築古オフィスビルのセキュリティ管理は後付けでも進化できる
皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「築古オフィスビルのセキュリティ管理は後付けでも進化できる」のタイトルで、2025年12月1日に執筆しています。
少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
- はじめに:
- 第1章:オフィスセキュリティの概念を再確認する
- 第2章:築古オフィスビルでなぜ今「物理的セキュリティ」が重要なのか
- 第3章:最低限ここまで。法令・ガイドラインで求められるセキュリティ対策の実務ポイント
- 第4章:物理的セキュリティ管理の対象と限界──築古オフィスビルにおける“現実的リスク”の見える化
- 第5章:築古物件でも“これからできる”予防的セキュリティ対応──現場に即した着手ポイントとその発想転換
- 第6章:ケーススタディで見る築古オフィスビルのセキュリティ対策導入事例
- 第7章:後付けセキュリティ設備の導入実務マニュアル
- 第8章:物理的セキュリティとITセキュリティの融合─ハイブリッドな管理の進め方
- 第9章:将来的な築古オフィスビルにおけるセキュリティのトレンドと展望
- おわりに:
はじめに:
企業にとって「セキュリティ管理」とは、自社の資産や人材を守り、安定的な事業運営を維持するための重要な取り組みです。しかし、セキュリティと一口に言っても、IT・情報セキュリティから物理的セキュリティまで幅広く、それぞれ企業活動に与える影響は異なります。
ITやネットワーク関連のセキュリティは多くの企業が独自に管理・運用していますが、物理的なセキュリティ(入退館管理や防犯カメラ設置、設備管理等)に関しては、自社だけで対応できないケースが少なくありません。特に中小規模の企業や賃貸オフィスのテナント企業では、借りているビルの設備や管理体制に依存せざるを得ない状況がほとんどです。
近年、企業におけるセキュリティ管理の必要性は急速に高まっています。情報漏えいや不正アクセス事件の増加とともに、社会的にも法的にも企業に求められるセキュリティ基準が厳格化されているからです。特に上場企業は、金融商品取引法(J-SOX)に基づく内部統制の整備や、ISO認証(ISO27001等)の取得を進める中で、厳格なセキュリティ監査への対応が避けられません。これにより、企業は主体的にだけでなく「法令遵守」「外部評価」という面でも、物理的セキュリティの強化が不可避な状況になっています。
一方で、築古オフィスビルの実情に目を向けると、設備の老朽化、管理体制の不備などが原因で、セキュリティ管理が不十分なケースが多く存在します。しかし、築年数が古いという理由だけでセキュリティ対策を軽視することは、もはや許されない時代となっています。事実、テナントがオフィスを選ぶ際に物理的セキュリティの充実度を重視する傾向が高まり、セキュリティが不十分な物件は選定対象から外されるケースが増えているのです。
本コラムでは、こうした背景を踏まえつつ、築古オフィスビルにおける物理的なセキュリティ管理の現状と課題を明らかにし、オーナー・テナント・管理会社が具体的に後付けでセキュリティを強化できる実務ポイントを解説します。
第1章:オフィスセキュリティの概念を再確認する
現代の企業活動において、オフィスが保有する情報資産を適切に管理・保護することは、経営の根幹を守る上で最優先課題の一つです。特に近年、日本国内では情報漏えい事故が多発しており、その原因も外部攻撃・内部不正・物理的リスクと多様化しています。
本章ではまず、守るべき「情報資産とは何か」という基本概念を再確認し、その保護が企業にとってどのような課題につながるのか、実務の視点から整理します。
次に、日本国内で企業が遵守すべき主な法令・規格・ガイドラインの要求事項を概観し、実務対応のポイントを明確にします。そして、情報資産を適切に保護することが、企業経営における重要課題に直結していることを明らかにします。さらに、情報漏えいリスクを①外部攻撃、②内部漏えい、③物理的リスクの3つの視点で整理し、近年の動向も踏まえながら、築古オフィスビル特有の課題を交えて実務的な対策の必要性を示します。
1-1:企業が守るべき情報資産とは何か
企業活動において守るべき「情報資産」とは、「企業にとって価値ある情報とその管理システム」のことを指します。具体的には以下の6つに分類できます。
・個人情報(顧客・従業員)
・取引情報(契約書・取引履歴)
・財務情報(財務諸表・資金計画)
・知的財産(特許・技術情報)
・業務ノウハウ(マニュアル・手順書)
・コミュニケーション記録(メール・議事録)
これら情報資産は競争優位を支える重要な経営資源であり、漏えい・消失・改ざんされれば競争力の低下、財務損失、ブランド価値の毀損、法令違反による法的責任を伴うリスクが生じます。
情報資産と混同されがちな「IT資産(PC・サーバ・ネットワークなど)」は、情報資産を保管・処理するためのインフラであり、区別して管理する必要があります。
1-2:情報資産を保護すべき4つの企業経営課題
情報資産を適切に保護することは、企業経営において次の4つの重要課題に直結しています。
・競争力の維持・ビジネス価値の保護 情報資産は企業競争力の根源です。技術ノウハウや営業秘密が流出すれば競争優位が失われ、市場での地位が脅かされます。
・財務リスクの軽減 情報漏えいは損害賠償や行政処分など直接的な経済損失を伴います。また、復旧対応や信用回復のための追加コストなど間接的な財務負担も重大です。
・信頼性・ブランドイメージの保護 情報漏えいは顧客や取引先からの信用を失墜させ、長期的なブランド毀損を引き起こします。社会的信頼を維持するためには情報資産の堅牢な防御が不可欠です。
・法令遵守(コンプライアンス) 情報管理には個人情報保護法やJ-SOX法など法的義務があり、違反時の行政処分や法的責任問題が発生します。コンプライアンスの観点からもセキュリティ対策は不可欠です。
1-3:情報資産保護に関する法令・規格と企業の対応ポイント(日本国内)
日本国内では、情報資産の管理・保護に関わる主要な法令や規格が複数存在します。企業が特に重要視すべきものとして、以下の法令・規格とその主な内容、対応ポイントを整理します。
・個人情報保護法
個人情報の漏えい防止措置の義務付け、利用目的の明示や制限、第三者提供の規制などが規定されています。2022年の法改正により、漏えい報告義務が強化され、違反時の罰則も厳格化されました。企業は個人情報を適切に管理し、従業員への教育、内部規程の整備、定期的な監査を実施することが求められます。
・不正競争防止法
営業秘密に関して、秘密管理性、有用性、非公知性という要件を満たす情報の不正取得や漏えい防止措置が定められています。また、2019年に施行された『限定提供データ』制度(その後改正・運用の見直しが続いている)も企業として対応が求められるポイントです。企業はこれらの情報を明確に区別し、適切なアクセス制限や管理措置を講じる必要があります。
・サイバーセキュリティ基本法およびサイバーセキュリティ経営ガイドライン
経済産業省が策定した「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」は、経営層主導によるサイバーセキュリティ体制の構築や、リスク管理の強化を求めています。経営陣が主導して企業全体でセキュリティ管理体制を整備し、PDCAサイクルによる継続的な改善が必要です。
・金融商品取引法(J-SOX)に基づく内部統制
特に上場企業においては、財務報告に係る情報の正確性・完全性を担保するためのIT統制が義務付けられています。アクセス管理、ログ監視、財務データ保護の内部統制を整備し、定期的に評価しなければなりません。
・ISO/IEC 27001(ISMS)
情報資産の分類および管理ルールの策定、機密性・完全性・可用性を守るための継続的なPDCAサイクルによる改善を要求する国際規格です。認証取得を目指す企業は、情報セキュリティ管理の方針・手順を明文化し、継続的な改善活動を運用することが重要となります。
これらの法令・規格への対応は単に法令遵守に留まらず、企業の情報資産管理体制を高度化し、競争力と信用を高める基盤を構築することにつながります。
1-4:情報漏えいリスクの分類と近年のトレンド
企業が対策すべき情報漏えいリスクは主に以下の3つに分類されます。
(1)外部からの攻撃(サイバー攻撃)
- ランサムウェア攻撃(特に二重恐喝型が急増)
- 標的型メール攻撃、ビジネスメール詐欺(BEC)による不正送金と情報流出
- サプライチェーン経由の攻撃(2024年には日本企業にとって脅威の第2位)
※出典:IPA『情報セキュリティ10大脅威 2024』
- クラウドサービスの設定不備を突いた攻撃の増加
(2)内部漏えい(内部不正・事故)
- 内部不正:内部不正:現職者・退職者および委託先社員による情報持ち出し(2023年には前年の約5倍に急増)
※出典:東京商工リサーチ『2023年 上場企業の個人情報漏えい・紛失事故』
- 内部事故:メール誤送信、クラウド設定ミス、USBメモリ等の紛失(例:尼崎市で発生した46万人の個人情報漏えい事件など)
内部漏えいの対策として、アクセス権限の管理強化、ログ監視の徹底、秘密保持契約(NDA)の締結、人的セキュリティ教育の実施が重要です。
(3)物理的リスク(侵入・盗難・災害)
- 不正侵入(尾行侵入など)、デバイスや紙資料の盗難リスク
- 入退室管理(IDカードやゾーニング)の徹底、机上管理(クリアデスク)
- 地震や火災などの災害対策(特に耐震性の低い築古オフィスビルは注意、別拠点バックアップ必須)
特に築古オフィスビルでは、設備の老朽化や入退室管理が不十分であることが多く、不正侵入リスクが高まる傾向にあります。物理的セキュリティ対策の強化が急務です。
外部・内部・物理それぞれの観点から情報漏えいリスクを整理すると、技術的なセキュリティ対策のみでは不十分であり、人間の行動や物理的な環境に潜む脅威にも包括的に対処する必要があります。企業は自社のリスクプロファイルを詳細に分析し、重大な脅威から優先的に対策を講じるとともに、定期的なリスク評価を行い継続的に改善を進めることが求められます。
第2章:築古オフィスビルでなぜ今「物理的セキュリティ」が重要なのか
オフィスビルのセキュリティ対策には、サイバー攻撃や内部不正といったデジタルな視点に目が行きがちですが、実際には「物理的なセキュリティ」の甘さによって情報漏えいが発生するケースが後を絶ちません。特に築30年を超えるような築古オフィスビルでは、設備の古さや管理体制の弱さから、物理的なリスクが大きくなりやすいのが現状です。
本章では、改めて築古オフィスビルにおける物理的セキュリティリスクの実態を整理し、オーナーや管理会社が見落としがちなリスクとその背景を明確にすることで、本コラムで示す対策を理解する土台を作ります。
2-1. 物理的セキュリティを「警備会社任せ」にしていませんか?
「オフィスの物理的セキュリティ」と聞いて、「それって結局警備会社の仕事だよね。うちは警備会社に任せてるから」と考える管理者やオーナーの方は少なくないでしょう。
確かに、警備業務は専門性の高い業務であり、日々の運用を警備会社に委託することは合理的な判断です。しかし、物理的セキュリティをすべて「丸投げ」するという姿勢は、非常に危険です。
警備会社が対応できるのはあくまで標準的・一般的な警備業務であり、自社ビル固有のリスクや、テナント企業それぞれの事業特性に完全に対応することは困難です。万が一、情報漏えいや盗難などが発生した場合、その責任を警備会社に完全に委ねることはできません。最終的に責任を負うのは管理会社であり、テナント企業自身です。
だからこそ、「セキュリティ=他人事(警備会社任せ)」ではなく、「自分事(自社で主体的に管理する)」として捉える姿勢が不可欠なのです。
2-2.築古オフィスビルで頻発する「物理的セキュリティリスク」とは
築古オフィスビルに特有の物理的リスクとは、主に以下のようなものです。
・入退室管理設備の老朽化・未設置
◦ セキュリティゲート未導入、ICカード認証設備がなく、鍵管理も属人的・アナログに運用されている。
・防犯カメラの不足・不備
◦ 設置台数不足、死角が多い、機器が老朽化し鮮明な画像が残せないなど。
・書類や情報資産のずさんな保管・管理
◦ 書庫・キャビネットの施錠が徹底されず、情報漏えい・盗難リスクが高い。
・第三者による不正侵入や尾行侵入
◦ セキュリティが甘い物件ほど、特定企業を狙った侵入や情報の盗難被害が発生している。
築古オフィスビルでは、構造的・設備的制約に加え、管理体制自体が旧態依然で、運用面でも甘さが出やすくなっています。このような実態がリスクを拡大させていることを、まず認識すべきです。
2-3.「物理的リスク」が経営リスクにつながる背景とは
築古オフィスビルにおいて物理的セキュリティが不十分だと、どのような経営上のリスクにつながるかを具体的に整理すると、以下のようになります。
・情報漏えいによる賠償・法的責任
◦ テナント企業からの信頼失墜、契約解除、訴訟リスク。
・テナント離脱による空室率の増加
◦ 「安全性が低い物件」と判断され、新規テナントの誘致も困難になる。
・ビル価値の低下
◦ セキュリティ水準が時代の要求に満たず、物件価値が下がり、資産価値自体が毀損するリスク。
・突発的事故によるメディア露出
◦ 一度セキュリティ事故が起きれば、SNSやメディアを通じて悪評が広がり、企業の評判にも深刻な影響を及ぼす。
オフィスビルの物理的なリスク対策は、単なる設備投資ではなく、「経営リスクマネジメントの一環」として捉えるべきだという認識の転換が重要です。
2-4.ビル管理会社・オーナーが今、直視すべき課題とは
築古オフィスビルを管理するオーナーや管理会社が直面する課題は、以下の3点に集約されます。
・設備投資の遅れとその認識不足
◦ 「何も起きていないから」という油断やコスト意識の高さが裏目に出るケースが多い。
・運用ルールの属人化・形骸化
◦ 従来の運用方法を疑わず、鍵の管理や入退室記録が形式的・属人的になり、リスクへの対応が遅れている。
・テナントとの認識ギャップ
◦ テナント側の意識は近年非常に高くなっていますが、オーナー側がその重要性を軽視したままでは契約継続が難しくなるリスクが高まります。
こうした課題を直視し、設備投資だけではなく管理運用の見直しを同時並行で進めなければ、実効性のあるセキュリティ強化は難しいでしょう。
第3章:最低限ここまで。法令・ガイドラインで求められるセキュリティ対策の実務ポイント
築古オフィスビルにおいて物理的セキュリティを見直すにあたって、まず確認すべきは「法的に何が求められているのか」です。やみくもに設備を新設する前に、法令でどこまでが義務なのか業界の標準的な基準とどこがズレているのかを把握しておくことが、最初の一歩となります。
3-1.実は「法令で定められていない」物理的セキュリティの多く
まず前提として、物理的セキュリティに関する明確な法律は非常に少ないです。建築基準法や消防法はあくまで「建物の安全性・避難性」にフォーカスしており、不審者の侵入防止や機密情報の保護といった領域は、直接的な法令による義務化はほとんどありません。そのため、多くの築古オフィスビルでは「義務ではないから」として対応を先送りにするケースが目立ちますが、これは非常に危険な判断です。実際にテナントや第三者に被害が出れば、民事責任を問われるケースも十分にあり得ます。
3-2.知っておくべき「参考ガイドライン」と民事責任のライン
義務ではなくても、「業界標準」として参照される以下のようなガイドラインを無視することはできません。
・経済産業省『サイバーセキュリティ経営ガイドライン』
◦ 社員・来訪者の入退室管理、情報資産の物理的保護を明確に求めています。
・NISC(内閣官房内閣サイバーセキュリティセンター)『政府機関等における情報セキュリティ対策のための統一基準』
◦ 物理的管理措置の定義や管理ルールの具体例が記載されており、民間企業でも参照されています。
・個人情報保護委員会『個人情報の保護に関するガイドライン』
◦ 個人情報を取り扱う企業に対し、物理的な施錠管理やアクセス制限措置を「必要かつ適切に」講じるよう求めています。
これらは直接的な法的拘束力こそないものの、実際の事故時に「適切な対策を取っていたか」の判断材料として用いられるケースが多く、無視すると「過失あり」と判断されるリスクが高まります。
3-3.見落としがちな「建築基準法・消防法」とのグレーゾーン
一方で、設備改修時などに気を付けるべき法令もあります。
・オートロックやセキュリティゲートの設置による避難経路の封鎖
◦ 消防法違反の可能性があります。改修前には必ず管轄の消防署に相談する必要があります。
・防犯カメラの設置場所と「プライバシーの侵害」問題
◦ 更衣室やトイレ周辺など、設置場所によっては民事訴訟リスクがあります。
「セキュリティ強化」のつもりが別の法令違反を引き起こす可能性もあるため、建築・消防・個人情報保護の観点からの事前確認が不可欠です。
3-4.築古オフィスビルにこそ必要な「最低限ルールの明文化」
最後に強調したいのは、築古オフィスビルだからこそガイドライン相当の社内ルールや管理基準を明文化しておく必要があるという点です。特に以下の項目は最低限整備しておく必要があります。
・入退室管理ルール(業者・来客を含む)
・鍵・カードの管理基準(貸出・返却・紛失時対応を含む)
・情報資産の保管・廃棄ルール(紙文書、USB、PCなど)
・事故発生時の対応フローと責任分担の明文化
築古物件では「昔からこうしている」という口伝ルールが残りがちですが、それではトラブル時に説明責任が果たせず、責任が曖昧になります。物件としての信頼性を保つためにも、ルールの可視化と徹底的な運用が求められます。
第4章:物理的セキュリティ管理の対象と限界──築古オフィスビルにおける“現実的リスク”の見える化
築古オフィスビルのセキュリティ課題は、単なる「不安」や「印象」で語られるべきものではありません。重要なのは、「何が実際にリスクとなり得るのか」を冷静に棚卸しし、それに対してどのような現実的対応が可能かを明らかにすることです。本章では、築古オフィスビル特有の制約の中で物理的セキュリティをどう捉え、どう備えるべきかを整理します。ITセキュリティの陰に隠れがちな物理的リスクにも正面から向き合う必要があります。
4-1.セキュリティの基本対象:人・物・情報
物理的セキュリティが対象とするのは以下の三つです。
・人の不正侵入/接触
・物品・機器の盗難/破壊
・紙書類や端末を介した情報漏えい
これらはいずれも築古オフィスビルでは設備的に脆弱なままになりがちです。IT化が進んでも、「人が入れる空間である以上、物理的な脅威はゼロにならない」という現実は変わりません。
4-2.現場で実践可能な対策:築古オフィスビルでも“やれること”はある
限界がある中でも、築古物件においてでも今すぐ導入・徹底できる対応策を以下に整理します。
(1) 入退室管理とゾーニング
・ICカードやテンキー錠などの後付けスマートロック
・来訪者管理の徹底(入館記録、退出時のバッジ回収)
・サーバールームなどの物理ゾーニングとアクセス制限
・人的ルールの徹底(無施錠防止、後追い入室防止)
(2) 機器・書類の保管と持ち出し管理
・鍵付きキャビネット/金庫の活用
・ノートPCにワイヤーロック装着
・持ち出し時の上長承認&記録
・クリアデスク・クリアスクリーン運動
・窓・扉の物理強化(補助錠、防犯フィルム)
(3) 監視と警報体制
・最小限でも入口カメラ+録画
・安価なIoT人感センサーや開閉センサー
・警備会社とのオンライン契約で夜間の異常検知
(4) 災害リスクへの備え
・サーバー・棚類の壁固定
・耐火金庫、非常用電源
・オフサイトへのバックアップデータ保管
4-3.築古ゆえの限界と「仕組み」で補う視点
築古オフィスビルでは以下のような制約があります。
・セキュリティ設備の初期導入コスト
・共用部に手を入れられない専有外の制限
・建物自体の物理的耐性の不確実性
こうした限界を踏まえつつも、「人の注意力」に依存せず、「仕組み」や「ルール」で補完するという考え方が重要になります。これは「モラル頼み」ではなく、「仕掛けとしてのセキュリティ」という視点です。
4-4.セキュリティ対応の発想転換:「事後対応」から「予防」へ
ビルのセキュリティを「何か起きてから対処する」ではなく、「起きないように設計する」方向へ転換することが重要です。築古オフィスビルのような環境では、この予防の視点が差別化要素になります。
鍵付き家具を標準装備する、「機密ゾーン」の配置を内装設計で考慮する、入退室履歴が残る仕組みを提供するなど、セキュリティ・デザインを組み込んでいくことが、 築古オフィスビルの価値創出につながります。
第5章:築古物件でも“これからできる”予防的セキュリティ対応──現場に即した着手ポイントとその発想転換
築古オフィスビルにおいてセキュリティ強化を検討するとき、多くのオーナーやテナントがまず思い浮かべるのは、「今さら何ができるのか?」という制約意識です。しかし、その一方で、現場対応の多くは後付け可能なものであり、考え方と手順さえ押さえれば「予防的対応」は十分に実現可能です。本章では、「築古でも、今から始められる現実的なセキュリティ強化策」について、①コスト、②運用負荷、③視認性(印象)の3つの観点から整理し直し、対応の優先順位と判断軸を提供します。
5-1.そもそも「予防的対応」とは何か?──“守りの設計”の再定義
「予防的対応」とは、文字通り「事件・事故が起きる前に備えること」です。ただし、ここでいう備えは、単なるマニュアル整備や啓発ポスターの掲示ではなく、意図的に被害を発生しにくくする状態を空間や仕組みに組み込むことです。
・書類の散乱を防ぐ書庫の統一運用(置きっぱなしリスクの排除)
・来訪者記録の明示(見られている意識による抑止)
これらはどれも「人間の判断や注意力に依存しない予防策」です。築古オフィスビルこそ、こうしたアナログ空間への予防設計を通じて、セキュリティレベルの底上げを図ることが求められます。
5-2.“防ぐべき対象”を具体化することから始める
予防的対応を考える際に最もありがちな失敗が、「なんとなく不安だから、とりあえず防犯カメラつける」といった情緒ベースの対応です。実務としては、「誰を・何から・どう守りたいのか」を明確にすることが、対策設計の出発点となります。
築古オフィスビルにおける代表的な対象例として以下が挙げられます。
・不特定多数の出入りによる盗難・不審者侵入(=来訪管理)
・退去時などの情報漏えい・持ち出し(=アクセス制限)
・時間外の無断立ち入り・寝泊まり・不法投棄(=物理的封鎖)
これらを具体化し、どの時間帯・どの場所で・誰が・何をしてくる可能性があるかが見えてくることで、「リスクの地図」が描けるようになります。
5-3.「現場でやれること」はここから始める──後付け可能な施策リスト
築古物件でも比較的導入が容易で一定の効果が見込める予防的セキュリティ対応は以下の通りです。
以下の表の通り、ビルオーナー・管理会社・テナントが各自の役割を認識し、責任をもって対応することが重要です。なお、賃貸オフィスビルの共通仕様として導入する場合には、ビルオーナーの意思決定・予算承認の下、施策を実施しますが、テナントが専有スペースで導入するケースもあります。
| 施策 | ビルオーナーの役割 | 管理会社の役割 | テナントの役割 |
|---|---|---|---|
| (1) 入退室・立入りの可視化と履歴化 | ・設備導入の意思決定・ 予算確保 | ・設備導入の調査・検討・設置業者の選定と施工管理・導入後の保守管理 | ・社員に対する利用ルールの徹底・ICカードやIDの管理/退職者のID削除等の運用 |
| (2) 機密エリアのゾーニング(専有スペース) | ― | ・間仕切りや扉などの工事手配・鍵管理のためのルール作成支援 | ・機密エリアの運用ルール遵守(施錠、入室管理)・入退室の履歴記録 |
| (3) 書類・端末の管理ルール徹底 | ― | ― | ・クリアデスクなどの社内ルールの策定・徹底・個々の端末・機器の管理責任徹底 |
| (4) 監視導入と外部運用 | ・防犯カメラ導入の予算承認 | ・防犯カメラ設置工事、警備会社との連携契約・保守管理 | ・監視運用ルールの協力 (利用上のルール徹底) |
・ビルオーナーは、ビル共通仕様として導入する場合に「投資意思決定と予算承認」に責任を負います。
・管理会社は、設備の実際の「設置や保守運用を管理する」役割があります。
・テナント企業は「具体的な運用ルールの遵守・徹底」を通じて設備の有効性を実現する役割を担います。
つまり、セキュリティは決して一つの立場だけで解決できる問題ではなく、三者の密接な連携・協力と明確な責任分担によって初めて効果を発揮するものなのです。
5-4.「予防」であるがゆえの落とし穴──“手を打った感”で満足しない
設備導入だけではなく、「技術的対策(モノ)」+「運用設計(ヒト)」のセット化が必要です。特に、テナントが主体となってルール運用を徹底しなければ、設備投資の意味が半減します。例えばスマートロックを入れても、テナント企業が社員のICカード管理を怠れば効果は発揮できません。
このため、導入時点からオーナー・管理会社・テナントが協力して、明確な役割分担と継続したチェックを実施する仕組みを作ることが重要です。
5-5.「できること」から始めるための判断軸──小さく、でも本気で
着手3ステップは以下の通りです。
・ステップ① 現状調査
管理会社(オーナー)、テナントが合同で現地確認を行い、具体的なリスク箇所を洗い出す。
・ステップ② 優先順位設定
上記の役割分担表を参照し、それぞれの役割で、コスト・導入容易性・即効性を踏まえて何から優先すべきかを決定する。
・ステップ③ 仕組みと運用整備
運用ルール整備、責任者決定、管理会社とテナントが協働する定期的な継続管理仕組みを構築。
「小さくても確実に取り組む」ことを軸に、三者それぞれが明確な役割を持って実務を進めることで、現実的かつ効果的なセキュリティ強化が実現できます。
第6章:ケーススタディで見る築古オフィスビルのセキュリティ対策導入事例
本章では、実際の築古オフィスビルにおいて実施されたセキュリティ強化の成功事例と失敗事例を具体的に紹介し、その背景や要因を分析します。これらのケーススタディを通じて、実際の現場で起こり得る課題や具体的な対策の実効性を明らかにします。
6-1.築古オフィスビルにおける成功事例
ある築35年の賃貸オフィスビルでは、以前はセキュリティ設備がほぼなく、入退室管理が属人的に行われていたため、情報漏えいのリスクが非常に高い状態でした。このビルでは以下の施策を実施し、劇的な改善を達成しました。
・ICカード式のスマートロックシステムを後付け導入
・クラウド型防犯カメラを主要な出入口および重要エリアに設置
導入後、無許可入室や紛失物などのインシデントが激減し、テナント企業の満足度も大きく向上しました。結果として、テナント離脱の抑制や新規テナント誘致にも効果を発揮しています。
6-2.築古オフィスビルにおける失敗事例
一方、別の築40年のビルでは、セキュリティ向上のために急いで防犯カメラを設置しましたが、十分な事前検討が不足していました。その結果、以下の問題が発生しました。
・設置場所の選定が甘く、重要な死角をカバーできていなかった
・カメラの管理・運用体制が整っておらず、映像データが有効活用されていなかった
・プライバシー保護に関する検討が不十分であり、テナントから苦情や不安が寄せられた
このような問題が発生したことで、導入された設備は十分に機能せず、追加コストや運用の見直しが必要になりました。
6-3.成功と失敗から導かれる実践的教訓
これらの事例から明らかになった実践的教訓は以下の通りです。
・セキュリティ設備の導入には十分な事前確認とリスク分析を行う必要がある
・運用面の計画(設備の維持管理、データ管理のルール整備)が伴わないと効果を発揮しない
・テナントとのコミュニケーションや意識共有がハード設備の仕様以上に重要である
これらの教訓を踏まえ、今後築古オフィスビルにおいてセキュリティ強化を進める際には、設備導入だけでなく、運用やコミュニケーションの側面にも十分に注意を払う必要があります。
第7章:後付けセキュリティ設備の導入実務マニュアル
築古オフィスビルにおいてセキュリティ設備を後付けで導入する場合、多くのビル管理会社は警備会社に運用を委託するのが実態です。この章では、その現実を踏まえた上で、管理会社として押さえるべき最低限のポイントや実務的な導入手順について整理します。
7-1.警備会社への委託を前提とした設備導入の実態
現実には、ビル管理会社が自ら細部まで設備選定や運用ルールを設定することは少なく、ほとんどの場合、警備会社の提案や推奨に従ってセキュリティ設備を導入しています。これは専門的知識や現場運用ノウハウが警備会社に集中しているためです。ただし、「委託=丸投げ」ではなく、導入にあたり管理会社としては以下の最低限のチェックポイントを押さえておき、役割分担の上で協働していく必要があります。
・警備会社の提案設備がテナント企業の業態や利用実態に合致しているかを確認する。
・複数の警備会社から見積もりを取得し、導入費用や維持管理費用が相場から著しく逸脱していないかをチェックする。
・設備導入後の運用体制(監視体制、緊急対応、保守管理)の明確な説明を求め、管理責任範囲を明確化する。
7-2.設備導入のための実務的な準備作業
設備を実際に導入する際には、以下のような手順で実務を進めます。
・現地調査(警備会社と協働)
◦ 警備会社と共に現場の現状調査を行い、現状の設備の状態や追加設置が必要な箇所を特定する。
・導入設備の検討と選定
◦ 警備会社の推奨設備を前提に、他の警備会社からも提案を比較し、設備の費用対効果を判断する。
・導入計画と工事手続き
◦ 設備設置工事の工程を警備会社と調整し、テナント業務への影響を最小限に抑える。
◦ 工事後の点検・動作確認は管理会社も立ち会い、動作の不備や改善ポイントを明確に記録する。
7-3.導入後の最低限のモニタリングと評価方法
導入後も、警備会社に完全に任せきりにするのではなく、定期的に以下のポイントをモニタリングすることが重要です。
・導入設備の正常動作確認を定期的に行い、不具合や動作停止がないかをチェックする。
・警備会社から定期報告を受け、トラブル発生時の対応履歴や運用状況を把握する。
このように、現実的な委託形態を認めつつも、管理会社として押さえるべき最低限の管理ポイントを明確にして、警備会社と役割分担の上、協働することで、責任あるセキュリティ体制を築古オフィスビルに構築することが可能です。
第8章:物理的セキュリティとITセキュリティの融合─ハイブリッドな管理の進め方
築古オフィスビルのセキュリティ管理において、物理的セキュリティとITセキュリティの融合が理想とされますが、現実的にはコストや管理負担の問題から全面的な最新技術の導入は難しい場合が多くあります。本章では、そうした制約の中でも最低限実施可能で実効性の高いハイブリッドな管理手法を解説します。
8-1.ITと物理的セキュリティ融合の現実的な位置づけ
実際の現場では最新の高度な統合システムを一気に導入することは非現実的です。そのため、既存設備の活用を基本に、ITを最小限活用して運用の負担を軽減しつつ効果を上げる方法を模索します。
・既存の防犯カメラや入退室管理設備をベースに、一部クラウドサービスとの連携を図る。
・スマートフォンなどを利用して、管理スタッフがリアルタイムに設備の状況や通知を簡単に確認できるようにする。
8-2.低コストで導入可能な現実的なIT・IoT連携事例
築古物件でも低コストで導入可能なIT・IoT機器を選定し、最低限の設備強化を図ることが重要です。
・比較的安価なスマートロック・システム(ICカード・スマホ連携)を後付けし、簡易的な入退室履歴を残せる仕組みを整える。
・クラウド録画型の簡易な防犯カメラを導入し、複数拠点の状況を一元管理する。
・IoTセンサーを活用して、異常検知を即時通知するシステムを導入し、緊急時対応力を高める。
8-3.現実的な運用体制の構築
設備導入後の運用についても過度な負担がかからない現実的な体制を整える必要があります。
・セキュリティ運用の一部を警備会社やクラウドサービスプロバイダーに委託し、管理の負荷を低減する。
・定期的な設備の動作確認やメンテナンスを効率化し、管理会社の負担を軽減する。
このように、現実の制約を踏まえた上で物理的セキュリティとITセキュリティを最小限で効果的に融合させる方法を採用することで、築古オフィスビルにおいても持続可能なセキュリティ体制を構築できます。
第9章:将来的な築古オフィスビルにおけるセキュリティのトレンドと展望
築古オフィスビルのセキュリティ管理において、過度に華々しい未来像を描くことは現実的ではありません。本章では、現場実務に即して、築古オフィスビルにおける現実的かつ具体的な今後のセキュリティトレンドと対応策の展望を整理します。
9-1.現実的な範囲で想定できる今後のトレンド
実際の築古オフィスビルにおける将来的なセキュリティ強化は、限定的な予算と現状設備を前提に進展するでしょう。以下のような傾向が予測されます。
・部分的な設備アップグレードが主流となり、費用対効果の高い箇所から順次進めるケースが増加する。
・低価格化したIoT機器やクラウド型の管理システムが一般化し、中小規模のビルでも導入が容易になる。
・セキュリティに関する最低限の法令遵守義務が厳格化され、築古オフィスビルでも一定レベルのセキュリティ対応が必要になる。
9-2.実務における課題と現実的な対応策
築古オフィスビルが直面する現実的な課題と、それに対する予防的かつ実効性のある対応策は以下の通りです。
・人手不足や管理負荷の増加に対応するため、管理の効率化を進める(遠隔管理システム導入や簡素化した運用ルール策定など)。
・コストが許容できる範囲での簡易な機器の導入や部分的なリニューアルを積極的に行い、段階的な設備更新を実施する。
・リスク評価や運用状況のモニタリングを最低限定期的に実施し、現場の問題を迅速に発見・改善する仕組みを整備する。
9-3.築古オフィスビルならではの価値創出の可能性
今後はセキュリティを単なるコストではなく、築古オフィスビルならではの差別化要素や競争力向上の手段として位置付ける視点が求められます。
・テナント企業の安心感を高めることでテナント維持や新規誘致につなげる。
・限られた予算内で効果的なセキュリティ対策を講じているという事実をマーケティングやブランド価値向上の材料として活用する。
このように、現実的で実務に即した将来展望を示すことで、築古オフィスビルのセキュリティ管理の意識向上と持続的な取り組みを促進できます。
おわりに:
本コラムでは、企業にとっての「セキュリティ管理」の重要性を改めて確認し、特に築古オフィスビルに焦点を当てて、物理的セキュリティの強化を実務的に掘り下げてきました。
セキュリティが企業経営の重要課題であることに疑いの余地はありません。ITだけではなく、オフィスの物理的環境そのものもリスクの最前線だからです。築古オフィスビルでは、予算的な制限や設備導入条件、警備会社が提供できるサービス範囲の制約など、さまざまな条件によって、取りうる施策に限界があるのは現実です。
しかし、制約があることは必ずしもネガティブな要素ばかりではありません。本コラムを通じて明らかになったのは、限られた予算や制約の中であっても、後付け可能で効果的な対策が数多く存在し、それらを着実に実行することが十分可能だということです。入退室管理の徹底、機密エリアのゾーニング、防犯カメラの効率的な設置・運用など、小さくても着実な対策が実効性を生むことを示してきました。
また、こうしたセキュリティ対策は設備導入などの「ハード面」だけで完結するわけではありません。管理会社(オーナー)が設備環境を整え、テナント企業がルールに基づいて運用を徹底し、警備会社が専門性をもってそれらを支援するという三者の役割分担が不可欠です。この役割分担の明確化と円滑なコミュニケーションこそが、真のセキュリティ向上を可能にするのです。
最後に改めて強調します。セキュリティの本質とは、決して「誰か任せ」や「設備任せ」ではなく、当事者それぞれが自分事として捉え、継続的に改善を続ける姿勢そのものにあります。一度の設備導入や施策実施で完結することはなく、絶え間ない改善・見直しを伴う取り組みだからです。関係する全ての人が主体的に取り組み、小さくても現実的な一歩を踏み出し、継続していくことで、築古オフィスビルにおいても持続可能で安全な環境を作ることが可能となります。
本コラムが、築古オフィスビルに関わるオーナー・管理会社・テナント企業の皆さまにとって、セキュリティ対策を主体的に考え、現実的な一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2025年12月1日執筆