築古オフィスビルにありがちな設備クレーム対応術―ビル管理者が押さえるべき要点:前編
皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「築古オフィスビルにありがちな設備クレーム対応術―ビル管理者が押さえるべき要点」のタイトルで、2025年12月15日に執筆しています。
コラムの内容が多岐にわたり、長くなったので、前後編に分けてお送りします。
少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
はじめに
築30年を超えるビルでは、空調・給排水・電気・昇降機といったライフライン系設備の故障頻度が急激に高まります。実際に不動産管理会社200名への調査では「故障が多い設備」のトップがエアコン36%、次いで給湯器30%、水道25.5%と水と空気を支えるインフラが上位を独占しました。
出典:GMO賃貸DX編集部による独自アンケート「故障が多いと思う設備」(2021年/不動産管理業従事者200名対象)
こうしたトラブルはテナントの事業継続と満足度に直結します。夏場の空調停止は室温の上昇だけでなく熱中症リスクを招き、エレベーターの長期停止は高層階テナントの移転検討を誘発しかねません。ビル管理会社の調査でも「故障・トラブルへの対応の速さ」は5点満点中4.2と評価が高く、迅速対応が信頼維持の生命線であることが裏付けられています。
出典:平成ビルディング「お客さま満足度調査2024年度」
経営面への影響も深刻です。ザイマックス総研のオーナー調査では「築古に伴う修繕費の増加」を不安視する声が72%で最多となり、「賃料下落64%」「空室増加62%」を大きく上回りました。さらに2024年調査では、66%のオーナーが「支出が増えた」と回答し、修繕費・資本的支出については6割超が増加を実感しています。資材高騰と人件費上昇が重なれば、突発的な故障対応がキャッシュフローを一気に圧迫するリスクは無視できません。
出典:ザイマックス総研「ビルオーナーの実態調査2025①」
本コラムでは、こうした築古オフィスビルの宿命とも言える設備クレームを〈発生源×緊急度〉で整理し、原因究明からテナント・コミュニケーション、応急処置と恒久改修の費用対効果までを、前編で解説します。
続いて、後編へと展開して、前後編を通して読み終えたときには
・優先順位の誤りを防ぐ判断軸
・テナント満足度と修繕コストを同時に最適化する実務ノウハウ
・老朽設備を抱えたままでも“選ばれるビル”を維持する戦略的視点
を手に入れられるはずです。次章から、現場で即使えるフレームワークとチェック・ポイントを詳しく見ていきましょう。
1.設備クレームを「発生源×緊急度」で分類する。
築古オフィスビルの設備クレームは、ときに同時多発的にやって来ます。
「空調が止まった」「給水ポンプから異音がする」「テナント専用Wi-Fiが不安定」──それぞれの訴えは緊急度も被害範囲も異なりますが、現場にいると声の大きさに引きずられがちです。そこで役に立つのが、発生源(何が壊れたか)と緊急度(どれほど急ぐか)を二軸で整理するマトリクスです。以下では、現場で迷わず優先順位を決められるよう、考え方と使い方を順を追って解説します。
(1)発生源を7カテゴリに分ける
まずはトラブルの入口をはっきりさせます。
| 発生源 カテゴリ | 代表的トラブル例 | 特記事項 (築古オフィスビル特有の注意点) |
|---|---|---|
| 空調 | 冷媒漏れ、室外機停止 | 旧冷媒R22系の部材調達難 |
| 給排水 | 漏水、ポンプ故障、悪臭 | 鋳鉄管の腐食進行、階下被害リスク |
| 電気 | 停電、分電盤焼損、照明不点灯 | 絶縁劣化による漏電火災 |
| 昇降機 | 異音、停止、かご閉じ込め | 制御基板の生産終了品が多い |
| ICT | 共用Wi-Fi障害、通信配線損傷 | テナントのDX推進で要求水準が上昇 |
| セキュリティ | 入退室カードリーダ故障、監視カメラ死角 | オートロック未設置物件で増設ニーズ |
| 共用部環境 | 照度不足、空気質悪化、騒音 | 照明ゾーニング未対応、断熱性能低 |
その他を作らず、必ずどこかに分類できるよう定義を明確にしておくことが肝要です。これだけで、後の工程で「結局どの担当部署の仕事なのか」が曖昧にならず、初動のスピードが上がります。
(2)緊急度マトリクスを設計する
次に、どれだけ急ぐかを測る物差しを決めます。私は生命安全→営業継続→快適性の順で3層に分け、それぞれを 高・中・低(3・2・1点)でスコアリングする方法を推奨しています。
| 影響層 | 高(3) | 中(2) | 低(1) |
|---|---|---|---|
| 生命安全 | 昇降機閉じ込め、漏電火災 | 給排水の大規模漏水 | なし |
| 営業継続 | 全館空調停止、停電 | 階層限定の空調停止 | 部分的な通信障害 |
| 快適性 | なし | 共用部の温度ムラ | 照明球切れ、騒音 |
- 最も高い層の点数をそのまま緊急度スコアに採用します。たとえば昇降機閉じ込めは生命安全=3点、営業継続=2点、快適性=1点ですが、最高点の3を取って「緊急度3」と判定します。こうしておけば、誰が判定しても同じ数字が出るため、担当者が変わっても判断が揺れません。また、同スコア案件が複数ある場合は、影響範囲(テナント数、人数)で順位付けします。
(3)4象限マトリクスで優先順位を即断する
発生源と緊急度が分かったら、「緊急度3×空調」「緊急度1×共用部環境」のように2軸マトリクスにプロットします。現場では下図のような4象限チャートを壁に貼り、該当する象限を指さし確認する運用が効果的です。
・I象限(緊急度3×影響大)
例:全館停電、主幹配水管破裂。
→ビル管理責任者が即時判断し、専門業者を同時多発的に手配。館内放送と一斉メールで全テナントへ周知。
・II象限(緊急度3×影響小)
例:一テナント専用空調の停止。
→まず応急処置で温度を確保し、恒久改修の見積を並行取得。
・Ⅲ象限(緊急度1×影響小)
例:個室照明の球切れ。
→巡回点検時に交換し、台帳に記録。
・Ⅳ象限(緊急度1×影響大)
例:共用部LED劣化で照度不足。
→年次改修計画に組み込み、補助金適用の可否を検討。
象限を決めた瞬間に、「誰が・いつまでに・いくらで」を判断するテンプレートを引き出せるようにしておくと、初動がさらに早まります。
(4)判断ミスを防ぐ3つの運用ルール─「ルールがある」だけでは機能しない
①一次情報を必ず確認する
クレーム受付の電話やメールは、どうしても主観が混ざります。たとえば「ビル全体が停電した」と聞いて駆けつけたら、実際には一フロアの分電盤が落ちていただけ――というケースは少なくありません。
・写真・動画・計測値を取得:
スマホで撮影したブレーカーの状態やBEMSのアラームログを送ってもらうだけで、緊急度の取り違えを防げます。
・現場到着前に一次切り分け:
設備主任が到着するまでに警備員が漏水箇所を特定し、止水栓を閉めるだけで被害額が数十万円単位で変わることもあります。
②マトリクスを半年ごとに更新する
築古オフィスビルでは、設備更新やテナント入替えが頻繁に起こります。にもかかわらず、数年前のマトリクスをそのまま使い続けると誤誘導装置になります。
・テナント属性の変化:
IT企業が入居してサーバールームを設けた場合、空調停止の営業損失は、それ以前よりも何倍にも跳ね上がることがあります。
・法改正・技術進化:
非常用照明の基準変更やPSE法(電気用品法)改正で、同じ故障でも法的リスクが増す場合があります。
③担当と手順をセットで掲示する
どの象限に入ったら「誰が」「何分以内に」「どの業者へ」連絡するか――これを一枚のフローチャートにして、管理室の壁とクラウド共有フォルダに掲示します。
・夜間・休日シフトの明確化:
日中は設備主任が一次判断、夜間は警備会社→オンコール技術者→専門業者の順に連絡といった時間帯別の責任者を明示。
・新人教育の即効性:
入社初日のスタッフでも、チャートを指させば初動対応ができるため、属人化を防げます。
(5)現場導入のベストプラクティス
・クラウド設備台帳と連動
マトリクスをスマホ画面で選択すると、推奨対応フローが自動表示される仕組みを導入すると、新任スタッフでも迷いません。
・想定シナリオ訓練
四半期ごとに「夏場に空調が止まった」「深夜に昇降機が停止した」といったケースをロールプレイし、象限判定の精度を高める。
・テナント共有ポータル
マトリクスの考え方を簡潔に説明したPDFを配布し、「なぜこの順番で対応するのか」を可視化すると、クレームの二次発生を抑制できます。
まとめ
発生源×緊急度マトリクスは、設備クレーム対応を「声の大きい順」から「リスクと価値の大きい順」へ転換するための羅針盤です。これを使いこなせば、突発トラブルの嵐の中でも冷静に優先順位を決め、テナント満足度と修繕コストのバランスを最適化できます。次章では、このマトリクスを基盤にした原因究明プロセスの見える化手法を詳しく掘り下げていきましょう。
2.原因究明プロセスを“見える化”する
築古オフィスビルの設備クレームは、表面に現れた「症状」と、その背後に潜む「真因」が食い違うケースが多々あります。――冷却塔の能力不足だと思って部品を交換したのに、実はポンプのキャビテーションが根本原因だった、というように。ここでは「何が本当の原因か」を早く・正確に突き止め、関係者全員が同じ絵を見ながら動ける仕組みを構築するステップを解説します。
築古オフィスビルの設備トラブルは一見すると単純に見えますが、実際はその背後に複数の原因が絡み合っています。原因を見誤れば、何度も同じトラブルが再発し、修繕費用やテナントの信頼を損なうことになります。
そこで重要なのが、トラブルの原因究明プロセスを「見える化」し、関係者全員が共通認識を持つことです。本章では、その具体的な手法と実務での活用方法を解説します。
(1)「5Why分析」とログデータを併用する
設備トラブルの原因究明で広く使われているのが、トヨタ生産方式でも有名な「5Why分析」です。これはトラブルが起きた際、「なぜ?」を少なくとも5回繰り返すことで、表面的ではない真の原因(真因)にたどり着く方法です。
<空調トラブルの例>
・1回目の「なぜ?」
空調が停止した。なぜ?→「室外機が動いていない」
・2回目の「なぜ?」
なぜ室外機が動かない?→「ブレーカーが遮断された」
・3回目の「なぜ?」
なぜブレーカーが遮断された?→「冷凍機の電流が急上昇した」
・4回目の「なぜ?」
なぜ電流が急上昇した?→「冷媒が不足して冷凍機が異常運転した」
・5回目の「なぜ?」
なぜ冷媒が不足した?→「配管継手に微細な腐食穴(ピンホール)が生じ、冷媒が漏れた」
このように5回掘り下げることで、「配管継手の腐食による冷媒漏れ」という根本原因を特定できます。ただし、5Why分析は担当者の主観に左右されがちです。そこで役立つのが、設備に取り付けられたIoTセンサーやビルエネルギー管理システム(BEMS)によるログデータです。
ログデータの活用メリット
・トラブル発生の時刻、状況を客観的に記録
・人の記憶や主観的判断に頼らず、客観的証拠で原因究明が可能
・再発時も過去のデータを即座に参照でき、対応が迅速化
ログデータを元に「いつ」「どのタイミングで」「どの設備が異常値を示したか」を可視化すれば、5Why分析の精度とスピードが大きく向上します。
(2)図面・設備台帳・過去修繕履歴を統合管理する
設備トラブルが起きた際、すぐに「その設備がどこにあり、どのような状態か」を把握することは本来非常に重要ですが、現実には図面や設備台帳、修繕履歴が紙ファイルや個別データとして点在しており、現場での対応が遅れる要因になることもあります。
こうした状況を踏まえ、近年ではCMMS(設備管理用デジタル台帳)や、BIM(ビルインフォメーションモデリング)と連携した管理手法の整備が進んでおり、特に新築や大規模物件を中心に、設備情報を一元的に管理する動きが広がりつつあります。
当社では現時点でこうしたツールの本格的な導入には至っていないものの、今後の設備管理や記録業務の効率化を考える上では、こうした仕組みの導入も選択肢の一つとして視野に入れていく必要があると感じています。
特に築年数の経過した中小ビルにおいては、設備台帳や点検履歴の整理・共有が対応品質に大きく関わるため、たとえばPDF図面や点検履歴のクラウド保存、簡易なExcel管理からの脱却といった、小さな改善の積み重ねから始めることが現実的な一歩と言えるでしょう。
(3)「一次対応」と「恒久対策」を明確に切り分けるポイント
設備トラブルの対応には、緊急の「一次対応(応急処置)」と、根本的な「恒久対策(改修・設備更新)」がありますが、これらを明確に切り分けて対応することが求められます。
| 判断軸 | 一次対応(応急) | 恒久対策(改修・更新) |
|---|---|---|
| 安全リスク | 人命・火災を即排除 | 法適合を確保し再発防止 |
| ダウンタイム | 最短で復旧(仮設配管など) | 業務停止を避けられる時期に計画 |
| コスト | 小額・即決裁 | CAPEXを資金繰りに組み込む |
| 再発可能性 | 許容(要モニタリング) | 10年スパンで抑え込む |
・一次対応(応急処置)とは
とりあえず設備を復旧させたり、安全を確保するための暫定的措置。例えば漏水時の仮止水、故障機器の緊急バイパス回路設置など、コストを抑えて即時対応できる内容です。
・恒久対策とは
問題の根本原因を解消し、トラブルの再発を防ぐ対策。設備の全面更新、配管や配線のルート変更、老朽部品の全面交換など、比較的コストがかかり、計画的な資金調達が必要となります。
一次対応と恒久対策を切り分ける判断基準
・「安全リスク」:人命や火災リスクは一次対応で即座に排除
・「業務停止リスク」:最低限の一次対応をして業務を再開後、恒久対策を計画的に実施
・「コスト」:恒久対策は設備更新計画に織り込み、予算を確保した上で行う
・「再発可能性」:一次対応では再発を完全に防げない場合、恒久対策を検討し長期的に解決を目指す
この切り分けが明確になることで、限られた予算を有効に活用し、トラブル再発の悪循環を防ぐことができます。
(4)KPIで回すPDCA──“対応が速い”を数字で証明する
設備トラブルの対応力を改善するには、「主観的な評価」ではなく、客観的な指標(KPI)を用いたPDCAサイクルの運用が不可欠です。特に築古オフィスビルでは、クレーム対応のスピードや精度がビルの資産価値やテナント満足度に直結するため、それを「見える数字」に置き換えることに意味があります。
以下は、現場で実際に使える代表的なKPIと、それぞれが持つ改善意義・運用イメージです。
| KPI | 目的 | 改善余地の例 |
|---|---|---|
| MTTA(Mean Time to Acknowledge):初動開始までの平均時間 | トラブル認識から対応着手までのスピードを可視化。対応が遅いと「放置された」と感じられ、クレームを深刻化させる要因に。 | 夜間当番表の見直し、通知ルートの短縮で平均12分短縮した例も。 |
| MTTR(Mean Time to Resolve):復旧完了までの平均時間 | 実際のトラブル解決までに要した時間。長期化すると営業損失が発生し、テナントの不信感を招く。 | 予備部品を倉庫に常備することで、復旧時間を25%短縮できた事例あり。 |
| 再発率 | 同じトラブルがどのくらいの頻度で繰り返されているか。根本原因が解消されていない場合、対応の形骸化が起きている。 | 原因分析の精度を高め、恒久対策の内容を見直すことで再発を防止。 |
| コスト/インシデント | 一件あたりにかかる対応コストを可視化。収支計画の精度や修繕予算の妥当性評価に活用。 | 年次修繕と統合管理し、突発費→予算化された固定費へ平準化。 |
KPI運用のポイント
・「ダッシュボード化」が鍵:
これらのKPIは一覧表やグラフとして常時可視化することで、現場スタッフやオーナーが状況を直感的に理解しやすくなります。
・レビューの仕組みをセットで運用:
KPIは導入して終わりではなく、月次・四半期でレビューする会議体(例:月例設備ミーティング)とセットにして初めて活きます。
・改善の「トライ&エラー」を数字で記録:
対応時間や再発率の推移を追い、対策の有効性を数値で証明することで、説得力ある改善提案が可能になります。
KPIは、ただの管理指標ではなく、「対応の質を言葉ではなく数字で説明できる」ツールです。テナントとの信頼構築にも大きく寄与します。
(5)スモールスタートでも十分効果が出る
「設備対応の見える化」というと、どうしても大規模物件や大手企業向けの話と思われがちですが、小規模な築古ビルにおいても、工夫次第で現実的な形で取り組むことが可能です。
むしろ、複雑なシステム導入に頼らず、できるところから一歩ずつ始める“スモールスタート”のアプローチが、かえって効果的なケースもあります。
初歩的な見える化:Excel+クラウド共有から始める
現場の状況を無理なく整理し、情報共有を進めるだけでも、対応スピードや精度が変わってきます。
いきなりCMMSなどの専用システムを導入するのは難しいという前提に立ちつつも、以下のような身近なツールを活用する方法で、徐々に“見える化”の基盤をつくっていくことが可能です。
・Excelのインシデント台帳(クラウド共有)
発生日時・場所・内容・担当者・対応履歴などを一覧管理し、色分けやフィルターで進捗を視覚的に把握できます。
・無料フォームツール(Google Form など)
スマートフォンから現場の不具合報告が簡単に送信でき、自動的に記録が蓄積されます。現場報告の“取りこぼし”を防ぐ仕組みです。
・進捗管理ツール(Google Sheets連携やNotionなど)
インシデントごとに「未対応→対応中→完了」といった進行状況を一覧表示し、対応漏れや遅れを可視化できます。
このような方法であれば、特別なIT知識やコストをかけずに、「今、何が起きていて、誰がどう対応しているのか」が見える状態を作り出すことができます。
小さな成功体験が次のステップを後押しする
こうした簡易的な仕組みでも、「トラブル対応の抜け漏れが減った」「過去の履歴がすぐに確認できた」など、小さな改善効果が実感できるようになると、次の一歩への説得力も自然に高まっていきます。
将来的には、
・クラウド型CMMSの導入
・一部設備へのIoTセンサーの後付け設置
・インシデント管理ツールの導入による自動化・通知連携
といった施策も検討しうるかもしれませんが、そうした取り組みも“いきなり導入するもの”ではなく、「まずは現場で感じた不便を少しずつ解消していく中で、必要性が高まっていくもの」と捉えるのが現実的だと思われます。
まとめ:いまできる見える化を、いまできる形で
原因究明や進捗管理の“見える化”は、単に作業を整理するだけではなく、
・初動対応の精度向上
・対応履歴の蓄積
・情報共有の効率化
といった、クレーム対応の「質」を着実に向上させる土台になります。
当社としても、現時点で特別なシステムを導入しているわけではありませんが、
こうした取り組みは今後の管理業務の効率化や信頼構築の観点からも、段階的に考えていくべきテーマのひとつと捉えています。
まずはできる範囲で、「現場で起きていることを、関係者全員が同じ視点で把握できる仕組み」づくりから始めることが、築古ビル管理における“持続的な対応力”の土台になります。
3.テナント・コミュニケーション3ステップ
設備クレーム対応において、技術的な処置と同等、あるいはそれ以上に重要なのが「テナントとの丁寧で途切れないコミュニケーション」です。とくに築古オフィスビルでは、「不具合そのもの」よりも「説明不足」や「対応の見通しが見えないこと」への不満が、テナントのストレスや退去検討の引き金になりやすい傾向があります。
ここでは、設備トラブル発生から対応完了まで、信頼関係を維持・強化するための「連絡・進捗・報告」の3ステップを、実例を交えて詳しく解説します。
(1)初動連絡:一次報告フォーマットと連絡チャネルを整備する
テナントから設備不具合の連絡が入った際、初動での「スピード」と「誠意」が信頼構築の鍵です。
初動連絡のポイント:
●“いつ報告するか”を先に伝える初動対応:
「ご連絡ありがとうございます。すぐに状況を確認し、〇時までに改めてご報告いたします」と伝えることで、安心感を提供します。
●一次報告テンプレートを活用:
・不具合内容(例:空調が効かない)
・発生日時/場所(例:5階テナントA、会議室)
・管理会社側の対応予定(例:業者に依頼済み、到着は○時予定)
・次回の報告予定時刻(例:○時に改めて進捗を連絡)
●連絡チャネルを明確に:
原則電話→要点をメールで補足。
実例:
あるビルで「エアコンが効かない」との連絡を受けた際、管理担当者はまずテナントに謝意を示し、5分以内に現地へ向かう旨を伝達。現場状況確認後、「専門業者の手配が完了し、〇時に到着予定です」と伝えたことで、テナントは「ちゃんと動いてくれている」という安心感を得て、以後のやり取りもスムーズになりました。
(2)進捗共有:復旧ETA(Estimated Time of Arrival)と代替策をセットで提示する
初動対応の次に重要なのが、修理・復旧までの「時間的見通し(ETA)」と「仮措置」の提示です。
進捗共有の要点:
●復旧までの目安時間(ETA)を明示
「コンプレッサーの在庫確認中です。復旧は明日午前を見込んでいます」など、できるだけ正確な見通しを提示。
●代替策を案内
例:「冷房が効かない間は、ポータブル冷風機を貸し出しします」「エレベーター停止中は非常階段をご利用ください」
●継続報告の約束と実行
見通しがずれることもあるため、「〇日〇時に再度進捗をご報告します」と事前に約束し、必ず守る。
実例:
エレベーターが制御装置の不具合で一時停止した際、管理会社は掲示物で「復旧予定:◯日」「業者手配済/原因調査中」と状況を共有。さらに全テナントへメール配信で同内容を通知。代替手段として非常階段の使用を促し、テナントの不満拡大を防ぎました。
(3)事後報告:再発防止策+写真付き完了報告で信頼を確保する
トラブルが解決した後も、「ちゃんと直ったこと」「今後どうするか」をきちんと説明することが、テナントの信頼維持につながります。
完了報告の鉄則:
●その場での報告+書面のダブル対応
テナントが現場にいれば口頭+動作確認、いなければメールで報告と写真を添付。
●再発防止への取り組みも併記
例:「今回故障した冷却ファンは交換済みです。同系統の部品も点検対象に追加します」
●ヒアリングとフィードバック活用
トラブル対応について、テナントからの声を聞き、改善策を内部にフィードバックして次に活かす。
実例:
空調の故障対応で、交換部品の到着と取り付け完了後、「原因は劣化によるコンプレッサー故障で、同形式の部品も追加点検します」と報告。完了報告には施工中・完了後の写真を添え、「設備管理を強化して再発を防止する姿勢」が伝わったことで、クレームどころか「丁寧に対応してくれてよかった」という声がテナント側から寄せられました。
(4)テナント対応の実例:連絡受付~進捗報告~完了報告までの一連フロー
▼10:00 テナントから連絡:「5階の会議室の空調が効かない」
▼10:02 管理スタッフが折り返し:「現地確認に向かいます」
▼10:10 状況確認→応急対応:電源再起動/異常継続
▼10:20 専門業者を手配→ETAをテナントに伝達(13:00到着予定)
▼11:00 中間報告:「まだ業者到着前ですが、念のため仮設冷風機を設置しました」
▼13:30 業者到着→調査・修理開始
▼15:30 修理完了→テナントに報告/現場立ち会いで確認
▼16:00 写真付き報告書をメール送信/再発防止策と点検強化予定を添える
このように、対応の流れを時間軸で追いながら、進捗とコミュニケーションの両面を記録・共有しておくことで、管理品質の可視化にもつながります。
まとめ:クレーム対応は「説明力」がすべてを左右する
設備トラブル対応の良し悪しは、「技術力」だけで決まりません。むしろテナントが重視するのは、「不具合時にどれだけ迅速かつ誠実に状況を伝えてくれたか」という説明対応の質です。
3ステップ:
①初動の迅速な一次連絡
②進捗の定期報告と見通しの共有
③完了報告と再発防止の姿勢
を徹底することで、トラブルを「信頼強化のチャンス」に変えることも可能です。次章では、こうした対応プロセスをさらに強化するために必要な、「応急処置」と「恒久改修」の線引きとその実務判断について、費用対効果の視点から掘り下げていきます。
4.応急処置vs.恒久改修 費用対効果の見極め
築古オフィスビルで設備トラブルが発生したとき、現場が最も悩むのが「応急処置でしのぐか」「恒久的に設備更新するか」という判断です。
対応が早ければテナントの安心感を維持できますが、費用や時間をかけすぎると収支に響く。逆に、目先のコストを抑える応急対応だけで済ませてしまうと、将来的により大きなリスクを招くこともあります。
ここでは、応急処置と恒久改修の費用対効果をどう見極めるかについて、判断軸・実例・効果測定の観点から解説していきます。
(1)応急処置とは:「今をしのぐ」ための短期対応
応急処置とは、緊急事態をその場で制御・緩和するための一時的な暫定対応です。
例えば…
・漏水箇所にタオルや防水テープを巻いて止水
・故障したポンプを叩いて再起動させる
・停止中の空調代替としてスポットクーラーを仮設置する
といった、技術的に根本解決には至らないが、その場の影響を抑える手段です。
●応急処置の利点
・対応までの時間が短い
・低コストで済む(業者を呼ばずに自社対応できることも)
・被害拡大を防げる
●限界とリスク
・再発リスクを残す(真因が未解決)
・設備へのダメージを悪化させる可能性あり
・結果的に“場当たり対応”の繰り返しとなり、コストが累積する
応急処置は「やむを得ないときの初動対応」として有効ですが、「それで済ます」ことが目的化してはいけません。
(2)恒久改修とは:「再発を防ぐ」ための中長期投資
恒久改修とは、老朽化・故障した部品や設備を根本から修繕・更新する対応です。
一時的な処置ではなく、「この問題を今後起こさないためにどうするか」という視点で投資判断を行います。
恒久改修のメリット
・設備寿命の延長と機能回復
・トラブルの再発防止、管理コストの平準化
・テナントの信頼向上と空室リスクの低減
ハードル
・初期費用が大きい(数十万円〜数百万円)
・工事日程やテナント調整が必要
・一時的にテナント業務に影響が出ることもある
恒久改修を決断するには、中長期の損得を冷静に見積もる視点=ライフ・サイクル・コスト(LCC)が求められます。
(3)ケーススタディ:高圧受電設備の故障と費用対効果
実際の現場から学ぶべき事例です。
事例概要:
築35年のオフィスビルにて、キュービクル(高圧受電設備)が経年劣化。
定期点検で「更新を推奨」とされたが、オーナーが予算難を理由に見送り。
→その夏、猛暑日に過熱で絶縁破壊→全館停電・緊急改修→復旧まで3日間。
テナントへの損害補償、工事の緊急対応費用、ビル管理会社の信用失墜…。
事例比較:事後vs.事前の費用差(数字は例示)
| 項目 | 予防的改修(事前) | 緊急対応(事後) |
|---|---|---|
| 機器更新費用 | 約250万円 | 約300万円(緊急手配+休日施工) |
| テナント補償 | 0円 | 約180万円 |
| 空室リスク | なし | 1社が退去検討に発展 |
| 評判・信頼 | 維持 | 口コミ・レビューで悪化 |
- →結果的に、事前対応の方がトータルで安価かつ信頼維持にもつながったという典型事例です。
(4)応急vs恒久の判断基準チェックリスト
設備トラブル発生時、「今どうするか」「次にどう備えるか」を判断する際には、以下の軸で費用対効果を見極めます。
| 判断軸 | 応急処置が適すケース | 恒久改修が必要なケース |
|---|---|---|
| 安全性 | 人命に関わらない/火災リスクなし | 漏電・閉込め事故などリスクがある |
| 業務影響範囲 | 一部のみ | 全館空調、昇降機、共用給排水など |
| 再発可能性 | 確率が低いor原因不明 | 過去にも同様トラブルが起きている |
| コスト/時間 | 低コストかつ短時間で対応可能 | コスト長期的に見るとコスト安になる見込みあり |
| 設備寿命 | 寿命内or一時的なトラブル | 耐用年数を大幅に超過、部品入手困難 |
- ※「応急→恒久へ」の段階的対応も現実的な選択肢です。
(5)築古オフィスビル特有の注意点:部材入手・法適合性
築30年以上の物件では、「恒久改修がしたくてもすぐにはできない」という実務的なハードルも存在します。
部材の生産終了:古い昇降機の制御基板や冷凍機の部品が製造中止
法改正への対応:改修時に建築基準法や消防法の最新基準に適合させる必要が出てくる(付帯コスト増)
工事スペースの不足:改修時の搬入経路・作業スペースが確保できない
→これらを事前に確認・整理しておくことで、「やるべきときに、できない」という事態を防ぐことができます。
(6)効果測定とオーナーへの説明
恒久改修はオーナーにとって資本的支出となるため、効果を「数字」で示すことが次の意思決定を促します。
効果の可視化例:
「老朽ポンプを更新後、漏水ゼロを12か月連続で維持」
「空調更新により年間電気代を△△万円削減」
「トラブル件数が前年比−80%」
「苦情件数ゼロ継続中」
こうしたKPIをレポートや写真付き報告書で提示することで、オーナーも納得感を持って次の更新を判断できます。
まとめ:「今だけ」か、「将来まで」かの判断を仕組み化する
応急処置は現場対応として不可欠ですが、それが目的化されると危険です。
一方、恒久改修はコストも手間もかかりますが、長期的には安心・信頼・収益性を高めるための“投資”です。
✔応急か恒久かを「属人的判断」ではなく「判断フレーム」で整理する
✔設備の状態を台帳・履歴で管理し、適切な更新タイミングを見極める
✔更新効果をKPIで見える化し、次のアクションにつなげる
ここまでの前編では、築古オフィスビルにおける設備クレーム対応の基本的な視点や、初動対応・原因究明・応急処置と恒久対策の見極めについて整理してきました。
後編では、こうした対応力をさらに実務として定着させていくために、「外注先とのマネジメントと責任分界点の整理」を皮切りに、予防保全、情報共有、マニュアル整備までを中長期視点で解説していきます。
引き続き、後編もぜひご覧ください。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2025年12月15日執筆
