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ビルリノベーション
古い賃貸オフィスビルの内装をどう変える?人材に選ばれる空間づくりの実務ポイント
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「古い賃貸オフィスビルの内装をどう変える?人材に選ばれる空間づくりの実務ポイント」のタイトルで、2025年11月17日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに第1章:なぜ今「内装」が人材確保のカギなのか第2章:築30年超でも選ばれる「内装リノベ」の条件第3章:成功事例に学ぶ「印象」と「機能」を両立させた内装改善第4章:テナント目線で読み解く「内装の価値」第5章:その空間に、思想はあるか?─ビルの価値を決める設計の哲学第6章:オーナー・管理会社が今すぐできる実務アクション第7章:まとめ 築古でも“選ばれる”ための内装戦略おわりに:古いことは、弱みではない。整っていないことが弱みになる。 はじめに 築年数が古くても、内装次第でビルは再生できます。実際に、築30年超の賃貸オフィスビルであっても、戦略的な内装改善により、優秀な人材を惹きつける企業が入居し、賃料アップや満室稼働を実現した事例は少なくありません。本コラムでは、都心の中規模・賃貸オフィスビルを保有するオーナー・管理会社の方々に向けて、ポストコロナ時代の働き方と人材ニーズに対応した「内装戦略の最前線」を、豊富な実例とともに、専門的な視点からわかりやすく実務的に解説していきます。単なる“デザインの流行り”ではなく、テナント企業の評価軸に合った空間とは何か?築年数というハンデを乗り越えるために、どこに投資すべきか、どこに手をつけるべきか?本コラムを通じて、その判断軸と実行のヒントを、具体的に探っていきましょう。 第1章:なぜ今「内装」が人材確保のカギなのか かつて昭和の時代から続いてきた「オフィス=作業場」という発想は、今や過去のものになりつつあります。令和の現在、オフィスは企業の戦略や文化を表現する空間として、その役割と価値が再定義され始めています。特に2020年代以降、働き方の多様化やテレワークの普及と見直しを経て、「社員がなぜ出社するのか」「出社する意味とは何か」を、企業があらためて問い直すようになりました。その中で、「社員が出社したくなるオフィスをどうつくるか?」というテーマは、経営の視点からも重要な課題として注目されています。単に生産性や利便性を追求するだけではなく、組織の創造性や意思決定のスピード、対話の質といった、“リアルな場”だからこそ生まれる価値が見直されている背景があります。もはや、ただ机が並んでいるだけの従来型オフィスでは、人は集まりません。これからの時代、過去のオフィス像を乗り越え、「働きたくなる空間」への転換が求められています。 「本質的な多様性」に応えるオフィス空間へ 「多様性(ダイバーシティ)」という言葉も、以前のように軽やかに語れる時代ではなくなりました。働き方における多様性も、今まさに“再定義”のフェーズに入っています。これまでは、“なんでも受け入れること=多様性”といった表面的な理解が広がっていた時期もありましたが、いま企業が求めているのは、もっと実質的で、仕事に集中できる環境を整えるという意味での“地に足のついた多様性”です。その実現には、「誰にとっても快適な空間づくり」や「業種・職種ごとの働き方にフィットする柔軟性」が欠かせません。たとえば、同じオフィスの中でも:・一人で集中したいエンジニアと、会話が多い営業職・通常勤務の社員と、フレックスや時差出勤をしている社員・社内業務メインの部署と、来客対応が多い部署──こうした多様な働き方が共存しています。だからこそ、現場ごとの違いをきちんと捉えたうえで、選択肢のあるオフィス設計を行うこと。これが“本質的な多様性”に対応した空間づくりと言えるのではないでしょうか。 総務担当者が見る内装のチェックポイント テナント企業のオフィス選定において、実質的な決定権を握っているのは多くの場合、総務部門や移転プロジェクトの実務担当者です。彼らは“社員が毎日使う場所”としての視点で物件を見るため、ビルオーナーの想定以上に細かくチェックしています。以下は、内見時に特に注目されやすいポイントです: チェック項目着目されるポイント例エントランス清潔感/開放感/来客への印象.老朽化や暗い照明はマイナス要素共用部(廊下・EV)共用部(廊下・EV)明るさ/安全性/視認性.古い内装材や色温度の違和感は悪目立ち天井高・躯体構造空間の開放感や現し天井の可否.圧迫感の有無も重要床仕様/OAフロア床仕様/OAフロアレイアウト変更の柔軟性.配線のし易さなども見られる照明/空調照明のチラつき/照度不足、温度ムラ/席による寒暖差は注意ポイントトイレ/給湯室清潔感/男女/手洗いスペースの広さ.古さ・臭いは即NG判断に直結セキュリティ/動線来客/荷物動線の分かり易さ.オートロックや監視カメラの有無案内表示/サイン類テナント表示やピクトグラムの視認性.統一感のあるサイン計画が好印象 加えて、近年では企業の“社員ブランド”や“採用力”を表現する場としても、オフィスの空間設計が重視されています。・「このオフィスなら採用ページに載せても見栄えがするか?」・「来社した取引先に“この会社、ちゃんとしてる”と思ってもらえるか?」こうした視点で、内装そのものが企業の“顔”として評価されているという現実があります。総務担当者は、設備だけでなく“目に見えない印象”まで含めて、内装を判断しているのです。 内装は、テナント確保=人材確保の基盤 企業にとって、オフィスは単なる設備ではありません。“人材戦略の一部”です。社員が働きやすい環境を提供できなければ、離職リスクは高まり、採用競争力にも差が出ます。そして、テナント企業が人材確保に本気で取り組んでいるからこそ、選ぶオフィスにも“本気”が求められているのです。築年数という“言い訳”が通用しない時代に入っています。ビルオーナーとしても、内装改善に本気で向き合う姿勢が問われています。 第2章:築30年超でも選ばれる「内装リノベ」の条件 「古い=選ばれない」という時代は、もう終わりを迎えています。いまのテナント企業が重視しているのは、築年数そのものではなく、実際に働く空間の質です。つまり、古さそのものが問題なのではなく、“古さのまま放置されている状態”こそが問題なのです。適切な内装リノベーションを施せば、「賃料が安いから仕方なく選ばれるビル」から「この空間なら働きたい」と直感的に感じさせるビルへと進化することは可能です。特に、築30年以上が経過した中小規模の賃貸オフィスビルにおいては、物理的な制約を受け入れながらも、どこに手を入れるかが勝負になります。では、どのような視点で内装改善を考えるべきか?ここでは、選ばれるビルが備えるべき3つの内装価値について整理してみましょう。 ■ 選ばれる築古ビルの「3つの内装価値」 ① 印象:最初の3秒で「ここ、良さそう」と思わせる力人もビルも、第一印象が9割。内見の最初の3秒で「ここはないな」と思われてしまえば、その後の逆転は難しくなります。エントランス、受付、EVホール、共用廊下といった“共用部の顔”は、空間全体の評価を大きく左右します。たとえば──蛍光灯で薄暗いエントランス汚れた床材が貼りっぱなしの廊下年季の入ったトイレの蛇口や洗面台こうした「手が入っていない印象」は、どれだけ立地が良くても選定から外される要因になります。逆に、白を基調に間接照明を組み合わせるだけで、空間の印象は一変します。“清潔感”と“明るさ”があれば、築年数の壁を超える──それが内装の力です。② 機能:見た目ではなく「実際に使えるか」で判断されるオフィスは、見た目だけでは選ばれません。テナントが業務を快適に遂行できる空間かどうかが、重要な判断基準です。企業がチェックするのは、以下のような基本性能です:空調はゾーン分けされており、席によって暑い・寒いが発生しないかOAフロアが設置されており、自由にレイアウト変更ができるか通信設備(光回線・LAN・電源容量)は現代水準に対応しているかセキュリティや監視カメラなど、一定の安心感が担保されているかこうした“実際に使えるかどうか”の視点で、機能性は冷静に評価されています。いくら内装のデザインを整えても、こうした基本機能が備わっていなければ、テナントから選ばれることはありません。③ 柔軟性:未来の変化に「対応できそう」と思わせる余白いまのテナント企業が求めているのは、「今だけ快適なオフィス」ではありません。人員増加・部署変更・フレキシブルな働き方…変化を前提としたオフィス選びが一般的になっています。だからこそ、「この物件なら、変化に柔軟に対応できそうか?」という視点が重要です。柱や梁の配置は、間仕切りの自由度に影響しないか?天井高は十分か?スケルトン対応が可能な構造か?壁や床の下地構造は、テナント工事に対応しやすいか?“どうにでもできそう”と感じさせる内装かどうか。この“余白”こそが、選ばれる築古ビルの重要な要素です。■ 共用部と専有部、それぞれに必要な改善ポイント内装リノベというと、「テナント専有部」ばかりに目が向きがちですが、共用部こそが、ビル全体の印象を決定づける場であることを忘れてはいけません。以下、実際に改善効果の高い代表的なポイントを整理します: 区分改善ポイント内容例共用部エントランスタイル・照明の更新、サイン計画、床材の張替えなどEVホール・廊下LED照明、視認性向上、壁紙の更新トイレ・給湯室器具更新、臭気対策、男女比対応、清掃性専有部床・天井・壁床・天井・壁OAフロア新設、天井現し、クロス・床材更新空調・照明照度設計、個別空調ゾーン設計、静音対策インフラ・配線電源容量、光回線、LAN配線・電話配管など 中でも、「一部だけでも刷新」することで印象が劇的に変わるポイントもあります:トイレの鏡と照明を変えるだけで、“新しいビル”に見えるEVホールの壁面のパネルを工夫するだけで、グレードアップ感が得られる廊下のクロスとエレベーターの意匠を揃えるだけで統一感が出るこうした“費用対効果の高い一手”を見極めることが、内装改善において極めて重要です。 第3章:成功事例に学ぶ「印象」と「機能」を両立させた内装改善 築古ビルが内装リノベーションによって“選ばれる物件”へと再生することは、理論上の話ではありません。ここでは、東京都港区に位置するフロア坪数100坪超の賃貸オフィスビルの事例を紹介します。この物件は、築10年超の時点で、一時全館空室となりましたが、全館の内装再生によって満室復帰・賃料水準の向上を実現した成功事例です。このケースからは、今の時代でも通用する普遍的な改善のヒントが多数読み取れます。ポイントは、「第一印象の劇的な改善」と「テナント目線の実用性強化」をセットで実施した点にあります。 ■ 物件概要と状況:全館空室状態からの出発 対象物件は、東京都港区・JR山手線の駅から徒歩10分の立地にある中規模オフィスビルです。竣工1993年。キーテナントが退去した時点で築13年でしたが、全フロアが空室となる危機的状況に直面しました。この段階で、オーナーが取った選択は「賃料を下げて埋める」のではなく、一棟丸ごとのリノベーションを断行するという、攻めの意思決定でした。築古ビルであることを前提にしながらも、「物件の印象と機能を根本から再構築する」という明確な方針のもと、工事は計画されました。 ■ 第一印象を劇的に変える:共用部の「印象改革」 最初に手を入れたのは、ビルの“顔”とも言える共用部の刷新です。この段階で重視されたのは、「古さを隠す」のではなく「時代に合った空間として再構成する」という発想です。(1). エントランス外観の刷新(庇の意匠変更)リニューアル前は、曲線的な庇とモルタル調の外壁が特徴的な古い印象のファサードでした。これを、直線的でシャープな意匠に変更し、外観に現代的な印象を加えています。(2). エントランスホールの照明演出・素材選定内部のエントランスホールでは、天井に間接照明を仕込むことで、柔らかくも高級感のある光を演出。白を基調とした壁面と、シルバー系の金属素材をアクセントとして用い、清潔感と洗練性を両立させています。(3). EVホール・廊下・水回りの素材アップグレード共用廊下には明るい床材を採用し、「暗くて古臭い印象」を徹底的に払拭。また、水回り(トイレや給湯室)については器具の交換・照明の調整・素材感の統一によって、清潔感と快適性の両方を確保しました。→ これらの共用部の刷新によって、内見時に「古いビル」というイメージを逆転させる効果を実現しています。 ■ テナント目線での実用性改善:機能面の再整備 次に、テナント専有部および設備系統についても、入居後の快適性・業務効率を重視した改修が行われました。(1). OAフロアの新設全フロアにOAフロア(フリーアクセスフロア)を導入し、配線の自由度と安全性を向上。これにより、テナント企業はレイアウト変更や機器配置を自由に設計できるインフラ環境を得ることができました。(2). 空調・照明のゾーニング空調設備については、エリアごとの温度調整が可能なゾーン設定を導入。照明も執務エリアと会議エリアで照度を切り替えられるようにし、社員の体感快適性と生産性を意識した設計がなされています。(3). セキュリティ・遮熱対策などの細部対応エントランスにはオートロックと監視カメラを新設し、セキュリティの信頼性を向上。また、窓面には遮熱フィルムを施工し、夏季の空調効率を改善するなど、細部に至るまで機能性の底上げが図られています。 ■ 結果:空室ゼロ&周辺相場超えの賃料で満室稼働 こうした印象改善×機能強化のリノベーションを経た結果、対象物件ビルは再募集開始から短期間で満室となり、空室ゼロを達成しました。しかも、リニューアル前より賃料を引き上げた状態で募集を行い、周辺相場より高い水準での成約が成立しました。見た目だけの化粧直しではなく、機能と印象の両面を改善かつ、細部にわたる“使いやすさ”への配慮この2点を的確に押さえたことが、成功の最大要因となったのです。 ■ 今の時代に通じる「エッセンス」は何か? 今回、取り上げた対象物件の改修は2006年実施とやや前の事例ですが、「どこに投資すべきか」「どう印象を変えるか」というエッセンスは今なお通用します。清潔・明るい・整っているという共用部の基本要件テナントが使いやすいインフラ環境(配線・空調・セキュリティ)内見時に「ここなら恥ずかしくない」と思わせる設えと印象づくりとくに、白+間接照明+金属素材の組み合わせや、シンプルで力強い空間演出などは2025年現在でも“時代に左右されない、選ばれ続ける定番”と言えるでしょう。 第4章:テナント目線で読み解く「内装の価値」 “良いオフィス内装”を決めるのは誰か? オフィス内装が“良い”かどうかを決めるのは、オーナーではありません。その空間で日々働く、テナント企業の社員たち自身です。しかもその評価は、誰かに聞かれたときだけでなく、日常のなかでリアルタイムに下されています。近年ではSNSを通じて、働く人の率直な本音が広がりやすくなっており、例えばこんな声が見られます:・「内装が古すぎて気分が上がらない」・「薄暗いオフィスで毎日出社するのが苦痛」・「エントランスが古くて来客を呼ぶのが恥ずかしい」逆に、ポジティブな声もあります:・「清潔で明るいオフィスだから毎日出社が楽しみ」・「エントランスがキレイだと会社のイメージも上がる」・「トイレが使いやすいおかげで快適に過ごせる」こうした声がSNSで拡散されることで、オフィス内装の印象や満足度は、企業のイメージにも少なからず影響を与えています。ただし、SNS上の意見をそのまま真に受けるのは危険です。発信者のバイアスや一時的な感情が反映されやすく、“言語化しやすいもの”だけが目立ってしまう構造があるからです。それでも、働く人たちがどんな空間に満足し、何にストレスを感じているのか――その「感覚のリアル」に向き合う姿勢は、オーナーや管理側にとって不可欠です。この章では、SNSなどの“表層の声”にとどまらず、社員の行動や心理に根ざした、「本質的な内装評価」の視点を深掘りしていきます。 ■ 第一印象と清潔感は“即決レベル”の判断要素 「このビル、いいですね」と感じるか、「ここはちょっと…」と引かれるか。内見や来訪のわずか数分のあいだに、物件の印象は決まります。特に共用部──エントランス、受付、EVホール、廊下、トイレといった空間は、全ての人が必ず“見る・通る・使う”場所であり、印象評価に直結します。以下は、テナント社員が日常で体感している“内装の印象”にまつわる声です:・「受付が暗くて来客のたびに恥ずかしい」・「廊下が無機質で気が滅入る」・「トイレが古いと、会社全体が古く見える」これらの声の共通点は、“清潔感”と“居心地”への感覚的評価にあります。見た目の派手さやデザイン性以前に、「きちんと手入れされているか」「明るく安心感があるか」が問われているのです。 ■ トイレ・廊下・照明──“意外に重要な細部”が評価を左右する ビルオーナーが見落としがちなのが、“脇役に見える内装要素”が実は主役級に重視されているという事実です。たとえば、ある調査では、働く人がオフィス内装で最も気になる場所は「トイレ」という結果が出ています。その理由は以下の通りです:・1日に何度も使うから「不快だと気になる」・プライベートな空間なので「清潔感がダイレクトに伝わる」・来客時にも案内するため「会社の印象に直結する」さらに、廊下や照明も心理的な快適性に大きく関わります。・廊下が閉鎖的だと圧迫感を覚える・蛍光灯のチラつきや、寒色系の光はストレスを誘発する・明るすぎず暗すぎない、自然な色温度の照明が安心感につながる内装というと「執務室のデザイン」や「インテリア」を想像しがちですが、社員が毎日必ず接するこれらの空間こそ、満足度・定着率・モチベーションに直結する領域です。 ■ テナント企業が重視する「見えない価値」とは? テナントの内装評価には、「目に見える部分」だけでなく、“見えない価値”も含まれています。・空間の清潔感や快適性が「社員に好かれるか?」という採用力に直結・取引先を案内した際に「会社の印象がどう見えるか」に影響・毎日働く社員の気分・集中力・健康にも間接的に関与これらは数値では測りにくいですが、非常に実感の強い要素です。「古いけど、なんか居心地がいい」「必要なところがちゃんと整っている」そんな空間は、長く愛され、選ばれ続けます。ビルオーナーとしては、“細部に神経が行き届いた空間”こそ、テナント企業から評価されるということを強く認識する必要があります。単なる箱貸しではなく、働く人に寄り添う空間づくりを提供できるか。そこに、築年数を超えた競争力が生まれるのです。 第5章:その空間に、思想はあるか?─ビルの価値を決める設計の哲学 (1). なぜ今、内装に「意味」が問われているのか 2025年、東京の賃貸オフィスビル市場では“内装”という言葉の重みが変わり始めています。ただお洒落にすればいい、映える空間をつくればいい――そんな時代は終わりました。現在のテナント企業が本当に求めているのは、「その空間が、自社にとって意味のある場となるか」という一点に集約されます。ポストコロナ、テレワーク、Z世代の価値観、多様性の再定義、ESG疲れ――こうした社会の揺らぎのなかで、オフィスという空間は単なる「執務スペース」から、“経営や組織文化を体現するリアルな装置”へと位置づけが変わってきています。そしてこの変化のなかで、オフィス内装に求められているのは、流行を取り入れることではなく、その企業らしさを引き出す「舞台」としての整え方です。だからこそ、オーナーも「いま流行っているデザインは何か?」ではなく、「働く場としての“質”とは何か?」を捉え直す視点が必要とされています。 (2). 「トレンドワード」に惑わされず、“意味”で読み解く 最近、「グレージュ」「ニューミニマル」「ホームライク」といったワードが、オフィスの内装トレンドとして取り上げられているみたいで、リノベーション業者やオフィス家具メーカーなどが、こうした言葉を積極的に打ち出しているのをよく目にします。たしかに、こうしたキーワードは空間デザインの方向性を端的に掬い取るという点で、一定の役割を果たしている側面もあります。しかし、本当に大切なのは――そうした言葉を「そのままなぞること」ではなく、その背景にある「人間の感覚」や「働き方の本質」を読み解くことです。たとえば:① グレージュ(Greige)とは:・グレージュ(Greige)は「グレー(灰色)」と「ベージュ」を合わせた造語で、灰色の持つ洗練された落ち着きと、ベージュが持つ温かみや自然な柔らかさを併せ持った中間色のことです。・オフィスにおいて、無機質で冷たい印象の強い真っ白な壁や濃いグレーを避け、従業員が心理的に落ち着き、リラックスして過ごせる色合いが選ばれるようになってきました。グレージュの柔らかくフラットな色調は、過剰な刺激を抑え、集中力を維持しやすくするとともに、「安心感」や「快適さ」を感じさせる色として評価されています。・つまり、企業側が従業員のメンタルヘルスや感情面の安定に配慮した職場環境作りを重視する流れの中で注目されているカラーです。② ニューミニマル(New Minimal)とは:・「ニューミニマル」は、単に装飾を減らしただけの従来型ミニマリズム(Minimalism)を超え、機能性や利便性を損なわずに、視覚情報を徹底してシンプル化する新しい概念です。形状や色彩を厳選することで、心理的ノイズや過剰な刺激を最小限に抑え、「集中力」や「生産性」を高めることを狙います。・近年、情報過多によるストレスが社会的問題になり、職場においても「いかに余計な刺激を排除し、仕事に集中しやすくするか」が重要視されています。ニューミニマルは、情報を削ぎ落とし、必要な情報だけを際立たせる「視覚的ノイズの最適化」という観点で、働く人の効率性と精神的負荷の軽減を目指す背景があります。③ ホームライク(Home-like)とは:・「ホームライク(Home-like)」とは、その名の通り「家庭のような」「自宅のような」空間のあり方を指し、職場においてもリラックスして自分らしくいられる環境づくりを目指すコンセプトです。オフィスの中に、自宅にいるような安心感や居心地の良さを取り入れ、従業員のストレスを緩和し、ウェルビーイング(心身の健康・幸福感)を向上させることを目的としています。・ホームライクという概念の背景には、従来型オフィス空間に対する意識の変化があります。長時間働く現代人にとって、職場で過ごす時間は非常に長く、従来のような堅苦しく緊張感の高い空間では心身への負担が蓄積されてしまいます。また、人間は本質的にリラックスした環境のほうが創造性や生産性を発揮しやすく、柔軟な発想やコミュニケーションの活性化も期待できます。このような理由から、企業側もオフィス内にリビングルームのような柔らかいインテリアや居心地の良さを取り入れ、従業員が心理的に安心し、ストレスから解放される職場環境の整備に積極的に取り組むようになりました。このように、トレンドワードにも共通しているのは、ただの流行として消費されるのではなく、「社員の心理的安全性」や「集中と拡散のバランス」、「緊張と解放」といった、“空間を通じて働きやすさを支える”という目的意識が、その背景にあるということです。オーナーにとって本当に重要なのは、「話題のキーワードを寄せ集めて、なんとなく取り入れてみる」ことではありません。それぞれの言葉が示している“人の働き方”や“企業の空間戦略”を、意味として読み解く力。そこに投資すべき価値があります。 (3)「完成された空間」から、「余韻のある空間」へ かつてのオフィス内装は、“完成された美しさ”を目指すものでした。共用部も専有部も「最初から出来上がった状態」で提供され、それを使ってもらう――そんな発想が一般的でした。しかし現在、多くのテナント企業が求めているのは、「自社らしく使いこなせる空間」です。それは決して“白紙の空間”を求めているのではなく、「整っていながら、手を加えやすい空気感」を備えた場だと言えます。たとえば:・内装を過剰に演出せず、素材感を活かしたニュートラルな設えにする・明るさや清潔感を意識した照明計画を敷きつつ、控えめな存在感にとどめる・床材や壁材はシンプルで質感のあるものを選び、テナントの家具や備品が映える構成にするこうした設計思想は、空間を「決めすぎない」ことで、入居者の創造性を引き出します。意図的に“余韻”を残した空間設計――それが、今後の築古オフィスにおける内装戦略の軸になり得るのです。未完成ではなく、“整えられた余白”としての完成度。それが、オーナー側から提供すべき空間のあり方ではないでしょうか。 (4)「整えて渡す」からこそ生まれる、自由度とのバランス 築古ビルの内装改善を考える際、オーナーとして悩ましいのは、「どこまで仕上げて渡すべきか?」という永遠のテーマです。仕上げすぎるとテナントが手を加えにくくなり、自由度が下がる。かといって、仕上げが甘ければ“管理されていないビル”と見なされ、印象で損をします。このジレンマに対して、私たちが取っている答えは明確です。「きちんと整えたうえで、自由に使える余白を設計する」こと。具体的には:・天井・床・壁の仕様は、上質でプレーンな仕上げを選択し、余白として機能する構成に・空調や電源・LAN配線などのインフラは、すぐに使える状態で整備しておく・ブラインドや照明は、快適性を担保しながら、過度に主張しない実用的な設計にとどめるこうした「汎用性のあるミニマルな完成形」を用意することが、テナントにとっては“自社らしく使いやすい空間”となり得ます。「何もしない自由」ではなく、「きちんと整っているからこそ安心して手を加えられる余白」――それこそが、築古ビルにふさわしい提供のかたちです。私たちが重視するのは、「選ばれる空間」であることと同時に、「信頼される空間」であること。仕上げの思想を持ち、整えたうえで手を渡す――そのあり方が、ビルの価値を左右します。 (5). 空間の「思想」が、ビルの差別化を生む トレンドやデザイン、機能性――それらは確かに重要ですが、最終的に「選ばれるビル」と「見送られるビル」を分けるのは、“空間に思想があるかどうか”です。これは、派手なコンセプトや装飾を施すという意味ではありません。むしろ逆に、「この空間は、誰が、どのように、どんな働き方をするための器か?」という明確な意図が込められているかどうかが問われているのです。たとえば:・「小規模でも、社員が静かに集中できる場所を用意したい」・「来客が多い企業向けに、受付から会議室への導線をスマートに整えたい」・「流行りのシェアオフィスなどではなく“専有空間の快適さ”にこだわる企業の受け皿になる」こうした設計思想が、内装のデザインや素材、照明や動線計画に反映されていれば、ビルそのものが“働くための哲学”を持った空間として評価されるのです。特に、築古の中規模・賃貸オフィスビルこそ、“思想のある改修”が価値を生みます。築浅・大型物件のように設備や構造で勝てないからこそ、思想とこだわりで差別化する。・派手なデザインではなく、“意図のある余白”・決まりきった内装ではなく、“丁寧に選ばれた素材”・無機質な空間ではなく、“人が安心して働ける場”としての提案その積み重ねが、「このビル、なんか良い」と感じてもらえる印象に変わり、結果として空室を埋め、テナントが長く居つくビルへとつながっていきます。空間の意味を再定義したうえで、ビルオーナーとして問われるのは「では、明日から何をするか」です。次章では、築古ビルでもすぐに着手できる内装改善の実務アクションを、費用対効果の視点とともに整理していきます。 第6章:オーナー・管理会社が今すぐできる実務アクション 空間に意味を持たせる。 それは決して、大規模改修や高額なデザイン監修だけで実現するものではありません。むしろ築年数の古い中小ビルにとって重要なのは、「限られた投資で、どれだけ印象と使い勝手を高められるか」という現実的な判断です。この章では、小さな改善でも大きな成果を生み出す“実務アクション”を整理していきます。そして、ただ整えるのではなく、「テナントが“選ぶ理由”になる改善」とは何か?を掘り下げます。① エントランスの整備(過剰な装飾ではなく、“きちんとした佇まい”をつくる)・床や壁の汚れ・劣化箇所を補修し、清潔でフラットな状態を維持・無駄な設置物を避け、空間にノイズを持ち込まない構成・照明は昼光色かつ高照度で統一し、明るさそのもので清潔感を演出→ 「整理されている」「信頼できるビル」という印象は、過剰な演出ではなく管理の精度で伝わります。② 共用部照明のLED化と高照度設計・昼光色×高照度を基準に、照度ムラや劣化を徹底排除・古い蛍光灯や色ムラのある器具は、LED一体型で一新・共用廊下・EVホール・トイレなど、全ての動線空間で明るさを担保→ 視認性・清潔感・安全性の3点を、最も効率的に改善できるのが照明。空間の信頼性を底上げする基本中の基本です。③ 部分リニューアル(素材の更新で“くたびれ感”を除去)・廊下やEVホールの壁紙・巾木の更新(落ち着いた色調で統一感を重視)・カーペットタイルは、やや暗め・深みのあるトーンを採用・ドア・スイッチ・サインプレート等、目につく細部部材は優先的に交換→ 一部の素材を更新するだけでも、「このビルは手が入っている」と感じさせる効果があります。④ 共用部の徹底清掃・メンテナンス強化・床や金属部材の洗浄・研磨でくすみを取り除く・ガラス面の定期清掃で視界と光の抜け感を確保・トイレの臭気対策・水栓まわりの更新を実施→ “清掃が行き届いている空間”は、それだけで管理レベルの高さを直感的に伝える最大の要素です。⑤ サイン計画の刷新(見落とされがちな印象の要)・古くなったテナント表示板・フロア案内板を統一フォーマットで更新・郵便受け・インターホン・注意書きなどの掲示類を“貼らない整理”に転換・サインはあえて主張せず、情報の視認性・整理整頓・静けさを優先→ 無理にかっこよくするのではなく、「混乱がない」「無駄がない」ことが価値になる領域です。 ▼印象戦略の本質:整っていれば、それだけで選ばれる 築古ビルにおいては、過剰な装飾や奇をてらった仕掛けよりも、「基本が整っている」こと自体が最大のアピールになります。何かを足すのではなく、余計なものを削ぎ落とす。そんな“引き算”の内装改善こそが、働く人にとって本当に快適で、評価される「地に足のついた空間戦略」と言えるのではないでしょうか。 第7章:まとめ 築古でも“選ばれる”ための内装戦略 築年数が古くても、人を惹きつける賃貸オフィスビルは確かに存在します。そして、それらのビルに共通しているのは、単なる見た目の新しさではなく、「この空間で働きたい」と思わせる“印象”と“思想”を備えていることです。本コラムで紹介してきたように、テナント企業の視点は、かつてよりもはるかに高度化しています。立地・広さ・賃料だけでは判断されず、「社員が毎日使う空間として、どこまで信頼できるか」という総合的な印象評価が、入居の意思決定を左右する時代です。(1). デザイン性だけでは足りない、“使いやすさ”とのセットが鍵照明が明るいか、トイレが清潔か、レイアウト変更しやすいか――こうした細部にこそ、働く人の快適性や企業の使い勝手が宿ります。どれほどお洒落な内装でも、座る場所が寒い/暑い、配線が不便、音が響くといったストレスがあれば、テナントから「ここでは働けない」と判断されてしまいます。逆に、華美でなくても使い勝手が良く、整った印象を与えるビルには、長く安定したテナントがつきます。デザイン性と実務性のバランス――それが“選ばれる内装”の本質です。(2). テナントの「働く環境」に寄り添えるかが選定基準になる2025年現在、オフィス内装に求められているのは、単なる意匠ではなく「働き方に応じた空間の調律」です。一人で集中したいときにこもれる場所があるか来客時の動線がスマートに構成されているか会議・雑談・静寂、それぞれのシーンにフィットするゾーニングがあるかこれらはすべて、テナント企業の“社員戦略”と直結する要素です。オフィスが整っていれば、採用・定着・エンゲージメントにも良い影響を与える――その感覚を持った企業ほど、空間を見る目が厳しくなっています。ビルオーナーが真に競争力を持つには、そうした「経営の文脈でオフィスを選ぶ企業」から見られていることを意識する必要があります。(3). 最後に問われるのは、“ビルの印象をどう作るか”という覚悟ここまで内装の要素、改善アクション、トレンドの読み解き方などを整理してきましたが、最終的に勝敗を分けるのは、“そのビルが持つ印象”です。共用部が明るく清潔に整っている無理にトレンドを追わず、落ち着きと使いやすさがあるスケルトンで余白を残し、入居企業が“自分たちの場”として育てられるこうした印象は、単なる仕様の積み重ねではなく、オーナーの「姿勢」や「考え方」が反映された結果です。このビルは、誰に、どんな働き方を提供したいのか?この問いに明確な答えを持ち、ブレずに整え続けている物件こそ、結果として選ばれていくのです。 おわりに:古いことは、弱みではない。整っていないことが弱みになる。 築年数の経過したビルでも、「デザイン性」と「使いやすさ」を両立させた内装戦略によって、十分に勝負できます。大切なのは、見た目の刷新にとどまらず、そこで働く人の視点に立った“使い勝手の向上”をセットで提供することです。テナントの従業員は、その空間で日々、長い時間を過ごします。だからこそ、快適で働きやすい環境をつくるという設計思想が不可欠です。派手さは必要ありません。清潔で、洗練され、機能的であること。そんな空間は、企業にとって「採用力」や「人材定着率」を支える、“人的資本への投資基盤”にもなり得ます。そして最終的に問われるのは、ビルオーナー自身の姿勢です。築年数は変えられなくても、「印象」は内装次第で変えられる。そしてその印象こそが、テナントに選ばれるかどうかを左右するのです。本コラムで取り上げたポイントをもとに、自分のビルにはどんな可能性があるか――ぜひ、現実的に見直してみてください。築古ビルでも、人は集まり、選ばれる。その未来を切り拓くのは、オーナーの判断と、内装への投資です。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月17日執筆2025年11月17日 -
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築古オフィスビルを活かすインダストリアルリノベーション ~低コストで“今っぽい”空間を実現するための実践ガイド~
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古オフィスビルを活かすインダストリアルリノベーション~低コストで“今っぽい”空間を実現するための実践ガイド~」のタイトルで、2025年11月12日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次1.導入:築古オフィスビルの活用価値とトレンド2:低コストで、今っぽく見せるための基本ポイント3.インダストリアル・テイストの特徴と魅力4.「見せる配管」の活用術5.実際のリノベーション事例6.低コストとデザイン性を両立させるポイント7.まとめ:築古オフィスビル×インダストリアル・テイストの魅力 1.導入:築古オフィスビルの活用価値とトレンド 築古オフィスビルのリノベーションが近年、大きな注目を集めています。長くビジネス・エリアとして栄えたエリアに立地することも多く、年月を経た独特の風合いや街並みに溶け込む佇まいは、築古オフィスビルに、単なる箱としてではなく、過去の歴史を感じる“物語性”を持った空間としての付加価値が生まれます。また、既存の構造をうまく活かせば工事コストを抑えることが可能であり、その分をデザインや機能性の向上に回すなど、自由なアイデアを盛り込みやすいというメリットもあります。一方、社会全体では価値観や働き方の多様化が進み、シンプルかつ機能的な空間づくりへのニーズが強まっています。生活スタイルや働き方が大きく変化する中、「低コスト」でありながら「今っぽさ」を感じられる空間を実現するリノベーションに対する需要は、ますます高まっています。築古オフィスビルならではの味わいを活かしつつ、テナントのニーズや時代性に合わせた新しい価値を創造していくことが、これからのリノベーションの可能性といえるでしょう。 2:低コストで、今っぽく見せるための基本ポイント 近年、築古オフィスビルのリノベーションにおいて「低コスト」でありながら「今っぽく」見せることが重要なポイントとなっています。その実現の鍵を握るのは、装飾過多を避けるミニマルなデザイン、素材の持つラフな質感を活かすこと、そしてあえて「未完成感」を演出する手法です。それぞれのポイントを詳しく掘り下げながら、実践的なアイデアや具体例を交えて紹介します。 2-1.ミニマルデザインで費用削減と洗練を両立 ■ “残す”ことで生まれるコストダウン築古ビルの壁や床は、長年の使用により塗装が剥がれていたり、キズや凹凸があったりするものです。これを全面的に改修しようとすると大きなコストがかかります。一方で、そうした“経年変化”をあえて残し、保護や部分補修だけで済ませることで、施工費用を削減しつつ独特の風合いを残せます。たとえば、塗装の剥げ具合をそのまま活かし、上からクリア塗装だけ施せば、古さと新しさが混在する不思議な魅力をもつ空間を創り出すことができます。■ 無駄をそぎ落とすことで演出される洗練感ミニマルデザインの考え方に沿って、空間全体の色数を抑え、インテリアの装飾をシンプルにすることで、広がりや余白を感じさせられます。古い建物ならではの風合いが際立つだけでなく、導線や機能面もすっきりと整理されるため、オフィスや店舗としては使い勝手が向上します。 2-2.ラフな質感の活用 ■ コンクリートやOSB合板の可能性インダストリアル・テイストを象徴する素材といえば、やはりコンクリートの打ちっぱなしでしょう。新築で意図的に作るとなると相応の施工費がかかりますが、築古ビルの壁や柱からコンクリートが出てくるケースでは、下地処理を最小限に抑えるだけでそれらを“表の顔”として活用できます。一方、OSB合板は下地材として使用されることが多いですが、その独特の木材チップ模様はデザイン性が高く、低コストで個性的なアクセントウォールや家具を作ることが可能です。■ エージング加工と相性の良い素材“ラフな質感”をさらに際立たせるために、エージング(古びた風合いを人工的に与える加工)を施すこともあります。金属部分をわざと酸化させたり、木材をバーナーで炙って焦がしたりするなど、ちょっとした手間でドラマチックな見栄えを実現できるのも、ラフな素材の面白さです。 2-3.あえての未完成感 ■ 未完成がもたらす空間の自由度完成しきっていない状態をデザインに取り込むと、利用者がレイアウトや用途を柔軟に変化させやすくなります。壁の一部に仕上げを施さず、下地のまま残しておけば、将来的に簡単なDIYで棚を取り付けるなどの拡張もしやすくなります。企業の成長スピードが速いスタートアップなどでは、オフィスのレイアウト変更が頻繁に起こり得るため、このような“未完成”の状態がむしろ利点となるケースがあります。■ 施工工期の短縮とコスト削減仕上げを最小限にするということは、つまり施工工程を大きく削減できることを意味します。特に築古ビルのリノベーションでは、現状把握から解体、内装工事までに想定外の工程が生じることも珍しくありません。あえて完璧な仕上げを目指さず、最低限の補修とクリアコート程度で留めることで、工期も費用も抑えつつ、むしろ“味のある”空間が得られるのです。これらの「ミニマル」「ラフ」「未完成感」という要素を組み合わせることで、今注目される「インダストリアル・テイスト」を実現することが可能になります。次章では、このインダストリアル・テイストについて詳しく掘り下げ、その特徴や魅力を説明します。 3.インダストリアル・テイストの特徴と魅力 3-1.歴史的背景:産業革命から生まれた空間 インダストリアル・テイスト(Industrial style)は、その名のとおり産業的(industrial)な美意識に由来しており、19世紀末から20世紀初頭の欧米における産業革命期にルーツを持ちます。この時代は、蒸気機関や機械化技術の発展に伴い、大量生産と都市への人口集中が進んだ大変革の時代でした。イギリスではマンチェスターやリヴァプール、アメリカではニューヨークやシカゴなどの都市部を中心に大規模な工場や倉庫が次々と建設され、鉄骨、コンクリート、レンガなどの新しい建築素材が大量に使われるようになります。しかし、20世紀に入り、産業構造の変化や工場の郊外移転などが進むにつれて、都市部に残された多くの工場や倉庫が放置されるようになりました。荒れ果てたこれらの建物は、広いフロアや高い天井といった特徴を備えつつも、外壁や柱、配管などの無骨な構造がむき出しで、一般的な住宅やオフィスとは異なる雰囲気を醸し出していたのです。 3-2.20世紀中盤以降:アーティストとデザイナーによる再評価 こうした廃墟化した工場や倉庫に最初に目をつけたのが、1960年代から70年代にかけて活動した若いアーティストやデザイナーたちでした。ニューヨークのソーホー地区やブルックリン地区、ロンドンのイーストエンド地区などでは、家賃の安い廃工場や倉庫がギャラリーやアトリエ、住居として再利用され始めます。彼らは、予算の制約や実験精神もあって、鉄骨やレンガ壁、コンクリートの床、配管やダクトなどを隠すことなく、そのまま活かすことを選びました。それは意図的というより、「経済的理由」や「工事の手間を省く」という必要に迫られた結果でした。しかし、そのむき出しの配管や無機質なコンクリート壁が生み出す“無骨だが洗練された”魅力は、やがて意図せざる流行を生み、アンダーグラウンドの芸術家コミュニティを中心に注目されるようになります。これが、現在の「インダストリアル・テイスト」と呼ばれるスタイルの源流でした。 3-3.モダニズムからポストモダニズムへ:建築思想との関連 19世紀末から20世紀前半にかけて主流となっていたモダニズム建築は、“Less is more”に代表される機能主義と合理主義を追求し、装飾を廃した簡潔なフォルムに美しさを見出しました。ところが、1960年代以降になると、このモダニズム建築の均質的かつ無機質なデザインに対し疑問を呈する動きが生まれます。これがポストモダニズム建築の台頭です。ポストモダニズムでは、多様で複雑な表現を志向し、場合によっては構造体や機能部を意図的に露出させ、建築物自体を“建築の内面を外部に可視化したオブジェ”としてデザインするという試みが見られます。その代表例が、レンゾ・ピアノとリチャード・ロジャースによるパリのポンピドゥーセンター(1977年)です。構造体や配管類をあえて外部に剥き出しにし、それ自体を装飾として強調する手法は、当時の建築界に大きな衝撃を与えました。さらには、フランク・ゲーリーのように、建物の外壁を歪ませたり、素材そのものの質感を強調するようなデザインを打ち出す建築家も登場しました。こうしたポストモダニズムの考え方が、アーティストやデザイナーによる“廃工場・倉庫の再利用”の動きと結びつき、従来の建築常識ではタブーとされた“むき出しの構造”や“未完成のような仕上げ”をポジティブに評価する風潮が広がっていきます。これこそが、現在私たちがインダストリアル・テイストと呼ぶスタイルの大きな思想的背景になっているのです。 3-4.インダストリアル・テイストを形づくる要素 インダストリアル・テイストの具体的な特徴は、以下のような要素に集約されます。■ 素材の露出鉄骨(スチールフレーム)やコンクリート、レンガ壁、金属管(配管・ダクト)など、産業建築における構造材や機能部品を隠さずに見せる。■ 無骨さと重厚感レンガやコンクリートがもたらす無機質で重厚な雰囲気、鉄骨や金属素材が放つクールさと線のシャープさ。■ 未完成感・ラフな仕上げ塗装が剥げたり、下地がむき出しになった状態をあえて残すことで、長年使用された建物特有の味わいを活かす。■ 大きな空間と高い天井工場や倉庫などにもともと備わっているオープンな空間構成を活かし、壁や区切りを最小限にする。■ モノクロやアースカラーを基調とした配色素材そのものの色(灰色のコンクリート、茶色のレンガ、黒い鉄骨など)を活かし、過度な装飾や多彩な色を使わない。 3-5.なぜ現代で支持され続けているのか? ■ 多様化する価値観や働き方との相性モダニズム建築が追求した“合理主義”は、多くのメリットをもたらしながらも、行き過ぎると無機質・没個性的になりがちでした。現代ではSNSやクラウドサービスの普及により、人々がさまざまな場所・時間・手段で働き、暮らすようになっています。そのなかで、個性ある空間へのニーズが高まり、画一的ではない“個”を尊重するスタイルが好まれています。インダストリアル・テイストは、まさに“個性的な素材・構造”を大きな特徴とするため、この潮流に合致しているのです。■ “無骨さ”と“クールさ”の絶妙なバランスインダストリアル・テイストがもたらす無骨でありながらクールな印象は、特にオフィス空間や店舗デザインで引き合いが多い理由の一つです。画一的なオフィスでは得られないアーティスティックな雰囲気が、スタートアップ企業やクリエイティブ業界などで人気を博しています。スタッフの想像力やコミュニケーション意欲を高め、職場への愛着が増すといった効果も期待できるでしょう。■ コストと環境への配慮インダストリアル・テイストでは、配管やコンクリートを“隠す”内装仕上げを行わない分、低コストでの施工が可能になる場合があります。また、既存の建物や素材をそのまま利用することで、廃材や新材の使用量を減らし、環境への負荷を低減できる点も魅力です。建築のサステナビリティが求められる現代において、“再利用”と“デザイン”を両立させる手法として、インダストリアル・テイストがますます注目されているのです。 4.「見せる配管」の活用術 築古ビルをリノベーションする際、低コストかつ魅力的に見せる代表的なアプローチとして「見せる配管」が挙げられます。従来であれば壁や天井の中に隠す空調ダクトや電気配線を、あえて露出させる手法を指します。空間の一部としてむき出しの配管やダクトが走る様子が視覚的に面白く、機能美をそのままデザインに取り込むことができます。オフィスビルのリノベーションにおいて、この手法は低コストとデザイン性を高レベルで両立できるアプローチとして注目されています。 4-1.「見せる配管」のメリット ①コスト削減・工期短縮■ 隠蔽工事が不要本来、天井裏や壁内部に配管を収めるための造作工事が必要ですが、見せる配管を採用すればこれを省けるため、工事費の削減と工期の短縮が期待できます。築古ビルでは想定外の補修が発生するケースも多いので、浮いた費用を別の設備投資に回せる点は大きなメリットです。■ 投資回収のスピードアップ施工期間が短くなると、テナントの入居開始時期が早まり、オーナーや投資家にとっては投資回収のスピードを上げやすくなる利点もあります。② 空間のインパクト向上■ 素材の質感・色合いを活かす配管に使われる金属や樹脂などの素材感が、無骨ながらも独特の存在感を演出します。インダストリアル・テイストを強調するうえで非常に効果的です。■ 意外性によるデザインの面白み通常は隠される要素を見せることで、“意表を突く”デザイン上の面白みを生み、訪れた人の記憶に残るオフィス空間となります。③ メンテナンスの容易性■ 点検・修理が簡単露出しているため、配管の劣化や異常に気づきやすく、万が一の修理作業も大掛かりな壁や天井の解体を行わずに済む可能性が高いです。■ ランニングコスト削減配管周りの補修に大きな費用をかけずに済むため、長期的な運用コストを抑えられます。 4-2.具体的な「見せる配管」デザイン事例 ① 統一感を出す塗装■ 配管を天井や壁面と同色に白い天井に白いダクトを走らせると、光や影のグラデーションが適度な奥行きを生み出し、クールな印象になります。グレーや黒で塗装し、全体をモノトーンにまとめる事例も多く、落ち着いた大人の空間を演出できます。■ 塗装の仕上がりにこだわるマット調や半艶仕上げなど、塗料の種類によってダクト表面の質感が変わり、全体の雰囲気にも影響を与えます。オフィスのブランドイメージやコンセプトに合わせて選ぶのがおすすめです。② アクセントカラーで個性を演出■ 企業カラーの取り入れロゴやコーポレートカラーと同じ色で配管を塗装すると、一体感のあるオフィス空間を手軽に作れます。訪問者に企業イメージを強くアピールするブランディング手法としても効果的です。■ メタリックカラーや黒でシャープに配管をあえて黒やシルバーメタリックに仕上げると、機械的で洗練された印象が強まり、インダストリアルの世界観をさらに引き立てます。③ 素材感をそのまま活かす■ 無塗装によるリアルなインダストリアル感ステンレスやガルバリウム鋼板など、素材そのものが美しい光沢や質感を持つ場合は、塗装を行わずにむき出しのままにするのも一つの方法です。シンプルな内装とのコントラストが際立ち、独特の迫力ある空間を演出できます。■ 経年変化を楽しむやや錆びた金属感や酸化による色変化は、ヴィンテージライクなテイストを好む層にとって魅力的な要素です。ただしオフィスとして快適さを損なわないよう、クリア塗装で表面を保護するなどの工夫も必要になります。④ 照明との融合:機能性とデザイン性の両立■ レール型LEDの取り付け空調ダクトに沿ってレール型照明を設置し、必要に応じて照明の位置や角度を変えられるようにしておけば、空間の使い方が変わっても柔軟に対応できます。■ 吊り下げ照明でアクセントダクトや配管から吊るすペンダントライトを複数配置すれば、照明自体がインテリアの一部として映え、インダストリアルな雰囲気を高めると同時に作業エリアの照度を確保できます。■ 天井高の有効活用築古ビルの場合、元の天井がそれほど高くないケースもありますが、“見せる配管”と“照明の一体化”を図ることで圧迫感を軽減し、開放的な印象を維持できます。 4-3.導入時の注意点とメンテナンス ① 法規や安全性の確保■ 建築基準法や消防法を遵守特に耐火性能が求められる配管やダクトの露出には注意が必要です。万一の火災時に配管が延焼経路にならないか、避難動線に支障はないかなど、事前に専門家との協議を行いましょう。■ 防災設備との位置関係火災報知器やスプリンクラーの配置にも影響を与える場合があります。配管が検知機器を遮ってしまうと消防法に抵触する可能性があるため、施工計画を緻密に立てる必要があります。■ 既存躯体の調査と補修築古ビルのリノベーションでは、躯体や配管などが思いのほか傷んでいる可能性があります。安全性を確保するために専門家による調査を徹底し、必要な補修を行ったうえでデザインに活かすよう計画しましょう。② メンテナンス対応の重要性■ ホコリや汚れの蓄積配管がむき出しだと、どうしてもホコリや汚れが目立ちやすいです。掃除のアクセスルートを確保し、高所作業車や脚立を使った清掃の手間を考慮しておく必要があります。■ 結露や温度差による劣化冷暖房機能をもつ配管(空調ダクトなど)は結露しやすく、周囲の建材を傷める可能性も。ドレン配管の処理や、保温材の選定などをしっかり行い、長期的な耐久性を担保しましょう。③デザインバランスと快適性■ 居心地との両立露出配管や無機質な素材が増えると、空間が冷たい印象になりがちです。オフィスで働くスタッフのモチベーションや居心地を考慮するなら、木材やファブリック素材などをバランスよく取り入れて柔らかさを補完しましょう。■ 企業のブランドイメージやコンセプトとの整合企業のブランドイメージやコンセプトに合わせて、インダストリアル・テイストの度合いを調整することも大切です。すべてを無骨なままにするのではなく、部分的に洗練された仕上げを施すなど、メリハリを意識すると良いでしょう。■ 空間レイアウトの柔軟性オープンな空間を活かすリノベーションが多いインダストリアル・スタイルでは、パーティションを工夫したり、ガラス張りの仕切りや可動式の間仕切りを取り入れるなど、空間の柔軟性を高め、機能的なゾーニングについても配慮する必要があります。■ ノイズや振動への対策稀に配管から出る風切り音や振動が気になるケースがあります。防振材の使用や配管の固定箇所の調整など、設計段階で対策を講じておくことが望ましいです。築古オフィスビルのリノベーションにおいて「見せる配管」は、コストを抑えつつも今っぽさと機能美を表現する非常に有効な手法です。素材そのものの特性を活かし、構造や機能を隠すのではなく、むしろ積極的にデザイン要素として捉えることで、現代の価値観に合致した魅力あるオフィス空間を生み出すことが可能になります。 「見せる配管」イメージ図 5.実際のリノベーション事例 事例1:老舗企業の営業所ビルを刷新、ショールーム兼オフィスへ■ 状況と背景・築30年以上が経過し、壁紙や天井材などの老朽化が目立つ営業所ビル。・社名や商品ブランディングの一環で、来訪者に「新しい企業イメージ」を感じてもらいたいという要望。■ リノベーション内容①天井をスケルトン化し、むき出しのダクトを採用 ・空調や給排気の配管を露出し、トーンを統一したグレーの塗装を施す。・天井を高く見せる効果があり、営業所内の圧迫感を軽減。②ショールームスペースに“見せる配管”+スポット照明を組み合わせ ・ダクトにレール型の照明を取り付け、展示商品に合わせて照射角度を随時変更可能に。・天井全体を暗めのカラーリングにすることで、商品のディスプレイが際立つ演出に成功。③インダストリアル・テイストで企業イメージを刷新 ・古い建物を大幅に改修することなく、“スケルトン+照明+塗装”だけで大きな変化を実現。・内装に金属調の什器を組み合わせることで、先進的なブランドイメージを伝える仕上がりとなった。■ 成果とポイント・既存ビルを解体せずに再利用することで、工期を最小限に抑えられた。・古い営業所のイメージを大幅に一新し、商談時の企業ブランディングにも役立っている。事例2:中規模オフィスビルの一角を設計事務所のアトリエに改装■状況と背景・地元の設計事務所が、既存の築古ビルの1フロアを借り受け、アトリエ兼オフィスとして活用。・クリエイティブな職場環境を目指し、無機質なデザインを採用したいとの要望。■リノベーション内容①配管の素材を敢えて活かし、未塗装のまま露出 ・ステンレスのダクトをそのまま活かし、自然光が差し込むとメタリックな輝きを放つ。・床面はコンクリートを薄く磨き上げ、クリアコーティングのみで仕上げ。②モジュール化された照明計画 ・ダクトに取り付けたレール照明で、作業机や模型置き場、打ち合わせスペースなどを柔軟に照らす。・シーンに応じてライトの向きを変えたり、増減させることで、多目的に使えるアトリエを実現。③ワークスペースに木材とファブリックをミックス ・クリエイターの長時間作業を考慮し、デスクとチェアには座り心地や疲れにくさを重視。・木製ラックと観葉植物をポイントで配置し、インダストリアルな無骨さを和らげる工夫も。■成果とポイント・設計事務所ならではの“素材を見せる”アトリエ空間が評判を呼び、クライアントとの打ち合わせ時に“デザイン事務所らしさ”をアピールできる。・配管のメンテナンスや設備点検がしやすく、オフィス移転コストやランニングコストを抑えられている。 6.低コストとデザイン性を両立させるポイント 6-1.余剰予算をどこに投資するか 築古ビルのリノベーションは、新築よりも建設費を抑えやすい傾向がある一方で、老朽化による設備補修や改修が思わぬコスト要因となる場合があります。そこで、まずは建物の躯体や設備の状態を入念に調査し、耐用年数や交換のタイミングを見極めることが肝心です。・基礎設備の優先度空調や給排水、電気配線などはビルの機能を支える基盤となるため、予算を確保して入念に整備すべきです。ここに予算を割き過ぎると、デザイン面での投資が難しくなる反面、逆に疎かにすると後々の維持管理コストが増大してしまいます。・内装のメリハリコスト削減が狙いやすい“見せる配管”やスケルトン天井などのインダストリアルな演出は、有効な低コスト手法の一例です。ただし、全体的に無骨にし過ぎると利用者の快適性が下がる恐れがあるため、必要な箇所には適切に予算を配分し、床材や照明などにメリハリをつけて投資することが大切です。 6-2.必要に応じて専門家の力を活用 築古ビルのリノベーションでは、古い建物ならではの図面不足や構造計算書の不備などに直面するケースが珍しくありません。こうした不確定要素をクリアし、安全性や建物の活用度を高めるには、専門家のアドバイスが不可欠です。・建築士や設備設計者耐震補強の必要性や設備の交換時期、配管計画など、幅広い視点で助言を得られます。・歴史的建造物に詳しいコンサルタント文化的・歴史的価値のある建物や景観保護が関係する場合、適切な保存方法や活用手段を提案してもらえます。・インテリアデザイナー“見せる配管”やインダストリアル・テイストの度合いを、トータルコーディネートの中でどう活かすかなど、空間演出や動線計画で力を発揮します。理想的には、設計・設備・デザインそれぞれの専門家とチームを組み、初期段階から協議を重ねながらプロジェクトを進めるのが望ましいと言えます。 6-3.情報共有とコミュニケーション リノベーション後のビルにテナントやオフィス利用者を迎え入れる場合は、あらかじめコンセプトやデザイン方針を十分に共有することが極めて重要です。・無骨さやインダストリアル感への理解インダストリアル・テイストは好き嫌いが分かれるスタイルとも言われます。配管の露出度、素材の選択、仕上げの程度をめぐり、意見が対立する可能性があります。・イメージのすり合わせ3Dパースやサンプル画像、塗料の見本などを用いて具体的なイメージを伝えることで、完成後の“ギャップ”を減らせます。こうした準備を怠ると、完成直前になって「こんなに無機質なのは想定外だった」といったトラブルが生じかねません。事前のコミュニケーションが、後戻りのない工事をスムーズに進めるためのカギとなります。 6-4.運用開始後のメンテナンスと改善 築古ビルのリノベーションでは、完成後も適切なメンテナンスと改善が不可欠です。特に“見せる配管”を採用している場合、日常的な清掃や定期点検が運用コストを左右します。・定期点検とクリーニングダクトや配管が露出している分、ホコリの蓄積や錆びなどが見えやすく、景観を損ねる場合があります。清掃の頻度や方法を具体的に決めておくことで、常にインダストリアルの格好良さを維持できます。・可変性の追求オフィスレイアウトの変更を想定する場合は、配管のルートや照明レールの設置に余裕を持たせ、後からアップグレードできる仕組みを検討しておくのがおすすめです。こうした運用面の計画をしっかり練っておくことで、リノベーションが完成した後もビルの価値を長く維持し、快適な環境を提供し続けられます。 7.まとめ:築古オフィスビル×インダストリアル・テイストの魅力 「見せる配管」はインダストリアル・テイストを代表する要素であり、低コスト・短工期・デザイン性という3つのメリットを提供します。築古ビルが持つ味わい深い素材や構造を最大限に活かしながら、機能性や維持管理のしやすさを兼ね備えた、個性的で魅力的な空間づくりを可能にするのが特徴です。一方で、配管を露出させる手法には法規や安全面での注意点があり、メンテナンス計画やデザインバランスの配慮も欠かせません。専門家との連携やテナント、関係者との丁寧なコミュニケーションを通じて、配管の露出度やカラーリング、照明計画などを総合的にプランニングすることで、“無骨でありながら洗練された”独自のオフィス空間が実現できます。インダストリアル・テイストは単なる一時的な流行ではなく、工業建築の歴史やポストモダニズム建築思想と深く結びついたスタイルであり、その背景を理解したうえで適切に応用することが求められます。コストを抑えつつ、強い個性と利便性を兼ね備えた空間を創り出すことが、築古オフィスビルリノベーションの成功の鍵と言えるでしょう。築古ビルは、新築では出せない経年変化や歴史的背景といった魅力を備えています。これらを積極的に活用し、現代のニーズに合わせて機能性をアップデートするリノベーションは、低コストで魅力的な空間を実現する新しい可能性を秘めています。インダストリアル・テイストを導入することで、古さと新しさ、無骨さと洗練さが絶妙に融合した世界観を演出できます。築古ビルのリノベーションは、単に外見を変えるだけでなく、設備や構造面の改善を通じて安全性や機能性も高めることで、資産価値の向上や地域の再活性化にも貢献します。実際に、空室が目立つ地域においても、リノベーションによる魅力的な空間づくりを通じて、新たな事業者やクリエイターを引き込み、地域活性化を成功させた事例も数多くあります。もちろん、施工費管理や法規制対応、維持管理計画など課題も多いですが、専門家との協力体制や関係者との密なコミュニケーションを図ることで、築古ビルが持つ潜在力を最大限に引き出すことは十分可能です。日本各地が抱える老朽建築や空きビル問題に対して、リノベーションを通じて現代のライフスタイルやビジネス環境にマッチした空間を提供することは、地域社会や都市の課題を解決する有効な手段となります。「見せる配管」をはじめとするインダストリアル・テイストの要素を巧みに取り入れ、築古ビルの新たな可能性を開拓していくことが、今後ますます求められていくでしょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月12日執筆2025年11月12日 -
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オフィスをリノベーションする際の減価償却の考え方とは?
皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事はオフィスをリノベーションする際の減価償却についてまとめたもので、2025年11月7日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。 オフィスビルなどの建物や車両といった資産は、年数の経過とともに価値が減少していきます。こうした価値の減少分を経費として、耐用年数にわたり計上していく会計処理を「減価償却」と呼びます。減価償却を行うことで、企業は毎年その分の経費を多く計上できるため、利益が減って税金の負担を軽減できる効果があります。今回は、オフィスビルのリノベーションをご検討されているオーナー様に向けて、リフォーム・リノベーション費用の減価償却の仕組みや計算方法、そして耐用年数について解説します 目次1.資本的支出とは2.減価償却費の計算3.修繕費とは4.減価償却とは5.減価償却のポイント「耐用年数」とは6.リノベーション費用の減価償却計算方法7.まとめ 1.資本的支出とは リフォームやリノベーションを行った場合、その費用は「資本的支出」か「修繕費」のどちらかに区分されます。費用を減価償却できるかどうかは、まずその費用が「資本的支出」に該当するかで判断されます。「資本的支出」とは、固定資産の修理・改良のために支出した費用のうち、その資産の使用可能期間を延長し、または価値を増加させる部分に対応する金額を指します。 2.減価償却費の計算 原則として「資本的支出」にあたる工事費用は、もともとの減価償却資産と種類・耐用年数が同一の新たな資産を取得したものとして取り扱われ、そこから減価償却費を計算します。一方、資産の通常の維持管理や資産の原状回復を目的とする支出(=「修繕費」)は、その支出があった年に一括して経費計上が可能です。 3.修繕費とは 以下に該当するものは「修繕費」として処理できます。・修理・改良のために要した費用が20万円未満の場合・修理・改良などが、おおむね3年以内の期間を周期として行われることが既往の実績等から明らかな場合・原状を回復するために支出した費用また、修理・改良費用のうち「資本的支出」か「修繕費」かが明らかでない金額がある場合、次のいずれかに該当するときは修繕費として損金経理をすることができます。・その金額が60万円未満の場合・その金額が、その修理・改良などを行った固定資産の前期末における取得価額のおおむね10%相当額以下である場合(参照)国税庁:第8節 資本的支出と修繕費 4.減価償却とは 賃貸経営に限らず、建物などの減価償却資産は使用を続けるうちに経年劣化で年々価値が下がっていきます。そのため、取得時に全額を経費計上するのではなく、使用可能期間(耐用年数)にわたって分割で経費として計上していく必要があります。これが「減価償却」の基本的な考え方です。建物だけではなく、室内外の設備や機械装置など、時間の経過によって価値が下がるものは対象となります。一方、土地のように価値が減らないものは対象外です。なお、リノベーション工事の内容によっては、新設・交換した住宅設備なども減価償却の対象となりますが、単なる原状回復を目的とする「修繕費」に該当する場合は、工事の完了した年に一括経費として計上できます。 5.減価償却のポイント「耐用年数」とは 「耐用年数」とは、その資産がどれくらいの期間使えるかを示すものです。減価償却の対象となる建物や設備には、税法上「法定耐用年数」が定められており、その期間にわたって減価償却を行うことになります。例えば、オフィスビルの建物の場合、以下のように構造によって法定耐用年数が変わります。 建物の構造耐用年数鉄骨鉄筋コンクリート造・鉄筋コンクリート造50年金属造(骨格材の肉厚が4mmを超えるもの)38年 建物附属設備の場合は、用途によって次のように定められています。 建物附属設備耐用年数冷房用・暖房用機器6年インターホン6年電気設備(照明設備を含む)15年給排水・衛生設備、ガス設備15年 (参照)国税庁:主な減価償却資産の耐用年数表 6.リノベーション費用の減価償却計算方法 減価償却の計算方法には、「定額法」と「定率法」の2種類があります。資産の種類ごとに利用できる方法は決まっており、建物は定額法のみが原則ですが、建物附属設備は定率法も選択可能です(もちろん定額法で計算することも可能です)。【建物】定額法の計算方法**「リフォーム費用 × 定額法の償却率」**で求めます。たとえば、金属造(骨格材の肉厚が4mm超)に分類される建物を1,000万円かけて改装した場合、耐用年数が38年で償却率が0.027と定められているので、1,000万円 × 0.027 = 270,000円となり、年間27万円を減価償却費として計上します。(参照)国税庁:減価償却資産の償却率表【建物附属設備】定率法の計算方法**「(リフォーム費用 - 償却累計額) × 定率法の償却率」**で求めます。たとえば、共用部のトイレ(給排水・衛生設備、耐用年数15年)を500万円かけて更新した場合、償却率は0.133となります。1年目:(5,000,000円 − 0) × 0.133 = 665,000円2年目:(5,000,000円 − 665,000円) × 0.133 = 576,555円…というように、年を追うごとに計上できる額が減少していきます。 定額法・定率法 それぞれの特徴●定額法のメリット・計算がシンプルで、初期の減価償却費が定率法に比べて少ないため、初年度の経費を抑えられます。・デメリットとしては、建物などの収益力が下がり保守費用が増えてくる後年になるほど、減価償却費の負担比率が高くなる点が挙げられます。●定率法のメリット・早い段階で多く費用計上できるため、投資額の回収を比較的早められます。・デメリットとしては、初期の償却負担が大きくなることで、早期に利益を圧迫する可能性があるほか、年数が経過するにつれて節税効果が薄れていきます。 7.まとめ オフィスビルのリノベーションの際は、単純に工事費だけを考えるのではなく、減価償却や耐用年数の知識を踏まえて資産運用を検討することが、節税対策にもつながります。同じ工事内容でも「資本的支出」に当たるのか「修繕費」に当たるのかで処理が大きく変わる場合もありますので、詳細は施工会社や信頼できる税理士など専門家に相談されるのがおすすめです。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年11月7日執筆2025年11月07日 -
ビルリノベーション
オフィスのトイレをリフォームしたい!|気になる費用を解説
皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事はオフィスのトイレをリフォームする際の費用についてまとめたもので、2025年11月4日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。 はじめに 空室の出てきた築古オフィスビルで、入居テナントのためにできることを考えたとき、真っ先に浮かぶのはトイレのリフォームではないでしょうか。トイレは毎日必ず使う場所であり、ビルにとっては入居者満足度やイメージを左右する非常に重要なポイントです。きれいで機能的なトイレは、入居テナントや来訪者にとっても快適に働く環境を作り出します。その一方で、「リフォームをやる」と一口に言っても、どの程度費用がかかるのかをまず知りたいという方が多いのではないでしょうか。費用を簡単に把握できれば、予算的に実行が可能かどうか、あるいはその費用を工面する必要があるのか、早めに判断することができます。費用の相場が分かっていれば、業者との打ち合わせや見積もり検討の際の指標にもなります。本稿では、簡単に費用を把握できる概算値と、実際に行われたオフィスビルのトイレリフォーム事例を参考にして、トイレリフォーム費用の概要を整理していきます。さらに、より詳しいリフォームの工程や、コストを左右する要因、リフォーム後の効果についても触れながら、総合的にトイレリフォーム費用を理解するための情報をお届けします。 目次1.オフィスのトイレリフォーム費用の相場2.実際のトイレリフォーム事例A3.実際のトイレリフォーム事例B4.費用に影響を与える主な要因5.リフォーム計画を成功させるポイント6.費用のまとめとおわりに 1.オフィスのトイレリフォーム費用の相場 1-1.トイレリフォームにおける「相場」の捉え方 オフィスの共用トイレをリフォームするのに、費用はいくらかかるのでしょうか。最初にリフォームの概要を掴みたいときに役立つのが、過去の実績や一般的にいわれる「相場」です。しかし、リフォーム案件は建物の状況、設備のグレード、工事範囲、既存設備の老朽度合いなどによって大きく変動します。何もかもゼロから新設する場合と、部分的に入れ替えるだけで済む場合では、当然費用に大きな差が出てきます。そのため、相場はあくまで目安と捉え、実際には現地調査や詳細見積もりで最終的な工事費を確認することが重要です。 1-2.大まかな指標となる2つの考え方 オフィスビルのトイレリフォームに関する費用を大まかに把握する方法として、以下の2つの指標がよく用いられます。①トイレの単位面積当たり単価20~30万円/㎡(66~99万円/坪)トイレの床面積がどれくらいかをベースにして見積もる方法です。床面積に合わせて、床・壁の内装材や配管・給排水工事に必要な費用などを大まかに算出します。オフィスビルであれば、小さく見ても1フロアあたり10㎡〜20㎡程度のトイレスペースがあることが多いですから、その面積に上記の単価を乗じると、大まかな金額が導き出せます。②便器の台数当たりの単価80~120万円/台こちらは便器1台あたりを基準にして費用を算出する方式です。大便器3台・小便器2台で合計5台なら、5台×80〜120万円=400〜600万円ほどが目安になります。この計算では、洗面台の数や内装工事の規模、給排水や電気工事などのセットを含めた金額がざっくりと含まれますが、実際にはグレード(自動洗浄タイプやセンサー付き水栓、ウォシュレット機能など)やレイアウト変更の有無によっても変わります。 2.実際のトイレリフォーム事例A ここからは、実際に行われたトイレリフォーム事例を具体的に見ていきましょう。理論だけでなく、実例を知ることで、相場との照らし合わせやイメージがしやすくなります。・所在:東京都文京区・築年数:33年・施工フロア:4,5階・1フロア面積:トイレ部分17.0㎡(5.1坪)・便器更新:大便器×3、小便器×2・洗面台更新:手洗い器×4・内装更新:床長尺シート貼替、壁SOP塗装パテ補修の上SOP塗り 2-1.事例Aの費用内訳 上記工事(1フロア)に**約450万円(税抜)**かかっています。このうち、解体工事費が約20万円、設備工事材料費が約200万円というのが主な内訳です。①トイレの単位面積あたり工事費450万円 ÷ 17.0㎡(5.1坪) = 26.4万円/㎡(88.2万円/坪)② 便器の台数当たりの単価450万円 ÷ 5台 = 90万円/台上記計算から、**1章で挙げた相場(20〜30万円/㎡、80〜120万円/台)**の範囲内におおむね収まっていることがわかります。 2-2.工事内容の特徴と留意点 ・設備工事材料費の占める割合:費用のかなりの部分を設備工事の材料費が占めていることがわかります。古い配管を撤去して新たな給排水設備を設置するなど、見えない部分でのコストが意外とかかる点に注意が必要です。・内装の仕上げレベル:壁をSOP塗装しているため、タイル貼りや高級クロスを使った場合よりも安価になっている可能性があります。仕上げの選択により、見た目や耐久性、メンテナンス性、そしてコストが大きく変わります。 3.実際のトイレリフォーム事例B 続いて、もう一つの事例を見ていきましょう。・所在:東京都文京区・築年数:30年・施工フロア:5階・1フロア面積:トイレ部分18.5㎡(5.6坪)・便器更新:大便器×3、小便器×2・洗面台更新:手洗い器×4・内装更新:床長尺シート貼替、壁SOP塗装の上SOP塗り 3-1.事例Bの費用内訳 上記工事に**約510万円(税抜)**かかっています。このうち解体工事費が約30万円、設備工事材料費が約265万円でした。①トイレの単位面積あたり工事費510万円 ÷ 18.5㎡(5.6坪) = 27.5万円/㎡(91.0万円/坪)② 便器の台数当たりの単価510万円 ÷ 5台 = 102万円/台こちらの事例も事例Aと同様に、1章で提示した相場の範囲内であることが確認できます。 3-2.事例Bから見えるポイント ・解体費用の差:事例Aより少し解体工事費が高めです。床下や壁内の配管が複雑だった、あるいは既存の内装や下地の状態によって撤去工事の手間が増えた可能性があります。・設備コストの増加要因:事例Aと比較して、設備工事材料費もやや高めです。これは材料のグレードや配管系の更新範囲が異なることが想定されます。同じような規模でも、既存設備の老朽度合いや使用する機器のレベルでこれだけ差が出るということがわかります。 4.費用に影響を与える主な要因 トイレリフォームは上記のように相場という大枠がありますが、実際は個別の事情で金額が上下します。ここでは、費用に影響を与える主な要因を整理します。 4-1.既存配管の状態 築古ビルの場合、配管がかなり老朽化しているケースもあります。錆びや詰まりが激しいと、配管の総取り替えが必要になり、設備工事費が大幅に増加します。逆に、まだ比較的使用できる状態であれば、一部交換や補強だけで済ませられることもあります。 4-2.給排水設備・トイレ機器のグレード ・節水型の便器やウォシュレット機能付き便器、自動洗浄小便器など、最新機能を盛り込むほどコストは上がります。・洗面台の素材や水栓のタイプも、一般的なレバー水栓に比べ、センサー式や自動水栓は高価です。・内装材もタイル仕上げや高級クロス、あるいは耐水性・耐久性に優れた材料ほど費用がかさみます。 4-3.レイアウト変更の有無 トイレ個室の配置や数を変更したり、バリアフリー対応でブーススペースを拡張したりする場合は、間仕切り壁の撤去や新設、給排水配管のルート変更などの工事が必要となります。特に配管の大幅な変更は費用を押し上げる原因になりがちです。 4-4.工事の範囲 トイレ空間だけでなく、パウダールームや廊下も含めて一体的にリニューアルするかどうかで費用は大きく変わります。また、照明をLEDに変更する、換気設備を追加するなどの電気工事も範囲に含めると、追加費用が発生します。 4-5.施工スケジュールや夜間工事の有無 オフィスビルでは日中の工事が難しく、夜間や休日に工事する場合もあります。夜間工事や連休期間での集中工事では、人工(にんく:人件費)が割増になることもあるため、施工スケジュールの組み方で費用が左右されることがあります。 5.リフォーム計画を成功させるポイント トイレリフォームを円滑に進め、コスト面でも納得のいく結果を得るためには、計画段階からのポイントを押さえておくことが重要です。ここでは、実際に工事を発注したり、施工会社とやり取りをする上でのアドバイスをご紹介します。 5-1.現地調査を徹底し、正確な見積もりを得る 相場を把握することは大切ですが、最終的には現地調査をしてもらった上で正式な見積もりを取ることが欠かせません。配管の状態や既存内装の下地、電気設備の容量など、建物ごとの事情を反映してはじめて、正確な金額がわかります。 5-2.優先順位を明確にする 「とにかく最新の機能を全部取り入れたい」「見た目を最高にしたい」など、要望はいろいろと出てくるかもしれませんが、コストとのバランスを考慮した優先順位を決めておくことが大切です。・節水効果を狙いたいのか・ウォシュレット機能を充実させたいのか・デザイン重視なのか・日常清掃が楽になる仕上げ材を選びたいのか等々、優先度を明確にすると、設備や内装の選定段階で迷いが少なくなり、スムーズに発注できます。 5-3.テナントや利用者の声をヒアリング オフィスビルのトイレは「利用者の満足度」が非常に重要です。工事を決める前に、テナントや従業員から現在のトイレに対する不満や要望をリサーチしておくと良いでしょう。実際に不満が多い箇所は費用をかけてでも改善することで、入居者満足度の向上につながり、空室対策にも大きく寄与します。 5-4.メンテナンス性や清掃性にも配慮する リフォーム後のトイレを長期にわたって快適に保つために、メンテナンスのしやすさや清掃性を重視することが大切です。特に、汚れが付きにくい便器や、ワンタッチで取り外しできるウォシュレット機能など、清掃が簡単になる機能を選んでおくと、日々の維持管理コストを抑えられます。 5-5.バリアフリーやジェンダーレス対応を検討 近年は、バリアフリー対応やユニバーサルデザインを取り入れるケースが増えてきました。車椅子利用者でも使いやすい広めのブース、手すりの設置、段差の解消などは、多様な利用者が訪れるオフィスビルにおいて重要な要素です。また、ジェンダーレスや多目的トイレの検討も、ビルとしてのイメージ向上や利用者の安心感につながります。これらの新しいニーズへの対応は、工事費用を増加させる場合もありますが、将来的な価値を高める点で検討する価値があります。 5-6.施工会社選びは複数社比較で リフォーム費用は施工会社ごとに差があります。少なくとも2〜3社の工事会社から相見積もりを取り、工事内容や条件を比較検討しましょう。価格だけでなく、工事内容の詳細やアフターサービスの有無、施工実績なども考慮すると、より納得できる発注先を選ぶことができます。 6.費用のまとめとおわりに 6-1. 費用のまとめ 本稿では、オフィスビルのトイレリフォーム費用を相場と実際の事例の両面から概観してきました。事例A・事例Bの費用をみると、下記の**相場の数値(1章で紹介したもの)**におおむね納まっていることがわかります。①トイレの単位面積当たりリフォーム単価:20~30万円/㎡(66~99万円/坪)②トイレの便器の台数(小便器+大便器の数)当たりのリフォーム単価:80~120万円/台とはいえ、既存建物の状況やトイレ機器のグレード、解体工事の範囲、内装仕上げの種類などの要素によって、解体工事費・内装工事・設備工事・電気工事・大工工事などの費用は変動します。一概に「〇〇万円で大丈夫」と言い切れないのがリフォームの難しさでもあります。しかし、概算ベースで「大体これくらいになる」という指標を持っておけば、リフォームをやるかどうかの初期判断を下す際に役立ちます。 6-2. 今後の進め方 もし、トイレリフォームをやろうかどうか迷っている段階であれば、まずは簡単に床面積や便器数をベースに概算費用を出してみてください。そのうえで、実際に施工会社に現地調査してもらい、詳細見積もりを取ることをおすすめします。また、テナントや従業員の声をよく聞き、どういった改善を望まれているのかを明確にすることも非常に重要です。コストを抑えるための妥協点と、入居者満足度を高めるために譲れない部分をしっかりとすり合わせ、計画に反映させましょう。 6-3. おわりに 本稿では、オフィスビルのトイレのリフォーム費用について、大まかな相場から具体的な事例、その費用に影響を与える要因やリフォーム成功のポイントまでを一通り解説しました。「どれくらい費用がかかるかイメージできない」という悩みをお持ちの方が多いと思いますが、今回ご紹介した相場と事例を目安に、まずはプランを立ててみてください。実際の金額は現場の状況や選ぶ設備で変わりますが、早期の概算把握は意思決定をスムーズにする大きな助けになります。もしやろうかどうしようか迷っていらっしゃったら、ぜひこの費用感を参考にしてみてください。清潔で使いやすいトイレにすることは、入居テナントの満足度やビルの価値向上にもつながります。ぜひ前向きにご検討いただければと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。皆様のリフォーム計画が成功に導かれることを心より願っております。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年11月4日執筆2025年11月04日 -
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オフィスのトイレをリフォームする際に気を付けるポイント5点
皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事はトイレをリフォームする際に気を付けるポイントについてまとめたもので、2025年10月29日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願い致します。 オフィスビルが経年劣化によって古くなり、改修の必要性を感じたとき、まず優先的に検討したいのがトイレのリフォームです。使用頻度が高く、清潔感やデザイン、カラーリングの好みなど、テナントや利用者それぞれのニーズが分かれる設備だからです。また、空室対策としても重要であり、ビルの印象を左右する要素でもあります。本コラムでは、オフィスのトイレをリフォーム・リノベーションする際に注意しておきたい5つのポイントを挙げ、それぞれ詳しく解説します。必要最低限の基準から、より快適で品のあるオフィスビルをつくるための視点まで、幅広く確認していきましょう。 目次1.【平面配置1】エレベータホールからトイレの入り口が見えていませんか?2.【平面配置2】トイレの箇所数は足りていますか?3.排水経路は素直に確保されていますか?4.衛生管理・ニオイ対策は十分ですか?5.バリアフリー・ユニバーサルデザインを意識していますか?まとめ 1.【平面配置1】エレベータホールからトイレの入り口が見えていませんか? 「品のあるオフィスビル」を目指すうえで、まず気を付けたいのがトイレの入り口の位置です。エレベータを降りたときやエレベータホールで待っているときに、トイレの入り口が直接見えるレイアウトはできるだけ避けたいところです。これはプライバシー確保の観点からも、昨今の主流となっています。トイレのドアがエレベータホールから丸見えだと、利用者は少し落ち着かないかもしれません。また、雰囲気のよいオフィスビルとしてアピールしたい場合も、トイレの入り口が目立ちすぎると全体のイメージを損なうおそれがあります。もし、エレベータホールからトイレの入り口が視線に入るレイアウトになっている場合は、廊下の配置やトイレの入り口の位置を再検討し、できる限り目立たないようにリノベーションを進めましょう。その際、貸室面積をなるべく減らさない工夫をしながら、トイレや給湯コーナーなどの水回りをうまく再配置していくことが大切です。 2.【平面配置2】トイレの箇所数は足りていますか? 次に注意したいのが、トイレの便器数や洗面台数など「箇所数」が適正かどうかです。利用者数に対して便器が少ないと、どうしても待ち時間が発生しやすくなり、ストレスが高まります。反対に、便器数が多すぎると貸室面積を圧迫するため、賃料収入への影響が懸念されます。●待ち時間のレベル・レベル1: ほとんど待ち時間がなく、非常に良好なサービスレベル・レベル2: 一般的なサービスレベル・レベル3: 最低限のレベル賃貸オフィスビルの収益を重視するなら、必ずしもレベル1を目指す必要はありません。しかし、最低限のレベル(レベル3)では「トイレがいつも混んでいる」「男女で兼用している個室がひとつだけ」という状態になりかねません。そのため、余裕があればレベル2を目指す配置にしておくほうが、結果的にはテナント満足度の向上につながります。●法的な基準(事務所衛生基準規則)オフィス(事務所)においては、労働安全衛生法の事務所衛生基準規則で**トイレの最低必要個数(レベル3相当)**が定められています。具体的には、次のように便器数が設定されています(例としてオフィスの天井高2.5mで、男性7割の職場の場合、女性5割の職場の場合を想定)。・男性用大便所の便房数: 同時に就業する男性労働者60人以内ごとに1個以上 →男性7割の職場で事務所面積342㎡(約103坪)以内ごとに1個以上・男性用小便所の箇所数: 同時に就業する男性労働者30人以内ごとに1個以上 →男性7割の職場で事務所面積171㎡(約51坪)以内ごとに1個以上・女性用便所の便房数: 同時に就業する女性労働者20人以内ごとに1個以上 →女性が5割の職場で事務所面積160㎡(約48坪)以内ごとに1個以上同時に就業する労働者が常時10人以内の場合は、男女を区別しない「独立個室型の便所」を1つ設置すれば基準を満たすなど、例外的な規定もあります。しかし、これはあくまで最低限の基準です。実際には、便器がひとつきりだと誰かが使用中の場合、常に待ちが発生します。●レベル2への配慮ある程度の余裕を持たせるためには、女性用便所の便房数や洗面台数は2つ以上確保する、男性用小便所も2カ所以上設けるなど、混雑が起きにくい配置にするのがおすすめです。特に女性用トイレは混雑しやすいため、便房数や洗面スペースの広さも重視したいポイントといえるでしょう。利用者目線で「どこで混雑し、どのくらい待つのか」をイメージしながら、無理のない計画を立てるとスムーズです。 3.排水経路は素直に確保されていますか? トイレのリフォーム・リノベーションを検討するときに見落としがちな要素が、排水経路です。水回りの工事には給排水工事が伴い、特に排水縦管の位置をよく確認して計画を進める必要があります。・既存の縦管をできるだけ活用するのがセオリー・トイレ配置を大きく変える場合、横引き管のルートも大幅に変わる可能性がある・横引き管の勾配をスラブ(床)の上で取るか、スラブを貫通して下階の天井裏で取るかを慎重に検討基本的にはリフォーム前と同じ配管方法が望ましいですが、床の段差や天井裏のスペースなどの制約から、どうしても変更を余儀なくされるケースもあります。スラブ上で勾配を取ると廊下や室内に段差が生じ、バリアフリーの観点から好ましくない場合があります。一方で、スラブ下を通す場合は下階の天井裏を工事する必要があり、工期や費用が増える可能性が高いです。どちらを選択するにしても、建物の構造や階高、既存天井の状況などを踏まえたうえで、最適解を探ることが重要です。段差の発生や勾配不足による詰まりなど、不具合が起きないように慎重に計画を立てましょう。 4.衛生管理・ニオイ対策は十分ですか? トイレをリフォームする際、衛生管理とニオイ対策は見落とせない重要ポイントです。どんなにデザイン性を高めても、ニオイや汚れが目立つようでは利用者の不満につながりやすいからです。清潔感を維持するためにも、以下のような点を意識しましょう。4-1. 清掃性を考慮した仕上げ材の選定床や壁の仕上げ材によっては、汚れがつきやすかったり落ちにくかったりすることがあります。特に目地が多いタイルや、表面がザラザラした素材は汚れが蓄積しやすいため、清掃性を考慮した素材やコーティングを選ぶのがおすすめです。汚れがたまったときに簡単に拭き取れるかどうか、清掃スタッフの手間やコストにも配慮しましょう。4-2. 換気設備の強化と消臭機能の導入トイレのニオイ対策として、換気扇の風量アップや排気ダクトの増設、あるいは脱臭機の導入などを検討すると効果的です。機械換気が不十分だと、こもったニオイがなかなか排出されず、利用者に不快感を与えます。近年は、天井埋め込み型の消臭・脱臭装置や自動消臭機能付きの便器など、さまざまな選択肢があります。導入コストはかかるものの、快適な空間づくりに直結するため、リフォーム時に合わせて検討するとよいでしょう。4-3. 手洗い・衛生用品の充実洗面台の数やハンドソープ、ペーパータオル・ジェットタオルなど、清潔を維持するための設備も大切です。オフィスであれば、従業員だけでなく来客が使うケースも考えられます。洗面スペースが狭いと水はねや混雑を起こしやすく、清潔感を保ちにくい要因となります。また、感染症対策の観点から、自動水栓(センサー式)や非接触型のハンドドライヤーなどの導入も検討してみましょう。設備を充実させることで、衛生環境の向上だけでなく、企業のイメージアップにもつながります。 5.バリアフリー・ユニバーサルデザインを意識していますか? オフィスビルの利用者は、年齢や身体的状況など実にさまざまです。快適なオフィス環境を整えるうえで、バリアフリーやユニバーサルデザインの視点は欠かせません。バリアフリーに対応したトイレを整備することで、より多様な人々に使いやすいオフィスを実現できます。5-1. 段差の解消前述の排水経路の問題と関連して、段差の解消は大きな課題となります。スロープや手すりの設置、車いす利用者が回転できるスペースの確保など、法的な基準だけでなく実際の使いやすさを考慮した計画が重要です。5-2. 多目的トイレの設置車いす利用者だけでなく、高齢者や妊婦、乳幼児連れの利用者など、さまざまな人々が安心して使える多目的トイレを設けることも検討しましょう。洗面台やベビーベッド、緊急呼び出しボタンなどが備わった多目的トイレは、ビルの価値を高める大きなポイントです。5-3. 安全性と快適性手すりの位置やドアの開閉方向、床の素材選びなど、高齢者や身体障がい者に配慮した設計はもちろん、全ての利用者が快適に使える工夫を意識しましょう。実際に車いすでの動きをシミュレーションするなど、リフォーム前にしっかりと確認しておくことが重要です。 まとめ オフィスのトイレをリフォームする際は、まずは平面配置やトイレの箇所数、排水経路をプロの視点で見直してもらうのがおすすめです。とくに以下の5つのポイントに注目すると、利用者の満足度を大きく左右する要素を押さえられます。1.エレベータホールからトイレの入り口が直接見えていませんか?プライバシーの確保や品のあるオフィスのイメージづくりに大きく影響。2.トイレの箇所数(便器・洗面台など)は十分ですか?待ち時間を減らしつつ貸室面積を確保する、バランス感覚が重要。3.排水経路は素直に確保されていますか?スラブ上・下の配管ルートや勾配を慎重に検討し、段差や詰まりを回避。4.衛生管理・ニオイ対策は十分ですか?仕上げ材の選択や換気設備の強化など、清潔感を維持するための工夫。5.バリアフリー・ユニバーサルデザインを意識していますか?段差の解消や多目的トイレの設置など、誰もが使いやすい空間づくり。 リフォーム費用と施工会社の選び方 トイレのリフォーム費用は、**便器1台あたり約100~200万円(洗面台や内装費用を含む)**が一般的な目安です。デザイン性の高い設備を導入したり、排水方式を大幅に変更したりすると、費用がさらにかさむ場合があります。機能面やデザイン性を優先しすぎると、工事の複雑化によるトラブルを招く可能性もあるため、建物診断の知見を持つ設計・施工会社とともに無理のない計画を立てることが大切です。リフォームやリノベーションは既存建物を活かして進めるため、建物の図面や現況の調査が欠かせません。給排水設備や構造の制約、必要なバリアフリー対応の範囲などを事前にしっかり把握し、プロと十分に打ち合わせを行いましょう。トイレの使いやすさは、オフィスビル全体の満足度とイメージにも大きく影響します。テナントや利用者の立場に立った配慮を積み重ね、より魅力的なオフィスを実現してください。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年10月29日執筆2025年10月29日 -
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リフォームとリノベーションの違いとは?|再生に関する用語を解説
皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事は、建築再生に関する用語についてまとめたもので、2025年10月27日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事になればと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。 オフィスの空室対策として「リフォーム」や「リノベーション」を行うことは、近年ますます注目を集めています。ところで、この「リフォーム」と「リノベーション」という言葉には、どのような違いがあるのでしょうか。この記事では、その他の建築再生に関する用語も含め、きちんと整理してみたいと思います。本コラムは、辞書のようにお使いいただけます。建築再生に関して意味がわからない用語に出会ったら、ぜひ本コラムに戻ってご確認ください。 目次1.「リフォーム」と「リノベーション」の違い2.その他の建築再生に関する用語(英語)3.建築再生に関する用語(日本語) 1.「リフォーム」と「リノベーション」の違い まず、オフィスの再生を語る上で基本となる「リフォーム」と「リノベーション」の違いを確認しましょう。一般的には、以下のように区別されることが多いです。リフォーム(Reform)・既存の設備や内装が老朽化・破損した部分を、元の状態に戻す・新しく直す工事を指します。・具体的には、古くなった壁や床材を貼り替えたり、壊れた水まわり設備を交換するなどが典型的な例です。・比較的簡易な工事が多い一方、建物の性能やコンセプトそのものを大きく変えるようなことはあまり想定していません。・英語では、服の仕立て直し等の意味で使われることがあります。リノベーション(Renovation)・元の設計やイメージを大きく変える、建物の価値を「刷新」するための改修工事を指します。・単なる補修に留まらず、意匠設計や機能性の観点から大幅にアップグレードし、建物の資産価値を向上させることが大きな目的となります。・空間の間取りやデザインを一新し、最新の設備を導入するなど、ある程度の広さを伴う大掛かりな工事である場合が多いです。・英語では、広く「再生」を意味します。オフィスビルにおいても、単に古くなったトイレを取り替える「リフォーム」にとどまらず、ビル全体のコンセプトやブランドイメージに合わせてデザインを一新する「リノベーション」を行うほうが、空室対策として高い効果が期待できます。共用部を刷新してイメージアップを図るだけでなく、働く人にとっての利便性や快適性を向上させることで、「このビルに入居したい」という明確な魅力を打ち出すことができるのです。 2.その他の建築再生に関する用語(英語) リニューアル(Renewal)・リノベーションが「ある程度の広さを持ったグレードアップ・改修工事」を指すのに対して、部分的な改修にもビル全体の改修にも使われることがあります。・特に非住宅の再生を指して用いられることが多く、リフォームと違って機能や意匠をアップグレードして建物の価値を「刷新」する意味が含まれます。・英語では「アーバン・リニューアル(都市再開発)」など、建て替えに近い意味で使われることもあります。コンバージョン(Conversion)・建築物の元の用途を大きく変える行為を指します。「用途変更」「転用」とも呼ばれ、英語でも同様の意味を表します。・日本では、廃校になった校舎のコンバージョンや企業の社宅・寮を高齢者居住施設へ転用するなどの事例がありました。1990年代半ばからは、海外の大都市で盛んになった「空きオフィスから住宅へのコンバージョン」が注目されるようになり、一般的に使われる用語となりました。メンテナンス(Maintenance)・建物、機器、機械、情報通信システムなどのインフラを正常な状態に保つことをいいます。・保守や保全とも呼ばれ、日常的な保守点検、整備、交換、修理などを含みます。英語でも同様の意味です。モダニゼーション(Modernization)・既存の建築や建築の部位を、現在の生活様式や要求に合わせる形で改良・再生することを指します。 3.建築再生に関する用語(日本語) 既存建物に手を加える行為を総称して「建築再生」と呼んでいますが、さまざまな用語が用いられています。混乱しないよう、以下に整理しておきましょう。(*1は日本建築学会「建築物の耐久計画に関する考え方」(1988年)、*2は建築基準法第2条第5、13、14号、*3及び英語表現は松村秀一編著「建築再生学」(2016年)によります。) 維持保全 *1対象物の初期の性能および機能を維持するために行う行為。英語ではMaintenance。改修 *1劣化した建築物などの性能、機能を初期の水準以上に改善すること。これには修繕も含まれる。英語ではImprovement、Modifying、Renovation。改善劣化した建築物などの性能、機能を初期の水準を上回って良くすること。英語ではImprovement、Modifying、Renovation。改装 *1建築物の外装、内装などの仕上げ部分を模様替えすること。英語ではRefinishing、Refurbishment、Renovation。改築 *1*2建築物の全部または一部を取り壊して構造、規模、用途を著しく変えない範囲で元の場所に立て直すこと。英語ではRebuilding、Modifying。改造 *3建築部位に付加あるいは除去を行い、建築物の形態または空間構成に変更を加える行為。英語ではRemodeling、Renovation、Alteration。改良 *3劣化した建築物などの性能、機能を初期の水準を上回って改善すること。英語ではImprovement、Modifying、Renovation。更新 *1劣化した部材、部品、機器などを新しいものに取り替えること。その際、更新時点で普及している技術や機器を取り入れることがある。英語ではReplacement、Renewal。修繕 *1劣化した躯体、部材、部品、機器などの性能あるいは機能を現状または実用上支障のない状態まで回復すること。全体の耐久性を向上し、長期的使用に耐えることを目的とする。英語ではRepair。修復 *3使用に相応しくない状態にまで経年劣化してしまった建築物を修繕あるいは改良し、使用に相応しいまたは快適な状態に回復すること。英語ではRestoration。増築 *2すでにある建築物の床面積を増加させることをいう。同一敷地内別棟の場合は、集団規定のように敷地単位で扱う場合に限り増築となる。英語ではAddition、Expansion、Extention。大規模な修繕 *2主要構造部の1種以上の部分の過半の修繕を指す。ただし、主要構造部とは壁、柱、床、梁、屋根または階段をいい、建築物の構造上重要でない間仕切壁、間柱、付け柱、最下階の床、まわり舞台の床、小梁、ひさし、局部的な小階段、屋外階段、その他これに類する部分を除く。補修 *3改良することなしに、劣化した躯体、部材、部品、機器などの性能あるいは機能を実用上支障のない状態まで回復すること。必ずしも耐久性の向上は意識せず、応急的な措置にとどまることが多い。英語ではRepair、Maintenance。保全 *1建築物(設備を含む)および諸施設・外構・植栽などの対象物の全体または部分の機能・性能を使用目的に適合するよう維持または改良する諸行為。英語ではMaintenance and Modernization。保存 *3歴史的価値が認められた建築物に対し、価値の減退を防ぎ、適宜改善措置を施すことによって、これらの価値を回復させること。英語ではPreservation、Conservation。模様替え *1用途変更や陳腐化などにより、主要構造部を著しく変更しない範囲で建築物の仕上げや間仕切壁などを変更すること。英語ではRearrangement、Alteration。 以上が建築再生に関する主な用語です。用語を正しく理解し、目的に応じて使い分けることで、より効果的な再生計画を立てられるようになるでしょう。オフィスビルの空室対策や建物の長寿命化・価値向上を検討する際、ぜひ本コラムをお役立てください。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年10月27日執筆2025年10月27日 -
ビルリノベーション
オフィスのトイレをデザインするメリット|リノベで目指せワンランク上
皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事はオフィスのトイレをデザインするメリットについてまとめたもので、2025年9月18日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願い致します。オフィスリノベーションを検討するにあたり、多くの方がまず注目するのは執務スペースの使い勝手や見た目のイメージかもしれません。OAフロアの導入、間仕切りの撤去や新設によるレイアウト変更など、メインとなる空間の改修に重きを置きがちです。しかし近年、「実はトイレの改修こそがビルの魅力を大幅に向上させるポイントになる」という考え方が広がっています。トイレは来訪者や従業員が利用する場所であり、一度利用した印象がビル全体のグレード感や清潔感の評価に直結しやすい施設です。そのため、テナントからの評価にも直結し、オフィスビルの付加価値を高めるうえでトイレのリノベーションに注力することは、極めて重要な投資といえます。本コラムでは、オフィスのトイレを「ワンランク上」に引き上げるための考え方や、動線計画との関連性、デザインに投資するメリットについて詳しく掘り下げていきます。 目次1.オフィスのトイレに何が可能か?2. ビルの印象を左右する「動線計画(平面図の活用)」3. トイレをデザインするメリットまとめ:トイレリノベーションは「メリットでしかない」投資 1.オフィスのトイレに何が可能か? 1-1.人々は、オフィスのトイレに何を求めるか? オフィスのトイレに求められる最も基本的な要素は「清潔感」と「快適性」です。たとえ会議室や執務スペースの内装がスタイリッシュであっても、トイレが古く不潔な印象を与えてしまうと、訪問者や従業員の評価が一気に下がりかねません。これは特に、築年数の経過したビルで顕著です。古い建物では、 便器や衛生陶器が古く黄ばんでいる床や壁のタイルが割れている、あるいはカビや黒ずみがある換気が弱く悪臭が残りがち狭くて圧迫感があり、照明が暗い といった問題を抱えているケースが少なくありません。こうしたトイレ環境がビル全体の評価を下げ、結果として空室率を高める一因にもなり得ます。また、トイレは単に用を足す場所にとどまらず、休憩や気分転換の場としても機能する「リフレッシュスペース」である点が見落とされがちです。業務の合間に少しだけ座って気を落ち着かせたり、鏡で身だしなみを整えたりするなど、利用目的は多岐にわたります。そのため、トイレの空間がどれだけ“快適にリフレッシュできる雰囲気”を提供できるかが、従業員満足度を左右するポイントになってきます。近年では、オフィスのトイレを「高級ホテルのような空間」に仕上げることを志向する企業も多くなりました。タイルや照明はもちろん、香りや音楽までこだわることで、利用者にリラックス効果を与え、仕事効率の向上やストレス軽減に寄与すると考えられています。こうした空間的演出は、単に「トイレをきれいにしたい」という要望を超え、企業イメージやブランド価値の向上にもつながるのです。 1-2. トイレに何が可能か? ~具体的アイデアと機能~ では、具体的にどのような設備・デザインで「ワンランク上のトイレ」を実現できるのでしょうか。以下にいくつかのアイデアを挙げます。 1.最新の衛生機器の導入 自動洗浄機能・ウォシュレット機能の便器センサー式水栓(蛇口)による衛生管理の強化自動開閉式の便フタや自動洗浄システムによる手間削減 これらの機能は利用者に安心感や快適感を与えるだけでなく、水道代の削減にも寄与します。 2.洗面カウンターの広さと使いやすさ ミラーを大きく取り、身だしなみを整えやすいレイアウトタオルペーパーやハンドドライヤーの配置バランス化粧直しや着替えも可能なパウダースペースの設置 ビル内で働く人だけでなく、来客にも優しい設計を心がけると、トイレに対する評価はぐっと高まります。 3.光と色を活かした空間演出 間接照明によるやわらかい光の演出白やベージュ、明るいグレーを基調とした清潔感のある色合い洗面ボウルやカウンターに艶のある素材を使い、スタイリッシュな印象を与える トイレは狭いからこそ、照明や色合いの工夫が大きな効果を生み出します。 4.抗菌・防臭性の高い仕上げ材 抗菌タイルや抗ウイルス加工の壁材・床材壁面の腰壁や床面に汚れがつきにくい素材を採用仕上げ材の接合部を少なくすることで掃除のしやすさを確保 見えない部分の配慮が、長期的な清潔感と維持管理コストの削減につながります。 5.香りや音楽によるリラックス効果 アロマディフューザーなどによる香りや音楽(環境音楽やクラシック等)を流すなどの工夫により、五感で癒しを感じる空間づくり トイレを最新の設備により、「ワンランク上の」場所にする工夫が、ビル全体のイメージアップに貢献します。 1-3. イメージ戦略 ~トイレがもたらすステータスアップ~ 高級ホテルのような雰囲気を目指すオフィスビルは、特に都心部や企業ブランドの発信力を重視するエリアで増えてきました。その際に象徴的な役割を果たすのが「トイレのデザイン」です。訪問者が必ず利用するといっても過言ではないスペースだからこそ、トイレにはオフィスの“顔”としてのインパクトが求められます。 高級感のある衛生陶器やタイルを用いて、内装全体のグレードを底上げ光の演出(間接照明やダウンライト、スポット照明など)でラグジュアリーな印象をプラス鏡やパーテーションなどの素材にガラスやステンレスのような“光沢感”のあるものを選び、高級感を演出 こうした工夫によって、「このビルはグレードが高い」「ここなら大事な来客を招いても安心」と感じてもらえるようになります。実際にテナントの内覧時に「トイレの印象が決め手となった」という事例は意外と多く、オーナーや管理会社もトイレの改修に対する意識を高めています。トイレがビルのステータスを示す指標となっている背景には、近年の不動産市場における「差別化」競争があります。築年数が似通ったビルが隣接している場合、設備や内装を先進的にアップデートしたビルにテナントの人気が集中するのは当然の流れです。特に洗練されたトイレを備えているかどうかは、見学ツアーや内覧で簡単に比較できるポイントでもあります。だからこそ、内装だけでなく“水まわり”の差別化こそが空室対策に直結すると言っても過言ではありません。トイレだけでなく同じく給排水設備を持つため近くにあることの多い給湯コーナーも同時にリノベーションしてみてはいかがでしょうか。コーヒーカップを洗うなどで使われることの多い給湯コーナーは、さりげなく機能的でおしゃれな空間に設えておくと、いつのまにか利用者のビルへの印象がよくなる設備と言えます。 2. ビルの印象を左右する「動線計画(平面図の活用)」 2-1. 動線計画が重要な理由 いくらトイレの内装を最新にアップグレードしたとしても、配置やレイアウト、動線そのものが使いにくいと、利用者の満足度は下がります。動線計画とは、ビル利用者が建物内をどのように移動し、どのような導線で目的の施設(トイレや給湯室、会議室など)へアクセスするかを考え、最適化する作業です。ここが不自然だと、以下のような問題が発生しやすくなります。 執務スペースからトイレへ向かう途中に、人の往来が多いエリアと交錯して落ち着かないトイレの扉がエレベーターホールから丸見えで、プライバシーが確保できないバリアフリーに対応しておらず、車椅子利用者や台車を押す人が移動しにくい テナントからすれば「動線が考慮されていないビル」は、どうしても入居優先度が下がります。これは長期にわたり入居率や家賃収入にも影響を与える可能性があるため、オーナーにとって重大な検討要素です。したがって、トイレのリノベーションだけでなく、関連する動線計画もあわせて見直すことが重要といえます。また、排水計画も同時に考え、段差のないリノベーション計画とすることも大切です。配管の問題で、水回りに段差を設けて処理してしまうことが以外に多いですが、工夫次第で段差はなくすことが可能です。 2-2. 竣工図面の読み込みとチェックポイント リノベーションを行う際、まずは既存ビルの「竣工図面」や「管理図面」を入手し、現状の間取りや配管経路、設備の位置を正確に把握する必要があります。特に、水まわりのリノベーションでは上下階との配管ルートが合うかどうかが重要なため、図面の読み込みを徹底しなければなりません。具体的には以下のポイントをチェックします。 1.エレベーターホールとトイレ・給湯室の位置関係 エレベーターホールからトイレへの動線が執務エリアを横切らないか?トイレの扉がエレベーターホールから直接見える構造になっていないか? 2.廊下の幅や扉の位置 車椅子や台車が問題なく通れる幅が確保されているか?非常口や避難通路として十分な広さを確保し、消防法などの規制をクリアしているか?扉の開き方向が人の流れを阻害していないか? 3.配管・配線ルート トイレや給湯室を移動する場合、既存の排水・給水・通気管との整合性はとれているか?空調や電気設備を変更する際、天井裏やフロア下のスペースに余裕はあるか? これらのチェックを行いながら、建物の構造的制約のなかで最適なレイアウトを模索していくのがリノベーションの醍醐味でもあります。場合によっては、構造上どうしても移動できない柱や梁が障害となり、想定していたデザインが実現できないこともあります。しかし、そこを創意工夫でカバーし、既存施設の制限を上手に活かすことで、オリジナリティのあるトイレ空間が完成するのです。リノベーション会社の意見を鵜吞みにするのではなく、自身で納得いくまで考え、議論することが大切です。 2-3.トイレが執務室から直接入る形式の問題点 築年数の古いビルに多く見られるのが、「執務室から直接トイレに入る形式」です。これはかつての設計基準では一般的だったものの、今のオフィス環境では好まれない傾向があります。具体的なデメリットを挙げると、 音や気配が執務スペースに伝わりやすい使用状況が分かりやすく、利用者が気まずい思いをする衛生面への不安が高まり、イメージダウンにつながる これらの理由から、オフィスに入居するテナントは少しでもプライバシーが確保された構造を求めます。そこで多くのリノベーション事例では、新たに廊下や前室を設置して、執務空間とトイレ空間を明確に分離する改修が行われています。改修費用がかさむこともありますが、それに見合うだけの賃貸価値向上が期待できます。 2-4. トイレの扉がエレベーターホールから見える場合の対処 もう一つよく見受けられるのが「エレベーターホールからトイレの扉が丸見えになっている」というレイアウトです。この場合、エレベーターを待つ人がトイレの出入りを見てしまい、プライバシーが守られない問題が生じます。こうした状況は特に女性トイレで敬遠されがちです。対策としては、 1. トイレ扉の位置をずらす 廊下を新設し、エレベーターホール側から直接見えないようにするL字型に間仕切りを設置して視界を遮る 2. デザインで目隠しをする 壁面やパーテーションにアクセントウォールを設け、扉が直接見えないように工夫 3. スクリーンやドアを設置する 視線をカットする壁やスクリーン・ドアを組み込むトイレの雰囲気を損なわない軽めの素材やデザインを採用 こうしたリノベーションは、大掛かりな配管工事を伴わなくても可能なケースが多く、比較的コストを抑えながらプライバシーを向上させることができます。テナントの安心感を得るうえでも効果が大きい改修ポイントといえるでしょう。 2-5. 動線計画の重要性とコストメリット 動線計画の最適化は、リノベーションコストと効果(ROI)の観点からも検討されるべき重要要素です。一般に、水まわり設備の移動はコストがかかるため、「壁の設置・移動でどこまでレイアウトを変更できるか?」を慎重に判断する必要があります。しかしながら、 テナント満足度の大幅な向上長期的な入居率維持、家賃アップの可能性空室リスクの減少による収益安定 といったリターンを考慮すれば、適切なレイアウト変更は十分に価値のある投資といえます。特に競合ビルとの競争が激化する都市部では、「動線が良い」「水まわりが充実している」という要素がテナント獲得の決め手になることも少なくありません。トイレリノベーションは「単に便器を新しくしたら終わり」ではなく、動線計画や前室の設置といったレイアウト面、さらにはデザイン面の施策を総合的に考えることが肝心です。将来的なメンテナンスのしやすさも踏まえて施工計画を立てることで、より高い満足度とビル価値の向上を狙うことができます。 3. トイレをデザインするメリット 3-1.トイレを放置するリスク 築古ビルの空室対策を考える際、内装やエントランス、セキュリティなど「目立つ部分」の改修に重点を置いてしまい、トイレの改修を後回しにするケースは少なくありません。しかし、トイレを放置することで以下のようなリスクが高まります。 1. 老朽化による衛生面の悪化 便器や床・壁のタイルなどは年数が経つと汚れが落ちにくくなり、黄ばみや黒ずみが定着します。定期清掃をしていても限界があり、「古くて汚い」という印象が拭えなくなると、テナントや従業員の不満が蓄積します。 2.デザインの古さによるイメージダウン オフィスビル全体をリノベーションしてモダンな印象に変えても、トイレだけが昭和のままではアンバランスです。来訪者や従業員は、トイレを通じて「管理が行き届いていないビル」「古いまま放置されているビル」というネガティブな印象を抱きがちです。 3.動線の不備によるストレス 先述したとおり、動線計画が不十分だとプライバシーの確保や衛生管理に支障が出ます。築古のままでは、エレベーターホールから丸見え、執務室から直接アクセス可能といった“古い設計思想”が残り、利用者が不快感を抱くリスクが高まります。 4.テナント誘致・賃料アップの阻害要因 トイレの印象が悪いと、せっかくオフィスの設備や内装をアップグレードしても、テナント誘致に悪影響が出ることがあります。また、賃料アップを図りたいタイミングでも「トイレが古いから家賃に見合わない」という評価をされかねません。 このようにトイレを放置することは、「コスト削減」という短期的視点で見ると一見魅力的かもしれませんが、長期的にはむしろリスクが高まる行為といえます。 3-2. トイレをデザインするメリット|リノベで目指せ「ワンランク上」! 限られた面積のトイレ空間を“意図的にデザイン”するだけで、ビル全体の印象を大きく変えることができます。とりわけ、トイレは比較的小さなスペースであるぶん、費用対効果が高く、デザイン投資のリターンを得やすい場所でもあります。 1.入居テナント満足度の向上 トイレは誰もが利用するスペース。そこが快適で清潔、さらにデザイン性に優れているとなれば、利用者の満足度が自ずと高まります。長期入居や口コミによる評判向上に寄与し、仲介業者にとっても決まりやすいビルという評価になるでしょう。 2.内覧時の好印象獲得 テナントが物件を内覧する際、トイレを見るときには“入居後の具体的なイメージ”が強く働きます。動線がしっかり計画されていて、デザインにこだわりが感じられるトイレを見ると、「ここなら自社の社員も満足して働けそうだ」と具体的に想像できます。つまり、トイレは“契約決定”への強力な後押し要素となるのです。 3.ブランドイメージ・ステータスの向上 高級感あふれる素材や照明、アートワークで演出されたトイレ空間は、「このビルは質が高い」「センスが良い」という印象を訪問者に与えます。オフィスビルでありながらホテルライクな雰囲気を取り入れることで、周囲の競合ビルとの差別化が期待できます。 4.職場の雰囲気づくりと生産性向上 働く人々がストレスなく利用できるトイレ環境は、従業員の健康やモチベーションの維持にもプラスに作用します。集中力を取り戻したり、気分転換したりできる「リフレッシュスペース」としての役割を果たし、職場全体の生産性向上につながることも少なくありません。 5.投資効果(ROI)の高さ 一般的に、トイレなどの水まわりリノベーションは工事費用がかさむイメージがありますが、実は「壁やドアの新設」「照明の切り替え」「衛生陶器の交換」程度の改修でも大きな印象変化が狙えます。築古ビルの場合、「古いまま放置されているトイレを新しくする」だけで、内覧者への印象が大きく変わり、家賃アップや賃貸稼働率アップにつながる場合があります。 これらのメリットを総合的にみると、トイレリノベーションは「やらない理由が見当たらないほど、魅力的な改修ポイント」であるといえます。 まとめ:トイレリノベーションは「メリットでしかない」投資 オフィスのトイレは「実用を満たせばいい」施設から、今や「オフィスのステータスと快適性を示す重要空間」へと位置づけが変化しています。古いトイレを放置していると、そのビル全体の評価を大きく下げる原因となる一方で、最新の機能と洗練されたデザインを取り入れるだけで、“ワンランク上のビル”として強いインパクトを与えることができます。本コラムで紹介したように、トイレ空間の改修にはさまざまな要素が関わります。 設備面:自動洗浄機能、センサー式蛇口、抗菌素材、ウォシュレットなどデザイン面:間接照明、カラースキーム、アクセントタイル、アートワークなど動線計画:廊下や前室の新設、エレベーターホールからの視線対策など これらを総合的に計画・実行することで、トイレを「リフレッシュスペース」として格上げし、オフィスビル全体の価値を底上げできます。特に、競合物件との争いが厳しいエリアにおいては、トイレが“イメージ戦略の要”となる可能性が高いです。内覧時に「トイレまで綺麗でデザイン性が高いんだ」と好印象を持たせられれば、テナント獲得に大きく近づきます。また、既存テナントからも「このビルは管理が行き届いている」「常に環境をアップデートしてくれる」という信頼感を得られ、長期入居や空室リスクの軽減にもつながるでしょう。最後に、トイレリノベーションの具体的な進め方としては、以下のステップを意識するとスムーズです。 1.現状分析 竣工図面や現地調査を行い、動線や配管経路、仕上げ材の状態を確認テナントから寄せられているクレームや意見をリスト化 2.コンセプト設定と費用対効果検討 「高級感」「明るい雰囲気」「機能性重視」など、どのようなコンセプトを目指すかを明確化工事規模や費用を概算し、賃料アップや稼働率改善などの効果を見込む 3.プランニング・設計 動線計画やレイアウトの変更に伴う壁・扉の位置移動を検討衛生機器の選定、照明・内装のデザイン、アクセント装飾のアイデア出し 4.施工・スケジュール管理 テナントへの影響を考慮し、工期を短縮する計画を立案必要に応じてフロアごとや時期をずらして施工し、ビル運営との両立を図る 5.完成後の管理とメンテナンス 清掃頻度や清掃範囲を見直し、新設備に対応したメンテナンスプランを作成問題や不具合があれば速やかに対処し、常に良好な状態をキープする このように、一連のプロセスを丁寧に進めることで、トイレは「ただの水まわり」から「オフィスビルのシンボル」として生まれ変わります。清潔感と快適性が担保され、デザイン的にも洗練されたトイレが提供する付加価値は、ビルにとって計り知れないものとなるでしょう。「オフィスのトイレをデザインするメリットは計り知れない」まさにこう断言できるほど、トイレリノベーションはポテンシャルの高い投資です。築古ビルであればあるほど、デザイン・設備のアップデートによる“ギャップ効果”が大きく働き、テナントや来訪者に強い印象を与えられます。これからオフィスのリノベーションを検討する方は、ぜひ「トイレ」にもフォーカスを当て、「ワンランク上のビルづくり」に挑戦してみてはいかがでしょうか。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年9月18日執筆2025年09月18日 -
ビルリノベーション
オフィスビルの長期修繕計画とは?|計画的に資産価値を高めるために
皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事は オフィスビルの長期修繕計画 についてまとめたもので、2025年9月11日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願い致します。 オフィスビルを所有・運営するうえで、建てた後は「とりあえず放っておいても大丈夫なのではないか」と思われる方もいるかもしれません。しかし、実際にはビルの維持管理には多くの手間と費用がかかり、さらに言えば建物を長く、そして価値を保ちながら運用していくためには“計画的な修繕”が不可欠です。こうした修繕工事は、単に壊れたものを直すだけでなく、ビルの性能やグレードを維持・向上させて、テナント満足度を高め、結果的に空室リスクを下げる――つまり収益の安定化を図るうえでも大変重要な意味を持っています。ビルオーナーの立場からすると、「どのタイミングで、どれくらいの予算を確保しておくべきか」が見えない状態では、資金計画もままなりません。そこで力を発揮するのが長期修繕計画です。本コラムでは、長期修繕計画の目的や策定の仕方、具体的な修繕サイクルの目安、そしてグレードアップ工事(リノベーション)と修繕をあわせて実施するメリットなどについて、詳しく解説していきます。オフィスビルを長期的に安定運用したいと考えているオーナーの方や、これからビルを取得しようと考えている投資家の方にとって、ぜひ押さえておきたいポイントをまとめています。 目次1. オフィスビルにおける修繕の必要性2. 長期修繕計画とは何か3. オフィスビルにおける大規模修繕の目的4. マンションとの比較:オフィスビルならではの修繕事情5. 一般的な修繕サイクルと費用の目安6. グレードアップ工事(リノベーション)のタイミング7. 修繕工事と同時に行うメリット8. オフィスビルにおける長期修繕計画の策定ステップ9. リノベーションによるバリューアップと資産価値の向上10. PM・BM・リノベーション会社に相談する重要性11. まとめ 1. オフィスビルにおける修繕の必要性 1-1. 建物は「経年劣化」する 建物は、竣工後から刻一刻と経年劣化が進むものです。コンクリートや鉄骨などの構造躯体はもちろん、外壁のタイル、シーリング材、屋上防水、内装仕上げ、設備配管、空調機器やエレベーターなど、あらゆる要素が必ず劣化・摩耗し、いつかは更新や修繕が必要となります。特に、オフィスビルの場合は24時間稼働している設備があったり、企業の入退去に合わせて内装や空調を頻繁に切り替えたりと、使用頻度や負荷の面で一般的な集合住宅(マンション)よりハードな運用がされることも少なくありません。また、エントランスやエレベーターホールといった共用部も、来客や不特定多数の人が行き来する場であるため、常にきれいな状態を保っておくことが求められます。 1-2. 「壊れてから直す」より「計画的に補修する」ほうが安い ビルの管理でよく聞かれるのが、「壊れたらそのとき修理すればいいのでは?」という声です。しかし、こうした“事後保全”の考え方は、結果的に費用が高くつくリスクが大きいことがわかっています。劣化が進みすぎてから修理を行うと、補修範囲が広がってしまい、余計なコストがかかったり、テナントへの影響が大きくなったりする可能性があるためです。一方、「いつ・どこに・どのくらいの費用をかけるか」をあらかじめ想定した計画的な補修であれば、必要な時期に必要な予算を確実に確保しつつ、劣化が深刻化する前に手を打つことができます。また、同じタイミングでまとめて工事を実施することで、足場費用や人件費などを一括で抑えられるケースも多々あります。 1-3. 長期修繕計画が「将来の安心」を生む 「オフィスビルの維持管理には、いったいどのくらいかかるのか」と疑問に思うオーナーの方は多いでしょう。たとえば、外壁や屋上改修、エレベーターの部品交換、空調設備の更新、給排水の配管交換、照明のLED化など、細かく挙げていけばきりがありません。1つ1つの工事費用は小規模で済む場合でも、長年の累積で見れば大きな金額になりやすいのが実情です。そのため、毎月あるいは毎年、家賃収入の一部を長期修繕費用として積み立てることが不可欠です。マンションであれば、区分所有者が毎月支払う修繕積立金が工事費用の原資となりますが、オフィスビルの場合はオーナーがテナントからの家賃をもとに、自主的に積み立てを行わなければなりません。「いつかまとまった修繕が必要になる」ことはほぼ確実ですから、早めに積み立てをスタートしておけば、将来の工事費用に対して安心感を持てます。 2. 長期修繕計画とは何か 2-1. 修繕の計画を“可視化”するツール 長期修繕計画とは、今後数十年にわたって必要となる修繕項目やそのタイミング、そして概算費用をまとめたものです。計画期間は一般的に10年から30年程度で設定されることが多く、建物規模や構造、設備内容を踏まえて、将来的に想定される修繕・更新の時期を一覧化します。たとえば、 外壁や屋上防水の改修:○○年後空調機器の更新:○○年後エレベーター更新:○○年後給排水管の改修:○○年後 といった具合に一覧化され、それぞれの工事費用の目安を記載します。これにより、「○年目にはいくらの予算が必要」「○年目には稼働率が低下する可能性がある」など、先々のキャッシュフローを見通すことができるのです。 2-2. 修繕計画を立てるメリット 長期修繕計画があれば、オーナーは以下のようなメリットを享受できます。 資金計画が立てやすい修繕の大きな山場がどこに来るかあらかじめ想定できるため、大規模修繕の直前になって慌てるリスクを減らせます。余裕を持って積立金を用意することで、キャッシュフローの乱れを回避しやすくなります。入居率やテナント満足度の向上計画的に改修・メンテナンスを行うビルは、外観や設備が常に良好な状態に保たれ、入居テナントからの評価が高まりやすくなります。結果として空室期間が短くなり、賃料の下落リスクも抑えられるでしょう。資産価値の向上ビルの建物価値は、経年劣化によって目減りしがちですが、適切な修繕とアップグレードによって価値を維持・向上させることができます。長期修繕計画は、言い換えれば「どの段階でどの部分をバリューアップするか」を計画するための指針となるわけです。修繕コストの削減「どうせ足場をかけるならまとめて工事を行おう」という考え方に代表されるように、複数の工事を同時期に集約すれば人件費や足場費用を一括で抑えられる可能性があります。これも、長期修繕計画があるからこそ検討できる手法です。 3. オフィスビルにおける大規模修繕の目的 長期修繕計画は、あくまでも修繕や更新のタイミングを見通すためのツールですが、実際に工事を行う目的は多岐にわたります。特に、オフィスビルで大規模修繕を行う主な目的は、以下のように整理できます。 建物の耐久性・機能性の維持向上 外壁のひび割れやタイルの浮き、コンクリートの劣化などを修繕することで、雨漏りや外壁の落下事故を防ぎます。屋上防水の再施工、シーリング材の打ち替えなどを行い、建物自体の寿命を延ばします。快適な専有部・共用部の確保 エントランスやエレベーターホール、トイレなどの老朽化が進むと、見た目も印象も悪く、テナントや来訪者の満足度が下がる原因になります。改修や美装、設備更新を行うことで、常に清潔感・快適性を維持できます。機能性・意匠性のグレードアップによる資産価値の向上オフィスビルもマンションと同様、時代のニーズに合わせて内装や設備をアップグレードすることが求められます。たとえば、エントランスを明るく広くリニューアルする、トイレをウォシュレット付きの最新機器に取り換える、LED照明に変更して省エネ効果を高めるなど、多岐にわたる改修メニューが考えられます。 4. マンションとの比較:オフィスビルならではの修繕事情 4-1. マンションでは「修繕積立金」がある 分譲マンションでは、毎月の管理費とともに「修繕積立金」が徴収されており、そのお金をプールして大規模修繕に充てます。これは区分所有者が等しく負担を分担する仕組みです。また、マンションでは12年周期で大規模修繕を行うケースが比較的一般的とされています(もちろん建物規模や構造によって前後します)。 4-2. オフィスビルはオーナーが主体的に積み立てる 一方、オフィスビルの場合は区分所有ではなく、一棟所有のケースが多いため、管理も修繕もすべてオーナーの判断と責任で行われます。結果として、マンションのように毎月自動的に積立金が蓄積される仕組みはありません。 このため、ビルオーナーはテナントからの賃料収入を元に、自発的に修繕費を積み立てる必要があります。先述のように、建物延べ床面積の坪あたり1万円程度を年間で積み立てるという目安もありますが、これはあくまでも経験則に基づく概算です。建物の状態や設備内容によっては、さらに多くの積み立てを行うべき場合もあるでしょう。 4-3. オフィスビルは「部分的な修繕」が増えがち マンションと比べて、オフィスビルはテナントの入退去が頻繁であり、エレベーターや空調などの設備も多様化しているため、こまめに部分的な修繕を行うケースが多くなりがちです。そのため、あえて大規模修繕という形で外壁・屋上や共用部を一斉に直すよりも、「必要に応じて適切な時期に順次更新していく」というアプローチを選ぶビルオーナーもいます。 しかし、外壁や屋上の防水など、どうしても足場を組まなければ対応できない工事については、一括で行ったほうが足場費や施工期間の点でも効率が良いというメリットがあります。そこがオフィスビル特有の修繕事情といえるでしょう。 5. 一般的な修繕サイクルと費用の目安 建物規模や構造によって修繕のサイクルは変動しますが、延床面積250坪程度のオフィスビルを例に、以下のようなサイクルと費用目安が挙げられます。 修繕周期工事項目費用目安12~15年外壁・屋上改修1,000万円~15~20年空調機等設備の更新2,000万円~20~25年電気設備・エレベータ等の更新1,000万円~25~30年グレードアップ工事1,000万円~ あくまで目安ではありますが、このように大きな修繕はおよそ10年~15年おきに数千万円単位のコストがかかるというイメージを持っておくとよいでしょう。これらの工事費をすべて一度に用意するのは難しいので、毎年コツコツと積み立てることが肝心です。 6. グレードアップ工事(リノベーション)のタイミング 6-1. どのタイミングで行えばいいのか 長期修繕計画を考えるうえで悩ましいのが、「グレードアップ工事(リノベーション)をいつ行うのか」という点です。具体的には、 トイレの設備が古い、汚れが目立つエレベーターホールが暗く、印象が悪い内装デザインが時代遅れで、入居テナントから不評を買っている といった課題があると感じたら、リノベーションを検討するべきタイミングといえます。ただし、リノベーションを単独で実施すると費用負担も大きくなるうえに、工事期間中のテナント対応も煩雑になります。そこでおすすめなのが、「いずれかの修繕工事に合わせて一気に行う」という方法です。たとえば、築15~20年目に実施する大規模修繕と同時にトイレやエレベーターホールのリニューアルを行うことで、足場や工事の管理費をまとめられ、トータルコストを圧縮できます。 6-2. リノベーションがもたらす付加価値 オフィスビルの場合、グレードアップ工事によって大きく賃料相場を引き上げる効果や、空室リスクを下げる効果が期待できます。とりわけ、貸室の居抜きやスケルトン化、トイレや水回りのリニューアル、エントランスのデザイン刷新などは、企業イメージを重視するテナントにとって非常に魅力的に映ります。また、最新の設備を導入することで省エネ性・快適性が向上し、テナント満足度が高まるでしょう。ビルオーナーにとっては、一時的に多額の出費となりますが、将来的な入居率アップや賃料向上、物件価値の上昇が見込めるため、長い目で見れば投資対効果が高い可能性があります。ただし、闇雲にお金をかければよいというわけではなく、ターゲットとするテナント層や立地特性を踏まえた投資判断が必要です。 7. 修繕工事と同時に行うメリット 7-1. 足場費・管理費をまとめて抑えられる 外壁や屋上の改修工事を行う際には、どうしても足場設置が不可欠になります。マンション修繕でもよく言われることですが、足場を組む費用は決して安くありません。そこで、「外壁のシール工事やタイル補修、防水工事などをまとめて同時に行う」「ついでにエントランスのサイン工事や照明交換なども行う」というように、一度の足場設置で複数の工事をこなすことは、結果的に大きなコスト削減につながります。 7-2. テナントの騒音・振動被害を最小化できる 工事を分割して行うと、その都度テナントに対して騒音や振動が発生し、クレームや解約につながるリスクが高まります。工事期間が長期化すると、テナントにとってはビルの魅力が下がりかねません。そこで、できるだけ同時に行うことで工事期間を集約し、テナントへの負担を最小限に抑えるというアプローチが望まれます。 7-3. 管理体制の効率化 建物の修繕は施工管理が重要です。小規模な工事でも、業者との打ち合わせや見積もり取得、工期調整など、オーナーや管理会社には多くの作業負担がかかります。修繕工事をパーツごとにバラバラで発注していると、管理が煩雑になりミスや工事範囲の重複・漏れが起こりやすくなります。一方で、一括発注したほうが施工業者とのやり取りを集約でき、スケジュール管理やコスト管理がしやすい点も大きなメリットです。 8. オフィスビルにおける長期修繕計画の策定ステップ 8-1. 現状調査・診断 まずは、ビルの現状を正確に把握するための建物診断が必要です。外壁や屋上、共用部、設備機器などをプロの目で点検し、劣化状況や使用年数、部品交換時期の目安などを調査します。建築士や設備の専門家、場合によってはビルメンテナンス会社やリノベーション会社などに依頼して、総合的な診断を行いましょう。 8-2. 修繕事項の洗い出し・優先順位付け 調査結果をもとに、修繕すべき項目をリストアップし、優先度が高いもの(構造に影響する劣化や重大な不具合が見られる部分など)から対応していきます。あわせて、将来的に必要になる修繕事項も予測し、時系列で整理します。 8-3. 工事費用の概算・積立計画の検討 各項目の修繕費用の概算を算出し、それをもとにいつ・どのくらいの資金を用意するかを逆算していきます。テナントからの家賃収入や将来の増改築の予定なども考慮しながら、積立金額を設定するのが一般的です。銀行からの借り入れを検討する場合もあるかもしれませんが、いずれにせよ計画性をもって資金を確保することで、急な出費に振り回されずに済みます。 8-4. 修繕スケジュールの作成 修繕計画期間を10年や20年と設定し、その期間内でどのタイミングで大規模修繕や部分的な修繕・更新を行うかをスケジュール化します。建物の耐用年数やテナント契約の更新サイクルとも照らし合わせ、実行可能な工程表を作ることが重要です。 8-5. 定期的な見直し 長期修繕計画は、一度作って終わりではありません。定期的に建物の状態を再診断し、想定よりも劣化が早い箇所や逆にまだ大丈夫そうな箇所など、計画をアップデートしていきます。社会情勢や建築技術の進歩によって、最適な修繕内容や新しい設備が登場することもありますので、状況に合わせて柔軟に見直しを行いましょう。 9. リノベーションによるバリューアップと資産価値の向上 9-1. バリューアップ投資の考え方 オフィスビルの運営で近年注目されているのが、バリューアップ投資という考え方です。建物の老朽部分を修繕するだけでなく、内外装や設備を大幅にリニューアルし、物件そのものの魅力を高めて賃料や入居率を上げるアプローチです。具体的には、以下のような改修・改装が検討されます。 外観・ファサードのリノベーション:ビルの顔となるエントランスや外装デザインを刷新し、ブランドイメージを向上させる。共有部のグレードアップ:エレベーターホールや廊下、トイレや給湯室などの内装や設備を最新化し、清潔感・高級感を演出。設備の省エネ化:LED照明や省エネ型空調機器の導入、断熱性能の向上などにより、テナントのランニングコストを下げる取り組み。ICTインフラの整備:テナントのIT活用を支援する高速ネットワーク配線やセキュリティシステムを導入し、オフィスワーカーの利便性を高める。 こうしたリノベーションを計画的に行うことで、単なる物理的寿命の延命にとどまらず、時代に合ったオフィス環境を提供できるようになり、結果としてテナントニーズを獲得しやすくなります。 9-2. 投資回収の目安とリスク管理 グレードアップ工事は費用がかさむため、**投資対効果(ROI)**をきちんと見極めることが大切です。たとえば、リノベーション費用に数千万円をかけても、賃料や入居率の上昇によって早期に回収できる見込みがあるならば、投資としては十分に成り立ちます。逆に、ビルの立地条件や築年数、周辺の賃料相場などを踏まえたときに、大幅な賃料アップが見込みづらいのであれば、高額なリノベーションはリスクが高いかもしれません。このように、どの部分をどこまでアップグレードするかは戦略的な判断が求められます。現状の建物診断結果だけでなく、近隣市場やテナント需要などの不動産マーケット分析も踏まえて計画を立てると良いでしょう。 10. PM・BM・リノベーション会社に相談する重要性 10-1. プロの「処方箋」を受けるメリット オフィスビルの長期修繕計画やリノベーション方針を検討する際は、プロパティマネジメント(PM)会社やビルマネジメント(BM)会社、あるいはリノベーション専門会社などの専門家からアドバイスを受けるのがおすすめです。これらの会社は、多数のビル運営やリニューアル工事の実績を持ち、マーケット動向やテナントニーズにも精通しています。 家賃相場の動向やテナント業種のニーズを踏まえたバリューアップ案を提案将来の空室リスクや収益シミュレーションを加味した修繕計画の立案工事内容やスケジュールの管理、施工業者のコーディネートなど、総合的な「処方箋」を用意してくれるため、ビルオーナーとしては安心して運用方針を固めやすくなります。 10-2. 社会環境の変化への柔軟な対応 コロナ禍以降、テレワークやサテライトオフィスの普及など、オフィス需要の構造が大きく変化しています。今後も企業の働き方改革やDX化が進むなかで、必要とされるオフィスの形態も変わり続けるでしょう。例えば、フレキシブルオフィスやコワーキングスペースへの転用小規模区画の増設や共用ラウンジスペースの設置高性能換気設備や非接触型エレベーターなどの導入こういったアイデアを取り入れることで、ビルの競争力を高めることが可能です。逆に言えば、時代のニーズに合わない古いままの設備やレイアウトを放置していると、賃料ダウンや空室が増えるリスクが高まります。社会環境の変化に合わせたアップデートのタイミングを逃さないためにも、定期的に専門家と連携し、長期修繕計画とバリューアップ計画を再検討することが重要です。 11. まとめ オフィスビルはマンションと同様に、定期的な修繕と長期修繕計画の策定が必要です。むしろ、テナントの入退去や設備の消耗、企業の要望などでマンション以上に修繕項目が多岐にわたり、オーナー自身が主体的に資金を積み立てていく責務があります。長期修繕計画を立てることで、将来的に必要となる修繕費やそのタイミングを可視化し、資金計画の不透明さを解消できる。足場をかけるような大規模修繕は、外壁補修・防水・シール工事などをまとめて行うとコスト削減に繋がる。トイレやエレベーターホールのリノベーションなど、グレードアップ工事を同時に実施すれば、より効果的にテナント満足度を高められ、家賃アップや空室対策にも大きく貢献する。マンションと違い、オフィスビルではオーナーが自発的に家賃収入の一部を積み立てる必要があるため、ビルの延床面積あたりどの程度積み立てるかを経験則や診断結果から判断する。プロパティマネジメントやリノベーション会社など、専門家の知見を活用して、市場動向やテナント需要とリンクしたバリューアップを計画的に行うことが、結果的に資産価値を高める近道。たとえば、築19年目のタイミングで「そろそろリノベーションしたい」と考えたら、次の大規模修繕と同じ時期にまとめて実施することで工期やコストを圧縮できます。さらに、工事の規模や内容によっては、次回以降の修繕周期をどのように設定するかを再検討する必要が出てきます。こうした計画的アプローチをとることで、建物の劣化を防ぎながら資産価値を高め、テナントの確保や家賃収入の安定にもつなげることができます。長期修繕計画はあくまで「ツール」であり、オーナーの経営判断と専門家の知見が合わさって初めて真価を発揮します。建物を健全に維持するための適切な修繕はもちろんのこと、グレードアップ工事を含めたリノベーションを計画し、資産価値向上を狙った投資戦略を練ることで、オフィスビルの長期的な運用を成功に導いていきましょう。もし具体的な計画策定や工事の実施に悩んだ場合は、まずは実績豊富なPM・BM・リノベーション会社に相談し、現状調査や市場分析、修繕の優先度や費用対効果の検証など、総合的なサポートを受けることをおすすめします。将来のビジョンを明確化し、いくら投資すればどれくらい家賃アップや空室解消の可能性があるかを試算することで、最適な“処方箋”を手にすることができるはずです。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年9月11日執筆2025年09月11日 -
ビルリノベーション
テナントリテンションとは?|総合的な空室対策の時代が到来
皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事はテナントリテンションとは何かについてまとめたもので、2025年9月8日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願い致します。 目次1. テナントリテンションの概要2. テナントリテンションが重要とされる背景3. テナントリテンションの具体的な取り組み4. テナント満足度を高めるプラスアルファの要素5. 海外の動向と先進事例6. 今後の展望:総合的な空室対策としてのテナントリテンション7. まとめ 1. テナントリテンションの概要 テナントリテンション(Tenant Retention) とは、日本語に直訳すると「入居者の保持」を意味し、ビルやオフィス、マンションなどの賃貸物件に入居しているテナント(借主)に、可能な限り長く居続けてもらうための施策や取り組みの総称を指します。ビルやオフィスのオーナーにとって、テナントが長期にわたり安定して利用してくれることは大きなメリットとなります。なぜなら、テナントが退去すると、次のテナントがすぐに決まるとは限らず、空室期間が長引くほど家賃収入は減少し、さらに原状回復工事などの費用負担も増えるからです。 実際、従来の賃貸契約では、礼金 や 更新料 などがオーナー側の収益として期待されるケースもありました。しかし、バブル期とは異なり、近年では「礼金なし」や「更新料なし」の物件も珍しくなく、テナント側の費用負担を軽減する動きが広がっています。この流れの中で、ひとたびテナントが退去してしまうと、次のテナントが決まるまで収入が途絶えてしまうリスクが高まっています。空室率の上昇が見られる都市部のオフィスビル市場でも、「空室を埋めること」から「いかに既存テナントを大切にし長く借りてもらうか」という戦略にシフトする動きが強まっています。 したがって、テナントリテンション は今や多くのオーナー・ビル管理会社・不動産会社にとって不可欠な概念となっています。ここでは、テナントリテンションの必要性や具体的な施策、そしてテナントリテンションと並行して取り組まれるべき「総合的な空室対策」について詳しく見ていきましょう。 2. テナントリテンションが重要とされる背景 2-1. 空室リスクと収益減少 オフィスビルやマンション、商業ビルなどの賃貸事業において、空室となる期間が長く続くことはオーナーにとって大きな収益ロスを意味します。空室期間中は家賃収入が途絶えるだけでなく、新しいテナントを募集するための広告費や仲介手数料、場合によっては設備投資コストが発生します。これらが重なると、事業収支の悪化をまねくことは明白です。 さらに、礼金の減少傾向 や 更新料の廃止 が進む中、「入居時の礼金」や「2年ごとの更新料」で得られる収益に依存するビジネスモデルは成立しにくくなっています。特に、かつては家賃2〜3ヶ月分の礼金が一般的だった時代とは異なり、現在では礼金ゼロ 物件が市場の半数以上を占めるエリアも存在します。このように、入居を繰り返しても礼金が期待できない状況においては、一度入居してもらったテナントに長く滞在してもらう ほうが、オーナーにとっては経営を安定化させるうえで望ましいことになります。 2-2. 原状回復費用と負担区分 テナントが退去すると、必ず発生するのが原状回復 と呼ばれる工事です。国土交通省のガイドラインによると、原状回復は主に賃借人(テナント)の故意・過失、善管注意義務違反、および通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損などを復旧する費用とされています。しかし、一般的な経年劣化や通常使用による汚れや消耗 などはオーナーの負担となるケースが多く、さらに物件の特性や契約内容によっては追加で設備補修などが必要になることもあります。 例えば、カーペットの張り替えや壁紙の張り替え、設備の更新などは、長期入居においても定期的に行う必要がありますが、短期入居・退去が続く場合はそのサイクルが早まり、オーナー側の支出が増えてしまいます。このように、テナントの入退去が激しくなるほどコスト負担が増える ため、テナントリテンションを意識した賃貸経営が、オーナーにとっても管理会社にとってもメリットが大きいといえるのです。 2-3. 物件価値とブランドイメージへの影響 テナントが短期間で出入りを繰り返している物件は、周辺から見ても魅力が低い物件として受け取られがちです。入居者にとっては「何か問題があるのでは?」という疑念を抱かれやすく、新規テナント獲得にも悪影響を及ぼします。逆に、長期間にわたり安定してテナントが入居している物件は、それだけでオーナーや物件の管理体制への安心感 を与えることができます。 さらに、オフィスビルや商業施設においては、「優良なテナントが長く入居している」という事実が、その物件のブランドイメージを高め、結果的に周辺相場よりも高い賃料 を設定できる可能性もあります。つまり、テナントリテンションは単に「退去を防ぐ」という消極的な側面だけでなく、物件価値を高める という積極的な要素も持ち合わせているのです。 3. テナントリテンションの具体的な取り組み テナントリテンションを高めるためには、さまざまな角度からのアプローチが必要です。以下では、大きく3つに分けて代表的な施策を解説します。 3-1. 守りのリフォーム・クレーム対応 テナントとの信頼関係を築くために、まず必要なのはトラブルやクレームへの迅速・誠実な対応です。たとえば、オフィス内の空調が故障したり、トイレで水漏れが発生したりした場合、すぐに修理手配を行い、状況を的確に説明し、アフターフォローまでしっかり行うことが重要になります。こうした対応が遅れたり、責任の所在があいまいなままだったりすると、テナントは「このビルは管理がずさんだ」と感じて不満をため、退去の検討材料にしてしまうでしょう。 ポイントはスピード感とコミュニケーション です。小さな修繕であっても迅速に対応し、その経過や完了報告をテナントへきちんと伝えることで、オーナーや管理会社への安心感と信頼感が高まります。これらを「守りのリフォーム・クレーム対応」と呼ぶのは、現状の不具合を最低限、早急に解決することでテナントの不満や不安を取り除くという意味合いがあるからです。 事例:トイレの不具合対応水漏れや詰まりが頻発するトイレがある場合、単に修理を行うだけでなく、老朽化した配管や便器そのものを交換し、将来的なトラブル発生リスクを軽減する。修理進捗をテナントに適宜共有し、「何時から何時まで修理スタッフが入り作業する」「終了後にチェックを行う」など、具体的なスケジュールと対応内容をこまめに伝える。事例:エアコン故障時の対応真夏や真冬などエアコンが必須の季節にはテナントの業務に直結する問題となる。専門業者の手配を最優先で行い、代替の冷暖房機器を仮設置するなど、一時対応策も検討する。故障原因や再発防止策を明示し、今後のメンテナンス頻度や点検計画も合わせて提示する。このように、早い・誠実・継続的なフォロー を意識したクレーム対応は、テナントリテンションの基盤をつくるうえで欠かせません。 3-2. 攻めのリフォーム・リノベーション 空室が出ないように、あるいは空室を埋めるために、物件自体の魅力を向上させる「攻めのリフォーム」を検討することも大切です。例えば、築年数の経過したビルに多い「トイレや水回りの老朽化」、「照明器具が暗く電気代がかさむ」、「エレベーターホールが狭く清潔感に欠ける」といった問題は、長期的な視点で見ればビル全体の資産価値に直結します。 トイレリフォームの例最新の便器や節水型の設備に交換するとともに、手洗いスペースを広げて化粧品や荷物を置けるカウンターを設置したり、鏡の裏に間接照明を仕込むなどしてデザイン性と使い勝手を両立させる。また、清掃性を高めるために壁や床材に防汚効果のある仕上げ材を採用することで、日々のメンテナンス負担を軽減し、衛生面の向上を図ることも有効です。エレベーターホールのリノベーション例待合スペースが暗く狭いと、防犯上の不安や来客の印象ダウンにつながります。明るい照明への変更やアクセントウォールの採用、デジタルサイネージの設置などにより、ビル全体のイメージを刷新できます。また、エレベーターの制御システムを見直し、待ち時間の短縮 や省エネ化 を図る取り組みも、長期的な維持管理コストの削減とテナント満足度の向上につながります。執務スペースの間取り変更例専有部分の話にはなりますが、オフィスビルの場合テナントの業種によって求めるレイアウトや設備が異なります。執務スペースを可動式パーテーションで区切れるようにする、あるいはワークスペースとコミュニケーションスペースを分離できるようにあらかじめ設計しておくなど、汎用性の高いリノベーション が行われるケースも増えています。 このような「攻めのリフォーム・リノベーション」は、PM(プロパティマネジメント)やBM(ビルマネジメント)の実績が豊富なリノベーション会社と相談しながら進めると効果的です。市場動向やテナントニーズを踏まえた最適解が得られやすく、工事予算とリターンのバランスを考えた提案を受けることができます。 3-3. 更新料の値下げ・廃止 賃貸契約では、一般的に2年ごとに更新料が発生します。とくに商業ビルやオフィスビルでは、家賃1ヶ月分を更新料として徴収するケースが多く見られますが、近年では市場競争の激化やテナントの更新拒否リスクを考慮し、更新料の値下げ や 廃止 を選択するオーナーも増えています。 テナント目線: 2年目でまとまった出費があるのであれば、テナント側は「このタイミングで別の物件に移転してもコストは変わらないのではないか」と考えがちです。新築や築浅で同等の賃料のオフィスに乗り換えるなら、より快適な環境を得られるという動機付けにもなります。オーナー目線: 更新料として1ヶ月分を受け取るためにテナントの退去リスクを高めるよりも、0.5ヶ月分、あるいは無しにすることでテナントが長く滞在してくれるのであれば、その方が長期的に安定収益が期待できるという判断があります。特にバブル期とは違い、礼金や更新料が市場で当然のように受け入れられていない現在、こうした柔軟な対応がテナントリテンションには効果的です。 4. テナント満足度を高めるプラスアルファの要素 4-1. コミュニケーションの強化 テナントリテンションにおいては、物件のハード面だけでなくソフト面の配慮 も忘れてはなりません。定期的なアンケート調査やミーティングの場を設けることで、普段は表面化しにくい不満や要望を拾い上げ、改善につなげることができます。 アンケートやヒアリング「執務環境に関しての不満はないか?」「共有スペースやエントランスの清潔感は十分か?」など、定期的に意見を集める。特にスタッフの人数増減や働き方が変化するタイミング(コロナ禍のリモートワーク化など)では、オフィスレイアウトのニーズが変わる可能性がある。 4-2. サービスの付加価値 昨今のオフィスビルでは、テナント向けの付加価値サービスが充実しているケースが増えています。たとえば、貸会議室の利用、コワーキングスペースの設置、防災備品の完備 などは、テナントにとってメリットが大きく、入居継続の動機付けになります。特にリモートワーク普及後は、サテライトオフィスやフリーアドレス化を検討する企業も多いため、ビル内に**個人用ブース(1人用の集中スペース)**を設けるなど、柔軟な働き方に対応する設備を整えると高評価につながるでしょう。 また、防災対策やセキュリティ強化は信頼度 の面で非常に重要です。災害時の避難経路確保や非常用電源の完備、ITインフラのバックアップ策などを充実させることで、企業が安心して事業継続を図れる環境をアピールできます。これらの取り組みは初期投資がかかる場合もありますが、物件全体の評価を底上げし、長期的に優良テナントを惹きつける要素として機能するでしょう。 4-3. ESGやSDGsへの対応 近年、ESG(環境・社会・ガバナンス) や SDGs(持続可能な開発目標) が企業の社会的責任として注目される中、不動産業界でも環境配慮や社会貢献が求められています。具体的には、ビルの省エネ化や環境性能の向上(断熱性能アップ、太陽光発電の導入、LED照明の採用など)を進めることで、**「グリーンビルディング」**としての価値を高められます。 また、廃棄物の削減やリサイクルの推進など、テナントが自社のCSR活動をアピールしやすい環境整備 は、長期入居の動機付けになる場合があります。こうした時代の要請に応える物件は、これからますます評価が高まるでしょう。 5. 海外の動向と先進事例 海外の大都市では、すでにオフィスビルのアメニティや快適性、さらにはテナントコミュニティの形成を重視する動きが進んでいます。たとえば、アメリカの大手コワーキングスペース企業が展開するビルでは、テナントが自由に利用できるラウンジスペースやイベントスペース、さらにはヨガ教室や栄養士によるヘルスケアプログラムなどの付加サービスを導入しています。これらは、単なる「貸しオフィス」ではなく、**「働く人のライフスタイルを豊かにする場」**として機能させようという狙いがあります。また、ヨーロッパの一部地域では、オフィスビルに限らずマンションや商業施設においても、入居者と地域社会が交流するコミュニティスペースを開設し、管理会社が定期的なイベントや勉強会を主催するケースが増えています。こうした取り組みは、テナントのロイヤルティを高め、結果として長期入居につなげるだけでなく、地域とのつながりを深めることで物件全体のブランド価値を向上させる効果ももたらします。 6. 今後の展望:総合的な空室対策としてのテナントリテンション これまで解説してきたように、テナントリテンションは**「退去を防ぐための受け身の戦略」にとどまらず、物件やオーナー自身のビジネスを成長させるための「攻めの戦略」**としても機能します。時代の変化とともに、オーナーやビル管理会社が取り組むべきテーマは拡大し、今や単なる空室対策やクレーム対応の枠を超え、総合的なサービス提供者としてのマインドセットが求められています。 空室対策は「補修工事」から「魅力づくり」へ老朽化した部分を補修するだけでなく、テナントや利用者のニーズを先取りし、設備やデザインを積極的にアップデートする姿勢が重要。物件の魅力を高めることで、入居者が「ここに居たい」という気持ちを抱きやすくなる。コミュニケーションを軸とした運営定期的なアンケートやミーティングでテナントの声を吸い上げるだけでなく、建物全体の利便性を高めるアイデアを一緒に検討するなど、パートナーシップを構築する。オーナーとテナントが「共創」できる体制が理想的。長期的な視点と投資判断テナントリテンション向上のためのリノベーションやサービス強化は、短期的にはコストがかさむ場合もある。しかし、空室率の低下や賃料収入の安定化、さらには物件価値の向上につながれば、中長期的な収益に大きく貢献する。不動産投資の視点からも、持続可能な収益モデルを構築するための戦略が欠かせない。 今後、人口減少や働き方の多様化、在宅勤務やサテライトオフィスの普及など、社会環境の変化によってオフィスや商業施設を取り巻く状況は刻々と変わっていきます。その中で生き残る物件やビルは、テナントの視点に立ち、より良い環境とサービスを提供する努力を続けているところです。テナントリテンションの強化はまさにその第一歩であり、物件の新しい可能性を切り開く「鍵」となるでしょう。 7. まとめ テナントリテンション とは、テナントに長く入居してもらうための施策の総称であり、空室リスクを減らすだけでなく、物件価値やブランドイメージを高める意味でも重要。従来の礼金・更新料モデル が成立しにくくなった今、テナントが退去するたびに収益が途絶え、原状回復などのコストがかさむリスクは高まっている。テナントリテンション施策としては、クレーム対応の迅速化(守りのリフォーム)、設備の積極的なグレードアップ(攻めのリフォーム・リノベーション)、更新料の値下げ・廃止 などが代表的。さらに、コミュニケーションの強化 や 付加価値サービスの提供、ESG・SDGsへの取り組み など、テナント満足度を高めるソフト面にも注力することで、長期入居につながる体制が整う。海外の先進事例では、コミュニティ形成やアメニティ充実が重要視されており、日本でも今後は総合的な空室対策の一環として、テナントリテンションに力を入れるオーナー・管理会社が増えていくと考えられる。 総じて、テナントリテンション は、賃貸経営における「守りの戦略」であると同時に「攻めの戦略」にもなるものです。テナントのニーズと時代の変化に合わせて物件を進化させ、コミュニケーションを図りながら付加価値を提供していくことが、これからの不動産事業の安定と成長を支える大きな要素となるでしょう。昨今の厳しい市場環境の中でも、こうした取り組みによって空室を出さない、退去を防ぐ、さらに物件価値を高める、その好循環を生み出すことが、まさにテナントリテンションの本質なのです。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年9月8日執筆2025年09月08日 -
ビルリノベーション
リノベーションで実現する空室率改善 ~築古ビル再生の革新戦略~
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「ビル管理の基本と快適な空間を実現する方法~現役ビルメンの視点から徹底解説~」のタイトルで、2025年9月2日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。 目次1. はじめに2. ビルを取り巻く環境と築古物件の課題3. リノベーションに至る背景と検討プロセス4. リノベーション・コンセプトの策定5. リノベーションでの具体的な改装内容6. リノベーションを踏まえたリーシング戦略と成功要因7. リノベーションの投資効果・運用面での成果8. リノベ設計・PM・BMに強いリノベーション会社の選定9. 今後の展望と教訓10. まとめ 1. はじめに 日本国内の大都市圏においては、近年オフィス需要が持続的に推移してきましたが、パンデミックやリモートワークの普及、加えて経済情勢の変化により、必ずしも一様に需要が高いとは言い切れない状況が続いています。特に、山手線の内側であっても最寄り駅から多少離れた立地や、主要ビジネス街とは異なるエリアに位置するオフィスビルでは、築年数の経過とともに空室が目立ち始めるケースが多く見受けられます。 本コラムでは、山手線や地下鉄など複数路線が利用可能でありながら、「やや微妙な立地条件」の築古ビルを事例に、リノベーションを契機とした大幅な空室率改善とテナントリーシング成功の経緯を詳しくご紹介します。築23年という、設備老朽化やデザインの陳腐化が徐々に表面化する時期において、どのような戦略をもって改修を行い、最終的に満室稼働を実現したのか。その裏には、単なる内外装の刷新だけでなく、「建物の付加価値を高める」という明確なコンセプトと、それを支える綿密なマーケティング戦略が存在しました。 築古ビルを運営するオーナーにとって、どのタイミングで、どの程度の投資を行い、どのように回収を図るべきかは常に大きな関心事です。本コラムを通して、今後のビル運用におけるヒントやアイデアを得ていただければ幸いです。 2. ビルを取り巻く環境と築古物件の課題 2.1 立地条件:山手線・地下鉄複数駅から徒歩10分以上 この事例で取り上げた築古ビルは、山手線および複数の地下鉄路線にアクセスできるエリアに位置し、各駅から徒歩10分以上の距離にあります。一見すると複数路線が利用可能な好立地のように思えますが、オフィスビルを探す企業にとって「駅からの徒歩分数」が非常に重要な指標となるのも事実です。徒歩5分以内と徒歩10分圏内では、体感的な距離感が大きく変わります。特に、猛暑や雨天の際には敬遠される要因にもなり得ます。 さらに、都内の一等地と比べると賃料水準が低めに設定される傾向があるため、駅から少し離れた立地は「オフィス街」としての認知が弱く、加えて築古物件となるとよりいっそうテナント誘致に苦戦しがちです。こうした条件下で競争力を確保するためには、何らかの差別化施策が必須となります。 2.2 必ずしもオフィス街とは呼べないエリア 本ビルが所在するのは、オフィス街のイメージが強い中心部ではなく、マンションや小規模商店、飲食店などが混在する住宅地寄りの地域でした。そのため、大手企業が進出する可能性は低く、周辺エリアを利用する中規模の事業者や、学校等の教育機関などに狙いを定める必要がありました。 2.3 築古物件の課題 築23年の築古物件ともなると、以下のような老朽化・陳腐化が顕在化し始めます。 設備の老朽化: 空調設備、給排水設備、電気系統などが更新時期を迎えつつあり、稼働効率の低下や故障リスクの増大が懸念される。デザインの古さ: エントランスや廊下などの共用部のデザインが時代遅れとなり、来訪者やテナントに与える印象を損ねる。耐震・防災面の検討: 1990年代の基準で設計された物件であり、大地震に対する安全面での不安が生じる。周辺競合との比較劣位: 新築・築浅物件では最新仕様を備え、快適性やセキュリティ、水回りなどにおいて大きな差が生まれる。 もしこれらの課題に対応せず放置すれば、空室率がますます上昇し、賃料水準の引き下げを余儀なくされる可能性があります。そこで、ビルオーナーは抜本的なリノベーションを検討し始めました。 3. リノベーションに至る背景と検討プロセス 3.1 空室率上昇への危機感 リノベーションの検討を開始した大きな要因は、「空室率が高止まりしていた」という事実でした。築20年を超えたあたりから徐々に退去が増え始め、入居募集をしても思うようにテナントが決まらない。駅からの距離や周辺環境の認知度などを考慮して賃料を下げることで、なんとかテナントを確保してきたものの、収益性が大きく損なわれるという悪循環に陥っていました。 3.3 設計段階で重視したポイント 検討プロセスでは以下の点が重視されました。 長期的収益性の確保改修費用の回収期間を含めたキャッシュフロー分析を行い、最低でも10年程度で投資回収が見込めるかを試算。テナント需要の的確な把握周辺地域の市場調査を実施し、中小企業やIT系スタートアップが求める条件(高速通信インフラ、セキュリティ、共用スペースなど)を洗い出し。改修範囲の優先順位付け外観・エントランスなど来訪者の印象を左右する部分から、水回り・空調などの設備まで、コストと効果を天秤にかけながら優先度を決定。 4. リノベーション・コンセプトの策定 リノベーションを実施するにあたって、「建物の付加価値を引き上げる」コンセプトを掲げました。単なる設備の更新や内装の美化にとどまらず、テナントに訴求するブランド・イメージ向上やテナント従業員の満足度向上に貢献する、付加価値の高い空間づくりを目指しました。 4.1 建物の付加価値を引き上げるアプローチ 外観・共用部のデザイン強化エントランスや廊下など、ビル全体の“顔”となる部分に個性や快適性をもたせることで、入居企業のイメージ向上にも貢献。テナントが自社ブランディングをしやすい空間づくりレイアウトの自由度を高め、企業ロゴやインテリアなどを自在に設置できる環境を提供。周辺相場よりやや高めの賃料設定を可能にするクオリティ改装後に賃料単価を引き上げても入居希望者が納得できる“理由”を明確化。 4.2 ブランド・イメージを意識したプロモーション リノベーション後のビルを「新しい働き方に対応するクリエイティブ・ハブ」と位置づけ、ビル名称やロゴ、パンフレットのデザインまでを統一感あるブランド・イメージに仕上げました。周辺のビルとの差別化を図るためには、物件そのものの魅力だけでなく、広告やウェブサイト、SNSでの発信も含めた総合的なブランディングが欠かせません。 5. リノベーションでの具体的な改装内容 5.1 外観・エントランスの刷新 リノベーションの第一歩:外観とエントランスの刷新で「顔」を創出リノベーションプロジェクトにおいて、建物の第一印象を決定づける外観とエントランスの刷新は、最も重要な要素の一つです。今回のプロジェクトでは、築23年のオフィスビルに新たな息吹を吹き込むため、以下の点に注力しました。(1) ファサードのイメージチェンジ:時代のニーズに応える「顔」築23年当時の外壁や看板は色あせており、建物全体が暗く古い印象を与えていました。そこで、外壁の部分的なリニューアルやサイン計画の見直しを行い、明るくモダンなファサードへと転換。夜間のライトアップも検討し、通行人や来訪者の目を引く工夫を施しました。(2) エントランスホールの拡張・改修:細部に宿るおもてなしの心エントランスはビル全体の第一印象を決定づける重要な要素であり、洗練された空間は来訪者にポジティブな印象を与えます。来訪者が初めてビルに足を踏み入れる際、エントランスが洗練されていれば「このビルはきちんと管理されている」「ここで働くのは気持ちが良さそうだ」というポジティブな印象を持ちます。逆に、暗くて狭いエントランスや老朽化したエレベーターホールは、テナント候補に敬遠される要因となります。 今回のリノベーションでは、細部にまでこだわり、来訪者に快適で洗練された印象を与える空間を創出するにあたって、以下の空間デザインのポイントを重視しました。広さと解放感: 無駄な壁や柱を排除し、広めのスペースを確保することで、開放感を演出しました。素材選び: 床や壁に高品質・耐久性のある素材(大理石、御影石、セラミックタイル、漆喰など)を使用し、グレード感を高めました。照明計画: 明るさだけでなく、演出照明を配置し、空間に奥行きと高級感を与えました。LEDダウンライトや間接照明を活用し、多様な照明効果を実現しました。カラーコーディネート: ビルのコンセプトカラーを設定し、壁、床、サインに統一感を持たせました。テナントや来訪者の嗜好を考慮し、落ち着いたカラーリングや透明感のある空間を設計しました。上記のポイントを踏まえて、今回のリノベーションにおいては、ビルの「顔」であるエントランスは、ガラス、メタル、木目調のアクセントを組み合わせ、高級感と温かみを両立させました。受付カウンターとセキュリティゲートを新設し、来訪者の動線を整理し、安全性を高めました。 5.2 共用部機能の強化 共用ラウンジ・ミーティングスペース単なる廊下や待合スペースとしてだけでなく、入居者同士が気軽に打ち合わせやワークショップを行えるラウンジ空間を設置。新たなコミュニティ形成の場として活用し、テナント満足度の向上を図っています。バリアフリーとセキュリティの充実エレベーターやトイレのバリアフリー化を進めることで、幅広い層の利用者が快適に過ごせる環境を整備。ICカードによるセキュリティシステムも導入し、社員や来客が安心して利用できるビルへと進化させました。省エネルギー化への取り組み共用部の照明をLEDに切り替えるなど、省エネを意識した設備投資を行い、ビル全体のランニングコストを削減。グリーンビルディングの観点を取り入れることで、社会的意義も高まります。 5.3 テナント区画の柔軟性 レイアウト自由度の拡張フロアごとの面積が比較的大きい(例:1フロア103.820坪)点を活かし、可動式パーティションやスケルトン天井を採用。テナントは自社のカルチャーや業態に合わせてレイアウトを変更できるようになりました。最新の通信インフラ整備オフィス利用者にとって、高速かつ安定したインターネット環境は必須です。リノベーション時に光ファイバー回線や無線LAN設備を強化し、会議室や共用ラウンジでもストレスなく接続できる体制を整えました。 6. リノベーションを踏まえたリーシング戦略と成功要因 6.1 賃料設定とターゲットテナント リノベーション後は、従来の賃料よりも若干高めの単価設定としましたが、単に賃料を上げるだけでなく、「リノベーションによって生まれ変わった建物」の付加価値を明確に打ち出すことでテナントの納得感を得ることに成功しました。ターゲットを明確にすることで、クォリティのある空間づくりと設備投資をアピールすることで、賃料面でのディスアドバンテージを補っています。 6.2 家賃収入とのバランス エントランスやエレベーターホールがリノベーションされ、外観・内観のクオリティが高まれば、結果として家賃の引き上げや空室率の低下が期待できます。どの程度コストをかけるかは、改修後の家賃収入や投資回収期間とのバランスで決めることが大切です。例えば、フル・リノベーションに1億円程度かかる場合でも、その後の家賃収入が年間で2,000万円増加する見込みがあれば、5年程度で回収できる計算になります。もちろん家賃が上がるだけでなく、稼働率が上がればトータルの家賃収入は増加します。また、次回の修繕あるいは更新はいついくらを予定しておくか。こうしたシミュレーションを行い、投資リスクとリターンを比較して判断しましょう。 6.3 マーケティング手法 オンラインプラットフォーム活用不動産仲介会社のウェブサイトやSNSでの情報発信を強化し、写真や動画を駆使してビル内の魅力を視覚的に伝えました。特に、エントランスや共用ラウンジのデザイン性を強調することで、他物件との差別化を図っています。イベント開催による認知度向上リノベーション完了後に内覧会やオープニングイベントを実施し、地元の企業や不動産仲介業者、メディア関係者を招待することで一気に知名度を高めました。また、ビル内でスタートアップ向けのセミナーやワークショップを定期開催し、入居促進につなげています。共用施設の特徴を打ち出すラウンジスペースや小規模会議室などを「無料で使える共用設備」としてPRし、コスト感度が高い中規模企業にとって魅力的なオプションであることをアピールしました。 6.4 成功要因の総括 ターゲットの明確化とニーズの徹底分析一般的なオフィスではなく、このロケーションにメリットを感じてる中規模企業およびフロア100坪の広さをポイントとした教育機関等、特定のセグメントを狙い撃ちすることで的確な設備投資を実現。付加価値の創出による賃料アップ外観や共用部を大胆に刷新し、単なる築古ビルから“新しい価値を提供するビル”へとイメージ転換に成功。効果的なプロモーションとコミュニティづくりオンライン・オフラインを併用した広告戦略と、ビル内イベントによるテナント同士のつながり創出が、リピーターや紹介獲得につながった。 7. リノベーションの投資効果・運用面での成果 7.1 初期投資とリターンのバランス リノベーションにおける投資額は決して小さくありませんが、それに見合った収益向上が得られたことが今回の事例の築古ビルでの成功を裏付けています。延床面積:1200坪以上、フロア面積100坪以上改装後の賃料引き上げにより、月額の総賃料収入が一時的には減少するリスク(既存テナント退去)が懸念されましたが、新規テナントの集客効果が上回り、最終的には稼働率が高い水準を維持できました。初期投資の回収期間(ROI)は10年前後を目標に設定し、実際には8〜9年ほどで概ね回収が見込まれる計算となっています。 7.2 キャッシュフローの改善 空室率改善によりキャッシュフローは大幅に安定しました。改装費用の借入金返済分を差し引いても、満室近い稼働と相場以上の賃料単価で安定収益を確保できているため、今後のメンテナンス費用や追加投資にも余裕が生まれています。 7.3 長期的な建物価値の向上 リノベーションにより建物全体のイメージが向上したことで、周辺相場に左右されにくい付加価値が形成されました。将来的に売却や別の投資家への引き継ぎを検討する際にも、築古ビルとしてのマイナス評価が軽減され、資産価値の目減りを抑えることが期待できます。 8. リノベ設計・PM・BMに強いリノベーション会社の選定 8.1 リノベ設計の重要性 リノベーションにおいて設計は、単に「図面を起こす」だけではありません。市場ニーズを見極め、テナントが望む機能やデザインを盛り込みながら、ビル全体の価値を最大化するための企画をすることが設計者の重要な役割となります。古いビルにとっては構造上の制限や法令遵守など、考慮すべき事項が多岐にわたるため、経験豊富な設計会社をパートナーに選ぶことが成功のカギとなります。 8.2 “目利き”力のあるリノベーション設計会社とは “目利き”力のある設計会社は、以下のような特長を持ちます。 市場やトレンドの理解が深い- エリアの賃料相場を把握し、ターゲットとなるテナント層を分析できる。- 最新のオフィスデザインの傾向をキャッチアップしている。柔軟な発想と実現力- 古いビルの構造的な制約を踏まえつつ、最適なプランを提案できる。- 各種法規制(建築基準法や消防法など)を遵守しながら、魅力的な設計を実現できる。コミュニケーション能力- オーナーやPMとの打ち合わせで、要望を的確に理解し、図面や資料でわかりやすく提示する。- 工事会社や設備業者との連携をスムーズに行い、トラブルを未然に防ぐ。 9. 今後の展望と教訓 9.1 築古ビルリノベーションの汎用性 今回の事例では、山手線・地下鉄へのアクセスが複数あるものの、決して駅近とは言えず、やや微妙な立地条件で、オフィス街でもないエリアという条件下で、老朽化が進む23年目の時点でリノベーションを行い成功した希少な事例です。しかし、この成功は決して特殊なケースではなく、築古ビル再生において汎用的に適用できる戦略が多く含まれています。 9.2 サステナビリティの視点 昨今は、省エネや環境配慮といった観点がビル評価においてますます重視されるようになっています。今回の事例でもLED照明への切り替えや高効率空調機器の導入などによって運用コストを削減し、テナントにもメリットを享受してもらう施策を実施しました。今後は太陽光発電やグリーン屋上など、より環境に配慮したリノベーションが求められるでしょう。 9.3 オーナーへのアドバイス 早めの情報収集と計画立案築年数が進むにつれ、補修や設備更新は避けられません。大規模改修に踏み切るのであれば、空室率が一気に悪化する前のタイミングで検討を始めることで、余裕を持った投資計画が立てられます。専門家との連携建築設計事務所、不動産コンサルタント、施工業者、金融機関など、多方面の専門家の知見を集約し、最適なリノベーション計画を策定することが重要です。ターゲットテナントの明確化「万人向け」ではなく、業種・企業規模・働き方などを明確にイメージすることで、設備投資の方向性やデザインコンセプトを明確化しやすくなります。ブランディングとマーケティングの徹底ビルの特徴や魅力を的確に発信し、周辺相場より高めの賃料でも「ここに入居したい」と思わせるためには、一貫したブランディングと積極的なプロモーションが欠かせません。 10. まとめ 築古ビルのリノベーションは、単に古くなった設備や内装を刷新するだけでなく、建物のポテンシャルを最大限に引き出し、時代やテナントニーズに合わせた新しい価値を創造するプロセスだといえます。今回の事例では築23年のタイミングで外観・共用部・テナント区画などを一挙にリノベーションし、周辺とは一線を画す“差別化”と“付加価値”を打ち出すことで、満室稼働を実現しました。 駅から少し遠い、必ずしもオフィス街とはいえない立地であっても、ターゲットを明確に絞り、需要に合致した設備とデザインを整えれば、競合がひしめく都心部の築古ビルでも十分に勝算があることを示唆しています。今後のビル経営では、空室率の改善だけでなく、いかに長期的な建物価値を維持・向上させるかが大きな課題となります。本コラムで紹介した事例を参考に、皆様の物件に合った戦略を考え、将来にわたって安定した収益を確保できるよう、ぜひリノベーションや設備更新を前向きにご検討ください。 築年数が20年を超えるあたりから、設備だけでなく時代の変化に対応したビルの再構築が求められます。オーナーとしての視点を広げ、働き方や技術トレンドを考慮したうえで、適切な専門家と連携しながら計画的に改修を進めていくことで、築古ビルならではの魅力を活かし、新たな市場価値を創出することができるでしょう。 以上が、今回の事例とする築古ビルのリノベーション戦略と、そのリーシング成功事例に基づいたコラムとなります。山手線や地下鉄など、複数の主要路線にアクセスがあるものの、最寄り駅からの徒歩分数や周辺環境から「オフィスビルとしての競争力」を疑問視されやすい立地条件でも、投資判断やコンセプト策定、ブランディング、そして効果的なマーケティングを組み合わせることで、十分に活路を見出せることがお分かりいただけたかと思います。ぜひ本コラムを、ビルオーナーの皆様の今後の運営方針の一助としてご活用ください。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年9月2日執筆2025年09月02日 -
ビルリノベーション
【レポート】中型オフィスの空室率動向と2025年以降の展望~大規模ビル大量供給時代におけるオーナー戦略~
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「【レポート】中型オフィスの空室率動向と2025年以降の展望~大規模ビル大量供給時代におけるオーナー戦略~」のタイトルで、2025年8月28日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。 目次1. 総論(マクロ環境・大まかな傾向)1-1. 都心部のオフィス需要・供給トレンドの概観1-2. 大規模ビル vs 中型オフィスビルの空室率推移2. 大規模・中型オフィス空室率推移比較2-1. 統計データから見る月次~四半期推移3. 2025年以降の供給計画の整理3-1. 大規模プロジェクトの時期別・エリア別まとめ3-2. 中型オフィスへの影響4. 中型オフィスの需給要因の掘り下げ4-1. 需要サイドの要因4-2. 供給サイドの要因5-1. 中型ビルの空室率の今後の方向性5-2. 投資・売買市場との関連6. まとめ:中型ビルの今後の展望:参考データ・補足 1. 総論(マクロ環境・大まかな傾向) 1-1. 都心部のオフィス需要・供給トレンドの概観 近年のオフィス市場は、コロナ禍を経て企業の働き方が大きく変化してきました。リモートワークが定着する一方で、2023年以降は「対面コミュニケーション」の重要性が再認識され、ハイブリッドワークへ移行する企業が増加。都心部に拠点を確保しながらも、オフィス面積を最適化する動きが進んでいます。 大企業の動向一部の大企業は「新築・超大型ビルへ移転」を計画しており、2025年以降の大規模供給に合わせて大幅な拡張・レイアウト刷新を進めようとしています。これらの企業は、最新設備や充実したアメニティを備えた大規模オフィスビルに魅力を感じており、自社のブランドイメージ向上や従業員の満足度向上を図る目的もあります。中堅・中小企業の動向賃料水準を抑えつつも、快適なオフィス環境を求めるニーズが増えています。1フロア50~100坪規模の中型オフィスが使いやすいと評価される事例も多く見受けられます。中堅・中小企業は、コスト効率を重視しながらも、従業員が働きやすい環境を整備したいと考えており、中型オフィスビルはこれらのニーズに合致しています。 1-2. 大規模ビル vs 中型オフィスビルの空室率推移 都心主要エリア(主要5区)の大規模ビル(200坪以上)空室率は2020年半ば以降に上昇した後、2022年以降、6%から4%割れまで低下傾向を継続しています。一方、中型オフィスビル(50~100坪程度)の空室率は、2022年後半から7%台から6%、更に2024年後半、5%を割り込んでおり、緩やかに逓減してきました。ただし、足元では中型オフィスの空室率の逓減傾向が底這いしつつあり、底打ちしているようにも見えます。これは、大規模オフィス供給の増加により、中規模オフィスの需給バランスが微妙な局面を迎えている可能性があります。 *このコラムでは、S社のデータ区分に基づいて、大規模ビルはフロア200坪以上、大型ビルは同100~200坪、中型ビルは同50~100坪と定義します。主要5区は、中央区、千代田区、港区、新宿区、渋谷区です。 2. 大規模・中型オフィス空室率推移比較 2-1. 統計データから見る月次~四半期推移 2023年03月2024年03月2024年10月2024年11月2024年12月2025年01月S社(大型)4.58%4.20%3.78%3.51%3.21%3.13%S社(中型)6.87%5.72%4.86%4.68%4.62%4.68%M社(大規模/既存)6.01%5.06%4.23%3.92%3.80%3.57% 大規模:200坪以上大型:100~200坪中型:50~100坪 大規模ビルはその時々の新規供給によって振れ幅が大きいため、傾向を把握するには、M社の既存ベースの数字が参考になります。コロナ明けの2022年以降、オフィスの空室率は全体的に低下傾向にあります。供給が限られ、テナントの入れ替わりも少ない大型オフィス(100~200坪)の空室率が最も安定的に推移しています。一方、中型オフィス(50~100坪)に注目すると、大型オフィスとの空室率格差は2%超から2024年10月には1.08%まで縮小傾向にありましたが、足元では格差が拡大傾向にあります。特に中型オフィスの空室率は徐々に底這いしており、今後空室を回避するためには、個別物件ごとの差別化戦略が重要になります。2025年以降には大規模ビルの大量供給が予定されており、一部テナントが新築ビルへ移転することで、既存ビルの空室が増加する可能性があります。既存の大規模ビルに加え、大型ビルの空室率の逓減傾向が維持されるのか、さらに、中型ビルの空室率にどのような影響が及ぶのかについて注意深く見定める必要があります。その一方で、コスト重視の企業や中堅・ベンチャー企業には中型ビルが適しているという側面もあります。不安材料と期待材料、両面を見定める必要があります。 3. 2025年以降の供給計画の整理 3-1. 大規模プロジェクトの時期別・エリア別まとめ 2025年竣工予定(詳細はコラム後の別項にて説明)虎ノ門アルセアタワー(地上38階/基準階1,000坪超)品川・高輪ゲートウェイ駅周辺プロジェクト(THE LINKPILLARシリーズ)芝浦ブルーフロント・プロジェクト 3-2. 中型オフィスへの影響 大規模オフィスと中型オフィスは、本来、別のセグメンテーションなのですが、2025年に想定される大規模オフィスの供給は、予定通りにプロジェクトが進行すると、100万平米坪を越える規模となることが見込まれ、中型ビルへの影響も避け難いものと思料されます。 (1). 既存大規模ビルからの“テナント振り替え”リスク大企業の移転による空室化最新設備・高グレードを求める大企業が、新築の大規模ビルに入居するために移転すると、元々入居していた既存大規模ビル・大型ビルでは大区画の空室が発生します。この空室が市場に放出されることで、テナントの選択肢が拡大し、既存ビル同士の競合が激化する可能性が高まります。中型ビルの既存テナントである中規模テナントが玉突きで移転これまで中型ビルのテナントである中規模テナントが、既存大規模ビル・大型ビルに移転することにより、中型ビルではテナントの流出が進み、需給バランスにネガティブな影響が生じる可能性があります。(2).区画分割動向新築・大規模ビルのフロア分割従来、大規模ビルではワンフロア一括貸しが主流だったが、最近では1フロアを複数の中小規模区画に分割する事例が増えています。当初ターゲットとしていた大企業の大規模増床ニーズに限らず、中規模・小規模テナントを積極的に取り込むことで、中型オフィスビルのテナント獲得層とも競合するようになります。直接的な移転リスクの拡大フロア分割によって新築ビルの敷居が下がり、中規模テナントも「最新設備を備えた高グレードビル」への移転を検討しやすくなります。これまでは「大企業の移転の後追い(間接的な影響)」として考えられていた流れが、直接的な移転の形で発生する可能性が高まります。 4. 中型オフィスの需給要因の掘り下げ 4-1. 需要サイドの要因 (1). スタートアップ・中堅企業の拡大急激な人員拡大による中規模区画への需要増スタートアップや中堅企業が資金調達に成功した際、短期間で大幅に人員を増やすケースが多く見られます。その結果、従来の小規模オフィスでは収容が難しくなり、ワンフロアあたりの面積がある程度確保できる中型ビルに対する需要が急激に高まる傾向があります。「小さいけれどもハイグレードなオフィス」を求める傾向成長企業の中には、企業のブランドイメージや採用力を強化するために、オフィスの立地や内装、設備にこだわる傾向が強まっています。大型ビルの一角を確保するよりも、自社らしさを演出しやすい中型ビルをまるごと借り上げる、もしくはワンフロア単位で借りることで、「規模は小さくても高品質なオフィス環境」を整えたいというニーズが増えています。(2). フレキシブル・オフィス/シェアオフィスの台頭法人登記可能な小規模フロアへの需要フレキシブル・オフィスやシェアオフィスは、1人~数名規模のスタートアップや個人事業主のみならず、法人登記が可能な拠点として注目を集めています。企業側は事業開始直後から正式な登記住所を確保できるため、信用力や業務効率の面で利点があります。多様な企業の利用増加コロナ禍以降、働き方の柔軟化が進む中で、事業内容や働き方に応じてオフィススペースを拡張・縮小しやすいフレキシブル・オフィスは、サテライト拠点の開設やプロジェクト単位での短期利用など、多岐にわたる使われ方をしています。これにより、従来は大型オフィスに吸収されていた需要が、比較的面積の小さい柔軟なスペースを持つ中型ビルにも向かうようになっています。(3). ハイブリッドワークやサテライトオフィス需要本社機能の一部移転による中型ビル需要テレワークと出社を組み合わせるハイブリッドワークが定着しつつある中で、大型ビルを本社とする企業が一部の業務機能を中型ビルに移転するケースが増えています。拠点を分散することで、通勤時間の短縮や災害時のリスク分散を図れるため、BCP(事業継続計画)上も大きなメリットが生まれます。BCP対策としての拠点分散日本は地震や台風など自然災害リスクが高いため、1つの超大型オフィスビルに人員を集中させるよりも、中型ビルに複数拠点を分散したほうが事業継続力を高めやすいという考え方が広まっています。実際に、都心と郊外それぞれに拠点を構える企業が増える傾向にあり、中型オフィスの需要を底支えしています。 4-2. 供給サイドの要因 (1). 新築中型ビルの少なさ超大型開発への注力都心部では、再開発プロジェクトや高層ビルの建設など、超大型のオフィスビル開発が優先される傾向があります。デベロッパーにとっては、大規模プロジェクトは投資効率が高く、認知度も高まるため、中型ビルの新築開発が後回しになるケースが多いです。結果として、新築の中型ビルは供給が限られる状況にあります。築古中型ビルのリノベーションによる延命中型ビルの多くは、建築後数十年を経過しているものが少なくありません。建物自体を取り壊して新築するよりも、リノベーションで延命を図るほうが投資コストを抑えられ、また、効果的なリーシングへと繋がる場合があります。そのため、中型ビルを完全に建替えて新築するよりも、中古物件のままリノベーション物件として供給継続が増え、新築中型ビルの供給が少ない状況を補っています。(2). バリューアップ・リノベーション動向築古の中型オフィスビルへの投資加速老朽化したビルであっても、空調やインフラを最新設備に更新することで、賃料を引き上げつつ高い稼働率を維持する事例が増えています。また、建物のグレード感を高めることで、入居テナントの質も向上しやすいというメリットも期待できます。内装・共用部のデザイン性向上による競争力確保リノベーションの際に、エントランスやロビー、エレベーターホールなどの共用部をデザイン性高くリニューアルする例も多く見られます。スタートアップ企業やクリエイティブ系企業では、中型オフィスでも、「オシャレな共用部」等、企業イメージに沿った空間を追求するニーズが強まっているため、中型ビルでも積極的にリノベーションを行うことで、競争力を確保しようとする動きも目立ちます。 5-1. 中型ビルの空室率の今後の方向性 (1) 当面の展望:中型オフィス・ビルの空室率が底打ちしつつある状況を踏まえると、今後は空室率が再び上昇に転じる可能性も視野に入れる必要があります。大規模オフィス供給の影響は今後も継続すると考えられ、企業のオフィス戦略の変化や景気動向によっては、中型オフィスの需要がさらに減少する可能性があります。 ただし、中型オフィスに対する一定の需要は依然として存在します。中小企業やスタートアップ企業など、大規模オフィスよりも賃料が手頃で、自社の規模に合ったオフィススペースを求める企業は少なくありません。また、サテライトオフィスやシェアオフィスなど、多様な働き方に対応するオフィス形態も登場しており、中型オフィスの需要を支える要因となる可能性があります。 (2) 詳細な要因:大規模オフィス供給の増加:大規模再開発プロジェクトなどにより、大規模オフィスビルが大量に供給されています。これらのビルは、最新の設備や機能、充実した共用スペースなどを備えており、多くの企業にとって魅力的な選択肢となります。そのため、企業のオフィス移転ニーズは大規模オフィスに集中しやすくなり、中型オフィスへの需要伸びが相対的劣後、または減少する可能性があります。中型オフィスの新規供給の抑制:中型オフィスビルは、大規模オフィスビルに比べて開発コストやリスクが高いため、新規供給が抑制される傾向にあります。大規模オフィスビルに比べて収益性が低いことや、新規の用地取得の難しさなどが要因として挙げられます。企業の多様なニーズ:中小企業やスタートアップ企業など、中型オフィスを求める企業のニーズは依然として存在します。これらの企業は、大規模オフィスに比べて賃料が手頃で、自社の規模に合ったオフィススペースを求めています。また、近年では、サテライトオフィスやシェアオフィスなど、多様な働き方に対応するオフィス形態も登場しており、中型オフィスの需要を支える要因となっています。(3) 下振れリスク:金利上昇と景気後退:金利上昇は企業の借入コスト増加につながり、景気後退は企業の業績悪化を招く可能性があります。これらの要因により、企業のオフィス需要が縮小し、空室率改善ペースが鈍化する恐れがあります。特に、中小企業は金利上昇の影響を受けやすく、オフィス賃料の負担増が経営を圧迫する可能性があります。企業のオフィス戦略の変化:リモートワークの普及や企業のコスト削減意識の高まりにより、オフィススペースの縮小や移転を検討する企業が増えています。このような企業のオフィス戦略の変化は、中型オフィスの空室率に影響を与える可能性があります。地政学リスク:世界的な政治・経済情勢の不安定化は、企業活動の停滞や投資意欲の減退につながり、オフィス需要の減少を招く可能性があります。例えば、国際情勢の緊張や経済制裁などの影響により、企業の海外進出が抑制されたり、国内投資が減少したりする可能性があります。 5-2. 投資・売買市場との関連 (1)中型ビルへの投資需要の高まり:不動産ファンド等の関心:大規模物件に比べて資金負担が少なく、安定的な収益が見込める中型ビルへの投資への関心が一部では緩やかに高まっています。国内REITや不動産ファンドは、ポートフォリオの多様化、分散投資による、収益安定化のために、中型ビルへの投資も進めています。多様な投資家の参入:国内REIT、不動産ファンドに加え、事業会社や個人投資家など、多様な投資家が中型ビルへの投資を検討しています。事業会社は、自社の事業拡大に合わせてオフィスビルを取得するケースや、不動産投資事業に参入するケースなどがあります。また、個人投資家も、不動産クラウド・ファンディング等を通じて、間接的に中型ビルに投資することができます。(2)投資・売買市場の活性化要因:低金利環境:低金利環境は、投資家の資金調達コストを抑え、不動産投資への意欲を高めます。低金利により、投資家はより多くの資金を借り入れることができ、高額な不動産物件にも投資しやすくなります。不動産市場の安定性:日本の不動産市場は、比較的安定しており、投資家にとって魅力的な投資対象となっています。日本の不動産市場は、バブル崩壊後の長期低迷期を経て、近年回復傾向にあります。特に、都心部のオフィスビル市場は、需要が高く、空室率も低い水準で推移しており、安定的な収益が見込めます。(3) 留意点:物件の選別:投資家は、立地条件や築年数、テナント構成などを慎重に検討し、優良な物件を選別する傾向にあります。中型ビルは、大規模ビルに比べて物件数が多いため、投資家はより慎重に物件を選ぶ必要があります。競争激化:中型ビルへの投資需要が高まるにつれて、物件の取得競争が激化する可能性があります。特に、都心部の優良な中型ビルは、複数の投資家が競合する可能性があり、価格が高騰し、結果として投資利回りが低下するケースもあります。 6. まとめ:中型ビルの今後の展望: 現在、中型オフィスビルは、大規模オフィス供給の増加、テナントニーズの多様化、築古ビルの増加といった三重の課題に直面しています。これらの課題は、テナントの大規模オフィスへの流出、築古ビルの競争力低下、そしてテナントニーズへの対応不足といった具体的な問題を引き起こし、中型オフィスビルの空室率上昇、賃料下落、ひいては収益悪化に繋がる可能性があります。しかし、これらの課題は決して乗り越えられないものではありません。市場環境の変化を先取りし、適切な戦略を実行することで、中型オフィスビルは再び競争力を取り戻し、収益性を向上させることができます。以下に、中型オフィスビルオーナーが取り組むべき具体的な戦略とアクションアイテムを提示します。 1 バリューアップ戦略:魅力を高める築古ビルのリノベーションによる魅力向上、最新設備導入による機能性向上、デザイン性向上によるブランドイメージ向上を図ります。具体的には、耐震補強、空調設備更新、エントランス改修などを行います。2 PM・BM機能の強化:満足度を高めるトラブル対応、クレーム処理を迅速化しつつ、清掃等を徹底する等、テナント満足度向上、効率的なビル運営を図ります。3 リーシング戦略:入居率を高める近隣・競合物件の賃料相場、空室状況を徹底的に把握、分析して、ターゲットテナントを明確にし、ニーズに合った賃料設定や契約条件を提示します。 参考データ・補足 1. S社:三幸エステート「市況レポート」都心5区の空室率月次推移(大規模ビルだけでなく、大型、中型のサイズ別の数字も収録)2. M社:三鬼商事「オフィスマーケットデータ」都心5区(大規模ビル/200坪以上)の空室率月次推移(既存ビルと新築ビルの空室率比較)(レポート作成時期:2025年1月基準の最新の月次データや市場動向を踏まえて、定期的にアップデート予定) 別項2025年竣工の大規模オフィスビルは、品川・高輪ゲートウェイ駅周辺、虎ノ門、八重洲・京橋周辺、芝浦・田町といったエリアで特に集中しており、1フロア1,000坪を超える超大型案件も複数見られます。これにより都心部のオフィス供給量が一気に増えるため、既存ビル市場への影響も大きいと予想されています。 中央区八重洲ダイビル所在地:中央区京橋1-1-1竣工予定:2025年6月規模:地上11階・地下3階特徴:旧「八重洲ダイビル」の建替え。八重洲地下街直結で、基準階約387坪の免震構造ハイグレードビル。(仮称)京橋第一生命ビル所在地:中央区京橋2丁目4-12竣工予定:2025年6月規模:地上12階・地下2階、高さ約56m特徴:木造ハイブリッド構造を採用。基準階約255坪。(仮称)東日本銀行本店ビル建替プロジェクト所在地:中央区日本橋3丁目11-2竣工予定:2025年7月規模:地上12階・地下1階特徴:基準階約214坪。京橋一丁目交差点の角地でアクセス・視認性が高い。日本橋本町M-SQUARE所在地:中央区日本橋本町1-9-4竣工予定:2025年9月規模:地上12階・地下1階特徴:基準階貸室面積約279坪。昭和通り沿いに位置し、江戸橋付近の再開発エリアに含まれる。 港区虎ノ門アルセアタワー(虎ノ門二丁目地区第一種市街地再開発事業 業務棟 / (仮称)T-2 Project)所在地:港区虎ノ門2丁目105番竣工予定:2025年2月規模:地上38階・地下2階特徴:基準階約1,000坪超の大規模オフィス。2階デッキで「虎ノ門ヒルズ」駅に接続し、新たなランドマークとなる見込み。BLUE FRONT SHIBAURA(ブルーフロント芝浦)S棟(芝浦一丁目プロジェクト / 浜松町ビルディング建替え)所在地:港区芝浦1-1-1 他竣工予定:2025年2月規模:地上43階・地下3階、高さ約235m(S棟)特徴:S棟はオフィス・ホテル・商業の複合タワー。基準階約1,560坪とされる超大型物件。田町駅前建替プロジェクト所在地:港区芝5丁目34-2竣工予定:2025年5月規模:地上20階・地下3階特徴:基準階貸室面積約580坪超、第一京浜沿い。三田駅地下通路A2出口とも直結予定。THE LINKPILLAR 1(North/South)(仮称)高輪ゲートウェイシティ複合棟Ⅰ所在地:港区港南二丁目、芝浦四丁目、高輪二丁目、三田三丁目 各地内竣工予定:2025年3月規模:North:地上29階・地下3階 高さ約161mSouth:地上30階・地下3階 高さ約158m特徴:高輪ゲートウェイ駅直結の「品川開発プロジェクト」第Ⅰ期。複数棟で大規模オフィス空間を形成。THE LINKPILLAR 2(仮称)高輪ゲートウェイシティ複合棟Ⅱ(3街区)所在地:同上(港区港南・芝浦・高輪・三田地区)竣工予定:2025年度内規模:地上31階・地下5階 高さ約167m特徴:品川開発プロジェクト第Ⅰ期の一角。商業・オフィス・住宅など複合機能を持つ大規模棟。(仮称) 御成門計画所在地:港区新橋6丁目1-11竣工予定:2025年7月規模:地上19階・地下2階 高さ約96m特徴:跡地再開発により延床約24,000㎡クラスのオフィスビルへ。基準階約290坪。 新宿区(仮称)西新宿一丁目地区プロジェクト所在地:新宿区西新宿1丁目9番竣工予定:2025年11月規模:地上23階・地下4階、高さ約130m特徴:明治安田生命新宿ビルほか、計7棟の跡地に誕生。基準階約800坪規模とされる大型オフィスビル。 江東区(仮称)豊洲4-2街区開発計画 B棟所在地:江東区豊洲2丁目14-2竣工予定:2025年6月規模:地上15階特徴:A棟・B棟からなる豊洲再開発プロジェクト。B棟は基準階約1,280坪の大規模オフィスとして注目。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年8月28日執筆2025年08月28日 -
ビルリノベーション
中型オフィスビルの修繕・改修・リノベーションと工事会社の選び方
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「中型オフィスビルの修繕・改修・リノベーションと工事会社の選び方」のタイトルで、2025年8月27日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。 目次1. はじめに2. 市場背景とリノベーションの必要性3. 修繕とリノベーションの種類と違い:目的と範囲を明確に4. リノベーションの具体的なポイント:多角的な視点での検討5. 工事会社の選び方:リノベーション・プロジェクト成功のカギ6. プロジェクト管理と成功事例:成功への道筋7. 最新トレンドと技術動向8. まとめと今後の展望 1. はじめに 昨今、賃貸オフィスビル市場は急速な変化を迎えています。多くのビルが老朽化し、設備の陳腐化や耐震性、省エネルギー性能の低下が進む中、テナントの多様化や働き方改革、さらにはリモートワークの普及といった経済環境の変化がビル運営に大きな影響を及ぼしています。これらの背景から、既存のオフィスビルに対してはリノベーションの必要性がこれまで以上に高まっており、ビルの価値向上を実現するための戦略的な取り組みが求められています。 本コラムの目的は、オーナーや管理者、施工関係者に向けて、賃貸オフィスビルのリノベーションの意義と、成功のための工事会社の選定ポイントについて、実践的な視点から解説することにあります。リノベーションの必要性、各種工法の違いやメリット・デメリット、そしてプロジェクト全体を通しての管理ポイントや最新技術の動向について、具体的な事例や評価基準を交えながら全体像を提示します。特に、中型オフィスビルのリノベーション・プロジェクトにおいては、規模や特性に応じた柔軟な対応力、そして透明性の高い見積もりやアフターサービス体制が求められるため、工事会社選定はプロジェクト成功の鍵となります。 2. 市場背景とリノベーションの必要性 2.1 オフィスビル市場の現状 近年、都市圏における賃貸オフィスビル市場は、新築ビルの進出と同時に、既存ビルの老朽化による空室率の上昇が顕在化しています。市場調査によれば、特に中型オフィスビルは、立地条件や設備の古さが理由で、テナントの獲得競争において厳しい状況に直面しており、これが賃料水準の低下や収益性の悪化を招いています。統計データでは、主要都市における既存オフィスビルの空室率が年々上昇傾向にあり、テナントニーズも「最新設備」や「快適な共用空間」など、従来とは異なる条件を求めるようになっていると指摘されています。 2.2 老朽化の進行とその影響 賃貸オフィスビルの多くは、建築から数十年を経過しており、経年劣化による外壁のひび割れ、設備の不具合、さらには耐震性の低下など、さまざまな問題を抱えています。これらの老朽化は、建物の安全性や省エネルギー性能を低下させるだけでなく、テナントに対してマイナスのイメージを与え、入居率の低下や賃料の値下げ圧力につながる恐れがあります。また、法令改正や新たな安全基準への対応が求められる中、修繕を先延ばしにすると、将来的なリノベーションの際に、費用負担が一層重くなるリスクも孕んでいます。 2.3 テナント・ニーズの変化 現代のテナントは、単にスペースの広さだけでなく、快適性や利便性、最新のテクノロジー環境を求める傾向にあります。例えば、リモートワークの普及に伴い、柔軟なレイアウト変更が可能なオフィスや、最新の高速通信インフラ、セキュリティ対策、そしてコミュニケーションを促進する共用部の充実が重要視されています。これにより、リノベーションによって建物自体の魅力を向上させ、競争力を高めることが、テナント誘致や長期的な運用収益の確保につながるのです。 3. 修繕とリノベーションの種類と違い:目的と範囲を明確に 3.1 用語の定義と区分 賃貸オフィスビルの改修プロジェクトでは、これらの用語が頻繁に使われますが、それぞれが指す工事の範囲と目的は大きく異なります。 1. 修繕建物の老朽化や損傷した部分を、元の状態に戻すための工事です。日々の使用によって生じた不具合や故障に対応する、維持管理の側面が強い工事と言えます。目的: 建物の基本的な機能を維持し、最低限の安全性や快適性を確保することが主な目的です。 2. 改修建物の性能や機能を向上させるための工事です。現状の不満点や課題を解決し、より快適で使いやすいオフィス環境を目指します。部分的なリフォームから、建物全体にわたるリノベーションにまで広く含まれる用語です。目的: 建物の収益性や市場競争力を高めることが主な目的です。 3. リノベーション内外装、設備の更新、間取りや構造の変更など、建物の性能を向上させるに留まらず、建物のデザイン、機能を刷新し、全く新しい価値を生み出す工事です。目的: 築年数の経過したオフィスビルの潜在能力を引き出し、新たな魅力を付加することが目的です。建物の価値を再定義し、新たな魅力を付加することで、市場ニーズに対応します。 それぞれの違いをまとめると、以下のようになります。 修繕:現状維持改修:性能向上からリノベーションにまでリノベーション:価値創造 これらの違いを理解し、オフィスの状況や目的に合わせて適切な改修方法を選択することが重要です。 3.2 具体的な事例と比較 ここでは、修繕とリノベーションの具体的な事例を比較し、それぞれのメリット・デメリット、長期的な視点での影響を整理します。 1. 修繕メリット: 費用負担が比較的小さく、短期間で実施できるため、緊急性の高い問題に迅速に対応可能。日常的なメンテナンスとして、建物の機能を維持するために必要不可欠。デメリット: 根本的な問題解決には至らず、建物の老朽化は進行するため、将来的にリノベーションが必要になる可能性。建物全体のイメージ向上や競争力強化には限界があり、長期的な収益向上にはつながりにくい。事例: 老朽化して故障した給湯器の交換水漏れ修理劣化した壁紙の部分的な張り替え老朽化したトイレの便器のみ交換 3. リノベーション(既存の建物の価値を再定義)メリット: 既存の建物の潜在能力を最大限に引き出し、全く新しい価値を創造可能。最新設備の導入により、オフィスの機能性や快適性が向上し、競争力が大幅に強化。デメリット: 初期投資が大きく、工期も長くなる。綿密な市場調査や事業計画が不可欠。用途変更などを伴う場合、大規模になると、建築基準法などの法規制をクリアする必要がある。事例: エントランスやロビーの改修、オフィスレイアウトの変更(フリーアドレスの導入など)、外壁の塗りなおし。 4. リノベーションの具体的なポイント:多角的な視点での検討 中型オフィスビルのリノベーション・プロジェクトは、単に古くなった部分を新しくするだけでなく、ビルの潜在的な価値を最大限に引き出し、テナントにとって魅力的なオフィス環境を提供することが重要です。そのためには、内装・外装の刷新、設備の更新、テナントの利便性向上など、多角的な視点からの検討が不可欠です。 4.1 内装・外装の刷新:デザインと機能性の両立 エントランス・共用部の改善:第一印象とコミュニケーションの場エントランス:ビルの「顔」であるエントランスは、来訪者やテナントに強い第一印象を与えます。最新のデザインを取り入れ、開放感のあるガラスパネルや、洗練された照明プラン、機能的かつ美しい受付カウンターを設置することで、ビルのイメージを格段に向上させることができます。共用部:ロビーや廊下、エレベーターホールなどの共用部は、単なる通過スペースではなく、テナント間のコミュニケーションを促進する場としての役割も担います。快適な休憩スペースや、緑を取り入れた空間設計などにより、テナントの満足度を高め、ビル全体の雰囲気を向上させることができます。 オフィスレイアウトの改善:多様な働き方への対応 働き方の多様化に対応するため、固定的なレイアウトではなく、フレキシブルなレイアウト設計が求められます。可動式のパーティションや、オープンスペース、集中ブースなどを組み合わせることで、テナントが自社の業務形態に合わせて自由に空間をカスタマイズできる環境を整備することが重要です。近年では、ABW(Activity Based Working)という考え方に基づき、仕事内容に合わせて働く場所を自由に選択できるオフィスレイアウトが注目されています。 4.2 設備の更新と省エネルギー対策:快適性とコスト削減 最新の設備を導入することは、オフィスの快適性向上とともに、省エネルギー効果を発揮します。 空調・電気・給排水システム:最新の空調システムや高効率の給排水機器を導入することで、エネルギー効率を高め、運用コストを削減することができます。LED照明と省エネ機器:LED照明は、従来の照明に比べて消費電力が少なく、寿命も長いため、大幅なエネルギー削減とメンテナンスコストの削減につながります。グリーンビルディング認証:環境性能の高いビルとして、グリーンビルディング認証(LEED、CASBEEなど)を取得することで、テナントに対して企業イメージ向上をアピールできます。 4.3 安全性と法令対応:安心・安全なオフィス環境 リノベーション・プロジェクトにおいて、安全性の向上と最新の法令対応は欠かせません。 法令遵守と安全基準のチェック:建築基準法、消防法、バリアフリー法など、各種法令に基づいた安全対策が適切に実施されているかを、リノベーション前に十分に確認する必要があります。 4.4 テナントの利便性向上:競争力のあるオフィス作り テナントの満足度を向上させるためには、働きやすい環境の整備が重要です。 高速通信インフラの整備:オフィスにおいて高速かつ安定したインターネット環境は重要です。光ファイバー回線の導入や、無線LAN環境の強化により、テナントの業務効率を大幅に向上させることができます。セキュリティシステムと共用設備:セキュリティゲート、監視カメラ、ICカード認証などのセキュリティ対策は、入居テナントの安全意識を高めるとともに、安心して業務を行える環境を提供します。 上記を踏まえて、ビルの価値向上につながるポイントとして、以下の5つがあげられます。 デザイン性と機能性を両立させた内装・外装省エネルギー性能の高い最新設備多様な働き方に対応するフレキシブルなオフィスレイアウトテナントの利便性を高める充実した共用設備安心・安全なオフィス環境 5. 工事会社の選び方:リノベーション・プロジェクト成功のカギ オフィスビルのリノベーションを成功させるためには、適切な工事会社を選ぶことが最重要な要素の一つです。施工品質、工期の順守、コスト管理、アフターサービスなど、複数の要因が工事会社の選定に影響を与えます。ここでは、工事会社を選定する際の評価基準や、具体的な選定プロセスについて詳しく解説します。 5.1 工事会社のタイプ ゼネコン(総合建設業): 大規模な工事を得意とし、設計から施工まで一貫して対応できる組織力があります。オフィスビル全体のリノベーションや、大規模な設備更新など、複雑で高度なプロジェクトに適しています。ただし、費用は比較的高くなる傾向があります。 設計事務所・デザイン会社: デザイン性に優れており、個性的なオフィス空間を創出できます。特に、クリエイティブなオフィス空間や、ブランディングを重視したリニューアルに適しています。施工は提携する工務店に委託する場合が多く、設計と施工の連携が重要になります。 工務店: 地域密着型で、小規模な修繕や部分的な改修を得意とします。費用を抑えたい場合や、細やかな要望に対応してほしい場合に適しています。専門性や技術力は会社によって異なるため、実績や得意分野を確認することが重要です。 内装専門会社: 内装工事に特化しており、オフィス内のレイアウト変更や内装デザインに強みがあります。オフィス専門の会社では、入居率を高めるための知識やノウハウを持っている会社もあります。オフィス内の快適性向上や、機能的な空間づくりに適しています。 工事監督会社: 近年では、自社では作業員を抱えずに、いくつかの工務店、会社を手配して、工事監督をして仕事を進める会社もあります。上記のそれぞれのタイプの工事会社がお互いに関連している場合もあります。 5.2 各タイプの工事会社の選定ポイント 設計デザインに強い会社: 過去のオフィスビルの設計事例を確認し、デザイン力を評価する。担当デザイナーとの相性を確認し、自社のイメージを伝えられるか確認する。提案されるデザインが、単に美しいだけでなく、機能性や快適性、将来の拡張性などを考慮しているかを確認する。デザインコンセプトや設計意図を、分かりやすく説明してくれるかを確認する。 安い値段で施工を受けてくれる工務店:複数社から見積もりを取り、価格を比較検討する。使用する材料や工法を確認し、品質とのバランスを考慮する。地域での評判や口コミを確認する。見積もりの内訳が明確で、追加費用が発生する可能性についても説明してくれるかを確認する。過去の施工実績を確認し、同規模のオフィスビルのリノベーション経験があるかを確認する。 大規模リノベーションに強いゼネコン: 大規模なオフィスビルのリノベーションの実績があるか。設計から施工まで一貫して対応できる体制が整っているか。専門的な技術やノウハウを持っているか。プロジェクト管理能力が高く、スケジュールや予算を遵守できるか。 オフィス専門の内装会社: オフィス専門の内装会社では、入居率を高めるための知識やノウハウを持っている会社もありますオフィス専門の内装会社では、近年のオフィスのトレンドを把握しているか。オフィス専門の内装会社では、オフィス家具や照明、OA機器など、オフィスに必要な設備に精通しているか。オフィス専門の内装会社では、入居テナントの業種や規模に合わせた最適な空間を提案してくれるか。 工事監督会社: 工事監督会社では、それぞれの分野の専門の工務店や会社とのパイプをもっているか。工事監督会社では、第三者的な視点から、品質管理や安全管理を徹底してくれるか。工事監督会社では、複数の工務店や会社との調整を円滑に進め、スケジュールや予算を管理してくれるか。 選定の際の注意点 工事会社の規模や実績だけでなく、担当者との相性も重要なポイントです。複数の工事会社から見積もりを取り、比較検討することで、適正な価格を把握できます。契約前に、工事内容やスケジュール、保証内容などを十分に確認しましょう。 これらのポイントを踏まえ、対象プロジェクトのニーズに合った最適な工事会社を選ぶことで、オフィスビルのリノベーション・プロジェクトを成功に導くことができます。 5.3 工事会社を選ぶポイント:成功に導くための評価基準 中型オフィスビルのリノベーションプロジェクトでは、規模感、柔軟性、技術力、コストの透明性などが特に重要になります。以下に、各選定ポイントの詳細と、実際の事例に基づく検討方法を解説します。 (1) 過去の実績と経験:信頼性の証ポイント: 中型オフィスビル、特に類似規模、類似用途のリノベーション実績があるか。過去の施工事例における顧客評価や評判はどうか。特定の分野(例:内装、外装、設備)に強みを持っているか。事例検討: 候補企業のウェブサイトや会社案内で、過去の施工事例を確認しましょう。可能であれば、過去の顧客に直接話を聞き、満足度や課題点を確認しましょう。特定の分野に強みを持つ企業は、その分野における専門知識や技術力が高い可能性があります。 (2) 技術力と最新技術の活用:品質と効率の向上ポイント: リノベーションの内容に見合った専門性や得意分野を持っているか。技術的な課題に対して、適切な解決策を提案できるか。近年は、BIM(Building Information Modeling)などのIT技術が施行管理や設計で活用し、現場状況の可視化し、計画変更・工程管理に柔軟に対応できるようになってきています。そのような最新技術を活用し、施行期間の短出化、品質向上、さらにはトラブルの早期発見・対応ができるようになっているか。事例検討: 技術的な質問を積極的に行い、企業の専門知識や対応力を確認しましょう。BIMなどの最新技術の活用事例を見せてもらい、そのメリットを具体的に説明してもらいましょう。技術的な課題に対する解決策の提案を求め、その内容を比較検討しましょう。 (3) 設計・デザイン力:理想のオフィス空間の実現ポイント: デザイン提案力があり、自社のイメージを具現化できるか。設計担当者とのコミュニケーションが円滑か。3Dパースやサンプルなどで、仕上がりイメージを具体的に確認できるか。事例検討: 過去のオフィスビルの設計事例を確認し、デザイン力を評価する。担当デザイナーとの相性を確認し、自社のイメージを伝えられるか確認する。提案されるデザインが、単に美しいだけでなく、機能性や快適性、将来の拡張性などを考慮しているかを確認する。デザインコンセプトや設計意図を、分かりやすく説明してくれるかを確認する。 (4) コストパフォーマンスと見積もりの透明性:予算管理の徹底ポイント: 見積もりの内訳が明確で、各工程や資材費、労務費が細かく分解されているか。追加工事が発生した場合の対応や費用についても明記されているか。コストだけでなく、品質や工期とのバランスも考慮されているか。事例検討: 複数社から見積もりを取り、価格だけでなく、内訳や条件も比較検討しましょう。見積もりの不明点は積極的に質問し、納得できるまで説明を求めましょう。過去の事例における追加工事の発生状況や費用についても確認しましょう。 (5) プロジェクト・マネジメント能力:円滑なプロジェクト進行ポイント: スケジュール管理、品質管理、リスクマネジメントの能力が高いか。現場での進捗状況を定期的に報告し、コミュニケーションを密に取れるか。万が一の遅延や不具合があった場合にも、迅速かつ適切に対応できるか。事例検討: プロジェクトの進め方や管理体制について、具体的な説明を求めましょう。過去の事例におけるプロジェクトの進捗状況やトラブル対応についても確認しましょう。担当者が親身になって相談に乗ってくれるか。コミュニケーションが円滑で、信頼できるか。 これらのポイントを踏まえ、プロジェクトのニーズに合った最適な工事会社を選ぶことで、オフィスビルのリノベーション・プロジェクトを成功に導くことができます。しかしながら、オーナー様がご自身で工事会社を手配される場合、以下のような課題に直面する可能性がございます。 専門知識の不足: 工事の種類、材料、工法、法令に関する専門知識がないため、適切な判断が難しい。複数の工事会社から見積もりを取り、比較検討するだけでも多大な労力が必要となる。時間と労力の負担: 工事会社の選定、見積もり取得、契約、工事監理など、多岐にわたる業務をオーナー様ご自身で行う必要がある。日々の業務と並行して行うには、時間的、精神的な負担が大きい。トラブルのリスク: 工事中のトラブルや手抜き工事が発生した場合、オーナー様ご自身で対応しなければならない。専門知識がないため、適切な対応ができず、損害が拡大する可能性もある。工事会社との交渉: 工事会社との価格交渉、条件交渉は、専門的な知識と経験が必要となり、適切な交渉を行うことが難しい。 そこで、当社のような管理会社が仲介することで、オーナー様は以下のメリットを享受できます。 専門知識と経験: 当社は、オフィスビルのリノベーションに関する豊富な知識と経験を有しており、オーナー様に最適な工事会社を選定し、プロジェクトを成功に導きます。時間と労力の削減: 工事会社の選定から工事監理まで、プロジェクトに関する全ての業務を当社が代行するため、オーナー様は時間と労力を大幅に削減できます。トラブルの回避: 当社は、工事中のトラブルや手抜き工事を未然に防ぎ、万が一トラブルが発生した場合にも、迅速かつ適切に対応します。コスト削減: 当社は、複数の工事会社とのネットワークを持ち、競争原理を働かせることで、適正な価格で工事を提供します。また、専門的な知識と経験により、無駄なコストを削減し、コストパフォーマンスの高いリノベーションを実現します。スムーズなプロジェクト進行:当社は、プロジェクト全体のスケジュール管理、品質管理、安全管理を徹底し、スムーズなプロジェクト進行を約束します。オーナー様の利益の最大化: 当社は、オーナー様の利益を最優先に考え、最適なリノベーション・プランを提案し、プロジェクトを成功に導くことで、オーナー様の資産価値向上に貢献します。 当社は、オーナー様と工事会社との間に立ち、円滑なコミュニケーションを促進し、プロジェクトを成功に導くことをお約束します。 6. プロジェクト管理と成功事例:成功への道筋 6.1 プロジェクト管理の要点:成功の鍵を握るプロセス リノベーション・プロジェクトを成功に導くためには、施工前の計画立案、リスクマネジメント、進捗管理が不可欠です。これらの要素は、プロジェクトの円滑な進行と品質確保に直結します。 計画立案:目標達成へのロードマップ 各工程のスケジュール作成、作業分担の明確化、必要なリソースの確保など、プロジェクト全体の計画を詳細に立てます。目標とする完成時期や品質基準を明確にし、関係者全員が共通認識を持つことが重要です。リスク・マネジメント:予期せぬ事態への備え予期せぬ事態に対するリスク評価と対策の策定を行います。例えば、天候不良による工期の遅延、資材の調達遅延、追加工事の発生など、様々なリスクを想定し、対応策を準備します。進捗管理:計画と実績のギャップを最小限に 進捗報告の定期実施、現場での進捗確認、品質チェックなどを通じて、プロジェクトの進捗状況を常に把握します。計画と実績にギャップが生じた場合は、迅速に対応し、軌道修正を行うことが重要です。コミュニケーション:関係者間の連携強化 オーナー、設計者、施工業者、テナントなど、関係者間のコミュニケーションを密にし、情報共有を徹底します。定期的な会議や報告会を開催し、進捗状況や課題を共有し、円滑な意思決定を支援します。 6.2 成功事例と失敗事例の分析:教訓を未来に活かす 過去の中型オフィス改装事例から、成功したプロジェクトと課題が残った事例を比較・分析することは、今後の改善に大いに役立ちます。 成功事例:築30年の中型オフィスビルのリノベーション課題:老朽化した設備と空室率の増加(30%超)リノベーション内容: ・設備更新に伴い省エネ設備導入・エントランスのデザイン刷新・共用部の充実(ラウンジやフリースペース)結果: ・空室率が10%以下に改善・テナントの満足度向上成功要因: ・市場ニーズを的確に捉えた内容・最新技術の導入による機能性・快適性の向上・デザイン性の高い空間設計によるイメージアップ・プロジェクト・マネジメントの徹底による円滑な進行 失敗事例:部分修繕のみで競争力低下 課題:築40年のオフィスビル、テナント流出が加速対応:最低限の設備更新のみ結果:・新規テナント誘致に失敗・競争力の低下が続く失敗要因: ・市場ニーズや競合との差別化を考慮しない安易な修繕対応・将来的なニーズの変化に対応できない硬直的な計画・コスト削減を優先し、品質や機能性を犠牲にした結果・プロジェクト管理の甘さによる品質低下や工期遅延 分析からの教訓: 成功事例からは、市場ニーズを的確に捉え、将来を見据えた計画立案の重要性が分かります。失敗事例からは、安易なコスト削減や部分的な修繕では、長期的な競争力維持は難しいことが分かります。どちらの事例からも、プロジェクトの目的を明確化した上でのプロジェクトの適切な計画立案、プロジェクト・マネジメントの重要性が浮き彫りになります。 これらの教訓を踏まえ、オーナー様は、リノベーション・プロジェクトを成功に導くために、以下の点を重視する必要があります。 市場調査とニーズ分析に基づいた計画立案最新技術の導入と機能性・快適性の向上デザイン性の高い空間設計によるイメージアッププロジェクト・マネジメントの徹底による円滑な進行 そして、これらの専門的な業務をオーナー様が自ら行うのではなく、当社のような専門知識と経験豊富な管理会社に委託することが、成功への近道となります。 7. 最新トレンドと技術動向 7.1 デジタル・トランスフォーメーションの影響 現代の建築業界では、IoTやスマートビルディング、BIMなどのデジタルツールが急速に普及しています。これにより、現場の状況把握や工程管理、設備の最適化が容易になり、リノベーション・プロジェクトの効率化が図られています。例えば、BIMを活用することで、設計段階から施工までの情報が一元管理され、変更が生じた場合にも迅速かつ正確な対応が可能となります。こうした技術の導入は、全体の品質向上と工期短縮に直結しています。 7.2 環境配慮とサステナビリティ 省エネルギーや環境負荷の低減は、今後のオフィスビル運営においてますます重要なテーマとなっています。再生可能エネルギーの導入、グリーンビルディング認証の取得、さらには高効率な設備への更新など、環境に配慮したリノベーション工事が求められます。これにより、運用コストの削減だけでなく、テナントの企業イメージ向上にも寄与します。 7.3 市場動向と将来展望 オフィスビル市場は、テナントの多様化やリモートワークの普及とともに、大きな変革期を迎えています。今後は、従来の固定的なオフィススペースから、柔軟で多目的な利用が可能なビルへと進化していくと予想されます。こうした市場動向に対応するためにも、リノベーション・プロジェクトは、単なる修繕作業に留まらず、未来志向の投資として位置づけられるべきです。 8. まとめと今後の展望 8.1 全体の振り返り 本コラムでは、賃貸オフィスビルのリノベーションの必要性から、市場背景、各種工法の違い、内外装や設備の刷新、安全性やテナント利便性向上の具体策、さらには工事会社の選定基準とプロセス、プロジェクト管理のポイント、最新トレンドまで幅広く解説しました。各項目で紹介した事例や評価基準は、実際の現場での経験に基づくものであり、今後のリノベーション・プロジェクトの成功に向けた重要な指針となるでしょう。オーナー様がこれらの情報を活用することで、築古ビルに新たな価値を創出し、競争力を高めるための具体的な戦略を立てることが可能となります。 8.2 今後の課題と提言 オフィスビル市場は、今後も急速な変化が続くことが予想されます。特に、テナントニーズの変化やデジタル・トランスフォーメーションの進展、環境配慮といった要素は、リノベーション・プロジェクトの計画段階から考慮すべき重要な課題です。各オーナーや管理者は、早期の情報収集と計画立案を行い、信頼できるパートナーとの連携を強化することが求められます。また、最新の技術やトレンドを取り入れることで、築古ビルでも最新のオフィス環境を提供し、テナントの満足度を高めることが可能です。 8.3 オーナーへのアドバイス リノベーション・プロジェクトを成功させるためには、以下のポイントに留意することが重要です。 計画的な修繕の実施: 老朽化の進行を見越し、早期に対策を講じることで、将来的な大規模改修のリスクを低減する。定期的なメンテナンスと計画的な改修を組み合わせることで、建物の寿命を延ばし、資産価値を維持する。専門家との連携: 建築設計事務所、施工業者、金融機関など、各分野の専門家の知見を集約し、最適なプランを策定する。専門家の意見を取り入れることで、技術的な課題や法規制に関する問題を解決し、プロジェクトを円滑に進める。ターゲットテナントの明確化: テナントのニーズを正確に把握し、柔軟なオフィス環境や最新設備を取り入れることで、競争力のあるビル運営を実現する。ターゲットテナントのニーズに合わせたリノベーションを行うことで、入居率を高め、安定した収益を確保する。持続可能な運営の視点: 環境配慮と省エネルギーを念頭に置いたリノベーション計画は、将来的なランニングコストの削減と企業イメージ向上に寄与する。グリーンビルディング認証の取得や、省エネ設備の導入など、環境に配慮したリノベーションを行うことで、社会的な評価を高める。 8.4 最適なパートナー選びで築古ビルに新たな価値を リノベーション・プロジェクトの成否は、工事会社というパートナー選定に大きく依存します。実績、技術力、コストパフォーマンス、プロジェクト・マネジメント能力、そしてアフターサービスなど、多角的な視点で候補企業を評価し、最適なパートナーを選ぶことが不可欠です。今回ご紹介した各評価基準や選定プロセスを参考に、各オーナーは自社のニーズに合わせた最適な工事会社を見極め、築古ビルに新たな価値を創出していただきたいと考えます。 しかしながら、オーナー様がご自身でこれらの全てを適切に行うのは現実的に大変困難です。そこで、当社のような専門的な知識と経験を持つ管理会社が仲介に入ることで、オーナー様は以下のメリットを享受できます。 工事会社の選定からプロジェクト管理、アフターサービスまで、一貫したサポートを受けることができる。専門知識を持つ担当者が、オーナー様のニーズを的確に把握し、最適なプランを提案する。複数の工事会社とのネットワークを活用し、コストパフォーマンスの高い工事を実現する。工事中のトラブルやリスクを最小限に抑え、スムーズなプロジェクト進行をサポートする。 終わりに 中型賃貸オフィスビルの改修は、単なる建物の修復作業に留まらず、テナントの多様化するニーズに応え、持続可能な収益性を確保するための重要な戦略です。市場環境の変化や技術革新が進む中で、オーナーや管理者は、リノベーションを通じて建物の資産価値を高め、競争力を維持することが求められています。さらに、工事会社選定というパートナー選びは、プロジェクト全体の成功に直結するため、慎重かつ多角的な評価が必要となります。 本コラムで取り上げた内容を実践することで、老朽化したオフィスビルに対しても、最新の設備やデザインを取り入れた魅力的な空間を創出することが可能となります。これにより、テナントの満足度向上と空室率の改善、ひいては長期的な収益向上が実現されるでしょう。今後も、テナントニーズや市場動向の変化に柔軟に対応しながら、持続可能なオフィス運営を実現するためのリノベーション・プロジェクトの進行に期待が寄せられます。 オーナーや管理者、そして施工関係者の皆様には、今回のコラムを一つの指針として、今後の改修計画に役立てていただければ幸いです。リノベーション・プロジェクトの成功は、綿密な計画と適切なパートナー選び、そして現場での確実な管理にかかっていると言っても過言ではありません。各企業が、それぞれのビジョンに沿った最適なオフィス環境を実現するため、これからも積極的な取り組みが求められるでしょう。 リノベーションを通じて、築古ビルが新たな価値を創出し、未来に向けた持続可能なオフィス運営へと進化することを期待し、今後の更なる発展を願っております。そして、その過程において、当社がオーナー様の強力なパートナーとなれることを確信しております。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年8月27日執筆2025年08月27日 -
ビルリノベーション
オフィスのリフォーム事例と費用感を解説
皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事はオフィスのリフォーム事例と費用感についてまとめたもので、2025年8月25日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願い致します。本コラムでは、オフィスビルの空室対策として、リフォーム・リノベーション事例を通じて「具体的な費用感はどれぐらいなのか」「どのような部分がテナントに評価されるのか」を分かりやすく解説していきます。特に、本稿で紹介する事例である「オフィスA」と「オフィスB」は、いずれも築数十年を経て古い印象を与えていたビルをリノベーションによって再生した事案です。当社では単なるリフォームよりもより家賃収入の増加するリノベーションをお勧めしています。オフィスオーナーや管理会社の皆様にとって、今後のリノベーションを検討する際の参考になれば幸いです。 目次1. リノベーションが空室対策につながる理由1-1. テナントの第一印象を左右する共用部1-2. 企業イメージやブランド力への影響1-3. 安易な賃料値下げによる損失回避2. 具体的な事例紹介:オフィスA2-1. 概要と空室の課題2-2. リノベーションの方針と提案内容2-3. リノベーション内容の詳細2-4. 費用感と投資回収3. 具体的な事例紹介:オフィスB3-1. 概要と課題3-2. リノベーション範囲とコンセプト3-3. 具体的な改修ポイント3-4. 費用と回収見込み4. リノベーションを実施しない場合のリスク5. リノベーション会社の選定ポイント5-1. 業務範囲の明確さ5-2. 実績の有無5-3. アフターサポート6. オフィスリノベーション成功へのステップ7. まとめ:リノベーションがもたらす未来 1. リノベーションが空室対策につながる理由 1-1. テナントの第一印象を左右する共用部 オフィスビルを内見する際、まず最初に目に入るのは「エントランス」「エレベーターホール」「廊下」などの共用部です。仮に専有部の間取りや眺望、広さが理想的であったとしても、共用部の老朽化や暗い雰囲気、汚れなどが目立つと、見学者は「ここで働きたい」「ここにクライアントを招きたい」とは感じにくくなります。とりわけトイレが古いと、毎日使用する設備として不快感をもたらしてしまい、入居意欲の大きな減点要素になることが少なくありません。 1-2. 企業イメージやブランド力への影響 オフィスはテナント企業にとっての「顔」です。取引先や顧客を迎え入れる場であり、働く社員のモチベーションにも大きく関わります。したがって、築年数の経過を感じさせない「清潔感」や「先進性」「上質感」が演出できる空間は、企業のブランド価値を高めるうえで重要な要素です。オフィスビル全体としてのリノベーションを行うことで、企業が入居後に「自社ブランドのイメージに合ったオフィス」として活用しやすくなるため、空室を埋める強い動機づけになります。 1-3. 安易な賃料値下げによる損失回避 リノベーションを行わないまま空室が長引くと、オーナーや管理会社としては賃料を下げてでも埋めたいと考えるかもしれません。しかし、値下げをしても入居が決まらず、さらに値下げを繰り返す“負のサイクル”に陥る可能性があります。一方で、リノベーションによって「魅力的なオフィス」を提供できれば、相場賃料を下げずにテナントを呼び込めるばかりか、場合によっては多少の上乗せができる可能性すら出てきます。早期に空室が埋まり、かつ賃料面での値下げを行わなくて済むのであれば、リノベーション工事費用を投資として回収するスピードも速くなりやすいのです。 2. 具体的な事例紹介:オフィスA 2-1. 概要と空室の課題 所在地:新大塚駅から徒歩3分建物規模:地上10階建て築年数:30年空室フロア:5階 オフィスAは駅から徒歩3分という好立地でありながら、5階に空室が出て長期間埋まらない状況が続いていました。PM(プロパティマネジメント)を担っていた当社は、専有部ではなく「共用部」に問題があるのではないかと分析しました。築30年という年月が経過し、特にトイレが古く、カラーリングも一昔前の趣が強かったのがネックとなっていたのです。 2-2. リノベーションの方針と提案内容 そこで当社は、専有部の改修ではなく、フロア共用部であるトイレと給湯コーナーにフォーカスしたリノベーションをオーナー様に提案しました。新築オフィスビルのような最新設備とはいかないまでも、スタイリッシュな印象を与えつつ、清潔感と使いやすさを両立させることを目指したのです。 デザインコンセプト:「品のある」「スタイリッシュ」かつ「利用者が快適に使える空間」改修範囲:男女トイレ+給湯コーナー(同フロア内) 2-3. リノベーション内容の詳細 1. 洗面台シンプルで機能的かつデザイン性も備えたものを選定。鏡を壁に直接貼り付けるのではなく、少し浮かせるように設置し、鏡の裏側にLED照明を仕込んで空間に奥行きと明るさを演出。女性用洗面台は、お化粧道具などを置けるスペースを十分に確保。2. 便器・個室の選定丸みを帯びた親しみやすいシルエットでありながら、スタイリッシュなデザインのものを採用。日常的に使用する空間であるからこそ「癒される場所」というコンセプトを重視。個室内の床や壁面には、汚れが目立ちにくく、掃除もしやすい素材を選び、メンテナンス性にも配慮。3. 給湯コーナー照明やカラースキームをトイレと統一感のあるものにし、フロアのイメージを統一。シンクやカウンターの素材は、水回りの清掃性を高めるためにステンレスや耐水性に優れた材料を選定。スタッフが気持ちよく利用できるよう、換気や採光面にも留意。 2-4. 費用感と投資回収 リノベーション費用:約600万円(税抜)回収期間の目安:入居が決まれば、おおよそ半年程度で回収可能 築30年のビルであり、フロアの広さや間取りにもよりますが、トイレと給湯室の改修のみで約600万円というのは比較的リーズナブルな費用感です。もちろん、仕上げ材や設備機器のグレードによって上下はしますが、古いトイレを使い続けたまま空室が埋まらないリスクを考えれば、「半年で回収可能」という投資判断は十分妥当性があります。 3. 具体的な事例紹介:オフィスB 3-1. 概要と課題 所在地:五反田駅から徒歩4分建物規模:地上10階地下1階建て築年数:35年空室フロア数:10フロアのうち5フロアが空室 オフィスBは五反田の好立地にありながら、10フロア中5フロアが空室という厳しい状況でした。そこでオーナー様は、この機会に大規模なリノベーションを実施して、ビルの価値を大きく向上させたいと考えたのです。 3-2. リノベーション範囲とコンセプト オフィスBでは、単一フロアではなく下記の範囲での「トータルリノベーション」を実施しました。 空室5フロアのトイレ・キッチン・エレベーターホールエントランスホール 「白漆喰を使った上品な空間」というデザインコンセプトを掲げ、誰が見ても“清潔感と上品さ”を感じられるオフィスを目指しました。五反田エリアではIT企業など若い層の多い企業も多く、感性に訴えかけるスタイリッシュなデザインは入居テナントの期待に応えやすいと判断したのです。 3-3. 具体的な改修ポイント ※画像5枚※ 1. エントランスホール壁面を白漆喰で仕上げ、柔らかな光の反射と清潔感を演出。既存の床や天井を活かしてコストを抑え、全体として統一感を出す。2. エレベーターホールと事務室の間仕切りガラスの建具を採用し、視覚的な拡がりを確保。エレベーターを降りた瞬間の圧迫感をなくし、透明感を出すことでフロアが広く感じられる効果を狙う。3. トイレ・キッチン設備衛生陶器は白を基調とし、どの年代・どの業種にも好印象を与えやすいシンプルなデザインを選択。キッチンはステンレス素材の製作ものとし、耐久性と清潔感を両立。天井や壁の照明にも配慮し、暗さや閉塞感を感じさせない構成に。 3-4. 費用と回収見込み 費用内訳:各フロア(トイレ・キッチン・エレベーターホール・建具)の改修費:1フロアあたり約900万円エントランス改修費:約400万円全体の費用:現場管理費・諸経費を含めて約5,500万円(税抜) 一見、高額に感じられるかもしれませんが、5フロア分とエントランスホールの大規模改修という点を考慮すれば妥当な範囲といえます。テナントがすぐに決まれば、おおよそ1年半ほどで回収が可能というシミュレーションでした。 4. リノベーションを実施しない場合のリスク ここで改めて、リノベーションを行わない場合のリスクを整理します。空室を抱え続けると、以下のような状況に陥りやすくなります。 1. 賃料の大幅な値下げ空室が続けば、なんとか埋めようと賃料を下げざるを得なくなる。一時的にテナントが決まっても、周辺相場より安い賃料で契約せざるを得ず、収益が安定しない。2. ビル全体の資産価値低下古い共用部のままではビル自体のイメージが悪く、空室率が高止まりする。オフィスビルの評価額も低下し、将来的な売却やリファイナンスの際に不利になる。3. 負のサイクル入居が決まらない → さらに賃料を下げる → テナントの質が下がり、追加の改修コスト発生 → オーナー収益悪化 → ビル維持費すら捻出しにくくなる一度こうしたサイクルに陥ると、抜け出すのに大きなコストと時間が必要。 行動しないリスクを考えると、リノベーションこそが「最良の空室対策」であると言っても過言ではありません。 5. リノベーション会社の選定ポイント リノベーションを成功させるためには、実績とノウハウを持ったパートナー企業の選定が不可欠です。オフィスリノベーションを検討する際は、以下のような観点で比較検討すると良いでしょう。 5-1. 業務範囲の明確さ 設計、施工、PM(プロパティマネジメント)、BM(ビルメンテナンス)など、どこまで包括的に対応してくれるのか確認しましょう。ワンストップで全工程を任せられる会社もあれば、設計は設計事務所、施工は別会社と分離しているケースもあります。窓口が分散するほどコミュニケーションロスが発生しやすく、工期延長やトラブルの原因になりかねません。 5-2. 実績の有無 似たような規模や築年数のオフィスビルでのリノベ実績があるかどうかをチェックします。事例が豊富なほど、想定外のトラブルへの対応経験も積み上がっており、安心感があります。事前に実際の施工事例(写真や図面)を見せてもらい、デザインや仕上がりのテイストを確認すると失敗が少なくなります。 5-3. アフターサポート リノベーション後の不具合についてどの程度の期間、保証してくれるのか。メンテナンスや定期点検、トラブル時の連絡体制などはどうなっているのか。工事後のフォローが手厚い会社であれば、安心して長期的にビル運営を続けることができます。 6. オフィスリノベーション成功へのステップ ここまでオフィスリノベーションの事例や費用感、リノベーション会社の選定ポイントを述べてきましたが、具体的に進めるにあたってどのようなステップを踏むべきかを整理しましょう。 1. 現状分析と課題抽出空室状況やテナントの退去理由、周辺の競合オフィスの特徴などを調査し、現状の課題を洗い出します。例えば「トイレの老朽化がネック」「エントランスに魅力がない」など、優先順位をつけて改善すべき点を絞り込みます。2. リノベーションの目的・コンセプト設定投資回収を念頭に置いたうえで、「どのようなテナントをターゲットにしたいのか」「ブランドイメージをどう変えたいのか」を明確にします。オーナーや管理会社、リノベーション会社で方向性をしっかり共有することで、工事内容のブレを防ぎます。3. 概算費用の試算・資金計画リノベーションにかけられる予算を決め、どの程度の仕上がりを目指すかを調整します。金融機関からの借入や自己資金の投入など、資金計画を具体化し、想定賃料収入とのバランスを検討します。4. プランニングとデザイン検討設計担当者と打ち合わせを重ね、設備機器の仕様、内装デザイン、レイアウトなどを詰めていきます。実際の使用場面を想定しながら、メンテナンス性や耐久性、将来的なリフォームのしやすさなどにも配慮します。5. 施工・現場管理工事が始まったら、現場管理者が進捗や品質をチェックしながら工程を進めます。テナントや近隣ビルへの配慮、騒音・振動対策など、トラブルが起きないよう注意しつつ作業を遂行します。6. 引き渡し・アフターサポート竣工後には、オーナー・管理会社立会いのもとで最終チェックを行い、問題がなければ引き渡しを受けます。不具合が見つかった場合は速やかに補修を行い、保証期間やメンテナンス体制も確認しておきます。 7. まとめ:リノベーションがもたらす未来 オフィスビルの空室対策としてのリノベーションは、単なる「古い設備を新しくする」だけでなく、ビルの資産価値そのものを高め、入居テナントの満足度を劇的に向上させる力を持っています。オフィスAのように1フロアのトイレ・給湯室の改修であっても、短期間で投資を回収でき、空室を埋める効果を発揮します。また、オフィスBのように複数フロアとエントランスをまとめてリノベーションする大規模プロジェクトは、さらに大きなインパクトを生み出し、ビル全体のブランディングを一新することが可能です。もしリノベーションを行わず放置してしまえば、空室期間の長期化や賃料値下げのリスクが高まります。とりわけ建物が築数十年を超えてくると、設備の老朽化が進行し、ビルのイメージダウンが避けられません。こうした状況を打破するには、適切なタイミングでリノベーションに投資し、収益アップとビルの長寿命化を両立させる戦略が重要になります。最後に、リノベーションの成否を左右するのは「どの会社に依頼するか」「どれだけ明確なコンセプトを持って進められるか」です。費用対効果のシミュレーションを行い、信頼できるパートナーと協力して計画を進めることで、オーナーにとってもテナントにとっても魅力あふれるオフィスを実現することができるでしょう。オフィスビルが生まれ変わる瞬間は、オーナーにとっても大きな楽しみの一つです。美しく改修されたトイレやエントランス、明るいエレベーターホールを見ると、「これならきっとテナントに選ばれる」と確信が持てるはずです。そして実際に、そのビルで働くテナント企業の社員が快適に日々を過ごし、ビジネスを発展させていく姿は、オーナーや管理者にとっても誇りや喜びにつながるのではないでしょうか。一度きりの改修ではなく、長期的に建物を維持・運営していく視点を忘れずに、定期的なメンテナンスや部分的なリノベーションを計画的に進めていくことで、建物の価値を着実に保ち、さらには高めていくことができます。ぜひ本稿で紹介した事例を参考に、皆様のオフィスビルでも最適なリノベーション計画を練ってみることをお勧めします。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年8月25日執筆2025年08月25日 -
ビルリノベーション
築古の賃貸オフィスビルを魅力的に再生するリノベーション戦略
皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は築古の賃貸オフィスビルを魅力的に再生するリノベーション戦略についてまとめたもので、2025年8月25日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。 目次はじめに:新しい価値を創造する“リノベーション思考”第1章:既存ビルのポテンシャルを最大化するために —— まずはビル診断1-1. 外壁・構造・設備の劣化状況を正確に把握1-2. 全体像を押さえつつ、投資配分を計画第2章:大胆なファサード刷新を“身近なもの”にするためのポイント2-1. 大規模ビルで培われた“外壁改修のノウハウ”2-2. 中小規模ビルにおける工期・コストメリット第3章:内装の意匠更新で“古さ”を感じさせない空間へ3-1. エレベーターの内壁と制御装置の改修3-2. 洗面所・流し台の刷新でクリーンなイメージを第4章:機能面とデザイン面のバランス —— “見える改修”と“見えない改修”をどう同時 進行させるか4-1. 基幹設備の老朽化対策4-2. “見えるところ”と“見えないところ”の投資配分第5章:投資効果を高めるためのプレゼン —— 数字とストーリーの両面で説得5-1. 賃料アップ・空室率低減のシミュレーション5-2. ランニングコスト削減と補助金活用第6章:中小規模ビルでの“大胆リノベ”を成功させるステップ6-1. ビル診断と課題整理6-2. 外観・内装と基幹設備のバランス検討6-3. 投資効果のシミュレーション6-4. 設計・施工の実施とPRまとめ:大規模ビルと同じ発想を“自分サイズ”に応用する はじめに:新しい価値を創造する“リノベーション思考” 築古、築30年内外の賃貸オフィスビルが抱える課題は、外観や内装の老朽化、陳腐化だけにとどまりません。企業の働き方やテナントニーズが大きく変化しているなかで、既存ビルがどう再生し、時代の要請に応えるかという視点が、今や不可欠となっています。近年、都市の再開発エリアでは、大型ビルが先進的なファサード改修や内装リノベーション、設備アップデートなどを積極的に取り入れ、テナント誘致や賃料アップに成功する事例が増えてきました。しかし、これは大規模ビルだけの専売特許ではありません。中小規模の築古ビルでも「的確な診断と戦略的な投資」を行えば、見違えるほどイメージアップし、収益改善が見込めるのです。本コラムでは、そうしたノウハウを「築30年前後のオフィスビル」にも十分応用できる点に焦点を当てながら、ビルオーナーが“投資したくなる”リノベーション提案の具体策を探っていきます。市場データや専門家(スペースライブラリ)の視点を交えつつ、事例を盛り込み、長期的にメリットを生む戦略づくりのポイントを解説します。 第1章:既存ビルのポテンシャルを最大化するために —— まずはビル診断 1-1. 外壁・構造・設備の劣化状況を正確に把握 リノベーションに取り組む際、まずはビル自体の現状を正確に把握することが肝心です。築30年のオフィスビルでは、外観の古さや設備の老朽化によるトラブルが潜在的な大きなリスクとなる一方で、丁寧に診断・調査すれば「まだ十分使える部分」や「効果的に刷新すべき部分」が明確化されます。 外壁ひび割れ・タイルの剥落リスク見た目の問題にとどまらず、安全性の観点でも大きな懸念。雨漏りや内部構造へのダメージを防ぐため、微小な亀裂でも早期のチェックが不可欠です。屋上防水の劣化雨風・紫外線にさらされる屋上は最も劣化が進みやすい箇所。漏水が起きれば内装や電気設備へのダメージに直結します。空調・電気・給排水設備の老朽度故障リスクが増すだけでなく、エネルギー効率が落ち、ランニングコストが上がる要因にも。エレベーターの制御装置・安全基準運行停止や緊急時の安全機能に関わるため、最新基準とのギャップを早めに認識する必要があります。 ★スペースライブラリの視点「築30年ビルの場合、外観だけでなく基幹設備に意外な負担が蓄積していることが多く、診断結果で“ここまで劣化が進んでいたのか”と驚かれることがあります。特に外壁や屋上防水は、雨漏りリスクを放置するとトラブルが大きくなるため、総合診断で必ずチェックリストを作って優先度を判断します。」 1-2. 全体像を押さえつつ、投資配分を計画 総合診断の結果、ビルのどこに大きな問題があり、どこを優先的に改修すべきかが見えてきます。ここからは、ビルオーナーがどれくらいの予算を投資し、どこに力を入れるかを検討する段階です。 「見た目の印象」と「安全性・省エネ性能」のバランスファサードやエントランスのデザイン変更はテナント誘致に直結しますが、基幹設備の更新を後回しにすると大きなリスクが残ります。投資の配分をどう調整するかがポイントです。段階的な投資アプローチ中小ビルの場合、一気にフルリノベするのではなく、外壁改修は今期、内装刷新は次期など、段階的に行う方法も一般的です。工事期間の長期化やテナントへの影響を最小限に抑えながら、“ポイント改修”でイメージを大幅に変えることが可能です。 ★スペースライブラリの視点「投資の優先順位をどう決めるかは、ビルオーナーの資金力やビルの将来計画次第。まずは大きなリスクを除去し、そのうえで“テナントにアピールできる部分”をしっかり手を入れるのが定石。改修後のレントロール(賃料収支)を想定し、投資回収シミュレーションを早めに提示するのが大切です。」 第2章:大胆なファサード刷新を“身近なもの”にするためのポイント 2-1. 大規模ビルで培われた“外壁改修のノウハウ” 再開発エリアの大型ビルでは、ガラスカーテンウォールやメタルパネルの採用で外観を一新し、大きな差別化を実現しています。しかしこの手法は、決して大規模ビルだけの特権ではありません。中小規模ビルでも以下のような方法でモダンなファサードが得られます。 1. 既存外壁を下地として活用完全撤去のコストを抑えつつ、新素材を重ね貼りや上貼りすることで、施工期間短縮・コスト削減とデザイン刷新の両立を図ります。2. 先進的な素材の組み合わせガラス、メタルパネル、セラミックタイルなどを併用し、視覚的な変化と耐久性を両立。3. 外断熱+省エネ性能向上外壁改修のタイミングで断熱性能を高めれば、光熱費削減やテナント企業の環境負荷低減に繋がり、付加価値となります。 ★スペースライブラリの視点「外壁改修の際は足場を組むため、一度の設置で複数の作業(下地補修、防水工事、サイン変更)をまとめて行うのが得策です。中小ビルの場合、施工面積が限られている分、工期が短く済むメリットがあり、テナントへの影響も少なく抑えられます。」 2-2. 中小規模ビルにおける工期・コストメリット 中小規模ビルのリノベーションは、大規模ビルほど施工範囲が広大ではないため、以下の点で有利になります。 迅速な施工でビル稼働への影響を最小化足場解体や資材搬入が短期で完了し、テナントや周辺住民との調整がスムーズ。コスト面での優位性面積が小さい分、外壁改修にかかる総コストは少額に抑えやすい。賃料アップや空室率改善への即効性外観が大きく変われば、テナントからの問い合わせや内覧が増えやすく、改修の成果が早期に表れやすい。 ★スペースライブラリの視点「外壁を替えると、ビルの印象が“古くさい建物”から“現代的なビル”へ劇的に変わるので、入居する企業も“ここならお客様を招きたい”と思いやすくなります。工期が短くなるメリットは、中小ビルにとって大きい利点と言えます。」 第3章:内装の意匠更新で“古さ”を感じさせない空間へ 3-1. エレベーターの内壁と制御装置の改修 テナントが朝晩必ず利用するエレベーターは、“ビルの印象”を左右する重要なスペースです。 1. 制御装置の更新古い制御システムは故障率が高く、メンテナンス費もかさみます。最新の制御装置に更新すれば、故障リスクの低減やエネルギー効率向上を実現します。2. 安全機能の強化バックアップ電源や非常停止装置など、安全面のアップデートでテナントの安心感を高めます。3. キャビン内装リニューアルパネル素材や照明を一新し、モダンなデザインへ。高耐久・防汚素材を用いると清掃が楽になり、管理コストも下がります。 ★スペースライブラリの視点「エレベーター改修の良いところは、機能更新によってビルの安全性と快適性を一気に底上げできる点。見た目の変化も大きく、テナントが毎日“このビルっていいね”と感じるきっかけづくりになります。」 3-2. 洗面所・流し台の刷新でクリーンなイメージを オフィスのトイレや給湯室は“ハード”だけでなく、テナントのワークスタイルや衛生意識にも影響を与える場所です。 1. レイアウト変更やバリアフリー対応通路幅を広げ、スムーズに動線が確保されるデザインを採用。車椅子対応や多目的トイレの設置で対応力を高めます。2. 最新設備の導入節水型や自動洗浄・自動水栓などの衛生陶器を導入し、清潔感・省エネ性をアップ。3. 照明と収納スペースの工夫照明を明るく、かつ人感センサーにすると安全性と省エネを両立。小物や清掃用品を収納できるスペースも整え、見た目の雑多感を解消。 ★スペースライブラリの視点「トイレや給湯室の改修は、意外なほどテナントからの評価が上がります。特に女性スタッフの多い企業や外部来訪者が多いオフィスでは、“水回りが綺麗”というのがビル選定の大きなポイントになるのです。」 第4章:機能面とデザイン面のバランス —— “見える改修”と“見えない改修”をどう同時 進行させるか 4-1. 基幹設備の老朽化対策 築古ビルで深刻化しがちな基幹設備の劣化は、稼働停止や事故のリスクに直結します。 給排水管の更新サビや漏水リスクを考慮し、耐食性・耐久性の高い素材に切り替え。局部的な補修に終始せず、一部フロアや系統ごとの完全更新を検討することも。受変電設備の交換老朽化が進むと停電・火災リスクが高まり、最新機器へのアップデートで安全性と省エネ効果を高めます。空調機器の高効率化インバーター式や省エネモデルを導入し、テナントの快適度と電気代削減を同時に達成。 ★スペースライブラリの視点「基幹設備を後回しにすると、一度事故が起きた際のコストやイメージダウンが甚大です。テナント満足度だけでなく、ビル全体の経営リスク軽減を意識しながら、見えない部分にもしっかり投資することが長期的な安定収益に繋がります。」 4-2. “見えるところ”と“見えないところ”の投資配分 見える投資:外壁・エントランス・エレベーターホール・トイレ内装など、“一目で変わった!”とわかる部分。テナント誘致や賃料アップへ直結しやすい。見えない投資:電気系統や空調機、配管、制御装置など、普段は目に触れないが故障時のリスクが大きい部分。建物寿命や安全性を左右するため、優先度も高い。 ★スペースライブラリの視点「『見せる改修』でテナントにアピールしつつ、同時に『見えない改修』をコツコツ進めるのが理想形です。大きな“裏のリスク”を先に解消しておけば、改修後のビルに企業が安心して長く入居し続けてくれます。」 第5章:投資効果を高めるためのプレゼン —— 数字とストーリーの両面で説得 5-1. 賃料アップ・空室率低減のシミュレーション 改修前後の家賃シナリオ周辺相場を参考に、家賃がどの程度アップできるかを具体的に示す。空室だったフロアが最終的にどれくらい埋まるかを複数シナリオで想定。空室率改善と実質収益投資前は平均空室期間が6ヶ月あったのが、改修後2ヶ月に短縮すれば、年間収入増がどれほどになるかを見える化する。 ★スペースライブラリの視点「『どれくらい賃料を上げられるか』だけでなく、『どれくらい空室が減るか』も重要。実際、空室率低減効果が大きいなら、トータル収益が明確に向上します。数字で実証すれば、ビルオーナーの投資意欲を高める後押しになります。」 5-2. ランニングコスト削減と補助金活用 LED照明・高効率空調ランニングコスト低減をシミュレーションし、長期の光熱費削減メリットを提示。BCP対策災害時の継続稼働性を高める設備投資(非常用電源・断熱改修など)で、企業の防災ニーズに応えられるビルとなるアピールも有効。 ★スペースライブラリの視点「ランニングコスト削減効果や公的支援を上手く組み込めば、投資回収シミュレーションが現実味を帯びてきます。特に省エネ設備導入で得られる補助金は見逃せないポイントです。」 第6章:中小規模ビルでの“大胆リノベ”を成功させるステップ 6-1. ビル診断と課題整理 専門家の総合診断を受け、外壁・基幹設備・内装などの問題点を洗い出し、“今すぐ対処すべき”と“後回しでもOK”を分けます。 現場写真や測定データの提示客観的根拠を持ってビルオーナーや投資家に現状を説明できるよう、報告書を作成。予算見積りとリスク評価改修費の大枠、放置した場合のリスクコストを比較し、優先度を決定。 ★スペースライブラリの視点「建物診断のレポートがしっかりしていれば、ビルオーナーが投資判断しやすくなります。見た目が平気そうでも、実は配管や防水が危険水域になっていたなんてケースもあるので、データと写真で“今、何をしなければいけないか”を明確にします。」 6-2. 外観・内装と基幹設備のバランス検討 ビルの将来計画(ターゲットテナント、想定賃料、運用期間)に合わせ、以下のプランを試作。 見た目重視プラン:ファサード変更、エントランス刷新に多くの予算を割き、インパクトを狙う機能面重視プラン:給排水・空調・電気系統などを最優先にアップグレードバランス型プラン:外観やエントランスを適度に更新しつつ、基幹設備にも一定投資を行い、リスク回避とイメージアップを両立 ★スペースライブラリの視点「目立つ改修でテナント誘致力を大きく上げるか、トラブルを防ぐためにまず基幹設備を改修するか。ビルオーナーの意向や資金計画に応じ、少なくとも“絶対やらねばならない部分”と“後回しでも影響が小さい部分”を区分しておくのがコツです。」 6-3. 投資効果のシミュレーション 賃料アップ率:ビフォーアフターで家賃がどの程度上げられるか、周辺競合物件の事例を参照。空室率改善:改修後、問い合わせ数が増え、フロア稼働率がどれくらい上昇するかを見込み。ランニングコスト削減:空調・照明更新でのエネルギー費の減少、修繕費の削減などを数値化。 ★スペースライブラリの視点「シミュレーションには、保守的なケースと楽観的なケースの両方を用意すると、ビルオーナーにとってリスクとリターンをイメージしやすいです。成功事例だけでなく、そこから学ぶ失敗事例も織り交ぜると説得力が増します。」 6-4. 設計・施工の実施とPR テナントとのコミュニケーション:工事スケジュールや騒音への配慮を丁寧に伝え、協力を得る。改修後のイメージ発信:SNSやメディアを活用して“こんなビルに生まれ変わります”を写真・動画で紹介。プロジェクト全体のストーリーづくり:築30年のビルが“未来を担うオフィス”へ変貌するプロセスを共有することで、周囲の共感や話題化を誘発。 ★スペースライブラリの視点「工事中はテナントに負担がかかりがちですが、“完成後の魅力”を明確に示すことで理解を得やすくなります。工事過程をオープンにしたり、ラウンジスペースの進捗写真を掲示したり、期待感を演出することが重要です。」 まとめ:大規模ビルと同じ発想を“自分サイズ”に応用する 築30年を超えるオフィスビルでも、的確な診断+効果的なリノベーション投資により、テナントから「ここで働きたい」「ブランドイメージに合う」と思われる物件へと生まれ変わらせることができます。大規模ビルが用いる先進ノウハウを、中小ビル規模に合わせてアレンジすれば、費用対効果を高めることも十分可能です。 外壁の新素材重ね工法:塗装リニューアルだけでなく、メタルやガラス素材で大胆に外観を刷新エレベーター更新:制御装置と内装を変えて、毎日の利用シーンを快適に洗面所や流し台の近代化:バリアフリーや節水型設備で、利用者が“気持ちいい”と思える空間へ基幹設備の更新で安全性と省エネ向上:配管や空調など“見えない部分”も同時に整備し、長期的リスクを低減投資効果を数値化して提示:賃料アップ、空室率改善、ランニングコスト削減など、複数シナリオで回収期間を見せる ★スペースライブラリの総評「リノベーションは、ビルオーナーや投資家からすれば大きな決断ですが、築30年ビルでも成果が出やすい“ポイント改修”を戦略的に組み合わせれば、投資リスクを抑えながら大きく収益を伸ばすことができます。設備や外観の“見える改修”でイメージアップを狙いつつ、“見えない基幹設備”を更新することでテナントが安心して長く使えるビルへ。そんな両輪が回れば、テナント誘致力が高まり、賃料アップや空室削減に繋がります。」新築を建てるには資金も時間もかかる一方、既存ビルが築いてきた立地や構造の強みは依然として大きな資産です。そこに最新のデザインや設備を組み合わせ、“攻め”と“守り”のバランスをとったリノベーション計画を練り上げれば、築古ビルでも十分に競争力を取り戻せるでしょう。テナント企業が“このビルに入って良かった”と感じる改修を施し、さらに投資メリットをビルオーナーにしっかり伝えることが、持続可能な賃貸経営への近道となるのです。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年8月25日執筆2025年08月25日 -
ビルリノベーション
オフィスをリノベーションする際に検討すべきポイント6点
皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事はオフィスをリノベーションする際に検討すべきポイントについてまとめたもので、2025年8月25日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願い致します。 近年、日本のオフィス需要は多様化の一途をたどっています。新型コロナウイルス感染症の影響を受け、テレワークやハイブリッドワークが普及し、多くの企業が「働く場所」そのものを見直す動きが活発化しました。一方で、オフィスビルのオーナーや管理会社にとって、オフィス空室率の上昇は深刻な問題です。特に築年数の経ったビルでは、競合物件と比較して設備が古く、内装も時代遅れに感じられてしまい、テナント候補から敬遠されがちです。 そうした課題に対する解決策の一つが「リノベーション(改修)」です。オフィスビルの印象を一新し、設備やデザインをアップデートすれば、入居率の向上や家賃アップにもつながる可能性があります。本稿では、ビルオーナーやプロパティマネジャーに向けて、オフィスをリノベーションする際に特に検討しておきたい6つのポイントを詳しく解説します。 目次1. ビルの印象を左右する「動線計画(平面図の活用)」2. トイレの内装・衛生陶器のデザイン性3. エントランスホール・エレベーターホールの演出4. セキュリティ5. リノベ設計・PM・BMに強いリノベーション会社の選定6. 費用・収入・延払い・融資まとめ 1. ビルの印象を左右する「動線計画(平面図の活用)」 1-1. 動線計画が重要な理由 オフィスビルの空室対策を考えるうえで、まず初めに着目したいのが「動線計画」です。動線は、利用者がどのようにビル内を移動するかを左右するものであり、オフィスの快適性やプライバシー確保の度合いを大きく左右します。たとえ内装や設備を最新にアップグレードしても、使い勝手の悪い動線や不快感を与えるレイアウトでは、入居テナントから十分な評価が得られない場合があります。 1-2. 竣工図面の読み込みとチェックポイント 既存の建物には「竣工図面」や「管理図面」が存在することが多いです。リノベーションをする際には、まずそれらをもとにして現状の間取りや配管経路、柱や梁の位置などを正確に把握する必要があります。具体的なチェックポイントとしては、以下が挙げられます。 1. エレベーターホールとトイレ・給湯室の位置関係 エレベーターホールからトイレへ向かう動線が執務エリアから分離されているか。エレベーターホールからトイレの扉が直接見えないか。 2. 廊下の幅や扉の位置 ユニバーサルデザインに配慮し、車椅子や台車が通りやすい幅があるか。避難経路として十分な幅と安全性が確保されているか。 3. 配管・配線ルート トイレや給湯室を移動する場合、上下階の配管経路との整合性が取れるか。空調や電気配線を変更する際の工事範囲はどの程度か。 1-3. トイレが執務室から直接入る形式の問題点 既存のビルでは、かつての設計思想から「執務室から直接トイレに入る」形式が採用されているケースがあります。この形式には以下のようなデメリットが存在します。 音や気配が執務スペースに伝わりやすいトイレの使用状況が周囲にわかりやすい衛生面への不安感が高まりやすい こうした問題を解消するためには、廊下を新設または再配置して、トイレへのアプローチを執務スペースから切り離すリノベーションが有効です。 1-4. トイレの扉がエレベータホールから見える場合の対処 エレベーターホールからトイレの扉が丸見えになっていると、エレベーターを待つ人がトイレの出入りを目撃してしまい、利用者がプライバシーを確保しづらくなり、来訪者も不快に思ってしまうといった問題があります。扉を別の位置に移動したり、間仕切り壁を設置したり、あるいは目隠し用のスクリーンを設置したりすることで、ビル全体の雰囲気を損なわずにプライバシーを確保することができます。 1-5. 動線計画の重要性とコストメリット 動線計画を最適化するには、壁の新設や扉の移動に伴う工事費が発生しますが、そこに投資する価値は高いです。動線が改善されることで、テナントの満足度や入居率が上がり、長期的には家賃増収や空室リスクの低減が期待できます。投資コストとリターンを比較検討し、「本当に必要な改修は何か」を考えることが重要です。 2. トイレの内装・衛生陶器のデザイン性 2-1. トイレがオフィスビルの価値を左右する理由 トイレは来訪者や従業員が必ず利用する場所であると同時に、清潔感と快適性が求められる空間です。オフィスビルを選ぶ際、テナントは執務スペースだけでなく、水回りの状態を重視するケースが多々あります。とりわけ築年数の古いビルでは、トイレ設備が古くて狭い、デザインが時代遅れである、清掃が行き届いていない、といったイメージを抱かれやすくなります。 2-2. トイレに求められる機能とデザイン トイレは、単に用を足す場所ではなく「リフレッシュスペース」としての役割も果たします。たとえば洗面台周りに間接照明を設置したり、壁面にアートや植物を配置したりすることで、トイレを落ち着いた雰囲気に演出することが可能です。男子と女子を分けるのはもちろん、女子トイレの洗面台鏡を大きくし小物を置けるようにしたり男子トイレには小便器を設けることは、スペースの許す限り行うべきでしょう。また、以下のような機能とデザインを備えると、さらにテナント満足度が向上します。 自動洗浄機能やウォシュレット機能自動便座開閉機能洗面カウンターの広さと使いやすさセンサー付きの蛇口や照明抗菌・防臭性の高い仕上げ材明るい色合いとスタイリッシュな衛生陶器の採用 2-3. 上品かつ格調高いデザインの重要性 高級ホテルのような雰囲気を目指すオフィスビルも増えています。特に都心部やブランドイメージを重視する企業が多いエリアでは、トイレや給湯室が「ビルのステータス」を示す指標として捉えられることも珍しくありません。デザイン性の高い衛生陶器やタイル、間接照明を組み合わせることで、「このビルに入居するのは快適である」と感じさせることができます。テナントが内覧した際、最終的に「ここに決めたい」と思ってもらえるかどうかは、トイレ・給湯室のインパクトが影響を及ぼすケースも多いのです。 2-4. デザイン性のないトイレがもたらすデメリット もしデザイン性のない器具を導入してしまった場合、せっかく執務スペースを最新仕様に改修していても、テナントからは「設備が古臭いビルだ」というイメージをもたれがちです。特に若い世代の従業員が多い企業では、SNSの発達により職場環境が話題になることも珍しくありません。トイレがおしゃれで快適なスペースであることは、企業ブランドの向上や社員のモチベーションアップにもつながります。(トイレは共用部なのでオーナー様が設えるべき部分になります。) 2-5. 実例:照明演出によるトイレ改修の効果 あるビルオーナーが行った実例では、築30年のビルで老朽化したトイレを全面改修し、照明計画に力を入れました。洗面カウンターに間接照明を取り入れ、鏡面の裏側にLEDを仕込むことで、利用者の顔をほのかに照らす工夫を施しました。結果として、女性スタッフの多い企業から高い評価を得て、空室が一気に解消したケースもあります。このように、トイレの印象アップが意外なほど大きなリターンにつながることもあるのです。 3. エントランスホール・エレベーターホールの演出 3-1. 「ビルの顔」を演出する重要性 エントランスは、ビル全体の第一印象を決定づける「顔」のような存在です。来訪者が初めてビルに足を踏み入れる際、エントランスが洗練されていれば「このビルはきちんと管理されている」「ここで働くのは気持ちが良さそうだ」というポジティブな印象を持ちます。逆に暗くて狭いエントランスや、老朽化が目立つエレベーターホールでは、魅力を感じてもらえず、テナント候補に敬遠されがちです。 3-2. 空間デザインのポイント エントランスホールやエレベーターホールのリノベーションには、多くの場合で以下の要素が検討されます。 1. 広さと解放感 無駄な壁や柱がないか。少し広めにスペースを確保できる余地があるか。 2. 素材選び 床や壁の仕上げ材に高品質・耐久性のある素材を使う。大理石や御影石、セラミックタイル、漆喰など、グレードアップしやすい素材を検討。 3. 照明計画 明るさだけでなく、演出照明を配置して空間に奥行きや高級感を与える。LEDダウンライトや間接照明を用いるなど、照明のバリエーションを増やす。 4. カラーコーディネート ビルのコンセプトカラーを設定し、壁や床、サインに統一感を持たせる。テナントや来訪者の嗜好を踏まえた、落ち着いたカラーリングあるいはガラスや白い壁で透明感のある空間にする。 3-3. 家賃収入とのバランス エントランスやエレベーターホールがリニューアルされ、外観・内観のクオリティが高まれば、結果として家賃の引き上げや空室率の低下が期待できます。どの程度コストをかけるかは、改修後の家賃収入や投資回収期間とのバランスで決めることが大切です。例えば、フルリノベーションに1億円かかる場合でも、その後の家賃収入が年間で2,000万円増加する見込みがあれば、5年程度で回収できる計算になります。もちろん家賃が上がるだけでなく、稼働率が上がればトータルの家賃収入は増加します。また、次回の修繕あるいはリノベーションはいついくらを予定しておくか。こうしたシミュレーションを行い、投資リスクとリターンを比較して判断しましょう。 3-4. 実例:エントランスに貸会議室を設置 あるビルでは、エントランスホールの一部に貸会議室を設置し、テナントがWEBで予約して気軽に利用できるようにしています。場合によって、ラウンジや待合室を作ることも可能でしょう。このように、エントランスの活用法を工夫することで、単なる通路を超えた「魅力的な交流空間」として機能させることも可能です。 4. セキュリティ 4-1. オフィスビルにおけるセキュリティの重要性 オフィスビルでは、企業の機密情報や高価な設備が保管されているケースが多く、セキュリティのニーズは年々高まっています。特に個人情報保護の観点から、従来の鍵やICカードだけでは対応が難しい場面も増えてきました。安全かつスムーズな入退室管理を実現し、テナントに安心して利用してもらうために、セキュリティシステムを最新化することは非常に有効です。 4-2. 非接触の「顔認証」システム 最近では、非接触で入退室を管理できる「顔認証」システムへの関心が高まっています。ICカードによる入退室には、紛失や盗難、カードの複製リスクといった問題がありました。一方、顔認証は顔の特徴をデータ化して照合する仕組みのため、他人が不正に使用するリスクが低く、ウォークスルーで入退室できる利便性も兼ね備えています。 4-3. セキュリティ導入のコストとメリット 顔認証を含む高度なセキュリティシステムを導入する場合、初期投資はどうしても高額になります。しかし、以下のメリットによって、長期的には十分な投資効果が得られる可能性があります。 テナント企業からの信頼度が向上不正侵入や盗難リスクの大幅低減ビル全体の管理コスト削減(受付人員の削減など)家賃アップにつながる付加価値の提供 テナントにとってはセキュリティの高さが企業イメージに直結することもあり、「セキュリティがしっかりしているビルに入りたい」というニーズは年々強まっています。 4-4. 他のセキュリティ手段との比較 セキュリティゲートやセキュリティカメラ、警備会社との連携など、顔認証以外のシステムも含めて総合的に検討すると良いでしょう。顔認証は便利ですが、初期費用が高いなどのデメリットもあります。複数の業者の見積もりを比較し、ビル全体の規模や利用状況に合ったシステムを導入することが望ましいです。 5. リノベ設計・PM・BMに強いリノベーション会社の選定 5-1. リノベ設計の重要性 リノベーションにおいて設計は、単に「図面を起こす」だけではありません。市場ニーズを見極め、テナントが望む機能やデザインを盛り込みながら、ビル全体の価値を最大化するための企画をすることが設計者の重要な役割となります。古いビルにとっては構造上の制限や法令遵守など、考慮すべき事項が多岐にわたるため、経験豊富な設計会社をパートナーに選ぶことが成功のカギとなります。 5-2. “目利き”力のある設計会社とは “目利き”力のある設計会社は、以下のような特長を持ちます。 1. 市場やトレンドの理解が深い エリアの賃料相場を把握し、ターゲットとなるテナント層を分析できる。最新のオフィスデザインの傾向をキャッチアップしている。 2. 柔軟な発想と実現力 古いビルの構造的な制約を踏まえつつ、最適なプランを提案できる。各種法規制(建築基準法や消防法など)を遵守しながら、魅力的な設計を実現できる。 3. コミュニケーション能力 オーナーやPMとの打ち合わせで、要望を的確に理解し、図面や資料でわかりやすく提示する。工事会社や設備業者との連携をスムーズに行い、トラブルを未然に防ぐ。 5-3. PM(プロパティマネジメント)の実績 PMは、不動産の経営管理全般を担う業務です。テナントの募集や契約管理、施設維持管理、収支の管理などを行い、ビルオーナーに代わって建物の価値最大化を目指します。PMの実績が豊富な会社は、以下の点でリノベーション設計において優位性があります。 テナント目線の設計提案が可能周辺市場や競合物件の情報をリアルタイムに収集適正賃料設定や収支計画の作成が得意 5-4. BM(ビルメンテナンス)の蓄積 BM(ビルメンテナンス)を日常的に行う会社は、建物の不具合やテナントからのクレーム内容に精通しています。エアコンの故障や水漏れ、トイレのトラブルなど、建物の弱点を把握しているため、リノベーションで改善すべきポイントを具体的に提案できます。BMの経験が豊富だと、竣工後のメンテナンスのしやすさも考慮した設計が可能になります。 5-5. 会社選定のポイント リノベーション会社を選ぶ際は、以下のような観点で比較検討すると良いでしょう。 1. 業務範囲の明確さ 設計・施工・PM・BMすべてを包括的に行う会社か、それぞれ別なのか。 2. 実績の有無 似たような規模や築年数のオフィスビルでのリノベ実績があるか。具体的な事例写真やビフォーアフターの紹介があるか。 3. 費用と納期の妥当性 相見積もりを行い、コストやスケジュールの面で比較する。 4. アフターサポート リノベーション後の不具合に対する保証内容やメンテナンス対応の体制はどうか。 6. 費用・収入・延払い・融資 6-1. リノベーション費用と家賃収入のシミュレーション リノベーションを検討する際、まずは「どの部分をどの程度改修するか」によって費用が大きく変わります。たとえば「トイレだけ改修する」「エントランスだけ改修する」などポイント改修を選ぶ場合と、「動線計画からファサードまでフルリノベーションする」場合では、費用と期待される収益増加の幅が全く異なります。費用と収入がどのように変化するか、複数パターンのシミュレーションを行い、投資回収期間をイメージすることが大切です。 例1:最小限の改修 改修内容: トイレの内装・衛生陶器の交換のみ想定費用: 1フロアあたり数百万円程度期待効果: 清潔感の向上、小幅の家賃アップまたは空室率改善 例2:部分的なリノベーション 改修内容: トイレの位置変更(動線改善)+エントランスの内装リニューアル想定費用: 1フロア+共用部で数千万円規模期待効果: 空室率改善、家賃アップ、ビルブランドイメージの向上 例3:フルリノベーション 改修内容: 外装ファサードの変更、動線計画の抜本的見直し、エントランス・エレベーターホール・トイレ・執務室の全面改修想定費用: 1億円以上の大規模投資期待効果: 大幅な空室率改善、家賃大幅アップ、ビルの資産価値向上また、リノベーションは単なる「修繕」ではないため減価償却することができ、耐用年数に渡って税負担を軽減することが可能となります。 6-2. 延払いの可能性 近年、リノベーション費用の負担を和らげる手段として「延払い」を取り入れる事例が増えています。これは工事費を一括で支払うのではなく、一定期間に分割して支払う仕組みです。キャッシュフローが厳しいオーナーでも、大規模リノベーションに踏み切りやすいメリットがあります。 延払いのメリット 大きな初期費用負担を避けられるリノベーション効果による家賃収入増を工事費に回せる 延払いのデメリット 長期にわたる支払い負担金利や手数料が発生する場合がある 6-3. 金融機関からの融資 リノベーション費用を金融機関の融資で賄う方法も一般的です。築年数やビルの担保価値、オーナー自身の信用状況などに応じて融資額や金利が決定されます。リノベーションによってビルの価値が向上し、空室率が低下する見込みがあると判断されれば、比較的有利な条件で融資を受けられる可能性があります。 6-4. 会社によるサポート体制 リノベーション会社の中には、金融機関を紹介してくれたり、金融機関との交渉や融資の相談に同行してくれるところもあります。特にPM・BM実績がある会社は、銀行からの信用も高い場合が多く、融資条件の交渉において心強い存在となるでしょう。自己資金を温存したい場合や資金繰りに不安を感じる場合には、こうしたサポート体制を備えた会社を選択することが大切です。 まとめ オフィスビルのリノベーションは、単に「建物を新しく見せる」だけでなく、「テナントが働きやすく、入居したくなる空間」を作るための投資です。ポイントとしては以下の6つが特に重要でした。 1. 平面図(動線計画)の見直し トイレの配置、動線分離の工夫、プライバシー確保 2. トイレの内装・衛生陶器のデザイン性 清潔感+デザイン性で企業の満足度とブランドイメージを向上 3. エントランスホール・エレベーターホール 「ビルの顔」としての演出で第一印象を大きく変える部分改修からフルリノベまで、コストと効果をバランスよく検討 4. セキュリティ 非接触型の「顔認証」など最新システムによる安心感の提供コストと利便性を比較して最適な導入方法を選択 5. リノベ設計・PM・BMに強い会社の選定 “目利き”力のある設計会社を選び、市場ニーズを的確に反映PM・BM実績が豊富なパートナーによる総合的な建物価値向上 6. 費用・収入・延払い・融資 シミュレーションで投資回収期間を算出延払い・融資など多様な資金調達手段を活用し、自己資金負担を軽減 リノベーションの成功は「適切な目標設定」と「信頼できるパートナー選び」から最後に、リノベーションを成功に導くためには、明確な目的とターゲット設定が欠かせません。「空室率を何%まで下げたいのか」「どんな企業に入居してほしいのか」「家賃単価をどこまで上げたいのか」などを具体化し、その目標を達成するために必要な改修内容を逆算しながら計画を立てましょう。また、信頼できるパートナー—特に、設計・施工だけでなく、PM・BMの実績を兼ね備えたリノベーション会社との協力は、成功の大きな鍵となります。これらのポイントを踏まえ、オフィスビルのリノベーションを進めれば、築年数が古くても「魅力的で価値の高いビル」に再生できる可能性は十分にあります。企業が「働く場所」にこだわりを持つ現代だからこそ、ビルオーナーにとってリノベーションは、収益改善だけでなく、地域活性化や働く人々のワークライフクオリティ向上にも寄与する意義ある投資だといえるでしょう。テナントから「ここで働きたい」「ここに来るのが楽しみだ」と思われるオフィス環境づくりを目指し、最適なリノベーション計画を検討してみてください。以上が、オフィスビルをリノベーションする際に検討すべき主なポイントです。それぞれの項目が連動し合いながら、最終的にはビルの総合的な価値向上、そして安定した収益につながっていきます。時代の変化に合わせて、オフィスとしての在り方を絶えずアップデートしていくことが、これからのビル経営ではますます重要になるでしょう。ぜひ本稿の内容を参考に、リノベーションによるオフィス価値の最大化に取り組んでいただければ幸いです。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年8月25日執筆2025年08月25日