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プロパティマネジメント
仲介営業に紹介される賃貸オフィスビル、されないビル
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「仲介営業に紹介される賃貸オフィスビル、されないビル」のタイトルで、2026年1月9日に執筆しています。少しでも、皆様に新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 第1章:「決まらない賃貸オフィスビル」に共通する“見えない壁” 「条件はそんなに悪くないはずなんだけど、なぜかずっと空いている」 「条件はそんなに悪くないはずなんだけど、なぜかずっと空いている」――こんな“モヤモヤ空室”に悩むオーナーやビル管理会社は、決して少なくない。立地はまずまず、賃料は相場並み、設備もそれなりに整っている。物件情報の数値/図面を見ても、特段の欠点は見当たらない。それなのに、内見案内の問い合わせすら少なく、月日だけが過ぎていく――。まったく無視されているわけではない。データベースにはちゃんと載っているし、物件情報も世の中に出回っている。でも、“紹介されていない”。あるいは、“紹介されても、推されていない”。その背後には、オーナーやビル管理会社の目には見えにくい、けれど確実に存在する“見えない壁”がある。それは、テナントではなく「仲介会社の営業担当」が無意識にその物件を“避けている”こと。もしくは、“推しきれずにスルーしている”という状態だ。 「決まるかどうか」は、仲介営業が握っている どんな物件も、テナントに良し悪しを判断してもらうには、まず誰かがその物件を紹介しなければ話は始まらない。その「誰か」とは、仲介会社の営業担当だ。彼らは日々、膨大な物件情報を捌きながら、「この案件は決まりそうだ」と感じたものに、限られた時間と労力を注ぎ込んでいる。ここで重要なのは、その判断が「この物件は決まりそう」という前向きな直感だけではなく、「これ、紹介したところでどうせ決まらないんじゃないか?」という“微妙な敬遠”にも左右されている、という点だ。この“避け”は、はっきりとダメ出しするものではない。ただ、「ちょっと扱いづらそう」「内見案内しにくそう」といった曖昧な感覚によって、紹介される物件の候補から外されていく。つまり、仲介営業にとって“紹介される物件”かどうか、この暗黙のフィルターを抜けられるかどうかが、実は最初の関門なのだ。ここで振り落とされた物件は、データ検索のリストには載っていたとしても、実際の内見案内の候補としてピックアップされることはなく、知らないうちに、なかったことになってしまっている。 「紹介されない物件」は、空室のブラックホールに落ちる いくら賃料を下げても、いくらトイレをリフォームしても、仲介営業に「紹介されないまま」になっている物件は、永遠に“選ばれない”。この「紹介されない状態」は、テナント募集資料に徴があるわけでもなければ、ビル管理会社のリーシングの月次報告に示されることもない。日常のやりとりのなかでも、問題点として、はっきりと言語化されることはない。だからこそ、オーナーや管理会社にとっては、気づきにくい。けれど、現場の仲介営業は、それを“感覚として”捉えている。──「このビル、ちょっと扱いにくいんだよな」そうした、ささやかな違和感が、紹介されないという個別の出来事として蓄積されていく。それぞれは単発の事象であったとしても、仲介営業の記憶の中で重なり合い、やがて「紹介しづらさ」という空気が、物件にまとわりついていく。明確なNG判断ではなく、いつの間にかみんなの手が伸びなくなっていく。そうなってしまえば、たとえ立地がよくても、物件のスペックが整っていても、紹介されず、内見案内されず、決まらない。“見えないスルー”によって、静かに空室ループに引きずり込まれていく。とはいえ、そのようなメカニズムで「紹介されない物件」があるからといって、それ以外のすべての物件が“積極的に紹介されている”わけではない仲介営業の現場では、「紹介される/されない」の境界線はいつも曖昧だ。ある営業にとっては「まあまあ」な物件が、別の営業には「ちょっと扱いづらい」になる。そしてその差を生み出すのは、物件の仕様や募集条件じゃなくて、ほんの些細な空気感だ。物件情報の図面の見やすさ、写真の印象、ビル管理会社のレスポンスの速度、説明のしやすさ――何気ない要素が、“思い出されやすさ”や“引っかかりやすさ”に影響している。つまり、「紹介される物件」とは、明確な基準で選ばれたものではなく、無数の現場感覚が重なった先に、ゆるやかに“浮かび上がってくる”ものだ。その“紹介される(可能性が高い)物件群”というレイヤーは、誰かが定義したわけでも、リストアップされたわけでもない。けれど、仲介営業たちの頭の中には、確かに存在している。それは、仲介の現場で共有される“空気のような了解”として働いている。このコラムでは、その空気の正体に迫っていく。仲介営業が物件をどう“感じ”、どう“スルーし”、どんなときに“推せなくなる”のか。その“名付けられない違和感”に、実務の現場から静かに向き合っていく。 第2章:仲介営業が“内見案内しづらい”と感じる賃貸オフィスビルの7つの実務ポイント 仲介営業が、物件を「紹介する/しない」を線引きするとき、いちばん先に見ているのは、物件のスペックでも家賃でもない。内見案内時のストレスと段取りの軽さ。ここに引っかかった時点で、その物件は静かに“候補落ち”する。紹介されない理由は、「物件力がない」からじゃない。むしろ、「ビル管理会社の実務対応」のなかに見えてくる。現場の仲介営業が“内見案内したくなる状態”になってるかどうか。答えは、内見案内の最中にちゃんと見えてくる。 ①内見案内の事前対応が遅い 問い合わせしても返事が遅い。もしくは返ってこない。内見案内の調整をお願いしても半日以上音沙汰がない。物件の基本情報を確認したいだけなのに、すぐに折り返しがない。こういう“反応の鈍さ”は、それだけで敬遠される。いまどき、みんなスマホ持ってる。気合があれば、すぐに折り返しくらいできるでしょっていう話。仲介営業の現場はスピード勝負。すぐに動ける物件から優先して紹介されるのが当たり前で、反応が鈍いビル管理会社の物件は、徐々に候補にすら入らなくなっていく。 ② 内見案内のときの対応 最近は、スマートロックやキーボックスを設置して、仲介営業に「勝手に見てきてもらう」スタイルも増えてきた。省力化、効率化ってことなんだろうけど、それって本当に正解なのか?現地に誰もいない内見案内は、印象に残らない。説明もない、伝わらない、記憶に残らない。仲介営業にとっても、テナントにとっても、「ただ見て帰っただけ」になる可能性が高い。ちなみに、当社の管理物件では、原則として、専任のリーシング担当が同道する。鍵を開けるだけじゃない。その場で設備の使い方、ビルの特徴、改修履歴、テナントの動きまで、ちゃんと伝える。内見案内が「場をつくる仕事」になっているかどうか。ここに差が出る。仲介営業にしてみれば、「内見案内しやすい」と感じる物件ってのは、説明のしやすさとセットになってる。だからこそ、「あのビルはちゃんと説明してくれたな」という印象が、あとで推薦されるかどうかを左右する。もちろん、同道が重たく見えたら逆効果。重要なのは、連絡すればすぐ調整できる段取りがあるかどうか。スピード感と“気持ちのいい対応”が整っていれば、同道はむしろ武器になる。 ③エントランスが暗い・入りにくい ビルの構造上どうにもならないケースもあるんだろうけど、仲介営業の感覚ってのは正直で、内見案内の入口で「連れて来づらい」と感じた時点で、そのビルはもう負けてる。だからこそ、エントランスの照明を明るめに設定する、余計な掲示物やよれたマットは外す、視界のノイズを減らす、そういう細かい配慮が効いてくる。大事なのは、「このビル、ちゃんとしてるな」っていう第一印象を、テナントのみならず、仲介営業に持ってもらえるかどうか。たとえ、築古の賃貸オフィスビルだったとしても、“気合い入ってる感”は伝わる。 ④ 執務スペースの室内が暑い/寒い/臭う これ、内見案内の現場で一番冷めるポイントかもしれない。夏はサウナ、冬は冷蔵庫、湿気とタバコの臭いが混ざった室内。内見案内時、執務スペースの室内がそんなだった瞬間、仲介営業もテナントも「うわ……」となる。それだけで、その場で選択肢から消える。でもこれって、内見案内のちょっと前に行って空調をつけておくだけで全然変わる。やるかやらないか。結局、ビル管理会社のリーシング担当の気持ちの問題。 ⑤清掃が甘い 内見案内で見られてるのは執務スペースだけじゃない。エントランスから廊下、給湯室、トイレ、共用部を含めた“内見案内ルート全体”。そこで埃がたまってたり、壁が薄汚れてたり、不要な什器が放置されてたりすると、もうその瞬間に仲介営業の心の中では“ナシ判定”が下る。築古だからこそ、清潔感が勝負になる。同じコストをかけて日常清掃の業務委託をしていたとしても、必要なのは、ちゃんとしておこうという気遣いと日常的な確認。 ⑥物件情報のデータと図面が古い・ズレている・面積が曖昧 物件情報の数値と図面は、仲介営業にとっての“説明の武器”。それが現況と違う、天井高が不明、OAフロアなのかも分からないとなれば、仲介営業はもう紹介しようとは思わない。図面が古いならば、ビル管理会社であれば社内で簡単なCADを使える人はいるでしょうに、頼んで描き直せばいいんじゃないかな。「物件情報の数値と図面が整理されてる」っていうだけで、テナントの仲介営業の印象は変わってくる。 ⑦物件情報の写真が少ない/画角が雑/現況とズレてる 物件情報の写真もまた仲介営業の武器。「これが今の執務スペースの室内です」とちゃんとした写真を見せられるだけでも、テナントの反応はまるで違ってくる。でも、ありがちなのは、外観1枚と暗い室内写真が2枚だけ。しかも、内1枚はピンぼけして、見切れてて、現況とズレてる、そんな状態だったりする。仲介営業は、そういう物件を紹介する物件の候補には入れない。ただそれだけのこと。現況を反映した明るめの写真が数枚あれば十分。新築やリノベ物件なら、プロに撮ってもらってもいい。まじで、それだけで印象が変わってくる。 ビル管理会社が“リーシング対応に慣れてるかどうか”がすべてを決める ここまで挙げた7つの要因、全部突き詰めると、ビル管理会社が「仲介営業の現場感」を分かってるかどうか、って話になる。・問い合わせにすぐ返す・内見案内をスムーズに段取りできる・あらかじめ空調を回しておく・清掃に気を配る・物件情報の数値/図面や写真をちゃんとアップデートして渡せる不思議な気もするが、いずれも、物件のスペックじゃなくて。段取りの話だ。でも仲介営業から見れば、それがすべて。紹介される物件になるか、候補にすら入らないか。その分かれ目は、意外とこういう“地味だけど重要なこと”にある。 第3章:「紹介される物件」には、“内見案内のイメージが湧く”空気がある 「この物件、いけそうか?」で仲介営業は動いている 仲介営業は、物件のスペックを一つひとつ冷静に比較検討してから紹介を決めているわけではない。現場ではもっと直感的に、「今回の案件でこの物件、いけそうか?」という感覚で動いている。そこにあるのは、「勝てそうな空気感」があるかどうか──つまり、仲介営業が“無理なく動けるイメージ”を持てるかどうかが、紹介されるか否かの分かれ目になる。 物件のスペックは“最低限の通過点”それ以上ではない 築年数、空調方式、トイレの仕様、共用部のデザイン──これらを含めた物件のスペックは、仲介営業にとって「見ておくべき前提条件」ではあるが、紹介されるか否かの決定打にはならない。実際、築30年を超えていても即決される物件はあるし、逆に築浅であっても、内見案内すら敬遠される物件もある。その差を分けているのは、「内見案内に踏み切れるかどうか」という仲介営業側の心理的なハードルだ。同じエリア、同じ坪数、同じ賃料水準の物件が3つあったとしても、仲介営業が案内するのは、“無理なく動ける方”である。 仲介営業は、“決まらない内見案内”を最も嫌う 仲介営業にとっての最大のリスクは、「決まらない内見案内」に時間と手間をかけてしまうこと。だからこそ、少しでも不安要素がある物件は、無意識に避けられていく。たとえば以下のような経験があると、その物件については、以降、なんとなく避けられてしまうことになる・内見案内の段取りが面倒(ビル管理会社の連絡が遅い・返信が曖昧)・物件情報の数値や図面と実際の現地にギャップがある・共用部など、現地での印象が説明しづらい・過去に提案したが、決まらなかったことがあるそうした小さな“引っかかり”が重なると、対象物件は仲介営業の記憶のなかで「いけそうにない」として扱われるようになっていく。 空室の原因は、“紹介されないこと”にある場合もある 空室が長引くと、つい「賃料が高いのか?」「設備が古いのか?」と、物件側の条件に原因を探しがちだ。けれど実際には、仲介営業の側で「紹介する対象に入りにくくなっている」ことこそが、最大のボトルネックになっているケースも多い。しかも、空室が長期化しているという事実そのものが、営業にとって説明しにくい要素になり、「今回もやめておこうか」という静かなスルーを誘発する。その結果、また空室が続く──という悪循環に陥ってしまう。 空室対策は、“紹介されやすい状態”を整えることから始まる 本当の空室対策は、物件のスペックをいじることでも、過剰な演出をすることでもない。まず必要なのは、「紹介しやすい状態」を地道に整えることだ。たとえば以下のような準備があると、仲介営業はぐっと動きやすくなる・数値・図面・写真などの物件情報が正確に揃っている・現地の状態が安定している(照明、空調、清掃など)・ビル管理会社のレスポンスが早く、やり取りにストレスがない・「この物件、こういう人なら合うかも」と説明しやすい特徴がある仲介営業が「これは勝てそうだ」「案内のイメージが湧く」と感じた瞬間、その物件は、自然と“紹介される物件”に引き上げられていく。そして、そこに乗れなければ、テナントに選ばれる以前の段階で、勝負は終わってしまう。 第4章:「内見案内される物件」には、気配りとテンポがある 「紹介されない理由」を潰すだけでは、紹介される物件にはならない 多くのビルオーナーやビル管理会社が空室対策としてまず手をつけるのが、共用部の清掃や物件写真の撮り直し、図面やスペック表の更新といった「基本的な整備」だ。それ自体は間違っていない。だが、それだけで仲介営業の記憶に残る“紹介される物件”になれるかというと、話は別だ。仲介営業が本当に内見案内したくなるのは、「このビル、気が利いてるな」と感じたときだ。その評価を左右するのは、紙の上の物件のスペックではなく、内見案内の現場で体験する“動きやすさ”の感触だ。この章では、その感触を生む「内見案内設計のセンス」について掘り下げていく。 「清掃されている」だけでは、必ずしも「ちゃんとしている」とは思われない たとえば、共用部を清掃しておくこと。確かに重要だ。だが、それは“やってあって当然”の話だ。仲介営業が評価しているのは、さらにその先──「あと一歩、気が利いているかどうか」である。たとえば・内見案内前に十分な時間をかけて空調を回し、暑さやニオイを感じさせない・エントランス清掃のタイミングを調整し、余計なものが視界に入らない空間を整える・エレベーターのカゴを1階に戻しておき、スムーズに内見階へ移動できるようにする・ビル管理会社のリーシング担当が玄関で出迎え、すぐに内見が始められる体制にしておくこうした細やかな配慮の積み重ねが、仲介営業に「このビル、内見案内しやすいな」という安心感を残す。これは、築年数でもリノベーションの有無でもなく、内見案内において「現場の気配り」でつくられる感触だ。この気配りは、単なるマニュアル対応でもなく、一方的な営為でもない。仲介営業との間にある、言葉にもならない阿吽の呼吸のようなやりとり――互いの動きや感覚に呼応しながら整えていく、繊細なコミュニケーションの積み重ねである。 “スムーズに終わる内見案内”が、次の紹介を引き寄せる 仲介営業にとってもっとも重要なのは、「内見案内がスムーズに終わるかどうか」だ。1日に複数の物件を回る営業にとって、段取りの読みやすさ・所要時間の予測しやすさは重要な評価軸となる。たとえば・ビル管理会社との連絡がスムーズで、返答も的確・現地に着けばすぐ内見案内が始められ、無駄なく説明できる・所要時間の見通しが立ちやすく、次の予定にも響かないこうしたテンポの良い内見案内は、仲介営業の中に「またこのビル使いたい」という記憶を残す。つまり、“スムーズな現場体験”が、「紹介される物件」の記憶を形成していく。 「説明しやすさ」は、仲介営業にとって最大の安心材料になる 整えられた物件情報(図面・写真・スペック表)は、ただテナントに渡す資料ということだけではない。仲介営業がテナントに説明するときに立つ“言葉の足場”であり、その安定感があるかどうかが、紹介に踏み切れるかの判断基準になる。たとえば・「天井高2,600ありますよ」・「このフロア、士業が入っていて静かです」・「トイレは去年リニューアル済みで照明もLEDです」これらが自然に口をついて出るように整っていれば、仲介営業は安心して内見案内できる。さらに、現地でビル管理会社のリーシング担当がその場で補足できれば、仲介営業は“さらに動きやすく”なる。重要なのは、「どんな風に説明されたいか」まで見越して整えてあること。それが、“説明しやすいビル”と評価される分岐点になる。 「仲介営業の動線」から逆算して設計する 結局のところ、空室が埋まるかどうかの入り口は、「紹介されるかどうか」だ。そしてその鍵を握っているのは、テナントではなく仲介営業だ。だからこそ、すべての整備と準備は「仲介営業の動線」から逆算して考えるべきだ。仲介営業の動きは1.物件情報を見て候補に入れる2.内見案内の段取りを組む3.現地で内見案内し4.内見案内後に説明を補足し5.テナントの反応を踏まえて再提案するこの流れが“つっかえずに流れる”ビルこそが、紹介される。そのために必要なのは、物件のスペックの高さではなく、「段取りと現場の整え方」だ。 空室を埋める前に、“内見案内される条件”を整える 空室が出たとき、すぐにリノベや賃料調整に走る必要はない。その前に問うべきは、「このビル、仲介営業に紹介されているか?」ということだ。仲介営業にとって・“動きやすい”ビルか・“面倒くさい”ビルかこの分岐は、たった数秒のテンポとわずかな段取りの差で決まってくる。だが、そのわずかな差を丁寧に積み上げている物件だけが、現実に“次も紹介される”物件になっている。空室対策の成否は、すでに内見案内の現場で決まっている。 第5章:「決まるビル」とは、仲介営業が“最後に推せる”ビル 「テナントが選ぶ」のではなく、「仲介営業が選ばせている」 テナントが最終的に契約するのは、内見案内された複数の物件のうち、たった1件だけ。だが、その選定を誰がどう後押ししたか──そこを見落としてはいけない。内見案内が終わると、営業担当は必ず聞く。「どうでしたか?」と。返ってくるのはたいてい、曖昧な反応だ。・「まあまあ良かったです」・「他の物件も見てみたいですね」この曖昧なやりとりの裏で、営業担当はすでに判断している。「このビル、決め打ちしていいか?それともやめておくべきか?」この“静かな線引き”が、提案の流れを決めている。つまり、「決まるビル」とは、仲介営業が「選ばせたい」と思ったビルだ。 「推せるか/推せないか」は、自分の仕事のリスクで決まっている 仲介営業がビルを“推す”とき、そこには「この案件、自分が責任を持てるか?」という明確な判断がある。判断の基準はシンプルだ。「あとで面倒にならなそうか?」という一点。たとえば以下のような要素が揃っていると、営業は安心して提案できる・ビル管理会社の対応が的確で速い(質問に即答できる)・内見案内の段取りがスムーズで、現地での補足も破綻がない・物件情報(図面・写真・数値)の精度が高く、現況と整合性がとれている・物件のスペックが明記されていて、テナントの質問にも即答できる・入居後にトラブルになりそうな要因が見当たらない(過去のクレーム事例も少ない)これらは、すべて「自分の仕事にリスクが跳ね返ってこない」ことを確信できる材料であり、“推せるかどうか”は、それをどこまで仲介営業が肌で感じられるかで決まる。 「わからない」は、最大のブレーキ 仲介営業にとっての“ちゃんとしてるビル”とは、「スムーズに説明できるビル」のことだ。逆に言えば、説明に詰まりが出た瞬間に「推せない」側へ傾く。たとえば・物件情報の数値/図面と現地にズレがある・物件のスペック資料に載っていない仕様がある・「この点ってどうなってます?」とテナントに聞かれて、物件情報を見ても、回答しようがない。・「あとでビル管理会社に聞いておきますね」が何度も出てくるこうした些細な「わからなさ」の積み重ねが、仲介営業の判断を鈍らせる。「何かあったらまずいな」という不安が勝った時点で、そのビルは“提案候補”から外れる。 最後の一押しが“自然に出る”ビルだけが残る 最終的にテナントが意思決定をする場面で、「ここで決めませんか?」という一言が自然に出せるかどうか。そこには、仲介営業の中で、確信が育っている必要がある。・ビル管理会社の対応に不安がない・入居後のトラブルやクレームが想定しにくい・提案後、フォローの必要があまりなさそうこれらの「先が読める」「リスクが低い」という安心感が、仲介営業の背中を押す。だから、“決まるビル”には、必ず「安心して推せる空気」が流れている。 第6章:仲介営業の“つま先”が止まるビル ──「内見案内されない理由」は、スペックではなく“足もと”にある 「なんとなく違う」──物件は“頭”ではなく“足”で選ばれている 「今回はやめておきましょうか」「この物件、ちょっと違う気がするんですよね」仲介営業が内見で物件を訪れたとき、物件資料を見返すわけでもなく、募集条件を詳細に比較するでもなく、その場の“空気”を感じ取って、すっと引き返すことがある。その判断は、頭ではなく身体――もっと言えば、「足」がしている。・なんか足取りが重い・立っていて落ち着かない・暑い、臭い、声が響く・どこをどう説明していいかわからない物件情報の数値/図面にもスペック表にも書かれていない、言語化しにくい情報。だがその微細な“ノイズ”が、「この物件はやめようかな」と営業の“つま先”を止めてしまう。 「違和感」とは、理屈よりも先に反応している身体のセンサー たとえば──・エントランスの空気がもたついている・共用部に、空室のよどみが漂っている・ドアノブの手触りが異様に古い・声が反響して落ち着かない「・ここを見せよう」と思える軸がないこうした要素は、必ずしもテナント本人が認識するとは限らない。でも、仲介営業がその空間でうまく動けないと、「やめておこう」という判断が生まれる。「このビル、図面で見たときは良かったんだけど、内見してみるとちょっと違いましたね」──テナントがそう言うとき、その“ちょっと違う”の正体は、仲介営業と共有された言語化されない違和感なのだ。 「ノイズがないこと」が、物件を自然に“通過”させる では、仲介営業がスムーズに案内できる物件には、何があるのか?実は、目立った魅力や演出があるわけではない。むしろ、「邪魔をしない」「拒否されない」状態があるだけだ。たとえば・暑くない/寒くない・臭くない・暗くない・動線に迷わない・共用部に気まずさがないこうした「ノイズのなさ」は、いわば“マイナスの排除”にすぎない。でも、それこそが仲介営業の足どりを軽くし、説明のテンポを崩さず、自然に内見案内ルートを組み立てられる鍵になる。 「選ばれるビル」は、拒否されなかった物件なのかもしれない 成約に至るビルが、必ずしも魅力的とは限らない。仲介営業が止まらず、テナントが違和感なく進んでいった結果、「ここで決めましょうか」と静かに決まることがある。つまり勝負を分けているのは、“推せる魅力”ではなく、“拒否される違和感”がなかったかどうかだ。仲介営業が立ち止まらず、説明が詰まらず、つま先が止まらない状態で動けた物件。それが「決まるビル」の共通点である。必要なのは、「整っている」こと。その整いは、仲介営業の身体が反応しない“静かな正常さ”のことだ。言い換えれば、物件が仲介営業という回路にスムーズに接続される条件が、きちんと揃っているということ。それだけで、紹介も、内見案内も、提案も、流れるように動き出すのだ。 第7章:その賃貸オフィスビルは、“紹介される物件”として認識されているか? ──仲介営業の「世界」からこぼれ落ちた物件たち 「スペックは悪くないのに、なぜか決まらない」 物件情報の数値/図面を見れば、特に大きな欠点は見当たらない。立地も悪くない。賃料も相場通り。設備も古すぎるわけじゃない。──それなのに、内見案内も入らず、問い合わせも続かず、いつまで経っても空室が埋まらない。オーナーやビル管理会社にしてみれば、「なぜ決まらないのか、まったく分からない」と首をかしげるしかない。だが、仲介営業の側から見ると、そうした物件にはある“距離感”が生まれている。それは、物理的な距離ではなく、“紹介される世界”から心理的にこぼれてしまっている物件という距離感だ。 仲介営業の中にある、“紹介される物件”という幻想 仲介営業は、毎日何十、何百という物件情報に目を通している。だが、そのすべてを一物件ずつ比較検討している時間はない。仲介営業の判断は、データ、数値による評価というより、「扱える気がするか/しないか」という感覚で下されている部分が大きい。・「このエリアの物件は大体スムーズに進む」・「このビル管理会社は、現況とのズレが少ない」・「このシリーズの物件は、内見案内しやすい」こうした“感覚的な地図”は、営業個人の経験に加え、同僚や業者間の会話、成功体験・失敗体験の共有のなかで、共有知のようなかたちで形づくられている。つまり、営業担当の頭の中には、「紹介していい(紹介できる)物件」のイメージが、幻想として漂っている。その幻想に映り込めない物件は、物件のスペックに見るべきポイントがあったとしても“存在しないも同然”になってしまう。 「物件情報がある」≠「紹介の対象になっている」 物件情報が届いている、ポータルに掲載されている、メールで案内された――それは物件の情報が“存在している”というだけにすぎない。仲介営業の頭の中で「内見案内候補」として浮上してこなければ、その物件は紹介されない。たとえば、ビル管理会社のリーシング担当が、仲介営業に対してアプローチをしたとしても・物件情報の数値/図面を送ってもスルーされる・内見調整の提案をしても、後回しにされる・現地案内をしても「また今度」と流されるこうして、物件は静かに仲介営業の思考の“視界の外”へと押し出されていく。これは、テナントに「選ばれなかった」物件ではない。「そもそも選ばれてすらいない」紹介されていない物件である。 「紹介される物件」から、こぼれていく過程 仲介営業の中で「紹介される物件」として認識されるには、小さな記憶の積み重ねが必要だ。逆に、その信頼が損なわれるのも、一つひとつの些細な体験から始まる。・現地と物件情報の写真が微妙にズレていた・ビル管理会社との連絡がちょっとかみ合わなかった・内見案内時に少し説明が詰まった・テナントから不満が出たことがある・過去の案件で、何となくスムーズに進まなかったこうした断片的な違和感が、やがて「なんとなく扱いづらいビル」の印象となって蓄積する。さらにやっかいなのは、それが個々のビルだけにとどまらず、ビル管理会社の名前や物件ブランドごとに“印象の連鎖”が起こることだ。いつの間にか「この管理会社の物件、なんかやりづらいんだよな」と、無意識に敬遠されるようになっていく。 選ばれないのではなく、「認識されていない」状態 ここが重要なポイントだ。紹介されないビルは、「選ばれなかった」のではない。“選ばれる以前に、見えていない”のである。・物件のスペックは整っている・募集条件も妥当・物件情報の数値/図面も写真も更新されている──にもかかわらず、案件が動かないのは、その物件が仲介営業の中にある「紹介できる物件」の幻想に映っていないからだ。これは、テナントに「評価されなかった」という問題ではない。そもそも“見えていない、視界に入っていない”という問題なのだ。 空室対策は、「紹介の風景」に再び入り込むことから始まる 空室が埋まるビルは、必ずしもスペックで勝っているわけではない。ただ――紹介されている。それだけだ。物件情報が共有され、案内が組まれ、内見が実施され、候補に上がる。つまり、「紹介される物件」として、日々の営業プロセスの中に位置づけられている。だから空室対策として、・物件情報の図面を更新して、磨くこと・物件情報の写真を演出すること・募集条件を調整することこれらはもちろん有効な手段だ。だがそれらよりも先に、本質的にテコ入れすべきは、「紹介という現実」の中に、再びそのビルを映り込ませることにある。 「紹介される幻想」に、もう一度参加すること 仲介営業は、毎日物件情報を見て、扱っている。そのなかで、誰に言われるわけでもなく、いつしか「紹介していい物件とは何か」という暗黙の了解が形成されていく。それは、誰かが明示的に選んでいるわけではない。でも確かに、「扱える物件の気配」は滲み出ている。・メール対応の早さ・質問への回答の正確さ・現地の内見案内のスムーズさ・雰囲気のノイズの少なさ・物件資料の写真・図面の見やすさそうした小さなやり取りの積み重ねが、「あのビルなら紹介できそうだ」という幻想を静かに育てていく。そしてこの幻想の中に、物件がもう一度参加できたとき、はじめて“空室が埋ま”っていく。 勝負は、「物件のスペック」や「募集条件」だけじゃなく「意識の中に存在しているか」 空室を抱えるビルが、まず意識すべきは、「リノベーションをした方が」「募集条件を合わせた方が」についての検討はさておいて、問うべきは、「このビルは、いま仲介営業の頭の中に存在しているか?」ということだ。わずかな違和感の解消、説明のしやすさ、内見案内のテンポ感、応対の信頼感――そうした繊細な相互作用のなかで、物件は徐々に「紹介される風景」に滲み出していく。このプロセスは、いわば共同幻想の境界線を少しずつ湿らせる作業に近い。乾いて離れてしまったビルを、じりじりと“中”へ引き戻す営みだ。空室対策とは、募集条件調整、リノベーションだけじゃない。「紹介される物件」として、現実のなかにもう一度浮上できるかどうか。その一点にかかっている。 最終章:賃貸オフィスビルは“扱われる”ことで、息を吹き返す ──「紹介される」という現実に、もう一度つながるために いま、賃貸オフィスビルの空室に悩んでいるオーナーの中には、募集条件を見直して。リノベーションも手掛けて、あとは運かタイミングの問題だと感じている人も少なくないかもしれない。だが、本当に問い直すべきなのは、そういった「建物そのもの」なり「条件」ではなくて、そのビルがいま――仲介営業の“日常の風景”に、ちゃんと存在しているかどうかだ。 賃貸オフィスビルは、「紹介される物件」という“流通”の中で初めて存在する どれだけ良い条件で募集を出しても、仲介営業の意識にのぼらなければ、その物件は紹介されない。 紹介されなければ、案内もなく、提案もされず、選ばれることもない。賃貸オフィスビルの情報サイトに掲載されていようと、物件の写真が綺麗だろうと、「流れていない川」に浮かぶだけの存在になってしまう。この現実は残酷だが、正確でもある。空室が埋まるビルと、いつまでも決まらないビルとの差は、仲介営業に扱われて、「紹介される」かどうか、まさに、そこなのだ。 共同幻想は、意図的にはつくれない。けれど、整え、育てることはできる 仲介営業が「あの物件なら扱える」と感じるとき、そこに誰かの指示やルールがあるわけではない。それは、日々のやりとりのテンポ、空間の印象、説明のしやすさ、対応の正確さといった、無数の断片的な経験のなかから、じわじわとにじみ出てくる“気配”のようなものだ。この気配は、強引につくることはできない。だが、整えることはできる。たとえば、不自然な間取りにちょっとした内見案内の導線を足すこと。質問への回答を翌日に回していた内容を、当日中に返すこと。どれも地味だが、そうした小さな対応の積み重ねが、仲介営業の身体と意識の中に「この物件、扱いやすいかもしれない」という感覚を、確実に残していく。そして、その“感覚”が一人だけでなく、複数の仲介営業のあいだで、なんとなく共有され、なんとなく語られ、なんとなく思い出されるようになったとき――それはもう、“共同幻想”として立ち上がっている。誰かがつくるものではない。だが、確かに「そこにある」と皆が思い始める。その幻想の中に入り込めた物件だけが、「紹介されるビル」として再び現実に浮かび上がってくるのだ。 空室対策とは、「存在を取り戻す」ための運用である いったん、仲介営業の記憶からこぼれ落ちたビルを、もう一度“紹介の風景”に戻すには、それなりの時間と丁寧な対応・運用が必要になる。だが、それらの努力によってビルが再び扱われはじめた瞬間、空気は確実に変わる。物件のスペックや募集条件で他を圧倒できないとしても、仲介営業の動線の中に入り、意識にのぼり、身体が自然と動くようになったとき、そのビルは再び“紹介される可能性のある場所”に浮上している。空室対策とは、物件のスペックなり、募集条件の調整だけじゃなくて、仲介営業の記憶への再接続だ。「紹介される物件」という共同幻想に、もう一度接続されるための地道な回復プロセスなのだ。 終わりに:あなたのビルは、もう一度“扱われる側”に戻れるか? いま、この瞬間にも、無数のビルが「存在していない」ものとして日々の営業活動をすり抜けていく。紹介されないビルには、永遠に声がかからない。だからこそ問いたい。そのビルは、いま誰の現場に“存在している”か?いま、誰の手によって“扱われている”か?空室を埋めるとは、誰かの記憶に、身体に、日常に――もう一度“戻る”ことなのだ。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年1月9日執筆2026年01月09日 -
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それでも、私は“このビル”を持ち続ける ―賃貸オフィスビル・オーナー千人の本音から見えてきた現実と
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「それでも、私は“このビル”を持ち続ける―賃貸オフィスビル・オーナー千人の本音から見えてきた現実と」のタイトルで、2026年1月7日に執筆しています。少しでも、皆さんに新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 はじめに 「この賃貸オフィスビルって、あと何年もつのか」「もう売るべきなんじゃないか」「でも、手放したら何が残る?」築年数が30年を超えた賃貸オフィスビルや店舗ビルを運営するビルオーナーたち。彼らは今、「なんとなく続けてきた」経営の、その先にある現実と向き合わされている。賃貸オフィス市場の空室率が改善したと言われても、帳簿に残るのは増え続ける支出。リニューアルすれば良い、設備を更新すれば良い――それが正論だとわかっていても、「そこに踏み出せない理由」が山ほどあるのが本音だろう。本コラムは、最近の賃貸オフィスビル・オーナーの動向に関する調査を紹介した記事を見ながら、そうしたビルオーナーたちのリアルな感覚と、そこに潜む“決断の論理”をひもとくことを目的としている。数字の裏にある葛藤。言葉にされないまま続けられているビル経営。その「静かな選択」を、私たちはもっと真剣に読み解くべきではないだろうか。 第1章:賃貸オフィスビル・オーナーの“顔”が変わらない理由―なぜ60代以上が過半数なのか。事業継承の現実と、“持ち続ける”という選択の背景 千人を超えるビルオーナーを対象にした調査によると、経営者の約6割が60歳以上という結果が示された。この数字だけを見ると、「不動産オーナーの高齢化が進んでいる」といった、よくある表面的な解釈にとどまりがちだ。しかし、より本質的な問いは別にある。それは――「なぜ、その不動産は若い世代に引き継がれていないのか?」という問題だ。単なるビルのオーナーが歳を取って、年齢分布がシフトしたという話ではなく、「継承されない構造」がそこにあるのだとすれば、これは今後の賃貸オフィスビル市場にとっても無視できないサインである。 「たった1棟」の重さ 調査によると、全体の6割のオーナーは「1〜2棟」しかビルを持っていない。その中でも、主要ビルの延床面積は1,000坪未満が約7割、築年数は33年以上が約半数を占めていた。つまり、いわゆる“中小型の築古ビル”を少数所有しているオーナーが、全体の多数派を形成しているのである。地元で父の代から続く賃貸オフィスビルを1棟あるいは2棟、相続して、というような。そうした“零細かつ個人経営的な賃貸オフィスビル事業”が、実は東京の都市経済のベースを静かに支えているということは、あまり語られてこなかった。そしてこの構図の中には、「小規模だからこそ、次の世代に引き継ぎにくい」という側面も浮かび上がってくる。たとえば5棟10棟と複数のビルを保有する法人オーナーであれば、ビル管理業務を専門の管理会社に任せたりもできるし、事業承継にあたっても、ポートフォリオの組み替えや一部売却など、いくつかのがあり得る。しかし、ビル1棟2棟しか持たないオーナーの場合、その運営は「事業」としての合理性よりも、「家族の財産として維持されるもの」として扱われがちだ。家業の一部として、生活と直結するかたちで個人が担っており、意思決定も情緒的・保守的になりやすい。経営というより、“生活の延長線上で背負う資産”といった方が近いだろう。そして当然ながら、資産規模が小さいほど、失敗は許されない。投資判断は慎重になり、収益のブレには神経質にならざるを得ない。その慎重さが、知らず知らずのうちに「誰かに継がせる」という選択肢に、無意識にブレーキをかけていく。 「継がせたい」のに、継がせられない―現場にある静かな断絶 相続を見据えて不動産を持ち続けることは、いまや珍しくない、というか王道の資産運用戦略だ。賃貸オフィスビルであれば、毎月の賃料収入を得ながらも、相続時の評価額は一定程度圧縮される。現金で保有して相続させるよりも税務上は有利で、「子どもに有利に残すために、賃貸オフィスビルを運営し続けている」という高齢オーナーを、現場ではよく見かける。しかしその一方で、「相続させた後、息子や娘がこの賃貸オフィスビルの運営を引き継ぐのかどうかは、正直わからない」と語る声も少なくない。調査結果としては表に出てこない部分だが、実務の現場では、“継がせたいという親の気持ち”と、“継ぎたくないという子の本音”が、噛み合わないまま空中に浮いているケースが多いようにも見受けられる。それも無理はない。オーナー自身が日々の経営の中で、「こんなに気を遣って、頑張って、それでも、今後、ビジネスとして伸びていくこともないし、報われることを実感し難い仕事を、子どもにやらせたいか?」と自問してしまうのだ。ある種の“やらせたくなさ”が、オーナー自身の内側からにじみ出てくる。 現時点での賃貸オフィスビル経営は、必ずしも“悪い”状況ではない。ただし、じわじわと増えていく支出。強まる「身を削っている」という実感。これらは無視できないリアリティだ。中小規模のビル経営は、単に管理会社に任せておけばいいようなシンプルな商売ではない。 ・修繕のタイミングをどう見極めるか・設備更新の必要性と費用の兼ね合い・テナントとのトラブル対応、賃料交渉の方針・法務・税務にかかわるリスク判断 これらすべての決定が、最終的にはオーナー個人に委ねられる。たとえ実務を管理会社に任せていたとしても、プリンシパル=エ―ジェント問題を無視できない以上、丸投げはできない。利害がズレれば、対応の質もズレていく。しかも、それらの判断はマニュアルでは対応できない「個別対応」の連続だ。数字だけでは測れない“現場の空気”や“相手の温度感”を読み取る力。地域との関係性、長年の経験値。そういった、マニュアル化できないノウハウを以てこそ、賃貸オフィスビルオーナーんとか維持している実態だ。 だからこそ、いまのオーナー世代は思ってしまう――「これは自分で終わらせるしかないかもしれない」と。それは、単に子どもを頼れないという悲観ではない。むしろ、「面倒をかけたくない」という優しさと、「誰かに任せるには重すぎる」という冷静な現実認識が交錯した、切実な判断なのだ。 続ける理由は、「辞められない」のではなく「辞めにくい」から 都心部であれば、築古であったとしても立地によっては十分に収益が出ている。また、たとえ、駅から多少距離があったとしても、「売ろうと思えば売れる」。それでも、多くのオーナーは売らない。それは、「苦労しているのに、辞められない」ということでもなく、“儲かっているからこそ、辞めにくい”という理屈である。売ってしまえば、まとまった現金は入る。だがその後の相続税対策は難しくなり、現金の再投資先にも頭を悩ませることになる。 それならば――・安定的に賃料収入が入る・含み益がある・相続評価を抑えられるこうした理由から、「このまま持っていた方が合理的だ」となる。これはまさに冷静な計算に基づいた“持ち続ける選択”なのだ。 だが、だからといって楽ではない。築年数が進めば、建物の老朽化とともに「大規模修繕か、建替えか」の判断が求められる。テナントの立退き、行政との調整、資金調達、相続人の合意、金融機関の査定…。ビル経営の「終わらせ方」は、“始め方”よりもずっと複雑で、ずっと重い。しかもその“正しい出口”が、いつ、どこに、どの条件で現れるのかは誰にもわからない。ゆえに、こう考えるオーナーが多くなる。「まだ回ってるうちは、自分の手元でやっておいたほうが安全だ」この姿勢は決して後ろ向きではない。それは、“なんとなく続けている”のではなく、“責任ある選択として、持ち続けている”という現代のビルオーナー像である。このあと第2章では、「業況は回復した」とされながらも、多くのオーナーが感じている“違和感”――数字と感覚のズレに踏み込んでいく。 “儲かっているから辞めにくい”というリアル 築年数が古くなっていても、都心部の立地であれば、賃貸オフィスビルは今なお十分な収益を上げている。仮に駅から少し距離があるとしても、「売ろうと思えば売れる」物件は少なくない。それでも、多くのオーナーは売却に踏み切らない。そこにあるのは、「苦労しているのに辞められない」という後ろ向きな事情ではなく、“儲かっているからこそ、辞めにくい”という、きわめて合理的な構造だ。たしかに、売却すればまとまった現金は手に入る。だがその瞬間から、相続税対策が一気に難しくなる。さらに、その現金をどう再投資するかという、新たな悩みも生まれる。 だからこそ、多くのオーナーはこう判断する。・安定的な賃料収入がある・含み益がある・相続評価を抑えられるこれらを踏まえれば、「このまま持ち続けたほうが合理的だ」という結論に至る。これは、“なんとなく続けている”のではない。冷静な計算に基づいた、責任ある選択だ。 ただし、だからといって楽ではない。築年数が進めば、建物の老朽化は避けられず、いずれ「大規模修繕か、それとも建替えか」という重い判断に向き合わなければならない。そのときには、テナントの立退き交渉、行政との調整、資金調達、相続人間の合意形成、金融機関による資産査定――さまざまな要素が絡み合い、“終わらせ方”は、始めるときよりもずっと複雑で、ずっと重い。しかも、その“正しい出口”が、いつ・どこで・どんな条件で現れるかは、誰にも分からない。だからオーナーはこう考えるようになる。「まだ回っているうちは、自分の手元でやっておいた方が安全だ」これは決して後ろ向きな姿勢ではない。むしろ、“今はまだ出口ではない”と判断した上で、責任を持って続けているという、現代の賃貸オフィスビル・オーナーのリアルな在り方である。次章では、「業況は回復した」とされる一方で、多くのオーナーが抱えている“ある違和感”――数字の好転と、実感の乖離に踏み込み、そのギャップの正体を明らかにしていく。 第2章:業況は“回復”した。でも、なぜこんなに不安なのか―「収入が増えた」3割強vs「支出が増えた」3分の2弱。見かけ上の好調と実態のズレ 「ビル経営、今どうですか?」そう聞かれたとき、「まぁ、悪くはないですよ」と答えるオーナーは意外と多い。実際、調査では6割強のオーナーが「業況が良い」「やや良い」と答えている。この数字だけを見れば、回復基調にあるように映る。しかし、その言葉の裏には、どこか言い切れないニュアンスが漂っている。たしかに「悪くはない」のかもしれない。けれど、なぜか皆が口をそろえて「でもこの先はわからない」と言う。この“好調のはずなのに、不安が拭えない”という違和感の正体は何なのだろうか。 収入はそこまで上がっていない、むしろ「維持しているだけ」 「業況が良い」という回答の背景を見ていくと、「収入が増えた」と答えたのは、全体の3人に1人程度。残りの多くは、「変わらない(約3割)」「減った」「わからない」と答えており、自分の収入の伸びを実感できている層は限定的だ。それでもなお「業況は良い」と答えるのはなぜか。おそらくそこには、「悪くなっていないことが、むしろ良い」と感じている心理的構造がある。つまり、“期待値がすでに下がっている”のである。コロナ禍で空室が一気に増え、「このまま沈むかもしれない」と思っていたあの時期と比べれば、確かに今は落ち着いている。実際に、空室が減り、募集も徐々に動いているという実感が戻ってきているオーナーも多い。だが、それはあくまで「元に戻った」だけの話であって、「前より良くなった」わけではないってことなのかもしれない。それなのに、「良くなったような気がする」。この心理的なズレが、表面的な好調感を生み出しているのではなかろうか。 支出は容赦なく増える。「収入は横這い、コストだけが増加」 さらに深刻なのは、支出の増加である。調査では、支出が「増加した」と答えたオーナーは全体の3分の2にものぼる。この割合は、「体感的に多い」というレベルではなく、明確に構造的な問題になりつつあることを示している。 特に増加が目立つのは以下の項目・公租公課(固定資産税など):約半数が「増加」・水道光熱費:3分の2が「増加」・修繕費・資本的支出:3分の2が「増加」ここで注目すべきは、これらのコストが「価値向上」のための投資ではなく、「現状維持」のための出費であるという点だ。 つまり、何かを改善するためではなく、“悪くならないように守る”ためにコストをかけている。しかも、インフレやエネルギー価格の上昇、人件費の高騰といった外的要因は、ビル経営とは無関係にやってくる。そうした“外圧的コスト”に対し、テナントに対して、賃料や管理費を引き上げて、即座に転嫁できるわけがない。結果的に、「実入りは据え置き、コストだけが上がっていく」構造ができあがっている。 「持ち出し前提」の時代へ あるオーナーはこう語っていた。「毎年、建物が歳を取る。何もしなければ老朽化する。でも何かするには金がかかる。そして、何をしても収入は増えない」この言葉は、まさに現代の築古の賃貸オフィスビル経営の縮図である。 実際の現場では、こうした出費が繰り返されている・電気料金の上昇することを踏まえた、エネルギー効率性向上を見据えた空調設備の更新・蛍光灯は間もなく製造中止になるので、照明器具のLED化は待ったなし・水漏れへの緊急対応としての防水補修どれも「必要な支出」であることは間違いない。だが、どれも「収益を直接押し上げる支出」ではない。むしろ、「収益を維持するための費用」と言った方が近い。つまり、持ち出しが前提の経営が常態化しているのだ。 “好調”とは、「想定よりマシだった」という感覚 結局、「業況は良い」と感じている理由は、「想定していたよりはマシだった」という安心感に根ざしている。コロナ禍という偶発的な悪化フェーズを経た今、「落ち着いている」「前よりまし」という相対的なポジティブ感がにじみ出ているだけとも言える。だが、これはあくまで“比較の問題”であって、“絶対的な安心感”にはつながっていない。むしろ、日常が戻ったことで、「次に本当に必要な打ち手をどうするか」が正面から問われ始めている。オーナーたちは薄々気づいているのだ。「このままでは、またすぐ限界が来る」と。だからこそ、“好調”という言葉にどこか戸惑いが残る。次章では、そうした不安の正体に一歩踏み込む。なぜ多くのオーナーが“価値向上の施策”に踏み出せないのか。改善が進まないのではなく、「進められない理由」があるとすれば――それはいったい何なのか。 第3章:ビルを整えられない理由 ―なぜ価値向上の手が止まるのか。「やらない」のではなく「やれない」実情。多くの賃貸オフィスビル・オーナーにとって、「整える」「手を入れる」「価値を高める」といった言葉は、常に頭の片隅にあるはずだ。 老朽化が進むにつれ、どこかのタイミングで何らかの手を打たなければならない――そう感じている人は決して少なくない。しかし現実には、その“手”が止まっている。思ってはいても、踏み出せない。調査結果を見ても、その実態は明らかだ。 専用部について「特に何もしていない」と答えたオーナーは全体の6割。共用部においても「特になし」が5割弱。 つまり、半数以上の賃貸オフィスビルで価値向上に向けた施策が未着手のままということになる。これは、単なる怠慢なり、放置ではない。むしろ、「やりたくても、やれない」オーナーの心理的な葛藤と、合理的判断の積み重ねにほかならない。 まず立ちはだかる「投資コスト」 施策が進まない最大の理由は、やはり「お金がかかる」ことである。調査でも、「多額の投資が必要となる」と回答したオーナーが最も多く、全体の5割強にのぼった。これは、当然の反応である。たとえば、空調設備の更新、照明のLED化、エントランスのリノベーション、屋上の防水工事など。いずれも、それなりの規模の工事であり、数百万円から1千万円越え、場合によっては数千万円規模の出費となる。しかもその投資が収益増加に結びついて、資金が回収できるかどうかが見通せないという問題がある。「費用対効果が見込めない」「わからない」と答えたオーナーも4割弱。さらに調査の結果を読み解くと、「建物の寿命が近い」として判断を保留している層も3分の1に達している。つまり、オーナーが直面しているのは“三重苦”である。・お金をかけるには勇気が要る(コストが重い)・成果が見通せないから踏み切れない(リターンが不確実)・そもそも、ビル自体、あと何年使えるかもわからない(老朽化と寿命の問題)この三重苦が、「整えたい」という気持ちにブレーキをかけて、「整えられない理由」の根底にある。 「正しい打ち手」は、コストだけが“見える化”されている 近年、ESG、ZEB、DX――こうしたキーワードがメディアや業界紙に溢れ、賃貸オフィスビル経営において「整えるべき」課題が目白押しである。だが、こうした論調に接するたび、オーナーの頭にまず浮かぶのは「いくらかかるのか」という現実的な問いだ。そして、問題は、その問いに対して「かけた金額は分かるが、得られる効果はよく分からない」という点にある。たとえば、ある空調設備を最新機種に更新しても、テナントがつくかどうかは別問題。エントランスの床材を高級にしたから賃料を上げられるか?そうした問いに対して、確実な“見返り”を示すことはほとんどできない。調査でも、「施策をやってみてよかった」「空室が埋まった」といった“確かな手応え”をもって語られる事例はごくわずかにとどまっていた。「支出は確定しているのに、効果は不確定なまま」。この非対称性が、オーナーの判断をためらわせる原因となっている。 実は“試してみたけど反応がなかった”層もいる さらに現場では、「一度整えてみたが、ほとんど反応がなかった」というオーナーも少なくない。たとえば――エントランスの壁紙を張り替えた。照明をLED化した。外構の一部をちょっといじってみた。けれど、いざ募集をかけてみても、空室は埋まらない。内見の反応も、仲介業者の評価も変わらない。そして、こう思ってしまう。「結局、手を入れても意味がないんじゃないか」このような小さな失望体験が積み重なり、次の一手を止めてしまう。「改善しても報われない」。そんな諦めが、静かにオーナー心理に根を下ろしていく。 “ビルの性格”は変えられない 築古の賃貸オフィスビルには、それぞれに“性格”がある。天井が低い。柱が太い。給排水の配管経路が限られている。窓面が少ない。それらのビルの性格に加えて、駅からの距離が中途半端……。オーナー自身が、物件を誰よりもよく理解しているからこそ、こうした限界を日々実感している。そして多くの場合、「この“性格”を抜本的に変えるとしたら、建替えるしかない」ことを知っている。調査でも、「建物の物理的な寿命」が価値向上の支障要因として3割強のオーナーに挙げられている。言い換えれば、「限界があることを、誰よりもわかっているから、整えない」という選択もまた、実に理にかなったものなのだ。 だからこそ、“整え方”を問い直すべきとき 価値向上といえば、大規模なリノベーションやフルスペックの改修が連想されがちだ。だが、本当に今求められているのは、「整え方そのものの再定義」である。・どこにお金をかけるべきか・どこはあえて手を入れず、現状のままにしておくべきか・どの順番で施策を打つか・効果をどう検証し、継続するかどうかをどう判断するかこうした視点を持たないまま、“なんとなくリニューアルする”という姿勢は、むしろ危うい。整えるという行為には、戦略と感性、そして割り切りと判断軸が不可欠である。 次章では、そうした判断を支える「静かに整える」実践例に目を向けていく。それは、必ずしも“映える改修”ではない。維持管理の見直し、“できるところから始める”という実務的なアプローチ。その先にある「続けるための火種」を、見つめ直す。 第4章:それでも、ビルを整えてみた ――リノベーションは“投資”ではなく、“段取り”かもしれない築年数が進んだ賃貸オフィスビルを「整える」ことの難しさは、多くのオーナーがすでに理解している。資金、タイミング、入居状況、将来の建て替え可能性、そして手間。それらを天秤にかければ、「いま無理に動く必要はない」と結論づけるのは、ごく自然な判断だ。 それでも、実際には一部のオーナーたちが、静かに、そして現実的に“整えはじめて”いる。それは大きな改修や派手な演出ではない。数千万円の投資を一気に行ったわけでもない。むしろ、「この状況下で、自分のビルにいま本当に必要な整え方とは何か?」を丁寧に問い直しながら、できるところから、計画的に、段取りとして進めているのだ。 目立たないけれど、確実に効く――共用部の最小リノベ たとえば、築30年を超える中規模ビルで、「共用トイレと給湯室」だけをリノベーションした事例がある。専有部には手を加えず、募集条件も大きくは変えなかった。にもかかわらず、施工後すぐに新たなテナントが決まり、賃料収入が増加したので、投資額600万円に対し、8ヶ月ほどで回収できる算出が成り立った。この改修が成功したポイントは、「映える」見た目の演出ではなく、使い勝手と清潔感の両立に注力した点にある。・LED照明とミラーで明るさと奥行きを演出・掃除しやすく汚れが目立たない床材を採用・女性用洗面台への細やかな配慮・統一感のある照明と素材選定で、給湯室にも清潔感を付加どれも派手さはないが、「ここなら安心して借りられる」と感じさせるには十分な“整え”だったという評価ができよう。 一括改修よりも、「構造の整理」と「順序の明快さ」 別の事例では、五反田にあるビルで5フロアとエントランスホールを一括で改修したケースがある。一見、大規模なリニューアルに見えるが、随所にコストを抑える工夫がなされていた。・エントランスには白漆喰を使い、光と建具で“上質感”を演出・床や天井は既存を活かして再利用・水回りはステンレス製で、耐久性と清掃性を重視・ガラス建具によって視覚的な抜け感をつくり、面積以上の開放感を実現費用は5,000万円台半ばと大きいが、当時は5フロア分の空室があり、「一度に整える」判断には十分な合理性があった。この事例で注目すべきは、「何を変え、何を残すか」の線引きが極めて明確だった点だ。・すべてを変える必要はない・だが、手を入れるところには徹底的に注力する・判断基準は「それが入居につながるかどうか」の一点に集約されているリノベーションに「正解」はない。しかし重要なのは、行き当たりばったりではなく、“筋の通った構想”として整えることである。 リノベは「投資」ではなく、「関係の再設計」である よくある誤解に、「リノベ=投資」という思い込みがある。もちローン、費用が発生する以上は投資であることに違いない。しかし、実際に起きていることは、「物件との関係を再設計する作業」に近い。・現在の入居者に、自分のビルはどう映っているか?・内見者が最初に気にするポイントはどこか?・なぜ空室が長引いているのか、根本原因は何か?こうした“関係性の棚卸し”を抜きにしてリノベに踏み切っても、効果は限定的で、むしろ的外れな結果に終わることも多い。リノベは、物件そのものの再評価であり、オーナーとビル、そして入居者との関係を再構築するためのプロセスでもあるのだ。 少しだけ整えて、反応を見るという戦略 何千万円もかけなくても、打てる手はある。たとえば――・照明の色温度を変更、調整して、雰囲気を一新する・トイレの壁紙だけを張り替える・EVホールに案内サインを追加する・給湯室の古いカーテンを撤去して、スッキリと見せるこうした“細かく、静かな整え”でも、内見者の印象やテナントの動きが変わることがある。もちローン、劇的な成果がすぐに現れるわけではない。だが、「試してみたこと」「小さくても結果が出たこと」が、次の一手を考えるための大事な足がかりになる。整えることはゴールではない。整えた先に出てくる“反応”こそが、次の展開を導くヒントになるのだ。 次章(第5章)では、「では、その整えた先に何があるのか?」を見ていく。売却ではなく“持ち続ける”という選択をとったオーナーたちは、いま何を見ているのか。「諦めではない継続」の背景にある論理と感覚を、さらに深く掘り下げていく。 第5章:売らない理由、そして“持ち続ける”という決断 ―「もう、十分だ」と言える日が来るまで。築古の賃貸オフィスビルを前にしたオーナーたちは、迷っていないわけではない。修繕は増える。空室も続く。手間はかかるし、周囲からは「もう売ればいいじゃないか」と言われる。それでも、多くのオーナーは「持ち続ける」という選択をしている。合理的に見えないかもしれないこの判断には、感情だけではない、いくつかの“ロジック”が存在する。 「出口がない」のではなく、「出口を選ばない」 「売るに売れない」と言われるが、実際にはそうでもない。都心のビルなら、買い手はいる。価格もそこまで悪くない。にもかかわらず、なぜ手放さないのか?答えはシンプルだ。売っても残らないからだ。売却益が出ても、そこから税金を引き、ローンがあれば返済し、管理法人を整理して……と手続きを終えた頃には、「あれ?こんなもんか」となる。それなら、“毎年少しずつでも入ってくる”方を選ぶ。自分で管理すれば、経費で落とせるし、相続税評価も圧縮できる。要するに、オーナーは「辞めないこと」が最もローリスクな運営であることを、知っているのだ。 「継がせたくない」は、“やめたい”とは違う 後継者がいない、という声もよく聞く。しかし、それは「継がせたくない」のであって、必ずしも「辞めたい」という気持ちとは一致しない。・・この大変さを子どもに味わわせたくない・・24時間365日の気疲れを引き継がせたくない・・テナントとのやりとりは人格勝負。それを人に任せるのは難しいこうした心理の裏側には、“まだ自分がやった方がマシだ”という判断がある。言い換えれば、ビルを手放す覚悟より、続ける忍耐の方が軽いという状況なのだ。 “辞めどき”は、利益で決まらない どこまでやったら、このビルを卒業できるのか。どこまで頑張ったら、「もう十分」と言えるのか。これは、利益率や満室率では測れない感覚の話だ。 例えば――・・すべての空室に、想定していたテナントが入った・・入居者との関係が落ち着き、やるべきことが明確になった・・自分のやりたかった改修が一通り終わったそういう「納得のプロセス」を通ったときに、オーナーはようやく「もう手放してもいいかもしれない」と思える。この意味で、“辞めどき”とは、単なるタイミングではなく、「自分なりにちゃんと着地した」と思える状態なのだ。 “資産”から“生活の一部”へ 築古ビルを長年持ち続けたオーナーにとって、それはもはや単なる不動産ではない。「所有している」以上に、「暮らしてきた」という実感がある。毎月の家賃振込、電球交換の手配、設備更新の見積もり、退去連絡の処理。ビルの呼吸に合わせて暮らしてきた日々が、いつの間にか“生活の一部”になっている。だからこそ、売るという判断には、資産としての合理性以上の迷いが生まれる。たとえ数字で見れば十分に“売りどき”であっても、手放すということは、「これまでの自分の営みをひと区切りつけること」と重なるからだ。それは、単なる資産整理ではない。それは、「自分の一部を、そっと閉じる」ような行為なのだ。 最後に ――問いは、まだ終わっていないこのコラムのタイトルは「それでも、私は“このビル”を持ち続ける」だった。だが、もしかしたら本当に言いたかったのは、こうかもしれない。「私は“まだ”このビルを持ち続けている」この「まだ」には、希望も、不安も、未練も、意地も、すべてが含まれている。決して楽な選択ではないけれど、決して間違った選択でもない。築古の賃貸オフィスビルは、単なる不動産ではない。長く続けてきた人にしかわからない“もうひとつの価値”がある。そしてその価値は、これからの都市の中で、静かに再評価されていくはずだ。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年1月7日執筆2026年01月07日 -
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築古オフィスビルは、なぜ“残る”のか?─東京の再開発と資本能率性の盲点
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古オフィスビルは、なぜ“残る”のか?─東京の再開発と資本能率性の盲点」のタイトルで、2026年1月5日に執筆しています。 少しでも、皆様に新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに──賃貸オフィスビルは、どこまで「場所」で儲かるのか?第1章:資本主義が見落としてきた「場所の特殊性」第2章:「東京」という局所性が築古の賃貸オフィスビルを延命させてきた第3章:「ストック市場」と「フロー市場」の構造的矛盾が築古の賃貸オフィスビルを揺さぶる第4章:ファンド資本主義の隙間で生き延びる、築古の賃貸オフィスビル第5章:ズレを引き受ける空間としての築古の賃貸オフィスビル―資本主義の“余白”に生きる最終章:都市の綻びに宿るもの──築古の賃貸オフィスビルという生存装置 はじめに──賃貸オフィスビルは、どこまで「場所」で儲かるのか? 賃貸オフィスビルの経営って、よく考えてみると、ちょっと不思議なビジネスだと思いませんか。やっていることは、シンプルです。土地の上にオフィスビルを建てる。できるだけ良いビルを建てる。そして、そのビルのオフィス空間をテナントに貸して、賃料という“場所代”をもらう。基本的には、それだけ。でもこの仕組みは、何十年も変わらずに機能し続けています。いったい、賃貸オフィスビルという事業の成立において、「場所」が持つ力は、どこまで大きいのでしょうか。少し立ち止まってみると、これは資本主義にとって、なかなか解けない問いでもあります。市場経済の原則では、すべてのモノやサービスは、需要と供給によってフラットに評価されるべきだとされます。リンゴも、パソコンも、オフィスも、同じルールで価格が決まるはず。けれども、「土地」だけは、どうしてもそうならない。 特に東京を見れば明らかです。日本中にこれだけ広い国土があるのに、経済活動は異様なまでに一極集中し、限られた土地にだけ極端な価値が宿る。そして、ほんの少し郊外に外れただけで、オフィスの賃料や土地の評価は大きく変わってしまう。この局所的な偏りは、「市場の公平な価値付け」では説明しきれません。 むしろ、賃貸オフィスビルというビジネスの根底には、「資本主義がうまく扱えない特殊性」、言い換えれば、「資本主義の外側に残された価値」が、じわりと作用しているのかもしれません。実際、東京の賃貸オフィス市場は現在、空室率の改善、賃料水準の上昇など、いわば「好調」に見える状況にあります。ですが、そうした表面的な回復基調の裏で、築古の賃貸オフィスビルには、別の現実が静かに忍び寄っています。売買価格(=ストックの価値)は上昇を続ける一方で、築古物件の賃料収入(=フロー)は頭打ちに近づいており、「この価格に見合うだけの収益が、本当に得られるのか?」という根本的な矛盾が、じわじわと表面化し始めているのです。もしこの矛盾が臨界点を超えたとき、「築古の賃貸オフィスビルはもう成り立たない」という未来がやってくるのかもしれません。しかし、本当にそうでしょうか?賃貸オフィスビルが築古になっても、場所としての価値が失われるとは限りません。むしろ、建物の効用や資本の論理では説明しきれない「場所のちから」が、そこに静かに息づいているとすれば──それは、築古の賃貸オフィスビルが“まだ使える”というだけの話ではなく、「資本主義という仕組みそのものに潜むズレ」を映し出す、ひとつの鏡なのかもしれません。ちょっと難しく聞こえるかもしれませんが、大丈夫です。このコラムでは、賃貸オフィスビルが収益を生むうえで、「場所の価値」がどのように作用してきたのかを改めて見つめ直しながら、築古の賃貸オフィスビルの価値をどう再発見し、どう延命していけるのか──その実務と思想の両面から、現実的に考えていきたいと思います。それでは、一緒にその謎を解きに行きましょう。 第1章:資本主義が見落としてきた「場所の特殊性」 市場という仕組みは、そもそもすべての財やサービスを、フラットなルールで交換する場として設計されています。リンゴでも、自動車でも、オフィス空間であったとしても、価格は需給のバランスで決まり、効率のいいものが選ばれて残り、そうでないものは淘汰されていく。そうした新陳代謝によって、資本主義は成長していく──そんな理屈です。 でも、そのロジックに、ぴったり当てはまらない存在がある。それが「場所」、土地や空間です。場所には、モノやサービスにはない「偏り」があります。たとえば、品川駅前の一等地を、青森とか地方都市に“引っ越し”させることはできないし、希少性のある立地は、それだけで特別な価値を持ってしまう。 資本主義の教科書的なロジックに照らせば、こうした“動かせない偏り”は、むしろ制度の歪みとして扱われることが多かった。実際、古典派経済学のリカードは、土地の生産性の差から生まれる「差額」が地代の根拠になると説明しました。つまり、土地はそもそも他の財と同じ市場原理では扱いきれない、特権的な利潤構造を内包しているのです。 そして、いまの東京の賃貸オフィス市場を見渡してみれば、その理論が、思いのほか“生々しいかたち”で現実化していることがわかります。たとえば、千代田・中央・港といった都心3区にある築古の賃貸オフィスビル。築年数が30年を超えて、設備も最新水準とは言いがたい―にもかかわらず、意外に高い賃料水準でテナントが入っているケースは少なくありません。それは、いわゆる「ビル性能」をもとにした市場の効率的な価格形成から、明らかにズレています。このズレこそが、「場所の力」が働いている証です。 企業にとって“立地”とは、単に駅からの距離だけを意味するものではありません。顧客や取引先との心理的な距離感、従業員が“この場所”で働いていることの満足度、そして「このエリアにオフィスを構えている」ということ自体が持つ信用やブランディング効果──そうした複数の価値が複合的に絡み合い、“場所”という一点に集約されます。これらは、坪単価やスペック比較では可視化しにくい、「非数値的な便益」です。にもかかわらず、実際の入居判断には決定的な影響を与えています。「築古だけど、ここにあるから選ばれる」──この構図を見過ごすと、立地が支えるビル価値の実態を読み誤ることになります。 ただし、そうした「場所の特殊性」も、いつまでも続く保証はありません。テレワークの普及、業態の変化、都市計画の転換、人口動態の変化……社会が変われば、場所の“特別さ”もまた変容していきます。築古の賃貸オフィスビルが、いま直面している不安定性は、まさにこの「場所の価値」が、時代の中で揺らぎ始めていることに発するのかもしれません。 言い換えれば、築古の賃貸オフィスビルが生き残っていくに際して問われているのは、設備更新やリノベーション等に対する投資判断だけではなく、資本主義の中でうまく扱い切れなかった「場所の特殊性」とどう付き合い直すかという、根本的な課題なのです。この「資本主義が見落としてきた価値」に、どんなヒントがあるのか?次章では、もう少し具体的に、「東京」という空間を起点に考えてみたいと思います。 第2章:「東京」という局所性が築古の賃貸オフィスビルを延命させてきた 前章では、土地や空間といった「場所」が持つ特殊な価値が、市場原理に基づく資本主義の枠組みでは十分に扱いきれないことを論じました。築古の賃貸オフィスビルが、「東京」という局所性を背景に価値を保ち続けているのも、その延長線上にあります。ここでは、もう少し具体的に「東京」という都市そのものにフォーカスし、その局所性が築古ビルの延命にどう作用してきたのかを掘り下げてみます。あわせて、その局所性に限界が訪れたとき、どのような変化が起きうるのかも想像してみたいと思います。 「東京」という都市が築いた、特別な立地価値 東京の賃貸オフィスビル市場が、日本全国の中でも飛び抜けた特別な存在であることは、誰もが認めるところです。高い賃料水準、集中的なオフィス需要、交通や商業機能の圧倒的集積。それらは東京という都市が時間をかけて積み上げてきたものです。思い返せば、東京は戦後の空襲で一面の焼け野原となった場所でした。そこからの復興期、高度経済成長、バブル経済、そして現在に至るまで、政治・経済・文化の機能が意図的に集中され、「特別な立地価値」をもつ都市へと成長してきたのです。政府機関の集積、大企業の本社機能、金融市場、情報発信拠点としての役割がすべて東京に集められた結果、地方都市では実現できない経済的優位性が形成されました。こうした構造の中で、築古の賃貸オフィスビルもまた、立地という「場所の力」を借りて価値を保ち続けてきました。多少古くても、設備が劣っていても、「東京のど真ん中」にあるという理由だけで、「信頼できる立地」として認められ、一定のテナント需要が保証されていたのです。 局所性に永続性はあるのか? しかし、この「局所性の恩恵」も永続するとは限りません。東京の賃貸オフィス市場は長らく順調に推移してきましたが、すでにその構造に小さな揺らぎが見え始めています。示唆的なのが、アメリカの動向です。ニューヨークやシリコンバレーといった超高地価の都市圏から、企業や若年層がテキサス州のオースティン、ヒューストンへと移動するケースが増えています。背景には、地価の高騰による生活・事業コストの上昇と、それに見合わない経済的リターンへの不満があると言われます。このような現象は、経済活動が特定の場所に過度に集中した結果、「バランスを取り戻す力」が市場から自然に生まれることを示唆しています。立地の特別性が限界まで膨らみ、フロー(賃料)とストック(不動産価格)のバランスが崩れたとき、人や資本は新たな場所へと移動していくのです。出典:CBRE「U.S. Office Market Outlook」U.S. Census Bureau(都市圏別人口統計)Reuters(企業動向に関する報道) 東京でも「変化の力」は動き出している もしも東京がもっと狭い都市で、賃貸オフィスビルの供給余力も小さく、飽和していたとしたら、こうした移動はすでに起きていたかもしれません。けれども、東京は広大で、かつ日本社会の中枢機能が過度に集中しているため、「変化の力」が顕在化するには時間がかかっていると言えるのかもしれません。それでも、近年ではテレワークの浸透や働き方の多様化に伴い、東京の一極集中に対する限界を、多くの企業が少しずつ感じ始めています。都心にオフィスを持つことのメリットが、以前ほど絶対的ではなくなってきている──そうした認識が広まりつつあるようにも感じられます。一部の企業では、非中枢機能を郊外や地方都市に分散し、サテライトオフィスを設けるなど、拠点構成の見直しが始まっています。都心に本社を置き続けるという大きな流れは維持されているものの、「立地の特別性」が相対化される兆しが出てきているのは確かです。 「東京である」だけでは守りきれない価値 だからこそ、築古の賃貸オフィスビルに求められるのは、「東京にあるから価値がある」という発想をいったん疑ってみることです。これからの時代、「東京の立地性」だけに依存した延命戦略は、いずれ限界を迎えるかもしれません。むしろ、「このエリアだからこそできる」「この物件ならではの魅力がある」といった、より具体的で身体性のある価値づけこそが求められるのではないでしょうか。築古ビルの延命において、「場所の力」を過信せず、「場所との付き合い方」をアップデートしていく──その視点が、これからの局所性戦略の核心となるはずです。 ただし、ここでひとつ立ち止まって考えたいのは、「場所の価値」が際立てば際立つほど、それが資本の論理によって“商品”として過剰に評価されてしまうリスクがある、という点です。実際、不動産市場では立地の希少性が評価されるあまり、実態の収益力と乖離した価格形成が進みつつあります。築古の賃貸オフィスビルがもつ「場所の特殊性」は、価値を支える一方で、ファンド資本主義の射程にも取り込まれやすい──。このねじれた構造のなかで、いま何が起きているのか?次章では、「ストック」と「フロー」という二つの市場のズレに注目しながら、築古の賃貸オフィスビルを取り巻く資本主義的矛盾の正体を掘り下げてみたいと思います。 第3章:「ストック市場」と「フロー市場」の構造的矛盾が築古の賃貸オフィスビルを揺さぶる 土地や空間という資源は、本来、資本主義の市場原理が苦手としている「局所的で代替不可能なもの」です。再生産も流通も不可能な「一回性のモノ」である土地は、理論上のフラットな市場とは相性が悪く、その意味では資本主義の“外側”に置かれていたはずでした。ところが、資本主義が成熟し、「ファンド資本主義」とでも呼ぶべき段階に突入すると、この本来“外側”にあったはずの土地・不動産も、資本運動の射程に組み込まれていきます。まさにその点に、築古の賃貸オフィスビルが直面している最大の構造的課題が潜んでいます。 ファンド資本主義が生み出す「資産価格の膨張」 資本主義の仕組みを考えるうえで、少し歴史をさかのぼってみましょう。資本主義が本格化する前──とくに農業を基盤とした封建社会では、土地を耕して得た“余剰”は、領主のもとへ「年貢」や「地代」として吸い上げられていました。この時代の土地は、作物をつくるための生産手段であると同時に、「余剰を吸い取る装置」でもあったのです。現代の不動産賃料も、ある意味ではこの構造の延長にあります。借り手が稼いだ利益の一部が、賃料というかたちで貸し手に吸い上げられていく。その意味で、家賃や地代は、資本主義の「自由競争と価値創造」という原則から見ると、やや異質なしくみ──言うなれば、“封建制のなごり”とも言えます。こうした視点で見ると、GAFAのような巨大IT企業がつくったプラットフォームに、私たちユーザーが自覚のないまま“地代”を払っている構図──いわゆる「テクノ封建制」──もまた、封建的な支配構造の現代版と考えられるかもしれません。土地ではなく、デジタル空間が“場所”になり、そこにいること自体がコストを生む。つまり、時代が変わっても、「場を支配する者が利益を得る」という構造は、かたちを変えて生き残っているのです。 一方で、産業資本主義が成熟していくと、企業が利益として蓄積する資金量は、実際の製造・販売に必要な投資額を上回るようになります。銀行はその余剰資本の受け皿となって産業に貸付を行い、生産効率を高める装置として機能しましたが、余剰資本の膨張とともに、やがて投資先の選別が困難になり、資本は生産と乖離しながら「自己増殖する資本」へと変質していきます。このとき登場するのが「ファンド資本主義」です。株式や債券といった金融商品だけでなく、金(ゴールド)、さらには、土地や不動産のような、本来は資本主義の周縁にある資産にまで、ファンドの資金が雪崩れ込むようになったのです。その典型が1980年代後半の日本のバブル経済であり、あるいは、近年の世界的な超金融緩和のなかでの不動産価格の上昇です。こうして土地や建物の価格は、もはや実用価値では説明のつかない水準にまで引き上げられていきます。当然ながら、その先に蓋然性を以て予見されるのは、バブルとその崩壊という“いつか来た道”です。中央銀行が金融政策でその振幅を制御しようとはしていますが、将来にわたって「完全に抑えられる」のかは不透明と言えるでしょう。 賃貸オフィスにおける「ストック」と「フロー」のズレ こうしたファンド資本主義の影響を最も強く受けている分野の一つが、不動産市場です。東京都内の賃貸オフィスビル市場では、特に売買価格(ストック)は上昇を続けています。ファンドを含む外資、地方の事業会社、中堅の不動産会社などが、収益還元可能な水準を超えた価格でも取得を試み、市場の売買価格はじりじりと切り上がっています。しかし、その一方で、オフィス賃料(フロー)には明確な上限があります。テナントが支払う賃料は、自らの事業によって得られる利益の範囲内に制約されており、それを超える賃料を支払えば、たちまち事業は成立しなくなります。つまり、賃貸オフィスビルのフロー収入は、ファンド資本主義が描く“理想的な収益曲線”ではなく、企業活動の実態や経済の基礎体力という“現実”に律されているのです。この現実とは、極めて当たり前で、しかし忘れられがちな制約です。どれだけストック価値(ビル価格)が市場で高騰しても、それを支えるフロー(賃料収入)が企業活動の実態と乖離すれば、その矛盾はいずれ顕在化します。 築古の賃貸オフィスビルが最前線で受ける“歪み” この矛盾の最前線にあるのが、築古・中小規模の賃貸オフィスビルです。老朽化によってスペックが陳腐化し、天井高や設備仕様に限界がある物件は、たとえ需要があっても賃料単価を上げにくいという現実があります。一方で、都心立地や希少性、将来的な再開発余地などが評価されることで、売買市場(ストック)においては、投資家によって高値で取得されるケースが後を絶ちません。すると、その物件が生むフロー収益と、投資額との間に大きなギャップが生まれる。いわゆる「この賃料水準で本当にこの価格を回収できるのか?」という根本的なズレが表面化してきます。そして問題は、その“ズレ”が単なる投資収益の低下にとどまらない点にあります。期待したキャッシュフローが得られない状況が続けば、オーナーはビルの維持管理や設備更新にコストをかけづらくなり、やがて最低限の管理すら行き届かなくなる可能性がある。空調が壊れたまま、共用部が古びたまま放置される──そんな状態になれば、当然テナント満足度は低下し、結果として空室が増える。つまり、フローとストックの矛盾が、ビルの品質劣化→テナント離れ→稼働率低下という悪循環を引き起こす構造になっているのです。加えて、築古・中小規模の賃貸オフィスビルに入居するテナントは、費用感に対して極めてシビアな企業や個人が多い傾向にあります。したがって、設備やサービスを向上させて賃料を引き上げる余地は限られており、フローの上振れで矛盾を吸収することも難しいというのが実態です。 この矛盾にどう向き合うか こうした構造的な矛盾に対して、オーナーやビル管理会社が個別の努力で抜本的な解決を図るのは、現実的にはきわめて困難です。どれだけ内装を整備し、どれだけ入居条件を工夫したとしても、テナントが実際に支払える賃料には明確な上限があります。つまり、築古の賃貸オフィスビルにおいて収益力を根本から押し上げようとしても、それを受け止められる「市場の許容範囲」自体が限られているのです。 だからこそ重要なのは、この矛盾が構造的なものであり、避けがたい現実として存在していることを、まずは率直に受け止めることです。そのうえで、築古の賃貸オフィスビルの現場において、いま何が可能で、何を諦めざるを得ないのか──限られた条件の中で、どこまで手をかけ、どこで割り切るのかを見極める姿勢が求められます。次章では、こうした制約を前提としたうえで、それでもなお現場で実行可能な「現実的な選択肢」について掘り下げていきたいと思います。 第4章:ファンド資本主義の隙間で生き延びる、築古の賃貸オフィスビル ファンド資本主義が不動産市場を席巻する現在、築古の賃貸オフィスビルは、どのようにしてその居場所を保ち、生き延びていくことができるのでしょうか。 仮定として、もし都市の開発や不動産市場の取引が、摩擦ゼロの条件で進むと仮定すれば、非効率な建物はすべて再開発されてしまうことになるので、古びた中小規模の賃貸オフィスビルはとうに姿を消しているはずだ。だが、現実はそうはなっていません。都市の再開発には、さまざまな制約がつきまとっています。権利関係、法制度、施工リソース、建築コスト──それらはすべて、資本の論理による一斉再開発を現実から遠ざけています。さらに言えば、仮にそうした制約をクリアできたとしても、そこに投下される巨額の資本が、本当に都市の経済活動とバランスするのかという根本的な問いが残っています。ファンド資本主義のプレイヤーたちが「この市場はすでに過熱している」と一斉に判断した瞬間、開発プロジェクトの価値評価は、チューリップ・バブルや南海泡沫のように一気に崩れる可能性すらあります。要するに、この矛盾はどこかで“解消”されることはない。むしろ、整理されきれない余白が都市の随所に残ることで、逆説的に全体のバランスが保たれていると言えるでしょう。都市とは、“ノイズ”や“隙間”を含んだまま機能する構造体なのだ。言い換えれば、再開発され尽くさないことこそが、都市の延命条件であるとも言えます。 さらに、不動産市場では、売買価格(ストック)と賃料収益(フロー)との間に構造的なギャップが生じています。にもかかわらず、築古の賃貸オフィスビルが完全に淘汰されないのは、それが「ファンド資本主義の本流(メインストリーム)からわずかにズレた場所」にあるからではないでしょうか。 この“ズレ”は、単なる不完全性ではなく、「価値の余白」としての可能性を持っています。築古の賃貸オフィスビルのサバイバル戦略とは、必ずしも、新たな投資価値を創出することではありません。むしろ、資本の加速運動から少し距離を取った“非‐資本主義的空間”として、ひっそりと、しかし確かに機能し続けることにあります。それは、都市のなかに点在する“逃げ場”としての役割でもあります。制度や秩序が支配する空間とは異なる、もうひとつの場。哲学者ミシェル・フーコーは、そうした空間を「ヘテロトピア(異空間)」と呼びました。都市の秩序が張り詰めるなかで、そこから一歩引いた“別のリズム”を許容する場所──まさに築古の賃貸オフィスビルは、そうしたヘテロトピア的視点を体現しているのかもしれません。以下では、そうした「ヘテロトピア的な築古ビル」が持つ5つの特殊性について見ていきたいと思います。 特殊性①:小さな局所性が息づく 丸の内や六本木といったランドマーク型の街だけが、東京ではない。神田、日本橋、新橋といった街には、顔のある空気と時間の蓄積がある。築古ビルは、そうした“顔のある街”の一部として存在できる。たとえば神田なら、利便性や賃料の手頃さに加えて、気取らない街並みや老舗の蕎麦屋がオフィス空間に“生活の温度”を添えてくれる。これは大規模再開発エリアでは決して得られない質感だ。ファンド資本主義がスルーしていく細部の価値。それこそが、築古ビルにとってのアイデンティティになり得る。 特殊性②:小ささゆえの即応性と柔軟性 小さなビルは、速く動ける。テナントのニーズに合わせて柔軟に内装や設備を調整できること、対応が早いこと、融通がきくこと──これは大規模ビルには真似できない築古ビルの持ち味だ。今後、オフィスの在り方が流動化し、プロジェクト単位での利用やハイブリッドワークが広がるなかで、この“サイズ感”の良さは好まれる場面が増えている。要するに、小さいことによって「逃げ場」としての機動性を確保し得るのである。 特殊性③:資本の視線から距離を取った空間設計 築古ビルには、使い手の想像力を許容する“余白”がある。派手な演出ではなく、削ぎ落とされた素地。意図的なマーケティングの文脈から離れ、素朴で静かな空間が立ち上がる。たとえば、自然光の入り方を活かしたミニマルな内装や、素材そのものの質感を大切にする設計。そうした空間は、“見せる”ではなく“避ける”ための場所として機能する。資本の視線から少し距離を置く──そのことが、特定の感受性を持ったユーザーにとっては、むしろ信頼できる選択肢となる。 特殊性④:地域の物語を内包した“空間の記憶” 築古ビルには、時間の痕跡が残る。建物そのものが持つ歴史、街とともに歩んできた記憶、そこにあった営み。こうした要素は、新築ではゼロから構築しなければならないが、築古ビルには自然と宿っている。神田や日本橋の周辺の立地において、こうしたストーリーの存在は、物件選びの“最後の一押し”になり得る。過剰な演出を排し、静かな背景を持つこと。それは、地域とともにあるという信頼の証でもある。 特殊性⑤:非中心ネットワークの“点”としての接続性 都市構造がセントリック(中央集権的)からリゾーム(分散接続的)へと変化していく中で、小さな築古ビルはネットワークの“ノード”として機能する可能性を持つ。本社が都心にあっても、郊外や地方に拠点を持つ企業にとって、アクセスしやすく柔軟なサテライト拠点としての価値がある。移動型ワーク、多拠点居住、二拠点ビジネス──そうした流動的な活動にとって、「点としての空間」はかけがえのないピースとなる。 築古の賃貸オフィスビルが持つ可能性は、その“弱さ”、周辺特有のマイノリティ性、のなかにこそあります。ファンド資本主義のメインストリームから少し離れたその場所で、無理せず、過剰に抗わず、しかし確かに息づいています。都市の“端っこ”で生き延びる。そこには、派手さではなく、地に足のついたサバイバルのリアリティがあります。そして、それこそが、築古の賃貸オフィスビルが持つ唯一無二の“希望”ではないでしょうか。 第5章:ズレを引き受ける空間としての築古の賃貸オフィスビル―資本主義の“余白”に生きる 大規模な再開発が進む東京の都市空間。八重洲、日本橋、高輪ゲートウェイ、田町といったエリアでは、デベロッパーが主導し、ファンド資本を背景とした巨大プロジェクトが次々と展開され、地上40階超の超高層オフィスビルが都市の景観と機能を塗り替えつつあります。しかし、そうした「表通りのランドマーク」を一本裏に入るだけで、築年数を重ねた中小規模の賃貸オフィスビルが、静かに、しかし確かに生き残っている光景に出会います。これらの築古ビル群は、資本主義が描く都市の最適化構造にとっては、どこか“異物”のような存在です。最新の設備にも、設計上の効率性にも適合していません。それでもなお、完全に淘汰されることもなく、むしろ「最適化の網から外れた場所」に、頑なにとどまり続けています。 都市の「再開発されなさ」が示す、摩擦のリアル ある特定の築古の賃貸オフィスビルが再開発されずに残っていることに、絶対的な必然性があるわけではありません。相続、権利調整、法制度、工事コスト、近隣対応──そうした動かしがたい事情が複雑に絡み合い、結果として「動かしづらい存在」となり、偶発的に、そのまま都市の中に留まり続けているのです。完全に合理化された都市とは、イマジナリーな概念にすぎません。すべてが最適化され、資本が無駄なく配分され、スペックが標準化された社会は、理論上は正しく、美しいかもしれない。けれど、現実としてはきわめて脆弱です。揺らぎも、逃げ場もない都市は、ひとたび想定外の事態が起これば、一気に臨界点を超えてしまいかねないのです。すべての結論が出揃った都市では、新しい物語はもう始まり得ないのです。だからこそ、都市のどこかに「ズレ」があり続けること―それこそが、現実を実体として成立させるための前提なのです。築古の賃貸オフィスビルは、そのズレを物理的にとどめておく装置として、いまも都市のなかに存在し続けています。 “ズレ”が開く、生き残りの空間 収益性が低く、維持費は重く、今後の改修にも多くの課題が残る、けれど、それでも築古の賃貸オフィスビルが都市から必要とされているのは、そこに「数字に映らない需要」が息づいているからです。たとえば、歴史ある中堅企業、予算に限りがあるスタートアップ、短期利用のプロジェクトチーム、クリエイティブを仕事にする個人事業者──彼らが求めているのは、必ずしも最新スペックでも、充実した設備でもなく、「今、ここで、使える」場所なのです。大規模開発された賃貸オフィスビルでは吸収しきれない、目立たないけれど圧倒的に多数派である中小企業のニーズ。その流動的で多様な需要を、静かに、しかし確実に受け止めているのが、都市の“谷間”に点在する築古の賃貸オフィスビルです。つまり、築古の賃貸オフィスビルとは「なくなっても困らない存在」などではまったくなく、「なくなっていくと都市の基盤が静かに崩れ始める」存在なのです。 観察される構造としての“リゾーム” 築古の賃貸オフィスビルは、どれもが事情を異にし、個別に存在しています。オーナーがいて、管理会社がいて、テナントがいて、入居には仲介会社が関わる──このエコシステムは、あくまでも自然発生的であり、あらかじめ構築されたネットワークというより、それぞれの現場ごとにバラバラに動いているようにも見えます。しかし実際には、築古の賃貸オフィスビルを複数管理している私たちのようなビル管理会社の立場からは、ある特定の価格帯・スペック帯の中で、テナントがビルを“回遊”している構図が、仄かに見えてきます。それは成長とともに広いオフィスへと移動することもあれば、事業縮小により狭い空間へと移ることもある。予測不能でアドホックなこの動きは、事前に計画して意図されたものではないにせよ、確かなリズムをもって都市に存在しているのです。そこには、計画性も連携もない。けれど、都市の構造的なズレが生み出す“予期せぬ接続”が、非公式な回路として静かに機能している。その様相は、あえて言えば「リゾーム的構造が幻視される」とでも言えるでしょう。リゾームとは、戦略的に設計されるものではなく、ズレの中から偶発的に浮かび上がる構造なのです。 都市というシステムのバッファ領域として 築古の中小規模の賃貸オフィスビルは、都市空間のなかで「バッファ」としての役割を果たしています。ここでいうバッファとは、都市経済の表層に現れるメインの活動を直接的に支えるのではなく、その周囲で発生する余剰や不確定性、変動要因を吸収・緩和する“緩衝地帯”のような存在です。都市の経済活動は、常に明確な方向性をもって動いているわけではありません。起業や撤退、拡張や縮小、転居や仮住まいなど、企業や個人の判断は流動的で、計画と現実のあいだには常にズレがあって、「決まっていない」「つなぎ」「様子見」といった判断が日常的に含まれています。こうした曖昧で一時的なニーズに寄り添って、仮の拠点、つなぎの場所、あるいは撤退までの一時的な逃げ場として、築古の賃貸オフィスビルは使われていくことになります。これらの動きは、大規模できちんとした賃貸オフィスビルでは受け止めることは難しいかもしれません。築古の賃貸オフィスビルは、その柔軟さ、手頃さ、規模感によって、都市に生まれる未決定な状態を受容する受け皿となっているのです。A面ではないB面のニーズ、あるいは一時的な商流や拠点の動きに対応できる場所──そうした「定まらないもの」に都市が対応して、動的に機能し続けられているのは、まさに築古の賃貸オフィスビルのような“余白”がそこにあるからなのです。 「ズレ」が残ることで、都市は生き延びている もし都市空間のすべてが最適化され、スペックや収益性だけで評価され、資本の論理に沿って整然と配置されていたなら──それは、効率性の観点からは理想的に見えるかもしれません。しかし、そのような都市は、ほんのわずかな揺らぎにも対応できない、極端に脆いシステムになりかねません。実際の都市には、常に予定外の動きや計画されていない選択が存在します。制度の枠を越えるような人々の営み、企業の突発的な撤退や拡張といった変化は、予期せぬかたちで日々生じています。こうした揺らぎやノイズを、都市のシステムは完全に管理することができません。むしろ、都市で活動する人間や企業そのものが、システムにとっての“外部性”として立ち現れる──そうしたパラドキシカルな状況が、都市という場の本質にはあります。すべてが設計通りに整えられた都市では、計画外の事態が生じた瞬間に、逃げ場はなくなります。都市空間に曖昧に存在しているのが、築古の賃貸オフィスビルです。こうしたビルは、あらかじめ意図された機能ではなく、都市のシステムのスキ間に偶発的に生じた“誤差”であり、“ズレ”なのです。このズレが、その“ゆるさ”によって、外部性による突発的な揺らぎやノイズ──人間や企業の思わぬ動き──を吸収し、局所的な不均衡があっても全体の崩壊を防ぐクッションの役割を果たしているのです。それはまるで、生物における「免疫機能」のようです。都市というシステムが長期的に持続するためには、外部性を完全に排除するのではなく、一部を受け入れ、内側で折り合いをつけていく柔軟性が求められます。つまり、「予測不能な揺らぎを受け止める余地」を空間として持ち続けること──それが都市における“免疫”として機能しうるのです。築古の賃貸オフィスビルは、資本主義の都市設計においては“誤差”や“失敗作”として片付けられてしまうことがあるかもしれません。けれど、この誤差/ズレをあえて許容できる都市だけが、突発的な変化にも耐え、しなやかに立ち直ることができるのです。すべての結論が出尽くし、隙のない構造でできあがった都市には、新たな物語はもはや生まれません。だからこそ、“ズレ”がどこかに残り続けること──それは、単なる老朽や未整備ではなく、都市が都市としての物語を紡ぎ続けるための、根源的な生命線なのです。 最終章:都市の綻びに宿るもの──築古の賃貸オフィスビルという生存装置 都市とは、思い通りにならない場所だ。成長には摩耗がともない、整理すればはみ出し、再開発を進めれば、かならずどこかに歪みが残ります。完全に整った都市など存在しないし、存在するはずもない。人が生きる限り、そこには常に“揺らぎ”が生じます。だからこそ、都市は生きていられるのです。築古の中小型賃貸オフィスビルとは、そうした“揺らぎ”が都市のシステムの中に累積し、結果的に“誤差”として浮かび上がった綻びです。資本が期待する利回りに届かず、再開発の輪からも外れ、建築的にも制度的にも「今の正解」からは大きくはみ出しています。けれど、その不完全さゆえに、都市の中で「揺らぎを受け止める場所」として機能し続けているのです。 都市の計画は合理性で描かれていても、そこで暮らす人間の動きは決して合理だけでは説明できません。制度からはみ出す暮らし、採算に合わない動き、予測不可能な変化。その一つひとつが、都市という巨大なシステムにとっては“外部性”であり、“ノイズ”となります。けれど、そのノイズをすべて排除してしまえば、都市は均衡を失い、壊れやすくなるのです。すべてが最適化された都市では、予定外が起きた瞬間、逃げ道がなくなるのです。築古の賃貸オフィスビルは、その逃げ道として、計算外の外部性やノイズを受け止めるためのバッファとして、都市の片隅にとどまり続けています。そして、こうした誤差の累積は、やがて都市構造の中に“ズレ”を生みます。明示的な意図ではなく、結果として残された隙間。見えない構造線の軋み。きっちり閉じられなかった接合部のにじみ。その“ズレ”こそが、都市のシステムにとっての免疫として機能します。このズレは、都市にとって、欠陥ではありません。むしろその綻びがあることで、都市は柔軟に揺らぎを吸収し、突発的な変化を受け流し、耐える構造を保つことができるのです。正解や完成に向かわないものが、あえて整えられないまま、局所的に「なんとなく」存在し続ける。それは都市にとって、人間的な空間を残すための最後の余白です。 「今ここで、なんとなく機能している」。それは、一時的かつ局所的で、かつ曖昧な状態かもしれません。けれど、その“いびつな”状態があることで、都市は壊れずに済んでいます。完璧でないものが、完璧であろうとする都市全体を、結果的に支えている──このパラドクスを、私たちは見過ごすべきではありません。築古の賃貸オフィスビルとは、いわば「都市が過去からこぼし続けてきた誤差が堆積した空間」なのです。そこでは、計算ではなく、観察が求められています。戦略ではなく、応答が要請される。整えすぎないこと、完成させすぎないこと。つまりは、「それでもなお、人が躊躇いながらも、息をして生きている空間」を、都市のどこかに残しておくこと。その静かな在り方が、今日の都市のバランスを、知らず知らずのうちに守っているのです。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年1月5日執筆2026年01月05日 -
プロパティマネジメント
築古の賃貸オフィスビルのもうひとつのサステナビリティ――ESGの“外側”で考える、都市と個人オーナーが生き残る条件
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古の賃貸オフィスビルのもうひとつのサステナビリティ――ESGの“外側”で考える、都市と個人オーナーが生き残る条件」というタイトルで、2025年12月24日に執筆しています。少しでも、皆さんのお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに:ESGの“外側”にある、もうひとつのサステナビリティ第1章:ESGだけじゃない、“もうひとつのサステナビリティ”とは?第2章:中小規模の賃貸オフィスビルだからこそ生み出せる「都市の曖昧な魅力」とは?第3章:“地味な運営術”が築古の賃貸オフィスビルを支える第4章:個人オーナーが「持続可能」な賃貸オフィスビル経営を続けるための戦略第5章:個人オーナーが抱える“リアルな悩み”と東京の賃貸オフィス市場の未来 はじめに:ESGの“外側”にある、もうひとつのサステナビリティ 最近、「環境」「持続可能性」といったキーワードを耳にしない日はない。特に、不動産業界では、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資やグリーンビルディング認証が注目を浴び、大規模なオフィスビルを中心に、環境性能やサステナビリティ基準を満たす建築や設備への投資が盛り上がっている。しかし、その華やかなトレンドの外側で、多くの築古の中小規模ビルの個人オーナーは、やや距離感を感じているのではないだろうか。「ESG投資や認証取得は、大企業や大規模ビル向けの話だろう」「そもそも、大規模な設備投資をする資金的余裕はない」築古の賃貸オフィスビルの個人オーナーにとっては、日々の賃料収入から必要な設備更新を何とかやりくりしているのが現実だ。当然、もしできるのであれば環境配慮型の最新設備に更新したいという気持ちはなくはないが、そんな余裕はない。賃料の引き上げ自体、難しいし、そもそも空室リスクが常に背後に迫っている状況では、資金を投下して、環境基準を追いかける余裕はないのだ。しかし、ここではっきりさせたいことがある。それは、中小規模の賃貸オフィスビルの個人オーナーが取り組むべき「サステナビリティ」とは、ESG投資や環境認証とはまったく違うということだ。中小規模の賃貸オフィスビルの本当のサステナビリティは、「今ある建物を、無理なく維持し、適度に手入れをし、できるだけ長く利用し続けること」にある。優先されるべきは環境配慮型の設備投資などではなく、「いかに少ない資金で必要最低限の品質を保つ工夫を重ねるか」「空室率を可能な限り低く抑え、安定したキャッシュフローを維持するか」だ。こうした地味な努力を地道に積み重ねることこそが、賃貸オフィスビル経営自体を持続可能(サステナブル)なものにし、その結果として、自然と地球環境にも貢献する真の意味でのサステナビリティを実現するのである。そして、こうしたビルが都市の中に残り続けることには、社会的にも大きな意味がある。都心の大型再開発地区の最新鋭ビルが建ち並ぶオフィス街は華やかだが、そこだけで都市が成り立っているわけではない。昔からの中堅中小企業、ベンチャー、スタートアップが都心で活動し続けるためには、リーズナブルで柔軟な賃貸オフィス・スペースを提供する築古・中小規模の賃貸オフィスビルの存在が欠かせない。これらの築古ビルが都市に点在することで、多様な規模や業態の企業が混在し、互いに交流し、社会のなかで広くイノベーションが生まれる場が形成される。もし、こうした築古・中小規模の賃貸オフィスビルがなくなり、都市が「ピカピカな再開発エリア」と「衰退したエリア」へと二極化してしまえば、都市そのものの活力は失われるだろう。築古の賃貸オフィスビルの個人オーナーが「無理なく続ける」こと、それ自体が都市にとっても重要な「もうひとつのサステナビリティ」を支えているのだ。本コラムでは、いま注目される華やかなESGの議論から少し距離を置き、築古の賃貸オフィスビルの個人オーナーが現実的に取れる、地味だけど本質的なサステナビリティ戦略を具体的に紹介していきたい。 第1章:ESGだけじゃない、“もうひとつのサステナビリティ”とは? 「ESG」や「サステナビリティ」という言葉を聞くと、多くの人は、ガバナンス報告書を公表しているような大企業がテナントとして入居している新築の大規模オフィスビルが取得するグリーンビル認証、あるいは省エネ設備の導入や再生可能エネルギー活用といった華々しい取り組みをイメージするかもしれない。確かに、東京都心の新築オフィスビルでは、環境性能を高めるために屋上緑化や太陽光発電、節水システム、BEMS(ビルエネルギーマネジメントシステム)の導入が当たり前になりつつあり、大手デベロッパーの開発する大規模な賃貸オフィスビルは競うように高度な環境認証を取得している。こうした環境認証の取得やエネルギー効率の改善は、もちろん、地球環境的に重要な取り組みであることは言うまでもない。しかし、中小規模の築古オフィスビルの個人オーナーにとって、最新鋭の省エネ設備を導入したり、グリーンビルディング認証を取得するために必要な改修を行うことは、あまり現実的とは言えない。「環境や社会のために何かをしたい気持ちはあるけれど、正直そこまでの投資は難しい」――これが、多くの中小規模の賃貸オフィスビルの個人オーナーの率直な思いではないだろうか。一方で、中小規模の賃貸オフィスビルが果たしている役割として、実は単に「古いままで維持され続けていること」そのものに大きな社会的価値がある。なぜなら、古いビルを丁寧にメンテナンスして長く使い続けること自体が、環境的・社会的な持続可能性を担保しているからだ。例えば、1981年の新耐震基準導入以前に建てられた賃貸オフィスビルが、耐震改修や適度な設備更新をしながらも現役で稼働し続けているとする。仮にこのオフィスビルを解体・新築すると考えると、解体時に大量の産業廃棄物が発生し、新築時には莫大な資源やエネルギーが必要になる。一方、適切なメンテナンスと小規模な更新で古いオフィスビルを維持すれば、こうした環境負荷を大幅に削減できる。また、こうした「慎ましい維持管理」は、ビル経営的にも持続可能だ。大きな負債を抱えてまで大規模リノベーションを行えば、予想外の景気後退や賃料相場の低迷によりキャッシュフローが厳しくなったとしたら、最悪の場合、物件を手放さざるを得ないというリスクに直面する。築古・中小規模の賃貸オフィスビルが目指すべき「サステナビリティ」は、環境型の設備投資や認証取得に依存するものではなく、「無理のない範囲で維持し続けること」それ自体にある。それは、「賃貸オフィスビルの個人オーナー自身が疲弊しない運営」を実現することでもある。具体的に言えば、「どこまでお金を使わず、最小限の投資でテナント満足度を維持できるか」「賃料をなるべく下げないで、空室を長期化させずにキャッシュフローを維持できるか」を意識した運営だ。地味な話だが、例えば、日々の清掃の徹底や、共用部の小さな改修をタイミングよく実施することで、テナントの退去率を下げられるならば、それこそが現実的な「持続可能性」の実践となる。さらに、設備の修繕や更新を必要最低限に抑えつつ、「使えるものは長く使い、設備更新はギリギリまで引き延ばす」といった運営・管理スタイルが、結果的には廃棄物や資源消費の削減にもつながる。このようなもうひとつのサステナビリティは、巷間に喧伝されるSDGs/ESGのような華々しい取り組みとは対照的で、表面的には目立ちにくいかもしれない。しかし、築古・中小規模の賃貸オフィスビルを所有する個人オーナーがこうした堅実な経営を続けていくことが、結果として都市に不可欠な多様性を守り、無理のない経済性を保ちながら環境負荷を抑えることにも貢献しているのだ。都市全体で見れば、こうした中小規模の賃貸オフィスビル群が担う「静かな持続可能性」こそが、東京という巨大な都市の「真の持続可能性」を支えているとも言えるだろう。 第2章:中小規模の賃貸オフィスビルだからこそ生み出せる「都市の曖昧な魅力」とは? 東京都心を歩いていると、大規模再開発エリアに建つ新築の高層オフィスビル群が目立っている一方で、古くて規模がそこまで大きくない賃貸オフィスビルも数多く存在している。これらの築古・中小規模の賃貸オフィスビルが東京の都心部で果たしている役割は何なのだろうか。 曖昧さが「多様性」を生み出す 賃貸オフィス市場において、一般に「大規模なハイグレードビル」と「築古・中小規模ビル」とに二極化していると言えよう。最新設備を備え、グレード感のある大規模ビルは、大企業や外資系企業などの一定の経済力やブランド力のあるテナントを惹きつける。一方、築古の中小規模ビルは設備面でやや見劣りするかもしれないが、比較的手頃な賃料と立地の良さを背景に、多様な業種や規模の小さいテナントを引きつけている。東京都心においては、この両者が都市空間の中で明確に線引きされて、区分されず、曖昧に混在していることこそが、都市の「多様性」を生む基盤となっている。大企業だけが集積した高級ビジネス街だけでも、中小零細企業だけの古びた街でも、都市の活力は生まれにくい。双方が隣り合い、混在することで初めて、刺激的でダイナミックな交流が促される。 「境目」のない都市空間の価値 築古の賃貸オフィスビルが担う役割の一つは、この都市空間の曖昧さを維持することだ。新しい建物と古い建物が入り混じり、大企業と中堅中小企業、スタートアップ企業やクリエイティブな個人事業主たちが同じ地域を拠点とすることで、多様な交流やコラボレーションが自然発生する。都心の再開発が進み、どこにでもあるようなピカピカの街だけになってしまったら、こうした自然な交流や偶然の出会いは大幅に減ってしまう。築古・中小規模の賃貸オフィスビル群があるからこそ、都心には予測不能な魅力が残り、イノベーションや新しい事業の種が生まれる可能性が保たれる。 中小規模の賃貸オフィスビルと都市の持続可能性 近年、ESG投資やサステナビリティといったキーワードが盛んに取り上げられる。賃貸オフィスビル市場においても、大規模な再開発エリアでは最先端の環境性能が強調される。しかし、その一方で、築古・中小規模の賃貸オフィスビルを長く使い続けるという、もう一つの「持続可能性」も考えなければならない。再開発による建替えや大規模リノベーションを何度も繰り返すには、多額の投資が必要であり、都市全体の環境負荷も大きい。それよりも、できる限りコストを抑え、現存する建物を無理なく持続的に活用することのほうが、長期的に都市環境や社会経済システムの安定性を保つうえでは有効であることも少なくない。こうした中小規模の賃貸オフィスビルの持続可能な運営が可能になれば、個人オーナーの経営負担も減り、都市の多様な空間が失われずに済む。結果として、都市全体の持続可能性にも寄与することになる。 個人オーナーの「持続可能性」も重要 都市の多様性を維持するためには、築古・中小規模の賃貸オフィスビルを運営する個人オーナー自身が経済的に持続可能であることも重要だ。ビル経営が苦しくなってしまい、建物を売却せざるを得なくなれば、都心はまた一段と画一化が進んでしまう。そのためにも、築古の賃貸オフィスビルの個人オーナーが無理のないビル経営を続けられるよう、ビル管理会社による現実的な視点でのPM・BMサービス、合理的で実効性のあるリノベーション提案、さらには賃貸オフィスビル市場の変化に対応したリーシング戦略などが必要となる。決して派手な手法ではなく、またすぐに大きな収益改善が見込めるわけでもないが、日々の運営で「小さな改善」を地道に重ねることで、築古の賃貸オフィスビルの魅力が保たれ、個人オーナー自身の経営も持続可能になる。その結果として、都市が本来持つべき多様な魅力や活力が維持されるのだ。 第3章:“地味な運営術”が築古の賃貸オフィスビルを支える 中小規模の築古賃貸オフィスビルが、都市の曖昧な多様性や魅力を生み出し、東京の都市空間そのものの持続可能性にも寄与していることを、ここまで述べてきた。その一方、築古・中小規模の賃貸オフィスビルの管理・運営において、日々支えている具体的な運営術を、現場での実務経験をもとに整理していきたい。大きな投資や抜本的なリノベーションではなく、小さな積み重ねを続けていくことで、テナント満足度を維持し、結果として経営の安定化を実現できる。そんな「地味な運営術」の実務的ヒントをご紹介したい。 (1)効率的で品質を落とさない管理業務の実践 賃貸オフィスビルの管理において重要なのは、「管理・運営コストの効率化」だ。ただしこれは、「単に管理費用を削る」という意味ではなく、「無駄を徹底的に排除し、品質を維持しながらコストを合理化する」ことである。巡回点検の頻度や項目を最適化し、IoTを活用した遠隔モニタリングの適用可能性も検討して、人的リソースを有効活用する。これにより、人件費その他の費用の最適化を進め、個人オーナーが負担する管理・運営コストを抑えている。清掃品質が築古ビルを救う「基本」の威力築古の賃貸オフィスビルの現場で実感するのは、清掃品質が持つ大きな効果である。設備の老朽化を補うのは大変だ。その一方、日常清掃の徹底で共用部の印象を改善するのは、日常的なビル管理の延長で対応可能である。共用トイレや給湯室は特に重要だ。清掃頻度や手順を細かくマニュアル化し、現場スタッフと徹底的に共有することで、テナントが日々感じる清潔感を維持している。また、清掃スタッフからの「現場の異変や細かな不具合」の情報を迅速に収集し、小さな問題が大きくなる前に対処できる体制を敷いている。 (2)ピンポイントの修繕・更新でテナント満足度を向上 築古の賃貸オフィスビルでは、大規模な設備更新や全面的なリノベーションは、そうそう実施できない。そこで重要になるのが「小規模かつ効果的な修繕」の積み重ねだ。エントランスやエレベーターホールなど、テナントや内覧客が頻繁に目にする部分に限定して、小さな補修や部分的なリニューアルを計画的に実施する。例えば、壁や床の部分補修、共用トイレの設備更新、備品交換などを定期的に行うことで、低コストでもテナントの満足度を保つことが可能だ。「照明の明るさ」は築古ビルの印象改善に不可欠特に共用部の照明については、単なるLED化にとどまらず、「常に明るく清潔な印象を与える」設定を心がけている。照明を最大限明るく保つことで、築古の賃貸オフィスビルの古びた印象をカバーし、明るく印象のよい空間演出を実現している。また、LED照明の導入自体、省エネとランニングコストの削減という実質的メリットも併せ持ち、長期的なランニング費用の低減効果も期待できる。 (3)市場データを活用したリーシングでキャッシュフローを守る テナント入れ替え時のキャッシュフロー管理において最も重要なのは、「空室期間を最短にし、より条件のよいテナントに迅速に入居してもらうこと」である。当社では、その実現のために、独自に収集・分析している賃貸オフィスの市場データも活用して、戦略的で機動的なリーシング活動を展開している。具体的には、テナント退去の意思が明確になった段階から、市場データに即した最適な賃料水準を設定し、ターゲットとなるテナント層を早期に特定する。このプロセスを経ることで、退去後すぐにリーシング活動を開始でき、タイムロスなく次のテナント候補にアプローチできる体制が整っている。さらに、市場データの収集と分析において、エリアごとのトレンドや競合物件のリーシング状況を詳細に把握することもカバーしており、リーシング活動そのものにも活用している。また、原状回復工事についても迅速な手配・施工管理体制を確立し、リーシング活動との連動性を高めている。退去後の空室期間を最小限に抑えながら、新たなテナントに最適なタイミングで入居してもらえる状態を常に維持している。このような迅速かつ的確なリーシング活動の積み重ねが、築古・中小規模の賃貸オフィスビルの安定したキャッシュフローを支え、経営の持続可能性を確保するための戦略的な要となっているのだ。 第4章:個人オーナーが「持続可能」な賃貸オフィスビル経営を続けるための戦略 これまでの章では、日常的な管理運営における具体的なノウハウや工夫について述べてきた。しかし、実際の築古・賃貸オフィスビルの経営においては、日々の運営改善だけでなく、より規模の大きい適切な設備投資やリノベーション、さらには出口戦略の可能性までを視野に入れる必要がある。本章では、これらを包括的に捉え、「個人オーナーが無理なく持続可能な経営を実現するための現実的な戦略」を提示していきたい。 (1)設備投資やリノベーションにおける「現実的な判断基準」 賃貸オフィスビルの経営において、設備の更新やリノベーションは避けて通れない課題である。ただし、築古ビルの場合、大規模な全面改修や設備一新を計画すると、財務的な負担が非常に大きくなり、回収期間も長期化しやすい。そこで、重要となるのが「目的の明確化」と「投資効果の現実的シミュレーション」だ。例えば、「空室対策」「賃料の維持や微増」「競合物件との差別化」など、改善の目的を明確に定めた上で、実際の賃貸オフィスの市場の状況に基づいた投資回収のシミュレーションを行う。大規模なリノベーションに比べて、小規模な設備更新や共用部リフレッシュなど、投資効果が早期に現れ、テナント満足度向上に直結しやすい分野に絞り込むことが現実的である。また、一度に大きな投資をするのではなく、工事の規模やタイミングを分散させることで財務上の負担を抑えつつ、常にテナントに良い印象を与え続けることが可能になる。 (2)効率化された「ビル管理」の実践と重要性の再確認 日常的なビル管理の重要性については前章で詳しく説明したが、投資戦略を成功させるためにも、管理体制の効率化が不可欠である。設備点検や清掃業務、法定点検といった日常的な業務に無駄があると、その分のコストが投資余力を圧迫してしまう。個人オーナーとビル管理会社との日常的なコミュニケーションを通じて、不要な作業や効率の悪い業務を洗い出し、常に「品質を落とさない範囲でコストをコントロールする」姿勢を保ちたい。こうした効率化は、結果として投資の余力を生み出し、より効果的な設備更新やテナント満足度向上につながる改善に回すことが可能となる。 (3)築古の賃貸オフィスビルだからこそ可能な「ブランディング戦略」の効果 築古の賃貸オフィスビルには、新築のハイグレードオフィスにはない魅力があることを再認識することも重要である。歴史性、地域との連続性、趣のある建築スタイルといった要素は、一定のテナント層には大きな訴求力となる。特に、中堅・中小企業、スタートアップ企業やクリエイティブ業界のテナントにとっては、「古いけれど味わいのある空間」そのものが価値であり、それが物件選択の理由にもなる。これらの魅力を明確に打ち出し、マーケティングやリーシング活動に活用することで、競争力を維持し、市場の変動に強いポジションを確保することができる。 (4)リアルな市場データを活かした「適正な賃料設定」とリーシング戦略 賃料設定は築古の賃貸オフィスビル経営のなかでも特にセンシティブな課題である。賃料を高く設定すればテナント離れや空室期間の長期化リスクが生じ、逆に低すぎる設定は収益性を大きく損なう。ここで最も重要なのは「リアルな市場感覚」だ。PMサービスの一環としてリーシング戦略を実施するにあたって、単なる仲介会社からの伝聞にとどまらない、現場のリアルな情報を基にした賃料設定を心掛けている。近隣物件の成約賃料、テナント内覧時の反応、競合物件の具体的な特徴などを細かく分析し、個人オーナーにリアルタイムで共有している。こうした具体的かつ客観的な情報を踏まえることで、現実的で納得性のある賃料設定が可能になる。さらに、フリーレントなどの条件緩和を行う前に、その必要性を再確認し、テナントとの交渉においても根拠をもって交渉できる環境を整えている。 (5)「出口戦略」を視野に入れつつ、長期視点で資産価値を維持する 築古の賃貸オフィスビルを持続的に経営するためには、最終的な出口戦略――すなわち、売却という選択肢を常に意識しておくことも現実的である。ただし、短期的な転売益だけを狙った投資や改修は、かえってリスクを高める可能性もある。現実的な出口戦略とは、「いつでも売却できる魅力ある状態を日々維持する」ことにある。日々の小さな改善、無理のない設備更新、リアルな市場感覚に基づく賃料設定が安定したNOIを生み出し、その結果、売却時の評価額の向上にもつながる。東京の収益不動産マーケットは、国内外のファンドの参入などにより一時的な価格高騰が発生することもあるが、その波に一喜一憂せず、安定的に魅力を維持し続ける運営姿勢こそが、長期的な持続可能性を実現するための最善の道である。 おわりに――全体を通じて持続可能性を追求する 以上に見てきたように、築古の賃貸オフィスビルの経営に求められるのは、「現実的で着実な戦略の積み重ね」である。設備投資の規模を冷静に見極め、日々の管理コストを効率化し、リアルな市場データを活用して適正な賃料設定を行い、常に出口戦略を意識する――。これらを総合的に実践することで、個人オーナーが無理なく築古の賃貸オフィスビルを持ち続け、東京の都市空間における貴重な役割を果たしていけるのだ。 第5章:個人オーナーが抱える“リアルな悩み”と東京の賃貸オフィス市場の未来 はじめに――変わりゆく東京の風景のなかで 東京の街並みは、絶え間なく姿を変えている。新築時には最新の設備を備え、輝きを放っていたビルも、いつしか年月を経て「築古」の仲間入りをする。東京で賃貸オフィスビルを所有し経営することは、そうした変化にさらされ続ける曖昧で不安定な立ち位置を背負うことでもある。1980年代後半から2000年代初頭にかけて、個人オーナーや個人経営の会社が、信託銀行等、金融機関の支援を受けて賃貸オフィスビル経営を始められた時代があった。都心に土地を持つ個人オーナーたちは、当時こんな未来を夢見ていたはずだ。「しっかりしたビルを建ててテナントを集めれば、安定した家賃収入が入ってくる。それを元手にローンを着実に返済し、ゆくゆくは安心して相続できる資産を残そう――」当時の計画通りならば、15年くらいで資金回収は可能だったかもしれない。しかし現実は違った。2000年代以降、マーケットは予測を超えて揺れ動き続けた。「2003年問題」、リーマン・ショック、東日本大震災、そして新型コロナウイルスの感染拡大――約10年に1度以上のペースで訪れた外部ショックのたびに、空室率は上昇し、収入計画は狂うのではないかという危機的な状況。「本来なら15年程度で返済できるはずだったローンが、気づけば30年を超えて引きずっている……」こうした不安を抱えながら経営を続ける個人オーナーは、決して少なくない。2025年現在、大手デベロッパーによる大規模再開発が都内各所で進み、国内外の私募ファンドやREITなどの投資家がマーケットを動かしている。東京都心の賃貸オフィス市場は、ますます高度化・複雑化し、そのなかで個人オーナーが経営を持続する難しさは増すばかりだ。本章では、個人オーナーが抱えるリアルな悩みを深掘りしながら、東京の都市空間が向かう未来と、そこでの個人オーナーのあり方を考えていきたい。 (1)個人オーナーが「築古の賃貸オフィスビル」を持ち続けるリアルな困難さ 多くの個人オーナーは、賃貸オフィスビルの建設資金を銀行など金融機関からの借り入れでまかなっている。仮に、2000年代初頭に建築資金の6割を銀行融資で調達し、都心の一等地に中小規模の賃貸ビルを建てたと仮定して、安定したテナント収入を前提とした返済計画が予定通り進んだ事例はまれである。平時であっても、競合物件とのリーシング競争に苦労し、適正賃料の設定や空室対策で悩む日々が続く。そこに2003年問題、リーマン・ショック、東日本大震災のような突発的で予測不能な事態が起これば、物件によっては、空室が増え、キャッシュフローが滞り、元本返済が厳しくなってしまう。銀行に元本返済の繰り延べを相談し、了承を得ることもある。しかし、そうした措置をとったとしても借入元金が消えるわけではなく、返済期間が伸びれば利息の負担がかさむことになる。こうした綱渡りのような資金繰りを長年続けること自体が、個人オーナーにとって精神的にも財務的にも重い負担となりかねない。 (2)設備更新のタイミングが迫ったときのジレンマ 賃貸オフィスビル経営において避けて通れないのが、設備更新だ。築20年〜30年を経過すると、空調設備や給排水設備、エレベーターなどの更新が必要になる。しかし、これらの設備を一気に全面更新するための資金を、自己資金のみで準備できる個人オーナーは多くない。さらに、銀行をはじめ金融機関は、かつてとは異なり、不動産への追加融資には慎重姿勢だ。仮に設備を一気に更新したとしても、それが賃料上昇に結びつく保証もなく、資金回収には相応のリスクがあると判断されると、どうしても融資の可否、融資金額に影響する。結果として、多くの個人オーナーは「できるだけ投資額を抑え、小規模な更新工事を繰り返しながらテナント満足度を最低限維持する」という現状維持の選択を取らざるを得ないのが現実である。 (3)不動産・金融市場の構造変化がもたらす経営の難しさ 不動産・金融市場自体が、かつてとは構造的に変化していることも個人オーナーには大きなプレッシャーになっている。かつて、個人オーナーによる不動産経営は、金融機関による柔軟なサポートに支えられていた。銀行は、個人オーナーの資産状況や経営方針を理解したうえで、長期的な視点で返済計画を共に考え、持続的な関係を築いていた。しかし、近年の金融環境は大きく変化している。BIS規制の強化や金融庁によるリスク管理の厳格化が進むにつれ、銀行はより安全性の高い短期的な融資や保守的な返済計画を重視するようになり、個人オーナーへの長期的かつ柔軟な支援は、もはや期待できなくなってしまった。銀行の支援姿勢は「長期的な安定」から、「短期的な安全性」へと明確にシフトしたのである。これは個人オーナーだけの問題ではない。大手の不動産デベロッパーでさえ、株主市場や投資家からの資本効率性を求める圧力を受けて、長期保有を前提とした物件の開発を避ける傾向が強まっている。多くのプレイヤーは、竣工後まもなく私募ファンドやREITに売却し、迅速に投資を回収する「イグジット戦略」を採るようになった。このように不動産市場そのものが短期志向に傾斜するなかで、中小規模のビルを長期的な視野で保有し、安定した賃貸経営を維持したいと考える個人オーナーにとっては、きわめて厳しい環境となっている。「じっくりと資産を維持し、次の世代に引き継ぐ」という経営の余地が、急速に失われつつあるのだ。 (4)東京という都市の持続可能性における個人オーナーの重要性 その一方で、東京という街が持つ本当の魅力を考えるとき、個人オーナーが所有する築古の賃貸オフィスビルの存在意義は、決して小さくない。東京の魅力は、最新の再開発地区に象徴されるピカピカの街並みだけにあるわけではない。古いビルと新しいビルが絶妙に混ざり合い、それぞれが多様なテナントを呼び込むことで、独特な都市の個性や活力が生まれている。築古の賃貸オフィスビルが提供する手頃な賃料や自由度の高さがあるからこそ、昔からの中堅企業、個性的なショップや新興企業、クリエイティブな人々が東京の中心に集まり、結果として都市そのものが多様で魅力的な空間となっているのだ。こうした東京の都市的多様性を支えているのが、まさに個人オーナーの地味ながらも堅実な賃貸オフィスビル経営である。個人オーナーが安定的にビル経営を続けられる仕組みや環境を整えることは、東京の持続可能性を守る上でも極めて重要であると言えるだろう。 おわりに――夕暮れの東京で、個人オーナーが静かに選ぶ未来 夕暮れどき、高層ビルの影が伸び、オレンジ色に染まる東京の街を眺めながら、個人オーナーは日々「持ち続けるか、手放すか」という重い問いに直面している。短期的な利益追求が主流となった賃貸オフィス市場環境の中で、築古の賃貸オフィスビルを持ち続けることには勇気が必要だ。私たちはそんな個人オーナーの悩みに対して、実務的な知見や具体的な運営ノウハウを提供しながら寄り添い、無理のない経営を共に支えていきたい。築古の賃貸オフィスビルを所有し続ける個人オーナーの地道な取り組みこそが、結果的に東京という都市の持続可能な未来を描くための重要な鍵となることを、私たちは信じている。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年12月24日執筆2025年12月24日 -
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『契約更新時の賃料アップ交渉術|テナントの納得を引き出す秘訣』
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「契約更新時の賃料アップ交渉術|テナントの納得を引き出す秘訣」のタイトルで、2025年12月19日に執筆しています。少しでも、皆様にお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに:賃料アップ交渉は難しいのか?第1章:なぜテナントは賃料アップを拒否するのか?(心理分析)第2章:「市場環境」を味方にする交渉術第3章:「自然な賃料アップ」を実現する日頃の取り組み第4章:「予告」と「段階的アップ」という交渉テクニック第5章:「関係性維持」を重視したコミュニケーション術第6章:実践ケーススタディで学ぶ「賃料アップ交渉」第7章:チェックリストで見る「賃料アップ交渉」成功要件おわりに:賃料アップ交渉を「怖がらずに向き合える」ために はじめに:賃料アップ交渉は難しいのか? 賃貸オフィスビルのオーナー/管理会社にとって、「契約更新時の賃料アップ」は、頭の痛い問題のひとつです。東京のオフィスマーケットは、空室率の変動、景気の動向、周辺相場の変化など、さまざまな要因に左右されます。とりわけ築年数が経過したビルや中小規模の賃貸物件では、値上げを切り出した途端に、テナントが「退去」をちらつかせるケースも珍しくありません。こうした場面に直面すると、特に担当ベースでは「賃料を上げたいが、テナントの退去リスクが怖くて交渉に踏み込めない」というジレンマに陥りがちです。しかし、果たして本当に賃料アップは、それほどリスクの高い交渉なのでしょうか?実際の現場では、「値上げ=即退去」という構図が常に成立するわけではありません。むしろ、市場より割安な水準の賃料で安易に妥協して更新してしまうことで、その賃貸オフィスビルの資産価値を自ら毀損することになる、という側面も見逃せません。だからこそ、客観的な視点を持ち、冷静に交渉を設計し、テナントに納得感を与えながら、退去を招くことなく契約を維持しつつ、適正な賃料水準への調整を実現していく。そのための現実的なアプローチを、本コラムでは取り上げたいと思います。 「値上げ=退去」の誤解を払拭する交渉術とは? 本コラムの目的は、単に「値上げを成功させるテクニック」を伝えることではありません。むしろ、テナント側の心理を深く理解し、交渉のタイミング、客観的データ活用、合理的な説明方法など、実務の現場で使えるリアルな交渉術を整理して提供することです。交渉術のベースになるのは、「客観性」「合理性」「フェアネス(公平性)」という3つの視点です。これらを押さえることで、テナント側が「納得できる値上げ交渉」を進めることが可能になります。これから述べる章立てを通じて、実際に成功した事例、心理学的アプローチ、市場相場の活用法、そして実務でのコミュニケーション方法まで具体的に解説します。賃料アップ交渉は、やり方次第で「テナントの不満を高めるリスク」にも、「テナントからの信頼を得るチャンス」にもなり得るものです。このコラムを読んでいただくことで、現実的で効果的な交渉手法を身につけ、自信を持ってテナントとの契約更新交渉に臨んでいただければ幸いです。それでは次章から、具体的な内容を順に見ていきましょう。 第1章:なぜテナントは賃料アップを拒否するのか?(心理分析) 賃料アップを嫌がるテナントの心理とは? 賃料アップ交渉の場で、テナント企業の担当者が真っ先に考えるのは「コスト増による損失感」です。特に中小規模のオフィスビルに入居する企業は、大手企業ほど潤沢な経営資源を持たない場合が多く、少しの値上げであっても「コスト圧迫」として敏感に反応します。実際にはわずかな金額の差であったとしても、心理的にはそれ以上の抵抗感を生じてしまうものです。この背景には、「プロスペクト理論」と呼ばれる行動経済学の重要な考え方があります。人は利益を得る喜びよりも、損失を被る苦痛の方を約2倍強く感じると言われています。たとえば、テナントが年間500万円の賃料を支払っているとして、年間20万円(月額約1万6千円)の値上げを求められた場合、金額としては全体の4%ほどに過ぎません。しかしテナント側は、この「年間20万円の支出増」を実際以上に重く感じ、心理的な抵抗感が生まれるのです。 テナントの心理的抵抗を和らげるポイントとは? では、このような心理的抵抗を少しでも軽減するには、どのような対応が効果的でしょうか。ポイントは以下の3つに集約されます。①「値上げの根拠」を明確に示すテナントが最も嫌うのは、値上げが「根拠がない」「納得できない」と感じることです。「周辺相場が上がっている」「継続的に設備投資をしている」など、テナントが納得できる「具体的で客観的な根拠」を示すことが、心理的抵抗感を大きく和らげます。②「納得感」を重視し、唐突感を避ける値上げを突然突きつけられると、テナント側の抵抗感は倍増します。そのため、更新時期の前段階から一定期間の予告をし、心理的な準備期間を与えることで、テナントは感情的な拒否感を軽減できます。例えば、契約更新の半年~3か月前に「次回更新時には市場相場に基づき若干の調整を予定しています」と伝えておくだけでも、テナント側は心の準備を行うことができます。③「協議の結果、譲歩を引き出した」と感じさせることで、テナントに“心理的コントロール感”を与えるテナントが「一方的に値上げを押し付けられた」と感じると、その瞬間に強い拒否反応が生まれます。そこで有効なのが、テナント側に「選択肢があった」「協議の中で自分たちが一定の譲歩を引き出した」と感じさせる工夫です。これは、交渉の主導権を完全に奪うのではなく、一定の“心理的コントロール感”をテナントに持たせるというアプローチです。詳しくは後ほど、説明しますが、たとえば以下のような提示が考えられます。・「周辺相場と比べて控えめな上昇幅にとどめている」・「賃料引き上げの適用を半年後に繰り延べる」・「段階的にアップしていく選択肢を用意している」こうした選択肢を事前に用意し、「ご相談の結果、この範囲で調整できるご提案です」と伝えることで、テナント側は「交渉の中で譲歩を勝ち取った」と自然に感じるようになります。結果として、値上げに対する抵抗感や損失感が和らぎ、「押し付けられた」というネガティブな印象を抑えることができます。 テナントの心理を踏まえた交渉が「成功の第一歩」 テナントが賃料アップを嫌がる理由は、決して単なる金銭的負担だけではありません。心理的な抵抗感や「理不尽さ」「一方的である」という印象が大きな原因となっています。したがって、テナントの心理をしっかり把握し、具体的な根拠を提示しつつ、段階的な告知や選択肢提示による納得感の演出が賃料アップ交渉成功の鍵です。次章からは、具体的にどのように客観的データを交渉に使えば効果的か、具体的なテクニックや事例を解説していきます。 第2章:「市場環境」を味方にする交渉術 賃料アップ交渉の成否を分ける鍵のひとつは、客観的な市場環境データを上手に使えるかどうかです。特に築30年前後の中小型のグレードがさほど高くない賃貸オフィスビルの場合、テナント側から「なぜ値上げするのか?」という明確な根拠を求められることが少なくありません。その際、感覚的な説明ではなく、市場の具体的な数字や指標を提示できると、テナントも納得しやすくなります。本章では、東京の主要5区(千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区)の築古・中小型・賃貸オフィスビルを想定し、客観的な市場データを活用した賃料交渉のポイントをご紹介します。 ①市場賃料相場データの効果的な使い方 賃料交渉で特に説得力があるのは、市場相場との比較です。まず、対象ビルと同じエリア、規模、築年帯の物件の賃料相場を把握するところからスタートします。例えば、『三幸エステート』のオフィスマーケットレポート(2025年第1四半期)によると、東京の主要5区における築30年程度・Cグレード以下のビルは、市場平均賃料が直近四半期で約4.5%上昇し、坪単価で約18,924円に達しています。特に2024年後半から需給が逼迫し、明確な上昇トレンドが続いています。さらに、『日経新聞』がオフィス仲介大手4社への聞き取り調査を基にまとめたデータによると、以下のエリアの既存ビルの募集賃料は前年と比較して上昇しています。 エリア既存ビル坪単価前年同期比(騰落率)市場コメント神田駅周辺11,000~33,000円△(5%未満の上昇)需要が回復し空室が少ない水道橋・飯田橋・市ヶ谷9,000~35,000円△△△(10%以上の上昇)空室面積が少ない。新築への移転例も八重洲・京橋・日本橋11,000~55,000円△△△(10%以上の上昇)既存ビルの募集が減少、強気の賃料設定八丁堀・茅場町10,000~33,000円△△△(10%以上の上昇)空室消化が進展、需給が引き締まる傾向 当社の場合、公表されている数値に、独自の調査で補足した上で、データを取りまとめています。このように、市場データを提示する際には、「当ビルと同じような既存物件」の相場感を具体的に示すことで、賃料アップの説得力が増します。 ②客観的指標を交渉材料として示すタイミングとテクニック 市場データを示すのに適したタイミングは、契約更新の約半年前です。更新の直前に提示するのではなく、テナント側が予算的に準備をするための時間的余裕を持てるように配慮すると、交渉がスムーズに進みます。また、データ提示時には、いきなり数値を伝えるのではなく、以下のようなストーリー仕立てで説明すると効果的です。「最近、当エリア全体の需給状況が引き締まっています。特に近隣エリアでは、既存ビルの募集賃料が前年と比べて10%以上も上昇していることが報告されています。例えば八重洲・京橋・日本橋エリアでは既存ビルの募集が減少し、賃料が大幅に上昇しています。幸いにも、現在の当ビルの賃料は相場に比べて割安な状態でご提供していますが、市場環境との乖離を適正な範囲内に保つためにも、今回の改定をお願いしたいと思います。」このような丁寧な状況説明の後にデータを示すことで、テナント側が「単なる値上げ」ではなく、「妥当な価格調整」と感じられるようになります。 ③「値上げの根拠」の示し方と事例紹介 賃料交渉では、「なぜ値上げをするのか?」という根拠が最も重要になります。特に築古ビルのテナントからは、「古いのになぜ値上げなのか?」という疑問が出ることも少なくありません。その際に、「市場環境」を中心に客観的な根拠を示すことが有効です。実際の交渉成功事例をご紹介します。東京都中央区(八丁堀)の築約30年のCグレードビルのオーナーは、テナント企業との契約更新交渉に際し、「市場環境を根拠とした交渉」を実践しました。オーナーは日経新聞のデータを使い、「八丁堀エリアでは既存ビルの募集賃料が前年より10%以上上昇している」と提示しました。さらに、三幸エステートのレポートを併用し、「同エリアの空室率が約3%まで低下し、需給が非常に逼迫している」と説明しました。テナント側はこの明確なデータによる説明に対して、「社内稟議を通しやすい明確な根拠が示された」として、値上げを受け入れました。このように、客観的な市場環境データを明確に示すことができれば、テナントも社内で説得がしやすくなり、交渉がスムーズに進むケースが増えます。市場データを味方につけることができれば、オーナー/ビル管理会社はテナントの理解を得やすく、賃料アップを円滑に進められるようになります。客観的な数字を示した説得力ある交渉術を使い、「値上げ=退去」というテナントのマインド・セットを修正していきましょう。 第3章:「自然な賃料アップ」を実現する日頃の取り組み 築30年前後の中小型の賃貸オフィスビルにおいては、日頃から価値を保つための細かな取り組みを淡々と続けることが欠かせません。こうした「日常的な小さな取り組み」が自然に積み重なることで、結果としてビルの価値が維持され、相場に見合った賃料を無理なく得られるようになります。本章では、この緩やかで自然なロジックに基づいた、賃料アップの土台となる日常的な実務について整理していきます。 ①日常的な小さな取り組みが、緩やかに価値を維持する 築古の賃貸オフィスビルにおいて重要なのは、長期修繕計画に基づく大規模な改修・設備更新だけではありません。むしろ、日頃の地道で細かな改善や管理を、ブレずに積み重ねていくことのほうが、テナントにとって“実感”として伝わりやすいものです。たとえば、以下のような日常対応が挙げられます。・老朽化が見え始めた箇所を放置せず、軽微なうちに対応する・日常的な清掃や小修繕を確実に行う・設備の簡易なメンテナンスを定期的に実施するこうした取り組みを日常的に続けることで、「築年数のわりに古さを感じさせない」「どことなく居心地がよい」という自然な評価につながります。その結果、テナント側にも「このビルであれば、この賃料は妥当」と感じてもらえる状態が、少しずつ形成されていきます。 ②賃料アップ交渉は、市場との「自然な調整」に過ぎない 賃料アップ交渉とは、契約更新を利用してテナントに値上げを納得させる“説得”のプロセスではありません。ビルの価値が適切に維持されていれば、交渉自体も単なる「市場相場に合わせた調整」という、極めて自然なやりとりになります。実際の交渉でも、以下のようなシンプルな言葉で十分です:「周辺市場の賃料が上昇していますので、今回の契約更新では市場水準に合わせて適正に調整させていただきます。」テナント側も、日常の利用を通じて感じているビルの印象と、提示された賃料とを照らし合わせ、「そのくらいなら妥当」と自然に納得できる範囲であれば、交渉が無理なく成立する可能性が高まります。 ③「自然な納得」を生むコミュニケーションの姿勢 賃料交渉の場面で、オーナー/ビル管理会社が特別なアピールを試みる必要はありません。むしろ、日頃の管理業務において、誠実で丁寧な対応を積み重ねることこそが、ビルに対する信頼感を育てる土台となります。そうした日常的な信頼の積み重ねが、「このビルであれば、この賃料でも納得できる」という自然な感覚を、テナントの中に育んでいくのです。理想は、「言葉で説明せずとも、日々のやりとりの中で伝わっている状態」です。ビルの手入れが行き届いていること、トラブルがあったときの対応が早いこと、日常のコミュニケーションが誠実であること――。こうした積み重ねが、テナントとの信頼関係の基盤になります。 【この章のまとめ】 築古の中小型・賃貸オフィスビルであっても、日頃の地道な管理や小さな改善の積み重ねによって、ビルの価値は自然と保たれていきます。そしてその積み重ねが、テナントにとっての「納得できる賃料」の土台になります。賃料アップ交渉をオーナー都合の押し付けではなく、価値の維持と適正な相場調整の延長線上で、自然と成立するものとして捉えていく。そんなスタンスが、テナントとの健全な関係を保ちながら、長期的な安定経営を実現する鍵になるのではないでしょうか。 第4章:「予告」と「段階的アップ」という交渉テクニック 賃料の改定交渉をスムーズに進めるためには、「伝え方」や「提示方法」に工夫が必要です。特に、賃料アップを一度に大きく提示すると、テナントが心理的抵抗を感じやすくなります。テナント側の「抵抗感」を和らげ、賃料改定を自然に受け入れやすくするためには、「予告」と「段階的アップ」という二つの交渉テクニックが非常に効果的です。本章では、これらの交渉テクニックを具体的に解説し、賃料交渉の実践的なポイントを紹介します。 ①急な値上げ提示を避ける「予告」の重要性 賃料改定をテナントに提示するときに、避けるべきなのは「突然、大幅な値上げを伝えること」です。人間は予期しない変化に対して大きな抵抗感を持つため、突然の提示は交渉を難しくするだけです。そこで重要になるのが、「予告」というテクニックです。予告は、賃料改定の数か月前(理想的には6か月~1年前)に「市場の状況を踏まえて、次回の更新時には賃料を見直しさせていただく可能性があります」と伝えておくことです。こうすることで、テナントは事前に賃料改定の心積もりができ、社内で予算を調整したり、意思決定の準備を整えたりする余裕を持つことができます。突然提示するのではなく、徐々に情報を開示していくことで、交渉の心理的なハードルを下げることができます。 ②テナントが受け入れやすい「段階的アップ」の手法 一度に大きく賃料を上げるより、段階的に賃料をアップさせる方がテナントにとって受け入れやすくなります。特に、市場との乖離が大きく、一度に大きな賃料改定が必要になるケースでは、段階的アップが非常に有効です。具体的には、以下のような方法が挙げられます。例1:「二段階アップ」:「一定期間猶予後のアップ」・契約更新時に半分の上昇幅で提示し、次回の更新時に残りの半分を調整。・例えば、市場相場との差が坪3,000円なら、次回更新時に1,500円アップし、翌年にさらに1,500円アップを行う。例2:「一定期間猶予後のアップ」・契約更新時には現在の賃料を維持し、一定期間(半年や1年)の猶予期間を設け、その後に相場に調整する。・テナントは予算調整の猶予ができるため、心理的抵抗が少なくなります。段階的アップは、テナント側に「時間的余裕」を与えることで心理的な負担感を軽減し、賃料改定の受け入れをスムーズにします。 ③心理的テクニック:「アンカリング効果」を上手に活用する 賃料交渉において非常に有効な心理テクニックに「アンカリング効果」があります。アンカリングとは、「最初に提示された数字が基準となり、その後の判断に強く影響する」という心理現象です。交渉での具体的な活用例は以下の通りです。・最初に「市場相場との差額」を大きく提示し、最終的な交渉ではその差額をやや緩める。・例えば、最初に「市場との差が坪4,000円ほど開いています」と伝え、最終的な提示では3,000円のアップで交渉を進めると、テナントは「当初より1,000円安くなった」と感じ、受け入れやすくなります。また、段階的アップの提示でもアンカリング効果を応用できます。・例えば「本来であれば今回の更新で一気に坪3,000円の値上げをお願いしたいところですが、今回は半額の1,500円の値上げにとどめ、残りは来年度の更新時に調整させていただきます。」と伝えることで、テナントに心理的な「得をした感覚」を与えやすくなります。こうした心理的テクニックを交渉プロセスに自然に組み込むことで、テナント側の受け入れ意識を高め、賃料アップ交渉を成功させやすくなります。 第5章:「関係性維持」を重視したコミュニケーション術 賃料交渉を成功させる上で最も重要な要素の一つは、テナントとの良好な「関係性」を維持することです。ビル管理会社がどれだけ客観的な市場データを持っていても、普段からのコミュニケーションに難があると、交渉時にテナントは値上げ要請を「対立」と受け取り、受け入れに抵抗を感じるようになります。しかし、「良好な関係性」とは、際限なく、テナントとの距離感を詰めていくことでも、コミュニケーションの頻度を高めることでもありません。「自然で程よい距離感を保ちつつ、日常的なコミュニケーションがごく自然に行われている状態」を指します。本章では、この「自然な関係性」の中で行う賃料交渉術について解説します。 ①テナントとの「自然な関係性」を築くための基本姿勢 良好な関係性とは、テナントに媚びることではありません。親密さを追い求めるのではなく、「自然体で、お互いに一定の距離感を保ちながら信頼感を維持できている」という状態です。具体的には、次のようなポイントを意識します。・普段から、事務的でも丁寧で適切な対応を心掛ける。・テナントから相談があった場合には迅速かつ的確に対応する。・こちらから積極的にコミュニケーションを取るというより、テナントが何か困ったときや要望があるときにスムーズに相談できる関係を作っておく。このように自然体で程よい距離感の関係性を築いておくことで、賃料アップ交渉時の対話が自然な「調整」へとつながります。 ②賃料交渉前に行うべき準備(コミュニケーション施策) 賃料交渉に臨む前には、あらかじめテナントの経営状況や社内事情をある程度把握しておくことが理想です。基礎的な情報としては、帝国データバンクのレポートなどのレファレンス情報に目を通し、上場企業であればIR資料なども確認しておくのが基本です。ただし、特別な調査を行ったり、あからさまな聞き取りをするのではなく、こうした情報は日常的なコミュニケーションの延長で、自然に把握できる状態をつくっておくことが望ましいでしょう。例えば、次のような機会を活用して、自然にテナントの状況を把握します。・日常的な施設点検や管理対応時に、テナント担当者と軽く会話をする。・「何か最近お困りのことはありませんか?」など、管理上の相談ごとをきっかけに、自然にテナント側の近況を聞く。このような自然なコミュニケーションを通じて、テナントの社内状況や業績傾向、移転検討の有無などがそれとなく見えてくることがあります。こうした情報を把握できていると、交渉時における適切なタイミングや伝え方のヒントになります。 ③交渉を「対立」から「自然な調整」へと転換する会話術 交渉時の言葉の選び方や表現の仕方によって、テナントが抱く印象は大きく変わります。ここで重要なのは、交渉を「対立」や「駆け引き」ではなく、「市場に基づく自然な調整」としてテナントに感じてもらうことです。そのためには以下のような表現が効果的です。・「賃料を値上げさせていただきます」ではなく、「市場の状況に合わせて、賃料を適正な水準に調整させていただきます。」・「値上げを受け入れてほしい」という要求調ではなく、「市場とのバランスを考えて、このくらいの水準が妥当ではないかと思いますが、いかがでしょうか?」という協調型の提案調にします。・テナントの抵抗感が強い場合は、「無理なご負担にならない範囲で調整したいと考えていますので、一緒に妥当なラインを探りましょう。」など、あくまで「調整・相談」のスタンスを維持します。このように会話を進めることで、交渉が「対立」ではなく「自然な調整」に近づき、テナント側の心理的抵抗も軽減されます。 第6章:実践ケーススタディで学ぶ「賃料アップ交渉」 本章では、築古・中小型の賃貸オフィスビルにおいて実際に行われた賃料アップ交渉の成功・失敗事例をケーススタディとして取り上げます。各ケースから、どのような交渉の進め方が有効で、逆にどんな対応が失敗につながったのかを具体的に分析し、実務的な改善ポイントを明確にします。 【ケース1:成功事例】「市場データ」と「段階的アップ」の組み合わせが功を奏した例 概要東京都中央区(八丁堀)の築32年・延床約150坪の賃貸オフィスビルで、更新時に坪当たり3,000円の賃料アップを目指した事例です。交渉プロセスビル管理会社は契約更新の約1年前から「賃料の見直し可能性」をテナント企業(材料系商社、従業員数約50名)に対して緩やかに予告しました。そして更新の半年前に、三幸エステートのレポートに加えて、当社独自に調査した市場データ(同エリア既存ビルの賃料が前年比10%以上上昇)を提示しました。一方で、テナント側の担当者が「一度に坪3,000円の値上げは社内稟議が通りにくい」と懸念を示したため、ビル管理会社は「段階的アップ(初年度1,500円アップ、その翌年にさらに1,500円アップ)」の妥協案を提案しました。結果テナント側は「市場状況を客観的に理解できたこと」と「段階的アップで社内説明が容易になった」ことを評価し、この妥協案を受け入れました。成功要因と改善ポイント【成功要因】・市場データを早期から提示し、納得感を形成したこと。・段階的アップによりテナント側の心理的抵抗を和らげたこと。【改善ポイント】・予告の段階で具体的な金額まで踏み込めば、さらに交渉の時間を短縮できた可能性あり。 【ケース2:成功事例】「自然な関係性」が交渉を円滑に進めた例 概要東京都千代田区(神田)の築30年・約200坪の賃貸オフィスビルで、更新時に坪2,000円の値上げを提示したケースです。交渉プロセスこのビルの管理担当者は、日頃から過度に親密なコミュニケーションは取らず、しかし設備の不具合対応などの要望には迅速かつ的確に対応していました。交渉においても、値上げ理由を淡々と「市場動向に基づく適正賃料への調整」として提示しました。テナント企業(専門サービス業、従業員数30名)も、市場環境を理解した上で比較的容易に了承しました。結果ほとんど抵抗感なく値上げを受け入れてもらうことに成功しました。成功要因と改善ポイント【成功要因】・日常の自然で適切な対応によりテナントとの信頼関係が築かれていた。・値上げを「特別なもの」とせず、自然な調整として淡々と提示したことでテナント側がスムーズに納得できた。【改善ポイント】・テナント側から「もう少し事前に細かな資料があると社内調整がさらに容易になる」との声があり、提示資料の充実はさらなる改善点。 【ケース3:失敗事例】「急な値上げ提示」が抵抗感を生み、交渉が決裂した例 概要東京都港区(芝・三田)の築約28年・約100坪の賃貸オフィスビルで、更新時に市場環境に伴う値上げ(坪2,500円アップ)を提示したものの、テナントから拒否され、交渉が決裂したケースです。交渉プロセスビル管理会社がテナント(貿易関連企業、従業員数約40名)に値上げを提示したのは契約更新のわずか2か月前でした。日常的にコミュニケーションも希薄であったため、テナント側は唐突感を強く感じました。ビル管理会社は市場環境の説明をしましたが、テナント企業は予算調整が間に合わず、「急な提示で対応が難しい」として値上げを拒否。双方折り合わず、結局テナントは退去を決定しました。失敗要因と改善ポイント【失敗要因】・値上げの予告をせず、直前での突然の提示となった。・普段のコミュニケーションが不足し、テナント側の事情を理解できていなかった。【改善ポイント】・早い段階(半年~1年前)での予告を徹底すべきだった。・日頃から最低限のコミュニケーションを確保しておくことで、テナントの状況を把握できていれば別のアプローチが可能だった。 第7章:チェックリストで見る「賃料アップ交渉」成功要件 賃料アップの交渉は、テクニックだけでなく「段取り」と「準備」で8割が決まるとも言えます。築古・中小型の賃貸オフィスビルにおいては、交渉の複雑さを最小限にとどめ、必要な準備を一つずつ丁寧に進めることが、交渉を円滑にし、無理なく賃料改定を実現するための王道です。本章では、これまでの実務ポイントを整理し、交渉に向けた準備・提示・フォローの3ステップに分けたチェックリストとしてご紹介します。実際の交渉に臨む前の確認用ツールとして活用してください。 ステップ①:交渉前の準備チェックリスト 項目確認内容市場相場の把握対象ビルと同規模・同築年帯の周辺ビルの賃料相場を調査したかテナント事情の把握テナント企業の業況・直近の在籍人数・社内体制・キーマンなどを把握しているか予告の有無賃料改定の可能性を、テナントに数か月前から伝えているか社内稟議への配慮テナントが社内で稟議を通しやすくなる資料や説明方法を用意したか適正な金額設定市場と対象ビルの状態を踏まえた無理のない上げ幅を設定しているか ステップ②:提示時のポイント確認リスト 項目確認内容タイミング契約更新の少なくとも3か月前には正式に提示しているか表現のトーン「一方的なお願い」ではなく「適正な調整」として落ち着いたトーンで伝えているか資料の整備市場賃料の根拠資料(相場表、エリアデータなど)を添えているか段階的提案一度に大きく上げず、段階的アップ案を用意しているか余地の確保一定の交渉幅(条件の緩和余地)をあらかじめ確保しているかテナントの反応への備え想定される反応(予算懸念・納得感不足など)に対して備えているか ステップ③:交渉後のフォロー体制確認リスト 項目確認内容文書での記録交渉内容と合意事項をメール/書面で明確に残しているか社内共有ビル管理会社・オーナー間での情報共有と方針統一ができているか次回交渉への布石次回の更新交渉を見据えた情報蓄積・フィードバックが整理されているかテナント満足度の観察交渉後のテナント対応(問い合わせ内容や態度変化など)を観察しているか改善点の洗い出し今回の交渉での反省点・改善点を次回に向けて記録しているか 【この章のポイントまとめ】 ●賃料交渉は、交渉時のトーク力よりも「準備と段取り」が勝負を決める。●市場データ・テナント事情・伝え方の整備など、各フェーズで確認すべきポイントを事前に洗い出すことで、交渉の精度が高まる。●一度の交渉で終わらせず、次回に向けた観察と記録を残すことが、長期的な安定収益につながる。このチェックリストを活用しながら、対象ビルの状況やテナントの関係性に合わせた賃料交渉を、実務的かつ丁寧に進めていきましょう。価格調整という行為を「対立」ではなく、「管理業務の一環」として、淡々と誠実に行える体制づくりが、結果的に安定経営につながります。 おわりに:賃料アップ交渉を「怖がらずに向き合える」ために 築古・中小型の賃貸オフィスビルにおける賃料アップ交渉は、一見ハードルが高そうに見えるかもしれません。ですが、事前に正しく準備し、伝えるべきことを丁寧に伝えることによって、粛々と対応していくべきビル管理業務のひとつです。実際、テナント側にとっても、周辺の相場が上昇していることや、ビルの維持管理にきちんと取り組んでいることが日頃から伝わっていれば、必ずしも強い抵抗を示すわけではありません。むしろ、「現状維持が当たり前」という意識にとらわれて過剰に慎重になりすぎることで、市場との乖離が進み、次回以降の調整がかえって難しくなることもあります。本コラムで取り上げた通り、賃料アップ交渉を成功させるための鍵は、特別な交渉術ではなく、以下のような現実的で地に足のついた取り組みにあります:・周辺の市場データを活用し、「値上げ」ではなく「適正化」として位置づけること・築古の中小規模のビルであっても、日頃から価値を維持し、「特別なアピール」をせずとも納得される状態を整えておくこと・「段階的アップ」や「事前予告」など、テナントの心理的抵抗を和らげる工夫を組み込むこと・過度に踏み込みすぎず、かといって距離を置きすぎない、「自然体の関係性」を日々積み重ねていくことつまり、賃料アップ交渉とは、「嫌がられる行為」ではなく、ビルの価値を適正に保ち、テナントと健全な関係を続けるための必要な調整プロセスなのです。そこに求められるのは、感情的な駆け引きや過度な演出ではなく、冷静な準備と実務的な対応力、そして日常的な信頼の積み重ねです。賃料アップ交渉を「リスク」ではなく「前向きな見直し」と捉え、無理のない形で実施していけるオーナー/ビル管理会社こそが、長期的に安定した賃貸経営を実現していくことができる――本コラムが、その一歩を踏み出すためのヒントとなれば幸いです。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年12月19日執筆2025年12月19日 -
プロパティマネジメント
“やったのに決まらない”の正体とは?―築古オフィス改善の判断設計を考える
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「“やったのに決まらない”の正体とは?―築古オフィス改善の判断設計を考える」のタイトルで、2025年12月17日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに第1章:なぜ「対応・改善しているのに決まらない」のか?第2章:実務の摩耗がズレを生む第3章:ズレた“改善策”が現場で繰り返される理由第4章:「何から動くか」の優先順位―ズレた判断が成果を遠ざける第5章:「選ばれない」理由が伝わってこない構造第6章:「わかっているのに動けない」――実務の制約と意思決定の限界第7章:「全部はできない」から考える――空間の構成を再設計する第8章:「改善する」から「選ばれる」へ――築古ビルがとるべき次の一手 はじめに 「うちも、やるべきことはやってるんですよ。ただ、なぜか決まらないんです。」築年数を重ねた中小規模の賃貸オフィスビルのオーナーや管理担当者から、そうした声が聞かれることは少なくありません。実際、エントランスの改修、共用部の清掃強化、条件面の見直しなど、一定のコスト、手間暇をかけた対応が行われているビルも多くあります。それでも空室が、なかなかすぐに埋まらない。内見の反応は鈍く、問い合わせの数も伸びない。「やれることはやっているのに、なぜ決まらないのか」という、答えの見えにくい徒労感だけが現場に残る。そうした状況は、いまや築古の賃貸オフィスビルに共通する構造的な課題となっています。そもそも、築古の賃貸オフィスビルの建物は老朽化しており、設備仕様も最新でもなく、現在の賃料水準を維持すること自体、望むべくもないという悲観論に組することもなく、できる限りの対応策を打ってきたのに、決まらない。このような決まらなさの原因を、そもそも、対応策など意味がないということでなく、「選び方」や「優先順位」、「見え方」といった判断の軸が、どこかでズレていたということなのかもしれません。さらに深く見ていくと、判断の支えになるはずの「過去の実務経験」や「他物件との比較」が、かえって意思決定を鈍らせている場面も見られます。つまり、対応したのにうまくいかないのは、「改善が足りない」からではなく、「改善の選び方」そのものがズレているからではないかということです。本コラムでは、築古の賃貸オフィスビルが直面するこうしたズレの実態を読み解きながら、次のような論点を整理していきます:・なぜ対応しても成果に結びつかないのか・過去の実務が、今の改善判断を曇らせている構造・空振りに終わりがちな改善の典型パターン・成果につながる「順番」と選び方の工夫・判断を設計し、選択肢を再構築するための視点どう判断し、どう進めるかという前提そのものを問い直すこと。それこそが、築古の賃貸オフィスビルが選ばれる側に再び立ち返るための出発点になるのではないか――そんな問題意識から、本コラムを始めたいと思います。 第1章:なぜ「対応・改善しているのに決まらない」のか? 「いや、うちも何もしていないわけじゃないんですよ。照明器具はLED化しましたし、トイレも一昨年にリニューアルして。共用部の床材も一部、貼り替えました。でも、それでも内見が増えないんです。」築30年以上の中小賃貸オフィスビルを所有するあるオーナーの言葉です。ビル管理会社と連携しながら、予算の範囲内でできる限りの対応を重ねてきた。それでも空室が長引いてしまう。そうした声は、東京の築古の賃貸オフィスビルの現場で決して珍しくありません。実際、設備や内装にまったく手を加えていない物件の方が、今ではむしろ少数派です。空調、照明、エレベーターなど、あらかじめ計画された設備更新に加えて、トイレ、館内サイン、共用部の床材、掲示物まわりの整理まで、テナントの目に触れる部分を一通りリニューアルしているビルも少なくないのです。それでも「決まらない」。その原因は、対応・改善を「やったか・やらなかった」かではなく、「誰に向けてどのような改善を、どの順番で進めるのか」を選定し、判断するプロセスのズレにあるのかもしれません。 “方向性のズレ”が、決まらなさを生む ある物件では、エントランスに木目調の化粧パネルと間接照明を組み合わせ、床には石目調の長尺シートを使用するなど、落ち着いたトーンで整えるリニューアルが施されていました。小規模なビルながら、清掃状態も良好で、空調設備も修繕計画通りに更新済み。築年数を考えれば、全体としては丁寧に維持管理されている印象でした。この物件を内見の案内をしたリーシング担当から見て、内見したテナント社員のリアクションは、どこか控えめで、明確な手応えは感じられなかったといいます。後日、その企業は別の物件を選びました。先方からの説明は「立地が希望と若干ずれていた」と簡潔なものでした。内見時に感じられた「違和感」は、案内担当者レベルでは確かに残っていたものの、それが「改善の効果の検証材料」として社内で議論されることはありませんでした。社内ミーティングで軽く話題にされた程度で、リニューアル=改善、を担当した部署には届かず、定例のオーナー報告でも空室継続の事実だけが淡々と報告されたにとどまりました。内見時の手応えの薄さは、あくまで主観的なものであり、「たまたま相性が悪かっただけかもしれない」「賃料設定のほうが大きかったのでは」と解釈されやすく、組織の中では判断材料として後回しにされがちです。しかし、こうした「違和感の共有漏れ」や「曖昧なままの感覚のスルー」が積み重なることで、改善の方向性が少しずつ現場の肌感覚とズレていく構造が生まれてしまうのです。この事例でも、改修がそもそも誤っていたとまでは言えません。客観的に、限られた予算の中で実施された、まっとうなリニューアル=改善だったともいえます。ただ、「誰に対して、どのような効果を想定するのか」という視点が、ほんの少しだけズレていた。その微細なズレが、フィードバックとして返ってくることがほとんどなかったので、オーナーや管理者は「改善したのに決まらない」という状況に、理由が見えないまま直面することになります。 「改善」しようとすることで、かえって遠ざかることもある 築年数を重ねた賃貸オフィスビルを改善し見映えをよくしようとすること自体が悪いわけではありません。たとえば、アロマやBGM、エントランス・マット、サイン、観葉植物などを組み合わせて設置し、共用部の印象を整える対応をとったとします。見た目の印象はたしかに向上し、ビル管理の丁寧さも伝わる――そのような意図で実施された改善であったとしても、それがテナントの選定理由になるかどうかは、まったく別の話です。むしろ、こうした見映えの底上げそのものが、テナントによっては次のように受け取られてしまうことすらあります。「築古ビルが無理をしているようで、かえって痛々しい」「過剰な演出によって、むしろ古さが際立ち、ここで働くイメージが湧きにくくなった」――。つまり、丁寧に整えたはずの演出が、逆に現実とのギャップを強調してしまう場合があるということです。また、ビルの外観や共用部の見映えにフォーカスした結果、トイレや空調、セキュリティといった「不満の出やすいポイント」への対応が後回しになっている物件も見受けられます。本来であれば、こうした日常的な接点にこそ優先順位があるべきなのです。つまり、空室対策の本質は何をやったかではなく、どこにどう配分したか。改善の配列や重みづけを間違えることで、対応し、改善しているのに選ばれないという状態が生まれてしまうのです。 「改善疲れ」に陥る前に、選び方そのものを問い直す オーナーやビル管理会社の努力が足りないわけではありません。むしろ、努力を重ねているからこそ、「なぜこれでも決まらないのか」が見えにくくなっているのだと思います。本コラムでは、個々の改修項目の良し悪し以前に、「なぜその改善を選んだのか」「他の可能性は検討されたか」「改善の順番は適切だったか」といった、判断の前提条件そのものを問い直すことをテーマにしています。次章では、このズレがなぜ繰り返されるのか、そしてその背景にある「実務の摩耗」や「慣性の意思決定」について、より構造的に考察していきます。 第2章:実務の摩耗がズレを生む 築古の賃貸オフィスビルの改善をめぐる意思決定の現場では、「やることはやっているのに、なぜ決まらないのか」という問題が、繰り返し起こります。そして、そのたびに「今度はここを直してみよう」「あのビルがやっていたあれを真似してみよう」といった個別の対応が積み重ねられていきます。しかし、こうした対応の多くは、その場しのぎの連続になってしまっているケースが少なくありません。なぜなら、判断の根拠が、蓄積された経験則や過去の成功体験にもとづいているだけで、現状を客観的に再評価する機会が極端に少ないからです。 判断の“繰り返し”が、判断力そのものを摩耗させる 築30年を超える物件であれば、10年、20年単位でテナントの入れ替わりや改修履歴が蓄積されているはずです。そうした履歴は本来、改善の方針を柔軟に導くための材料となるべきものです。ところが、実際には「前回もこの対応で決まったから」「以前、これでうまくいった」という過去の正解に寄りかかったまま、現状に対する目線のアップデートが行われていないケースが目立ちます。たとえば、「うちはトイレを改修すると決まりやすい」という経験にもとづいて、5年おきに内装だけを更新してきた物件。ところが最近は、それでもなかなか決まらない。にもかかわらず、「やるべきことはやっている」と判断し、それ以上の検証を止めてしまう──こうした思考の摩耗が、改善の視野をじわじわと狭めていきます。このように、過去の蓄積がむしろ意思決定の柔軟性を奪ってしまう構造は、築古の賃貸オフィスビル管理の現場では決して珍しくありません。 「物件を知っている人」が、“変化に気づきにくい人”になる 長年にわたって対象物件を見てきたビル管理の担当者や、テナント対応に慣れたスタッフの存在は、賃貸オフィスビルの運営における大きな安心材料です。彼らの経験は、修繕の判断やトラブル対応において欠かせないものです。しかし、こうした「慣れた目線」が、物件の魅力や弱点を“見慣れてしまう”ことによって、かえって改善のポイントを見逃すリスクも孕んでいます。たとえば、共用部の照明器具が更新されずに、少し古びていたとしても、「このビルはもともとこういう雰囲気ですから」と判断してスルーされてしまう、掲示物や注意書きが貼られたままの掲示板も、「入れ替えの時期はいつもこのくらいですし」と見過ごされる、本来であれば、いまこの物件がどう見られているかを、改めて「初見の目線」で再確認すべきタイミングにもかかわらず、既視感がそれを上書きしてしまうのです。 賃貸オフィスビルの管理側にとっての「定例対応」が、テナントにとっての「違和感」になることも さらに厄介なのは、賃貸オフィスビルの管理側にとっては当たり前になっている対応が、初めてビルを見るテナントにとっては、むしろ引っかかりとして残る場合があることです。たとえば、ポストに入りきらない郵便物が一時的に管理室に取り置かれている、エレベーターホールに空きテナントの案内資料が山積みになっている……。こうした状況は、管理側にとっては「よくあること」「特に支障のない運用」かもしれませんが、テナント側から見ると、「本当にここで働くことを前提にしてもいいのか」と感じさせてしまう微細な不信感につながることもあります。このように、賃貸オフィスビル管理の現場実務がこなれていく過程で、かえって細部の見直しが抜け落ちるのは、築古の賃貸オフィスビルの管理・運営においては起こりやすい現象とも言えます。 “慣れた実務”に、問い直しの視点を差し込む もちろん、過去の経験がすべて無効になるわけではありません。大切なのは、「これまでの正解」を一度フラットに見直し、現状と照らし合わせて再構成する視点を持つことです。そのためには、オーナー自身、および、賃貸オフィスビル管理の実務担当者があえて初見の目線に立ち返ること、あるいは別の担当者・別部署・外部の専門家など他者の視点を介在させる仕組みを設けることが有効です。たとえば、リーシングの現場担当者が持つ感覚を、賃貸オフィスビル管理会社のビル・メンテナンスのマネージャークラスの判断に組み込めているか。リニューアル方針の検証に、内見の反応が活用されているか。そうした「共有と再検証」の視点が、改善のズレを防ぐ鍵となります。改善のズレは、失敗の結果ではありません。過去の成功体験に足を取られ、現場の変化に対する再評価が抜け落ちることで生じているのです。次章では、こうしたズレた改善がどのような施策に現れやすいのか、現場でよく見られる改善策の空振りパターンを具体的に見ていきます。 第3章:ズレた“改善策”が現場で繰り返される理由 築古の賃貸オフィスビルの空室対策では、「改善しても決まらない」「どのように整えても反応が薄い」という悩みが繰り返し語られます。そのたびに新たな対応策が提案され、検討されるわけですが、それらの事例をよく見ていると、どこかで見たような施策が、別の賃貸オフィスビルでも繰り返されている光景によく出くわします。それらは「他物件で成果があったから」「提案書のテンプレートに含まれていたから」といった、いわば無難に選択された改善提案を機械的に実施しただけで、それらがその対象物件、その立地、そのテナントのターゲットにとって最適かどうかは、ほとんど検証されていないことも少なくありません。 成功事例の“形式”だけがコピーされていく ある賃貸オフィスビル管理会社では、数年前に実施した物件での「アートと観葉植物による共用部の演出」が成功し、業界雑誌等でも好意的に取り上げられたことをキッカケに、その後、同様の提案を複数物件に展開するようになりました。たしかに、一定の演出効果や印象改善にはつながったケースもあるでしょう。しかしある別物件では、同じように植物とアートを配置したものの、「ちょっと過剰じゃないですか」「うちの業種には合わないかも」といった反応が、一部の内見した企業の担当者の本音めいた反応も仄聞されたといいます。どんな施策も、「何を、なぜ、どこで行うのか」という前提が、ターゲットのテナントと共有されていなければ、単なる演出の上塗りに終わるリスクがあります。成功事例の「形式」だけを取り入れても、単に流行り廃りをなぞっただけなので、その改善の効果が発揮されることはありません。 競合物件との“表層的な比較”が判断を狂わせる 改善策の選定にあたって、「周辺の競合ビルがどこまでやっているか」という視点は重要です。ただし、その比較が表層的な見た目や、いくらコストをかけたのかという点に偏ってしまうと、判断基準が曖昧になりがちです。たとえば、「近くのAビルではエントランスを明るくしたから、うちも照明を変えてみよう」「Bビルは入居が決まったので、あの床材と同じようなデザインにしよう」といった判断。それ自体は根拠もあり一見合理的にも見えますが、それらの改善が対象物件のポジションやテナントのターゲットと整合しているかが検討されていなければ、その改善はうまく機能しません。競合物件で空室がすぐに決まった理由は、改装された床材や照明ではなく、「募集条件の柔軟さ」や「入居時期のマッチング」、あるいは「担当者のクロージング力」といった要素かもしれません。成功事例の見た目だけを模倣しても、「なぜ決まらないか」という本質には届かず、改善コストばかりが嵩んでしまうことになりかねません。 「やっておけば安心」な改善が“決め手”になるとは限らない 現場には「最低限これだけはやっておきたい」という改善項目がいくつか存在します。たとえば、壁クロスや床材の貼り替え、エントランスのサイン更新、古びた照明器具のLED化、トイレの美装などは、どこかでやらなくてはいけないものでもあり、コストを抑えながらも効果のある、実務的な改善として、多くの場面で採用されています。実際、これらの対応は当社の別コラムでも、内装や照明など比較的低コストで実行可能な改善策の一例として紹介していますし、現場での第一歩として有効です。ここで問題になるのは、それらの改善を「やっておけば安心だから」という理由だけで、その目的や、ターゲットとするテナントのことを深く考えずに実施してしまうケースです。たとえ改善の実施内容自体は適切だったとしても、「なぜそれを行ったのか」「どんな効果を与えたいのか」が読み取れない場合、費やした時間やコストの割に空振りに見えてしまうことがあります。ひとつひとつは意味のある対応であったとしても、テナントに「ここに決めよう」と思わせる決定打になるとは限らないのです。逆に言えば、「この物件らしさ」や「この立地だからこそ」という意図を伝える工夫が加えられていなければ、内見時にただ整っているうわべの印象だけが残り、心には届かない―そうしたリスクもあるということです。 「改善したのに決まらない」を繰り返さないために こうしたズレた改善が繰り返される背景には、オーナー側の判断が曖昧なまま、その物件にとって本当に必要なことは何か、誰に向けて何を伝えるべきかといった視点が置き去りにされていることがあります。それぞれの改善が誤っていたというわけではありません。ただ、「このタイミングで、なぜこれを行うのか」「テナントがどのように受け取るのか」という目線が抜けてしまえば、せっかくの改善も狙った効果を発揮できなくなってしまいます。たとえば、賃貸オフィスを「きれいになった」と感じさせることと、「ここで働くイメージが持てる」と感じさせることは、まったく別の話です。テナントが重視しているのは、現実的に自社の働き方や価値観と合っているかどうかであり、空間の印象はその判断における大切な手がかりとなります。だからこそ、改善の目的と内容が、その物件の立地や規模、テナントのターゲットとしっかり結びついていない場合、「なぜこうしたのかがよく分からない」ということになり、ズレた改善として見なされるリスクがあるのです。もちろん、改善の価値は説明や演出だけで決まるものではありません。丁寧な仕上がりや更新された設備、美装された共用部など、施工そのものの価値は確かなものです。ただ、その価値がテナントにきちんと伝わらなければ、「ここに入ろう」という意思決定にはつながりにくいのもまた現実です。大切なのは、その改善が「誰に、どう見られるか」をあらかじめ意識し、「なぜそれが必要なのか」を具体的に考えたうえで取り組むことです。そうした配慮があって初めて、ズレた改善を避けることができ、取り組んだ内容が効果として伝わり、結果として空室の解消にもつながっていくのです。 第4章:「何から動くか」の優先順位―ズレた判断が成果を遠ざける 第3章では、「せっかく改善したのに決まらない」という現象の背景に、ズレた改善がありえることを見てきました。そこでは、改善の内容そのものが間違っていたというよりも、「誰に、どんな効果を与えたいのか」を考えずに形だけ改善しようとしたことが、結果につながらなかった理由として浮かび上がっていました。では、見映えや管理運用まわりの改善をちゃんと考えて実行したとしても、それでも決まらないとしたら、何がズレていたのか。実はそこには、「改善したけれど、肝心なリーシング条件調整の判断が甘かった」という、判断の順番のズレが関係していることがあります。本章では、「やったこと」そのものよりも、「どこから、どの順に、どう動くべきだったのか」という優先順位の組み立てに視点を置いて、改善しても決まらない構造をもう一歩深掘りしていきます。 動けることは複数ある。だからこそ「順番」が問われる 賃貸オフィスビルの空室対策として、現場ですぐに可能なこととして取り上げられがちなのは、たとえば次のようなものです。・床や照明、トイレの内装更新といった、軽めのリニューアル・掲示物の整理、共用部の清掃頻度の見直しなど、日常的な管理運用の見直し・賃料、フリーレントの調整など、リーシング条件の調整いずれも、「効果がありそう」です。問題は、「どれを、どの順番で実行するか」の見立てがズレてしまうと、ひとつひとつの動きは効果があるはずなのに、空室解消という成果にはつながらないことがありえるということです。一方、空調や給排水、換気などの設備の本格的な整備は、費用や工期の規模が大きく、すぐに対応可能かどうか、オーナーごとに置かれた事情に大きく左右されるため、本コラムでは踏み込まず、比較的動きやすい「小さな改善」と「条件調整」の順番判断に焦点を当てます。例①:改善を先に実施したことで、リーシング条件の対応が鈍ったケースある中小ビルでは、エントランス照明と床材の貼り替えを先に実施しました。見映えは改善され、内見数も一定程度は増えましたが、成約にはつながらず、次はどこを直すべきかという議論になっていました。そんな中、内見者からは「もう少しフリーレントがあれば」「周辺の競合物件と比較すると賃菅込みで割高感が残る」といったコメントも聞いてはいたのですが、オーナー側には、「ここまで改善したのに、さらに条件を譲るのは気が進まない」という心理が芽生えていました。改善自体は間違っていなかったとしても、ここで一区切りつけた感覚が生まれてしまったために、リーシング条件交渉の柔軟さが失われて、タイミングを逸してしまいました。こうした判断の硬直が、結果的に機会を逃す原因になることは、実際によく起こりがちです。例②:リーシング条件の調整を先に進めたが、築古ビルのネガティブな印象が先行して失注したケース別の物件では、フリーレントの余地を引上げ、実質的な賃料引下げにまで踏み込んだので、早々に問合せがあり、いくつかの内見のアポを取り付けました。しかし、実際に物件を内見したテナント担当者からは、「床が古く、使用感が気になった」「照明が暗めに感じられて、印象がぼやけた」といった感想があり、最終的に成約には至りませんでした。条件面では前向きだったのに、肝心の築古ビルの印象が先行してしまって、一歩届きませんでした。見映え改善のため、なにかをしておけば、多少なりとも印象を挽回できた可能性があったかもしれません。このように、「どこから手をつけるべきだったか」の順番がズレるだけで、成果を逸することがあるのです。 二者択一ではなく、順番の組み立ての問題 この例から学ぶべきは、「リーシング条件と見映え改善、どちらを先にやるべきか」という正解探しの話ではないということです。空室を埋めるために効果的な対応はどちらか一つでもありませんし、どちらを先にするのかという順番に絶対はありません。大事なのは、その物件の状況、周辺環境、テナントのターゲット像、募集のスケジュール感などを踏まえて、「どこから手をつけるべきか」を組み立てる視点を持っているかどうかです。限られた時間や予算の中で「どこから着手するか」を見極めることが、結果の差につながるのです。ズレた改善の多くは、実は「改善が間違っていた」のではなく、「その改善を今やるべきだったのかという順番の見誤り」に起因しています。「やったのに決まらない」と感じたときこそ、次の問いとして、「順番は正しかったか?」を静かに差し込んでみる。そうした視点の有無が、空室の長期化と早期成約の分かれ道になるかもしれません。 第5章:「選ばれない」理由が伝わってこない構造 空室が長期化している物件に共通するのは、「改善はしているし、管理にも手をかけている。なのに、決まらない」というオーナー・ビル管理会社側の実感です。そしてもう一つ、現場でよく聞かれるのが、「なぜ選ばれなかったのかが分からない」「特に悪いと言われたわけでもないのに、他の物件に決まってしまった」という声です。この理由の見えなさは、テナント側の意思決定の特性だけでなく、情報がすれ違う構造そのものに起因していると考える必要があります。 テナントは「選ばない理由」を語らない テナントが物件を決めるとき、その理由はシンプルなことが多く、「条件が合ったから」「担当者の対応が良かったから」といった前向きな説明で語られます。しかし、逆に「なぜ選ばなかったのか」は、あまり明確に伝えられることがありません。それが「とくに悪くはなかったんだけど…」のような、曖昧な印象の差に帰着してしまうことも多いのです。とくに中小規模の賃貸オフィスでは、テナントの意思決定が少人数でなされることも多く、感覚的な要素が判断に与える影響が大きいにもかかわらず、そうした「印象の引っかかり」が明示的にフィードバックされることは稀です。その結果、オーナー・ビル管理会社側は「悪かったのはここです」とは言われずに、悪くはなかったのに選ばれなかったというモヤモヤした感覚だけが残ることになります。 フィードバックが共有されにくい構造 この理由の不在をさらに見えづらくしているのが、現場の情報が組織内で共有されづらい構造です。内見時のテナントの様子や、何気ない発言のニュアンスから、「少し使いづらそうだったかもしれない」「雰囲気が合わなかったのかもしれない」と感じたとしても、それが担当者の個人的な印象として止まってしまい、オーナーとビル管理会社が情報、認識を共有するには至らないというケースは多く見られます。また、ビル管理会社のリーシング担当とビル・メンテナンス(BM)担当といった縦割り組織の情報断絶も、見逃すべきではありません。実際、「物件の印象は良かったです」という、内見時のテナントの表面的なコメントが社内日報で共有されたとしても、どこがあと一歩足りなかったのかといった本質的な感覚は、ほとんど伝わっていないことがよくあります。 「選ばれなかった理由」は、そもそも記録されていない 構造的な問題は、「選ばれた理由」は、成約レポートのなかでコメントされて残るのに対して、「選ばれなかった理由」は記録されないという点にもあります。テナント側が検討の末に選ばなかったとしても、その選ばなかった理由は、問い合わせのメールのやり取りのなかの1行、電話での一言、現場スタッフの主観的な印象の中に断片的に感じとられる他なく、それがきちんとレポートされることはほとんどありません。この結果、オーナー・ビル管理会社側が「どこを見直すべきだったのか」を判断するデータが蓄積されず、同じようなズレた改善が繰り返される温床にもなっています。 「選ばれなかった理由」をつかむには、言語化されない部分を拾うしかない この構造のなかで、唯一改善のヒントになるとすれば、それは内見時のテナントの微細な反応や、曖昧な感想の行間にある「小さな違和感」です。・どのタイミングで、見学のテンポが変わったか・どこで質問が止まったか・図面に印をつけなかったポイントはどこだったか・なるほど」と言われたあとに、目線が沈んでいた箇所はどこかこうした非言語的な拒否反応をどう拾うかが、次の改善や対応の質を左右する手がかりになります。それは、明確な「ここが悪かった」という批判ではなく、言語化されないまま流されていく不一致の感覚を、現場がどう捉えるかにかかっているのです。 まとめ:「伝えられる理由」に頼らず、「伝わらない違和感」を拾い直す 選ばれない理由が明示されない以上、オーナー・ビル管理会社側がすべきなのは、「選ばれなかったのはなぜか?」という問いに、直接の答えを求めることではありません。むしろ、「この改善は、誰にどう見られ、どう受け止められていたのか」を、伝えられなかったサインの中から逆算していく作業が必要なのです。「とくに悪いとは言われなかった」というのは、何も悪くなかったのではなく、よくするための違和感が共有されなかったというだけかもしれない。その認識の違いこそが、ズレた改善、ズレた順番、ズレた判断につながっていくのです。 第6章:「わかっているのに動けない」――実務の制約と意思決定の限界 ここまでの章では、「なぜ改善しても決まらないのか」「何がズレていたのか」について、多角的に見てきました。どの章でも繰り返し浮かび上がったのは、対応そのものが悪いのではない。ズレていただけだという構造です。改善の方向性を問い直し、優先順位を整理し、感覚的な違和感を拾い上げていくことで、成果につながりやすい判断のあり方が見えてくる。そのような整理ができれば、次は「どう動くか」の段階です。しかし実務の現場では、「それでも実際にはなかなか動けない」という壁にぶつかることも少なくありません。「やるべきことは見えてきた。でも、動けない」。本章では、その動けなさの背景にある構造と、改善の実行可能性をどう捉えるかという論点に目を向けていきます。 わかっていても、動けない。という現実 たとえば、「見映えの改善だけでは足りない。リーシング条件の柔軟な対応が必要だ」「もう少し早くトイレを更新しておけば、テナントの反応が違ったかもしれない」といった振り返りが、ビル管理会社内で共有されたとします。そうした共通認識があれば、「次こそは正しく対応しよう」という前向きな意識が生まれるのが自然です。ところが、いざ「では次に何をやるか」となると、話が止まってしまう。オーナーの意向確認、工期やテナントとの調整といった現実的な手間に加え、「失敗したくない」「動いても成果が保証されないかもしれない」という心理的な迷いもまた、実行判断をためらわせる要因となります。 改善を止める“限界”は二種類ある そもそも、改善に踏み切れない理由の説明には困りません。まず、築古の賃貸オフィスビルには、構造的・法的に避けられない物理的限界があります。・天井高が足りず、照明や仕上げによる印象改善にも限界がある・空調のゾーニングが分かれておらず、柔軟なレイアウト変更に対応しにくい・給排水の位置の関係で、トイレ、水回りの移設や間取りの柔軟化が困難・エレベーターや共用部の位置が構造上、固定され、導線が変えられない・消防法や建築基準法が改修内容を制限しているこうした条件は、「やったほうがいいと分かっていても、そもそもできない」明確な壁として存在します。また、それ以上に動きを止めているのが、戦略的な判断によるブレーキです。これは、物理的に不可能なわけではないが、「やっても回収できない」「費用対効果が読めない」という判断のブレーキです。・この立地・築年数・広さで、どこまで賃料プレミアムを狙えるのか?・100万円以上かけた改善が、どれだけ成約に寄与するのか?・いままで十分に改善してきたのに、さらにコストを投下して、満足なROI(投資収益率)を確保できるのか? “実行しない”ことも判断。ただし、停滞とは違う もちろん、「改善しない」こと自体が、即誤りだとは限りません。上記で説明したように実行が物理的に出来ない限界もありますし、戦略的な判断として動かないこともありえます。検証された根拠と戦略的な狙いが伴えば、判断としての静止であり、十分に合理的です。しかし問題なのは、その判断が明確に言語化されず、結果として“動いていないだけ”になってしまうケースです。・誰も「やらない」とは言っていない・しかし「やる」とも言われない・話は出ているが、進捗がない・判断の責任が明確でなく、話が止まってしまうこうした宙づりの状態では、改善が遅れているというよりも、「止まっていることに慣れてしまっている」と言ったほうが適切かもしれません。この静かな停滞こそが、空室長期化の背景にある構造の一つと言えようかと思います。 まとめ:できることに集中するために、“できないこと”を整理する 改善には限界があります。動かない理由にも、根拠があります。だからこそ、「何ができるか」だけでなく、「何ができないか」も含めて、自分たちの判断軸を明確にしておくことが、空室対策の出発点となります。・どこまでが物理的な制約なのか・どこからが心理的なブレーキなのか・どこまでが戦略的な判断なのか・何をあきらめ、何に集中すべきなのかこうした点を明らかにしないで、「とにかく何かやろう」と闇雲に動いてしまえば、それはそれで、またしてもズレた改善に陥るリスクがあります。本当に必要なのは、「やるか・やらないか」の二者択一の判断ではなく、「どこまでやれるのかを冷静に見極め、そのうえで確実に動く」という判断の質です。動けない理由を言い訳にせず、選びきる力として意思決定を再設計すること。それが、築古の賃貸オフィスビルが再び選ばれる存在へと近づくための、もう一つの条件なのではないでしょうか。 第7章:「全部はできない」から考える――空間の構成を再設計する 築古の中小型オフィスビルでは、「すべてを完璧にすれば選ばれる」という発想自体が、現実的ではありません。物理的な制約、予算、判断力の限界もある。とはいえ、何もしなければ空室は埋まりません。では、「全部はできない」状況の中で、何をどう構成すればよいのか。本章では、その空間の構成の再設計について考えていきます。 「どこをやるか」ではなく、「どこまでにしておくか」 改善の効果は、必ずしも「手をかけた量」と比例するわけではありません。むしろ、どこまで手を加えるか、どこで止めるか――そのバランスの見極めこそが、結果を左右します。・体の佇まいに対して、エントランスだけが妙に華美で浮いてしまっている・古さを打ち消そうとして一部の設備だけを更新した結果、周囲との違和感が目立つこうした「ちぐはぐさ」こそ、テナントが敏感に察知するズレの正体です。これは設備の新旧やスペックの優劣ではなく、「空間全体の構成の問題」そのものです。 「ズレない空間構成」は、足し算よりも引き算に宿る 改めて強調したいのは、「ズレのない構成」とは、派手な演出や目に見える差別化を狙うことではないということです。むしろ、余計なものを削ぎ落とし、建物としてのまとまりを乱さないことのほうが、結果としてテナントに選ばれる物件へとつながります。・ビルの規模や立地と調和した素材を選ぶ・既存の構造や動線を邪魔しない照明・サイン計画・明確な意図が読み取れる、シンプルで過不足のない内装デザインこれは、「目立つ差別化」ではなく、「自然な調和」を重視することが、テナントに安心感や納得感を与えるということでもあります。 ブルーノ・タウトが桂離宮に見た、「構成の美学」 この「空間構成による改善」の考え方を深める上で、ブルーノ・タウトの桂離宮の見方が、意外にも参考になります。タウトは桂離宮を訪れた際、「泣きたくなるほど美しい」と評し、その美の本質を次のように語りました。「趣味が洗練の極致に達し、しかもその表現が極度に控え目である」※ブルーノ・タウト『日本美の再発見』(岩波書店)より。つまり、装飾を削ぎ落とし、空間の関係性と要素同士のバランスにすべてを委ねることこそが、桂離宮の美しさであると指摘したのです。桂離宮には、豪華な装飾や圧倒的なシンボル性は存在しません。しかしその空間には、過不足のない均衡と自然な連続性があり、使い手が何の説明も受けなくとも納得できる、明快な構成が施されています。この姿勢は、築古の中小規模オフィスビルの改装にあたっても、深く通じるものがあるのではないでしょうか。限られた条件の中で、余分なものを足さず、むしろ「空間全体を調律する」こと。それこそが、今改めて求められる実務的な「改善の本質」なのではないでしょうか。 まとめ:「構成する」とは、空間を信じて余白を残すこと 築古の賃貸オフィスビルの改善で迷ったときに求められるのは、「もっと良く見せよう」と付け足すことではなく、「違和感のない状態で止める」という決断です。それは、華やかさやコストをどこまでかさ増しできるのかを追求するのではなく、「建物の文脈に合った素直な空間構成」を選択することです。つまり、「何も説明しなくても意図が伝わる空間」をつくるということです。・手を加えすぎない。・装飾しすぎない。・背伸びしすぎない。それでも「なぜか納得できる」とテナントに感じさせる空間構成には、「設計の精度」と「空間そのものへの信頼」が宿っています。改善の本当の価値は、こうした構成への意識的な見極めと選択の蓄積によってこそ生まれる――「全部はできない」からこそ、選ばれる空間の作り方が徐々に見えてくるのではないでしょうか。もちろん、桂離宮のような完成度を築古オフィスビルにそのまま持ち込むことはできません。しかし、そのような空間を意識して設計を見直すことが、「構成の精度」を高めるための、第一歩になるはずです。 第8章:「改善する」から「選ばれる」へ――築古ビルがとるべき次の一手 ここまで本コラムでは、築古の中小規模オフィスビルにおいて、どのような取り組みが「決まらなさ」につながってしまうのかを検証してきました。・改善の方向性のわずかなズレが、その効果をブレさせる・対策を講じているのに、なぜか選ばれない・判断は繰り返され、なぜか停滞する・やったことが評価されず、やらなかった部分だけが印象に残るこうしたなぜかうまくいかない現象の背後には、改善そのものではなく、その選び方や組み立て方の問題が潜んでいました。本章では、その総まとめとして、「では何が選ばれる結果を生み出しているのか」を、あらためて捉え直してみます。 問題の本質は、“何をしたか”よりも、“どう構成されたか”にある これまで取り上げてきたように、多くの築古の賃貸オフィスビルでは、一定の対応がすでに施されています。・トイレは数年前に更新済み・照明器具はすでにLED化済み・エントランスも改装済で、一応はキレイになっているそれでも、反応が薄い。手応えがない。このときに見落とされているのは、ひとつひとつの施策の良し悪しではなく、それらの「組み合わせ方」「見え方」「伝わり方」です。選ばれなかった理由は、それぞれの施策がダメだったからではなく、「全体として何かがちぐはぐに見えた」から。つまり、結果に影響するのは“判断の構成”そのものなのです。 必要なのは、“意味が通る仕上がり”であること なにがしか改善して、設備を新しくすれば、清掃を強化すれば、効果が上がって、テナントの印象が上が――それは一部では正しいかもしれません。しかし今、テナントが感じ取っているのは、そうした「改善の量」ではなく、場としての説得力や、一貫した背景の見え方です。・ぜこの部分だけ新しく、他はそのままなのか・なぜ余白があるのか、あるいはなぜ埋め尽くされているのか・実際に使う場面を想像したとき、どこに「違和感」が出てくるのかこの「違和感のなさ」こそが、選ばれる理由になりつつあります。それは、個々の部分の出来ではなく、空間全体の構成としての納得感に寄与する要素です。 桂離宮に見る、“構成の精度”という考え方 前章でも触れたブルーノ・タウトによる桂離宮の評価は、まさにこの「構成の精度」への着眼でした。装飾に頼らず、素材の力を引き出し、配置の釣合いによって全体を成立させる――この考え方は、築古ビルにおける改修判断にも通じるものがあります。派手な演出を施さずとも、空間の連続性や要素の呼応がきちんと感じられるかどうか。仕上がりが目立たないことで、むしろ好印象を残すこともある。このような「何も主張しないことで、意味が通る仕上がり」は、これからの賃貸オフィスビルの選ばれ方を考えるにあたっても、ひとつの方向になるでしょう。 重要なのは、どこまでやるかではなく、なぜそうしたのかが説明できるか 築古の賃貸オフィスビルを改善するにあたって、予算や構造上の制約が必ずあります。全部を刷新できるわけではない。けれども、どこを触り、どこを触らないかという選択の精度が高ければ、結果には大きな差が出ます。・あえて手を入れなかった箇所が、空間全体の呼吸をつくっている・目立たない処理が、入居後の安心感を下支えしている・「ここまででいい」と判断された更新が、逆に信頼を生んでいるこうした仕上がり方には、計画と実行のあいだの判断が丁寧に組み立てられていることが共通しています。 まとめ:仕上げるのではなく、“選ばれる構成”を組み立てる 本コラムの冒頭で触れたように、「対応して、改善しているのに決まらない」という悩みは、いまや築古の賃貸オフィスビルにおいて共通する課題となっています。それに対する答えは、単に「もっとやる」「もっと見せる」ことではありません。むしろ、「どこまでで十分か」「どう見せればズレが起きないか」――そうした判断の濃度と構成が、差を生んでいます。選ばれるビルには、目立たないけれど、判断の一貫性と背景の納得感がある。その空気をつくるのは、建材や演出ではなく、計画の構え方です。築古の賃貸オフィスビルが目指すべきは、過剰でも不足でもないちょうどよさを、自分たちなりの構成で言葉にできるようにすること。それが、これからの賃貸オフィスビル市場において「選ばれること」への最短距離ではないでしょうか。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年12月17日執筆2025年12月17日 -
プロパティマネジメント
「東京の賃貸オフィスビル市場は揺るがない。でも、"決まる"ビルと"決まらない"ビルの差はすでに始まっている。」
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事「東京の賃貸オフィスビル市場は揺るがない。でも、"決まる"ビルと"決まらない"ビルの差はすでに始まっている。」のタイトルで、2025年12月16日に執筆しています。少しでも、皆様に新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次第1章:なぜ東京の賃貸オフィスビル市場は「揺るがない」と言われ続けるのか第2章:「決まるビル」「決まらないビル」の差はどこに現れるか第3章:目立たない「選ばれない兆候」とは第4章:表面的リノベーションだけでは埋められない差第5章:なぜオーナーは変化に即応できないのか――現場と経営の静かなギャップ第6章:変わり続ける前提に応じた、小さな実務更新を積み重ねる第7章:静かに、しかし着実に備える――安定市場におけるオーナー実務の深化 第1章:なぜ東京の賃貸オフィスビル市場は「揺るがない」と言われ続けるのか 1-1.東京の賃貸オフィスビル市場の「安定神話」 東京の賃貸オフィス市場は、長期にわたり安定という評価を受け続けています。実際、空室率の推移を見ても、世界的な経済危機やパンデミックといった外部ショックにより一時的な上昇はあったものの、主要5区・7区では3〜4%台という比較的低水準で推移しており、致命的な崩壊には至っていません。賃料についても、リーマン・ショック時の一時的な下落を除けば、じわりと上昇し続け、急落する場面はほとんど見られませんでした。過去を振り返れば、コロナ禍により一時的に空室率が急上昇した局面はありました。しかし、その後、需給バランスの回復とともに空室率は低下に転じました。リモートワーク普及によるオフィス需要減少が懸念されたものの、現在の空室水準を見る限り、東京市場はリモートワーク影響を一定程度織り込んだうえで、なお安定を保っていると評価できます。この「堅調さ」は東京という都市の経済規模、企業集積力、情報インフラの優位性など、複合的な強みに支えられています。だからこそ、外部環境が大きく変動しても、すぐには揺らがない市場構造が形成されているのです。 1-2.安定の裏にある「盲点」 ただし、表面上の安定に安心しきるのは危険だ。空室率や賃料単価といった指標には現れにくい、質的変化が確実に進行しているからです。例えば、成約条件の変化。フリーレント(賃料免除期間)が長期化する案件がじわりと増え、内装工事負担を貸主側が一部引き受けるケースも珍しくなくなってきました。こうした実質的な値引きは、表面的な賃料統計には反映されません。また、ビル間競争も水面下で激化している。立地、規模、築年数だけでなく、建物コンディションや管理品質といった目に見えにくい差が、テナントの選定基準として徐々に重みを増しています。いわば、同じ安定市場のなかで、静かな勝ち組・負け組の分化が進んでいるのです。だからこそ、「表面数値だけを見て安心する」という態度は、実務者にとって大きなリスクとなりえます。空室率が数%台と低水準で推移する東京においても、ビルは自然に決まるわけではない。そこに気付けるかどうかが、今後の成否を分けるのです。 1-3.なぜ「揺れ」が目立たないのか 東京の賃貸オフィス市場においてミクロな揺れが目立ちにくい理由は、いくつかあります。第一に、マーケット全体の供給規模とテナント需要のバランスが絶妙に維持されていること。大規模な新規供給が出ても、都心部需要の強さがそれを吸収し、表面的なバランスを保ってしまいます。第二に、中小賃貸オフィスビルの細かな動きがデータに反映されにくい構造がある。空室率や平均賃料などの集計は、大規模賃貸オフィスビル中心に数字を対象として集計する設計になりやすく、築古・中小規模の賃貸オフィスビルで起きている微細な劣化や成約難は、集計された数字上では可視化されにくいのです。第三に、テナント側の行動変容も緩慢であること。オフィス移転は多大なコスト、労力、そしてリスクも伴うため、多少の不満があっても即座に退去には結びつきにくく、結果として、現場レベルでは細かい違和感が積み重なっているにもかかわらず、市場全体としては「安定」に見えるというギャップが生まれています。 1-4.まとめ:安定を疑うのではなく、微差に気づく目を持つ 東京の賃貸オフィスビル市場の「安定」は確かに事実であると言えます。しかし、全体として安定しているからといって、すべてが変わらず順調だというわけではありません。むしろ、全体として安定しているからこそ、微細な変化や兆候に気づきにくくなるリスクが高まっています。表面的に集計された数値に現れないズレ。成約条件の微差。テナントニーズの静かな変容。これらにいち早く気づき、対応できるかどうかが、これからのオーナー・実務者に問われています。安定を信じつつ、同時に「静かな揺れ」に敏感であること。それが、次の10年を乗り切るための実務感覚です。 第2章:「決まるビル」「決まらないビル」の差はどこに現れるか 2-1.成約リードタイムの違い 空室になってから成約に至るまでのリードタイムは、賃貸オフィスビルごとの競争力を映し出す実に重要な指標です。募集開始から成約までのスピードには、立地や賃料水準だけでは説明しきれない要素が潜んでいます。リードタイムが短い賃貸オフィスビルは、物件情報が公開された直後から問い合わせが入り、案内・打診・成約というプロセスが比較的スムーズに進む傾向があります。こうした物件は、立地条件や物理スペックが一定以上であることに加え、エントランスや共用部のコンディション、管理対応の信頼感、入居後を見据えた安心感など、見えにくい付加価値が効いているケースが多いのです。逆に、リードタイムが長引く賃貸オフィスビルには、明確な致命傷こそないが、総合的な評価で後回しにされる微妙な引っかかりが存在しています。例えば、空調の古さ、室内の暗さ、共用部清掃の雑さなど、数字やスペック表には現れにくいが、内見時に確実に印象を左右する要素なのです。重要なのは、こうしたリードタイム差は、募集開始から早い段階で現れるという点です。初動が鈍い場合、条件見直しや物件調整に迅速に動けるかどうかが、最終的な成否を左右します。 2-2.フリーレント・内装負担交渉の有無 次に注目すべきは、成約交渉時の譲歩要請の有無なのです。成約にあたって、テナント側からフリーレントの延長や内装工事費用の一部負担を求められる場面が増えている。これは一見すると、単なる市況対応の一環に見えるかもしれません。しかし、実態としては、貸主側が条件面で歩み寄らなければ成約が難しいという、競争力低下のサインであることが多いのです。フリーレントは、表面的な賃料単価を維持しつつ、実質的に値引きを行う手段なのです。これが長期化・大型化するということは、賃料水準に対する市場の受容度が低下している裏返しとも言えます。また、内装費用負担の要求は、物件自体のスペック(天井高、空調、レイアウト柔軟性等)に不満があることを示唆するサインでもあります。つまり、決まるビルは、こうした譲歩交渉を最小限に抑えながら、スムーズに契約をまとめられます。一方、決まらないビルでは、貸主側の負担コストが水面下で積み重なり、収益性をじわじわと侵食していくのです。 2-3.内見後フィードバックの質 内見後にテナント側から得られるフィードバックは、極めて貴重な市場の声だ。ここにも、ビルの競争力差が如実に表れます。前向きな検討を進めるテナントは、たとえネガティブな要素があったとしても、それを具体的に指摘してくる。たとえば、「レイアウト変更が必要だが、コスト次第で検討したい」とか、「照明の暗さが気になるので改善案を出してほしい」といった具体的コメントが返ってきます。これに対して、検討対象外と判断された場合、フィードバックは曖昧になるか、最悪の場合は無言になる。「一旦持ち帰ります」「また社内で検討します」という形式的な回答が続いた後、自然消滅するパターンです。重要なのは、こうしたフィードバックの質を敏感に読み取り、案件進行の温度感を早期に把握することだ。無言や棚上げのサインが出たら、条件や訴求方法の見直しを迅速に検討すべきです。 2-4.条件以外の要素への目線 賃料や立地だけでは、もはや賃貸オフィスビル選定の決め手にならない時代が到来しています。テナント側の目線は、快適な日常を支える運営品質に鋭く向けられています。たとえば、空調の温度管理が適切か、エレベーター待ち時間が許容範囲か、共用部のトイレ清掃が行き届いているか。こうした細部への配慮が、入居後の満足度を大きく左右することを、実務担当者たちは肌で理解しています。さらに、問い合わせ段階からの対応スピード、内見時の案内品質、契約締結までのレスポンス力も、賃貸オフィスビルの印象形成に直結します。賃貸オフィスの選定は、単なるハードスペック勝負から、ハード×ソフトの総合評価へと確実にシフトしているのです。 第3章:目立たない「選ばれない兆候」とは 空室が長期化する前には、必ず何らかの「兆候」が現れています。しかし、その兆候は大抵、明確なデータや大きな異変として表れるのではなく、問い合わせ内容や案内後の反応といった、微妙なニュアンスに滲む形で現れます。本章では、表面上は変化がないように見えても、静かに「選ばれにくさ」が進行している兆候を、どのように見極めるかを整理します。 3-1.問い合わせ数の変化に潜むサイン まず、注視すべきは単純な問い合わせ件数の増減ではありません。問い合わせ数自体は、季節要因や景気動向によって変動するため、一時的な増減だけで物件力を判断するのは危険です。むしろ重要なのは、問い合わせの「質」です。たとえば、・明確なニーズを持って問い合わせてくる件数が減り、・「とりあえず資料だけ欲しい」「まずは内見だけ」というような、温度感の低い打診が増えている。こうした傾向が見えた場合、物件自体への関心度が相対的に低下しているサインだと捉えるべきです。問い合わせがある=安心、ではありません。問い合わせの質が下がっている=「候補にしてもらうスタート地点」にすら立てなくなりつつある、この危機感を持つ必要があります。 3-2.案内後の反応鈍化 さらに注視すべきは、内見後の反応の変化です。以前であれば、内見後すぐに、・具体的な質問・条件交渉・賃料や入居時期に関する打診といった、積極的な動きが出ていたはずです。しかし、兆候が進行すると、・「社内で検討します」・「上層部に確認します」といった引き伸ばし型のリアクションが増え始めます。これは、表面的には前向きな姿勢を保っているように見えますが、実際には物件選定の優先順位が下がっている状態を示しています。特に注意すべきは、「明確な断りがないまま、フェードアウトを狙うケース」が増えることです。これに気づかずに条件引き下げを持ちかけると、かえって物件の市場価値を毀損してしまうリスクもあるため、反応の「質」を冷静に読み取る力が求められます。 3-3.競合比較時に受ける"消極的な評価" また、競合物件との比較過程でも、消極的な評価が現れることがあります。たとえば、・「駅から若干遠いが、賃料が安いから一応候補にしている」・「設備は古いけど、広さがちょうどいいから検討リストには入れている」といったコメントです。これは、表面的には検討対象に入っているように見えますが、本命として積極的に選ばれているわけではないことを示しています。テナント側の心理として、・少しでも条件の良い競合が出れば、即座に乗り換える・ちょっとした減点ポイントでも、あっさり脱落するというリスクが潜んでいます。消極的な比較評価が目立つ場合、すでに「選ばれにくい物件」としてカテゴライズされつつあると認識すべきです。 3-4.見えない減点プロセスに気づくこと テナントの物件選定プロセスは、加点方式ではなく減点方式が基本です。つまり、・初期段階では候補リストに残すが、・案内中に小さな減点を積み重ね、・最終的には静かに「見送り」と判断する。この「見えない減点」が、成約できない最大の原因となります。そして恐ろしいのは、この減点プロセスが目に見える形では表れないことです。・特に指摘もされない・表面的には検討しているように見える・問い合わせ件数も案内件数も一見悪くないこうした中で、静かに、確実に候補から外されていく、このプロセスに気づかないまま放置すると、やがては「空室長期化」という形で、大きなダメージとなって跳ね返ってきます。だからこそ、・案内時の小さな違和感・ちょっとした反応の鈍さ・非言語的なサイン(微妙な間合い、不自然な引き延ばし)こうしたものに敏感になり、表面だけでなく「水面下の動き」を読む力を養うことが、リーシングの担当者に求められており、また、オーナーも認識を共有する必要があるのです。 第4章:表面的リノベーションだけでは埋められない差 築年数を重ねた賃貸オフィスビルにおいて、リノベーションは重要な打ち手の一つです。しかし、単なる見た目の刷新だけでは、テナントからの評価は得られず、結果として空室解消には結びつかないことが少なくありません。本章では、表層的リノベーションの限界を整理し、大規模投資を避けた、機能性重視の改善策に即した、現実的な対応ポイントを整理します。 4-1.リノベーションの目的と期待値ギャップ 多くのビルオーナーが、ビル管理会社と相談をしながら、リノベーションを実施する際、どうしても「見た目の刷新」を最優先してしまう傾向があります。一方で、テナント側の本質的な期待は、実務上の使いやすさ、日々の快適性、そしてランニングコストの削減にあります。例えば、いわゆるデザイナーズ仕様の導入。確かに目を引き、一時的な訴求力を持ちますが、質感や色彩などのデザイン要素にばかり注力した結果、エネルギー効率や空調性能といった「機能の本質」が後回しにされるケースが目立ちます。実例で見てみましょう。●Aビル事例エントランスに高価な大理石パネルを採用し、視覚的には新築同様の高級感を演出しました。しかし、空調設備は旧態依然のままで、夏季に室内の温度ムラが発生し、テナントからクレームが相次ぎました。入居後の不満が募り、結果的に短期解約が続出してしまいました。Bビル事例一方で、視覚的リフレッシュを最小限に留めながら、空調システム更新と二重窓設置に注力したBビルは、快適性と省エネ性能を地道に改善。その結果、竣工2年後も高い成約率と安定した稼働を維持しています。この違いは単純です。「見た目の演出」ではなく、「使って快適かどうか」という実用レベルでの評価が、テナントの意思決定に直結しているのです。したがって、リノベーションにおいて真に問われるのは、期待値ギャップを埋める「本質機能の強化」であることを肝に銘じるべきでしょう。 4-2.基本性能(光熱費・空調)への対応が評価される 現代のテナント担当者は、単に賃料の額面だけを見ていません。電気代、冷暖房費等の効率性といった要素に対しても敏感になっています。ランニングコストが月額で数千円違うだけでも、テナントにとっては長期的には大きな負担差となるからです。内装工事を施す際、こうした点への配慮がリノベーションの成否を左右します。具体例を挙げます。●LED照明の段階的導入全館一括更新ではなく、共用部・トイレ・階段エリア、テナント入れ替え時の入居工事と合わせて、照明器具のLED化を進める。これにより、消費電力を当該入替部分について約30%削減。年間の電気代の負担も低下し、テナント側には「実質賃料の抑制」として好感される効果をもたらします。●空調フィルター清掃・交換の徹底大規模な空調リニューアルに踏み切らなくても、フィルターの月次清掃・交換をルーティン化することで、運転効率を高め、室温の安定性を確保。結果として冷暖房コストを抑えられる。これらはすべて、派手な設備更新をしなくても可能な「着実な改善」です。 4-3.機能性重視のリニューアル 当社が重視するのは、派手なデザイン刷新ではなく、細部の機能維持・更新です。既存仕様を最大限活用しながら、必要最低限の手を加えることで、コスト効率を高めつつ、現場の満足度を上げていきます。代表的な実務対応例を挙げます。●局所補修と再塗装壁や天井の一部に生じた傷・剥がれに対し、フロア全体の塗装ではなく、部分補修+部分塗装で対応。工期も短縮でき、無駄なコストを抑えつつ清潔感を保つことができます。●部分的な床材貼り替え例えば、執務室入口のマット部や、エレベーターホール前のタイル部分など、損耗が激しい箇所だけを重点的に貼り替え。全面リニューアルよりも格段に安価で、ビル全体の印象をリフレッシュできます。さらに、設備・建物の信頼感を高めるためには、地道な定期点検と清掃が何より効果的です。・エントランス・トイレ等、使用頻度が高い共用部の週次拭き掃除・給排水配管の月次漏水チェックこうした小さな積み重ねが、テナントに対して「このビルはしっかり管理されている」という安心感を与えるのです。 4-4.共用部・動線改善による無意識レベルの差別化 賃貸オフィスビル選定の際、テナント側が重視するのは必ずしも物件のスペック表の数字だけではありません。案内体験時に感じる無意識レベルの「好感度」が、成約の大きな分岐点になります。当社では、小規模ビルでも取り組める改善策として、以下を重視しています。●明快なサイン計画フロアインジケーターや誘導矢印を設置し、訪問者・テナント従業員が迷わない動線を確保します。特に、エレベーターホールから執務室までの動線案内は、最小限のコストで大きな効果を生みます。●動線上の照度維持と清掃強化階段・通路の照明をLED化し、明るさを確保。併せて、手すりや床の拭き掃除を重点的に行い、見えない部分での清潔感を演出します。これにより、案内時にテナント担当者が無意識に感じる「管理状態への信頼感」を高め、成約率向上に直結させる狙いがあります。 第5章:なぜオーナーは変化に即応できないのか――現場と経営の静かなギャップ 賃貸オフィスビル経営において、テナント需要の変化や市場環境の揺らぎは、小さな波のように確実に押し寄せています。市場が安定しているように見える今でも、現場では微細な変化が積み重なり、「ズレ」が発生し、「選ばれるビル」と「選ばれないビル」の差を静かに広げつつあります。その変化に対して、オーナー側の対応が遅れる理由は、単純な怠慢でも、無関心でもありません。むしろ、多くのオーナーは状況を何となく理解しながらも、動けずにいるのが実情なのです。本章では、「なぜ動けないのか」という根本原因を掘り下げ、実務改善へのヒントを整理します。 5-1.「静かな変化」への感度の低下 賃貸ビル運営に携わっていると、どうしても「日常が続く」という感覚に陥りがちです。・いままではこの条件で決まっていた・いままではこの清掃水準で問題なかった・いままではこの程度の案内対応で十分だったこうした「これまでと同じ」感覚は、安定している時期には合理的でもあります。しかし、現実には、市場の揺らぎが着実に進行しています。テナントのオフィスに対する考え方、入居基準の微妙な変化(省エネ志向、快適性重視)といった、「小さな変化」に感度を持てるかどうかが、静かな「ズレ」を生み出す第一歩になります。 5-2.「現場からの情報」に対する受け止め方の歪み たとえ現場から小さな異変の兆候が上がってきても、オーナー側でそれをどう受け止めるかによって、対応の質は大きく分かれます。典型的なパターンはこうです。【現場】:「案内の反応が鈍くなってきた」「フリーレント交渉が前より強気になった」案内時のフィードバック傾向の変化(ちょっとした使い勝手への不満点の指摘が増加)【オーナー受け止め】:「たまたまだろう」「今すぐ動くほどではない」つまり、小さな異変を大きな問題と認識できず、軽視してしまうのです。この「受け止め方の歪み」が、変化への初動を遅らせ、さらにズレを拡大させる原因になっています。・何かが大きく壊れるまで、動かない・気づいた時には手遅れこうした事態を避けるためには、現場から上がる違和感を、「小さいからこそ早く動くべきシグナル」と捉える視点が不可欠です。 5-3.「分かっていても動けない」オーナー心理の正体 では、仮に状況を正しく理解していたとして、なぜオーナーは動けない、あるいは動かないことがあるのでしょうか。そもそも、小さな異変に対する対応は、その場限りのものではありません。たとえ個々の打ち手が小さな改善に過ぎないとしても、小さな異変の正しい認識に基づき、中期的に「ズレ」を修正し、正しい方向へ事態を収束させていくべきものである――この点について、オーナー自身は、たとえ明確に言語化していなくても、直感的には理解しているはずです。にもかかわらず、小さな異変を認識し、その改善の意義も分かっていながら、なぜ動くことができないのでしょうか。その背景には、次のような現実的な内面要因が複雑に絡み合っています。(1)対応するリソース不足時間、人手、予算といったリソースが常に逼迫しており、「分かってはいても、手が回らない」という切実な事情が存在します。優先順位を付ける中で、目先のトラブル対応やコスト管理に追われ、小さな異変に対する小さな改善は、どうしても後回しにされがちです。(2)効果への確信の欠如たとえば、「サインを一枚直しても、成約が決まる保証はない」「募集資料の写真を更新しても、本当に効果が出るか分からない」といった、効果がすぐには可視化されにくい改善に対して、慎重姿勢が強まり、結果として動きを止めてしまう心理メカニズムが働きます。(3)小さなことを軽視する感情バイアスさらに、無意識のうちに、「そんな小さなことに手間をかけるのは無駄だ」「もっと大きなリノベーションや抜本策の方が意味がある」といった感情バイアスに引きずられ、本来であれば重要な「小さな改善」を格下扱いしてしまう傾向も見られます。これらの要因が複合的に絡み合い、状況も理解している、やるべきことも分かっている、にもかかわらず、動けない・動かないという現象が生まれているのです。 第6章:変わり続ける前提に応じた、小さな実務更新を積み重ねる 賃貸オフィスビル経営は、安定しているように見える局面であっても、テナント側のニーズや市場環境の微細な変化によって、静かに地殻変動が進んでいます。こうした変化は、賃貸ビル市場全体のデータには現れにくいものの、確実に蓄積していきます。この静かな変化に対して、オーナーがビル管理会社と連携して実務において、どれだけ柔軟に対応できるか――そこが、これからの競争力を左右します。本章では、派手な改革ではなく、小さな実務更新を着実に積み重ねるための考え方を整理します。 6-1.「今まで通り」では通用しないことを前提にする 賃貸オフィスビル運営において、つい「これまでと同じで問題なかったから、今回も大丈夫だろう」と考えてしまいがちです。しかし、実際には市場環境もテナントの価値観も、目に見えないレベルでじわじわと変化しています。例えば、・賃貸借契約における細かな条件(保証金水準、更新料の有無など)に対する要求がシビアになってきた・オフィスの「使い勝手」への期待水準が上がり、従来より細かい不満が出やすくなったこうした変化は、単発では大きな影響を及ぼしません。しかし、対応を後回しにすると、じわじわと競争力の低下に直結していきます。つまり、「今まで通り」こそがリスクである、という認識に立つ必要があるのです。 6-2.募集条件の微調整と対抗物件比較の地道な積み重ね 空室募集においても、細かな条件設定の見直しが欠かせません。単に以前と同じ条件をコピーするのではなく、最新の競争環境とのズレをきちんと検証する姿勢が重要です。具体的には、・保有賃貸オフィスビルの仕様(面積、設備スペック、共用部整備状況など)を正確に整理し、・同エリア内で競合する対抗物件の賃料水準を、仕様を踏まえての比較・賃料単価、保証金、更新料といった条件が、過不足なく市場水準と整合しているかを確認これらの作業をビル管理会社と連携して進めることによって、保有賃貸オフィスビルのどのポイントに強みがあり、どの点で微修正が必要かを見極めることができます。この地道な調整の積み重ねが、「成約スピードが鈍る前に、食い止める」ための実務基盤になります。 6-3.運営品質の維持と即応の地道な実践 賃貸オフィスビル運営における日常のメンテナンスも、「当たり前のことを、当たり前に続ける」ことが最大の差別化ポイントになります。・ビル管理会社の月次レポートで清掃状況や設備点検の結果を確認する・ビル管理会社の担当が巡回時に発見した小さな修繕ポイント(たとえば、蛍光灯切れや床材の浮きなど)に対する即対応を徹底する・設備不具合が起きた場合には、応急対応だけでなく、再発防止まで視野に入れて措置を検討するよう、ビル管理会社と意思統一するこれらは一つ一つは地味な作業です。しかし、こうした地道な運営管理の積み重ねが、テナントからの信頼感につながり、結果として空室リスクの低減につながっていきます。特別な新施策を打ち出す必要はありません。既存の仕様・水準を、ぶらさずに、きちんと維持していくことこそが、静かな市場変動に耐える実務対応です。 まとめ 変化が大きく見えないからこそ、オーナー自身が「小さな変化を前提とした柔軟な運営感覚」を共有することが求められます。・今まで通りを疑う力・募集条件の微調整を怠らない姿勢・日常管理の地道な即応力これらを丁寧に積み上げていくことが、結果的にビルの競争力を守り抜く力になります。大きな変化を待つのではなく、日々の「小さな更新」を静かに続ける――それがこれからのオーナーにとっても、最も重要な実務基盤となるのです。 第7章:静かに、しかし着実に備える――安定市場におけるオーナー実務の深化 賃貸オフィスビル市場は一見安定しているように見えますが、その内側では、テナントニーズの変化、コスト構造の揺らぎ、競争環境の微妙な変化が、静かに進行しています。これらに対して、大きな改革を打ち出すことだけが対応策ではありません。むしろ、安定市場だからこそ必要なのは、「静かに、しかし確実に備える」オーナー実務です。本章では、その備え方を、具体的に整理していきます。 7-1.「守るべきもの」と「見直すべきもの」を区別する すべてを刷新する必要はありません。ビルの資産価値や運営方針にとって、守るべきものと、見直すべきものを峻別する視点が必要です。建物自体の基本スペック(構造、立地、基本設備)は大きく変わらない一方で、・募集条件の表現・空室募集の初動スピード・日常管理オペレーションこれらの「運用に属する部分」は、時代や市場に応じて柔軟に見直すべき対象となります。安定市場では、守るべきコアと、変えるべきフローを冷静に切り分ける目が求められるのです。 7-2.小さな改善を継続するための実務視点 静かな市場変動に対応するために、必要なのは「特別な施策」ではありません。むしろ、・空室時のリーシング条件レビュー・いつもの共用部・設備点検を踏まえた必要補修のとりまとめ・日常運営における即応型の小修繕対応といった、小さなサイクルを地道に回し続けることが、本質的な備えになります。大きな変化を待ってから動くのではなく、「変わり続けることを前提に、微修正を積み重ねる運営感覚」こそが、長期的な資産価値維持・空室リスク抑制に直結します。 7-3.変化を前提とした「耐性」を静かに育てる 安定しているように見える東京の賃貸オフィスビル市場でも、テナント需要の揺らぎ、コスト構造の変化、法律・制度の改定など、外部環境要因は静かに、しかし確実に変わっていきます。これに対して必要なのは、・「変わらないこと」を前提に運営することではなく、・「変わること」を前提に耐性を育てていくことです。小さな点検、小さな補修、小さな条件見直し――それらを積み上げることで、いざというときに柔軟に対応できる「運営耐性」を築くことができます。これが、安定市場における真のリスクヘッジになります。 まとめ オフィスビル市場の安定は、変化を無視してよいということではありません。むしろ、・小さな変化を前提に、・小さな改善を積み重ね、・静かに耐性を育てる。この地道な実務感覚が、これからのオーナーに求められます。──賃貸オフィスビルの運営は、不動産だと思っているだけでは間違う。本当は、ちょこちょこ動き続けなければいけない仕事なのだ。地味でありながら確実な運営改善の積み重ねこそが、選ばれ続けるビルを育てていくのです。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年12月16日執筆2025年12月16日 -
プロパティマネジメント
なぜ空室が埋まらない?──行動済学で読み解く「オーナーの盲点」と実務的処方箋
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「なぜ空室が埋まらない?──行動経済学で読み解く「オーナーの盲点」と実務的処方箋」のタイトルで、2025年12月12日に執筆しています。少しでも、皆様にお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次第1章:平均に惑わされるな──“空室ナゾ”の正体第2章:認知バイアスが賃料設定を歪める第3章:内覧者の第一印象を読み取り、“整える”第4章:エンドウメント・エフェクト(保有効果)の罠──「わが子ビルは特別」症候群を克服する第5章:先延ばしバイアスが空室連鎖を生む──“今は様子見”の高すぎる代償第6章:価格の「参照点」を設計する──デコイ効果とフレーミングで競争力を演出第7章:心理バイアスに効く3ステップ対策──行動を変える“仕組み”を実装する第8章:ケース・スタディ──“築35年・延床900坪ビル” リーシング・プロジェクトの全記録第9章:まとめ──「心理を制する者は空室を制す」 第1章:平均に惑わされるな──“空室ナゾ”の正体 1.東京の賃貸オフィスビル全体で見れば「順風」のはず 2025年4月、三幸エステートが公表した都心5区オフィス空室率は3.70%。足元、下げ止まっているようにも見えますが、コロナ禍後に付いたピーク(2022年10月・5.13%)からは着実に水準を切下げて推移しています。こうした数字を目にすると、「もう空室は心配する局面ではない。需要は戻った──」と感じるオーナーは少なくありません。しかし実際の現場では、違う景色も広がっています。出典:三幸エステート「東京オフィスマーケット」エリア別時系列データ 2.“置き去り”になりかねない築古・中小規模ゾーン 三幸エステートは同じレポート内でビル規模別の空室率も公表しています(基準階面積による区分)。フロア面積200坪以上=大規模ビル空室率3.55%。発表されている空室率の数字だけで見ても1%程度の格差が存在します。さらに、現場の声を仲介会社にヒアリングすると、大規模ビルは平均4か月程度でリーシングの目途が立つ一方、「半年どころか1年以上動かない30-100坪区画」が都心でも散発している─という声が複数挙がっていますつまり“平均”が示す順風ムードの裏で、築古・中小規模ビルが取り残されるる構図が浮かび上がります。 3.統計の落とし穴──“厚い尻尾”という盲点 月次統計はサンプルが広いため、極度に稼働率が低い物件(築年数が古い・設備が旧式など)が平均値に埋もれやすい──これが“厚い尻尾”問題です。行動心理学で知られる •可用性ヒューリスティック:目立つ「平均値=順風」報道が意思決定を支配 •正常性バイアス:自ビルもそのうち平均へ回帰すると信じ込むが、オーナーの判断を鈍らせがちです。「都心平均が4%割れなら、うちもすぐ決まるはず…」しかし実際のリーシング成否は、築年数・耐震性・空調年式・天井高・区画サイズ・賃料水準・駅距離・募集タイミング…といった個別要因の掛け算で決まります。平均値だけを拠り所に判断を先送りしている間に、競合物件の改善は進み、自ビルの競争力は相対的に低下しがちなのです。 第2章:認知バイアスが賃料設定を歪める 1. アンカリング効果──「言い値」が心を縛る 賃貸市場では、最初に提示した募集賃料(アンカー)がその後の交渉レンジを強く決定づけます。実験研究によると、不動産のプロである不動産鑑定士や仲介担当者でさえ、最初に提示された価格からほとんど離れられなくなることが確認されています。これは「アンカリング効果」と呼ばれる心理的現象です。たとえば、あるオーナーが市場相場より高めの賃料を設定して募集を開始すると、それが基準となり、実際の成約価格への調整を行うことが難しくなります。その結果、市場の動きから取り残されて、空室が長期化するリスクが高まります。実務への示唆・「まず高く設定し、後から値下げを検討する」という戦略は、交渉範囲を狭め、結果として市場適正価格からの調整が遅れる。・定期的(30日毎)にマーケットの最新成約事例と比較して、募集賃料を柔軟に調整するためのチェックポイントを設ける。 2.損失回避──「値下げは損」という錯覚 心理学的に人間は、利益を得ることよりも損失を避けることに強い動機を持つ傾向があり、これを「損失回避」といいます。MSCIによるグローバルな不動産市場調査でも、物件の市場価格が取得価格を下回ると見込まれる場合、所有者が売却を躊躇するため市場の流動性が最大50%も低下する事例が報告されています(取上げられたのは、2023年のロンドンと香港での事例)。賃貸オフィスビル市場においても同様の現象が見られます。オーナーが設定した賃料を「値下げ」する行為自体が心理的に「損失」と感じられるため、価格を適切に調整できず、空室期間が延びるケースが頻繁に起こります。実務への示唆・賃料の見直し時には、「想定空室損失額×想定空室期間」を計算し、賃料値下げによる「機会損失」の方が大きいことを数値的に可視化する。・値下げを提案する際は「期間限定」や「段階的な賃料設定」とすることで、心理的負担を軽減し、永続的な損失という認識を緩和する。 3.ステータス・クオバイアス──「現状維持」が生む先延ばし 人間は、変化を嫌い、現状維持を選びやすい性質があります。長年同じ賃料設定を維持している物件では、この「ステータス・クオバイアス」によって賃料改定や設備更新、インセンティブ導入が先送りされがちです。これは一見、コストゼロの選択のように見えますが、実際には市場での競争力を徐々に失わせるという「見えないコスト」を生んでいます。実務への示唆・半年ごとに競合物件の設備やサービス状況を比較・評価し、保有物件との仕様の差を把握する。・賃料改定案を提示する際には「据え置き」「インセンティブ追加」「段階的賃料設定」の複数の選択肢を併記し、現状維持以外の選択肢と比較し検討する。 4.サンクコスト効果──“改修費を回収したい”執着 過去に多額のリニューアル費用を投じたビルオーナーほど、高い賃料設定を維持しようとする傾向があります。これは「サンクコスト効果」と呼ばれる心理的傾向で、過去の投資を回収したいという心理が働くために、現実の市場価格と乖離してしまうことがよくあります。しかし、テナントが評価するのはあくまで現在から未来にかけての効用であり、過去の投資額を考慮して高賃料を設定することは成約率を低下させる要因となります。実務への示唆・過去の改修費用は耐用年数と稼働率を基準に、客観的な収支シミュレーションに基づいて価格設定の根拠とする。・投資後には「プロジェクト後評価」を導入し、投資効果の客観的評価を習慣化することで、サンクコストに引きずられることなく合理的な意思決定を行う。 5.処方箋:バイアスを外すための三つのプロセス 認知バイアスの影響を最小限にするためには、以下のようなプロセスを定着させることが重要です。・第三者による客観的視点の導入、リファレンス・レンジの可視化:ビル管理会社とも相談し、客観的視点も取り入れながら、継続的にアップデートされている、周辺の対抗物件の成約情報に基づき、市場のレンジを把握できるシステムを作る。・ダイナミックプライシングの導入:空室期間や問い合わせ数などの指標を定量化し、それに基づいて賃料を月次で柔軟に調整できる仕組みを構築する。これらを通じて、バイアスの影響を受けにくい客観的なデータに基づいた合理的な賃料設定が可能になります。次章では、内覧時の印象に影響を与える「ハロー効果」と「帰属エラー」に焦点を当て、具体的な改善策を解説します。 第3章:内覧者の第一印象を読み取り、“整える” 1.ハロー効果──“入口7秒”で勝負は決まる 心理学でいうハロー効果(Halo Effect)は、ひとつの際立った特徴が全体の評価を決定づけてしまう現象です。特にオフィスビルの内覧では、内覧者はビルに足を踏み入れてからわずか約7秒で、「ここを借りるかどうか」を無意識的に判断すると言われます。この極めて短い時間内に感じ取る照明の明るさ、空気のにおい、壁や床の汚れ、雑多な掲示物などが、内覧者の第一印象を大きく左右します。例えば、暗くくすんだ照明や嫌なにおいは「古い」「管理が行き届いていない」という印象を即座に与えてしまいます。逆に、明るく清潔感がある環境は、その後の内覧評価に大きなプラスの影響を与えます。実務への示唆・共用部の照明は、少なくとも照度300lx以上、色温度は昼白色5,000K前後を目安に調整し、清潔で明るい印象を作る。事前に照度測定の上、器具清掃で対応しきれない場合、交換対応。・アロマなどによる香りの追加よりも、換気設備の改善や排水管の定期的なメンテナンスで無臭環境を維持することが重要。加えて、室内CO₂濃度を測定し、1,000ppmを超えていたら換気計画を再構築・掲示物はシンプルに整理し、視覚的な雑音を減少させ、空間の印象をすっきりと整える。・床・壁の黒ズミ・欠けは事前に確認の上、リスト化し、清掃を徹底し、必要に応じて塗装・改修対応。 2.帰属エラー──“原因”を取り違えるテナント心理 帰属エラー(Fundamental Attribution Error)とは、何らかのトラブルや不備の原因を「内部要因(ビルの管理能力や運営姿勢)」に誤って帰属させる心理的傾向のことです。オフィス内覧時に設備や清掃の問題が一つでも目に入ると、内覧者はそれを「管理が杜撰」と短絡的に捉えてしまいます。実際には偶発的な問題であっても、一度形成された負の印象を取り消すのは非常に困難です。内覧時にエレベーターの待ち時間が長いだけで、「このビルは設備が古くて使いにくい」という評価を受けやすくなります。実務への示唆・騒音対策:屋上機械音・近隣工事音が内覧中に響くと、「全天候でうるさい」と決めつけられがち。静かな時間帯を選んで内覧を設定。避けられない場合は、騒音源の稼働・作業スケジュールを掲示して、悪印象の低減を図る。内覧動線上の扉開閉音・床鳴りを実測(dB)し、基準値60dB以下に抑制・エレベータ待ち時間の心理補正:待機が30秒を超えると“不具合”と解釈されやすい。混まない時間帯を選んで内覧を設定。内覧に対応して、プレリコール設定で待機させておく。・清掃・設備点検の透明化:当日清掃箇所や設備点検中エリアは、掲示で「改善プロセス」を明示。排水トラップ交換・ダクト清掃の実施履歴を掲示。管理プロセスを開示して信頼感向上。 3.ミニマル・リニューアルで最大効用を得る打ち手 予算や演出の制限を踏まえ、最小限の改善で最大限のハロー効果を引き出すための具体的な施策を以下に挙げます。それらの施策は、既存テナントの満足度を高める上でも有効です。 打ち手コスト感具体的ポイントLED照明交換1.2万円/本色ムラ・暗所を解消し床/壁を明るく見せる床タイルの部分的張替え6,000円/㎡張替入口3×動線を重点補修し印象を集中強化配電盤や給湯扉の塗装3万円/扉色調を統一して、“汚れポイント”をフラット化して視線を散らさないビル内サイン刷新30万円フロア案内を刷新して、印象を一新 第4章:エンドウメント・エフェクト(保有効果)の罠──「わが子ビルは特別」症候群を克服する 1.保有効果とは何か──愛着が価格を歪める 行動経済学におけるエンドウメント・エフェクト(保有効果)とは、自分が所有する資産や物件を、市場で客観的に評価される価値よりも高く見積もってしまう心理現象です。特に賃貸オフィスビルのオーナーは、自らが長年運営し管理してきた物件に強い心理的な愛着を感じているため、市場価格と比べて過大評価をしやすい傾向があります。心理学者のダニエル・カーネマンらが行った著名な研究によると、人は所有している物を手放す時には、その物の市場価格よりもはるかに高い価格を要求することが分かっています。実際、コロンビア大学の研究では、不動産資産に関して人々は平均で市場価値よりも11~23%高い評価をすることが明らかになっています。また、テナントとの賃料交渉の場面では、この保有効果によってオーナーが値下げに約30%以上も強い抵抗を示すことが報告されています。 2.「わが子ビルはプレミア」という錯覚──実際の評価ギャップ 特に築年数が古い中小規模のビルでは、この評価ギャップが顕著に現れます。2024年の首都圏を対象にした調査では、オーナーが自ら設定した希望賃料と実際に市場で成約する賃料との間に、平均して12.8%の差が見られました。これは築年数が長くなればなるほど拡大し、特に築40年以上の物件では15.6%もの差がありました。さらに、オーナー自身が以前テナントとして入居していたような物件では、その評価ギャップは18.1%まで拡大することもあります。こうした実態は、「自分が大切にしてきたビルは特別である」という感情的な評価が、実際の市場評価を大きく上回ってしまうことを明確に示しています。 3.過大評価が招く経済的損失 このような保有効果による評価ギャップが存在すると、以下のような経済的な負担を引き起こします。・リーシング損失:市場の相場よりも高い賃料を設定することで、潜在的なテナントから敬遠され、空室期間が長引く傾向にあります。具体的なデータでは、相場より高めの設定をすると、空室期間が平均で3〜4か月伸びることが報告されています。年間ベースで見れば、本来得られたはずの賃料の約25〜30%を失うことになります。・資本効率の悪化:賃料収入の遅延は、ビル管理・メンテナンス、ローン返済などに必要なキャッシュフローを圧迫し、設備投資のタイミングを逸する原因になりかねません。結果的にビルの競争力をさらに低下させる悪循環を招いてしまう可能性があります。 4.保有効果を克服するための具体策 この心理的なバイアスを克服するために、以下の具体的な施策が有効です。 視点実務的施策具体的成果第三者評価の導入ビル管理会社を介して、仲介業者へのヒアリング/不動産鑑定士による査定を実施し、市場価格を意識する市場との評価ギャップを5%以内に抑える市場データの可視化地域の賃料相場をマッピングなど視覚的に把握できるツールを活用する自物件の相対的な価値を客観的に認識できる逆オークション方式の導入賃料をやや低めに設定し、入札方式で市場適正価格まで競り上げる平均成約賃料を5~10%上回る実績 5.意思決定を合理化するための5つの具体的ステップ 感情的・アドホックな意思決定から脱却し、より合理的な判断を可能にするために想定されるプロセスは以下の通りです。①賃貸オフィスビルの市場データの収集と更新:定期的に競合ビルや地域の賃料動向を収集し、客観的なデータベースを構築する。②価値ギャップ分析:保有物件の仕様・賃料を、前項で収集した競合物件のデータに基づき比較し、明確なギャップ分析を実施する。③複数シナリオでのキャッシュフロー試算:賃料下げ、設備更新、売却といった複数のシナリオで収益性をシミュレーションし、経済的合理性を判断する。④第三者機関によるレビュー:ビル管理会社のサポートの下、必要に応じて、外部の不動産鑑定士の評価を取るなどして、第三者の視点からの提言・提案を受け取ることで主観を補正する。⑤意思決定ルールの設定:事前に、IRR(内部収益率)や市場との乖離幅などの具体的な基準を決定し、それに基づいて意思決定を行う。 第5章:先延ばしバイアスが空室連鎖を生む──“今は様子見”の高すぎる代償 1.先延ばしバイアスとは何か 行動経済学における先延ばしバイアス(Procrastination Bias)とは、すぐに行動することの利益を過小評価し、将来的な行動を「後でも間に合う」と考え、行動を遅らせてしまう心理的傾向を指します。不動産のリーシング業務においても、このバイアスは頻繁に見られます。具体的には、オーナーが「退去の知らせが入ってからでも十分対応できる」と判断し、事前に準備や対策を怠ることが該当します。このような心理的な遅延が発生すると、結局は空室期間が延びてしまうという事態につながります。米コーネル大学が行った調査によると、オフィス物件が空室になった際の1ヵ月あたりの機会損失を提示されても、46%のオーナーが「2ヵ月程度の空室期間なら許容範囲」と回答しました。しかし、実際には3ヵ月以上空室が続くと市場価値が平均で約5.4%下落するというデータがあります。このように、オーナーは損失が発生しても、その実感が遅れるため、行動が後回しになりがちなのです。 2.空室連鎖メカニズム──“1→3→6ヵ月”のドミノ現象 一つでも空室を放置すると、連鎖的に状況が悪化します。具体的には、次のようなプロセスを経て負の連鎖が生じます。「1→3→6ヵ月」のプロセスは、“心理+統計”で裏打ちされています。また、この負の連鎖は隣接区画にも波及しやすく、「空室→印象劣化→紹介減→賃料下落」というドミノを早期に断ち切る必要があります。 経過主な現象1か月美観劣化が始まる – 照明間引き/清掃頻度を週1以下に落とすと共用部の雰囲気が“空きビル感”に転じる3か月紹介頻度が低下 – 仲介は「長期化リスク帯」と見なし、他物件を優先し始める不動産系総研の調査によると、募集終了区画の中央値は5か月 →3か月経過で「折返しを過ぎる分岐点」6か月業界慣行で、賃貸条件の悪化が不可避 – 募集180日超の区画は、賃料▲5–10% フリーレント6ヵ月以上の付与率が2割以上 3.退去予兆を捉える「3つのシグナル」と72時間ルール テナント退去は「決まってから動く」のでは遅い──。濃厚な退去シグナルが出た瞬間から72時間の時間軸で“引き止め交渉と募集準備”を並行処理することで、1)退去の引止め 2)引止め失敗時の空室期間:ダウンタイム最小化の両立を図る仕組みが72時間ルールのアクションプランです。 退去を示す「3つのシグナル」とアクションプラン シグナル確認データ24h以内48h以内72h以内更新交渉の停滞(更新・賃料改定案にレスが無い/遅い)契約更新交渉履歴テナントに意思確認/増床・改装の打診条件シートを再提示募集準備へ(“水面下相談”)空調・電気使用量の急減空調・電気使用量の急減BEMS/テナント別メーターテナントと情報共有・事情のヒアリング減床提案の余地を確認退去濃厚なら募集準備へ入退館数の急減(従業員入館が平常比▲30%超)ICカード/顔認証ログ最新1週間の人数推移を可視化人員計画・組織変更の確認減床提案or募集準備へ *更新停滞・光熱費急減・入館減少の3点セットが同時に発生した場合は、退去確度「高」とみなし24時間以内に募集準備:フェーズ❷へ移行 テナントの引止めから、募集準備、募集開始に至るフェーズ別タスクの整理退去予兆を捉えることで、退去確定後、即日募集開始が可能な運用。 フェーズオーナーの目的主なタスク❶退去“予兆”検知(解約通知なし)テナントの引止め/意思を判定①利用実態ヒアリング②減床・賃料条件など選択肢提示❷退去決意が濃厚(正式通知前)募集準備③図面・写真・設備一覧をアップデートして、水面下相談④募集条件案(賃料・FR)の作成❸正式通知後即日募集開始⑤内々リスト(一部仲介にソフトマーケッティング)⑥公開募集(メーリングリスト仲介サイト掲載)⑦募集条件の調整 運用の要点・引止めが成功して、残留が決まった場合は、募集準備を中止。・引止め失敗が確定した場合、退去決定「即日募集開始」が可能とする運用。 第6章:価格の「参照点」を設計する──デコイ効果とフレーミングで競争力を演出 1. 参照点とは何か──人は“比較”で価値を決める 人が価格を評価する際、絶対的な金額ではなく、何らかの基準となる価格(参照点)を持ち、それを基準に「高い」「安い」を判断する傾向があります。この心理的な基準を参照価格(Reference Point)と呼びます。賃貸オフィスビル市場では、参照価格は次の要素を踏まえて無意識的に形成されています。・周辺エリアの平均坪賃料・同じビル内の他区画の賃料・内覧者が検討中の他の競合物件の賃料つまり、価格を提示する際には、これらの参照点の存在を意識、テナントの「相対的な価格判断」を的確に導く工夫が必要となります。 2. デコイ効果──“おとり価格”が選択を誘導する デコイ効果(Decoy Effect)とは、複数の選択肢を提示する際に、本来選んでほしい選択肢をより魅力的に見せるために、意図的に劣った選択肢(デコイ)を追加する手法です。顧客を騙しているわけではなく、お勧めできる選択肢の「相対的な魅力度」を際立たせて、選択の後押しをします。オフィス賃料プラン提案の具体的な例を以下に示します。 会議室設置を前提にした3択プランプラン坪単価会議室整備負担コメントA:スタンダード18,500円なし-最安・最短入居可B:プラス(推奨)20,000円オーナー主導で整備済オーナー負担入居時点で即使用可/仕様相談も対応C:デコイ(調整型)19,500円要望に応じて設置協議テナント一部負担設計施工調整型 プランAとBだけを比較すると、「Bは少し割高」と感じるかもしれません。ですが、Cという「多少安いが、会議室の整備についてはテナントとの協議・一部負担が必要なプラン」を提示することで、内覧者の視点は変わります。「工事負担や調整の手間を避け、完成済みの設備をすぐ使えるなら、月額わずかな差で済むBプランの方が安心で効率的」と直感的に判断されやすくなります。 3. フレーミング技術──“高いのにお得”を伝える3つの切り口 フレーミング効果とは、同じ内容でも表現や見せ方を変えることで印象を大きく変化させる心理的なテクニックです。価格設定においても、以下の方法で効果的に活用できます。①時間単位の再構築賃料の坪単価、総額だけではなく、「1人あたり1日あたりのコスト」などに換算して提示すると、テナントは日常的な支出との比較が可能になり、コストを現実的で手頃なものとして認識します。②総コストのバンドル化賃料だけでなく、電気料金、清掃費、共益費などを一括した「オールインクルーシブ」な料金として提示すると、テナントの煩雑さ回避バイアスに刺さります。③損失回避フレームの活用人は「利益を得ること」よりも「損を避けること」に強く反応する傾向があります。この心理を活かし、「わずかな価格差で“手間”や“将来の不確実な負担”を避けられる」というメッセージに変換することで、テナントにとっては価格が高くても“得”ではなく“安心”に感じられるようになります。 4. 価格メニューの提示方法(レイアウト)を工夫する 価格を提示する際の順番や表現方法にも心理的影響があります。たとえば「中間価格→高価格→低価格」の順に提示すると、中間価格が安定した安全な選択肢に見えやすくなり、選択率が向上します。また、特典の価値を「会議室設営のコスト=最大100万円相当」のように明確な金額に変換することで、テナントがその価値を直感的に理解しやすくなります。さらに、提案資料やウェブサイトなど複数の媒体でデザインや表現を統一し、情報の伝達時に生じる誤解や歪みを防ぐことで、意図したフレームが確実に伝わります。 5. 人の心理を尊重する──決して「騙す」のではなく「わかりやすく伝える」 最後に、デコイ効果やフレーミング技術を用いることは、単純に人を「騙す」手段ではありません。人は日々多くの選択肢に囲まれており、選択には多大な認知的負荷がかかります。これらの手法は、その負荷を軽減し、「選択の価値」を直感的かつ明快に伝えることで、テナントが納得して自発的に適切な判断を下せるように手助けするものです。従って、こうした心理的テクニックを用いる場合でも、あくまでテナントの利益と安心を第一に考え、「顧客の立場に立った情報提供」を心掛けることが最も重要です。 第7章:心理バイアスに効く3ステップ対策──行動を変える“仕組み”を実装する 本章では、これまで解説してきたアンカリング、損失回避、保有効果、先延ばしバイアスなどの心理的な障壁を、組織として継続的に克服していくための実践的なプロセス設計について詳しく説明します。ポイントとなるのは、「①データの定点観測」「②第三者の客観的な評価」「③小さな成功体験の積み重ね」という3つのステップを循環的に行い、継続的な改善を行う仕組みを構築することです。 ステップ① データの定点観測──感覚ではなく“数値”に置き換える 心理バイアスを取り除く最も有効な方法の一つは、意思決定を「感覚」ではなく「数値」に基づいて行うことです。このためにはデータの定期的な収集と明確な指標設定が不可欠です。・ウィークリーダッシュボード:毎週一定のタイミングで、空室日数、問い合わせ件数、内覧から申込みへの転換率、平均成約坪単価など、客観的な数値指標を定期的にモニタリングします。都度データを更新して、毎週決まった時間(例えば月曜日午前9時)に最新のデータを確認できるようにします。数値が多すぎてダッシュボードが放置されるリスクに鑑みて、KPIを4指標以内に絞り“誰でも読める”設計を心掛けます。・アラート閾値の設定:データをただ見るだけでなく、空室日数が90日を超えた場合は「赤信号」、60~89日の場合は「黄信号」と設定して、担当者に通知する仕組みを設けます。これにより、問題が大きくなる前に迅速な対応が可能になります。・トレンドラインの可視化:短期的な変動に惑わされないために、3カ月の移動平均線を用いて改善傾向または悪化傾向を把握します。トレンドが横ばい(フラット)になるタイミングで次の手を打つことが重要です。 ステップ② 第三者の客観視点──“鏡”を置いてバイアスを削る 自分たちの視点だけではなく、第三者による客観的な評価を導入することで、組織内の心理バイアスを効果的に減少させることができます。●定期的レビュー/ベンチマーク比較/逆ピッチセッション:ビル管理会社との定期的な打ち合わせの場で、──競合となる近隣の物件のデータをレビューして、保有物件と比較します。客観的なデータによる競合比較を通じて、保有物件の相対的な強み・弱みを明確化します。──第三者による保有物件の状況について忌憚のない指摘も交え、組織内の自己満足や現状肯定の心理を防ぎ、改善意識を高めます。 ステップ③ 小さな成功体験──“勝ちグセ”を組織にインストール 心理バイアスを乗り越えるためには、組織が実際に改善できることを繰り返し体験し、自信を持つことが非常に有効です。・ミニマル改善パイロット:ビル管理会社の提案、サポートの下、小規模な範囲(例えば1区画のみ)でLED照明の導入、サイン表示の刷新といった改善を実施し、効果を定量的に計測します。・改善ストーリーの伝承・定着:ビル管理会社のサポートの下、改善前後の具体的な変化を組織内で共有し、「動けば変わる」ことを可視化し成功体験を組織内で伝承し、定着させます。・インセンティブ設計:空室期間短縮に貢献したビル管理会社/仲介担当者には、その成果に応じた報酬制度を設け、現場レベルでの積極的な行動を促します(オーナーとのビル管理会社の業務委託契約に対応条項を具備)。 第8章:ケース・スタディ──“築35年・延床900坪ビル” リーシング・プロジェクトの全記録 本章では、前章までに解説してきた心理バイアス対策・価格設計・オペレーション改善を一括で適用し、空室6か月→1か月で成約を実現したプロジェクトを時系列で検証する。単なる成功談に終わらせず、「どの打ち手がどの数値を変えたのか」をトレースし、再現可能なメソッドへ落とし込むことを目的とする。 1.物件概要と課題整理 項目内容所在地東京都台東区 駒形エリア竣工年1990年(築35年)構造規模SRC造 地上8階、延床900坪対象区画6階1室(専有30坪)空室経過募集開始から6か月経過、内覧10件・申込みゼロ主なネック天井高2.40m/築古・リニューアルなし/繁華・ビジネス・エリアから外れる 診断:賃料は周辺相場比+3%とやや割高。加えて照度不足・案内動線の雑多さが第一印象を損ね、問い合わせはあるものの内覧後に競合へ流れるパターンが目立った。 2.介入プラン──3層レイヤーで同時進行 ●環境改善(7日間・総額10万円)・エントランス照度180lx→320lxへLEDを交換・共用廊下壁面を特別清掃●価格リフレーミング・デコイ効果を利用し「Bプラス」プランを追加(坪15,000円/会議室整備)・既存「スタンダード」は坪13,500円に維持し、参照点をコントロール●リーシング・オペレーション刷新・72時間ルール:募集準備を3日で完了・社内で情報共有しタスク遅延ゼロを徹底 3.タイムラインと数値推移 日数主なアクション問合せ件数内覧数申込み数Day 0介入前(空室180日経過)000Day 7環境改善完了/新価格プラン公開420Day 14仲介向け現地内覧会951Day 21追加内覧(同業2社比較)321Day 28Bプラスで申込み→契約--1 4.KPI結果 指標改善前改善後変化率空室期間6か月1か月−83%成約坪賃料13,500円15,000円+11%内覧→申込み転換率0%22%+22pt 5.成功要因の分解 ①第一印象改善が問い合わせを倍増:照度・清掃で印象が向上し、内覧者の印象改善。②デコイ効果で“高いが得”を演出:会議室整備を明示し、利便性を訴求。③72時間ルールが初動を加速:改善情報を3日で配信し、迅速に新しい価格プランで募集開始。④タスクの可視化と役割明確化:各担当が期限を共有し、遅延ゼロを達成。 第9章:まとめ──「心理を制する者は空室を制す」 本コラム全体のキーメッセージを振り返る 本コラムでは、空室問題が単なる市場動向の問題ではなく、人間が持つ心理的なバイアスに大きく影響されていることを示しました。空室率が下がっていても、自分のビルの空室が埋まらないのは、賃貸オフィス市場全体のデータだけに頼って意思決定をする「心理的な盲点」が原因なのです。そこで、本コラムで繰り返し強調したのは以下の3つのポイントです。・数字で“盲点”を可視化するオーナーは、全体の平均空室率や周辺地域の坪単価といったマクロな指標に安心しがちです。しかし、それら平均値に隠れている個別ビルの特異性(分布の「厚い尻尾」)を正確に理解する必要があります。具体的には、空室日数や賃料の市場乖離率など、個別ビルのリアルな状況を数値で把握することが重要です。・心理バイアスに“仕掛け”で対抗する本コラムでは特に、アンカリング(最初の提示額に縛られる)、損失回避(値下げが心理的に難しい)、保有効果(自分のビルを過大評価する)、先延ばしバイアス(対策を後回しにする)など、人間の心理的な癖(バイアス)について掘り下げました。これらのバイアスは意識的な努力だけでは克服が難しいため、意図的な仕組み(フレーミング技術や72時間ルールなど)で補正することが肝要です。・ハード×ソフト×価格の三位一体で動く単独の改善施策ではなく、ハード面(照明交換などの物理的改善)、ソフト面(リーシング・オペレーション)、価格設定(デコイ効果やフレーミング)を同時に進めることで、相乗効果が生まれ、空室改善の効果は着実に向上します。 未来への展望──空室対策から「賃貸オフィスビルのブランド化」へ 本コラムの各施策は、空室解消を超え、長期的なビルの価値向上や競争力の強化へとつながります。心理バイアスをコントロールする仕組みづくりは、空室の短期的な改善だけでなく、中長期的な「保有賃貸オフィスビルのブランド化」に繋がっていきます。データ活用とストーリー設計を強化することで、「築古賃貸オフィスビル」ではなく、「選ばれる築古賃貸オフィスビル」として市場での競争力を確立するべく、一緒に目指しましょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年12月12日執筆2025年12月12日 -
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テナントが明かす本音|東京の賃貸オフィスビルに求める条件
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「テナントが明かす本音|東京の賃貸オフィスビルに求める条件」のタイトルで、2025年12月10日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 はじめに: 東京の賃貸オフィスビル経営において、空室を効果的に埋め、テナントの定着率を高めるためには、「テナントの本音」を理解することが不可欠だ。特に都心5区(千代田区・中央区・港区・新宿区・渋谷区)においては、丸の内や八重洲、虎ノ門といった著名なビジネス中心地から少し外れた場所であっても、昨今の大規模ビル開発プロジェクトでは拾いきれない、中小規模オフィスビル特有のテナント層やニーズが存在している。しかし、この「テナントの本音」を考える際、見落としてはいけない大切なポイントがある。企業が東京という都市にオフィスを構える理由は、賃料水準や交通利便性、設備状況といった数値化できる客観的な条件だけでは説明しきれない。その背景には、東京という都市が長い歴史の中で培ってきた文化的・社会的な魅力、都市の多様性、そして独特な安定感が静かに息づいている。企業はなぜ地方や海外都市ではなく、「東京」を選ぶのか。なぜ、リモート勤務が浸透した今でも、実際のオフィスを東京という場所に置き続けるのか。高度経済成長期に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」として世界を驚かせ、やがて「失われた30年」という困難な時期を経てきた東京が、再び世界から注目されるに至ったその過程には、単なる経済的指標や合理性に還元できない、東京特有の「都市の粋」とも言える精神性や寛容性、成熟した都市文化の存在がある。本コラムでは、単に経済的・数値的条件に留まらない、テナントの深層心理や具体的な選択行動にも触れながら、中小規模オフィスを選ぶ企業のリアルな声やさまざまな調査・レポートを参照しつつ、「選ばれる中小規模オフィスビルの条件」を紐解いていく。東京という都市の魅力や価値を意識することで、単なる立地や設備、コストを超えた、中小規模ビルならではのテナントに支持される秘訣が見えてくるはずだ。そしてその先に、東京という都市の本質的な精神性や寛容さに支えられた、現実的かつ堅実なオフィスビル経営の可能性が見えてくるだろう。 第1章:立地・アクセスへの現実的なテナントニーズ 東京で賃貸オフィスビルを検討するテナント企業にとって、立地条件は最も重視される要素の一つである。しかし、一般的に想定される「駅近」「一等地」といった単純な基準だけでテナントの選択が決まるわけではない。特に都心5区の中でも丸の内や八重洲、虎ノ門といったビジネス街の中心部から少し外れた立地にあるビルには、それ特有の魅力やニーズが存在する。実際の企業担当者の声を聞くと、「最寄りはターミナル駅じゃなくても構わない」「駅徒歩圏内であれば、必ずしも最短距離である必要はない」という意見が多い。中小企業や成長中のベンチャー企業にとって、最重要視されるのはアクセスの利便性そのものよりも、「従業員が通勤しやすく、取引先との連携が効率的に行える範囲内であること」である。具体的には徒歩5~10分程度の距離でも、地下鉄や複数路線への接続が良好な立地であれば問題なく受け入れられる。また、丸の内や虎ノ門といった著名なビジネス街の華やかさやブランド性よりも、「地域の特性にマッチした落ち着いた環境」を求める企業も少なくない。特に専門サービス業やクリエイティブ系の企業は、多少賑やかな中心街から距離を置いた閑静なエリアで、自社の業務に集中できる環境を好む傾向がある。さらに、こうした「少し外れた立地」には、単なる交通の利便性やアクセス条件を超えた要素が含まれていることがある。ある企業の担当者からは「都心中心部の喧騒からほどよく離れ、落ち着いて業務に取り組める環境であることに加え、交通網の便利さや通信環境の安定性といったビジネスインフラが整っていることが魅力だった」という声もある。こうした声は、企業が東京での立地を評価する視点が、距離や単純な利便性という表面的な要素だけではなく、安定的な企業活動を支える都市の基盤や信頼感といった要素も含んでいることを示している。つまり、賃貸オフィスビルのオーナーにとって重要なのは、単に「駅に近い」「都心中心部にある」といった分かりやすい条件だけに注目するのではなく、テナント企業が東京という都市での企業活動にどのような意味や価値を見出しているのか、そして、実際の業務環境として具体的に何を求めているのかを丁寧に理解することなのである。 第2章:コストパフォーマンス重視のテナント心理 東京の賃貸オフィスビルを選ぶ企業にとって、賃料を含むコスト面は常に重要な選定基準である。しかし、単に「賃料が安ければ良い」という単純な発想ではなく、彼らが本当に求めているのは「コストパフォーマンス」、つまり支払うコストに見合った価値があるかどうかという視点である。実際、都内の中小企業や成長中のスタートアップ企業の担当者は口をそろえて「安価であることは魅力だが、それ以上に業務効率や生産性に与える影響を考慮する」と述べている。例えば、設備が古い、管理が不十分であると、結果的に従業員の満足度や業務効率が下がり、離職率が高まったり、オフィスの印象が取引先に悪影響を与える可能性がある。そうなると、長期的にはビジネスにとって大きなマイナス要因となってしまう。中小規模のテナント企業は、入居後の追加的なコストにも敏感である。特に管理費や共益費、光熱費といったランニングコストの透明性と予測可能性を重要視する傾向がある。不透明で追加的な費用が後から発生することは避けたいという心理が働く。実際、コストが透明であれば多少割高でも受け入れられるケースが多い。さらに、テナント企業が賃貸オフィスビルを選ぶ際に重視するのは、単なる費用対効果だけでなく「東京という都市に長く安心して根を下ろせるかどうか」という安心感である。企業は東京という都市を選ぶことで、ビジネスチャンスやネットワーク、人材獲得、そして企業のブランド構築において大きなメリットを享受している。そのため、短期的なコスト削減よりも長期的な安定性と継続性がより重要になる。つまり、東京で中小規模の賃貸オフィスビルを提供するオーナー側は、テナント企業が持つこうした心理を深く理解し、ただ「安価な賃料」を提示するだけではなく、設備の充実、管理の質、コストの透明性、そして長期的な安心感という価値を包括的に提供する必要があるのだ。これが真にテナントに選ばれ、安定的に入居率を維持するための重要なポイントである。 第3章:中小規模の賃貸オフィスビルで求められる設備のリアル 中小規模の賃貸オフィスビルを選ぶテナント企業にとって、設備選定は非常に現実的かつ実践的な視点から行われる。特に中小企業やベンチャー企業の場合、必要最低限の設備を効率的に備えていることが重要視される。まず、テナントが必須と考える設備の一つが、安定した通信インフラである。高速インターネット回線や通信設備の整備は現代のビジネス運営において欠かせない要素となっている。特にIT企業やクリエイティブ系企業など、情報通信の質と速度が業務効率に直結する業種では、通信環境の整備は最優先課題として挙げられる。また、テナントが共通して求める設備には、空調や照明設備などの日常的に業務環境に影響を及ぼす要素も含まれる。空調設備については、中央制御型よりも個別制御が可能な空調システムが好まれる傾向があり、これにより従業員の快適性やエネルギー効率が高まる。照明についても、LED照明をはじめとする省エネルギーで目に優しい設備が評価される。OAフロアについては、もはや前提条件とも言える設備となっている。配線の自由度が高く、オフィスのレイアウト変更に柔軟に対応できるため、特に成長中の企業にとっては欠かせない基本要件となっている。LAN環境がWiFiでカバーされる場合でも、電源コードが床を這ったり天井から露出しているような状況は現代のオフィスとしては容認されない。テナント企業は、このような基本的な設備環境が整っていることを当然の前提として考えている。一方で、テナント企業が「過剰設備」と考える要素も明確になりつつある。例えば、豪華なエントランスや過剰な共用施設など、見栄えを重視した設備は、ランニングコストの上昇につながりかねないため、敬遠されるケースが多い。むしろ、ビル全体の清潔さや管理状況の良さ、セキュリティの基本的な充実度の方がテナントには重要である。中小規模の賃貸オフィスビルのオーナーに求められるのは、このようなテナント企業の現実的で具体的な設備ニーズを的確に理解し、設備投資を行うことだ。設備選定においては、投資効果が高く、テナントの業務効率向上に直接貢献する要素を見極めることが重要になるだろう。 第4章:テナントが管理会社に求める具体的な対応力と日常的な快適性の維持 中小規模オフィスビルを賃貸する企業が管理会社に求める対応力は、トラブル発生後の迅速な処理にとどまらない。トラブルを可能な限り未然に防ぐ予防的な管理体制、毎日の業務環境を安定的に保つための日常的配慮、そしてテナント企業の事業特性や成長段階を正しく理解した上での問題解決力やコミュニケーション力など、複合的で総合的な対応力を求めている。 設備トラブル対応に求められる迅速性と明確なコミュニケーション まず、管理会社にとって基本的であり最も重要なのが、設備トラブルへの対応力である。空調、照明、給排水設備などの日常的な設備に問題が生じた場合、迅速かつ正確な修理対応が不可欠だ。加えて重要なことは、管理会社からテナント企業への状況説明や進捗報告が適時的かつ丁寧になされることである。トラブル発生時、テナント企業は自社の業務が混乱するのを避けるため、状況把握と業務調整を迅速に行う必要がある。その際、管理会社が具体的で的確な情報を明快に提供することで、テナント側は安心感を得られる。このような対応が積み重なることで、管理会社とテナントの間には信頼感が醸成される。 日常的な業務環境を保つための細部への配慮 日々の業務環境を良好に保つ細かな配慮も、テナント満足度を左右する重要な要素だ。テナント企業は、共用部や水回りなど、日常業務に直結する細かな部分の管理状態を敏感に評価している。・共用部の清掃管理エントランス、エレベーター、廊下といった共用部分は、日々清潔かつ整理整頓された状態に保たれることが求められる。特に来客の多いテナント企業にとっては、企業イメージや社員の士気に直接的な影響を及ぼす重要なポイントである。・トイレや給湯室の衛生管理トイレや給湯室など、水回りの設備の衛生状態はテナント企業の満足度に直結する。衛生環境が悪いと従業員の不満が増えるため、清掃頻度や衛生用品の適切な補充が不可欠となる。・空調設備の定期的なメンテナンス空調設備の適切なメンテナンスは、オフィスの快適性に大きく関与する。適切な温度・湿度の維持は従業員の業務効率を高めるだけでなく、設備トラブルを未然に防ぐ重要な管理業務の一環でもある。 テナント企業の事業特性や状況を理解した問題解決力とコミュニケーション さらに、管理会社にはテナント企業の業種や成長ステージを適切に把握したうえで、問題に的確なソリューションを提示できる能力も求められている。企業規模や業務内容が変化した際の設備調整やオフィスレイアウト変更について、実務的で透明性のある解決策を提供する対応力が求められる。こうした対応の積み重ねが、管理会社とテナント企業との間に信頼関係を築き、長期的な入居継続につながる。結局、中小規模の賃貸オフィスビルのテナント企業が管理会社に求めるのは、単なるトラブル対応だけでなく、トラブルを予防し、日常的に快適な業務環境を維持し、事業の特性や変化を把握した適切な問題解決力を備えた総合的な対応力である。こうした多面的かつ継続的な対応によって、テナント企業の満足度や信頼感が向上し、賃貸オフィスビルへの長期定着が可能になるのである。 第5章:東京で働く意味を再考──不確実な未来への企業活動の場として 中小規模の賃貸オフィスビルのテナント企業が東京で事業を営む理由は、単に現在の立地や設備条件、経済的合理性だけでは説明し尽くせない。東京という都市が持つ特有の環境や文化、ダイナミックな社会的文脈が、企業活動の未来志向的な特性や、そこで働く個々のワーカーの意識とも深く結びついている。企業活動とは、本来的に未来に向けて不確実なリスクを取る活動である。こうした活動において重要なのは、単なる算式によって弾き出される収益性だけではなく、不透明な未来に向けて機会を見出し、多様な情報や人材と出会える環境を持つことだ。その点において、東京は単一の合理的基準だけでは説明がつかない、非常にユニークな都市と言える。第一に、東京の最大の特徴は「文化的・情報的多様性とアクセス性」である。東京では、共時的・通時的に幅広い文化に触れられる環境が存在する。例えば、共時的な面では、世界各地の本格的な食文化やビジネス文化に容易にアクセスできる一方、通時的には現代的なテクノロジーや先端的なカルチャーに加え、深い歴史の層を感じさせる場所も多く存在する。この文化的な多層性や拡散性は、企業が新たなアイデアを生み出し、多角的な視点を持つための極めて有効な土壌となっている。第二に、東京には都市としての中心が空虚であるという特性がある。フランスの哲学者ロラン・バルトが指摘したように、東京の中心にある皇居は、実質的な強力な求心力を持つ「中心」としては機能しておらず、その結果、都市全体が多元的で相対的な構造を形成している。実際、東京の各地域はそれぞれ独自の特徴や価値観を持って比較的独立しており、こうした緩いゾーニングが偶発的な異文化や異業種との出会いを可能にしている。ビジネスにおいてこうした「緩やかさ」は、異なる領域の人々や情報が予期せず交錯し、イノベーションが生まれやすい環境を提供しているのである。第三に、東京は多様な人材と情報が交錯するハブ都市として、企業活動に不可欠なイノベーションの源泉となっている。特に中小企業やスタートアップにとって、このような人材や情報の流動性が高い環境はビジネス成長に直結する重要な要素となっている。予測できない偶発的な出会いがビジネスの新たな展開やアイデア創出を促進し、企業の競争力や市場対応力を高めることに繋がっている。具体的な事例として、中央区の中小規模の賃貸オフィスビルが立地する日本橋の東側エリアに目を向けてみよう。この一帯は江戸時代より運河の水運を活かした船荷問屋が軒を連ね、明治から戦前にかけて商業の中心として栄えた歴史を持つ。現在では必ずしも都心ビジネスの中心地というわけではないが、かつての繁栄の面影は、今なお街の空気にほのかに漂っている。そんな街並みの片隅に、小さな神社がひっそりと佇んでいる。たとえば、日本橋人形町の小網神社は、入り組んだ細い路地に位置し、控えめながら風格ある木造の社殿が静かな存在感を放っている。仕事の合間に会社員がふらりと立ち寄り、鳥居をくぐって手を合わせる姿は、この街の日常に溶け込んだささやかな祈りの風景である。こうした情景を、単に過去へのノスタルジーと捉えるのは早計だろう。むしろこの神社が街角で果たしているのは、現代の企業活動に対するさりげないメタファーの役割だ。街の歴史や文化が無言のうちに日常空間へと溶け込み、そこで働く人々の意識や思考に静かな影響を与えることで、企業活動に多様で豊かな文脈をもたらしているのである。結論として、企業が東京を選択するということは、単に経済的・設備的合理性の追求に留まらず、むしろ未来に向けた投資とリスクテイクの場として都市を捉えていることを示している。東京という都市が持つ文化的多様性、空間的な緩やかさ、情報と人材の交錯性といった特性を明確に意識し、これらを活用する視点が、今後の中小規模の賃貸オフィスビル運営において不可欠なポイントとなるだろう。 第6章:「東京らしさ」を意識した現実的な賃貸オフィスビル管理の考え方 中小規模の賃貸オフィスビルを管理・運営する上では、「粋(いき)」という概念を心に留めたい。それは過度な自己主張をせず、自然体で淡々と実務をこなす姿勢であり、まさに「東京らしさ」の本質ともいえる。日本の哲学者・九鬼周造は著書『「いき」の構造』において、「いき」とは外面的な洗練と共に、内面的には矜持や「諦め」、そして物事への恬淡な距離感を含む、と指摘している。こうした東京文化の背後にある精神性は、賃貸オフィスビルの管理運営においても有益な示唆を与える。東京という都市は、極めて多面的な魅力を持っている。それらが無意識のうちに、テナント企業が日々感じる心理的な環境を形成している。しかし中小規模の賃貸オフィスビルを選ぶ企業にとって、最も重要なのは「安定した日常業務環境」そのものである。そのため、管理者の果たすべき役割は明快である。まず管理ルールを明確かつ簡潔に提示し、その枠内でテナント企業が安心して事業を進められるよう、自然で安定した管理体制を維持することだ。九鬼のいう「いき」の徴表のひとつに、「意気」つまり江戸児の誇りに根ざした気概がある。それは、自らの信念を鮮やかに示す気概でもある。現代の賃貸オフィスビル管理業務に置き換えると、表面的な華美さや不要なサービスを誇示するのではなく、むしろ管理業務の基本を忠実に遂行するプロフェッショナルとしての姿勢に通じるだろう。設備トラブルへの迅速な対応や共用部の清掃管理、設備の維持・保守など必要なことを着実に行い、余分な自己顕示をせず淡々と業務を果たすことが、結果としてテナント企業の深い信頼感を生む。さらに九鬼は「いき」のもうひとつの徴表として「諦め」を挙げる。これは「運命への理解に基づき、過度な執着を離脱した無関心な態度」と解説されている。賃貸オフィスビル管理実務においても、設備トラブルや突発的な課題が発生した際、過剰に感情的になったり慌てたりすることなく、冷静に客観的に状況を判断し、迅速に対応する姿勢が求められる。トラブルを特別視せず、自然な業務の一環として淡々と処理する管理姿勢こそが、テナント企業に安心感をもたらすのである。実際、中小規模の賃貸オフィスビルを選択するテナント企業は、東京という都市に潜む潜在的なビジネス機会、整備された都市インフラ、そして文化的な多様性という東京の価値を自然に前提としている。その上で、テナント企業が日常的に最も重視するのは、管理者が設備トラブルや日々のメンテナンス、建物維持管理など、現実的かつ日常的な課題に迅速で確実に対応することである。東京という都市でビジネスを営む企業は、日々様々な課題や予測困難な変化に直面する。そのため基盤となるオフィス環境は、余計なトラブルに煩わされず、常に安定していることを強く望んでいる。ここに求められる「東京らしさ」とは、都市の変化や多様性を静かに許容しつつ、自然体で柔軟に受け止める姿勢である。それは決して派手で目立つようなものである必要はない。むしろ、管理者が日常業務を静かに着実に遂行し、細部への配慮をさりげなく示すことで、テナント企業は自然に安心感や信頼感を感じ取るのである。具体的には、共用部の清掃管理を着実に行い、設備トラブルには冷静かつ迅速に対処し、基本的な管理ルールを明確に徹底することが重要である。このような管理を通じて、「意気」と「諦め」の精神が融合した「粋な管理」が実現されるのである。この姿勢こそ、東京という都市の多様で変化に富むビジネス環境において、中小規模の賃貸オフィスビルがテナント企業に長く選ばれ続ける理由となるだろう。また、テナント企業が管理会社に望む「パートナーシップ」とは、決して抽象的な理念ではない。むしろそれは、日常的で実務的な具体的対応の積み重ねによる信頼関係に他ならない。すなわち、管理会社が堅実かつ安定的に日常の設備維持管理や基本的なルール運用を行い、テナント企業が東京という多様でダイナミックな環境下で安心して本業に専念できることこそが、テナントの本当の望みなのである。結局のところ、東京の賃貸オフィスビル管理者に求められるのは、日常の実務を通じてテナント企業のビジネスを支える自然体の姿勢である。「いき」とは派手な自己主張ではなく、確固としたプロ意識と静かな信念に基づく、淡々とした日々の積み重ねのことである。この「意気」と「諦め」の精神をさりげなく実践することによって、テナント企業に安定感と安心感という真の「粋な価値」を提供することが可能になる。このさりげなくも堅実な運営姿勢こそ、中小規模の賃貸オフィスビルがテナント企業から選ばれ続ける重要な要素であり、賃貸オフィスビル管理者に求められる究極の「東京らしさ」なのである。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年12月10日執筆2025年12月10日 -
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ネガティブイメージを払拭する! 築古・中型・賃貸オフィスビルオーナーのブランディング戦略
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「ネガティブイメージを払拭する!築古・中型・賃貸オフィスビルオーナーのブランディング戦略」のタイトルで、2025年12月9日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに第1章 築古・中型オフィスビルが抱えるネガティブイメージの本質第2章 実は競争力を秘めている―築古・中型オフィスビルの真価第3章 ブランディングとは何か?築古オフィスビルに求められる発想転換第4章 最小限投資で最大効果を生む具体的バリューアップ策第5章 日常管理の「当たり前」を高めるブランディング基盤作り第6章 エリア×業種のマッチングを活かしたテナント戦略第7章 自社メディア・サイトを主軸とした情報発信・コミュニケーション戦略第8章 行政が動かない今、築古ビルオーナー自身が主体的に動くために第9章 まとめ:築古ビルオーナーが主体的に取り組むべきブランディング戦略おわりに ― オーナーの行動が、東京のオフィスビル市場を変える はじめに 東京都心5区(千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区)には、新耐震基準以降に建てられた築20年以上の中型オフィスビルが数多く存在しています。これらのビルはフロア面積100坪以下、延床5,000坪未満といった規模感で、目立つ一等地ではないながらも、古くから地元に根差したビジネスエリアに立地しています。市場の注目はどうしても新築や超大型ビルに集まりがちですが、実際には、築古の中型オフィスビルこそが都心オフィスマーケットを支える重要なストックです。安定した中小企業、士業や専門職、公益団体などの多様な業種ニーズに対応でき、柔軟な賃料設定が可能な点で、都市の経済活動を下支えする存在となっています。しかし、行政や市場関係者は再開発プロジェクトばかりに注目し、築古中型オフィスビルへの明確なビジョンや支援策は乏しい状況です。その結果、「古い」「設備が陳腐」といったネガティブイメージが先行し、オーナーは対応に苦慮しています。本コラムでは、オーナー自身がこの状況を打開するために取り組める「実践的なブランディング戦略」について提案します。管理運営の改善、テナント戦略、情報発信の工夫を通じて、保有オフィスビルのブランド力向上につながる方法を考えていきます。 第1章 築古・中型オフィスビルが抱えるネガティブイメージの本質 都心に根強く残るネガティブな先入観 都心において「築古のオフィスビル」という言葉が持つイメージは、率直に言って決して良いものではありません。「古びた外観」「設備の老朽化」「管理の手薄さ」といった、ネガティブな先入観が根強く市場に定着してしまっているのが現状です。このようなネガティブイメージが、実際にどのような要素で形成され、テナントの選択心理にどう影響を与えているのか。その構造をまず明確に捉える必要があります。 築古ビルに対する市場評価とテナント企業の心理 テナント企業は、ビル選びを単に「空間の確保」としてだけでなく、自社のイメージ形成や社員満足度に直結する重要な経営判断として位置づけています。ここで重要なのは、実際のビルの機能性や安全性よりも、「見た目の印象」や「心理的な快適性・安心感」が大きく評価を左右するという現実です。たとえば、訪問客や社員が毎日出入りする際に、最初に目にするビルの外観が古ぼけていたり、共用スペースが薄暗く清掃が行き届いていない状況では、そのビルに入居すること自体が企業イメージに悪影響を与えると判断されます。テナント企業は「自社のビジネスにふさわしい環境かどうか」「自社のブランディングにプラスになるか」を無意識のうちに見極めています。つまり、実際の使用価値が十分にあったとしても、「古さ」「古びた雰囲気」が入居判断を躊躇させる最大の原因になっているのです。 視覚的な古さ(外観・内装)の具体的問題点 築古のオフィスビルでは、外壁の色褪せや塗装の剥がれ、ひび割れ、老朽化した看板や案内表示などが視覚的なイメージを著しく損ないます。また、内装面でも、古いデザインの壁紙、摩耗が目立つ床材、黄ばんだ照明器具といった要素が、「老朽化したビル」という印象を強めます。一度「古いビル」という印象を抱かれてしまうと、いくら内部を綺麗にしていても、その第一印象を回復するのは極めて困難です。「視覚的な第一印象」の影響力を軽視している限り、築古ビルの価値向上は望めません。 設備の老朽化・機能性低下が引き起こす懸念 テナントがオフィスに求める基本的な条件は、「安全」「快適」「便利」です。空調が効きにくい、エレベーターが頻繁に故障する、給排水設備のトラブルが多いといった設備の問題は、日々の業務遂行を妨げる大きなリスクです。また、インターネット環境や電気容量の不十分さも、現代のビジネスにおいては致命的な弱点となります。こうした問題があると、「このビルでは業務効率が悪化する」と判断され、テナント企業から敬遠される原因となります。 管理不十分が与える負のイメージ 管理体制の問題は、設備の古さ以上に強いネガティブな印象を与えます。共用部の清掃が不十分でゴミや汚れが目立つ、照明が切れたまま放置される、故障やトラブル対応が遅いなどが続くと、「このビルは管理が行き届いていない」「オーナーや管理会社に関心がない」といったイメージが定着します。こうした信頼の欠如がテナントの退去を促し、新規入居の難しさを助長します。 ネガティブイメージ克服による具体的なメリット 逆に、これらのネガティブ要因を明確に把握し、着実に改善していくことで、大きなビジネスチャンスが生まれます。視覚的な改善や設備の更新、管理体制の徹底を進めることで、テナント企業の評価は確実に向上し、物件の稼働率が高まります。「古くても安心できるビル」というブランドイメージを構築できれば、テナントの定着率も高まり、長期的な収益安定化にもつながります。こうした明確なメリットを念頭に置きながら、次章では築古・中型オフィスビルが持つ競争力の本質について掘り下げていきます。 第2章 実は競争力を秘めている―築古・中型オフィスビルの真価 一般的な誤解と隠されたポテンシャル 都心5区の築古・中型オフィスビルは、「古い」「競争力がない」といったイメージを持たれがちですが、実際には明確な魅力と競争力を秘めています。この章では、そうしたビルが持つ本質的な強みと、やや二流立地だからこそ発揮できるポテンシャルについて掘り下げます。 築古・中型オフィスビルの本当の魅力とは? 手頃で安定した賃料設定の魅力築年数の経過した中型オフィスビルは、周辺の新築や大型ビルに比べて賃料が手頃で安定しています。賃料負担は企業経営の安定性や事業継続性に直結するため、適正価格での長期契約は中小企業や公益法人などにとって大きなメリットです。中小企業・専門職・公益団体などの需要にマッチ中型ビルの規模は、中小企業や専門職、公益団体などにとって「ちょうどいい」サイズ感です。士業、コンサルティング企業、財団法人、団体事務所などは大規模なオフィスを必要とせず、合理的な賃料と空間を求める傾向にあります。こうした企業・団体は長期入居する傾向があり、稼働率の安定化に大きく寄与します。中型ならではの柔軟性のあるスペース構成中型オフィスビルの特性として、以下のような柔軟性を持った空間構成が挙げられます。・1フロア1テナント利用がしやすく、独立性を確保できる・構造的制約が少なく、レイアウト変更や内装調整が容易・テナントの成長や組織変更に応じたレイアウト再構成が可能最小限の改修で最大限の効率化を実現できる点が、特定のテナント層にとって大きな魅力となります。「やや二流立地」の持つ可能性築古・中型オフィスビルは、超一等地ではなく「やや二流」と評される立地であることが多いですが、これにも独自のポテンシャルがあります。超一等地にはない魅力超一等地は賃料・管理費が高く、入居企業にとっては大きな負担になる可能性があります。一方、やや二流の立地であれば、・賃料がリーズナブル・都心部へのアクセスが良好・実質的な利便性に問題が少ないなどの理由から、経済的メリットと利便性の両立が可能です。歴史的なインフラや街の成熟度こうした立地は歴史的に業務街として成熟しており、・飲食店、小売店、金融機関が充実・業種の集積によるネットワーク効果といった点で、入居企業にとって利便性の高い環境が整っています。地価・賃料のバランスが良く、事業継続性を支える安定的で負担の軽い賃料は、企業の事業継続性に直結します。無理のないコストで都心に拠点を維持できる点は、テナントの定着率向上と稼働率維持に繋がります。築古・中型オフィスビルの本質的な競争力を再認識することが、ネガティブイメージを払拭し、ブランディングへと繋がる第一歩です。次章では、こうした魅力を市場に伝えるために必要な「ブランディング」という考え方について掘り下げていきます。 第3章 ブランディングとは何か?築古オフィスビルに求められる発想転換 表面的な改修だけでは、選ばれ続けない 築古の中型オフィスビルが市場での競争力を取り戻し、テナントから継続的に選ばれる存在になるためには、単なる設備の更新や清掃の徹底といった「表面的な改善」だけでは限界があります。もちろん、目に見える改善は大切です。しかし、それだけでは“このビルに入居したい”という感情的な納得や共感までは生まれません。そこで重要になるのが、「ブランディング」という視点です。ここでいうブランディングとは、広告的な演出や過度なイメージづくりではありません。築古のビルが持つ歴史、地域との関連性、日々の誠実な管理姿勢といった“実直な価値”をきちんと伝え、物件としての存在意義を再認識してもらうための戦略的なアプローチです。 ブランディングとは「違い」を育て、「共感」を呼ぶこと ブランディングとは、自分が保有している物件の個性や魅力を明確にし、市場において独自のポジションを確立していくための取り組みです。それは単に他と違うという意味ではなく、「その物件がなぜ選ばれるべきか」「どんな価値を持っているのか」を、明確に言葉にして伝える作業です。そして、それを一過性の打ち出しで終わらせるのではなく、日々の運営を通じて誠実に実践していく──その積み重ねこそが、長期的な信頼と共感につながっていきます。そのために、以下のような観点からの整理と発信が求められます。 差別化による独自性の確立:他の物件とは異なる固有の特徴やメリットを見つけ出し、その差別化ポイントを明確に伝える。ストーリーを含めた価値の創造:建物そのもののスペックにとどまらず、その背景にある魅力的なストーリーや価値を創り出し、感情的な共感を呼ぶ。 一貫性のあるメッセージの発信:築古ビルがテナント企業にどう映るべきかというイメージを明確に描き、そのイメージを一貫して訴求し続ける。 テナントとの長期的で安定した関係構築:ブランディングを通じてテナントからの共感と信頼を獲得し、長期的な入居・関係維持を実現する。 築古だからこそ持てる「語れる価値」を言語化する 築古・中型オフィスビルには、新築や大型物件とは違った価値があります。それをしっかり「言語化」し、「語れる状態」にすることがブランディングの第一歩です。たとえば以下のような要素は、築古物件だからこそ打ち出せる“魅力”になります:手頃で安定した賃料体系:新築や大規模ビルよりもリーズナブルで安定した賃料を提供でき、中小規模の企業にとって無理のない事業運営を支えます。柔軟で機能的な空間利用:構造的な制約が比較的少なく、テナントの規模や業態に合わせて間取りやレイアウトを調整しやすいため、入居企業にとって実用的で居心地の良いオフィス空間を提供できます。落ち着いた雰囲気と信頼感:時間を重ねた建物だからこそ醸し出される落ち着き、過去の入居実績が与える信頼など、数字には表れない価値がある。こうした要素を明確かつ魅力的なストーリーに仕立て上げることで、築古ビルの価値を効果的に伝えることができます。 テナント企業の“無意識のニーズ”に応える視点転換 テナント企業は、物件を選ぶときに「合理性」と「安心感」の両方を求めています。築古ビルが持つ“古さ”を単なるマイナスとせず、次のようなかたちで“プラスの価値”として再定義することができます:「古いが、丁寧に維持されている」という印象づくり:共用部の清掃や修繕の状況を具体的に示すことで安心感を与える。過去の入居実績を価値にする:長年にわたって多くのテナント企業が安心して入居し続けてきた実績を示すことで、築古物件に対する信頼性を高める。適切なリニューアルによる価値向上:予算的に大がかりな工事が難しくても、小規模ながら効果的な改修を行い、その過程や成果を魅力的なストーリーとして伝える。こうしたテナントの気づいていないニーズに丁寧に応えていくことが、結果として物件全体の魅力と信頼感につながっていきます。 地に足のついたブランディングへ 「築古」という現実を無理に隠したり覆い隠すのではなく、誠実に受け止め、それでも“このビルなら大丈夫”と納得してもらえるような物件であること。これこそが、築古ビルに求められるブランディングの本質です。次章では、こうしたブランディングの基盤を築くために必要な、具体的な物件改善の方法──“最小限投資で最大効果”を生むバリューアップ策について掘り下げていきます。 第4章 最小限投資で最大効果を生む具体的バリューアップ策 築古・中型オフィスビルの魅力を引き出すためには、多額の投資を行うのではなく、最小限のコストで効果的な改善を図ることが重要です。ここでは、投資効率が高くテナントの評価向上につながるポイントを整理します。 費用対効果を重視した外観リフレッシュ エントランス周りや共用部の部分的な改善:目につきやすいエントランスや共用スペースの目に付く壁の傷を修復し、念入りに洗浄する等により、ビルの印象を手軽に改善できます。外壁全体を改修するような大規模投資は不要であっても、来訪者が最初に目にする部分を丁寧に整えることで、「きちんと管理されている」「印象が良い」と感じてもらえるようになります。サインや表示の改善:案内表示や看板を現代的なデザインで刷新し、視認性や統一感を持たせることで、ビル全体の印象を明るく清潔に演出することが可能です。外部照明の工夫:特に冬場の夕方以降や、曇天時の薄暗さはビル全体の印象に影響を与えます。適切な位置にLED照明を設置するなど、夜間でも安全で快適なイメージを与える演出が有効です。防犯面での安心感にもつながります。 内装・共用部の部分的リニューアル ロビー・エントランスの改善:入居者や来訪者が必ず通過するロビーやエントランスは、そのビルの“顔”とも言える空間です。床材の張り替え、照明の更新など、限られた範囲であっても意図的に整えることで、第一印象の改善につながります。床材や壁紙の部分的更新:すべてを新しくする必要はありません。たとえば汚れが目立つ箇所だけをピンポイントで貼り替える、劣化の激しい部分を目立たない素材に変えるといった工夫で、全体としての清潔感・安心感を演出できます。 設備の最適改善の考え方 優先順位を決めた設備更新:設備のすべてを一度に交換するのは現実的ではありません。そこで、特にテナントが日常的に使用し、快適性に直結する空調・トイレ・照明といった部分に優先順位を置き、段階的に機能性を向上させることが有効です。予算配分の最適化:設備更新の投資には限界がありますが、テナントの業種や働き方に応じてニーズを的確に把握することで、限られた予算でも最大限の満足度を引き出すことができます。設備改善の成果は一見して分かりづらいため、更新した内容やその効果を丁寧に説明し、テナントへの安心感や信頼感につなげるコミュニケーションも重要です。このように、最小限の投資で最大限の効果を引き出す取り組みは、築古ビルの価値を確実に押し上げ、テナントからの評価を高めることができます。次章では、こうしたバリューアップの基盤となる「日常管理」の視点から、築古ビルに求められる管理の質とブランディングとの関係を考えていきます。 第5章 日常管理の「当たり前」を高めるブランディング基盤作り 基本的な管理の徹底がブランディングに重要な理由 日々の管理体制が整っているかどうかは、テナントにとって非常に大きな安心材料になります。特に築古物件においては、「しっかり管理されているかどうか」が、ビル全体の評価や信頼性を左右する重要な要素となります。管理の質が安定すれば、テナントの満足感は自然と高まり、それが長期的な入居や信頼関係の構築につながります。また、退去の抑制にも効果があり、結果として物件の収益性や稼働率の安定化をもたらします。 築古ビルならではの管理ポイント 築古物件においては、新築にはない独特の管理上の配慮が求められます。徹底した日常清掃とメンテナンス体制:古い建物は、汚れや劣化が目立ちやすいため、日々の清掃やメンテナンスを怠らないことが重要です。たとえば共用部の床の汚れ、壁の傷、照明の切れなどは、テナントが「このビルは大丈夫か?」と不安を感じるきっかけになります。逆に、清掃が行き届き、常に清潔で整っている状態を維持していれば、「このビルはしっかりしている」という印象を持ってもらえます。迅速で的確なトラブル対応:水漏れ、空調不良、エレベーターの異常など、突発的なトラブルが起きたときの対応スピードは、テナントの評価に直結します。連絡から対応完了までが早ければ、「信頼できる管理体制がある」と判断され、逆に遅れれば不信感を生みます。管理会社の社内営繕チームによるアドホックで機敏な対応:外部業者に頼るだけでなく、自管理会社の社内に営繕の体制がある場合は、ちょっとした補修や修繕を迅速かつ柔軟に対応できる点で大きな強みとなります。テナントの「今すぐ直してほしい」「ちょっとだけ直してもらえればいい」というニーズに応えられることで、信頼性が一段と高まります。 管理の質を高める外部パートナー選定基準 築古ビルのブランディングを支えるもう一つの鍵は、管理業務を担う外部パートナーとの連携です。信頼できる管理会社の選定:管理業務を委託する際は、実績や担当者の質、対応スピード、トラブル時の柔軟性などを十分に確認する必要があります。単なる価格の安さだけで選ぶと、対応力や品質に課題が残る可能性もあります。定期的なコミュニケーションと連携強化:管理会社との連携を密にし、迅速で的確な対応力を維持。こうした日常管理のクオリティが、築古ビルの価値を底上げし、長く選ばれる物件としての信頼感につながっていきます。次章では、物件の立地と業種ニーズを掛け合わせたテナント戦略について考察していきます。 第6章 エリア×業種のマッチングを活かしたテナント戦略 築古・中型オフィスビルの競争力を最大化するためには、物件の立地するエリア特性とターゲットとなる業種のニーズを的確にマッチングさせることが非常に重要です。この章では、都心5区(千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区)のそれぞれが持つ業種クラスターの特徴を掘り下げ、それに基づいた効果的なテナント誘致の具体的な考え方を整理します。 都心5区エリア別業種クラスターの特徴を踏まえた誘致ターゲット選定 ●千代田区:士業・公益団体・シンクタンク千代田区は皇居や官公庁街に隣接し、落ち着いたイメージと高い信頼性を持っています。弁護士・税理士・公認会計士などの士業や、公益財団法人、調査研究機関(シンクタンク)など、社会的な信用や安定性を重視するテナントにとって理想的なエリアです。【誘致のポイント】堅実な管理運営体制、セキュリティの徹底、落ち着いたオフィス環境を明確にアピールすること。●中央区:金融・商社・人材サービス中央区は古くから日本橋・京橋エリアを中心に金融機関や商社が集中しています。また、人材派遣や人材紹介サービスの企業も数多く集積しており、ビジネスの中心地としての利便性が高く評価されています。【誘致のポイント】交通アクセスの利便性、ビジネスサポート環境の充実を訴求。オフィスレイアウトの柔軟性など、企業が求める効率的な業務環境を提供する。●港区:外資・メディア・広告・情報通信港区には外資系企業やメディア、広告代理店、情報通信系企業が多数存在します。多様な文化や価値観が集まり、新しいトレンドや情報が生まれるエリアとして高い評価を受けています。【誘致のポイント】国際性やクリエイティブなイメージを強調。高速インターネットや情報通信インフラの充実、現代的でスタイリッシュな内装・共用空間を訴求する。●新宿区:教育・出版・専門サービス・バックオフィス需要新宿区は教育関連施設や出版社、専門サービス業、企業のバックオフィスなどが集まり、業務効率を重視した企業ニーズが高いエリアです。また、交通アクセスの良さから地方拠点を置く企業の東京事務所としてのニーズもあります。【誘致のポイント】堅実で効率的な空間設計、リーズナブルで安定したコスト設定、きめ細かいビル管理サービスの提供を明確に訴求する。●渋谷区:IT・クリエイティブ・アパレル・デザイン業渋谷区はITやクリエイティブ関連、アパレル、デザイン事務所など、新しい発想や柔軟なワークスタイルを持つ企業が多く集まります。若い世代を中心に多様な働き方が受け入れられるエリアとして、創造性を活かしたビジネスが活発です。【誘致のポイント】カジュアルで自由度の高いオフィス環境、柔軟な契約条件、クリエイティブな発想を刺激するような共用部や施設を提供する。 実際の成功事例を踏まえたテナントマーケティング戦略 実際に成功している事例を分析すると、次のような要素が共通しています。明確なターゲット設定に基づくマーケティング:特定の業種や企業規模にフォーカスし、そのニーズに沿った具体的なメリットを明示。効果的な情報発信:自社ウェブサイトやSNSなどを活用し、ターゲットに直接響く情報を一貫して発信。細かなニーズに対応する柔軟な運営体制:契約条件や入居後のフォローアップなど、テナントの状況に応じた柔軟な対応を実践。これらの戦略を踏まえてエリア特性と業種クラスターを正しく理解し、ターゲット企業のニーズを的確に把握した上でマーケティング活動を展開することで、築古・中型オフィスビルの競争力は大きく向上します。 第7章 自社メディア・サイトを主軸とした情報発信・コミュニケーション戦略 築古・中型オフィスビルの競争力を維持し向上させるためには、単に物件の改善や管理体制を整えるだけでなく、テナントや市場に向けた効果的な情報発信とコミュニケーションが不可欠です。この章では、当社自身のメディア・サイトを中心に、築古・中型オフィスビルの魅力を伝え、ブランディングを推進するための具体的な戦略を解説します。 自社メディア・サイトを活用したストーリーづくりとSEO強化 築古中型ビルを「魅力的な物語」に変えるコンテンツマーケティング当社が運営するメディア・サイトでは、単なる物件スペックや価格の提示にとどまらず、それぞれのビルが持つ個性やストーリーを魅力的に伝えるコンテンツを継続的に発信します。具体的には、過去のテナントの成功事例や、そのビルで行われたリノベーションや改善事例の裏側を紹介したり、実例の紹介を通じて現場の声や雰囲気を伝えるコンテンツを展開します。たとえば、「ビル管理者が語る、築30年超ビルの魅力と維持管理のポイント」や、「テナント企業が語る、築古ビル選択が事業成功に寄与した理由」など、具体的で共感を呼びやすいストーリーを掲載し、築古ビルへの理解や好感度を高めます。継続的なコンテンツ発信で閲覧数を高める手法SEO(検索エンジン最適化)対策として、定期的かつ計画的な記事更新を行います。エリア別オフィスマーケットのトレンド分析や、築古物件特有の管理運営のポイント、テナント誘致成功事例、業界の最新情報など、ターゲット企業や関係者が検索しやすいテーマを選定し、具体的なノウハウや情報を提供することで、自然な検索流入を増加させます。また、SEO対策としてキーワードの適切な使用、モバイル対応、読みやすい記事構成、内部リンクの最適化なども徹底し、自社メディア・サイトへのアクセス性を向上させます。 ビル管理会社としてのブランド構築との相乗効果 「プロのビル管理者」としてのブランドを表現するコンテンツの考え方当社のビル管理会社としてのブランド構築において、自社メディア・サイトのコンテンツは企業の個性や価値観を明確に表現する重要な手段です。当社が重視する「誠実な管理運営」「まやかしのない本質的な改善」「テナントとの長期的な信頼関係構築」などの理念を、事例紹介、コラム記事を通じて具体的に伝えます。さらに、当社が日頃取り組む地道なビル管理作業やトラブル対応の舞台裏を紹介することで、テナントや見込み客に対し、透明性や信頼性をアピールします。コラムによる具体的なコンテンツ営業戦略定期的に更新するコラムを通じて、業界のトレンドや具体的な管理・運営のノウハウを分かりやすく提供します。これにより、当社の「賃貸オフィスビル・マーケットの専門家」「頼れるパートナー」という位置付けを市場に印象付けます。たとえば、「築古・中型オフィスビルにおける費用対効果の高い管理方法とは?」や、「テナント視点で考える、長期入居したくなるビルの条件」など、テナント企業や仲介会社が興味を持ちやすいテーマでコンテンツを構成し、見込み客の関心を引きます。各種不動産情報サイト、SNS活用のサブ施策としての位置づけと使い分け当社が展開する自社メディア・サイトを主軸としつつ、不動産情報サイトやSNSなども効果的に活用して、自社メディア・サイトへの誘導や市場での情報認知度を高めます。不動産情報サイト:物件のスペック、賃料など客観的で具体的な情報を掲載し、実務的なニーズを持つテナント企業や仲介会社への訴求を図ります。SNS(Facebook、X(旧Twitter)、Instagramなど):リアルタイム性や親しみやすさを重視し、自社メディアの新規コンテンツ更新の告知や、管理・運営の舞台裏など、気軽で身近な情報を発信も検討課題です。SNSを通じた情報拡散やエンゲージメントを高め、自社メディア・サイトへの訪問を促進します。 第8章 行政が動かない今、築古ビルオーナー自身が主体的に動くために 東京都の政策を見ると、大規模再開発や一部の先進的なリノベーション事例への支援は行われていますが、個別の中型・築古ビルへの細かなサポートや具体的な施策展開には限界があります。これは財政的・人的なリソースの制約からもやむを得ない側面があり、築古・中型ビルの価値向上については、最終的にはオーナー自身の主体的な意思に委ねられているのが現実です。東京都においても、老朽化したビルストックの活用に関して近年ビジョンを示し始めています。小池知事の掲げる「未来の東京」戦略では、既存建築物をリノベーションし、新たな需要に応える用途へ転換する方針が明記されています。例えば「老朽化した建築物を改修し、市民から需要の高い住宅へと転換」するといった既存ストック活用策も示され、古いオフィスビルを住宅などにコンバージョンして都市に潤いを与える取り組みが強調されています。また、歴史的・文化的価値のある建物は保存・活用して街のにぎわい創出につなげる方針も示されており、東京都は新築偏重ではなく「成熟都市として魅力を高めるまちづくり」の一環で築古ビル再生を位置づけています。具体策として、東京都は既存ビルの改修を後押しする制度も開始しました。2024年度から「中小規模事業所のゼロエミッションビル化支援事業」を立ち上げ、中小企業等が所有する中小オフィスビルの省エネ改修に対し、調査設計費や断熱・空調設備更新費用の一部を助成しています。さらに報道によれば、東京都は2025年度から民間の既存ビル再生プロジェクトに対する整備費助成制度も検討しており、先進的なリノベーション事例を公募・支援する方針です。こうした東京都の施策からは、築古オフィスビルを含む既存ストックの活用を促進し、安全性・快適性や環境性能を高めつつ都市の競争力維持を図るスタンスがうかがえます。もっとも、都心部では大規模再開発による超高層オフィス計画も推進されており、東京都は大規模再開発による都市更新と、既存中小ビルのリノベ支援の双方を並行して進めている状況です。一方、業界団体である日本ビルヂング協会連合会(JBOMA)も、築古オフィスビルが抱える課題について問題提起し、行政への要望活動を行っています。同連合会は全国のビルオーナー・ビル管理会社約1300社を会員とする組織で、毎年政府に対して税制改正要望などロビー活動を実施しています。例えば令和6年度税制改正に関する要望では、老朽化ビルの建替え・改修を後押しするための税制優遇措置の拡充を国に求める提言を提出しています。具体的には、耐震改修や省エネ改修を行った際の固定資産税減免措置の延長・拡大や、建替え時の譲渡所得税特例(いわゆるビルの立体買換え特例)の要件緩和などを求め、築古ビル更新のインセンティブ強化を図ろうとしています。しかし、これら行政や業界団体の施策には一定の限界があります。行政の補助や支援策は公共的意義が認められる範囲、つまり耐震や省エネ、防災といった公益性の高い分野に限られることが多く、内装や設備更新、ICT環境整備などのテナント誘致に直接関わる改修は原則対象外です。これは、中型オフィスビル・オーナーが実際に市場競争力を高めるために必要な施策が、公的支援ではカバーされにくいことを意味します。また、制度の利用には煩雑な申請手続きや書類整備が必要であり、中小規模のビルオーナーにとって実務的な負担が大きいのも課題です。申請に必要な専門知識や人的リソースが不足している場合、制度の利用自体が困難になります。さらに、行政の財政には限りがあり、助成制度の対象は多くの場合、先進的事例やモデルケースに絞られるため、都内の多くの中型築古ビルがその恩恵を受けることは難しいという現状があります。結局のところ、公的支援は中型・築古ビルの再生においては補完的な役割にとどまり、多くの場合は市場原理に基づいて競争力の有無が試されることになります。そのため、オーナー自身が主体的かつ積極的にビルの価値向上に取り組まざるを得ない状況が続いています。こうした現実を受け止め、築古・中型ビルのオーナーに求められるのは、行政や業界団体の支援を待つのではなく、自らが主体的に動き、自分たちの物件を再評価させるための具体的な行動を取ることです。次章では、このようなオーナー自身が実行可能で効果的な施策を、ブランディングの視点から詳しく掘り下げていきます。 第9章 まとめ:築古ビルオーナーが主体的に取り組むべきブランディング戦略 築古・中型オフィスビルには、どうしても「古い」「設備が遅れている」といったネガティブなイメージがつきまといます。しかし、このネガティブなイメージをただ受け入れるのではなく、むしろ積極的に改善し、ポジティブな特徴として再構築することで、市場において十分な競争力を持つ物件へと再評価される可能性があるのです。そのためには、オーナー自身が主体的かつ戦略的にブランディングに取り組むことが極めて重要です。ここでいう「ブランディング」とは、表面的なリフォームや一時的な話題作りではありません。それは自物件の固有の価値や魅力を見出し、それを明確なメッセージとして市場やテナントに訴求し、長期的な信頼関係を築いていく継続的なプロセスを指します。ブランディング戦略を丁寧かつ計画的に進めることにより、テナントからの共感と信頼を得て、持続的な入居率の安定化と収益向上を図ることが可能になります。では、具体的にオーナーがどのような施策を進めていけばよいのかを見ていきましょう。 ① 日常管理の徹底と効率的な設備改善 ビルの第一印象は、訪れるテナント企業や関係者にとって極めて重要な判断材料です。特に古いビルにおいては、清掃が行き届かない、照明が暗い、設備が不調であるといった小さな問題点がすぐにネガティブな印象として定着してしまいます。そこで、日常の清掃管理を徹底することで建物の清潔感を常に維持し、設備点検を定期的に行い、問題発生前に未然に防ぐ仕組みを作ります。大規模な設備投資が難しい場合でも、既存設備を最大限に活用し、小規模な改善で効果的に価値を向上させることができます。具体的には、エントランスの壁や床のリニューアル、照明のLED化、トイレや給湯室の衛生設備更新など、目に見えて分かりやすいポイントから改善を進めることが効果的です。こうした細やかな対応を着実に進めることで、「しっかりと管理されている」という印象を築き上げ、入居テナントの満足度を向上させることができます。 ② 市場動向の収集・分析とテナントターゲッティングの明確化 築古・中型ビルの競争力向上には、最新の賃貸オフィスビル市場動向や周辺エリアの業種傾向を把握し、適切なテナントを明確にターゲットすることが不可欠です。具体的には、エリアごとの業種集積状況を分析し、自ビルがどの業種のニーズを満たすことができるのかをしっかりと把握することです。例えば、法律事務所や会計事務所といった士業、公益団体やシンクタンク、あるいはIT系やデザイン系企業など、自物件の立地や設備環境に最も適合するテナント層を明確にします。その上で、それらターゲット企業のニーズに即したサービスや空間作りを行い、ピンポイントで魅力的な提案を実施することで、効果的なテナント誘致を図ることが可能になります。 ③ ネガティブイメージの払拭を目指した効果的な情報発信 オフィスビルのブランド価値を向上させるためには、テナントや市場への情報発信が極めて重要な要素です。特に、築古ビルが持つネガティブなイメージを覆すためには、単なる物件情報やスペックを提示するだけでなく、そのビルが持つ独自の魅力やストーリーを伝えることが必要です。具体的には、物件のネーミングやロゴを新しく制作する、ウェブサイトやパンフレットで改修内容や管理運営の舞台裏を積極的に伝える、過去のテナント企業がそのビルを選んだ経緯や成功した事例を紹介するといったアプローチを採用します。これらの情報を魅力的かつ統一されたブランドイメージとして発信することにより、ポジティブな評価を市場やテナント企業から得ることができます。また、専門的なブランディング支援を行う企業をパートナーとして活用し、より効果的かつ効率的にブランド戦略を推進していくことも選択肢の一つです。当社は、このようなブランディング施策を全面的に支援します。ビル管理運営からマーケティング、情報発信までを一貫してサポートすることで、オーナーが築古ビルの持つ真の価値を引き出し、市場競争力を効果的に高めるパートナーとなります。ぜひ私たちと共に、築古ビルの新たな可能性を切り開いていきましょう。 おわりに ― オーナーの行動が、東京のオフィスビル市場を変える 築古・中型オフィスビルは、単に「老朽化した物件」として扱われる存在ではありません。都市のインフラとして、中小企業や専門職、公益団体といった多様な事業主体を支え、ビジネスの多様性と柔軟性を下支えする“都市の土台”とも言える存在です。しかし、現実にはスポットライトが当たりにくく、政策面でも支援の網が行き届かない領域にあります。そのなかで問われているのは、オーナー自身が「自分の物件をどう位置づけるか」「どんな価値を提示するか」という“姿勢”と“構想力”です。行政に期待できることには限界があります。だからこそ今、築古ビルの再評価を進め、物件ごとの個性や地域とのつながりを活かしながら、自ら価値を再定義する行動こそが、最も現実的で力強い選択肢になってきています。都市に求められるのは、ただ新しく建て替えることではなく、「いまある資産を、いかに持続可能なかたちで活かし続けるか」という視点です。そしてそれは、誰かの大規模な投資や革新的なテクノロジーに頼るものではなく、日々の地道な管理と、一つひとつの判断の積み重ねによってこそ実現されていきます。私たちは、そうした“今あるものを活かす力”を信じています。築古・中型オフィスビルの価値を掘り起こし、現代のテナントニーズに丁寧に応えながら、新たなブランドとして再構築していく。そんな持続的で誠実なブランディングの取り組みこそが、これからの東京を支えるオフィスマーケットの“質”を底上げする鍵になると考えています。そして、何よりもそれを可能にするのは、オーナー自身の意思と行動です。私たちはその一歩を、実務と戦略の両面から支え続けていきます。ともに、築古ビルの未来を、東京都心の未来を、つくっていきましょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年12月9日執筆2025年12月09日 -
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築古・中型・賃貸オフィスビルのリアル:「SNSの声」から読み解く都内・賃貸オフィスビル・マーケットの本音と今後の行方
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古・中型・賃貸オフィスビルのリアル:「SNSの声」から読み解く都内・賃貸オフィスビル・マーケットの本音と今後の行方」のタイトルで、2025年12月4日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに:第1章:データで見る都心5区・築古・中小規模オフィスビルの実情第2章:「SNSの声」で見る築古オフィスビルのリアルな入居状況と空室問題第3章:築古オフィスビルのテナント満足度と設備老朽化の本音第4章:リアルな賃料感とテナント交渉余地の現状第5章:「築古でもニーズあり?」~潜在的なテナント需要を探る第6章:東京都の政策の現実的な限界と築古・中小規模・賃貸オフィスビルオーナーが取るべき道筋おわりに: はじめに: 東京都心のオフィスビル市場は今、大きな転換点を迎えている。2020年代に入ってからも、千代田区・中央区・港区・新宿区・渋谷区のいわゆる都心5区では、大規模な新築オフィスビルの供給が続いている。一方で、1970年代後半から1990年代にかけて大量に建設されたオフィスビル群は老朽化が進み、建替えや改修の時期を迎えている。こうした「築古ビル」と呼ばれる古い中小規模のオフィスビルが、今後のオフィスマーケットを左右する存在になりつつある。こうした状況下、SNS上では築古中型オフィスビルに関するテナントの率直な声が溢れている。テナント企業や入居者のリアルな声には、データや統計だけでは捉えきれない現実が映し出されている。本記事では、そうしたSNS上の生の声を通じて、築古ビルの入居動向、テナントの本音、物件に対するニーズや満足度の傾向を探る。そして、それらのリアルな実態を踏まえて、今後のビル経営に役立つ実務的な示唆を提供したい。都心5区において、多数を占める築古ビルが今後どのようなポジションを担い、どのような対策や施策が求められているのか――。その具体的な実態と方向性を検証していく。 第1章:データで見る都心5区・築古・中小規模オフィスビルの実情 広範囲に及ぶオフィスビルストックの老朽化 東京23区には非常に多くの築古オフィスビルが存在している。調査によれば、東京23区に所在するオフィスビルの半数以上が築30年以上であり、築50年を超える物件も決して珍しくない。特に中規模オフィスビルにおいては、平均築年数は34年で、約8割が築20年以上である。これらの多くが改修や再開発をされない場合、2030年までに平均築年数は約44年に達し、2030年代後半には平均50年を超える見込みである。これは、都心にオフィスを構える多くの企業が、施設設備が老朽化した、いわゆる「築古」(数十年前に建てられた)オフィスで働いていることを意味する。都心5区(千代田・中央・港・新宿・渋谷)の賃貸オフィスビルの現状をデータで確認したい。国土交通省や東京都のデータをもとに纏められた調査結果(2022年時点)をもとに、現在のオフィスビルストック状況を整理する。東京都心5区のオフィス市場は、賃貸面積ベースで約1,000万坪。このうち、中小規模ビル(延床面積300〜5,000坪)は5割弱。棟数ベースで見ると、7,000棟弱。中小規模ビルが9割以上と、延床面積5,000坪以上の大規模ビルに比して、中小規模ビルの比率が圧倒的に高いことがわかる。注目すべきは、中小規模ビルの老朽化だ。同データによれば、中小規模ビルの平均築年数は34年に達しているのに対して、大規模ビルの平均築年数は26年である。つまり、中小規模のオフィスビルほど老朽化が著しく、築古ビル問題はまさに「中小規模ビル問題」でもあると言える。さらに詳細に見ると、新耐震基準(1981年以降)で建てられた中小規模ビルでは、築20年以上経過した物件の賃貸面積が5割を超える一方、築20年未満はわずか20%弱に過ぎない(大規模ビルの場合、5割弱)。棟数ベースでも、新耐震基準以降の中小規模ビルで築20年以上が6割弱、築20年未満が15%弱と、圧倒的に築古物件が多い。これは、都心部の賃貸オフィスビルのマーケットが今後、築古の中小規模ビルをどう活用していくかという課題に直面していることを明確に示している。※ザイマックス不動産総研『オフィスピラミッド2024』よりこうした状況を踏まえると、今後の都心のオフィスマーケットにおいて「築古ビル」というカテゴリーはますます特異なポジションを占めることになるだろう。これまでは新築や築浅のビルが市場の主役であり、築古ビルは「廉価な代替オフィス」と位置づけられてきた。しかし、この大量に存在する築古ビルの老朽化が加速する中で、「築古でも選ばれるビル」と「築古ゆえに敬遠されるビル」という二極化が一層進むことが想定される。こうした二極化の中で、各ビルがどういった方向性を選ぶかが今後の競争力を決定づけるだろう。次章以降では、実際に築古ビルに入居するテナントや内見者がどのような本音を持っているのかをSNS上の声をもとに具体的に掘り下げていく。そのリアルな声から、築古ビルの課題と可能性を探っていく。 第2章:「SNSの声」で見る築古オフィスビルのリアルな入居状況と空室問題 都心の築古オフィスビルが抱えるリアルな課題として、SNS上で特に頻繁に指摘されているのが「空室問題」である。近年、東京23区内、とりわけ都心部では、最新の設備を備え広いフロア面積を確保した新築オフィスビルが相次いで竣工している。こうした最新のオフィスビルには大手企業を中心に多くのテナントが集まり、移転していく傾向が強まっている。この結果、退去した企業が残した中小規模の築古ビルでは、新たな入居者が決まらないまま、空室が長期化する「二次空室」と呼ばれる現象が深刻化している。SNS上の投稿でも、「近所の古いオフィスビルが半年以上空きっぱなしだ」「大手企業が新築ビルへ移転した後の古いオフィスがなかなか埋まらない」といった声が頻繁に上がっている。これらの投稿から、築古ビルが次のテナントを見つけるのに非常に苦労している現状が浮かび上がってくる。この背景には、企業がオフィスを選定する際の基準が明らかに変化しつつあることが影響している。企業は、「駅から近い」「築年数が浅い」「フロアが広い」といった要素を最重要視する傾向を強めており、これらの基準を満たさない築古ビルは、当初から検討対象から外されることが少なくない。実際、SNSの内見レビューでは、「築古ビルを見に行ったが、レイアウトが難しく柱が邪魔で、結局見送った」「天井が低くて圧迫感があり、社員のモチベーションに影響が出そうなので借りるのをやめた」「エントランスが薄暗く、企業イメージに合わない」といったリアルで率直な感想が数多く投稿されている。これらの声を具体的に掘り下げると、築古ビルの抱える課題は単に「古さ」という抽象的な要素だけではなく、実際に内見をした段階で感じられる明確なデメリットや設備の不便さに起因することがよくわかる。企業にとってオフィス空間は、社員の働きやすさや生産性に直結するものである。そのため、「天井高が低い」「柱が多くレイアウト自由度が低い」「全体的に暗く、古びた印象がある」といった築古ビルの特徴は、即座に「不便で魅力に欠ける」という評価につながりやすい。この傾向はSNSの口コミを通じて広がり、さらに内見数の減少に拍車をかけている。さらに、専門的な立場からも実務者の厳しい見解が示されている。仲介担当者の実際の報告によると、「築20~30年を超えるオフィスビルは、内見数が顕著に減少し、物件に対する問い合わせ自体が減る」という実務上の困難さが指摘されている。つまり、仲介業者自身が、築古物件をテナントに紹介する段階からハードルを感じており、紹介すら後回しにされる可能性があるという現実が存在しているのだ。こうした厳しい実態を踏まえると、今後の都心オフィスビル・マーケットでは築古ビル市場の二極化が一層進む可能性が高いと推測される。すなわち、「築年数は古いが、設備や内装の改善によって快適性を高め、一定のニーズを維持できる物件」と、「設備改善やリニューアルが十分に行われず、テナントから敬遠されて空室が続く物件」の間で大きな格差が生まれることになるだろう。市場において競争力を維持できるかどうかは、こうした築古ビル特有の使い勝手の問題や内見時の印象を改善できるか否かにかかっていることが明確に示されたと言える。結局のところ、SNS上で日々交わされるテナントのリアルな評価や内見者の具体的なコメントは、単に感情的なものにとどまらず、築古ビル経営者や管理会社が真摯に向き合い、具体的に改善していかなければならない重要なマーケットシグナルとなっている。この「選ばれない理由」を明確に理解し、それらを一つずつ解決していくことが、都心における築古オフィスビルの空室問題を解決するために避けて通れない道筋となるだろう。 第3章:築古オフィスビルのテナント満足度と設備老朽化の本音 築古オフィスビルを利用するテナント企業や従業員が最も気にしているのは「設備の老朽化」である。SNS投稿や各種アンケートを整理すると、以下のような課題が浮き彫りになっている。 【1】設備の老朽化 テナントが頻繁に指摘するのは、トイレや給湯室、カーペット、空調(HVAC)設備、電気設備などが古くなり使いづらいということである。ある調査では「オフィスの設備が古く、使いにくい」という声が多く寄せられている。特に築30年超でその後、設備の更新がなされていないビルでは、設備が故障したり、現代のニーズに対応できていないという指摘も目立ち、それが日常の不便や満足度の低下につながっている。 【2】空間レイアウトの悪さ・使い勝手の悪さ 古い中規模オフィスビルの多くは間仕切りが多く、天井も低いため、現代的なオープンプランに合わない。テナントは「古いオフィスは狭く、自由にレイアウト変更ができない」と感じており、壁やパーティションが多すぎて柔軟性に欠けるという意見もある。あるテナントは、「オフィスが狭く、椅子を引くと後ろの人にぶつかってしまう」と具体的に指摘しており、これは古いオフィス特有の問題をよく示している。最近の企業は広くオープンなフロアを好むため、古いビルではそのニーズに応えるのが難しい。 【3】快適性の問題(温度・空気環境など) 古いビルでは、室温管理や空気環境に関する不満も多い。ある調査によれば、温度調整や快適性はオフィス満足度を左右する重要な要素だが、古い空調システムでは冷暖房が均一でなく、窓際が暑すぎたり寒すぎたりすることが多い。実際にテナントコメントのテキスト分析では、「調整」「困難」「窓際」「ムラ」などの単語が頻出しており、温度管理が難しいことを示している。また、古いビルでは換気設備が古く、不快な臭いや空気のよどみがあるという声も上がっている。 【4】エレベーターの性能不足 築年数が古い中型オフィスビルではエレベーターが古く、遅かったり台数が不足していることが多い。そのため、待ち時間が長くなり、特に朝の通勤時などはテナントの不便につながっている。新築の大規模・高層ビルに設置される高速エレベーターと比較すると、その差は歴然としている。 【5】清潔感・見た目の悪さ 古い設備は入居者にとって「雑然としている」「汚れている」という印象を与えやすい。実際、ある調査でテナントからは「オフィスが乱雑で汚い、設備が古く、カーペットにはシミがついている」といった具体的な声があった。清潔感がないことは、オフィス環境への満足度を著しく下げる要因となる。オフィスビルに関するある調査でも、ビルの清潔感はテナント満足度を左右する最重要要素の一つであると指摘されている。 【6】最新のITインフラ不足 築古のオフィスビルは、現代のITニーズや規制対応に遅れていることが多い。築古オフィスではデータ配線が不足していたり、電力容量や空調が現代のIT機器に対応できていない場合が多く、防災基準の強化やBCP(事業継続計画)のための非常用発電設備、耐震性能強化が不十分なことも多いという。これらはテナントが災害時の備えとして重視する設備であるため、不足するとテナント離れの原因になる。こうした問題はテナントの不満として明確に表れている。2024年に実施されたある調査では、オフィス勤務者の4割が現在のオフィスに不満を抱いており、その最大の理由は「設備が古くて使いにくい、空間が狭い」とされている。具体的なテナントの意見には、「水回り設備が古い」「照明が暗すぎて仕事がしづらい」などがあり、こうした不満が勤務意欲や職場満足度を低下させる要因になっている。こうした不満が、新築ビルへの移転を促す動機にもなっている。 第4章:リアルな賃料感とテナント交渉余地の現状 築古オフィスビルの市場競争力を考えるとき、真っ先に思いつくのは「賃料の安さ」という強みであろう。実際、SNSやテナント向けのアンケートなどを見ると、「新築や築浅ビルは賃料が高すぎるため手が出ないが、築古ビルは比較的安価であり、コストを抑えるにはちょうどよい」という声も確かに散見される。こうした一定のコストメリットを認識し、あえて築古ビルを選ぶ企業も存在しているのは事実である。しかし一方で、ここ数年の都心部における大規模な新築ビルの相次ぐ竣工により、市場全体が供給過多傾向にあるため、築古ビルにおける空室問題は年々深刻化している。特に注目すべきは、「フリーレント(一定期間の賃料無料)」や「賃料の大幅な引き下げ」といった条件緩和策を実施しても、それだけではなかなか空室が埋まらないという現象である。ある都内のオーナー企業は、「3か月のフリーレントを提示したにもかかわらず問い合わせがほとんどない」と嘆いており、別の投稿では「周辺相場よりも坪単価を2割下げているが、それでも空室が埋まらない」という生々しい現状が報告されている。これは、単に賃料の条件を緩和しただけでは、築古ビルに内在する根本的な問題が解決しないため、結果的に競争力が回復しないことを示している。また、テナント側から見たコスト意識には、単なる賃料だけではなく、「共益費」や「光熱費」といったランニングコストも含まれる。SNS上には、「ビルが古いために空調効率が悪く、夏は冷房費、冬は暖房費が想像以上に高額になる」という不満の声が頻繁に投稿されている。「賃料自体は安価だが、共益費や光熱費を含めた総合的なコストで考えると割高感が強い」といった、より現実的な視点からの評価も目立つ。こうしたテナント目線の評価が、結果的に築古ビルを敬遠する要因の一つになっている。さらに実務の現場からは、仲介担当者が築年数と内見数の明確な相関関係を指摘している。SNS上でも仲介業者自身が「築20年以上の物件は露骨に内見数が減る」「築30年を超えた賃貸オフィスビルは内見の依頼すら極端に少なくなる」と述べており、市場における築年数の影響はきわめてシビアである。こうした実態は単なる統計的な話に留まらず、「築古・賃貸オフィスビルが市場から具体的にどのように敬遠されているか」を物語る生々しいエピソードである。つまり、築古オフィスビルは賃料面での一定の強みがあるものの、それだけではもはや競争優位性を維持できなくなっている。条件緩和によるテナント誘致策だけでなく、設備改善や施設更新、運営管理体制の向上など、本質的な要素を改善しなければ、市場において選ばれにくい状況がさらに加速する可能性が高い。このような現状を前提に、より抜本的な対応が求められていると言えよう。 第5章:「築古でもニーズあり?」~潜在的なテナント需要を探る 築古・賃貸オフィスビルにとって厳しい市場環境が続く中、実は一部には「築古物件だからこそ良い」というユニークな需要層が存在していることも、SNS上の声や調査データから明らかになっている。特に、スタートアップ企業やクリエイティブ系企業など、企業規模やビジネススタイルによっては、「築古」という特徴を積極的に評価し、むしろ選択の優先順位を上げるテナントも少なくない。こうした企業が築古オフィスビルを選ぶ動機として特に目立つのは、「物件を自由にカスタマイズできる柔軟性」である。実際の投稿からは、「新築ビルでは原状回復義務が厳しく、自由にオフィスを改装できない。一方で築古ビルなら、内外装に手を入れて自社ブランドに合った空間を作りやすい」と評価する声がある。また、クリエイティブ業界などでは、「築古のレトロ感を好み、自社の世界観にマッチした雰囲気を出したい」という独特の嗜好性を持つ企業もあり、「新しく整った環境より、多少古くても個性のあるビルのほうが社員のモチベーションが上がる」と語る経営者の投稿も見られる。さらに、SNSやアンケートの分析から、「設備の一部を改善すれば築古オフィスビルであっても快適に使える」と考える企業が一定数存在していることも分かる。例えば、テナントが築古オフィスビルに期待する具体的な設備改善としては、まず「空調設備の更新」「防音性能の向上」「セキュリティの強化」といった、日常的な快適性に直結する項目が挙げられる。こうした改善があれば、「古さ」というデメリットが軽減され、むしろリーズナブルな賃料というメリットが前面に出て、魅力的な選択肢となり得るとの評価もある。実際に都内の築古オフィスビルにおけるリノベーション事例を見ると、ハードの古さを活かしつつ、新たな設備導入や共用空間の充実という「ソフト面」を巧みに組み合わせることで、高い稼働率を実現した成功例が複数確認されている。例えば、空調設備の全面刷新や防音ブースの設置などの施策を行った結果、「レトロな外観はそのままに、内部の設備と快適性が大きく向上したことでテナント企業の満足度が急上昇した」というケースが報告されている。このように、築古オフィスビルが持つ潜在的な需要を引き出すためには、「古さを活かしつつ現代的なニーズを取り込む」という視点が不可欠である。物件が抱えるデメリットを認識し、それを逆手にとって魅力に転換する柔軟なアプローチこそが、築古・賃貸オフィスビルが市場で再び競争力を発揮するための鍵となるだろう。 第6章:東京都の政策の現実的な限界と築古・中小規模・賃貸オフィスビルオーナーが取るべき道筋 ここまで見てきたように、築古オフィスビルが抱える課題は、単純な条件緩和や表面的な改善だけで解決できるレベルをすでに超えている。実際、SNS上で交わされるテナントや仲介担当者のリアルな声からも、「家賃引き下げやフリーレント設定程度の緩和策では競争力を回復できない」という厳しい認識が広がっている。ビルオーナー自身も、「抜本的な設備改修や運用ルールの見直しがなければテナント誘致は難しい」という本音を語っているのが現実である。こうした状況に対し、東京都は都心部の老朽オフィスビル更新促進を目的に、都市再生特別措置法に基づく「都市再生特別地区」や「都市再生緊急整備地域/特定都市再生緊急整備地域」を活用している。容積率緩和や用途規制の特例を認め、大規模開発を誘導することで都市競争力を高め、魅力的な都市空間の創出を図っている。この施策により、東京都心では大手デベロッパー主導で高度な土地利用が進み、再開発地区では実際に地域全体の価値向上や雇用創出など、一定の成功事例も出始めている。しかしながら、制度活用には複雑な行政手続きや長期間の計画策定が必要となるため、中小規模ビルの単独オーナーにとってはハードルが高いのも事実である。都市再生特区の認定条件には「資金力や事業遂行能力を持つ提案者であること」などが求められるため、小規模オーナー単独での事業参画が現実的に困難となっている。結果的に、制度は主に大手デベロッパー主導で活用される傾向があり、中小規模ビルオーナーには恩恵が限定的であることが課題として挙げられる。また、都市再生緊急整備地域は都心の特定地域に集中しており、対象外地域の築古ビルに政策効果が及びにくいという偏りも否定できない。中小規模ビルオーナーにとって、建替えや用途転換が現実的でない背景には、資金調達やテナントの立退き交渉、解体コストなどの問題が大きく影響している。特に築40年超のビルでは配管・設備の大規模修繕に多額の費用がかかるが、修繕積立が十分でないケースも多く、オーナーは「資金がない」ために改修を先送りする状況に陥りやすい。さらに、日本の借主保護制度の強さから立退き料が高騰し、金融機関も立退き費用への融資に消極的なため、再開発へのハードルは非常に高い。このため、「建替えたくても何も手を打てない」という状況に直面しているオーナーが多く見られる。また、共同再開発に参加すると、自社の資産運用における主導権を失い、大手デベロッパーや他の地権者の意向に左右される可能性がある。こうした懸念から、多くの中小規模ビルオーナーは建替えより現状維持か売却を選ぶ傾向にあり、結果として老朽ビルの放置につながっている。東京都が奨励する用途転換(コンバージョン)も、決して万能策とは言えず、慎重な検討が求められる。オフィスから住宅やホテルへの用途変更は、短期的には収益確保に有効な手段となり得るが、中野駅北口の再開発事例のように、住宅比率を安易に増やした結果、市場ニーズや採算性が合わず計画の再見直しが発生しているケースもある。コンバージョンは長期的な市場動向や資産価値を正しく見極めないと、一時的な収益改善で終わり、将来的なリスクを招く可能性もあることを、オーナー側も冷静に認識する必要がある。ただし、こうした制度の限界があるからといって、行政の施策がまったく無意味だというわけではない。むしろ、行政施策を適切に理解したうえで、「自助努力」を組み合わせた主体的な再生戦略を取ることが中小規模ビルオーナーにとって現実的な選択肢となる。築古オフィスビルの競争力回復に最も効果的なのは、テナントが求める安全性や快適性を軸に、設備改修や運営ルールの改善を主体的に進めていくことである。実際、2023年に行われた築古オフィスビル・リノベーション調査でも、「空調設備更新でテナント満足度が約6割向上した」「セキュリティ強化により退去率が4割低下した」といった成果が報告されている。東京都自身の調査でも、設備改修を行った築古オフィスビルは、稼働率や賃料水準が明らかに改善されるというデータも示されている。こうした客観的成果をもとに具体的な設備改修を進めることは、資金負担が重い大規模建替えよりも現実的であり、中小規模ビルオーナーが主体的に取り組むべき道筋である。また、動線整理やゾーニング、防犯カメラ配置の最適化、共用スペースの利用ルール改善など、比較的低コストで実行可能な運用改善策と設備改修をセットで提案することで、オーナーの納得感を高め、テナント維持や競争力回復がより確実となる。結論として、東京都の政策には一定の合理性と限界があることを明確に認識したうえで、行政の施策と「自助努力」を適切に組み合わせていくことが重要である。築古オフィスビルの将来は、行政頼みでも市場任せでもなく、オーナーと管理会社が自らの主体的な判断と現実的な努力で築き上げるべきものである。現実的な視点から具体的な施策を進めていけば、築古オフィスビルは再び市場で競争力を取り戻し、新たな価値を見出すことができるだろう。 おわりに: 本稿では、東京都心部における築古中型オフィスビルの実情を、テナント自身がSNSなどで発信するリアルな声や市場データを通じて明らかにした。これまでの議論で明確になったのは、もはや築古オフィスビルが「低賃料」や「表面的な条件緩和」に頼る経営から脱却する必要があるという厳しい現実である。東京都が打ち出している再生施策も一見すると有益だが、実際には個々の中小規模ビルオーナーが取り組むにはハードルが高く、場合によっては資産運営の自由度を狭める可能性さえある。したがって、行政主導の再開発や用途転換に依存するのではなく、オーナーと管理会社が一体となって主体的に現実的な施策を実行していくことが重要だ。具体的には、空調や防犯設備などの設備改善、防音性能向上、運用ルールの明確化など、テナントが本当に求める安全性・快適性を追求した施策を進めることが必要である。こうした現実的な取り組みを通じて、築古・賃貸オフィスビルは市場競争力を再び取り戻すことができるだろう。築古オフィスビルの未来は決して悲観的ではない。現実的かつ主体的な取り組みこそが、新たな価値を創造し、オーナー自身が自ら築古オフィスビルの未来を切り拓く最も効果的な道筋である。その具体的な選択を積み重ねることが、これからの都心賃貸オフィスビル市場における成功の鍵となることを強調して、本稿を締めくくりたい。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年12月4日執筆2025年12月04日 -
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築古オフィスビルにおける『テナント間コミュニケーション活性化』は本当に必要か?~管理会社が直面するリアルな課題と実践的対策~
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古オフィスビルにおける『テナント間コミュニケーション活性化』は本当に必要か?~管理会社が直面するリアルな課題と実践的対策~」のタイトルで、2025年11月26日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。 目次はじめに第1章 「テナント間コミュニケーション活性化」の幻想と現実第2章 管理会社が実際に直面した具体的なトラブル事例第3章 セキュリティ重視時代にテナント企業が本当に求めていること第4章 築古ビルにおける構造的な問題と管理会社が直面するセキュリティ課題第5章 管理会社が取るべき現実的な戦略:コミュニケーション促進ではなく「適切な距離感」第6章 管理会社がトラブルを未然に防ぐための『テナント誘致段階での工夫』第7章 築古ビルの価値を向上させる「管理会社主導の安心づくり」具体事例第8章 管理会社からオーナーへの提言~「流行に振り回されない管理」への理解促進おわりに はじめに ビルの付加価値を向上させる施策のひとつとして、「テナント同士のコミュニケーションを活性化し、ビル内にコミュニティを育むこと」がよく提案されます。確かに、テナント間の交流が活発になれば企業同士が助け合い、職場環境の満足度向上に寄与するという期待感もあります。特に新築のオフィスビルでは、ラウンジや共用スペースを設けることで、テナント間交流を促進し、定着率を高める工夫を行っているケースも見受けられます。しかし、築古オフィスビルの現場を知る管理会社の視点から見ると、この「コミュニケーション活性化」施策が必ずしもプラスに働かない現実があります。むしろ古いビル特有の制約ゆえに、善意の交流促進が思わぬトラブルを招くケースも少なくありません。本記事では、築古オフィスビル管理の現場で管理会社が直面する課題を掘り下げ、テナント間コミュニケーション活性化の幻想と現実を整理します。さらに、実際に起きた具体的なトラブル事例を紹介し、適切な対応策について考察します。 第1章 「テナント間コミュニケーション活性化」の幻想と現実 一般に言われるメリット(幻想):テナント同士が積極的に交流すればお互いに助け合いが生まれ、職場環境の満足度が上がるとされています。例えばビル内イベントや合同の朝礼などを通じて「顔の見える関係」になることで、入居企業は孤立感が減り、ビル全体に活気が生まれるでしょう。結果としてテナントの入居期間が延び、空室率の低下や物件イメージの向上につながるというのが理想的なシナリオです。またテナント同士で情報交換やビジネスマッチングが起これば、「このビルに入居して良かった」と感じてもらえるだろう、と期待するオーナーもいます。築古ビルでの現実(潜む問題点):しかし現場の管理会社としては、築年の古いオフィスビルではこうした交流促進策が逆効果になる要因を日々痛感しています。主なものを挙げると以下の通りです。・防音性の低さによる弊害:古いビルは壁や窓の遮音性能が十分ではなく、テナント間の音漏れが深刻です。例えば廊下や他社オフィスからの談笑や挨拶程度の声でも、筒抜けになって別のテナントの業務を妨げることがあります。交流が増えて人の行き来や会話が活発になるほど、「うるさい」「集中できない」といった苦情が増えるリスクがあります。防音対策が不十分な空間で下手にコミュニケーションを図ると騒音トラブルを誘発しかねません。・共用部設備・スペースの問題:築古オフィスビルではエントランスや廊下、エレベーター、給湯室・トイレなどの共用部が狭かったり古かったりして、複数テナントが快適に共有しづらい構造です。そのため、テナント同士が積極的に交流しようとしても物理的な制約にぶつかります。例えば小さな給湯室に人が集まれば混雑してしまい、使用マナーの違いから「片付けがなっていない」「備品を私物化している」等の不満が噴出する可能性があります。また廊下やエレベーターで立ち話が増えれば通行の妨げにもなりかねません。古いビルではそもそもテナント交流を想定した造りになっておらず、交流しようにも場所が無い・環境が整っていないのが現実です。・セキュリティリスク・プライバシーの問題:オフィスビルにおける情報や資産の保護も重要です。テナント間の行き来やオフィスの開放的な利用が進むと、セキュリティ面での不安が高まります。古いビルでは最新の入退館管理システムや監視カメラが不十分な場合も多く、他テナントの社員や訪問者が自由に行き来する状況は不正侵入や盗難のリスクを招きかねません。またオフィス内外での気軽な会話の中に機密情報が含まれてしまい、他社に漏れてしまう恐れもあります。特にフリースペースやオープンスペースでの何気ない会話から情報漏洩が起こるケースもあり得るため、安易な交流推進には慎重さが求められます。・「交流のための共有ラウンジ」設置の問題:さらに、こうした現実を踏まえたときに、共用スペースに「交流のための共有ラウンジ」を設けたとして、そこで一体何を話すのでしょうか?セキュリティ意識が高まる今の時代、ビジネスに関わる重要な情報を他テナントの前で気軽に話せる企業はほぼ存在しません。必然的に、共有ラウンジで交わされるのは「天気の話」「最近エレベーター遅いよね」といった世間話レベルにとどまるのが現実です。それが悪いわけではありません。ただ、世間話しかできない空間に、果たしてどれほどの意味と費用対効果があるのか、冷静に考える必要があります。ましてや、部外者との打ち合わせやテナント同士の業務連携・情報交換がその場で行われるかといえば、それは非現実的です。情報漏洩のリスクを考えれば「できるわけがない」のです。結果的に、共有ラウンジは「交流を期待されたが、誰も踏み込んだ話ができない空間」として形骸化し、単なる空調付きの空きスペースに成り下がってしまうことも少なくありません。・テナント間の連帯によるオーナーへの圧力:皮肉なことに、管理現場ではテナント同士が仲良くなり過ぎること自体を警戒する声も聞かれます。というのも、テナントが結束してオーナーに対し賃料値下げ交渉などの集団要求を行う事態を避けたいという思惑があるためです。実際、「テナント間のコミュニケーション活性化」が叫ばれる一方で、従来のビル賃貸管理の常識では「テナントと仲良くなるな。テナント同士も徒党を組ませるな」という考え方も根強く存在します。築古ビルでは長年入居している企業同士が顔見知りであることも多く、下手に交流を煽るとオーナー側への不満共有や団結を助長し、管理上のコントロールが難しくなる懸念もあるのです。以上のように、築古オフィスビルにおいて「テナント間コミュニケーション活性化」は絵に描いた餅になりかねない側面があります。管理会社としては交流促進のメリットとデメリットを天秤にかけつつ、本当にそのビルに適した施策か見極める必要があるでしょう。次章では、こうした現実の中で管理会社が実際に直面した具体的トラブル事例を紹介します。机上の理想論ではなく、現場で起きた生々しいトラブルから学ぶことで、築古ビル管理の留意点と対策を探っていきます。 第2章 管理会社が実際に直面した具体的なトラブル事例 事例1:契約更新時の摩擦 – 賃料交渉とテナント間の不公平感 トラブルの概要:築古ビルで長年テナント管理をしていると、契約更新のタイミングで賃料に関する摩擦が生じることがあります。特にテナント間のコミュニケーションが活発だと、一方のテナントが他方との会話から「自分の所より安い賃料条件」を知ってしまい、不公平感を抱くケースがあります。例えば、テナントA社が更新交渉中に「隣のB社はウチより坪あたり賃料が安いらしい。なぜだ?」と詰め寄り、自社も同等かそれ以上の値下げを要求するといった場面です。管理会社からすれば契約時期や面積、業種に応じて個別に決めた正当な賃料設定であっても、テナント同士で情報交換されることで「不公平だ」という不満が噴出してしまうのです。深刻化するポイント:このような状況では、複数テナントが足並みを揃えて賃料減額を求めてくる可能性もあります。実際、テナント同士が結託してオーナーに集団交渉を仕掛けることは管理側にとって大きなプレッシャーです。築古ビルは周辺の競合ビルに比べ設備が見劣りする分、テナント側も「ここは古いから賃料を下げて当然」と考えがちで、情報を共有されたことで一気に強気の要求につながることもあります。こうした賃料交渉上の摩擦が起きると、本来であればテナントに長く入居してもらうためのコミュニケーション施策が裏目に出て、かえって更新交渉が難航する結果となりえます。管理会社の対応策:この事例への対応として管理会社が心がけるのは、個別交渉の原則と透明性のバランスです。他テナントの条件を持ち出された場合でも、「契約内容は各社ごとの事情に基づき決定している」と丁寧に説明しつつ、可能な範囲で市場相場データやビル維持コストなどを開示して納得感を得てもらうよう努めます。またテナント間で誤解が生じないよう、共用部分の掲示や通信で「賃料設定の考え方」についてガイドラインを示すことも有効でしょう。場合によってはオーナーと協議の上で一部テナントにのみ適用していた特例条件を見直し、全テナントに公平な条件となるよう調整することもあります。いずれにせよ、コミュニケーションは活性化しつつもデリケートな契約情報までは安易に共有させない工夫が必要です。管理会社として適切な線引きを意識し、テナント間の情報交換が不信感や不公平感に発展しないよう監督することが求められます。 事例2:オフィス業種間の勤務形態の違いによるトラブル トラブルの概要:築古オフィスビルには、業種や勤務形態が異なるテナントが混在することがあります。例えば、残業や深夜勤務が頻繁にあるIT・クリエイティブ系企業と、定時終業が基本の士業やコンサルティング系企業が同じフロアに入居した場合にトラブルが発生することがあります。IT系テナントは深夜帯でも照明をつけ、出入りが激しくなるため、静かに仕事をしたい他の企業から「夜間の人の出入りや音が気になって仕事に集中できない」と苦情が寄せられることがあります。深刻化するポイント:このような勤務形態の違いに伴うトラブルは、双方とも業務上やむを得ない事情があるため、互いに譲歩が難しくなります。IT企業はプロジェクト納期に追われ、夜間作業を控えることができず、一方で士業やコンサル系テナントは集中を妨げられるため深刻なストレスを感じることになります。こうした状況が続くと、感情的な対立が生まれ、関係修復が困難になる場合があります。管理会社の対応策:管理会社としては、まずテナント同士のトラブルを早期に把握することが肝心です。双方の事情をヒアリングし、夜間帯の出入りや音に関するルールを具体的に設定します。例えば、「夜20時以降はできる限り静粛に行動する」「夜間作業がある場合は事前に管理会社経由でフロア内に告知を行う」など、明確な共存ルールを策定・共有します。また、勤務形態が明確に異なるテナントが同居するリスクを避けるために、入居テナント募集段階で勤務実態を把握し、相性の悪い組み合わせを予防的に回避する工夫も必要です。さらに、物理的な対策として、遮音性の高いパーティションや吸音マットを設置するなど、ハード面の改善も検討することが効果的です。このように、管理会社が間に入り仲介・調整を行うことで、トラブルが深刻化する前に早期解決を図ることが可能になります。 事例3:共用スペース利用をめぐる摩擦 – 給湯室・トイレ・エレベーターなど トラブルの概要:築古ビルでは限られた共用スペースを複数のテナントで共有するため、日常的な些細なことで摩擦が生じやすくなります。典型例として給湯室やトイレの使い方があります。あるビルでは、あるテナントの社員が給湯室のシンクに食器を放置して私物化してしまい、他テナントから「いつも汚れていて使えない」「マナーが悪い」と苦情が出ました。またトイレ清掃の頻度や使い方(便座を汚したまま、備品の補充を怠る等)について「隣の会社のせいで不衛生だ」といった不満が双方から寄せられたケースもあります。さらにエレベーターの利用でも、あるテナントが引っ越し作業でエレベーターを長時間占有した際に他社からクレームが入り、以後エレベーター前で顔を合わせる度に気まずい雰囲気になるなど、人間関係の悪化に発展した例もあります。同じフロアに入居する別テナントの社員が共用廊下を休憩スペース代わりにするのが慣習化している場合。誰も使っていない廊下の隅とはいえ、このような行為は他社にはだらしなく映り、ビル全体のイメージ低下や苦情につながる。管理会社にとって見過ごせない典型的な共用部トラブルである。質問者の会社はお客様の出入りもあるのに、休憩中の他社社員が自社オフィス入口前の共用廊下でくつろいでおり困惑した、といった内容です。このように共用スペースでのマナー違反(私的利用や私物放置など)は、相手が特定できない場合も含めて管理会社への苦情として寄せられます。「共用部の使い方が雑だ」「荷物を長期間置きっぱなしにして邪魔だ」など、些細な不満が積もるとテナント同士の関係悪化につながります。特に築古ビルは共用部に余裕がないため一層トラブルが顕在化しやすいのです。深刻化するポイント:共用スペースのトラブルは、一度「うちばかり我慢して損をしている」という意識が芽生えると厄介です。本来リラックスや利便のためのスペースがストレスの種となり、「〇〇社のせいで不愉快だ」という感情が社内に広まると、テナント間の溝が深まってしまいます。また直接注意しづらい性質も問題をこじらせる原因です。廊下でたむろする社員に別テナントが面と向かって注意するのは角が立ちますし、給湯室の汚れを「きっと隣の会社だ」と決めつけて陰口を言うようになると修復が困難になります。結果として管理会社に苦情が来る頃には、かなり不満が蓄積した状態であることが多いです。管理会社の対応策:共用部トラブルに対して管理会社はまずルールの明文化と周知徹底を行います。例えば「廊下やエレベーターホールに私物を置かない」「共有設備は使用後に清掃する」といった基本マナーを掲示し、入居時にも口頭で説明します。それでも改善しない場合、管理会社から注意勧告を行います。直接当事者同士が注意し合うと感情的なしこりが残りかねないため、管理会社が間に入って「防災上も共用部の荷物放置は禁止です」「他のテナント様からご指摘がありました」などと客観的かつ建前を活用した注意を促します。実際、共用部に放置物があるケースでは「消防法上、避難経路に物を置くのは違反になりますので撤去願います」と伝えると大抵のテナントは従います。また、誰の社員か特定できないマナー違反(廊下での休憩等)については、ビル全体の掲示板や回覧で「共有スペースの適正利用」について注意喚起し、暗黙のうちに該当者へ警告する方法も取られます。重要なのは、問題行為を放置せず管理会社が迅速に対処する姿勢を示すことです。「困ったときは管理会社に言えば解決してくれる」という信頼感が醸成されれば、テナント間の不満もエスカレートする前に収まりやすくなります。 事例4:管理会社が介入して解決した実例 – 有効だった施策とは トラブル解決の背景:最後に、管理会社の適切な介入によってトラブルを円満に解決できた事例を紹介します。築40年超の中規模オフィスビルで、テナント間のコミュニケーション不足と不満が蓄積していたケースです。このビルでは以前から「テナント間の交流がなく暗い雰囲気」だと指摘されており、オーナー意向で交流イベントを企画したことがありました。しかし上記で述べたような構造的問題(防音性や共用部の狭さ)も相まってイベントは盛り上がらず、その後むしろ些細な不満(騒音や掃除の文句)が噴出してしまいました。管理会社としても頭を抱えていたところ、あるテナントから退去の相談がありました。理由を詳しく聞くと「他のテナントとの折り合いが悪く居心地が悪い」とのことでした。このままでは他にも連鎖的に退去が出かねないと判断し、管理会社は本格的な改善策に乗り出しました。実施した施策と効果:管理会社はまずビル内の全テナントに個別ヒアリングを行い、匿名でも意見を集めました。その結果、共用部の清掃状況や騒音ルールの曖昧さなど具体的な問題点が浮かび上がりました。そこで以下の施策を講じました。・共用部環境の刷新:老朽化していた給湯室とトイレに簡易的なリフォームを実施し、清潔で使いやすい空間にしました。同時に清掃スケジュールを見直し、清掃員による巡回頻度を上げました。名物おばちゃん清掃員がテナントと積極的に会話し、クレームを直接拾い上げてくれるようになったことで、不満が蓄積する前に管理会社へ情報が届くようになりました。・ルールの明確化と周知:ビル利用マニュアルを作成し、騒音・喫煙・ゴミ処理・共用設備利用などに関するルールを明文化しました。特に騒音については時間帯や音量の目安を示し、違反時の対応も明記しました。これを全テナントに配布し、新入居者にも必ず説明することで「何がNGか」を共有認識として持ってもらいました。これによって、注意すべき点をテナント自身が把握しやすくなり、トラブルの未然防止につながりました。・トラブル対応の基本的考え方:管理会社として重要なのは、テナント間のトラブルが発生した場合、当事者同士を同席させず、双方から個別に状況や言い分を丁寧に聞き取ることです。その上で、あらかじめ設定したビルの管理ルールに照らし、当社が公正かつ明確な判断を下します。非があると判断した当事者には、その旨を文書や口頭で明確に通知し、具体的な改善を促します。また、もう一方の当事者に対しては速やかにフォローアップの連絡を行い、不安や不満が残らないよう配慮します。双方に問題がある場合も、一方に偏ることなく、両者に対して等しく管理ルールの遵守を促すのが原則です。解決の成果:以上の施策により、このビルではテナント間のトラブルが大幅に減少しました。特に共用部の環境改善と明確なルール運用によって、「何となく他社に感じていた不満」が解消され、小さな摩擦が起きても管理会社が速やかに調整することで大事に至らなくなりました。管理会社が窓口となりテナント同士のコミュニケーションを仲介・代弁したことで、かえって穏やかな関係性が構築できたのです。交流イベントで無理に仲良くさせるのではなく、管理会社が潤滑油として機能し、各社が快適に業務に集中できる環境を整えることが最も有効だったと言えます。 第3章 セキュリティ重視時代にテナント企業が本当に求めていること 昨今、企業にとって最も重要な課題の一つは情報セキュリティです。特に東京都心に位置するオフィスビルのテナント企業は、情報漏洩リスクに極めて敏感になっています。管理会社の立場から見ると、オーナーが「テナント同士の交流促進」を目指してイベントや共用ラウンジの設置を計画する一方で、テナント企業側からはむしろ「交流を最小限に抑えてほしい」「余計なコミュニケーション施策は不要」といった本音を聞くことが増えてきました。実際、東京都心にある築古ビルの複数テナント企業への匿名ヒアリングを実施したところ、次のようなリアルな声が寄せられています。「とにかく情報漏洩リスクが怖い。うちの業界は競争が激しく、情報が漏れれば即ビジネスに影響する。廊下やエレベーターで他社の社員と会話するだけでも神経質になるのに、交流を深めろなんてあり得ない」(IT企業・総務担当者)このように、多くの企業は業務上の機密情報が第三者に漏れることを何よりも警戒しています。セキュリティ意識の高い金融業界やIT企業、また法律・会計等の士業系テナントは特に敏感です。また、あるテナント企業の管理部長は次のように明言しています。「社内のセキュリティ教育では『部外者との不用意なコミュニケーションは厳禁』と教えている。ビル側が交流促進のイベントなどを企画しても、うちの社員には参加しないように指示するだろう」テナント企業の現実的なニーズは明確です。彼らが管理会社に求めるのは、コミュニケーション活性化よりも、むしろ「安心して業務に専念できる環境」です。管理会社としても、こうした本音を無視して一方的に交流促進策を推し進めると、かえってテナントの満足度を損なうリスクがあります。では、具体的にテナント企業が望む施策とは何でしょうか。匿名ヒアリングで特に要望が多かったのは次の通りです。・セキュリティカード等によるフロア入退管理の徹底各フロア、できれば各テナントオフィスに専用カードキーや顔認証を設置し、部外者の侵入リスクを最小限に抑えてほしい、という要望が多く寄せられています。実際、「古いビルほどセキュリティが甘く、フロア内を知らない人が普通に歩いているので不安を感じる」といった苦情も少なくありません。・防犯カメラの適正配置と運用ルールの明確化単に防犯カメラがあるだけでなく、設置場所や撮影範囲が明確であり、どのような場合に映像を閲覧するのかルール化されていることが求められています。「セキュリティ対策を管理会社任せにせず、閲覧ルールなどを明確に示してほしい」という声もありました。・共用部での会話禁止・静粛ルールの設定「不用意に共用部で業務内容を話す社員が出る可能性がある。管理会社が『共用部では私語厳禁』と明確に示してくれるとありがたい」という意見も出ています。つまりテナント企業の本音は「交流を促すことではなく、むしろ管理会社が率先してテナント同士の接触を最小限に抑える環境を作ってほしい」ということなのです。管理会社としては、オーナーに対してこうしたリアルなニーズを適切に伝え、テナント企業の満足度を維持するための環境整備に力を入れることが重要になります。 第4章 築古ビルにおける構造的な問題と管理会社が直面するセキュリティ課題 築古オフィスビルには、現代のテナント企業が求めるセキュリティニーズを満たすことが困難な、根本的な構造的課題があります。特に東京都心の築30年以上のオフィスビルでは、以下のような共通課題が存在し、管理会社は日々その対応に苦慮しています。【共用部動線の問題】古いビルは共用部が極めて簡素な構造であり、廊下やエレベーターホールとテナントオフィスの入り口が物理的に近接しています。テナント専有部への出入り口が開放的であるため、社員以外の来訪者が不用意に他社テナント前を通行したり、時にはオフィス内を覗き込めてしまう場合があります。管理会社としては、このような共用部の構造を起因としたセキュリティリスクに常にさらされています。実際に、ある管理会社の担当者は、「共用廊下で迷った来訪者が、別のテナントオフィス内まで無断で侵入しそうになった」というクレームを度々受けており、構造的な動線の問題を深刻に感じています。【セキュリティ設備の老朽化と不備】築古ビルの多くは、最新のセキュリティ設備を導入していないケースがほとんどです。入退館管理システムが旧式(鍵や暗証番号など)で、物理的なセキュリティカードや顔認証、指紋認証といった最新システムが導入されていないのが実情です。また、防犯カメラも設置箇所が限られ、解像度も低いため、実際に事件・事故が起きた際に証拠となる映像記録が残せないこともあります。管理会社としては、テナント企業から「防犯カメラが役に立っていない」「ビルのセキュリティ対策が甘い」と苦情を受けても、構造上および設備上の制約によって有効な対策を迅速に実施できない現実があります。【防音性能の不足と情報漏洩リスク】築古ビルにおける防音性能の問題は、テナント企業にとっての情報漏洩リスクという形で、特に深刻な課題となります。実際に、ある都心の築40年近いオフィスビルでは、テナントが隣室の会議内容を聞き取れるほど壁やドアの防音性能が劣化しています。管理会社には、「隣の会社の会話が丸聞こえになり、うちの重要な電話会議の内容も漏れている可能性がある」といった切実なクレームが寄せられることも珍しくありません。管理会社にとっては、このような課題があったとしても、ビルのオーナーからは「構造的問題だから改善は難しい」「修繕に多額の費用が掛かるため難しい」との反応をされることが多く、テナント企業とオーナーの板挟みになってしまうことが現場の実態です。【管理会社が直面する課題の本質】上記の課題が発生する根本的な原因は、やはり古いビルの構造的制約にあります。物理的な制限のもとでは、管理会社が対応できる範囲にも限界があり、予算的な面でもオーナーから承認を得るのが難しいケースが多々あります。管理会社としては、問題を明確に把握しつつも、根本的解決策を導入するには多大な労力と調整が必要であるのが現実なのです。本章では、こうした築古ビルに特有な課題を整理しました。これらの構造的課題を理解したうえで、次章では「現実的な管理手法」として管理会社が取るべき具体的な戦略を提示します。 第5章 管理会社が取るべき現実的な戦略:コミュニケーション促進ではなく「適切な距離感」 ここまで、築古ビルの構造的な問題やテナント企業が直面するセキュリティ上の懸念について見てきました。これらを踏まえたとき、管理会社が現実的に取るべき戦略は、もはや「テナント間コミュニケーションの促進」ではありません。むしろテナント企業が安心して業務に集中できるように、「適切な距離感」を確保することこそが重要です。では、なぜ「適切な距離感」なのか、その理由を詳しく説明します。【なぜ「適切な距離感」が重要なのか?】そもそも、管理会社がオーナーや業界関係者から「テナント同士のコミュニケーション促進」を求められる背景には、「コミュニケーション=付加価値」というイメージがあります。しかし、実際にはテナント企業にとって重要なのは、仕事に集中でき、業務効率を高めるための環境整備です。特に、情報セキュリティへの意識が著しく高まった近年、企業は機密情報の漏洩を何よりも恐れています。そのため、テナント企業にとって管理会社が真に提供すべき価値は、むしろ『コミュニケーションの促進』よりも、『一定の距離を保った安心感のある空間設計』にこそあると言えるのです。管理会社が「適切な距離感」を目指す理由を端的にまとめると、以下の2つです。1.情報漏洩リスクを最小限にするため2.テナント間トラブルを未然に防ぐためこれらの目的を実現するために、管理会社が実際にどのような具体的な施策を取るべきかを、次に詳細に見ていきます。【具体的な改善施策1:共用部・動線の最適化】共用部や動線の改善にあたって、重要なのは「テナント同士が意図しないタイミングや状況で接触すること」を最小限に抑える工夫を施すことです。たとえば、以下のような方法があります。・ゾーニングの明確化同一フロアに複数のテナントが入居している場合、パーティションや家具配置、間仕切りなどでテナントごとの空間を明確に分離します。これにより、他社の社員が無意識に別のテナントの執務エリアを通過したり覗き込んだりする状況を防止できます。視覚的な区分けがあるだけで、心理的にも情報漏洩への不安を軽減できます。・共用設備(給湯室や喫煙所など)の分離・専用化特に古いビルでは共用設備が狭く、接触の機会が増えるため、トラブルになりやすい場所です。可能であれば給湯室や喫煙所、休憩スペース等を各テナント専用化するか、難しい場合は利用時間帯を分けるルールを設定します。あるビルでは、給湯室の利用ルールを設けるだけでもテナント間のトラブル件数が約40%低下した事例があります。【具体的な改善施策2:セキュリティ設備強化】「適切な距離感」を保つためには、テナント同士の物理的な境界を明確化するだけではなく、セキュリティ意識を高める設備の充実が欠かせません。具体的には以下の施策が有効です。・防犯カメラの適切な増設と運用の高度化単にカメラを設置するだけでは効果が限定的であるため、具体的な課題に合わせて効果的な位置・角度で設置します。例えば、廊下の死角となりがちな曲がり角やエレベーター前など、他テナントと接触・衝突が起きやすい場所へのカメラ設置が効果的です。また、撮影された映像の保管・閲覧ルールを明確化し、「抑止効果」と「トラブル発生時の対応力」を同時に強化します。・セキュリティカード・顔認証など入退館管理システムの導入完全な設備刷新は予算的に難しいとしても、エントランスや各階の主要な入口だけでも最新の入退館システム(ICカード認証や顔認証)を導入すると、セキュリティ意識が高まり、テナント間の接触機会を自然と減らせます。また、導入後にテナントの満足度が大幅に向上した実例が多くあります。【具体的な効果事例の紹介】実際に東京都心のある築35年のオフィスビルでは、テナント間のコミュニケーション促進施策を廃止し、代わりにパーティション設置による動線整理やICカードによる入退館管理を導入しました。これにより、導入前は月平均5~6件発生していたテナント間トラブル(騒音・動線上の問題など)が導入後1年でほぼゼロ件となり、テナント満足度も大幅に向上しました。また、「情報漏洩リスクが格段に下がった」との声が多くのテナントから寄せられ、結果として契約継続率も改善しました。さらに別のビルでは、防犯カメラを「共用部の死角」「エレベーターホール」「階段・非常口」等に集中的に設置し、撮影した映像の管理を管理会社が一括して行ったところ、部外者の不審行動が大幅に減少しました。結果的に、「管理会社の存在感が高まり、安心感を持てるようになった」とテナントから評価されました。 第6章 管理会社がトラブルを未然に防ぐための『テナント誘致段階での工夫』 築古オフィスビルにおけるテナント間のトラブルを防ぐ最も効果的な手段は、問題が表面化する前の段階、つまりテナント誘致・契約の時点で対策を講じることにあります。管理会社にとっては、契約段階における工夫やノウハウこそが、テナント間トラブルを根本から抑える鍵となるのです。【契約段階でのルール明示の重要性と具体的手法】管理会社がまず実施すべきは、契約締結前の段階で、共用部の使用ルールやコミュニケーション上の注意事項を詳細かつ明確に提示することです。契約時にルールを曖昧にすると、入居後のトラブルが発生した際に対応が難しくなり、対処が後手に回るリスクが高まります。具体的には以下のような方法が有効です。・「ビル利用ルールガイドライン」の策定と明示共用部の使い方、騒音に関する制限、給湯室や廊下での私語に関する注意事項などを明文化した文書を作成し、契約前にテナントに説明します。特に、情報漏洩リスクが高い業種のテナントに対しては、「共用部での業務に関わる会話は控える」といった具体的なルールを事前に共有しておきます。契約書の添付資料としても活用し、署名捺印してもらうことで、入居後の遵守を促すことができます。・テナントへの説明の徹底単に文書でルールを提示するだけでなく、契約時にテナントの総務担当者や現場責任者向けの説明を徹底することも重要です。口頭で注意点を伝えることで、ルールの趣旨や重要性を理解してもらいやすくなり、入居後のトラブル予防に役立ちます。説明の際、過去の具体的なトラブル事例を挙げ、「こうした事態を避けるためにもルールを徹底してほしい」と説得力を持たせるのがポイントです。【管理会社がテナント選定時に確認すべきポイント】契約段階以前の、テナント選定プロセスにも工夫が求められます。管理会社がテナントを選定する際、特に確認すべきポイントは以下の通りです。・業種・勤務形態の相性チェック入居検討段階で、「既存テナントとの業種や勤務時間帯の相性」をあらかじめ検討します。たとえば、夜間勤務が多いIT企業と、静粛な環境を求める士業・コンサル系企業の相性が良くない場合などは、同一フロアを避けるか、あらかじめ双方に状況を伝えて理解を得るなどの対応が効果的です。・テナントのセキュリティ意識のヒアリング管理会社は入居希望テナントとの面談時に、セキュリティへの意識や関心度を丁寧にヒアリングします。例えば、「共用スペースでのセキュリティ対策をどうお考えですか?」、「オフィスのセキュリティ対策はどの程度のレベルで実施されていますか?」など、具体的に聞き取ります。その上で、入居希望テナントのセキュリティ意識の高さが既存テナントと大きく乖離している場合、テナント間での温度差による摩擦が生じやすいため、別のフロアや区画を推奨することも重要なノウハウです。 第7章 築古ビルの価値を向上させる「管理会社主導の安心づくり」具体事例 本章では、実際に東京都心にある築40年以上の賃貸オフィスビルにおいて、管理会社が主導して「セキュリティ強化」や「情報管理の徹底」を進めた結果、テナント満足度を向上させ満室稼働を実現した具体的な事例を紹介します。【成功した具体事例の概要】このビルは、設備の老朽化やセキュリティ面の不安から、空室率が一時約20%まで上昇していました。管理会社は築古ビルでありながら「安心・安全」を前面に打ち出す方針に切り替え、具体的な対策として以下の取り組みを実施しました。1.入退館セキュリティシステムの刷新(ICカード+監視カメラ) エントランスとエレベーターホールの入退館にICカードを導入。各テナントへの来訪者の入館管理を厳密化し、不審者の侵入を未然に防止できるよう改善しました。また、防犯カメラを新たに8台増設し、エレベーター内や共用廊下の死角を徹底的に解消しました。2.共用部のゾーニング変更と防音性能の向上 各階共用廊下に視覚的な仕切りを設置し、テナント間のプライバシーを確保。さらに、特に機密性の高い業務を行うテナントの入居フロアには、防音性の高いドアや遮音シートを導入し、情報漏洩リスクの低減に努めました。3.テナント向け情報管理ガイドラインの策定・徹底 各テナントに対し、共用部での私語の抑制やオフィスエリア外での機密情報の取り扱いを明記した「情報管理ガイドライン」を作成し配布。契約時や定期的なヒアリングの際にも確認を徹底しました。【管理会社がオーナーに提案した施策】これらの施策は、当初オーナーから「費用対効果が見えづらい」との抵抗もありましたが、管理会社が過去のトラブル事例や空室の要因分析をデータとして提示し、「築古ビルの最大の弱みは安心感の不足である」と説得力ある説明を行ったことでオーナーを納得させることができました。具体的には以下の改善提案が受け入れられました。・セキュリティ設備刷新(ICカード・監視カメラ)のための資本的支出承認・防音扉・防音パーティション導入費用の予算承認・情報管理ガイドライン策定に係る運営ルール変更への同意【なぜ成功したのか?その要因分析】この取り組みが成功した最大の要因は、管理会社が「コミュニケーション促進」という従来型の施策ではなく、テナント企業のリアルなニーズである「安心・安全・情報セキュリティ」を深く掘り下げて把握し、具体的かつ明確な施策としてオーナーに提示できたことにあります。また、具体的な数値目標(空室率改善、満室稼働)を示しながらオーナーを説得したこと、各施策実施後にテナント満足度調査を継続して行い、効果をオーナーにフィードバックしたことも、成功要因として重要です。結果として、このビルは取り組み開始から半年で満室稼働を達成し、「築古ビルでもセキュリティを重視すれば市場競争力を高められる」というモデルケースとなりました。築古ビルの管理において、管理会社が主導する「安心づくり」の取り組みこそが、現代におけるビルの付加価値向上の鍵となることが、本事例によって示されたと言えるでしょう。 第8章 管理会社からオーナーへの提言~「流行に振り回されない管理」への理解促進 管理会社が築古ビルを効果的に運営していくためには、テナントのニーズを正確に把握し、現場のリアルな課題に基づく管理方針を打ち出すことが求められます。しかし、オーナー側は市場で流行している「テナント間コミュニケーション促進」というイメージ戦略に引きずられがちで、管理会社が本当に必要とする施策への理解が得られないこともあります。こうした中で管理会社がオーナーへの理解促進を図るための具体的な方法について提言します。【管理会社としての立場をオーナーに伝える際の工夫】まず、管理会社としてオーナーに提案する際には、「築古ビルのリアルな管理現場で起きている問題」と「テナント企業が抱える本音」を明確かつ具体的に伝えることが重要です。テナント企業への匿名インタビューや過去のクレーム事例を資料化し、「理想ではなく、現場のリアルな声」を説得材料として提示することが効果的です。また、実際にオーナーが重視する「空室率」や「契約更新率」といった具体的な数値を示しながら、「コミュニケーション促進施策よりも、セキュリティ強化や情報漏洩防止策に取り組んだ方が実際にテナントの満足度や継続率が上がる」ということを論理的に示すことがポイントです。【「交流促進」にこだわるオーナーへの対処法】オーナーが「テナント交流促進」という流行に固執している場合、管理会社としては無理に否定せず、以下のような代替提案を行う方法があります。・「交流促進」の代替としての「安心感の向上」の提案オーナーには、「交流促進の意義は理解しているが、実際のテナントは情報セキュリティや安心感の方を重視している」と伝え、「テナント同士のコミュニケーションを促すよりも、管理会社がきめ細かくテナント間の距離を管理したほうが、実際にはテナントが長く定着する」という具体的なデータを示すことが有効です。・パイロット施策による効果の可視化オーナーの理解を深めるには、まず小規模なフロアや一部の共用スペースで防犯カメラの設置やゾーニング変更、動線改善を試験的に実施します。施策後のテナント満足度調査や空室率の変化といったデータを収集し、効果が出た段階でオーナーに共有し、「こうした現実的施策こそが、真の付加価値向上につながる」と理解を促します。【実際にオーナーの理解を得て成功した事例】都内のある築35年の中規模オフィスビルの事例では、オーナーが「交流促進」に強くこだわっていましたが、管理会社が1年間、テナントアンケートやトラブル記録を詳細に収集した結果、むしろ交流施策がかえって不満を生んでいることが判明しました。管理会社はこうしたデータをもとにオーナーに「安心できるオフィス環境」を明確なコンセプトとして提案し、セキュリティカードの導入や防犯カメラ設置、共用部ゾーニング変更の承認を得ました。その結果、テナントからの苦情が激減するとともに、退去予定だったテナントの契約継続率が改善。オーナーも「単に流行に乗るよりも、現場のリアルな課題に対応することが結果として収益につながる」と理解を深めました。こうした事例から、管理会社は現場主義に基づいた説得材料を準備し、「流行に振り回されない管理」へのオーナー理解を促進することが可能となります。 おわりに 本稿では、築古オフィスビルにおいて頻繁に提案される「テナント間コミュニケーションの活性化施策」が、現場の現実から見ると決して万能ではないことを指摘してきました。テナント同士の交流やコミュニティ形成は、本来テナント企業自身が主体的に選択するべきものであり、管理会社が無理に促進するべきものではありません。現代のテナント企業が求めているのは、他社との交流よりも、自社の機密情報やプライバシーを守りながら安心して業務に集中できる環境なのです。管理会社が提供すべき最大の付加価値は、「安心と安全」の徹底にあります。物理的なセキュリティ設備の充実、共用部や動線の適切なゾーニング、テナント入居時からの明確なルール設定といった具体的施策を講じることで、テナント企業の本質的なニーズを満たすことができます。築古ビルに特有な設備面の制約があるからこそ、管理会社が入念な運営ルールの徹底と、きめ細やかな現場対応を行えば、競争力を持たせることが可能となるのです。流行に惑わされるのではなく、現場で得られたデータやテナントのリアルな声に基づく管理手法を選択することで、築古ビルは市場において確かな地位を確立できるでしょう。「コミュニケーション促進施策」を一概に否定するものではありませんが、それを盲目的に推進するよりも、現実に即した「適切な距離感」を提供する管理のあり方こそが、今後の賃貸オフィス市場で求められるものなのです。管理会社が主体性を持ち、オーナーと協調しながら現場のリアルを見つめ直すことで、築古オフィスビルも持続可能で競争力のある不動産資産として、今後ますますその価値を高めていくことができるでしょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月26日執筆2025年11月26日 -
プロパティマネジメント
「第一印象」で決まる!築古・賃貸オフィスビルの空室対策・実務チェックリスト
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「「第一印象」で決まる!築古・賃貸オフィスビルの空室対策・実務チェックリスト」のタイトルで、2025年11月25日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。 目次はじめに:築30年を超える賃貸オフィスビルが“選ばれる”ために、いま見直すべき視点とは第1章:テナントが見ている“最低条件”をオーナーは理解しているか?第2章:第一印象は設備投資せずに変えられる第3章:築古物件でも「見せ方」で印象は変えられる第4章:コストをかけずに「管理が行き届いている」と感じさせる方法第5章:賃料を下げる前にすべき「小さな改善」の積み重ね第6章:テナント満足度を上げる“ソフト管理”の視点第7章:改善の進め方──実行ステップとチェックリスト第8章:築古・中小規模・賃貸オフィスビルの競争力は「判断」と「段取り」で決まる はじめに:築30年を超える賃貸オフィスビルが“選ばれる”ために、いま見直すべき視点とは 東京23区、特に都心5区(千代田・中央・港・新宿・渋谷)には、築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルが数多く存在しています。大量供給された1970年代後半〜1990年代の建築ストックが、今まさに老朽化のピークを迎えています。データによれば、都心部の中小規模の賃貸オフィスビルにおける平均築年数は34年を超えており、2030年代には50年を超えることも見込まれています。そうした中、築古ビルを所有するオーナーの多くが共通して抱えている悩みがあります。「空室が埋まらない」「フリーレントをつけても決まらない」「仲介担当者の内見すら入らない」──これらは決して珍しい悩みではなく、今や築古・賃貸オフィスビル市場における“標準的な困難”となっています。しかし一方で、同じ築年数、同じような立地条件であっても、満室を維持し続けている築古ビルがあるのも事実です。彼らはどこに差をつけているのか? どんな工夫や改善をしているのか? そして、それは本当に多額のコストや大規模なリニューアルを必要とすることなのか?本稿では、「築古だからこそ必要な視点と判断」を軸に、“選ばれるビル”になるための実務ポイントを、管理・運営・リーシングの観点から整理していきます。対象とするのは、延床面積5000㎡未満(=約1500坪以下)、かつ築30年超の中小規模の賃貸オフィスビル。都心部において最もストックが多く、同時に「古さ」によって差別化が難しいゾーンです。重要なのは、「建物が古い」こと自体が致命的ではないという認識です。実際に空室を埋め、賃料を維持し、安定的に収益を上げている築古ビルは、共通して「選ばれる理由」を的確に整えている傾向があります。それは必ずしも、建物そのものの物理的価値ではなく、“見せ方”や“伝え方”、“手の入れ方”といった運用の工夫に支えられていることが多いのです。このコラムでは、「今すぐ見直せる5つの実務ポイント」として、築古ビルの第一印象の整え方から、テナント満足度を高めるソフト管理、オーナーの意思決定プロセスまで、実務に役立つ具体的な視点を提示していきます。次章ではまず、内見者やテナントが“最初に見ている場所”、すなわち「第一印象」の重要性と、それをオーナー自身が正しく理解できているかを見直すところから始めます。 第1章:テナントが見ている“最低条件”をオーナーは理解しているか? オフィスビルの内覧で最初に判断されるのは、賃料や設備性能の優劣ではなく、「第一印象」です。テナント企業の総務担当や仲介会社の案内担当が、現地で最初に視認するのはエントランスの雰囲気、共用部の明るさ、そしてトイレや廊下の清潔さです。これは実務の現場で、何度も繰り返されている光景です。築年数そのものが問題なのではありません。「築古に見える」「古びたまま放置されているように見える」ことが問題なのです。建物の構造や法規制上の条件で変えられない部分は多いとしても、第一印象の大部分は“整えているかどうか”で大きく変わります。仲介担当者の案内ルートに潜む“判断ポイント”例えば、仲介担当者がテナント候補と現地を訪れたとします。彼らが案内するルートは概ね以下の流れです。1.建物の外観を遠目に確認(ファサードの清潔感、雑然としていないか)2.エントランスに入る(光の入り方、床や壁の手入れ、匂い)3.エレベーターで上階へ(エレベーターホールの照明・清掃状態)4.貸室前の共用廊下(明るさ、足音の響き方、掲示物の有無)5.室内を確認(窓からの視界、天井高、間取りの自由度)6.トイレ・給湯室の確認(清掃の丁寧さ、古さと手入れのギャップ)この流れのなかで、テナント候補者は「このビルはちゃんと管理されていそうか」「入居後のイメージが持てるか」を数分で判断します。どれも派手な設備投資をしなくても改善できる要素ばかりですが、それを放置していれば、「築古のわりに手が入っていない」という印象に直結してしまいます。“選ばれない理由”は、設備ではなく印象の問題ビルオーナーが抱える“空室が決まらない”という悩みの多くは、こうした初期印象の管理に起因しています。仲介担当が物件を見に来て、案内すらせずに「ここはやめておきます」と引き返す事例も、決して珍しくありません。問題は「間取りが悪い」「設備が古い」といった構造的な欠点だけではなく、「印象が悪い」というもっと曖昧で、しかし強力な要因なのです。ある仲介会社の営業担当者はこう語っています。「築年数が古いビルでも、共用部が整理されていて、照明やトイレが清潔だと、テナントには『ちゃんとしているビルだな』という印象が残ります。逆に、細部に無頓着なビルは、その時点で内覧から外すことが多いんです」と。つまり、“選ばれない理由”の多くは、オーナーが思っているほど構造的な問題ではないということです。内見者はオフィスに入る前にすでに判断を始めており、その判断材料となるのが、ビルの「印象=運用の手が入っているかどうか」なのです。オーナーが“気づいていない視点”を補うオーナー自身は、日々ビルを見慣れているため、経年劣化や管理上の“違和感”に気づきにくいことがあります。たとえば、暗いエントランスでも「このビルはこういうもんだ」と感じてしまったり、床のくすみを「まあ仕方ない」と放置してしまったり。こうした“見慣れによる鈍感さ”を補うには、第三者の視点、特に仲介会社や内見者の目線をシミュレーションして、自分のビルを見直す必要があります。日常的な点検とは別に、半年に1回でも「内覧者目線で見る日」を設けてみるだけでも、気づけるポイントは劇的に増えるはずです。次章では、こうした“第一印象”を、設備投資をせずに変える方法──つまり、「非設備系」の実務改善によって実現する“印象改善”の具体策を解説していきます。地味だけれど効果的な、実務ベースのヒントをご紹介します。 第2章:第一印象は設備投資せずに変えられる 築古ビルであっても、限られた予算内で第一印象を改善することは可能です。テナントの心証を大きく左右するのは、必ずしも最新の設備や豪華な内装ではありません。むしろ、「このビルはちゃんと手入れされている」「管理が行き届いている」という安心感が、最初の数分間で印象を大きく左右します。本章では、特別なリノベーションや高額な改修に頼らず、「印象」を変えるための実務的な改善策を整理していきます。見た目は変えられる ── 非設備系改善の可能性築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルでは、構造やレイアウトの根本的な変更は現実的ではありません。しかし、印象は変えられます。それも、案外シンプルな手段で。たとえば、以下のような非設備系の改善項目は、比較的低コストで実施可能です。・照明の色温度統一:共用部やエントランスに異なる色味の照明が混在していると、全体にちぐはぐな印象を与えます。電球色・昼白色のバラつきをなくし、統一感のある色味にそろえるだけで空間の印象が整います。・掲示物や張り紙の整理:共用廊下に雑多な張り紙が並んでいると、それだけで「古びた」印象を与えます。案内板や掲示板は最小限に、内容も整理されているか定期的に確認する必要があります。・目地・継ぎ目の清掃・補修:床タイルや壁紙の継ぎ目に黒ずみやめくれがあると、清掃が行き届いていない印象に直結します。日常清掃では見落とされがちな細部こそ、印象を左右するポイントになります。これらは、設備を新しくせずとも「きれいに整っている」「管理が丁寧にされている」という印象を与える具体的な方法です。モネの絵画に学ぶ「光」と「印象」の関係少し抽象的な話になりますが、印象派の画家クロード・モネの作品には、印象の操作という点で学ぶべきヒントがあります。モネは、同じ風景を「時間帯」「光の角度」「季節」によって描き分けました。対象物そのものを変えなくても、光の当たり方や周囲の色の配置によって、その見え方はまったく違ってくる──これは築古ビルの印象にもそのまま通じます。たとえば、エントランスに朝の自然光がきれいに差し込む時間帯に内見を設定する。あるいは、白熱灯よりもやや白味のある照明に切り替え、清潔感を演出する。このような「光のコントロール」だけでも、古さを魅力に転化することが可能になります。つまり、築古ビルを良く見せるために重要なのは、「何をどう見せるか」「どう整えて見せるか」であり、それは光や構成の工夫次第でいくらでも演出できるということです。管理の丁寧さが“見える状態”をつくるテナントが物件を選ぶとき、最終的に決め手になるのは「ここなら安心して借りられそう」という感覚です。これは、設備スペックではなく、“手入れの気配”から生まれます。具体的には以下のような状態が、「管理されている安心感」につながります。・床の隅にホコリがない・ゴミ置き場が整理整頓されている・トイレの備品が補充されている・窓ガラスがくもっていない・点検報告書が掲示されている(更新されている)これらは、いずれも小さな管理項目ですが、テナントの目には「このビルはちゃんとしているかどうか」の判断材料として映ります。オーナーとして「手が届いている」状態を見せることが、築古ビルのイメージ改善につながる第一歩です。シンプルで整った状態が“清潔感”を生む「古くても清潔感がある」と「古くて放置されている」は、たった一歩の差ですが、その印象の差は極めて大きいのが現実です。モノが多く雑然としたエントランスよりも、何も置かれていない、掃き清められた床と整然としたサインだけの空間のほうが、圧倒的に評価されます。当社が管理するビルでは、「必要以上の什器や装飾は置かない」ことを基本方針としています。余計な飾りや装飾は、古さを目立たせるだけでなく、管理の手が届かなくなる原因にもなりがちです。素材と構成勝負。古いなりに整った状態に仕上げる。それが築古ビルにとってのベストな戦い方です。次章では、こうした「印象」の整え方をさらに進めて、実際のリーシング活動における「見せ方設計」について、写真・図面・内見動線など具体的な実務視点で掘り下げていきます。テナントの心に届く“見せ方”とは何かを、一緒に考えていきましょう。 第3章:築古物件でも「見せ方」で印象は変えられる 築古ビルの空室を埋める上で、最初のハードルとなるのが「内見時の印象」です。建物の構造やスペックを変えられない以上、「見せ方」の工夫こそが勝負の分かれ目になります。この章では、リーシング現場でよくある失敗と、それを避けるための“見せ方設計”の実務ポイントを紹介します。築古であっても、印象は変えられる。それを実現するのが「見せ方」の技術です。共用部は“無意識”に見られている共用部の印象は、内見者の第一印象に直結します。特に築年数の経過したビルにおいては、共用部の雑然さや古さが目立ちやすく、「手入れされていない感」を与えがちです。改善の第一歩は、通路や共用廊下の“見通し”を良くすること。不要な掲示物、古びたマット、掲示板の古い書類などはすべて排除し、壁面をできるだけシンプルに保つ。物理的に変えられなくても、「空間が整っている」「乱れていない」というだけで清潔感と管理の丁寧さが伝わります。また、エントランスやエレベーターホールの視認性を高めるためには、照明の色温度を揃え、汚れやすい角部分を丁寧に清掃することも有効です。ポスターやテナント掲示も必要最小限に抑え、乱雑さを感じさせない工夫が大切です。トイレ・給湯室の“案内動線”は事前に整えるトイレや給湯室は、「最も印象を左右する」箇所でありながら、見せ方に配慮されていないことが多い場所です。よくあるのが、「内見時に急ごしらえで片付ける」という対応。しかし、それでは印象改善にはつながりません。むしろ「普段は手入れされていないのでは?」という逆効果になることも。理想は、「内見前に慌てて掃除しなくても、常に見せられる状態に保っておく」ことです。具体的には、・トイレットペーパー・ハンドソープの補充状況・洗面ボウルの水垢・カビの有無・床の水滴やゴミの有無・使用中の備品が乱雑に置かれていないかといった点をチェックし、定期的に“内見モード”に整えておくルールを作ることが、結果的に印象改善につながります。ポータルサイト用写真の撮り方と順序にこだわるリーシング活動において、ポータルサイト上の写真は極めて重要な判断材料です。ところが築古ビルでは、「内装が古いから」といって写真に力を入れないケースが目立ちます。しかし、築年数が古くても、“撮り方”次第で印象は大きく変わります。たとえば:・照明をすべて点け、日中の自然光が入る時間に撮影・床・壁の清掃を済ませてから撮影・極端な広角や歪みのある写真は避け、テナント目線の高さから撮影さらに、「撮影順序」にも工夫が必要です。エントランス→共用部→貸室内部→眺望という流れで掲載することで、閲覧者に「段階的に印象が良くなる」構成を作ることが可能になります。また、築古物件の魅力を伝えるうえで、無理に新築物件のように“整いすぎた”演出をする必要はありません。「整っている」「きちんと手入れされている」ことが伝わるだけで、十分な価値訴求になります。仲介担当者が「案内しやすい」と感じるビルとは?意外に見落とされがちですが、物件が選ばれるかどうかは、「仲介担当者が案内したくなるかどうか」にも左右されます。たとえば、以下のようなポイントは仲介担当者の負担を軽減し、「紹介しやすい物件」として記憶される要因になります:・エントランスや受付の動線がわかりやすく、鍵の受け渡しがスムーズ・エレベーターや共用部に案内しやすいルートが確保されている・トイレや給湯室が清掃されており、「見せても大丈夫」と安心できるこうした“案内性の高さ”は、結果的に紹介回数を増やすことにつながり、空室対策として大きな意味を持ちます。物件資料の更新も「見せ方設計」の一部最後に、物件資料(図面・スペックシート)の更新も、見せ方の重要な要素です。図面が古く、テナントレイアウトの参考にならない。あるいは、天井高・床仕様・エレベーター基本情報・建物の構造などの基本情報が抜けている。このような状態では、テナントの検討が進みません。「図面のわかりやすさ」と「スペックの明記」は、築古物件においてはとくに重要です。たとえスペックが高くなくても、明記されていれば「それでも検討する」余地はあります。逆に不明な部分が多いと、それだけで候補から外されるのが実情です。印象は、物件そのものの価値以上に、見せ方と整え方で変えることができます。築古ビルこそ、“どう見せるか”に本気で取り組むことが、選ばれるための最短距離です。次章では、こうした“見た目の工夫”に加えて、「管理の見える化」「日常運用の丁寧さ」といった、オーナーの関与を感じさせる要素について深掘りしていきます。築古ビルの価値は、運営の質でこそ示されます。 第4章:コストをかけずに「管理が行き届いている」と感じさせる方法 築年数が古い賃貸オフィスビルで、テナントや内覧者に「管理がきちんとしている」という印象を与えるには、必ずしも大規模な設備更新が必要なわけではありません。むしろ、日々の運営で感じ取られる“管理の丁寧さ”や“オーナーの関心度”が、そのまま物件の印象に直結します。この章では、コストを抑えつつも「管理品質の高さ」を視覚・体感レベルで伝えるための、具体的かつ現実的な工夫を紹介します。(1). 清掃と点検の“見える化”で信頼感をつくる築古ビルにおいて、もっとも印象に残りやすいのが「清掃の状態」です。とはいえ、ただ「清掃している」だけではなく、「清掃されていることがわかる」状態にするのが重要です。たとえば、以下のような“見える化”の取り組みは、印象改善に効果的です。・清掃完了時間と担当者名を記載した札をトイレ内に設置する・点検実施日時と次回予定日を共有掲示板に表示する・ゴミ収集日や館内点検スケジュールをわかりやすく掲示するこうした運用はコストをほとんどかけずに実現可能でありながら、「きちんと管理されているビルだ」という無言のメッセージを与えることができます。(2). 実は効く、“空気感”の管理築古物件においては、見た目だけでなく「空気の質」も無意識に印象を左右する要素です。特に、貸室の第一印象は「空気のこもり感」や「臭い」で大きく損なわれることがあります。効果的なのは、貸室の換気頻度を上げることです。特に内覧予定がある日は、事前に空気を入れ替えておくことで、入った瞬間の印象が大きく変わります。また、貸室に数日以上人が入っていない場合には、内覧直前にサーキュレーターで空気を回すだけでも清涼感は向上します。一方、芳香剤の使用はテナントごとに好みが分かれるため、強い香りでの印象づけは避けるのが無難です。あくまで「無臭に近い自然な空気環境」が理想とされます。(3). 小さな“気配り”が印象を変えるたとえば、「エントランス前が朝から清掃されている」というだけで、管理の丁寧さは明確に伝わります。ビルの正面が葉っぱやゴミで散らかっている状態は、わずか数秒で「放置感」を生み、第一印象を台無しにします。また、以下のような“小さな気配り”も好印象を生みます。・清掃が終わったタイミングで内覧予定を入れる・清掃用具や備品が外から見える位置に置かれていない・清掃等の点検時のスタッフが清潔な服装で業務を行っているこうした些細なことの積み重ねが、「このビルはちゃんとしている」と感じさせる要因になります。目立たないことだからこそ、できているかどうかが印象を分けるのです。(4). “オーナーが無関心じゃない”という空気をつくるテナントや仲介担当者にとって、オーナーの「関心度」は極めて重要な評価軸です。「築古でも構わないけど、放置されてそうな賃貸オフィスビルは避けたい」 「トラブルが起きたときに、ちゃんと対応してくれるかが不安」――これは、多くのテナントが抱くリアルな本音です。だからこそ、「オーナーが無関心ではない」という空気を、さりげなくでも伝える仕組みづくりが重要です。たとえば:・清掃スケジュール、建物の工事の予定等について、あらかじめ報告して、内容を共有する・テナントが入居中の困りごとに対して、可及的速やかに返答するこれらは、特別な投資をしなくても、管理会社と相談して対応できる「関心を持つ姿勢の表明」であり、結果としてテナント・仲介に安心感を与え、空室リスクの低減につながります。築古ビルの「管理の質」は、ハードのスペックだけでは測れません。むしろ、日々の運用の中で“見える丁寧さ”をどう作っていくかが差を生みます。次章では、そうした丁寧な運営の積み重ねが、どう賃料や成約率に影響を与えるのか、「価格ではない選ばれ方」について掘り下げていきます。安易なフリーレントや値下げでは勝負できない時代、築古ビルの本質的な価値の伝え方が問われています。 第5章:賃料を下げる前にすべき「小さな改善」の積み重ね 築古ビルのオーナーが空室対策に直面したとき、多くの場合、最初に検討するのは「賃料の見直し」です。特に長期間テナントが決まらない場合、フリーレント(一定期間の賃料免除)や大幅な賃料ディスカウントを提示して何とか内見数を増やそうとするケースも珍しくありません。しかし、この“価格勝負”の発想は、必ずしも成果につながるとは限りません。特に競争が激しい都心部では、単に「安い」だけでは埋まらない築古ビルが多数存在します。むしろ、価格よりも“見た目と管理”の水準で選ばれているビルが確かに存在しているのです。(1). 空室対策=「まずフリーレント」では勝てない確かに、賃料やフリーレントの条件はテナント選定の一因です。しかし、それが“決め手”になるケースは実はそう多くありません。特に中小規模のビルを検討する企業にとって、「条件が良い」だけでは移転の決断に至らないのが現実です。仲介業者の声を拾っても、「フリーレントを2ヶ月付けても、室内の印象が悪ければ決まらない」「設備や共用部の手入れがされていない物件は、いくら安くても紹介しづらい」という実務的な意見が多く聞かれます。つまり、価格やフリーレントは“最後の一押し”にはなっても、“最初の選定理由”にはなりにくいのです。(2). 成約している築古・賃貸オフィスビルには「納得感」がある築30年超の物件でも、満室運営が続いている事例は少なくありません。そうした物件に共通するのは、「古いけれど、しっかり管理されている印象」があることです。・エントランスが清潔で明るい・床材や照明のトーンに統一感がある・トイレが古くてもきちんと清掃され、設備が壊れていない・リーシングの窓口の担当者が物件のことをきちんと説明できるこうした積み重ねが、「このビルなら安心して入居できそうだ」という“納得感”につながり、他より賃料が少し高くても契約に至る要因となるのです。(3). 「少し高くてもここがいい」と言わせる物件になるには賃料に対する“納得感”は、いくつかの要素の掛け合わせで生まれます。・見た目の印象:第一印象が良い(明るい、清潔、手入れが行き届いている)・使い勝手:レイアウトがしやすい、空調や照明が過不足ない・コミュニケーション:問い合わせや申込み後のレスポンスが早い、丁寧この3つを高めていくことで、「相場より少し高いが、このビルには価値がある」と思わせることが可能です。とりわけ最後の「コミュニケーション」部分は、物件そのものの改善が難しいときにも効果が出せる要素です。実際、ある築35年の中小規模の賃貸オフィスビルでは、丁寧な管理体制と清掃品質の高さが評価され、同エリアの平均賃料より1割高い水準でも満室を維持しています。仲介担当者が「紹介しやすい」と感じる物件は、結果として内見数も成約率も上がっていくのです。(4). 「見えない価値」が価格競争からビルを救う築古ビルの最大の課題は、建物自体のスペックが新築物件に比べて見劣りする点にあります。これを設備更新で埋めるには多額の投資が必要になりますが、「丁寧な管理運営」による価値訴求は、低コストで十分可能です。たとえば:・トイレの備品が常に補充されている・不具合時の修理対応が迅速で、きちんと説明がある・ゴミの出し方などのルールが明快で、入居後のストレスがないこうした“見えない価値”が積み上がることで、「このビルなら安心して使える」という印象が生まれます。そしてそれが、最終的な賃料や条件への納得感へとつながっていくのです。築古ビルの経営では、「どこにお金をかけるか」も大事ですが、それ以上に「お金をかけずにできることをやっているか」が問われます。賃料という数字の前に、“選ばれる理由”をつくる地道な工夫こそが、空室対策の本質であり、競争力の源泉となるのです。次章では、こうした運営の中でも、特にテナント満足度を左右する“ソフト面の管理”について掘り下げていきます。入居後の対応次第で、再契約率や退去率は大きく変わります。長く選ばれ続けるビルになるために、見直すべき視点を確認していきましょう。 第6章:テナント満足度を上げる“ソフト管理”の視点 築古ビルの運営において、建物のスペックや立地といった“ハード”の条件は変えようがありません。しかし、テナント満足度を左右するもうひとつの要素――「ソフト面での管理」は、今すぐにでも改善できる領域です。入居中の不満や不安を最小限に抑え、再契約や紹介につなげていくためには、ソフト管理の工夫が欠かせません。この章では、テナントの視点から満足度を高めるための運用ルールやコミュニケーションの在り方について、実務的なポイントを整理します。(1). 共用部のルールを「整備」から「見える化」へ築古・中小規模・賃貸オフィスビルでは、ゴミ出しのルール、共用トイレや給湯室の使用マナー、空調や照明の使用時間など、利用者間のちょっとしたトラブルが不満の原因になりがちです。こうした小さなストレスを防ぐためには、「共用部のルールを事前に明文化し、見える形で共有する」ことが重要です。たとえば:・ゴミの分別方法や出す時間を明記し、掲示板に貼り出す・給湯室やトイレでの使い方をシンプルにまとめて掲示する・共用空調の稼働時間について事前に案内し、問い合わせ先を明示するこれにより、入居者同士のトラブルを未然に防ぐだけでなく、「このビルはちゃんと管理されている」という安心感にもつながります。(2). 工事や修繕は“予告”と“説明”が鍵築古ビルでは、空調や給排水、電気系統などの修繕工事が避けられません。しかし、予告なしの突然の工事や、詳細不明の貼り紙一枚で終わるような対応では、テナントにとって大きなストレスになります。実際の現場では、「朝来たらエントランス前で工事をしていて、来客の案内ができなかった」「共有トイレが使えないことを当日知って困った」という声が少なくありません。このようなトラブルを回避するには:・事前に工事内容・日時・影響範囲を明記した通知文を配布・できるだけ事前に質問を受け付ける体制を整えておくこのように「説明責任」を果たすだけで、同じ工事でもテナント側の受け止め方は大きく変わります。(3). “対応力”と“仕組み化”が退去理由を減らす築古ビルであっても、テナントとの信頼関係が築けていれば、多少の不便には目をつぶってくれます。逆に、管理側の対応が雑であれば、小さな不便が大きな不満へと膨らみ、退去の引き金になってしまうのが現実です。たとえば、照明が切れている、トイレの水が出にくい、空調の調子が悪い――こうした日常的な不具合に対して、・すぐに連絡がつく・状況の共有と対応方針の説明がある・数日内に修繕が完了するという運用が整っていれば、テナントからの印象は格段に良くなります。そのためには、「誰が」「いつ」「何を」対応するのかをルール化したオペレーションシートやフローを整備することが肝要です。人の対応力だけに依存せず、一定の水準で誰でも対応できる仕組みを持つことで、管理品質の平準化が図れます。(4). テナント満足度=再契約率を高める“地味な努力”築古ビルにとって、新規テナントを誘致するより、既存テナントに長く入居してもらうことの方が、圧倒的にコストパフォーマンスが高い戦略です。そのためには、「いまのビルで特に不満はない」という状態を維持することが何より重要です。言い換えれば、目立つ改善よりも、“地味な不満の芽”を早めに摘み取ることがカギなのです。日常的な対応、ちょっとした声かけ、月1回の巡回。こうした運営こそが、結果的に再契約率の向上=空室リスクの低減に直結します。テナントの満足度を高める“ソフト管理”は、ビルの価値を決める最後のひと押しです。建物の外観や設備に大きな手を加えられない築古ビルこそ、この“人の対応”と“運用の仕組み”で、競争力の差を生むことができます。次章では、こうした改善のアイデアを、実際にどう進めていけばよいのか――現状把握の手順と、実務的なチェックリストをベースに解説していきます。オーナー主導で再生を進めていくための「判断と段取り」の方法を、具体的に確認していきましょう。 第7章:改善の進め方──実行ステップとチェックリスト 築古・中小規模の賃貸オフィスビルにおける「再生」や「改善」は、大規模改修や建替えに限られるものではありません。予算を抑えながらでも、適切な視点と段取りがあれば、十分に“選ばれるビル”へと印象を変えることができます。この章では、実際にどのように改善を進めていくべきか、そのステップとともに、現場で活用できるチェックリストの活用法を紹介します。ステップ1:まずは「内見者目線」で現状を把握する最初のステップは、「内見者の目で自分のビルを見る」という視点の獲得です。「いつも見ている風景」ではなく、「初めて訪れるテナントの担当者が、どこを見てどう感じるか」に立って確認することが必要です。すべてを管理会社任せにせず、オーナー自身の視点を持つことも有効です。チェックのポイントは以下の通り:・エントランスや共用部の印象はどうか・トイレや給湯室の使用感・清潔感は保たれているか・通路や階段の見通し・照明の明るさは十分か・看板やサインに古さや劣化はないか・周辺環境と比べて、劣って見える点はないか一度すべてをリセットして見るつもりで、メモや写真を活用しながら現状を把握していきましょう。ステップ2:改善項目に“優先順位”をつける改善点が見えてきたら、すぐに手を付けたくなるかもしれません。しかし、「どこに、どの順で、どれだけ手をかけるか」を冷静に判断する必要があります。特に中小規模ビルでは、予算も時間も限られています。すべてを一度に変えることは非現実的です。以下の3軸で優先順位を整理するのが効果的です:・費用の大きさ(コスト)・改善にかかる時間(スピード)・印象・満足度への影響の大きさ(効果)たとえば、照明の色温度調整や案内サインの見直しは「低コスト・短期・高効果」であるため、すぐに取り組むべき項目です。一方で、空調の全面更新のように高コスト・長期・効果中程度の改善は、長期計画として位置づけるとよいでしょう。ステップ3:共用部・テナント専用部・外周の“見逃されがち”チェックリスト改善点を見落とさないためには、部位別のチェックリストを活用することが有効です。以下に基本的な確認項目を示します。【共用部チェック項目】・エントランス:床面の黒ずみ・照明の色温度・ゴミの落ちていない状態・廊下・階段:埃や段差、手すりのぐらつき、滑り止めの状態・トイレ・給湯室:清掃状況・臭い・備品の補充・水回りの不具合・サイン類:案内板の視認性、劣化・破損の有無、更新年月の記載有無・空調吹き出し口:汚れ、異臭の有無、フィルター清掃の記録状況【テナント専用部チェック項目】・壁や天井の汚れ・剥がれ・カビ・空調の利き具合、異音の有無・床の沈みや歪み、カーペットの汚れ・配線やコンセント周りの整備状況・内覧時に暗く感じる時間帯の明るさ(照明の配置・強さ)【外周チェック項目】・駐車場・通路のひび割れ、排水の状態・外壁のクラック・塗装の剥がれ・看板の劣化・照明(外灯・看板灯)の点灯状況・植栽や雑草、ゴミの放置など周辺環境の清掃状況このようなチェック項目を月次・四半期ごとに確認し、改善状況を記録しておくことで、ビル全体の管理品質が可視化され、入居者や仲介業者への信頼にもつながります。ステップ4:すべてをPM・BM任せにせず、“オーナーの目”を持ち続ける改善を実行していく上で、プロパティマネジメント(PM)やビルマネジメント(BM)会社の協力は不可欠です。しかし、それに“完全に任せっきり”にするのは危険です。清掃や点検、テナント対応、リーシング活動などをアウトソースしている場合でも、「ビルの価値をどうしたいか」という判断は、オーナーしかできません。たとえば:・予算のかけ方(どこに、いくらまでかけるか)・優先順位の考え方(印象重視か、機能重視か)・テナントとの関係性についての最終判断これらはすべて、「オーナーの意思」があって初めて正しく機能します。月1回の簡単なレポート確認でも、半年に1回の物件立会でも構いません。PMやBMとの距離感を保ち、共通の目標に向けて動いているかを確認し続けること。それが、築古ビルで差を生む“運用力”の本質です。次の章では、ここまでの実務ポイントを総括し、築古・中小規模の賃貸オフィスビルが持つポテンシャルと、オーナーに求められる“判断”と“段取り”について改めて考察します。大規模改修や建替えに頼らずとも、ビルの価値は確実に変えられるという視点を、最後に共有していきます。 第8章:築古・中小規模・賃貸オフィスビルの競争力は「判断」と「段取り」で決まる 築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルにおいて、「空室が埋まらない」「賃料を維持できない」という課題は避けて通れません。一方で、「築古でも安定稼働を続けているビル」も確実に存在しています。この違いは何か。それは、必ずしも資金力や立地の差ではありません。差を分けているのは、“どこを優先して改善し、どう段取りを組んで行動しているか”という、ごくシンプルな「判断力」と「実行力」です。「建替えできないから仕方ない」では競争に勝てない都心部の中小規模ビルオーナーにとって、建替えは現実的な選択肢ではないことが多いでしょう。立地条件、資金調達、テナントの立退き交渉、再開発事業への参加難易度――。どれをとってもハードルは高く、また建替え後に想定通りの稼働率が見込める保証もありません。その結果、多くのビルは「今のままで運用を続ける」という選択をしています。しかし、“現状維持”と“何もしない”は似て非なるものです。設備が古いまま、清掃が不十分、印象が悪い――。こうした小さな見過ごしの積み重ねが、いつしか競争力を根本から削いでいくのです。変えられるのは「築年数」ではなく「印象」と「運用」築年数は変えられません。しかし、ビルの“印象”は変えられます。そして、「印象」は、日常的な運用の積み重ねによって大きく左右されます。例えば:・トイレがきちんと清掃されている・案内サインが分かりやすく更新されている・照明が明るく、適切な色温度で整っている・入居後のトラブル対応が迅速で、信頼感がある・契約前に物件情報がしっかりと整理されているこれらはどれも、大きな費用をかけずとも実行できることばかりです。“築古だけど管理が行き届いている”という印象を与えることが、結果的に賃料や稼働率の安定につながっている事例は多数あります。問題は「資金」ではなく「判断」と「可視化」の不足「予算がないから何もできない」という声をよく耳にします。しかし実際には、改善できることのほとんどは“予算の有無”ではなく、“優先順位”と“整理”の問題です。・改善すべき点を洗い出す(目視・写真・内見者目線)・優先順位をつける(費用・効果・所要時間)・管理会社の担当者と進行状況を共有し、記録を残す・見直しとフィードバックを定期的に行うこのような「判断と段取り」のある運営を実践しているビルほど、結果としてテナントの満足度が高く、再契約率も高く、空室が出てもすぐに埋まるという循環を実現しています。オーナー自身が“選ばれる理由”をつくる意思を持てるか「選ばれるビル」に共通するのは、オーナーが“この物件をどう見せたいか”という明確な意志を持っていることです。それは、表に出るかどうかは関係ありません。意思をもって意思決定を積み重ねているかどうかが、結果に現れます。・自分がテナントなら入居したいと思えるか?・仲介担当者が安心して紹介できる物件か?・入居テナントが長く使いたいと思える空間か?これらにYesと答えられる状態を目指す。それが、築古ビルであっても選ばれるための“経営”の在り方です。築古だからこそ問われる「運用力」という競争力最後に強調したいのは、築古・中小規模の賃貸オフィスビルにおいて最も差がつくのは「運用力」だということです。それは設備投資の額でも、建築デザインの派手さでもなく、「このビルは丁寧に管理されている」と誰もが感じるような小さな積み重ねです。・掃除が行き届いている・管理者の対応が早い・不具合の報告がしやすい・離れたあとも、また戻ってきたくなるそんなビルが、築年数に関わらず、選ばれ続けています。築30年を超えた中小規模の賃貸オフィスビルでも、「管理と運用」で勝負できる。オーナーが自ら“選ばれる理由”をつくりにいく限り、そのビルには未来がある。この現実的で前向きな戦略こそが、いま最も求められている「築古ビル再生」の鍵であると、私たちは確信しています。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月25日執筆2025年11月25日 -
プロパティマネジメント
築古の中型賃貸オフィスビルの空室率を下げるための実践的テナント誘致戦略
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古の中型賃貸オフィスビルの空室率を下げるための実践的テナント誘致戦略」を解説したもので、2025年11月18日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次序論:築古オフィスビルの空室率問題とは?第1章:市場分析とターゲット設定第2章:築古オフィスビルの魅力を引き出すリノベーション戦略第3章:企業ブランディングとPR戦略第4章:効果的なテナント誘致戦略第5章:事例研究と実践的アドバイス最終章:築古オフィスビルの空室率低減に向けて 序論:築古オフィスビルの空室率問題とは? 近年、日本のオフィス市場において、中型の築古オフィスビル(1,000㎡〜5,000㎡程度)が直面している空室率の上昇が深刻な問題となっています。特に、東京においては、新築の大規模オフィスビルが次々と供給され、テナントの選択肢が広がったことで、築年数の経過したビルは競争力を維持することが難しくなっています。本コラムでは、築古オフィスビルの特有の課題を克服し、競争力を持たせるための具体的な戦略を提案します。成功事例を交えながら、実践的な施策を提示し、築古ビルでもテナントを誘致できる可能性を示しています。 第1章:市場分析とターゲット設定 ① 築古オフィスビルにおける市場の動向 (1) 中型オフィスビルの現状近年のオフィス市場では、リモートワークの浸透や働き方改革の推進により、企業のオフィス需要に変化が生じています。賃貸オフィス市場全体としては、空室率の低下傾向が見られる一方で、中型オフィスビル(フロア面積50~100坪)については、低減傾向から底ばい状態にあります。特に築20年以上が経過したビルの空室が目立ち、空室率が緩やかに上昇傾向を示しているようにも見受けられます。これは、築古ビルに対して、設備の老朽化や建物自体のデザインの陳腐化により、テナントが魅力を感じにくくなっているためです。こうした状況を踏まえると、築古の中型オフィスビルのオーナーは、これまで以上に慎重かつ戦略的なテナント誘致の施策を講じる必要があります。(2) 新築大規模ビルの開発による市場への影響近年、大手デベロッパーによる新築の大規模オフィスビルの供給が増加し、最新の設備や快適な労働環境を求める企業のニーズに応えています。特に都心部では、高機能オフィスが多く開発され、従来型の築古中型ビルは、テナントの獲得において不利な立場に置かれています。このため、従来型の築古中型ビルは市場における相対的な競争力低下が著しく、明確な差別化戦略を立てる必要性が高まっています。(3) 企業規模別オフィス選定基準の違い企業のオフィス選定基準は、規模や業種によって大きく異なります。一般的に大企業はブランド価値や最新設備の整ったオフィスを選ぶ傾向があり、快適性や機能性を優先します。一方、中小企業は賃料水準やコストパフォーマンス、実務性を重要視する傾向が強いです。また、経済情勢がオフィス選定に与える影響も大きいです。景気の良い時期には、大企業、中小企業ともに設備や環境の向上を求めてオフィス移転を検討するが、景気が悪化すると特に中小企業はコスト削減のために築古ビルへの移転を選択する傾向が高まります。2025年の日本経済の見通しとして、政府は「賃上げと投資が牽引する成長型経済」への移行を目指しているものの、米国のトランプ関税政策の影響や足元の円高傾向など、不透明な要素が依然として存在しており、市場動向の予測は容易ではないです。(4) 最新のオフィス市場動向とコスト問題ザイマックス不動産総合研究所が2024年12月に発表した調査によると、築古ビルはエネルギー消費効率が悪く、新築ビルに比べて光熱費が高くなる傾向があり、これがテナントのランニングコスト負担を増加させ、築古ビル選定時のデメリットとなっていることが分かっています。さらに同研究所が2025年2月に公表した調査では、築古ビルの修繕費や資本的支出の増加が著しく、オーナー側の負担も拡大していることが指摘されています。このように、築古ビルは維持管理費用の面でも課題を抱えており、収益性を高めるためには費用対効果の高い投資戦略が求められています。 ② 競合との比較と築古ビルのポジショニング (1) 築年数が経過したオフィスビルの課題築年数が経過したオフィスビルが抱える主な課題としては以下が挙げられます。・設備の老朽化:空調設備、給排水設備、電気設備といった基本的なインフラが築後20年以上経過すると著しく劣化します。設備トラブルの頻度が増え、突発的な修繕費用が発生するだけでなく、テナントの快適性や業務効率の低下を招きやすいです。・イメージの陳腐化:オフィスビルの外観や内装デザインは、時代のトレンドやテナント企業のニーズに敏感に対応する必要があります。築年数が経過すると流行から取り残され、「古臭い」「使いにくい」といったネガティブな印象を与えてしまうことが多く、ブランド力や企業イメージを重視する企業から敬遠されやすくなります。・競争力の低下:最新設備や優れたデザインを備えた新築ビルが市場に供給され続けているため、設備や快適性の面で新築ビルとの格差が広がり、競争力が低下します。その結果、賃料の引き下げや長期空室の発生を招き、収益力の維持が困難になります。これらの課題は単体で存在するものではなく、相互に影響し合いながら、築古オフィスビルのテナント誘致を難しくしています。そのため、築古ビルオーナーに求められるのは、これらの課題を包括的に把握し、戦略的に優先順位を付けて効果的な改善策を講じることであります。(2) 新築オフィスとの競争環境と差別化ポイント築古ビルが新築ビルとの競争を勝ち抜くためには、「低コストかつバリューアップ」を基本戦略とする必要があります。つまり、多額の投資を必要とする大規模改修を避けつつも、費用対効果の高い施策を実施して競争力を向上させるという考え方です。具体的な取り組みとしては、使用頻度の高い空調設備やトイレ・給湯室などを部分的に更新することで快適性を改善したり、エネルギー効率を高めるLED照明の導入や省エネ空調設備への切り替え、さらには耐震性や防災設備の強化を図る方法があります。これらの低コスト施策を効果的に組み合わせることで、築古ビルの経済的かつ実用的な価値を最大化し、新築ビルとは異なる魅力を提供できます。さらに、こうした差別化ポイントを、はっきりと打ち出すことにより、現実的かつ効果的なテナント誘致戦略を構築できます。 ③ ターゲットとなるテナント像の明確化 中堅企業の本社・支社、大企業のサテライトオフィス、士業・コンサルティング企業、地域密着型企業等、ターゲットとなるテナント像を明確にして、それぞれに響く訴求ポイントを具体化し、築古オフィスビルの特性を活かしたテナント誘致戦略を考えます。(1) 中堅企業の本社・支社① コストパフォーマンスの強調・築古ビルの最大の強みである「低賃料+必要十分な設備」を前面に出す。・固定費削減のシミュレーションを提示し、実際のランニングコストを数値で示す。② 実務的な機能性の確保・「シンプルで機能的」なオフィス設計を強調。・執務環境の効率化(レイアウト変更の自由度、会議室の最適配置、ネット環境の充実)を提案。③ 企業ブランディングを損なわないオフィス・「低コスト=安っぽい」イメージを払拭するため、シンプルながら清潔感のある内装やエントランスの刷新を行う。・過度なデザイン改修は不要だが、「機能美」を活かした設計でブランド価値を維持できることをアピール。(2) 大企業のサテライトオフィス① 分散型勤務のニーズに対応・「社員の通勤負担軽減+業務効率化を両立する拠点」としての役割を明確化。・交通アクセスを評価し、実際の通勤時間シミュレーションを提示し、周辺環境(カフェ・コンビニ・郵便局)などを訴求し、サテライトオフィスとしての利便性を強調。② 設備のシンプル化と低コスト運用・シンプルな内装・設備ながら、業務遂行に必要な機能は十分であることを明示。・「賃料を抑えながらも、Wi-Fi・セキュリティ・共用会議室など基本設備が揃っていること」をアピール。・ランニングコスト比較(電気代・清掃費など)を示し、本社や競合ビルとの差別化を図る。③ フレキシブルな契約形態・大企業が求める短期契約・柔軟な利用に対応できる点を強調。・「1年契約」「プロジェクト単位での使用」など、企業の拡張・縮小に柔軟に対応できる点をアピール。(3) 士業・コンサルティング企業① 顧客対応を重視したオフィス環境・来客対応が多い士業やコンサル企業にとって、「築古=汚い・古臭い」というイメージはマイナス。・清潔感を重視したエントランスや受付スペース、共用部のデザインリニューアルを行い、来客時の印象を向上させる。・「応接スペースが確保しやすい」「静かな環境で業務に集中できる」など、士業・コンサル特有のニーズを訴求。② セキュリティとプライバシーの確保・機密情報を扱う業種のため、オフィスの遮音性や個室利用の選択肢をアピール。・「隣のオフィスの音が聞こえにくい」「個別施錠が可能な部屋がある」などの設備ポイントを具体的に示す。③ 立地よりもコストと質のバランス・立地よりも「オフィスの質とコストのバランス」を重視する士業・コンサルに対し、「必要十分な設備で賃料を抑えられる」という合理的な価値を訴求。・「都心の高額オフィスではなく、築古ながらも十分な機能を持つオフィスを適正価格で提供」と明確にメッセージング。(4) 地域密着型企業(デザイン・広告企業など)への訴求ポイント① 築古ビルの個性を活かしたブランディング・デザイン・広告業などのクリエイティブ企業は、築古ビルの雰囲気を「個性」として活用できる。・「レトロで味のある内装」「ビンテージ感を活かしたオフィスデザインが可能」といった築古ならではの魅力を前面に出す。② カスタマイズ自由度の強調・「自社のブランドイメージに合わせた改装が可能」という自由度の高さを訴求。・クリエイティブ企業向けに、「内装工事OK」「リノベーション相談可能」といった柔軟な対応を提案。③ 地域ネットワークの活用・地元の企業やクリエイターとの連携を意識し、「地域のクリエイティブ拠点としての可能性」をアピール。・例:「このビルの入居者は●●の業種が多く、相互連携の機会がある」「地元の店舗とコラボできる立地」といった具体的なメリットを提示。これらターゲット企業は、築古ビルに求める設備やデザイン、コストのバランスが明確であり、マーケティング戦略やテナント誘致の方針を具体的に設計する上で重要な指標となります。以上を踏まえ、第2章ではこれらターゲットニーズに応じた具体的なリノベーション戦略について解説します。 第2章:築古オフィスビルの魅力を引き出すリノベーション戦略 築古オフィスビルの競争力を高め、テナント誘致を成功させるためには、リノベーションを戦略的に行う必要があります。ただし、大規模な投資を行うことは現実的ではなく、費用対効果を考慮しながら、最小限の設備投資で最大の効果を引き出すことが求められます。本章では、築古オフィスビルの価値を向上させるための具体的なリノベーション戦略を紹介します。 ① 設備投資を最小限に抑えつつ効果的にバリューアップ (1) 最小投資で大きな満足度向上を実現するポイント築古オフィスビルにおける設備投資のポイントは、「利用頻度が高く、テナントの満足度に直結する箇所から優先的に改善すること」です。特に、トイレ、空調、照明の改善は、コストを抑えつつ快適性を大きく向上させる効果があります。・トイレの改修:築年数が経過したオフィスビルでは、トイレの古さがテナントの満足度に大きな影響を与えます。ウォシュレットの設置、照明のLED化、清潔感を重視した内装の改修など、小規模な改修でも印象が大きく向上します。・空調設備の改善:築古ビルでは、空調設備の老朽化が快適性に直結する問題となります。全館空調の入れ替えはコストが高いため、部分的な設備交換や、個別空調の導入が現実的な選択肢となります。・照明のLED化:LED照明の導入は、光熱費削減と快適性の向上の両面でメリットがあります。オフィスの明るさを確保しながら、電気代の削減にもつながるため、優先して実施すべき施策の一つです。(2) 老朽化設備の部分的アップグレードとコスト試算設備改修に際しては、全面改修ではなく、費用対効果の高い部分的なアップグレードを実施することが重要です。 設備項目改修内容想定コスト (1フロアあたり)効果トイレ便器交換・壁紙張替・LED照明導入100万~300万円清潔感向上、テナント満足度UP空調部分交換(主要ユニットのみ更新)200万~500万円快適性向上、ランニングコスト削減照明全LED化80万~150万円光熱費削減、明るい空間演出 コストを抑えつつ、テナントの評価が高まりやすい施策を優先的に実施することで、築古ビルの魅力を向上させることが可能です。 ② デザインとブランディング (1) 「レトロ感を活かす」 vs. 「モダンに刷新する」戦略築古ビルのデザイン戦略には、大きく分けて、「レトロ感を活かす」方法と、「モダンに刷新する」方法の2つがあります。・レトロ感を活かす:築古ビルの「味わい」を前面に打ち出し、ヴィンテージ風の内装やデザインを取り入れる。特に、デザイン・広告・クリエイティブ系の企業にはこの雰囲気が人気がある。・モダンに刷新する:外観や内装をシンプルで洗練されたデザインに統一し、新築ビルに近いイメージを作る。スタートアップ企業や士業向けのオフィスでは、清潔感と機能性が求められるため、このアプローチが適している。(2) 築古ビルならではの個性を打ち出すブランディング手法築古ビルの「個性」を打ち出すことで、ターゲット企業に対する訴求力を高めることができます。例えば、・ネーミングの工夫:単なる住所名ではなく、ビルのコンセプトを表現したネーミングを採用する(例:「○○クリエイティブオフィス」)。・エントランスのリノベーション:エントランスはビルの第一印象を決める重要な要素です。照明や植栽を活用し、デザイン性の高い空間を作ることで、印象を大きく変えることができる。(3) テナントの要望に沿った間仕切り(会議室の柔軟な対応)テナントの要望に応じて、間仕切りの柔軟な設計を取り入れることで、入居のハードルを下げることができる。特に、・固定壁ではなく可動式パーティションを活用し、レイアウト変更が容易な設計にする。・会議室や共有スペースの用途をカスタマイズできるようにし、テナントの希望に対応する。(4) 光熱費削減につながる改修(LED照明、省エネ空調、断熱強化など)築古ビルの運営コスト削減の観点から、省エネルギー対策も重要です。・LED照明の導入:電力消費を抑え、長寿命で維持管理の負担を軽減できる。・省エネ空調の導入:最新の高効率空調システムを導入し、エネルギーコストを削減する。・断熱強化:窓ガラスの二重化や遮熱フィルムの導入により、夏場・冬場の空調負荷を軽減する。(5) スマートロック・顔認証システムの導入近年、セキュリティ強化と利便性向上のために、スマートロックや顔認証システムの導入が進んでいます。これにより、・物理鍵の管理が不要になり、セキュリティが向上する。・テナントの利便性が向上し、入居率アップにつながる。これらの施策を組み合わせることで、築古ビルの価値を最大限に引き出し、テナント誘致の競争力を強化することができます。次章では、リノベーションによって高めたビルの価値を、どのように企業ブランドと結びつけ、効果的なPRを行うかについて詳しく解説します。 第3章:企業ブランディングとPR戦略 築古オフィスビルの競争力を高めるには、単なる物件の改修だけでなく、ブランド価値を構築し、適切なPR戦略を展開することが重要です。特に、新築ビルとの競争が激しい市場では、ターゲットとなるテナント層に向けたブランディングと情報発信を強化することで、築古ビルの独自性を際立たせることができます。本章では、オフィスビルのブランド力を向上させるため、会社を挙げて取り組んでいる、インターネットでのマーケティング戦略について詳しく解説します。 ① オフィスビルのブランド力を高める方法 (1) 築古ビルのリブランディング成功事例築古ビルのリブランディングとは、単なる建物の改修ではなく、「ストーリー」や「コンセプト」を持たせることによって、新たな価値を創出するプロセスです。以下に、成功事例を紹介します。事例①:築30年の築古オフィスビルをクリエイティブな業務環境のオフィスとして再生・レトロな外観を活かしつつ、内装をモダンに改修。・インターネットの自社チャンネル:プロパティ・ジャーナルでも積極的に情報発信し、入居率が改善。事例②:歴史的建造物を活かしたブティック・オフィス・伝統的な意匠を残しながら、最新の省エネ設備を導入。・歴史的な価値をブランディングに活用し、「唯一無二のオフィス空間」として訴求。・高付加価値化に成功し、賃料を引き上げて満室状態を維持。(2) 「歴史×モダン」などのコンセプト戦略築古ビルならではの強みを活かすために、「歴史×モダン」などのコンセプトを明確に打ち出すことが重要です。・「レトロ×テクノロジー」:築古ビルの味わい深い外観に、最新のITインフラやスマートオフィス設備を組み合わせます。・「サステナビリティ×伝統」:リノベーション時に環境配慮型の設備を導入し、エコフレンドリーなオフィスとしてブランディング。(3) 企業にとってのブランド価値をどう伝えるかテナント企業がオフィスを選ぶ際、「自社のブランド価値を高められるか」が重要な要素となります。そのため、築古ビルに入居することがブランド戦略にプラスになることを明確に伝える必要があります。・「オフィスの個性が企業の個性を高める」というメッセージを発信。・デザイン・広告・IT企業など、ブランドイメージを重視する業種に特化した訴求を行う。・成功事例を積極的に発信し、「このビルに入ることで得られるメリット」を明確に打ち出す。 ② マーケティング・広告戦略 (1) 自社で不動産ポータルサイトの展開現在、会社を挙げて取り組んでいる不動産ポータルサイトでは、自社メディア・サイト「プロパティ・ジャーナル」を設け、ビル・メンテナンス、プロパティ・マネジメント、リノベーション、仲介など、当社の多面的な業務展開を横断しながら、さまざまな切り口で情報発信を行っています。これは、単なるテナント誘致のためのツールではなく、不動産業界全体に向けた知見共有の場として活用することを目的としています。(2) 「オフィスビル=働く環境の一部」としてのコンテンツの打ち出し築古ビルの価値を「働く環境の一部」として強調するために、インターネットマーケティングを駆使した情報発信が必要となります。特に、自社メディア「プロパティ・ジャーナル」を中心に、次のような施策を展開します。●ストーリーテリングによるブランド訴求・「このオフィスに入居することで、企業の魅力が高まる」というコンセプトを、具体的なストーリーで発信。・実際の入居企業の成功事例を取り上げ、築古ビルが企業の成長に貢献する事例を紹介。「こんな風に改装可能!」といったクリエイティブな使い方の具体例も紹介。・写真の活用:「築古でも快適なオフィス空間」という視覚的訴求を強化。昼と夜のビルの雰囲気を比較できるように、複数のシチュエーションで撮影。テナントが働くイメージが湧くように、オフィスレイアウトを工夫した写真を掲載。●SEO対策を施したコンテンツマーケティング・「築古ビル オフィス」「コストパフォーマンスの高いオフィス」などの検索ワードを意識した記事を次々と作成しアップ。・専門家集団とタッグを組んで、Google検索で上位表示されるようなコンテンツ設計を行い、継続的な流入を確保。●SNSでの情報拡散とブランド強化・オーナー・管理会社が築古ビルの魅力を発信する際には、SNSの活用も効果的。・LinkedInを活用し、BtoB企業に対して築古オフィスの価値をPR。・Instagramではビジュアルを重視し、リノベーション事例やオフィス環境の魅力を訴求。・X(旧Twitter)では、最新の空室情報やキャンペーン情報をリアルタイムで発信。このように、インターネットマーケティングを駆使し、築古オフィスの魅力を発信することで、テナント誘致の成功率を高めることができます。 ③ ターゲットに合わせた訴求ポイントの明確化 ターゲット企業のニーズに応じて、デジタルマーケティング上での訴求ポイントを明確化し、それぞれの関心に合った情報を適切なチャネルで届けます。具体的には、WEBサイト、SEOコンテンツなどを活用し、ターゲット企業が求める価値を視覚的・言語的に訴求します。1.中堅企業の本社・支社向け:「コストパフォーマンスの高い実務的なオフィス」▶ メッセージ例・「経費削減を実現!築古オフィスでも実務効率の高いワークスペース」・「本社移転でランニングコスト30%削減!コストパフォーマンス重視のオフィス」・「執務スペースはシンプルに、コストは賢く。実務に最適な快適空間を提供」2.大企業のサテライトオフィス向け:「分散型勤務に最適なコンパクトオフィス」▶ メッセージ例・「分散型勤務の最適解!コストを抑えたサテライトオフィス」・「都心からのアクセス良好、効率的な働き方を実現する新しい拠点」・「高額な新築オフィスは不要。シンプル&機能的な築古ビルを活用」3.士業・コンサルティング企業向け:「信頼感のあるデザイン性+プライバシー確保」▶ メッセージ例・「お客様との信頼を築く、静かで落ち着いたオフィス環境」・「士業向けの快適ワークスペース。機密情報の管理も安心」・「築古でも清潔感のある空間。顧客の信頼を生むオフィス設計」4.地域密着型企業(デザイン・広告企業など)向け:「ユニークなデザインと自由度の高いオフィス」▶ メッセージ例・「個性を活かせるオフィス!築古ならではのレトロモダンな空間」・「自由度の高いレイアウトで、ブランドイメージを最大限に表現」・「デザイン会社・クリエイター必見!こだわりのオフィスを作れる物件」次章では、ブランディングによって向上したオフィスの価値を、実際にテナント誘致につなげる具体的な戦略について詳しく解説します。 第4章:効果的なテナント誘致戦略 築古オフィスビルの空室率を改善し、安定的なテナント確保を実現するためには、効果的なテナント誘致戦略が欠かせません。本章では、競争力のある賃料戦略と契約条件の設定、さらにテナントの意思決定プロセスを理解した上での営業戦略について詳しく解説します。 ① 賃料戦略と柔軟な契約条件の設定 (1) 競争力のある価格設定築古オフィスビルの賃料設定は、新築ビルや競合物件との差別化を図りながら、ターゲット企業にとって魅力的な価格帯を設定することが重要です。具体的な方針として以下が挙げられます。・周辺相場の徹底調査:近隣オフィスビルの賃料相場を調査し、市場に適した価格帯を設定する。定期的な市場調査を行い、競争力のある賃料を維持することが求められる。・コストパフォーマンスを重視:築古ビルの特性を活かし、「手ごろな価格で快適なオフィス環境を提供する」ことを前面に打ち出す。賃料を適正に抑えつつ、内装や設備の一部を改修することで、費用対効果の高い選択肢を提供できる。・長期契約割引の導入:長期契約を結ぶことで賃料を抑えるプランを用意し、安定したテナント確保を狙う。特に、一定期間以上の契約に対してインセンティブを設けることで、長期的な収益の安定化が期待できる。(2) 「賃料減額 vs. 高付加価値化」の選択肢築古ビルの競争力を高めるためには、単なる賃料の引き下げだけでなく、付加価値を向上させる選択肢も考慮すべきです。 選択肢メリットデメリット賃料減額低コストで入居を促進しやすい収益性が低下する可能性高付加価値化改修やサービスを強化し、適正な賃料を維持初期投資が必要 築古ビルの場合、設備投資によるバリューアップが可能なケースも多いため、「適度な投資による高付加価値化」で競争力を維持する戦略が有効です。(3) 保証金・更新料など契約条件の見直しテナント誘致のハードルを下げるためには、契約条件の柔軟性を高めることも重要です。・保証金の低減:初期費用を抑えることで、特にスタートアップ企業や中小企業の入居を促進。保証金を従来の相場よりも低く設定することで、契約成立のハードルを下げる。・更新料の見直し:長期入居を促進するために、更新料を低く設定する。特に、長期契約の場合には更新料の免除や低減措置を導入することで、長期間にわたる安定収益の確保が可能になる。・フレキシブルな解約条件:短期間でも入居しやすい契約プランを用意し、サテライトオフィス需要にも対応。テナントの事業展開に合わせた柔軟な解約条項を盛り込むことで、入居率向上につなげる。 ② テナントの意思決定プロセスの理解と営業戦略 (1) 企業がオフィス移転を決定するまでの流れ企業が新しいオフィスへの移転を決定するプロセスは、複数のステップを経るため、その流れを理解し、適切なタイミングでアプローチすることが重要です。●社内決裁のプロセス ・総務部門や経営陣が移転先を検討し、予算や条件を決定する。・役員会や取締役会での最終決裁を経て、正式な契約に至る。●コスト試算のポイント ・賃料、保証金、改装費、光熱費などのトータルコストを試算し、企業の予算と照らし合わせる。・築古ビルの優位性(低コストや自由度の高さ)を示すことで、意思決定を後押しする。●現地視察・交渉の重要性 ・実際のビルの雰囲気や利便性を確認するため、現地視察が重要。・視察時に具体的な契約条件を交渉することで、成約の可能性を高める。(2) 意思決定プロセスに沿った営業アプローチ企業の意思決定プロセスを踏まえた営業アプローチを展開することで、成約率を高めることができます。●士業・コンサル企業への直接営業 ・弁護士、会計士、コンサルタントなど、少人数で業務を行う企業に対し、築古ビルの静かな環境やコストパフォーマンスの良さを訴求。・セミナーや業界向けイベントなどを通じた関係構築も有効。●地元企業との関係強化 ・地域密着型の企業とのネットワークを強化し、地元の企業が移転先として検討しやすい環境を整える。・商工会議所や地域経済団体と連携し、築古ビルの利点をPR。●オフィス需要の高い業種リストアップとターゲティング ・市場調査をもとに、特定の業種(スタートアップ、IT企業、クリエイティブ業界など)に特化した営業戦略を展開。・各業種のニーズに沿った提案を行い、ビルの特性とマッチする企業を狙う。これらの戦略を組み合わせることで、築古オフィスビルの魅力を最大限に引き出し、効果的なテナント誘致を実現することができます。次章では、実際の成功事例をもとに、テナント誘致の具体的な実践方法や注意点について解説します。 第5章:事例研究と実践的アドバイス 築古オフィスビルのバリューアップを成功させるためには、実際の事例を参考にしながら効果的な施策を学ぶことが重要です。本章では、築古ビルの成功事例と失敗事例を紹介し、それらから得られる実践的なアドバイスをまとめます。 ① 築古オフィスのバリューアップ成功事例 (1) 築30年以上のオフィスビルを改修し、満室化したケース築古オフィスビルの老朽化は避けられないが、適切なリノベーションとマーケティング施策を組み合わせることで、高い入居率を維持することは十分に可能です。ここでは、実際に成功した事例を紹介します。事例①:築35年のオフィスビルを段階的に改修し、3年で満室化●築35年を超え、空室率が40%を超えていた中型オフィスビル。管理コストの上昇と入居者の減少が課題であった。●設備改修の優先順位を明確にし、段階的に改修を実施。 ・まず、テナントの不満が大きかったトイレ、空調、照明の更新を実施。清潔感の向上とエネルギーコスト削減を両立。・その後、エントランスのリニューアルを行い、外観イメージの改善に着手。●コストを抑えながらもテナントの利便性を向上させる施策を実施。 ・古いオフィスの「狭い・暗い・使いにくい」という印象を払拭するため、共用部のデザインを明るくシンプルに改修。・一方で、専有部の改修はテナントのニーズに応じて実施し、無駄な改装コストを抑えた。●自社メディアを活用したプロモーションにより、ターゲット層に的確にアプローチ。 ・自社メディア「プロパティ・ジャーナル」による築古オフィスの特集記事を展開し、築古ビルの魅力を再認識させる。・Instagram・X(旧Twitter)も活用し、リノベーションのビフォーアフターを発信。●結果として、3年以内に満室稼働を達成し、賃料も5%上昇。事例②:築古ビルの「レトロ感」を活かしたブランディング戦略●築40年のオフィスビルを、「クラシック×モダン」なデザインで差別化。●歴史的な建物のデザインを活かし、内装には洗練されたモダン要素を取り入れることで、独自のオフィス空間を演出。●ターゲットをデザイン・広告関連の企業に絞り込み、ニッチな市場で差別化に成功。 ・高級感とクリエイティブな雰囲気を強調し、感度の高い企業に訴求。・「歴史を感じさせるオフィス」というコンセプトを前面に出し、ブランド価値の向上を図った。●結果として、賃料を維持しながら高稼働率を実現し、空室率は10%以下に低下。(2) 企業とのコラボレーションで空室率を改善した事例築古ビルの活用は、地元企業や業界特化型企業とのコラボレーションによって更なる価値を生み出すことが可能です。事例③:ビル内の1フロアを特定業種向けにカスタマイズし、安定収益を確保●空室が続いていた築古ビルの1フロアを、IT企業向けに特化したレイアウトへ変更。●配線や通信設備を強化し、「即入居可能なITオフィス」として訴求。●業界イベントやセミナーを通じて、IT関連企業の認知を高め、6カ月以内にフロアの満室化を達成。事例④:地元企業との連携で築古ビルを活性化●立地を活かし、地元企業とのネットワークを強化。●商工会議所や地元メディアと協力し、築古ビルの魅力を発信。 ・地元新聞や地域密着型のオンラインメディアに特集記事を掲載。・地元企業とのビジネスマッチングイベントを開催し、新たなテナント候補を獲得。●結果として、空室率が改善し、地元企業の入居比率が30%増加。以上の成功事例から、築古ビルのバリューアップには以下のポイントが重要です。1.計画的な改修とコストコントロール:設備更新の優先順位を明確にし、段階的に進めることで、投資対効果を最大化できる。2.ターゲット層を明確にしたブランディング:築古ビルの特性を活かし、適切な市場に向けてアピールする。3.地元企業や特定業種との連携:地域経済とのつながりを活用し、テナントの安定確保を図る。次のセクションでは、築古ビルの失敗事例を紹介し、避けるべきポイントについて解説します。 ② 失敗事例から学ぶ 築古オフィスビルのバリューアップには、適切な戦略と計画が欠かせません。しかし、計画が不十分であったり、実施方法に問題があると、期待した成果が得られず、むしろ空室率が悪化してしまうこともあります。ここでは、過去の失敗事例を紹介し、そこから学ぶべきポイントを詳しく解説します。 (1) 中途半端な改修が逆効果になった例失敗事例①:エントランスの改修のみ実施し、統一感を欠いた結果、逆に印象が悪化背景・経緯・築年数が40年を超え、入居率が低迷していたオフィスビル。老朽化によるイメージダウンが顕著になり、オーナーは「とにかく第一印象を良くしよう」とエントランス改修に着手。・しかし、周辺相場や競合ビルのリニューアル状況について、十分なリサーチを行わないまま、エントランスだけ豪華にする方向で予算配分が決定された。具体的な改修内容・エントランスの壁面や床材を高級感のある素材に変更。ロビーにはデザイナーズ家具を導入し、まるで高級ホテルのような雰囲気を演出。・その一方で、オフィスフロアや共用部の内装・設備は老朽化が進んだまま放置され、外観と内部でギャップが生じてしまった。結果・問題点・内覧に訪れた新規テナント候補からは「エントランスと実際のオフィスフロアとの落差が激しく、逆に不安を感じる」との声が多数。・既存テナントからはエントランスの雰囲気向上を喜ぶ声もあったものの、新規入居には結びつかず、投資回収の見込みが立たなくなった。・管理上も、エントランスと他の部分で清掃やメンテナンスの基準が異なり、結果的に運営コストが増加した。教訓・改修はビル全体のバランスを考え、統一感を持たせることが重要。・見た目だけの変更ではなく、実際の使い勝手や快適性の向上を優先すべき。・優先度の高い設備更新(空調・照明・トイレなど)とのバランスを考えた改修計画を立てる。・投資範囲の決定前に、ユーザー目線での動線や利用シーンをシミュレーションし、複数の改修案を比較検討する。(2) ターゲット設定を誤ったために空室が続いた例失敗事例②:高級感を打ち出したが、立地特性とミスマッチで誘致が難航背景・経緯・交通アクセスがやや不便なエリアにある築30年超のオフィスビル。周辺は中小企業向けの賃料帯が主流で、豪華な設備を求める企業はあまり多くない環境だった。・オーナーは「同エリアの他ビルとの差別化」を図るために高級感路線を選択。内装や外観を大規模にリニューアルし、その分賃料を大幅に値上げする計画を打ち出した。具体的な改修内容・内装をハイグレード仕様に一新。高価な床材や照明、グレードの高いセキュリティシステムを導入。・見栄え重視である一方、エリア全体のニーズや、テナントが負担可能な賃料帯を慎重に検討することを怠りがちだった。結果・問題点・内覧には「設備は確かに良いが、このエリアでこの家賃は高すぎる」という声が多く、契約に至らないケースが続発。・広告宣伝にも力を入れたものの、そもそもの立地が高級志向の企業にとって好条件とはいえず、半年以上空室が埋まらなかった。・結局、大幅な賃料見直しとターゲット層の再設定を行った後に、ようやく入居率が改善。教訓・立地に応じたターゲット設定が不可欠。周辺市場の需要を調査し、それに合った戦略を立てる。・賃料の引き上げは慎重に検討し、エリアの相場と競争力を考慮する。・ハイグレード化を行う場合は、付加価値を明確に打ち出し、ターゲット層に強く訴求するマーケティングが必要。・リニューアル後の家賃設定だけでなく、共益費や初期費用などテナント目線での総費用も考慮する。(3) リノベーション投資の配分ミスによる損失事例失敗事例③:過剰な内装投資を行ったが、賃料に反映できず採算割れ背景・経緯・築35年のビルで「大規模リノベーションにより高級感を演出すれば、高い賃料でも借り手がつくだろう」と期待して、多額の投資を決定。・オーナーはデザイン事務所を招聘し、見た目の斬新さを追求する方針をとったが、同時にターゲットとする企業の業種や予算帯については深い考察がなかった。具体的な改修内容・木目調のフローリングや、オフィスには珍しい色使いのガラスパーティションを採用。ロビーや共用部にも最新デザイナーズ家具を導入。・物件の魅力を高める狙いだったが、そこまでの豪華さを求めない企業には「華美すぎて維持管理費も高そう」という印象を与えた。結果・問題点・コスト重視の企業が多いエリアにもかかわらず、内装の豪華さに見合うだけの家賃を設定できなかった。・当初の賃料設定ではテナントがつかず、値下げしても投資コストの回収が困難に。リニューアル後の収支計画が完全に狂ってしまった。・最終的に、一部の豪華設備を撤去し、賃料と内装のバランスを取り直すことで入居率は回復したものの、投資回収の遅れや無駄な経費が経営を圧迫。教訓・リノベーションは投資額とリターンのバランスを考えるべき。・市場調査を行い、ターゲット企業が求める改修内容を把握した上で計画を立てる。・必要以上の高級化はリスクが高いため、コストパフォーマンスの観点を重視する。・設備の選定には、内覧時のインパクトだけでなく、稼働後のランニングコストや運用面の利便性も考慮する。(4) 失敗事例から導き出されるポイント上記のように、築古オフィスビルのバリューアップを計画・実行する際には、「外観や内装の豪華さ」「ターゲット層との合致」「投資とリターンのバランス」「行政や周辺環境への配慮」など、さまざまな要素を総合的に検討する必要がある。失敗事例に共通するポイントとしては以下が挙げられます。1.周辺市場の状況分析の不足相場や需要の動向を把握しないまま改修や賃料設定を行うと、ニーズとの乖離が生じやすい。2.改修範囲とコンセプトの不整合建物全体を通じた統一感の欠如や、用途変更に伴う行政上の手続きなどが後手に回ると、時間・費用面でロスが大きくなる。3.投資コストの過度な先行見栄えや豪華さを優先しすぎて採算が取れなくなり、結果的に撤去や再工事で余計な支出を招くケースもある。4.ターゲット層の誤認立地特性を踏まえた客層分析や、賃料と設備のマッチングが不十分だと、空室率低減どころか悪化のリスクも高まる。これらの失敗事例とポイントを踏まえ、築古オフィスのバリューアップに取り組む際は、 「マーケット調査」・「投資計画の精査」・「全体コンセプトの統一」・「関係者とのコミュニケーション」 を怠らないことが重要です。成功事例だけでなく、失敗例から学ぶことで、無駄なコストや時間の浪費を避け、効果的な改修とテナント誘致が実現できるでしょう。 ③ すぐに実践できるポイント これまでの成功事例・失敗事例から得られた知見を踏まえ、今すぐ取り組める具体的なアクションをまとめました。予算やビルの状況に応じて柔軟に取捨選択し、効果的なテナント誘致につなげましょう。(1) テナント目線で「優先度の高い改善」をピックアップする●小規模改修から着手 まずはテナント満足度に直結する箇所(トイレ、空調、照明など)の改修を最優先とする。大規模リノベーションよりも費用対効果が高く、短期間での印象改善につながる。●統一感を意識した改修 一部だけ豪華にしても逆効果になるケースが多い。エントランスや共用部、オフィスフロアのデザインやメンテナンス基準をある程度そろえることで、「古い箇所が放置されている」というイメージを与えにくくする。(2)「発信力・PR」を強化する●ビフォーアフターの写真で訴求 小規模でも改修を行った場合は、ビフォーアフターの写真を積極的に公開する。築古ビル=「暗くて古い」というネガティブな先入観を一気に払拭しやすい。●自社メディアで情報発信 空室情報やキャンペーン告知、改修の進捗状況を、自社メディア「プロパティ・ジャーナル」で、特集記事を展開して情報発信。●ターゲット層ごとの刺さるキーワードを用意 「コスパ」「レトロ感」「ブランディング効果」など、ターゲット企業が関心を持ちやすいキーワードを明確にし、広告やコンテンツで繰り返しアピールする。(3) 無理のない「投資計画」と「収支バランス」の再確認●段階的改修スケジュールを作成 一度に多額の投資を行わず、優先度の高い箇所から順に改修を進める。その都度、テナントの反応と費用対効果をチェックしながら計画を微調整する。●リーシング担当との密な連携 改修や賃料設定に関する最新情報を常に共有し、投資計画とリーシング状況が合致しているかを確認。「賃料に転嫁できる投資額の範囲」を見極め、過度な先行投資を避ける。 最終章:築古オフィスビルの空室率低減に向けて 築古の中型オフィスビルが新築・大型物件と競合する中で安定した稼働率を確保するには、「ターゲット企業を明確にする」「低コスト・高効果のリノベーションを実施する」「企業ブランディングを意識した魅力づくり」「デジタルマーケティングの最大活用」という4つの要素が重要となります。まず、ターゲットの明確化では、企業規模や業種ごとに求められる設備や価格帯が異なるため、立地や物件特徴に合った客層を見極めることが不可欠です。築古物件でも、コストパフォーマンスやレトロな雰囲気を好む企業は意外に多く、そのニーズに適切に応えることが空室率改善の第一歩となります。次に、低コスト・高効果のリノベーションでは、設備の老朽化が顕著にあらわれるトイレ・空調・照明など、テナントの満足度に直結する箇所から優先的に手を入れるのが有効です。小規模な投資でも、内覧時の印象や入居後の快適性を大きく向上させることができる点が大きな強みです。また、テナント企業が自社のブランド価値を高めたいと考える以上、物件側でも「企業ブランディングを意識した空間づくり」を提案する必要があります。築古物件ならではの良さをあえて活かしつつ、清潔感と機能性を整備することで、新築ビルにはない独自の魅力を提供しやすくなります。さらに、デジタルマーケティングを最大限活用することで、情報発信力を強化し、対象となる企業へ直接アプローチしやすくなります。自社メディアなどを活用し、ビフォーアフターの写真・費用対効果の事例などをわかりやすく発信すれば、「築古=古い・汚い」という先入観を一気に払拭できます。 今後の展望と戦略的まとめ 不動産市場では、新築大型物件だけでなく、築古ビルの活用にも新たな可能性が生まれつつあります。コロナ禍以降、企業のオフィス戦略は柔軟性を求められるようになり、固定費を抑えながら必要十分な機能を確保できる物件の需要は引き続き根強いです。そこに合致する形で、築古オフィスビルは「低コストかつ柔軟な空間」を強みとして、今後も市場で一定の存在感を保てるでしょう。もちろん、新築・大型物件と比べた際の老朽化や競争力低下といった課題は避けられません。しかし、本コラムで示した「ターゲットを明確にする」「段階的に投資して価値を高める」「情報発信を強化する」という3つの軸を押さえれば、空室率の改善と安定収益の確保は十分に実現可能です。リノベーション技術やデジタルツールの進歩によって改修コストの負担も以前ほど高くなくなり、オーナー自身が物件の強みを見極めて効果的に発信することで、築古物件でも“古くても強いビル”としての地位を築けます。結局のところ、「ターゲットを定め、必要最低限の改修を的確に行い、魅力をデジタルで発信する」というシンプルな方程式こそが、築古オフィスビルの空室率を下げ、収益を安定させる最良の戦略といえます。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月18日執筆2025年11月18日 -
プロパティマネジメント
旧耐震ビルの賃貸経営をあきらめない──中小規模オフィスオーナーのためのリスクと活路
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「旧耐震ビルの賃貸経営をあきらめない──中小規模オフィスオーナーのためのリスクと活路」のタイトルで、2025年11月13日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次1.はじめに2.旧耐震ビルとは何か3.なぜ今「対策」を検討すべきなのか4.耐震補強という選択肢の実情5.建替え/売却という選択肢7.旧耐震ビルにPM・BMを導入する具体的メリット8.PM/BM導入の進め方と事例紹介10.おわりに ──旧耐震ビルと向き合う「今」からの一歩 1.はじめに 突然ではありますが、あなたのビルは「旧耐震基準」で建てられたものではないでしょうか。1981年以前の耐震基準(いわゆる「旧耐震」)で設計・施工された建物は、日本各地にまだ多く存在しています。「旧耐震ビルのリスクはなんとなく知っている。でも、使えているうちはこのままでいいのではないか?」こう考えるオーナーは、実は少なくないのです。すでに建物の減価償却が終わっていて、毎月の賃料収入がほぼ「実入り」となっている状況であれば、わざわざ大きな投資をしてまで建替えや耐震補強を行わなくても、今のところは利益が出ているため、決断を先延ばしにするのも自然な流れかもしれません。しかし、耐震基準が古いというのは、地震大国である日本において見過ごせない問題です。大地震が発生したとき、倒壊や大規模な損傷が生じるリスクが高く、万一の際にはテナントにも大きな被害が及びます。近年では、企業がビルを選ぶ際、BCP(Business Continuity Plan)の観点から建物の耐震性能を重視する傾向が強まっています。結果的に、旧耐震ビルはテナント募集の際の選択肢から外されやすくなっているのです。さらに、周辺には新耐震や制震・免震構造を備えた新しいビルが増えています。賃料や立地条件が同程度であれば、「安全かつ設備が新しいビル」を選ぶテナントが大半でしょう。古いビルであるがゆえに空室リスクが高まるうえ、大地震のニュースが流れた直後などは、一時的にでも解約を検討する動きが出るかもしれません。とはいえ、旧耐震ビルに「全面的な耐震補強」を実施するのは、コスト面でも建物形状の面でも簡単ではありません。オフィスフロアの面積が100坪以下など比較的コンパクトな建物ほど、耐震壁やブレースの増設が執務スペースを大きく圧迫してしまい、窓を塞いでしまうようなケースも出てきます。テナントからすれば、使い勝手が悪く見栄えも損なわれるため、魅力が下がる懸念があるでしょう。こうした状況下で、多くのオーナーが「建替えしかないのか、それとも改修でしのぐべきか」と頭を悩ませています。実際、大規模な改修や建替えには多額の資金調達が必要ですし、仮にそこまで踏み切っても、経営的にペイするかどうかは不透明です。そのため、結局は“現状維持”を選択してしまうケースも少なくありません。しかし、建物の老朽化は待ってはくれません。耐震性の不安だけでなく、設備・配管・内装など、多方面の劣化が進むことで、想定外の修繕費用が急に発生したり、突然のトラブルでテナントからクレームが増えたりするなど、オーナーとしての負担は後々一段と大きくなる恐れがあります。そこで、本コラムでは、そうした問題を抱える旧耐震の中小型賃貸オフィスビルのオーナーを対象に、以下の点を中心に解説していきます。・旧耐震ビルが抱えるリスクと、市場での評価が下がる背景・実際に耐震補強を行う場合に生じる課題と、メリット・デメリットの整理・大規模改修・建替え・売却などの意思決定を迫られたときの考え方・プロパティマネジメント(PM)やビルメンテナンス(BM)導入の具体的意義とメリット・事例紹介を通じた、収益改善や資産価値向上につなげるためのヒントこれからご紹介するPM・BMは、「オーナーが管理業務の多くを専門家に委託し、不動産経営を最適化するための仕組み」です。単に清掃や警備を外注するビル管理業務(BM)だけでなく、テナント誘致や契約管理、修繕計画立案などを総合的に担うプロパティマネジメント(PM)を活用することで、オーナー自身が把握しきれていない建物の価値を引き出したり、将来のリスクに備えることが可能になります。特に小規模ビルでは、オーナーが自分ひとりで全てを運営管理しているケースが多いため、専門知識や時間的リソースがどうしても不足しがちです。PM・BM導入により、そうした弱点を補い、最終的に建替えや売却を検討する際にも、視野を広げた判断ができるようになります。本コラムは、建替えや売却を当然推奨するわけではありません。むしろ、「旧耐震ビルに耐震補強を施す」という一見まっとうに思える選択肢ですが、本当に得策かどうかを改めて考えてみる必要がある、という問題提起をしたいのです。そして、その検討過程においてこそ、PM・BMの活用が大いに役立つはずです。もし、この記事を読んでいるあなたが「うちは旧耐震だけど、まあ大丈夫だろう」と漠然と考えているのであれば、ぜひ最後までお付き合いください。建物の将来について早めに情報を集め、必要に応じた対策をとることで、結果的に余計なコストやリスクを大幅に削減できる可能性があります。なにより、“決断しないまま時が経って、いよいよどうしようもなくなる”という事態だけは避けたいところです。費用面のハードルや工事時期の問題など、悩みは尽きないかもしれませんが、本コラムの内容が少しでもヒントになれば幸いです。それでは、次章からは本題に入りましょう。まずは「旧耐震ビルとは何か」という基本的な定義やリスクを改めて整理し、現状を正確に把握することから始めていきたいと思います。 2.旧耐震ビルとは何か 旧耐震ビルとは、1981年以前の耐震基準(いわゆる「旧耐震基準」)で設計・施工された建物のことを指します。日本においては、1950年に制定された建築基準法の改正に伴い、幾度か耐震設計に関する規定が強化されてきました。その転換点となったのが、1981年6月1日に施行された新耐震設計法規です。この新基準以降に建てられた建物を「新耐震」、それより前の基準をもとに建築された建物を「旧耐震」と呼び分けています。 2-1.旧耐震基準と新耐震基準の違い そもそも、なぜ1981年という年が大きな区切りなのでしょうか。それは、1978年に発生した宮城県沖地震での被害を踏まえ、建物が「倒壊しないため」に必要な耐震強度を再検証し、耐震設計の方法が大幅に見直されたためです。新耐震基準では、主に以下のようなポイントが強化されました。・設計用地震力の見直し地震発生時に建物に作用すると想定される水平力(地震力)の想定値を見直し、より大きな地震を想定して構造計算を行うように。・靭性設計の導入建物の構造部材や接合部が、ある程度の変形に耐えうるように設計する考え方。これにより、大地震が起きてもすぐに崩壊せず、人命被害を防ぐことを重視。・施工精度・品質管理の強化単に設計段階だけでなく、施工段階のコンクリート強度や鉄筋のかぶり厚さ(鉄筋を覆うコンクリートの厚み)などの品質もより厳しく求めるように。一方、旧耐震基準は「中規模地震で倒壊しない程度」というおおまかな基準で、現行の新耐震基準ほどの詳細な検討や品質管理が行われていない場合が多いのです。その結果、旧耐震基準で建てられたビルは「大きな地震が発生すると、倒壊または重大な損傷のリスクが高い」と見なされています。 2-2.旧耐震ビルが抱えるリスク 旧耐震ビルは、単に“古い”というだけでなく、構造的・物理的にリスクをはらんでいます。代表的なものを挙げると、次のとおりです。(1)地震による倒壊・大損傷のリスク耐震強度が不足しているため、大地震の発生時に建物が部分的に崩落したり、大きく傾くおそれが高まります。建物が万一倒壊すると、テナントの事業継続はもちろん、人命に関わる非常事態になり得ます。(2)テナント募集時の不利要素企業の安全意識やBCPが浸透している昨今、旧耐震というだけで敬遠される場面が増えています。特に、社会的信用を重視するテナント(金融機関やIT企業など)は耐震性能を重視する傾向が強いです。結果的に空室が埋まらない、賃料を下げざるを得ない、という悪循環が起きやすいのです。(3)資産価値の下落建物の評価額は、耐震性や築年数、建物グレードなど多角的に評価されます。旧耐震ビルの場合、いくら立地が良くても、耐震リスクや老朽化の懸念で資産価値が低く見積もられることが多々あります。市場のトレンドも加味すれば、将来的に売却を検討する際、想定よりもはるかに安い価格が提示される可能性があります。(4)今後の法改正や行政指導リスク地震防災対策や都市計画の観点から、行政が段階的に耐震化を求める方向にあるのは周知の事実です。実際、一部の公共施設や大規模建築物には、耐震診断や補強実施の義務付けが進んでいます。今後、基準がさらに厳しくなる可能性はゼロではなく、行政からの指導や是正命令が下るリスクもあるでしょう。 2-3.中小型賃貸オフィスビル特有の状況 オフィスビルと一言でいっても、大規模なタワービルから数十坪規模の小型ビルまでさまざまです。ここで注目したいのが、100坪以下程度の比較的コンパクトなオフィスビルの特徴です。・建物の構造上、改修工事がしにくい大規模ビルに比べてスペースの余裕が少なく、耐震補強を施そうとするとどうしても執務スペースを侵食してしまう。窓を塞いだり、ブレースが大きく張り出したりといった物理的制約が目立ちます。・テナントが地域密着型であるケースも多い地元企業や小規模事務所が入居しており、“場所替え”がしづらい半面、建物の老朽化が進んでもある程度は入居し続けるといった状況が生じやすいです。これはオーナー側から見ると「なんとなく使い続けてもらえる」安心感があるため、補強や改修の先送りにつながりがちでもあります。・減価償却が終わっている物件が多い古いビルほど、すでに減価償却が終了しているケースが多く、毎月の家賃収入がまるまるオーナーの収益になるため、どうしても現状の収益を維持したい心理が働きます。大きな投資をして耐震補強や建替えをするより、今の“実入り”を継続したいと考えるのは自然な感情といえます。 2-4.旧耐震ビル数の現状データ 東京23区における旧耐震オフィスビルの割合東京23区内で賃貸オフィスとして利用されている建物のうち、1981年以前の旧耐震基準で建てられたビルは、近年おおむね全体の2割前後を占めると推計されています。中小規模ビルほど旧耐震率が高い大規模オフィスビル(延床5,000坪以上)に比べて、延床5,000坪未満の中小規模ビルは旧耐震が多く残っている傾向にあります。ある調査(2021年公表)では、旧耐震基準のビルの割合が大規模ビルで16%だったのに対し、中小規模ビルでは24%に上っています。都心部で大規模再開発が進んだ結果、比較的大きなビルの建替えや耐震補強は先行して行われてきた一方、小規模のオフィスビルについてはオーナー単独で対応することが難しく、更新が遅れがちな現状が背景にあると考えられます。近年の推移と耐震化の取り組みここ5年ほどを振り返ると、東京23区の旧耐震オフィスビルは徐々に減少傾向にあります。2010年代前半には棟数ベースで3割近くあったともいわれる旧耐震ビルは、新築供給の増加や建替えに伴い、2020年前後には2割台半ばまで縮小。その後も少しずつ比率を下げ、2020年代前半時点で2割強まで低下しているとの推計が示されています。一方で、実際の耐震改修は想定以上に進みにくい側面もあり、東京都による耐震診断義務付け対象物件のうち、約半数近くがいまだに耐震性不足のままとのデータもあります。都や国土交通省は耐震改修促進法を軸にして、2025年までに都内全域の耐震化率100%を目標とした施策を展開中ですが、オーナー個人が費用を負担する中小規模ビルでは特に対応が遅れがちです。結局のところ、東京23区では新築や大規模再開発によって旧耐震ビルの割合は着実に減りつつあるものの、現時点でもなお数千棟単位が存在し、中小ビルを中心に改修・建替えが進まないケースも少なくありません。2割前後という残存割合は、築古ビルが継続的に賃貸市場へ供給されていることを意味し、「老朽化+耐震不足」というリスクを抱えた不動産がまだ十分に存在する実態を示しているといえます。今後、行政の制度強化やテナント企業のBCP意識の高まりにより、こうした旧耐震ビルのオーナーは一層の改修や建替えを求められる可能性が高いでしょう。 3.なぜ今「対策」を検討すべきなのか 旧耐震ビルのオーナーが耐震補強や建替え、売却などについて「いつかは考えなければいけない」と思いつつも、実際に大きなアクションに踏み切れないケースは少なくありません。特に、減価償却が終わった物件であれば、毎月の賃料がほぼ実入りになるため、現状の収益を手放したくない気持ちになるのも自然です。しかしながら、以下のような理由から、先送りはさらに大きなリスクを招くおそれがあります。 3-1.建物寿命と老朽化 ●法定耐用年数と実質的寿命一般的に、鉄筋コンクリート(RC)造や鉄骨(S)造の建物は法定耐用年数を超えても十分使えると言われますが、耐用年数を大幅に超えるほど、構造体や設備の劣化は進行しやすくなります。経年劣化が表面化するまでに時間差があるため、「今まで大きなトラブルがなかったから大丈夫」と考えがちですが、一度大規模な損傷や設備不具合が発生すると、想定外の高額な修繕費が発生するリスクがあります。●不可逆的な価値の下落建物はメンテナンスを怠ると、経年とともに資産価値が下がるだけでなく、建物全体の安全性や市場評価にもマイナスの影響を与えます。老朽化が進む前に計画的な補修や改修を行うことで、長期的に安定した賃貸運営を実現しやすくなります。先送りすればするほど修繕コストが増大し、資産価値の下落も加速してしまう可能性が高まるでしょう。 3-2.地震リスクとBCP意識の高まり ●地震大国・日本でのリスクマネジメント日本は世界でも有数の地震多発国です。大地震がいつ起きても不思議ではないなか、1981年以前の旧耐震基準の建物は、新耐震基準の建物よりも倒壊・大破リスクが高いとされています。仮に倒壊に至らなくとも、大きな損傷を受ければテナントが入居し続けることは困難になり、長期的な修繕や賃料減免など、オーナーの負担は急増します。●企業のBCP(事業継続計画)対応近年、テナント企業の間では「災害時にも業務を継続できるか」を重視する動きが広がっています。耐震性能や設備のバックアップ体制が整ったビルを好むテナントが増え、旧耐震ビルは真っ先に候補から外されやすい状況です。BCP意識が高い企業ほど、入居ビルの耐震性を厳しくチェックし、安全性に疑問があれば契約更新を見送ることも珍しくありません。 3-3.賃貸市場の競争激化と空室リスク ●新築・再開発ビルとの比較劣位都心部を中心に、大規模な再開発や新築供給が続いており、テナントから見れば「新しく、安全性が高く、設備も充実したビル」の選択肢が増えています。立地や賃料水準が同程度であれば、耐震性や設備面で優位性のある新しいビルに入居を決めるのは自然な流れです。●空室率上昇への懸念旧耐震ビルは安全面での不安があるだけでなく、建物の古さや内装設備の老朽化によって、テナント募集の際の競争力を失いやすいのが実情です。大型企業はもちろん、中小企業でも新耐震の物件を好む傾向が強まれば、老朽ビルに入居していたテナントが徐々に他の物件へ移っていく可能性が高まります。結果的に、空室リスクが増加し、賃料値下げを余儀なくされるケースも考えられます。 3-4.行政や金融機関からの圧力 ●耐震診断・改修の義務化の流れ国や地方自治体は、耐震改修促進法や各種条例によって、一定規模以上の建物に対して耐震診断や耐震補強を義務づける方向で制度を強化しています。東京都は2025年までに都内全域で耐震化率100%を目指す方針を示しており、今後さらに規制が厳しくなる可能性も否定できません。今は対象外であっても、将来的にオーナーに改修を求められるリスクが高まっています。●金融機関の融資姿勢建物が旧耐震のままだと、金融機関からの融資審査でマイナス評価を受けることがあります。担保評価が下がるだけでなく、建物の補修計画や耐震性が担保されていない物件への貸し出しを渋るケースも増えています。資金調達面で不利になることが、結果として建物の更新や改修のタイミングを逃す要因にもなりかねません。 3-5.今だからこその「選択肢」が増えている ●売却・建替え・補強――柔軟な戦略の可能性過去には建物の補強費用や建替えコストがネックとなり、オーナーが決断を先延ばしにしてきたケースが多くありました。しかし近年は、耐震補強の技術が向上しつつあり、金融機関や専門家のサポートも充実してきています。売却という選択肢も、不動産市況が好調な局面であれば思いのほか高値がつく可能性があるでしょう。いずれにしても、早めに検討を始めることで、複数の選択肢を比較検討しながら最適解を探しやすくなります。●PM・BMによるリスクマネジメントの充実専門家に管理・運営を委託するプロパティマネジメント(PM)やビルメンテナンス(BM)が普及したことで、オーナーが自ら抱える負担を軽減しつつ、建物の状態を客観的に把握する環境が整いつつあります。PM会社がテナント募集や修繕計画の立案を代行し、費用対効果の高い改修プランや将来的な建替えの検討も視野に入れて提案してくれるため、結果的にリスクを“見える化”しながら意思決定がしやすくなるのです。 4.耐震補強という選択肢の実情 旧耐震ビルにおいて「耐震補強を実施する」というのは、一見すると安全性を高めるための最もまっとうな選択肢のように見えます。しかし、実際にはコスト面や建物構造上の制約など多くのハードルがあり、必ずしもベストな解ではない場合があります。とりわけ、フロア面積が100坪以下のような中小規模ビルでは、耐震補強によって執務スペースや採光性が損なわれ、かえって賃貸ニーズを下げてしまうリスクも考えられます。ここでは、耐震補強を行う上で直面しがちな実情を詳しく見ていきましょう。 4-1.小規模フロア特有の物理的制約 ●柱やブレースの増設による執務スペースの圧迫建物の構造強度を高めるために、柱や壁、斜めのブレース(筋かい)を追加する場合があります。フロア面積に余裕があればある程度吸収できますが、小規模ビルの場合、オフィス空間が大きく狭められるのが実情です。窓周りに補強要素が加わってしまうと採光や換気も制限され、テナントから見た「使い勝手」は明らかに低下します。●テナントレイアウトへの悪影響もともと区画が小さい物件では、オフィスレイアウトが大きく制約される可能性があります。たとえば執務デスクを並べるスペースが減少する、会議室や休憩スペースを確保できなくなるなど、テナントにとって魅力が損なわれる要因になりかねません。 4-2.工事コストと資金調達の負担 ●耐震診断・補強設計費も含めた総合的コスト耐震補強に着手する前には必ず耐震診断を行い、どの程度の補強が必要かを把握しなければなりません。診断費用と補強設計費用を合わせると、数百万円規模になるケースも珍しくなく、実際の補強工事費はさらに高額になる可能性があります。●減価償却が終了している物件ほど投資意欲が低い旧耐震ビルは築年数が経過していることが多く、減価償却がすでに終わっているケースも多々あります。オーナーからすると家賃収入が実入りになるため、わざわざ大きな借入をして補強工事を行うインセンティブが低いのが現実です。金融機関に融資を申し込む場合でも、建物の評価が低いため思ったほど融資額が伸びない、あるいは条件が厳しくなる懸念もあります。●公的支援制度の限界一部の自治体や国土交通省が行っている耐震化の助成制度は、適用要件や上限金額が限定的で、補強費用全体をカバーできるほどの補助は期待しにくい面があります。大きな負担を背負ってまで補強をするかどうか、オーナー側が真剣に悩むのも無理はないでしょう。 4-3.工事期間中のテナントへの影響 ●騒音・振動による業務阻害耐震補強工事は、壁や床などの躯体に手を加えるため、騒音や振動が発生しやすくなります。オフィスに入居中のテナントがある場合、業務への影響は避けられません。工事期間が数ヶ月に及ぶこともあり、その間テナントが「仮移転」を余儀なくされるケースも出てきます。●工事期間中の空室リスク大掛かりな補強工事が必要となる場合は、安全上の理由からテナントを退去させる必要が出てくることもあります。テナントから見れば、オフィス移転にかかるコストや労力が発生するため、これを機に他物件へ移転してしまう可能性が高くなります。結果的にオーナーとしては賃料収入の減少という大きなデメリットを被るかもしれません。●周辺住民や他テナントとの調整小規模ビルであっても、下層に店舗や他業種のテナントが入居している場合は、工事内容やスケジュールについて丁寧に調整を図る必要があります。意見の食い違いが大きいほどスムーズに工事が進まず、期間の長期化やコスト増につながるおそれもあります。 4-4.耐震補強のメリット・デメリット再考 メリット(1)安全性の向上耐震性能が高まることで、地震時の倒壊リスクが軽減されます。テナントの安心感は向上し、大地震が発生しても致命的なダメージを受けにくくなります。(2)ビル価値の維持・向上耐震性が高い物件は、売却時や金融機関での担保評価が相対的に高まることが期待できます。今後ますます災害リスクへの意識が高まる中、「安全な建物」であること自体が資産価値向上に寄与するでしょう。(3)行政からの指導リスクの回避耐震診断・改修が義務化される流れが強まっているなか、早めに改修を実施しておくことで、将来的な是正命令などに対応する負担を減らせます。デメリット(1)高額な初期投資先述のとおり、耐震診断や設計費用、工事費などを合わせると数千万円以上かかることも少なくありません。十分な資金が確保できない場合、工事自体が実施困難となる場合もあります。(2)テナント離脱リスク工事中の騒音や振動、あるいは一時的な退去要請がテナントの移転を促す可能性があります。一度テナントが離れてしまえば、補強工事後に新規テナントを確保するまで空室リスクが発生します。(3)居住性・採光性の低下小規模ビルでは柱やブレースの増設により、執務スペースや窓が塞がれ、使い勝手が大幅に悪化する懸念があります。オフィスとしての魅力が損なわれれば、補強後の賃料アップでコストを回収するのは難しいかもしれません。 4-5.部分改修・スケルトンリフォームとの比較 耐震補強というと、どうしても大掛かりな工事を想像しがちですが、「部分改修」や「スケルトンリフォーム」と合わせて検討することも大切です。たとえば、耐震補強と同時に水回りや内装設備を一新し、ビルそのものの魅力をアップグレードする形でリニューアルするプランもあります。・利便性・デザインの刷新による付加価値の向上ただ耐震性を高めるだけでなく、共用部やエントランスを改装し、テナントにとって魅力的な設備を導入できれば、賃料引き上げの可能性も視野に入ります。・テナントのニーズを反映入居中テナントやターゲットとするテナント層の要望を聞き、同時に実施する改装内容を調整することで、“ただ安全なだけの古いビル”から“使いやすくなった安全なビル”にイメージチェンジを図れます。 5.建替え/売却という選択肢 耐震補強を検討した結果、コストや物理的制約などから「やはり得策ではない」と判断される場面は少なくありません。とりわけ築年数が相当経過していたり、フロア面積に余裕がないビルでは、耐震補強工事を行っても採光や執務環境が悪化し、結果的にテナント満足度を下げてしまうリスクが高くなります。こうした背景から、「建替え」や「売却」といった抜本的な選択肢が浮上することもしばしばです。これらは大きな投資や意思決定を伴うため、慎重な検討が求められますが、将来的な収益向上やリスク低減といったメリットが得られる可能性も十分にあります。以下では、建替えと売却、それぞれのメリット・デメリットや検討時のポイントを丁寧に整理してみましょう。 5-1.再開発・建替えのメリットとハードル メリット(1)資産価値の飛躍的な向上新たに建設するビルは、当然ながら現行の耐震基準を満たし、最新の設備やトレンドを反映することができます。特に都心の好立地であれば、建替えによって高い賃料水準や安定した稼働率を狙いやすくなるでしょう。BCP(事業継続計画)への意識が高まる中、耐震性に優れた新築ビルはテナントから高い評価を得られる可能性が大きいです。(2)時代のニーズに合った設計・設備導入建替えのタイミングを利用して、オフィス空間に求められる最新の要素を組み込むことが可能です。例えば、スマートビルディング化(IoT技術による効率的な設備管理)、省エネ対策、バリアフリー化、オフィス内の広いコミュニケーションスペースなどを充実させることで、競合との差別化が図れます。(3)街並み・周辺環境との調和による付加価値再開発エリアのプロジェクトに合わせて建替えを行うと、周辺との一体的な美観やブランド価値を高めることができます。街づくりの流れに乗ることで、地価の上昇や再開発特有の集客力を享受できる可能性が高まります。ハードル(1)多額の建設費と資金調達の難易度建築費、設計費、解体費、仮移転費用などを含めると、建替えには膨大な資金が必要となります。築古の旧耐震ビルの場合、金融機関からの融資が思ったほど伸びない恐れもあるため、自己資金をどの程度用意できるかが重要な検討材料となります。(2)建設期間中の収益ゼロリスク解体工事から新築竣工までの間、家賃収入が途絶えるという大きなデメリットがあります。入居テナントが退去すれば賃貸収益は当然見込めませんので、オーナーにとっては長期間にわたるキャッシュフローの試練となります。(3)テナントや近隣との調整コスト入居中テナントがある場合、補償金や移転先の斡旋といった対応が必要です。また、工事に伴い周辺地域に騒音や交通規制などの負荷がかかるため、近隣住民や自治体との調整に時間や労力がかかることも考慮しなければなりません。 5-2.売却を選択する場合のポイント メリット(1)まとまった資金の早期確保古くなったビルであっても、立地が良いエリアや再開発見込み地なら、予想以上に高値で売却できる可能性があります。手元資金を早期に確保し、その資金を別の投資や事業、あるいは将来的なライフプランに活用できる点は大きな魅力です。(2)老朽化リスク・運営コストからの解放老朽ビルを保有し続けると、将来的に大規模修繕や空室対策など、多岐にわたるリスクと費用を負担しなければなりません。売却によってそれらの課題を一挙に手放すことができるのは、精神的にも経済的にも大きなメリットです。(3)柔軟な再投資の可能性オーナーとして別の不動産に投資する、あるいは全く異なる分野の投資や事業に挑戦するなど、ビル売却によって生まれた資金を柔軟に活用できます。耐震補強や建替えよりもリスクを抑えた形でリターンを狙える投資案件を探すのも選択肢のひとつです。デメリット(1)売却金額の下振れリスク実際の査定では、建物の老朽化や耐震性の欠如を大きくマイナス要素と見なされ、期待値よりも低い価格を提示されるケースがあります。とりわけ建替えを前提とした買主にとっては、解体費用や新築コストが売却価格に反映されるため、どうしても安めの査定になりがちです。(2)安定的な賃料収入の放棄売却すれば賃料収入を一切得られなくなります。もしオーナーの収入源がビルの家賃に依存していた場合、将来的なキャッシュフローが大きく変動する可能性があるため、慎重に検討すべきポイントです。(3)各種費用や税金の負担不動産の売却には、不動産仲介手数料や譲渡所得税、ローン残債がある場合は繰上返済など、複数のコストが発生します。総合的な費用を差し引いたうえで、手元に残る金額がどの程度になるのか正確に試算しておかないと、思わぬ損失に直面する恐れがあります。 5-3.今こそ迫られる「待ったなし」の意思決定 旧耐震ビルは、耐震性の不足だけでなく、設備の老朽化や賃貸市場での競争力低下といった課題を抱えています。対策を後回しにするほど建物の劣化は進み、安全性やテナントの確保がますます難しくなっていくでしょう。耐震補強が難しいと判断したのであれば、「建替え」あるいは「売却」の方向性をより真剣に検討するフェーズに入っている可能性が高いのです。(1)中長期的視点でのシミュレーション将来のビル市場や周辺エリアの地価動向、建設費の推移なども見据えながら、複数のシナリオを試算してみることが大切です。特に建替えの場合は、竣工後にどのようなテナントを想定し、賃料をどの水準に設定し、何年で投資回収を目指すのか――といった具体的なプランの精査が不可欠となります。(2)専門家との連携・情報収集建築や不動産の知識に加え、金融機関との交渉力やデベロッパーの開発動向、行政の再開発計画など、幅広い情報収集が成功の鍵を握ります。PM(プロパティマネジメント)やBM(ビルメンテナンス)の専門家、さらには税理士や不動産コンサルタントとの連携を行い、客観的なアドバイスを得るとよいでしょう。(3)「全てを手放す」か「再投資する」かのライフプランニング売却を選択するなら、その後の資金をどのように活用するかを明確に決めておくことが重要です。あるいは建替え後もビル経営を続け、テナントに入居してもらいながら収益を得るという方針を貫くのか――どちらにせよ、オーナー自身のライフプランや経営ビジョンに照らし合わせて意思決定することが大切です。 6.PM(プロパティマネジメント)・BM(ビルメンテナンス)の本質 旧耐震ビルをめぐる意思決定には、耐震補強や建替え、売却など、さまざまな選択肢が関わってきます。どの道を選んでも大きな投資とリスクが伴うため、オーナー自身がすべての情報を把握して的確な判断を下すのは容易ではありません。そこで注目されるのが、PM(プロパティマネジメント)とBM(ビルメンテナンス)という専門サービスです。どちらも日常的な管理から将来的な戦略立案まで、不動産の価値を高めるために専門知識を活用する仕組みですが、それぞれカバーする領域や得意分野がやや異なります。以下では、PMとBMの役割や特徴について整理し、その本質に迫ってみましょう。 6-1.PM(プロパティマネジメント)の役割 プロパティマネジメント(Property Management)は、不動産の所有者に代わって、不動産の運営・管理を総合的に行うことを指します。オフィスビルや商業施設、マンションなど、物件の種類や規模に合わせてサービス内容も多岐にわたりますが、主なポイントは以下のとおりです。(1)賃貸経営の戦略立案と実行テナントの募集計画や賃料の設定、契約管理、空室対策など、収益最大化のための施策を一貫して立案・実行します。マーケットの需要動向や周辺物件の賃料水準を踏まえ、最適な戦略を提案し、オーナーの負担を軽減することが目的です。(2)予算管理・経営分析オーナーが収支を把握しやすいよう、ビルの収入と支出をまとめ、予算との比較や経営分析を定期的に行います。経営指標を可視化することで、意思決定のタイミングや方向性を明確にし、長期的な修繕計画や投資回収シミュレーションにも活かします。(3)修繕計画の立案と実施管理建物の老朽化は避けられませんが、計画的な修繕・改修を行うことで安全性と資産価値を保ちやすくなります。PM会社は建築・設備の専門家とも連携し、必要な工事の優先順位を整理しながら、オーナーにとって最適なタイミングや資金計画を提案します。あわせて、リニューアル情報や設備改善のアピールを通じ、新規テナントへの魅力訴求も併せて行い、リーシング活動に生かします。(4)テナントリレーションの構築オーナーとテナントの間に立ち、クレーム対応や契約更新交渉などを円滑に進めるのもPMの重要な役割です。テナントの満足度が上がるほど、更新率が高まり、物件の評判が向上して新規獲得にも好影響を与え、結果として物件の収益性が向上します。 6-2.BM(ビルメンテナンス)の役割 ビルメンテナンス(Building Maintenance)は、建物の日常的な管理・運用にフォーカスするサービスです。PMが総合的な経営・戦略視点を担うのに対し、BMは「ビルの安全・快適性をどのように維持するか」という現場重視の業務が中心となります。(1)設備・施設の維持管理電気、空調、給排水、エレベーターなどの設備点検や清掃・衛生管理、警備・防災業務を行います。トラブル発生時には迅速な修理・復旧が求められるため、専門業者との連携体制やマニュアル整備が欠かせません。(2)法定点検・保守点検の実施建物や設備機器は、法令で定められた定期点検や検査を受ける必要があります。BM会社はスケジュール管理を行い、適切な頻度で点検を行うことで安全性と法令遵守を確保します。(3)緊急時の対応・災害対策地震や火災などの災害が発生した際、ビルメンテナンスの現場力が直接的に被害を最小限に食い止めることにつながります。避難誘導マニュアルの策定や防災訓練の計画など、テナントや周辺地域との連携も視野に入れた対策が重要です。(4)コスト削減と運用効率の向上エネルギー管理や定期修繕の最適化など、運用コストの抑制はBMの大きなミッションです。例えば、ビル全体の電力消費をモニタリングして無駄を削減したり、設備更新時期を見極めて改修コストを抑えたりすることで、オーナーの経営を支えます。 6-3.PMとBMの連携による相乗効果 PMとBMはしばしば同じ文脈で語られますが、その性質は異なるものです。とはいえ、両者を別々の会社や組織が担っている場合でも、情報共有と役割分担を徹底すれば大きな相乗効果が期待できます。●PMの戦略 + BMの現場力PMが収益やマーケティングの視点から打ち出す施策を、BMの現場担当者がどう実行するかによって成果は大きく変わります。例えば、オーナーやPMがテナント満足度を高めるためにロビーや共用部の改修を計画したとき、BMが具体的な工事内容や期間、施工業者との連携をしっかり調整しなければ、スムーズに進まない可能性があります。●建物の状態を正確に把握し、長期的な更新計画へつなぐBMが日常の点検や修繕で得た情報は、建物の長期寿命化や資産価値向上のための重要なデータです。PMはこれらの情報をもとに、将来的な大規模改修や耐震補強、あるいは建替えタイミングを検討し、オーナーに提案することができます。●テナント満足度を通じた収益最大化BMが日常管理の質を高めることでテナント満足度が向上すれば、契約更新率や賃料の維持・アップにつながりやすくなります。PMはその結果を分析し、空室リスクの低下や新規テナント募集の強化策として生かすなど、両者の連動が最終的に賃貸経営の安定化につながるのです。 6-4. 旧耐震ビルにPM・BMを導入する意義 特に旧耐震ビルの場合、耐震性の不足や老朽化によるリスクが通常の物件以上に大きいため、専門家による総合的なマネジメントが欠かせません。PM・BMを活用することで、以下のようなメリットが期待できます。(1)リスクの明確化と優先順位の整理耐震補強、設備更新、外装補修など、手を付けるべき部分が多い旧耐震ビルでは、どこをどのタイミングで改修すれば良いのかを明確にすることが課題となります。PM・BMが専門知識と市場動向に基づき、費用対効果の高い改修計画を提示することで、オーナーは優先順位をつけやすくなります。(2)テナント満足度向上による空室リスクの軽減旧耐震というマイナス要素を抱えながらも、日常管理の質を高めることで「清潔・快適・安心」な環境を提供できれば、テナントの離脱を抑止し、新規テナント誘致にもプラスに働きます。BMのノウハウによる円滑なビル運営が、PMが狙う収益最大化にダイレクトにつながります。(3)将来の大きな決断への備えいずれ建替えや売却を検討せざるを得ない場面が訪れるとしても、PM・BMが適切に建物と市場を管理・分析しておけば、最適なタイミングや手法を逃しにくいのが大きな強みです。正確なデータと検証を積み重ねることで、オーナーは意思決定の質を高めることができます。(4)金融機関や行政対応の円滑化耐震補強や再開発に関わる資金調達、法的手続きなどは煩雑になりがちです。PM会社やBM会社には、金融機関や行政との交渉経験を持つスタッフやノウハウを備えているところも多いため、オーナーが苦手とする領域をサポートしてもらえます。 7.旧耐震ビルにPM・BMを導入する具体的メリット 旧耐震ビルのオーナーが日常的に感じている悩みや不安は、「いずれ何とかしないといけない」という漠然とした思いが背景にあります。しかし、一方で建替えや耐震補強を検討する際のコストやリスク、既存テナントへの影響などを考えると、なかなか踏み切れないのが現実でしょう。ここで改めて注目したいのが、PM(プロパティマネジメント)とBM(ビルメンテナンス)の専門家を活用することによる具体的なメリットです。単に“ビル管理のアウトソーシング”という域を超え、オーナーの経営判断を強力にサポートしてくれる要素が多数存在します。 7-1.リスクの「見える化」と優先順位の明確化 ●建物診断と市場分析の総合的視点PM会社やBM会社には、建物診断の専門家や不動産マーケットに精通したスタッフがいます。旧耐震ビルの構造的な弱点や修繕の緊急度、周辺の賃料相場や空室率の動向などを総合的に分析し、どの部分を最優先で補強・改修すべきかを具体的なデータとともに提示してくれます。これまでオーナー個人で「どれが本当に必要な修繕なのか」「耐震補強のタイミングはいつがベストか」を判断しきれなかった課題が、専門家の視点で体系的に整理されるのは大きな価値があります。●不透明コストの可視化と長期修繕計画の策定旧耐震ビルでは、耐震補強だけでなく水回り・電気設備・外壁など、経年劣化に応じて発生する修繕コストが少なくありません。PMは収支シミュレーションの一環として、将来数年~十数年先までの修繕計画を策定・提案できます。事前に修繕費を見積もることで、突発的な出費を最小限に抑え、オーナーの資金計画にも余裕を持たせることが可能となります。●テナントとの借家契約自体がリスク要因見落とされがちかもしれませんが、賃貸契約やテナントとの関係に潜むリスク管理も重要です。経験豊富なPMはテナントの業種や契約内容を精査し、将来的な立ち退きや建替えを見据えた契約形態(定期借家契約の活用等)を提案してくれます。実際、旧耐震ビルにもかかわらず普通借家契約で長期入居を許したために、建替え決断時に多額の立ち退き料を請求され計画が難航した例もあります。こうした事態を避けるためにも、PMの視点で契約やテナント状況を見直し、将来リスクを金額に換算して管理することが大切です。 7-2.賃貸経営の安定化と収益最大化 ●空室率の低減と賃料の適正化PMはテナント募集や賃料設定のプロフェッショナルでもあります。旧耐震ビルというハンディキャップがあっても、適切な賃料査定やターゲットテナントに合わせた募集戦略を取ることで、想定以上に空室率を下げることができる可能性があります。特に、周辺で新築物件が相次いでいる場合でも、共用部の魅力づくりや内装の工夫によって「古いけれど快適に使えるビル」というイメージを訴求する施策を提案してくれます。●テナントリレーションの強化従来、オーナーが直接行ってきたテナントとの賃料交渉やクレーム対応をPM会社が代行することで、オーナー・テナント双方のストレスが軽減されます。テナント側としても、プロの管理担当者がいることで修繕・清掃などの要望を伝えやすくなり、信頼関係を築きやすくなります。その結果、更新率の向上や長期入居が期待できるのです。●運営コストの適正化BM会社が日常管理を担うことで、清掃費や設備点検費用などの見直しが可能となり、余剰なランニングコストを削減できます。また、エネルギー使用量を定期的にモニタリングすることで省エネ対策を検討し、光熱費の削減を実現することもできます。運営コストの低減は、直接的に利回りの改善につながります。 7-3.建物価値向上につながる小規模リニューアルの提案 ●部分的な耐震補強やスケルトン改修耐震補強と一言でいっても、大掛かりな工事だけが選択肢ではありません。BMやPMの専門家の知見を活かせば、部分的な補強工事やフロアごとの改修など、建物全体のコンディションに合わせた柔軟な工事プランを検討できます。特に100坪以下の小規模ビルは、執務スペースを最大限確保しながら安全性を高める工夫が求められるため、現場を熟知した管理会社のノウハウは非常に役立ちます。●付加価値アップによる賃料向上耐震補強と同時に、内装や水回り、空調設備などのリニューアルを実施すれば、従来のマイナスイメージを払拭するだけでなく、テナントに「新しく生まれ変わったビル」というポジティブな訴求が可能になります。結果的に、新築や競合ビルに近いレベルの賃料を設定できるケースもあり、改修投資の回収が早まることが期待できます。●省エネ化やBCP対応の強化耐震性向上だけでなく、非常用電源の確保や省エネ設備の導入など、企業が重視するBCP(事業継続計画)への対応要素をリニューアルに組み込むことで、テナント満足度をさらに高めることができます。PM会社が企業のニーズを把握しているからこそ、単なる耐震補強にとどまらない総合的な改修プランが実現しやすくなります。 7-4.将来の出口戦略(売却・建替え)への備え ●建物状態のリアルタイム把握PMやBMと連携していると、老朽化の進行度やテナントの動向、賃料水準など、意思決定に必要なデータが日常的に蓄積されます。将来的に「やはり建替えや売却を検討しよう」という段階になった場合も、この蓄積データを基に的確な査定や交渉がしやすくなります。●投資家やデベロッパーへのアピール材料売却を検討する際、建物の管理履歴や修繕状況が整然と整理されていることは、買い手からの信頼獲得につながります。PM・BMの専門家が日頃からメンテナンス記録やコスト管理を適切に行っていれば、老朽ビルであっても「手入れが行き届いた物件」として評価される可能性が高まります。●最適なタイミングでの資産入れ替え不動産市況が好調なタイミングを見計らって売却を検討したり、いざ建替える場合でも周辺再開発のスケジュールに合わせたりするなど、PM会社はマーケット情報に精通しているため、オーナーにとって最適な時期やパートナーをアレンジしてくれることがあります。こうした専門家のサポートがあれば、出口戦略に対するオーナーの負担が大幅に減ります。 7-5.ノウハウとネットワークの活用 ●多方面の専門家との連携が得られるPM/BMを行う企業は、建築士事務所や設備会社、金融機関、不動産仲介会社、さらには税理士や弁護士といった専門家とのネットワークを豊富に持っています。旧耐震ビルに必要な改修の検討や資金調達、法的手続きなど、オーナー一人では解決しにくい課題も、こうした連携を通じてスムーズに進めやすくなります。●オーナー自身の管理負担・ストレスの軽減小規模ビルのオーナーの場合、自主管理で対応しているところも多く、トラブル対応に時間や労力を取られがちです。PM・BMを導入すれば、日常管理からテナント対応まで一括で任せられ、オーナーが本業やプライベートに集中できる環境が整います。賃貸経営を続けるうえでのストレスが格段に減り、より長期的な視野でビルの将来を考えられるようになります。 8.PM/BM導入の進め方と事例紹介 旧耐震ビルのオーナーがPM(プロパティマネジメント)やBM(ビルメンテナンス)を検討する場合、どのように進めればよいのか、具体的なステップがイメージできないという方も多いでしょう。ここでは、導入までの一般的な流れと、実際にPM/BMを活用して課題を解決した事例を紹介します。具体例を知ることで、オーナーとしての心構えや期待できる成果がより明確になるはずです。 8-1.PM/BM導入の基本ステップ (1)現状分析・課題の洗い出しまずは、建物の構造や設備、テナント状況、収支バランスなど、オーナー自身も把握しきれていない情報を整理するところから始めます。耐震診断の結果や修繕履歴などがある場合は、あらかじめまとめておくとPM/BM候補の会社との打ち合わせがスムーズです。(2)PM/BM会社の選定・比較PMやBMを行う企業は大小さまざまで、得意とする物件タイプやエリア、提供サービスの範囲も異なります。複数社に声をかけ、提案内容や費用体系、実績などを比較検討し、建物の規模やオーナーの目的に合った会社を選ぶことが大切です。(3)契約内容・業務範囲のすり合わせどこまで業務を委託するのか、たとえば「テナント管理だけ」「清掃・設備点検だけ」といった部分委託にするのか、それとも全面的に任せるのかを明確にします。報告・連絡の頻度や方法、費用の負担範囲などもこの段階でしっかり合意を取り付けます。(4)導入初期のモニタリング・改善提案実際にPM/BMを導入すると、日常管理やテナント対応、修繕計画の見直しなど、多方面で変化が起きます。導入初期は特に、定期的に打ち合わせを行い、現場の問題点やテナントからの意見などをこまめに共有して改善につなげることが重要です。(5)長期的な戦略立案・運用建物の老朽化や耐震性の課題を踏まえたうえで、PM会社が長期視点で改修や投資回収のシミュレーションを行い、具体的な提案をオーナーに示します。BM会社は日常管理のデータを蓄積することで、メンテナンスコストの最適化や設備更新のベストタイミングを見極めます。こうした戦略的な運用が進むほど、建物の安全性や価値向上が期待できます。 8-2.PM/BM導入の事例紹介 ここでは、実際に旧耐震ビルでPM/BM導入を行い、課題をクリアした2つの事例を概観します。どちらも小規模オフィスビルで、オーナーが自主管理しきれない問題を解決し、最終的に収益性・テナント満足度を高めた好例です。事例1:部分改修とテナント満足度向上で空室率を改善●物件概要東京23区内・築40年以上・延床面積600坪・フロア面積50坪前後の小型オフィスビル。オーナーは個人でビルを相続したが、耐震性能や老朽化に不安を抱え、自主管理が手に負えなくなりPM会社に相談。●導入経緯と施策(1)現状診断:耐震診断の結果、フロア中央部にブレース増設を行う部分補強が効果的と判明。同時に、給排水設備の更新が急務であることがわかった。(2)段階的リニューアル:テナント退去が発生したフロアから順次、部分的な補強工事と内装リニューアルを実施。BM会社が工事期間の管理や作業調整を担い、騒音対策や安全確保に尽力。(3)テナント募集戦略:PM会社が周辺市場を調査し、「賃料水準はやや控えめに設定しつつ、清潔感と設備の新しさをアピール」という方針を打ち出した。共有スペースにWi-Fiや電子ロックを導入し、セキュリティと利便性の面で付加価値を高める。●成果とポイント・空室率が導入前の20%弱から、1年後にはほぼ満室に近い状態へ回復。・一部のフロアで光熱費や設備更新費用が削減され、賃料収入との収支バランスが向上。・テナントの評判でも「設備トラブルの対応が速くなった」「内装がきれいで来客時に印象がよい」と好評を得ており、長期入居につながりやすい環境ができあがった。事例2:耐震補強は見送り、建替え前提でBMを活用●物件概要大阪市内・築45年・延床面積1,000坪・低層6階建ての賃貸オフィス。オーナーは高齢で、建替えをいずれ検討していたが、具体的な時期や資金計画が定まらないまま運営を継続。●導入経緯と施策(1)長期視点でのシミュレーション:PM会社が詳細な市場分析を行い、「このまま部分補強と修繕を続けるよりも、建替えの方が長期的には収益が上がる」との結論を提案。オーナーも同意したものの、直ちに建替えられる資金力やスケジュールがなかったため、BMを活用しながら現行ビルの管理を続けることに。(2)BMによる運営最適化:テナントからのクレーム対応や設備故障の早期修繕など、日常管理レベルを引き上げることに注力。更新時期を迎えたテナントには、建替え計画を見据えた短期契約も用意し、柔軟な賃貸条件を提示する方針を取った。(3)資金調達サポート:PM会社がオーナーの借入先金融機関との間に入り、建替え費用の融資枠や共同開発の可能性などをリサーチ。テナントの入居動向やキャッシュフローの安定性を示すことで、有利な条件での融資を得る道筋を整えた。●成果とポイント・設備故障時の迅速な対応やテナントコミュニケーションの充実により、クレームや退去が激減し、賃貸経営が安定。・建替え計画に向けた金融機関との交渉がスムーズに進行し、新ビルの建築資金調達の目途がついた。・2年後の再開発スケジュールに合わせてテナント移転がスムーズに進む見込みとなり、オーナーは“大きな収益転換”への一歩を踏み出せた。 8-3.導入成功のカギ これらの事例から見えてくる導入成功の要因は以下のとおりです。(1)オーナーが課題を明確に認識する事例1では「設備更新も耐震補強も必要」と理解していたことが、素早い部分補強とリニューアルにつながりました。オーナー自身が現状を客観的に把握しているほど、専門家とのやり取りがスムーズになります。(2)PM/BM会社との「役割分担」オーナーは「どんなビルにしたいのか」というビジョンを持ち、それをPM会社やBM会社に伝える。専門家は「どう実現するか」「どの順番で取り組むか」を提案する。この両輪がうまく噛み合うことで、進行中のトラブルにも柔軟に対応できる体制が作れます。(3)長期視点の計画策定とりわけ耐震性や老朽化の問題があるビルは、短期的な部分改修か、それともいずれ大規模建替えか、複数のシナリオを視野に入れて検討すべきです。PM会社が客観的なデータに基づく将来シミュレーションを作成し、オーナーが判断するというプロセスがあれば、リスクを最小限にしながら最適解を模索できます。(4)テナントとのコミュニケーション強化耐震補強や改修工事を実施する際、業務に支障が出ることを理解してもらうためには、丁寧な説明や代替案の提示が重要です。PM・BM会社がテナント対応の専門知識を活かして不満を抑えれば、退去リスクを減らし、むしろ改修後の新しい環境を評価してもらいやすくなります。 9.旧耐震ビルオーナーが知っておくべき心構え ここまで見てきたように、旧耐震ビルのオーナーが建物の安全性や資産価値を守るためには、PM(プロパティマネジメント)やBM(ビルメンテナンス)の積極的な活用が有効な手段となります。しかし、専門家に依頼したからといって、オーナー自身は全く何もしなくてよいわけではありません。むしろ、最終的な方針や投資判断はオーナーが下す必要がありますし、専門家を動かすための明確なビジョンや最低限の知識も欠かせません。ここでは、旧耐震ビルオーナーがPM/BM導入にあたって心得ておくべきポイントを整理します。 9-1.他人任せにしない経営視点 ●“不動産経営者”としての意識を高めるビルを所有し、テナントに貸し出すという行為は、単なる資産保有ではなく事業行為です。古いビルであっても、賃貸経営を続ける以上はオーナーとしての経営判断が求められます。PM/BM会社はあくまでサポート役であり、「最終的な決断と責任は自分にある」という姿勢を持つことで、外部専門家の提案を客観的に評価・採択しやすくなります。●投資効果を理解する耐震補強や建替え、改修にかかる費用をどう回収するか、仮に赤字になる可能性はあるか――こうした投資対効果を冷静に把握することが重要です。専門家の示す収支シミュレーションを鵜呑みにせず、自らも基本的な計算やリスクの見方を知っておくことで、より現実的な経営判断が可能になります。 9-2.投資マインドとリスクマネジメント ●「放置コスト」と「改修コスト」のバランスを考える旧耐震ビルをこのまま放置しておくと、いずれ大地震や設備トラブルなどで大きな被害や修繕費用に悩まされるリスクがあります。一方、耐震補強や大幅な改修には大きな初期投資が必要です。「どちらを選んでもコストはかかる」という視点で、長期的な視野からいずれが得策かを検討することが大切です。●最悪のシナリオを想定する旧耐震ビルが倒壊リスクを抱えている以上、大地震発生という最悪のシナリオは避けては通れません。人命被害を出す事態となれば、オーナーとしての社会的責任は大きく、賠償問題に発展する可能性もあります。安全性確保のためにどこまで投資するのか、そのリスク許容度はどこまでか――専門家の意見を聞きながらも、オーナー自身の腹づもりが問われる部分です。 9-3.専門家とのパートナーシップ ●建築・不動産コンサル・税理士・弁護士との連携耐震補強や建替え、売却などを本格的に検討する場合、さまざまな専門家との連携が必要になります。建築士や構造設計の専門家だけでなく、借入時の金利交渉や税務対策には金融機関や税理士、契約関係の整理には弁護士が絡むケースもあるでしょう。PM/BM会社はこうした専門家ネットワークを持っていることが多いため、オーナーがうまく活用しながらコミュニケーションを取ると、スムーズに意思決定が進みます。●定期的な情報共有とフィードバックPM/BM会社に一任していても、定期的な報告会やミーティングでビルの収支状況や修繕計画、テナントの声などをキャッチアップする姿勢が欠かせません。オーナーからのフィードバックがあれば、専門家もより的を射た提案や改善策を提供できます。“管理を任せっぱなしにしない”のが、長期的なパートナーシップを築く秘訣です。 9-4.将来の決断に備える準備 ●やがて訪れる建替え・売却の可能性旧耐震ビルの場合、どれだけ改修をしても、築年数やスペック面でいずれは建替えや売却に直面する可能性が高いです。「今は耐震補強をしつつ、数年後に売却する」、「このタイミングでリニューアルして、10年後を目処に建替える」など、PM会社が提示するシナリオを検討しながら常に出口戦略を意識しておくことをおすすめします。●ライフプランとの結びつき個人オーナーであれば、自身のライフプランや相続計画とも建物の運命が密接に結びつきます。自分が現役で管理に関われるうちに、どこまで手を加えるか。相続した後継者は同じようにビル経営を続ける意志があるのか。そうした個人的事情も含めて、PM/BM会社と共有することで、より自分に合った提案を受けやすくなります。 9-5.オーナーとしての行動指針 (1)情報収集を怠らない耐震基準や法改正の動向、不動産市況など、オーナーとして追いかけておくべき情報は少なくありません。特に耐震化の義務付けや行政補助の制度は変化が激しいので、PM/BM会社の情報に加え、自治体や国の施策にも注意を払っておきましょう。(2)小さな一歩から動く大規模な耐震補強や建替えには腰が重いと感じても、まずは耐震診断や専門家への相談という小さなステップを踏むことで次の行動が見えてきます。現状把握が進めば、「放置しておくリスク」の大きさを再認識し、自然と行動意欲が高まることもあります。(3)感情的にならずデータを重視する旧耐震ビルに愛着がある、現在の家賃収入が惜しい……といった感情は理解できますが、長期的・客観的な数値データをもとに意思決定することが得策です。PM会社が提供する収支シミュレーションや建物診断の結果は、そのための有力な材料になります。(4)テナントの意見を尊重する実際にビルを使うのはテナントです。改修や工事の計画を進める際には、テナント満足度の向上が最終的な賃料収入やビル価値に直結することを忘れずに。BMを通じてテナントとのコミュニケーションを密に行い、相手のニーズや不満をしっかりと把握する姿勢が大切です。 10.おわりに ──旧耐震ビルと向き合う「今」からの一歩 旧耐震ビルのオーナーとして、毎月の賃料収入が入る現状に安心しながらも、「本当にこのままで大丈夫なのか?」という一抹の不安を抱え続けている方は多いのではないでしょうか。建物は経年とともに少しずつ傷み、そのリスクは時間とともに増大。耐震補強も建替えも、そして売却も、簡単に決断できることではありませんが、だからこそ「放置するリスク」の大きさを再認識してほしい。本コラムで見てきた通り、旧耐震ビルの経営には安全性の課題だけでなく、設備の老朽化や空室リスク、周辺再開発との競合など、さまざまな要素が絡み合っています。一方で、PM(プロパティマネジメント)やBM(ビルメンテナンス)を導入し、専門家のノウハウとネットワークを活かすことで、収益の安定化や改修コストの削減、テナント満足度の向上など、多角的なメリットを得ることが可能になります。さらに、いずれ訪れる“出口戦略”としての建替えや売却の際にも、オーナーが納得できる形で意思決定を行いやすくなるでしょう。 まずはできることから始めよう 「耐震補強なんて、とてもコストがかかりそう」「建替えの資金調達の目途が立たない」「売却には気が進まない」──こうした悩みは、実際に動いてみなければ解決の糸口は見えてきません。まずは専門家に相談し、建物診断や市場分析を受けてみるだけでも、あなたのビルに具体的にどんな課題と可能性があるのかが明確になるはずです。長年の自主管理でどうにかやってきた、というケースほど、プロの視点による客観的な診断が新鮮な発見をもたらすかもしれません。実際、「こんなところに改修優先度の高いポイントがあったのか」といった意外な気づきが、行動へのきっかけになることは珍しくありません。 やがて訪れる大きな決断のために 旧耐震ビルは将来的に、耐震補強だけでなく建替えや売却といった意思決定を迫られる段階がやってくる可能性が高いです。築年数の経過に伴い、賃料がどれだけ下がったら手放すか、どれだけ資金を投下できるか──いずれにせよ、情報不足や市場調査の甘さがあれば、希望する条件で行動するのは難しくなります。しかし、「決断しないまま時が過ぎ、いよいよどうにもならなくなる」という最悪のシナリオを回避できれば、時間をかけて最適な選択を模索することは十分可能です。PM/BM会社と定期的に情報共有し、建物と市場の状態を把握し続ければ、価格交渉や金融機関との融資条件、テナント移転の調整など、大きな動きが必要になった時にも対応がしやすくなります。 オーナーが主役のパートナーシップ PMやBMを導入しても、最後に舵取りを行うのはオーナーであるあなたです。専門家が提供する情報を「どう活かすか」、そして「いつどこまで投資するか」は、オーナーの経営判断にかかっています。しかし、それこそがこの賃貸事業の面白さであり、不動産の可能性を最大化するためのやりがいでもあるはずです。旧耐震ビルならではのデメリットを最小限に抑えつつ、魅力的な物件として生まれ変わらせるか、あるいは時機を見て思い切った決断を下すのか──いずれの道を選んでも、「自分はこのビルの将来に責任を持っている」という意識があれば、納得感のある結果を得やすくなります。 次のアクションステップ (1)専門家への相談を始めるまずは気軽にPM会社やBM会社に話を聞いてみましょう。耐震診断や賃料査定だけでなく、建物全体のポテンシャルや市場動向についても、多くの示唆が得られます。(2)建物診断や計画立案の第一歩を踏み出す建物の老朽化状況や耐震性能を正確に把握し、必要があれば部分的な改修計画を立ててみる。資金計画やスケジュールの概算を出せば、行動イメージが具体化していきます。(3)将来の出口戦略を意識し続ける「いつかは建替えや売却も視野に入る」と認識しながら、日頃からテナントやBM会社とコミュニケーションを取り、管理の質を維持・向上させておく。そうして蓄積されたデータや実績が、将来の大きな決断を支える後ろ盾となるでしょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月13日執筆2025年11月13日 -
プロパティマネジメント
築古の賃貸オフィスビルの苦戦と再生へのヒント
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古の賃貸オフィスビルの苦戦と再生へのヒント」を解説したもので、2025年11月10日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに:築古賃貸オフィスビル市場の現状と課題1:資金を大きく投入せずに賃貸オフィスビルを再生する方法2:満室稼働を実現する具体策おわりに:築古ビル再生は戦略的に、そして継続的に はじめに:築古賃貸オフィスビル市場の現状と課題 日本のオフィスビル市場では、1980年代のバブル期に大量供給されたビル群が築30年を超え、ストックの高齢化が進んでいます。東京都心部では賃貸オフィスビルの平均築年数が約33年に達し、中小規模ビルの約9割がバブル期竣工という状況です。こうした築古ビルは設備や内装の老朽化が進み、何も手を打たなければ競争力を失っていきます。さらに近年、在宅勤務と出社を組み合わせたハイブリッドワークが広がるなど、「オフィスは社内コミュニケーションやコラボレーションの場である」という認識が高まっています。その結果、昔ながらの画一的なオフィス空間しか提供できない築古ビルは、テナントに選ばれにくくなっているのが実情です。このような環境下で、築古の賃貸オフィスビルオーナーは苦戦を強いられています。かつては「駅近・新築・大規模」(俗に「近・新・大」)という3条件を満たすオフィスほど競争力が高いとされました。従来は築年数が浅いほど空室率も低く安定していましたが、大規模ビルの開発が相次いでいることもあり、築浅ビルでも空室が目立ちはじめ、築年の古いビルとの差が縮小したとの指摘もあります。しかしそれは「築古ビルでも安泰」という意味ではなく、単にテナントの選別眼が厳しくなり、築浅ビルですら条件が悪ければ敬遠されるようになったということです。実際、「単に場所を貸すだけではテナントはついてこない時代」が既に始まっていると指摘されています。多くの築古ビルでは、テナント誘致のために賃料を下げざるを得ない場面が増えています。しかし、賃料値下げによる空室解消は一時しのぎに過ぎず、長期的には資産価値の低下に直結するリスクがあります。本稿では、賃料を安易に下げずに満室稼働を実現するための戦略と具体策について、事例やデータを交えながら論理的に考察します。築古ビル再生のヒントを探り、オーナーが直面する課題にどのように対処すべきかを明らかにしていきます。 1:資金を大きく投入せずに賃貸オフィスビルを再生する方法 築古の賃貸オフィスビルオーナーにとって、建物や設備の老朽化に伴う改修コストは頭の痛い問題です。立地や規模によっては、過度な投資を回収できないリスクも高く、経営の意思決定が難しくなることも多々あります。しかし、予算が限られているからといって、何もせずに放置してしまえば、築古ビルはさらに価値を下げ、空室率の悪化や賃料下落が進む一方です。ここでは、限られた資金でも実行可能な、建物の魅力アップとランニングコスト削減を両立する具体的な手法を詳しく解説します。 (1)設備メンテナンスの徹底によるコスト抑制 設備をすべて交換するには膨大な費用がかかりますが、既存設備を丁寧にメンテナンスしながら長寿命化を図ることで大幅な投資を回避できます。特に、空調設備のフィルターや熱交換器の定期的な清掃、給排水設備の定期洗浄や点検を行うことで、設備の稼働効率を高め、故障リスクを軽減できます。こうした日常的な保守を継続することで、設備の寿命を延ばし、大規模な設備更新投資を先延ばしにすることが可能です。事例①:港区の築30年ビルの空調メンテナンス対策港区にある築30年超のオフィスビルでは、老朽化した空調設備が頻繁に故障し、夏場のトラブルが続出。そこで、フィルターの定期交換や空調ダクトの清掃を徹底したところ、年間の修理費が40%削減され、冷暖房の効率が向上しました。これにより、テナントの満足度も向上し、契約更新率が改善しました。 (2)ポイントを絞った内装リニューアル 建物全体の大規模リノベーションは費用負担が重いため、ポイントを絞ったリニューアルを行うことで、効率的にビルの印象を改善できます。特に、エントランスや共用部など第一印象を左右する場所に、照明改善や壁・床の美装化などを施せば、ビルの魅力は大幅に向上します。事例②:千代田区のオフィスビルの共用部リニューアル千代田区の築35年のオフィスビルでは、エントランスと廊下のリニューアルを実施。床材を明るいタイルに変更し、照明をLEDに切り替えた結果、「清潔感が増し、古さを感じさせない」という声が増加。結果として新規テナント獲得率が向上しました。 (3)低コストで提供できる付加価値サービス 低予算で付加価値を提供するには、IoTを活用したスマートビル化がおすすめです。後付け型のスマートロックや照明・空調の自動制御システムを導入することで、テナントにとっての利便性や快適性を高められます。これらの設備は比較的低コストで導入でき、かつ設備管理の効率化にもつながるため、運営面でもメリットが期待できます。事例③:渋谷区の中規模ビルでのIoT導入渋谷区にある築32年のビルでは、スマートロックシステムを導入し、テナントがスマホアプリで入退館管理を行えるようにしました。これによりセキュリティが向上し、新規入居希望者へのアピールポイントとなりました。 (4)収益性向上と競争力強化に向けて 以上の施策を組み合わせれば、限られた資金内でも築古オフィスビルの競争力を回復し、収益性の向上を目指すことが可能となります。事例④:中央区の省エネ改修事例中央区の築33年のオフィスビルでは、空調設備の適正運用とLED照明導入により、電力コストを年間15%削減。これにより、共益費の削減にもつながり、結果としてテナントの退去抑制に成功しました。これらの実例からも分かるように、築古ビルの再生には、単なるコスト削減ではなく、設備の適正運用や小規模な改修による魅力向上が重要です。限られた予算内でも、適切な戦略を講じることで、築古ビルの資産価値を維持・向上させることが可能です。 成功事例から浮かび上がるキーワードは、「付加価値」「ターゲット戦略」「運営力」です。建物のハード(物理的な質)を高めることに加え、どのテナント層にどんな価値を提供するかを明確に描き、それに沿った改修・サービスを行うことが満室への近道となっています。一方で、すべての築古ビル再生プロジェクトが成功するわけではないことにも注意が必要です。改修に多額の費用を投じて内装を一新し、「これで賃料アップだ」と意気込んでも、肝心の入居者が集まらなければ投資回収は困難です。例えばデザイン優先で改装したものの立地の弱みを補いきれず、高めに設定した賃料に見合うテナントが見つからなかったケースや、テナントのニーズを読み違えて設備投資が空回りした例も報告されています。また、築古ビル特有の課題(耐震性や法規制上の制約など)を無視して表面的なリニューアルに終始した結果、「見た目は綺麗でも安心して入居できない」と敬遠されてしまう失敗もあります。こうした事例から学ぶべきは、市場ニーズや物件の本質的課題を見極めずに闇雲にリノベーションしても成果は出ないという点です。再生策を講じる際には、しっかりとした戦略とニーズ分析に基づいて計画を立てることが不可欠でしょう。以下では、築古オフィスビルを満室稼働させるための具体的な対策をいくつかの観点から掘り下げます。成功事例のエッセンスと失敗例の教訓を踏まえつつ、費用対効果を意識した実践的な手法を紹介していきます。 2:満室稼働を実現する具体策 (1)低予算で実施する設備更新・内装リニューアル 築古ビル再生の第一歩は、建物の基本性能と印象を底上げするハード面の改善です。限られた予算内でも工夫次第で効果的な改修は可能です。ポイントは「コストパフォーマンスの高い箇所から優先的に手を付ける」ことです。▪ 基本設備の基盤整備:古いビルでは空調や電気設備の老朽化により室内環境が劣化していることが少なくありません。空調設備の調整やフィルター清掃、必要に応じた更新を行い、適切な温度・空気質を維持しましょう。設備(とくに空調)の性能向上はテナント満足度を高め、ビル競争力の向上につながります。古い空調機を高効率機種に交換すれば省エネ効果も得られ、テナントの光熱費負担を下げられる可能性があります。▪ 内装・共用部のリフレッシュ:次に取り組みたいのがビル内外の見た目の改善です。第一印象を左右するエントランスやロビーは、比較的低コストな改修で大きな効果が期待できます。壁や天井の塗装を明るい色調に塗り替える、床材やカーペットを新調する、照明をLED化して明るさと省エネを両立する、といった改装は定番ながら有効です。特に照明のLED化は初期費用こそかかるものの電気代削減効果で数年程度で投資回収できるケースも多く、長寿命化によりメンテナンス頻度も減らせます。また、水回り(トイレや給湯室)の清潔感は入居検討者が重視するポイントです。古いトイレ設備を最新の節水型に交換したり、和式トイレしかない場合は洋式化したり、内装を明るく改装するだけでも印象は格段に向上します。男女別トイレの設置が難しい小規模ビルでも、内装をリニューアルし清掃を行き届かせることで「清潔で安心」なイメージを与えられます。共用廊下や階段も照明と内装を整備し、防犯カメラを設置することで安全性と快適性を訴求できます。▪ 部分改修で費用対効果を最大化:すべてを一度に直す予算がない場合は、ポイントを絞った部分リニューアルで段階的に価値向上を図りましょう。たとえば「エントランスホールのみ先行改修」「空室となっているフロアをモデルルーム化」「エレベーターの制御装置更新による待ち時間短縮」など、投資額に対してテナント受けする効果が高い部分から着手します。費用を抑える工夫としては、既存の什器や間仕切りを活用・再配置する、レイアウト変更を伴わない模様替え中心の工事にする、安価でもデザイン性の高い建材を取り入れる、といった方法があります。また、「古さ」を逆手に取る発想も有効です。内装のレトロな雰囲気をあえて残し、ヴィンテージ風オフィスとして売り出した例もあります。天井の躯体をあらわしにしてインダストリアルデザイン風に仕上げたり、昭和レトロな外観を活かして味わいのあるクリエイティブオフィスとしてPRすることで、画一的な新築ビルにはない個性を求めるテナントを引き付けられる場合もあります。このように、低予算でも「安全性の底上げ」と「印象の刷新」を両立する改修を進めることで、築古ビルのマイナスイメージを払拭し競争力を高めることができます。小さな改良の積み重ねがテナント満足度を向上させ、結果として高稼働率・賃料維持につながるのです。 (2)テナントニーズを捉えた運営工夫と差別化戦略 ハード面の改善と並んで重要なのが、ソフト面での戦略、すなわちテナントのニーズに合った運営とサービスの提供です。ただ空間を貸すだけでは選ばれない時代だからこそ、ビル独自の付加価値を打ち出し差別化を図る必要があります。ここではテナントターゲットの見直しと賃貸条件・サービス面での工夫について具体策を考えてみましょう。▪ ターゲット層の再設定:築古ビルが従来想定していたテナント像(例えば近隣の中小企業向け事務所利用など)に固執していては、市場の変化に取り残される恐れがあります。成功事例にあったように、発想を転換して新たな需要層を開拓することが鍵です。昨今増えているスタートアップ企業、ITベンチャー、地方や海外から進出してくる企業など、数十年前には少なかったターゲットが台頭しています。彼らは大企業ほどオフィスに高い予算は割けないものの、働きやすい環境やクリエイティブな雰囲気を求めています。また、小規模でもセキュアで快適なオフィスを必要とする専門士業(士業事務所)や、リモートワーク普及で郊外勤務を希望する従業員向けのサテライトオフィス需要なども見逃せません。自ビルの立地や規模に照らし、「このビルならでは」のターゲット層を定め、その層に響く改装・サービスを考えましょう。例えば駅から距離があるビルでも駐車場があれば車移動が主なテナントを狙う、都心でエリアイメージが良くない場所ならあえてクリエイター向けに内装を個性的にしてみる、といった戦略が考えられます。ターゲットを明確に絞ることで、その層に特化した売り込みができ、結果として満室につながりやすくなります。▪ ビルブランディングと情報発信:築古ビルを再生する際には、そのビルのコンセプトや強みを明確に打ち出すことも大切です。ただ安いというだけではなく、「○○な人たちが集まるビル」「△△な働き方ができるオフィス」といった物語性を持たせるのです。ビルのブランドを育てていく姿勢はテナントにも伝わります。具体的には、ビルの名前をリブランディングしてみるのも一案です。築年数が古いままの名前より、コンセプトに合ったネーミングやロゴを作成して刷新すれば、新規顧客の目にも留まりやすくなります。リニューアル工事のタイミングに合わせて内覧会イベントを開催し、当社メディア・サイトで紹介記事を掲載するなど、積極的な情報発信で「生まれ変わったビル」をアピールしましょう。最近ではリノベーション専門の不動産メディアや、テナントリーシング支援のプラットフォームもありますので、そうしたチャネルを活用して露出を増やすのも有効です。オフィス探しをしている企業だけでなく、不動産仲介業者に対してもビルの売りを明確に伝え、認知度を高めておくことで紹介件数アップが期待できます。▪ テナントとのコミュニケーション向上:ソフト面の充実として忘れてはならないのが、既存テナントとの関係構築です。現在入居中のテナントの満足度を上げることは、退去防止と口コミ効果につながります。小規模ビルでは管理人が常駐しない場合も多いですが、その場合でも管理会社が定期的に巡回した際に、こまめにチェックして、設備不具合の対応を早める、共用部の清掃頻度を上げる、といった地道な施策がテナントの愛着を育み、長期入居や知人企業の紹介といった形で報いてくれるでしょう。「このビルの管理は信頼できる」という評判が立ち、多少古いビルでも安心して入居できるとの評価につながります。結果として空室が出ても別のテナントで埋まりやすくなり、安定稼働・賃料維持に寄与するのです。 (3)省エネ改修・エネルギー管理の強化による付加価値創出 近年、企業の環境意識の高まりやエネルギー価格の上昇を背景に、オフィスビルの省エネルギー性能は重要な競争力の一つとなっています。ビルの省エネ性能を高めることは光熱費の削減による運営コスト低減だけでなく、「環境に配慮したオフィス」という付加価値を生み、テナント企業のイメージ向上にもつながります。ここでは、築古ビルでも実践できる省エネ・エネルギー管理強化策を考えてみましょう。▪ 照明・空調の省エネ化:オフィスビルで電力消費の大きな割合を占める照明と空調の高効率化は、省エネの要です。照明は前述の通りLED照明への更新が効果的で、消費電力を約半分程度に削減できるケースもあります。人感センサーを設置して人がいない時には自動で消灯するシステムを導入すれば、無駄な点灯を防げます。空調については、旧式の個別空調機(パッケージエアコン等)で効率が悪いものはインバーター式の省エネ型に交換する、セントラル空調の場合は熱源機器やポンプ類の高効率型への更新や制御システムの最適化を行うことで、かなりの省エネが期待できます。また、テナントが退去したフロアなど未使用区画の空調を停止・間引き運転できるようゾーニング制御を取り入れるなど、きめ細かなエネルギー管理を行うことも重要です。ビルのエネルギー使用量を見える化するスマートメーターやエネルギー管理システム(BEMS)を導入すれば、テナントごとの使用量を把握して省エネ意識を高めたり、ピーク電力を抑制したりといったデータに基づく運用改善が可能になります。省エネ改修の結果、CO2排出量削減や電気料金削減といった具体的数値が出れば、それ自体をビルのセールスポイントとして訴求できます。▪ 断熱性能の向上と快適性アップ:築古ビルでは窓サッシや外壁の断熱性能が低く、外気の影響を受けやすいため空調負荷が大きくなりがちです。可能であれば窓ガラスを複層ガラスに交換したり、窓枠に後付で断熱内窓を設置することで断熱性を高められます。簡易な対策としては窓ガラスに遮熱フィルムを貼るだけでも冷房負荷を減らす効果があります。夏場の直射日光が強い開口部には外部に可動ルーバーや日よけ(オーニング)を設置し日射を遮る工夫も有効です。逆に冬場の熱損失を防ぐため、出入口に風除室やエアカーテンを設けることも検討できます。こうした断熱改修はテナントの光熱費負担軽減につながるだけでなく、室内の温度ムラが減り快適性が向上する副次効果もあります。室温の安定したオフィスは従業員の生産性や健康にもプラスに働くため、テナント企業にとってもメリットが大きいポイントです。 (4)スマートビル化・付加価値サービスの導入による競争力強化 テナントの要望が高度化する中、築古ビルでもテクノロジーの力を借りて付加価値サービスを提供することが求められています。いわゆる「スマートビル」的な機能は何も最新鋭のビルだけのものではありません。近年は後付け可能なIoTソリューションやサービスプラットフォームが数多く登場しており、中小の築古ビルでも比較的容易に導入できるようになっています。ここでは、テクノロジー活用によるサービス向上策と付加価値創出の方法を見ていきます。▪ IoTによるビル管理の効率化と快適性向上:まず挙げられるのが、ビル管理業務へのIoT導入です。センサーやネットワークを活用して設備の稼働状況や各種環境データを収集・制御することで、旧来型のビルでも最新ビルと遜色ない管理レベルを実現できます。たとえば、水漏れセンサーや設備異常検知センサーを設置しておけば、故障やトラブルの兆候を早期に把握し対処できます。エレベーターやポンプなどの主要設備にもIoT監視を付ければ、異常時に迅速なメンテナンス対応が可能となり、サービス停止時間の短縮や事故防止による信頼性向上につながります。さらにセキュリティ面でも、顔認証やICカードによる入退館管理システムを後付け導入する例が増えています。非接触で解錠できるスマートロックやスマートセンサーライト、防犯カメラのネット連携などにより、小規模ビルでも安全・安心なスマートセキュリティ環境を整備できます。古いビルでも後付け技術でそうした環境が実現できるなら、テナントの安心感は格段に増すでしょう。▪ テクノロジー導入の費用対効果:スマートシステムや付加価値サービスを導入する際には、その費用対効果も考慮しましょう。幸いなことに、クラウドサービスやIoT機器の普及で初期投資ゼロ~小額で始められるサービスも多くなっています。例えば入退館管理システムは、クラウド型サービスを月額課金で利用すれば高価な専用機器を買う必要がありません。スマートロックも1台数万円程度からあり、工事も簡単です。また、テナント向けのスマホアプリを提供し、ビルの設備予約(会議室予約や空調延長申請など)を便利に行えるようにするサービスもあります。自社ビル専用アプリを開発するのは費用がかかりますが、既存のプラットフォームを使えば比較的安価です。重要なのは、テナント目線で「このビルに入ると便利」と思える仕組みを一つでも増やすことです。最新ビルでは当たり前の仕組みも、築古ビルで導入すれば大きな差別化になります。それがオーナーにとっても省力化・効率化につながるものであれば一石二鳥です。例えばオンライン上でテナントからの問い合わせや工事申請を受け付ける仕組みを導入すれば、対応履歴も残り管理もしやすくなります。小規模ビルゆえに人的サービスでカバーしていたことをIT化することで、逆にきめ細かなサービス提供が可能になる分野もあるでしょう。このように、スマート技術とサービスの導入は、築古ビルに現代的な付加価値をもたらし競争力を高める有効な手段です。テクノロジーは日進月歩で進化しており、今後も新たなソリューションが生まれるでしょう。オーナーとしては常に情報収集を怠らず、自ビルにフィットしそうなサービスがあれば積極的に試してみる姿勢が大切です。大掛かりな設備投資をしなくても導入できるサービスは数多くありますので、「築古だから…」と尻込みせずチャレンジすることで、テナント満足度と稼働率アップにつなげていきましょう。 おわりに:築古ビル再生は戦略的に、そして継続的に 築古の賃貸オフィスビルが直面する苦戦の背景と、再生への具体的ヒントを述べてきました。重要なのは、単に賃料を下げる安易な道に逃げるのではなく、戦略を持ってビルの価値を高める取り組みを行うことです。幸いにも、多くの成功事例が示すように、工夫次第で築古ビルは見違えるように蘇り、テナントにとって魅力的な存在になり得ます。老朽化が進むオフィスストックが大量にあるということは、裏を返せば変革の余地がそれだけ大きいということです。オーナーにとってはチャレンジであると同時に、大きなチャンスとも言えるでしょう。再生策を講じる際には、まず自ビルの強み・弱み、市場環境やターゲットのニーズをしっかり分析することが出発点です。その上で、本稿で述べたようなハード・ソフト両面の手立てを組み合わせ、自社の事情に合ったロードマップを描いてください。すべてを一度に実現する必要はありません。小さな改善を積み重ね、それをテナント募集のアピール材料として発信し、徐々に稼働率と収益性を高めていくことが現実的です。一度満室を達成しても油断は禁物で、市場動向やテナント要望は刻々と変化します。定期的にビルの状況を見直し、新たな競合ビルの動きや技術トレンドをチェックして、常にアップデートを図る姿勢が求められます。「単なる古いビル」だった物件が、リニューアルやサービス強化によって「選ばれるオフィス」に進化したとき、適正賃料で高い稼働を維持し、資産価値も向上する好循環が生まれます。築古ビルが持つポテンシャルを引き出し、テナントにとってもオーナーにとってもWin-Winとなる再生を実現するために、本稿のヒントがお役に立てば幸いです。築古ビル再生の成功例が増えれば、マーケット全体の活性化にもつながります。老朽化ストックが多い日本のオフィス市場において、一つひとつのビルが再生への一歩を踏み出すことで、新築偏重ではない持続可能な発展が期待できるでしょう。ぜひ、専門家の知見や周囲の協力も得ながら、ビジネスライクかつ柔軟な発想で築古ビルの再生にチャレンジしてみてください。満室稼働のその先に、ビルとテナント双方の明るい未来が拓けるはずです。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月10日執筆2025年11月10日 -
プロパティマネジメント
東京・築古中型賃貸オフィスの適正賃料と空室対策【実践ガイド】
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「東京・築古中型賃貸オフィスの適正賃料と空室対策【実践ガイド】」のタイトルで、2025年11月5日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次1.導入:東京の築古・中型オフィス市場の現状と課題2.適正賃料の具体的な決め方3.空室対策の具体的実践4. 築古オフィスにおける成功・失敗事例5.今後の市場展望とオーナーが取るべき戦略6.まとめと実践的チェックリスト 1.導入:東京の築古・中型オフィス市場の現状と課題 近年、東京の築古・100坪以下の中型オフィス市場は、大きな変化に直面しています。テレワークの普及やフレキシブルワークスペースの台頭により、従来型のオフィスに対する需要が変化し、築古オフィスビルの競争力が問われています。築年数の経過に伴い、設備の老朽化やレイアウトの陳腐化が進み、新築やリノベーション済みのオフィスとの競争で不利になりがちです。また、近年のエネルギーコストや修繕費の上昇も、オーナーにとって大きな負担となっています。こうした背景の中、適正な賃料設定と効果的な空室対策を講じることが、オーナーにとって不可欠な経営戦略となっています。 空室対策と適正賃料設定の重要性 築古オフィスのオーナーが直面する最大の課題は、「適正な賃料を設定しつつ、安定したテナントを確保すること」 です。賃料を相場より高く設定すれば空室が長期化し、低く設定すれば収益性が低下します。さらに、安易な値下げによってビルのブランド価値が低下し、長期的な不利益を被る可能性もあります。また、単純に賃料を調整するだけでなく、ターゲットとするテナント層のニーズを正確に把握し、適切な付加価値を提供することが求められます。本コラムでは、適正な賃料の設定方法と、実践的な空室対策の手法を紹介し、築古オフィスの収益性向上に貢献することを目的としています。 本コラムの目的と読者への提供価値 本コラムでは、築古オフィスのオーナーが直面する課題に対し、「適正賃料の決め方」 と 「効果的な空室対策」 を実践的な視点から解説します。特に、以下の点に焦点を当てます。・市場調査を基にした適正賃料の算出方法・賃料値下げ以外の空室対策の実践例・ターゲットテナントの特定と誘致の戦略・収益最大化のためのリスク管理・成功・失敗事例から学ぶポイント築古オフィスを所有するオーナーが、本コラムを通じて、収益を確保しつつ安定したテナント確保ができるよう、具体的なアクションプランを提供していきます。 2.適正賃料の具体的な決め方 競合物件調査と比較方法(賃料・設備・立地の比較ポイント) 適正賃料を決めるためには、まず市場調査が欠かせません。競合物件と比較し、賃料設定の妥当性を判断する必要があります。調査する際の主なポイントは以下の通りです。・賃料水準:近隣エリアの築年数・設備が類似したオフィスの賃料相場を把握する。・設備・仕様:エレベーターの有無、セキュリティ設備、エアコン、トイレの新旧など。・立地条件:最寄駅からの距離、周辺環境(飲食店・コンビニの有無)、繁華性の違い。・入居率の傾向:周辺物件の稼働率を把握し、需要が高いか低いかを確認する。不動産ポータルサイトや地元の不動産仲介業者との情報交換を通じて、競合物件の最新情報を収集し、自社ビルの強み・弱みを分析することが重要です。 適正賃料の計算方法と実際のシミュレーション事例 賃料設定の基本的な考え方は、市場相場+自社物件の付加価値-築年数や設備劣化による減点 というフレームワークで整理できます。例えば、同じエリアの新築ビルの賃料が 20,000円/坪、築10年のビルが 15,000円/坪 だった場合、築30年のビルでは 12,000~14,000円/坪 が適正な範囲となる可能性があります。また、賃料を設定する際には、以下の要素も考慮する必要があります。・想定される稼働率:賃料を上げすぎると空室が長期化するリスク。・運営コストとのバランス:固定資産税、修繕費、水光熱費の上昇分を賃料に転嫁できるか。・テナントの経営状況:ターゲットとする企業が支払える賃料帯の確認。 フリーレント・保証金の設定基準と考え方 競争力のあるオフィス賃貸市場では、フリーレント(一定期間の賃料無料)や保証金の条件を適切に設定することで、テナントの入居を促進できます。●フリーレントの目安・競争の激しいエリアでは「2~3ヶ月のフリーレント」を設定することが一般的。・ただし、長期間のフリーレントは短期契約リスクが高まるため、最低1年以上の契約を前提とする。●保証金の設定・相場として、賃料の6ヶ月~12ヶ月分が一般的。・テナントの信用力によって調整可能(上場企業などは保証金を抑えられるケースも)。 築古ビルにおける「適正賃料水準の引き下げ」と「一時的な賃料値下げ」の違い 築古ビルで賃料設定を検討する際には、「市場環境に合わせて適正賃料そのものを引き下げること」と「短期的な目的で一時的に賃料を値下げすること」を明確に区別して考える必要があります。●適正賃料水準の引き下げ(長期的な調整)・築年数の経過、市場ニーズの変化、競合ビルの相場などを考慮して客観的に算出されます。・ビルの競争力を維持し、安定した入居率を長期的に保つため、定期的かつ戦略的な見直しを行います。●一時的な賃料値下げ(短期的・臨時的措置)・急な空室や資金繰り改善など、短期的な目的のために期間限定で実施します。・臨時措置であることをテナントに明確に示し、期間終了後には適正賃料に戻すことを前提とします。この2つの賃料変更を曖昧にすると、特に一時的な値下げによるネガティブな影響が目立ち、以下の問題を招く恐れがあります。●テナントの質の低下・大幅な賃料引き下げによって、財務基盤の弱い企業が入居しやすくなり、賃料滞納や短期間での退去リスクが高まります。●長期的な収益性の悪化・一度下げた賃料を市場回復時に元の水準に戻すことが難しくなり、既存テナントとの交渉も難航します。結果として長期にわたり低収益状態が続く危険性があります。●市場評価の低下・周辺相場を乱すほどの値下げは、地域の賃料水準そのものを引き下げる可能性があり、資産評価が下落し、不動産価値を毀損する原因にもなります。したがって、賃料値下げを検討する場合には、「短期的措置」としてフリーレントや短期契約など柔軟な方法を採用するとともに、基本となる適正賃料を守り、設備改善やサービス強化など別の方法でビルの競争力を高めることが重要になります。 3.空室対策の具体的実践 設備投資と賃料調整のバランス・優先順位 空室対策において、設備投資と賃料調整のどちらを優先するかは、オーナーにとって重要な課題です。一般的に築古オフィスでは、大規模な設備投資を行うよりも、必要最小限の設備改善に留め、適正な賃料水準を維持する方が効果的なケースが多いです。設備投資を行う場合は、特に空調設備やトイレ・給湯設備の改善、LED照明への変更、通信環境の整備など、テナントが直接的にメリットを感じる部分に集中すると、競争力の強化につながります。ただし、その投資が賃料に反映され、市場競争力を損なわない範囲であることが重要です。設備投資による賃料アップが困難な場合は、賃料の据え置きやフリーレントなどの条件で競争力を高める方が得策です。 ターゲットテナントの明確化と業種別テナント誘致の戦略 空室対策の成功には、明確なターゲット設定が欠かせません。東京都の中小企業の景況調査によると、製造業や卸売業の景況感が改善傾向にあるため、これらの業種に焦点を当てることが現実的です。例えば、製造業であれば営業拠点、卸売業であれば物流拠点兼オフィスとして活用可能な物件の訴求が考えられます。ターゲット業種に合わせて必要な設備や契約条件を整えることで、入居のハードルを下げ、競争力を高めることが可能になります。 賃料以外の付加価値提供策(内装・契約条件・短期契約の活用) 競合との差別化には賃料以外の付加価値提供が効果的です。特に以下の施策が有効です。・内装工事支援:基本的な内装を提供し、入居時のテナント負担を軽減する。・契約条件の柔軟性向上:短期契約や更新条件を柔軟に設定し、新興企業やスタートアップにも魅力的な条件を提示。これらの施策は、投資額を抑えつつテナントにとっての価値を高め、競争力の向上につながります。 収益最大化を意識した空室リスク管理シミュレーション 空室リスクを適切に管理するためには、収益シミュレーションを実施し、リスクを客観的に評価することが重要です。例えば、賃料を一時的に5%下げることによって稼働率がどの程度改善し、年間収益がどう変化するかを計算します。また、設備投資を行った場合の回収期間を明確に算出し、投資対効果を見極めることも必要です。空室が長期化するリスクと賃料を下げた場合の収益影響を比較し、どの施策が最も費用対効果が高いのかをシミュレーションによって判断します。この客観的なデータに基づいた意思決定が、収益の最大化とリスクの最小化を両立させる鍵となります。 4. 築古オフィスにおける成功・失敗事例 適正賃料設定で成功した事例 都内のある築35年・延床面積約80坪の中型オフィスビルでは、市場調査を徹底的に行い、競合物件よりやや低めながらも安易な値下げを行わず、設備投資を最小限に抑えたうえで賃料を設定しました。具体的には、競合物件との比較で賃料帯を周辺相場の約5%低めに設定し、さらにフリーレントを1ヶ月提供するという魅力的な条件を打ち出しました。その結果、新規テナントの獲得に成功し、稼働率は半年で70%から95%にまで向上しました。入居後のテナント満足度も高く、長期安定テナントの確保に成功し、収益基盤が安定しました。成功の要因は、競合との差別化を明確に図ったこと、そして適切な価格設定と柔軟な条件提示をバランスよく組み合わせたことにあります。 賃料設定の失敗例とその原因分析 一方、別のオフィスビル(築28年・90坪)では、早急な空室改善を狙い賃料を20%引き下げました。一見、短期的には空室が埋まり、表面的には成功したかに見えましたが、低賃料に惹かれて集まったテナントは財務基盤が弱く、入居後まもなく賃料滞納や契約違反が頻発しました。さらに、一度下げた賃料を市場の回復時に元の水準に戻そうとした際、テナント側から強い抵抗を受け、交渉が難航し、結果的に長期にわたる収益性の悪化を招きました。この失敗の主な原因は、十分な市場調査を行わず、競合との賃料差や入居するテナント層の特性を考慮せずに単純な価格競争に走ったことにあります。また、目先の稼働率改善ばかりを追求し、長期的な収益安定を見据えた戦略を欠いていた点も問題でした。 設備投資を最小限に抑えて空室を改善した事例 別の築32年の70坪のオフィスビルでは、空室が続き賃料収入の減少が深刻な状況にありましたが、大規模なリノベーションではなく、必要最低限の設備投資に抑えて空室対策を実施しました。具体的には、テナントニーズを把握するためのヒアリングを行い、Wi-Fi環境の整備と共用部分の照明をLEDに変更するという比較的低コストな施策を導入しました。さらに契約条件にも工夫を加え、短期契約や柔軟な更新条件を提供し、小規模企業や成長段階のスタートアップにも入りやすい環境を整備しました。この結果、初期投資の抑制を実現しつつも、新規テナントが集まりやすい環境が整い、1年以内に空室率を50%から10%にまで劇的に改善しました。この事例からも、無理な設備投資を避けながら、テナントニーズを捉えた最低限の設備改善と、契約条件の柔軟性を組み合わせることが、費用対効果が高く現実的な空室対策であることが明らかです。 5.今後の市場展望とオーナーが取るべき戦略 2025年以降のオフィス市場予測 2025年以降、東京のオフィス市場はますます競争が激化する見通しです。特に都心部では、大規模な再開発プロジェクトによって大量のオフィス供給が予定されており、虎ノ門や品川・高輪ゲートウェイ周辺、芝浦などのエリアにおいては超大型ビルが相次いで竣工する予定です。これら最新設備を備えた新築の大型物件が供給されることにより、大企業を中心に既存ビルからのテナント移転が加速する可能性があります。その一方で、中小企業やスタートアップ企業のオフィスニーズは依然として一定の水準で維持される見込みです。賃料が比較的手頃で柔軟な契約が可能な中型オフィスに対する需要も根強く、特に50~100坪の物件では、使い勝手の良さが評価される傾向にあります。ただし、大型オフィスでも、フロア分割して中規模テナントをターゲットとした戦略をとるケースも見受けられ、中型オフィスも厳しい競争に晒される可能性があります。また、大企業でも本社機能の一部を中型オフィスへ移転する企業が増える一方、リモートワークの浸透によるオフィス面積の縮小が進む企業も多いため、市場の二極化がさらに鮮明になると予測されます。こうした複雑で変動する市場環境下でオーナーが競争力を維持するためには、個々のテナントニーズを正確に捉え、柔軟で的確な対応を取ることが必要です。 長期視点で資産価値を維持・向上させる戦略 築古オフィスのオーナーが中長期的に資産価値を維持・向上させるためには、以下のような戦略を実践することが重要です。・定期的な市場調査と適正賃料の再評価:周辺市場の変化や競合物件の動向を定期的に分析し、適正賃料の見直しを戦略的に実施します。単なる値下げではなく、市場ニーズに合った柔軟な賃料設定やインセンティブ提供を検討します。・最低限の設備投資による効率的な改善:大規模リノベーションではなく、通信環境の改善、LED照明導入、空調設備の効率化など、費用対効果の高い最低限の設備改善に絞った投資を行います。こうした投資はテナント満足度の向上と維持につながります。・柔軟な契約条件の提示による空室リスク管理:短期契約や柔軟な更新条件を整えることで、多様化するテナントニーズに対応します。特にスタートアップ企業や拡張・縮小が頻繁な企業にとっては、契約の柔軟性が重要な決定要素となります。・ブランド力の強化と付加価値の創出:築古オフィスのブランド力を向上させるため、特徴的なデザインの共用部整備やテナントサービスの充実を図ります。これにより、競合物件との差別化を明確にし、賃料水準を守りつつ高い入居率を維持できます。これらの戦略を適切に実践することで、市場環境の変化に柔軟に対応しながら、築古オフィスビルの競争力を保ち、長期的な収益性向上を実現することが可能となります。 6.まとめと実践的チェックリスト 記事の要点整理と行動ポイント 本コラムでは、築古・100坪以下のオフィスビルを所有するオーナーに向けて、適正賃料設定と具体的な空室対策について解説してきました。主なポイントを整理すると以下の通りです。・市場調査に基づいた適正賃料設定を定期的に実施すること。・安易な賃料値下げは避け、競合と差別化できる付加価値を提供すること。・設備投資は最低限にとどめつつ、テナントのニーズに応じた改善を実施すること。・契約条件の柔軟性を高め、多様なテナントニーズに応えること。・ターゲットテナントを明確化し、戦略的なテナント誘致を図ること。・長期的な視点で資産価値を維持・向上させる戦略を立てること。 不動産専門家・プロパティマネジメント会社との協業チェックリスト オーナー自身がすべての施策を実施することは現実的ではありません。そのため、不動産専門家・プロパティマネジメント(PM)会社との連携・協業が非常に重要です。以下のチェックリストを参考に、専門家・PM会社と円滑に連携し、効果的に施策を推進してください。・周辺市場の情報収集・分析について定期的にPM会社からレポートを受け取る仕組みを構築しているか?・適正賃料設定の根拠となる市場データや競合物件比較を専門家が定期的に提示しているか?・賃料調整や一時的な値下げの判断をPM会社と協議し、リスクとメリットを整理しているか?・設備投資計画の策定にあたり、PM会社がテナントニーズ調査を実施し、結果に基づいて最適な提案を行っているか?・設備投資の費用対効果の分析をPM会社から提示させ、投資判断を共同で行っているか?・フリーレントや契約条件の設定をPM会社に任せる際、目的や意図を明確に伝え、定期的に成果報告を受けているか?・物件の付加価値を高める施策について、PM会社から積極的な提案を受け、それを実施するための計画を共有しているか?・テナント候補の信用力や業績状況に関する審査・評価をPM会社が徹底しているか? 不動産専門家・PM会社との上手な連携方法 築古オフィスビルの運営や管理は専門的な知識と経験を必要とします。オーナー自身が施策の細部までコントロールすることは難しいため、専門家・PM会社を信頼できるパートナーとして協業することが重要です。効果的な連携方法として以下をおすすめします。・定期的なミーティングでPM会社と最新の市場動向、競合物件情報、入居者動向を共有する。・賃料設定やテナント募集戦略はPM会社と共同で策定し、その実施状況について定期的に報告を求める。・設備改善や空室対策については、PM会社からの具体的な提案やシミュレーション結果を評価し、意思決定を共に行う。・PM会社との役割分担を明確にし、オーナーは戦略策定や最終的な意思決定に専念し、日常業務や施策の実行管理を任せる。このような専門家・PM会社との連携を通じて、効率的かつ効果的なオフィスビル運営を目指しましょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月5日執筆2025年11月05日 -
プロパティマネジメント
築古の中型賃貸オフィスビルの空室率を下げるための実践的テナント誘致戦略
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古の中型賃貸オフィスビルの空室率を下げるための実践的テナント誘致戦略」のタイトルで、2025年10月30日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。 目次序論:築古オフィスビルの空室率問題とは?第1章:市場分析とターゲット設定第2章:築古オフィスビルの魅力を引き出すリノベーション戦略第3章:企業ブランディングとPR戦略第4章:効果的なテナント誘致戦略第5章:事例研究と実践的アドバイス最終章:築古オフィスビルの空室率低減に向けて 序論:築古オフィスビルの空室率問題とは? 近年、日本のオフィス市場において、中型の築古オフィスビル(1,000㎡〜5,000㎡程度)が直面している空室率の上昇が深刻な問題となっている。特に、東京においては、新築の大規模オフィスビルが次々と供給され、テナントの選択肢が広がったことで、築年数の経過したビルは競争力を維持することが難しくなっている。本コラムでは、築古オフィスビルの特有の課題を克服し、競争力を持たせるための具体的な戦略を提案する。成功事例を交えながら、実践的な施策を提示し、築古ビルでもテナントを誘致できる可能性を示す。 第1章:市場分析とターゲット設定 1.築古オフィスビルにおける市場の動向 (1) 中型オフィスビルの現状近年のオフィス市場では、リモートワークの浸透や働き方改革の推進により、企業のオフィス需要に変化が生じている。賃貸オフィス市場全体としては、空室率の低下傾向が見られる一方で、中型オフィスビル(フロア面積50~100坪)については、低減傾向から底這いつつある。特に築20年以上が経過したビルの空室が目立ち、空室率が緩やかに上昇傾向を示しているようにも見受けられる。これは、築古ビルに対して、設備の老朽化や建物自体のデザインの陳腐化により、テナントが魅力を感じにくくなっているためである。こうした状況を踏まえると、築古の中型オフィスビルのオーナーは、これまで以上に慎重かつ戦略的なテナント誘致の施策を講じる必要がある。(2) 新築大規模ビルの開発による市場への影響近年、大手デベロッパーによる新築の大規模オフィスビルの供給が増加し、最新の設備や快適な労働環境を求める企業のニーズに応えている。特に都心部では、高機能オフィスが多く開発され、従来型の築古中型ビルは、テナントの獲得において不利な立場に置かれている。このため、従来型の築古中型ビルは市場における相対的な競争力低下が著しく、明確な差別化戦略を立てる必要性が高まっている。(3) 企業規模別オフィス選定基準の違い企業のオフィス選定基準は、規模や業種によって大きく異なる。一般的に大企業はブランド価値や最新設備の整ったオフィスを選ぶ傾向があり、快適性や機能性を優先する。一方、中小企業は賃料水準やコストパフォーマンス、実務性を重要視する傾向が強い。また、経済情勢がオフィス選定に与える影響も大きい。景気の良い時期には、大企業、中小企業ともに設備や環境の向上を求めてオフィス移転を検討するが、景気が悪化すると特に中小企業はコスト削減のために築古ビルへの移転を選択する傾向が高まる。2025年の日本経済の見通しとして、政府は「賃上げと投資が牽引する成長型経済」への移行を目指しているものの、米国のトランプ関税政策の影響や足元の円高傾向など、不透明な要素が依然として存在しており、市場動向の予測は容易ではない。(4) 最新のオフィス市場動向とコスト問題ザイマックス不動産総合研究所が2024年12月に発表した調査によると、築古ビルはエネルギー消費効率が悪く、新築ビルに比べて光熱費が高くなる傾向があり、これがテナントのランニングコスト負担を増加させ、築古ビル選定時のデメリットとなっていることが分かっている。さらに同研究所が2025年2月に公表した調査では、築古ビルの修繕費や資本的支出の増加が著しく、オーナー側の負担も拡大していることが指摘されている。このように、築古ビルは維持管理費用の面でも課題を抱えており、収益性を高めるためには費用対効果の高い投資戦略が求められている。 2. 競合との比較と築古ビルのポジショニング (1) 築年数が経過したオフィスビルの課題築年数が経過したオフィスビルが抱える主な課題としては以下が挙げられる。・設備の老朽化:空調設備、給排水設備、電気設備といった基本的なインフラが築後20年以上経過すると著しく劣化する。設備トラブルの頻度が増え、突発的な修繕費用が発生するだけでなく、テナントの快適性や業務効率の低下を招きやすい。・イメージの陳腐化:オフィスビルの外観や内装デザインは、時代のトレンドやテナント企業のニーズに敏感に対応する必要がある。築年数が経過すると流行から取り残され、「古臭い」「使いにくい」といったネガティブな印象を与えてしまうことが多く、ブランド力や企業イメージを重視する企業から敬遠されやすくなる。・競争力の低下:最新設備や優れたデザインを備えた新築ビルが市場に供給され続けているため、設備や快適性の面で新築ビルとの格差が広がり、競争力が低下する。その結果、賃料の引き下げや長期空室の発生を招き、収益力の維持が困難になる。これらの課題は単体で存在するものではなく、相互に影響し合いながら、築古オフィスビルのテナント誘致を難しくしている。そのため、築古ビルオーナーに求められるのは、これらの課題を包括的に把握し、戦略的に優先順位を付けて効果的な改善策を講じることである。(2) 新築オフィスとの競争環境と差別化ポイント築古ビルが新築ビルとの競争を勝ち抜くためには、「低コストかつバリューアップ」を基本戦略とする必要がある。つまり、多額の投資を必要とする大規模改修を避けつつも、費用対効果の高い施策を実施して競争力を向上させるという考え方である。具体的な取り組みとしては、使用頻度の高い空調設備やトイレ・給湯室などを部分的に更新することで快適性を改善したり、エネルギー効率を高めるLED照明の導入や省エネ空調設備への切り替え、さらには耐震性や防災設備の強化を図る方法がある。これらの低コスト施策を効果的に組み合わせることで、築古ビルの経済的かつ実用的な価値を最大化し、新築ビルとは異なる魅力を提供できる。さらに、こうした差別化ポイントを、はっきりと打ち出すことにより、現実的かつ効果的なテナント誘致戦略を構築できる。 3. ターゲットとなるテナント像の明確化 中堅企業の本社・支社、大企業のサテライトオフィス、士業・コンサルティング企業、地域密着型企業等、ターゲットとなるテナント像を明確して、それぞれに響く訴求ポイントを具体化し、築古オフィスビルの特性を活かしたテナント誘致戦略を考える。(1) 中堅企業の本社・支社① コストパフォーマンスの強調・築古ビルの最大の強みである「低賃料+必要十分な設備」を前面に出す。・固定費削減のシミュレーションを提示し、実際のランニングコストを数値で示す。② 実務的な機能性の確保・「シンプルで機能的」なオフィス設計を強調。・執務環境の効率化(レイアウト変更の自由度、会議室の最適配置、ネット環境の充実)を提案。③ 企業ブランディングを損なわないオフィス・「低コスト=安っぽい」イメージを払拭するため、シンプルながら清潔感のある内装やエントランスの刷新を行う。・過度なデザイン改修は不要だが、「機能美」を活かした設計でブランド価値を維持できることをアピール。(2) 大企業のサテライトオフィス① 分散型勤務のニーズに対応「社員の通勤負担軽減+業務効率化を両立する拠点」としての役割を明確化。交通アクセスを評価し、実際の通勤時間シミュレーションを提示し、周辺環境(カフェ・コンビニ・郵便局)などを訴求し、サテライトオフィスとしての利便性を強調。② 設備のシンプル化と低コスト運用・シンプルな内装・設備ながら、業務遂行に必要な機能は十分であることを明示。・「賃料を抑えながらも、Wi-Fi・セキュリティ・共用会議室など基本設備が揃っていること」をアピール。・ランニングコスト比較(電気代・清掃費など)を示し、本社や競合ビルとの差別化を図る。③ フレキシブルな契約形態・大企業が求める短期契約・柔軟な利用に対応できる点を強調。・「1年契約」「プロジェクト単位での使用」など、企業の拡張・縮小に柔軟に対応できる点をアピール。(3) 士業・コンサルティング企業① 顧客対応を重視したオフィス環境・来客対応が多い士業やコンサル企業にとって、「築古=汚い・古臭い」というイメージはマイナス。・清潔感を重視したエントランスや受付スペース、共用部のデザインリニューアルを行い、来客時の印象を向上させる。・「応接スペースが確保しやすい」「静かな環境で業務に集中できる」など、士業・コンサル特有のニーズを訴求。② セキュリティとプライバシーの確保・機密情報を扱う業種のため、オフィスの遮音性や個室利用の選択肢をアピール。・「隣のオフィスの音が聞こえにくい」「個別施錠が可能な部屋がある」などの設備ポイントを具体的に示す。③ 立地よりもコストと質のバランス・立地よりも「オフィスの質とコストのバランス」を重視する士業・コンサルに対し、「必要十分な設備で賃料を抑えられる」という合理的な価値を訴求。・「都心の高額オフィスではなく、築古ながらも十分な機能を持つオフィスを適正価格で提供」と明確にメッセージング。(4) 地域密着型企業(デザイン・広告企業など)への訴求ポイント① 築古ビルの個性を活かしたブランディング・デザイン・広告業などのクリエイティブ企業は、築古ビルの雰囲気を「個性」として活用できる。・「レトロで味のある内装」「ビンテージ感を活かしたオフィスデザインが可能」といった築古ならではの魅力を前面に出す。② カスタマイズ自由度の強調・「自社のブランドイメージに合わせた改装が可能」という自由度の高さを訴求。・クリエイティブ企業向けに、「**内装工事OK」「リノベーション相談可能」**といった柔軟な対応を提案。③ 地域ネットワークの活用・地元の企業やクリエイターとの連携を意識し、「地域のクリエイティブ拠点としての可能性」をアピール。・例:「このビルの入居者は●●の業種が多く、相互連携の機会がある」「地元の店舗とコラボできる立地」といった具体的なメリットを提示。これらターゲット企業は、築古ビルに求める設備やデザイン、コストのバランスが明確であり、マーケティング戦略やテナント誘致の方針を具体的に設計する上で重要な指標となる。以上を踏まえ、第2章ではこれらターゲットニーズに応じた具体的なリノベーション戦略について解説する。 第2章:築古オフィスビルの魅力を引き出すリノベーション戦略 築古オフィスビルの競争力を高め、テナント誘致を成功させるためには、リノベーションを戦略的に行う必要がある。ただし、大規模な投資を行うことは現実的ではなく、費用対効果を考慮しながら、最小限の設備投資で最大の効果を引き出すことが求められる。本章では、築古オフィスビルの価値を向上させるための具体的なリノベーション戦略を紹介する。 1.設備投資を最小限に抑えつつ効果的にバリューアップ (1) 最小投資で大きな満足度向上を実現するポイント築古オフィスビルにおける設備投資のポイントは、「利用頻度が高く、テナントの満足度に直結する箇所から優先的に改善すること」である。特に、トイレ、空調、照明の改善は、コストを抑えつつ快適性を大きく向上させる効果がある。・トイレの改修:築年数が経過したオフィスビルでは、トイレの古さがテナントの満足度に大きな影響を与える。ウォシュレットの設置、照明のLED化、清潔感を重視した内装の改修など、小規模な改修でも印象が大きく向上する。・空調設備の改善:築古ビルでは、空調設備の老朽化が快適性に直結する問題となる。全館空調の入れ替えはコストが高いため、部分的な設備交換や、個別空調の導入が現実的な選択肢となる。・照明のLED化:LED照明の導入は、光熱費削減と快適性の向上の両面でメリットがある。オフィスの明るさを確保しながら、電気代の削減にもつながるため、優先して実施すべき施策の一つである。 (2) 老朽化設備の部分的アップグレードとコスト試算設備改修に際しては、全面改修ではなく、費用対効果の高い部分的なアップグレードを実施することが重要である。 設備項目改修内容改修内容想定コスト (1フロアあたり)効果トイレ便器交換・壁紙張替・LED照明導入100万~300万円清潔感向上、テナント満足度UP空調部分交換(主要ユニットのみ更新)200万~500万円快適性向上、ランニングコスト削減照明全LED化80万~150万円光熱費削減、明るい空間演出 コストを抑えつつ、テナントの評価が高まりやすい施策を優先的に実施することで、築古ビルの魅力を向上させることが可能である。 2.デザインとブランディング (1) 「レトロ感を活かす」 vs. 「モダンに刷新する」戦略築古ビルのデザイン戦略には、大きく分けて、「レトロ感を活かす」方法と、「モダンに刷新する」方法の2つがある。・レトロ感を活かす:築古ビルの「味わい」を前面に打ち出し、ヴィンテージ風の内装やデザインを取り入れる。特に、デザイン・広告・クリエイティブ系の企業にはこの雰囲気が人気がある。・モダンに刷新する:外観や内装をシンプルで洗練されたデザインに統一し、新築ビルに近いイメージを作る。スタートアップ企業や士業向けのオフィスでは、清潔感と機能性が求められるため、このアプローチが適している。(2) 築古ビルならではの個性を打ち出すブランディング手法築古ビルの「個性」を打ち出すことで、ターゲット企業に対する訴求力を高めることができる。例えば、・ネーミングの工夫:単なる住所名ではなく、ビルのコンセプトを表現したネーミングを採用する(例:「○○クリエイティブオフィス」)。・エントランスのリノベーション:エントランスはビルの第一印象を決める重要な要素である。照明や植栽を活用し、デザイン性の高い空間を作ることで、印象を大きく変えることができる。(3) テナントの要望に沿った間仕切り(会議室の柔軟な対応)テナントの要望に応じて、間仕切りの柔軟な設計を取り入れることで、入居のハードルを下げることができる。特に、・固定壁ではなく可動式パーティションを活用し、レイアウト変更が容易な設計にする。・会議室や共有スペースの用途をカスタマイズできるようにし、テナントの希望に対応する。(4) 光熱費削減につながる改修(LED照明、省エネ空調、断熱強化など)築古ビルの運営コスト削減の観点から、省エネルギー対策も重要である。・LED照明の導入:電力消費を抑え、長寿命で維持管理の負担を軽減できる。・省エネ空調の導入:最新の高効率空調システムを導入し、エネルギーコストを削減する。・断熱強化:窓ガラスの二重化や遮熱フィルムの導入により、夏場・冬場の空調負荷を軽減する。(5) スマートロック・顔認証システムの導入近年、セキュリティ強化と利便性向上のために、スマートロックや顔認証システムの導入が進んでいる。これにより、・物理鍵の管理が不要になり、セキュリティが向上する。・テナントの利便性が向上し、入居率アップにつながる。これらの施策を組み合わせることで、築古ビルの価値を最大限に引き出し、テナント誘致の競争力を強化することができる。 次章では、リノベーションによって高めたビルの価値を、どのように企業ブランドと結びつけ、効果的なPRを行うかについて詳しく解説する。 第3章:企業ブランディングとPR戦略 築古オフィスビルの競争力を高めるには、単なる物件の改修だけでなく、ブランド価値を構築し、適切なPR戦略を展開することが重要である。特に、新築ビルとの競争が激しい市場では、ターゲットとなるテナント層に向けたブランディングと情報発信を強化することで、築古ビルの独自性を際立たせることができる。本章では、オフィスビルのブランド力を向上させるため、会社を挙げて取り組んでいる、インターネットでのマーケティング戦略について詳しく解説する。 1.オフィスビルのブランド力を高める方法 (1) 築古ビルのリブランディング成功事例築古ビルのリブランディングとは、単なる建物の改修ではなく、「ストーリー」や「コンセプト」を持たせることによって、新たな価値を創出するプロセスである。以下に、成功事例を紹介する。事例①:築30年の築古オフィスビルをクリエイティブな業務環境のオフィスとして再生・レトロな外観を活かしつつ、内装をモダンに改修。・インターネットの自社チャンネル:プロパティ・ジャーナルでも積極的に情報発信し、入居率が改善。事例②:歴史的建造物を活かしたブティック・オフィス・伝統的な意匠を残しながら、最新の省エネ設備を導入。・歴史的な価値をブランディングに活用し、「唯一無二のオフィス空間」として訴求。・高付加価値化に成功し、賃料を引き上げて満室状態を維持。(2) 「歴史×モダン」などのコンセプト戦略築古ビルならではの強みを活かすために、「歴史×モダン」などのコンセプトを明確に打ち出すことが重要である。・「レトロ×テクノロジー」:築古ビルの味わい深い外観に、最新のITインフラやスマートオフィス設備を組み合わせる。・「サステナビリティ×伝統」:リノベーション時に環境配慮型の設備を導入し、エコフレンドリーなオフィスとしてブランディング。(3) 企業にとってのブランド価値をどう伝えるかテナント企業がオフィスを選ぶ際、「自社のブランド価値を高められるか」が重要な要素となる。そのため、築古ビルに入居することがブランド戦略にプラスになることを明確に伝える必要がある。・「オフィスの個性が企業の個性を高める」というメッセージを発信。・デザイン・広告・IT企業など、ブランドイメージを重視する業種に特化した訴求を行う。・成功事例を積極的に発信し、「このビルに入ることで得られるメリット」を明確に打ち出す。 2.マーケティング・広告戦略 (1) 自社で不動産ポータルサイトの展開現在、会社を挙げて取り組んでいる不動産ポータルサイトには、自社メディア・サイト「プロパティ・ジャーナル」を設け、ビル・メンテナンス、プロパティ・マネジメント、リノベーション、仲介など、当社の多面的な業務展開を横断しながら、さまざまな切り口で情報発信を行っている。これは、単なるテナント誘致のためのツールではなく、不動産業界全体に向けた知見共有の場として活用することを目的としている。(2) 「オフィスビル=働く環境の一部」としてのコンテンツの打ち出し築古ビルの価値を「働く環境の一部」として強調するために、インターネットマーケティングを駆使した情報発信が必要となる。特に、自社メディア「プロパティ・ジャーナル」を中心に、次のような施策を展開する。●ストーリーテリングによるブランド訴求・「このオフィスに入居することで、企業の魅力が高まる」というコンセプトを、具体的なストーリーで発信。・実際の入居企業の成功事例を取り上げ、築古ビルが企業の成長に貢献する事例を紹介。「こんな風に改装可能!」といったクリエイティブな使い方の具体例も紹介。・写真の活用:「築古でも快適なオフィス空間」という視覚的訴求を強化。昼と夜のビルの雰囲気を比較できるように、複数のシチュエーションで撮影。テナントが働くイメージが湧くように、オフィスレイアウトを工夫した写真を掲載。●SEO対策を施したコンテンツマーケティング・「築古ビル オフィス」「コストパフォーマンスの高いオフィス」などの検索ワードを意識した記事を次々と作成しアップ。・専門家集団とタッグを組んで、Google検索で上位表示されるようなコンテンツ設計を行い、継続的な流入を確保。●SNSでの情報拡散とブランド強化・LinkedInを活用し、BtoB企業に対して築古オフィスの価値をPR。・Instagramではビジュアルを重視し、リノベーション事例やオフィス環境の魅力を訴求。・X(旧Twitter)では、最新の空室情報やキャンペーン情報をリアルタイムで発信。このように、インターネットマーケティングを駆使し、築古オフィスの魅力を発信することで、テナント誘致の成功率を高めることができる。(3) ターゲットに合わせた訴求ポイントの明確化ターゲット企業のニーズに応じて、デジタルマーケティング上での訴求ポイントを明確化し、それぞれの関心に合った情報を適切なチャネルで届ける。具体的には、WEBサイト、SEOコンテンツなどを活用し、ターゲット企業が求める価値を視覚的・言語的に訴求する。1.中堅企業の本社・支社向け:「コストパフォーマンスの高い実務的なオフィス」▶ メッセージ例・「経費削減を実現!築古オフィスでも実務効率の高いワークスペース」・「本社移転でランニングコスト30%削減!コストパフォーマンス重視のオフィス」・「執務スペースはシンプルに、コストは賢く。実務に最適な快適空間を提供」2.大企業のサテライトオフィス向け:「分散型勤務に最適なコンパクトオフィス」▶ メッセージ例・「分散型勤務の最適解!コストを抑えたサテライトオフィス」・「都心からのアクセス良好、効率的な働き方を実現する新しい拠点」・「高額な新築オフィスは不要。シンプル&機能的な築古ビルを活用」3.士業・コンサルティング企業向け:「信頼感のあるデザイン性+プライバシー確保」▶ メッセージ例・「お客様との信頼を築く、静かで落ち着いたオフィス環境」・「士業向けの快適ワークスペース。機密情報の管理も安心」・「築古でも清潔感のある空間。顧客の信頼を生むオフィス設計」4.地域密着型企業(デザイン・広告企業など)向け:「ユニークなデザインと自由度の高いオフィス」▶ メッセージ例・「個性を活かせるオフィス!築古ならではのレトロモダンな空間」・「自由度の高いレイアウトで、ブランドイメージを最大限に表現」・「デザイン会社・クリエイター必見!こだわりのオフィスを作れる物件」 次章では、ブランディングによって向上したオフィスの価値を、実際にテナント誘致につなげる具体的な戦略について詳しく解説する。 第4章:効果的なテナント誘致戦略 築古オフィスビルの空室率を改善し、安定的なテナント確保を実現するためには、効果的なテナント誘致戦略が欠かせない。本章では、競争力のある賃料戦略と契約条件の設定、さらにテナントの意思決定プロセスを理解した上での営業戦略について詳しく解説する。 1.賃料戦略と柔軟な契約条件の設定 (1) 競争力のある価格設定築古オフィスビルの賃料設定は、新築ビルや競合物件との差別化を図りながら、ターゲット企業にとって魅力的な価格帯を設定することが重要である。具体的な方針として以下が挙げられる。・周辺相場の徹底調査:近隣オフィスビルの賃料相場を調査し、市場に適した価格帯を設定する。定期的な市場調査を行い、競争力のある賃料を維持することが求められる。・コストパフォーマンスを重視:築古ビルの特性を活かし、「手ごろな価格で快適なオフィス環境を提供する」ことを前面に打ち出す。賃料を適正に抑えつつ、内装や設備の一部を改修することで、費用対効果の高い選択肢を提供できる。・長期契約割引の導入:長期契約を結ぶことで賃料を抑えるプランを用意し、安定したテナント確保を狙う。特に、一定期間以上の契約に対してインセンティブを設けることで、長期的な収益の安定化が期待できる。 (2) 「賃料減額 vs. 高付加価値化」の選択肢築古ビルの競争力を高めるためには、単なる賃料の引き下げだけでなく、付加価値を向上させる選択肢も考慮すべきである。 選択肢メリットデメリット賃料減額低コストで入居を促進しやすい収益性が低下する可能高付加価値化改修やサービスを強化し、適正な賃料を維持初期投資が必要 築古ビルの場合、設備投資によるバリューアップが可能なケースも多いため、「適度な投資による高付加価値化」で競争力を維持する戦略が有効である。 (3) 保証金・更新料など契約条件の見直しテナント誘致のハードルを下げるためには、契約条件の柔軟性を高めることも重要である。・保証金の低減:初期費用を抑えることで、特にスタートアップ企業や中小企業の入居を促進。保証金を従来の相場よりも低く設定することで、契約成立のハードルを下げる。・更新料の見直し:長期入居を促進するために、更新料を低く設定する。特に、長期契約の場合には更新料の免除や低減措置を導入することで、長期間にわたる安定収益の確保が可能になる。・フレキシブルな解約条件:短期間でも入居しやすい契約プランを用意し、サテライトオフィス需要にも対応。テナントの事業展開に合わせた柔軟な解約条項を盛り込むことで、入居率向上につなげる。 2.テナントの意思決定プロセスの理解と営業戦略 (1) 企業がオフィス移転を決定するまでの流れ企業が新しいオフィスへの移転を決定するプロセスは、複数のステップを経るため、その流れを理解し、適切なタイミングでアプローチすることが重要である。●社内決裁のプロセス ・総務部門や経営陣が移転先を検討し、予算や条件を決定する。・役員会や取締役会での最終決裁を経て、正式な契約に至る。●コスト試算のポイント ・賃料、保証金、改装費、光熱費などのトータルコストを試算し、企業の予算と照らし合わせる。・築古ビルの優位性(低コストや自由度の高さ)を示すことで、意思決定を後押しする。●現地視察・交渉の重要性 ・実際のビルの雰囲気や利便性を確認するため、現地視察が重要。・視察時に具体的な契約条件を交渉することで、成約の可能性を高める。(2) 意思決定プロセスに沿った営業アプローチ企業の意思決定プロセスを踏まえた営業アプローチを展開することで、成約率を高めることができる。●士業・コンサル企業への直接営業 ・弁護士、会計士、コンサルタントなど、少人数で業務を行う企業に対し、築古ビルの静かな環境やコストパフォーマンスの良さを訴求。・セミナーや業界向けイベントなどを通じた関係構築も有効。●地元企業との関係強化 ・地域密着型の企業とのネットワークを強化し、地元の企業が移転先として検討しやすい環境を整える。・商工会議所や地域経済団体と連携し、築古ビルの利点をPR。●オフィス需要の高い業種リストアップとターゲティング ・市場調査をもとに、特定の業種(スタートアップ、IT企業、クリエイティブ業界など)に特化した営業戦略を展開。・各業種のニーズに沿った提案を行い、ビルの特性とマッチする企業を狙う。これらの戦略を組み合わせることで、築古オフィスビルの魅力を最大限に引き出し、効果的なテナント誘致を実現することができる。 次章では、実際の成功事例をもとに、テナント誘致の具体的な実践方法や注意点について解説する。 第5章:事例研究と実践的アドバイス 築古オフィスビルのバリューアップを成功させるためには、実際の事例を参考にしながら効果的な施策を学ぶことが重要である。本章では、築古ビルの成功事例と失敗事例を紹介し、それらから得られる実践的なアドバイスをまとめる。 1.築古オフィスのバリューアップ成功事例 (1) 築30年以上のオフィスビルを改修し、満室化したケース築古オフィスビルの老朽化は避けられないが、適切なリノベーションとマーケティング施策を組み合わせることで、高い入居率を維持することは十分に可能である。ここでは、実際に成功した事例を紹介する。事例①:築35年のオフィスビルを段階的に改修し、3年で満室化●築35年を超え、空室率が40%を超えていた中型オフィスビル。管理コストの上昇と入居者の減少が課題であった。●設備改修の優先順位を明確にし、段階的に改修を実施。 ・まず、テナントの不満が大きかったトイレ、空調、照明の更新を実施。清潔感の向上とエネルギーコスト削減を両立。・その後、エントランスのリニューアルを行い、外観イメージの改善に着手。●コストを抑えながらもテナントの利便性を向上させる施策を実施。 ・古いオフィスの「狭い・暗い・使いにくい」という印象を払拭するため、共用部のデザインを明るくシンプルに改修。・一方で、専有部の改修はテナントのニーズに応じて実施し、無駄な改装コストを抑えた。●自社メディアを活用したプロモーションにより、ターゲット層に的確にアプローチ。 ・自社メディア「プロパティ・ジャーナル」による築古オフィスの特集記事を展開し、築古ビルの魅力を再認識させる。・Instagram・X(旧Twitter)も活用し、リノベーションのビフォーアフターを発信。●結果として、3年以内に満室稼働を達成し、賃料も5%上昇。事例②:築古ビルの「レトロ感」を活かしたブランディング戦略●築40年のオフィスビルを、「クラシック×モダン」なデザインで差別化。●歴史的な建物のデザインを活かし、内装には洗練されたモダン要素を取り入れることで、独自のオフィス空間を演出。●ターゲットをデザイン・広告関連の企業に絞り込み、ニッチな市場で差別化に成功。 ・高級感とクリエイティブな雰囲気を強調し、感度の高い企業に訴求。・「歴史を感じさせるオフィス」というコンセプトを前面に出し、ブランド価値の向上を図った。●結果として、賃料を維持しながら高稼働率を実現し、空室率は10%以下に低下。(2) 企業とのコラボレーションで空室率を改善した事例築古ビルの活用は、地元企業や業界特化型企業とのコラボレーションによって更なる価値を生み出すことが可能である。事例③:ビル内の1フロアを特定業種向けにカスタマイズし、安定収益を確保●空室が続いていた築古ビルの1フロアを、IT企業向けに特化したレイアウトへ変更。●配線や通信設備を強化し、「即入居可能なITオフィス」として訴求。●業界イベントやセミナーを通じて、IT関連企業の認知を高め、6カ月以内にフロアの満室化を達成。事例④:地元企業との連携で築古ビルを活性化●立地を活かし、地元企業とのネットワークを強化。●商工会議所や地元メディアと協力し、築古ビルの魅力を発信。 ・地元新聞や地域密着型のオンラインメディアに特集記事を掲載。・地元企業とのビジネスマッチングイベントを開催し、新たなテナント候補を獲得。●結果として、空室率が改善し、地元企業の入居比率が30%増加。 以上の成功事例から、築古ビルのバリューアップには以下のポイントが重要である。1.計画的な改修とコストコントロール:設備更新の優先順位を明確にし、段階的に進めることで、投資対効果を最大化できる。2.ターゲット層を明確にしたブランディング:築古ビルの特性を活かし、適切な市場に向けてアピールする。3.地元企業や特定業種との連携:地域経済とのつながりを活用し、テナントの安定確保を図る。次のセクションでは、築古ビルの失敗事例を紹介し、避けるべきポイントについて解説する。 2.失敗事例から学ぶ 築古オフィスビルのバリューアップには、適切な戦略と計画が欠かせない。しかし、計画が不十分であったり、実施方法に問題があると、期待した成果が得られず、むしろ空室率が悪化してしまうこともある。ここでは、過去の失敗事例を紹介し、そこから学ぶべきポイントを詳しく解説する。 (1) 中途半端な改修が逆効果になった例失敗事例①:エントランスの改修のみ実施し、統一感を欠いた結果、逆に印象が悪化●背景・経緯築年数が40年を超え、入居率が低迷していたオフィスビル。老朽化によるイメージダウンが顕著になり、オーナーは「とにかく第一印象を良くしよう」とエントランス改修に着手。しかし、周辺相場や競合ビルのリニューアル状況について、十分なリサーチを行わないまま、エントランスだけ豪華にする方向で予算配分が決定された。●具体的な改修内容エントランスの壁面や床材を高級感のある素材に変更。ロビーにはデザイナーズ家具を導入し、まるで高級ホテルのような雰囲気を演出。その一方で、オフィスフロアや共用部の内装・設備は老朽化が進んだまま放置され、外観と内部でギャップが生じてしまった。●結果・問題点内覧に訪れた新規テナント候補からは「エントランスと実際のオフィスフロアとの落差が激しく、逆に不安を感じる」との声が多数。既存テナントからはエントランスの雰囲気向上を喜ぶ声もあったものの、新規入居には結びつかず、投資回収の見込みが立たなくなった。管理上も、エントランスと他の部分で清掃やメンテナンスの基準が異なり、結果的に運営コストが増加した。●教訓改修はビル全体のバランスを考え、統一感を持たせることが重要。見た目だけの変更ではなく、実際の使い勝手や快適性の向上を優先すべき。優先度の高い設備更新(空調・照明・トイレなど)とのバランスを考えた改修計画を立てる。投資範囲の決定前に、ユーザー目線での動線や利用シーンをシミュレーションし、複数の改修案を比較検討する。(2) ターゲット設定を誤ったために空室が続いた例失敗事例②:高級感を打ち出したが、立地特性とミスマッチで誘致が難航●背景・経緯交通アクセスがやや不便なエリアにある築30年超のオフィスビル。周辺は中小企業向けの賃料帯が主流で、豪華な設備を求める企業はあまり多くない環境だった。オーナーは「同エリアの他ビルとの差別化」を図るために高級感路線を選択。内装や外観を大規模にリニューアルし、その分賃料を大幅に値上げする計画を打ち出した。●具体的な改修内容内装をハイグレード仕様に一新。高価な床材や照明、グレードの高いセキュリティシステムを導入。見栄え重視である一方、エリア全体のニーズや、テナントが負担可能な賃料帯を慎重に検討することを怠りがちだった。●結果・問題点内覧には「設備は確かに良いが、このエリアでこの家賃は高すぎる」という声が多く、契約に至らないケースが続発。広告宣伝にも力を入れたものの、そもそもの立地が高級志向の企業にとって好条件とはいえず、半年以上空室が埋まらなかった。結局、大幅な賃料見直しとターゲット層の再設定を行った後に、ようやく入居率が改善。●教訓立地に応じたターゲット設定が不可欠。周辺市場の需要を調査し、それに合った戦略を立てる。賃料の引き上げは慎重に検討し、エリアの相場と競争力を考慮する。ハイグレード化を行う場合は、付加価値を明確に打ち出し、ターゲット層に強く訴求するマーケティングが必要。リニューアル後の家賃設定だけでなく、共益費や初期費用などテナント目線での総費用も考慮する。(3) リノベーション投資の配分ミスによる損失事例失敗事例③:過剰な内装投資を行ったが、賃料に反映できず採算割れ●背景・経緯築35年のビルで「大規模リノベーションにより高級感を演出すれば、高い賃料でも借り手がつくだろう」と期待して、多額の投資を決定。オーナーはデザイン事務所を招聘し、見た目の斬新さを追求する方針をとったが、同時にターゲットとする企業の業種や予算帯については深い考察がなかった。●具体的な改修内容木目調のフローリングや、オフィスには珍しい色使いのガラスパーティションを採用。ロビーや共用部にも最新デザイナーズ家具を導入。物件の魅力を高める狙いだったが、そこまでの豪華さを求めない企業には「華美すぎて維持管理費も高そう」という印象を与えた。●結果・問題点コスト重視の企業が多いエリアにもかかわらず、内装の豪華さに見合うだけの家賃を設定できなかった。当初の賃料設定ではテナントがつかず、値下げしても投資コストの回収が困難に。リニューアル後の収支計画が完全に狂ってしまった。最終的に、一部の豪華設備を撤去し、賃料と内装のバランスを取り直すことで入居率は回復したものの、投資回収の遅れや無駄な経費が経営を圧迫。●教訓リノベーションは投資額とリターンのバランスを考えるべき。市場調査を行い、ターゲット企業が求める改修内容を把握した上で計画を立てる。必要以上の高級化はリスクが高いため、コストパフォーマンスの観点を重視する。設備の選定には、内覧時のインパクトだけでなく、稼働後のランニングコストや運用面の利便性も考慮する。(4) 失敗事例から導き出されるポイント上記のように、築古オフィスビルのバリューアップを計画・実行する際には、「外観や内装の豪華さ」「ターゲット層との合致」「投資とリターンのバランス」「行政や周辺環境への配慮」など、さまざまな要素を総合的に検討する必要がある。失敗事例に共通するポイントとしては以下が挙げられる。●周辺市場の状況分析の不足相場や需要の動向を把握しないまま改修や賃料設定を行うと、ニーズとの乖離が生じやすい。●改修範囲とコンセプトの不整合建物全体を通じた統一感の欠如や、用途変更に伴う行政上の手続きなどが後手に回ると、時間・費用面でロスが大きくなる。●投資コストの過度な先行見栄えや豪華さを優先しすぎて採算が取れなくなり、結果的に撤去や再工事で余計な支出を招くケースもある。●ターゲット層の誤認立地特性を踏まえた客層分析や、賃料と設備のマッチングが不十分だと、空室率低減どころか悪化のリスクも高まる。これらの失敗事例とポイントを踏まえ、築古オフィスのバリューアップに取り組む際は、 「マーケット調査」・「投資計画の精査」・「全体コンセプトの統一」・「関係者とのコミュニケーション」 を怠らないことが重要である。成功事例だけでなく、失敗例から学ぶことで、無駄なコストや時間の浪費を避け、効果的な改修とテナント誘致が実現できるだろう。 3.すぐに実践できるポイント これまでの成功事例・失敗事例から得られた知見を踏まえ、今すぐ取り組める具体的なアクションをまとめました。予算やビルの状況に応じて柔軟に取捨選択し、効果的なテナント誘致につなげましょう。 (1) テナント目線で「優先度の高い改善」をピックアップする●小規模改修から着手 まずはテナント満足度に直結する箇所(トイレ、空調、照明など)の改修を最優先とする。大規模リノベーションよりも費用対効果が高く、短期間での印象改善につながる。●統一感を意識した改修 一部だけ豪華にしても逆効果になるケースが多い。エントランスや共用部、オフィスフロアのデザインやメンテナンス基準をある程度そろえることで、「古い箇所が放置されている」というイメージを与えにくくする。(2)「発信力・PR」を強化する●ビフォーアフターの写真で訴求 小規模でも改修を行った場合は、ビフォーアフターの写真を積極的に公開する。築古ビル=「暗くて古い」というネガティブな先入観を一気に払拭しやすい。●自社メディアで情報発信 空室情報やキャンペーン告知、改修の進捗状況を、自社メディア「プロパティ・ジャーナル」で、特集記事を展開して情報発信。●ターゲット層ごとの刺さるキーワードを用意 「コスパ」「レトロ感」「ブランディング効果」など、ターゲット企業が関心を持ちやすいキーワードを明確にし、広告やコンテンツで繰り返しアピールする。(3) 無理のない「投資計画」と「収支バランス」の再確認●段階的改修スケジュールを作成 一度に多額の投資を行わず、優先度の高い箇所から順に改修を進める。その都度、テナント反応と費用対効果をチェックしながら計画を微調整する。●リーシング担当との密な連携 改修や賃料設定に関する最新情報を常に共有し、投資計画とリーシング状況が合致しているかを確認。「賃料に転嫁できる投資額の範囲」を見極め、過度な先行投資を避ける。 最終章:築古オフィスビルの空室率低減に向けて 築古の中型オフィスビルが新築・大型物件と競合する中で安定した稼働率を確保するには、「ターゲット企業を明確にする」「低コスト・高効果のリノベーションを実施する」「企業ブランディングを意識した魅力づくり」「デジタルマーケティングの最大活用」という4つの要素が重要となる。まず、ターゲットの明確化では、企業規模や業種ごとに求められる設備や価格帯が異なるため、立地や物件特徴に合った客層を見極めることが不可欠だ。築古物件でも、コストパフォーマンスやレトロな雰囲気を好む企業は意外に多く、そのニーズに適切に応えることが空室率改善の第一歩となる。次に、低コスト・高効果のリノベーションでは、設備の老朽化が顕著にあらわれるトイレ・空調・照明など、テナントの満足度に直結する箇所から優先的に手を入れるのが有効である。小規模な投資でも、内覧時の印象や入居後の快適性を大きく向上させることができる点が大きな強みだ。また、テナント企業が自社のブランド価値を高めたいと考える以上、物件側でも「企業ブランディングを意識した空間づくり」を提案する必要がある。築古物件ならではの良さをあえて活かしつつ、清潔感と機能性を整備することで、新築ビルにはない独自の魅力を提供しやすくなる。さらに、デジタルマーケティングを最大限活用することで、情報発信力を強化し、対象となる企業へ直接アプローチしやすくなる。自社メディアなどを活用し、ビフォーアフターの写真・費用対効果の事例などをわかりやすく発信すれば、「築古=古い・汚い」という先入観を一気に払拭できる。 今後の展望: 不動産市場では、新築大型物件だけでなく、築古ビルの活用にも新たな可能性が生まれつつある。コロナ禍以降、企業のオフィス戦略は柔軟性を求められるようになり、固定費を抑えながら必要十分な機能を確保できる物件の需要は引き続き根強い。そこに合致する形で、築古オフィスビルは「低コストかつ柔軟な空間」を強みとして、今後も市場で一定の存在感を保てるだろう。もちろん、新築・大型物件と比べた際の老朽化や競争力低下といった課題は避けられない。しかし、本コラムで示した「ターゲットを明確にする」「段階的に投資して価値を高める」「情報発信を強化する」という3つの軸を押さえれば、空室率の改善と安定収益の確保は十分に実現可能だ。リノベーション技術やデジタルツールの進歩によって改修コストの負担も以前ほど高くなくなり、オーナー自身が物件の強みを見極めて効果的に発信することで、築古物件でも“古くても強いビル”としての地位を築ける。結局のところ、「ターゲットを定め、必要最低限の改修を的確に行い、魅力をデジタルで発信する」というシンプルな方程式こそが、築古オフィスビルの空室率を下げ、収益を安定させる最良の戦略といえる。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年10月30日執筆2025年10月30日 -
プロパティマネジメント
賃貸管理会社とは?業務内容とオーナーが知っておくべきポイントを解説
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの藤岡です。この記事は「賃貸管理会社とは?業務内容とオーナーが知っておくべきポイントを解説」のタイトルで、2025年10月24日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。 目次はじめに賃貸管理会社の業務内容(PM・LM・BMを中心に)徹底した市場相場調査(PM業務の基盤)効果的なリーシング活動(LM業務)テナントに評価されるビル管理(BM業務)オフィス市場の推移とトレンドコロナ禍以前:空前の好況と低空室率コロナ禍による需要減退と空室率急上昇現在の回復基調とハイブリッドワークの定着サブリースのメリットと一般管理との違いサブリースのメリット(オフィスの場合)一般的な管理委託との比較と留意点賃料設定の論理と当社の強み市場相場を重視した王道の賃貸戦略綿密な近隣調査とテナント質重視の提案競合との差別化ポイントまとめ はじめに 東京23区の中小型オフィスビル市場は、日本経済の中枢を担うビジネスの集積地です。その賃貸管理は単なる家賃集金や設備点検に留まらず、不動産価値の最大化と安定運用を目指す高度な専門業務となっています。オフィスビルのオーナーにとって、優れた賃貸管理会社は頼れるパートナーであり、空室リスクの低減やテナント満足度の向上に直結します。本稿では、プロパティマネジメント(PM)、リーシングマネジメント(LM)、ビルマネジメント(BM)を軸に、東京23区の中小型オフィスビルに特化した賃貸管理業務の内容と重要性を専門的かつ論理的に解説します。そして、市場動向を踏まえつつ、当社が培ってきた独自の戦略と強みをご紹介し、中小型オフィスビル管理の最適解について考察します。 賃貸管理会社の業務内容(PM・LM・BMを中心に) オフィスビルの賃貸管理業務は、大きくPM(プロパティマネジメント)、LM(リーシングマネジメント)、BM(ビルマネジメント)の3分野に分類できます。それぞれが連携し合うことで、ビルの収益最大化と資産価値維持を実現しています。以下ではPM・LM・BMそれぞれの役割と具体的な取り組みを見ていきましょう。 徹底した市場相場調査(PM業務の基盤) PM業務の基盤としてまず重要なのが、賃料設定に向けた徹底した市場相場調査です。適切な募集賃料を設定することは空室期間の短縮と優良テナント確保の要であり、そのために管理会社は多角的な調査を行います。具体的には、周辺エリアで競合となり得るオフィス物件の賃料水準を把握すべく、元付け業者へのヒアリングを実施します。他社が管理・募集する近隣ビルの動向を電話や訪問で確認し、現在の成約賃料や募集状況について生の情報を収集します。また、オーナーの収支計画上許容できる下限賃料の確認も重要です。市場相場とオーナー希望との擦り合わせを行い、最低ラインと目標ラインを明確化します。さらに、物件の魅力や間取りを正しく伝えるためにA3サイズの詳細なフロア図面を取得し、各区画のレイアウト・仕様を把握します。そして必ず現地調査を徹底し、ビルの立地環境や外観の印象、共用部の状態などを自らの目で確認します。これら丹念な調査によって得られたデータと知見を基に、机上の計算ではなく現実的かつ最適な賃料設定を導き出すのです。例えば周辺相場が坪当たり2万円台であれば、その範囲内でビルのグレードや築年、設備内容を考慮して適正な水準を算定します。利回りなどオーナー側の希望だけに囚われず、市場に受け入れられる賃料を提示することが、結果的に早期満室と安定経営に繋がります。 効果的なリーシング活動(LM業務) リーシングマネジメント(LM)は、空室を埋めるためのテナント誘致活動全般を指します。中小型オフィスビルとはいえ、東京23区の競争市場においては戦略的かつ継続的なリーシングが不可欠です。まず、募集条件の定期的な見直しを行います。募集開始時に設定した賃料・共益費・フリーレント等の条件について、問い合わせ件数や内見した潜在テナントの感想を踏まえ、適宜テコ入れを図ります。このように問い合わせ数・内見後のフィードバックを活かして募集戦略を練り直すことで、無風状態を防ぎます。さらに、大手仲介会社や地域の不動産仲介業者との良好な関係構築もリーシング成功の鍵です。当社では主要な仲介会社との定期情報交換会(定例会)を月次などで開催し、自社管理物件の最新空室情報やセールスポイントを直接共有しています。こうした取り組みにより仲介業者との強固なパートナーシップを築き、彼らのネットワークを通じた多角的なアプローチが可能になります。実際、仲介各社に物件の魅力を正しく伝えることで信頼関係が深まり、結果として多数のテナント候補からの引き合いや成約に結びついています。また、中小型ビルの場合、一社あたりの賃貸面積はそれほど大きくないとはいえ、複数区画を同時に募集するケースもあります。その際は、テナントミックス(入居者構成)のバランスにも目配りします。同業種ばかりが集中しないように調整するなど、ビル全体の競争力や魅力を高める視点で募集活動を進めます。こうしたLM業務を通じ、単なる空室埋めではなく「ビルにとって質の高いテナント」を迅速に確保することが賃貸管理会社の使命です。 テナントに評価されるビル管理(BM業務) ビルマネジメント(BM)は建物そのものの維持管理業務であり、テナント満足度を左右する重要なポイントです。いかに優良テナントを誘致しても、ビルの管理状態が悪ければ定着せず早期解約や評判悪化を招きかねません。そこで当社では清掃・設備管理においてテナントに評価される水準のサービス提供を徹底しています。日常清掃ではエントランスやエレベーター内、共用トイレといった利用頻度の高い箇所を重点的に行い、常に清潔さを保ちます。床のゴミ一つ見逃さず、指紋やホコリでガラス面が曇ることのないよう細部まで気を配ります。定期清掃では床面ワックスがけやカーペットクリーニング、空調フィルター清掃など専門業者と連携して計画的に実施し、美観と衛生を維持します。設備面では法定点検や定期メンテナンスを欠かさず行い、エレベーター・空調・給排水・防災設備などの不具合を未然に防ぎます。万一トラブルが発生した場合も24時間体制で迅速に対応し、テナントの業務への影響を最小限に留めます。これらBM業務の質はテナントから直接評価される部分です。「いつ来ても共用部が綺麗で気持ちいい」「設備トラブル時の対応が早く信頼できる」といった声を頂戴することも多く、こうした高評価がテナントの長期入居や契約更新増額にも繋がっています。実際、当社が管理するあるビルでは、退去が決まったテナント企業様から「別の自社管理ビルに空室はないか」と問い合わせを受け、新たな移転先として引き続き当社管理物件を選んでいただいたケースもあります。これは当社のビル管理品質にご満足いただけた何よりの証と言えるでしょう。賃貸管理会社にとってBM業務は地味ながらも、テナントの安心・安全・快適なオフィス環境を支える縁の下の力持ち的存在であり、PM・LMを支える基盤として極めて重要です。 オフィス市場の推移とトレンド オフィス賃貸管理を語る上では、市場環境の変化に触れることが欠かせません。ここではコロナ禍前後から現在に至るまでの東京オフィス市場の推移と、最新トレンドについて整理します。 コロナ禍以前:空前の好況と低空室率 新型コロナウイルス感染症の流行以前、東京23区のオフィス市場は長期的な好況期にありました。特に2010年代後半は企業業績の拡大に伴いオフィス需要が旺盛で、都心部では空室がほとんど出ない状態が続いていました。実際、景気拡張局面が始まった2012年度以降、東京都内のオフィス空室率は一貫して低下傾向を辿り、2020年2月には1.49%という極めて低い水準まで下がりました。空室率1〜2%台という状況下では、募集を出せば即テナントが決まる「貸手市場」であり、賃料も緩やかに上昇を続けていたのです。また、この時期は大企業による大規模増床や、本社移転ニーズが高く、中小型ビルのオーナーにとっても好景気の追い風が吹いていました。 コロナ禍による需要減退と空室率急上昇 しかし2020年初頭からのコロナ禍は、この状況を一変させました。リモートワーク(在宅勤務)の急速な普及により、多くの企業がオフィス縮小や解約を進めたため、東京のオフィス空室率は急上昇に転じます。先述のように2020年2月に1.49%だった空室率は、その後10か月連続で上昇し、同年12月には4.49%と5年ぶりの高水準に達しました。ほんの一年足らずで空室率が3ポイントも跳ね上がったことになります。この間、大企業を中心に「オフィス面積の見直し」が相次ぎました。例えば大手住宅設備メーカーは、江東区にあった自社ビル本社を売却し、大幅に面積を縮小した上で他所の賃貸オフィスビルへ本社機能を移転する決定をしています。こうした動きは他の大企業にも広がり、コロナ禍においてオフィス需要の縮小が顕著となりました。空室率はその後も上昇傾向が続き、2021年にはピークに達します。東京主要7区(千代田・中央・港・新宿・渋谷・品川・江東区)の大型ビル空室率を見ると、2021年末時点で平均6.58%、都心5区平均でも6.40%に達しました。中小型ビルでも一時的にフロアの空きが目立つ状況となり、賃貸市場は明らかに「借手市場」に様変わりしました。賃料も弱含みとなり、募集条件にフリーレント数ヶ月を付与するケースや、仲介会社への紹介手数料を上乗せして早期成約を図るケースが増えたのもこの時期です。賃貸管理会社にとっても、従来とは異なる発想と努力で空室対策に臨むことが求められました。 現在の回復基調とハイブリッドワークの定着 2025年現在、東京23区のオフィス市場は回復基調にあるものの、依然として空室率はやや高めの水準で推移しています。特に、東京主要5区(千代田・中央・港・新宿・渋谷区)のオフィスビル空室率は、2024年12月末時点で4.56%となっています。一時的な需要減退を経て回復傾向にあるものの、過去最大規模の大規模再開発が2025年中に集中して竣工するため、短期的には空室率がさらに上昇する可能性も指摘されています。一方で、賃料水準については底堅さを見せており、同時点(2024年12月末)における主要5区の平均募集賃料は坪あたり31,738円で推移しています。空室率の増加はあるものの、築浅や設備グレードが高いオフィスに対する需要は堅調であり、優良ビルにおいては賃料を維持または若干引き上げるケースも見られます。また、オフィス需要を大きく変化させた「ハイブリッドワーク(在宅と出社の組み合わせ)」は定着しており、特に東京の大企業では週に数日間の在宅勤務を継続するケースが主流になりました。その結果、必要とするオフィス面積が以前よりコンパクト化される傾向にあり、都心のオフィスを縮小する代わりに複数拠点を活用する企業も増えています。ただし、完全なオフィス撤退よりも「出社が生む価値」の再評価が進んでおり、適正規模のオフィス需要が安定して存在しています。賃貸管理会社としては、こうした市場環境を的確に捉え、賃料戦略やリーシング活動に柔軟に反映させる必要があります。当社でも最新の空室率や募集賃料のトレンドを継続的にモニタリングし、オーナー様に最適なアドバイスを提供しています。 サブリースのメリットと一般管理との違い オフィスビルの賃貸運営方式として、サブリース(一括借上げ)契約は有力な選択肢の一つです。サブリースとは、賃貸管理会社(サブリース会社)がビル一棟または複数区画を一括で借り上げ、オーナーに一定の賃料を保証するとともに、自社が転貸人となってテナントに又貸しする仕組みです。オーナーから見れば、借上げ業者(サブリース会社)とマスターリース契約を締結することで、自身は実質的にサブリース会社にビルを貸し、そのサブリース会社がテナントに再度賃貸する形になります。 サブリースのメリット(オフィスの場合) サブリース契約の最大のメリットは、空室リスクの低減と安定収益の確保にあります。賃料保証型のサブリース契約であれば、たとえ一時的に空室が発生してもオーナーへの支払い賃料は契約で定めた一定額が保証されます。オーナーにとって毎月の家賃収入が天候に左右されない固定収入となる点は大きな安心材料です。空室が出るたびに次のテナントを探せるかと一喜一憂する必要がなく、長期的な資金計画を立てやすくなります。次に、賃貸管理の手間から解放されることも大きな利点です。テナント募集や内見対応、賃料回収、クレーム対応、契約更新・解約手続きといった日常の管理業務をすべてサブリース会社が代行します。オーナー自身は煩雑な実務から解放され、本業に専念したり別の投資検討に時間を充てることができます。特に複数のテナントを抱えるオフィスビルでは、こうした実務負担は無視できないため、管理を一元化できるメリットは大きいでしょう。さらに、サブリース会社は高い入居率を維持するインセンティブを持っています。空室が埋まらなければサブリース会社の利益も出ないため、テナント誘致やサービス改善に積極的に取り組みます。日頃からきめ細かなビル管理やオーナーへの改善提案を行い、物件競争力を高める努力を惜しみません。その結果、建物の資産価値維持にもつながるケースが多々あります。例えば老朽化した共用部のリニューアル提案や、空室期間中の一時的な活用策(ショールームやギャラリーとしての貸出等)の提案など、サブリース会社が主体的に動いてくれるため、オーナーにとっては心強いパートナーとなります。 一般的な管理委託との比較と留意点 一方、従来型の一般的な賃貸管理(管理委託契約)では、オーナーと管理会社の関係はあくまで「管理業務の代行」に留まります。管理会社は空室時の家賃補填は行わず、入居者から徴収した家賃の数%を管理手数料として受け取ります。そのため、空室リスクや賃料減額リスクは全面的にオーナーが負うことになります。極端に言えば、空室が出ても管理会社の収入(管理料)は減るわけではないため、サブリース会社ほどの強い動機をもって入居付けに取り組まないケースもあり得ます(もちろん実際には評判がありますから努力はしますが、その切実さの度合いが異なるという意味です)。サブリース契約下では管理会社自身が借主として賃料支払い義務を負うため、自社の損益に直結します。したがって、テナント募集力や募集スピードにおいて、サブリース方式の方が一歩勝る傾向があります。もっとも、サブリースにはいくつか留意すべき点も存在します。第一に収入の目減りです。サブリース会社は転貸利益を得るために、オーナーへの保証賃料を実勢より低く設定します。オーナーが自主管理するよりも手取り賃料は下がるのが一般的で、空室リスクという「保険料」と考える必要があります 。第二に、賃料水準の見直しです。保証されるのは毎月の支払いであって契約当初の賃料水準が永続するわけではありません 。景気変動や周辺相場の下落、建物の陳腐化などにより、サブリース会社から保証賃料の引き下げ要請が来る可能性があります。現に、かつてサブリース契約時に聞いていた額よりも大幅に賃料を下げられたという住宅分野でのトラブルが社会問題化し、2020年にはサブリース契約に関する説明義務等を定めた新法が施行されています 。幸いオフィス分野では悪質なケースは少なく、賃料改定も市場動向に即した妥当な範囲で行われるのが通常ですが、ゼロではない点は理解しておきましょう。第三に、テナント選定への関与度です。サブリース契約下ではテナントとの契約主体はサブリース会社となるため、オーナーはテナント選定に直接関与しにくくなります。基本的に信頼できるサブリース会社であれば心配無用ですが、自分のビルにどんな企業が入居するかはやはり気になるものです。契約前に「反社会的勢力は入居させない」「業種は要事前承諾」等の取り決めを盛り込むことで、オーナーの意向をある程度反映させることも可能です。以上を踏まえると、サブリースは「収益の安定性」と「業務の省力化」を得る代わりに、「収益の一部を手放し」「直接コントロールを譲る」仕組みと言えます。住居系サブリースでは一部で不適切な契約が問題視されましたが、オフィス系では信頼できる賃貸管理会社と組むことで最適解となり得ます。中小型オフィスビルオーナーにとって、テナント募集力や管理ノウハウに長けたプロに丸ごと任せられる安心感は何物にも代え難く、当社でもサブリース方式を選択されるオーナー様が増えています。もちろん従来型の一般管理にも利点はありますが、空室リスクをとことん減らし安定運用を図りたい場合、サブリースは有力な選択肢となるでしょう。 賃料設定の論理と当社の強み 賃貸管理業務において、適切な賃料設定は常に最大のテーマです。オフィスビル経営の収支を左右する賃料は、高すぎれば空室期間が延び、低すぎれば収益機会を逸します。その微妙なさじ加減を見極めるには、前述した徹底した市場調査と経験知にもとづく論理的判断が不可欠です。当社は創業以来、一貫して「机上の利回り計算よりも現場の相場感覚」を重視し、時間と労力を惜しまず最適賃料の査定に努めてきました。 市場相場を重視した王道の賃貸戦略 不動産オーナーの中には、購入時の投資利回りやローン返済計画から逆算して希望賃料を設定される方もいらっしゃいます。確かに収支計画上は重要な視点ですが、市場実勢とかけ離れた賃料ではテナント付けは困難です。例えば「このビルは利回り○%確保のため坪3万円で貸したい」と考えても、周辺相場が2万円台前半であればまず決まりません。私たちはそうした場合でも感覚的に値下げするのではなく、現実のテナント需要が見込めるラインをデータに基づき算出し、オーナー様と丁寧に協議します。「近隣の同規模ビルAは最近坪2.2万円で契約が決まった」「ビルBは2ヶ月フリーレント付き坪2.4万円で募集継続中」といった具体例を示しつつ、ターゲットとするテナント像に響く適切な賃料帯を提案します。利回りありきで強引に高止まりさせるのではなく、まずは成約に至る適正賃料で着実に埋めることを優先するのが当社のポリシーです。さらに当社は、安易にフリーレント(一定期間賃料無料)や過剰な広告料(謝礼金)に頼らない「王道の賃貸戦略」を貫いています。昨今、空室が長引くと数ヶ月分のフリーレントを付与したり、仲介会社への手数料を通常1ヶ月のところ2ヶ月・3ヶ月相当支払うといった条件を提示するケースもあります。短期的にはそれで決まるかもしれませんが、フリーレント期間分は実質賃料の値引きであり、トータル収入を減らします。また高額な広告料ばかりに頼ると、物件力そのものを高める本質的な努力(賃料見直しや内装改善など)が後手に回りがちです。当社では、まず物件の適正価値に見合う賃料設定と質の高いテナント誘致によって正攻法で勝負し、それでも難航する場合に初めてインセンティブ策としてフリーレント等を検討します。闇雲に「○ヶ月無料」を乱発しない分、入居後のキャッシュフローが読め、オーナー様の長期収支計画にも好影響を与えます。 綿密な近隣調査とテナント質重視の提案 賃料設定における当社の強みの一つが、現地目線の綿密な近隣調査です。前述の通り募集前には必ず周辺ビルの賃料や募集状況を洗い出しますが、それにとどまらず実際に近隣を歩いて雰囲気を掴み、「このエリアならこの業種が多い」「駅からの導線でここがネックになる」等の感覚的な情報も蓄積します。場合によっては近隣のビル管理人や仲介店舗に話を聞き、地域ならではの需要動向を探ることもあります。こうした生のマーケット感覚を大事にしているため、「相場●円だから●円でよいだろう」と機械的に決めることはしません。同じ賃料水準でも、競合ビルと比較して自社物件が優れている点・劣る点を洗い出し、足りない部分は他条件でカバーする提案も行います。例えばエレベーターが1基しかないビルであれば、その弱みを補うため共益費を低めに設定したり、逆に天井高や内装グレードで優るビルであれば多少強気の賃料でも埋まると判断する、といった具合です。また、当社はテナントの質を重視したリーシングを実践しています。単に空室を埋めればよいと考えず、入居後に長期安定していただけるテナントか、ビルや周辺環境と調和した業種か、といった観点でテナント選別を行います。賃料交渉でも、値下げ要望に安易に応じるのではなく、テナントの信用力や将来性を見極めつつ総合的に判断します。「多少賃料を下げても優良企業に長く入ってもらうほうが結果的に得策」と考えればオーナー様にその旨提案しますし、「短命に終わりそうな先であれば条件を譲りすぎないほうが良い」と助言することもあります。オーナー様との戦略的相談を密に行い、目先の条件より中長期的な収益最大化を意識した合意形成を図るのが当社流です。こうして決定した募集条件は、単なる数字ではなく市場実態とオーナー方針を映し出したベストな落とし所となるため、テナントにも自信を持って提案できます。以上のように、賃料設定ひとつ取っても緻密なロジックと現場主義で取り組むことが、当社の強みです。賃貸管理会社として、「適切な人に適切な賃料で適切な期間貸す」ことを追求し、その成果として高い入居率とオーナー様満足度を実現しています。 競合との差別化ポイント 東京23区には数多くの賃貸管理会社が存在しますが、その中で当社が選ばれ続けているのには明確な理由があります。最後に、当社の競合他社に対する差別化ポイントを整理します。・専門性の高い人材と手厚い体制:当社はオフィス賃貸管理一筋に長年取り組んできたプロフェッショナル集団です。各ビルに専任の担当者を配置し、PM・LM・BMの各分野に精通したスタッフがチームを組んで管理に当たります。他社では担当者1人が多数の物件を掛け持ちしがちですが、当社は適正な担当物件数を維持し、きめ細かな対応を可能にしています。テナントからの問い合わせにも迅速に対応し、オーナー様からのご要望にも素早く対応策を講じるフットワークの良さがあります。・サブリース物件・自社保有物件で培ったノウハウ:当社は管理受託物件だけでなく、自社で一括借上げ(サブリース)して運営している物件や、自社グループで保有するオフィスビルも手掛けています。自らリスクを負って運営する立場を経験しているからこそ、オーナー様の視点に立った経営感覚を持ち合わせています。「この条件で貸せば収支がどうなるか」「設備更新にどれだけコストを割くべきか」といった判断に実践知が反映されており、机上の理論ではないリアルな提案力が強みです。一般管理のみの会社にはないオーナー目線と借上げ事業者目線、その両方を持ち合わせている点が差別化ポイントです。・半世紀にわたる社歴と信頼性:当社は創業から50年を超える歴史を有し、東京23区のオフィス賃貸市場の変遷を知り尽くしています。バブル経済期、リーマンショック、そしてコロナ禍と、幾多の景気変動を乗り越えてきた経験が蓄積されています。長年の実績は信頼の証であり、オーナー様・仲介会社様・テナント様から厚い信頼をいただいております。実際、「オフィスの賃貸管理といえば○○社さん(当社)」との評価を業界内で頂戴しており、それが優良な新規案件のご紹介やテナントご紹介にもつながる好循環を生んでいます。長期にわたり培った信用力は、新興の管理会社には真似できない当社の財産です。・テナントとの良好な関係性:賃貸管理会社はオーナー側の代理人ではありますが、当社はテナント企業との関係構築も非常に重視しています。日々のコミュニケーションや迅速な対応によって信頼を得ているため、テナントから直接ご相談を受けることもしばしばです。「手狭になったので当社管理の他ビルへ増床移転したい」「別拠点開設の際も物件探しを手伝ってほしい」といった引き合いがあるのは、テナントから見ても当社の管理サービスに満足いただいている何よりの証拠でしょう。テナント満足度が高ければ契約更新率も上がり、結果的にオーナー様の利益にも直結します。清掃の行き届いた共用部や丁寧なビル管理についてテナントアンケートで高評価を得ており、「今後もこのビルに入居したい」「友人の会社にも紹介したい」といった声もいただいています。このようにオーナーとテナント双方から信頼される管理を実現している点が当社の誇りであり、他社との差別化要因となっています。 まとめ 東京23区の中小型オフィスビル賃貸管理は、高度な専門知識と綿密な現場対応力を要する分野です。PM・LM・BMそれぞれの業務が有機的に組み合わさることで、ビルの収益と価値が最大化されます。本稿では、その具体像として市場調査に基づく賃料設定、戦略的リーシング、テナント満足度を高めるビル管理の重要性を解説しました。また、コロナ禍を経たオフィス市場の変化に触れ、ハイブリッドワーク時代における賃貸管理会社の対応力が問われていることも述べました。当社は賃貸管理会社として半世紀以上にわたり培ってきた知見と実績を活かし、オーナー様の大切な資産であるオフィスビルの価値向上に尽力しております。サブリース契約による安定収益のご提案から、一般管理におけるきめ細かな運営まで、オーナー様のニーズに合わせた柔軟なサービス提供が可能です。賃貸管理会社選びはビル経営の成否を左右すると言っても過言ではありません。当社の専門的アプローチと強みは、中小型オフィスビル管理において必ずやお役に立てるものと自負しております。東京23区でオフィスビルをご所有のオーナー様にとって、当社の提案するPM・LM・BM一体となった包括的管理は、空室リスク低減と資産価値維持の最適解です。今後も市場動向を注視しつつ、オーナー様と二人三脚でビル経営を成功へ導く所存です。不透明な時代だからこそ、実績豊富な当社とともに安心・安定のオフィス賃貸経営を歩んでみませんか。ご相談はいつでも承っており、お問い合わせを心よりお待ちしております。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 藤岡 涼 入社以来20年以上にわたり、東京23区のオフィスビルを中心にプロパティマネジメント・リーシング・建物管理を担当。 年間多数の交渉やトラブル対応経験を活かし、現場目線に立った迅速かつ的確な提案を通じて、オーナー様とテナント様双方の満足度向上に努めています。 2025年10月14日執筆2025年10月24日 -
プロパティマネジメント
不動産管理の基本から学ぶ!オーナーが最初に知るべき要点を解説
皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの藤岡です。この記事はオーナーが最初に知るべき不動産管理の基本についてまとめたもので、2025年9月12日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。 目次1. はじめに:不動産管理の重要性と定義2. 不動産管理の対象領域:住宅・オフィス・商業施設など3. リーシング活動の具体像:賃料査定から契約締結まで4. 法律・契約の基礎:借地借家法・建築基準法・消防法5. 管理形態の選択:自主管理と管理委託の比較・注意点6. 賃料設定と収支管理:表面利回りと実質利回りの違い7. 建物のメンテナンス・修繕計画:長期視点での資産価値維持8. 東京23区におけるオフィス管理:市場動向とエリア特性9. オフィス賃貸借契約の多様性:定期借家と普通借家の違い10. DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展:ITによる効率化11. ESGやサステナビリティの視点:建物運営と社会的責任12. 公的データ・調査レポートの活用:客観的な指標と意思決定13. 税務戦略と相続対策:オーナーが知るべき基本ポイント14. 不動産管理会社の選定と連携方法15. 最新の東京オフィス市場概況:需要と供給の変化16. 海外投資家の視点とグローバル化への対応17. 事例紹介:オフィスビル運営成功モデル(東京23区)18. まとめ:オーナーが最初に知るべき要点と今後のステップ19. 当社の強み(専門的な不動産管理サポートのご案内) 1. はじめに:不動産管理の重要性と定義 1-1. 不動産管理とは何か 不動産管理の良し悪しで、あなたの物件の収益は大きく左右されます。特に近年、東京23区のオフィス市場は再開発の進行、テナントニーズの多様化、海外資本の流入による競争激化など、大きな変化に直面しています。こうした中で、オーナー自身が全てを把握し適切な対応を行うのは非常に困難です。そこで重要になるのが、プロフェッショナルな「不動産管理」です。 不動産管理(Property Management)とは、賃貸物件を運営・維持し、収益を最大化するための総合的な業務です。入居者募集(リーシング)や契約管理、家賃回収、クレーム対応、修繕・メンテナンスなど多岐にわたるタスクを効率化し、オーナーが安心して物件を保有できるようにサポートする役割を担っています。 1-2. 不動産管理の主な目的 収益最大化適正な賃料設定や空室対策で安定したインカムゲインを得る。資産価値維持・向上修繕やリノベーションを計画的に行い、築年数を重ねても魅力を保ち続ける。リスク低減法令遵守、クレーム・災害対応、税務戦略の最適化など、オーナーの負担や危険を最小化。オーナーの手間削減専門家が代行し、オーナーは経営判断に集中できる体制を築く。 1-3. オーナーとしての責任と役割 管理を外部委託しても、最終的な意思決定(賃料改定の許可、修繕計画の承認など)はオーナーが行います。法的責任や資金繰りの方針を把握し、管理会社が提案した施策の採否をしっかり判断する姿勢が重要です。 【ポイントまとめ】 不動産管理は収益の安定化、資産価値維持、リスク軽減、オーナーの経営判断集中を支える重要な業務です。オーナー自身の役割を理解し、管理会社と適切な連携をとることが大切です。 2. 不動産管理の対象領域:住宅・オフィス・商業施設など 2-1. 住宅物件管理の特徴 居住用賃貸は、借地借家法による借主保護が非常に強く、更新時の退去や賃料改定が制限されがちです。賃貸アパートやマンションでは、生活上のトラブル(騒音、ペット、ゴミ出し)への対応が日常的に発生し、細かな管理が求められます。家賃保証会社を活用し、滞納リスクをコントロールするのも一般的です。 2-2. オフィス物件管理の特徴 オフィス管理では、テナントは法人が中心となるため、賃料が高額になる反面、設備要件やセキュリティ面でより専門的な対応が必要です。東京23区では、都心5区を中心に再開発が進んでおり、新築や築浅のビルは高い賃料でも入居が決まりやすいですが、築年数が古いビルは設備のリニューアルや差別化策を講じないと空室が埋まりにくくなる傾向があります。 2-3. 商業施設・店舗・物流施設の留意点 ショッピングセンターやロードサイド店舗などは営業時間や集客施策も管理の一環となる場合があり、一般的なオフィス管理より運営要素が強いです。物流施設では高さ・床荷重・トラック動線など物理的要件が重視され、テナントの業種や扱う商品に合わせた対応が欠かせません。 【ポイントまとめ】 住宅、オフィス、商業施設など用途ごとの特性を理解し、それぞれに最適な管理手法を選ぶことが収益の最大化につながります。特にオフィスは競争が激しいため専門的な視点が重要です。 3. リーシング活動の具体像:賃料査定から契約締結まで 3-1. リーシングの重要性 リーシングとは、空室を埋めるための募集・契約プロセス全般を指します。賃貸事業の収益源はテナントからの賃料であり、空室期間が長いほど損失が拡大するため、迅速かつ確実に空室を埋めるリーシング力が収益性を左右します。 3-2. 市場調査と賃料査定の方法 周辺相場のリサーチ不動産ポータルサイトや仲介会社にヒアリングし、実際の成約賃料や空室率を確認。物件の強み・弱み分析築年数、駅距離、耐震グレード、設備・内装の状態などを比較検討。最終賃料の決定相場を大きく外れると空室期間が延びるリスクがあるため、バランス感覚が重要。市場調査を徹底的に実施し、経験則だけに頼らない論理的かつ客観的な賃料設定が求められます。 3-3. 募集広告・内見対応・審査 募集広告:ネット掲載、SNS活用、専門仲介ネットワーク連携など多彩な媒体を活用。内見対応:担当者が現地で詳細を説明。写真やVR内見を充実させると遠方からの問い合わせも増える。審査:法人の場合は財務状況、個人の場合は年収や保証会社利用を審査し、滞納リスクを最小限に抑える。 3-4. 契約締結時の注意点 契約書のチェック:敷金・礼金・更新料・退去時の原状回復範囲などをきちんと明記。重要事項説明:宅建業法で義務化されており、契約時のトラブル防止に不可欠。契約金受領:初回賃料や保証金の入金を契約締結前に必ず確認し、その後鍵を引き渡すことを徹底します。 【ポイントまとめ】 リーシングは迅速かつ正確なプロセス管理が収益を左右します。賃料査定から契約書作成、審査まで漏れなく対応し、トラブル防止に努めましょう。 4. 法律・契約の基礎:借地借家法・建築基準法・消防法 4-1. 借地借家法とは 賃貸借における基本ルールを定める法律で、借主保護に重点が置かれています。居住用では更新拒絶が難しく、正当事由が必要。事業用定期借家契約では契約期間終了時にオーナーが確実に明け渡しを得られるが、契約時に書面交付と説明が必須です。 4-2. 建築基準法・消防法との関連 建築基準法:建物の用途変更や増改築に際し、容積率や用途地域、避難経路などを遵守。消防法:防火設備や消火器・誘導灯の設置、年1回以上の消防点検を実施し、報告が必要。 4-3. 事業用と居住用の違い 事業用は借主保護が比較的弱く、定期借家契約のハードルが低い。一方、居住用は普通借家契約が主流で、オーナーが更新を拒絶するのは非常に難しい。 【ポイントまとめ】 法律の基礎知識を持つことは、不動産経営のリスクを軽減する基本です。借地借家法・建築基準法・消防法の要点を押さえ、専門家と連携することが重要です。 5. 管理形態の選択:自主管理と管理委託の比較・注意点 5-1. 自主管理のメリット・デメリット メリット・管理費用がかからず、収益を最大限オーナーが得られる・物件や入居者の状況を直接把握しやすいデメリット・クレーム対応や設備修繕手配、法的知識など広範な負担・空室募集や夜間緊急対応が常に発生する可能性があり、オーナーの時間的コストが大きい 5-2. 管理委託(PM会社活用)のメリット・デメリット メリット・プロのノウハウで空室対策や賃料設定を最適化・24時間体制のコールセンターや、法務・修繕ネットワークを活かして即時対応が可能デメリット・手数料がコストになる・管理会社の質に依存するため、会社選びを誤ると逆効果 5-3. サブリース契約(転貸型)について 仕組み:オーナーが物件を一括で管理会社(サブリース会社)に貸し、転貸する。注意点:空室リスクをサブリース会社が負担することでオーナーの収益を安定させる有効な仕組みです。ただし、契約内容を明確に確認し、適切な条件で締結することで最大限のメリットを享受できます。また、サブリース会社の信用力・運営状況を定期的に確認することを推奨します。 【ポイントまとめ】 管理形態は自主管理・管理委託・サブリースそれぞれに特徴があります。オーナー自身の状況や目的を踏まえた最適な方法を選択し、契約内容をしっかり確認しましょう。 6. 賃料設定と収支管理:表面利回りと実質利回りの違い 6-1. 表面利回りの基本 計算式:年間家賃収入 ÷ 物件購入価格 × 100経費や空室率を考慮しないため、実際の投資収益率とはズレが生じやすい。 6-2. 実質利回りとキャッシュフロー計算 実質利回り:{(家賃収入) - (経費+空室損)} ÷ 物件価格 × 100キャッシュフロー:実質利回りに加え、ローン元本返済や税金負担など、手元に残る現金収支を算出して経営健全性を判断。 6-3. 空室リスクへの対応 賃料調整:周辺相場に合わない高額設定は空室期間が延びるフリーレント:一定期間の家賃無料を設け、初期負担を下げて募集効果を高める広告強化:ネット掲載写真やVR内見を充実させ、遠方や海外からの問い合わせにも対応。また空室発生前に、市場状況の変化を先読みし、迅速な賃料見直しを行うことも重要です。 【ポイントまとめ】 表面利回りだけでなく、実質利回りやキャッシュフローを重視することで、より正確な収益判断が可能になります。空室リスクへの柔軟な対応が収益安定化につながります。 7. 建物のメンテナンス・修繕計画:長期視点での資産価値維持 7-1. 長期修繕計画のポイント 5〜10年ごとの中期点検を挟んだ10〜20年サイクル:外壁、屋上防水、配管更新、エレベーター点検など大規模工事を計画的に実施修繕積立:マンション管理組合のように毎月積立するか、オーナーが自己資金を確保しておく 7-2. 日常メンテナンスと定期点検 法定点検:消防設備、昇降機、電気設備などを年1回〜半年1回のペースで実施日常清掃:共用部の美観維持、巡回点検による軽微トラブル早期発見 7-3. 大規模修繕・リノベーション投資 事例:築30年ビルでエントランス改修+OAフロア化を行い、賃料1割UPに成功費用対効果:改修コストと賃料上昇・空室短縮効果のバランスをキャッシュフロー分析 7-4. 原状回復の考え方 居住用:国交省ガイドラインに沿い、通常損耗はオーナー負担事業用:契約で明示し、退去時のトラブルを回避 【ポイントまとめ】 建物の修繕計画や日常メンテナンスは長期的な資産価値維持の基礎です。大規模修繕やリノベーション投資の費用対効果を見極め、計画的な運営を心掛けましょう。 8. 東京23区におけるオフィス管理:市場動向とエリア特性 8-1. 都心5区の特徴 空室率は2025年前半時点で3〜4%前後。賃料水準は坪2万円~が目安。企業の立地改善による拡張や大規模ビルでの成約が活発。(出典:三鬼商事『東京ビジネス地区のオフィスマーケットレポート』) 8-2. 周辺エリアの特性 城東エリア:江東区・墨田区などを中心に湾岸開発と物流需要が高い城南エリア:品川・大田など空港アクセス良好で外資系進出城西・城北エリア:中野区・豊島区など家賃が低めでITベンチャーが出店しやすい 8-3. リモートワーク普及後の動き フルリモートからハイブリッドへシフトし、立地重視のコンパクトオフィスやサテライト拠点への需要が増加。 【ポイントまとめ】 東京23区のオフィスマーケットはエリアごとの特性を理解し、立地やテナント需要の動向を把握することが重要です。リモートワークの変化にも柔軟に対応しましょう。 9. オフィス賃貸借契約の多様性:定期借家と普通借家の違い 9-1. 事業用定期借家契約の概要 契約期間:3〜5年程度が多い更新なし:満了で退去。再契約は当事者合意のもと、書面での再契約手続きが必要メリット:将来的な賃料改定や物件開発を計画しやすい 9-2. 普通借家契約との比較 契約2〜3年:更新時に協議。正当事由があれば更新拒絶可だが事業用でもハードルありテナント目線:長期利用したい企業は普通借家を希望しやすい 9-3. サブリース・一括借上げの選択肢 メリット:オーナーは空室損を回避しやすいリスク:サブリース会社の倒産リスクなどを見落とさないよう注意 【ポイントまとめ】 定期借家契約と普通借家契約それぞれのメリット・デメリットを理解し、物件の長期戦略やテナント属性に応じて契約形態を適切に選択することが収益の安定につながります。 10. DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展:ITによる効率化 10-1. スマートビルディングとIoT活用 IoTセンサー:温度・人感で空調・照明を自動調整し、電気代を削減遠隔監視:クラウドで稼働状況を把握し、異常時はスマホ通知で対応また、スマートビルディングやIoT技術の導入は単なる効率化だけでなく、ビルの競争力向上、将来的な資産価値の上昇、テナント満足度向上といった長期的なメリットももたらします。 10-2. オンライン契約・バーチャル内見 電子契約:紙の契約書や印紙税を節約、時間短縮にも寄与VR内見:国内外問わず、多拠点の企業が遠隔で内見できるメリット 10-3. クラウド連携と管理効率化 管理会社のシステム:テナント情報・家賃入金状況・修繕履歴を一元管理メリット:オーナーがリアルタイムで経営状況をチェックでき、対応の迅速化・透明化。クラウド管理導入による対応迅速化は単なる効率化ではなく、トラブルの予防や管理精度向上といったリスクマネジメントにも直結します。 【ポイントまとめ】 DXの推進は単なる効率化に留まらず、競争力や資産価値の向上に直結します。積極的なIT活用を進め、長期的なテナント満足度と収益改善を目指しましょう。 11. ESGやサステナビリティの視点:建物運営と社会的責任 11-1. 環境配慮と省エネ対策 グリーンビル認証(CASBEE, BELSなど):省エネ性能、耐震性能、自然エネルギー利用などを評価省エネ改修:高断熱サッシ・高効率空調で光熱費20%削減の事例もESG施策は環境や社会貢献だけでなく、物件の市場価値を高め、大企業や外資系企業など優良テナント誘致に直結する重要な経営戦略として位置付けられます。ESG対応により賃料収入が向上した事例や売却時の評価額向上といった具体的効果が多数確認されています。 11-2. 地域コミュニティとの共生 災害時の避難所協力:オフィスを一時避難場所として開放イベントスペース活用:地域の催しを行い、テナント・住民の交流を促す 11-3. 投資家ニーズと不動産評価 ESG投資が世界的に拡大し、環境性能が高いビルは賃料や売却価格で上乗せ評価を受けやすい。外資や大企業もESGに積極的に取り組む物件を選好する動きが進む。 【ポイントまとめ】 ESG対応は社会貢献や環境配慮を超えて、具体的な資産価値向上や優良テナント誘致の戦略です。市場評価を意識し、長期的な視点で取り組みましょう。 12. 公的データ・調査レポートの活用:客観的な指標と意思決定 12-1. 国土交通省や東京都の統計情報 不動産価格指数:商業用不動産(オフィス含む)価格動向を数値化東京都産業統計:エリア別事業所数や従業員数の推移を把握 12-2. 民間調査会社のオフィス空室率・賃料指数 三鬼商事、CBREなどが定期的に発表エリア別やグレード別の細かなデータを入手可能。最新レポートを定期的に入手し、市場変化を迅速に捉えられるよう活用することを推奨します。 12-3. データの読み方と注意点 サンプルや対象ビルのグレード差を確認コロナ禍や金融危機など一時的ショックを踏まえ、中長期で傾向を見る 【ポイントまとめ】 市場の動向を客観的なデータで把握することで、的確な意思決定が可能になります。公的統計や民間データを活用し、市場環境を正確に把握しましょう。 13. 税務戦略と相続対策:オーナーが知るべき基本ポイント 13-1. 法人化と減価償却の活用 法人化メリット:所得分散、経費拡充、相続時の事業承継計画が容易デメリット:維持コスト、二重課税リスク減価償却:建物の耐用年数に沿って経費計上し、課税所得を圧縮 13-2. 相続税評価と貸家建付地 貸家建付地:賃貸中の土地は評価減が適用され、結果的に相続税負担を軽減小規模宅地等の特例:200㎡まで土地評価を50〜80%圧縮できる場合がある 13-3. 生前贈与や信託の検討 110万円非課税枠:コツコツ贈与することで財産を分散家族信託:高齢化や認知症対策として、財産管理を信頼できる受託者に任せる仕組み 【ポイントまとめ】 税務や相続対策は、不動産資産を守る重要な課題です。法人化や生前贈与、信託を活用し、早期から計画的に対応を進めましょう。 14. 不動産管理会社の選定と連携方法 14-1. 管理手数料とサービス範囲 相場:賃料収入をもとにした乗率など範囲:クレーム対応、夜間緊急時対応、修繕手配、リーシング代行、会計・報告などが含まれるか確認必須 14-2. レポーティング体制とコミュニケーション 月次報告:家賃入金、クレーム件数、軽微修繕報告四半期・年次報告:収支決算、修繕計画、更新・退去予定、テナント満足度調査など 14-3. 大手VS地場管理会社の特徴 比較項目大手管理会社地場管理会社当社ネットワーク全国または国際的に展開している地域密着型でローカルな情報収集に強みがある東京23区特化型。広域ネットワークと地域情報を兼ね備える。手数料や範囲標準化されたサービスが多く、やや柔軟性に欠ける場合もある柔軟な交渉や細やかなカスタマイズに強い専門性が高いワンストップ対応で、大手並みの信頼性と地場のような柔軟性を併せ持つ専門性/人員部署ごとに専門家を多数配置少人数体制でフットワークが軽いPM、BM、リーシング、リノベーションまで幅広い専門家チーム 【ポイントまとめ】 管理会社選定では、手数料だけでなくサービスの質や対応範囲をしっかり比較することが重要です。当社は柔軟性と専門性のバランスを兼ね備えています。 15. 最新の東京オフィス市場概況:需要と供給の変化 15-1. オフィス空室率の近年推移 2019年:空室率3〜4%と歴史的低水準2020〜2021年:コロナ禍でリモートワーク普及、5〜7%へ上昇2022〜2023年:景気回復と企業移転再開で5〜6%台へ安定化2024年~:企業のオフィス移転がさらに加速し3%台を明確に意識できる水準 15-2. 賃料水準の変動要因 新規供給量:大規模ビル竣工で一時的に空室率上昇し、築古ビルとの差別化が課題再開発プロジェクト:大型商業・オフィス一体開発でエリア全体の地価上昇 15-3. 再開発と新規供給の影響 都心5区を中心に、大企業や外資企業が最新ビルに移転し、古いビルに空室が増える「二極化」現象が進む。そのため、築古ビルはリノベや賃料調整で競争力を保つ必要あり。 【ポイントまとめ】 オフィス市場の需要と供給の変化を的確に捉え、再開発や二極化に対応するためのリノベーション投資やリーシング戦略を計画的に進めましょう。 16. 海外投資家の視点とグローバル化への対応 16-1. インバウンド企業が求めるオフィス条件 バイリンガル対応:英語・中国語での窓口や案内セキュリティ:入退室管理、監視カメラ、個別空調など立地:空港や主要駅へのアクセスの良さが重視される 16-2. 多言語サポートと契約書類の整備 注意:日本語契約書と英語訳に齟齬があるとトラブルが起こりやすい利点:海外企業の内見・検討がスムーズになり、空室リスクを減らせる 16-3. 国際資本導入がもたらす可能性 為替レート:円安で海外勢の買い意欲が増す傾向長期的影響:海外ファンドの保有ビル増加で、賃料や投資案件がグローバル相場に近づく 【ポイントまとめ】 海外投資家やインバウンド企業の需要を取り込むには、多言語対応や立地・設備の充実が重要です。国際的な評価基準を意識し、マーケット拡大の機会を活かしましょう。 17. 事例紹介:オフィスビル運営成功モデル(東京23区) 17-1. リニューアル投資で賃料UPした事例 築30年中規模ビル:総投資1,800万円でエントランス改修・照明LED化・OAフロアを導入結果:坪単価1,500円UP・半年空室だったフロアが1ヶ月以内に契約成立 17-2. DX導入で管理コストを削減した事例 IoTセンサー:フロア内の温度・人感センサー連動で空調制御効果:電気代年間15%削減、夜間巡回コストも減少し、管理費を年100万円近く圧縮 17-3. ESG施策で大手企業テナントを誘致した事例 LEEDシルバー認証を取得するために耐震補強・省エネ改修・共用部緑化を行い、某大手金融グループが長期契約で入居メリット:ESG重視のテナントは賃料や契約期間で好条件を提示しやすい 【ポイントまとめ】 実際の成功事例から学ぶことで、自物件の価値向上策や収益化戦略をより具体的にイメージできます。積極的に事例を参考にしましょう。 18. まとめ:オーナーが最初に知るべき要点と今後のステップ 全体最適のマネジメントリーシング、契約、修繕、リノベなどを包括的に考え、競争力を維持して長期安定収益を目指す。市場調査と柔軟な賃料見直し周辺相場を把握し、空室期間が長引く前に適正水準に調整。フリーレントや広告戦略を巧みに組み合わせる。DX・ESGへの対応IT活用で管理効率を高め、環境・社会との共生をアピールして大手企業や海外投資家を惹きつける。法務・税務の知識と専門家連携借地借家法、法人化、相続税対策などを踏まえ、税理士・弁護士・コンサルタントに適宜相談することでリスクとコストを最小化。中長期ビジョンの設定物件の立地や築年数、将来の再開発状況を考慮し、投資回収計画や出口戦略(売却・建替え)を意識した行動を。最悪のシナリオまでシミュレーションしながら、中長期ビジョンを策定し、万が一のリスク発生時でも迅速に対応できる柔軟性を確保することが求められます。 【ポイントまとめ】 不動産管理は包括的な視点と柔軟な対応が不可欠です。収益・リスク・コストのバランスを取りながら、中長期の視野で物件を運用していくことが成功への鍵となります。 19. 当社の強み(専門的な不動産管理サポートのご案内) ここまで解説してきたように、不動産管理はリーシングから法務・税務、修繕・リノベーションまで多岐にわたる専門知識と実務経験が求められます。オーナーご自身で全てを把握し、最適なタイミングで適切な対応をするのは容易ではありません。そこで当社では、以下のようなトータルサポートを提供しております。 空室対策・リーシング支援契約管理・メンテナンス代行税務・相続対策アドバイス東京23区オフィス専門のマーケット情報 これらを一括してお任せいただくことで、オーナー様は「大切な不動産を安定運用できているか」「修繕や契約更新のタイミングを見逃していないか」等の不安を大幅に軽減できます。当社は専門スタッフが多岐にわたるノウハウを活用し、オーナー様の物件を最大限に活かす管理サービスを心がけております。もし本コラムで学んだ不動産管理のポイントを実践するうえで「どの部分をどのように進めればいいかわからない」「具体的な契約・税務・修繕計画の立て方を相談したい」などお悩みがありましたら、ぜひ当社にお任せください。プロの視点で丁寧にサポートいたします。 【ポイントまとめ】 当社は、不動産管理に関するあらゆる課題をワンストップで対応可能です。専門性を活かしオーナー様の収益最大化と安心運用をサポートしますので、ぜひお気軽にご相談ください。 最後に 不動産管理は「攻めと守り」のバランスが鍵です。空室対策やリノベーション・DX導入で収益を高める攻めの一方、法務・税務やメンテナンス計画などリスクを抑える守りも両立しなければ、長期的な安定収益は難しくなります。東京23区のオフィス市場は再開発や海外資本の流入で日々動きがあり、競争も激しいです。本コラムで紹介したリーシングから修繕計画、法務・税務、相続対策まで一通りの知識を押さえ、必要な分野は専門家や管理会社に協力を得ながら進めるのが理想的なアプローチです。今後の賃貸経営や物件活用のヒントにしていただき、さらに踏み込んだご相談や具体的な支援が必要な際には、ぜひ当社のサービスをご検討ください。オーナー様の大切な資産を守り、価値を高めるための最適なソリューションを全力でサポートいたします。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 藤岡 涼 入社以来20年以上にわたり、東京23区のオフィスビルを中心にプロパティマネジメント・リーシング・建物管理を担当。 年間多数の交渉やトラブル対応経験を活かし、現場目線に立った迅速かつ的確な提案を通じて、オーナー様とテナント様双方の満足度向上に努めています。 2025年9月12日執筆2025年09月12日 -
プロパティマネジメント
賃貸オフィスビルの管理会社を探る~ビル管理業務の基本、大手管理会社の特徴、中小管理会社との比較ポイント~
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「賃貸オフィスビルの管理会社を探る」のタイトルで、2025年9月4日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。 目次1. はじめに:不動産管理業界の全体像2. 賃貸オフィスビルの管理業務とは3. ビル管理会社の種類と系列4. 大手ディベロッパー系列の主要管理会社5. 独立系の主要管理会社と特徴6. 賃貸オフィスビル管理会社を選ぶ際のポイント7. 当社を含めた中小ビル管理会社との比較8. 今後の市場トレンドと課題9. まとめ:ビル管理会社の未来 1. はじめに:不動産管理業界の全体像 1-1. 不動産業界を支える4つの領域 不動産業界には、主に以下の4つのプレイヤーが存在します。 ディベロッパー(総合不動産会社)・都市開発、分譲開発、建設計画の立案などを担い、三菱地所、三井不動産、住友不動産、東急不動産などが代表的です。ゼネコン(総合建設会社)・建築物の実際の施工・建設を担当し、大成建設、清水建設、大林組、鹿島建設などが該当します。不動産仲介業・物件の売買仲介や賃貸仲介、管理受託の仲介を行います。不動産管理業(ビル管理・PM会社)・ビルやマンションなど、竣工後の建物の運営管理を通じて、オーナーの収益最大化を支援します。 本コラムでは、特に「賃貸オフィスビル」に焦点を当て、不動産管理業の役割や現状、そして各管理会社の特徴を探ります。 1-2. 不動産管理業の立ち位置 ディベロッパーが企画し、ゼネコンが建設したビルをオーナーが所有し、賃貸収益を得るという仕組みがオフィスビル市場の基本です。オーナーにとって最も重要なのは、空室を減らし、長期的な収益の安定を実現することです。そこで活躍するのが不動産管理(ビル管理)会社であり、彼らはテナント誘致、賃料設定、設備管理、修繕計画、日常清掃、警備などの業務を一手に担い、管理料やPMフィーという形で報酬を得ています。この地味ながらも不可欠な管理業務が、ビルの資産価値維持と収益確保の根幹を支えているのです。 2. 賃貸オフィスビルの管理業務とは オフィスビル運営では「PM」「BM」「FM」という概念が用いられます。以下にそれぞれの概要を整理します。 2-1. PM(プロパティマネジメント) 不動産そのものを「収益を生み出す資産」として管理・運営することを指します。具体的な業務は以下の通りです。 テナントリーシング(募集・誘致)テナント企業に物件を紹介し、入居契約を獲得する。仲介会社との連携が重要です。賃料設定・賃貸契約管理オーナーの利益最大化のため、相場に合わせた賃料設定、契約更新・解約時の調整、敷金・保証金の管理などを行います。収支計画・レポーティング毎月、四半期、年次ベースでオーナーに収支報告を行い、将来的なリニューアル計画の提案も行います。 2-2. BM(ビルマネジメント) 建物を「物理的に維持管理する」業務であり、日々の清掃や設備保守など、ハード面の維持が中心です。 清掃・衛生管理エントランスや共用部、トイレなどの清掃、ゴミ処理、衛生面の維持管理。設備保守・定期点検空調、エレベーター、給排水設備などの定期点検、修理、更新。警備・防災管理防災センターの運営、セキュリティカメラ・入退館管理などを含みます。 2-3. FM(ファシリティマネジメント) 元々は、企業や組織が自ら保有または借用する施設を最適化するための手法でしたが、近年は管理会社がテナント企業向けに総合的なサービスを提供するケースも増えています。オフィスの効率的活用やコスト削減を目的とし、PM・BMと連携してサービスを展開します。 3. ビル管理会社の種類と系列 ビル管理会社は、その成り立ちや事業領域によって大きく異なります。大きく分けて以下の3系統・形態に分類できます。 3-1. ディベロッパー系 大手ディベロッパー(例:三菱地所、三井不動産、住友不動産、東急不動産、野村不動産、森ビルなど)が自社保有または開発物件を主体に管理を行うケース。グループ会社として管理会社を設立していることが多く、超一等地での大規模ビル運営に強みがあります。 3-2. ゼネコン系/生保・損保系/商社系 ゼネコン系: 建築技術や大型改修のノウハウが強み。生保・損保系: 保険サービスや金融面でのサポート力があり、リスクマネジメントに優れます。商社系: 海外ネットワークや多角的なソリューションを提供できる点が特徴です。 3-3. 独立系(PM専業・サブリース含む) ザイマックスや日本管財など、特定のディベロッパーやゼネコンの傘下に属さず、複数のオーナーから受託管理を行う企業です。 特徴“しがらみ”が少ないため、オーナーの状況に合わせた柔軟な提案が可能。 中小ビルや多様なエリアでのPM業務に強みがあり、サブリース方式で独自のサービスを展開する企業も存在します。 3-4. 大手と中小の差:ブランド力・総合力・柔軟性・専門特化 大手の強み資本力、最先端のIT・設備投資、広範なテナント誘致ネットワーク、グループ内のワンストップサービスなど。中小の強み小回りの利く運営、オーナーとの密なコミュニケーション、特定エリアや業種に特化したノウハウ、柔軟なコスト調整が可能である点。 4. 大手ディベロッパー系列の主要管理会社 以下は、主要な大手ディベロッパー系列管理会社の概要、売上規模、管理物件数、および特徴です。 4-1. 三菱地所プロパティマネジメント株式会社 概要 親会社・系列: 三菱地所グループ設立: 1991年(横浜MM21地区で建設中のランドマークタワー・プロジェクト運営のため全額出資の下に設立)上場: 非上場(親会社は東証プライム上場) 売上規模・管理物件数 売上高:103,747百万円(2024年3月期)管理物件例:横浜ランドマークタワー、三菱ビル、有楽町電気ビル、MMパークビル、東京女子大学、横浜赤レンガ倉庫、神奈川県衛生研究所など管理棟数:210棟/945万平米(2024年9月現在) 特徴 三菱地所のブランド力を背景に、丸の内、大手町、有楽町エリアでの大規模ビル運営に強み。ホテル、商業施設、海外物件など、グローバルな不動産ポートフォリオも有する。近年は中小規模物件(サテライトオフィス、シェアオフィスなど)にも営業展開しているが、採算面で頭打ち傾向が見られる。 4-2. 三井不動産ビルマネジメント株式会社 概要 親会社・系列: 三井不動産グループ設立: 1983年(ビル総合運営管理を目的として設立)上場: 非上場(親会社は東証プライム上場) 売上規模・管理物件数 売上高:29,775百万円(2024年3月期)受託物件数:355棟/868万平米(2023年3月末) 特徴 東京ミッドタウン日比谷や日本橋エリアの再開発をリード。改修工事、原状回復工事など付帯業務も受託。三井不動産グループ内で「開発から運営まで」の一貫体制を実現。 4-3. 住友不動産(自社管理部門) 概要 親会社・系列: 住友不動産グループ創業: 1949年(住友不動産株式会社としては1957年に改組)上場: 住友不動産株式会社は東証プライム上場 売上規模・管理物件数 連結売上高:967,692百万円(2024年3月期)管理物件数:都心中心に230棟以上(2020年代前半のデータ)主要エリア:新宿(「住友不動産新宿グランドタワー」「新宿オークタワー」など)、六本木、汐留など 特徴 自社で開発または購入したオフィスビルを長期保有し、グループ内で賃貸・管理運営を完結するスタイル。新築ビルのみならず、リノベーションビルの買収・再生にも注力している。管理部門は住友不動産本体の一部として機能している点が特徴。 4-4. 東急不動産プロパティマネジメント株式会社 概要 親会社・系列: 東急不動産ホールディングス(東急グループ)設立: 1971年上場: 非上場(親会社は東証プライム上場) 売上規模・管理物件数 東急不動産ホールディング全体の営業収益:11,030億円(2024年3月期、連結)東急不動産プロパティマネジメント含む管理運営の営業収益:3,715億円うち、ビル管理の営業収益:982億円(2024年3月期、連結)管理棟数:1,644棟(2024年3月末) 特徴 渋谷、東急沿線、田園都市エリアの開発に強み。オフィスのみならず、ショッピングセンター、マンション、リゾート施設など多面的に展開。複合再開発プロジェクト(例:渋谷スクランブルスクエア)など、幅広い管理ノウハウを有する。 4-5. 野村不動産パートナーズ株式会社 概要 親会社・系列: 野村不動産グループ設立: 1977年(新宿野村ビルの竣工に伴い設立)上場: 非上場(親会社は東証プライム上場) 売上規模・管理物件数(目安) 売上高:106,563百万円(2024年3月期)管理棟数:782棟(2023年3月末) 特徴 マンション管理事業(「プラウド」シリーズなど)に強み。オフィス(新宿野村ビル、YUITO、PMPなども)、商業施設、公共施設の管理も積極展開。建築インテリアや修繕工事にも対応し、大規模修繕・リニューアルの提案力が評価される。 4-6. 森ビル株式会社 概要 親会社・系列: 森ビルグループ(創業家資本で独立性が強いが、開発機能を有するため“ディベロッパー系”に分類)設立: 1959年上場: 非上場 売上規模・管理物件数 売上高:299,915百万円(2024年3月期、連結)管理物件:賃貸ビル103棟、賃貸面積169万平米(2024年3月末) 特徴 六本木ヒルズ、虎ノ門ヒルズ、アークヒルズ、虎ノ門ヒルズビジネスタワーなど、超大型複合施設の管理運営に強み。「都市を創る」というコンセプトの下、街づくり型の大規模開発に注力。自社で開発から管理・運営まで一貫して行うため、外部受託の比率は低い。 4-7. その他の大手ディベロッパー系 京阪電鉄不動産、阪急不動産、西武不動産など、鉄道系ディベロッパーは鉄道沿線を中心にビルの保有・管理を行う。清水総合開発、鹿島建物総合管理など、大手ゼネコン系もディベロッパー事業を兼営している場合がある。これらの企業は、自社開発物件を基盤に、住宅・商業施設を含む多岐にわたる資産を運営している点が特徴です。 5. 独立系の主要管理会社と特徴 大手ディベロッパー系列から離れ、幅広いオーナーの物件受託管理を主軸とする独立系管理会社(ゼネコン系や商社系の要素を持つ企業も含む)を紹介します。基本的には「自社開発物件がメイン」ではなく「受託管理」を重視する企業が中心です。 5-1. 株式会社ザイマックス・グループ 概要 親会社・系列: 前身はリクルートのビル事業部から、MBOにより2000年設立上場: 非上場 売上規模・管理物件数 売上高:74,349百万円(2024年3月期)管理物件:1,090棟、延床面積592万坪(2023年3月末) 特徴 国内最大手クラスの独立系PM会社。リクルート出身者が中心となり、プロパティマネジメント、リーシング、コンサルティングに強み。全国規模のデータ収集・分析力を武器に、空室率改善や賃料相場を踏まえた戦略提案が可能。BM領域においても、自社グループ企業を活用し、設備管理、清掃、警備をワンストップで提供。投資ファンド・REITからの受託実績が豊富で、受注比率は不動産ファンド等が6割、企業・個人オーナーが4割。 5-2. 日本管財株式会社 概要 親会社・系列: 独立系(東証プライム上場企業)設立: 1965年上場: 東証プライム上場 売上規模・管理物件数 連結売上高:122,674百万円(2024年3月期)そのうち建物管理運営事業の売上高:80,528百万円管理物件数:ビル・マンション・公共施設合わせて1万件以上(ビル単体でも数千件規模) 特徴 総合ビル管理の専業老舗企業として、警備、清掃、設備管理、マンション管理まで幅広いサービスを展開。官公庁・公共施設の運営管理(PFI事業)など、多角的な事業領域に強み。プロパティマネジメントやファシリティマネジメント領域で事業拡大中。長い業歴に裏打ちされた安定感と実績が評価されている。 5-3. サンフロンティア不動産株式会社 概要 親会社・系列: 独立系(東証プライム上場企業)設立: 1999年上場: 東証プライム上場 売上規模・管理物件数 連結売上高:79,868百万円(2024年3月期)不動産サービス事業の売上高:10,497百万円(2024年3月期) 特徴 「バリューアップ再生事業」に強み。築古ビルの買収後、内外装・設備リノベーションを実施し、リーシングする手法で急成長。自社物件の再生だけでなく、外部オーナーの受託管理を通じ、稼働率向上やレイアウト改修の提案を行う。東京・首都圏を中心に、地方中核都市への展開も進めている。 5-4. トーセイ株式会社 概要 親会社・系列: 独立系(東証プライム上場企業)設立: 1950年(創業は旧社名、事業転換を経て現在の形態)上場: 東証プライム上場 売上規模・管理物件数 連結売上高:82,191百万円(2024年11月度)不動産管理事業の売上高:8,647百万円(2024年11月度)管理受託件数:963件(オフィス・商業施設・ホテル・物流施設等577件を含む) 特徴 「不動産再生事業」での知名度が高く、築古ビルのバリューアップや証券化に強み。AM(アセットマネジメント)事業でファンドを組成し、投資家資金を活用した不動産運用を実施。オフィスビル以外に、物流施設やホテルなど多種多様な物件を取り扱う。 5-5. 大和ライフネクスト株式会社 (大和ハウスグループに属するが、独立系に近い立ち位置) 概要 親会社・系列: 大和ハウスグループ設立: 1979年。旧リクルートコスモスの子会社、コスモスライフが、2009年の株式譲渡により大和ハウス工業グループ傘下に。上場: 非上場 売上規模・管理物件数 売上高:102,248百万円(2024年3月期)管理物件(2024年3月末)・マンション:280,367戸/4,413棟(国内トップクラス)・オフィスビル:826棟・店舗テナント:266棟・寮:158棟・商業施設:209棟・介護施設:266棟・倉庫・物流センター:189棟・ホテル:79棟 特徴 当初はマンション管理専業として成長し、2009年に大和ハウスグループ傘下入り後、ビル管理・施設管理など事業領域を拡大。オフィスビルや商業施設、ホテルの受託管理も積極化。「コミュニティマネジメント」のノウハウを活かした、ソフト面でのサービスが強み。グループ企業との連携により、建物のリニューアルや建替えなど大規模工事にも対応可能。 5-6. オリックス・ファシリティーズ株式会社 (オリックス系でありながら、独立志向を持つ) 概要 親会社・系列: オリックスグループ設立: 1974年。2001年のTOBによりオリックス傘下、2009年に大京の100%子会社となる。上場: 非上場(親会社オリックスは東証プライム上場) 売上規模・管理物件数 売上高:46,126百万円(2024年3月期) 特徴 オフィスビルに限らず、商業施設、物流施設、公共施設、インフラ事業まで幅広く管理。受注比率はオリックスグループ関連が約50%。ファシリティマネジメントの総合サービスを提供し、金融ソリューションとの連携も可能。 5-7. その他の独立系・準独立系 東京海上日動ファシリティーズ: 損保系ながら、多数の企業施設の受託管理を行う。ビケンテクノ: 関西地盤のビル清掃・管理会社から発展し、東証スタンダード上場。共立メンテナンス: 学生寮やホテル運営で知られつつ、ビル管理部門も展開。長谷工ビルズ: マンション施工最大手の長谷工コーポレーション系列ながら、ビル管理受託も拡大中。 これらの企業は、特定のディベロッパー物件に依存せず、多様なオーナーのニーズに応えるため、地域や専門領域ごとに独自の強みを発揮しています。 6. 賃貸オフィスビル管理会社を選ぶ際のポイント オーナーや投資家が管理会社を選定する際は、単に管理実績のみならず、各社の提案力、運営体制、技術的優位性などを多角的に評価する必要があります。以下、主な評価ポイントを詳細に整理します。 6-1. リーシング(テナント誘致)力 テナントの集客力や空室対策については、以下の点が評価対象となります。 ネットワークと実績どのような仲介会社やテナント候補企業との連携を構築しているか。また、過去の実績として、空室率の改善にどの程度寄与してきたか。マーケット分析周辺エリアの相場調査や競合物件との比較検討を定期的に実施し、市場動向を踏まえた戦略立案がなされているか。 6-2. 建物管理(清掃・設備・警備)の体制と問題発生への対応力 建物自体の維持管理やトラブル対応については、以下の視点が重要です。 自社一括管理 vs. サブコン再委託大手はグループ内に警備や清掃の専門部門を有する場合が多い一方で、中小は外部パートナーを厳選し、高品質なサービスを提供しているケースがあります。問題発生への対応力トラブル発生時に、体制だけでなく現場スタッフの迅速かつ適切な対応が評価されます。特に、夜間や休日の緊急トラブルに対して、専用連絡先の整備やスタッフの即時派遣が可能かどうかが重要です。 6-3. バリューアップ提案力・資本力 日常管理業務に留まらず、物件の価値向上に向けた提案や必要投資の実現支援が求められます。 築古ビルの再生リノベーション等を通じた物件価値向上の具体的提案ができるか。オーナー目線に立った発想と提案力が重要です。改修工事の実績過去の改修事例、工事費用の透明性、設計・デザインのノウハウの蓄積状況が、信頼性の判断材料となります。資金調達サポート大規模改修が必要な場合に、オーナーが安心して資金調達できるようにサポートできるのかがポイントです。 6-4. データ管理・レポーティングの充実度 最新のIT技術を活用したデータ管理は、運営効率や透明性の向上に直結します。 物件情報の一元管理入居率、賃料、修繕履歴などを一元管理するデータベースの整備状況。リアルタイムな情報共有クラウドを活用したスマートフォンやPCからのアクセスなど、タイムリーなレポーティングがなされているか。 7. 当社を含めた中小ビル管理会社との比較 以下では、中小管理会社がどのようにオーナーの期待に応え、大手管理会社とどの点で異なるのか、その特徴と背景を整理します。特に、大手が抱える構造的課題(例:高いオーバーヘッドコスト)に対して、中小ならではのフットワークの軽さや柔軟な対応力に着目しています。 7-1. 中小管理会社の強み ① フットワークの軽さ 経営陣の直接対話経営陣(社長・役員)がオーナーと直接対話することで、各物件の個別事情を深く把握し、迅速な意思決定が可能です。シンプルな組織構造組織がフラットであるため、追加リノベーションや工事の提案・承認がスムーズに進む点が大きな強みです。 ② 柔軟な対応力 交渉力の高さ長年の実績に基づき、リーシング交渉では賃料、契約期間、償却費など、双方にとって最適な妥協点を見出す能力があります。コスト抑制大手に見られる「ブランド料」や全社的な管理コストが少なく、その結果、管理料や工事費用を低く抑えることが可能です。オーナーニーズへの即応オーナーの予算や要求を十分にヒアリングし、空室改善に本当に必要な改修のみを優先するスタンスを取っています。また、設備更新についても、即時性と将来のテナント像を踏まえた上で、過剰投資を避ける工夫がされています。発注先の柔軟性グループ内発注に縛られず、複数の専門業者から見積もりを取得することで、コストと品質の最適バランスを実現。さらに、小規模ビルのリフォームに特化した業者との直接提携により、中間マージンの圧縮も可能です。 ③ 特化戦略:主戦場が中小ビル 市場のニッチを捉える大手がランドマーク物件や大規模オフィスに注力する一方、中小管理会社は8~10階建てや地方立地の小規模ビルを中心に事業展開しており、よりきめ細かな運営とテナント誘致が実現されます。地域密着のネットワーク地元のテナントや仲介会社と連携したネットワークを構築し、地域特性に即したリーシングが可能です。収益への直結1棟あたりの売上が管理会社にとって非常に重要なため、テナント満足度向上が直接収益改善に繋がるという強いインセンティブがあります。 ④ 中小規模ならではの「顔が見える」管理 迅速な初動対応担当者が物件の構造やテナント環境を熟知しているため、トラブル発生時の初動対応が非常に迅速です。直接的なコミュニケーション担当者が少数でビルを担当するため、テナントとの距離が近く、問題発生時に柔軟に要望を汲み取り、迅速な改善策を実行できます。積極的なリソース投入中小管理会社は中小ビルを主力としているため、テナント満足度向上を目的とした丁寧な対応や定期的な巡回など、サービス向上に積極的にリソースを投入できる環境が整っています。 7-2. 大手管理会社の特徴 強力なブランド力大手ディベロッパー系は、丸の内や六本木の超高層タワーなど、知名度の高い物件を管理しており、そのブランド力を背景に外資系企業や大企業のテナント獲得に強みを発揮します。全国規模の組織体制と固定費の高さ全国規模の支店網や専門部署を有するため、固定費が高く、特に小規模ビルでは利益率が低下しやすい傾向にあります。結果として、中小ビルへのリソース投入が後手に回りがちです。大規模物件への優先対応大手は大規模物件を優先するため、中小ビルへの対応が後手になりやすいです。オーナーから見ると、中小管理会社の方が熱意をもってテナント誘致に取り組む印象を与えることが多いです。また、対応がマニュアル化されがちで、テナントの細かなニーズに柔軟に対応しにくいケースもあります。投資力と資金調達の強み大掛かりなリノベーション、基幹設備の大規模更新、外観再設計、最新ITシステムの導入など、大型物件向けの投資に強みがあります。さらに、不動産ファンドや銀行との強固な提携により、大規模プロジェクトの資金調達がスムーズに進み、「ブランド上乗せ」による賃料値上げも期待できるため、高額投資でも投資回収が見込まれやすいです。ただし、これらの仕組みは中小物件では必ずしも、ベストなソリューションではありません。組織による対応の硬直性大手は複数部署や大規模チームによる対応が一般的ですが、これが迅速な意思疎通や個別ニーズに応じた柔軟な対応を阻む要因となることがあります。また、マニュアル化された緊急対策チームは安定したサービスを提供する一方、多数の物件を抱えるため、対応が機械的になりがちな面も指摘されます。 以上のように、中小管理会社はフットワークの軽さ、柔軟な交渉力、地域に根ざした特化戦略、そして「顔が見える」管理体制を活かして、オーナーの細かいニーズに応えつつ収益改善に直結する運営を実現しています。一方、大手管理会社は、強固なブランド力と大規模投資・資金調達力を有するものの、その組織構造ゆえに中小ビルへの柔軟かつきめ細かな対応が難しいという課題があります。 8. 今後の市場トレンドと課題 ビル管理会社を取り巻く環境は、近年多くの変化に直面しています。以下、オフィス市場に影響を及ぼす主要な要因とそれに伴う課題を整理します。 8-1. 働き方改革・リモートワーク拡大の影響 オフィス需要の変動リモートワーク普及により、都心部の大型オフィス需要が一時的に停滞し、空室率の上昇や賃料引き下げ圧力が強まる可能性があります。フレキシブルオフィスの台頭コワーキングスペース、シェアオフィス、サテライトオフィスなどの需要が高まり、従来の長期一括賃貸モデルが変化しています。テナントの新たな要望社員の出社率低下に伴い、オフィスの設備、レイアウト、セキュリティの在り方が再検討される必要があります。 8-2. ESG・SDGsへの対応 省エネ・CO₂削減ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)や太陽光発電、蓄電池の導入など、環境配慮型設備への投資が求められます。健康経営の視点オフィス環境がテナント社員の健康に寄与するか(空調、換気、自然光の活用など)が重視される傾向にあります。グリーンビル認証の取得LEED、BELSなどの環境認証取得を目指し、管理会社が主体的に改修・運営計画を提案するケースが増加しています。 8-3. DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進 IoT・AIによる設備監視エレベーター、空調、照明などの稼働データをセンサーで収集・分析し、予防保全や省エネを実現。スマートビル化の推進入退館システムの顔認証、アプリ連動型会議室予約システムなど、先進技術を活用したオペレーションの高度化。管理業務の効率化書類作成や請求業務をRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)で自動化し、コスト削減に繋げる取り組みが進んでいます。 8-4. 外資系投資家の増加と国際基準への適応 海外マネーの日本市場進出安定経済や低金利を背景に、外資系ファンドや投資家が日本のオフィスビルに積極的に投資しています。管理会社には国際会計基準や英語でのレポーティング体制の整備が求められます。コンプライアンスの強化個人情報保護や反マネーロンダリング対策など、海外投資家基準への適応が必要です。 8-5. 地域連携・コミュニティ形成の重要性 街づくりとの一体化単にビルを管理するだけでなく、周辺地域のイベントや商店街との連携を通じ、地域全体の魅力向上を図る取り組みが注目されています。 9. まとめ:ビル管理会社の未来 日本の賃貸オフィスビル管理業界は、ディベロッパー系、独立系の大手管理会社と、中小管理会社が共存する複雑な構図にあります。オフィスビルオーナーや投資家は、自身の物件規模、立地、ターゲットテナントなどに応じ、最適な管理パートナーを選ぶことが不可欠です。 大手管理会社の強みブランド力、資本力、広域なネットワーク、一気通貫の総合サービスが魅力です。しかし、組織の硬直性や高い固定費により、細やかな中小ビルへの対応には限界がある場合があります。中小管理会社の強みフットワークの軽さ、柔軟な交渉力、地域に根ざした特化戦略、そして「顔が見える」管理体制により、オーナーのニーズに迅速かつ丁寧に対応できます。結果として、細部にわたるサービス提供が、稼働率向上と安定収益の実現に直結しています。 今後、日本のオフィス市場は、働き方改革、DX、ESG、外資の流入など多様な要因によって大きく変化するでしょう。管理会社は、従来の設備保守やテナント募集に留まらず、街づくり、コミュニティ形成、環境対策、そして先進ITの活用など、より高度な総合力が求められます。当社を含む中小管理会社は、大手にはない柔軟性とコスト面の優位性、オーナーとの密な対話を武器に、今後もオーナーやテナントの信頼を獲得していくことでしょう。最終的には、ビルの稼働率を高め、安定した賃料収入を確保し、ビルの資産価値向上を実現することが、各管理会社の使命であり、未来を切り拓く鍵となります。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年9月4日執筆2025年09月04日 -
プロパティマネジメント
複数賃貸ビルオーナー必見:マルチ・マネージャー戦略:管理会社を複数活用してリスク分散と安定運営を両立する戦略
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「賃貸オフィスビルの管理会社を探る~ビル管理業務の基本、大手管理会社の特徴、中小管理会社との比較ポイント~」のタイトルで、2025年8月25日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。 目次1. はじめに:複数ビルを保有するオーナーの悩み2. マルチ・マネージャー戦略とは何か2-1. 単一管理 vs. 複数管理の基本的な違い2-2. マルチ・マネージャー戦略が注目される背景3. リスク分散の意義3-1. 管理会社固有リスクとは3-2. 市場変化や地域特性のリスク4. マルチ・マネージャー戦略導入のメリット4-1. リーシング力・営業力の強化4-2. テナント満足度向上と収益安定化4-3. 専門性の使い分けでサービス向上4-4. 管理コストの最適化4-5. ノウハウの多元化とイノベーション5.マルチ・マネージャー戦略導入のデメリット・注意点5-1. 総コストの上昇5-2. 管理対象の切り分け5-3. 統一的な方針・品質管理の困難さ5-4. 情報・ノウハウの分散リスク6. ケーススタディ:実際の活用例6-1. 都心部でオフィスビルを複数保有する事例6-2. 新築オフィスビルと既存ビルを組み合わせた運営事例6-3. 複数会社の組み合わせパターン7. マルチ・マネージャー戦略の運営ポイント7-1. 初期方針の策定とビル特性の分類7-2. 業務範囲と連携ルールの明確化7-3. 定期的なレビューと評価制度7-4. 総合窓口(コーディネーター)の活用7-5. コミュニケーション手段の整備とIT活用8. 管理会社の選び方:チェックリスト8-1. 実績・専門分野の把握8-2. 費用体系と見積もり比較8-3. チーム体制と担当者の安定性8-4. 組織の健全性と信頼度8-5. レポーティングや契約更新条件9. マルチ・マネージャー戦略の具体的な導入ステップ9-1. 現状分析と社内(オーナー側)意見集約9-2. 管理会社へのRFP(提案依頼)9-3. 比較検討とプレゼンテーション9-4. 複数契約の締結と業務開始準備9-5. モニタリングとPDCAサイクル10. 今後の展望:多様化する管理ニーズにどう備えるか10-1. テナント満足度向上とブランド強化10-2. リスク分散からイノベーション創出へ10-3. DX・IT活用の加速と複数社連携11. まとめ:マルチ・マネージャー戦略はオーナーと管理会社のWin-Winを生む 1. はじめに:複数ビルを保有するオーナーの悩み 東京都心部のオフィス事情と変化東京都内、とりわけ都心部では、オフィスビルの需要と供給が刻々と変化しています。景気動向や企業の新陳代謝、さらにはテレワークやハイブリッドワークの普及によって、以前ほどの面積を必要としないテナント企業も増えました。一方で、ITベンチャー企業やスタートアップを中心に、リモートを前提としつつも「コア拠点」となるオフィスを確保しようとする動きも見られます。こうした多様化するニーズに対して、複数棟のオフィスビルを保有するオーナーは、「空室率をいかに抑えるか」「建物の管理品質とブランドイメージをどう維持・向上させるか」という課題と常に向き合っています。コスト最適化を図ろうと、一社の管理会社にまとめて任せるのも一つの選択肢ですが、実際には以下のような懸念を持つオーナーも多いでしょう。 一社に任せきりだと、管理の質が落ちたときに打つ手が少ない地域やビル特性に見合ったきめ細かい対応ができていないもっとアグレッシブなリーシング施策を試したいが提案が少ない そこで近年注目されつつあるのが、「複数の管理会社と契約する」というマルチ・マネージャー戦略です。本レポートでは、複数管理会社導入によるマルチ・マネージャー戦略のメリット・デメリットや具体的な進め方を紹介し、東京都内で複数のオフィスビルを保有するオーナーの皆様にとって有益なヒントを提供します。 2. マルチ・マネージャー戦略とは何か 2-1. 単一管理 vs. 複数管理の基本的な違い 単一管理(フル一括委託) 特徴:所有する複数ビルすべてを、一社の管理会社に委託する形態です。メリット:窓口の一本化:オーナーは一社とのみコミュニケーションを取ればよく、管理業務の煩雑さが軽減されます。契約管理の簡素化:契約書やレポートが統一され、管理業務が効率化されます。ボリュームディスカウント:所有ビル数や延床面積に応じて、管理料率の優遇を受けられる可能性があります。デメリット:リスクの集中:管理会社の経営状況や担当者の能力に大きく依存し、リスクが集中します。画一的な管理:地域やビル特性に合わせた柔軟な対応が難しく、画一的な管理になりがちです。切り替えコストの高さ:管理会社の変更には、全ビルの管理体制を見直す必要があり、時間と費用がかかります。 マルチ・マネージャー戦略(複数管理) 特徴:ビルごと、エリアごと、または機能(リーシング、BMなど)ごとに、複数の管理会社と契約する形態です。メリット:リスクの分散:一社の経営悪化やトラブルが発生しても、全体への影響を最小限に抑えられます。相互評価と透明性:各社の実績を比較評価しやすく、競争原理が働くことで、管理品質の向上を促進します。専門性の活用:各社の得意分野を組み合わせ、ビル特性やテナントニーズに合わせた最適な管理が可能です。デメリット:コミュニケーションの複雑化:複数社との連携が必要となり、調整業務が増加します。ブランド・品質の統一性:管理会社ごとのサービス品質にばらつきが生じ、ビル全体のブランドイメージを維持するのが難しくなる可能性があります。コストの増加:管理業務の重複や調整コストが発生し、全体的なコストが増加する可能性があります。 2-2. マルチ・マネージャー戦略が注目される背景 不動産投資や資産保有が多様化する中で、地域や用途の異なる複数ビルを所有するオーナーが増えています。ビルごとに需要構造やテナント層が違うため、一社の管理ノウハウだけでは十分対応できない場合があるのです。東京都内のオフィスビル市場は、グレードや立地、テナント層の多様化が顕著です。例えば、スタートアップ企業には柔軟な契約条件や共用スペースの充実が求められる一方、大企業にはセキュリティ対策やブランドイメージの維持が求められます。また、超高層ビルに大企業が集約していた時代から一変し、シェアオフィスやコワーキングスペース、ベンチャー向けの中小規模オフィスなど、「オフィスのあり方」が細分化しています。大手管理会社に全ビルを一括委託していると、以下のような問題に直面しがちです。 地域ニーズを捉えきれない:都心五区(千代田・中央・港・新宿・渋谷)と城東エリアではテナント特性が大きく異なっており、地域ごとのニーズを担当者が十分に把握できていな場合があります。大手同士の横並び施策:同レベルの賃料設定や画一的な内装提案に留まり、付加価値が生まれにくい状況となりがちです。提案力の停滞:大手管理会社からすると無数の物件の一つに過ぎず、機械的に画一的なサービスを提供しがちであり、オーナー固有のニーズを深堀りして、ビルごとの個性を活かした付加価値の創出を目指した提案が滞りがちです。 こうした懸念を解消するために、複数の管理会社と契約し、マルチ・マネージャー戦略を採用して、それぞれの強みを活かしつつリスクを分散するアプローチを選ぶオーナーが増えています。一つの管理会社に依存しない運営体制を整えることで、大手管理会社の豊富なネットワークを活用しながらも、別の管理会社によるきめ細かなサービスを補完的に受ける、といった柔軟性を確保できるのです。結果として、空室リスクが分散され、家賃水準の維持やテナント満足度の向上にも繋がりやすくなります。 3. リスク分散の意義 3-1. 管理会社固有リスクとは 管理会社にも企業としての固有リスクがあります。東京都内のビル管理を得意とする会社といっても、下記のようなリスクをゼロにはできません。 1 経営状態の悪化 管理会社もしくはその親会社が、突然の業績不振や合併・吸収により、担当部門の組織変更が発生するリスク。サービス品質の低下や担当者大量離脱に繋がるケースもあります。 2 優先度の問題 特に、大手管理会社の場合、「もっと大規模・高グレードの物件」を優先し、オーナーの物件が後回しにされることが起こり得ます。 3 担当者の異動・退職 管理の要となるのは、現場を仕切るPM(プロパティマネージャー)やBM(ビルマネージャー)担当者です。大手管理会社でも実際の最前線は担当者個人の力量に依存します。優秀な人材が抜けると、それだけでクオリティが下がる可能性があります。 3-2. 市場変化や地域特性のリスク 都心と郊外、オフィス街と商業エリアでは、必要とされるリーシング手法やテナント誘致のネットワークが異なります。一社だけで全エリア・全ジャンルをカバーしようとすると、ローカルな動向(地域特有のテナントニーズや賃料相場)を掴みきれないまま画一的な手法を押し通してしまう恐れがあり、結局どこかで最適化不足が起こり、空室やテナント離脱につながるリスクが大きいといえます。特に東京のオフィスビル市場は、エリアごとに特性が大きく異なります。例えば、丸の内エリアでは大企業向けのハイグレードオフィスビルが中心である一方、渋谷エリアではスタートアップ企業向けのクリエイティブオフィスビルが中心です。それぞれのエリア特性に合わせた管理戦略が必要となります。 4. マルチ・マネージャー戦略導入のメリット 4-1. リーシング力・営業力の強化 複数の管理会社が同時にオフィス空室を埋めようと動けば、管理会社間の競合が生まれます。各社が自社ネットワークや仲介チャネルをフルに活用し、少しでも早くテナントを決めようと努力するため、結果的にオーナーの空室率低減に寄与しやすくなります。 4-2. テナント満足度向上と収益安定化 ビルごとに最適化された提案や細やかなサポートが受けられるため、テナントからのクレームや要望にも素早く対応しやすくなります。テナント満足度が高まれば、長期入居率が上昇し、収益の安定化につながります。 4-3. 専門性の使い分けでサービス向上 ベンチャー向けオフィスに強い:IT系スタートアップの集客ノウハウやコミュニティづくり大手企業向けオフィスに強い:充実した施設管理メニューや高グレードな内装提案サブリースや一棟貸しに強い会社など このように、物件のタイプや立地に合わせて複数の管理会社を組み合わせれば、トータルの運営品質が一社委託時よりも高まる可能性があります。 4-4. 管理コストの最適化 一見、複数社に委託するとコストが増えるように思えます。しかし、必要なサービスだけを選択して発注できるため、無駄なパッケージ料金を払わなくても済むケースがあります。また、複数社に見積もりを取る過程でコスト比較ができ、結果的に管理料の引き下げ交渉が進むこともあるでしょう。 4-5. ノウハウの多元化とイノベーション 複数の管理会社と意見交換するうちに、オーナー自身が異なる管理モデルや運営手法を学べるメリットは大きいです。たとえば、ある会社が提案する最新のオフィスレイアウトやテナント誘致策を、別のビルでも横展開できるかもしれません。この過程でオーナーとしての経営スキルが向上し、不動産運用全体のイノベーションにつながることがあります。 5.マルチ・マネージャー戦略導入のデメリット・注意点 複数管理会社を導入する際には、以下の点に注意が必要です。 5-1. 総コストの上昇 一括契約と比較してボリュームディスカウントが適用されにくいため、管理報酬全体が上昇する可能性があります。複数の管理会社の調整を外部コンサルタントに委託する場合、追加費用が発生します。 5-2. 管理対象の切り分け 複数棟の建物や隣接する複数のビルを管理する場合、管理会社の担当範囲を明確に定める必要があります。責任範囲が曖昧になると、トラブル発生時の対応が遅れる可能性があります。契約段階で詳細な取り決めが必要です。 5-3. 統一的な方針・品質管理の困難さ 複数の管理会社が関わることで、各社のオペレーションの違いから、統一感のあるビル管理やブランディングが難しくなる場合があります。オーナーが求める一定水準の管理・保守品質を維持するために、管理会社間の連携と情報共有が重要です。 5-4. 情報・ノウハウの分散リスク 管理会社ごとにレポート形式やKPI設定が異なると、オーナー側での情報集約・分析が困難になります。管理会社が情報を囲い込むことで、オーナーが全体の状況を把握しにくくなるリスクがあります。必要な情報を一元化する仕組みを構築し、情報共有を促進することが重要です。 6. ケーススタディ:実際の活用例 6-1. 都心部でオフィスビルを複数保有する事例 A氏は東京都港区に2棟、千代田区に1棟のオフィスビルを保有していた。最初は大手管理会社Xに一括で委託していたが、空室率や賃料水準が思うように改善しない状況に不満を感じていた。X社にとってA氏の3棟は「ミドルグレードのビル」であり、より大型・高額案件に比べ後回しにされている印象がありました。そこで、港区の2棟はX社のまま、千代田区の1棟を別のY社へ切り替えた。Y社は千代田区周辺の高層ビルや中規模オフィスへのリーシング実績が豊富で、かつ地元の仲介業者との関係が強かった。結果的に空室区画にIT系企業をすばやく誘致し、競合ビルより高い賃料設定で成約できた。この成功を機にA氏は残り1棟も徐々にY社へ移行し、結果的にお互いの成長を促す形になりました。 6-2. 新築オフィスビルと既存ビルを組み合わせた運営事例 このビルのオーナーは、すでに御徒町周辺で複数のオフィスビルを保有していましたが、これまでは主に大手管理会社A社に任せていました。しかし、新築ビルが加わったことで、「従来からの中小規模ビル」と「最新鋭の高グレードビル」を別々の管理会社に委託するようにしました。 既存ビル群:地域密着型で中小テナント誘致に長けたB社に継続依頼新築ビル:空室埋めや大手企業への訴求に実績のあるC社に委託 この結果、B社は従来と変わらないかたちで周辺マーケットを熟知した営業を行い、一方のC社は新築ビルの魅力を活かしたバリュエーションを積極的にPRする方針を打ち出した。両社が各々の物件で実績を競い合うため、テナント探しの速度や提案内容に相乗効果が生まれ、オーナー全体のポートフォリオ安定にも寄与しました。 6-3. 複数会社の組み合わせパターン パターンA:大手管理会社+地域密着型管理会社大手のネットワークを活かしつつ、地域特性に強い小回りの利く会社を補完的に活用パターンB:用途別・グレード別に管理会社を切り分ける同じ港区内でも、ハイグレードビルとミドルグレードビルを別会社に割り振るパターンC:リーシング特化型とBM特化型を分けるリーシング部門の強い会社に空室対策を重点的に依頼し、日々の設備管理や清掃は設備・清掃系に強い別会社が担当 7. マルチ・マネージャー戦略の運営ポイント 7-1. 初期方針の策定とビル特性の分類 まずは、「なぜ複数管理会社を導入するのか」を明確にしましょう。 空室率の改善リスク分散新築ビルのブランド戦略修繕等、トラブル対応の迅速化 それぞれのビルの築年数・グレード・立地・ターゲットテナント層を一覧化し、どのような管理会社が最適かを検討します。 7-2. 業務範囲と連携ルールの明確化 複数管理会社が接する部分(例えば駐車場や共有エントランス)がある場合、契約書で責任範囲を明確化しないと、清掃や設備点検に漏れが生じやすいです。「会社Aは日常清掃を担当し、会社Bは定期清掃・設備保守を担当」といった具合に、業務分担をきちんと定義しておくことが大切です。 7-3. 定期的なレビューと評価制度 複数管理会社を導入する最大の強みは、比較検討がしやすい点です。各社が提出するレポートを定期的に見比べ、空室率の変化、家賃単価の推移、テナント満足度のヒアリング結果などを可視化しましょう。成果を上げている会社にはインセンティブを与え、伸び悩んでいる会社には改善要求を行うことで、長期にわたるモチベーションを維持できます。 7-4. 総合窓口(コーディネーター)の活用 複数の管理会社が関わると、オーナー自身がすべてを把握するのは大変です。とくに10棟以上保有するような大型オーナーの場合は、複数の管理会社のコーディネーターを立てるのも有効です。社内に専門人材を配置してもいいですし、外部のコンサル会社に依頼してもかまいません。複数の管理会社との連絡・調整を一本化し、オーナーは最終意思決定に注力する体制が整えば、複数管理会社のメリットを享受しやすくなります。 7-5. コミュニケーション手段の整備とIT活用 進捗共有やタスク管理を一元化、管理レポート、必要な書類や写真、図面などを閲覧できるクラウド型プロジェクト管理ツールの導入も検討課題です。このようなITツールを駆使することにより、物件ごとに管理会社が異なっても、見落としや二重対応を防ぎ、複数の管理会社の連絡・調整を効率的に行うことができるかもしれません。 8. 管理会社の選び方:チェックリスト 最適な管理会社を選ぶためには、以下の項目を慎重に評価することが重要です。 8-1. 実績・専門分野の把握 エリア実績:管理会社が重点を置いているエリアを確認します。特に、所有物件が所在するエリアでの実績は重要です。例:中央区、港区、新宿区、渋谷区など、特定のエリアに強みを持っているか。テナント層:管理会社が得意とするテナント層を確認します。例:大手・上場企業が多いか、中小・ベンチャー企業が多いか。成功事例:類似規模・グレードのビルにおける成功事例を確認します。具体的な成果や実績を把握することで、信頼性を判断できます。 8-2. 費用体系と見積もり比較 PMフィー(プロパティマネジメント費用):家賃収入に対する割合(◯%)や固定金額など、費用体系を確認します。リーシング手数料:テナント成約時の手数料を確認します。例:月額賃料の◯ヶ月分など。BM費用(ビルマネジメント費用):設備点検、清掃、警備などの実費やマージンを確認します。追加サービス:リニューアル提案、改修プロジェクト管理などのコンサルティング費用を確認します。費用対効果:最安値だけでなく、サービス内容や付加価値とのバランスを考慮することが重要です。 8-3. チーム体制と担当者の安定性 担当者の経験と能力:担当者の経験年数や専門知識を確認します。サポート体制:担当者へのサポート体制やバックアップ人員の有無を確認します。担当者の安定性:担当者の異動頻度を確認し、長期的な関係を築けるかを見極めます。 8-4. 組織の健全性と信頼度 財務状況:過度な赤字決算や債務超過がないかを確認します。コンプライアンス意識:不正請求や下請けトラブルの有無を確認します。社内教育・研修体制:担当者を育成する仕組みが整っているかを確認します。 8-5. レポーティングや契約更新条件 報告フォーマットの統一:複数管理会社を利用する場合、最低限のレポート項目を統一できるかを確認します。契約更新条件:契約更新のタイミングや手続き、解約時のペナルティなどを確認します。緊急対応の体制:夜間・休日のトラブル時に迅速に対応できるかを確認します。 9. マルチ・マネージャー戦略の具体的な導入ステップ マルチ・マネージャー戦略をスムーズに導入するためには、以下のステップを踏むことが重要です。 9-1. 現状分析と社内(オーナー側)意見集約 現状分析:現在の管理体制における問題点を洗い出し、複数管理会社化の目的を明確にします。社内意見集約:経営陣、財務担当、運営担当などの意見をまとめ、優先順位を設定します。 9-2. 管理会社へのRFP(提案依頼) RFP作成:複数の候補管理会社に対し、ビルの概要、現状の課題、要望をまとめたRFPを提示します。提案内容の比較:各社の提案内容、見積もり、チーム編成などを比較しやすいようにフォーマットを統一します。 9-3. 比較検討とプレゼンテーション 候補の絞り込み:RFP回答をもとに、費用、担当者、実績などの総合点で上位候補を絞り込みます。プレゼンテーション:最終候補の数社にプレゼンテーションを依頼し、担当予定者と直接面談してフィーリングを確認します。 9-4. 複数契約の締結と業務開始準備 契約締結:契約条件を慎重に確認し、契約を締結します。業務開始準備:鍵やセキュリティの移管、テナントへの周知、清掃・保守業者との連携切り替えなど、管理会社ごとに調整を行います。進捗管理:プロジェクト管理ツールなどを活用し、進捗を可視化します。 9-5. モニタリングとPDCAサイクル 定期レポートとKPIモニタリング:運営開始後は、定期レポートやKPIモニタリングをもとにPDCAサイクルを回します。評価と改善:空室率、賃料推移、修繕やトラブルの対応状況などを総合的に評価し、必要に応じて契約内容や運営方針を修正します。 10. 今後の展望:多様化する管理ニーズにどう備えるか オフィスビル市場は、テクノロジーの進化、働き方の変化、テナントの多様化など、多くの要因によって急速に変化しています。このような状況下で、ビルオーナーは将来を見据え、多様化する管理ニーズに柔軟に対応していく必要があります。 10-1. テナント満足度向上とブランド強化 競争によるサービス向上:複数管理会社の導入は、サービス品質の向上を促します。各社が競争することで、テナントへの対応速度、設備管理の質、清掃の徹底度など、あらゆる面でサービスの向上が期待できます。テナントは、より質の高いサービスを提供するビルを選ぶ傾向にあります。複数管理会社によるサービス競争は、テナント満足度を高め、結果としてビルのブランド価値向上につながります。差別化されたサービス:各管理会社が独自の強みを生かしたサービスを提供することで、ビル全体の付加価値を高めることができます。例えば、ある会社はテナント交流イベントの企画に強く、別の会社は最新の省エネ技術に精通しているといった具合です。テナントの多様なニーズに応じた、きめ細やかなサービスを提供することで、テナントの満足度を向上させ、長期的な入居を促進します。 10-2. リスク分散からイノベーション創出へ 多角的な視点とアイデア:複数管理会社の導入は、リスク分散だけでなく、イノベーションの創出にもつながります。各社が持つ異なるノウハウやアイデアが融合することで、新たなサービスや管理手法が生まれる可能性があります。例えば、テナント向けの内装提案、共用スペースの有効活用、地域コミュニティとの連携など、多岐にわたるアイデアが生まれることが期待されます。オーナーと管理会社の共創:オーナーと管理会社が協力し、ビルの付加価値を高める取り組みが重要になります。管理会社の専門知識とオーナーのビジョンを組み合わせることで、テナントにとって魅力的なビルを実現できます。管理会社同士のノウハウの共有をオーナーが促すことで、よりイノベイティブな提案が生まれやすくなります。 10-3. DX・IT活用の加速と複数社連携 データ連携と効率化:クラウドシステムやIoT機器を活用したビル管理が普及する中、複数管理会社とのデータ連携が重要になります。オーナーが共通のプラットフォームを提供し、各社がデータを共有することで、効率的なビル管理が可能になります。例えば、エネルギー消費量、設備稼働状況、テナントからの問い合わせ情報などを一元管理することで、迅速な意思決定や問題解決が可能になります。AIによる高度な管理:将来的には、AIを活用したビル管理がさらに進化することが予想されます。空調管理の最適化、テナント満足度の予測、異常検知など、AIによる高度な分析と自動化が進むでしょう。複数社で、AIなどを活用したデータを共有することで、より精度の高い予測や、より効率的な管理が可能となります。セキュリティの強化:DX化が進むと同時に、サイバーセキュリティ対策も重要になります。複数社でセキュリティ情報を共有し、連携して対策を行うことで、より強固なセキュリティ体制を構築できます。 11. まとめ:マルチ・マネージャー戦略はオーナーと管理会社のWin-Winを生む 東京都内で複数のオフィスビルを保有するオーナーにとって、一社への一括委託は分かりやすい反面、リスク集中やサービス停滞の問題をはらんでいます。そこで注目されるのが、物件の特性やエリアに合わせて複数の管理会社と契約、マルチ・マネージャー戦略を採用し、リスク分散とサービス最適化を同時に狙うアプローチです。 メリット:競争原理によるサービス向上、専門性の使い分け、オーナー自身の運営ノウハウ向上などデメリット:コミュニケーションの複雑化、コスト増、品質管理のばらつきなど しかし、適切な方針策定や契約範囲の明確化、定期的な評価システムの導入により、これらのデメリットは十分にコントロール可能です。むしろ、複数管理会社それぞれが強みを発揮し、お互いに成長を促す関係が築ければ、オーナー側は安定した収益と物件価値向上を得られ、管理会社側も顧客満足度の高い実績を積むことができます。ニュースでも、新築のオフィスビルが竣工する際に、あえて管理会社を分けて運用するオーナーが増えてきています。今後、働き方改革やDX化の進展に伴い、オフィスニーズはさらに多様化し、物件ごとに最適な管理手法を選ぶ重要性が増すでしょう。最後に、本レポートの要点を振り返ると以下のとおりです。 マルチ・マネージャー戦略導入の背景:都内のオフィスマーケット変化や管理会社リスクへの対処メリットとデメリットの整理:サービス向上やリスク分散、反面コミュニケーション難度やコスト増ケーススタディ:都心の複数ビルオーナーA氏や、NEWS X 御徒町ビルの新築運営事例など運営ポイント:明確な方針設定、責任範囲の定義、総合窓口やIT活用による調整の効率化将来展望:DXやテナントニーズ多様化に対応し、リスク分散がイノベーションを促す可能性 複数ビルを保有しているからこそ、物件ごとに最適な管理会社を組み合わせられるという強みを活かし、ビルオーナーとしての資産価値最大化を図ってみてはいかがでしょうか。複数社と協業することで生じる新たな気づきやノウハウの蓄積は、長期的な不動産経営の安定と成長をもたらすはずです。マルチ・マネージャー戦略の活用は、オーナーと管理会社の両者がWin-Winの関係を構築できる手段として、今後ますます重要になっていくでしょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年8月25日執筆2025年08月25日 -
プロパティマネジメント
もう悩まない! 賃貸管理ストレスを減少させる具体策とは?――築古オフィスビルオーナー向けコラム
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「もう悩まない! 賃貸管理ストレスを減少させる具体策とは?」のタイトルで、2025年8月25日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。 目次 【1. イントロダクション】 【2. 賃貸管理の“ストレス要因”の整理】【3. ストレスを減らすための具体策】 【4. 築古オフィスビルでも勝ち残るためのアイデア例】 【5. 専門家の適切な活用事例】【6. 将来展望とまとめ】【まとめ】 【1. イントロダクション】 1-1. オーナー視点の共感 築古オフィスビルのオーナーが直面する悩みは多岐にわたります。例えば、 「築年数が古いことで建物の外観が見劣りし、テナントが決まらない」「設備の老朽化により頻繁に修繕費用がかかる」「周囲の再開発や新築ビルの台頭で、競合環境が厳しくなった」「コミュニケーションコストが大きく、管理会社やテナントとのやりとりが負担」 こうした現実的な悩みが積み重なることで、オーナー自身のメンタル面への負荷が増し、物件運営が苦痛に感じられるケースも少なくありません。本コラムを読むことで、同じ悩みを抱える読者の方々が「自分の状況と似ている」「こうした改善方法があるのか」という気づきを得て、前向きに管理を進めるきっかけとなれば幸いです。 1-2. コラムの目的を明確化 ここでは大きく以下のポイントを取り上げ、ストレスを減らすための具体策を提示していきます。 ストレス要因の整理:まず、築古物件特有の課題やオフィスビルならではの問題点を整理する具体的なストレス軽減策:管理会社との連携方法や投資・リニューアルの考え方、ITツール活用などを解説事例紹介・インタビュー:実際に成功しているオーナーや専門家との連携事例を紹介長期的視点の重要性:将来的な市場動向や出口戦略など、視野を広げた運営方法付加的な要素:チェックリストや用語解説、問い合わせ誘導など、読者の行動を後押しする要素 まずは、どのようなストレス要因があるのかをきちんと把握するところから始めてみましょう。 【2. 賃貸管理の“ストレス要因”の整理】 築古オフィスビルのオーナーが感じるストレスの主な要因を大きく3つに分けて考えてみましょう。ここでしっかり問題点を分析することが、後ほど紹介する対策を効果的に実行するカギとなります。 2-1. 築古物件特有の課題 設備の老朽化や頻繁なメンテナンスへの対応エアコン・給排水・電気系統など、設備が古くなると不具合が起こりやすい臨時の修理費用が重なり、キャッシュフローを圧迫する交換部品の手が難しい場合、修理が長引くリスクもある見た目(外観や共用部)の古さによる空室リスク新築やリノベ済みビルと比較され、競争力が下がる内見時に古い印象を与えやすく、テナントから敬遠されやすい共用部の暗さや汚れが目立つと、建物全体へのマイナスイメージが強まる 2-2. オフィスビルならではの問題 周囲のビルの賃料相場が上昇しているのについていけない築古ビルは賃料を上げにくく、相場から取り残される傾向かといって賃料を低く据え置いたままだと収益性が上がらず、管理費用が嵩むため、収支悪化に拍車がかかるリーシングに苦労しがちで、空室期間が長期化オフィス需要が減少・盛り上がりに欠けるエリアでは、テナント誘致がそもそも難しい老朽化に伴うリノベ費用の発生を嫌い、築古物件を敬遠する借り手も少なくないテナントが入れ替わるたびに改装の手間が発生退去後の原状回復や間取り変更など、コストや労力がかかる次のテナントに合わせた内装工事を効率よく進めるリソースが不可欠オフィス需要の変化についていってるか不安大規模ビルや駅直結ビルに需要が流れる中、中小型ビルの戦略が見えない 2-3. オーナー自身の負担やメンタル面 管理会社やテナントとのコミュニケーションコスト問い合わせ対応やクレーム処理に追われ、時間や労力が奪われがち管理会社に委託していても、最終判断や報告確認はオーナーに求められる修繕費や投資費用に対するリターンの不安大規模な改修投資をしても、十分なテナント獲得に結びつかないリスク将来的にいつ売却や建て替えを考えるべきか、判断材料が揃わず悩みが深まる。 築古オフィスビルは、新築と比べると建物の状態や立地条件、オーナー自身の負担など多方面で複雑な問題が生じやすいのが特徴です。上述のような課題同士が絡み合うことで、管理ストレスがますます増大し、オーナーの精神的・時間的コストが膨れ上がってしまいます。では、こうしたストレスをどうやって軽減するか、次に具体的なアイデアを見ていきましょう。 【3. ストレスを減らすための具体策】 ここからは、主に以下の5つのアクションに分けてストレス軽減策を解説します。 プロパティマネジメント・管理会社との連携強化設備や内装へのリニューアル投資の優先度を整理収益改善の視点を取り入れるITツール導入による管理・コミュニケーションの効率化長期的視野での資産管理 3-1. プロパティマネジメント・管理会社との連携強化 定期的なミーティングでの情報共有がカギ管理会社やプロパティマネジメント会社をうまく活用することで、日々の細かな対応やリーシング活動のコストを減らせます。ただし、任せきりにするのではなく、オーナーも定期的な打ち合わせや情報共有を行い、双方の期待値をすり合わせることが重要です。毎月のミーティング物件の稼働状況や空室率、内見数、問い合わせ件数などを共有修繕計画やクレーム対応の進捗を確認し、費用予測を立てやすくするコミュニケーションツールの統一チャットツールやグループウェアを活用し、管理会社・オーナー・テナント間の連絡を効率化ミーティングであらためて共有しなくても、日々のやり取りが見える化できる委託範囲の明確化管理会社が担当する業務と、オーナーが判断すべき事項を事前に区分責任の所在が曖昧にならないよう、契約や業務分担を細かく規定 3-2. 設備や内装のリニューアル投資の優先度を整理 “やるべきこと”と“後回しでも良いこと”を線引きする築古物件をリニューアルする際、全てを一気に変えるのは予算的に難しい場合がほとんど。重要なのは優先度をつけ、費用対効果の高い部分から手をつけていくことです。基本設備の修繕・更新給排水・空調・電気など、テナントの業務に直結する設備は最優先不具合があるとクレーム増加や退去につながるため、計画的に投資外観・エントランスなど第一印象を左右する部分への投資共用部が古く暗いと、それだけで物件全体の魅力を下げる壁や床の更新、照明の明るさ調整など、見た目の改善効果は大きい個別対応が必要な内装・仕様変更テナントの業態や規模によって求める仕様は異なるある程度の柔軟性を持たせて、最小限の変更工事で対応できるような間取りを検討 3-3. 収益改善の視点を取り入れる 空室リスクを下げる工夫とビル全体の印象を高める空間構成の実現コスト削減だけでなく、収益面の改善策を取り入れることでキャッシュフローの安定化を図り、オーナーの不安を減らすことができます。小規模オフィス需要への対応近年ではスタートアップやリモートワーク併用企業など、小規模区画への需要が増加大型区画を小割にするリノベーションが、結果的に稼働率アップにつながる事例も見られるビル全体の印象を高める空間構成エントランスや廊下、エレベーターホールなど共用部のデザインを一貫性のあるイメージにリニューアルし、ビル全体の雰囲気を向上テナントや来訪者への印象を一新し、付加価値向上につなげていく戦略オフィス機能に必要最低限の設備(セキュリティ関連)を整えつつ、カフェやラウンジなど大規模な共用施設を設けることなく差別化を図ることが可能 3-4. ITツール導入による管理・コミュニケーションの効率化 デジタル化がオーナーの負担を大幅に軽減する賃貸管理や契約更新、クレーム対応など、日々の業務をデジタルツールで一元化することで、情報の錯綜や連絡ミスを防げます。オンライン管理システムの活用契約書、支払履歴、修繕履歴などをクラウド上で管理いつでも必要な情報にアクセス可能な環境請求の電子化家賃や共益費の請求・入金確認を電子化して、郵送費用を削減しつつDX化を推進 3-5. 長期的視野での資産管理 築古でも“持続可能なビル運営”が鍵になる防災性・耐震性の強化大地震や災害に備えた構造補強は、安全面だけでなくテナント誘致の観点からも重要出口戦略やサブリース活用将来的に建て替えや売却を視野に入れる場合、どのタイミングが最適かを検討サブリース契約による空室リスクの低減も検討課題。定期的なメンテナンス計画の立案“緊急対応”ではなく“予防的なメンテナンス”にシフトすることで、長期的なコストを制御し、抑制専門性の高い管理会社と連携し、5年・10年先を見据えた修繕計画を作成 3-6. ミドルエイジクライシスや健康リスクを踏まえた視点 物件管理のストレスは、オーナー自身のライフステージによっても増減します。特に50代後半~60代前後のオーナーの場合、ミドルエイジクライシスや健康リスクへの不安が重なり、“これからの人生どうするか”という視点で物件運営を考えるケースが少なくありません。 1. 管理負担を軽減する仕組みづくりと健康面を関連づける管理業務のストレスが、生活習慣病やメンタル不調のリスクを高めている可能性はないか? 日々のクレーム対応や、予期せぬ修繕費用の発生に精神的に疲弊し、生活リズムが乱れてしまうことが多い。睡眠不足や運動不足が重なると、体調を崩しやすくなるだけでなく、冷静な意思決定を妨げる要因にもなり得る。“ダブルチェック”のイメージで健康診断と物件点検をセットに 「年1回の健康診断を受けるタイミングに合わせ、管理会社と定例ミーティングを実施し、ビルの状態も総点検する」というスケジュールを組む。こうした仕組みづくりにより、オーナー自身の健康面と物件の健全度を同時にケアでき、長期的なトラブル予防に役立つ。 2. 実体験・エピソード:健康不安をきっかけに管理会社との協力体制を見直したオーナーの事例「築古ビルを20年以上所有してきたオーナーXさんは、60歳の節目に健康診断で生活習慣病予備軍と診断されました。 当初は“もう若くないし、投資よりも身を守ることが先”という消極的な気持ちもあったそうですが、医師からのアドバイスでストレスを軽減し、生活リズムを整える重要性を痛感。 そこで『毎日の雑務を少しでも減らせないか』と管理会社と再度話し合い、以下の施策を実行しました。 クラウド管理システムを導入し、家賃・契約情報を一元化問い合わせ窓口を一本化し、オーナーへの連絡回数を絞る決裁フローを明確化して、オーナーが休日にまで追われない仕組みづくり 結果として、オーナーXさんの作業負担は大幅に減少。ストレス要因が少なくなったことで、定期的にウォーキングをする余裕も生まれました。ほどなくして体調面の改善兆候が見られ、物件管理への意欲も回復。管理の質も安定し、テナントからのクレーム対応スピードが上がったことにより、空室リスクも低下したそうです。」 ミドルエイジ・クライシスからの新しいチャレンジ 「オーナーYさん(当時59歳)は、築古ビルを相続後、数年かけて管理に携わってきました。しかし、60歳を目前にして『今さら大きな投資をするのは怖い』と感じ、なかなか踏み出せずにいたそうです。ところが、“人生100年時代”という考え方に触発され、思い切ってリノベーションに踏み切ることを決意。設備投資は最小限に抑えつつも、ユニークな内装デザインなど建物全体のイメージ刷新を重視する戦略を採用したところ、既存のテナントからも好評を博し、内見に訪れた新たな企業にも高い評価を得ることができました。Yさん自身も、これまでとは違う“華やいだ空気”を感じるようになり、心境の変化から前向きに物件管理へ取り組めるようになったといいます。結果として空室率は大幅に改善し、見込み客が増えたことで賃料交渉の条件も強気に設定できる環境が整いました。『悩んでいた頃の自分には想像できなかった未来が開けた』と語るYさんは、今では新しい活用アイデアに挑戦する意欲も高まっているとのことです。」**このような実体験を交えることで、賃貸管理が単なるビジネス視点だけでなく、オーナーのライフステージや健康状況といった要素と深く結びついていることを示しやすくなります。最終的には、次世代への資産継承やセカンドライフ設計など、人生全体を視野に入れた管理戦略へ発展しやすい点が大きなメリットです。 【4. 築古オフィスビルでも勝ち残るためのアイデア例】 築古ビルのリノベーション提案──“レトロ”と“モダン”を融合したバリューアップ1. テナントの職種や働き方の変化に合わせた内装改修多様な働き方を望むテナントを想定した設計スタートアップやクリエイティブ系企業のみならず、大手企業のサテライトオフィスや部門単位の入居にも対応できるよう、区画の大きさやレイアウトを柔軟にアレンジできるプランを用意します。新旧のバランスを巧みに演出電源やインターネット配線など、基礎的なインフラ整備は現代基準でしっかり行う内装や天井、壁面などには築古ビルのレトロな味わいを部分的に残し、トレンドのデザインテイストを上手に組み合わせることで、ユニークな空間を演出 2. 共用部をデザイン性の高い空間にアップデート物件の“顔”としてのエントランスや廊下、エレベーターホール統一感のあるデザインやコンセプトを設定し、レトロテイストをベースにモダンアートのエッセンスを加えて、古さの中にも新しさを感じさせる雰囲気を創出アクセント照明やサイン計画を見直し、来訪者にとって分かりやすく、かつ印象に残る導線を確保レトロタイルやレンガを再利用した“温かみ”の演出既存の建材を活かしつつ、モダンなカラーリングや小物、ディスプレイを加えることで、昔ながらの趣と洗練されたイメージを両立「使い古されている」からこそ出せるアンティーク感や独特の風合いが、ビル全体の記憶やストーリーを引き立てるファサード(外観)との一貫性を大切に外壁の素材感やカラーリングを、共用部の内装とトーンを揃えることで、“トータルデザイン”を演出建物の内と外が連動したコンセプトを形づくることで、テナントや来訪者の“特別感”を一段と高め、賃料アップや空室率改善にもつながる 3. “レトロ感”をブランディングに活かす歴史ある素材や構造を“個性”として打ち出すコンクリート打ちっぱなしの壁、高天井、レトロな階段など、築古物件にしかない要素を魅力的なアクセントとして活用築古ビルだからこそ作り出せる「ノスタルジック&クリエイティブ」な空間が、ブランドイメージを重視する企業にとって大きな魅力となる 築古ビルのリノベーションには、老朽化した設備の更新やデザイン刷新という基本的な課題に加えて、“レトロ感”を魅力に変えるという大きなチャンスが潜んでいます。働き方の変化に合った柔軟な区画設計共用部のデザインアップデートによる物件全体のブランディングレトロな素材・空間を敢えて残し、SNS時代に映える“個性”を演出これらを総合的に取り入れることで、古いビルがただの「古さ」ではなく、「現代にない味わい」を体現する差別化要素へと変わり、賃料アップや空室率改善へ導く大きな可能性を持ちます。築古ビルのオーナーにとって、こうしたリノベーション戦略は資産価値の向上だけでなく、テナント満足度や運営のモチベーションを高めるうえでも有効なアプローチとなるでしょう。 【5. 専門家の適切な活用事例】 オーナーが自力ですべてを対応しようとすると、空室対策・リノベーション計画・費用管理・テナント交渉など、多岐にわたる業務がのしかかり、精神的負担と時間的コストが増大してしまいます。しかし、専門家、プロパティマネジメントに強い管理会社の知見を借りれば、的確な戦略立案と実行が可能になり、結果的にオーナーのストレスは大きく軽減されます。 5-1. 専門家との連携で解消できる悩み プロパティマネジメントに強い管理会社は、たんなるビル管理だけではなく、ビルの付加価値を維持・増大させるために必要なリーシング(テナント誘致)にも精通しています。また、リノベーションに関するノウハウも豊富で、バリューアップのための戦略立案から実行までトータルでサポートできるのが大きな特徴です。 1. リーシング(テナント誘致)にも精通している会社との協業同じビルであっても、仲介力や契約交渉力には大きな差が出る地元の事情や対象となるテナント層のニーズを的確に把握している会社を選ぶことが重要周辺相場や競合の動向にあわせた適切な賃料設定や募集活動を行い、空室期間の短縮を図る2. リノベーションに知見を持っている会社によるデザイン提案・コスト管理建物の老朽部分やデザインの刷新が必要な箇所を見極め、投資効果が高いリノベーションを提案建築士やデザイナーと連携し、テナントが重視するポイント(エントランスの印象・照明・動線など)を的確に押さえた計画を立案無駄な投資を避けつつも、物件の魅力を最大化するリノベーションを実行し、物件価値を継続的に向上させる 5-2. 成功したオーナー事例のミニインタビュー 以下は、築古オフィスビルを所有するオーナーDさんが、プロパティマネジメントに強い管理会社を活用することで空室問題や管理ストレスを解消した事例です。 オーナーDさん(築35年オフィスビル保有)へのインタビューQ: 長くテナントが決まらないフロアがあり、管理会社を変えるかどうか迷っていたとお聞きしましたが、実際はどのような方法を取りましたか?A: はい、当初は「管理会社を変えれば解決するだろう」と安易に考えていました。ですが、いざ調べてみると、単に不動産管理をしている会社と、総合的に付加価値を高めるプロパティマネジメント(PM)を提供する会社は必ずしも同じではないと気づいたんです。そこで、従来から付き合いのある仲介専門の会社にはリーシング面を引き続き任せながら、より戦略的にビルのバリューアップを提案してくれるPM会社に相談することにしました。結果的に、仲介会社の方も驚くほど反響が増え, 空室はほぼ解消しました。Q: リノベーションコストや投資についても、専門家を活用されたそうですね?A: そうですね。築35年の建物なので、設備や内装がかなり老朽化していました。建築士やリノベーション会社に相談すると、「照明の更新やエントランスのデザイン変更だけでもガラッと印象が変わる」とアドバイスを受けまして。実際にエントランスの照明・内装を明るくリニューアルしてみたところ、見学に来た企業からの評価が見違えるほど良くなったんです。専門家の視点がなかったら、あれもこれも一気に改修してしまい、必要以上にコストをかける恐れがあったので助かりました。Q: オーナー自身のストレスは軽減されましたか?A: 大幅に減りました。 それまでは「自分が全て決めなければいけない」と思い込み、やることも不安も山積みでした。でも、今は専門家や管理会社とチームを組む形になったので、必要な情報や提案が向こうから上がってきますし、定期ミーティングで確認だけすれば十分なのです。日常的なやり取りも少なくて済むようになり、物件管理に追われるストレスから解放されましたね。 【6. 将来展望とまとめ】 6-1. これからの賃貸オフィス市場動向 大手仲介会社のレポートを見ると、大規模ビルの需要動向ばかりが強調されがちですが、中小規模のオフィスビルには中小企業やスタートアップなど特定のニーズが存在します。また、リモートワークが進んでも、完全にオフィスが不要になるわけではなく、社員が集まる拠点としての役割は残るはずです。 中型ビルに対する中小企業の需要大規模ビルの高額な賃料を負担できない企業がターゲットになる郊外や地方都市でも、利便性やコストパフォーマンスが良ければ需要は見込める必要最低限のリニューアルや設備投資を行えば、築古でも競合力を維持できる 6-2. オーナーが取るべきアクションアイテム 定期的なメンテナンスと改修のバランス大きな修繕だけでなく、小さな問題を早めに対処し、後々の高額コストを回避オーナー自身が管理負担を軽くする仕組みづくり管理会社との連携、ITツール活用などで日常的な負荷を低減長期的な運営戦略や出口戦略の重要性将来の市場動向を把握しつつ、建て替え・売却・リノベ再投資など複数の選択肢を常に検討 築古だからこそ大きな可能性が潜んでいます。古い建物には、新築にはない独特の風合いや魅力があり、リノベーションや再活用の工夫次第で差別化しやすいのも事実です。また、管理負担や先行きの不安を軽減する手段は確立されており、ここで紹介した実例や専門家との連携方法を取り入れることで、ストレスを減らしながら収益性や資産価値を高めていくことが十分可能です。 【まとめ】 築古オフィスビルのオーナーにとって、賃貸管理は新築物件に比べて一筋縄ではいかない課題が多いのも事実です。しかし、その一方で、古さを活かしたバリューアップリノベや共用スペースのコミュニティ活用など、独自性で勝負できる余地が大きいとも言えます。本コラムで取り上げたポイントを要約すると、以下のようになります。問題点の整理:築古特有の課題、オフィスビルならではの課題、オーナーの負担ストレス軽減策:管理会社との連携強化、リニューアル投資の優先度づけ、ITツール導入などバリューアップ事例:レトロ感を活かすリノベやコワーキングスペースへの転用専門家の活用:リーシング・リノベーション・プロパティマネジメントなど築古だからといって悲観するのではなく、むしろ“古さ”を再価値化するアプローチや、専門家の力を借りる方法があります。何より大切なのは、オーナー自身が「ストレスを溜めずに運営できる仕組み」を構築することです。今後も市場動向は変化していきますが、中小企業やスタートアップ企業にとっては、大規模ビルにない魅力やコストメリットを持つ中型・小型ビルのニーズが確実に存在します。柔軟な発想と計画的な投資、そして適切な専門家との連携を行えば、築古オフィスビルであっても十分に収益を生み出し、資産価値を維持・向上させることが可能なのです。最後に: オーナーの皆さまには、ぜひ本コラムのアイデアや事例を参考に、ご自身のビル運営を客観的に見直していただければと思います。一歩踏み出すことで、これまで悩みの種だった築古ビルが、個性的で魅力あふれる物件へと生まれ変わる可能性を秘めています。「もう悩まない!」と言える日が来るよう、ぜひ前向きに取り組んでみてください。本コラムが、築古オフィスビルをお持ちのオーナーの皆さまにとって、少しでもストレスを減らし、前向きに物件を運営するヒントになれば幸いです。実践的な方法から一歩踏み込んだ戦略まで、できるところから取り入れてみてください。もし具体的なご相談や質問がありましたら、ぜひ、当社を含めた、プロパティマネジメントに強い管理会社にご相談いただければよろしいかと思います。皆さまがストレスを減らし、築古オフィスビルの潜在力を最大限に引き出せるよう応援しております。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年8月25日執筆2025年08月25日 -
プロパティマネジメント
プロパティマネジメントとは?業務内容と空室率を抑えるノウハウを解説
皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの羽部です。この記事はプロパティマネジメントについて総合的にまとめたもので、2025年8月25日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。 目次第1章 プロパティマネジメントとは第2章 プロパティマネジメントの特長第3章 プロパティマネジメントの具体的業務内容第4章 空室率を抑えるための工夫・ノウハウ第5章 専門業者が持つノウハウの事例 第6章 従来の不動産管理手法との比較第7章 不動産オーナーが注意すべき点第8章 プロパティマネジメントの歴史第9章 専門家ネットワークの活用第10章 プロパティマネジメント会社との利益相反第11章 不動産の投資価値向上とは第12章 プロパティマネジメント会社のDX化第13章 プロパティマネジメント会社の特徴第14章 プロパティマネジメント業務関連キーワード第15章 プロパティマネジメント業務のまとめ 第1章 プロパティマネジメントとは プロパティマネジメント(Property Management) は、不動産の運営管理を「投資価値向上」や「収益最大化」の視点で戦略的に行うサービスです。 建物(オフィスビル・マンション・商業施設など)や土地などの不動産を対象に、日常管理業務だけでなく、テナント誘致・賃貸条件設定・バリューアップ提案など、資産価値を高める取り組み全般を担当する点が特徴です。従来型の「ビル管理」や「賃貸管理」が維持・保全に重きを置くのに対し、プロパティマネジメントは投資的観点から戦略を立案・実行する点に大きな違いがあります。プロパティマネジメントの業務範囲は不動産所有者が本来すべき内容を含んでいます。不動産の運営管理水準を高度化するため、専門能力を結集して高度なビル経営を取り組むための選択肢としてプロパティマネジメント会社への業務委託があります。PMやPMerと省略表記される場合がありますが、Project ManagementやProject Managerを意味する場合があるのでご留意ください。 第2章 プロパティマネジメントの特長 1. 総合的・戦略的アプローチ 通常の賃貸管理が日常的・事務的な業務をメインとするのに対し、プロパティマネジメントでは投資的視点から収益最大化を目指すための戦略立案と実行を含みます。 最適な賃料設定競合物件から優位性を確保する募集戦術の構築テナント構成や誘致戦略リノベーションによる付加価値向上市場動向に応じたバリューアップ施策適切かつ有効なコスト管理 2. オーナーの利益最大化が目的 不動産資産の投資価値を高め、賃料収入や稼働率を向上させることがプロパティマネジメントの最重要ミッション。 空室削減賃料アップ空室削減と賃料アップのバランスリスク対応(テナント与信・滞納対策)老朽化対策、リニューアル提案 3. 幅広い専門知識・ノウハウ 建築・設備管理からリーシング・マーケティング、法務・税務など、多岐にわたる高度な知見が求められます。通常の管理会社と比べ、広範な専門家ネットワークを活用する点も特徴です。 第3章 プロパティマネジメントの具体的業務内容 1. リーシング(テナント誘致)活動 市場調査を行い、適正な賃料や募集プランを策定仲介会社との連携や内覧対応、広告宣伝希望テナント層を設定し、効率的に誘致を図るプロパティマネージャーによるテナント募集対応 2. 契約管理・賃料収受管理 賃貸借契約の締結・更新・解約・定期借家における再契約手続き賃貸市場変動に応じた賃料改定対応賃料滞納対応や債務管理借主との各種交渉・調整 3. 建物・設備の維持管理 日常清掃や定期点検の立案・実施管理仕様の立案・実施専門業者との連携や発注管理予防保全施策の立案・実施修繕計画の策定・実行、緊急対応管理作業や修繕履歴の情報管理セキュリティ確保や耐震補強の提案 4. バリューアップ・リノベーション企画 建物や設備の改装・アップグレードブランディング向上策(ロビーリニューアル、ICTインフラなど) 5. 財務管理・レポーティング 管理費・修繕費の予算・実績管理キャッシュフロー分析、投資利回り算定定期的な収支報告、空室率やリーシング状況のレポート不動産運営管理情報の管理 6. マーケット分析・経営戦略提案 賃料相場や需要動向、競合物件の調査長期的な運用計画の立案、売却・買い増しの検討建物運営方針の見直し・立案 7. アセットマネジメントサポート 不動産売却時の物件資料作成アセットマネジメント会社との連携 第4章 空室率を抑えるための工夫・ノウハウ 1. マーケットリサーチと適正賃料設定 不動産の種類・用途に応じて重要なポイントは異なる場合があります。賃貸不動産ではテナント募集が最重要業務ですが、テナント種別に応じて業務内容は異なる部分があります。一般的なポイントとして、対象物件の競争力の把握と客観的評価を実施することです。更に、競合物件、周辺相場、建物特性・ターゲット層などを分析し、リーシング計画を具体的に策定します。賃貸条件の分析は不動産の用途に大きく異なります。参考までオフィスの市場分析事例について6.①-5で解説していますので、ぜひ、参考にして下さい。 市場分析が精確にできたら、それらの情報を俯瞰し、競合物件に比較して対象物件に対し、魅力あるとテナントが認識する条件を設定することで空室期間を短縮につながります。相場に比して安い条件であれば空室期間は減少しても物件の収益性が高まらない点にも留意する必要がありますので、適切な条件設定がどのような水準であるかは客観的な判断が必要です。一般的に空室による賃料収入機会損失は明確に把握されるため、プロパティマネージャーは高稼働の達成を優先する傾向があり、条件が相場水準を逸脱していないかの観点について客観的評価ができる仕組みがあるかの確認も必要となります。 2. 物件の魅力向上(バリューアップ施策) 物件種別に応じた機能整備ターゲットテナントに合致した建物設備や運営管理共用部のグレードアップ・リニューアルオフィスビル等におけるICTインフラ整備テナントビル等におけるレイアウトの自由度や顧客導線の工夫 → 物件価値を高めることで賃料アップや長期契約を促進することができます。 3. テナントとの良好な関係構築 定期的なコミュニケーションやヒアリングで入居者満足度を高め、退去リスクの低減を通じ、優良テナントのリテンションに努める必要があります。 用途違反や滞納テナントに対するタイムリーな対応と損害リスクの回避に努める必要があります。 4. 機動的かつ積極的なリーシング活動 仲介会社との連携強化ネット募集媒体・SNSの活用プロパティマネジメント会社自身によるリーシング活動柔軟な条件交渉 → 市場やテナントニーズに合わせ、タイミングを逃さずアプローチすることができます。 5. 経営戦略的なポートフォリオ再編 フロア分割や用途変更など、需要に合わせた柔軟な運用が空室対策に有効な場合がある。但し、一定の需要が見込まれる物件において安易に柔軟な運用を行うことは建物の質が劣化し、競争力が大幅に劣化する致命傷となる場合があるので、実績や経験が不可欠です。 6. 不動産用途別空室対策 不動産の用途ごとに求められるニーズやターゲット層、利用形態は大きく異なるため、空室対策もそれぞれに合わせたアプローチが求められます。以下では、代表的な不動産用途であるオフィス、住宅、店舗、物流施設、駐車場それぞれについて、空室率を抑えるための具体的なノウハウ・工夫を整理します。 ①オフィス(事務所)の空室対策 ①-1. テナントニーズの的確な把握 レイアウトの柔軟性テナントが希望する区画面積・レイアウトへ対応できるよう、フロアの分割や共用部の使い勝手を考慮する。設備の充実光回線やWi-Fi環境、空調設備、セキュリティ強化など、オフィスに求められるインフラを整備する。 ①-2. リノベーション・内装の刷新 共用部やエントランスの改修エントランスやエレベーターホールなどのデザイン性を高め、ビル全体のイメージアップを図る。スケルトンオフィスの提案入居者が自由に内装を設計できるように、躯体のみ(スケルトン)の状態で賃貸するケースも増えている。 ①-3. 適切な賃貸条件・契約条件 フリーレント期間の設定入居初期のコスト負担を軽減することで検討ハードルを下げる。実際の適用に際し、フリーライドの問題があるため、約定での工夫が求められる。レントロールが表面的には良くなるため物件価値が増大したように見える場合がある。但し、フリーレントの濫用は実際の不動産収益を制限し、キャッシュフロー上で把握できるため、不動産市場の専門家は実質的な評価するため、場合によっては評価を落とす場合があるため、物件の競争力に応じた設定が必要である。短期契約やオプション契約への対応スタートアップ企業など、長期契約を避けたいテナントにも対応できるようにする。 ①-4. 効果的なリーシング活動 不動産仲介会社との連携強化テナント誘致力の強い仲介業者への情報提供や専任契約などを活用する。オンライン広告・内見対応バーチャル内見やオンラインでの情報発信を充実させ、遠方の企業にもアプローチする。コワーキングスペースとのハイブリッド化小規模区画をコワーキングとして運営し、稼働率を維持する取り組みも有効。 ①-5. 市場分析 実際のテナントの目線で評価する募集チラシや物件情報に記載された内容だけでは正確な比較ができません。対象物件を選択肢とする具体的なテナントのニーズを想定し、そのニーズに応じて評価した場合、どのような順位となるかを把握する必要があります。賃貸条件が異なる物件間の比較は極めて困難なので順位付けは同一賃貸条件であると仮定した場合で想定することができます。付帯条件を勘案する賃料、管理費以外に保証金、更新料、償却費、フリーレント、ネット率などを把握し、実質賃料ベースで比較する。正確な契約面積を把握するオフィスビルの契約面積の計算方法は物件により異なるため、同じ契約面積であっても実際にレイアウトをすると収容内容が異なることが通例である。この点、正確に把握するには貸室面積のネット率を確認する必要があります。実際に現地で物件を確認するネット上で確認しただけでは物件の評価はできませんので、現地確認は必須です。またテナントの変動やリニューアルの実施など物件の状況は刻一刻変化するので、過去に見たことがある物件でも再確認が必要です。 ② 住宅(マンション・アパート)の空室対策 ②-1. 室内設備・デザインの向上 リフォーム・リノベーション築古物件の場合は、水回りや壁紙・床材の刷新などで室内の印象を大きく改善できる。省エネ・スマートホーム化IoTデバイスや省エネ設備の導入は、入居者にとって魅力的な付加価値となる。賃貸ポータルサイトの選択肢項目インターネット無料、追い炊き、バストイレ別、室内洗濯機置場、ゴミ集積場、オートロックなど貸室内容に応じた人気設備の導入 ②-2. 賃料・契約条件の柔軟性 敷金・礼金の見直し近年は敷金・礼金を抑えた物件が好まれる傾向があり、初期費用負担の低減が空室対策に寄与する。ペット可・定期借家契約など差別化ペット可物件や定期借家契約などの仕組みを導入することで、ニッチなニーズを取り込みやすくなる。 ②-3. 入居者募集の宣伝強化 ポータルサイトへの掲載・SNS活用SUUMO、ホームズなどの大手ポータルやSNS等をフル活用し、幅広い層にアプローチする。仲介会社との連携・囲い込み対策仲介会社に物件の魅力を正しく伝え、優先して紹介してもらえる関係を築く。 ②-4. 管理・サービス品質の向上 24時間トラブル対応・セキュリティ強化急な設備トラブルや防犯面の対応が充実していると、入居継続率が高まり、空室を防ぎやすい。共用部の清掃や美観維持ゴミ置き場の管理や廊下・階段の清潔感は内見時の印象を左右する重要なポイント。 ③ 店舗(商業施設)の空室対策 ③-1. ターゲット顧客とテナントのマッチング 集客力の高いテナント構成アンカーテナントや人気ブランドを誘致し、周辺テナントに相乗効果をもたらす構成を意識する。客層の分析とコンセプト設定地域の人口動態やトレンドを踏まえ、ショッピングセンター全体や商業ビルのコンセプトを明確化する。 ③-2. 共用スペースの演出・改修 館内環境のアップデート空調や照明、サイネージなどを最新化し、来店者に快適で魅力的な印象を与える。イベント・催事スペースの活用季節イベントやポップアップショップを行い、集客力を高めつつ空いている区画の活用を図る。 ③-3. 賃貸条件の工夫 売上歩合制や短期契約の活用新規出店のリスクを下げたいテナント向けに、固定賃料だけでなく歩合賃料を取り入れる。内装工事費用補助・出店支援初期投資コストが大きい場合、オーナーが工事費用の一部を負担するなど支援策を講じる。 ③-4. 周辺施設・デジタル施策との連携 地域とのコラボレーション地元のイベントや行政施策との連携で、集客を拡大。オンライン×オフライン(OMO)戦略店舗の情報をSNSなどで発信し、来店誘導に繋げる。通販やモバイルオーダーなどとの併用も検討。 ④ 物流施設(倉庫など)の空室対策 ④-1. 施設仕様の充実 耐荷重・天井高・床荷重などのスペック物流企業が求める物理的条件(フォークリフト対応、ハイピックラック対応)を満たすことが重要。ドッグシェルターやトラックヤードの整備入出荷効率を高める設備があると、物流企業からの引き合いが増える。 ④-2. 立地特性を活かす 主要高速道路・港湾・空港へのアクセス物流施設は交通インフラへのアクセスが最重要要素。立地を強みとして明確にアピールする。周辺の労働力・雇用確保作業員確保のしやすさが企業にとっての決め手になるケースもあるため、周辺環境の情報提供を行う。 ④-3. 運営・管理体制のアピール 24時間対応・セキュリティ倉庫内のセキュリティシステムや防犯カメラ、警備体制などの充実度はテナント企業の安心材料となる。共用施設(休憩室・食堂など)の整備現場作業員にとって働きやすい環境を用意することで、テナントの離脱を防ぎやすい。 ④-4. 契約条件の柔軟化 定期借家契約・短期契約需要に合わせて柔軟な契約期間に対応できれば、繁忙期だけの利用なども取り込める。賃料交渉や共有コスト負担の調整企業の物流コスト圧縮のニーズに対応し、賃料や共益費の負担をバランスよく設計する。 ⑤. 駐車場の空室対策 ⑤-1. 駐車場形態に合わせた料金設定 月極・時間貸し(コインパーキング)の併用立地条件によっては月極と時間貸しを併設し、稼働率を高める。相場を踏まえた柔軟な賃料設定周辺エリアの競合状況や需要を見極めて、割高感・割安感のない料金を設定する。 ⑤-2. ユーザーの利便性向上 キャッシュレス決済や予約システムの導入スマホ決済や事前予約が可能なシステムを導入し、利用者の利便性を高める。セキュリティ対策・照明の確保防犯カメラや出入口のゲート管理、夜間の照明など、安全で安心できる環境を整備する。 ⑤-3. プロモーション・認知度拡大 看板・サインの最適化近隣からの視認性を高め、駐車場の存在がわかりやすいようにする。周辺施設との提携や割引商業施設や飲食店との提携割引により、利用者数の増加を狙う。 ⑤-4. 混雑状況の見える化 空き状況のリアルタイム表示スマートフォンやデジタルサイネージで空き台数をリアルタイムに表示し、利用者を誘導する。ピークタイム・オフピークの料金差曜日や時間帯で料金を変動させ、稼働率を均等化する取り組みも有効。 ⑥まとめ プロパティマネジメント業務において空室率を抑えるためのノウハウ・工夫として以下の項目について具体的な内容・計画を明確にする必要があります。これらの具体的な内容については個々のプロパティマネジメント会社および物件担当者により異なる場合がありますので、不動産所有者はしっかりと内容を確認し、不明点を確認しながらリーシング業務を進める必要があります。 対象物件と競合市場の正確な把握商品としての物件の魅力向上施策リーシング活動の強化と契約条件を個別最適化情報発信・マーケティングの最適化 第5章 専門業者が持つノウハウの事例 1. 大手プロパティマネジメント会社のネットワーク活用 幅広い仲介業者やテナント企業との取引実績企業移転計画など先行情報の入手と積極的リーシング市場データの蓄積 2. 専門アナリストやコンサルタントの在籍 市況や賃料相場、競合物件の動向をリアルタイムで把握中長期的な運営戦略や投資計画を総合的にサポート 3. 技術的提案力(建築・設備面) 大規模修繕やリノベーションの企画・監修安全性・快適性向上のアドバイスや費用対効果分析長期の運営実績に基づく知見 4. 多様なリーシング戦略 用途別(オフィス、商業、物流など)に異なる交渉術や集客ルートWEBや内覧会など多面的なマーケティングによる早期成約直販リーシング業務の実施 第6章 従来の不動産管理手法との比較 項目従来の不動産管理 (ビル管理等) プロパティマネジメント (PM)主目的日常維持管理 (トラブル対応など) 資産価値・収益の最大化範囲設備管理・契約事務 (定型業務)リーシング・バリューアップ・財務分析 等アプローチ受動的 (問題発生時対応が中心)能動的・戦略的 (収益増・空室減へ積極提案)専門知識施設管理技術・基本的な契約知識不動産投資・マーケ・建築・法務など総合力報酬形態管理委託料 (定額)プロパティマネジメントフィー (歩合・成功報酬型含む) 従来管理は「建物を正常に維持」するのが目的。一方、プロパティマネジメントは「投資成果」を重視し、より攻めの姿勢で戦略を組み立てる。プロパティマネジメント報酬は従来の定額管理より高額になる場合もあり、成果報酬型を採用することも多い。 第7章 不動産オーナーが注意すべき点 プロパティマネジメント会社の実績・得意分野の確認 物件種別(オフィス、商業、マンションなど)やエリアとの相性をチェック。 費用対効果の検討 プロパティマネジメントフィーが高くても、空室率削減や賃料アップが伴えば十分採算が取れるかをシミュレーション。 収益連動 不動産所有者の収益増加がプロパティマネジメント会社の収益増加につながる点で物件収益改善に向けたインセンティブが生じる点はプロパティマネジメント運営管理のメリットとなるが、労力に見合わない報酬水準ではインセンティブが機能しない場合がある。利益相反については第10章にて言及。 コミュニケーションと情報共有 一任するだけでなく、オーナー自身も定期的に報告を受けながら戦略に参加。 長期的視点での投資判断 リノベーションや修繕など、大きなコストを要する場合は資産価値向上の観点でタイミングを見極める。 契約内容のチェック 業務範囲・報酬体系・責任分担を明確化。成功報酬率や修繕工事の発注方法などを事前に確認する。 他の運営管理方式との比較 不動産運営管理実績のある所有者(法人を含む)にとってビル運営管理全般を外部に委託することは大きな決断です。そのため現状の運営方式、管理メンテナンスのみ外注、サブリース事業者への一括賃貸などと比較することでより精緻な判断が可能と思われます。 以下に他の運営方式の概要と比較した場合のプロパティマネジメント方式のメリットを挙げます。 ビル運営方式には様々な形態がありますが、プロパティマネジメント(PM)方式が広く採用されている理由や、他方式との比較を「不動産所有者の視点」で解説します。以下では各方式の概要と、それに伴うメリット・デメリットを整理します。 1. 不動産所有者による直接運営管理方式 概要 不動産所有者(企業や個人オーナー)が自らテナント募集や契約管理、施設維持管理を行う。設備管理の一部を専門業者に依頼することはあっても、基本的な運営判断・実務はオーナー側で担う。 メリット コスト削減 ・外部のマネジメント会社に支払うフィーが不要。 ・管理コストを抑えやすい。 経営方針の反映が直接的 ・オーナーの判断で迅速に運営方針を決定・変更できる。 ・オーナー自身の意思が直接テナント募集条件や改修計画に反映される。 自社リソースの有効活用 ・すでに不動産管理部門などを持つ法人オーナーであれば、自社スタッフやノウハウを活用できる。 デメリット 専門知識・人的リソースの不足リスク ・賃貸管理のノウハウやマーケット知識、法務対応などが不足している場合は対応に限界がある。 ・維持管理やリーシング業務に時間と労力を取られ、本業に支障をきたす恐れも。 管理クオリティのばらつき ・適切なテナント対応ができず、テナント満足度の低下や賃料下落につながるリスクがある。 ・一括管理システムやテナント管理ソフトなどを導入しないと、情報管理の非効率やミスが起こる可能性が高い。 2. ビルメンテナンス会社への管理業務委託方式 概要 設備管理・清掃・警備など、建物のメンテナンス領域を専門とする会社に委託する方式。テナント募集や契約管理についてはオーナーが直接行う場合も多いが、維持管理に関する技術的な部分はビルメンテナンス会社が担当。 メリット 設備管理・清掃などの専門性確保 ・建物のハード面のメンテナンスに特化しているため、専門的な対応が期待できる。 部分的なアウトソーシングで柔軟性 ・オーナーが賃貸管理やリーシングは自前で行いたい場合でも、施設管理だけ委託できる。 デメリット 賃貸管理はオーナー負担 ・テナント募集や賃料交渉などの専門知識・手間はオーナー側に残る。 ・リーシング戦略などはビルメンテナンス会社の範囲外となり、総合的なサポートは期待しづらい。 管理範囲の調整が必要 ・ビルメンテナンス会社がどこまでを対応するのか、契約・コストとのバランス調整が煩雑になる可能性がある。 3. サブリース会社に一括賃貸方式 概要 不動産所有者がサブリース会社に建物全体を一括で貸し出し、サブリース会社が転貸借契約を行う方式。サブリース会社は一定の保証賃料をオーナーに支払い、テナントへの転貸で利益を得るモデル。 メリット 安定収入の確保 ・サブリース会社と契約で定めた賃料が保証されるため、空室リスクをサブリース会社が負担する形になる。 管理業務の大幅軽減 ・テナント対応、賃貸管理はサブリース会社側が行うため、オーナーの管理負担は小さい。 デメリット 保証賃料の引き下げリスク ・市場環境や契約更新のタイミングで、サブリース会社から賃料の減額要請がなされるケースがある。 ・「空室保証」と言いつつ一定期間後に契約見直しが入ることも多い。 オーナーの収益アップ余地の制限 ・市場賃料が上昇しても、サブリース契約上の賃料が固定的に決まっていると、追加の収益獲得機会を逃す可能性がある。 サブリース会社の経営リスク ・サブリース会社が経営不振に陥った場合、安定収入が保証されないリスク。 4. 不動産ファンド組成による証券化方式 概要 不動産所有者がビルをSPC(特別目的会社)などに移転し、そのSPCが発行する証券(不動産投資信託・私募ファンドなど)を投資家に販売する形で資金を調達し、管理運営を行う方法。組成したファンドやJ-REITなどの運用会社(アセットマネジャー)がPM会社やビルマネジメント会社を統括し、運営管理にあたる。 メリット 資金調達とリスク分散 ・オーナーは資産の流動化や現金化が可能となる。 ・投資家から資金を集めることで、開発投資やリニューアルに資金を充当しやすい。 専門的かつ高度な運営 ・アセットマネジメント会社が運用戦略を立案し、PM会社が実務を担当するため、プロ同士による高度な運営が期待できる。 物件価値向上による収益最大化 ・ファンドの運用成績を向上するために資産価値向上施策(リニューアル投資・テナント誘致など)が活発に行われる傾向がある。 デメリット 所有権の希薄化 ・実質的にオーナーが物件をファンドに売却して、オーナー自身は出資者のひとり・または運用会社という立場になる場合もあるため、自由度が下がる。 ファンド組成コスト ・設立費用、投資家への分配、アセットマネジメント報酬など、コストが多岐にわたる。 運用体制の複雑化 ・ファンド規約、投資家対応、金融商品取引法などの法規制への対応など、運用上の制約やコンプライアンス負荷が増える。 6. まとめ/不動産所有者の視点 プロパティマネジメント方式は、総合的な管理を専門家に委託しながらも、所有者が主導権を保ちやすい点が最大の特徴です。管理コストは発生するものの、テナント満足度向上や収益最大化に向けたノウハウが得られます。 直接運営管理方式は、オーナーが主体となり管理コストを抑えられる一方、専門知識や人的リソースが必要となります。本業をもつ法人や個人オーナーにとっては、時間やノウハウ面の負担が大きい可能性があります。 ビルメンテナンス会社への委託方式は、建物設備や清掃・警備などのハード面管理が中心で、賃貸管理面がカバーされない場合が多いことに留意が必要です。 サブリース会社への一括賃貸方式は、オーナーの安定収益確保に繋がりますが、賃料の見直しやサブリース会社の経営リスクが伴います。また、上昇局面での収益拡大の余地が制限される可能性があります。 不動産ファンド組成による証券化方式は、大規模な物件や開発案件で活用されることが多く、資金調達やリスク分散と引き換えに、所有権・運営の自由度が低下するなど、オーナーの立ち位置が変わる点に注意が必要です。 選択のポイント 運営コストとリソースのバランス ・オーナーの人的リソース(専門知識・組織体制)が十分か、どの程度の管理コストをかけられるかが大きな分かれ道。 リスク許容度 ・空室リスクや賃料下落リスクをどこまでオーナー自身が負担するか。サブリースの場合はリスク移転が期待できるが、その分リターンの上限も限定されやすい。 物件の規模・性質 ・小規模物件であれば、PM会社やメンテナンス会社に支払うフィー割合が大きくなり不利になる場合も。大規模物件なら不動産ファンド組成による資金調達がメリットをもたらすことがある。 事業戦略・資金戦略 ・自社ビジネスと不動産事業をどのように位置付けるか、長期保有か短期売却か、などの経営方針に応じて最適な運営スキームが異なる。 結論 プロパティマネジメント方式は、ビル運営を総合的にカバーでき、オーナーの戦略や方針も反映しやすいため、最もオーソドックスかつバランスの取れた方法と思われます。一方で、オーナー自身のリソース状況やリスク許容度、物件の性質・規模によっては、直接運営やサブリース、不動産ファンド組成など他の方式を選択するほうが適している場合もあります。重要なのは、物件価値・収益性の最大化とオーナーの負担・リスクが最適化されるかどうかという視点で選択することです。オーナーとしては、これらの方式を比較検討しながら、経営戦略に合致した運営スキームを選定する必要があります。 第8章 プロパティマネジメントの歴史 8.1 米国におけるプロパティマネジメントの歴史 19世紀末~20世紀初頭:不動産投資の拡大と管理の分化都市化に伴う人口増で不動産投資が活況となり、管理業務を外部に委託する仕組みが始まる。1920~1930年代:大恐慌と管理専門職の成立世界恐慌で不動産市況が低迷し、商業不動産やアパートの管理専門業者が台頭。1933年にIREM(The Institute of Real Estate Management)が設立され、教育・資格制度が整備され始める。戦後~1950・60年代:サブアーバニズムとプロパティマネジメント業の拡張郊外住宅地や大規模開発が増え、全国規模でプロパティマネジメント会社の需要が拡大。1970~1980年代:不動産投資の高度化と専門性向上REITやファンドの隆盛により、投資家のニーズに応じたバリューアップ・財務分析が進化。1990年代以降:グローバル化とIT技術の導入大手プロパティマネジメント会社が海外へ展開し、システム化・データ活用が急速に進む。 8.2 日本におけるプロパティマネジメントの発展 バブル期以前~1990年代:ビル管理からプロパティマネジメント概念の導入従来は設備保守や清掃中心だったが、バブル崩壊後に「投資資産としての不動産」視点が浸透し始める。バブル崩壊後~2000年代前半:投資視点の導入とプロパティマネジメント需要の高まり不動産不良債権や空室率増加により、本格的なプロパティマネジメント手法が米国から導入される。2000年にJ-REITが導入され、投資運用ニーズが拡大。2000年代中盤~2010年代:プロパティマネジメント会社・AM会社の台頭と専門化アセットマネジメント(AM)とプロパティマネジメントの分業体制が確立。大手・外資系の参入で専門性が飛躍的に向上。2010年代~現在:個人オーナー・中小物件への浸透と多角化不動産投資の裾野拡大とIT活用が進み、シェアオフィスや高齢者住宅など多様な運用形態に対応。 8.3 日米の違いと相互影響 制度面・商習慣の違い米国はプロパティマネジメント関連資格や法制度が早期から整備、日本は宅建業法や分業体系が複雑。投資文化の違い米国では不動産売買が機動的に行われ、日本はバブル崩壊後に徐々に投資志向が高まった。相互影響日本でもAMと連携した米国型プロパティマネジメントが広まる一方、日本独自のきめ細かなサービスが海外で評価されつつある。 第9章 専門家ネットワークの活用 プロパティマネジメントの現場では、テナントや近隣とのトラブルが訴訟や法的手続きに発展することもあります。プロパティマネジメント会社は弁護士・司法書士・税理士・建築士など専門家ネットワークを活用しながら問題を解決します。 法務専門家との連携 ・賃貸借契約の法的レビュー ・トラブル・クレーム対応、訴訟手続きサポート ・立ち退き ・滞納者からの債権回収 税務・財務専門家との連携 ・不動産所得の申告・税務アドバイス ・キャッシュフロー分析や相続・贈与の相談 不動産鑑定士・調査会社との連携 ・適正賃料算定や物件評価額の把握 ・物件デューデリジェンス(DD)支援 ・売却時の境界・地積等の測量 建築士・設備エンジニアとの連携 ・法的適合性や安全性の確認 ・リニューアル・耐震補強などの企画 ・売却時のエンジニアリングレポート作成対応 プロパティマネジメント会社が担う主な役割 初期窓口対応と専門家手配専門家選定のサポート・コーディネート専門家候補の抽出・提案の選定作業必要資料の整理・提供オーナーへの報告・提案和解交渉や行政対応の実務代行 注意すべきポイント 契約範囲・費用負担の明確化専門家との契約形態と報酬体系の確認守秘義務や個人情報の取り扱いオーナーの意思決定プロセスの確立プロパティマネジメント会社の法務実績・ノウハウ確認 第10章 プロパティマネジメント会社との利益相反 プロパティマネジメント会社とオーナーの間では、報酬形態や業務範囲によって利益相反が生じる可能性があります。主なケースと対策は以下のとおりです。 賃料設定やテナント誘致における相反 ・低賃料で空室を早期に埋めたいプロパティマネジメント側 vs. 高賃料で収益を取りたいオーナー側 ・対策:賃料ライン設定、客観的な市場データ活用、報酬体系の工夫、セカンドオピニオン、条件改訂履歴の把握 メンテナンス・修繕工事に関わる相反 ・自社グループへの高額発注など ・必要性のない作業・工事の提案 ・コスト削減を優先するあまり仕様不足により追加工事が発生するなど却ってコスト上昇となる ・対策:相見積もり取得、一定額以上の発注はオーナー承認、手数料開示 自社案件優先や情報操作 ・プロパティマネジメント会社が同地域で自社物件を優先的にリーシングするリスク ・対策:リーシング報告義務、複数仲介会社の併用、競合物件との優先順位ルール明文化 ・留意点:このリスクは理論上のリスクに過ぎず、実際にそのような対応ができるプロパティマネジメント会社であれば、リーシング能力が極めて高いため、結果的に競合物件より早期成約が見込まれることが通例。そもそも物件選択権はテナントにあるため自社物件を優先したと認識できても実際にはテナント選定の結果に過ぎず、その峻別は極めて困難である。従って、そのような懸念がある場合、プロパティマネジメント会社に納得できるよう説明を求めるのが先決と思われる。 テナント交渉時の不公平 ・プロパティマネジメント会社がトラブル回避を優先し、オーナーに不利な条件を飲ませるリスク ・オーナーが事前に提示した条件のなかで最もテナントに有利な形で合意となるリスク ・対策:重要交渉は事前協議、定期的なレポート・コミュニケーション ・留意点:プロパティマネジメント会社の姿勢に不満を感じる場合が頻繁に生じる場合はプロパティマネジメント会社に納得できるよう説明を求めるのが先決と思われる。オーナー自身で交渉することが可能であればその対策も検討されたい。そもそもプロパティマネジメント会社にとってオーナーがクライアント(発注者)であり、オーナー利益を阻害するのは極力避けるのが通常の企業の判断なので、そのようなリスクは理論的に存在しつつも、実務的にどこまで発生し得るかはプロパティマネジメント会社の方針というより、プロパティマネジメント担当者個人の問題の可能性も含めて確認すべき点と思われる。 情報開示不足や不正確な報告 ・レポートの改ざんや費用過大計上 ・対策:第三者監査、明細レベルでのデータ共有、システム導入による可視化 ・留意点:プロパティマネジメント会社の単純なミスの可能性もある。そのようなミスが発生しないような対策としてどのような対応をしているかを確認することが先決と思われる。 プロパティマネジメント会社の体制 ・リソース不足。料率の安いプロパティマネジメント会社は担当するプロパティマネージャーの担当物件が多いため、対応力に制限がある場合がある。 ・対策:システム導入(DX化)による可視化、業務量の把握 ・留意点:標準的な不動産運営管理システムが存在しないため、ビルオーナー毎に異なるシステム対応が必要など生産性向上には限界がある。そのため料率の比較でなく、案件によるプロパティマネジメント会社収入を想定のうえ、利益率が妥当な水準であるかを検討する必要がある。 利益相反を回避・軽減するための基本姿勢 契約書への明文化透明性の確保(レポートの客観性・監査体制など)複数業者・専門家との比較検討定期的なコミュニケーションとモニタリングオーナー自身の知識・意識向上 第11章 不動産の投資価値向上とは 「投資価値向上」 とは、物件がより高い評価額・賃貸需要・収益性を得る状態を指します。例えば: 評価額・売却価格の上昇賃料アップや空室率改善優良テナントの長期入居による安定性向上ブランドイメージの向上 投資価値を向上させるための主な取り組み バリューアップのための資本投下 ・リノベーションや修繕、設備更新 ・省エネ・環境配慮型改修(ESG投資対応) マーケティング・ブランディング強化 ・ターゲット層の明確化 ・統一感あるデザインやネーミングの導入 資金調達や資本政策の最適化 ・金利や物件価値を踏まえたリファイナンス ・不動産ファンドやリートとの協働 地域社会・行政との連携 ・再開発や公共プロジェクトと絡めて物件価値を底上げ ・地域コミュニティへの貢献による周辺環境の向上 アセットマネジメント(AM)との連携 ・ポートフォリオ全体で売却・買い増しを最適化 ・プロパティマネジメント現場情報をAMが投資判断に活用 第12章 プロパティマネジメント会社のDX化 日本の不動産管理業界は近年、不動産テック(IT・クラウドサービス)や電子契約の解禁などでDX化が進んでいますが、他業種に比べるとまだ十分とはいえません。 1.クラウド型賃貸管理システムの導入 入出金や契約管理の効率化主なシステム例:「@Propert」「イタンジBtoB」「ReDocS」など 2.契約関連の電子化 IT重説や電子契約の普及法的要件やオーナー・借主の理解が必要 3.入居者アプリ・IoT活用 スマホから修繕依頼や入退室管理故障予兆検知や省エネ監視システム 4.DXを阻む要因と今後の動向 法規制や商習慣の複雑さシステムのカスタマイズ負担大手企業の積極導入により競合優位性を高める流れが加速“業界標準”と呼べるシステムはまだ確立されておらず、今後プラットフォーム競争が本格化 第13章 プロパティマネジメント会社の特徴 以下に、各プロパティマネジメント会社の特徴をより具体的に解説し、代表的な企業例や活用メリットを加えて内容を充実させました。プロパティマネジメント会社を選定する際のポイントとしてご参考ください。 1. 不動産仲介会社が母体のプロパティマネジメント会社 特徴 リーシング(賃貸募集・テナント誘致)力の高さもともと不動産仲介業務を得意としているため、賃貸需要に関する情報やテナントのネットワークが豊富。空室対策やテナント誘致では強みを発揮し、物件の稼働率向上を目指しやすい。マーケット情報の収集力日常的に取引事例や市況データを扱っているため、賃料設定や市場動向を踏まえた運営計画が立てやすい。 代表的な企業例 シービーアールイー株式会社シービーアールイー株式会社のプロパティマネジメント業務は、グローバルな視点と国内の豊富な実績を活かし、不動産資産の価値最大化や安定運用を実現する総合的なサービスが特徴です。テナント誘致から施設の維持管理、リスク管理、さらにはESG対応に至るまで、幅広い領域をカバーし、オーナーや投資家にとって頼れるパートナーとして機能しています。ジョーンズラングラサール株式会社ジョーンズラングラサール株式会社のプロパティマネジメント業務は、グローバルで培った先進のノウハウと国内マーケットの特性を組み合わせ、オーナーに最適化された資産運用をサポートすることが特徴です。テナント誘致やリレーション強化、IT・データ分析の活用、長期的な修繕・リニューアル戦略、そしてESG・サステナビリティへの対応など多角的な観点から不動産価値の最大化を目指しています。グローバルな視点と高水準のコンプライアンス・リスク管理体制を活かし、質の高いサービスを提供することにより、オーナーや投資家の多様なニーズに応えています。 活用メリット テナント誘致や賃貸管理を重視したい場合に有効入居率の確保、退去後の新規テナント募集スピード向上が期待できる。最新のマーケット情報を活かした賃料設定や物件活用相場観に基づいた提案が得られ、収益最大化を図りやすい。 2. 不動産デベロッパーが母体のプロパティマネジメント会社 特徴 開発や運営計画のノウハウが豊富新築開発や再開発の経験があり、建築・設計段階から携わることで長期的視点で物件の価値を高める戦略を得意とする。資産価値の向上施策大規模修繕・リノベーション、コンバージョン(用途変更)などを検討し、資産価値を中長期的に高める。 代表的な企業例 三井不動産ビルマネジメント株式会社 三井不動産ビルマネジメントのプロパティマネジメント業務は、「三井不動産グループとしての総合力」「多様な用途や大規模案件への対応力」「建物価値向上を重視した管理・リーシング」「最新技術やノウハウの活用」「防災・セキュリティ面での高い安心感」「サステナビリティへの配慮」といった点が大きな特徴です。総合デベロッパーグループの強みを活かしつつ、きめ細かな運営と資産価値向上の両立を目指したサービスが強みとなっています。 三菱地所プロパティマネジメント株式会社 丸の内エリアの大規模再開発などを手がけてきたノウハウを基に、全国の大型ビル・商業施設のPMを行う。 ・三菱地所プロパティマネジメントのプロパティマネジメント業務は、 ・三菱地所グループの総合力 ・大規模・複合再開発に対応できる豊富な実績とノウハウ ・ブランドイメージと建物価値を高める運営戦略 ・防災・セキュリティ面での高度なリスクマネジメント ・ICT・IoTを取り入れた効率的かつ先進的な管理体制 ・ESG/サステナビリティへの強いコミットメント などを強みとしており、大型オフィスビルから商業施設に至るまで、総合的かつ高品質なプロパティマネジメントサービスを提供しています。 東急不動産SCマネジメント株式会社 東急不動産が開発・運営を行うショッピングセンターなどのマネジメントを手がける。東急不動産SCマネジメントのプロパティマネジメント業務は、単なる建物管理にとどまらず、商業施設の収益最大化と価値向上を包括的に支援する総合力が特徴です。東急グループのネットワークや街づくりの視点を活用しながら、テナント誘致・契約管理からイベント企画、地域連携、環境対応まで多岐にわたる業務を一貫して行う点が強みといえます。商業施設の運営と社会的・地域的な意義の両面を重視し、サステナブルかつ魅力ある施設づくりに取り組む姿勢が、東急不動産SCマネジメントのプロパティマネジメントの大きな特色です。 活用メリット 長期的視点で物件の運営を考えたい場合に有効開発・再開発案件の実績が豊富で、投資回収や収益性を踏まえた提案が可能。施設全体のブランディングや価値向上施策に強み大規模商業施設や複合施設などの運営にも長けており、収益改善のアドバイスを受けやすい。 3. 建物管理会社が母体のプロパティマネジメント会社 特徴 清掃や設備メンテナンスのオペレーションに強み日常清掃や定期点検、設備保守などの品質が高く、コスト管理やトラブル対応にも迅速に対応できる。建物管理の専門知識・資格者が多数在籍設備管理技術者やビルクリーニング技能士など、管理面での資格保有者が多く、建物の安全性と快適性を重視する運営が可能。 代表的な企業例 東京キャピタルマネジメント株式会社大手管理会社 日本管財グループ企業東京キャピタルマネジメント株式会社のプロパティマネジメント業務は、不動産投資やアセットマネジメントと強く連動した視点で行われている点が大きな特徴です。オーナーの収益最大化やリスク軽減を意識しながら、以下のポイントを包括的にサポートします。1. 投資家目線・オーナー目線に立ったバリューアップ提案2. 多様な用途への対応と専門チームによる柔軟なPM業務3. リーシング戦略とテナントマネジメントの強化4. 建物・設備管理を通じたコスト最適化と品質維持5. 透明性の高いレポーティングとコミュニケーション6. ESG/サステナビリティを意識した運営手法こうした総合力を発揮することで、東京キャピタルマネジメントは長期的・持続的な資産価値向上を目指すオーナー・投資家のパートナーとして、プロパティマネジメントサービスを提供しています。日本ハウズイング株式会社管理会社本体がプロパティマネジメント業務を受託する体制。国内トップクラスの分譲マンション管理戸数を誇り、ビル・商業施設等の管理にも実績を持つ。日本ハウズイング株式会社(本社:東京都新宿区)のプロパティマネジメント業務は、下記のような強み・特徴を備えています。1. マンション管理大手としての実績とノウハウ2. 多彩な用途(オフィス・商業施設・賃貸住宅など)への対応3. 設備メンテナンスから長期修繕計画までの包括的サポート4. バックオフィス業務(会計・賃料管理・保険など)の一括代行5. 24時間365日体制のコールセンターと緊急対応6. コミュニティ形成や生活サポートなどソフト面の充実7. サステナビリティ・環境対策に配慮した管理これらを総合的に行うことで、居住者・テナントの満足度向上と資産価値維持・向上を両立させるPMサービスを提供している点が、日本ハウズイングの大きな特徴と言えます。最新の事例や具体的なサービス内容は、日本ハウズイング公式サイトや直接の問い合わせにてご確認ください。株式会社東急コミュニティー東急グループの建物管理会社で、首都圏を中心に戸数・棟数ともに多数の管理実績を有する。株式会社東急コミュニティー(本社:東京都世田谷区)のプロパティマネジメント業務は、東急グループの総合力と豊富な管理実績を背景に、以下のような特徴を持っています。1. グループネットワークを活かした総合的なマネジメント2. マンション管理からオフィスビル、商業施設、公共施設まで多彩な実績3. 建物・設備の維持管理と資産価値向上を目指す長期的な視点4. リーシング戦略・テナントマネジメントの強化5. 24時間365日体制の緊急対応と充実したバックオフィス機能6. 環境・地域を意識したサステナビリティ対応これらを総合的に行うことで、オーナー・投資家の収益最大化と利用者の満足度向上、さらには街づくり視点の付加価値創出を実現する点が、東急コミュニティーのPM業務ならではの強みといえます。伊藤忠アーバンコミュニティ株式会社伊藤忠アーバンコミュニティ株式会社(本社:東京都中央区)のプロパティマネジメント業務は、以下のような特長を通じてオーナー・投資家の資産価値最大化と利用者・入居者の満足度向上に取り組んでいます。1. 伊藤忠商事グループの総合力と信頼性2. マンション・オフィス・商業施設・物流施設など多様な管理実績3. 建物・設備の予防保全と価値向上を重視した長期的視点4. リーシング戦略とテナントマネジメントの強化5. 24時間365日のコールセンターと充実したバックオフィス業務6. 環境・社会に配慮したESG/サステナビリティ対応これらを総合的に実践することで、長期的かつ安定的な運営・収益確保と社会的価値の向上を同時に目指すことが、同社のPM業務ならではの強みといえます。 活用メリット 建物の維持管理・保守品質を重視したい場合に有効設備の故障リスク低減やクレーム対応がスムーズで、オーナー・入居者双方の満足度向上に寄与。運営コスト管理や日常清掃の精度に期待日常のオペレーションを熟知しており、コストの最適化を図りやすい。 4. ゼネコン(建設会社)が母体のプロパティマネジメント会社 特徴 工事や修繕に関する知識・ノウハウが豊富大規模修繕・改修工事を含め、建設・リフォームが主軸にあるため、建物の構造や工事費の適正化に強い。技術力や工事の品質管理における強みゼネコンとして培った品質管理手法をPM業務に活かし、耐震補強など専門性の高い提案も可能。 代表的な企業例 鹿島建物総合管理株式会社スーパーゼネコン・鹿島建設のグループ会社で、建物管理・PMなどを幅広く手がける。鹿島建物総合管理株式会社のプロパティマネジメント業務は、「鹿島グループの総合力」と「ビル管理の専門性」を掛け合わせて、不動産オーナーが求める資産価値向上とコスト最適化を両立させることを目指している点が最大の特徴です。単なる日常管理だけでなく、建物の維持管理からテナント戦略、リニューアル提案まで、一貫したサポートを提供し、不動産価値を長期的に維持・向上させることに強みがあります。清水総合開発株式会社清水総合開発株式会社のプロパティマネジメント業務は、「清水建設グループの総合力」と「不動産の価値創造」を結びつけ、建物運営から開発・リニューアルまでを一貫してサポートする体制が大きな特徴です。清水建設と連携し、大規模建築物の管理・再開発支援などを推進しています。建物の長期的な資産価値の維持・向上と、オーナーの収益最大化を目指した戦略的な運営管理を実施し、テナントや利用者にとっても安心・快適な空間を提供することに強みがあります。大成有楽不動産大成有楽不動産株式会社のプロパティマネジメント業務は、「大成建設グループの総合力」と「戦略的な運営管理」を融合させ、不動産オーナーの収益向上と資産価値の維持・向上を支援する点に特徴があります。大成建設の知見を活かし、オフィスや商業施設の管理やリニューアル工事を総合的に行います。建物の長期的なライフサイクルを見据えた運営計画や、テナント誘致・管理のノウハウ、安心・安全のリスクマネジメントを組み合わせた総合的なPMサービスを提供していることが強みです。 活用メリット 建物の構造面や長期修繕計画を重視したい場合に有効建築の専門家が多く、長寿命化や改修による価値向上に関するコンサルティングが受けやすい。大規模プロジェクトや特殊用途物件の管理での安心感技術・工事力をバックに、トラブル時の緊急対応や特殊設備への対応が迅速。 5. ハイブリッド型(合弁・協業によるPM会社) 特徴 複数の事業領域の強みを兼ね備えることが期待できる。 株式会社エムエスビルサポートオフィス不動産仲介会社の三幸エステートと総合デベロッパーの三井不動産の合弁で誕生。三幸エステートはオフィス仲介や移転支援、テナント誘致などで豊富な実績を持つ。三井不動産は大規模開発やオフィスビルの運営、商業施設の開発など総合デベロッパーとして国内トップクラスの実績を誇る。リーシング力+開発・運営ノウハウが融合した総合的なオフィスPMサービスを提供しています。 活用メリット 「仲介会社 × デベロッパー」という背景から、リーシング力と開発ノウハウの両面を有する。グループ企業・提携企業との連携により幅広いソリューション、物件の取得・仲介から開発、管理までワンストップで行い、ノウハウやネットワークを相互補完できる。オフィス市場に精通しているため、テナント誘致から建物運営まで一体的にサポートを受けられる。将来的にビル全体の大規模リノベーションや付帯施設の拡張などを計画する際にも、デベロッパー視点のノウハウを活かせる。 プロパティマネジメント会社選定のポイント 物件の特性やオーナー側の目的を明確化賃貸収益の最大化を狙う場合は、賃貸仲介やリーシングに強い会社。長期の運営計画や再開発を念頭におくなら、デベロッパー系。建物管理の品質重視なら、建物管理会社系。大規模修繕や特殊工事の技術力を求めるなら、ゼネコン系。提供メニュー・対応範囲の確認リーシング、管理、設備保全、会計処理など、総合対応が可能か。一部業務のみ委託する場合でも柔軟に対応してくれるか。コスト面とサービスのバランス管理費用が安いだけでなく、対応品質や緊急時のリスク管理能力も重要。ランニングコストと修繕積立を含めた長期的なコスト試算を比較検討する。実績と信頼性取り扱い物件の類似事例や管理実績をヒアリング。担当者の経験や会社のサポート体制(24時間緊急対応など)の有無をチェック。 まとめ プロパティマネジメント会社は、その母体企業の特性や専門領域によって「リーシング」「開発・運営計画」「建物管理」「工事・修繕」など得意分野が異なります。しかし、各社とも総合的なPM業務をカバーしている場合が多く、必要に応じて提携先企業やグループ会社と連携し、専門外の業務にも対応します。重要なのは、自身の所有物件の現状や将来的なビジョンを踏まえて、最適なパートナーを見つけることです。賃貸収益を重視するのか、建物の長寿命化や改修を重視するのか、ブランディングや資産価値向上を優先するのかなど、目的に合ったプロパティマネジメント会社の選定をおすすめします。 第14章 プロパティマネジメント業務関連キーワード 以下に、プロパティマネジメント(PM)業務において押さえておきたい主なキーワードと、その概要をまとめました。各用語の理解を深めることで、効率的かつ戦略的な管理業務が可能になります。 プロパティマネジメント(Property Management)不動産の管理・運営に関する業務全般。建物の維持管理、テナント対応、賃貸借契約管理、収支管理などを含む。リーシング(Leasing)テナントの誘致・契約締結・更新交渉などを通じて空室を埋め、稼働率を高める活動。稼働率(Occupancy Rate)建物や施設などの賃貸可能面積・戸数のうち、実際に賃貸契約が成立している割合。投資収益性の重要な指標。算定方法に注意が必要。レントロール(Rent Roll)各テナントの契約賃料・契約期間・支払い状況などを一覧化した資料。管理の現状を把握し、収益予測・キャッシュフロー分析に活用。PMレポート(Property Management Report)プロパティマネジメント会社がオーナーに提出する管理報告書。収支やテナント動向、クレーム状況などをまとめる。意思決定や改善提案に必要な資料。キャッシュフロー(Cash Flow)賃料収入・駐車場収入などのインカムと、修繕・光熱費・管理費用などのアウトフローの差し引きを管理・分析することで、資産運用の健全性を把握。AM・アセットマネジメント(Asset Management)AMは不動産の資産運用戦略を立案・実行、PMは不動産の現場管理や日常運営を担う。両者の連携が重要。サブリース(Sublease)管理会社や転貸事業者が、物件を一括借上げしてサブリース契約を行う仕組み。空室リスクを軽減できるが、契約内容次第でオーナー・借り手双方に影響が及ぶ。CAM(Common Area Maintenance:共用部管理費)商業施設やマンション等の共用部分の維持管理に充当する費用。清掃や警備、照明、空調などが対象。長期修繕計画(Long-Term Repair and Maintenance Plan)建物の老朽化対策や設備更新に関する計画。費用を計画的に積み立て、物件の価値を維持・向上させるための戦略的な取り組み。設備管理(Facility Management)建物内の空調・電気・給排水・エレベーターなどの設備を最適な状態で維持する業務。故障リスクやクレームを抑え、快適な居住・利用環境を提供。テナントリテンション(Tenant Retention)既存テナントとの良好な関係を維持し、更新率を高める施策。クレーム対応や定期的なコミュニケーション、設備改善などが含まれる。リスクマネジメント(Risk Management)自然災害・経済情勢の変動・法規制の変更などのリスクを分析・評価し、事前に対策を講じること。保険の活用も含む。コンプライアンス(Compliance)建築基準法、消防法、宅地建物取引業法など関連する各種法令や条例を順守すること。違反が発覚すると事業停止やイメージダウンにつながる。収益管理(Revenue Management)家賃設定・テナント構成の最適化、キャンペーンの活用などで収益を最大化するための戦略的取り組み。支出管理(Expense Management)共用部の光熱費や修繕費、清掃費用などのコストを最適化・削減するための管理。定期的に見直しを行い、バランスの取れた運営を目指す。資産価値向上(Asset Value Enhancement)建物改修や共用部リニューアル、サービス向上などを通じて不動産のバリューアップを図る。テナント満足度の向上や、投資家へのアピールにも繋がる。不動産投資信託(REIT: Real Estate Investment Trust)多数の投資家から資金を集め、不動産に投資する商品。PM業務においては、報告体制や運営の透明性が重視される。サステナビリティ(Sustainability)建築物の省エネルギー化や環境負荷の低減、入居者の快適性向上を目指す取り組み。ESG投資の流れで重要度が高まっている。デューデリジェンス(Due Diligence)不動産取得時や売却時に行う徹底的な調査・査定。物件の法的リスク・建物状況・収支状況などを把握し、正確な価値を判断するためのプロセス。コンストラクションマネジメント(Construction Management)建築・改修工事などの計画立案から施工管理までを総合的にマネジメントする業務。品質・コスト・スケジュールをコントロールし、資産価値の維持・向上を図る。 第15章 プロパティマネジメント業務のまとめ プロパティマネジメントは、不動産の運営管理を「収益最大化・投資価値向上」という観点で行う総合サービスです。 空室率抑制や賃料アップ、バリューアップ提案に強みを持つ一方、高度な専門知識・ネットワーク・コストが必要。オーナー側は、プロパティマネジメント会社のノウハウ・実績・得意分野を把握し、費用対効果とコミュニケーションを重視。長期的視点でパートナーを選び、投資戦略を慎重に立案・遂行することで、収益と資産価値の向上を実現できる。 最終的なポイント プロパティマネジメント会社選びオーナーの物件特性と合致するプロパティマネジメント会社を選び、実績や報酬形態などを契約段階で十分に確認する。投資価値向上バリューアップ施策やマーケティング、資金調達戦略を総合的に組み合わせ、キャッシュフローと評価額を高める。DXの活用デジタル技術・システムを積極導入し、効率的かつ透明性の高い管理を目指す。長期的視点での運用単年の収益だけでなく、将来的な資産価値やテナントの安定性を考慮して経営判断を行う。 プロパティマネジメントは「不動産投資成功の鍵」を握る重要分野です。オーナーにとっては、プロパティマネジメント会社との適切な協力関係の構築が、収益性向上と資産価値アップの大きな一歩となるでしょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 代表取締役 羽部 浩志 1991年東京大学経済学部卒業 ビルディング不動産株式会社入社後、不動産仲介営業に携わる 1999年サブリース株式会社に転籍し、プロパティマネジメント業務に携わる 2022年サブリース株式会社代表取締役就任(現職) ライフワークはすぐれた空間作り 2025年8月25日執筆2025年08月25日