、低コスト・短工期・デザイン性という3つのメリットを提供します。築古ビルが持つ味わい深い素材や構造を最大限に活かしながら、機能性や維持管理のしやすさを兼ね備えた、個性的で魅力的な空間づくりを可能にするのが特徴です。一方で、配管を露出させる手法には法規や安全面での注意点があり、メンテナンス計画やデザインバランスの配慮も欠かせません。専門家との連携やテナント、関係者との丁寧なコミュニケーションを通じて、配管の露出度やカラーリング、照明計画などを総合的にプランニングすることで、“無骨でありながら洗練された”独自のオフィス空間が実現できます。インダストリアル・テイストは単なる一時的な流行ではなく、工業建築の歴史やポストモダニズム建築思想と深く結びついたスタイルであり、その背景を理解したうえで適切に応用することが求められます。コストを抑えつつ、強い個性と利便性を兼ね備えた空間を創り出すことが、築古オフィスビルリノベーションの成功の鍵と言えるでしょう。築古ビルは、新築では出せない経年変化や歴史的背景といった魅力を備えています。これらを積極的に活用し、現代のニーズに合わせて機能性をアップデートするリノベーションは、低コストで魅力的な空間を実現する新しい可能性を秘めています。インダストリアル・テイストを導入することで、古さと新しさ、無骨さと洗練さが絶妙に融合した世界観を演出できます。築古ビルのリノベーションは、単に外見を変えるだけでなく、設備や構造面の改善を通じて安全性や機能性も高めることで、資産価値の向上や地域の再活性化にも貢献します。実際に、空室が目立つ地域においても、リノベーションによる魅力的な空間づくりを通じて、新たな事業者やクリエイターを引き込み、地域活性化を成功させた事例も数多くあります。もちろん、施工費管理や法規制対応、維持管理計画など課題も多いですが、専門家との協力体制や関係者との密なコミュニケーションを図ることで、築古ビルが持つ潜在力を最大限に引き出すことは十分可能です。日本各地が抱える老朽建築や空きビル問題に対して、リノベーションを通じて現代のライフスタイルやビジネス環境にマッチした空間を提供することは、地域社会や都市の課題を解決する有効な手段となります。「見せる配管」をはじめとするインダストリアル・テイストの要素を巧みに取り入れ、築古ビルの新たな可能性を開拓していくことが、今後ますます求められていくでしょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月12日執筆

オフィスをリノベーションする際の減価償却の考え方とは?

皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事はオフィスをリノベーションする際の減価償却についてまとめたもので、2025年11月7日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。 オフィスビルなどの建物や車両といった資産は、年数の経過とともに価値が減少していきます。こうした価値の減少分を経費として、耐用年数にわたり計上していく会計処理を「減価償却」と呼びます。減価償却を行うことで、企業は毎年その分の経費を多く計上できるため、利益が減って税金の負担を軽減できる効果があります。今回は、オフィスビルのリノベーションをご検討されているオーナー様に向けて、リフォーム・リノベーション費用の減価償却の仕組みや計算方法、そして耐用年数について解説します 目次1.資本的支出とは2.減価償却費の計算3.修繕費とは4.減価償却とは5.減価償却のポイント「耐用年数」とは6.リノベーション費用の減価償却計算方法7.まとめ 1.資本的支出とは リフォームやリノベーションを行った場合、その費用は「資本的支出」か「修繕費」のどちらかに区分されます。費用を減価償却できるかどうかは、まずその費用が「資本的支出」に該当するかで判断されます。「資本的支出」とは、固定資産の修理・改良のために支出した費用のうち、その資産の使用可能期間を延長し、または価値を増加させる部分に対応する金額を指します。 2.減価償却費の計算 原則として「資本的支出」にあたる工事費用は、もともとの減価償却資産と種類・耐用年数が同一の新たな資産を取得したものとして取り扱われ、そこから減価償却費を計算します。一方、資産の通常の維持管理や資産の原状回復を目的とする支出(=「修繕費」)は、その支出があった年に一括して経費計上が可能です。 3.修繕費とは 以下に該当するものは「修繕費」として処理できます。・修理・改良のために要した費用が20万円未満の場合・修理・改良などが、おおむね3年以内の期間を周期として行われることが既往の実績等から明らかな場合・原状を回復するために支出した費用また、修理・改良費用のうち「資本的支出」か「修繕費」かが明らかでない金額がある場合、次のいずれかに該当するときは修繕費として損金経理をすることができます。・その金額が60万円未満の場合・その金額が、その修理・改良などを行った固定資産の前期末における取得価額のおおむね10%相当額以下である場合(参照)国税庁:第8節 資本的支出と修繕費 4.減価償却とは 賃貸経営に限らず、建物などの減価償却資産は使用を続けるうちに経年劣化で年々価値が下がっていきます。そのため、取得時に全額を経費計上するのではなく、使用可能期間(耐用年数)にわたって分割で経費として計上していく必要があります。これが「減価償却」の基本的な考え方です。建物だけではなく、室内外の設備や機械装置など、時間の経過によって価値が下がるものは対象となります。一方、土地のように価値が減らないものは対象外です。なお、リノベーション工事の内容によっては、新設・交換した住宅設備なども減価償却の対象となりますが、単なる原状回復を目的とする「修繕費」に該当する場合は、工事の完了した年に一括経費として計上できます。 5.減価償却のポイント「耐用年数」とは 「耐用年数」とは、その資産がどれくらいの期間使えるかを示すものです。減価償却の対象となる建物や設備には、税法上「法定耐用年数」が定められており、その期間にわたって減価償却を行うことになります。例えば、オフィスビルの建物の場合、以下のように構造によって法定耐用年数が変わります。 建物の構造耐用年数鉄骨鉄筋コンクリート造・鉄筋コンクリート造50年金属造(骨格材の肉厚が4mmを超えるもの)38年 建物附属設備の場合は、用途によって次のように定められています。 建物附属設備耐用年数冷房用・暖房用機器6年インターホン6年電気設備(照明設備を含む)15年給排水・衛生設備、ガス設備15年 (参照)国税庁:主な減価償却資産の耐用年数表 6.リノベーション費用の減価償却計算方法 減価償却の計算方法には、「定額法」と「定率法」の2種類があります。資産の種類ごとに利用できる方法は決まっており、建物は定額法のみが原則ですが、建物附属設備は定率法も選択可能です(もちろん定額法で計算することも可能です)。【建物】定額法の計算方法**「リフォーム費用 × 定額法の償却率」**で求めます。たとえば、金属造(骨格材の肉厚が4mm超)に分類される建物を1,000万円かけて改装した場合、耐用年数が38年で償却率が0.027と定められているので、1,000万円 × 0.027 = 270,000円となり、年間27万円を減価償却費として計上します。(参照)国税庁:減価償却資産の償却率表【建物附属設備】定率法の計算方法**「(リフォーム費用 - 償却累計額) × 定率法の償却率」**で求めます。たとえば、共用部のトイレ(給排水・衛生設備、耐用年数15年)を500万円かけて更新した場合、償却率は0.133となります。1年目:(5,000,000円 − 0) × 0.133 = 665,000円2年目:(5,000,000円 − 665,000円) × 0.133 = 576,555円…というように、年を追うごとに計上できる額が減少していきます。 定額法・定率法 それぞれの特徴●定額法のメリット・計算がシンプルで、初期の減価償却費が定率法に比べて少ないため、初年度の経費を抑えられます。・デメリットとしては、建物などの収益力が下がり保守費用が増えてくる後年になるほど、減価償却費の負担比率が高くなる点が挙げられます。●定率法のメリット・早い段階で多く費用計上できるため、投資額の回収を比較的早められます。・デメリットとしては、初期の償却負担が大きくなることで、早期に利益を圧迫する可能性があるほか、年数が経過するにつれて節税効果が薄れていきます。 7.まとめ オフィスビルのリノベーションの際は、単純に工事費だけを考えるのではなく、減価償却や耐用年数の知識を踏まえて資産運用を検討することが、節税対策にもつながります。同じ工事内容でも「資本的支出」に当たるのか「修繕費」に当たるのかで処理が大きく変わる場合もありますので、詳細は施工会社や信頼できる税理士など専門家に相談されるのがおすすめです。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年11月7日執筆

オフィスのトイレをリフォームしたい!|気になる費用を解説

皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事はオフィスのトイレをリフォームする際の費用についてまとめたもので、2025年11月4日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。 はじめに 空室の出てきた築古オフィスビルで、入居テナントのためにできることを考えたとき、真っ先に浮かぶのはトイレのリフォームではないでしょうか。トイレは毎日必ず使う場所であり、ビルにとっては入居者満足度やイメージを左右する非常に重要なポイントです。きれいで機能的なトイレは、入居テナントや来訪者にとっても快適に働く環境を作り出します。その一方で、「リフォームをやる」と一口に言っても、どの程度費用がかかるのかをまず知りたいという方が多いのではないでしょうか。費用を簡単に把握できれば、予算的に実行が可能かどうか、あるいはその費用を工面する必要があるのか、早めに判断することができます。費用の相場が分かっていれば、業者との打ち合わせや見積もり検討の際の指標にもなります。本稿では、簡単に費用を把握できる概算値と、実際に行われたオフィスビルのトイレリフォーム事例を参考にして、トイレリフォーム費用の概要を整理していきます。さらに、より詳しいリフォームの工程や、コストを左右する要因、リフォーム後の効果についても触れながら、総合的にトイレリフォーム費用を理解するための情報をお届けします。 目次1.オフィスのトイレリフォーム費用の相場2.実際のトイレリフォーム事例A3.実際のトイレリフォーム事例B4.費用に影響を与える主な要因5.リフォーム計画を成功させるポイント6.費用のまとめとおわりに 1.オフィスのトイレリフォーム費用の相場 1-1.トイレリフォームにおける「相場」の捉え方 オフィスの共用トイレをリフォームするのに、費用はいくらかかるのでしょうか。最初にリフォームの概要を掴みたいときに役立つのが、過去の実績や一般的にいわれる「相場」です。しかし、リフォーム案件は建物の状況、設備のグレード、工事範囲、既存設備の老朽度合いなどによって大きく変動します。何もかもゼロから新設する場合と、部分的に入れ替えるだけで済む場合では、当然費用に大きな差が出てきます。そのため、相場はあくまで目安と捉え、実際には現地調査や詳細見積もりで最終的な工事費を確認することが重要です。 1-2.大まかな指標となる2つの考え方 オフィスビルのトイレリフォームに関する費用を大まかに把握する方法として、以下の2つの指標がよく用いられます。①トイレの単位面積当たり単価20~30万円/㎡(66~99万円/坪)トイレの床面積がどれくらいかをベースにして見積もる方法です。床面積に合わせて、床・壁の内装材や配管・給排水工事に必要な費用などを大まかに算出します。オフィスビルであれば、小さく見ても1フロアあたり10㎡〜20㎡程度のトイレスペースがあることが多いですから、その面積に上記の単価を乗じると、大まかな金額が導き出せます。②便器の台数当たりの単価80~120万円/台こちらは便器1台あたりを基準にして費用を算出する方式です。大便器3台・小便器2台で合計5台なら、5台×80〜120万円=400〜600万円ほどが目安になります。この計算では、洗面台の数や内装工事の規模、給排水や電気工事などのセットを含めた金額がざっくりと含まれますが、実際にはグレード(自動洗浄タイプやセンサー付き水栓、ウォシュレット機能など)やレイアウト変更の有無によっても変わります。 2.実際のトイレリフォーム事例A ここからは、実際に行われたトイレリフォーム事例を具体的に見ていきましょう。理論だけでなく、実例を知ることで、相場との照らし合わせやイメージがしやすくなります。・所在:東京都文京区・築年数:33年・施工フロア:4,5階・1フロア面積:トイレ部分17.0㎡(5.1坪)・便器更新:大便器×3、小便器×2・洗面台更新:手洗い器×4・内装更新:床長尺シート貼替、壁SOP塗装パテ補修の上SOP塗り 2-1.事例Aの費用内訳 上記工事(1フロア)に**約450万円(税抜)**かかっています。このうち、解体工事費が約20万円、設備工事材料費が約200万円というのが主な内訳です。①トイレの単位面積あたり工事費450万円 ÷ 17.0㎡(5.1坪) = 26.4万円/㎡(88.2万円/坪)② 便器の台数当たりの単価450万円 ÷ 5台 = 90万円/台上記計算から、**1章で挙げた相場(20〜30万円/㎡、80〜120万円/台)**の範囲内におおむね収まっていることがわかります。 2-2.工事内容の特徴と留意点 ・設備工事材料費の占める割合:費用のかなりの部分を設備工事の材料費が占めていることがわかります。古い配管を撤去して新たな給排水設備を設置するなど、見えない部分でのコストが意外とかかる点に注意が必要です。・内装の仕上げレベル:壁をSOP塗装しているため、タイル貼りや高級クロスを使った場合よりも安価になっている可能性があります。仕上げの選択により、見た目や耐久性、メンテナンス性、そしてコストが大きく変わります。 3.実際のトイレリフォーム事例B 続いて、もう一つの事例を見ていきましょう。・所在:東京都文京区・築年数:30年・施工フロア:5階・1フロア面積:トイレ部分18.5㎡(5.6坪)・便器更新:大便器×3、小便器×2・洗面台更新:手洗い器×4・内装更新:床長尺シート貼替、壁SOP塗装の上SOP塗り 3-1.事例Bの費用内訳 上記工事に**約510万円(税抜)**かかっています。このうち解体工事費が約30万円、設備工事材料費が約265万円でした。①トイレの単位面積あたり工事費510万円 ÷ 18.5㎡(5.6坪) = 27.5万円/㎡(91.0万円/坪)② 便器の台数当たりの単価510万円 ÷ 5台 = 102万円/台こちらの事例も事例Aと同様に、1章で提示した相場の範囲内であることが確認できます。 3-2.事例Bから見えるポイント ・解体費用の差:事例Aより少し解体工事費が高めです。床下や壁内の配管が複雑だった、あるいは既存の内装や下地の状態によって撤去工事の手間が増えた可能性があります。・設備コストの増加要因:事例Aと比較して、設備工事材料費もやや高めです。これは材料のグレードや配管系の更新範囲が異なることが想定されます。同じような規模でも、既存設備の老朽度合いや使用する機器のレベルでこれだけ差が出るということがわかります。 4.費用に影響を与える主な要因 トイレリフォームは上記のように相場という大枠がありますが、実際は個別の事情で金額が上下します。ここでは、費用に影響を与える主な要因を整理します。 4-1.既存配管の状態 築古ビルの場合、配管がかなり老朽化しているケースもあります。錆びや詰まりが激しいと、配管の総取り替えが必要になり、設備工事費が大幅に増加します。逆に、まだ比較的使用できる状態であれば、一部交換や補強だけで済ませられることもあります。 4-2.給排水設備・トイレ機器のグレード ・節水型の便器やウォシュレット機能付き便器、自動洗浄小便器など、最新機能を盛り込むほどコストは上がります。・洗面台の素材や水栓のタイプも、一般的なレバー水栓に比べ、センサー式や自動水栓は高価です。・内装材もタイル仕上げや高級クロス、あるいは耐水性・耐久性に優れた材料ほど費用がかさみます。 4-3.レイアウト変更の有無 トイレ個室の配置や数を変更したり、バリアフリー対応でブーススペースを拡張したりする場合は、間仕切り壁の撤去や新設、給排水配管のルート変更などの工事が必要となります。特に配管の大幅な変更は費用を押し上げる原因になりがちです。 4-4.工事の範囲 トイレ空間だけでなく、パウダールームや廊下も含めて一体的にリニューアルするかどうかで費用は大きく変わります。また、照明をLEDに変更する、換気設備を追加するなどの電気工事も範囲に含めると、追加費用が発生します。 4-5.施工スケジュールや夜間工事の有無 オフィスビルでは日中の工事が難しく、夜間や休日に工事する場合もあります。夜間工事や連休期間での集中工事では、人工(にんく:人件費)が割増になることもあるため、施工スケジュールの組み方で費用が左右されることがあります。 5.リフォーム計画を成功させるポイント トイレリフォームを円滑に進め、コスト面でも納得のいく結果を得るためには、計画段階からのポイントを押さえておくことが重要です。ここでは、実際に工事を発注したり、施工会社とやり取りをする上でのアドバイスをご紹介します。 5-1.現地調査を徹底し、正確な見積もりを得る 相場を把握することは大切ですが、最終的には現地調査をしてもらった上で正式な見積もりを取ることが欠かせません。配管の状態や既存内装の下地、電気設備の容量など、建物ごとの事情を反映してはじめて、正確な金額がわかります。 5-2.優先順位を明確にする 「とにかく最新の機能を全部取り入れたい」「見た目を最高にしたい」など、要望はいろいろと出てくるかもしれませんが、コストとのバランスを考慮した優先順位を決めておくことが大切です。・節水効果を狙いたいのか・ウォシュレット機能を充実させたいのか・デザイン重視なのか・日常清掃が楽になる仕上げ材を選びたいのか等々、優先度を明確にすると、設備や内装の選定段階で迷いが少なくなり、スムーズに発注できます。 5-3.テナントや利用者の声をヒアリング オフィスビルのトイレは「利用者の満足度」が非常に重要です。工事を決める前に、テナントや従業員から現在のトイレに対する不満や要望をリサーチしておくと良いでしょう。実際に不満が多い箇所は費用をかけてでも改善することで、入居者満足度の向上につながり、空室対策にも大きく寄与します。 5-4.メンテナンス性や清掃性にも配慮する リフォーム後のトイレを長期にわたって快適に保つために、メンテナンスのしやすさや清掃性を重視することが大切です。特に、汚れが付きにくい便器や、ワンタッチで取り外しできるウォシュレット機能など、清掃が簡単になる機能を選んでおくと、日々の維持管理コストを抑えられます。 5-5.バリアフリーやジェンダーレス対応を検討 近年は、バリアフリー対応やユニバーサルデザインを取り入れるケースが増えてきました。車椅子利用者でも使いやすい広めのブース、手すりの設置、段差の解消などは、多様な利用者が訪れるオフィスビルにおいて重要な要素です。また、ジェンダーレスや多目的トイレの検討も、ビルとしてのイメージ向上や利用者の安心感につながります。これらの新しいニーズへの対応は、工事費用を増加させる場合もありますが、将来的な価値を高める点で検討する価値があります。 5-6.施工会社選びは複数社比較で リフォーム費用は施工会社ごとに差があります。少なくとも2〜3社の工事会社から相見積もりを取り、工事内容や条件を比較検討しましょう。価格だけでなく、工事内容の詳細やアフターサービスの有無、施工実績なども考慮すると、より納得できる発注先を選ぶことができます。 6.費用のまとめとおわりに 6-1. 費用のまとめ 本稿では、オフィスビルのトイレリフォーム費用を相場と実際の事例の両面から概観してきました。事例A・事例Bの費用をみると、下記の**相場の数値(1章で紹介したもの)**におおむね納まっていることがわかります。①トイレの単位面積当たりリフォーム単価:20~30万円/㎡(66~99万円/坪)②トイレの便器の台数(小便器+大便器の数)当たりのリフォーム単価:80~120万円/台とはいえ、既存建物の状況やトイレ機器のグレード、解体工事の範囲、内装仕上げの種類などの要素によって、解体工事費・内装工事・設備工事・電気工事・大工工事などの費用は変動します。一概に「〇〇万円で大丈夫」と言い切れないのがリフォームの難しさでもあります。しかし、概算ベースで「大体これくらいになる」という指標を持っておけば、リフォームをやるかどうかの初期判断を下す際に役立ちます。 6-2. 今後の進め方 もし、トイレリフォームをやろうかどうか迷っている段階であれば、まずは簡単に床面積や便器数をベースに概算費用を出してみてください。そのうえで、実際に施工会社に現地調査してもらい、詳細見積もりを取ることをおすすめします。また、テナントや従業員の声をよく聞き、どういった改善を望まれているのかを明確にすることも非常に重要です。コストを抑えるための妥協点と、入居者満足度を高めるために譲れない部分をしっかりとすり合わせ、計画に反映させましょう。 6-3. おわりに 本稿では、オフィスビルのトイレのリフォーム費用について、大まかな相場から具体的な事例、その費用に影響を与える要因やリフォーム成功のポイントまでを一通り解説しました。「どれくらい費用がかかるかイメージできない」という悩みをお持ちの方が多いと思いますが、今回ご紹介した相場と事例を目安に、まずはプランを立ててみてください。実際の金額は現場の状況や選ぶ設備で変わりますが、早期の概算把握は意思決定をスムーズにする大きな助けになります。もしやろうかどうしようか迷っていらっしゃったら、ぜひこの費用感を参考にしてみてください。清潔で使いやすいトイレにすることは、入居テナントの満足度やビルの価値向上にもつながります。ぜひ前向きにご検討いただければと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。皆様のリフォーム計画が成功に導かれることを心より願っております。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年11月4日執筆

オフィスのトイレをリフォームする際に気を付けるポイント5点

皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事はトイレをリフォームする際に気を付けるポイントについてまとめたもので、2025年10月29日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願い致します。 オフィスビルが経年劣化によって古くなり、改修の必要性を感じたとき、まず優先的に検討したいのがトイレのリフォームです。使用頻度が高く、清潔感やデザイン、カラーリングの好みなど、テナントや利用者それぞれのニーズが分かれる設備だからです。また、空室対策としても重要であり、ビルの印象を左右する要素でもあります。本コラムでは、オフィスのトイレをリフォーム・リノベーションする際に注意しておきたい5つのポイントを挙げ、それぞれ詳しく解説します。必要最低限の基準から、より快適で品のあるオフィスビルをつくるための視点まで、幅広く確認していきましょう。 目次1.【平面配置1】エレベータホールからトイレの入り口が見えていませんか?2.【平面配置2】トイレの箇所数は足りていますか?3.排水経路は素直に確保されていますか?4.衛生管理・ニオイ対策は十分ですか?5.バリアフリー・ユニバーサルデザインを意識していますか?まとめ 1.【平面配置1】エレベータホールからトイレの入り口が見えていませんか? 「品のあるオフィスビル」を目指すうえで、まず気を付けたいのがトイレの入り口の位置です。エレベータを降りたときやエレベータホールで待っているときに、トイレの入り口が直接見えるレイアウトはできるだけ避けたいところです。これはプライバシー確保の観点からも、昨今の主流となっています。トイレのドアがエレベータホールから丸見えだと、利用者は少し落ち着かないかもしれません。また、雰囲気のよいオフィスビルとしてアピールしたい場合も、トイレの入り口が目立ちすぎると全体のイメージを損なうおそれがあります。もし、エレベータホールからトイレの入り口が視線に入るレイアウトになっている場合は、廊下の配置やトイレの入り口の位置を再検討し、できる限り目立たないようにリノベーションを進めましょう。その際、貸室面積をなるべく減らさない工夫をしながら、トイレや給湯コーナーなどの水回りをうまく再配置していくことが大切です。 2.【平面配置2】トイレの箇所数は足りていますか? 次に注意したいのが、トイレの便器数や洗面台数など「箇所数」が適正かどうかです。利用者数に対して便器が少ないと、どうしても待ち時間が発生しやすくなり、ストレスが高まります。反対に、便器数が多すぎると貸室面積を圧迫するため、賃料収入への影響が懸念されます。●待ち時間のレベル・レベル1: ほとんど待ち時間がなく、非常に良好なサービスレベル・レベル2: 一般的なサービスレベル・レベル3: 最低限のレベル賃貸オフィスビルの収益を重視するなら、必ずしもレベル1を目指す必要はありません。しかし、最低限のレベル(レベル3)では「トイレがいつも混んでいる」「男女で兼用している個室がひとつだけ」という状態になりかねません。そのため、余裕があればレベル2を目指す配置にしておくほうが、結果的にはテナント満足度の向上につながります。●法的な基準(事務所衛生基準規則)オフィス(事務所)においては、労働安全衛生法の事務所衛生基準規則で**トイレの最低必要個数(レベル3相当)**が定められています。具体的には、次のように便器数が設定されています(例としてオフィスの天井高2.5mで、男性7割の職場の場合、女性5割の職場の場合を想定)。・男性用大便所の便房数: 同時に就業する男性労働者60人以内ごとに1個以上 →男性7割の職場で事務所面積342㎡(約103坪)以内ごとに1個以上・男性用小便所の箇所数: 同時に就業する男性労働者30人以内ごとに1個以上 →男性7割の職場で事務所面積171㎡(約51坪)以内ごとに1個以上・女性用便所の便房数: 同時に就業する女性労働者20人以内ごとに1個以上 →女性が5割の職場で事務所面積160㎡(約48坪)以内ごとに1個以上同時に就業する労働者が常時10人以内の場合は、男女を区別しない「独立個室型の便所」を1つ設置すれば基準を満たすなど、例外的な規定もあります。しかし、これはあくまで最低限の基準です。実際には、便器がひとつきりだと誰かが使用中の場合、常に待ちが発生します。●レベル2への配慮ある程度の余裕を持たせるためには、女性用便所の便房数や洗面台数は2つ以上確保する、男性用小便所も2カ所以上設けるなど、混雑が起きにくい配置にするのがおすすめです。特に女性用トイレは混雑しやすいため、便房数や洗面スペースの広さも重視したいポイントといえるでしょう。利用者目線で「どこで混雑し、どのくらい待つのか」をイメージしながら、無理のない計画を立てるとスムーズです。 3.排水経路は素直に確保されていますか? トイレのリフォーム・リノベーションを検討するときに見落としがちな要素が、排水経路です。水回りの工事には給排水工事が伴い、特に排水縦管の位置をよく確認して計画を進める必要があります。・既存の縦管をできるだけ活用するのがセオリー・トイレ配置を大きく変える場合、横引き管のルートも大幅に変わる可能性がある・横引き管の勾配をスラブ(床)の上で取るか、スラブを貫通して下階の天井裏で取るかを慎重に検討基本的にはリフォーム前と同じ配管方法が望ましいですが、床の段差や天井裏のスペースなどの制約から、どうしても変更を余儀なくされるケースもあります。スラブ上で勾配を取ると廊下や室内に段差が生じ、バリアフリーの観点から好ましくない場合があります。一方で、スラブ下を通す場合は下階の天井裏を工事する必要があり、工期や費用が増える可能性が高いです。どちらを選択するにしても、建物の構造や階高、既存天井の状況などを踏まえたうえで、最適解を探ることが重要です。段差の発生や勾配不足による詰まりなど、不具合が起きないように慎重に計画を立てましょう。 4.衛生管理・ニオイ対策は十分ですか? トイレをリフォームする際、衛生管理とニオイ対策は見落とせない重要ポイントです。どんなにデザイン性を高めても、ニオイや汚れが目立つようでは利用者の不満につながりやすいからです。清潔感を維持するためにも、以下のような点を意識しましょう。4-1. 清掃性を考慮した仕上げ材の選定床や壁の仕上げ材によっては、汚れがつきやすかったり落ちにくかったりすることがあります。特に目地が多いタイルや、表面がザラザラした素材は汚れが蓄積しやすいため、清掃性を考慮した素材やコーティングを選ぶのがおすすめです。汚れがたまったときに簡単に拭き取れるかどうか、清掃スタッフの手間やコストにも配慮しましょう。4-2. 換気設備の強化と消臭機能の導入トイレのニオイ対策として、換気扇の風量アップや排気ダクトの増設、あるいは脱臭機の導入などを検討すると効果的です。機械換気が不十分だと、こもったニオイがなかなか排出されず、利用者に不快感を与えます。近年は、天井埋め込み型の消臭・脱臭装置や自動消臭機能付きの便器など、さまざまな選択肢があります。導入コストはかかるものの、快適な空間づくりに直結するため、リフォーム時に合わせて検討するとよいでしょう。4-3. 手洗い・衛生用品の充実洗面台の数やハンドソープ、ペーパータオル・ジェットタオルなど、清潔を維持するための設備も大切です。オフィスであれば、従業員だけでなく来客が使うケースも考えられます。洗面スペースが狭いと水はねや混雑を起こしやすく、清潔感を保ちにくい要因となります。また、感染症対策の観点から、自動水栓(センサー式)や非接触型のハンドドライヤーなどの導入も検討してみましょう。設備を充実させることで、衛生環境の向上だけでなく、企業のイメージアップにもつながります。 5.バリアフリー・ユニバーサルデザインを意識していますか? オフィスビルの利用者は、年齢や身体的状況など実にさまざまです。快適なオフィス環境を整えるうえで、バリアフリーやユニバーサルデザインの視点は欠かせません。バリアフリーに対応したトイレを整備することで、より多様な人々に使いやすいオフィスを実現できます。5-1. 段差の解消前述の排水経路の問題と関連して、段差の解消は大きな課題となります。スロープや手すりの設置、車いす利用者が回転できるスペースの確保など、法的な基準だけでなく実際の使いやすさを考慮した計画が重要です。5-2. 多目的トイレの設置車いす利用者だけでなく、高齢者や妊婦、乳幼児連れの利用者など、さまざまな人々が安心して使える多目的トイレを設けることも検討しましょう。洗面台やベビーベッド、緊急呼び出しボタンなどが備わった多目的トイレは、ビルの価値を高める大きなポイントです。5-3. 安全性と快適性手すりの位置やドアの開閉方向、床の素材選びなど、高齢者や身体障がい者に配慮した設計はもちろん、全ての利用者が快適に使える工夫を意識しましょう。実際に車いすでの動きをシミュレーションするなど、リフォーム前にしっかりと確認しておくことが重要です。 まとめ オフィスのトイレをリフォームする際は、まずは平面配置やトイレの箇所数、排水経路をプロの視点で見直してもらうのがおすすめです。とくに以下の5つのポイントに注目すると、利用者の満足度を大きく左右する要素を押さえられます。1.エレベータホールからトイレの入り口が直接見えていませんか?プライバシーの確保や品のあるオフィスのイメージづくりに大きく影響。2.トイレの箇所数(便器・洗面台など)は十分ですか?待ち時間を減らしつつ貸室面積を確保する、バランス感覚が重要。3.排水経路は素直に確保されていますか?スラブ上・下の配管ルートや勾配を慎重に検討し、段差や詰まりを回避。4.衛生管理・ニオイ対策は十分ですか?仕上げ材の選択や換気設備の強化など、清潔感を維持するための工夫。5.バリアフリー・ユニバーサルデザインを意識していますか?段差の解消や多目的トイレの設置など、誰もが使いやすい空間づくり。 リフォーム費用と施工会社の選び方 トイレのリフォーム費用は、**便器1台あたり約100~200万円(洗面台や内装費用を含む)**が一般的な目安です。デザイン性の高い設備を導入したり、排水方式を大幅に変更したりすると、費用がさらにかさむ場合があります。機能面やデザイン性を優先しすぎると、工事の複雑化によるトラブルを招く可能性もあるため、建物診断の知見を持つ設計・施工会社とともに無理のない計画を立てることが大切です。リフォームやリノベーションは既存建物を活かして進めるため、建物の図面や現況の調査が欠かせません。給排水設備や構造の制約、必要なバリアフリー対応の範囲などを事前にしっかり把握し、プロと十分に打ち合わせを行いましょう。トイレの使いやすさは、オフィスビル全体の満足度とイメージにも大きく影響します。テナントや利用者の立場に立った配慮を積み重ね、より魅力的なオフィスを実現してください。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年10月29日執筆
 
 
 
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「第一印象」で決まる!築古・賃貸オフィスビルの空室対策・実務チェックリスト

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「「第一印象」で決まる!築古・賃貸オフィスビルの空室対策・実務チェックリスト」のタイトルで、2025年11月25日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。 目次はじめに:築30年を超える賃貸オフィスビルが“選ばれる”ために、いま見直すべき視点とは第1章:テナントが見ている“最低条件”をオーナーは理解しているか?第2章:第一印象は設備投資せずに変えられる第3章:築古物件でも「見せ方」で印象は変えられる第4章:コストをかけずに「管理が行き届いている」と感じさせる方法第5章:賃料を下げる前にすべき「小さな改善」の積み重ね第6章:テナント満足度を上げる“ソフト管理”の視点第7章:改善の進め方──実行ステップとチェックリスト第8章:築古・中小規模・賃貸オフィスビルの競争力は「判断」と「段取り」で決まる はじめに:築30年を超える賃貸オフィスビルが“選ばれる”ために、いま見直すべき視点とは 東京23区、特に都心5区(千代田・中央・港・新宿・渋谷)には、築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルが数多く存在しています。大量供給された1970年代後半〜1990年代の建築ストックが、今まさに老朽化のピークを迎えています。データによれば、都心部の中小規模の賃貸オフィスビルにおける平均築年数は34年を超えており、2030年代には50年を超えることも見込まれています。そうした中、築古ビルを所有するオーナーの多くが共通して抱えている悩みがあります。「空室が埋まらない」「フリーレントをつけても決まらない」「仲介担当者の内見すら入らない」──これらは決して珍しい悩みではなく、今や築古・賃貸オフィスビル市場における“標準的な困難”となっています。しかし一方で、同じ築年数、同じような立地条件であっても、満室を維持し続けている築古ビルがあるのも事実です。彼らはどこに差をつけているのか? どんな工夫や改善をしているのか? そして、それは本当に多額のコストや大規模なリニューアルを必要とすることなのか?本稿では、「築古だからこそ必要な視点と判断」を軸に、“選ばれるビル”になるための実務ポイントを、管理・運営・リーシングの観点から整理していきます。対象とするのは、延床面積5000㎡未満(=約1500坪以下)、かつ築30年超の中小規模の賃貸オフィスビル。都心部において最もストックが多く、同時に「古さ」によって差別化が難しいゾーンです。重要なのは、「建物が古い」こと自体が致命的ではないという認識です。実際に空室を埋め、賃料を維持し、安定的に収益を上げている築古ビルは、共通して「選ばれる理由」を的確に整えている傾向があります。それは必ずしも、建物そのものの物理的価値ではなく、“見せ方”や“伝え方”、“手の入れ方”といった運用の工夫に支えられていることが多いのです。このコラムでは、「今すぐ見直せる5つの実務ポイント」として、築古ビルの第一印象の整え方から、テナント満足度を高めるソフト管理、オーナーの意思決定プロセスまで、実務に役立つ具体的な視点を提示していきます。次章ではまず、内見者やテナントが“最初に見ている場所”、すなわち「第一印象」の重要性と、それをオーナー自身が正しく理解できているかを見直すところから始めます。 第1章:テナントが見ている“最低条件”をオーナーは理解しているか? オフィスビルの内覧で最初に判断されるのは、賃料や設備性能の優劣ではなく、「第一印象」です。テナント企業の総務担当や仲介会社の案内担当が、現地で最初に視認するのはエントランスの雰囲気、共用部の明るさ、そしてトイレや廊下の清潔さです。これは実務の現場で、何度も繰り返されている光景です。築年数そのものが問題なのではありません。「築古に見える」「古びたまま放置されているように見える」ことが問題なのです。建物の構造や法規制上の条件で変えられない部分は多いとしても、第一印象の大部分は“整えているかどうか”で大きく変わります。仲介担当者の案内ルートに潜む“判断ポイント”例えば、仲介担当者がテナント候補と現地を訪れたとします。彼らが案内するルートは概ね以下の流れです。1.建物の外観を遠目に確認(ファサードの清潔感、雑然としていないか)2.エントランスに入る(光の入り方、床や壁の手入れ、匂い)3.エレベーターで上階へ(エレベーターホールの照明・清掃状態)4.貸室前の共用廊下(明るさ、足音の響き方、掲示物の有無)5.室内を確認(窓からの視界、天井高、間取りの自由度)6.トイレ・給湯室の確認(清掃の丁寧さ、古さと手入れのギャップ)この流れのなかで、テナント候補者は「このビルはちゃんと管理されていそうか」「入居後のイメージが持てるか」を数分で判断します。どれも派手な設備投資をしなくても改善できる要素ばかりですが、それを放置していれば、「築古のわりに手が入っていない」という印象に直結してしまいます。“選ばれない理由”は、設備ではなく印象の問題ビルオーナーが抱える“空室が決まらない”という悩みの多くは、こうした初期印象の管理に起因しています。仲介担当が物件を見に来て、案内すらせずに「ここはやめておきます」と引き返す事例も、決して珍しくありません。問題は「間取りが悪い」「設備が古い」といった構造的な欠点だけではなく、「印象が悪い」というもっと曖昧で、しかし強力な要因なのです。ある仲介会社の営業担当者はこう語っています。「築年数が古いビルでも、共用部が整理されていて、照明やトイレが清潔だと、テナントには『ちゃんとしているビルだな』という印象が残ります。逆に、細部に無頓着なビルは、その時点で内覧から外すことが多いんです」と。つまり、“選ばれない理由”の多くは、オーナーが思っているほど構造的な問題ではないということです。内見者はオフィスに入る前にすでに判断を始めており、その判断材料となるのが、ビルの「印象=運用の手が入っているかどうか」なのです。オーナーが“気づいていない視点”を補うオーナー自身は、日々ビルを見慣れているため、経年劣化や管理上の“違和感”に気づきにくいことがあります。たとえば、暗いエントランスでも「このビルはこういうもんだ」と感じてしまったり、床のくすみを「まあ仕方ない」と放置してしまったり。こうした“見慣れによる鈍感さ”を補うには、第三者の視点、特に仲介会社や内見者の目線をシミュレーションして、自分のビルを見直す必要があります。日常的な点検とは別に、半年に1回でも「内覧者目線で見る日」を設けてみるだけでも、気づけるポイントは劇的に増えるはずです。次章では、こうした“第一印象”を、設備投資をせずに変える方法──つまり、「非設備系」の実務改善によって実現する“印象改善”の具体策を解説していきます。地味だけれど効果的な、実務ベースのヒントをご紹介します。 第2章:第一印象は設備投資せずに変えられる 築古ビルであっても、限られた予算内で第一印象を改善することは可能です。テナントの心証を大きく左右するのは、必ずしも最新の設備や豪華な内装ではありません。むしろ、「このビルはちゃんと手入れされている」「管理が行き届いている」という安心感が、最初の数分間で印象を大きく左右します。本章では、特別なリノベーションや高額な改修に頼らず、「印象」を変えるための実務的な改善策を整理していきます。見た目は変えられる ── 非設備系改善の可能性築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルでは、構造やレイアウトの根本的な変更は現実的ではありません。しかし、印象は変えられます。それも、案外シンプルな手段で。たとえば、以下のような非設備系の改善項目は、比較的低コストで実施可能です。・照明の色温度統一:共用部やエントランスに異なる色味の照明が混在していると、全体にちぐはぐな印象を与えます。電球色・昼白色のバラつきをなくし、統一感のある色味にそろえるだけで空間の印象が整います。・掲示物や張り紙の整理:共用廊下に雑多な張り紙が並んでいると、それだけで「古びた」印象を与えます。案内板や掲示板は最小限に、内容も整理されているか定期的に確認する必要があります。・目地・継ぎ目の清掃・補修:床タイルや壁紙の継ぎ目に黒ずみやめくれがあると、清掃が行き届いていない印象に直結します。日常清掃では見落とされがちな細部こそ、印象を左右するポイントになります。これらは、設備を新しくせずとも「きれいに整っている」「管理が丁寧にされている」という印象を与える具体的な方法です。モネの絵画に学ぶ「光」と「印象」の関係少し抽象的な話になりますが、印象派の画家クロード・モネの作品には、印象の操作という点で学ぶべきヒントがあります。モネは、同じ風景を「時間帯」「光の角度」「季節」によって描き分けました。対象物そのものを変えなくても、光の当たり方や周囲の色の配置によって、その見え方はまったく違ってくる──これは築古ビルの印象にもそのまま通じます。たとえば、エントランスに朝の自然光がきれいに差し込む時間帯に内見を設定する。あるいは、白熱灯よりもやや白味のある照明に切り替え、清潔感を演出する。このような「光のコントロール」だけでも、古さを魅力に転化することが可能になります。つまり、築古ビルを良く見せるために重要なのは、「何をどう見せるか」「どう整えて見せるか」であり、それは光や構成の工夫次第でいくらでも演出できるということです。管理の丁寧さが“見える状態”をつくるテナントが物件を選ぶとき、最終的に決め手になるのは「ここなら安心して借りられそう」という感覚です。これは、設備スペックではなく、“手入れの気配”から生まれます。具体的には以下のような状態が、「管理されている安心感」につながります。・床の隅にホコリがない・ゴミ置き場が整理整頓されている・トイレの備品が補充されている・窓ガラスがくもっていない・点検報告書が掲示されている(更新されている)これらは、いずれも小さな管理項目ですが、テナントの目には「このビルはちゃんとしているかどうか」の判断材料として映ります。オーナーとして「手が届いている」状態を見せることが、築古ビルのイメージ改善につながる第一歩です。シンプルで整った状態が“清潔感”を生む「古くても清潔感がある」と「古くて放置されている」は、たった一歩の差ですが、その印象の差は極めて大きいのが現実です。モノが多く雑然としたエントランスよりも、何も置かれていない、掃き清められた床と整然としたサインだけの空間のほうが、圧倒的に評価されます。当社が管理するビルでは、「必要以上の什器や装飾は置かない」ことを基本方針としています。余計な飾りや装飾は、古さを目立たせるだけでなく、管理の手が届かなくなる原因にもなりがちです。素材と構成勝負。古いなりに整った状態に仕上げる。それが築古ビルにとってのベストな戦い方です。次章では、こうした「印象」の整え方をさらに進めて、実際のリーシング活動における「見せ方設計」について、写真・図面・内見動線など具体的な実務視点で掘り下げていきます。テナントの心に届く“見せ方”とは何かを、一緒に考えていきましょう。 第3章:築古物件でも「見せ方」で印象は変えられる 築古ビルの空室を埋める上で、最初のハードルとなるのが「内見時の印象」です。建物の構造やスペックを変えられない以上、「見せ方」の工夫こそが勝負の分かれ目になります。この章では、リーシング現場でよくある失敗と、それを避けるための“見せ方設計”の実務ポイントを紹介します。築古であっても、印象は変えられる。それを実現するのが「見せ方」の技術です。共用部は“無意識”に見られている共用部の印象は、内見者の第一印象に直結します。特に築年数の経過したビルにおいては、共用部の雑然さや古さが目立ちやすく、「手入れされていない感」を与えがちです。改善の第一歩は、通路や共用廊下の“見通し”を良くすること。不要な掲示物、古びたマット、掲示板の古い書類などはすべて排除し、壁面をできるだけシンプルに保つ。物理的に変えられなくても、「空間が整っている」「乱れていない」というだけで清潔感と管理の丁寧さが伝わります。また、エントランスやエレベーターホールの視認性を高めるためには、照明の色温度を揃え、汚れやすい角部分を丁寧に清掃することも有効です。ポスターやテナント掲示も必要最小限に抑え、乱雑さを感じさせない工夫が大切です。トイレ・給湯室の“案内動線”は事前に整えるトイレや給湯室は、「最も印象を左右する」箇所でありながら、見せ方に配慮されていないことが多い場所です。よくあるのが、「内見時に急ごしらえで片付ける」という対応。しかし、それでは印象改善にはつながりません。むしろ「普段は手入れされていないのでは?」という逆効果になることも。理想は、「内見前に慌てて掃除しなくても、常に見せられる状態に保っておく」ことです。具体的には、・トイレットペーパー・ハンドソープの補充状況・洗面ボウルの水垢・カビの有無・床の水滴やゴミの有無・使用中の備品が乱雑に置かれていないかといった点をチェックし、定期的に“内見モード”に整えておくルールを作ることが、結果的に印象改善につながります。ポータルサイト用写真の撮り方と順序にこだわるリーシング活動において、ポータルサイト上の写真は極めて重要な判断材料です。ところが築古ビルでは、「内装が古いから」といって写真に力を入れないケースが目立ちます。しかし、築年数が古くても、“撮り方”次第で印象は大きく変わります。たとえば:・照明をすべて点け、日中の自然光が入る時間に撮影・床・壁の清掃を済ませてから撮影・極端な広角や歪みのある写真は避け、テナント目線の高さから撮影さらに、「撮影順序」にも工夫が必要です。エントランス→共用部→貸室内部→眺望という流れで掲載することで、閲覧者に「段階的に印象が良くなる」構成を作ることが可能になります。また、築古物件の魅力を伝えるうえで、無理に新築物件のように“整いすぎた”演出をする必要はありません。「整っている」「きちんと手入れされている」ことが伝わるだけで、十分な価値訴求になります。仲介担当者が「案内しやすい」と感じるビルとは?意外に見落とされがちですが、物件が選ばれるかどうかは、「仲介担当者が案内したくなるかどうか」にも左右されます。たとえば、以下のようなポイントは仲介担当者の負担を軽減し、「紹介しやすい物件」として記憶される要因になります:・エントランスや受付の動線がわかりやすく、鍵の受け渡しがスムーズ・エレベーターや共用部に案内しやすいルートが確保されている・トイレや給湯室が清掃されており、「見せても大丈夫」と安心できるこうした“案内性の高さ”は、結果的に紹介回数を増やすことにつながり、空室対策として大きな意味を持ちます。物件資料の更新も「見せ方設計」の一部最後に、物件資料(図面・スペックシート)の更新も、見せ方の重要な要素です。図面が古く、テナントレイアウトの参考にならない。あるいは、天井高・床仕様・エレベーター基本情報・建物の構造などの基本情報が抜けている。このような状態では、テナントの検討が進みません。「図面のわかりやすさ」と「スペックの明記」は、築古物件においてはとくに重要です。たとえスペックが高くなくても、明記されていれば「それでも検討する」余地はあります。逆に不明な部分が多いと、それだけで候補から外されるのが実情です。印象は、物件そのものの価値以上に、見せ方と整え方で変えることができます。築古ビルこそ、“どう見せるか”に本気で取り組むことが、選ばれるための最短距離です。次章では、こうした“見た目の工夫”に加えて、「管理の見える化」「日常運用の丁寧さ」といった、オーナーの関与を感じさせる要素について深掘りしていきます。築古ビルの価値は、運営の質でこそ示されます。 第4章:コストをかけずに「管理が行き届いている」と感じさせる方法 築年数が古い賃貸オフィスビルで、テナントや内覧者に「管理がきちんとしている」という印象を与えるには、必ずしも大規模な設備更新が必要なわけではありません。むしろ、日々の運営で感じ取られる“管理の丁寧さ”や“オーナーの関心度”が、そのまま物件の印象に直結します。この章では、コストを抑えつつも「管理品質の高さ」を視覚・体感レベルで伝えるための、具体的かつ現実的な工夫を紹介します。(1). 清掃と点検の“見える化”で信頼感をつくる築古ビルにおいて、もっとも印象に残りやすいのが「清掃の状態」です。とはいえ、ただ「清掃している」だけではなく、「清掃されていることがわかる」状態にするのが重要です。たとえば、以下のような“見える化”の取り組みは、印象改善に効果的です。・清掃完了時間と担当者名を記載した札をトイレ内に設置する・点検実施日時と次回予定日を共有掲示板に表示する・ゴミ収集日や館内点検スケジュールをわかりやすく掲示するこうした運用はコストをほとんどかけずに実現可能でありながら、「きちんと管理されているビルだ」という無言のメッセージを与えることができます。(2). 実は効く、“空気感”の管理築古物件においては、見た目だけでなく「空気の質」も無意識に印象を左右する要素です。特に、貸室の第一印象は「空気のこもり感」や「臭い」で大きく損なわれることがあります。効果的なのは、貸室の換気頻度を上げることです。特に内覧予定がある日は、事前に空気を入れ替えておくことで、入った瞬間の印象が大きく変わります。また、貸室に数日以上人が入っていない場合には、内覧直前にサーキュレーターで空気を回すだけでも清涼感は向上します。一方、芳香剤の使用はテナントごとに好みが分かれるため、強い香りでの印象づけは避けるのが無難です。あくまで「無臭に近い自然な空気環境」が理想とされます。(3). 小さな“気配り”が印象を変えるたとえば、「エントランス前が朝から清掃されている」というだけで、管理の丁寧さは明確に伝わります。ビルの正面が葉っぱやゴミで散らかっている状態は、わずか数秒で「放置感」を生み、第一印象を台無しにします。また、以下のような“小さな気配り”も好印象を生みます。・清掃が終わったタイミングで内覧予定を入れる・清掃用具や備品が外から見える位置に置かれていない・清掃等の点検時のスタッフが清潔な服装で業務を行っているこうした些細なことの積み重ねが、「このビルはちゃんとしている」と感じさせる要因になります。目立たないことだからこそ、できているかどうかが印象を分けるのです。(4). “オーナーが無関心じゃない”という空気をつくるテナントや仲介担当者にとって、オーナーの「関心度」は極めて重要な評価軸です。「築古でも構わないけど、放置されてそうな賃貸オフィスビルは避けたい」 「トラブルが起きたときに、ちゃんと対応してくれるかが不安」――これは、多くのテナントが抱くリアルな本音です。だからこそ、「オーナーが無関心ではない」という空気を、さりげなくでも伝える仕組みづくりが重要です。たとえば:・清掃スケジュール、建物の工事の予定等について、あらかじめ報告して、内容を共有する・テナントが入居中の困りごとに対して、可及的速やかに返答するこれらは、特別な投資をしなくても、管理会社と相談して対応できる「関心を持つ姿勢の表明」であり、結果としてテナント・仲介に安心感を与え、空室リスクの低減につながります。築古ビルの「管理の質」は、ハードのスペックだけでは測れません。むしろ、日々の運用の中で“見える丁寧さ”をどう作っていくかが差を生みます。次章では、そうした丁寧な運営の積み重ねが、どう賃料や成約率に影響を与えるのか、「価格ではない選ばれ方」について掘り下げていきます。安易なフリーレントや値下げでは勝負できない時代、築古ビルの本質的な価値の伝え方が問われています。 第5章:賃料を下げる前にすべき「小さな改善」の積み重ね 築古ビルのオーナーが空室対策に直面したとき、多くの場合、最初に検討するのは「賃料の見直し」です。特に長期間テナントが決まらない場合、フリーレント(一定期間の賃料免除)や大幅な賃料ディスカウントを提示して何とか内見数を増やそうとするケースも珍しくありません。しかし、この“価格勝負”の発想は、必ずしも成果につながるとは限りません。特に競争が激しい都心部では、単に「安い」だけでは埋まらない築古ビルが多数存在します。むしろ、価格よりも“見た目と管理”の水準で選ばれているビルが確かに存在しているのです。(1). 空室対策=「まずフリーレント」では勝てない確かに、賃料やフリーレントの条件はテナント選定の一因です。しかし、それが“決め手”になるケースは実はそう多くありません。特に中小規模のビルを検討する企業にとって、「条件が良い」だけでは移転の決断に至らないのが現実です。仲介業者の声を拾っても、「フリーレントを2ヶ月付けても、室内の印象が悪ければ決まらない」「設備や共用部の手入れがされていない物件は、いくら安くても紹介しづらい」という実務的な意見が多く聞かれます。つまり、価格やフリーレントは“最後の一押し”にはなっても、“最初の選定理由”にはなりにくいのです。(2). 成約している築古・賃貸オフィスビルには「納得感」がある築30年超の物件でも、満室運営が続いている事例は少なくありません。そうした物件に共通するのは、「古いけれど、しっかり管理されている印象」があることです。・エントランスが清潔で明るい・床材や照明のトーンに統一感がある・トイレが古くてもきちんと清掃され、設備が壊れていない・リーシングの窓口の担当者が物件のことをきちんと説明できるこうした積み重ねが、「このビルなら安心して入居できそうだ」という“納得感”につながり、他より賃料が少し高くても契約に至る要因となるのです。(3). 「少し高くてもここがいい」と言わせる物件になるには賃料に対する“納得感”は、いくつかの要素の掛け合わせで生まれます。・見た目の印象:第一印象が良い(明るい、清潔、手入れが行き届いている)・使い勝手:レイアウトがしやすい、空調や照明が過不足ない・コミュニケーション:問い合わせや申込み後のレスポンスが早い、丁寧この3つを高めていくことで、「相場より少し高いが、このビルには価値がある」と思わせることが可能です。とりわけ最後の「コミュニケーション」部分は、物件そのものの改善が難しいときにも効果が出せる要素です。実際、ある築35年の中小規模の賃貸オフィスビルでは、丁寧な管理体制と清掃品質の高さが評価され、同エリアの平均賃料より1割高い水準でも満室を維持しています。仲介担当者が「紹介しやすい」と感じる物件は、結果として内見数も成約率も上がっていくのです。(4). 「見えない価値」が価格競争からビルを救う築古ビルの最大の課題は、建物自体のスペックが新築物件に比べて見劣りする点にあります。これを設備更新で埋めるには多額の投資が必要になりますが、「丁寧な管理運営」による価値訴求は、低コストで十分可能です。たとえば:・トイレの備品が常に補充されている・不具合時の修理対応が迅速で、きちんと説明がある・ゴミの出し方などのルールが明快で、入居後のストレスがないこうした“見えない価値”が積み上がることで、「このビルなら安心して使える」という印象が生まれます。そしてそれが、最終的な賃料や条件への納得感へとつながっていくのです。築古ビルの経営では、「どこにお金をかけるか」も大事ですが、それ以上に「お金をかけずにできることをやっているか」が問われます。賃料という数字の前に、“選ばれる理由”をつくる地道な工夫こそが、空室対策の本質であり、競争力の源泉となるのです。次章では、こうした運営の中でも、特にテナント満足度を左右する“ソフト面の管理”について掘り下げていきます。入居後の対応次第で、再契約率や退去率は大きく変わります。長く選ばれ続けるビルになるために、見直すべき視点を確認していきましょう。 第6章:テナント満足度を上げる“ソフト管理”の視点 築古ビルの運営において、建物のスペックや立地といった“ハード”の条件は変えようがありません。しかし、テナント満足度を左右するもうひとつの要素――「ソフト面での管理」は、今すぐにでも改善できる領域です。入居中の不満や不安を最小限に抑え、再契約や紹介につなげていくためには、ソフト管理の工夫が欠かせません。この章では、テナントの視点から満足度を高めるための運用ルールやコミュニケーションの在り方について、実務的なポイントを整理します。(1). 共用部のルールを「整備」から「見える化」へ築古・中小規模・賃貸オフィスビルでは、ゴミ出しのルール、共用トイレや給湯室の使用マナー、空調や照明の使用時間など、利用者間のちょっとしたトラブルが不満の原因になりがちです。こうした小さなストレスを防ぐためには、「共用部のルールを事前に明文化し、見える形で共有する」ことが重要です。たとえば:・ゴミの分別方法や出す時間を明記し、掲示板に貼り出す・給湯室やトイレでの使い方をシンプルにまとめて掲示する・共用空調の稼働時間について事前に案内し、問い合わせ先を明示するこれにより、入居者同士のトラブルを未然に防ぐだけでなく、「このビルはちゃんと管理されている」という安心感にもつながります。(2). 工事や修繕は“予告”と“説明”が鍵築古ビルでは、空調や給排水、電気系統などの修繕工事が避けられません。しかし、予告なしの突然の工事や、詳細不明の貼り紙一枚で終わるような対応では、テナントにとって大きなストレスになります。実際の現場では、「朝来たらエントランス前で工事をしていて、来客の案内ができなかった」「共有トイレが使えないことを当日知って困った」という声が少なくありません。このようなトラブルを回避するには:・事前に工事内容・日時・影響範囲を明記した通知文を配布・できるだけ事前に質問を受け付ける体制を整えておくこのように「説明責任」を果たすだけで、同じ工事でもテナント側の受け止め方は大きく変わります。(3). “対応力”と“仕組み化”が退去理由を減らす築古ビルであっても、テナントとの信頼関係が築けていれば、多少の不便には目をつぶってくれます。逆に、管理側の対応が雑であれば、小さな不便が大きな不満へと膨らみ、退去の引き金になってしまうのが現実です。たとえば、照明が切れている、トイレの水が出にくい、空調の調子が悪い――こうした日常的な不具合に対して、・すぐに連絡がつく・状況の共有と対応方針の説明がある・数日内に修繕が完了するという運用が整っていれば、テナントからの印象は格段に良くなります。そのためには、「誰が」「いつ」「何を」対応するのかをルール化したオペレーションシートやフローを整備することが肝要です。人の対応力だけに依存せず、一定の水準で誰でも対応できる仕組みを持つことで、管理品質の平準化が図れます。(4). テナント満足度=再契約率を高める“地味な努力”築古ビルにとって、新規テナントを誘致するより、既存テナントに長く入居してもらうことの方が、圧倒的にコストパフォーマンスが高い戦略です。そのためには、「いまのビルで特に不満はない」という状態を維持することが何より重要です。言い換えれば、目立つ改善よりも、“地味な不満の芽”を早めに摘み取ることがカギなのです。日常的な対応、ちょっとした声かけ、月1回の巡回。こうした運営こそが、結果的に再契約率の向上=空室リスクの低減に直結します。テナントの満足度を高める“ソフト管理”は、ビルの価値を決める最後のひと押しです。建物の外観や設備に大きな手を加えられない築古ビルこそ、この“人の対応”と“運用の仕組み”で、競争力の差を生むことができます。次章では、こうした改善のアイデアを、実際にどう進めていけばよいのか――現状把握の手順と、実務的なチェックリストをベースに解説していきます。オーナー主導で再生を進めていくための「判断と段取り」の方法を、具体的に確認していきましょう。 第7章:改善の進め方──実行ステップとチェックリスト 築古・中小規模の賃貸オフィスビルにおける「再生」や「改善」は、大規模改修や建替えに限られるものではありません。予算を抑えながらでも、適切な視点と段取りがあれば、十分に“選ばれるビル”へと印象を変えることができます。この章では、実際にどのように改善を進めていくべきか、そのステップとともに、現場で活用できるチェックリストの活用法を紹介します。ステップ1:まずは「内見者目線」で現状を把握する最初のステップは、「内見者の目で自分のビルを見る」という視点の獲得です。「いつも見ている風景」ではなく、「初めて訪れるテナントの担当者が、どこを見てどう感じるか」に立って確認することが必要です。すべてを管理会社任せにせず、オーナー自身の視点を持つことも有効です。チェックのポイントは以下の通り:・エントランスや共用部の印象はどうか・トイレや給湯室の使用感・清潔感は保たれているか・通路や階段の見通し・照明の明るさは十分か・看板やサインに古さや劣化はないか・周辺環境と比べて、劣って見える点はないか一度すべてをリセットして見るつもりで、メモや写真を活用しながら現状を把握していきましょう。ステップ2:改善項目に“優先順位”をつける改善点が見えてきたら、すぐに手を付けたくなるかもしれません。しかし、「どこに、どの順で、どれだけ手をかけるか」を冷静に判断する必要があります。特に中小規模ビルでは、予算も時間も限られています。すべてを一度に変えることは非現実的です。以下の3軸で優先順位を整理するのが効果的です:・費用の大きさ(コスト)・改善にかかる時間(スピード)・印象・満足度への影響の大きさ(効果)たとえば、照明の色温度調整や案内サインの見直しは「低コスト・短期・高効果」であるため、すぐに取り組むべき項目です。一方で、空調の全面更新のように高コスト・長期・効果中程度の改善は、長期計画として位置づけるとよいでしょう。ステップ3:共用部・テナント専用部・外周の“見逃されがち”チェックリスト改善点を見落とさないためには、部位別のチェックリストを活用することが有効です。以下に基本的な確認項目を示します。【共用部チェック項目】・エントランス:床面の黒ずみ・照明の色温度・ゴミの落ちていない状態・廊下・階段:埃や段差、手すりのぐらつき、滑り止めの状態・トイレ・給湯室:清掃状況・臭い・備品の補充・水回りの不具合・サイン類:案内板の視認性、劣化・破損の有無、更新年月の記載有無・空調吹き出し口:汚れ、異臭の有無、フィルター清掃の記録状況【テナント専用部チェック項目】・壁や天井の汚れ・剥がれ・カビ・空調の利き具合、異音の有無・床の沈みや歪み、カーペットの汚れ・配線やコンセント周りの整備状況・内覧時に暗く感じる時間帯の明るさ(照明の配置・強さ)【外周チェック項目】・駐車場・通路のひび割れ、排水の状態・外壁のクラック・塗装の剥がれ・看板の劣化・照明(外灯・看板灯)の点灯状況・植栽や雑草、ゴミの放置など周辺環境の清掃状況このようなチェック項目を月次・四半期ごとに確認し、改善状況を記録しておくことで、ビル全体の管理品質が可視化され、入居者や仲介業者への信頼にもつながります。ステップ4:すべてをPM・BM任せにせず、“オーナーの目”を持ち続ける改善を実行していく上で、プロパティマネジメント(PM)やビルマネジメント(BM)会社の協力は不可欠です。しかし、それに“完全に任せっきり”にするのは危険です。清掃や点検、テナント対応、リーシング活動などをアウトソースしている場合でも、「ビルの価値をどうしたいか」という判断は、オーナーしかできません。たとえば:・予算のかけ方(どこに、いくらまでかけるか)・優先順位の考え方(印象重視か、機能重視か)・テナントとの関係性についての最終判断これらはすべて、「オーナーの意思」があって初めて正しく機能します。月1回の簡単なレポート確認でも、半年に1回の物件立会でも構いません。PMやBMとの距離感を保ち、共通の目標に向けて動いているかを確認し続けること。それが、築古ビルで差を生む“運用力”の本質です。次の章では、ここまでの実務ポイントを総括し、築古・中小規模の賃貸オフィスビルが持つポテンシャルと、オーナーに求められる“判断”と“段取り”について改めて考察します。大規模改修や建替えに頼らずとも、ビルの価値は確実に変えられるという視点を、最後に共有していきます。 第8章:築古・中小規模・賃貸オフィスビルの競争力は「判断」と「段取り」で決まる 築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルにおいて、「空室が埋まらない」「賃料を維持できない」という課題は避けて通れません。一方で、「築古でも安定稼働を続けているビル」も確実に存在しています。この違いは何か。それは、必ずしも資金力や立地の差ではありません。差を分けているのは、“どこを優先して改善し、どう段取りを組んで行動しているか”という、ごくシンプルな「判断力」と「実行力」です。「建替えできないから仕方ない」では競争に勝てない都心部の中小規模ビルオーナーにとって、建替えは現実的な選択肢ではないことが多いでしょう。立地条件、資金調達、テナントの立退き交渉、再開発事業への参加難易度――。どれをとってもハードルは高く、また建替え後に想定通りの稼働率が見込める保証もありません。その結果、多くのビルは「今のままで運用を続ける」という選択をしています。しかし、“現状維持”と“何もしない”は似て非なるものです。設備が古いまま、清掃が不十分、印象が悪い――。こうした小さな見過ごしの積み重ねが、いつしか競争力を根本から削いでいくのです。変えられるのは「築年数」ではなく「印象」と「運用」築年数は変えられません。しかし、ビルの“印象”は変えられます。そして、「印象」は、日常的な運用の積み重ねによって大きく左右されます。例えば:・トイレがきちんと清掃されている・案内サインが分かりやすく更新されている・照明が明るく、適切な色温度で整っている・入居後のトラブル対応が迅速で、信頼感がある・契約前に物件情報がしっかりと整理されているこれらはどれも、大きな費用をかけずとも実行できることばかりです。“築古だけど管理が行き届いている”という印象を与えることが、結果的に賃料や稼働率の安定につながっている事例は多数あります。問題は「資金」ではなく「判断」と「可視化」の不足「予算がないから何もできない」という声をよく耳にします。しかし実際には、改善できることのほとんどは“予算の有無”ではなく、“優先順位”と“整理”の問題です。・改善すべき点を洗い出す(目視・写真・内見者目線)・優先順位をつける(費用・効果・所要時間)・管理会社の担当者と進行状況を共有し、記録を残す・見直しとフィードバックを定期的に行うこのような「判断と段取り」のある運営を実践しているビルほど、結果としてテナントの満足度が高く、再契約率も高く、空室が出てもすぐに埋まるという循環を実現しています。オーナー自身が“選ばれる理由”をつくる意思を持てるか「選ばれるビル」に共通するのは、オーナーが“この物件をどう見せたいか”という明確な意志を持っていることです。それは、表に出るかどうかは関係ありません。意思をもって意思決定を積み重ねているかどうかが、結果に現れます。・自分がテナントなら入居したいと思えるか?・仲介担当者が安心して紹介できる物件か?・入居テナントが長く使いたいと思える空間か?これらにYesと答えられる状態を目指す。それが、築古ビルであっても選ばれるための“経営”の在り方です。築古だからこそ問われる「運用力」という競争力最後に強調したいのは、築古・中小規模の賃貸オフィスビルにおいて最も差がつくのは「運用力」だということです。それは設備投資の額でも、建築デザインの派手さでもなく、「このビルは丁寧に管理されている」と誰もが感じるような小さな積み重ねです。・掃除が行き届いている・管理者の対応が早い・不具合の報告がしやすい・離れたあとも、また戻ってきたくなるそんなビルが、築年数に関わらず、選ばれ続けています。築30年を超えた中小規模の賃貸オフィスビルでも、「管理と運用」で勝負できる。オーナーが自ら“選ばれる理由”をつくりにいく限り、そのビルには未来がある。この現実的で前向きな戦略こそが、いま最も求められている「築古ビル再生」の鍵であると、私たちは確信しています。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月25日執筆

入居者が長く居つくための管理品質向上テクニック

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「入居者が長く居つくための管理品質向上テクニック」のタイトルで、2025年11月21日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに第1章 設備管理の向上と目的論的視点第2章 共用部の管理・美観維持と共同体感覚第3章 コミュニケーション戦略と対人関係論第4章 トラブル対応体制と自己受容第5章 ケーススタディと成功事例 おわりに はじめに 入居者が長期にわたって滞在し続けることは、不動産経営において最も重要な課題の一つです。空室の増加は、オーナーにとって収益性の低下を意味し、その空室を埋めるための広告費や仲介手数料など、さまざまなコスト負担をもたらします。また、入居者の入れ替わりが頻繁になることで、設備や内装の摩耗が早まり、修繕費などの経費が増加する傾向にあります。入居者が「ここに長く居たい」と感じるためには、建物や設備そのものの品質向上はもちろんのこと、管理品質が非常に大きな役割を果たします。管理品質が良ければ、入居者は安心感や信頼感を持ち、安定した環境で快適に過ごすことができます。一方で、管理対応が不十分だと不満やストレスが蓄積し、契約更新をためらう要因になり得ます。そこで、本コラムでは、単なる物理的な管理品質の向上にとどまらず、アドラー心理学の視点を取り入れたアプローチを提案します。アドラー心理学は「共同体感覚」や「貢献感」、そして「目的論」という独自の考え方を持っています。人間の行動を心理的動機付けや目的志向で捉え、入居者が心理的に満足し、「ここで働く意義」を感じられる環境を構築することを目指しています。次章からは、このアドラー心理学を具体的に管理業務にどのように活用できるのかを、詳細な手法とともに解説していきます。 第1章 設備管理の向上と目的論的視点 設備管理は、建物の快適性や安全性を左右する基本的な要素であり、入居者が長く居つくための最も重要な要因の一つです。アドラー心理学において、すべての行動は目的に向かっていると考えます。設備管理にも、この「目的論」の視点を導入することが、入居者満足度を高める重要なポイントとなります。●設備不具合の予防管理手法 設備のトラブルは日常生活に支障をきたし、入居者のストレスを増大させる原因となります。トラブルを未然に防ぐためには、定期的な点検や予防的メンテナンスが不可欠です。具体的には、設備ごとに詳細なチェックリストを作成し、空調やエレベーター、給排水設備、電気設備など重要な設備を一定の周期で点検します。例えば、空調設備ならフィルターの清掃や交換、エレベーターなら機器の摩耗確認とオイル交換、給排水設備なら漏水チェックなどを徹底的に行います。また、これらの点検結果を正確に記録し、データベース化することで、設備の状態を常に把握し、計画的かつ効率的な維持管理が可能になります。●入居者が設備に求める「目的」を理解する アドラー心理学の「目的論」では、人間の行動は何らかの目的に向かって行われるとされています。入居者が設備を利用する際にも、単に便利だからという理由以上に、「安心感を得たい」「快適な生活を送りたい」「問題なく日常生活を維持したい」といった心理的な目的を持っています。管理者側がこうした目的を深く理解し、その目的を満たす形で設備管理や改善を行うことが大切です。例えば、エレベーターが稼働しているというだけでなく、「いつでも安全かつ迅速に移動できる」といった安心感を提供することが設備管理の究極的な目的になります。●迅速かつ適切なメンテナンス対応と入居者の安心感の醸成 設備トラブルが起きた際に迅速に対応することは、入居者の満足度維持に必須です。しかし、アドラー心理学の視点を取り入れると、ただ対応が早ければよいということではありません。入居者に対して、状況説明を丁寧かつ明確に伝えることにより、入居者が抱える不安や不満を最小限に抑えることが可能です。対応の進捗状況を逐次報告したり、トラブル解消後に再発防止策を説明したりすることで、入居者との信頼関係が深まり、安心感が増します。●専門業者との連携強化による設備管理の効率化 設備管理には専門的な知識や技術が求められます。管理会社やオーナー自身ですべてを対応しようとすると効率が悪くなるばかりか、質の低下を招くこともあります。専門業者と強固な連携体制を構築し、定期的なミーティングや合同トレーニングを実施することで、迅速かつ正確な対応が可能になります。特に、緊急時の対応スピードが高まるだけでなく、日常的な予防措置も効果的に行えます。また、専門業者との情報共有を緊密にすることで、設備に関する最新情報を迅速にキャッチし、設備管理全体の品質をさせることができます。以上のように、設備管理を丁寧かつ計画的に行うとともに、入居者が本当に求める目的を意識した心理的なアプローチを組み合わせることにより、入居者が「ここに住み続けたい」と感じる心理的な動機付けが可能になります。次章以降では、設備管理以外の側面でも、アドラー心理学を活用して入居者満足をさらに高める具体的な手法を掘り下げていきます。 第2章 共用部の管理・美観維持と共同体感覚 賃貸オフィスビルにおける共用部の管理と美観維持は、入居者が建物に対して抱く第一印象や継続的な快適さを決定づける重要なポイントです。さらに、アドラー心理学が提唱する「共同体感覚」の観点を取り入れることで、単なる美観維持以上の効果をもたらすことができます。●日常清掃と定期清掃の役割 共用部の清掃には日常清掃と定期清掃があります。日常清掃は入居者が日常的に感じる清潔感や快適性を維持する上で不可欠であり、入居者が建物を気持ちよく利用できる状態を毎日維持します。一方、定期清掃は普段手の届きにくい箇所や汚れが蓄積しやすい箇所を対象に行い、建物全体の美観を長期的に保つ役割を果たします。具体的には、定期的な床のワックス掛け、窓ガラスや壁面のクリーニング、共用トイレの徹底洗浄などが含まれます。これらを計画的に行うことで入居者の心理的な満足感を維持します。●美観維持による共同体感覚(コミュニティ感覚)の育成 アドラー心理学が重視する「共同体感覚」とは、人が自らを集団の一員として感じ、所属している共同体への貢献感を持つことを指します。美観維持を徹底することは、単に外見上の満足感を高めるだけでなく、入居者が「自分は良いコミュニティの一員だ」とイメージ的・心理的に感じられる効果を提供します。ただし、ここで言う「共同体感覚」はあくまでフィクショナルでイマジナティブな概念であり、実際にテナントを直接的に共同体メンバーとして扱うことを意味するものではありません。入居者間の相互作用を促進する施策ではなく、管理者側からの心理的な配慮を指しています。共用部が常に清潔で美しく維持されていると、入居者は無意識のうちに「ここを大切にしよう」「自分もこの環境維持に協力しよう」と感じやすくなります。このような心理的な働きかけを利用し、自然と入居者自身が環境維持に協力するような仕組みを作ることが重要です。●入居者の貢献感を刺激する美観維持の工夫 アドラー心理学では、人間が幸福感を感じるために「貢献感」が重要としています。例えば、共用部に入居者自身が環境維持に貢献できる小さな仕掛けを用意することが効果的です。例えば、ゴミ箱の適切な使用方法を促す掲示物の設置や、入居者が自主的に清掃に協力できる簡単な仕組みや掲示を設けるなどが考えられます。これらは入居者が自らの行動がビルの美観維持に役立っていると感じる機会を提供します。●効率的な清掃計画と運用の工夫 清掃の質を高めつつコストや時間を管理するためには、効率的な清掃計画が必要です。具体的には、清掃業務の曜日や時間帯を入居者の利用状況に合わせて最適化することや、清掃スタッフの教育を徹底して清掃品質の均質化を図ること、さらには設備管理データを活用し、汚れが発生しやすい箇所やタイミングを予測して対応するなどの工夫が考えられます。これにより、効率的で効果的な清掃管理が実現します。これらの美観維持と管理を通じて入居者が心理的に満足できる環境を作り出し、結果として建物への愛着や長期入居への動機づけを強化することが可能となります。 第3章 コミュニケーション戦略と対人関係論 オフィスビルにおける入居者とのコミュニケーション品質は、入居者の満足度や長期入居意欲に大きく影響します。コミュニケーションの質を高めるためには、アドラー心理学の「対人関係論」や「課題の分離」といった考え方が役立ちます。●入居者との効果的なコミュニケーションの方法 入居者とのコミュニケーションは明確かつ丁寧であることが求められます。特に重要なのは、常に入居者の視点に立ち、伝えるべき情報を正確かつ分かりやすく提供することです。また、設備やメンテナンスの状況を定期的に報告したり、事前にメンテナンススケジュールを共有したりすることで、入居者が管理側との良好な関係性を築き、安心感を抱くことが可能になります。●担当者制導入が生む信頼と所属感 特定の担当者を固定することで、入居者は「誰に連絡すればよいか」が明確になり、安心感が生まれます。担当者制により管理者と入居者間のコミュニケーションが個別化され、双方にとって円滑でストレスのない関係性が築かれます。このことは、入居者に「自分は大切にされている」「所属している」という共同体感覚を間接的に促進します。●クレーム対応における共感と尊重の重要性 クレームや苦情対応において、入居者が本当に求めているのは問題の即時解決だけでなく、「自分の困りごとを理解し、共感してもらえた」という心理的満足感でもあります。管理スタッフが相手の立場に立ち、「理解している」「真摯に受け止めている」という態度を示すことが重要です。問題解決までのプロセスを明確に伝えることで、問題が起きても管理への信頼はむしろ向上することがあります。●課題の分離を活用したトラブル対応の品質向上 アドラー心理学の「課題の分離」は、自分の課題と相手の課題を明確に分けることで、不要なストレスや衝突を避ける考え方です。トラブルが発生した際、管理側は問題解決に集中し、感情的な衝突を避けるためにも、過度な干渉や責任転嫁を行わないことが重要です。明確に課題を区別し、管理側としてやるべきことに専念することで、入居者との無駄なトラブルを避け、問題解決の品質をさせることができます。次章以降では、これらの心理学的視点を活用した具体的な手法をさらに掘り下げてご紹介します。 第4章 トラブル対応体制と自己受容 賃貸オフィスビルのトラブル対応体制の品質は、入居者の満足度や信頼感を左右する重要な要素です。管理スタッフが設備トラブルや緊急時に適切に対処できることはもちろん、対応時にスタッフ自身が過度な心理的負担やストレスを抱えない仕組みを構築することも重要です。この章では、アドラー心理学の「自己受容」や「貢献感」の視点を取り入れ、具体的なトラブル対応体制の構築方法について考察します。●緊急時・トラブル時の迅速かつ適切な初動体制 オフィスビルで発生するトラブルには、停電、漏水、火災警報誤作動など緊急性を要するものから、小規模な設備故障まで様々なケースがあります。これらのトラブルが起きた際、初動の対応速度や適切さが入居者の不安や不満を大きく左右します。対応速度を向上させるには、トラブル発生時の責任者や連絡手順を明確に規定したマニュアルの整備が必須です。具体的には、トラブルの種類ごとに初動対応の流れを明確に定め、緊急連絡先や担当者リストを整備し、定期的な訓練やシミュレーションを実施することが効果的です。●対応マニュアル作成のポイントと運用法 対応マニュアルを作成する際は、単に技術的な対応手順を示すだけでは不十分です。アドラー心理学の視点から見れば、入居者が持つ「不安を解消したい」「迅速に問題を解決してほしい」という心理的なニーズを深く理解し、それを考慮したマニュアルづくりが求められます。具体的には、トラブル対応の進捗状況や完了予定時期を入居者へ明確に伝える方法や頻度を定め、入居者が「問題が着実に解決に向かっている」と実感できるよう配慮することが重要です。また、対応後には必ず再発防止策を入居者に伝えることで、信頼性の向上を図ります。●継続的なスタッフ教育とマインドセットの形成 トラブル対応の質は、最終的にはスタッフの能力や意識に依存します。そのため、継続的なスタッフ教育や訓練を実施し、対応能力の維持向上を図る必要があります。特にアドラー心理学が提唱する「自己受容」を教育に取り入れることで、スタッフが自らの能力や限界を正しく理解し、過度なストレスを避けながら効果的な対応を行えるようになります。●スタッフが持つ「貢献感」の重要性 また、スタッフが自分の仕事を「入居者に貢献している」と認識することで、対応品質が向上することも見逃せません。入居者からの感謝や良好な関係構築がスタッフ自身の貢献感を高め、結果として仕事に対するモチベーションや責任感を強化します。定期的に対応事例を共有し、スタッフが自分の仕事の意義を感じられる環境を整えることが大切です。●トラブル発生後のフォローアップ体制 トラブルが解決した後にも、入居者に対するフォローアップを実施することが重要です。解決後の満足度を確認し、不満や改善の余地があればそれをフィードバックとして管理体制の改善に役立てます。こうした継続的なフィードバックサイクルを構築することが、入居者の心理的な満足感を高め、長期滞在意欲をさらに促進します。以上のように、アドラー心理学的な視点を取り入れつつトラブル対応体制を構築・運用することで、入居者満足度を高め、管理スタッフ自身の業務効率や心理的負担軽減も同時に達成することができます。 第5章 ケーススタディと成功事例 ●管理品質の向上が長期入居促進に繋がった事例 ある中型の賃貸オフィスビルでは、設備管理の質を高めるために予防的なメンテナンスと専門業者との強い連携体制を構築しました。また、設備トラブルが発生した際は迅速かつ丁寧にテナントと情報を共有し、復旧までの具体的なスケジュールや再発防止策を明示しました。さらに、テナント企業との定期的なミーティングを通じて各企業の設備利用目的や課題を理解し、それらに即した改善策を具体的に提示しました。結果として、テナントの設備に対する不満が減少し、契約更新率が向上し、長期入居の促進につながりました。●アドラー心理学を活かした管理運営の成功例 別の中型オフィスビルでは、共用部の美観維持にアドラー心理学の「共同体感覚」を応用しました。管理者はテナント企業と定期的な協議を設け、美観維持の重要性とその効果について共通理解を深めました。また、テナントが主体的に美観維持活動に参加できる仕組みを整備し、清掃や整理整頓活動への自主参加を促しました。こうした取り組みにより、テナント企業の社員が自然に環境維持に協力するようになり、コミュニティ意識が強化されました。結果として、テナント企業はビルへの愛着を高め、長期的な契約継続を積極的に検討するようになりました。●他社の事例から学ぶ心理学的アプローチのポイント 他社の中型オフィスビルの事例では、テナントとの交渉や協議にアドラー心理学の「課題の分離」を活用しました。具体的には、契約更新や設備改善に関する協議において、管理側の課題とテナント側の課題を明確に区分し、各自が取り組むべき責任範囲を明確に示しました。この明確化により、テナントとの交渉は円滑かつ現実的に進行し、不要な摩擦や誤解を最小限に抑えることが可能になりました。その結果、双方が納得感を持って協議に臨み、契約更新率の向上を達成しました。 おわりに 管理品質向上の取り組みは、一過性の施策ではなく継続的かつ現実的でなければなりません。アドラー心理学の「共同体感覚」を醸成し、テナント企業との協働意識を高めることで、より実践的で効果的な管理運営を実現できます。 テナント企業との日常的な協議や交渉に心理学的視点を取り入れることで、これまで見えなかった解決策や新しいアイデアが生まれ、テナント満足度の向上と契約の長期化を促進するでしょう。今後も心理学的アプローチを戦略的に活用しながら、管理品質向上への取り組みを進めてまいりましょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月21日執筆

修繕費用を抑える!築古ビルに適したメンテナンス対応の考え方

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「修繕費用を抑える!築古ビルに適したメンテナンス対応の考え方」のタイトルで、2025年11月20日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次1. はじめに:築古ビルの修繕費用がかさむ理由2. 築古ビルの特性とメンテナンスの基本3. 修繕費用を抑えるための基本戦略4. メンテナンス対応の短期・中期・長期の整理5. 築古ビルの主要設備ごとのメンテナンス方法6.築古ビルの資産価値を高める工夫7.事例紹介8.まとめ 1. はじめに:築古ビルの修繕費用がかさむ理由 築古ビルは、長い年月を経て使用される中で、構造や設備の劣化が進み、徐々に修繕や改修にかかる費用が増大していきます。新築や築浅のビルに比べて頻繁に修繕が必要になる背景にはいくつかの具体的な理由があります。第一に、「老朽化による頻繁な修繕」が挙げられます。建物は時間経過とともに劣化するものであり、特にコンクリートの亀裂、鉄部の錆、配管の腐食、給排水設備の劣化などが起こります。これらを放置すれば、突発的な大きなトラブルを招くため、定期的な補修・交換が必要になり、コストがかさみます。第二に、「技術の進化と規制の変更」があります。技術の進化、社会的要請の変化を受けて、建築基準法や消防法など、法規制は時代とともに厳しくなっています。築古ビルでは新たな規制に適応するための改修が義務化されるケースもあり、その対応に多額の費用がかかります。第三に、「部品供給の問題」も大きな課題です。古いビルでは使用されている設備がすでに市場から撤退し、代替部品が入手困難なことがあります。その場合、特注品や大規模な設備交換を余儀なくされることがあり、費用が想定外に膨らむリスクが生じます。第四に、「人件費の増加」です。近年、修繕に必要な専門的な技術を持った職人が減少しているため、その分作業単価が上昇しています。技術者不足は修繕の品質にも影響し、工事期間の延長やコスト増の要因になっています。 メンテナンス対応の整理の重要性 築古ビルを安定して長期的に運用していくためには、あらかじめ整理、想定したうえでのメンテナンス対応が不可欠です。すべてを綿密に計画することは現実的に難しい場合が多々あるので、あらかじめ整理しておいて、対応できる範囲ではできる限りの計画を立てながら実施していくことが重要です。場当たり的な対応では、予期せぬトラブルに対処できず、大きな費用負担につながる可能性があります。あらかじめ対応を整理して、メンテナンス対応することによるメリットは非常に大きいものです。その一つが「突発的な修繕費を抑えること」が期待できます。定期的な点検を行い、小さな問題の段階で迅速に修繕していくことで、大規模な修繕を避けることが可能となり、コストが平準化され資金繰りも安定が図れます。また、「ビルの資産価値を維持・向上する」うえでも、計画的かつ整理されたメンテナンスは有効です。適切な管理とメンテナンスを施すことで、ビルの快適性や安全性が保たれ、テナントからの評価が高まります。これにより空室率の改善や家賃収入の安定化が期待できます。 修繕費用を抑えることのメリット 修繕費用を抑えることは単なるコスト削減策ではなく、築古ビルを運営していく上での経営戦略そのものです。まず、「キャッシュフローの健全化」が図れるという利点があります。大規模な突発修繕を避けることで、資金計画を明確化し、安定した経営を実現しやすくなります。さらに、「テナントの満足度向上」も見逃せません。日常的に適切なメンテナンスを行うことでビル内の設備が良好な状態に保たれ、快適な環境が提供できます。これは入居テナントの満足度向上と長期入居の促進につながります。最後に、「長期的なビルの延命効果」も大きなメリットです。こまめなメンテナンスで建物を良好に維持し続けることで、耐用年数を伸ばし、収益物件としての運用期間を延ばすことが可能になります。結果的に、ビルの収益性を長期的に向上させることにつながります。このように、対応可能な範囲で計画を立てながらメンテナンスを実施し、修繕費用を抑えることによって、築古ビルを経済的かつ効率的に運用することができます。次章以降では、その具体的な手法と事例を詳細に解説していきます。 2. 築古ビルの特性とメンテナンスの基本 (1) 築古ビルの主な問題点築古ビルは、新築ビルや築浅の物件と比較して、多くの問題を抱えています。特に、老朽化、設備の陳腐化といった課題は、メンテナンスの難易度を上げるだけでなく、コスト増加の大きな要因となります。【老朽化】築古ビルの最大の問題は、建物や設備の老朽化です。時間の経過とともに、建物の構造体や設備は劣化し、修繕の必要性が増していきます。・構造体の劣化:コンクリートのひび割れ、鉄骨の腐食、外壁や屋根の損傷などが進行。・設備の消耗:給排水設備や電気設備の劣化により、水漏れや電圧不安定などのトラブルが発生。・修繕コストの増加:老朽化が進行すると、定期的な軽微な修繕では対応できず、大規模な改修が必要になる。築古ビルの管理では、この老朽化をいかに遅らせ、修繕費用をコントロールするかが大きな課題となります。【設備更新の必要性】築古ビルの設備は更新時期を迎えているものが多く、現代のオフィス環境の要求に適合しないケースが増えています。特に、電気設備や空調設備はエネルギー効率や快適性が低くなり、競合ビルと比べると見劣りすることがあります。• 照明設備:蛍光灯や白熱灯を使用しているビルでは、LED化が求められる。LED化により、電気代の削減やメンテナンスコストの低減が可能。• 空調設備:エアコンの更新時期が過ぎたままだと、エネルギーコストの増加や快適性の低下につながる。こうした設備の陳腐化は、単に使えるかどうかだけでなく、現代のビジネス環境に適応するかどうかが重要です。適切な設備更新を計画的に行うことで、築古ビルの価値を維持し、競争力を確保できます。(2) よくあるトラブル築古ビルでは、日常的に発生する軽微なトラブルから、老朽化を背景とした深刻な問題まで、さまざまなトラブルが発生します。軽微なトラブル対応蛍光灯が切れた、蛇口のパッキン交換が必要になったといったレベルの問題は、テナント自身が対応できる場合もあります。一方で、照明器具の安定器の不具合や給排水設備の大きな漏水など、管理会社の対応が必要になるケースも少なくありません。こうした軽微なトラブルでも対処の遅れはテナントの満足度低下につながります。迅速な管理対応によって、より大きな問題を未然に防ぐことができます。築古ビルで最も多いトラブルの一つが漏水です。漏水は、突発的に発生することが多く、発見が遅れると深刻な事態に発展する可能性があります。配管劣化による水漏れ築古ビルで使用されている配管は、鉄製などの場合、長期使用で腐食や詰まりが生じやすく、最終的には破損に至るリスクがあります。• 赤水:錆びた成分が水に溶け出し、水が赤く変色。• 悪臭:内部腐食や詰まりによって不快なにおいが発生。• 破損:劣化に伴い配管がひび割れや破裂を起こし、漏水事故へ発展。階下のテナントにまで漏水が及ぶと、大規模な被害や補償問題に発展する可能性があります。定期的な点検や早めの配管交換が欠かせません。屋上や外壁からの漏水屋上や外壁の防水処理が劣化すると、雨漏りが発生しやすくなり、天井や壁、電気設備にも影響が及びます。• 防水シートやシール材の劣化が主な原因。• 見えない部分の水漏れが進行すると、内部の鉄筋が錆びて建物の強度が低下。• 最悪の場合、大規模な補修が必要となり費用も大きく膨らむ。小さな雨漏りでも早期の点検と補修が必要で、定期的な防水施工の更新が重要です。建具のトラブル(ドアのガタツキ・鍵の不具合)築古ビルでは、経年による建物の歪みや長年の使用による摩耗で、ドアや鍵の不具合が多く見られます。• ドアが閉まりにくい:ヒンジの緩みやドア枠の歪みが原因。• 異音がする:開閉時の「ギィギィ」という音がテナントにストレスを与える。• 鍵がかかりにくい:摩耗による機構不良で、セキュリティにも不安が生じる。エントランスや共用部のドアが不具合を起こすと、テナントの評価が下がり、建物全体のイメージダウンにもつながります。早めの調整や部品交換が欠かせません。築古ビルでは、こうした軽微なトラブルが日常的に起こり、それを放置すると深刻な問題へ発展するリスクが常に存在します。特に水回りや建具の問題は、テナントの満足度と直結するため注意が必要です。(1) 定期的な点検を実施し、問題を早期発見。(2) 修繕の優先順位を決め、コストを抑えつつ計画的に対応。(3) 小さなトラブルでも迅速に対処し、大きなトラブルを未然に防止。これらを徹底することで、修繕コストを抑えながら築古ビルの価値を維持・向上させることが可能です。(3) メンテナンスの種類築古ビルのメンテナンスには、大きく分けて「予防保全」「事後保全」「改修」の3種類があります。それぞれの特徴を理解し、適切に活用することが、修繕費用を抑えながら建物の価値を維持する鍵となります。1.予防保全故障や劣化が起きる前に、計画的な点検や修繕でトラブルを予防するメンテナンス手法です。当社の場合は社内の営繕チームと連携し、予防保全を進めることで大規模修繕の発生を抑え、修繕コストの平準化を図ることができます。(予防保全の具体例)・屋上防水の定期点検と再施工:築古ビルでは、屋上の防水シートやシール材が劣化し、雨漏りの原因となることが多いため、数年ごとに点検・補修を行う。・エアコンの定期メンテナンス:フィルター清掃や冷媒ガスの補充を定期的に実施し、冷暖房の効率を維持。・給排水管の洗浄・薬剤処理:配管内の錆やスケールを除去することで、水漏れや詰まりを予防。・外壁・鉄部の塗装更新:塗装が剥がれると防水機能が低下し、コンクリートの劣化や鉄部の腐食につながるため、定期的な塗装を実施。・共用部の設備点検(エレベーター・防災設備):エレベーターのワイヤーやブレーキ、非常用照明や消火設備を定期的に点検。(予防保全のメリット)・突発的なトラブルを防ぎ、修繕コストを抑制。・建物の資産価値を維持・向上できる。・テナント満足度の向上。2.事後保全設備や建物にトラブルが発生した際に、必要に応じて修繕を行うメンテナンス手法です。故障や劣化が顕在化してからの対応となるため緊急性が高い一方、当社のように社内に営繕チームがある場合は、小規模の応急措置なら柔軟に対応できます。(事後保全の具体例)・漏水事故の修繕:配管の破損や防水層の劣化による水漏れの修理。・電気設備のトラブル対応:照明の安定器の故障や電圧異常への対応。・空調設備の故障修理:エアコンが冷えない、異音がするなどのトラブルに対応。・エレベーターの緊急修理:故障による停止やドア開閉不良の修繕。(事後保全のリスク)・緊急対応が必要になるため、工事スケジュールの調整が難しい。・修繕費用が割高になることがある。・テナントの業務に支障をきたす可能性がある。事後保全の頻度を減らすためには、予防保全を強化し、普段からメンテナンスを整理しておくことが重要です。3.改修老朽化した設備や建物の機能を向上させるために行うメンテナンスであり、ビルの資産価値を向上させる重要な投資=資本支出となります。競争力を維持するため、定期的な改修が欠かせません。(改修の具体例)・照明設備のLED化:蛍光灯や白熱灯をLED照明に変更し、電気代の削減とメンテナンスコストの低減を図る。・エアコンの最新モデルへの更新:省エネ性能の高いエアコンに交換し、電気代の削減と快適性の向上を実現。・外壁の美装・リニューアル:ビルの外観を清潔で現代的な印象にすることで、テナント誘致力を向上させる。・バリアフリー改修:エントランスのスロープ設置やトイレのバリアフリー化など、利用者の利便性を向上させる工事。(改修のメリット)・築古ビルの競争力を維持・向上できる。・テナントの満足度向上と空室率の低減につながる。・エネルギーコストを削減し、ランニングコストを抑える。このように、「予防保全」「事後保全」「改修」の3つをバランスよく組み合わせることで、修繕費用を抑えながら築古ビルの資産価値を長く維持できます。 3. 修繕費用を抑えるための基本戦略 築古ビルの修繕費用を抑えながら、建物の資産価値を維持するためには、計画的なメンテナンスの実施とコストパフォーマンスの最大化が不可欠です。ここでは、無駄な支出を抑えながら必要な修繕を効率的に進めるための基本戦略を示します。(1)計画性を持ったメンテナンスの重要性場当たり的な修繕対応では、突発的な費用が増え、資金繰りにも悪影響を及ぼします。そこで、あらかじめメンテナンス対応を整理し、可能な限り計画的に実施し、費用を分散させることが必要です。・屋上防水の再施工や配管の更新を5年ごとに計画的に実施することで、一度に大きなコストをかけずに済む。・エアコンや給排水設備の更新時期を事前に把握し、早めに予算を確保することで、急な出費を回避できる。・修繕の優先順位を決め、必要最低限の対応に絞ることで、予算を最適化できる。このように、修繕の可能性を事前に予見しながら、計画的に実施することで、コストの最適化を実現し、長期的に安定した建物の運用が可能となります。(2)大規模修繕 vs. 小規模修繕の使い分け修繕工事には、一度にまとめて行う「大規模修繕」と、段階的に実施する「小規模修繕」の2つのアプローチがあります。大規模修繕(まとめて実施する修繕)・コスト削減効果が高い:一度に複数の修繕を行うことで、施工業者の手配や資材調達コストを削減できる。・効率的な作業が可能:例えば、足場を組む必要がある外壁補修を同時に行うことで、足場費用を抑えられる。・計画的な実施が求められる:資金計画をしっかり立てる必要があり、一時的にまとまった予算が必要となる。小規模修繕(段階的に実施する修繕)・コストの分散が可能:数年に分けて分散することで、一度に大きな費用が発生しにくい。・優先箇所のみ対応:特に、劣化が進んでいる箇所だけを先行して補修できる。・突発修繕への対応力向上:予算に余力を持たせ、トラブル時にも柔軟に対処できる。修繕内容や予算に応じて、大規模修繕と小規模修繕をうまく組み合わせることで、修繕コストを最適化できます。(3)コストパフォーマンスを最大化する方法築古ビルの修繕では、費用を最小限に抑えながら、必要な修繕を確実に実施することが求められます。そのためには、以下のポイントを押さえることが重要です。1.修繕の優先順位を決める・安全性に直結する修繕を最優先(耐震補強、配管破損の修繕など)。・放置すると劣化が進む箇所を優先(屋上防水、外壁のクラック補修など)。・美観や利便性向上に関わる修繕は、予算を見ながら計画的に実施。2. 必要最低限かつ実質的な修繕を実施する・効果が曖昧な高機能設備は避ける。・建物や設備本来の機能を維持し、過剰なスペックを求めない。③ 修繕業者の選定を慎重に行う・複数業者から相見積もりを取って適正価格を見極める。・実績のある業者を選び、施工品質を確保しつつ追加費用のリスクを低減。このように、修繕の優先順位を明確にし、適切な業者を選定することで、修繕費用を抑えつつ、必要な改修を確実に進めることができます。 4. メンテナンス対応の短期・中期・長期の整理 築古ビルの維持管理においては、できる限り計画を立てられる部分は計画的に、困難な部分については「対応方法を整理しておく」という柔軟な姿勢が重要です。短期・中期・長期の3つのスパンでメンテナンス対応を整理することで、費用の最適化と建物の寿命延長を両立させることができます。(1)現状把握と診断の方法メンテナンス対応の整理の第一歩は、建物の現状を正確に把握することです。築古ビルでは、目に見える劣化だけでなく、内部構造や設備の老朽化が進行している可能性があるため、定期的な診断が必要です。(定期点検の実施)・日常点検:管理者や清掃スタッフによる簡易的な点検(照明の不具合、漏水の有無、ドアのガタツキなど)。・月次・年次点検:建物全体の外壁、屋上防水、給排水設備、電気設備の確認を実施し、劣化が進行している箇所を記録。・テナントからのフィードバック:実際に使用しているテナントからの苦情や要望を把握し、優先的に対応が必要な箇所を特定。(専門業者による劣化診断)築古ビルでは、管理者による目視での点検だけでは不十分な場合が多いため、専門業者による詳細な劣化診断が求められます。・外壁診断:ひび割れ、浮き、剥離のチェック(タイル張りの場合は打診調査)。・設備診断:配管の腐食状況、電気設備の老朽化、空調機器の性能劣化を確認。こうした診断を通して修繕が必要な箇所を洗い出し、対応策を整理することで、メンテナンス計画の精度を上げられます。(2)短期・中期・長期対応の整理メンテナンス対応は、短期(1年以内)、中期(3~5年)、長期(10年以上)の3つの期間に分けて考えると、整理しやすくなります。(短期対応:小規模な補修)短期間で実施可能な軽微な修繕を中心に対応します。当社の場合、主に、社内の営繕チームが迅速に対応します。・照明器具・電気設備の交換:安定器の故障や点灯不良が発生している箇所の修繕。・給排水設備の点検と補修:水漏れ箇所のパッキン交換や、軽度の配管洗浄。・屋上や外壁の簡易補修:防水シートの部分的な張り替えや、クラック補修。・共用部の清掃と設備点検:エレベーター、エントランスのドアやセキュリティ設備の調整。(中期(3~5年):設備更新の準備を行う)3~5年の先を見越して、必要な設備の更新や改修を計画的に進めます・給排水管の交換・更新計画の策定:鉄製配管の腐食が進行している場合、樹脂管への交換を検討。・空調設備の更新計画:老朽化したエアコンを省エネ性能の高い機器に交換。・蛍光灯の製造中止を見越した、照明器具のLED化。・外壁塗装・補修の実施:防水性能の維持のため、定期的に塗装を行う。・共用部の美観向上:エントランスや廊下の内装リニューアル。(長期計画(10年以上):大規模修繕の計画を立てる)築古ビルを長期的に維持するためには、10年以上のスパンでの大規模修繕計画が不可欠です。・屋上防水の全面改修:経年劣化による防水性能の低下を防ぐため、全面防水工事を実施。・エレベーターの全面リニューアル:部品供給の終了や機械の摩耗により、安全性が低下するため。・外壁の大規模補修:タイル剥落やひび割れが進行した場合の改修。(優先順位の決め方)限られた予算で最適なメンテナンスを行うには、優先順位の明確化が欠かせません。〇安全性を最優先・漏水や配管破損:階下への影響が大きいため放置せず早期対応。・電気設備の異常:火災リスクにつながるため、迅速な修繕が不可欠。〇コストとのバランス・早期修繕の方が安価なケースもある(外壁クラックは放置すると後の補修費が増大)。・不要な高機能仕様は避けることで費用を最小限に抑える。〇緊急性の高さ・漏水やエレベーター故障など、安全上もしくはテナント業務に重大な影響を与えるものには即時対応。 5. 築古ビルの主要設備ごとのメンテナンス方法 築古ビルで特に注意が必要な主要設備としては、「給排水設備」「電気設備」「空調設備」「外壁・屋根」「エレベーター」が挙げられます。ここでは、実際の業務フローや留意点を交えながら、各設備のメンテナンス方法を詳しく解説します。老朽化が進んだ設備には想定外のトラブルも多く、すべてを細かく計画できるわけではありませんが、あらかじめ対応策を整理しておくことが、修繕費用の抑制とビル全体の安定運用につながります。(1) 給排水設備給排水設備は、築古ビルで最もトラブルが起こりやすい部分の一つです。漏水や赤水といった問題が発生すると、テナントからのクレーム対応や階下への補償リスクなど、大きなコスト負担が発生する可能性があります。● 配管の寿命と交換時期給排水管には、主に「鉄管」「銅管」「ステンレス管」「塩ビ管(VP管・HT管など)」などの種類がありますが、築古ビルでは古い鉄管が使われているケースが多く見られます。鉄管は長年の使用により内面が腐食し、赤水や詰まり、最終的には亀裂や破断につながることが少なくありません。●交換時期の目安• 鉄管:20~30年程度が一般的な交換の目安。赤水や漏水などの症状が出始めたら早期交換を検討。• 銅管:30年以上使えるケースもあるが、酸性度の高い水質だと早期腐食に注意。• ステンレス管・樹脂管:腐食リスクが低く、比較的長寿命ではあるが、接合部の劣化やガスケット類の寿命には留意する。●実際の業務での対応①定期点検で錆や水漏れの兆候をチェック(管内カメラ調査などを活用)。②テナントから赤水や水圧低下の報告があれば、局部的な破損箇所を特定して部分交換を検討。③大規模改修のタイミングで配管全体の一斉更新を行うか、コストを分散するためにフロアごと・系統ごとに段階的交換を実施するかを検討。④交換後は、メーカー推奨の点検スケジュールに従って管理。● 日常点検と保全のポイント・日常の巡回で、給水ポンプや各階のパイプシャフト内に水漏れや結露の痕跡がないか確認。・共用部トイレや給湯室の詰まり・水はけの悪さに対処し、原因を早期に特定。・軽微なパッキン交換や蛇口修理は、社内営繕チームで対応可能な場合も多いが、根本的な劣化が疑われる場合は早めに専門業者に連絡して相談。(2) 電気設備築古ビルでは、電気設備の容量不足や経年劣化による火災リスクなども見逃せません。現代のテナントはIT機器を多用するため、ビルの電気設備が時代遅れだとブレーカーの頻繁な落電や配線トラブルを招きます。● 配線のチェックとブレーカーの最適化●配線の経年劣化• 絶縁被膜が硬化・ひび割れを起こすと漏電のリスクが高まる。• 旧式のケーブルが使われている場合、負荷増加に耐えられないケースがあるため注意が必要。●ブレーカーの容量と適切な配置• テナントの増設機器(サーバー、空調設備など)に合わせて、ブレーカー容量の見直しを行う。• 分電盤内部の結線ミスや焼損を防ぐため、定期点検を実施。• 不要な回路や老朽化したブレーカーを放置すると、思わぬトラブルの原因となる。●実際の業務での対応①年次点検で分電盤や幹線の温度測定を行い、過熱や異常値が出ていないかをチェック。②テナントが新たに高負荷の機器を導入する際は、ビルの受変電設備や幹線の容量に余裕があるかを事前に確認。③ブレーカーが頻繁に落ちるようであれば、負荷分散や容量アップを検討し、必要に応じて配線経路の変更を行う。④古い蛍光灯の安定器やトランス類も定期的に見直し、更新することで電気事故や火災リスクを低減。(3) 空調設備空調設備はテナントの快適性を左右する重要な要素です。築古ビルでは老朽化したエアコンを長年使い続けているケースが多く、エネルギー効率の低下や故障リスクの高まりにつながります。● 定期清掃とフィルター交換●フィルターや熱交換器(コイル)の清掃• フィルターが目詰まりすると運転効率が下がり、電気代が増加。• 熱交換器に埃が溜まると冷暖房能力が落ち、故障リスクも高まる。● ドレンパンやドレン配管の定期点検• 目詰まりにより水がオーバーフローして漏水事故の原因となる。• 築古ビルでは配管自体が劣化している場合もあるので、清掃と同時に腐食状況を確認。●実際の業務での対応月次点検でフィルター掃除を実施、交換が必要な場合は在庫を把握したうえで速やかに交換する。冷暖房の切り替え時期(春・秋)にあわせて、室外機や冷却水系統の点検を強化する。エアコン本体の経年劣化が顕著な場合は省エネタイプへの更新を検討。初期投資はかかるが、中長期的には光熱費や修理費の削減効果が見込める。(4) 外壁・屋根外壁や屋根は築古ビルの耐久性に直結する重要部分です。雨風や紫外線に長期間さらされるため、定期的な防水処理や塗装を怠ると大規模な修繕が必要になる場合があります。● 防水・塗装・クラック補修●防水•屋上防水層のひび割れやシール材の剥離は、雨漏りの直接的な原因となる。•定期的に点検し、劣化が見られる箇所は部分的な補修を行い、大規模改修の時期に合わせて全面再施工を検討。●塗装•塗装は防水機能と美観を兼ねる。塗料の耐用年数を過ぎて剥がれが進行すると、外壁内部に水が侵入しやすくなる。•足場を組むコストを抑えるため、外壁塗装と同時にタイルの浮き・剥落補修を行う事例も多い。●クラック補修•モルタル壁やコンクリート面のクラックが深刻化すると、建物の耐久性に影響が出る場合がある。•打診調査や赤外線調査などを活用し、表面化していない下地の浮きや剥離の兆候を把握する。実際の業務での対応•建物外周の定期巡回を行い、ひび割れや塗装剥がれ、タイルの浮きをチェック。•小規模なクラックや塗膜剥がれは部分補修で対応し、傷口を広げないようにする。•大規模修繕計画が設定されている場合は、それに合わせて、外壁全面足場の設置・補修・塗装工事を実施。•屋上の防水シートやシール材は定期的に耐久試験を行い、寿命が近いものは早めに打ち替えを検討。(5) エレベーターエレベーターは利用者の安全と利便性に直結する設備です。築古ビルでは古い制御装置や機械部品を使い続けているケースが多く、故障リスクや安全面での不安が大きくなります。● 安全点検とリニューアルの判断基準●定期点検と法定検査•エレベーターは法律で定められた定期検査が義務化されており、認定検査機関による点検が必須。•ワイヤーロープの摩耗、ブレーキ装置の動作確認、戸閉装置の安全装置などを入念にチェック。●リニューアルや主要部品の交換•制御盤が旧式の場合、部品供給が困難となり修理費が高騰するリスクがある。•定期検査で異常が多発するようなら、昇降機メーカーと相談して基幹部品の更新や全体リニューアルを検討。•省エネ化を目的としたモーターや制御システムへの交換も、長期的には光熱費削減につながる。●実際の業務での対応①月例の保守契約を締結し、専門業者の巡回点検で異常の早期発見を図る。②エレベーターに不具合があれば即時に管理会社へ連絡し、利用者の安全確保を最優先に対応。③20年以上経過している場合は、制御装置を最新式に更新する「モダニゼーション工事」を検討。④改修費が高額になる場合はリース契約や延払方式も視野に入れ、資金計画を立てやすい方法を選ぶ。老朽化した設備は、どれも「小さな異常が大きなトラブルにつながりやすい」という共通点があります。したがって、築古ビルでは「すべてのメンテナンスを常に完璧に計画する」のは難しいとはいえ、以下のようにあらかじめ対応の流れや優先順位を整理しておくことが欠かせません。①日常点検・巡回で早期発見を徹底する。②予防保全を軸に据え、事後保全は最小限に抑える。③大規模改修のタイミングを見極め、同時施工でコストを削減。④設備のリニューアル判断を先送りせず、長期的視点から適切な時期を見定める。こうした実務における工夫を積み重ねることで、修繕費を抑えつつ築古ビルの資産価値を保ち、テナント満足度の向上と収益の安定化を実現しやすくなります。 6.築古ビルの資産価値を高める工夫 修繕費用を抑えながらも、ただ修理するだけではなく「修繕と同時に資産価値を高める」という考え方を取り入れることで、築古ビルをより魅力的な物件に仕上げることができます。本章では、ビルの価値向上を図るための具体的な取り組み事例を紹介します。(1) 修繕と同時に資産価値を向上させる方法【デザイン性の向上】●外観リニューアル•外壁の塗装工事を行う際に、単なる補修にとどまらず、築古ビルのイメージ刷新を踏まえてのカラーリングを意識する。•タイルやパネルを部分的に追加・貼り替えることで、築年数を感じさせないモダンなデザインへの刷新の可能性も検討。●エントランスや共用部分のイメージアップ•古くなったエントランスドアや看板をデザイン性の高いものに交換する。•床材や壁材を、清潔感や高級感のある素材に更新するだけで印象が大きく変わる。デザイン面を意識した改修は、単に見た目を良くするだけでなく、テナントの満足度向上や新規テナントの誘致に大きく貢献します。また、築古ビル特有のレトロな雰囲気を活かしたデザインにすることで、差別化を図ることも可能です。【省エネ改修】●断熱性能の向上•窓サッシやガラスを断熱性の高いものに交換し、室内温度の安定と省エネ効果を狙う。•屋上や外壁に断熱材を追加することで、空調負荷を軽減して光熱費を削減。●設備の省エネ化•蛍光灯や白熱灯をLED照明に替えることにより、電力使用量を大幅に低減できる。•空調設備や給排水設備を高効率タイプへ更新することで、テナントのランニングコストを削減。省エネ改修は、修繕工事のタイミングと合わせて計画することで、工事費や足場費用を削減しながらビルの長期的な運用コストを抑える効果があります。加えて、エコビルディングのイメージアップにもつながり、企業イメージを重視するテナントを獲得しやすくなります。(2) 空室対策としてのリノベーション築古ビルでは、老朽化によるイメージダウンや設備面の不満などが原因で空室が増えるケースが少なくありません。しかし、空室対策として「リノベーション」を行い、テナントニーズに合わせた改装を実施することで、資産価値の向上と高い稼働率を維持することが可能になります。【レイアウト変更】●フロアプランの見直し•かつての区画割が現代の働き方に合わない場合、壁の配置を再構築してオープンスペースや小規模ブースを設ける。•テナントが必要とする会議室やコラボレーションスペースを柔軟に設置できるよう、汎用性のあるレイアウトを検討。●スケルトン工事の活用•テナントが内装を自由にカスタマイズできるよう、スケルトン状態で貸し出す形態を検討。築古ビルは柱や梁の配置が複雑な場合もありますが、これを逆手に取り、個性的な内装・レイアウトとして活用することで「古さ」を「味わい」に変えることができます。【 共用部の改善】●エントランス・廊下・トイレのリニューアル•ダークトーンやタイル調の床材、スタイリッシュな照明などを導入し、時代に合ったデザインで空間の印象を一新。•トイレの老朽化が進んでいる場合は、内装・衛生設備をまとめて更新し、テナントに好印象を与える。●防犯・セキュリティ機能の強化•オートロックや監視カメラを追加することで、安心感を重視するテナントにもアピール。• 共用部の照明強化やカードキー導入など、防犯対策がしっかりしていることで入居意欲を高められる。共用部の印象はテナントがビルを選ぶ際の重要な判断要素の一つです。エントランスの清潔感や廊下・トイレの快適さ、防犯性能の高さなどを改善することで、ビル全体のグレードを底上げし、高付加価値を提供できるようになります。 7.事例紹介 築古ビルのオフィス賃貸においては、成功事例・失敗事例を学ぶことが、計画的な修繕やメンテナンスの重要性を具体的に理解し、運用に活かすうえで大いに役立ちます。本章では、実際のオフィス賃貸ビルにおける事例をもとに、計画的な修繕で長寿命化・収益安定に成功した例と、場当たり的対応が大きなリスクを生んだ例を紹介します。 (1) 成功事例:計画的修繕で長寿命化を実現 ● 事例A:築40年超の賃貸オフィスビルで大規模修繕に成功●背景• 築40年以上が経過した地上8階建ての賃貸オフィスビル。外壁タイルの剥がれや漏水トラブルが発生し始め、テナントの信頼性が徐々に低下していた。• 大規模修繕に踏み切る前に、外壁や屋上防水、設備配管などの専門的な診断を実施し、修繕の優先順位を短期・中期・長期で整理する計画を立案。●対応内容大規模改修計画の策定• 診断結果を踏まえ、外壁補修と屋上防水の再施工を最優先に設定。同時に老朽化したエアコン・給排水管・照明設備も更新時期を整理。• 足場を組む期間を短縮するため、外壁補修と屋上防水工事を同じ工期にまとめることでコストを削減。資金計画の見直し• 修繕積立金だけでなく、金融機関からの低金利融資を活用して資金を一度に確保。• テナントからの要望が多かった共用部リニューアル(エントランス・トイレ改修)についても同時に実施。省エネ改修の導入• 古い蛍光灯をLED照明に置き換え、ビル全体の電力使用量を低減。• エアコンの室外機や室内機を省エネタイプへ更新し、テナントの電気代負担を抑制。●成果• 水回りや漏水対策が強化されたことで、トラブル件数が大幅に減少。• 外壁や共用部の外観がリフレッシュされ、ビルのイメージアップに成功。テナントの入居率が向上し、退去も減少傾向に。• LED照明・省エネエアコンの導入によりランニングコストが削減され、オーナー・テナント双方の満足度が高まった。• 大規模修繕でまとまったコストがかかったものの、将来的な修繕費の平準化や空室対策効果が大きく、投資メリットが高い結果となった。● 事例B:段階的修繕でコスト分散を図った賃貸オフィスビル●背景• 築30年の賃貸オフィスビル。テナントにIT企業が増えたことで、電気容量や空調能力に対する負荷が高まり、徐々に不具合が発生していた。• 一度に大規模工事を行うだけの修繕積立金は確保しておらず、フロアごとの段階的工事を検討。●対応内容フロア別に優先度設定• 漏水や配管劣化が懸念されるフロアの点検を最優先し、必要に応じて部分交換を実施。• 各テナントの更新時期に合わせて、そのフロアの電気・空調設備をリニューアルし、退去を伴う大掛かりな工事を回避。分割工事によるコスト分散• 3~5年スパンで修繕を進める計画を策定。複数回に分けて工事を実施し、一度に大きな資金流出が起きないようにした。• 外壁塗装や屋上防水など足場が必要な工事は一括で行い、足場設置費用を削減。共用部のリニューアル• エントランスの内装と照明を刷新し、テナントや来訪客に与える印象を改善。• トイレの老朽化が顕著なフロアから順に、バリアフリー化や衛生設備更新などを実施。●成果• 段階的に修繕を行うことで、オーナーのキャッシュフロー管理が容易になり、予想外の出費を最小限に抑制。• 既存テナントとの話し合いを密に行い、工事期間中の業務への支障を軽減。結果的に退去リスクが低くなった。• フロア改修のたびに電気・空調設備が最適化され、テナントの満足度や生産性向上につながった。 (2) 失敗事例から学ぶポイント:場当たり的修繕のリスク ● 事例C:計画性のない修繕で高コスト化してしまった賃貸オフィスビル●背景• 築35年の中型賃貸オフィスビル。以前から配管周りの漏水や外壁の一部剥落など軽微なトラブルが散発していたが、その都度応急修理のみでしのいでいた。• テナントからのクレームが増え始めた頃に大規模修繕を検討するも、資金準備や調査が不十分なまま着手。●問題点と経緯点検不足と無計画な修繕• 定期診断をほとんど実施せず、部位ごとの状態を把握していなかった。• 大規模修繕の際に、想定していなかった腐食や断熱材の劣化が見つかり、追加工事費用が大幅に発生。テナントとの調整不備• 工事期間や内容についてテナントへの説明が不十分で、一部フロアで騒音や振動による業務支障が問題化。• それに伴うテナントの退去が発生し、賃料収入が減少。資金繰りの混乱• 修繕積立がほとんどなく、急遽融資を受けるが金利条件が悪く、返済負担が重くのしかかる。• 修繕が完了する前に予算を使い切り、外壁の一部や共用部改修は未完了のまま。●結果と教訓• 場当たり的修繕の積み重ねにより、長期的には大きな費用負担を強いられることになった。• テナントへの十分な説明がなく、退去リスクを高めてしまい、空室による収入減と修繕費増の「負の連鎖」に陥る。• 長期的な修繕計画と資金準備が欠かせず、定期的な診断・点検を怠ると想定外の箇所で追加コストが膨らむ。● 事例D:改修タイミングを誤ったことで機会損失に陥った賃貸オフィスビル●背景• 築20年の賃貸オフィスビル。立地が良く長年満室が続いていたため、修繕計画の策定は後回しにされていた。• テナントから「空調の能力不足」や「老朽化したトイレへの不満」が頻繁に挙がっていたが、「大きなトラブルがない」という理由で工事を先送りに。●問題点と経緯大規模空調トラブルの発生• 夏場の冷房ピーク時に空調設備が故障し、修理に必要な部品の供給がすでに終了していたため、高コストの特注部品対応に追い込まれた。• 一時的に冷房が止まったフロアでは、テナントが業務に支障をきたし、賠償トラブルが浮上。テナント満足度の低下• トイレの老朽化も改善されず、不衛生感がテナントや来訪客の不満を募らせた。• 従来満室だったものの、更新時期を迎えたテナントが他の物件へ移転。高稼働率を支えていた主要企業の退去がビル経営を直撃。修繕時期の後手• トラブル発生後に急いで修繕を試みるも、業者の繁忙期にぶつかり思うようにスケジュールが組めず、結果としてさらに工事費が割高に。• 修繕費の膨張とテナント退去が重なり、収益が急落。●結果と教訓• 賃貸オフィスビルの立地の良さにあぐらをかき、老朽化への対策を先送りにした結果、一度に大きな出費を余儀なくされた。• 主要テナントを失い、稼働率低下による賃料収入ダウンで資金計画に狂いが生じる悪循環に陥った。• 設備の寿命やテナントのニーズを常に把握し、予防的な改修を計画的に行うことの重要性が浮き彫りになった。 8.まとめ 本コラムでは、築古ビルの修繕費用を抑えつつ、建物の価値やテナント満足度を維持・向上させるための基本的な考え方を解説しました。築古ビルならではの老朽化や設備陳腐化によるコスト増を回避するには、以下のポイントが重要となります。①築古ビル特有の課題の理解A)老朽化による修繕頻度の増加や規制強化への対応、部品供給の問題など、新築・築浅にはない独自のリスクが存在する。こうしたリスクを把握することで、突発的な高額出費をなるべく防ぐことが可能。②メンテナンス対応の整理・計画性の確保A)場当たり的な修繕に頼らず、短期・中期・長期に分けたメンテナンス対応の整理がカギ。B)優先順位を明確にし、安全性や漏水リスクなど緊急度の高い箇所から着実に補修することで費用の集中を回避できる。③修繕費を抑えるための基本戦略A)予防保全・事後保全・改修をバランスよく組み合わせることで、修繕タイミングを管理し、コストを平準化。B)大規模修繕と小規模修繕の使い分けにより、効率的に工事を実施しつつ、テナントへの影響を最小限にする。④主要設備ごとのメンテナンスのポイントA)給排水設備:漏水や赤水のリスクは深刻化しやすいので、早期点検と配管交換の計画が必要。B)電気設備:負荷増大や経年劣化による火災リスクへの備え、ブレーカー容量の見直しなどが重要。C)空調設備:フィルター清掃や更新時期の管理を徹底し、ランニングコスト削減にも寄与させる。D)外壁・屋根:防水処理や塗装の劣化を放置すると、大規模改修や漏水被害のリスクが急増。E)エレベーター:部品供給や安全面に留意し、制御装置などのモダニゼーション(リニューアル)を検討する。⑤修繕と同時に資産価値を高める取り組みA)外観やエントランスのリニューアル、省エネ設備の導入などにより、テナント満足度や空室対策に効果がある。B)改装を活かしてレイアウト変更やセキュリティ強化を行うことで、時代に合った機能性と魅力を付加できる。⑥成功事例・失敗事例から得られる教訓A)計画的な診断と修繕が行われた物件では、大規模修繕をうまく活用して長期的な費用削減やテナント満足度アップにつなげることができる。B)一方、場当たり的な対応を続けたり、改修時期を誤ったビルでは、想定外の追加費用や大口テナントの退去といった大きなダメージを受けるリスクが高い。総じて、築古ビルを安定運用するためには「いかに計画を持ってメンテナンスを整理できるか」が重要な鍵となります。短期的な修繕と長期的な改修計画を組み合わせ、コストを平準化すると同時に、建物価値を高める施策を取り入れることで、老朽化に負けない競争力の高い物件づくりが実現できるでしょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月20日執筆

東京のビルマネジメント会社10社|現役ビルメンが厳選!

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの星野と申します。この記事は『東京のビルマネジメント優良企業10社|現役ビルメンが厳選!』のタイトルで、2025年11月19日に執筆しました。少しでも皆様のお役に立てる記事になれば幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。本記事では、ビルマネジメント会社に所属する設備管理担当(現役ビルメン)の視点から、プロパティマネジメント(PM)・リーシングマネジメント(LM)部門の重要性と、ビルメンテナンス部門との連携の意義について考察します。また、東京に本社または主要拠点を置き、PM・LMの業務に強みを持つ優良なビルマネジメント企業10社を厳選し、それぞれの特徴・強み・評価を紹介します。収益最大化や空室対策、テナント対応力に優れた企業を取り上げますので、建物オーナーの皆様が管理会社を選定する際の参考になれば幸いです。最後に、ビルメン担当者から見た「全体最適なPMのあり方」を述べ、記事を締めくくらせていただきます。それでは、目次をご覧ください。 目次1. はじめに2. ビルマネジメントにおけるPM・LMの役割と収益への影響3. ビルマネジメント会社選びの失敗例4. 大手・中堅・地域密着型PM会社の特徴比較と選び方5.東京のビルマネジメント優良企業10社紹介6. ビルメン担当者から見た「全体最適なPMのあり方」7. まとめ8.株式会社スペースライブラリ紹介 1. はじめに ビルの所有・運営において、「建物を適切に維持管理すること(BM)」と「テナント誘致や収益管理を行うこと(PM・LM)」は車の両輪であり、どちらか一方が欠けてもビル経営はうまくいきません。設備や清掃などハード面を万全にしても空室だらけでは収益は上がりませんし、テナントを誘致しても設備不良や対応の悪さで満足度が下がれば退去が増え、結果的に賃料収入の低下へとつながります。私はビルマネジメント会社で設備管理を担当する現役ビルメンテナンス部門に所属しております。日々の業務を通じ、プロパティマネジメント部門(PM)との連携がいかに大切か実感しています。テナントからのクレームに迅速に対処するためにはPMとBM(ビルメンテナンス)担当者の密な情報共有が不可欠ですし、長期的な修繕計画やリニューアル工事もPM部門の収支計画と歩調を合わせて進める必要があります。現場のビルメンとして、「テナント満足度の向上こそが長期的な収益安定につながる」と痛感する毎日です。本記事ではまず、PM・LMの基本的な役割とビル収益への影響について整理します。その上で、実際に管理会社選びで起こりがちな失敗例を紹介し、どのように避けるべきか考えてみます。また、大手から中堅、地域密着型までPM会社の規模別の特徴にも触れ、自身の物件に適したパートナーの選び方を解説します。そして、東京エリアで実績を上げているPM・LMに強いビルマネジメント企業10社を現場目線で厳選してご紹介します。テナントリーシング力、収益改善提案力、市場分析力、修繕計画の提案力、テナント対応力などに優れた企業ばかりです。それぞれの特徴・強みと具体的なエピソードを2〜3段落程度でまとめています。最後に、ビルの現場管理を担う者の立場から「ビル全体の最適化を図るPMのあり方」について提言し、記事を締めくくります。あくまで私はビルメンテナンスに携わる人間ですので、詳細な分析や専門業務の重箱の隅をつつくようなご説明には足りないかもしれませんが、BM目線でわかりやすくお伝えできればと思います。ビルオーナーや管理担当の皆様にとって、本記事がより良いパートナー選びとビル経営改善の一助となれば幸いです。それでは本題に入りましょう。 2. ビルマネジメントにおけるPM・LMの役割と収益への影響 まずは、プロパティマネジメント(PM)とリーシングマネジメント(LM)の役割について整理します。PMとは物件オーナーの代理として不動産の価値維持・向上と収益最大化を目的に、建物運営全般を管理する業務です。賃料設定やテナント選定、契約管理、収支計画の策定、テナントからの要望・クレーム対応、さらには建物の維持管理計画の立案まで、多岐にわたる業務を担います。要するに「オーナーの代行として資産を管理して運営する」のがPMです。一方、LM(リーシングマネジメント)はPM業務の中でも特にテナント誘致と空室対策に特化した領域を指します。具体的には、空室情報のマーケティング、仲介業者との連携による幅広いテナント募集、内見対応、賃貸条件交渉、新規契約や更新・解約手続きなどを行います​。空室期間を可能な限り短縮し、適正な賃料で埋めることがLM担当者の使命です。ビル収益への影響という観点では、PM・LM両者とも極めて重要です。PMは収入を最大化し支出を適正化する司令塔として機能し、LMは賃料収入そのものを確保する最前線です。例えば、PMが市場相場を無視して高すぎる賃料設定を行えば空室が埋まらず収益機会を逃しますし、逆に低すぎる設定では満室になっても本来得られたはずの収益を損ねます。適切な市場分析に基づく賃料設定と募集戦略が必要です。また、既存テナントの満足度向上策を講じて退去率を下げるのもPMの重要な役割です​。テナント対応が丁寧であれば契約更新率が上がり、空室リスクとリーシングコストの低減につながります。さらに、PM担当者はオーナーに対して定期的に収支報告や改善提案を行います。例えば「共用部リニューアルによる物件価値向上提案」や「空調設備の省エネ改修によるランニングコスト削減提案」など、収益改善策を主体的に提案できるPMはオーナーから信頼されます​。LMの取り組みもダイレクトに収益を左右します。空室をいち早く埋めるリーシング戦略は言うまでもなく収入増に直結しますし、誘致するテナントの業種や質も重要です。例えば、ビルの格に見合わないテナントばかりでは他の入居者の満足度が下がり、将来的に賃料下落や退去を招く恐れがあります。LM担当者は単に空室を埋めるだけでなく、物件の魅力やブランドを維持できるテナントミックスを考える視点も求められます​。飲食店ばかり入れてビル内の環境が悪化すればオフィステナントが敬遠する、といった事態も起こりえます。したがって、短期的な賃料収入と長期的な資産価値維持のバランスを取ることがPM・LMには求められます。ビルメンテナンスの現場から見ると、PM・LM部門がしっかり機能しているビルは「収益性が高く、維持管理にも余裕が持てる」傾向があります。ビルオーナーや運営管理の目的により異なる場合もありますが、収益が安定していれば適切な修繕や設備更新に予算を充当できますし、テナントからの要望にも迅速に検討、対応できます。その結果さらにテナント満足度が向上し、好循環が生まれます。一方でPMが不在だったり未熟だったりするケースでは、場当たり的な管理になりがちです。ビルメンテナンス担当者としても、優れたPM担当者と二人三脚で取り組むことでお互いの専門分野を最大限活かせると感じています。 3. ビルマネジメント会社選びの失敗例 建物の管理会社を選ぶ際、PM・LMの力量を見極めることがいかに大切か——それは過去の失敗事例からも明らかです。ここでは、実際によくある失敗パターンをいくつか挙げてみます。失敗例①: 空室が埋まらず収益悪化ある地方在住のオーナーA様は、東京の自社ビル管理をビルメンテナンス主体の会社に任せていました。この会社は設備管理や清掃には定評があったものの、テナント募集はオーナー任せ。同社にリーシング専門の部署がなく、空室発生時は積極的な募集活動が行われませんでした。その結果、新築時はほぼ満室だったビルが数年で空室だらけに。稼働率は50%台にまで落ち込み、賃料収入は激減…。オーナーA様は慌てて外部の不動産仲介業者に声を掛けましたが、空室期間が長引いたフロアは内装も老朽化し、募集条件の引き下げや原状回復工事の追加負担が必要になる始末でした。これは「リーシング力不足の管理会社に任せた失敗例」と言えます。設備管理自体は問題なくても、空室対策が後手に回ればビル収益はたちまち悪化する典型例です。失敗例②: テナント対応の拙さから優良テナントが流出オーナーB様のビルでは、一等地にあるにもかかわらず優良テナントの退去が相次ぐ事態が起きました。原因を探ると、委託先のPM担当者が頻繁に交代し、テナントからのクレームや要望への対応が遅れていたことが判明しました。空調の不調や照明トラブルなど日常的な不具合報告に対し、PM担当がテナント窓口として機能せず放置してしまい、結果として現場のビルメンテナンススタッフが状況を把握していない、という事態が繰り返されていたのです。「依頼しても返事がない」「約束の期日までに修理が終わらない」と不満を募らせたテナントは契約更新をせずに退去。オーナーB様は賃料収入という果実を優良テナントごと失う結果となりました。このケースでは、管理会社自体は大手でしたが社内のPM・BM連携が不十分であったこと、テナント対応力に問題があったことが失敗の原因です。信頼を損ねてからでは手遅れで、いくらその後募集を頑張っても「対応が悪いビル」という評判は簡単には覆せません。失敗例③: 市場分析不足で賃料下落を招く別の事例では、オーナーC様が長年任せていた管理会社が周辺市場の賃料動向を把握していなかったために損失を被りました。築20年超の中規模オフィスビルで、テナント入替のタイミングが訪れた際、本来であれば適切な賃料改定を行うべきでした。しかし管理会社は旧来からの賃料水準に固執し、周辺相場より2割も高い募集条件を提示。案の定テナントは決まらず空室期間が長期化しました。結局、半年後に条件見直し(大幅賃料ダウン)を余儀なくされ、さらに空室期間中の機会損失も加わってトータルの収益は大きく減少しました。逆に、景気悪化で相場賃料が下がっていたにもかかわらず対応が遅れ、既存テナントから「他ビルより高い」と不満を持たれて退去されてしまうケースもあります。市場分析力や賃料設定の戦略欠如は、このように収益機会の逸失やテナント離れを招く失敗につながります​。経験豊富なPM担当者なら、周辺の供給動向や競合物件の賃料水準を常にチェックし、早め早めにオーナーへ提案を行うものです。そうした助言がない管理会社だと、適切なタイミングを逃しやすいのです。失敗例④: コスト削減優先で建物価値が低下最後に、目先のコスト削減を優先するあまり長期的な資産価値を毀損した失敗例にも触れておきます。オーナーD様は管理料の安さを謳うある中小管理会社に変更しました。当初は「経費が減った」と喜んでいたものの、その会社は人件費節約のため巡回頻度を減らし、清掃も必要最低限しか行いませんでした。さらに故障対応も都度安価な応急処置に留め、本格的な修繕提案は皆無。数年経つとビル全体がどことなく荒れた印象となり、内覧に来たテナントから敬遠されるケースが増えてしまいました。照明のチラつきや汚れた共用部は潜在顧客にマイナスイメージを与えます。結局、空室率が上昇し賃料単価も下落傾向に…。オーナーD様は慌てて元の管理会社とは別のしっかりした会社に再委託し、遅ればせながら設備更新や大規模清掃を実施する羽目になりました。「安かろう悪かろう」の管理では、短期的なコスト削減分をはるかに上回る収益悪化を招きかねないという教訓です。以上のような失敗例から学べることは、管理会社選びではPM・LMの力量やサービス品質を見極めることが極めて重要だという点です。単に管理料の安さや知名度だけで選ぶと、思わぬ落とし穴があります。また、委託後もオーナー自身が定期的にコミュニケーションを取り、状況を把握することが大切です。「任せきり」で気づいた時には手遅れ…とならないよう、信頼できるパートナーを慎重に選びましょう。 4. 大手・中堅・地域密着型PM会社の特徴比較と選び方 ビルマネジメント会社(PM会社)と一口に言っても、その規模や得意分野は様々です。大きく分けると「大手総合不動産系」「独立系中堅」「地域密着型中小」のカテゴリーがあり、それぞれにメリット・デメリットがあります。現役ビルメンの視点から、それぞれの特徴と選定ポイントを比較してみましょう。▶ 大手PM会社の特徴(例:大手デベロッパー系列、不動産大手グループなど)メリット: 規模の大きさゆえの安心感と充実したサービス網が最大の強みです。オフィスビルから商業施設、住宅まで幅広い物件を扱っている会社も多く、豊富な実績と高度な専門知識を蓄積しています。各分野の専門部署(リーシング専門部隊、法務・契約管理部門、設備技術部門など)が社内に揃っており、ワンストップで質の高いサービス提供が可能です。また、親会社が大手不動産デベロッパーの場合、ブランド力と信用力がテナント募集にもプラスに働きます。「○○不動産系列が管理しているビル」というだけでテナントに安心感を与えるケースもあります。さらに、財務基盤がしっかりしているため多少のコストをかけてもハイレベルな提案や最新システム導入ができ、オーナーへの報告体制も整然としている傾向があります。デメリット: 一方で、組織が大きい分画一的で融通が利きにくい面が指摘されることもあります。マニュアルやルールが厳格すぎて現場の柔軟な判断がしにくかったり、オーナーから細かな要望を出しても「規定外」と断られてしまうことがあります。また、管理料は中小に比べて高めに設定される傾向があります。大手ゆえに小規模物件にはあまり積極的でない場合もあり、ビルの規模によってはサービスがオーバースペックだったり、逆に優先度が低く後回しにされる懸念もあります。担当者が頻繁に異動するケースも多く、「せっかく信頼関係を築いたのに担当が変わってしまった」という声を聞くこともあります。選び方のポイント: 大手を選ぶ際は、自身の物件規模や用途がその会社の得意分野にマッチしているか確認しましょう。例えばオフィスビル管理を数多く手掛けている会社であればオフィスリーシング力に期待できますし、大規模商業施設の実績豊富な会社ならテナント誘致ネットワークが強みです。また担当者との相性も重要です。大手でも実際動くのは人ですから、打ち合わせ時の対応や提案内容から「信頼できる担当者か」を見極めてください。組織力と担当者力、その両方が備わっているかが鍵です。▶ 独立系中堅PM会社の特徴(例:不動産グループに属さない独立系、商社系、外資系など)メリット: 独立系や中堅規模のPM会社は、専門特化や柔軟な対応で勝負しているところが多くあります。例えばオフィスビル管理専門会社、商業ビルに特化した会社、外資系でグローバル企業対応に強い会社などです。こうした企業は規模では大手に及ばなくても、その分機動力や提案力で差別化しています。社内の意思決定が速く、オーナーの要望に対してカスタマイズしたサービスメニューを柔軟に提供してくれるケースが多いです。また、独立系の場合は他社仲介網もうまく活用してテナント募集するなど、しがらみにとらわれないリーシング戦略を取れる強みもあります。管理料は大手より割安なこともあり、コストパフォーマンスに優れる会社も少なくありません。担当者も専門性の高いプロパティマネージャーが揃っている傾向で、規模が中くらいゆえに一人ひとりがマルチに対応できる人材が多い印象です。デメリット: 中堅とはいえピンからキリまであり、企業体力やサービス品質のばらつきが大きい点には注意が必要です。優秀な会社を選べば問題ありませんが、中には実績が浅いのに営業力だけで契約を取ろうとするところもあり、見極めが肝心です。また、大手に比べ組織の後ろ盾が弱い分、対応範囲に限界が出る場合もあります。例えば法務やコンプライアンスチェックの体制が脆弱だったり、トラブル発生時の保証制度が手薄だったりといった点です。外資系の場合は英語対応や最新ノウハウは強みですが、日本の慣習に馴染むまで時間がかかる担当者もいるため、テナントやオーナーとの意思疎通で戸惑う場面があるかもしれません。選び方のポイント: 中堅PM会社を選ぶ際は、その会社の得意領域と成功事例を確認しましょう。同じ中堅でも「リーシング力が突出している」「コスト管理が得意」「建物再生の企画力がある」などカラーがあります。自分のビルの課題(空室が多い、古くなってきた、など)を解決してくれそうな強みを持つ会社を選ぶと良いでしょう。また、担当予定のPMの資格や経験(宅建士や不動産証券化マスターの有無、大型物件経験など)もチェックポイントです。提案段階で具体的なアイデアや数値目標を示してくれる会社は信頼できます。「◯年で空室率何%改善」「修繕計画を見直し◯万円コスト削減」等、明確なビジョンを示せるかを比較しましょう。▶ 地域密着型PM会社の特徴(例:東京○○エリア専門、地元密着の不動産管理会社など)メリット: 地域密着型の中小PM会社は、何と言っても地元エリアの情報力と小回りの利く対応が強みです。特定のエリア(例えば新宿区や中央区など)で長年にわたり物件管理を手掛けている会社は、地域のテナント動向や仲介業者ネットワークに精通しています。大手には見えない細かなニーズや地域特性を踏まえたテナント誘致が期待できます。また社長以下トップ層が現場に近く、オーナーとも直接顔を合わせる距離感で付き合ってくれるため、信頼関係を築きやすいです。緊急対応でも本社が遠方にある大手より、同じ区内に事務所がある地元企業の方が駆けつけスピードが速いこともあります。夜間や休日でも融通をきかせて対応してくれるなど、まさに「痒い所に手が届く」サービスをしてくれる会社も少なくありません​。管理料についても柔軟に相談に乗ってくれるケースが多く、物件規模に応じた無理のない料金設定を提示してくれるでしょう。デメリット: 一方で、中小企業ゆえの人材・資源の限界もあります。担当者が少人数のため一人にかかる負荷が大きく、担当替えがあると一時的にサービスレベルが下がるリスクがあります(「社内であの人しか詳しい人がいない」状態)。また、最新のITシステム導入や高度な分析といった面では大手に見劣りする場合もあります。報告書類などが簡素になりがちで、オーナーとして細かいデータが欲しい場合に物足りなさを感じるかもしれません。さらに、会社によっては業務範囲が限定的なことも。例えば設備点検や清掃は提携業者任せでPM会社自体は管理代行だけ、といったケースでは、総合力で大手に劣る部分が出てきます。財務面でも小規模だと万一倒産した際に預かり敷金などのリスクもゼロではありません。選び方のポイント: 地域密着型を選ぶ際は、その地域での評判を調べるのが有効です。地元オーナー仲間の口コミや、管理物件のテナントの声を聞いてみると良いでしょう。「対応が早い」「融通がきく」といった評価があれば安心です。また、管理実績の年数や物件数も重要です。長年生き残ってきた会社はそれだけで信頼の証と言えます。小規模でも「この分野なら任せて」と胸を張れる得意分野を持っている会社を選ぶとよいでしょう。最後に契約前に具体的なサービス範囲を明確化することも大切です。リーシング業務はどこまでやってくれるのか、テナント対応の窓口は誰になるのか、トラブル時の緊急対応体制はどうか、といった項目をきちんと確認しましょう。中小だからといって侮れない優良企業も多い反面、できないことは最初から契約外の場合もありますので、お互いの認識合わせをしておくことが失敗防止につながります。以上のように、大手・中堅・地域密着型それぞれに特色があります。自分のビルの規模やニーズ、重視するポイント(信頼感、コスト、柔軟性、専門性など)に照らし合わせて最適なカテゴリーと企業を選ぶことが大切です。では次章では、具体的に東京で実績を持つ優良ビルマネジメント会社10社をピックアップし、その特徴と強みを見ていきましょう。 5.東京のビルマネジメント優良企業10社紹介 ここからは、東京に本社または主要拠点を持ち、プロパティマネジメント(PM)・リーシングマネジメント(LM)に強みを発揮している優良ビルマネジメント企業10社を現役ビルメンの視点で独断と偏見をもってご紹介します。各社とも信頼性・実績は折り紙付きで、テナント対応力や空室改善力に優れた企業です。今回は実名を伏せ、アルファベット2文字で表記します。それぞれの特徴・強みを、1〜2段落程度で解説いたします。テナントリーシング力、収益最大化の提案力、市場分析力、BM部門との連携など各社ならではのポイントにも注目してください。 (1) MF社 高いリーシング力と充実の組織力を誇り、大規模ビルを中心に安定運営を行っています。 特徴・強み: MF社は国内有数の不動産グループに属する大手PM会社です。親会社が全国的なデベロッパーであり、そのブランド力とネットワークを背景にオフィスから商業施設、住宅まで幅広い物件管理を手掛けています。最大の強みはやはり豊富な実績と組織力で、数十年にわたる運用ノウハウに裏打ちされた安定したサービス提供が持ち味です。社内にリーシング専門部署を抱えており、テナント誘致力が極めて高いです。自社で不動産仲介網(店舗網)も運営しているため、空室発生時にはグループ総力を挙げて速やかに適切なテナントを紹介できます。また、最新のテクノロジー活用にも前向きで、ビルのIoTセンサー監視や独自の賃料相場データベースを導入し、科学的な物件運営を行っている点も特徴です。それでいて、伝統的に培ったきめ細やかな管理も大切にしており、「ハード面とソフト面のバランスが取れた管理」との評判があります。 (2) MB社 堅実な管理体制と環境配慮型運営を得意とし、BCP対策にも定評があります。 特徴・強み: MB社は大手財閥系不動産会社のグループ企業で、特にオフィスビル管理において国内トップクラスの実績を誇ります。長年培われた高度な技術力と経験値が強みで、ビル設備管理・保全の専門スタッフも社内に多数擁し、BM(ビルメンテナンス)部門までも包括したサービス提供が可能です。加えて、環境性能やサステナビリティに対する先進的な取り組みにも力を入れており、グループ全体でエコロジーと経済性を両立させる建物運営を推進しています。例えば省エネ認証の取得支援や環境配慮型のテナントサービス提案など、時代の流れを捉えた管理手法は多くのオーナーから信頼を得ています。組織だったサービス提供が特徴ですが、一方で各物件に常駐または専任の担当者を置くなど現場密着型のケアも忘れません。24時間365日のコールセンター体制も完備し、「困ったときにすぐ駆け付けてくれる安心感」という点でも評価が高い会社です。 (3) XY社 リーシング速度と収益改善の提案力が高く、迅速かつ柔軟な運営を実現しています。 特徴・強み: XY社は独立系の総合不動産サービス会社で、賃貸仲介からプロパティマネジメント、ビルメンテナンス、さらには不動産コンサルティングまでワンストップで提供できる体制を持っています。特にリーシング(テナント仲介)部門の強さが際立っており、空室物件のリーシングスピードには定評があります。自社で広域に仲介ネットワークを構築しており、大手不動産仲介会社ともフラットな関係で協力できるため、募集チャネルが非常に広いのが特徴です。その結果、難易度の高い空室(例えば大面積フロアや郊外物件)でも素早く入居テナントを見つける実力があります。また、オーナーへの提案力も高く、建物の付加価値を高めるための収益改善プランを積極的に提示します。例えばエントランス改装によるイメージアップや、屋上スペースの有効活用(貸会議室化や広告収入獲得)など、細かなアイディアを積み重ねて収益向上につなげる姿勢が強みです。組織規模は大手より小さいものの、少数精鋭でフットワークが軽いため、オーナーからの信頼も厚い中堅企業です。 (4) TK社 住宅とオフィスの複合管理に強みを持ち、コミュニケーション重視で高い満足度を維持しています。 特徴・強み: TK社は準大手デベロッパー系列のプロパティマネジメント会社で、特に住宅系とオフィス系のハイブリッド管理に強みを持っています。もともとマンション管理で培った緻密なサービス精神と、オフィス管理でのリーシングノウハウを兼ね備えており、テナント対応の丁寧さには定評があります。特徴として、オーナーや入居者とのコミュニケーションの密度を重視しており、「報告・連絡・相談」を徹底する企業文化があります。PM担当者は月次レポートだけでなく必要に応じてオーナーに状況を逐次報告し、重要案件は直接面談して打ち合わせるなど、透明性の高い運営を心掛けています。また、テナントに対してもアンケートやヒアリングを定期的に実施し、潜在的不満や要望を吸い上げて改善策に反映させています。こうしたホスピタリティ精神が同社の大きな強みであり、管理物件のテナント満足度調査では毎回上位にランクインするほどです。さらに、TK社は修繕・改修提案力にも優れ、親会社の建築部門と連携したリニューアル企画なども提案できます。建物のハード・ソフト両面で「困ったときの相談相手」になれる懐の深さが魅力の会社です。 (5) KO社 地域密着型ながら大手資本のバックアップを活かし、特定エリアでの高稼働率を達成しています。 特徴・強み: KO社は大手私鉄グループ傘下のPM会社で、東京の特定エリア(沿線地域)に強固な地盤を持っています。いわゆる地域密着型と大手資本のハイブリッドとも言える存在で、地元密着のきめ細かさと大企業グループの安心感を兼ね備えている点がユニークです。沿線開発で培った商業施設運営ノウハウが豊富で、小売・サービス系テナントのリーシング力が際立っています。例えば駅前ビルやショッピングセンターのテナントミックス提案など、単に空室を埋めるのではなく「街の魅力を高めるテナント誘致」を得意としており、その延長でオフィス物件にも地域色を活かした付加価値をもたらします。また、KO社はグループ内に建物管理会社やセキュリティ会社も抱えているため、BM業務とPM業務の一体運営がしやすい体制です。ワンストップサービスで連絡系統がシンプルなため、トラブル時や緊急対応時にも統制が取れています。実際に同社に任せてから「担当部署間のたらい回しが無くなった」「連絡が一本化されスムーズになった」というオーナーの声もあります。地域密着ゆえに行政や近隣企業との繋がりも強く、地元ネットワークを活かした情報収集力も強みとして挙げられます。 (6) MT社 マーケット分析力が高く、物件ごとのカスタマイズ管理で資産価値向上を図っています。 特徴・強み: MT社は老舗デベロッパー系列の不動産管理会社で、東京の都心部を中心にオフィスビル・商業ビルのPM業務を展開しています。歴史ある企業らしく、伝統的な管理手法を重視しつつも、新しい取り組みにもチャレンジする堅実と革新のバランスが取れた会社です。特徴として、管理物件一棟一棟に対するオーダーメイドの運営プランを作成する点が挙げられます。画一的ではなく物件ごとの特性(築年、規模、立地、テナント属性など)に応じた管理方針を立て、オーナーと合意した上で運営するため、「思いと食い違った管理をされてしまう」ということが起こりにくいのです。例えば「築古ビルだが歴史的価値がある物件」は長所を活かす運営、「最新ハイテクビル」は先進技術を導入した運営、といった具合にきめ細かな戦略を持っています。また、MT社はマーケット分析力に優れており、都内各エリアの賃料相場や需要動向データを独自に蓄積・分析しています。四半期ごとにオーナー向けにマーケットレポートを提供し、自社管理物件のパフォーマンスを客観指標と比較して示してくれるため、オーナー側も状況を把握しやすいと好評です。古くからの実績による信頼感と、データドリブンな提案力が融合した強みを持つ企業です。 (7) JS社 全国規模のネットワークとデータ分析に基づく合理的な運営を行い、高いコストパフォーマンスを実現しています。 特徴・強み: JS社は独立系では国内最大級のプロパティマネジメント会社で、かつて大手情報企業グループから派生した経緯を持ちます。同社の最大の武器は、膨大な管理物件数に基づくデータドリブンな運営とリーシング力です。JS社は数千棟規模のオフィス・商業施設等を全国で管理しており、独自にマーケット動向やビル運営データを蓄積・分析する専門部署(リサーチ部門)を持っています。これにより、空室発生時の賃料設定や募集戦略に科学的根拠を持って臨めるため、空室期間の短縮と賃料最大化を両立できる強みがあります。また、元々が情報系企業発祥という背景からIT活用にも積極的で、入居者向けポータルサイトやAIによる設備監視システムなど最新テクノロジーを駆使した管理を展開しています。一方で、実際の現場対応はきめ細やかで、現場常駐スタッフとPM本部との連携も綿密です。全国展開の規模を活かし、取引業者との交渉力も強いため、設備点検や清掃といったBM業務を高品質かつ効率的なコストで提供できる点も魅力です。総合力が非常に高く、「オーナーが求めるものは何でも出せる」頼もしさを備えています。 (8) SM社 総合商社系でリニューアル提案や危機対応力に強く、大型ビル運営に強みがあります。 特徴・強み: SM社は大手商社グループのビルマネジメント会社で、オフィスビル運営の総合力とソリューション提案に優れています。商社系らしく、ビル運営に関わるあらゆるサービスを自社またはグループ企業で提供でき、たとえば新築ビルの開業企画、テナントリーシング、プロパティマネジメント、エネルギー供給管理、将来的な建替え検討までワンストップで対応可能です。特にコンストラクションマネジメント(CM)やリニューアル提案などハード面の改善提案力が強みで、築年数が経ったビルを預かると、設備刷新計画やバリューアップ工事などを積極的に提案してくれます。また、テナントリーシングについてもSM社グループの幅広いネットワーク(金融機関や外資企業とのコネクション等)を駆使して質の高いテナント誘致を実現します。さらに、SM社は危機対応力にも定評があります。大規模地震時の対応マニュアル策定や、パンデミック下でのビル運営(消毒や入館管理ルール整備)など、オーナーが不安に感じる事態にも先手を打って対策を講じるプロアクティブな姿勢があります。東京消防庁から防災功労で表彰を受けた経験もあり、安全管理面で信頼できるPM会社として名が知られています。 (9) JL社 国際的な視点とアセットマネジメント能力により、ハイグレードビルで高い実績を上げています。 特徴・強み: JL社は外資系グローバル不動産サービス企業の日本法人で、世界的なネットワークと先進のノウハウを持ち込んでいる点が特徴です。東京においても外資系オーナーや国内機関投資家が所有する一流物件のPM業務を数多く受託しています。最大の強みは国際水準のプロパティマネジメント手法です。グローバルで確立されたベストプラクティスを日本流にローカライズし、契約管理やレポーティング、コンプライアンス遵守など極めて洗練された運営を行います。英語対応はもちろん、多言語でのテナントサービス提供も可能で、外国企業テナントからの評価も高いです。また、JL社はアセットマネジメント的視点も持ち合わせており、単なる現場管理に留まらず資産価値最大化のための中長期戦略立案も行います。具体的には、将来の売却益やリファイナンスを見据えた収益向上策を提案したり、ESG(環境・社会・ガバナンス)の観点から建物運営方針を策定したりと、投資家目線での管理が得意です。さらに、世界中の都市で得た知見を元にした市場分析力も圧倒的で、東京マーケットにおいても賃料・空室動向やテナント需要トレンドを細かくデータ化しています。そうした情報を活用し、オーナーに対しては最新動向を踏まえた意思決定支援を行ってくれるため、まさに頼れるパートナーといえます。 (10) SL社 地域密着型で24時間の迅速な対応力が強み。テナント満足度の高さで長期的な安定運営を支援します。 特徴・強み: SL社は東京ローカルに根差した地域密着型のビル管理会社です。銀座・赤坂・新宿・渋谷・六本木など都心の商業エリアを中心に半世紀以上の実績を持ち、地元での信頼が厚い老舗企業として知られています​。最大の強みはテナント仲介から保守管理まで一貫対応するトータルサービスと、地域密着ならではの機動力・対応力です。同社は「ビル経営代行」を掲げており、オーナーに代わってテナント募集(リーシング)、契約締結・更新・解約手続き、賃料回収・清算、クレーム対応などすべてを引き受けています​。さらに、管理センターを設けており24時間365日体制での緊急対応窓口業務をしています。夜間でも現場駆け付け可能な体制を敷いており、小規模の水漏れ・停電から大規模災害時まで迅速な初期対応が可能です。またリーシング担当者が地道な足回り営業でテナントを発掘します。さらに、自社で定期的に調査、分析している賃貸相場情報や地域のマーケット動向にも通じている専門家集団です。規模こそ大手には及びませんが、「地元を知り尽くしたプロ」としてオーナーから厚い信頼を得ています。実績・事例: SL社はこれまでに手掛けた商業ビル・オフィスビルの多くで稼働率95%以上を維持してきた実績があります​。例えば銀座のあるテナントビルでは、SL社に管理を委託後、空室率が一桁台にまで低下し賃料収入が飛躍的に向上しました。SL社はそのビルの強み(銀座という立地、高級感ある外観)を活かし、客層にマッチしたテナント誘致を行いました。同時に、管理部門が日常の不具合対応を迅速化。「エレベーターの動きが少しおかしい」とテナントから連絡があれば即日点検し対処、「共用部に汚れがある」と聞けばすぐ清掃員を派遣するなど、小さな声にも即応する姿勢でテナントの満足度を高めました。その結果、入居テナントからの紹介で新たなテナント希望が舞い込むなど好循環が生まれ、以後長期にわたり満室が続いています。また、さらに、SL社はトラブル対応力にも優れ、過去には老朽ビルで頻発していた給排水トラブルを根本解決するために、テナントと調整しながら系統的な配管改修を段階的に実施し、クレームをゼロにした例もあります。「オーナー代行」としてビル経営を丸ごと支えるSL社の存在は、特に地域の中小ビルオーナーにとって頼もしいパートナーとなっています。 以上、10社それぞれの特徴・強みをご紹介しました。どの企業も一長一短ありますが、共通して言えるのはPM・LM部門の力がビルの収益性やテナント満足度に直結しているという点です。現場で日々ビルを支えるビルメンテナンス担当者の立場から見ても、優秀なPM会社が管理するビルはトラブルの未然防止や迅速対応が徹底されており、非常に運営しやすいと感じます。次章では、こうした経験を踏まえて「全体最適なPMのあり方」について考えてみたいと思います。 6. ビルメン担当者から見た「全体最適なPMのあり方」 ビルマネジメントにおける「全体最適」とは、オーナーの利益最大化とテナントの満足度向上と建物の健全性維持をバランスよく実現することだと考えます。私たち現場のビルメンテナンス担当者は、日々建物とテナントに向き合いながら、このバランス調整の難しさと重要性を痛感しています。では、全体最適を実現できるPM(プロパティマネジメント)とはどのようなものでしょうか。まず第一に、オーナー・テナント・ビル運営スタッフ間の密接なコミュニケーションが土台にあります。PM担当者はオーナーの代理人であると同時にテナントの窓口でもあり、さらに清掃・設備管理などBM担当者の指揮者でもあります。全体最適なPM担当者は、これら全ての関係者と双方向のコミュニケーションを取り、情報をハブのように集約し、透明性高く共有します。例えばテナントからの設備改善要求があればBM担当と協議して技術的・費用的観点を踏まえた解決策をまとめ、それをオーナーに提案して合意を得る、といったプロセスを迅速に回します。この際、どこか一方の意見だけを優先しすぎると全体のバランスが崩れます。全体最適なPMは「三方良し」(オーナー良し・テナント良し・現場良し)の解を見つけ出す調整役と言えます。第二に、プロアクティブ(先手先手)の姿勢が重要です。ビル運営には様々なリスクや変化がつきものですが、優れたPM担当者は常に将来を見据えた計画を立て、問題が顕在化する前に手を打ちます。例えば老朽化による大規模修繕が数年後に必要と分かっていれば、今から収支計画に織り込みテナントへの影響も最小になる時期を選定します。また、新規競合ビルの建設情報を掴んだら、それによる既存テナント流出リスクを分析し早めに引き留め策や入替戦略を準備します。現場ビルメンとして感じるのは、場当たり的で後手後手の管理では結局コストも手間も嵩むということです。漏水事故なども、普段から点検強化し設備更新していれば防げたのに…というケースが多々あります。全体最適を図るPMは、オーナーの資産価値を長期的に守るため、日頃からBM部門とも連携して予防保全に努め、「攻めの管理」を実践します。テナントに対しても、更新期限が迫って交渉するのではなく平時から要望を聞き関係を築いておくことで円滑な契約更新につなげています。第三に、定量データと定性情報の両面を重視することです。全体最適なPM判断には客観的なデータが欠かせません。賃料収入や稼働率、修繕積立額などの数値はもちろん、テナントアンケート結果や現場スタッフの所感といった定性情報も重要な指標です​。例えばテナント満足度という一見数値化しにくいものも、アンケートスコアや苦情件数などである程度測定できます。優れたPMはこうしたKPI(重要業績評価指標)を設定し、定期的に見直すことで今の運営がうまくいっているかを監視します。一方で、数値に表れない現場の空気感にも敏感です。ビルメン担当者から「最近テナント受付の方が雑談で空調の不満を漏らしていた」などと聞けば、それを無視せず改善の糸口にします。データ分析による合理性と、人間的な気配り・察知力の両輪で状況を把握し、バランスの取れた意思決定をする——これが全体最適なPMの意思決定プロセスでしょう。最後に何より、現場(BM部門)との強固な信頼関係が全体最適の鍵だと感じます。私自身、良いPM担当者と組むと仕事が驚くほどうまく回ります。テナントから無理難題な要求が来ても一緒に知恵を絞ってくれますし、逆にこちらから設備更新の提案をしてもしっかり耳を傾けオーナーへの提案に繋げてくれます。「縁の下の力持ち」であるビルメンテナンススタッフをリスペクトし、適切に評価・活用してくれるPMは、結果的にテナントサービスの質向上という形でオーナー利益にも貢献します。ビルは人が管理するものですから、人を大切にするPMこそが強い組織を作り、ひいては全体最適を実現するのだと思います。以上のように、全体最適なPMのあり方をまとめると、「調整役」「予防策士」「分析家」「チームリーダー」といった要素を兼ね備えた存在と言えましょう。決して簡単な役割ではありませんが、この記事でご紹介した優良企業のPM担当者にはそうした高いスキルとマインドを持った方々が多数いらっしゃいます。ビルオーナーの皆様には是非、信頼できるPM会社・担当者と二人三脚でビル経営に取り組み、資産価値と収益の最大化、そしてテナントの満足度向上という全体最適を達成していただきたいと願っています。 7. まとめ ビルマネジメントにおけるPM・LMの重要性と、優良企業各社の特徴を見てきましたが、いかがでしたでしょうか。改めて感じるのは、「ビルは人が動かし、人が活かすもの」だということです。ハードである建物がどんなに立派でも、運営する人々の力量次第で収益も価値も大きく変わります。プロパティマネジメント(PM)・リーシングマネジメント(LM)は、まさにビル経営の舵取り役として、テナント誘致から収益管理、維持管理計画まで幅広く担う重要ポジションでした。記事前半では、PM・LMがビルの収益と価値に直結する役割であること、そして管理会社選びで力量不足の会社に任せてしまうと空室増加や賃料下落といった深刻な失敗を招く可能性があることを見てきました。実例からも、リーシング力の欠如やテナント対応の拙さ、市場分析力不足、目先のコスト優先といった問題が浮き彫りになりました。そうした失敗を避けるには、信頼できるPM会社をパートナーに選ぶことが何より重要です。各社比較では、大手・中堅・地域密着型それぞれにメリットがあり、自分の物件に合った規模・特徴の会社を見極めるポイントを述べました。大手には組織力と安定感があり、中堅独立系には柔軟な提案力や専門性、地域密着型には小回りの利く対応と地元情報力があります。「自分のビルの課題を解決してくれる強みを持つ会社か」を基準に、担当者との相性もしっかり確認して選ぶことが肝要です。東京の優良企業10社の紹介では、それぞれ特色ある取り組みや強みを見てきました。大手系では高度な組織力で高稼働・高収益を実現した事例、独立系では機動力と提案力で空室を埋め収益改善した事例、外資系では国際ネットワークを駆使してテナント誘致や高度な運営を行った事例、地域密着型では地元密着の対応でテナント満足度を上げた事例など、多彩な成功エピソードがありました。仮名とはいえ具体的に各社の姿勢をご紹介しましたので、オーナーの皆様が管理会社を検討する際の参考になれば幸いです。最後に、現場ビルメンテナンス担当者の視点から「全体最適なPMのあり方」として、コミュニケーション・先手の管理・データ活用・チームワークの重要性を述べました。ビル管理はチームスポーツのようなもので、PMもBMもテナントもオーナーも、それぞれの役割を果たしつつ協力し合うことで初めて理想的な成果が得られます。優良なPM会社は、そのチームを牽引する頼れるキャプテンとして機能し、オーナー資産の価値向上と収益最大化というゴールに向けて尽力してくれるでしょう。本記事を通じて、ビル管理パートナー選びの重要性とポイント、そして東京における信頼できるPM会社の存在をお伝えしました。ビルオーナーや資産管理ご担当の皆様が、最適なパートナーと出会い、ビル経営を更なる成功へ導く一助となれば幸いです。私自身も現場のビルメンテナンススタッフとして、優れたPMと二人三脚でビルをより良くしていく喜びを日々感じています。皆様のビルが末長く繁栄し、テナントにとってもオーナーにとっても「選んで良かった」と思える管理会社との出会いがありますことを願って、本稿の締めくくりといたします。 8.株式会社スペースライブラリ紹介 株式会社スペースライブラリは、東京を拠点にビルマネジメント業務全般を手掛ける総合ビル管理会社です。当社は最新技術に過度に依存せず、長年の現場経験に基づく伝統的管理手法と熟練スタッフのきめ細やかな対応によって、安心・安全で安定したビル運営を実現しております。清掃・設備点検からプロパティマネジメント補助業務までワンストップで対応し、24時間365日の緊急対応体制を完備することで、オーナー様・テナント様双方にとって信頼できるパートナーであり続けます。創業以来培った豊富な実績と信頼を礎に、これからも「建物の価値向上」と「快適な環境提供」に全力で取り組んでまいります。ビル管理に関するご相談やお問い合わせは、どうぞお気軽に株式会社スペースライブラリまでお寄せください。私たち株式会社スペースライブラリ星野をはじめとするスタッフ一同、皆様のお役に立てる日を心よりお待ち申し上げております。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 星野 正 ビルメンテナンス業に従事して20年以上。当社では管理・工事・開発支援に携わり、品質向上に取り組んでいます。 ビルメンテナンス・工事についてのご不明点は是非お問い合わせください 2025年11月19日執筆

築古の中型賃貸オフィスビルの空室率を下げるための実践的テナント誘致戦略

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古の中型賃貸オフィスビルの空室率を下げるための実践的テナント誘致戦略」を解説したもので、2025年11月18日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次序論:築古オフィスビルの空室率問題とは?第1章:市場分析とターゲット設定第2章:築古オフィスビルの魅力を引き出すリノベーション戦略第3章:企業ブランディングとPR戦略第4章:効果的なテナント誘致戦略第5章:事例研究と実践的アドバイス最終章:築古オフィスビルの空室率低減に向けて 序論:築古オフィスビルの空室率問題とは? 近年、日本のオフィス市場において、中型の築古オフィスビル(1,000㎡〜5,000㎡程度)が直面している空室率の上昇が深刻な問題となっています。特に、東京においては、新築の大規模オフィスビルが次々と供給され、テナントの選択肢が広がったことで、築年数の経過したビルは競争力を維持することが難しくなっています。本コラムでは、築古オフィスビルの特有の課題を克服し、競争力を持たせるための具体的な戦略を提案します。成功事例を交えながら、実践的な施策を提示し、築古ビルでもテナントを誘致できる可能性を示しています。 第1章:市場分析とターゲット設定 ① 築古オフィスビルにおける市場の動向 (1) 中型オフィスビルの現状近年のオフィス市場では、リモートワークの浸透や働き方改革の推進により、企業のオフィス需要に変化が生じています。賃貸オフィス市場全体としては、空室率の低下傾向が見られる一方で、中型オフィスビル(フロア面積50~100坪)については、低減傾向から底ばい状態にあります。特に築20年以上が経過したビルの空室が目立ち、空室率が緩やかに上昇傾向を示しているようにも見受けられます。これは、築古ビルに対して、設備の老朽化や建物自体のデザインの陳腐化により、テナントが魅力を感じにくくなっているためです。こうした状況を踏まえると、築古の中型オフィスビルのオーナーは、これまで以上に慎重かつ戦略的なテナント誘致の施策を講じる必要があります。(2) 新築大規模ビルの開発による市場への影響近年、大手デベロッパーによる新築の大規模オフィスビルの供給が増加し、最新の設備や快適な労働環境を求める企業のニーズに応えています。特に都心部では、高機能オフィスが多く開発され、従来型の築古中型ビルは、テナントの獲得において不利な立場に置かれています。このため、従来型の築古中型ビルは市場における相対的な競争力低下が著しく、明確な差別化戦略を立てる必要性が高まっています。(3) 企業規模別オフィス選定基準の違い企業のオフィス選定基準は、規模や業種によって大きく異なります。一般的に大企業はブランド価値や最新設備の整ったオフィスを選ぶ傾向があり、快適性や機能性を優先します。一方、中小企業は賃料水準やコストパフォーマンス、実務性を重要視する傾向が強いです。また、経済情勢がオフィス選定に与える影響も大きいです。景気の良い時期には、大企業、中小企業ともに設備や環境の向上を求めてオフィス移転を検討するが、景気が悪化すると特に中小企業はコスト削減のために築古ビルへの移転を選択する傾向が高まります。2025年の日本経済の見通しとして、政府は「賃上げと投資が牽引する成長型経済」への移行を目指しているものの、米国のトランプ関税政策の影響や足元の円高傾向など、不透明な要素が依然として存在しており、市場動向の予測は容易ではないです。(4) 最新のオフィス市場動向とコスト問題ザイマックス不動産総合研究所が2024年12月に発表した調査によると、築古ビルはエネルギー消費効率が悪く、新築ビルに比べて光熱費が高くなる傾向があり、これがテナントのランニングコスト負担を増加させ、築古ビル選定時のデメリットとなっていることが分かっています。さらに同研究所が2025年2月に公表した調査では、築古ビルの修繕費や資本的支出の増加が著しく、オーナー側の負担も拡大していることが指摘されています。このように、築古ビルは維持管理費用の面でも課題を抱えており、収益性を高めるためには費用対効果の高い投資戦略が求められています。 ② 競合との比較と築古ビルのポジショニング (1) 築年数が経過したオフィスビルの課題築年数が経過したオフィスビルが抱える主な課題としては以下が挙げられます。・設備の老朽化:空調設備、給排水設備、電気設備といった基本的なインフラが築後20年以上経過すると著しく劣化します。設備トラブルの頻度が増え、突発的な修繕費用が発生するだけでなく、テナントの快適性や業務効率の低下を招きやすいです。・イメージの陳腐化:オフィスビルの外観や内装デザインは、時代のトレンドやテナント企業のニーズに敏感に対応する必要があります。築年数が経過すると流行から取り残され、「古臭い」「使いにくい」といったネガティブな印象を与えてしまうことが多く、ブランド力や企業イメージを重視する企業から敬遠されやすくなります。・競争力の低下:最新設備や優れたデザインを備えた新築ビルが市場に供給され続けているため、設備や快適性の面で新築ビルとの格差が広がり、競争力が低下します。その結果、賃料の引き下げや長期空室の発生を招き、収益力の維持が困難になります。これらの課題は単体で存在するものではなく、相互に影響し合いながら、築古オフィスビルのテナント誘致を難しくしています。そのため、築古ビルオーナーに求められるのは、これらの課題を包括的に把握し、戦略的に優先順位を付けて効果的な改善策を講じることであります。(2) 新築オフィスとの競争環境と差別化ポイント築古ビルが新築ビルとの競争を勝ち抜くためには、「低コストかつバリューアップ」を基本戦略とする必要があります。つまり、多額の投資を必要とする大規模改修を避けつつも、費用対効果の高い施策を実施して競争力を向上させるという考え方です。具体的な取り組みとしては、使用頻度の高い空調設備やトイレ・給湯室などを部分的に更新することで快適性を改善したり、エネルギー効率を高めるLED照明の導入や省エネ空調設備への切り替え、さらには耐震性や防災設備の強化を図る方法があります。これらの低コスト施策を効果的に組み合わせることで、築古ビルの経済的かつ実用的な価値を最大化し、新築ビルとは異なる魅力を提供できます。さらに、こうした差別化ポイントを、はっきりと打ち出すことにより、現実的かつ効果的なテナント誘致戦略を構築できます。 ③ ターゲットとなるテナント像の明確化 中堅企業の本社・支社、大企業のサテライトオフィス、士業・コンサルティング企業、地域密着型企業等、ターゲットとなるテナント像を明確にして、それぞれに響く訴求ポイントを具体化し、築古オフィスビルの特性を活かしたテナント誘致戦略を考えます。(1) 中堅企業の本社・支社① コストパフォーマンスの強調・築古ビルの最大の強みである「低賃料+必要十分な設備」を前面に出す。・固定費削減のシミュレーションを提示し、実際のランニングコストを数値で示す。② 実務的な機能性の確保・「シンプルで機能的」なオフィス設計を強調。・執務環境の効率化(レイアウト変更の自由度、会議室の最適配置、ネット環境の充実)を提案。③ 企業ブランディングを損なわないオフィス・「低コスト=安っぽい」イメージを払拭するため、シンプルながら清潔感のある内装やエントランスの刷新を行う。・過度なデザイン改修は不要だが、「機能美」を活かした設計でブランド価値を維持できることをアピール。(2) 大企業のサテライトオフィス① 分散型勤務のニーズに対応・「社員の通勤負担軽減+業務効率化を両立する拠点」としての役割を明確化。・交通アクセスを評価し、実際の通勤時間シミュレーションを提示し、周辺環境(カフェ・コンビニ・郵便局)などを訴求し、サテライトオフィスとしての利便性を強調。② 設備のシンプル化と低コスト運用・シンプルな内装・設備ながら、業務遂行に必要な機能は十分であることを明示。・「賃料を抑えながらも、Wi-Fi・セキュリティ・共用会議室など基本設備が揃っていること」をアピール。・ランニングコスト比較(電気代・清掃費など)を示し、本社や競合ビルとの差別化を図る。③ フレキシブルな契約形態・大企業が求める短期契約・柔軟な利用に対応できる点を強調。・「1年契約」「プロジェクト単位での使用」など、企業の拡張・縮小に柔軟に対応できる点をアピール。(3) 士業・コンサルティング企業① 顧客対応を重視したオフィス環境・来客対応が多い士業やコンサル企業にとって、「築古=汚い・古臭い」というイメージはマイナス。・清潔感を重視したエントランスや受付スペース、共用部のデザインリニューアルを行い、来客時の印象を向上させる。・「応接スペースが確保しやすい」「静かな環境で業務に集中できる」など、士業・コンサル特有のニーズを訴求。② セキュリティとプライバシーの確保・機密情報を扱う業種のため、オフィスの遮音性や個室利用の選択肢をアピール。・「隣のオフィスの音が聞こえにくい」「個別施錠が可能な部屋がある」などの設備ポイントを具体的に示す。③ 立地よりもコストと質のバランス・立地よりも「オフィスの質とコストのバランス」を重視する士業・コンサルに対し、「必要十分な設備で賃料を抑えられる」という合理的な価値を訴求。・「都心の高額オフィスではなく、築古ながらも十分な機能を持つオフィスを適正価格で提供」と明確にメッセージング。(4) 地域密着型企業(デザイン・広告企業など)への訴求ポイント① 築古ビルの個性を活かしたブランディング・デザイン・広告業などのクリエイティブ企業は、築古ビルの雰囲気を「個性」として活用できる。・「レトロで味のある内装」「ビンテージ感を活かしたオフィスデザインが可能」といった築古ならではの魅力を前面に出す。② カスタマイズ自由度の強調・「自社のブランドイメージに合わせた改装が可能」という自由度の高さを訴求。・クリエイティブ企業向けに、「内装工事OK」「リノベーション相談可能」といった柔軟な対応を提案。③ 地域ネットワークの活用・地元の企業やクリエイターとの連携を意識し、「地域のクリエイティブ拠点としての可能性」をアピール。・例:「このビルの入居者は●●の業種が多く、相互連携の機会がある」「地元の店舗とコラボできる立地」といった具体的なメリットを提示。これらターゲット企業は、築古ビルに求める設備やデザイン、コストのバランスが明確であり、マーケティング戦略やテナント誘致の方針を具体的に設計する上で重要な指標となります。以上を踏まえ、第2章ではこれらターゲットニーズに応じた具体的なリノベーション戦略について解説します。 第2章:築古オフィスビルの魅力を引き出すリノベーション戦略 築古オフィスビルの競争力を高め、テナント誘致を成功させるためには、リノベーションを戦略的に行う必要があります。ただし、大規模な投資を行うことは現実的ではなく、費用対効果を考慮しながら、最小限の設備投資で最大の効果を引き出すことが求められます。本章では、築古オフィスビルの価値を向上させるための具体的なリノベーション戦略を紹介します。 ① 設備投資を最小限に抑えつつ効果的にバリューアップ (1) 最小投資で大きな満足度向上を実現するポイント築古オフィスビルにおける設備投資のポイントは、「利用頻度が高く、テナントの満足度に直結する箇所から優先的に改善すること」です。特に、トイレ、空調、照明の改善は、コストを抑えつつ快適性を大きく向上させる効果があります。・トイレの改修:築年数が経過したオフィスビルでは、トイレの古さがテナントの満足度に大きな影響を与えます。ウォシュレットの設置、照明のLED化、清潔感を重視した内装の改修など、小規模な改修でも印象が大きく向上します。・空調設備の改善:築古ビルでは、空調設備の老朽化が快適性に直結する問題となります。全館空調の入れ替えはコストが高いため、部分的な設備交換や、個別空調の導入が現実的な選択肢となります。・照明のLED化:LED照明の導入は、光熱費削減と快適性の向上の両面でメリットがあります。オフィスの明るさを確保しながら、電気代の削減にもつながるため、優先して実施すべき施策の一つです。(2) 老朽化設備の部分的アップグレードとコスト試算設備改修に際しては、全面改修ではなく、費用対効果の高い部分的なアップグレードを実施することが重要です。 設備項目改修内容想定コスト   (1フロアあたり)効果トイレ便器交換・壁紙張替・LED照明導入100万~300万円清潔感向上、テナント満足度UP空調部分交換(主要ユニットのみ更新)200万~500万円快適性向上、ランニングコスト削減照明全LED化80万~150万円光熱費削減、明るい空間演出 コストを抑えつつ、テナントの評価が高まりやすい施策を優先的に実施することで、築古ビルの魅力を向上させることが可能です。 ② デザインとブランディング (1) 「レトロ感を活かす」 vs. 「モダンに刷新する」戦略築古ビルのデザイン戦略には、大きく分けて、「レトロ感を活かす」方法と、「モダンに刷新する」方法の2つがあります。・レトロ感を活かす:築古ビルの「味わい」を前面に打ち出し、ヴィンテージ風の内装やデザインを取り入れる。特に、デザイン・広告・クリエイティブ系の企業にはこの雰囲気が人気がある。・モダンに刷新する:外観や内装をシンプルで洗練されたデザインに統一し、新築ビルに近いイメージを作る。スタートアップ企業や士業向けのオフィスでは、清潔感と機能性が求められるため、このアプローチが適している。(2) 築古ビルならではの個性を打ち出すブランディング手法築古ビルの「個性」を打ち出すことで、ターゲット企業に対する訴求力を高めることができます。例えば、・ネーミングの工夫:単なる住所名ではなく、ビルのコンセプトを表現したネーミングを採用する(例:「○○クリエイティブオフィス」)。・エントランスのリノベーション:エントランスはビルの第一印象を決める重要な要素です。照明や植栽を活用し、デザイン性の高い空間を作ることで、印象を大きく変えることができる。(3) テナントの要望に沿った間仕切り(会議室の柔軟な対応)テナントの要望に応じて、間仕切りの柔軟な設計を取り入れることで、入居のハードルを下げることができる。特に、・固定壁ではなく可動式パーティションを活用し、レイアウト変更が容易な設計にする。・会議室や共有スペースの用途をカスタマイズできるようにし、テナントの希望に対応する。(4) 光熱費削減につながる改修(LED照明、省エネ空調、断熱強化など)築古ビルの運営コスト削減の観点から、省エネルギー対策も重要です。・LED照明の導入:電力消費を抑え、長寿命で維持管理の負担を軽減できる。・省エネ空調の導入:最新の高効率空調システムを導入し、エネルギーコストを削減する。・断熱強化:窓ガラスの二重化や遮熱フィルムの導入により、夏場・冬場の空調負荷を軽減する。(5) スマートロック・顔認証システムの導入近年、セキュリティ強化と利便性向上のために、スマートロックや顔認証システムの導入が進んでいます。これにより、・物理鍵の管理が不要になり、セキュリティが向上する。・テナントの利便性が向上し、入居率アップにつながる。これらの施策を組み合わせることで、築古ビルの価値を最大限に引き出し、テナント誘致の競争力を強化することができます。次章では、リノベーションによって高めたビルの価値を、どのように企業ブランドと結びつけ、効果的なPRを行うかについて詳しく解説します。 第3章:企業ブランディングとPR戦略 築古オフィスビルの競争力を高めるには、単なる物件の改修だけでなく、ブランド価値を構築し、適切なPR戦略を展開することが重要です。特に、新築ビルとの競争が激しい市場では、ターゲットとなるテナント層に向けたブランディングと情報発信を強化することで、築古ビルの独自性を際立たせることができます。本章では、オフィスビルのブランド力を向上させるため、会社を挙げて取り組んでいる、インターネットでのマーケティング戦略について詳しく解説します。 ① オフィスビルのブランド力を高める方法 (1) 築古ビルのリブランディング成功事例築古ビルのリブランディングとは、単なる建物の改修ではなく、「ストーリー」や「コンセプト」を持たせることによって、新たな価値を創出するプロセスです。以下に、成功事例を紹介します。事例①:築30年の築古オフィスビルをクリエイティブな業務環境のオフィスとして再生・レトロな外観を活かしつつ、内装をモダンに改修。・インターネットの自社チャンネル:プロパティ・ジャーナルでも積極的に情報発信し、入居率が改善。事例②:歴史的建造物を活かしたブティック・オフィス・伝統的な意匠を残しながら、最新の省エネ設備を導入。・歴史的な価値をブランディングに活用し、「唯一無二のオフィス空間」として訴求。・高付加価値化に成功し、賃料を引き上げて満室状態を維持。(2) 「歴史×モダン」などのコンセプト戦略築古ビルならではの強みを活かすために、「歴史×モダン」などのコンセプトを明確に打ち出すことが重要です。・「レトロ×テクノロジー」:築古ビルの味わい深い外観に、最新のITインフラやスマートオフィス設備を組み合わせます。・「サステナビリティ×伝統」:リノベーション時に環境配慮型の設備を導入し、エコフレンドリーなオフィスとしてブランディング。(3) 企業にとってのブランド価値をどう伝えるかテナント企業がオフィスを選ぶ際、「自社のブランド価値を高められるか」が重要な要素となります。そのため、築古ビルに入居することがブランド戦略にプラスになることを明確に伝える必要があります。・「オフィスの個性が企業の個性を高める」というメッセージを発信。・デザイン・広告・IT企業など、ブランドイメージを重視する業種に特化した訴求を行う。・成功事例を積極的に発信し、「このビルに入ることで得られるメリット」を明確に打ち出す。 ② マーケティング・広告戦略 (1) 自社で不動産ポータルサイトの展開現在、会社を挙げて取り組んでいる不動産ポータルサイトでは、自社メディア・サイト「プロパティ・ジャーナル」を設け、ビル・メンテナンス、プロパティ・マネジメント、リノベーション、仲介など、当社の多面的な業務展開を横断しながら、さまざまな切り口で情報発信を行っています。これは、単なるテナント誘致のためのツールではなく、不動産業界全体に向けた知見共有の場として活用することを目的としています。(2) 「オフィスビル=働く環境の一部」としてのコンテンツの打ち出し築古ビルの価値を「働く環境の一部」として強調するために、インターネットマーケティングを駆使した情報発信が必要となります。特に、自社メディア「プロパティ・ジャーナル」を中心に、次のような施策を展開します。●ストーリーテリングによるブランド訴求・「このオフィスに入居することで、企業の魅力が高まる」というコンセプトを、具体的なストーリーで発信。・実際の入居企業の成功事例を取り上げ、築古ビルが企業の成長に貢献する事例を紹介。「こんな風に改装可能!」といったクリエイティブな使い方の具体例も紹介。・写真の活用:「築古でも快適なオフィス空間」という視覚的訴求を強化。昼と夜のビルの雰囲気を比較できるように、複数のシチュエーションで撮影。テナントが働くイメージが湧くように、オフィスレイアウトを工夫した写真を掲載。●SEO対策を施したコンテンツマーケティング・「築古ビル オフィス」「コストパフォーマンスの高いオフィス」などの検索ワードを意識した記事を次々と作成しアップ。・専門家集団とタッグを組んで、Google検索で上位表示されるようなコンテンツ設計を行い、継続的な流入を確保。●SNSでの情報拡散とブランド強化・オーナー・管理会社が築古ビルの魅力を発信する際には、SNSの活用も効果的。・LinkedInを活用し、BtoB企業に対して築古オフィスの価値をPR。・Instagramではビジュアルを重視し、リノベーション事例やオフィス環境の魅力を訴求。・X(旧Twitter)では、最新の空室情報やキャンペーン情報をリアルタイムで発信。このように、インターネットマーケティングを駆使し、築古オフィスの魅力を発信することで、テナント誘致の成功率を高めることができます。 ③ ターゲットに合わせた訴求ポイントの明確化 ターゲット企業のニーズに応じて、デジタルマーケティング上での訴求ポイントを明確化し、それぞれの関心に合った情報を適切なチャネルで届けます。具体的には、WEBサイト、SEOコンテンツなどを活用し、ターゲット企業が求める価値を視覚的・言語的に訴求します。1.中堅企業の本社・支社向け:「コストパフォーマンスの高い実務的なオフィス」▶ メッセージ例・「経費削減を実現!築古オフィスでも実務効率の高いワークスペース」・「本社移転でランニングコスト30%削減!コストパフォーマンス重視のオフィス」・「執務スペースはシンプルに、コストは賢く。実務に最適な快適空間を提供」2.大企業のサテライトオフィス向け:「分散型勤務に最適なコンパクトオフィス」▶ メッセージ例・「分散型勤務の最適解!コストを抑えたサテライトオフィス」・「都心からのアクセス良好、効率的な働き方を実現する新しい拠点」・「高額な新築オフィスは不要。シンプル&機能的な築古ビルを活用」3.士業・コンサルティング企業向け:「信頼感のあるデザイン性+プライバシー確保」▶ メッセージ例・「お客様との信頼を築く、静かで落ち着いたオフィス環境」・「士業向けの快適ワークスペース。機密情報の管理も安心」・「築古でも清潔感のある空間。顧客の信頼を生むオフィス設計」4.地域密着型企業(デザイン・広告企業など)向け:「ユニークなデザインと自由度の高いオフィス」▶ メッセージ例・「個性を活かせるオフィス!築古ならではのレトロモダンな空間」・「自由度の高いレイアウトで、ブランドイメージを最大限に表現」・「デザイン会社・クリエイター必見!こだわりのオフィスを作れる物件」次章では、ブランディングによって向上したオフィスの価値を、実際にテナント誘致につなげる具体的な戦略について詳しく解説します。 第4章:効果的なテナント誘致戦略 築古オフィスビルの空室率を改善し、安定的なテナント確保を実現するためには、効果的なテナント誘致戦略が欠かせません。本章では、競争力のある賃料戦略と契約条件の設定、さらにテナントの意思決定プロセスを理解した上での営業戦略について詳しく解説します。 ① 賃料戦略と柔軟な契約条件の設定 (1) 競争力のある価格設定築古オフィスビルの賃料設定は、新築ビルや競合物件との差別化を図りながら、ターゲット企業にとって魅力的な価格帯を設定することが重要です。具体的な方針として以下が挙げられます。・周辺相場の徹底調査:近隣オフィスビルの賃料相場を調査し、市場に適した価格帯を設定する。定期的な市場調査を行い、競争力のある賃料を維持することが求められる。・コストパフォーマンスを重視:築古ビルの特性を活かし、「手ごろな価格で快適なオフィス環境を提供する」ことを前面に打ち出す。賃料を適正に抑えつつ、内装や設備の一部を改修することで、費用対効果の高い選択肢を提供できる。・長期契約割引の導入:長期契約を結ぶことで賃料を抑えるプランを用意し、安定したテナント確保を狙う。特に、一定期間以上の契約に対してインセンティブを設けることで、長期的な収益の安定化が期待できる。(2) 「賃料減額 vs. 高付加価値化」の選択肢築古ビルの競争力を高めるためには、単なる賃料の引き下げだけでなく、付加価値を向上させる選択肢も考慮すべきです。 選択肢メリットデメリット賃料減額低コストで入居を促進しやすい収益性が低下する可能性高付加価値化改修やサービスを強化し、適正な賃料を維持初期投資が必要 築古ビルの場合、設備投資によるバリューアップが可能なケースも多いため、「適度な投資による高付加価値化」で競争力を維持する戦略が有効です。(3) 保証金・更新料など契約条件の見直しテナント誘致のハードルを下げるためには、契約条件の柔軟性を高めることも重要です。・保証金の低減:初期費用を抑えることで、特にスタートアップ企業や中小企業の入居を促進。保証金を従来の相場よりも低く設定することで、契約成立のハードルを下げる。・更新料の見直し:長期入居を促進するために、更新料を低く設定する。特に、長期契約の場合には更新料の免除や低減措置を導入することで、長期間にわたる安定収益の確保が可能になる。・フレキシブルな解約条件:短期間でも入居しやすい契約プランを用意し、サテライトオフィス需要にも対応。テナントの事業展開に合わせた柔軟な解約条項を盛り込むことで、入居率向上につなげる。 ② テナントの意思決定プロセスの理解と営業戦略 (1) 企業がオフィス移転を決定するまでの流れ企業が新しいオフィスへの移転を決定するプロセスは、複数のステップを経るため、その流れを理解し、適切なタイミングでアプローチすることが重要です。●社内決裁のプロセス ・総務部門や経営陣が移転先を検討し、予算や条件を決定する。・役員会や取締役会での最終決裁を経て、正式な契約に至る。●コスト試算のポイント ・賃料、保証金、改装費、光熱費などのトータルコストを試算し、企業の予算と照らし合わせる。・築古ビルの優位性(低コストや自由度の高さ)を示すことで、意思決定を後押しする。●現地視察・交渉の重要性 ・実際のビルの雰囲気や利便性を確認するため、現地視察が重要。・視察時に具体的な契約条件を交渉することで、成約の可能性を高める。(2) 意思決定プロセスに沿った営業アプローチ企業の意思決定プロセスを踏まえた営業アプローチを展開することで、成約率を高めることができます。●士業・コンサル企業への直接営業 ・弁護士、会計士、コンサルタントなど、少人数で業務を行う企業に対し、築古ビルの静かな環境やコストパフォーマンスの良さを訴求。・セミナーや業界向けイベントなどを通じた関係構築も有効。●地元企業との関係強化 ・地域密着型の企業とのネットワークを強化し、地元の企業が移転先として検討しやすい環境を整える。・商工会議所や地域経済団体と連携し、築古ビルの利点をPR。●オフィス需要の高い業種リストアップとターゲティング ・市場調査をもとに、特定の業種(スタートアップ、IT企業、クリエイティブ業界など)に特化した営業戦略を展開。・各業種のニーズに沿った提案を行い、ビルの特性とマッチする企業を狙う。これらの戦略を組み合わせることで、築古オフィスビルの魅力を最大限に引き出し、効果的なテナント誘致を実現することができます。次章では、実際の成功事例をもとに、テナント誘致の具体的な実践方法や注意点について解説します。 第5章:事例研究と実践的アドバイス 築古オフィスビルのバリューアップを成功させるためには、実際の事例を参考にしながら効果的な施策を学ぶことが重要です。本章では、築古ビルの成功事例と失敗事例を紹介し、それらから得られる実践的なアドバイスをまとめます。 ① 築古オフィスのバリューアップ成功事例 (1) 築30年以上のオフィスビルを改修し、満室化したケース築古オフィスビルの老朽化は避けられないが、適切なリノベーションとマーケティング施策を組み合わせることで、高い入居率を維持することは十分に可能です。ここでは、実際に成功した事例を紹介します。事例①:築35年のオフィスビルを段階的に改修し、3年で満室化●築35年を超え、空室率が40%を超えていた中型オフィスビル。管理コストの上昇と入居者の減少が課題であった。●設備改修の優先順位を明確にし、段階的に改修を実施。 ・まず、テナントの不満が大きかったトイレ、空調、照明の更新を実施。清潔感の向上とエネルギーコスト削減を両立。・その後、エントランスのリニューアルを行い、外観イメージの改善に着手。●コストを抑えながらもテナントの利便性を向上させる施策を実施。 ・古いオフィスの「狭い・暗い・使いにくい」という印象を払拭するため、共用部のデザインを明るくシンプルに改修。・一方で、専有部の改修はテナントのニーズに応じて実施し、無駄な改装コストを抑えた。●自社メディアを活用したプロモーションにより、ターゲット層に的確にアプローチ。 ・自社メディア「プロパティ・ジャーナル」による築古オフィスの特集記事を展開し、築古ビルの魅力を再認識させる。・Instagram・X(旧Twitter)も活用し、リノベーションのビフォーアフターを発信。●結果として、3年以内に満室稼働を達成し、賃料も5%上昇。事例②:築古ビルの「レトロ感」を活かしたブランディング戦略●築40年のオフィスビルを、「クラシック×モダン」なデザインで差別化。●歴史的な建物のデザインを活かし、内装には洗練されたモダン要素を取り入れることで、独自のオフィス空間を演出。●ターゲットをデザイン・広告関連の企業に絞り込み、ニッチな市場で差別化に成功。 ・高級感とクリエイティブな雰囲気を強調し、感度の高い企業に訴求。・「歴史を感じさせるオフィス」というコンセプトを前面に出し、ブランド価値の向上を図った。●結果として、賃料を維持しながら高稼働率を実現し、空室率は10%以下に低下。(2) 企業とのコラボレーションで空室率を改善した事例築古ビルの活用は、地元企業や業界特化型企業とのコラボレーションによって更なる価値を生み出すことが可能です。事例③:ビル内の1フロアを特定業種向けにカスタマイズし、安定収益を確保●空室が続いていた築古ビルの1フロアを、IT企業向けに特化したレイアウトへ変更。●配線や通信設備を強化し、「即入居可能なITオフィス」として訴求。●業界イベントやセミナーを通じて、IT関連企業の認知を高め、6カ月以内にフロアの満室化を達成。事例④:地元企業との連携で築古ビルを活性化●立地を活かし、地元企業とのネットワークを強化。●商工会議所や地元メディアと協力し、築古ビルの魅力を発信。 ・地元新聞や地域密着型のオンラインメディアに特集記事を掲載。・地元企業とのビジネスマッチングイベントを開催し、新たなテナント候補を獲得。●結果として、空室率が改善し、地元企業の入居比率が30%増加。以上の成功事例から、築古ビルのバリューアップには以下のポイントが重要です。1.計画的な改修とコストコントロール:設備更新の優先順位を明確にし、段階的に進めることで、投資対効果を最大化できる。2.ターゲット層を明確にしたブランディング:築古ビルの特性を活かし、適切な市場に向けてアピールする。3.地元企業や特定業種との連携:地域経済とのつながりを活用し、テナントの安定確保を図る。次のセクションでは、築古ビルの失敗事例を紹介し、避けるべきポイントについて解説します。 ② 失敗事例から学ぶ 築古オフィスビルのバリューアップには、適切な戦略と計画が欠かせません。しかし、計画が不十分であったり、実施方法に問題があると、期待した成果が得られず、むしろ空室率が悪化してしまうこともあります。ここでは、過去の失敗事例を紹介し、そこから学ぶべきポイントを詳しく解説します。 (1) 中途半端な改修が逆効果になった例失敗事例①:エントランスの改修のみ実施し、統一感を欠いた結果、逆に印象が悪化背景・経緯・築年数が40年を超え、入居率が低迷していたオフィスビル。老朽化によるイメージダウンが顕著になり、オーナーは「とにかく第一印象を良くしよう」とエントランス改修に着手。・しかし、周辺相場や競合ビルのリニューアル状況について、十分なリサーチを行わないまま、エントランスだけ豪華にする方向で予算配分が決定された。具体的な改修内容・エントランスの壁面や床材を高級感のある素材に変更。ロビーにはデザイナーズ家具を導入し、まるで高級ホテルのような雰囲気を演出。・その一方で、オフィスフロアや共用部の内装・設備は老朽化が進んだまま放置され、外観と内部でギャップが生じてしまった。結果・問題点・内覧に訪れた新規テナント候補からは「エントランスと実際のオフィスフロアとの落差が激しく、逆に不安を感じる」との声が多数。・既存テナントからはエントランスの雰囲気向上を喜ぶ声もあったものの、新規入居には結びつかず、投資回収の見込みが立たなくなった。・管理上も、エントランスと他の部分で清掃やメンテナンスの基準が異なり、結果的に運営コストが増加した。教訓・改修はビル全体のバランスを考え、統一感を持たせることが重要。・見た目だけの変更ではなく、実際の使い勝手や快適性の向上を優先すべき。・優先度の高い設備更新(空調・照明・トイレなど)とのバランスを考えた改修計画を立てる。・投資範囲の決定前に、ユーザー目線での動線や利用シーンをシミュレーションし、複数の改修案を比較検討する。(2) ターゲット設定を誤ったために空室が続いた例失敗事例②:高級感を打ち出したが、立地特性とミスマッチで誘致が難航背景・経緯・交通アクセスがやや不便なエリアにある築30年超のオフィスビル。周辺は中小企業向けの賃料帯が主流で、豪華な設備を求める企業はあまり多くない環境だった。・オーナーは「同エリアの他ビルとの差別化」を図るために高級感路線を選択。内装や外観を大規模にリニューアルし、その分賃料を大幅に値上げする計画を打ち出した。具体的な改修内容・内装をハイグレード仕様に一新。高価な床材や照明、グレードの高いセキュリティシステムを導入。・見栄え重視である一方、エリア全体のニーズや、テナントが負担可能な賃料帯を慎重に検討することを怠りがちだった。結果・問題点・内覧には「設備は確かに良いが、このエリアでこの家賃は高すぎる」という声が多く、契約に至らないケースが続発。・広告宣伝にも力を入れたものの、そもそもの立地が高級志向の企業にとって好条件とはいえず、半年以上空室が埋まらなかった。・結局、大幅な賃料見直しとターゲット層の再設定を行った後に、ようやく入居率が改善。教訓・立地に応じたターゲット設定が不可欠。周辺市場の需要を調査し、それに合った戦略を立てる。・賃料の引き上げは慎重に検討し、エリアの相場と競争力を考慮する。・ハイグレード化を行う場合は、付加価値を明確に打ち出し、ターゲット層に強く訴求するマーケティングが必要。・リニューアル後の家賃設定だけでなく、共益費や初期費用などテナント目線での総費用も考慮する。(3) リノベーション投資の配分ミスによる損失事例失敗事例③:過剰な内装投資を行ったが、賃料に反映できず採算割れ背景・経緯・築35年のビルで「大規模リノベーションにより高級感を演出すれば、高い賃料でも借り手がつくだろう」と期待して、多額の投資を決定。・オーナーはデザイン事務所を招聘し、見た目の斬新さを追求する方針をとったが、同時にターゲットとする企業の業種や予算帯については深い考察がなかった。具体的な改修内容・木目調のフローリングや、オフィスには珍しい色使いのガラスパーティションを採用。ロビーや共用部にも最新デザイナーズ家具を導入。・物件の魅力を高める狙いだったが、そこまでの豪華さを求めない企業には「華美すぎて維持管理費も高そう」という印象を与えた。結果・問題点・コスト重視の企業が多いエリアにもかかわらず、内装の豪華さに見合うだけの家賃を設定できなかった。・当初の賃料設定ではテナントがつかず、値下げしても投資コストの回収が困難に。リニューアル後の収支計画が完全に狂ってしまった。・最終的に、一部の豪華設備を撤去し、賃料と内装のバランスを取り直すことで入居率は回復したものの、投資回収の遅れや無駄な経費が経営を圧迫。教訓・リノベーションは投資額とリターンのバランスを考えるべき。・市場調査を行い、ターゲット企業が求める改修内容を把握した上で計画を立てる。・必要以上の高級化はリスクが高いため、コストパフォーマンスの観点を重視する。・設備の選定には、内覧時のインパクトだけでなく、稼働後のランニングコストや運用面の利便性も考慮する。(4) 失敗事例から導き出されるポイント上記のように、築古オフィスビルのバリューアップを計画・実行する際には、「外観や内装の豪華さ」「ターゲット層との合致」「投資とリターンのバランス」「行政や周辺環境への配慮」など、さまざまな要素を総合的に検討する必要がある。失敗事例に共通するポイントとしては以下が挙げられます。1.周辺市場の状況分析の不足相場や需要の動向を把握しないまま改修や賃料設定を行うと、ニーズとの乖離が生じやすい。2.改修範囲とコンセプトの不整合建物全体を通じた統一感の欠如や、用途変更に伴う行政上の手続きなどが後手に回ると、時間・費用面でロスが大きくなる。3.投資コストの過度な先行見栄えや豪華さを優先しすぎて採算が取れなくなり、結果的に撤去や再工事で余計な支出を招くケースもある。4.ターゲット層の誤認立地特性を踏まえた客層分析や、賃料と設備のマッチングが不十分だと、空室率低減どころか悪化のリスクも高まる。これらの失敗事例とポイントを踏まえ、築古オフィスのバリューアップに取り組む際は、 「マーケット調査」・「投資計画の精査」・「全体コンセプトの統一」・「関係者とのコミュニケーション」 を怠らないことが重要です。成功事例だけでなく、失敗例から学ぶことで、無駄なコストや時間の浪費を避け、効果的な改修とテナント誘致が実現できるでしょう。 ③ すぐに実践できるポイント これまでの成功事例・失敗事例から得られた知見を踏まえ、今すぐ取り組める具体的なアクションをまとめました。予算やビルの状況に応じて柔軟に取捨選択し、効果的なテナント誘致につなげましょう。(1) テナント目線で「優先度の高い改善」をピックアップする●小規模改修から着手 まずはテナント満足度に直結する箇所(トイレ、空調、照明など)の改修を最優先とする。大規模リノベーションよりも費用対効果が高く、短期間での印象改善につながる。●統一感を意識した改修 一部だけ豪華にしても逆効果になるケースが多い。エントランスや共用部、オフィスフロアのデザインやメンテナンス基準をある程度そろえることで、「古い箇所が放置されている」というイメージを与えにくくする。(2)「発信力・PR」を強化する●ビフォーアフターの写真で訴求 小規模でも改修を行った場合は、ビフォーアフターの写真を積極的に公開する。築古ビル=「暗くて古い」というネガティブな先入観を一気に払拭しやすい。●自社メディアで情報発信 空室情報やキャンペーン告知、改修の進捗状況を、自社メディア「プロパティ・ジャーナル」で、特集記事を展開して情報発信。●ターゲット層ごとの刺さるキーワードを用意 「コスパ」「レトロ感」「ブランディング効果」など、ターゲット企業が関心を持ちやすいキーワードを明確にし、広告やコンテンツで繰り返しアピールする。(3) 無理のない「投資計画」と「収支バランス」の再確認●段階的改修スケジュールを作成 一度に多額の投資を行わず、優先度の高い箇所から順に改修を進める。その都度、テナントの反応と費用対効果をチェックしながら計画を微調整する。●リーシング担当との密な連携 改修や賃料設定に関する最新情報を常に共有し、投資計画とリーシング状況が合致しているかを確認。「賃料に転嫁できる投資額の範囲」を見極め、過度な先行投資を避ける。 最終章:築古オフィスビルの空室率低減に向けて 築古の中型オフィスビルが新築・大型物件と競合する中で安定した稼働率を確保するには、「ターゲット企業を明確にする」「低コスト・高効果のリノベーションを実施する」「企業ブランディングを意識した魅力づくり」「デジタルマーケティングの最大活用」という4つの要素が重要となります。まず、ターゲットの明確化では、企業規模や業種ごとに求められる設備や価格帯が異なるため、立地や物件特徴に合った客層を見極めることが不可欠です。築古物件でも、コストパフォーマンスやレトロな雰囲気を好む企業は意外に多く、そのニーズに適切に応えることが空室率改善の第一歩となります。次に、低コスト・高効果のリノベーションでは、設備の老朽化が顕著にあらわれるトイレ・空調・照明など、テナントの満足度に直結する箇所から優先的に手を入れるのが有効です。小規模な投資でも、内覧時の印象や入居後の快適性を大きく向上させることができる点が大きな強みです。また、テナント企業が自社のブランド価値を高めたいと考える以上、物件側でも「企業ブランディングを意識した空間づくり」を提案する必要があります。築古物件ならではの良さをあえて活かしつつ、清潔感と機能性を整備することで、新築ビルにはない独自の魅力を提供しやすくなります。さらに、デジタルマーケティングを最大限活用することで、情報発信力を強化し、対象となる企業へ直接アプローチしやすくなります。自社メディアなどを活用し、ビフォーアフターの写真・費用対効果の事例などをわかりやすく発信すれば、「築古=古い・汚い」という先入観を一気に払拭できます。 今後の展望と戦略的まとめ 不動産市場では、新築大型物件だけでなく、築古ビルの活用にも新たな可能性が生まれつつあります。コロナ禍以降、企業のオフィス戦略は柔軟性を求められるようになり、固定費を抑えながら必要十分な機能を確保できる物件の需要は引き続き根強いです。そこに合致する形で、築古オフィスビルは「低コストかつ柔軟な空間」を強みとして、今後も市場で一定の存在感を保てるでしょう。もちろん、新築・大型物件と比べた際の老朽化や競争力低下といった課題は避けられません。しかし、本コラムで示した「ターゲットを明確にする」「段階的に投資して価値を高める」「情報発信を強化する」という3つの軸を押さえれば、空室率の改善と安定収益の確保は十分に実現可能です。リノベーション技術やデジタルツールの進歩によって改修コストの負担も以前ほど高くなくなり、オーナー自身が物件の強みを見極めて効果的に発信することで、築古物件でも“古くても強いビル”としての地位を築けます。結局のところ、「ターゲットを定め、必要最低限の改修を的確に行い、魅力をデジタルで発信する」というシンプルな方程式こそが、築古オフィスビルの空室率を下げ、収益を安定させる最良の戦略といえます。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月18日執筆
 
 
 
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