既存賃貸オフィスビルのエレベーター改修と混雑緩和の現実的対応
皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「既存賃貸オフィスビルのエレベーター改修と混雑緩和の現実的対応」のタイトルで、2025年12月11日に執筆しています。
少しでも、皆様に新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
はじめに
― 朝、ロビーに溜まる“静かな行列”から
午前8時15分。ビルのガラス張りのエントランスを抜けると、コーヒー片手にスマートフォンをのぞき込む人々が、まるで無言のラリーのようにエレベーターホールへ吸い込まれていきます。
だが、ホールに入った瞬間に足は止まり、視線は一斉に天井のランプへ――「▲」「▼」の小さな矢印が、いっこうに自分の番を示さない。ロビーはざわめくでもなく、しかし確実に“溜まって”いく。気づけば背後には十数人、列の最後尾は建物の出入口の自動ドア付近にまで延び、エスプレッソの香りよりも“間に合うか”という焦りの気配が濃くなっていきます。
このコラムでは、こうした朝のエレベーター混雑を解決するための実務的なポイントを、エレベーター工学の基礎ロジックと管理現場の視点を交えて整理します。
朝一番、ロビーに漂うあの“静かな行列”を少しでも短くするヒントを、ぜひ持ち帰っていただければ幸いです。
1.エレベーターの台数が「待ち時間」を決める
(1)賃貸オフィスのモデルケース
今回のコラムでは、ある典型的な賃貸オフィスビルをイメージしながら考えてみます。ビルは都内によくある地上8階建て、オフィスが入っているのは2階から8階までの7フロア。1フロアあたりの面積は約100坪(実際にデスクを並べてオフィスとして使えるスペースはおよそ80坪)。
一般的に、オフィスでは一人当たり3坪程度のスペースを要しますから、1フロアあたり約27名が働いている計算になり、7フロアを合計すると約190名。この190名が朝の8時から9時までの間に一斉に出勤すると考えると、その1時間はビルにとって最も「渋滞」が起きやすい時間帯ということになります。
さて、ここで気になるのは、エレベーターの待ち時間です。
(2)エレベーターの待ち時間の計算
朝8時台のオフィスビル。たった1時間の間に、190人近い人々が次々とエレベーターに乗って自分の職場へ向かいます。仮にエレベーター1台が往復(ラウンドトリップ)する時間を80秒、実際に乗れる人数を約10人としましょう。
ここで、エレベーターが1台しかなかったら、どうなるでしょうか?
190人を運ぶには約19往復が必要になります。単純に計算すると、80秒×19往復=1,520秒、つまり約25分もの時間がかかってしまいます。待つ側にとってはとても長い時間です。平均待ち時間は約40秒と理論的には短く聞こえますが、これは理論上の話。現実には、エレベーターホールには「行列」が発生し、利用者にストレスが蓄積されてしまいます。
では、エレベーターを2台に増やすとどうでしょうか?
2台運用の場合、1往復で合計20人を運べるため、必要な往復回数は約10回。所要時間は10回×80秒=800秒(約13分20秒)となり、1台運用時の半分程度に短縮されます。平均待ち時間も約20秒へと改善されますが、こちらもまた理論上の数字。現実には、タイミングのずれや途中階での停止回数が増えることで若干の遅延が発生し、感覚的にはもう少し長く感じるでしょう。
こうしてみると、100人を超える規模になると、エレベーター1台で朝のラッシュを捌くのは現実的ではありません。150人を超えるような規模では、間違いなく2台配置が推奨されます。
しかし、ここで忘れてはならないのが、「本当にエレベーターを増やすだけで解決できるのか?」という問いです。また、ビルの階数が8階程度の場合、実はエレベーターの速度を単純に上げたところで、劇的な改善は望めないという現実があります。エレベーターに乗り込む時間、ドアの開閉、各階での停車時間、加速・減速にかかる時間が速度よりも大きな影響を与えているからです。
つまり、朝の混雑を解消し、より快適にエレベーターを使えるようにするには、エレベーター自体の台数を増やすのは無理として、エレベーターの速度を上げることの効果が望めないとして、「制御システム」や「乗降効率」、さらに「エレベーターをどの階に待機させるか」といった運用面での工夫が必要になるのです。
では具体的に、どのような工夫や改修が有効なのか――次章では、エレベーターの性能アップを考える上での実務的なポイントを掘り下げて解説していきます。
2.エレベーター改修・性能アップ時に考慮すべきポイント(既存の中型オフィスビルにおける現実的対応)
前章までで触れたように、既存の中型賃貸オフィスビルでは、エレベーターを増設したり、昇降路のサイズ自体を変更したりするような大規模な改修は、構造上またコスト的にも現実的ではありません。ここでは、フロア約100坪・地上8階建てでエレベーターが2台設置された既存ビルを想定し、実務上可能で現実的な改修のポイントを整理します。
(1)制御システムの更新(最新の「群管理制御」へ)
築20~30年以上の中型オフィスビルでよく見られるのが、「セレクティブ・コレクティブ制御」と呼ばれる旧式のエレベーター制御方式です。これは単純に各階の行先ボタンが押された順に止まる方式のため、効率的な運行が難しく、待ち時間が長くなる原因となります。
近年、中型オフィスビルの改修事例で現実的かつ効果が高いとされるのは「群管理制御」の導入です。エレベーター2台でも群管理制御を適用すれば、ピーク時間帯にそれぞれのエレベーターが異なるフロアに効率よく分散して運行できるため、待ち時間を実質的に短縮できます。
※一方で「行先予告方式」や「AIディスパッチ制御」は、エレベーター台数が4~5台以上ある大型ビル向けであり、2台程度の中型オフィスビルでは導入効果が限定的であるため、推奨されません。
(2)エレベーター内装リニューアルによる心理的快適性の向上
エレベーターの速度や物理的な乗降効率を大幅に改善することが難しい中型オフィスビルでは、内装や照明、操作パネルの改善が現実的で有効な対策です。
例えば、暗い蛍光灯を明るいLED照明に変えるだけでも、乗車中の心理的ストレスが軽減され、体感待ち時間が短縮されるという効果があります。また、古いボタン式の操作パネルをタッチパネル式の見やすいタイプに変更することで、使いやすさや快適性も向上します。こうした内装の小規模改修は比較的低コストで実現可能であり、テナントの満足度向上にも効果的です。
(3)待機階設定や運行最適化の柔軟な調整
エレベーターが2台ある場合、ピーク時間帯や曜日ごとの利用状況を分析して待機階を柔軟に設定することも有効な改善策です。例えば、朝のピーク時は2台とも1階で待機させる一方、昼間の使用頻度が高い中間階に1台を常時待機させるなど、細かな運用調整で待ち時間の短縮を図ることができます。
ただし、古いタイプの制御盤ではこうした細かな調整が難しい場合があります。制御盤更新のタイミングで、柔軟な待機階設定が可能な最新の制御装置への更新を検討するのが現実的です。
(4)速度アップの改修は実務上非現実的
8階建て程度の低層・中型オフィスビルでは、エレベーターの速度を上げても実際の待ち時間短縮にはほぼ効果がありません。加速・減速にかかる時間や各階停止時のドア開閉時間のほうが影響が大きいためです。
速度アップを目的としたモーターや巻上機の全面交換は、費用が高額になる一方で、実質的な効果が限定的であるため、費用対効果の面から実務的には推奨できません。設備の老朽化が進んでいる場合には、静音化や省エネ化を目的として最新の機器に交換することは検討に値します。
3.朝のラッシュを緩和するための工夫と具体的な事例(中型オフィスビル向け実務対応)
これまで、エレベーターの設備改修や性能向上のポイントについて整理してきましたが、設備自体を変更するには時間もコストも相応にかかります。そこで、既存設備を活用しながら、すぐに取り組める運用面での改善について具体的な事例とともに解説します。
(1)時間帯に合わせた柔軟な運行設定
中型オフィスビルでの混雑緩和に最も有効なのが、エレベーターの運行パターンを時間帯や利用状況に応じて調整することです。特に朝のピーク時には、2台のエレベーターを1階に待機させることで効率的な人員輸送が可能になります。一方、昼休みや帰宅時など利用が偏る時間帯は、1台を上層階や中間階に待機させることで、待ち時間の短縮が期待できます。
実際に、東京都内のあるオフィスビル(フロア100坪程度・エレベーター2台)では、ピーク時に待機階設定を変更するだけで朝の待ち時間が体感で20~30%程度短縮したという実績があります。
(2)低層階利用者への階段利用促進
特に朝のピーク時、2階や3階などの低層階勤務の方はエレベーター利用を控え、階段の積極的な利用を促す取り組みが効果的です。階段を明るく整備し、誘導サインを見やすく設置することで、自主的な階段利用が促進されます。
実際に、中央区にある中型オフィスビルで低層階(2~3階)の利用者に対して階段利用を推奨する取り組みを行ったところ、ピーク時のエレベーター利用者が約20%減少し、上層階の利用者からも待ち時間短縮の実感が報告されています。
(3)テナント企業への時差出勤推奨
朝のラッシュの根本的な緩和策として最も効果的なのが、テナント企業と連携した「時差出勤」の導入です。始業時刻を15分~30分ずらすだけでも、ピーク時のエレベーター混雑は大幅に軽減されます。
ある東京都心の中型賃貸オフィスビルでは、テナント企業に働きかけ、社員の出社時間を複数パターンに分散させました。その結果、エレベーター待ちがほぼ解消され、ビル内の快適性も向上しました。ビル管理会社がテナントと積極的にコミュニケーションをとることで、こうした施策の実現可能性は高まります。
(4)待ち時間情報の伝え方に関する考え方と配慮
完全な混雑解消が難しい場面では、「あとどのくらいでエレベーターが来るのか」が分かるだけでも、心理的なストレスが軽減されるという利用者の声があります。たとえば、到着予測や混雑状況などの情報を、必要に応じてさりげなく提示する工夫は一つの選択肢となり得ます。
ただし、エレベーターホール周辺は来訪者の目にも触れやすく、空間の印象を左右する場所でもあります。情報提供の仕方には、美観やブランドイメージへの配慮が求められます。表示を最小限にとどめる、もしくはバックヤードや社内イントラネットなど視覚的ノイズを抑えた形での案内を検討するなど、設置方法や媒体の選定には慎重な判断が必要です。
実際に、東京都内のある中型オフィスビルでは、表示を必要最小限のサインにとどめることで、「過剰な演出感を避けつつ利便性は確保できた」という好意的な評価も得られています。
4.築古・賃貸オフィスビルのエレベーター改修の実務ポイント
一般的に、竣工から20年、30年を経過した築古・賃貸オフィスビルでは、エレベーター設備の老朽化が目立ち、機器故障のリスクが高まるとともに運行効率も低下しています。そのため、一定期間ごとにエレベーターの性能を維持するための計画的な改修を検討する必要が出てきます。ただ、実際に改修を検討する際には、費用や改修範囲、現実的な対応可能性など不安な点も多いでしょう。ここでは、実際の事例も踏まえ、既存中小規模のオフィスビルにおけるエレベーター改修の具体的な留意点と、現実的な改修手法を整理します。
(1)エレベーター改修で特に注意すべきポイント
築20~30年が経過したエレベーター改修にあたり特に留意すべき点は、以下の通りです。
- 部品調達の難易度:竣工から一定期間経過すると、部品が製造終了していることが多く、故障が発生した際に修理部品の調達が難しくなります。特に制御装置や巻上機など重要部品は早めの交換を検討する必要があります。
- 制御システムの老朽化:古い制御システムは効率が悪く、特に朝のピーク時などに待ち時間が大きくなる原因となります。新しい制御方式への更新で、運行効率の向上と安全性の確保が期待できます。
- 法令や安全基準への適合性:建築基準法、消防法、昇降機の安全基準などは定期的に更新されます。改修時には、これら最新の規制や基準に適合するように検証し、必要な措置を行う必要があります。
(2)現実的なエレベーター改修の範囲と具体例
実際の中小規模オフィスビルにおけるエレベーター改修では、建物構造に大きな手を加えるのではなく、設備更新によって性能や快適性を向上させます。
ここでは、エレベーターの設備更新は、「制御系」と「機械系」を主に対象としていますが、オーナーの希望、状態によっては、「内装(意匠)系」の改修も合わせて実施することがあります。
① 制御系(制御盤・操作盤など)
改修の中心となるのが制御系の更新です。築20年~30年のビルでは、旧式のセレクティブ・コレクティブ制御が使われていることが多く、これを最新の群管理制御に更新することで、朝のピーク時などの運行効率が大幅に向上します。
制御盤を更新する際は、通常、エレベーター内の操作盤(カゴ内)や各階の呼び出しボタンなども一体で交換されます。更新により待ち時間の短縮、ドアの動作改善、停止精度の向上などが期待されます。
② 機械系(モーター・巻上機・ドア装置など)
制御系と並んで重要なのが、駆動装置やドア機構といった機械系の更新です。老朽化したモーターやドアの駆動部は、騒音・振動・故障の原因となることが多く、安全性と快適性の観点から更新が推奨されます。
巻上機については、使用頻度や劣化状況を踏まえた個別判断となり、必ずしも更新が必要とは限りません。機器自体に問題がなければ、更新せず継続使用するケースもあります。
③ 内装系(カゴ内の仕上げ・照明など)
内装リニューアルは比較的低コストで実施でき、心理的な快適性やビル全体の印象改善に効果的です。照明をLEDに変更したり、カゴの床材・壁材を刷新することで、エレベーター利用時の印象が大きく変わります。
また、こうした内装工事は必ずしもエレベーター専門業者に依頼する必要はなく、内装工事を扱う業者に分離発注することも可能です。費用対効果の高い改善ポイントとして、多くのビルで採用されています。
※なお、昇降路の拡幅や扉の幅を広げるといった構造に関わる工事は、既存ビルではほぼ実施不可能であり、現実的な選択肢とは言えません。
(3)改修費用の概算(実際の事例)
改修費用は改修範囲や施工方式によって大きく変動しますが、以下は8〜10階建てクラスの中小規模ビル(エレベーター1台)における実際の費用感の目安です。
- ・制御盤・モーター・ドア駆動部など主要機器の更新: 約700万円~1,000万円程度
- ・巻上機も含めたフルセット更新+エレベーターメーカーによるフルメンテナンス契約付き: 約1,500万円~2,000万円程度
- ・内装リニューアル(照明・床・壁など): 約30万円~50万円程度
実例として、東京都内の築25年・10階建て賃貸オフィスビルで、制御盤とモーターの更新を行ったケースでは、改修費用は約800万円でした。
(4)エレベーターの方式と種類
中小規模の賃貸オフィスビルで主に採用されているエレベーター方式は以下の2種類です。
- ロープ式(巻上機式)エレベーター:
- 最も一般的で、築20年以上のビルではほぼこの方式です。モーターと制御盤、巻上機の更新を中心とした改修を行います。
- 油圧式エレベーター:
- 低層(5階程度まで)の小規模ビルで採用されることがありますが、最近は運行効率やエネルギー効率の面で敬遠される傾向があります。改修の際はロープ式へ全面的に変更することもありますが、構造的制約と高額な費用から実務的には少数派です。
(5)まとめ――エレベーター改修は現実的な範囲で段階的に
築古・賃貸オフィスビルにおいては、「全ての改修を一度に完結させるのではなく、優先順位を付けて段階的に改修を進めること」が重要です。特に部品の調達難易度や安全性確保の観点から、制御盤や巻上機などの更新を優先し、内装リニューアルなどはテナント満足度向上やビル競争力向上に寄与するタイミングで実施するのが現実的でしょう。
エレベーター改修は、設備投資効果を見極めながら現実的な範囲内で最大限の効果を引き出すことが、賃貸オフィスビルの競争力とテナント満足度向上に最も有効な方法です。
5.まとめ―現実的なエレベーター問題解決への提言
ここまでの章を通じて、低層・中規模の既存賃貸オフィスビルにおけるエレベーター問題の現状と、実務的かつ現実的な解決策について整理してきました。特に竣工から20~30年を経たビルでは、老朽化に伴う機器のトラブルや運行効率の低下が避けられない課題として浮上します。
エレベーターの台数増設や昇降路の改修など構造的変更は、既存ビルでは実務的に非常に困難であることから、現実的には既存設備をいかに有効活用するかが鍵となります。具体的には、制御システムの更新や内装リニューアル、さらには運用の最適化(待機階設定やピーク時対応の改善)が有効な方法です。
また、設備だけに依存するのではなく、時差出勤や階段利用推奨といったテナント企業と協力した運用改善も重要な取り組みです。こうした施策は、設備の改修に比べれば比較的低コストで実施可能であり、実際の混雑緩和にも大きく寄与します。
最後に、エレベーターの改修において重要なのは「現実的な範囲内での段階的な取り組み」です。投資効果を最大化し、テナントの満足度向上とビル競争力の維持・向上につなげることが、オフィスビルオーナーや管理者にとっての最も実務的かつ効果的なアプローチと言えるでしょう。
本コラムが、既存オフィスビルにおけるエレベーター課題の現実的な解決策を考えるヒントとなり、皆さまの実務の一助となれば幸いです。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2025年12月11日執筆