「共益費=管理費」の適正ラインはどこにある?──築古オフィスビルの現実的な「共益費=管理費」の設計戦略
皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「「共益費=管理費」の適正ラインはどこにある?――築古の賃貸オフィスビルの現実的な「共益費=管理費」の設計戦略」のタイトルで、2026年1月6日に執筆しています。
少しでも、皆さんにお役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
はじめに
はじめに―「なんとなく払っている費用」への違和感
管理費、あるいは共益費。
その名称がどうであれ、テナントから見れば「家賃とは別に請求される、なんとなく払っている金額」であることに変わりはない。請求書の明細に並ぶ「3,500円/坪」といった数字を、深く追求するテナントは実はそれほど多くない。だが、「なんとなく納得して払っている」だけに、その内訳が曖昧だったり、建物の状態との釣り合いが取れていないと感じられた瞬間、不満や交渉の火種になる。
この構造は、実は飲食店における“チャージ料”や“サービス料”と似ている。
テーブルにつくだけで数百円を取られたり、接客とは無関係に一定の料率で上乗せされたりする料金――「このサービス料って、何の対価なの?」と感じたことがある方も少なくないだろう。にもかかわらず、私たちは多くの場合、それらを“慣習”として受け入れている
「共益費=管理費」もまた、実費とは必ずしも一致せず、説明責任も明確に果たされないまま“相場価格”として提示されるのが現実だ。特に、築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルでは、共用部の設備やサービス水準が最新ビルに比べて見劣りする中で、「この金額は妥当なのか?」という疑問が浮かびやすい。
しかし、だからといって、原価に忠実な金額設計が求められているわけではない。
むしろ求められているのは、「このくらいなら、まあ妥当だろう」と思わせる価格の“整合感”である。見えるサービス、わかりやすい運営、そして他の物件との“総額比較”の中で浮かび上がる、「共益費=管理費」の適正水準。その現実的な考え方を、本コラムでは紐解いていきたい。。
第1章:そもそも「共益費=管理費」とは何なのか?
賃貸オフィスビルにおける「共益費」あるいは「管理費」は、ビル運営において当然のように徴収されている費用だが、その意味合いや実務運用は、実のところ曖昧なまま定着している。物件の概要資料にも「賃料:○○円/坪」「共益費/管理費:△△円/坪」と分けて記載されるのが通例だが、これを「共益費=共用部分の維持費」「管理費=管理会社の業務報酬」と区別して説明できるケースは少ない。現実には、この二つはほぼ同義として扱われている。
歴史的には別物だった「共益費」と「管理費」
本来、共益費は「共用部分に関わる実費的な支出の按分」、すなわち廊下・トイレ・給湯室・エレベーターといった共用スペースの清掃や電気、水道、警備などにかかる費用を、入居者で割り勘する形で徴収する仕組みだった。
一方、管理費は「ビル全体の管理業務にかかる人的コストやシステム費用」、つまり建物を運営する管理会社によるPM・BM業務に対する対価という位置づけで、共益費とは別に設計されるべきものだった。
しかし、この区別は現場レベルでは徐々に形骸化し、特に中小規模の賃貸オフィスビルでは「細かく分けることに意味がない」という判断から、管理費と共益費を一本化して「共益費」という呼称に集約してしまうケースが一般化した。
逆に「管理費」という表現を使っていても、それが実質的には共用部維持費であることもある。
つまり、今日の実務においては、両者の名称は機能的な違いよりも、言葉の選好や慣習によって使い分けられているだけであり、意味内容としてはほぼ等価になっていると見なして差し支えない。
テナントにとっての「共益費=管理費」は、“説明されない価格”
こうした混同は、テナント側の受け止め方にも影響している。多くのテナントは、「共益費=管理費が何のために使われているのか」という説明を受けることなく、「とりあえず請求されている費用」として納得するか、「よくわからないけど払うもの」として受け流す。
これは、飲食店での“テーブルチャージ”や“サービス料”と同じ構造だ。客側は、「このチャージの中に、何が含まれているのか?」とは通常問わず、むしろ“チャージが取られる店”か“そうでない店”かという店ごとの慣習の差で受け止めている。
同様に、テナントも「共益費=管理費がかかる物件」か「賃料に込みの物件」か、そして「その合計額で割に合うかどうか」という判断をしているに過ぎない。内訳や原価よりも、“見える価値”と“総額水準”の整合感が、「共益費=管理費」の妥当性を左右するのが実態である。
第2章:「賃料+共益費(管理費)」で決まる“総額の整合感”
共益費(管理費)の金額設定にあたって、多くのオーナー/ビル管理会社が見落としがちなのが、「テナントは、共益費(管理費)単体ではなく“賃料との合計額”で物件を判断している」という事実である。
つまり、「賃料〇円+共益費△円」という2本立ての価格設定であっても、実際の比較検討の現場では、「合計でいくらになるか」が重要であり、共益費はあくまで“総額バランス”の一要素として受け止められている。
共益費(管理費)は“見せ方”の問題でしかない
テナントが賃貸オフィスビルを比較検討するとき、賃料と共益費(管理費)の合計(=賃菅:ちんかん)ベースで「坪単価11,500円の物件」として他物件と横並びにされる。そこに、共益費(管理費)が3,500円であろうと4,500円であろうと、テナントにとっては「全体として割に合うかどうか」の一点が重要であり、共益費(管理費)という区分そのものにはあまりこだわりがない。
したがって、共益費(管理費)をいくらにするかは、「原価がどうか」「慣習としていくらか」よりも、「最終的な総額がどう見えるか」という“見せ方の整合性”によって決められるべきだといえる。
「共益費(管理費)ゼロ」や「賃料込み表記」が選ばれる背景
実際、一部のリーシングの現場では、共益費(管理費)を設定せず、「賃料に込み」で提示するケースも増えている。これは、価格のわかりやすさを重視し、「説明責任」を省略する意図もある。とりわけ、築古・中小規模の賃貸オフィスビルでは、「管理費を取っているのに、設備が古いのでは?」というネガティブな印象を回避するため、最初から一本化して“賃料のみ”で勝負するスタイルが有効に機能することもある。
こうした価格構造の変化は、賃貸オフィスビル市場において「共益費=管理費」が機能的な意味よりも、心理的な意味――すなわち“値ごろ感”や“信頼感”を演出する部品になっていることを示している。
「相場感」との整合がすべて
結局のところ、テナントが物件に対して「高い」「妥当」「割安」と感じるのは、個別の内訳ではなく、その物件の「総額水準」と、競合物件との相対比較によって決まる。
たとえ共益費(管理費)が3,500円であっても、近隣の似たような物件が「賃料+管理費で11,000円」なのに、自物件が12,000円になっていれば、それだけで“割高”という印象がつく。
逆に、築古でも共用部がきれいに整備されていて、エントランスや設備の使用感が良好であれば、「管理費込みで11,800円」でも“割安感”が出ることはある。
つまり、共益費(管理費)の金額設定は、“市場との整合感”という一種の演出設計に他ならない。
賃料をいじるのか、共益費(管理費)を動かすのか――という議論ではなく、最終的にどの水準に「着地させたいのか」から逆算して設計することが、本質的な戦略といえる。
第3章:築古ビルだからこそ問われる共益費(管理費)の見せ方
築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルにおいて、共益費(管理費)という費用項目が与える印象は、ビルの価値そのものに対するテナントの認識と密接に結びついている。
新築・大規模の賃貸オフィスビルであれば、共用部のグレードや設備仕様の高さによって自然と「それなりの共益費(管理費)がかかるのは当然だろう」と納得が得られやすい。しかし、築古・中小規模の賃貸オフィスビルの場合、共益費(管理費)の金額に対して「この状態で本当にこの金額なのか?」という疑念を抱かれるリスクは決して小さくない。
そのため、築古の賃貸オフィスビルにおいては、共益費(管理費)の“中身”を詳細に説明するのではなく、説明しなくても違和感を持たれない状態を維持することのほうが重要である。
本章では、そうした“見せ方”の具体的ポイントを整理していく。
説明をしない前提で、納得を成立させる
共益費(管理費)の内容について詳しく説明する機会は、通常ほとんどない。にもかかわらず、テナントの側で「なんとなく払っている」ことに納得感が生まれているのは、物件の状態が“それなりに整っている”という印象を裏切っていないからだ。
このとき求められるのは、特別な演出や明示的なアピールではない。
あくまで、日常的な管理の中で、“荒れていない状態”が安定して保たれていることが重要になる。
たとえば
- 共用部の壁面に掲示物が乱立していたりしないので、共用部が視覚的に整然としている
- 共用部の床の掃除はきちんとされており、照明の色調や照度にムラがない
- テナントの来訪者から「なんとなく、きちんとしている」と思われる空間感覚が保たれている
こうした要素が“現れている状態”において、空間の印象が共益費(管理費)に対する納得感を静かに支える構造になっている。
掲示をしない運営でも、情報は過不足なく伝える
掲示板による案内や点検情報の貼り出しは、視覚的にわかりやすい一方で、空間を煩雑に見せてしまうリスクがある。当社では掲示物による情報提供を行わず、必要な情報はすべてメールでテナントに送付している。これは、空間としての静けさや整理された印象を優先する判断によるものだ。
点検や修繕がある場合、メールでの通知を原則としているが、停電等、業務への影響が大きい場合は個別連絡(電話)で補足することで、“気づいたら工事が始まっていた”といった不信感を未然に防ぐ対応も合わせて徹底している。
このように、“知らせるべき情報は過不足なく届けるが、空間には余計な痕跡を残さない”という運営方針は、掲示板での情報共有よりも、確実性が高く、有効である。このような実質的な管理責任をまっとうする姿勢は、共益費(管理費)の納得形成において重要な意味がある。
「よく分からないけど、きちんとしている」こという評価が理想
共益費(管理費)というのは、「こういう内容なら払います」と事前に明確に合意される性質のものではない。むしろ、入居後の体験の中で、「特に不満がない」「支障がない」という印象が続いていれば、それがそのまま納得の形として定着していく。
そのために必要なのは、「高品質な管理」ではなく、“気になるポイントがない”という低刺激の状態である。
- 特別な加点はなくてもいい
- マイナス評価につながる要素が見当たらないこと
- 見慣れた共用部に不安や違和感が生まれないこと
こうした状態が続いていれば、共益費(管理費)に対して追加的な説明や根拠提示を求められることはない。
築古の賃貸オフィスビルにおいては、「よくわからないけど、まぁ妥当だろう」と思われる状態こそが、最も安定した共益費(管理費)運用の形である。
第4章:「共益費(管理費)の適正ライン」をどう設計するか
築古オフィスビルにおいて、共益費(管理費)費が「高い」「安い」と判断されるかどうかは、管理原価や業務内容の実体というよりも、その価格が“相場の感覚”と合っているかどうかにかかっている。どんなに細かく積算しても、金額に対する納得感が伴わなければ、テナントには響かない。逆に、多少の曖昧さがあっても、「まあ、そんなものだろう」と思われれば、それで成立するのが共益費(管理費)の実務的リアリティである。
では、その“相場の感覚”とは何か。ここでは、共益費(管理費)の適正ラインを見極めるうえで押さえておくべき、現実的な考え方を整理していく。
原価ではなく、“賃菅”での整合を重視する
共益費(管理費)単体で価値評価されることは、実はほとんどない。テナントが重視するのは、「賃料+共益費(管理費)」=“賃菅(ちんかん)”ベースでの総額比較である。たとえば、賃料が8,000円/坪で、共益費(管理費)が3,500円/坪であれば、実質的には「坪11,500円の物件」として評価されているということだ。
このとき、周辺エリアの競合物件が「賃料7,500円+共益費(管理費)3,000円=10,500円」といった水準で出ていれば、自ビルの「賃菅」が割高に見える可能性がある。一方で、築年数や設備、立地の違いから、多少の価格差があっても「その価値はある」と思われるケースもある。
つまり、「共益費(管理費)の適正ライン」とは、「共益費(管理費)」という単独価格の妥当性ではなく、総額の中での“バランス感”として設計されるべきであり、「原価」よりも「市場との整合感」を基準にすべきである。
相場と“見た目”の距離を測る
実務上、「適正な共益費(管理費)はいくらか?」という問いに明確な答えを出すのは難しい。なぜなら、共益費(管理費)の設定は、同じエリア・同じ築年数の賃貸オフィスビルでも、運営体制やリーシング方針によってばらつきがあるからだ。
そのため、自ビルの共益費(管理費)が適正かどうかを判断する際は、次の2点をセットで見ておくとよい
①周辺の築年数・規模・仕様が近いビルの“賃菅相場”と比較し、突出していないか
②その金額に対して、“見た目”として納得感のある運営状態が保たれているか
要するに、「このビルで、月額11,500円/坪は高くないか?」と問われたときに、現場で感じられる印象がそれを支える状況になっていれば、それは適正と言える。逆に、「どこを見ても劣化が目立ち、特にサービス感もない」となれば、それはたとえ価格が平均的でも“高く見える”。
この「額面の数字」ではなく、「金額に対してテナントが抱く印象、値ごろ感」が、築古の賃貸オフィスビルにおける共益費(管理費)の妥当性を左右している。
賃料と共益費(管理費)の“比率”にも注意
近年、一部のオフィスでは、共益費(管理費)を高めに設定して賃料を抑える「共益費(管理費)積極型」の料金設計が見られる。これは、表面上の賃料を安く見せたい場合や、リーシング戦略上の見せ方として用いられる手法だ。
ただし、あまりに共益費(管理費)が突出して高いと、「実態のわからない金額」に対する警戒感を招く。特に築古ビルでは、共益費(管理費)が賃料の40〜50%以上になるような設定は、「中身を聞きたくなる水準」に達してしまう可能性がある。
そのため、価格構成を見直す際は、「賃料と共益費(管理費)の比率」も、見た目の印象として意識しておくとよい。同じ賃菅総額でも、比率が極端であれば不自然さが生じる。
“安すぎる”ことのリスクもある
意外かもしれないが、共益費(管理費)が安すぎることも問題になることがある。
テナント側が「こんな価格で、本当にきちんと管理されているのか?」と不安を抱くことがあるからだ。特に、雑居ビルや管理状況のバラつきが大きい築古ビル群の中では、価格があまりに低いと、かえって“何かをしていないのではないか”という疑念につながる。
つまり、適正な共益費(管理費)の水準とは、相場と合っていることに加えて、「やるべきことをやっていると思わせる」価格帯である必要がある。安さを前面に出すよりも、「それなりの管理がされていると思われる価格」を維持することが、結果的に信頼の維持につながる。
第5章:説明責任はどう考えるべきか――「聞かれたら答える」の落とし穴
共益費(管理費)という費目は、あいまいである。原価積算に基づく価格設定がなされているわけでもなく、項目ごとの使途が明示されているわけでもない。
にもかかわらず、「これはいったい何に使われているのか?」という疑問を、ある日ふとテナントから投げかけられることがある。
このような問いに対して、どこまで答えるべきか。あるいは、そもそも答えられる前提があるのか。
本章では、「共益費(管理費)の説明責任」に対する実務的な構え方と、対応の基本原則を整理していく。
共益費(管理費)に“原価の積み上げ”は存在しない
そもそも、共益費(管理費)というのは本来、「賃貸オフィスビルの共用部にかかる費用をテナントで按分する」ことを目的として設計されていたはず。照明や清掃、水道、エレベーター、消防点検、警備など、共用部の維持に必要な支出を、利用面積に応じて公平に分担する――これが、共益費(管理費)の基本的な考え方だった。
しかし現在、賃貸オフィスビルの管理実務において、こうした実費按分の仕組みはほぼ形骸化している。実際には、共益費(管理費)は「月額3,000円/坪」「3,500円/坪」といった定額制で設定され、原価と連動しない“定型項目”として扱われている。
そのため、「この共益費(管理費)は何に使われているのか?」と問われたとしても、原理的に「これとこれに使っています」と明確に答えることはできない。実費精算ではなく、包括的な管理・運営費用として広くテナント全体から徴収しているという性格があるからだ。
「一部を答える」は、むしろ疑念のきっかけになる
この点を理解せず、「清掃や点検などに使っています」と答えてしまうと、逆に次のような疑念を誘発することがある。
- 「それ以外は何に使っているのか?」
- 「点検と言っても、実際には何をどこまでやっているのか?」
- 「それにしては高くないか?」
つまり、「答えること」が信頼構築に直結するわけではない。むしろ、説明によって疑問が増えてしまう構造があることを、オーナー/ビル管理会社は理解しておく必要がある。
対応の基本姿勢は「包括性と公平性」を示すこと
実務上の対応としては、詳細に踏み込むのではなく、共益費(管理費)の基本的な性格を“ブレずに、丁寧に”伝えることがもっとも効果的である。
「『共益費(管理費)』は、共用部の維持や設備点検、清掃、緊急時の対応を含め、賃貸オフィスビル全体の管理を安定的に行うための包括的な費用として、定額でご負担いただいております。すべてのテナントに公平に適用しており、エリアの賃貸水準との整合性もふまえて設定しております。」
このように、細かい中身を“答えない”のではなく、“構造として丁寧に説明する”ことが、現場での納得感につながる。
質問のきっかけは、“運営上のズレ”にあることが多い
実際に共益費(管理費)についての問い合わせが発生する場面は、往々にして何らかの“小さな違和感”がテナントに生じた後である。
価格そのものへの関心というよりは、管理の不備や情報伝達のミスが引き金になることが多い。
たとえば
- 設備の不具合が放置されたままになっている
- 予定されていた点検の連絡が来ていなかった
- 清掃品質に波があり、汚れが目立つ日がある
- トラブル対応が遅れ、連絡も不足していた
こうした場面で、「そういえば共益費(管理費)って、何に使われているのか?」という問いが自然と湧いてくる。
つまり、共益費(管理費)の説明対応は、価格や中身の話ではなく、管理・運営上の不整合への反応として出てくるものであり、日常運営の精度がそのまま“共益費(管理費)の疑問発生率”を左右する。
「聞かれない状態」を維持するほうが本質的
だからこそ、説明の準備よりも、そもそも説明を求められない状態をどう維持するかに注力すべきである。
すでに本コラムで述べてきた通り、共益費(管理費)は“整っている状態”が維持されていれば、テナントの関心には上らない。説明されなくても、困っていないことが、最大の納得要因になる。
つまり、「『共益費(管理費)』について問い合わせが来ない」というのは、説明が要らないほど信頼されている状態を意味している。
この状態が保たれていれば、詳細を語らずとも、価格は成立し続ける。
最低限の「定型回答」は用意しておく
とはいえ、万が一の問い合わせに備えて、社内での統一的な回答文言を準備しておくことは必要である。
現場での対応が属人的にならず、どの担当者でも一定水準の返答ができるよう、以下のような文言を共有しておくとよい
「『共益費(管理費)』は、建物の共用部にかかる管理業務(清掃・点検・巡回・緊急対応など)を含む、建物全体の維持費用を広くカバーする定額制の費目として設定されています。個別の実費精算ではなく、すべてのテナント様に公平な形でご負担いただいております。」
このような文言をあらかじめ用意しておけば、担当者ひとりひとりが過度に構える必要もなく、冷静に対応できる。
第6章:「納得される共益費(管理費)」は、どうやって成立しているのか
築古の賃貸オフィスビルにおいて、共益費(管理費)という項目がテナントから特に問題視されずに受け入れられている状態――それは、実は非常に高度な“無風の成果”である。
その納得は、説明によって得られているわけではなく、日々の運営の中で自然と蓄積された信頼感によって成り立っている。
この章では、テナントにとって「気にならない費用」として共益費(管理費)が成立するために、どのような要素が“感覚(知覚)レベル”で機能しているのかを考察していく。
共益費(管理費)は、「感覚としての整合」が成立しているときに、はじめて納得される
テナントが共益費(管理費)を「妥当だ」と感じるとき、それは金額に対する明確な計算根拠や明示的なサービス内容があるからということで、ロジカルに導き出すものではない。
むしろ、「この物件の状態と、月額●●円/坪という水準が釣り合っているかどうか」、「違和感がない」という言語化されない感覚的な整合感によって、妥当性が判断されている。
この感覚は、いわゆる「勘」や「雰囲気」といった曖昧なものではなく、もっと根本的に、人が日常を生きるなかで得ている連続的な知覚の整合性に支えられている。
たとえば、フロアに足を踏み入れたとき、照明の明るさや反射の具合に不安がなく、床の素材に段差や浮きがなく、空調の風が極端に強くも弱くもなく――「何も引っかからないままに、そこにいられる」こと。
スピノザが述べたように、感覚(知覚)とは心と身体を分けることなく、「存在の様態として感受される経験」であるとすれば、共益費(管理費)への納得感もまさに、論理を超えた身体性と整合する感覚の中にある。
それは、「頭で理解する」のではなく、「全体として受け止めている」状態であり、非言語的に“調和している”と感じることそのものが納得を生んでいる。
「特に問題がない」という体験の蓄積こそが、共益費(管理費)を成立させている
この整合する感覚は、単発的事象としは成立しえない。たまたま清掃が行き届いていた日、偶然トラブルがなかった一週間というだけでは生まれえない。むしろ、「何も起きなかった」「いつも通りだった」という、継続した時間の経過の中でしか形成されない体験の蓄積である。
ここで重要なのは、“何かがある”ことではなく、“何も気にならない”状態が続いていることそのものが、無言の評価になっているということだ。
テナントは、いちいち清掃頻度や点検内容をチェックしているわけではない。
それでも、以下のような状況が“当然のように続いている”とき、共益費(管理費)への疑問は起きない。
- フロア内の空気環境に違和感がない(風の吹き出し音や温度ムラが気にならない)
- エレベーターがいつもスムーズに動いている
- 共用部の照明が統一され、光のちらつきや色ムラが生じていない
- 廊下や壁面の傷や補修跡が端正に処理されており、清潔感が保たれている
- トイレや給湯室の備品が切れていたことがない
つまり、「納得される共益費(管理費)」とは、個別の出来事や項目に分解できるものではなく、“何も引っかからないという知覚が、連続的に更新されている状態”にほかならない。
逆に言うと、小さな不整合が積み重なると、テナント側の心理的な違和感が募り、「共益費(管理費)の内容がよく分からない」「説明してほしい」という声につながるということである。
「何も言われない」ことは、最高のフィードバックである
“何も引っかからないという知覚が、連続的に更新されている状態”である限り、共益費(管理費)について、テナントから、不満なり、なにがしかのコメントが寄せられることは少ない。
しかし、それ以上に重要なのは、何も言われないまま、更新が行われ、請求が滞りなく処理されていくという事実である。
これは、管理運営としての成果が「可視化されていない」からといって、無視されているわけではない。
むしろ、「言われない状態が、最も深く肯定されている状態」であるとも言える。
それは、「何がいくらかかったのか」といった分解可能な根拠ではなく、「この金額なら特に文句はない」という身体的・経験的納得によって支えられている。
この納得は、ロジックではなく、整合する知覚として、感覚のなかに棲みついている。
共益費(管理費)の価値は、「いつも通り」の中に潜んでいる
“いつも通り”という言葉には、形式としての繰り返し以上の意味がある。
そこには、違和感のない時間が積み重ねられてきた結果としての“自然さ”があり、それが共益費(管理費)の妥当性を静かに保証している。
共益費(管理費)が成立するとは、価格と項目の合理的な整合がとれているという意味ではない。それは、日々の体験が言葉になることなく、「問題がなかった」と身体的に記憶されているということだ。
この、語られない納得の構造こそが、築古ビルにおける“気にされない価格”をつくり出している。
第7章:「気にされない共益費(管理費)」を支える、管理・運営側の整え方
前章で述べたとおり、共益費(管理費)はその内容が説明されることなく、また、分析的に評価されることもないまま、「納得されている状態」が自然に成立している。
この構造を支えているのは、個々の管理業務のパフォーマンスを包括して、全体として“気にならない状態”が持続していることにある。
本章では、そうした「気にされない共益費(管理費)」を成り立たせている、管理・運営側の視点と具体的な整え方について掘り下げていく。
「質を上げる」のではなく、「ばらつきを抑える」
共益費(管理費)の納得感は、特別なサービスの追加によって得られるものではない。
むしろ、築古の賃貸オフィスビル管理においては、狙った演出よりも、“日々の業務がいつも通り行われている”ことの一貫性のほうが重要である。
たとえば:
- 清掃の仕上がりに日によってムラがない
- 照明器具/給湯設備の修繕対応に、担当者による差が出ない
- 巡回頻度や点検の実施タイミングが、安定している
こうした“小さなばらつきの不在”こそが、テナントの不信感を未然に防ぎ、共益費(管理費)を価格として成立させている。
“いつもそれなりに整っている”という一貫性のある管理が、テナントの心理的な安心感を生み、結果として共益費(管理費)への無関心=納得という状態につながっている。
「気づかれない変化」をどう設計するか
築古の賃貸オフィスビル管理において、設備の老朽化や外注業者の契約更新、仕様変更など、どうしても管理・運営の内容に変化が生じるタイミングがある。
しかし、この“変化”が意識されてしまうと、それまで成立していた“気にならない状態”が揺らぎ、テナントの納得感を損なう引き金になり得る。
たとえば:
- 清掃業者の交代で、床の仕上がりや匂いがわずかに変わる
- 巡回頻度を週5日から週3日に変えた結果、対応の遅れが出始める
- 点検後の養生撤去や張り紙が雑になり、管理体制に疑念を抱かれる
個々の更新・変更そのものは不可避であり避けがたいケースも多かろう。
重要なのは、“更新・変更されたことが意識されない”ように、調整の過程をなめらかに運営できているかどうかである。
この“段差のない更新・変更”ができることこそが、実務的な共益費(管理費)運用の鍵を握る。
違和感を「未然に察知する」姿勢・体制づくり
「共益費(管理費)が高いのでは?」という疑問は、突発的に出てくるのではない。
多くの場合、日常の管理・運営のどこかで「これはおかしい」と思わせる出来事が蓄積した結果として現れる。
だからこそ、“何かが起きてから動く”のではなく、“起きそうなことに事前に気づく”ための姿勢・体制づくりが重要になる。
- 現場スタッフが「いつもと違う」と感じる感度を持てるようにしておく
- 巡回時に設備や共用部の変化を“形式的チェック”で終わらせない
- 清掃・補修・警備などの業者報告を、形だけでなく“内容ベース”で確認する
これは、点検の回数を増やすことではない。“静かな異変”に先に気づく視点、違和感への感度を、現場の運営の中に織り込んでいく姿勢であり、管理・運営力の問題である。
言葉にならない運営が、「価格をいじらずに信頼を保つ」
共益費(管理費)という費目は、一度設定されると、そう簡単に見直したり変更したりできるものではない。
しかも、共益費(管理費)は、説明すればするほど納得されるとは限らない。
むしろ、説明の過程で新たな疑問が生まれたり、「だったらこれはどうなんだ」と別の指摘につながったりすることも少なくない。
その構造を踏まえれば、共益費(管理費)とは「語られないまま、納得されている」状態が、最も安定した形だと言える。
この納得感を長く保ち続けるために、ビル管理会社として、また現場の担当者が行っているのは、目立つ改善策や大胆な改革ではない。
むしろ、誰からも注目されることのない部分での微調整や観察――つまり、“何も起きていない”状態を裏で静かに維持し続ける日常の調律である。
たとえば、清掃ルートの見直し、備品補充のタイミングの最適化、共用部の照度や温湿度への反応、業者とのコミュニケーションの質のコントロール。
それらはテナントに意識されることのない小さな判断の積み重ねだが、「この賃貸オフィスビルはちゃんとしている」という印象を、静かに支える要素になっている。
特別なことはしない。ただ、特に問題が起きないように“細部を微調整し続ける”。
この“見えない調律”こそが、共益費(管理費)という曖昧な価格を、動かすことなく崩さずに成立させるための、実務的かつ職人的な技術なのだ。
第8章:共益費(管理費)という“あいまいな費目”を、どう戦略的に扱うか
ここまで見てきたように、築古の賃貸オフィスビルにおいて共益費(管理費)という費目は、説明のしやすさや計算の明快さを欠いた、ある意味では“語りにくい価格”である。
何にいくらかかっているのかを項目立てて語ることは難しく、相場水準との整合や納得感の形成も、数字よりも「違和感のなさ」「日々の整い」といった感覚的な要素に依存している。
一見すれば、それは経営上の不確実性や不安定さにつながる弱点のようにも思える。
だが、本コラムで見てきたとおり、この“あいまいさ”こそが、実は共益費(管理費)を柔軟に設計し、運営の安定を支えるための余地を与えている。
そして、この性質を正しく理解すれば、共益費(管理費)は、単なるコスト回収のラインとしてではなく、むしろ「このビルはきちんと整っている」という印象を静かに維持する、信頼形成の装置として戦略的に設計されるべきものとして位置付けることができる。
共益費(管理費)は「収支説明」ではなく、「納得感の設計」である
共益費(管理費)を「管理コストの按分」や「実費の積算」として捉えると、どうしても説明責任と原価の開示が重くのしかかる。
だが現実には、共益費(管理費)はそうした原価連動の費目ではなく、あらかじめ設定された“一定の金額で、整っている状態を保つ”という実務運用のための外枠=静かな枠組みである。共益費(管理費)は、状況に応じて上下させる「可変パーツ」ではなく、「この範囲で整え続ける」という枠組み=前提条件として設定されるものだ。
オーナー/ビル管理会社が求められるのは、その価格が“問われない”状態を、日常業務でどう維持し続けるかという視点である。
「疑問が出ない」ことこそ、最大の肯定
共益費(管理費)の扱いで最も避けるべきなのは、「この費用は何に使われているのか?」という問いが浮かび上がる状態だ。
この問いは、費用対効果に対する不信の兆候であり、運営のどこかでズレやばらつきが発生しているサインである。
だからこそ、「説明がなくても、気にならない」こと――
すなわち、価格と状態が“暗黙の了解”として成立している状態を目指すことが、もっとも現実的で有効な共益費(管理費)運営のあり方である。
あいまいさを支える日常の調律
築古の賃貸オフィスビル管理において、共益費(管理費)は「何も言われない価格」であることが理想だ。
その実現のためには、あらかじめ設定された一定の価格の外枠の下、テナントとの適切な距離感を保ちながら、印象を乱さず、整え続ける―そのための静かな調律を、日々の業務のなかで積み重ねていくしかない。
それは、設備更新や新サービスの導入のような「目に見える改善」とは異なる、見えないところで印象を支える静かな実務力である。
おわりに
共益費(管理費)は、確かにあいまいな費目である。
だが、そのあいまいさを“悪くないかたちで維持できている”ということ自体が、管理の質そのものを表している。
共益費(管理費)のような費目においては、“わかりやすい説明”が誠実さの形とは限らない。問われずとも納得されている状態を維持することもまた、一つの誠実な姿勢といえる。
語られずとも受け入れられているものを、丁寧に保ち続けるという態度――
それこそが、築古ビルにおける共益費(管理費)運用の本質であり、オーナー/ビル管理会社が持つべき、もっとも実践的で静かな戦略なのかもしれない。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2026年1月6日執筆