賃貸オフィスビルのビルメンテナンスとは? 委託のメリット・デメリットを徹底解説

皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「賃貸オフィスビルのビルメンテナンスとは? 委託のメリット・デメリットを徹底解説」のタイトルで、2025年9月5日に執筆しています。
少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願い致します。
1. はじめに
1-1. 中型賃貸オフィスビルのメンテナンスが重要な理由
近年、オフィスビルの空室率増加やテナントの契約形態の多様化に伴い、「建物の管理水準」が大きな差別化要因として注目されるようになっています。
特に中型の賃貸オフィスビル(フロア床面積50~100坪程度相当)では、大規模ビルのように大手管理会社がフルカバーしているケースばかりではありません。オーナー自らが複数の専門業者を手配したり、一部のみ外部委託するなど、柔軟な管理体制を組むこともしばしばです。
こうした中型ビルは、ある程度の収益確保を目指す一方で、大規模ビルほど潤沢なメンテナンス予算を取れないというジレンマに直面します。そこで、「最小限のコストで最大限の効果を狙うビルメンテナンス」という観点が、オーナーや管理者にとって共通の課題となるのです。
1-2. 本コラムの目的
本コラムでは、中型賃貸オフィスビルに必要なビルメンテナンスの領域を整理するとともに、
- オーナー自身が複数業者に直接発注する方法
- 管理会社に委託する方法
の2パターンを軸に、それぞれのメリット・デメリットを詳しく比較します。
さらに、ビルのメンテナンス領域を「病院の専門医コーディネート」にたとえ、建物という「患者」を適切に診断し、必要な専門家へ振り分けるための総合的な視点の重要性を解説します。併せて、実際に生じやすいトラブル事例や解決策を具体的に紹介し、よりリアルなイメージを持っていただけるようにしました。
本コラムを通じて、オーナーやビル管理の担当者の皆様が「自分の物件に最適なビルメンテナンス体制」を検討する際のヒントになれば幸いです。
2. ビルメンテナンスの全体像
2-1. ビルメンテナンスにおける主な業務分野
中型賃貸オフィスビルであっても、必要なメンテナンス領域は意外に幅広く、さまざまな専門会社が登場します。以下に、代表的な業務を挙げてみましょう。
- 警備・防犯
・巡回警備、機械警備、防犯カメラ監視、受付警備など - 清掃業務
・日常清掃、定期清掃(ワックス掛け、カーペット洗浄など)、共用部・専有部の維持管理
・高所清掃(窓ガラスや外壁など)を専門とする会社が別途存在 - 電気設備管理
・分電盤や照明設備、非常用発電機・UPS(無停電電源装置)などの定期点検
・漏電検査や設備更新計画の立案 - 空調設備管理
・エアコン、換気扇の点検やクリーニング、冷媒ガス充填など
・ダクト清掃やフィルター交換などのメンテナンス - 給排水設備管理
・給排水管の定期清掃、詰まり・漏水の対応
・ポンプ室や受水槽・高架水槽の清掃 - 消防設備点検・メンテナンス
・消火器・火災報知器・スプリンクラー・非常口誘導灯などの定期点検
・法定点検報告の書類作成と提出 - エレベーター保守
・定期検査、非常時のトラブル対応(閉じ込め事故の救助など)
・老朽化したエレベーターのリニューアル工事計画 - 通信インフラ管理
・インターネット回線や電話回線の引き込み・配線工事、障害対応 - 修繕・リフォーム工事
・内装・外装のリニューアル、テナント退去後の原状回復工事
・外壁塗装や屋上防水工事など、大がかりな改修 - 害虫・害獣駆除
・ネズミやゴキブリの防除、シロアリ対策、ハト対策など - 植栽・造園管理
・緑地帯や植栽スペースの剪定・施肥、庭園の季節管理 - 廃棄物回収・処理
・一般廃棄物や産業廃棄物の分別・回収、リサイクル対応
2-2. 病院に例える「専門医」と「総合診療医」
(1). 一つのビルに、多くの専門家が関わる理由
ビルには電気設備、空調設備、給排水設備、消防設備など、多岐にわたる機能が詰め込まれています。大規模施設になれば、清掃や害虫駆除、防犯カメラのシステム管理、エレベーター保守、外壁や屋上の防水など、それぞれの専門会社が集まり、まさに「病院の各診療科」のように領域ごとにプロフェッショナルが存在している状態です。
- 専門会社(専門医)の強み
・それぞれの設備や分野に対して、専門技術と経験を持っている
・ピンポイントで問題箇所を見つけ出し、適切な修理や保守・点検を実施できる - 連携がないと起きる問題
・電気の問題が実は空調設備の不具合と関連していたのに、両者間で情報共有がない
・排水管の故障による水漏れが建物の電気系統にも悪影響を及ぼすのに、関連部門が後手に回る
・結果的に責任の所在が曖昧になったり、余計なコストがかかったりする
このように、1つのビルを維持するためには多種多様な「専門医」たちが必要ですが、それだけに「連携不足」や「全体最適の視点の欠如」が起きやすいとも言えます。
(2). 総合診療医の視点が欠かせない
建物を長期的に安全かつ快適に運営していくためには、全体を俯瞰できる存在が必要となります。これは病院で例えるならば「総合診療医」や「主治医」のような役割です。
- 専門医だけでは不十分な理由
・専門医は局所の問題解決には優れていますが、他領域との兼ね合いを考えた総合的な判断が苦手な場合がある
・「建物全体の設備寿命を考慮して、どのタイミングでどの設備を更新するか」「どの検査を先に行うべきか」といった、広い視点を持った調整が必要 - 総合診療医(管理会社やオーナー側の目利き)の役割
・ビル全体の構造と設備状況を把握し、必要に応じて最適な専門業者をアサインする
・テナントや利用者からのクレーム・要望に対しても、どの業者と協力すればスムーズに解決できるかを判断
・法令遵守や予算管理など、経営的な視点を踏まえつつ、建物の維持管理計画を立案する
たとえば、空調設備の故障原因が電気系統のトラブルや配管の老朽化に起因していることもあり得ます。こうした「複数の要素が絡む問題」を解決するには、各分野の専門知識を組み合わせてベストな対応を導き出せる“総合力”が不可欠です。
(3). 総合診療医がもたらすメリット
総合診療医にあたる“管理会社”や“オーナーの総合的な目利き”が機能することで、以下のようなメリットが生まれます。
- 責任の所在が明確になる
・「どこに頼めばいいのか分からない」「結局、誰が原因を解決するのか不明」という事態を防げます。総合窓口を明確にすることで、トラブル時の対応がスピーディーになります。 - コストと時間の最適化
・専門業者が重複して同じ場所を調査したり、必要以上の工事を行ったりする無駄を省ける
・総合診療医が中心となってプランを統合すれば、長期的な修繕計画や予算配分のバランスも取りやすい - 建物の価値向上
・点検や工事の連携が良好だと、トラブルが大きくなる前に対策を打てる
・建物の寿命が延び、テナントの満足度も向上し、結果として不動産価値の維持・向上につながる
(4). 具体的なイメージ:ビル管理の流れ
病院をイメージすると分かりやすいですが、ビル管理でも“一次受診”⇒“専門診療科へ振り分け”⇒“再調整”という流れがしばしば行われます。
- 一次受付(総合診療医)
テナントから「空調が全然効かない」「排水が詰まっている」などの連絡を受け、状況をヒアリング。 - 初期診断
施設の図面や設備マニュアルなどを参照しながら、「どの専門業者に相談・手配すべきか」を判断。 - 専門業者への連絡・調整
電気設備業者や管工事業者、清掃会社など、それぞれの“専門医”へアサイン。依頼内容やスケジュールを管理する。 - 経過観察と最終チェック
専門業者の作業が終わったら、総合診療医が最終的に結果を確認。再発防止策や追加工事の必要性を検討し、長期的なメンテナンス計画に反映する。
このように、専門医と総合診療医が連携してこそ、ビル全体の健康状態を保てるのです。
建物の設備メンテナンスでは、多様な専門業者(専門医)の力を最大限に生かすために、全体を俯瞰しながらコーディネートする“総合診療医”が欠かせません。管理会社やオーナーがその役割を果たすことで、責任の所在が明確になり、トラブル対処が早くなり、建物の資産価値も長期的に維持・向上させることができます。
- 専門医の強み
各設備や領域に特化した高度な知識・技術で、正確に問題を解決 - 総合診療医の役割
建物全体の“症状”を把握し、適切な専門業者のアサインや予防保全、長期的な運営計画を立てる - 連携の要
病院の患者と同じで、ビルという“患者”を元気に保つには、総合診療医と専門医が有機的につながる体制が必要
こうした視点を踏まえることで、ビルメンテナンスの複雑さと面白さをより深く理解できるはずです。まさに、「建物」という患者を、専門医・総合診療医が連携して守るという構図が、ビル管理の核心ともいえます。
3. メンテナンス体制の選択肢①:オーナー自身が直接手配する
3-1.メリット
(1) コストコントロールがしやすい
- 相見積の活用
複数の業者から見積を取り、サービス内容や価格を比較検討することで、最も費用対効果の高い業者を選ぶことができます。
価格だけでなく、業者の実績、使用する材料の品質、保証内容なども比較することで、より納得のいく選択が可能です。 - 支払い金額の可視化
各業者への支払い金額が明確になるため、どの分野にどれだけの費用がかかっているかを把握しやすく、無駄な支出を削減できます。
例えば、特定の分野のメンテナンス費用が高すぎる場合、業者を見直したり、メンテナンス頻度を調整したりといった対策が可能です。
(2) 業者選定の自由度が高い
- 得意分野に合わせた選択
建物に独特のこだわりや、特殊な設備がある場合でも、オーナーが直接“得意分野を持つ業者”を探し、契約できる自由度があります。 - 大手から地域密着型まで選べる
規模の大きい業者だけでなく、地域に根差した小回りの利く企業を選択することで、柔軟かつ細やかなサービスを期待できる場合もあります。
(3) 直接的なコミュニケーションが可能
- 迅速な交渉・指示
トラブルやクレームが起きたとき、オーナーが業者と直接やり取りするため、話が早いというメリットがあります。 - 柔軟な対応への期待
メンテナンスのスケジュール調整や、細かな要望を直接伝えることで、柔軟な対応を期待できます。
例えば、「テナントの入居スケジュールに合わせて工事日程を調整してほしい」「特定の時間帯に作業をお願いしたい」といった要望を伝えやすくなります。
3-2. デメリット
(1) 管理・調整の手間が増大
- スケジュール管理や契約内容の把握
複数の業者と個別に直接、契約を結ぶため、それぞれのスケジュール調整や進捗管理、契約内容の把握に時間と労力がかかります。
各業者の連絡先、作業内容、支払い条件などを個別に管理する必要があり、煩雑になりがちです。 - 細かなクレーム対応の負担
テナントや利用者からのクレームや問い合わせに、オーナー自身が対応する必要があり、精神的な負担が大きくなる場合があります。
例えば、「電気がつかない」「水漏れしている」といった連絡が、時間帯を問わずオーナー様に直接入る可能性があります。
(2) 専門知識が要求される
- 選定の基礎知識:
電気、空調、給排水など、建物設備の基礎知識がないと、見積内容の妥当性を判断することが困難です。
例えば、見積書に記載されている専門用語が理解できず、業者の説明を鵜呑みにしてしまう可能性があります。 - 見積内容の精査:
複数の見積もりを比較検討し、それぞれの内容を精査するには、専門的な知識と経験が必要です。
例えば、見積もり金額が安い業者を選んだ結果、必要な作業が省かれていたり、質の悪い材料が使われていたりする可能性があります。 - 長期コスト・リスクの発生見通し:
設備の寿命やメンテナンスサイクル、将来的な修繕計画などを考慮し、長期的なコストを見据えた業者選定が必要です。
例えば、目先の安さだけで業者を選ぶと、将来的に高額な修繕費用が発生する可能性があります。
(3) 複数の業者を責任の所在を明確化して管理は難しい
- 原因特定の難しさ:
複数の業者が関わる場合、トラブルの原因特定が困難になることがあります。
例えば、水漏りの場合、屋根の防水工事、外壁の塗装工事、配管工事など、複数の要因が考えられます。 - 契約範囲外かどうかの切り分け:
トラブルが発生した場合、どの業者の責任範囲なのか、追加費用が発生するのかなど、契約内容の解釈が難しい場合があります。
例えば、「この作業は契約範囲外なので、追加費用がかかります」と言われても、それが妥当な判断なのかどうかを判断できない可能性があります。
3-3. トラブル事例:オーナー自身の直接手配の落とし穴
事例:相見積もりを活かしきれない電気設備更新
老朽化した分電盤を更新しようと、オーナーが複数の電気設備会社に見積依頼をしたものの、提案内容がバラバラで比較が難航。最終的には「初期費用が最安」という理由だけで契約した結果、安価な部品が使われ、数年後に故障頻発・メンテナンス費用が増大してしまった。
4. 管理会社に委託する場合の特徴
4-1. メリット
(1) 管理や調整の手間を大幅に削減
- 窓口の一本化
警備・清掃・設備管理など多岐にわたるビル管理関連の業者をまとめて管理会社が手配するため、オーナーとしては複数の業者と個別に契約・スケジュール調整を行う必要がありません。 - 各種対応の集約
テナントからの問い合わせや緊急時の通報も管理会社が受け付けるため、オーナーは日常業務に集中できます。
例えば、テナントからの「鍵をなくした」「エアコンが故障した」といった連絡や、夜間のトラブル対応なども、管理会社に任せることができます。
(2) 専門ノウハウを活かせる
- 豊富な事例と知識
管理会社は多数の物件を管理してきた経験から、コストダウンやリスク管理に関する豊富な知識とノウハウを持っています。
例えば、過去のトラブル事例から、同様のトラブルを未然に防ぐための対策を提案してもらったり、コスト削減につながるメンテナンス方法を提案してもらったりできます。 - 省エネや技術情報
リスク管理、設備更新や省エネルギー対策など、個人オーナーでは得にくい専門的な情報や技術に関するアドバイスを受けられます。
(3) トータルコストの最適化が期待できる
- スケールメリット
大手管理会社の場合、提携するネットワークや一括購買の力を活用して、工事や点検にかかる費用を抑えられる可能性があります。 - 包括契約の安心感
管理業務の範囲内であれば、軽微なトラブルへの対応や追加作業を一定の範囲でカバーしてもらえるため、突発的な支出を抑制しやすい利点もあります。
4-2. デメリット
(1) 委託費が割高になる場合がある
- 手数料・マージンの上乗せ
すべてを管理会社経由で発注するため、中間コストが加算されて費用が見えにくくなり、相対的に割高に感じる可能性があります。 - 相見積もりの取りにくさ
多くの業務が包括契約に組み込まれていると、競争原理が働かず、結果的に高い水準の料金を支払うことになりかねません。
(2) 複数業者の責任分担を開示するのは難しい場合も
- 管理会社の営業秘密
管理会社は自社が培ってきた経験や知識を活かし、複数の業者を組み合わせて業務をこなしています。そのため、個別の業務委託先や費用内訳をオーナーに詳細公開するのが難しいケースがあります。 - 下請け・孫請け構造の複雑化
大手管理会社などでは、実際の作業を下請け・孫請け企業に委託することが少なくありません。その分、業務体制が複雑化し、オーナーから見ると不透明感が増す可能性があります。 - トラブル時の対応遅延
すべての連絡が管理会社を経由するため、問題発生から解決までワン・クッション入ることになり、対応が遅れるリスクも考慮が必要です。
(3) 管理会社のサービス品質に大きく左右される
- 管理会社選定ミスのリスク
管理会社の経験・実績やノウハウはさまざまで、すべてが同等の品質とは限りません。十分に信頼できる管理会社を選ばなければ、期待するレベルの対応やコスト管理のメリットを得られない可能性があります。
4-3. トラブル事例:管理会社への委託の盲点
事例:管理会社の割高な外注費
大手管理会社と包括契約を締結したオーナーが、小規模な修繕工事の見積を確認すると、相場より明らかに高い金額が提示されていた。理由を探ると、管理会社の下請け業者がさらに孫請け業者に依頼するなど、複数の中間マージンが重なっていたためだった。
5. トータルで見る!どちらの方法がどんなオーナー・物件に向いているか
5-1. オーナー自身の直接手配に向いているケース
- 専門知識や管理ノウハウが豊富で、手間を惜しまない
・オーナーまたはスタッフにビル管理の経験があり、自ら業者と交渉・契約し、品質をチェックするだけのリソースがある。 - コスト削減を最優先したい
・相見積もりの結果を厳しく検証し、妥当性を見極める能力がある。個別手配で“安さ”を追求したいオーナー。 - 特定の設備やサービスにこだわりがある
・建物の特徴を熟知し、最新技術や独自ノウハウを持つ業者を個別に探すことで、理想的なメンテナンスを実現したい。
5-2. 管理会社への委託に向いているケース
- 管理に割けるリソースが乏しく、本業への集中を重視
・企業オーナーや兼業事業者など、ビル管理にかける時間や人手が十分にない。 - 中長期的に安定した稼働とリスクマネジメントを求める
・適格なトラブル対応、建物の寿命延伸など、専門ノウハウを最大限に活用し、多少コストがかかっても安定運営を重視する。 - 緊急時の対応やクレーム処理を一本化したい
・テナントからの問い合わせや緊急トラブル発生時の対応窓口を集約し、オーナーの負担を大幅に軽減したい。
6. トラブル事例とその対策をさらに深堀り
ここでは、ビルメンテナンスにおいて実際に発生しやすいトラブルをさらに具体的に紹介し、それぞれの解決策・防止策を考えてみましょう。
6-1. 防災設備の点検漏れによる行政指導
事例
消防設備点検報告が法定期限内に提出されておらず、消防署から是正勧告を受けた。オーナーに責任があるのか、管理会社にあるのか不明瞭なまま放置していたところ、テナント側からも「うちは安全面が心配だ」と不信感を抱かれる事態になった。
対策
- どのような法定点検がいつまでに必要か、「建物管理スケジュール表」を作成し、可視化して共有する
- 管理会社との契約書に「消防設備点検・報告に関する義務と責任範囲」を明確に記載
- 行政指導が入った場合の連絡体制・報告フローをあらかじめ決めておく
6-2. ハード面の不具合がテナント満足度を下げる
事例
老朽化した空調が故障しがちになり、ある夏の日中には冷房が止まってしまうトラブルが2回連続で発生。初回の故障時は応急修理を実施し、1日で復旧。しかし数週間後に再び同じ不具合が起き、「部品全交換が必要」と言われるが、さらに応急処置で乗り切ったが、3度目の故障でテナントが大きな不満を爆発させた。クレームが相次ぎ、「このビルは管理がずさんだ」「来客対応に支障が出る」との理由で、契約更新をしないテナントも現れた。
また、修理費用がかさみ、新品のエアコン1台分を超える総額を支払う羽目に。
対策
- ライフサイクルコストの視点で設備更新計画を作る
- 短期的な修理対応の費用の累計を踏まえた10年スパンでの維持費と、最新の省エネ機器導入による設備更新費用、光熱費削減効果も試算して比較検討
- 管理会社を介して専門業者の知見も参考にして最終判断。
6-3. 複数業者が入り乱れ、責任所在がわからなくなる
事例
廊下の床に水がにじみ出るトラブルが発生。空調か配管か、または雨漏りか原因が特定できず、空調会社・給排水会社・防水会社がそれぞれ「うちの領域外かもしれない」と後手に回り、被害が拡大した。
事例(より詳細)
ビル3階の廊下に水がにじみ出るという報告があり、テナントが「配管の水漏れでは?」とオーナーに連絡。
オーナーがまず給排水会社を呼んで点検するも、明確な水漏れ箇所は見つからない。次に空調会社を呼ぶと、「空調系統には異常がなさそう」と言われる。雨天時に悪化するとの指摘があり、防水業者にも確認したが「ここだけでは原因とは言い切れない」。
業者それぞれが「自社領域の問題ではないかもしれない」と後手に回り、最終的な原因特定が遅れた。
床材が傷んで張り替えを余儀なくされ、廊下の通行制限を数日間実施。テナントには「工事の振動や騒音がストレスだ」と新たなクレームが発生。結局、外壁と配管付近のシール劣化が複合的に絡んだ雨水の侵入が原因だったが、判断に時間を要したため工事期間も延び、二次被害も大きくなった。
対策
- 「トラブル発生時の初動対応マニュアル」を用意し、総合診断を行う仕組みを作る
- どの分野か判断できない場合は、総合的に点検できる専門業者に調査を依頼し、その調査結果を踏まえた、解決に向けた方向性を決定。
- バルブや点検口の確認、雨天時の水漏れ状況、経年劣化しやすい部位の把握など、“ざっくり”把握しておくことで、専門業者への説明がスムーズになり、特定までの時間を短縮できる。
7. より良いビルメンテナンス体制を築くために
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。本コラムでは、築古の中型賃貸オフィスビルのオーナーの方々を対象に、「ビルメンテナンスを自前で行う場合」と「管理会社に委託する場合」とで、どのような観点から・どのような点に着目して確認・検討すればよいのかを徹底的に解説してきました。
もちろん当社としては、ビルメンテナンスは信頼できる管理会社にお任せいただくほうが、ビルオーナーにとってメリットが大きいと考えております。しかし今一度、本コラムの内容を踏まえて、「より良いビルメンテナンス体制」を築くために押さえておきたいポイントを、以下にまとめました。
- 既存の契約・管理範囲を可視化する
・警備会社、清掃会社、設備関連の業者など、複数の業者と契約されている場合は、それぞれどの業者が何を担当しているのかを一覧化し、管理範囲やコストの重複・抜け漏れを把握しましょう。 - トラブル発生時の対応フローを確認する
・まず、トラブルが起きた際に「どこへ連絡すればよいのか」を明確にしていますか。加えて、「どの業者が担当範囲なのか」「契約範囲外の対応が必要になった場合はどう手配すべきか」などを整理し、いざというときに迷わない準備が大切です。 - 長期修繕計画・設備更新計画の把握
・空調機、給排水管、エレベーターなどの設備について、更新時期や更新費用の積立・資金計画はどうなっていますか。更新計画の内容を相談できる相手がいるかどうかも重要な視点です。 - 法定点検スケジュールの整理
・消防設備点検、建築基準法に基づく定期報告、エレベーターの法定点検など、実施時期をきちんと把握していますか。点検遅延や未実施によるリスクや罰則についても認識しておきましょう。 - テナントからのクレームと業務改善
・トラブル対応や清掃、防犯、空調など、テナントからのクレームを踏まえて業務改善を進めることも欠かせません。対応するだけでなく、フォローアップを通じてテナントの安心感を得るには、相応の手間と気苦労が伴います。
ビルメンテナンスを円滑に行うためには、「どこに、どのような業務を頼んでいるのか」「いつまでに何をやるのか」といった情報を明確にすることが基本です。これを怠ると、トラブル対応や設備更新、法令順守など、さまざまな面で問題が生じかねません。
8. 終わりに
ここまで、中型賃貸オフィスビルのビルメンテナンスに関する総合的な視点、「オーナー自身の直接手配」と「管理会社への委託」それぞれのメリット・デメリット、さらにはトラブル事例までを詳しく見てきました。
本コラムの冒頭では、ビルメンテナンスを病院での病気の治療にたとえました。その比喩も踏まえて、ポイントを以下のように整理します。
- 専門医の集合体としてのビルメンテナンス
築古の中型賃貸オフィスビルが「病名不明の患者」だとすると、警備・清掃・設備管理・防災・通信などの各分野は、それぞれの“専門医”に相当します。どれも欠かせない存在です。 - 総合診療医の視点の重要性
いくら優秀な専門家が揃っていても、全体を見渡す「総合診療医」の役割がなければ、連携不足や責任範囲の不明確さといった問題が生じやすくなります。中型賃貸オフィスビルを管理会社に任せるか、オーナー自身で直接手配して、全体管理するかを検討する際は、この視点を外すことはできません。 - オーナー自身が“スーパードクター”である必要はない
もしオーナーの皆さまが、すべてを一人で完璧にこなせる“ブラック・ジャック”のような存在であれば別ですが、急に「総合診療」を完璧に行うのは至難の業でしょう。だからこそ、当社のような管理会社に委託する意義をぜひご理解いただきたいのです。もちろん当社も完璧とは申しませんが、日々「より完璧に近い総合診療医」となるべく努力を重ねています。
「オーナー自身の直接手配」か「管理会社への委託」かを選ぶ際には、コストだけでなく、長期的な時間軸やリスクマネジメントも含めた総合的な判断が欠かせません。
本コラムでは、オーナー様ご自身で管理される場合と、管理会社に任せる場合のメリット・デメリットを詳しく解説してまいりましたが、皆さまはすでに結論を出されましたでしょうか。
いずれの方式を選んでも、何らかの課題が生じる可能性は否めません。だからこそ、ビルメンテナンスの各領域でどんなリスクがあるかを可視化し、“総合的な視点”で体制を構築することが何よりも重要となります。
ビルは日々使われ、刻一刻と状態が変化していく“患者”です。定期的なメンテナンスと適切なアップデートが行き届いていれば、テナントの満足度が高まり、結果的に稼働率の向上や賃料設定の強化にもつながり得ます。逆に、目先のコストや手間だけを優先して必要なメンテナンス、投資を怠れば、思わぬトラブルが重なって大きな損失を被るリスクもあります。
どうぞ、今回のコラムを参考に、より良いビルメンテナンス体制を築いていただければ幸いです。ご不明な点やご相談がございましたら、どうぞ遠慮なくお声がけください。皆さまのビル運営が、よりスムーズで安心できるものとなることを心より願っております。
本コラムの活用例として:
• オーナーの皆さまが物件を購入した直後に、既存の業者契約を見直す際の「チェック項目」として
• 管理会社を切り替える検討をする際に、現状のメリット・デメリットを再評価するツールとして
• 新たに建物管理に携わるスタッフの教育や、管理会社/業者との折衝マニュアル作成の参考資料として
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2025年9月5日執筆
