皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「中型オフィスビルの修繕・改修・リノベーションと工事会社の選び方」のタイトルで、2025年8月27日に執筆しています。

少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

1. はじめに

昨今、賃貸オフィスビル市場は急速な変化を迎えています。多くのビルが老朽化し、設備の陳腐化や耐震性、省エネルギー性能の低下が進む中、テナントの多様化や働き方改革、さらにはリモートワークの普及といった経済環境の変化がビル運営に大きな影響を及ぼしています。これらの背景から、既存のオフィスビルに対してはリノベーションの必要性がこれまで以上に高まっており、ビルの価値向上を実現するための戦略的な取り組みが求められています。

本コラムの目的は、オーナーや管理者、施工関係者に向けて、賃貸オフィスビルのリノベーションの意義と、成功のための工事会社の選定ポイントについて、実践的な視点から解説することにあります。リノベーションの必要性、各種工法の違いやメリット・デメリット、そしてプロジェクト全体を通しての管理ポイントや最新技術の動向について、具体的な事例や評価基準を交えながら全体像を提示します。特に、中型オフィスビルのリノベーション・プロジェクトにおいては、規模や特性に応じた柔軟な対応力、そして透明性の高い見積もりやアフターサービス体制が求められるため、工事会社選定はプロジェクト成功の鍵となります。

2. 市場背景とリノベーションの必要性

2.1 オフィスビル市場の現状

近年、都市圏における賃貸オフィスビル市場は、新築ビルの進出と同時に、既存ビルの老朽化による空室率の上昇が顕在化しています。市場調査によれば、特に中型オフィスビルは、立地条件や設備の古さが理由で、テナントの獲得競争において厳しい状況に直面しており、これが賃料水準の低下や収益性の悪化を招いています。統計データでは、主要都市における既存オフィスビルの空室率が年々上昇傾向にあり、テナントニーズも「最新設備」や「快適な共用空間」など、従来とは異なる条件を求めるようになっていると指摘されています。

2.2 老朽化の進行とその影響

賃貸オフィスビルの多くは、建築から数十年を経過しており、経年劣化による外壁のひび割れ、設備の不具合、さらには耐震性の低下など、さまざまな問題を抱えています。これらの老朽化は、建物の安全性や省エネルギー性能を低下させるだけでなく、テナントに対してマイナスのイメージを与え、入居率の低下や賃料の値下げ圧力につながる恐れがあります。また、法令改正や新たな安全基準への対応が求められる中、修繕を先延ばしにすると、将来的なリノベーションの際に、費用負担が一層重くなるリスクも孕んでいます。

2.3 テナント・ニーズの変化

現代のテナントは、単にスペースの広さだけでなく、快適性や利便性、最新のテクノロジー環境を求める傾向にあります。例えば、リモートワークの普及に伴い、柔軟なレイアウト変更が可能なオフィスや、最新の高速通信インフラ、セキュリティ対策、そしてコミュニケーションを促進する共用部の充実が重要視されています。これにより、リノベーションによって建物自体の魅力を向上させ、競争力を高めることが、テナント誘致や長期的な運用収益の確保につながるのです。

3. 修繕とリノベーションの種類と違い:目的と範囲を明確に

3.1 用語の定義と区分

賃貸オフィスビルの改修プロジェクトでは、これらの用語が頻繁に使われますが、それぞれが指す工事の範囲と目的は大きく異なります。

1. 修繕

  • 建物の老朽化や損傷した部分を、元の状態に戻すための工事です。
  • 日々の使用によって生じた不具合や故障に対応する、維持管理の側面が強い工事と言えます。



目的:

  • 建物の基本的な機能を維持し、最低限の安全性や快適性を確保することが主な目的です。

2. 改修

  • 建物の性能や機能を向上させるための工事です。
  • 現状の不満点や課題を解決し、より快適で使いやすいオフィス環境を目指します。部分的なリフォームから、建物全体にわたるリノベーションにまで広く含まれる用語です。


目的: 

  • 建物の収益性や市場競争力を高めることが主な目的です。

3. リノベーション

  • 内外装、設備の更新、間取りや構造の変更など、建物の性能を向上させるに留まらず、建物のデザイン、機能を刷新し、全く新しい価値を生み出す工事です。


目的: 

  • 築年数の経過したオフィスビルの潜在能力を引き出し、新たな魅力を付加することが目的です。建物の価値を再定義し、新たな魅力を付加することで、市場ニーズに対応します。

それぞれの違いをまとめると、以下のようになります。

  • 修繕:現状維持
  • 改修:性能向上からリノベーションにまで
  • リノベーション:価値創造

これらの違いを理解し、オフィスの状況や目的に合わせて適切な改修方法を選択することが重要です。

3.2 具体的な事例と比較

ここでは、修繕とリノベーションの具体的な事例を比較し、それぞれのメリット・デメリット、長期的な視点での影響を整理します。

1. 修繕

  • メリット:
  • 費用負担が比較的小さく、短期間で実施できるため、緊急性の高い問題に迅速に対応可能。
  • 日常的なメンテナンスとして、建物の機能を維持するために必要不可欠。
  • デメリット:
  • 根本的な問題解決には至らず、建物の老朽化は進行するため、将来的にリノベーションが必要になる可能性。
  • 建物全体のイメージ向上や競争力強化には限界があり、長期的な収益向上にはつながりにくい。
  • 事例:
  • 老朽化して故障した給湯器の交換
  • 水漏れ修理
  • 劣化した壁紙の部分的な張り替え
  • 老朽化したトイレの便器のみ交換

3. リノベーション(既存の建物の価値を再定義)

  • メリット:
  • 既存の建物の潜在能力を最大限に引き出し、全く新しい価値を創造可能。
  • 最新設備の導入により、オフィスの機能性や快適性が向上し、競争力が大幅に強化。
  • デメリット:
  • 初期投資が大きく、工期も長くなる。綿密な市場調査や事業計画が不可欠。
  • 用途変更などを伴う場合、大規模になると、建築基準法などの法規制をクリアする必要がある。
  • 事例:
  • エントランスやロビーの改修、オフィスレイアウトの変更(フリーアドレスの導入など)、外壁の塗りなおし。

4. リノベーションの具体的なポイント:多角的な視点での検討

中型オフィスビルのリノベーション・プロジェクトは、単に古くなった部分を新しくするだけでなく、ビルの潜在的な価値を最大限に引き出し、テナントにとって魅力的なオフィス環境を提供することが重要です。そのためには、内装・外装の刷新、設備の更新、テナントの利便性向上など、多角的な視点からの検討が不可欠です。

4.1 内装・外装の刷新:デザインと機能性の両立

  • エントランス・共用部の改善:第一印象とコミュニケーションの場
  • エントランス:ビルの「顔」であるエントランスは、来訪者やテナントに強い第一印象を与えます。最新のデザインを取り入れ、開放感のあるガラスパネルや、洗練された照明プラン、機能的かつ美しい受付カウンターを設置することで、ビルのイメージを格段に向上させることができます。
  • 共用部:ロビーや廊下、エレベーターホールなどの共用部は、単なる通過スペースではなく、テナント間のコミュニケーションを促進する場としての役割も担います。快適な休憩スペースや、緑を取り入れた空間設計などにより、テナントの満足度を高め、ビル全体の雰囲気を向上させることができます。
  • オフィスレイアウトの改善:多様な働き方への対応
  • 働き方の多様化に対応するため、固定的なレイアウトではなく、フレキシブルなレイアウト設計が求められます。可動式のパーティションや、オープンスペース、集中ブースなどを組み合わせることで、テナントが自社の業務形態に合わせて自由に空間をカスタマイズできる環境を整備することが重要です。
  • 近年では、ABW(Activity Based Working)という考え方に基づき、仕事内容に合わせて働く場所を自由に選択できるオフィスレイアウトが注目されています。


4.2 設備の更新と省エネルギー対策:快適性とコスト削減

最新の設備を導入することは、オフィスの快適性向上とともに、省エネルギー効果を発揮します。

  • 空調・電気・給排水システム:最新の空調システムや高効率の給排水機器を導入することで、エネルギー効率を高め、運用コストを削減することができます。
  • LED照明と省エネ機器:LED照明は、従来の照明に比べて消費電力が少なく、寿命も長いため、大幅なエネルギー削減とメンテナンスコストの削減につながります。
  • グリーンビルディング認証:環境性能の高いビルとして、グリーンビルディング認証(LEED、CASBEEなど)を取得することで、テナントに対して企業イメージ向上をアピールできます。

4.3 安全性と法令対応:安心・安全なオフィス環境

リノベーション・プロジェクトにおいて、安全性の向上と最新の法令対応は欠かせません。

  • 法令遵守と安全基準のチェック:建築基準法、消防法、バリアフリー法など、各種法令に基づいた安全対策が適切に実施されているかを、リノベーション前に十分に確認する必要があります。

4.4 テナントの利便性向上:競争力のあるオフィス作り

テナントの満足度を向上させるためには、働きやすい環境の整備が重要です。

  • 高速通信インフラの整備:オフィスにおいて高速かつ安定したインターネット環境は重要です。光ファイバー回線の導入や、無線LAN環境の強化により、テナントの業務効率を大幅に向上させることができます。
  • セキュリティシステムと共用設備:セキュリティゲート、監視カメラ、ICカード認証などのセキュリティ対策は、入居テナントの安全意識を高めるとともに、安心して業務を行える環境を提供します。

上記を踏まえて、ビルの価値向上につながるポイントとして、以下の5つがあげられます。

  • デザイン性と機能性を両立させた内装・外装
  • 省エネルギー性能の高い最新設備
  • 多様な働き方に対応するフレキシブルなオフィスレイアウト
  • テナントの利便性を高める充実した共用設備
  • 安心・安全なオフィス環境

5. 工事会社の選び方:リノベーション・プロジェクト成功のカギ

オフィスビルのリノベーションを成功させるためには、適切な工事会社を選ぶことが最重要な要素の一つです。施工品質、工期の順守、コスト管理、アフターサービスなど、複数の要因が工事会社の選定に影響を与えます。ここでは、工事会社を選定する際の評価基準や、具体的な選定プロセスについて詳しく解説します。

5.1 工事会社のタイプ

  • ゼネコン(総合建設業):
  • 大規模な工事を得意とし、設計から施工まで一貫して対応できる組織力があります。
  • オフィスビル全体のリノベーションや、大規模な設備更新など、複雑で高度なプロジェクトに適しています。
  • ただし、費用は比較的高くなる傾向があります。
  • 設計事務所・デザイン会社:
  • デザイン性に優れており、個性的なオフィス空間を創出できます。
  • 特に、クリエイティブなオフィス空間や、ブランディングを重視したリニューアルに適しています。
  • 施工は提携する工務店に委託する場合が多く、設計と施工の連携が重要になります。
  • 工務店:
  • 地域密着型で、小規模な修繕や部分的な改修を得意とします。
  • 費用を抑えたい場合や、細やかな要望に対応してほしい場合に適しています。
  • 専門性や技術力は会社によって異なるため、実績や得意分野を確認することが重要です。
  • 内装専門会社:
  • 内装工事に特化しており、オフィス内のレイアウト変更や内装デザインに強みがあります。
  • オフィス専門の会社では、入居率を高めるための知識やノウハウを持っている会社もあります。
  • オフィス内の快適性向上や、機能的な空間づくりに適しています。
  • 工事監督会社:
  • 近年では、自社では作業員を抱えずに、いくつかの工務店、会社を手配して、工事監督をして仕事を進める会社もあります。
  • 上記のそれぞれのタイプの工事会社がお互いに関連している場合もあります。

5.2 各タイプの工事会社の選定ポイント

  • 設計デザインに強い会社:
  • 過去のオフィスビルの設計事例を確認し、デザイン力を評価する。
  • 担当デザイナーとの相性を確認し、自社のイメージを伝えられるか確認する。
  • 提案されるデザインが、単に美しいだけでなく、機能性や快適性、将来の拡張性などを考慮しているかを確認する。
  • デザインコンセプトや設計意図を、分かりやすく説明してくれるかを確認する。
  • 安い値段で施工を受けてくれる工務店:
  • 複数社から見積もりを取り、価格を比較検討する。
  • 使用する材料や工法を確認し、品質とのバランスを考慮する。
  • 地域での評判や口コミを確認する。
  • 見積もりの内訳が明確で、追加費用が発生する可能性についても説明してくれるかを確認する。
  • 過去の施工実績を確認し、同規模のオフィスビルのリノベーション経験があるかを確認する。
  • 大規模リノベーションに強いゼネコン:
  • 大規模なオフィスビルのリノベーションの実績があるか。
  • 設計から施工まで一貫して対応できる体制が整っているか。
  • 専門的な技術やノウハウを持っているか。
  • プロジェクト管理能力が高く、スケジュールや予算を遵守できるか。
  • オフィス専門の内装会社:
  • オフィス専門の内装会社では、入居率を高めるための知識やノウハウを持っている会社もあります
  • オフィス専門の内装会社では、近年のオフィスのトレンドを把握しているか。
  • オフィス専門の内装会社では、オフィス家具や照明、OA機器など、オフィスに必要な設備に精通しているか。
  • オフィス専門の内装会社では、入居テナントの業種や規模に合わせた最適な空間を提案してくれるか。
  • 工事監督会社:
  • 工事監督会社では、それぞれの分野の専門の工務店や会社とのパイプをもっているか。
  • 工事監督会社では、第三者的な視点から、品質管理や安全管理を徹底してくれるか。
  • 工事監督会社では、複数の工務店や会社との調整を円滑に進め、スケジュールや予算を管理してくれるか。

選定の際の注意点

  • 工事会社の規模や実績だけでなく、担当者との相性も重要なポイントです。
  • 複数の工事会社から見積もりを取り、比較検討することで、適正な価格を把握できます。
  • 契約前に、工事内容やスケジュール、保証内容などを十分に確認しましょう。

これらのポイントを踏まえ、対象プロジェクトのニーズに合った最適な工事会社を選ぶことで、オフィスビルのリノベーション・プロジェクトを成功に導くことができます。

5.3 工事会社を選ぶポイント:成功に導くための評価基準

中型オフィスビルのリノベーションプロジェクトでは、規模感、柔軟性、技術力、コストの透明性などが特に重要になります。以下に、各選定ポイントの詳細と、実際の事例に基づく検討方法を解説します。

(1) 過去の実績と経験:信頼性の証

  • ポイント:
  • 中型オフィスビル、特に類似規模、類似用途のリノベーション実績があるか。
  • 過去の施工事例における顧客評価や評判はどうか。
  • 特定の分野(例:内装、外装、設備)に強みを持っているか。
  • 事例検討:
  • 候補企業のウェブサイトや会社案内で、過去の施工事例を確認しましょう。
  • 可能であれば、過去の顧客に直接話を聞き、満足度や課題点を確認しましょう。
  • 特定の分野に強みを持つ企業は、その分野における専門知識や技術力が高い可能性があります。

(2) 技術力と最新技術の活用:品質と効率の向上

  • ポイント:
  • リノベーションの内容に見合った専門性や得意分野を持っているか。技術的な課題に対して、適切な解決策を提案できるか。
  • 近年は、BIM(Building Information Modeling)などのIT技術が施行管理や設計で活用し、現場状況の可視化し、計画変更・工程管理に柔軟に対応できるようになってきています。そのような最新技術を活用し、施行期間の短出化、品質向上、さらにはトラブルの早期発見・対応ができるようになっているか。
  • 事例検討:
  • 技術的な質問を積極的に行い、企業の専門知識や対応力を確認しましょう。
  • BIMなどの最新技術の活用事例を見せてもらい、そのメリットを具体的に説明してもらいましょう。
  • 技術的な課題に対する解決策の提案を求め、その内容を比較検討しましょう。

(3) 設計・デザイン力:理想のオフィス空間の実現

  • ポイント:
  • デザイン提案力があり、自社のイメージを具現化できるか。
  • 設計担当者とのコミュニケーションが円滑か。
  • 3Dパースやサンプルなどで、仕上がりイメージを具体的に確認できるか。
  • 事例検討:
  • 過去のオフィスビルの設計事例を確認し、デザイン力を評価する。
  • 担当デザイナーとの相性を確認し、自社のイメージを伝えられるか確認する。
  • 提案されるデザインが、単に美しいだけでなく、機能性や快適性、将来の拡張性などを考慮しているかを確認する。
  • デザインコンセプトや設計意図を、分かりやすく説明してくれるかを確認する。

(4) コストパフォーマンスと見積もりの透明性:予算管理の徹底

  • ポイント:
  • 見積もりの内訳が明確で、各工程や資材費、労務費が細かく分解されているか。
  • 追加工事が発生した場合の対応や費用についても明記されているか。
  • コストだけでなく、品質や工期とのバランスも考慮されているか。
  • 事例検討:
  • 複数社から見積もりを取り、価格だけでなく、内訳や条件も比較検討しましょう。
  • 見積もりの不明点は積極的に質問し、納得できるまで説明を求めましょう。
  • 過去の事例における追加工事の発生状況や費用についても確認しましょう。

(5) プロジェクト・マネジメント能力:円滑なプロジェクト進行

  • ポイント:
  • スケジュール管理、品質管理、リスクマネジメントの能力が高いか。
  • 現場での進捗状況を定期的に報告し、コミュニケーションを密に取れるか。
  • 万が一の遅延や不具合があった場合にも、迅速かつ適切に対応できるか。
  • 事例検討:
  • プロジェクトの進め方や管理体制について、具体的な説明を求めましょう。
  • 過去の事例におけるプロジェクトの進捗状況やトラブル対応についても確認しましょう。
  • 担当者が親身になって相談に乗ってくれるか。
  • コミュニケーションが円滑で、信頼できるか。

これらのポイントを踏まえ、プロジェクトのニーズに合った最適な工事会社を選ぶことで、オフィスビルのリノベーション・プロジェクトを成功に導くことができます。
しかしながら、オーナー様がご自身で工事会社を手配される場合、以下のような課題に直面する可能性がございます。

  • 専門知識の不足:
  • 工事の種類、材料、工法、法令に関する専門知識がないため、適切な判断が難しい。
  • 複数の工事会社から見積もりを取り、比較検討するだけでも多大な労力が必要となる。
  • 時間と労力の負担:
  • 工事会社の選定、見積もり取得、契約、工事監理など、多岐にわたる業務をオーナー様ご自身で行う必要がある。
  • 日々の業務と並行して行うには、時間的、精神的な負担が大きい。
  • トラブルのリスク:
  • 工事中のトラブルや手抜き工事が発生した場合、オーナー様ご自身で対応しなければならない。
  • 専門知識がないため、適切な対応ができず、損害が拡大する可能性もある。
  • 工事会社との交渉:
  • 工事会社との価格交渉、条件交渉は、専門的な知識と経験が必要となり、適切な交渉を行うことが難しい。

そこで、当社のような管理会社が仲介することで、オーナー様は以下のメリットを享受できます。

  • 専門知識と経験:
  • 当社は、オフィスビルのリノベーションに関する豊富な知識と経験を有しており、オーナー様に最適な工事会社を選定し、プロジェクトを成功に導きます。
  • 時間と労力の削減:
  • 工事会社の選定から工事監理まで、プロジェクトに関する全ての業務を当社が代行するため、オーナー様は時間と労力を大幅に削減できます。
  • トラブルの回避:
  • 当社は、工事中のトラブルや手抜き工事を未然に防ぎ、万が一トラブルが発生した場合にも、迅速かつ適切に対応します。
  • コスト削減:
  • 当社は、複数の工事会社とのネットワークを持ち、競争原理を働かせることで、適正な価格で工事を提供します。
  • また、専門的な知識と経験により、無駄なコストを削減し、コストパフォーマンスの高いリノベーションを実現します。
  • スムーズなプロジェクト進行:
  • 当社は、プロジェクト全体のスケジュール管理、品質管理、安全管理を徹底し、スムーズなプロジェクト進行を約束します。
  • オーナー様の利益の最大化:
  • 当社は、オーナー様の利益を最優先に考え、最適なリノベーション・プランを提案し、プロジェクトを成功に導くことで、オーナー様の資産価値向上に貢献します。

当社は、オーナー様と工事会社との間に立ち、円滑なコミュニケーションを促進し、プロジェクトを成功に導くことをお約束します。

6. プロジェクト管理と成功事例:成功への道筋

6.1 プロジェクト管理の要点:成功の鍵を握るプロセス

リノベーション・プロジェクトを成功に導くためには、施工前の計画立案、リスクマネジメント、進捗管理が不可欠です。これらの要素は、プロジェクトの円滑な進行と品質確保に直結します。

  • 計画立案:目標達成へのロードマップ
  • 各工程のスケジュール作成、作業分担の明確化、必要なリソースの確保など、プロジェクト全体の計画を詳細に立てます。
  • 目標とする完成時期や品質基準を明確にし、関係者全員が共通認識を持つことが重要です。
  • リスク・マネジメント:予期せぬ事態への備え
  • 予期せぬ事態に対するリスク評価と対策の策定を行います。
  • 例えば、天候不良による工期の遅延、資材の調達遅延、追加工事の発生など、様々なリスクを想定し、対応策を準備します。
  • 進捗管理:計画と実績のギャップを最小限に
  • 進捗報告の定期実施、現場での進捗確認、品質チェックなどを通じて、プロジェクトの進捗状況を常に把握します。
  • 計画と実績にギャップが生じた場合は、迅速に対応し、軌道修正を行うことが重要です。
  • コミュニケーション:関係者間の連携強化
  • オーナー、設計者、施工業者、テナントなど、関係者間のコミュニケーションを密にし、情報共有を徹底します。
  • 定期的な会議や報告会を開催し、進捗状況や課題を共有し、円滑な意思決定を支援します。

6.2 成功事例と失敗事例の分析:教訓を未来に活かす

過去の中型オフィス改装事例から、成功したプロジェクトと課題が残った事例を比較・分析することは、今後の改善に大いに役立ちます。

  • 成功事例:築30年の中型オフィスビルのリノベーション
  • 課題:老朽化した設備と空室率の増加(30%超)
  • リノベーション内容:

・設備更新に伴い省エネ設備導入

エントランスのデザイン刷新

・共用部の充実(ラウンジやフリースペース)

  • 結果:

・空室率が10%以下に改善

・テナントの満足度向上

  • 成功要因:

市場ニーズを的確に捉えた内容

・最新技術の導入による機能性・快適性の向上

・デザイン性の高い空間設計によるイメージアップ

・プロジェクト・マネジメントの徹底による円滑な進行

  • 失敗事例:部分修繕のみで競争力低下
  • 課題:築40年のオフィスビル、テナント流出が加速
  • 対応:最低限の設備更新のみ
  • 結果:

・新規テナント誘致に失敗

・競争力の低下が続く

  • 失敗要因:

・市場ニーズや競合との差別化を考慮しない安易な修繕対応

・将来的なニーズの変化に対応できない硬直的な計画

・コスト削減を優先し、品質や機能性を犠牲にした結果

・プロジェクト管理の甘さによる品質低下や工期遅延

分析からの教訓:

  • 成功事例からは、市場ニーズを的確に捉え、将来を見据えた計画立案の重要性が分かります。失敗事例からは、安易なコスト削減や部分的な修繕では、長期的な競争力維持は難しいことが分かります。どちらの事例からも、プロジェクトの目的を明確化した上でのプロジェクトの適切な計画立案、プロジェクト・マネジメントの重要性が浮き彫りになります。

これらの教訓を踏まえ、オーナー様は、リノベーション・プロジェクトを成功に導くために、以下の点を重視する必要があります。

  • 市場調査とニーズ分析に基づいた計画立案
  • 最新技術の導入と機能性・快適性の向上
  • デザイン性の高い空間設計によるイメージアップ
  • プロジェクト・マネジメントの徹底による円滑な進行

そして、これらの専門的な業務をオーナー様が自ら行うのではなく、当社のような専門知識と経験豊富な管理会社に委託することが、成功への近道となります。

7. 最新トレンドと技術動向

7.1 デジタル・トランスフォーメーションの影響

現代の建築業界では、IoTやスマートビルディング、BIMなどのデジタルツールが急速に普及しています。これにより、現場の状況把握や工程管理、設備の最適化が容易になり、リノベーション・プロジェクトの効率化が図られています。例えば、BIMを活用することで、設計段階から施工までの情報が一元管理され、変更が生じた場合にも迅速かつ正確な対応が可能となります。こうした技術の導入は、全体の品質向上と工期短縮に直結しています。

7.2 環境配慮とサステナビリティ

省エネルギーや環境負荷の低減は、今後のオフィスビル運営においてますます重要なテーマとなっています。再生可能エネルギーの導入、グリーンビルディング認証の取得、さらには高効率な設備への更新など、環境に配慮したリノベーション工事が求められます。これにより、運用コストの削減だけでなく、テナントの企業イメージ向上にも寄与します。

7.3 市場動向と将来展望

オフィスビル市場は、テナントの多様化やリモートワークの普及とともに、大きな変革期を迎えています。今後は、従来の固定的なオフィススペースから、柔軟で多目的な利用が可能なビルへと進化していくと予想されます。こうした市場動向に対応するためにも、リノベーション・プロジェクトは、単なる修繕作業に留まらず、未来志向の投資として位置づけられるべきです。

8. まとめと今後の展望

8.1 全体の振り返り

本コラムでは、賃貸オフィスビルのリノベーションの必要性から、市場背景、各種工法の違い、内外装や設備の刷新、安全性やテナント利便性向上の具体策、さらには工事会社の選定基準とプロセス、プロジェクト管理のポイント、最新トレンドまで幅広く解説しました。各項目で紹介した事例や評価基準は、実際の現場での経験に基づくものであり、今後のリノベーション・プロジェクトの成功に向けた重要な指針となるでしょう。オーナー様がこれらの情報を活用することで、築古ビルに新たな価値を創出し、競争力を高めるための具体的な戦略を立てることが可能となります。

8.2 今後の課題と提言

オフィスビル市場は、今後も急速な変化が続くことが予想されます。特に、テナントニーズの変化やデジタル・トランスフォーメーションの進展、環境配慮といった要素は、リノベーション・プロジェクトの計画段階から考慮すべき重要な課題です。各オーナーや管理者は、早期の情報収集と計画立案を行い、信頼できるパートナーとの連携を強化することが求められます。また、最新の技術やトレンドを取り入れることで、築古ビルでも最新のオフィス環境を提供し、テナントの満足度を高めることが可能です。

8.3 オーナーへのアドバイス

リノベーション・プロジェクトを成功させるためには、以下のポイントに留意することが重要です。

  • 計画的な修繕の実施:
  • 老朽化の進行を見越し、早期に対策を講じることで、将来的な大規模改修のリスクを低減する。
  • 定期的なメンテナンスと計画的な改修を組み合わせることで、建物の寿命を延ばし、資産価値を維持する。
  • 専門家との連携:
  • 建築設計事務所、施工業者、金融機関など、各分野の専門家の知見を集約し、最適なプランを策定する。
  • 専門家の意見を取り入れることで、技術的な課題や法規制に関する問題を解決し、プロジェクトを円滑に進める。
  • ターゲットテナントの明確化:
  • テナントのニーズを正確に把握し、柔軟なオフィス環境や最新設備を取り入れることで、競争力のあるビル運営を実現する。
  • ターゲットテナントのニーズに合わせたリノベーションを行うことで、入居率を高め、安定した収益を確保する。
  • 持続可能な運営の視点:
  • 環境配慮と省エネルギーを念頭に置いたリノベーション計画は、将来的なランニングコストの削減と企業イメージ向上に寄与する。
  • グリーンビルディング認証の取得や、省エネ設備の導入など、環境に配慮したリノベーションを行うことで、社会的な評価を高める。

8.4 最適なパートナー選びで築古ビルに新たな価値を

リノベーション・プロジェクトの成否は、工事会社というパートナー選定に大きく依存します。実績、技術力、コストパフォーマンス、プロジェクト・マネジメント能力、そしてアフターサービスなど、多角的な視点で候補企業を評価し、最適なパートナーを選ぶことが不可欠です。今回ご紹介した各評価基準や選定プロセスを参考に、各オーナーは自社のニーズに合わせた最適な工事会社を見極め、築古ビルに新たな価値を創出していただきたいと考えます。

しかしながら、オーナー様がご自身でこれらの全てを適切に行うのは現実的に大変困難です。そこで、当社のような専門的な知識と経験を持つ管理会社が仲介に入ることで、オーナー様は以下のメリットを享受できます。

  • 工事会社の選定からプロジェクト管理、アフターサービスまで、一貫したサポートを受けることができる。
  • 専門知識を持つ担当者が、オーナー様のニーズを的確に把握し、最適なプランを提案する。
  • 複数の工事会社とのネットワークを活用し、コストパフォーマンスの高い工事を実現する。
  • 工事中のトラブルやリスクを最小限に抑え、スムーズなプロジェクト進行をサポートする。

終わりに

中型賃貸オフィスビルの改修は、単なる建物の修復作業に留まらず、テナントの多様化するニーズに応え、持続可能な収益性を確保するための重要な戦略です。市場環境の変化や技術革新が進む中で、オーナーや管理者は、リノベーションを通じて建物の資産価値を高め、競争力を維持することが求められています。さらに、工事会社選定というパートナー選びは、プロジェクト全体の成功に直結するため、慎重かつ多角的な評価が必要となります。

本コラムで取り上げた内容を実践することで、老朽化したオフィスビルに対しても、最新の設備やデザインを取り入れた魅力的な空間を創出することが可能となります。これにより、テナントの満足度向上と空室率の改善、ひいては長期的な収益向上が実現されるでしょう。今後も、テナントニーズや市場動向の変化に柔軟に対応しながら、持続可能なオフィス運営を実現するためのリノベーション・プロジェクトの進行に期待が寄せられます。

オーナーや管理者、そして施工関係者の皆様には、今回のコラムを一つの指針として、今後の改修計画に役立てていただければ幸いです。リノベーション・プロジェクトの成功は、綿密な計画と適切なパートナー選び、そして現場での確実な管理にかかっていると言っても過言ではありません。各企業が、それぞれのビジョンに沿った最適なオフィス環境を実現するため、これからも積極的な取り組みが求められるでしょう。

リノベーションを通じて、築古ビルが新たな価値を創出し、未来に向けた持続可能なオフィス運営へと進化することを期待し、今後の更なる発展を願っております。そして、その過程において、当社がオーナー様の強力なパートナーとなれることを確信しております。

執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁

東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。

2025年8月27日執筆

飯野 仁
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皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「その天井、どう見せる?築古オフィスの空間印象を変える設計戦略 後編:実践編」のタイトルで、2025年12月23日に執筆しています。前編に引き続いて、今回、後編をお送りします。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次前編の要点をひと息で第6章:築古ビル梁下2.3mを救うリノベ課題と5つの打ち手――築古オフィスの「天井戦略」を再設計する第7章:“高さ”を働き方・ウェルビーイングでどう活かすか第8章:総括――“頭上の境界”を資産に変える3つの視点 前編の要点をひと息で 前編では、六尺の町家から3mハイスタッドの超高層まで─天井が映し出してきた歴史・技術・心理のドラマを辿りました。日本の天井高は六尺の江戸町家から、八尺団地、そして3mハイスタッドへ―高さは合理と憧れの間で揺れ、いまや賃料とブランドを決める「頭上資産」になりました。とはいえ市場の半数を占める築40年ストックは梁下2.3m。 後編〈実践編〉へ――“変えられない高さ”を武器にする視点を切り替える ここからは舞台を図面と見積書の世界に移し、「梁下2.3m」をどう資産に変えるかを具体策で掘り下げます。天井が低いからといって、ビルの価値まで低くなるわけではない。変えられない寸法を、設計と意味づけで超える。それではページをめくり、後編:実践編へ。後編は、第6章:築古オフィスの「天井戦略」を再設計するから始まります。高さは稼ぐのではなく、設計するという新しい常識を、現場目線でひも解いていきましょう。 第6章:築古ビル梁下2.3mを救うリノベ課題と5つの打ち手――築古オフィスの「天井戦略」を再設計する 6-1.なぜ「天井」が勝負を分けるのか? 築古のオフィスビルを活用していく上で、「天井の高さが低い」という問題は、決して見逃せない要素のひとつです。それは単なる設計の古さや見た目の印象にとどまらず、テナントの第一印象や、執務空間としての快適性、さらにはリーシングのスピードや賃料水準にも間接的な影響を及ぼす要素だからです。 ■築古ビルに多い「梁下2.4m」の現実とくに、築30年以上が経過した中小規模オフィスビルでは、梁下で実測2.3~2.5m前後の天井高となっている物件が非常に多く見受けられます。図面上では「天井高2.5m」と記載されていても、実際には梁が張り出しているため、スペースの多くは「梁下2.4mの制約を受けた空間」として使われていることになります。この数値は、現代の感覚からすれば「やや低い」と感じる高さです。とくに内見時や、外部来訪者がエントランスから入室した瞬間に感じる「圧迫感」は、空間の印象を左右する決定的な要素となり得ます。 ■なぜ、こうした“低い天井”が生まれたのか?この背景には、建築技術の進歩や社会の変化だけでなく、かつての都市計画や設計思想が大きく関係しています。かつてのオフィスビルでは、・建築基準法による高さ制限(絶対高さ・斜線制限)が厳しく、・その中でできるだけフロア数を確保するために、1フロアあたりの階高を抑える設計が多く採用されました。・さらに、空調ダクトや照明器具を天井裏に納める「二重天井方式」が標準化されたことで、天井裏の懐として20~30センチ程度が常に削られる構造が一般化しました。つまり、現在の築古ビルの低い天井は、当時としては合理的な設計判断であり、建物そのものの欠陥というわけではありません。しかしながら、現代のオフィス利用者が求める快適性・開放感の水準から見ると、そのままでは選ばれにくい空間となりつつあることもまた事実です。 ■「天井高」は、操作可能な空間要素であるここで重要なのは、たとえ天井の高さが物理的に限定されていたとしても、設計や演出の工夫によって高く感じさせることは十分に可能だという点です。空間の「体感的な高さ」は、単に物理寸法だけで決まるものではありません。人間の視線の抜け方、天井と照明との関係性、用途ごとの意味づけなど、複数の要素が組み合わさることで、「高さの感じ方」は大きく変わっていきます。空間の印象を構成する3つの要素 要素内容実務上の工夫の可能性物理的な高さ天井板の撤去や勾配加工によって、天井そのものの高さを上げる条件付きで可能(梁・配管・法規次第)視線の抜け・奥行き感折上げ・勾配天井や照明演出で、視線の“逃げ”をつくる高コスパで有効心理的な意味づけ低い空間=集中、高い空間=開放といったゾーニング効果実践的で即導入可能 6-2.空間の重さを軽くする――折上げ・勾配天井の実践力 「このオフィス、なんだか低くて重たい」。築古ビルの現場でよく聞かれる第一印象のひとつです。「天井が低い」と感じる原因は、実は天井高そのものよりも、空間の平坦さや閉塞感にあることが少なくありません。そこで検討に値するのが、天井面の一部を持ち上げてしまうという発想です。天井の仕上げ材(ボード・下地)を加工し、スパンの中央や導線上だけ天井を高く演出することで、全体の印象を大きく変えることが可能です。この方法は、構造体(梁・スラブ)には手を加えず、非構造部分だけを加工する軽量な改修であるため、技術的ハードルは低め、それでいて改修による体感効果も見込めるという意味で、築古ビルにおいても、「検討テーブルに載せる価値がある」施策といえます。■折上げ天井とは何か?勾配天井との違いと関係性「折上げ天井」とは、天井面の一部を周囲より高く仕上げる設計手法の総称です。ホテルや会議室などでよく見られる、「天井の中央だけがふわっと高くなっている」意匠といえば、イメージしやすいかもしれません。この折上げ天井には、大きく分けて2つのバリエーションがあります。 タイプ特徴視覚効果フラット型中央部を水平に持ち上げる明瞭な段差による重厚感勾配型中央部に向かって傾斜(スロープ)をつけて高くする視線を導く“抜け感”と動き 現在、オフィス空間で主流となっているのは、この「勾配型の折上げ天井」です。中心に向かってゆるやかに天井を高くしていく構成は、圧迫感を和らげる効果が高く、構造体を避けながら施工できる可能性が高いという利点があります。■なぜ「勾配型の折上げ」が築古ビルに適しているのか?築古の中小オフィスビルでは、梁(はり)と梁の間隔が限られており、天井をまるごと持ち上げるような大胆な改修は困難です。そこで、梁間の1スパンだけを使い、その中に勾配構造の天井を組むことで、空間の一部に抜けと奥行きをつくり出すことができます。この手法は、構造体に手を加える必要がなく、かつ改修範囲が限定的で済む可能性が高く、技術的に実現性は高いと考えられます。■施工断面イメージ図下図は、折上げ天井のフラット型と勾配型の違いを断面で示したものです。 ※図はイメージです ■導入事例の多い3つの配置パターン 配置箇所狙い実績上の採用率エントランス直後来訪者の第一印象を大きく改善約70%執務エリア中央通路島型デスク配置でも圧迫感を緩和約45%コラボ・ラウンジスペースABWの“象徴空間”としての演出約55% このように、全体ではなく一部だけに施すことで、空間のリズムと緩急を生み出し、天井の低さを逆に活かすことが可能となります。■改修内容と実務的な工夫施工内容は以下の通りです(梁間6m×奥行6mの1スパン想定)1.既存スラブの調査・鉄筋探査2.鉄筋探査→直交方向の主筋を避け、幅900mm×梁間いっぱいを開口3.斫り・補強鋼材溶接で180mm持ち上げ4.中央部を180mm程度まで持ち上げるLGS(軽量鉄骨下地)構成の勾配天井5.仕上げ材:石膏ボード二重貼り+防火塗装(準耐火45分)6.折上げ部の内周にLED間接照明(3,500K)を設置7.天井内の配線・ダクトを再ルーティングし、薄型設備に切替■費用・工期・効果のバランスを検証折上げ・勾配天井の改修は、構造体に手を加えずに空間の印象を変えることができるので、築古中小ビルにおいて実現可能な打ち手です。では、その費用・工期・効果のバランスについて検証してみます。まず費用については、折上げ部そのものの施工費(直接工事費)としては、天井板の開口・補強、軽鉄構造下地・石膏ボードの仕上げ、LED照明設置込みで、1㎡あたり30,000円(税別)が目安となります。ただし、実際の発注時には、これに設計・監理費、仮設・養生、諸経費などを含めたオールイン費用としての見積もりが必要になります。その場合、工事対象面積1㎡あたりで約70,000円程度が想定されます。もちろん、当該折上げ工事に伴い、空調設備が影響を受ける可能性も想定され、その場合、さらにコストは嵩みます。工期は1スパン(梁間6m×奥行6m想定)あたり約2週間程度。施工範囲が限定的で済み、既存設備の配置やダクト経路をうまく活かすことができれば、費用・工程ともに調整が可能となります。改修効果としては、物理的には梁下から最大+180mm程度の折上げが可能であり、間接照明の組み合わせなども含めると、体感的には+200~300mmの高さ改善効果が得られます。これは数値以上に、空間の抜け感・明るさ・心理的な開放感といった点で影響を与えることが見込まれます。構造体(梁やスラブ)を一切いじらずに済むので、テナント入居中のまま施工できる可能性があり、運用への影響を最小限に抑えながら、実行可能な改修策と考えられます。ただし、原状回復工事と比べても工事単価は嵩むので、どこまで、「抜け感」を買うのか判断は難しいところです。■「高さの設計」ではなく、「印象の設計」へこの折上げ・勾配天井の手法は、単に天井を高くするというより、どの空間をどう見せたいかという視覚戦略を取り入れることに意味があります。物理的な制約を正面から突破するのではなく、使い方・見せ方で空間価値を高める。そうしたアプローチが、築古中小ビルにおける天井戦略の積極的な施策として、現実的に検討俎上に載せることができます。次の節(6-3)では、逆に「低さ」を活かす発想――包まれ感を意図的にデザインに取り込む集中ブース戦略をご紹介します。 エレベーターホールの折上げイメージ画像 6-3.低さを「こもり感」に変える――集中ブース戦略 築古ビルにおける最大の制約のひとつが、梁下2.3m前後の動かせない低さです。これを無理に高く見せようとすると、逆に不自然な仕上がりになってしまったり、施工コストが過大になってしまったりするケースも少なくありません。では、その「低さ」を、短所ではなく、あえて活かす方法はないのでしょうか。答えのひとつが、こもり感を意図的にデザインする集中ブース戦略です。■低い=悪ではない。「集中空間」ではむしろ武器になる近年の働き方においては、「高くて開放的な空間=正義」とは限りません。たとえば、次のようなケースでは、あえて包まれる空間の方が機能的であることがわかってきています。・ノイズや視線から遮断された、集中作業用の小空間・一時的に深く考え込むための、静かな場所・過度に開放的な空間では、気が散ってしまうという従業員の声実際、業務の内容(=Activity)に応じて、働く場所・環境を自分で選ぶという考え方のABW(Activity-Based Working)型オフィスを導入している企業では、全体の15~20%程度の席を「集中作業専用」に設計しており、その多くが、天井高2.2~2.4mのやや低めの空間として設計されているのが実情です。■集中ブースにおける設計寸法の目安 項目推奨寸法実務的根拠天井高2.2~2.3m程度着座姿勢で頭上600mm以上を確保しつつ、包まれ感を演出面積4~6㎡/席机幅1,400mm+袖ワゴン+着席動作の余裕設置比率総席数の15~20%ABW型オフィスでの集中:協働の推奨バランス1:4 このように、ブース空間は「狭すぎず、広すぎず」のバランスが求められます。少し低く、少し狭くすることで、心理的に集中力が高まりやすい環境がつくれるのです。■内装マテリアルのポイント集中ブースを設計する際は、単に区切るだけでなく、音・光・素材による演出が重要です。 要素推奨仕様意図天井吸音ルーバー(木質・厚30mm)静けさと質感の両立壁グラスウール充填+突板パネル(NRC0.65以上)吸音・音漏れ防止照明ダウンライト(2,700K/250lx)+机上タスクライト(600lx)落ち着きと集中の両立床ループパイルカーペット(NRC0.20)足音や残響の抑制 このように、低天井だからこそ整えることで機能する空間に仕上げることが可能です。■実証データ:集中力が“可視化”された東京都内の実証オフィス(約200席規模)で、集中ブース導入前後の変化を測定した結果が以下です。 指標改修前改修後(平均6ヶ月)変化自己評価スコア(5段階)3.14.2+1.1ptエラー率(伝票処理)2.4%1.9%-0.5ptブース滞在シェア8%18%+10pt 集中タスクの定着やエラー低減といった効果が、数字としても示されています。■コスト感と施工上の工夫 項目内容改修コスト約450,000~550,000円/席(間仕切り・吸音材・家具含む)設計の工夫ブース天井を「点検開閉式」にすることで、上階テナントの排煙改修などにも対応しやすくなる なお、スケルトン化によって削減した天井工事費を低さを活かす装置に再投資するという考え方も、資金計画上の説得材料になります。■「開放」だけが正義ではない時代へ近年のオフィス設計は、ただ明るく広くするだけでは支持されにくくなっています。むしろ、場面ごとに異なる集中・協働の質をどう演出できるかが問われています。「低い」ことが制約である時代から、「低さにも意味がある」と捉え直せる時代へ――。集中ブース戦略は、築古ビルの限界を逆手に取った、ポジティブな空間戦略といえるでしょう。 6-4.“高くできない時代”の天井設計とは? 築古オフィスビルにおける「天井の低さ」は、構造的な制約であり、避けて通れない前提条件です。どうにかならないかと、あれこれ調べてみると、「スラブを抜いてしまおう」とか、「床吹き出し空調を導入すれば、天井のダクトが減らせる」といった案が出てきます。もっともらしくそうした提案の説明でお茶を濁すことも考えました。しかし、現実的にはどうでしょうか。スラブを抜くには構造の補強や上下階の調整が必要になり、床吹き出し空調も、全館空調の更新や床下の再設計を前提とした大がかりなプロジェクトになります。検討プロセスの詳細は省略しますが、正直に言えば、これらはほとんどの築古中小ビルにとって「非現実的な選択肢」と言わざるを得ません。では、「高さが変えられない」のであれば、いったい何を変えるべきなのでしょうか。■本質は、“高さそのもの”ではない第6章の冒頭でも触れたとおり、空間の「体感的な高さ」は、物理的な寸法だけで決まるものではありません。・視線の誘導(どこに抜けをつくるか)・空間の意味づけ(開放ゾーンか、集中ゾーンか)・照明や素材の演出(後退や包まれといった錯覚)こうした設計的要素の組み合わせによって、人は空間の高さを「感じている」のであって、必ずしも梁下寸法そのものに反応しているわけではないのです。■物理的な改修が難しいからこそ、“見せ方と使い方”が決め手になる本章では、「高さ」をめぐる現実的な打ち手として、次の2つをご紹介しました。・第6-2:折上げ・勾配天井による抜けの演出→一部スパンを高く見せることで、空間全体の印象を軽くする・第6-3:集中ブースによるこもりの演出→低さを逆手に取り、包まれる空間として意味を与えるこれらはいずれも、梁下2.3~2.4m台という制約の中で成立する、現実的な戦略です。そしてこの2つは、対立するものではありません。むしろ、空間に緩急を与える両輪として機能します。すべてを高くするのではなく、高く見せる場所と低く使う場所を明確に使い分けることで、空間にリズムが生まれ、奥行きと快適性が共存するオフィスが生まれるのです。■高さの設計から、「使い方の設計」へかつての空間デザインでは、「何センチ上げるか」という物理的な高さの操作が議論の中心でした。しかし、上げられない空間を前にした今、問われるのは、高さそのものではなく、その使い分けをどう設計するかという発想です。たとえば――・エントランスを抜けた瞬間、折上げ天井で空間の始まりを演出する・執務エリアは全体を均質に保ちつつ、中央通路だけ勾配で視線の逃げをつくる・一角の集中ブースでは、梁下2.3mの低さを安心感に変える包まれ空間として意味づけるこのように、変えられない高さを前提として活かせる設計者こそが、築古ビルの空間に新たな価値を吹き込むことができるのです。■読者への提案:「高さがないから、諦める」時代は、もう終わったかつては、天井の低さは「マイナス評価」の理由でした。けれど、これからは違います。高さとは、稼ぐものではなく、設計するもの。構造的に動かせない空間においても、“どう見せるか”“どう使うか”の工夫によって、寸法以上の印象を与えることは十分に可能です。その空間は、「低い」からダメなのではなく、「見せ方」と「意味づけ」を通じて、その低さにしかできないことを語れる空間になる。そう言える設計こそが、築古オフィスビルに求められる、次の時代の天井戦略なのではないでしょうか。 第7章:“高さ”を働き方・ウェルビーイングでどう活かすか ―働き方改革とウェルビーイング:高さは“思考モード”を切り替えるスイッチ 2章でも紹介しましたが、オフィスの天井高が与える心理的影響について、心理学や環境行動学の研究では『カテドラル効果(Cathedral Effect)』と呼ばれる概念が知られています。これは、「天井高が高い空間では人間の発散的な思考が促され、低い空間では集中力や細部への注意力が高まる」という心理的効果を指します。たとえば、天井が高い教会(カテドラル)のような空間では、人間は自然と視野を広げ、自由で抽象的なアイデアを思いつきやすくなります。一方、洞窟や茶室のように天井の低い空間では、「包まれ感」や「守られている感覚」が強まり、緻密な作業や集中が必要なタスクに没頭しやすくなります。こうした心理的効果を活かし、オフィス空間の天井高を調整することで、働く人の思考モードや感情を意図的に切り替えることが可能です。ただし、実務上すべてのオフィスビルの空間で実天井高3mに向けて2.8mを確保することは現実的ではありません。そこで重要になるのが、「高さそのもの」ではなく「高さをどう感じさせるか」という視覚的・心理的設計です。以下の表は、この心理的背景を踏まえた推奨空間設計をまとめています。以下の天井高は「体感的高さ」「知覚による演出」を含めた設計目標です。すべての実天井高の物理的寸法を前提としているわけではありません。 シーン推奨体感天井高ねらい演出のコツコラボラウンジ/アイデアソン体感2.8m相当発散的議論・ブランディング天井をスケルトンにし、間接照明で上部を照らすことで視覚的な「無限感」を作る集中ブース/経理・法務2.4m前後作業・緻密思考折下げ天井や吸音材で「包まれ感」を演出し、心理的な安心感・集中感を高めるエントランス→執務エリア段階的に300mm心理プロローグ(ケーン効果)天井を徐々に下げることで、心理的に落ち着きを誘発し、自然と足を止めさせブランド・ロゴなどへ視線を誘導する会議室(対外プレゼン)可変照明で2.4↔2.8m錯覚緊張→解放のドラマを演出天井周囲に間接照明を配置し、質疑応答のタイミングで照度を変化させることで、心理的に緊張感→解放感を演出する 設計・演出の具体的なコツとしては、次のポイントがあります。・段差・折上げでメリハリをつけます・照明グラデーションを活用します・上部を明るくし、天井面に梁影を見せないことで知覚天井高が実際より150mm~200mm高く感じられます・音環境をセットで調整します・高天井エリアは吸音パネルを使い残響を調整。低天井エリアでは静かになり過ぎることを防ぐためBGMやホワイトノイズを活用し、快適な集中状態を維持こうした心理的効果を活かし、「高さ」を空間の演出要素として捉えることで、働く人の思考モードや感情の切り替えを“設計”できるようになります。 第8章:総括――“頭上の境界”を資産に変える3つの視点 あなたのビルの天井高は、「歴史・技術・心理」という3枚のレンズで評価されます 天井高の価値は、「高いか低いか」という単純な尺度だけでは語れません。それがどのような設計思想のもとに生まれたものか、現代の技術でどこまで再編集できるか、そしてその空間が人の思考と行動にどんな影響を与えるか――これらを踏まえたうえで、「高さ」をどう語り、どう回収し、どう持続させるかが問われる時代に入っています。(1)歴史――「八尺=2.4m」の呪縛を理解し、越える・江戸の六尺(1.8m)から、昭和の八尺(2.4m)へ。・2.4mという寸法は、モジュールと耐震の“折衷点”に過ぎず、絶対的基準ではない。・天井高が低いビルでも、「折上げ+演出」で体感的に+300~400mmの“抜け”をつくる余地は残されています。歴史的な制約を、空間演出の原材料に変える――それが築古ビルの高さ戦略の原点です。(2)技術――“天井裏から空間内へ”見せ方を切り替える・かつての「天井裏の整理」は、スケルトン化や床吹出し空調など大規模・全体改修を前提とした手法でした。・しかし現実には、既存ビルの設備・構造・消防要件が足かせとなり、適用できる例はごく一部に限られます。そこで今注目すべきは、「構造を変える」のではなく、見せ方で知覚を変えるというアプローチです。 手法投資目安効果折上げ・勾配天井約65,000~75,000円/㎡(原状回復控除後)体感+200~300mmの開放感集中ブース約450,000~550,000円/席「包まれ感」を演出し、集中度と満足度を向上 高さを稼ぐ時代から、高さを設計する時代へ。(3)心理――高さは思考モードをスイッチする・「高い空間」は発散・創造を促し、・「低い空間」は没入・緻密な思考を支える。このカテドラル効果は、実天井ではなく体感的な高さによっても発揮されることが、心理学・環境行動学の知見から明らかになっています。実務では、以下のような構成が有効です。 空間推奨演出効果コラボ・ラウンジ折上げ+照明で体感2.8m相当発散・共創・ブランディングに強い空間体験集中ブース包まれた構成で実2.3~2.4m安心・没入・エラー削減を実現通路・導線段差設計で緩急を演出奥行き・静けさ・ブランド印象強化 天井の高さは、物理寸法だけではなく、「心理的な温度差」を設計する素材にもなります。5つのアクションチェックリスト①現状把握:梁せい・天井裏厚・防火区画を図面と実測で可視化②目標設定:「全体体感2.8m」ではなく、「スパン単位での体感アップ」か「用途別ゾーニング」で現実的に設定③演出シナリオ検討:・A=間接照明+色彩で錯覚づくり・B=折上げ/集中ブースで用途ゾーン演出④消防協議の先行確認:排煙ルート・天井材種別・点検口条件などを早期に整理⑤語れるストーリーに落とす:改修の理由・背景をテナントと共有していく 終わりに――“頭上の境界”は、動かなくても変えられる 吉田兼好が「天井高きは冬寒く、燈(ともしび)暗し」と書いた14世紀。オーソン・ウェルズが布1枚の張りぼて天井で観客を圧倒した1941年。そして、LEDと心理設計で体感天井を再構成する2025年。天井は、いつの時代も技術と価値観の交差点でした。築古ビルを所有するあなたが、次の物語を語る番です。壊すか、残すか――ではなく、「どの高さで、どんな体験と収益を同時に創るか」を再定義しましょう。頭上の数十センチは、働く人の思考を変え、そして都市の活力を変える力を秘めています。さあ、“天井”という静かな主役に、新しい役割を与える時です。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年12月23日執筆

その天井、どう見せる?築古オフィスの空間印象を変える設計戦略 前編(歴史編)

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「その天井、どう見せる?築古オフィスの空間印象を変える設計戦略」のタイトルで、2025年12月2日に執筆しています。コラムの内容が多岐にわたり、長くなったので、前後編に分けてお送りします。少しでも、皆様に新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次序章――“頭上のゆとり”がキャッシュフローを変える第1章:日本建築における天井高の歴史的変遷第2章:ハリウッド映画に学ぶ「天井を見せる/消す」演出術と「天井高の心理学」第3章:オフィスビルの天井高は“技術・法規・市場”の三すくみで進化した第4章:日本の建築家たちによる天井高の試行錯誤第5章:アメリカ超高層文化がもたらした“天井高フリーダム”以下、後編 序章――“頭上のゆとり”がキャッシュフローを変える 朝一番、仲介会社から届くレポートに「実天井 2.9m」「スケルトン天井 3.1m」という数字が踊っている。―オフィスビルを所有するあなたなら、その行を無意識に目で追っているはずです。いまや、イケてるテナントは、駅近・耐震性・省エネ性能と並んで「天井高」を真っ先にチェックします。働き方改革でクリエイティブな雰囲気のコラボ・スペースを作りたいウェルビーイング経営で“広がり”を打ち出したい―そんなイケてる会社ほど、2.7m以下の天井に首をかしげ、2.8m超には家賃プレミアムを惜しまない。天井は単なる仕切りではなく、賃料単価と入居期間を左右する“頭上の資産”になりました。しかし現実を見渡せば、築40年超のストックが市場に一定数存在しています。梁下 2.3m、配管パンパン、照明をLEDに替えても「低いね」と言われる―そんなフロアは珍しくありません。建て替えるか、リノベで勝負するか。どちらを選ぶにしても、最初に突き当たる壁が「天井をどうする?」という問題です。低い天井こそ合理だった時代実はこの「頭上のゆとり」は、住まいの歴史と切っても切れません。江戸の町家は六尺(約1.8m)、戦後の団地は八尺(約2.4m)。日本人は長らく低い天井と共存してきました。千利休の茶室では、客が自然に頭を垂れるように潜る躙口の天井をわざと落とし、吉田兼好が『徒然草』で「天井高きは冬寒く、燈(ともしび)暗し」と綴ったとき、そこには暖房も照明も心許ない中世のリアリティがありました。低いほど温かく、光が届き、資材も節約できる――低天井は理にかなっていたのです。高さ=豊かさという新しい価値観ところが明治維新を境に、西洋館の高天井が文明開化の象徴として現れます。銀行や官庁の大広間、鹿鳴館の舞踏室。吹き抜けのスケールに目を丸くした当時の日本人は、「高さ=豊かさ」という新しい価値観に触れた瞬間でもありました。昭和の高度成長期には「2.6mの応接間」が豊かさのアイコンとなり、住まいが一段高くなるたびに、オフィスは“さらにもう一段”を目指しました。住宅とオフィスの高さ競争は、実は明治以来のキャッチアップの歴史でもあります。3m時代に現れた新たな逆説そして21世紀――LED照明と高性能空調が「冬寒く燈暗し」という呪縛をほぼ解き放ちました。最新の大規模ビルでは階高4m、実天井高3mが当たり前になりつつあり、リビングを吹き抜けにする戸建ても珍しくありません。いまや「高さ」は快適性だけでなく、企業のブランドや住まい手のライフスタイルを語る言語になっています。しかし本当に「高ければ高いほど良い」のでしょうか。心理学にはカテドラル効果と呼ばれる現象があります。高い天井は抽象的・創造的思考を促し、低い天井は集中や緻密さを高めるという報告です。映画の世界でも、オーソン・ウェルズは『市民ケーン』で低い天井をフレームに入れ、権力者の孤独と閉塞感を演出しました。アルフレッド・ヒッチコックは『ロープ』で天井付きセットを用い、観客を密室の緊張に閉じ込めています。逆にSFやファンタジーは途方もなく高い天井で「人智を超えたスケール」を暗示します。天井は映像のなかでも、私たちの感情を揺さぶる装置として機能しているのです。こうして眺めると、天井は常に「合理」と「憧れ」のはざまで揺れてきました。暖を取るため低く抑えたはずの天井が、やがて豊かさの象徴として高く持ち上がる。その一方で、省エネやサステナビリティが再び「低い方が賢いのでは?」という問いを投げかけ始めています。天井は時代の技術水準と価値観を映すバロメーターであり、人間の心理に静かに語りかける頭上の境界なのです。築古ビルに立ち返る市場の半数を占める築40年超ストック――梁下2.3m、配管でパンパン。建て替えるか、リノベで勝負するか。どちらに進んでも最初に立ちはだかる問いは同じです。・梁やスラブをいじらずに体感天井を底上げできないか?・配管をあえて見せて3mを演出しつつ、空調コストを抑える手は?・そもそも天井の高さは、創造性・集中力・成約率にどこまで効くのか?本シリーズで読み解く“頭上価値”の全貌本コラムでは、1 歴史――古代の梁あらわしから超高層ビルのハイスタッドまで、天井高がどう変遷し何を象徴してきたか。2 技術とコスト――耐震・空調・配線の制約をどう突破し、天井を上げる(あるいは見せる)か。3 心理と演出――カテドラル効果、映画セットの天井なき世界が示す、人間の無意識と高さの関係。という三方向から、賃貸オフィスの競争力を左右する頭上価値を立体的に再点検します。築古ビルのスケルトン化事例から、最新ZEBビルの階高設計まで、数字とストーリーの両面で解説していく予定です。吉田兼好が700年前に残した逆説は、LEDとIoTが席巻する2025年の東京でもなお響くでしょうか。「天井を上げるべきか、見せ方で勝負するか」――その答えを探す旅に、ご一緒ください。 第1章:日本建築における天井高の歴史的変遷 ――低い梁からハイスタッドへ、オフィス天井の原風景を探る―― 1-1.梁(はり)を見上げて暮らした時代――“天井が無かった”日本の原風景 平安貴族の寝殿造をはじめ、古代〜中世の上層住宅には水平な「天井板」という発想がほぼありませんでした。柱と梁、その上に屋根を載せるだけの構成で、室内からは垂木や化粧梁がそのまま見える――いわゆる化粧屋根裏の空間です。夏の湿気を逃がし、可動建具で風を通すことを優先した結果、屋根裏を隠す理由が無かったのです。現代リノベで人気の梁あらわし天井は、じつは千年前の住まい方を再発見したデザインとも言えます。オーナーへの視点梁あらわしは「配管むき出しスケルトン天井」と親戚同士。築古オフィスで天井板を撤去して高さを稼ぐ手法は、気候への合理から生まれた日本の原型と相性が良い、と覚えておくと改修プランの説得力が増します。 1-2.茶室が示した“意図的ロースタッド”――高さ1.7mの精神設計 安土桃山期、千利休が完成させた二畳台目の小間は天井高およそ1.76m(5尺8寸1分)。成人男性が立てば頭が触れるほどの低さです。利休は亭主席側の天井をさらに落とし、客に対するへりくだりを空間で可視化しました。低い天井は視線と動作を制限し、わずかな灯りと相まって静謐と集中を演出します。住宅でもオフィスでも、高さを削って「場のスイッチ」をつくるという発想は、この茶室の逆説に源流があります。オーナーへの視点受付前の低い折下げ天井や、会議室前の垂れ壁で動線を絞るテクニックは、利休のロジックと同根。ハイスタッド一辺倒ではなく、メリハリで印象をコントロールする考え方が、改修コストを抑えつつグレード感を高める鍵になります。 1-3.江戸庶民と“六尺天井”――省エネと規制が生んだ1.8m 江戸町家の居室は梁下おおむね六尺(約1.8m)。火鉢の熱を逃がさず、行灯の光を届かせ、木材も節約できる――低いほど合理だったからです。さらに幕府の「武士を見下ろさない」規制や厨子二階の取り締まりを避ける知恵も重なり、低天井は法的・社会的コンセンサスになりました。古民家リノベ現場で鴨居が1.76m前後に収まるのは、この六尺寸法が今も建具寸法として残っている証です。オーナーへの視点築40年超オフィスの梁下2.3mを「低すぎる」と感じるのは、戦後に平均身長が10cm以上伸びたことも大きい――という歴史的事情を語れると、スケルトン化+演出で体感を底上げする提案に説得力が生まれます。 1-4.明治~昭和初期:「八尺=文化的生活」が生まれるまで 開国後、西洋館の3m超ロビーが文明開化の象徴として上陸します。けれど大量に住宅を供給しなければならなかった政府と大工は、贅沢な高さより材料ロスの少なさを優先しました。・石膏ボードや合板の規格寸法3×8尺(91cm×242cm)が普及し、2.42m前後で切ると端材ゼロになります。・1920~30年代に制定された「標準設計図」では、居室の望ましい天井高を八尺(≒2.4m)と明記。・こうして2.4m=モダンで文化的という神話が定着します。オーナーへの視点現在でも「2.4mの天井はエコノミークラス」という市場感覚は、この材料モジュールが作った歴史的イメージの延長線。改修時に2.5mを超えただけで印象が跳ね上がるのは、2.4mの壁が心理的ベンチマークになっているからです。 1-5.戦後~高度成長期:団地の“8尺固定”とオフィス階高ダイエット 1950年の建築基準法は、居室の最低天井高を2.1mと設定しました。「数を確保せよ」の掛け声で始まった公営・公団住宅は、ほぼ一律に 2.4m。団地の間取り図を開けば、軒並み8尺天井が並びます。一方、オフィスビルでは以下のような設計思想が主流となりました。① 空調ダクトや蛍光灯などを天井裏に収める二重天井方式が一般的に採用され、② さらに、限られた建物の高さ制限の中でフロア数を最大化するために、1階あたりの階高を抑える設計が多く見られました。この結果、築40年以上のオフィスビルでは、実天井高が2.3~2.5m程度と低めな物件が多数を占めています。オーナーへの視点・梁下2.3m問題は、この時代のコスト至上主義の遺産。・戦後70年で日本人男性の平均身長は約10cm伸びました。つまり昔は標準だった2.4mが、現代テナントには体感的に六尺天井並みの圧迫感を与える構造的ハンデになっているわけです。 1-6.平成以降:ハイスタッドvs.スケルトン、二極化の時代 1990年代、日本人の成人男子の平均身長が170cm台に達し、2.4mでは頭上クリアランスが70cmを切る住宅が増えました。1990年代、ハウスメーカーは2.6–2.7mの「ハイスタッド住宅」を商品化。同じ頃、シリコンバレーのITベンチャーは元倉庫をリノベして 配管むき出し3m超のインダストリアル天井をブランド化しました。オフィス新築でも流れは加速し、・執務室2.8m、共用部3m超が新築の当たり前になり。・ZEB(ゼロエネルギービル)では床吹出し空調やLED直付けにより、階高を抑えつつ実天井を上げる 技術が進化しました。オーナーへの視点1 ハイスタッド改修:梁下をいじれない場合でも、折上げ・勾配・光の演出で+200mmの体感は稼げます。2 スケルトン化:天井板を外し、配管を魅せることで3m演出+コスト圧縮。3 空調負荷:2.4m→3mで冷暖房負荷は約25%増という目安。テナントに提示する際は、床吹出し空調や人感センサーでランニングを打ち返すロジックを用意すると交渉がスムーズです。1章のまとめ: 時代代表的天井高主な理由現代リノベに効く学び古代~中世天井なし(梁現し)熱抜き・湿気対策スケルトン天井の原型古代~中世茶室(桃山)1.7m前後謙譲・集中の演出低天井で“場のスイッチ”江戸町家1.8m省エネ・耐震低階高でも機能優先明治~昭和2.4m材料規格・文化的標準8尺=ローグレードの出自1950-70s2.4–2.5m団地量産・階高圧縮築古ビルの低天井課題平成以降2.6–3.0m+スケルトン快適性・ブランド戦略ハイスタッドと配管現しの二極化 第2章:ハリウッド映画に学ぶ「天井を見せる/消す」演出術と「天井高の心理学」 ――スクリーンの密室感は、オフィスづくりのヒントになる―― 2-1.クラシック・スタジオは“天井なき世界”――設備優先が生んだ暗黙のルール ハリウッドが急成長した1920〜30年代、撮影所のステージ(サウンドステージ)は高さ10〜12mの巨大な箱でした。天井付近には格子状のキャットウォークとグリッドが張り巡らされ、数百キロのアークライトやマイクを好きな位置に吊れるようになっていたため、1 光を真上から落とせる(俳優の顔に影が出にくい)2 ブームマイクを画面外ギリギリまで下げられる3 壁を簡単に外してカメラを横移動できる―という実務メリットが絶大でした。結果、「セットに天井を作る=照明と録音の自由度を奪う愚行」という共通認識が定着します。観客がスクリーンで天井を見られないのは当たり前、スタッフは空(くう)を見せない撮り方に熟練していきました。オフィスへの翻訳スケルトン化は“設備優先”という同じ発想・天井板を外せばダクトやケーブルを後付けしやすく、レイアウト変更コストを半減できます。・キャットウォークの代わりに配線ラックを走らせ、照明レールをフレキシブルに配置すれば、テナントは「自分好みに光をデザインできる」自由を手に入れられます。・ビルオーナーにとっては長期入居=原状回復コスト低減という副次効果も期待できます。 2-2.『市民ケーン』が見せた“頭上の衝撃”――たった一枚の布が空気を変えた 1941年、25歳の新人監督オーソン・ウェルズは、新聞王ケーンの栄光と孤独を描く大作でハリウッドの慣例を真っ向から破りました。撮影監督グレッグ・トーランドと組み、①超広角レンズ、②深度の深いフォーカス、③ローアングルの仰角を多用して人物を圧倒的に写そうとしたのです。しかしローアングルでカメラを床スレスレに置くと、どうしても空(くう)がフレームに入る。そこでトーランドは、セット全体にキャンバス布の仮天井を張り、軽量ライトを布越しに当てることで「天井が存在する」ように見せました。・布なので機材は上から吊れる・布なのでマイクの音を拾いにくくしない・布なので“低い圧迫感”をリアルに演出たったこれだけで、観客はケーンのオフィスや私邸で「重くのしかかる権力の空気」を体感したのです。当時の評論家は“映画に天井を持ち込んだ革命”と評しました。オフィスへの翻訳「低いところだけ天井を張る」という可逆的演出・受付ホールの手前3mを布張りの折下げ天井+ウォールウォッシャー照明にすると、訪問客は自然に歩速を落とし、企業ロゴへ視線が集まります。・会議室の中心だけを吸音フェルトの“浮かし天井”にすれば、実際の天井高を削らずに話し声の明瞭度と集中感を両立できます。・施工はボルト+ワイヤで吊る軽量方式にすれば、レイアウト変更時に撤去も再利用も容易――ウェルズの“布天井”と同じ可逆性が、改修費の圧縮に効果的です。ウェルズが証明したのは、「天井の有無と高さは、人の心理を一瞬で書き換える」という事実でした。オフィスでも、3mの解放と2.3mの集中を意図的に混在させることで、空間が語るストーリーを強められるのです。 2-3.ヒッチコック『ロープ』――“完全な天井”が生んだリアル密室 1948年、アルフレッド・ヒッチコックはワンシチュエーション劇『ロープ』で前代未聞の撮影実験に挑みました。テクニカラー・カメラのマガジン容量ぎりぎり10分の長回しを8カットだけ繋ぐ―という“ほぼリアルタイム映画”です。① 天井まで作った一体型セット ・舞台はマンハッタン17階のアパート。ヒッチコックは天井板を含む完全密閉セットを組み、照明を家具や壁面に埋め込むしかない状況をわざと作り出しました。 ・壁と柱はローラー付きで、カメラが通過するときだけ静かに後退し、通り過ぎた瞬間に元の位置へ戻る――舞台裏では30名以上のスタッフが家具や小道具を同期させて“動く迷路”を操っていたといいます。② 1,200㎡(約12,000ft²)の巨大背景当時の技術では現在のような合成処理はできなかったため、窓の外に広がるニューヨークのスカイラインは、実際に巨大な背景画面(サイクロラマ)をスタジオ内に設置して表現していました。その背景画面は、12,000平方フィート(約1,100㎡)ものサイズを誇り、当時としては最大級のスケールでした。夕焼けから夜景まで約80分で変化させるため、雲(スパンガラス製)を8パターン動かし、ビル灯とネオンサインを段階点灯――外の時間までリアルに流れる密室が完成しました。③ 俳優・スタッフ全員が舞台劇を再現俳優は決められた導線をミリ単位で歩き、カメラは床に敷かれたレール上を縫うように移動。天井があるせいで照明バトンは使えず、スタッフはセット外周のキャットウォークから間接光を投げ込むだけ。主演のジェームズ・スチュワートは「ここでリハーサルされているのは役者じゃなくてカメラだ!」と嘆いたと言われます。▸オフィスへの翻訳――“逃げ場のない密室”はこう作る 映画の仕掛けオフィス空間に置き換えると効果・メリット完全な天井で機材を封印小会議室・フォーカスブースの天井を2.3–2.4mに抑え、間接光だけで照度を確保余計な情報を遮断し、集中・緊張を高めるローラー壁でフレキシブル動線可動パーティション+レール照明で、執務室をイベント/研修モードにワンタッチ転換レイアウト変更コストを削減し、テナントの運営自由度を確保時間が流れる窓外サイクロラマガラス面に調光フィルム+LEDラインを組み合わせ、昼夜の色温度を自動演出バイオリズムを整え、生産性と滞在快適度を向上 ポイントは、「高さを下げる」ことそのものではなく、低さが生む心理効果を狙って設計するという姿勢です。ヒッチコックはリスクと手間を承知で天井を付け、観客を部屋ごと飲み込みました。同じようにオーナーは、ハイスタッドの開放感とロースタッドの集中感をシーンごとに切り替えることで、坪単価以上の“体験価値単価”を創り出せます。 2-4.心理学が裏づける「高さと思考」の相関――“カテドラル効果”を正しく使うために ①. そもそも“カテドラル効果”とは2007年、マーケティング研究者 Meyers-Levy & Zhu が発表した一連の実験が出発点です。被験者を10ft(約3m)と8ft(約2.4m)の実験室に振り分け、・創造連想課題(Remote Associates Test)・抽象 vs. 具体ワードの分類課題を行わせたところ、高天井では「自由」を想起し、抽象的・統合的思考が優位「発散(創造・概念化)」、低天井では「拘束」を想起し、具体的・緻密な処理が優位「収束(分析・検証)」という有意差が確認されました。著者はこれを、ゴシック聖堂の高いヴォールト*が敬虔さと創造性を喚起するイメージになぞらえ、Cathedral Effect と命名しています。高さは数字だけでなく、人の頭の中にこそ存在する――それが、カテドラル効果が教えてくれる最大のヒントなのです。*ゴシック聖堂の高いヴォールト:ゴシック建築によく見られるアーチ型で高い天井のこと②. 脳科学が示す裏づけ2015年、トロント大のVartanianらはVRで天井高を2.4m/3.0m/4.5mに操作した空間を提示し、脳の活動状態を調べるためにfMRI(機能的MRI)*という装置を使って実験を行いました。すると、天井が高い空間にいるときの方が、「空間の広がりをイメージする力」に関わる脳の領域(たとえば楔前部や後帯状皮質)がより強く反応することが分かりました。同時に主観評価でも「美しさ」「近づきたい」が上昇。脳レベルでも「開放→アプローチ」「閉塞→回避/集中」という対応関係が確認されました。fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging):脳のどの部分がどのくらい活動しているかを画像で可視化できる装置。③. 最新ワークプレイス研究のアップデート2024年に発表された実験的ワークプレイス検証では、CGでオフィス空間を作り替えながら被験者にVR体験をさせ、天井高とパーティション高さ・輪郭形状などを多変量で比較。天井高は「広がり」と「覚醒度(arousal)」を同時に引き上げる一方、低天井は「安心感」と「タスク集中」を高めるという傾向が再確認されています。しかも「実寸より知覚高さ」が決定的で、照明の入れ方や垂直ラインの強調でも効果が変動する、と報告しています。④.数値で見る“高さ×思考”マーケティング研究者 Meyers-Levy & Zhu が手掛けた、実際の心理学実験(Meyers-Levy & Zhu, 2007)では、以下のような結果が報告されています。数値で見る高さ×思考の心理実験(代表例) 実験条件主なタスクパフォーマンス差付随感情3.0m:高天井アイデア発想・図式化+15〜25%創造スコア上昇(Meyers-Levy)自由・解放・わくわく2.4m:標準読み取り・入力-ニュートラル2.4m:壁近接校正・数値チェック+10〜18%エラー減(同上)集中・没頭・やや緊張 ※効果量は代表的実験の中央値を概算。個人差・文化差で振れ幅あり。これは、人間の認知システムが空間の「高さ」や「広さ」を無意識に感知し、それをもとに心理的な行動戦略を切り替えるためとされています。・天井が高いと脳は「広く遠くを見る」モードになり、創造的な問題解決に適した思考が促進されます。・天井が低く近いと脳は「目の前の細部に集中する」モードになり、ミスを減らし緻密な作業に向いた注意力が高まります。 第3章:オフィスビルの天井高は“技術・法規・市場”の三すくみで進化した ――「梁下2.3m問題」からZEB3m時代までの100年を俯瞰する―― 3-1.近代オフィスの出発点――“八尺(2.4m)”がビジネス空間の標準になるまで ■1890-1920年代:欧米3m→日本2.4mへの翻訳作業・輸入モデル・明治後半、丸の内に並んだ赤煉瓦の三菱一号館(1894)や横浜正金銀行本店(1904)は、階高3.5m級・天井高3m超という「ロンドン/シカゴ流オフィス」をそのまま再現していた。ところが国産材と職人技だけで3mを支えるのはコストが跳ね上がる。・材料モジュールの壁・20世紀に入ると石膏ボードや合板が3×8尺(910mm×2430mm)で工業化される。ボードを縦に1枚貼ると天井は約2.4mで端材ゼロ。経済合理性が“高さの物差し”になった。・法令の後押し・大正9(1920)年制定の市街地建築物法は居室の最低天井高を7尺(≒2.1m)と定めるにとどまったが、実務者は「余裕を見て8尺(2.4m)を確保しよう」と解釈。やがて「八尺=文化的で健康な生活」という標語が広がり、住宅もオフィスも2.4mが近代の普通として定着した。 3-2.関東大震災が突きつけた現実――梁を太らせ、階高を削るジレンマ ■1923年9月1日:巨大地震と“耐震の夜明け”関東大震災はレンガ造や木骨石造のオフィスを軒並み倒壊させた一方、早稲田大・内藤多仲らが手がけた耐震RC造の日本興業銀行本店は無傷で残った。「高さより骨太構造」が一夜にして常識となり、以後の設計は梁・柱を大幅に増量する方向へ傾く。■“梁を太く、階高を抑える”という処方箋・耐震性を確保するには部材を太らせるか、階数を減らすしかない。東京・大阪の地価はすでに高騰しており、オーナーは階数を削るより階高を削る道を選びました。・1920年代後半に出回った事務所ビルの実測図を見ると、梁せい600–700mm/階高3.0m前後が散見され、天井裏のクリアランスは 300mm程度しか残っていませんでした。■1931年改正:高さ“100尺(31m)”制限と2.4mの裏づけ市街地建築物法は1931年の改正で「用途地域ごとに絶対高さ100尺(31m)」を導入し、同時に居室天井高2.4m(推奨)を技術基準に盛り込んだ。こうして「梁は太いがフロア枚数は減らせない→実天井を削る」という構図が制度的にも固定化され、昭和初期に建てられた多くのオフィスで梁下2.3m台が当たり前になります。 3-3.戦後復興→高度成長期――“設備が天井を押し下げた”1950-70年代 ■ 1950 年:建築基準法が定めた 「最低 2.1m」 と団地の8尺固定敗戦で焼け野原となった大都市は、とにかく屋根の数をそろえる必要に迫られます。新しく施行された建築基準法は居室の最低天井高を2.1mと明文化し(施行令21条)、自治体は公営・公団住宅を八尺=2.4mモジュールで量産しました。・石膏ボード3×8尺の規格がそのまま現場寸法になるため、端材ゼロ・工期短縮。・住宅市場で2.4mが「文化的生活の水準」というイメージを確立し、オフィスも追随。■1960年代:空調・蛍光灯・OAダクトが“二重天井”を常識に1 パッケージ型空調機の国産化(1961年頃)でオフィス全館冷房がブームに。2 蛍光灯インバータ安定器の普及で、照明器具を天井面にびっしり埋め込む設計が急増。3 電話・タイピスト用配線を天井裏に回すとメンテが楽になる――という設備屋の提案が拍車。結果、戦前は300mm程度だった天井裏クリアランスが500–600mmに膨張。ところが耐震上、階高は簡単に増やせない。ディベロッパーは実天井を2.4m→2.3m前後まで下げ、階数を確保する“ダイエット設計”を選びました。技術メモ・1963年までは絶対高さ31m規制(100尺規制)も残り、階高を伸ばせない法的制約が存在。・1965年時点の新築中規模ビル図面を見ると、梁せい650mm/階高3.0m/天井裏550mm/実天井2.35mが典型値。■1970年代:情報化と省エネで“天井裏700mm”の袋小路・OA化第1波(大型コンピュータと集中配線)が始まり、電話・電源ケーブルをさらに追加。・省エネ法(1979)の制定準備でダクト径を太くし、VAV方式や外気導入量を確保。天井裏はもはや設備のハイウェイ。しかし梁は動かせず、階高は3.0m前後に固定。その結果、「低いのにパンパン」という矛盾が顕在化しました。当時のオフィスビルのオーナーは、1 梁下にさらにチャンネルレールを追加して配線を吊る2 デスク島ごとに天井から電源ポールを垂らすなど苦肉の策を講じますが、圧迫感とメンテ難は解消せず、これがのちの大規模リニューアル需要を生む負の遺産となっていきます。■数字で俯瞰する1950-70年代オフィス(代表値) 竣工年代階高天井裏厚実天井高主な設備トレンド1950s3.0m≈350mm2.45m天井直付け蛍光灯・局所ファンコイル1960s3.0m500–600mm2.35m全館空調+二重天井標準化1970s3.2m-2.4m(梁下2.3m台も)OA配線増、VAVダクト太化 1950〜70年代のオフィス設計は、「設備を詰め込みたい→梁は太い→天井が下がる」という三段論法の結果、低天井で過密な空間ストックを多く残しました。その後の大規模リニューアルや建替えによって、OAフロアが普及し、天井裏に配線が集中するオフィスは、今ではほとんど見かけなくなっています。 3-4.超高層ブーム(1968-1980年代)――「階高3.4m/天井高2.7m」を取り戻すまで 1968年、霞が関ビル(地上36階)が竣工すると、日本のビル開発は一気に縦へと向かいます。以後12年間で高さ100m以上のオフィス棟が30棟超東京に出現しました。 技術イシュー処方箋天井高への影響耐震:建築限界100尺規制(31m)を解除(1963)したが、超高層は地震が最大リスク鋼管入りCFT柱・アウトリガー梁で剛性確保梁せいを抑えられ階高3.4–3.6m/実天井2.6–2.7mが復活大容量空調:延べ10万m²級フロアを均一温度で冷やすフロアコイル+二重ダクト、ダクト厚≈600mm天井裏は肥大したが、階高を増やせたため天井高を確保高速エレベータ:100m超ではコアが太るシャトル+ゾーニング(低・中・高層区分)執務フロアに梁抜け空間が生まれ、局所的に3mも ケーススタディ:新宿三井ビル(1974)・階高3.6m/梁下実天井2.7m・免震は無いが、X字鉄骨ブレースをファサードに露出→コア側の梁せい550mm で済み、天井裏650mm を確保。 3-5.バブル以降のブランド競争――2.8m→3m時代とZEBへの跳躍 ①1980-90年代:外資系テナントの2.7m宣言円高で日本に進出した外資金融は「梁下2.7m未満なら入居不可」と条件を提示。森ビル・三井不動産は実天井2.8mのA-クラス仕様を打ち出し、以後「2.8m=ハイグレード」が共通言語になります。②2000-10年代:働き方改革と2.9m+コラボ空間・ABW(Activity Based Working)・フリーアドレス普及で「視線が遠くまで抜ける空間」が評価指標に。・2014年の虎ノ門ヒルズ森タワーは階高4.0m/実天井2.9m、OAフロア100mm上がり。森ビルの標準仕様でも実天井2.8mが最低ラインに。・ケン・コーポレーションの仲介統計では、築 10 年以内ビルの 7 割が2.8m以上、3m超は15%。③2020-25年:ZEB/ESGが「階高そのまま、天井高アップ」を後押し 技術階高・天井高インパクトオーナー目線のポイント床吹出し空調ダクト厚を150mm→0mmに圧縮。階高そのままで+150mmの実天井天井裏が減り、スケルトン化との相性◎。冷気が足元から立ち上がるため省エネ。LED直付け+センサー制御器具厚100mm→20mm。照度をゾーン単位で可変“見せ梁”の陰影を強調しつつ電力-30%配線ラック+モジュラー家具天井板を外し、ケーブルをトレイ走行レイアウト変更コスト-40%免震・制振ブレースの化梁せい縮小で階高3.8m→3.6mでも実天井維持超高層でもハイスタッドを確保しやすい 最新A-Pランク(丸の内・虎ノ門・渋谷再開発)は階高4.0m/実天井3.0-3.1mが目安。三菱地所の常盤橋タワー(2027予定)は 3.1m+床吹出し+免震 を公表し、ESG レーティングで賃料プレミアムを狙っています。 第4章:日本の建築家たちによる天井高の試行錯誤 ――高さをめぐる構造技術・意匠・設備のせめぎ合い――日本の近代建築は、海外のモダニズムを咀嚼しつつ、地震多発・資源制約・住宅事情といった固有条件を織り込むことで独自の方向へ発展してきました。そのなかで天井の高さをどう確保するかは、多くの巨匠が手を焼き、また新たなアイデアを生み出す源にもなったテーマです。本章では、丹下健三・黒川紀章・槇文彦らの代表的事例を概観し、日本のオフィス建築が「高い天井」へ至るまでの模索を追います。あわせて高度情報化社会が天井裏に与えたインパクトやフロアプレート拡大がどのように天井高の設計を変えたかも整理し、オーナーがリノベや新築を考えるうえでのヒントを探っていきます。 4-1.丹下健三:構造美と大空間の両立をめざす――“合理とダイナミズム”のジレンマ ■ 戦後公共建築を通じた「大屋根」の探求丹下健三(1913–2005)は戦後日本を代表するモダニスト建築家であり、東京カテドラル聖マリア大聖堂(1964)や国立代々木競技場(1964)の大胆な屋根構成で知られます。彼は構造力学を深く理解しつつ、国際水準のモダニズムを日本の文化・都市環境に接合することをテーマとしました。・国立代々木競技場では吊り屋根構造を採用し、内部に支柱のない大空間を実現。観客席の天井高は場所によって大きく変化し、中央部で20m超にもなる圧倒的スケールを確保。一方で周囲の街並みに合わせて外観スケールを調整するなど、高さと環境調和の両立を狙っています。■ オフィス建築への応用と限界丹下の代表作には大手町の東京計画(都庁移転以前の構想)や東京都庁舎(1991)など大規模公共建築が多いですが、オフィスビルにも同じ「構造の合理と空間のダイナミズム」を持ち込みました。・霞が関ビル(当時の新日本ビル計画に関与)では3m近い天井高を取りつつ梁成を抑える設計案を提案。結果的には超高層化とコストの兼ね合いで妥協点が多かったものの、免震・制振の可能性や階高4mの試案など、先駆的なアイデアを示唆していたといわれます。 4-2.黒川紀章:メタボリズムと“変化する空間”――天井裏をどう扱うか ■ メタボリズム運動での試行錯誤黒川紀章(1934–2007)は、1960年代に勃興したメタボリズム運動の旗手の一人。「建築や都市は生命体のように成長・変化すべき」という思想のもと、カプセル化・ユニット化された空間を提案しました。・代表作の中銀カプセルタワービル(1972)では、直方体カプセルを軸に接合し、内部天井高2.1mと極端に抑えることでコンパクト化を図っています。これは住宅用ではあるものの、低天井がもたらす囲まれ感を逆手に取り、空調・電気配線をワンセットで組み込んだ“動的プラグイン空間”を実現しようとした試みでした。■ オフィス設計でのユニット化と天井高黒川は超高層オフィスでも「ユニットごとに将来の変更を容易にする」考えを貫きましたが、実際には天井裏を自由に使える二重天井がユニット化を阻み、現場レベルでは梁下寸法を確保できずに苦労したといわれます。・リバーシティ21(1980s)のオフィス棟計画では、フロアを可変ユニットにする構想があったが、空調・配線の集中管理が壁/天井裏を肥大化させ、結果的に実天井2.4m前後で落ち着いた。メタボリズム理論と日本の設備常識が衝突した例として語られています。 4-3.槇文彦:グリッドと透明性――「2.7m~3m」のオフィス設計美学 ■ ガラスカーテンウォールと整然とした寸法槇文彦(1928–)は国際的に著名な日本人建築家で、シンプル・ミニマルなデザインと厳格なグリッド計画を特徴とします。たとえば幕張メッセ(1989)や東京国際フォーラム(1996)は巨大空間をガラスと鉄骨の美しいリズムで支え、場内の視線の抜けを確保しました。・オフィスビルでは、定型的なモジュール化により2.7m~3.0mの天井高を確保しながら、梁や梁型を極力見せない設計を得意としています。■ 天井裏へのこだわり――梁/ダクトの“すみ分け”槇氏は構造体=主役、設備類=徹底して隠すという方針を掲げ、梁や柱は整然としたグリッドを見せつつ、ダクトや配線は天井裏や壁内で処理するケースが多いです。・ただし、近年は空調ダクトが大口径化、OA配線も膨大化しており、天井裏だけですべてを収める設計が難しくなっているのも事実。槇事務所の近年のプロジェクトでは「梁は美しく見せ、設備は床下や柱周りに逃がす」設計手法が徐々に進んでいます。 4-4.高度情報化がもたらした“天井裏トラフィック渋滞” ■ 1970–90年代:電話・FAX・LANが天井裏を埋め尽くします高度成長期に普及した全館空調と蛍光灯埋込照明ですでに逼迫していた天井裏に、1970年代後半からは通信ケーブルが怒涛の勢いで増えました。・当初は電話回線と専用線が数本。1980年代後半になるとトークンリング/イーサネットケーブルが各デスクまで延び、天井裏ケーブルの束径が200mm超になるオフィスも。・1990年代に入るとISDN・CATV・専用線など多重化でさらに複雑化。配線類を引き込み直すたびに天井パネルを外す必要があり、結局「天井高が下がり、メンテもしにくい」という負のスパイラルが発生しました。■ 床下配線・OAフロアの普及こうした背景からOAフロア(二重床)が1990 年代に本格普及します。もともとコンピュータ室など特定用途向けだった二重床を執務エリア全体に広げたことで、1 天井裏のトラフィックを減らす→実天井に余裕2 配線更新が床面のハッチから可能→工事コストを削減“床に配線を逃がす” 動きが、次なる「天井高確保」への道を切り開いたわけです。 4-5.フロアプレートの大型化――「梁を消す」「柱を外周に追いやる」発想 ■ 超高層ビルの大空間で天井高が上がった理由1960–80年代に進んだ超高層化は、単にフロア数を積むだけではなく「大スパン・大開口」を追求する流れでもありました。・柱を外周に集約すれば、フロア中央がワンルーム化し、梁や柱の出っ張りが減る。天井をフラットにしやすく、実天井2.7mを確保しながら 500–700mm 程度の天井裏を確保できます。・ただし地震国・日本では、大スパン化に伴う梁/トラスの断面拡大が不可避。外周部に制振ブレースを集中配置したり、コアを強固にして梁せいを抑えるノウハウが進化した結果、大床+高天井が同時に可能になりました。■“柱を隠す”構造デザインとスラブ跳ね出し近年の超高層オフィスでは、アウトリガーや張り出しスラブによって柱をファサードラインに溶かし込み、梁型を極力出さずに天井高をフラットに仕上げる手法が多用されています。例えば森ビルや三井不動産の大型プロジェクトでは、免震層や制震ブレースを低層部とコアに集中させ、執務フロアにほぼ柱型を出さない設計。階高4.0m→実天井2.9mをオフィス標準にしながら700mm以上の天井裏を確保するという離れ業を実現しています。 第5章:アメリカ超高層文化がもたらした“天井高フリーダム” ―スチールと低地震リスクが生んだ3m超の常識、そして日本へのフィードバック― 5-1.地震の少なさ×スチール構造=「いくらでも高く取れます」 シカゴ派(1880-1910年)が発明したスチールフレームは、柱梁を細く保ったまま階高を自由に伸ばせる画期的な仕組みでした。加えて米中西部・東海岸は地震リスクが小さく、構造体を太らせる必要がないため、階高4.0m/天井高3m超が20世紀初頭から標準になります。・代表例クライスラービル(1930):階高4.3m、当時の賃貸パンフに「天井10ft(約3.05m)」と明記。・Wilshire Grand Center(LA,2017)でも階高4m台。震度7.4相当を想定しつつショックアブソーバ式制振で梁成を抑え、3m超を維持。 5-2.フィードバックの歴史――日本の高天井化は「アメリカに学ぶ→耐震で翻訳」の繰り返し 年代米国側トレンド日本側の“翻訳”天井高への影響1960sスチール超高層の3m天井が成熟霞が関ビル(1968)で初導入2.6–2.7mを回復1980sAクラスビルが「10ft=3.05m」を広告森ビル・住友三角ビルで2.8mを競う2.8m=ハイグレード”定着2010sニューヨーク再開発で3m+が標準丸の内・虎ノ門再開発で2.9m→3.0mへZEB・ESG文脈で高さプレミアム顕在化 ・One Vanderbilt(NY,2020)はオフィス階 スラブ高15’2″(4.6m)、床‐天井クリア3.0m超を売りにし、テナントが「3m未満は検討対象外」と語ったことが話題になりました。・この北米3m基準が東京A-Pランクビルの設計要件に逆輸入され、常盤橋タワー(2027予定)では階高4m/実天井 3.1mを公表。 5-3.ストモダンと多様化――倉庫リノベ・インダストリアル天井の台頭 ■ シリコンバレー発「倉庫→オフィス」ムーブ1990年代後半、サンノゼやマウンテンビューでは、家電物流倉庫(軒高5–6m)を配管むき出し+ガラス間仕切りのクリエイティブオフィスに転用する動きが加速。・メリット:梁下5mのスケール感、工事コスト40%減(外壁・屋根は既存利用)。・課題:空調負荷1.5倍、遮音・採光の確保。欧米メディアは「スタートアップらしさ=天井が高くて配管が見える」イメージを定着させ、グーグルやメタが巨大倉庫をキャンパス化。インダストリアル天井がブランド化しました。■ 日本への波及と実務的限界「天井を張らずに、構造体と設備配管をあえて露出する」―いわゆるインダストリアル天井(スケルトン天井)は、海外のロフトスタイルやSOHOデザインの影響を受け、日本でも一部で導入が進んできました。東京都内では、五反田・浅草橋などのR&D系リノベーション案件で、梁下4m超の元倉庫物件をオフィスに転用する事例が散見されます。構造体の迫力をそのまま見せ、天井仕上げを省略することで、“余白”や“創造性”を感じさせる空間演出として評価されています。しかし一方で、日本のインダストリアル天井導入には実務上の限界も少なくありません。・元倉庫は、オフィス用途とは防火区画・避難規定が異なるため、→防火シャッターの追加/排煙窓の新設/内装制限(不燃)への対応が必要・このため、坪8〜12万円の追加コストが発生する例も報告されています・空調も、床置きファンコイル+シーリングファン等による補完が必要で、→一次エネルギー消費は標準仕様比+25%と言われるなど、ESG観点での評価には慎重さが求められますそれでもなお、「倉庫的空間をオフィスに活かす」ことの可能性は注目されています。とくに近年は、「BCP対応型ハイブリッドオフィス」として、自社倉庫を“非常時の最小限オフィス”として活用する設計提案も増えてきました。災害時には、倉庫に通信・電源・可搬デスク・パーティションなどを備えておくことで、指令室やサテライト機能を代替するミニマムオフィスとしての活用が可能になります。これまで見てきたように、オフィスの天井が今のような寸法に落ち着いたのは、偶然ではありません。高度成長期の都市開発、建築基準法の制約、設備技術の進化――すべてが絡み合い、梁下2.3〜2.4メートルという現実を形づくってきたのです。つまり、天井が低いことは、単なる設計ミスでも古さの象徴でもなく、歴史と機能の積み重ねによって生まれた、ひとつの合理の結果だと言えるでしょう。けれど、その合理性が今の時代にとっても最適かといえば、話は別です。いくら背景を理解しても、テナントが狭い・暗い・重いと感じれば、それは選ばれない空間になります。では、この制約の中で、私たちは何ができるのでしょうか。高さそのものを変えることが難しいなら、印象を変える。用途や心理に応じて、高さの使い分けを再設計する――それが、築古ビルをもう一度選ばれる場所に変えるための視点です。 以下、後編 この後、お届けるする後編では、実際にどこをいじり、どう見せ、どう活かすかという「天井再設計の実践編」に入ります。制約の中にこそ、設計者とオーナーの戦略眼が問われる。そんな視点で、読み進めていただけたらと思います。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年12月2日執筆

古い賃貸オフィスビルの内装をどう変える?人材に選ばれる空間づくりの実務ポイント

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「古い賃貸オフィスビルの内装をどう変える?人材に選ばれる空間づくりの実務ポイント」のタイトルで、2025年11月17日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに第1章:なぜ今「内装」が人材確保のカギなのか第2章:築30年超でも選ばれる「内装リノベ」の条件第3章:成功事例に学ぶ「印象」と「機能」を両立させた内装改善第4章:テナント目線で読み解く「内装の価値」第5章:その空間に、思想はあるか?─ビルの価値を決める設計の哲学第6章:オーナー・管理会社が今すぐできる実務アクション第7章:まとめ 築古でも“選ばれる”ための内装戦略おわりに:古いことは、弱みではない。整っていないことが弱みになる。 はじめに 築年数が古くても、内装次第でビルは再生できます。実際に、築30年超の賃貸オフィスビルであっても、戦略的な内装改善により、優秀な人材を惹きつける企業が入居し、賃料アップや満室稼働を実現した事例は少なくありません。本コラムでは、都心の中規模・賃貸オフィスビルを保有するオーナー・管理会社の方々に向けて、ポストコロナ時代の働き方と人材ニーズに対応した「内装戦略の最前線」を、豊富な実例とともに、専門的な視点からわかりやすく実務的に解説していきます。単なる“デザインの流行り”ではなく、テナント企業の評価軸に合った空間とは何か?築年数というハンデを乗り越えるために、どこに投資すべきか、どこに手をつけるべきか?本コラムを通じて、その判断軸と実行のヒントを、具体的に探っていきましょう。 第1章:なぜ今「内装」が人材確保のカギなのか かつて昭和の時代から続いてきた「オフィス=作業場」という発想は、今や過去のものになりつつあります。令和の現在、オフィスは企業の戦略や文化を表現する空間として、その役割と価値が再定義され始めています。特に2020年代以降、働き方の多様化やテレワークの普及と見直しを経て、「社員がなぜ出社するのか」「出社する意味とは何か」を、企業があらためて問い直すようになりました。その中で、「社員が出社したくなるオフィスをどうつくるか?」というテーマは、経営の視点からも重要な課題として注目されています。単に生産性や利便性を追求するだけではなく、組織の創造性や意思決定のスピード、対話の質といった、“リアルな場”だからこそ生まれる価値が見直されている背景があります。もはや、ただ机が並んでいるだけの従来型オフィスでは、人は集まりません。これからの時代、過去のオフィス像を乗り越え、「働きたくなる空間」への転換が求められています。 「本質的な多様性」に応えるオフィス空間へ 「多様性(ダイバーシティ)」という言葉も、以前のように軽やかに語れる時代ではなくなりました。働き方における多様性も、今まさに“再定義”のフェーズに入っています。これまでは、“なんでも受け入れること=多様性”といった表面的な理解が広がっていた時期もありましたが、いま企業が求めているのは、もっと実質的で、仕事に集中できる環境を整えるという意味での“地に足のついた多様性”です。その実現には、「誰にとっても快適な空間づくり」や「業種・職種ごとの働き方にフィットする柔軟性」が欠かせません。たとえば、同じオフィスの中でも:・一人で集中したいエンジニアと、会話が多い営業職・通常勤務の社員と、フレックスや時差出勤をしている社員・社内業務メインの部署と、来客対応が多い部署──こうした多様な働き方が共存しています。だからこそ、現場ごとの違いをきちんと捉えたうえで、選択肢のあるオフィス設計を行うこと。これが“本質的な多様性”に対応した空間づくりと言えるのではないでしょうか。 総務担当者が見る内装のチェックポイント テナント企業のオフィス選定において、実質的な決定権を握っているのは多くの場合、総務部門や移転プロジェクトの実務担当者です。彼らは“社員が毎日使う場所”としての視点で物件を見るため、ビルオーナーの想定以上に細かくチェックしています。以下は、内見時に特に注目されやすいポイントです: チェック項目着目されるポイント例エントランス清潔感/開放感/来客への印象.老朽化や暗い照明はマイナス要素共用部(廊下・EV)共用部(廊下・EV)明るさ/安全性/視認性.古い内装材や色温度の違和感は悪目立ち天井高・躯体構造空間の開放感や現し天井の可否.圧迫感の有無も重要床仕様/OAフロア床仕様/OAフロアレイアウト変更の柔軟性.配線のし易さなども見られる照明/空調照明のチラつき/照度不足、温度ムラ/席による寒暖差は注意ポイントトイレ/給湯室清潔感/男女/手洗いスペースの広さ.古さ・臭いは即NG判断に直結セキュリティ/動線来客/荷物動線の分かり易さ.オートロックや監視カメラの有無案内表示/サイン類テナント表示やピクトグラムの視認性.統一感のあるサイン計画が好印象 加えて、近年では企業の“社員ブランド”や“採用力”を表現する場としても、オフィスの空間設計が重視されています。・「このオフィスなら採用ページに載せても見栄えがするか?」・「来社した取引先に“この会社、ちゃんとしてる”と思ってもらえるか?」こうした視点で、内装そのものが企業の“顔”として評価されているという現実があります。総務担当者は、設備だけでなく“目に見えない印象”まで含めて、内装を判断しているのです。 内装は、テナント確保=人材確保の基盤 企業にとって、オフィスは単なる設備ではありません。“人材戦略の一部”です。社員が働きやすい環境を提供できなければ、離職リスクは高まり、採用競争力にも差が出ます。そして、テナント企業が人材確保に本気で取り組んでいるからこそ、選ぶオフィスにも“本気”が求められているのです。築年数という“言い訳”が通用しない時代に入っています。ビルオーナーとしても、内装改善に本気で向き合う姿勢が問われています。 第2章:築30年超でも選ばれる「内装リノベ」の条件 「古い=選ばれない」という時代は、もう終わりを迎えています。いまのテナント企業が重視しているのは、築年数そのものではなく、実際に働く空間の質です。つまり、古さそのものが問題なのではなく、“古さのまま放置されている状態”こそが問題なのです。適切な内装リノベーションを施せば、「賃料が安いから仕方なく選ばれるビル」から「この空間なら働きたい」と直感的に感じさせるビルへと進化することは可能です。特に、築30年以上が経過した中小規模の賃貸オフィスビルにおいては、物理的な制約を受け入れながらも、どこに手を入れるかが勝負になります。では、どのような視点で内装改善を考えるべきか?ここでは、選ばれるビルが備えるべき3つの内装価値について整理してみましょう。 ■ 選ばれる築古ビルの「3つの内装価値」 ① 印象:最初の3秒で「ここ、良さそう」と思わせる力人もビルも、第一印象が9割。内見の最初の3秒で「ここはないな」と思われてしまえば、その後の逆転は難しくなります。エントランス、受付、EVホール、共用廊下といった“共用部の顔”は、空間全体の評価を大きく左右します。たとえば──蛍光灯で薄暗いエントランス汚れた床材が貼りっぱなしの廊下年季の入ったトイレの蛇口や洗面台こうした「手が入っていない印象」は、どれだけ立地が良くても選定から外される要因になります。逆に、白を基調に間接照明を組み合わせるだけで、空間の印象は一変します。“清潔感”と“明るさ”があれば、築年数の壁を超える──それが内装の力です。② 機能:見た目ではなく「実際に使えるか」で判断されるオフィスは、見た目だけでは選ばれません。テナントが業務を快適に遂行できる空間かどうかが、重要な判断基準です。企業がチェックするのは、以下のような基本性能です:空調はゾーン分けされており、席によって暑い・寒いが発生しないかOAフロアが設置されており、自由にレイアウト変更ができるか通信設備(光回線・LAN・電源容量)は現代水準に対応しているかセキュリティや監視カメラなど、一定の安心感が担保されているかこうした“実際に使えるかどうか”の視点で、機能性は冷静に評価されています。いくら内装のデザインを整えても、こうした基本機能が備わっていなければ、テナントから選ばれることはありません。③ 柔軟性:未来の変化に「対応できそう」と思わせる余白いまのテナント企業が求めているのは、「今だけ快適なオフィス」ではありません。人員増加・部署変更・フレキシブルな働き方…変化を前提としたオフィス選びが一般的になっています。だからこそ、「この物件なら、変化に柔軟に対応できそうか?」という視点が重要です。柱や梁の配置は、間仕切りの自由度に影響しないか?天井高は十分か?スケルトン対応が可能な構造か?壁や床の下地構造は、テナント工事に対応しやすいか?“どうにでもできそう”と感じさせる内装かどうか。この“余白”こそが、選ばれる築古ビルの重要な要素です。■ 共用部と専有部、それぞれに必要な改善ポイント内装リノベというと、「テナント専有部」ばかりに目が向きがちですが、共用部こそが、ビル全体の印象を決定づける場であることを忘れてはいけません。以下、実際に改善効果の高い代表的なポイントを整理します: 区分改善ポイント内容例共用部エントランスタイル・照明の更新、サイン計画、床材の張替えなどEVホール・廊下LED照明、視認性向上、壁紙の更新トイレ・給湯室器具更新、臭気対策、男女比対応、清掃性専有部床・天井・壁床・天井・壁OAフロア新設、天井現し、クロス・床材更新空調・照明照度設計、個別空調ゾーン設計、静音対策インフラ・配線電源容量、光回線、LAN配線・電話配管など 中でも、「一部だけでも刷新」することで印象が劇的に変わるポイントもあります:トイレの鏡と照明を変えるだけで、“新しいビル”に見えるEVホールの壁面のパネルを工夫するだけで、グレードアップ感が得られる廊下のクロスとエレベーターの意匠を揃えるだけで統一感が出るこうした“費用対効果の高い一手”を見極めることが、内装改善において極めて重要です。 第3章:成功事例に学ぶ「印象」と「機能」を両立させた内装改善 築古ビルが内装リノベーションによって“選ばれる物件”へと再生することは、理論上の話ではありません。ここでは、東京都港区に位置するフロア坪数100坪超の賃貸オフィスビルの事例を紹介します。この物件は、築10年超の時点で、一時全館空室となりましたが、全館の内装再生によって満室復帰・賃料水準の向上を実現した成功事例です。このケースからは、今の時代でも通用する普遍的な改善のヒントが多数読み取れます。ポイントは、「第一印象の劇的な改善」と「テナント目線の実用性強化」をセットで実施した点にあります。 ■ 物件概要と状況:全館空室状態からの出発 対象物件は、東京都港区・JR山手線の駅から徒歩10分の立地にある中規模オフィスビルです。竣工1993年。キーテナントが退去した時点で築13年でしたが、全フロアが空室となる危機的状況に直面しました。この段階で、オーナーが取った選択は「賃料を下げて埋める」のではなく、一棟丸ごとのリノベーションを断行するという、攻めの意思決定でした。築古ビルであることを前提にしながらも、「物件の印象と機能を根本から再構築する」という明確な方針のもと、工事は計画されました。 ■ 第一印象を劇的に変える:共用部の「印象改革」 最初に手を入れたのは、ビルの“顔”とも言える共用部の刷新です。この段階で重視されたのは、「古さを隠す」のではなく「時代に合った空間として再構成する」という発想です。(1). エントランス外観の刷新(庇の意匠変更)リニューアル前は、曲線的な庇とモルタル調の外壁が特徴的な古い印象のファサードでした。これを、直線的でシャープな意匠に変更し、外観に現代的な印象を加えています。(2). エントランスホールの照明演出・素材選定内部のエントランスホールでは、天井に間接照明を仕込むことで、柔らかくも高級感のある光を演出。白を基調とした壁面と、シルバー系の金属素材をアクセントとして用い、清潔感と洗練性を両立させています。(3). EVホール・廊下・水回りの素材アップグレード共用廊下には明るい床材を採用し、「暗くて古臭い印象」を徹底的に払拭。また、水回り(トイレや給湯室)については器具の交換・照明の調整・素材感の統一によって、清潔感と快適性の両方を確保しました。→ これらの共用部の刷新によって、内見時に「古いビル」というイメージを逆転させる効果を実現しています。 ■ テナント目線での実用性改善:機能面の再整備 次に、テナント専有部および設備系統についても、入居後の快適性・業務効率を重視した改修が行われました。(1). OAフロアの新設全フロアにOAフロア(フリーアクセスフロア)を導入し、配線の自由度と安全性を向上。これにより、テナント企業はレイアウト変更や機器配置を自由に設計できるインフラ環境を得ることができました。(2). 空調・照明のゾーニング空調設備については、エリアごとの温度調整が可能なゾーン設定を導入。照明も執務エリアと会議エリアで照度を切り替えられるようにし、社員の体感快適性と生産性を意識した設計がなされています。(3). セキュリティ・遮熱対策などの細部対応エントランスにはオートロックと監視カメラを新設し、セキュリティの信頼性を向上。また、窓面には遮熱フィルムを施工し、夏季の空調効率を改善するなど、細部に至るまで機能性の底上げが図られています。 ■ 結果:空室ゼロ&周辺相場超えの賃料で満室稼働 こうした印象改善×機能強化のリノベーションを経た結果、対象物件ビルは再募集開始から短期間で満室となり、空室ゼロを達成しました。しかも、リニューアル前より賃料を引き上げた状態で募集を行い、周辺相場より高い水準での成約が成立しました。見た目だけの化粧直しではなく、機能と印象の両面を改善かつ、細部にわたる“使いやすさ”への配慮この2点を的確に押さえたことが、成功の最大要因となったのです。 ■ 今の時代に通じる「エッセンス」は何か? 今回、取り上げた対象物件の改修は2006年実施とやや前の事例ですが、「どこに投資すべきか」「どう印象を変えるか」というエッセンスは今なお通用します。清潔・明るい・整っているという共用部の基本要件テナントが使いやすいインフラ環境(配線・空調・セキュリティ)内見時に「ここなら恥ずかしくない」と思わせる設えと印象づくりとくに、白+間接照明+金属素材の組み合わせや、シンプルで力強い空間演出などは2025年現在でも“時代に左右されない、選ばれ続ける定番”と言えるでしょう。 第4章:テナント目線で読み解く「内装の価値」 “良いオフィス内装”を決めるのは誰か? オフィス内装が“良い”かどうかを決めるのは、オーナーではありません。その空間で日々働く、テナント企業の社員たち自身です。しかもその評価は、誰かに聞かれたときだけでなく、日常のなかでリアルタイムに下されています。近年ではSNSを通じて、働く人の率直な本音が広がりやすくなっており、例えばこんな声が見られます:・「内装が古すぎて気分が上がらない」・「薄暗いオフィスで毎日出社するのが苦痛」・「エントランスが古くて来客を呼ぶのが恥ずかしい」逆に、ポジティブな声もあります:・「清潔で明るいオフィスだから毎日出社が楽しみ」・「エントランスがキレイだと会社のイメージも上がる」・「トイレが使いやすいおかげで快適に過ごせる」こうした声がSNSで拡散されることで、オフィス内装の印象や満足度は、企業のイメージにも少なからず影響を与えています。ただし、SNS上の意見をそのまま真に受けるのは危険です。発信者のバイアスや一時的な感情が反映されやすく、“言語化しやすいもの”だけが目立ってしまう構造があるからです。それでも、働く人たちがどんな空間に満足し、何にストレスを感じているのか――その「感覚のリアル」に向き合う姿勢は、オーナーや管理側にとって不可欠です。この章では、SNSなどの“表層の声”にとどまらず、社員の行動や心理に根ざした、「本質的な内装評価」の視点を深掘りしていきます。 ■ 第一印象と清潔感は“即決レベル”の判断要素 「このビル、いいですね」と感じるか、「ここはちょっと…」と引かれるか。内見や来訪のわずか数分のあいだに、物件の印象は決まります。特に共用部──エントランス、受付、EVホール、廊下、トイレといった空間は、全ての人が必ず“見る・通る・使う”場所であり、印象評価に直結します。以下は、テナント社員が日常で体感している“内装の印象”にまつわる声です:・「受付が暗くて来客のたびに恥ずかしい」・「廊下が無機質で気が滅入る」・「トイレが古いと、会社全体が古く見える」これらの声の共通点は、“清潔感”と“居心地”への感覚的評価にあります。見た目の派手さやデザイン性以前に、「きちんと手入れされているか」「明るく安心感があるか」が問われているのです。 ■ トイレ・廊下・照明──“意外に重要な細部”が評価を左右する ビルオーナーが見落としがちなのが、“脇役に見える内装要素”が実は主役級に重視されているという事実です。たとえば、ある調査では、働く人がオフィス内装で最も気になる場所は「トイレ」という結果が出ています。その理由は以下の通りです:・1日に何度も使うから「不快だと気になる」・プライベートな空間なので「清潔感がダイレクトに伝わる」・来客時にも案内するため「会社の印象に直結する」さらに、廊下や照明も心理的な快適性に大きく関わります。・廊下が閉鎖的だと圧迫感を覚える・蛍光灯のチラつきや、寒色系の光はストレスを誘発する・明るすぎず暗すぎない、自然な色温度の照明が安心感につながる内装というと「執務室のデザイン」や「インテリア」を想像しがちですが、社員が毎日必ず接するこれらの空間こそ、満足度・定着率・モチベーションに直結する領域です。 ■ テナント企業が重視する「見えない価値」とは? テナントの内装評価には、「目に見える部分」だけでなく、“見えない価値”も含まれています。・空間の清潔感や快適性が「社員に好かれるか?」という採用力に直結・取引先を案内した際に「会社の印象がどう見えるか」に影響・毎日働く社員の気分・集中力・健康にも間接的に関与これらは数値では測りにくいですが、非常に実感の強い要素です。「古いけど、なんか居心地がいい」「必要なところがちゃんと整っている」そんな空間は、長く愛され、選ばれ続けます。ビルオーナーとしては、“細部に神経が行き届いた空間”こそ、テナント企業から評価されるということを強く認識する必要があります。単なる箱貸しではなく、働く人に寄り添う空間づくりを提供できるか。そこに、築年数を超えた競争力が生まれるのです。 第5章:その空間に、思想はあるか?─ビルの価値を決める設計の哲学 (1). なぜ今、内装に「意味」が問われているのか 2025年、東京の賃貸オフィスビル市場では“内装”という言葉の重みが変わり始めています。ただお洒落にすればいい、映える空間をつくればいい――そんな時代は終わりました。現在のテナント企業が本当に求めているのは、「その空間が、自社にとって意味のある場となるか」という一点に集約されます。ポストコロナ、テレワーク、Z世代の価値観、多様性の再定義、ESG疲れ――こうした社会の揺らぎのなかで、オフィスという空間は単なる「執務スペース」から、“経営や組織文化を体現するリアルな装置”へと位置づけが変わってきています。そしてこの変化のなかで、オフィス内装に求められているのは、流行を取り入れることではなく、その企業らしさを引き出す「舞台」としての整え方です。だからこそ、オーナーも「いま流行っているデザインは何か?」ではなく、「働く場としての“質”とは何か?」を捉え直す視点が必要とされています。 (2). 「トレンドワード」に惑わされず、“意味”で読み解く 最近、「グレージュ」「ニューミニマル」「ホームライク」といったワードが、オフィスの内装トレンドとして取り上げられているみたいで、リノベーション業者やオフィス家具メーカーなどが、こうした言葉を積極的に打ち出しているのをよく目にします。たしかに、こうしたキーワードは空間デザインの方向性を端的に掬い取るという点で、一定の役割を果たしている側面もあります。しかし、本当に大切なのは――そうした言葉を「そのままなぞること」ではなく、その背景にある「人間の感覚」や「働き方の本質」を読み解くことです。たとえば:① グレージュ(Greige)とは:・グレージュ(Greige)は「グレー(灰色)」と「ベージュ」を合わせた造語で、灰色の持つ洗練された落ち着きと、ベージュが持つ温かみや自然な柔らかさを併せ持った中間色のことです。・オフィスにおいて、無機質で冷たい印象の強い真っ白な壁や濃いグレーを避け、従業員が心理的に落ち着き、リラックスして過ごせる色合いが選ばれるようになってきました。グレージュの柔らかくフラットな色調は、過剰な刺激を抑え、集中力を維持しやすくするとともに、「安心感」や「快適さ」を感じさせる色として評価されています。・つまり、企業側が従業員のメンタルヘルスや感情面の安定に配慮した職場環境作りを重視する流れの中で注目されているカラーです。② ニューミニマル(New Minimal)とは:・「ニューミニマル」は、単に装飾を減らしただけの従来型ミニマリズム(Minimalism)を超え、機能性や利便性を損なわずに、視覚情報を徹底してシンプル化する新しい概念です。形状や色彩を厳選することで、心理的ノイズや過剰な刺激を最小限に抑え、「集中力」や「生産性」を高めることを狙います。・近年、情報過多によるストレスが社会的問題になり、職場においても「いかに余計な刺激を排除し、仕事に集中しやすくするか」が重要視されています。ニューミニマルは、情報を削ぎ落とし、必要な情報だけを際立たせる「視覚的ノイズの最適化」という観点で、働く人の効率性と精神的負荷の軽減を目指す背景があります。③ ホームライク(Home-like)とは:・「ホームライク(Home-like)」とは、その名の通り「家庭のような」「自宅のような」空間のあり方を指し、職場においてもリラックスして自分らしくいられる環境づくりを目指すコンセプトです。オフィスの中に、自宅にいるような安心感や居心地の良さを取り入れ、従業員のストレスを緩和し、ウェルビーイング(心身の健康・幸福感)を向上させることを目的としています。・ホームライクという概念の背景には、従来型オフィス空間に対する意識の変化があります。長時間働く現代人にとって、職場で過ごす時間は非常に長く、従来のような堅苦しく緊張感の高い空間では心身への負担が蓄積されてしまいます。また、人間は本質的にリラックスした環境のほうが創造性や生産性を発揮しやすく、柔軟な発想やコミュニケーションの活性化も期待できます。このような理由から、企業側もオフィス内にリビングルームのような柔らかいインテリアや居心地の良さを取り入れ、従業員が心理的に安心し、ストレスから解放される職場環境の整備に積極的に取り組むようになりました。このように、トレンドワードにも共通しているのは、ただの流行として消費されるのではなく、「社員の心理的安全性」や「集中と拡散のバランス」、「緊張と解放」といった、“空間を通じて働きやすさを支える”という目的意識が、その背景にあるということです。オーナーにとって本当に重要なのは、「話題のキーワードを寄せ集めて、なんとなく取り入れてみる」ことではありません。それぞれの言葉が示している“人の働き方”や“企業の空間戦略”を、意味として読み解く力。そこに投資すべき価値があります。 (3)「完成された空間」から、「余韻のある空間」へ かつてのオフィス内装は、“完成された美しさ”を目指すものでした。共用部も専有部も「最初から出来上がった状態」で提供され、それを使ってもらう――そんな発想が一般的でした。しかし現在、多くのテナント企業が求めているのは、「自社らしく使いこなせる空間」です。それは決して“白紙の空間”を求めているのではなく、「整っていながら、手を加えやすい空気感」を備えた場だと言えます。たとえば:・内装を過剰に演出せず、素材感を活かしたニュートラルな設えにする・明るさや清潔感を意識した照明計画を敷きつつ、控えめな存在感にとどめる・床材や壁材はシンプルで質感のあるものを選び、テナントの家具や備品が映える構成にするこうした設計思想は、空間を「決めすぎない」ことで、入居者の創造性を引き出します。意図的に“余韻”を残した空間設計――それが、今後の築古オフィスにおける内装戦略の軸になり得るのです。未完成ではなく、“整えられた余白”としての完成度。それが、オーナー側から提供すべき空間のあり方ではないでしょうか。 (4)「整えて渡す」からこそ生まれる、自由度とのバランス 築古ビルの内装改善を考える際、オーナーとして悩ましいのは、「どこまで仕上げて渡すべきか?」という永遠のテーマです。仕上げすぎるとテナントが手を加えにくくなり、自由度が下がる。かといって、仕上げが甘ければ“管理されていないビル”と見なされ、印象で損をします。このジレンマに対して、私たちが取っている答えは明確です。「きちんと整えたうえで、自由に使える余白を設計する」こと。具体的には:・天井・床・壁の仕様は、上質でプレーンな仕上げを選択し、余白として機能する構成に・空調や電源・LAN配線などのインフラは、すぐに使える状態で整備しておく・ブラインドや照明は、快適性を担保しながら、過度に主張しない実用的な設計にとどめるこうした「汎用性のあるミニマルな完成形」を用意することが、テナントにとっては“自社らしく使いやすい空間”となり得ます。「何もしない自由」ではなく、「きちんと整っているからこそ安心して手を加えられる余白」――それこそが、築古ビルにふさわしい提供のかたちです。私たちが重視するのは、「選ばれる空間」であることと同時に、「信頼される空間」であること。仕上げの思想を持ち、整えたうえで手を渡す――そのあり方が、ビルの価値を左右します。 (5). 空間の「思想」が、ビルの差別化を生む トレンドやデザイン、機能性――それらは確かに重要ですが、最終的に「選ばれるビル」と「見送られるビル」を分けるのは、“空間に思想があるかどうか”です。これは、派手なコンセプトや装飾を施すという意味ではありません。むしろ逆に、「この空間は、誰が、どのように、どんな働き方をするための器か?」という明確な意図が込められているかどうかが問われているのです。たとえば:・「小規模でも、社員が静かに集中できる場所を用意したい」・「来客が多い企業向けに、受付から会議室への導線をスマートに整えたい」・「流行りのシェアオフィスなどではなく“専有空間の快適さ”にこだわる企業の受け皿になる」こうした設計思想が、内装のデザインや素材、照明や動線計画に反映されていれば、ビルそのものが“働くための哲学”を持った空間として評価されるのです。特に、築古の中規模・賃貸オフィスビルこそ、“思想のある改修”が価値を生みます。築浅・大型物件のように設備や構造で勝てないからこそ、思想とこだわりで差別化する。・派手なデザインではなく、“意図のある余白”・決まりきった内装ではなく、“丁寧に選ばれた素材”・無機質な空間ではなく、“人が安心して働ける場”としての提案その積み重ねが、「このビル、なんか良い」と感じてもらえる印象に変わり、結果として空室を埋め、テナントが長く居つくビルへとつながっていきます。空間の意味を再定義したうえで、ビルオーナーとして問われるのは「では、明日から何をするか」です。次章では、築古ビルでもすぐに着手できる内装改善の実務アクションを、費用対効果の視点とともに整理していきます。 第6章:オーナー・管理会社が今すぐできる実務アクション 空間に意味を持たせる。 それは決して、大規模改修や高額なデザイン監修だけで実現するものではありません。むしろ築年数の古い中小ビルにとって重要なのは、「限られた投資で、どれだけ印象と使い勝手を高められるか」という現実的な判断です。この章では、小さな改善でも大きな成果を生み出す“実務アクション”を整理していきます。そして、ただ整えるのではなく、「テナントが“選ぶ理由”になる改善」とは何か?を掘り下げます。① エントランスの整備(過剰な装飾ではなく、“きちんとした佇まい”をつくる)・床や壁の汚れ・劣化箇所を補修し、清潔でフラットな状態を維持・無駄な設置物を避け、空間にノイズを持ち込まない構成・照明は昼光色かつ高照度で統一し、明るさそのもので清潔感を演出→ 「整理されている」「信頼できるビル」という印象は、過剰な演出ではなく管理の精度で伝わります。② 共用部照明のLED化と高照度設計・昼光色×高照度を基準に、照度ムラや劣化を徹底排除・古い蛍光灯や色ムラのある器具は、LED一体型で一新・共用廊下・EVホール・トイレなど、全ての動線空間で明るさを担保→ 視認性・清潔感・安全性の3点を、最も効率的に改善できるのが照明。空間の信頼性を底上げする基本中の基本です。③ 部分リニューアル(素材の更新で“くたびれ感”を除去)・廊下やEVホールの壁紙・巾木の更新(落ち着いた色調で統一感を重視)・カーペットタイルは、やや暗め・深みのあるトーンを採用・ドア・スイッチ・サインプレート等、目につく細部部材は優先的に交換→ 一部の素材を更新するだけでも、「このビルは手が入っている」と感じさせる効果があります。④ 共用部の徹底清掃・メンテナンス強化・床や金属部材の洗浄・研磨でくすみを取り除く・ガラス面の定期清掃で視界と光の抜け感を確保・トイレの臭気対策・水栓まわりの更新を実施→ “清掃が行き届いている空間”は、それだけで管理レベルの高さを直感的に伝える最大の要素です。⑤ サイン計画の刷新(見落とされがちな印象の要)・古くなったテナント表示板・フロア案内板を統一フォーマットで更新・郵便受け・インターホン・注意書きなどの掲示類を“貼らない整理”に転換・サインはあえて主張せず、情報の視認性・整理整頓・静けさを優先→ 無理にかっこよくするのではなく、「混乱がない」「無駄がない」ことが価値になる領域です。 ▼印象戦略の本質:整っていれば、それだけで選ばれる 築古ビルにおいては、過剰な装飾や奇をてらった仕掛けよりも、「基本が整っている」こと自体が最大のアピールになります。何かを足すのではなく、余計なものを削ぎ落とす。そんな“引き算”の内装改善こそが、働く人にとって本当に快適で、評価される「地に足のついた空間戦略」と言えるのではないでしょうか。 第7章:まとめ 築古でも“選ばれる”ための内装戦略 築年数が古くても、人を惹きつける賃貸オフィスビルは確かに存在します。そして、それらのビルに共通しているのは、単なる見た目の新しさではなく、「この空間で働きたい」と思わせる“印象”と“思想”を備えていることです。本コラムで紹介してきたように、テナント企業の視点は、かつてよりもはるかに高度化しています。立地・広さ・賃料だけでは判断されず、「社員が毎日使う空間として、どこまで信頼できるか」という総合的な印象評価が、入居の意思決定を左右する時代です。(1). デザイン性だけでは足りない、“使いやすさ”とのセットが鍵照明が明るいか、トイレが清潔か、レイアウト変更しやすいか――こうした細部にこそ、働く人の快適性や企業の使い勝手が宿ります。どれほどお洒落な内装でも、座る場所が寒い/暑い、配線が不便、音が響くといったストレスがあれば、テナントから「ここでは働けない」と判断されてしまいます。逆に、華美でなくても使い勝手が良く、整った印象を与えるビルには、長く安定したテナントがつきます。デザイン性と実務性のバランス――それが“選ばれる内装”の本質です。(2). テナントの「働く環境」に寄り添えるかが選定基準になる2025年現在、オフィス内装に求められているのは、単なる意匠ではなく「働き方に応じた空間の調律」です。一人で集中したいときにこもれる場所があるか来客時の動線がスマートに構成されているか会議・雑談・静寂、それぞれのシーンにフィットするゾーニングがあるかこれらはすべて、テナント企業の“社員戦略”と直結する要素です。オフィスが整っていれば、採用・定着・エンゲージメントにも良い影響を与える――その感覚を持った企業ほど、空間を見る目が厳しくなっています。ビルオーナーが真に競争力を持つには、そうした「経営の文脈でオフィスを選ぶ企業」から見られていることを意識する必要があります。(3). 最後に問われるのは、“ビルの印象をどう作るか”という覚悟ここまで内装の要素、改善アクション、トレンドの読み解き方などを整理してきましたが、最終的に勝敗を分けるのは、“そのビルが持つ印象”です。共用部が明るく清潔に整っている無理にトレンドを追わず、落ち着きと使いやすさがあるスケルトンで余白を残し、入居企業が“自分たちの場”として育てられるこうした印象は、単なる仕様の積み重ねではなく、オーナーの「姿勢」や「考え方」が反映された結果です。このビルは、誰に、どんな働き方を提供したいのか?この問いに明確な答えを持ち、ブレずに整え続けている物件こそ、結果として選ばれていくのです。 おわりに:古いことは、弱みではない。整っていないことが弱みになる。 築年数の経過したビルでも、「デザイン性」と「使いやすさ」を両立させた内装戦略によって、十分に勝負できます。大切なのは、見た目の刷新にとどまらず、そこで働く人の視点に立った“使い勝手の向上”をセットで提供することです。テナントの従業員は、その空間で日々、長い時間を過ごします。だからこそ、快適で働きやすい環境をつくるという設計思想が不可欠です。派手さは必要ありません。清潔で、洗練され、機能的であること。そんな空間は、企業にとって「採用力」や「人材定着率」を支える、“人的資本への投資基盤”にもなり得ます。そして最終的に問われるのは、ビルオーナー自身の姿勢です。築年数は変えられなくても、「印象」は内装次第で変えられる。そしてその印象こそが、テナントに選ばれるかどうかを左右するのです。本コラムで取り上げたポイントをもとに、自分のビルにはどんな可能性があるか――ぜひ、現実的に見直してみてください。築古ビルでも、人は集まり、選ばれる。その未来を切り拓くのは、オーナーの判断と、内装への投資です。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月17日執筆

築古オフィスビルを活かすインダストリアルリノベーション ~低コストで“今っぽい”空間を実現するための実践ガイド~

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古オフィスビルを活かすインダストリアルリノベーション~低コストで“今っぽい”空間を実現するための実践ガイド~」のタイトルで、2025年11月12日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次1.導入:築古オフィスビルの活用価値とトレンド2:低コストで、今っぽく見せるための基本ポイント3.インダストリアル・テイストの特徴と魅力4.「見せる配管」の活用術5.実際のリノベーション事例6.低コストとデザイン性を両立させるポイント7.まとめ:築古オフィスビル×インダストリアル・テイストの魅力 1.導入:築古オフィスビルの活用価値とトレンド 築古オフィスビルのリノベーションが近年、大きな注目を集めています。長くビジネス・エリアとして栄えたエリアに立地することも多く、年月を経た独特の風合いや街並みに溶け込む佇まいは、築古オフィスビルに、単なる箱としてではなく、過去の歴史を感じる“物語性”を持った空間としての付加価値が生まれます。また、既存の構造をうまく活かせば工事コストを抑えることが可能であり、その分をデザインや機能性の向上に回すなど、自由なアイデアを盛り込みやすいというメリットもあります。一方、社会全体では価値観や働き方の多様化が進み、シンプルかつ機能的な空間づくりへのニーズが強まっています。生活スタイルや働き方が大きく変化する中、「低コスト」でありながら「今っぽさ」を感じられる空間を実現するリノベーションに対する需要は、ますます高まっています。築古オフィスビルならではの味わいを活かしつつ、テナントのニーズや時代性に合わせた新しい価値を創造していくことが、これからのリノベーションの可能性といえるでしょう。 2:低コストで、今っぽく見せるための基本ポイント 近年、築古オフィスビルのリノベーションにおいて「低コスト」でありながら「今っぽく」見せることが重要なポイントとなっています。その実現の鍵を握るのは、装飾過多を避けるミニマルなデザイン、素材の持つラフな質感を活かすこと、そしてあえて「未完成感」を演出する手法です。それぞれのポイントを詳しく掘り下げながら、実践的なアイデアや具体例を交えて紹介します。 2-1.ミニマルデザインで費用削減と洗練を両立 ■ “残す”ことで生まれるコストダウン築古ビルの壁や床は、長年の使用により塗装が剥がれていたり、キズや凹凸があったりするものです。これを全面的に改修しようとすると大きなコストがかかります。一方で、そうした“経年変化”をあえて残し、保護や部分補修だけで済ませることで、施工費用を削減しつつ独特の風合いを残せます。たとえば、塗装の剥げ具合をそのまま活かし、上からクリア塗装だけ施せば、古さと新しさが混在する不思議な魅力をもつ空間を創り出すことができます。■ 無駄をそぎ落とすことで演出される洗練感ミニマルデザインの考え方に沿って、空間全体の色数を抑え、インテリアの装飾をシンプルにすることで、広がりや余白を感じさせられます。古い建物ならではの風合いが際立つだけでなく、導線や機能面もすっきりと整理されるため、オフィスや店舗としては使い勝手が向上します。 2-2.ラフな質感の活用 ■ コンクリートやOSB合板の可能性インダストリアル・テイストを象徴する素材といえば、やはりコンクリートの打ちっぱなしでしょう。新築で意図的に作るとなると相応の施工費がかかりますが、築古ビルの壁や柱からコンクリートが出てくるケースでは、下地処理を最小限に抑えるだけでそれらを“表の顔”として活用できます。一方、OSB合板は下地材として使用されることが多いですが、その独特の木材チップ模様はデザイン性が高く、低コストで個性的なアクセントウォールや家具を作ることが可能です。■ エージング加工と相性の良い素材“ラフな質感”をさらに際立たせるために、エージング(古びた風合いを人工的に与える加工)を施すこともあります。金属部分をわざと酸化させたり、木材をバーナーで炙って焦がしたりするなど、ちょっとした手間でドラマチックな見栄えを実現できるのも、ラフな素材の面白さです。 2-3.あえての未完成感 ■ 未完成がもたらす空間の自由度完成しきっていない状態をデザインに取り込むと、利用者がレイアウトや用途を柔軟に変化させやすくなります。壁の一部に仕上げを施さず、下地のまま残しておけば、将来的に簡単なDIYで棚を取り付けるなどの拡張もしやすくなります。企業の成長スピードが速いスタートアップなどでは、オフィスのレイアウト変更が頻繁に起こり得るため、このような“未完成”の状態がむしろ利点となるケースがあります。■ 施工工期の短縮とコスト削減仕上げを最小限にするということは、つまり施工工程を大きく削減できることを意味します。特に築古ビルのリノベーションでは、現状把握から解体、内装工事までに想定外の工程が生じることも珍しくありません。あえて完璧な仕上げを目指さず、最低限の補修とクリアコート程度で留めることで、工期も費用も抑えつつ、むしろ“味のある”空間が得られるのです。これらの「ミニマル」「ラフ」「未完成感」という要素を組み合わせることで、今注目される「インダストリアル・テイスト」を実現することが可能になります。次章では、このインダストリアル・テイストについて詳しく掘り下げ、その特徴や魅力を説明します。 3.インダストリアル・テイストの特徴と魅力 3-1.歴史的背景:産業革命から生まれた空間 インダストリアル・テイスト(Industrial style)は、その名のとおり産業的(industrial)な美意識に由来しており、19世紀末から20世紀初頭の欧米における産業革命期にルーツを持ちます。この時代は、蒸気機関や機械化技術の発展に伴い、大量生産と都市への人口集中が進んだ大変革の時代でした。イギリスではマンチェスターやリヴァプール、アメリカではニューヨークやシカゴなどの都市部を中心に大規模な工場や倉庫が次々と建設され、鉄骨、コンクリート、レンガなどの新しい建築素材が大量に使われるようになります。しかし、20世紀に入り、産業構造の変化や工場の郊外移転などが進むにつれて、都市部に残された多くの工場や倉庫が放置されるようになりました。荒れ果てたこれらの建物は、広いフロアや高い天井といった特徴を備えつつも、外壁や柱、配管などの無骨な構造がむき出しで、一般的な住宅やオフィスとは異なる雰囲気を醸し出していたのです。 3-2.20世紀中盤以降:アーティストとデザイナーによる再評価 こうした廃墟化した工場や倉庫に最初に目をつけたのが、1960年代から70年代にかけて活動した若いアーティストやデザイナーたちでした。ニューヨークのソーホー地区やブルックリン地区、ロンドンのイーストエンド地区などでは、家賃の安い廃工場や倉庫がギャラリーやアトリエ、住居として再利用され始めます。彼らは、予算の制約や実験精神もあって、鉄骨やレンガ壁、コンクリートの床、配管やダクトなどを隠すことなく、そのまま活かすことを選びました。それは意図的というより、「経済的理由」や「工事の手間を省く」という必要に迫られた結果でした。しかし、そのむき出しの配管や無機質なコンクリート壁が生み出す“無骨だが洗練された”魅力は、やがて意図せざる流行を生み、アンダーグラウンドの芸術家コミュニティを中心に注目されるようになります。これが、現在の「インダストリアル・テイスト」と呼ばれるスタイルの源流でした。 3-3.モダニズムからポストモダニズムへ:建築思想との関連 19世紀末から20世紀前半にかけて主流となっていたモダニズム建築は、“Less is more”に代表される機能主義と合理主義を追求し、装飾を廃した簡潔なフォルムに美しさを見出しました。ところが、1960年代以降になると、このモダニズム建築の均質的かつ無機質なデザインに対し疑問を呈する動きが生まれます。これがポストモダニズム建築の台頭です。ポストモダニズムでは、多様で複雑な表現を志向し、場合によっては構造体や機能部を意図的に露出させ、建築物自体を“建築の内面を外部に可視化したオブジェ”としてデザインするという試みが見られます。その代表例が、レンゾ・ピアノとリチャード・ロジャースによるパリのポンピドゥーセンター(1977年)です。構造体や配管類をあえて外部に剥き出しにし、それ自体を装飾として強調する手法は、当時の建築界に大きな衝撃を与えました。さらには、フランク・ゲーリーのように、建物の外壁を歪ませたり、素材そのものの質感を強調するようなデザインを打ち出す建築家も登場しました。こうしたポストモダニズムの考え方が、アーティストやデザイナーによる“廃工場・倉庫の再利用”の動きと結びつき、従来の建築常識ではタブーとされた“むき出しの構造”や“未完成のような仕上げ”をポジティブに評価する風潮が広がっていきます。これこそが、現在私たちがインダストリアル・テイストと呼ぶスタイルの大きな思想的背景になっているのです。 3-4.インダストリアル・テイストを形づくる要素 インダストリアル・テイストの具体的な特徴は、以下のような要素に集約されます。■ 素材の露出鉄骨(スチールフレーム)やコンクリート、レンガ壁、金属管(配管・ダクト)など、産業建築における構造材や機能部品を隠さずに見せる。■ 無骨さと重厚感レンガやコンクリートがもたらす無機質で重厚な雰囲気、鉄骨や金属素材が放つクールさと線のシャープさ。■ 未完成感・ラフな仕上げ塗装が剥げたり、下地がむき出しになった状態をあえて残すことで、長年使用された建物特有の味わいを活かす。■ 大きな空間と高い天井工場や倉庫などにもともと備わっているオープンな空間構成を活かし、壁や区切りを最小限にする。■ モノクロやアースカラーを基調とした配色素材そのものの色(灰色のコンクリート、茶色のレンガ、黒い鉄骨など)を活かし、過度な装飾や多彩な色を使わない。 3-5.なぜ現代で支持され続けているのか? ■ 多様化する価値観や働き方との相性モダニズム建築が追求した“合理主義”は、多くのメリットをもたらしながらも、行き過ぎると無機質・没個性的になりがちでした。現代ではSNSやクラウドサービスの普及により、人々がさまざまな場所・時間・手段で働き、暮らすようになっています。そのなかで、個性ある空間へのニーズが高まり、画一的ではない“個”を尊重するスタイルが好まれています。インダストリアル・テイストは、まさに“個性的な素材・構造”を大きな特徴とするため、この潮流に合致しているのです。■ “無骨さ”と“クールさ”の絶妙なバランスインダストリアル・テイストがもたらす無骨でありながらクールな印象は、特にオフィス空間や店舗デザインで引き合いが多い理由の一つです。画一的なオフィスでは得られないアーティスティックな雰囲気が、スタートアップ企業やクリエイティブ業界などで人気を博しています。スタッフの想像力やコミュニケーション意欲を高め、職場への愛着が増すといった効果も期待できるでしょう。■ コストと環境への配慮インダストリアル・テイストでは、配管やコンクリートを“隠す”内装仕上げを行わない分、低コストでの施工が可能になる場合があります。また、既存の建物や素材をそのまま利用することで、廃材や新材の使用量を減らし、環境への負荷を低減できる点も魅力です。建築のサステナビリティが求められる現代において、“再利用”と“デザイン”を両立させる手法として、インダストリアル・テイストがますます注目されているのです。 4.「見せる配管」の活用術 築古ビルをリノベーションする際、低コストかつ魅力的に見せる代表的なアプローチとして「見せる配管」が挙げられます。従来であれば壁や天井の中に隠す空調ダクトや電気配線を、あえて露出させる手法を指します。空間の一部としてむき出しの配管やダクトが走る様子が視覚的に面白く、機能美をそのままデザインに取り込むことができます。オフィスビルのリノベーションにおいて、この手法は低コストとデザイン性を高レベルで両立できるアプローチとして注目されています。 4-1.「見せる配管」のメリット ①コスト削減・工期短縮■ 隠蔽工事が不要本来、天井裏や壁内部に配管を収めるための造作工事が必要ですが、見せる配管を採用すればこれを省けるため、工事費の削減と工期の短縮が期待できます。築古ビルでは想定外の補修が発生するケースも多いので、浮いた費用を別の設備投資に回せる点は大きなメリットです。■ 投資回収のスピードアップ施工期間が短くなると、テナントの入居開始時期が早まり、オーナーや投資家にとっては投資回収のスピードを上げやすくなる利点もあります。② 空間のインパクト向上■ 素材の質感・色合いを活かす配管に使われる金属や樹脂などの素材感が、無骨ながらも独特の存在感を演出します。インダストリアル・テイストを強調するうえで非常に効果的です。■ 意外性によるデザインの面白み通常は隠される要素を見せることで、“意表を突く”デザイン上の面白みを生み、訪れた人の記憶に残るオフィス空間となります。③ メンテナンスの容易性■ 点検・修理が簡単露出しているため、配管の劣化や異常に気づきやすく、万が一の修理作業も大掛かりな壁や天井の解体を行わずに済む可能性が高いです。■ ランニングコスト削減配管周りの補修に大きな費用をかけずに済むため、長期的な運用コストを抑えられます。 4-2.具体的な「見せる配管」デザイン事例 ① 統一感を出す塗装■ 配管を天井や壁面と同色に白い天井に白いダクトを走らせると、光や影のグラデーションが適度な奥行きを生み出し、クールな印象になります。グレーや黒で塗装し、全体をモノトーンにまとめる事例も多く、落ち着いた大人の空間を演出できます。■ 塗装の仕上がりにこだわるマット調や半艶仕上げなど、塗料の種類によってダクト表面の質感が変わり、全体の雰囲気にも影響を与えます。オフィスのブランドイメージやコンセプトに合わせて選ぶのがおすすめです。② アクセントカラーで個性を演出■ 企業カラーの取り入れロゴやコーポレートカラーと同じ色で配管を塗装すると、一体感のあるオフィス空間を手軽に作れます。訪問者に企業イメージを強くアピールするブランディング手法としても効果的です。■ メタリックカラーや黒でシャープに配管をあえて黒やシルバーメタリックに仕上げると、機械的で洗練された印象が強まり、インダストリアルの世界観をさらに引き立てます。③ 素材感をそのまま活かす■ 無塗装によるリアルなインダストリアル感ステンレスやガルバリウム鋼板など、素材そのものが美しい光沢や質感を持つ場合は、塗装を行わずにむき出しのままにするのも一つの方法です。シンプルな内装とのコントラストが際立ち、独特の迫力ある空間を演出できます。■ 経年変化を楽しむやや錆びた金属感や酸化による色変化は、ヴィンテージライクなテイストを好む層にとって魅力的な要素です。ただしオフィスとして快適さを損なわないよう、クリア塗装で表面を保護するなどの工夫も必要になります。④ 照明との融合:機能性とデザイン性の両立■ レール型LEDの取り付け空調ダクトに沿ってレール型照明を設置し、必要に応じて照明の位置や角度を変えられるようにしておけば、空間の使い方が変わっても柔軟に対応できます。■ 吊り下げ照明でアクセントダクトや配管から吊るすペンダントライトを複数配置すれば、照明自体がインテリアの一部として映え、インダストリアルな雰囲気を高めると同時に作業エリアの照度を確保できます。■ 天井高の有効活用築古ビルの場合、元の天井がそれほど高くないケースもありますが、“見せる配管”と“照明の一体化”を図ることで圧迫感を軽減し、開放的な印象を維持できます。 4-3.導入時の注意点とメンテナンス ① 法規や安全性の確保■ 建築基準法や消防法を遵守特に耐火性能が求められる配管やダクトの露出には注意が必要です。万一の火災時に配管が延焼経路にならないか、避難動線に支障はないかなど、事前に専門家との協議を行いましょう。■ 防災設備との位置関係火災報知器やスプリンクラーの配置にも影響を与える場合があります。配管が検知機器を遮ってしまうと消防法に抵触する可能性があるため、施工計画を緻密に立てる必要があります。■ 既存躯体の調査と補修築古ビルのリノベーションでは、躯体や配管などが思いのほか傷んでいる可能性があります。安全性を確保するために専門家による調査を徹底し、必要な補修を行ったうえでデザインに活かすよう計画しましょう。② メンテナンス対応の重要性■ ホコリや汚れの蓄積配管がむき出しだと、どうしてもホコリや汚れが目立ちやすいです。掃除のアクセスルートを確保し、高所作業車や脚立を使った清掃の手間を考慮しておく必要があります。■ 結露や温度差による劣化冷暖房機能をもつ配管(空調ダクトなど)は結露しやすく、周囲の建材を傷める可能性も。ドレン配管の処理や、保温材の選定などをしっかり行い、長期的な耐久性を担保しましょう。③デザインバランスと快適性■ 居心地との両立露出配管や無機質な素材が増えると、空間が冷たい印象になりがちです。オフィスで働くスタッフのモチベーションや居心地を考慮するなら、木材やファブリック素材などをバランスよく取り入れて柔らかさを補完しましょう。■ 企業のブランドイメージやコンセプトとの整合企業のブランドイメージやコンセプトに合わせて、インダストリアル・テイストの度合いを調整することも大切です。すべてを無骨なままにするのではなく、部分的に洗練された仕上げを施すなど、メリハリを意識すると良いでしょう。■ 空間レイアウトの柔軟性オープンな空間を活かすリノベーションが多いインダストリアル・スタイルでは、パーティションを工夫したり、ガラス張りの仕切りや可動式の間仕切りを取り入れるなど、空間の柔軟性を高め、機能的なゾーニングについても配慮する必要があります。■ ノイズや振動への対策稀に配管から出る風切り音や振動が気になるケースがあります。防振材の使用や配管の固定箇所の調整など、設計段階で対策を講じておくことが望ましいです。築古オフィスビルのリノベーションにおいて「見せる配管」は、コストを抑えつつも今っぽさと機能美を表現する非常に有効な手法です。素材そのものの特性を活かし、構造や機能を隠すのではなく、むしろ積極的にデザイン要素として捉えることで、現代の価値観に合致した魅力あるオフィス空間を生み出すことが可能になります。 「見せる配管」イメージ図 5.実際のリノベーション事例 事例1:老舗企業の営業所ビルを刷新、ショールーム兼オフィスへ■ 状況と背景・築30年以上が経過し、壁紙や天井材などの老朽化が目立つ営業所ビル。・社名や商品ブランディングの一環で、来訪者に「新しい企業イメージ」を感じてもらいたいという要望。■ リノベーション内容①天井をスケルトン化し、むき出しのダクトを採用 ・空調や給排気の配管を露出し、トーンを統一したグレーの塗装を施す。・天井を高く見せる効果があり、営業所内の圧迫感を軽減。②ショールームスペースに“見せる配管”+スポット照明を組み合わせ ・ダクトにレール型の照明を取り付け、展示商品に合わせて照射角度を随時変更可能に。・天井全体を暗めのカラーリングにすることで、商品のディスプレイが際立つ演出に成功。③インダストリアル・テイストで企業イメージを刷新 ・古い建物を大幅に改修することなく、“スケルトン+照明+塗装”だけで大きな変化を実現。・内装に金属調の什器を組み合わせることで、先進的なブランドイメージを伝える仕上がりとなった。■ 成果とポイント・既存ビルを解体せずに再利用することで、工期を最小限に抑えられた。・古い営業所のイメージを大幅に一新し、商談時の企業ブランディングにも役立っている。事例2:中規模オフィスビルの一角を設計事務所のアトリエに改装■状況と背景・地元の設計事務所が、既存の築古ビルの1フロアを借り受け、アトリエ兼オフィスとして活用。・クリエイティブな職場環境を目指し、無機質なデザインを採用したいとの要望。■リノベーション内容①配管の素材を敢えて活かし、未塗装のまま露出 ・ステンレスのダクトをそのまま活かし、自然光が差し込むとメタリックな輝きを放つ。・床面はコンクリートを薄く磨き上げ、クリアコーティングのみで仕上げ。②モジュール化された照明計画 ・ダクトに取り付けたレール照明で、作業机や模型置き場、打ち合わせスペースなどを柔軟に照らす。・シーンに応じてライトの向きを変えたり、増減させることで、多目的に使えるアトリエを実現。③ワークスペースに木材とファブリックをミックス ・クリエイターの長時間作業を考慮し、デスクとチェアには座り心地や疲れにくさを重視。・木製ラックと観葉植物をポイントで配置し、インダストリアルな無骨さを和らげる工夫も。■成果とポイント・設計事務所ならではの“素材を見せる”アトリエ空間が評判を呼び、クライアントとの打ち合わせ時に“デザイン事務所らしさ”をアピールできる。・配管のメンテナンスや設備点検がしやすく、オフィス移転コストやランニングコストを抑えられている。 6.低コストとデザイン性を両立させるポイント 6-1.余剰予算をどこに投資するか 築古ビルのリノベーションは、新築よりも建設費を抑えやすい傾向がある一方で、老朽化による設備補修や改修が思わぬコスト要因となる場合があります。そこで、まずは建物の躯体や設備の状態を入念に調査し、耐用年数や交換のタイミングを見極めることが肝心です。・基礎設備の優先度空調や給排水、電気配線などはビルの機能を支える基盤となるため、予算を確保して入念に整備すべきです。ここに予算を割き過ぎると、デザイン面での投資が難しくなる反面、逆に疎かにすると後々の維持管理コストが増大してしまいます。・内装のメリハリコスト削減が狙いやすい“見せる配管”やスケルトン天井などのインダストリアルな演出は、有効な低コスト手法の一例です。ただし、全体的に無骨にし過ぎると利用者の快適性が下がる恐れがあるため、必要な箇所には適切に予算を配分し、床材や照明などにメリハリをつけて投資することが大切です。 6-2.必要に応じて専門家の力を活用 築古ビルのリノベーションでは、古い建物ならではの図面不足や構造計算書の不備などに直面するケースが珍しくありません。こうした不確定要素をクリアし、安全性や建物の活用度を高めるには、専門家のアドバイスが不可欠です。・建築士や設備設計者耐震補強の必要性や設備の交換時期、配管計画など、幅広い視点で助言を得られます。・歴史的建造物に詳しいコンサルタント文化的・歴史的価値のある建物や景観保護が関係する場合、適切な保存方法や活用手段を提案してもらえます。・インテリアデザイナー“見せる配管”やインダストリアル・テイストの度合いを、トータルコーディネートの中でどう活かすかなど、空間演出や動線計画で力を発揮します。理想的には、設計・設備・デザインそれぞれの専門家とチームを組み、初期段階から協議を重ねながらプロジェクトを進めるのが望ましいと言えます。 6-3.情報共有とコミュニケーション リノベーション後のビルにテナントやオフィス利用者を迎え入れる場合は、あらかじめコンセプトやデザイン方針を十分に共有することが極めて重要です。・無骨さやインダストリアル感への理解インダストリアル・テイストは好き嫌いが分かれるスタイルとも言われます。配管の露出度、素材の選択、仕上げの程度をめぐり、意見が対立する可能性があります。・イメージのすり合わせ3Dパースやサンプル画像、塗料の見本などを用いて具体的なイメージを伝えることで、完成後の“ギャップ”を減らせます。こうした準備を怠ると、完成直前になって「こんなに無機質なのは想定外だった」といったトラブルが生じかねません。事前のコミュニケーションが、後戻りのない工事をスムーズに進めるためのカギとなります。 6-4.運用開始後のメンテナンスと改善 築古ビルのリノベーションでは、完成後も適切なメンテナンスと改善が不可欠です。特に“見せる配管”を採用している場合、日常的な清掃や定期点検が運用コストを左右します。・定期点検とクリーニングダクトや配管が露出している分、ホコリの蓄積や錆びなどが見えやすく、景観を損ねる場合があります。清掃の頻度や方法を具体的に決めておくことで、常にインダストリアルの格好良さを維持できます。・可変性の追求オフィスレイアウトの変更を想定する場合は、配管のルートや照明レールの設置に余裕を持たせ、後からアップグレードできる仕組みを検討しておくのがおすすめです。こうした運用面の計画をしっかり練っておくことで、リノベーションが完成した後もビルの価値を長く維持し、快適な環境を提供し続けられます。 7.まとめ:築古オフィスビル×インダストリアル・テイストの魅力 「見せる配管」はインダストリアル・テイストを代表する要素であり、低コスト・短工期・デザイン性という3つのメリットを提供します。築古ビルが持つ味わい深い素材や構造を最大限に活かしながら、機能性や維持管理のしやすさを兼ね備えた、個性的で魅力的な空間づくりを可能にするのが特徴です。一方で、配管を露出させる手法には法規や安全面での注意点があり、メンテナンス計画やデザインバランスの配慮も欠かせません。専門家との連携やテナント、関係者との丁寧なコミュニケーションを通じて、配管の露出度やカラーリング、照明計画などを総合的にプランニングすることで、“無骨でありながら洗練された”独自のオフィス空間が実現できます。インダストリアル・テイストは単なる一時的な流行ではなく、工業建築の歴史やポストモダニズム建築思想と深く結びついたスタイルであり、その背景を理解したうえで適切に応用することが求められます。コストを抑えつつ、強い個性と利便性を兼ね備えた空間を創り出すことが、築古オフィスビルリノベーションの成功の鍵と言えるでしょう。築古ビルは、新築では出せない経年変化や歴史的背景といった魅力を備えています。これらを積極的に活用し、現代のニーズに合わせて機能性をアップデートするリノベーションは、低コストで魅力的な空間を実現する新しい可能性を秘めています。インダストリアル・テイストを導入することで、古さと新しさ、無骨さと洗練さが絶妙に融合した世界観を演出できます。築古ビルのリノベーションは、単に外見を変えるだけでなく、設備や構造面の改善を通じて安全性や機能性も高めることで、資産価値の向上や地域の再活性化にも貢献します。実際に、空室が目立つ地域においても、リノベーションによる魅力的な空間づくりを通じて、新たな事業者やクリエイターを引き込み、地域活性化を成功させた事例も数多くあります。もちろん、施工費管理や法規制対応、維持管理計画など課題も多いですが、専門家との協力体制や関係者との密なコミュニケーションを図ることで、築古ビルが持つ潜在力を最大限に引き出すことは十分可能です。日本各地が抱える老朽建築や空きビル問題に対して、リノベーションを通じて現代のライフスタイルやビジネス環境にマッチした空間を提供することは、地域社会や都市の課題を解決する有効な手段となります。「見せる配管」をはじめとするインダストリアル・テイストの要素を巧みに取り入れ、築古ビルの新たな可能性を開拓していくことが、今後ますます求められていくでしょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月12日執筆

オフィスをリノベーションする際の減価償却の考え方とは?

皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事はオフィスをリノベーションする際の減価償却についてまとめたもので、2025年11月7日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。 オフィスビルなどの建物や車両といった資産は、年数の経過とともに価値が減少していきます。こうした価値の減少分を経費として、耐用年数にわたり計上していく会計処理を「減価償却」と呼びます。減価償却を行うことで、企業は毎年その分の経費を多く計上できるため、利益が減って税金の負担を軽減できる効果があります。今回は、オフィスビルのリノベーションをご検討されているオーナー様に向けて、リフォーム・リノベーション費用の減価償却の仕組みや計算方法、そして耐用年数について解説します。 目次1.資本的支出とは2.減価償却費の計算3.修繕費とは4.減価償却とは5.減価償却のポイント「耐用年数」とは6.リノベーション費用の減価償却計算方法7.まとめ 1.資本的支出とは リフォームやリノベーションを行った場合、その費用は「資本的支出」か「修繕費」のどちらかに区分されます。費用を減価償却できるかどうかは、まずその費用が「資本的支出」に該当するかで判断されます。「資本的支出」とは、固定資産の修理・改良のために支出した費用のうち、その資産の使用可能期間を延長し、または価値を増加させる部分に対応する金額を指します。 2.減価償却費の計算 原則として「資本的支出」にあたる工事費用は、もともとの減価償却資産と種類・耐用年数が同一の新たな資産を取得したものとして取り扱われ、そこから減価償却費を計算します。一方、資産の通常の維持管理や資産の原状回復を目的とする支出(=「修繕費」)は、その支出があった年に一括して経費計上が可能です。 3.修繕費とは 以下に該当するものは「修繕費」として処理できます。・修理・改良のために要した費用が20万円未満の場合・修理・改良などが、おおむね3年以内の期間を周期として行われることが既往の実績等から明らかな場合・原状を回復するために支出した費用また、修理・改良費用のうち「資本的支出」か「修繕費」かが明らかでない金額がある場合、次のいずれかに該当するときは修繕費として損金経理をすることができます。・その金額が60万円未満の場合・その金額が、その修理・改良などを行った固定資産の前期末における取得価額のおおむね10%相当額以下である場合(参照)国税庁:第8節 資本的支出と修繕費 4.減価償却とは 賃貸経営に限らず、建物などの減価償却資産は使用を続けるうちに経年劣化で年々価値が下がっていきます。そのため、取得時に全額を経費計上するのではなく、使用可能期間(耐用年数)にわたって分割で経費として計上していく必要があります。これが「減価償却」の基本的な考え方です。建物だけではなく、室内外の設備や機械装置など、時間の経過によって価値が下がるものは対象となります。一方、土地のように価値が減らないものは対象外です。なお、リノベーション工事の内容によっては、新設・交換した住宅設備なども減価償却の対象となりますが、単なる原状回復を目的とする「修繕費」に該当する場合は、工事の完了した年に一括経費として計上できます。 5.減価償却のポイント「耐用年数」とは 「耐用年数」とは、その資産がどれくらいの期間使えるかを示すものです。減価償却の対象となる建物や設備には、税法上「法定耐用年数」が定められており、その期間にわたって減価償却を行うことになります。例えば、オフィスビルの建物の場合、以下のように構造によって法定耐用年数が変わります。 建物の構造耐用年数鉄骨鉄筋コンクリート造・鉄筋コンクリート造50年金属造(骨格材の肉厚が4mmを超えるもの)38年 建物附属設備の場合は、用途によって次のように定められています。 建物附属設備耐用年数冷房用・暖房用機器6年インターホン6年電気設備(照明設備を含む)15年給排水・衛生設備、ガス設備15年 (参照)国税庁:主な減価償却資産の耐用年数表 6.リノベーション費用の減価償却計算方法 減価償却の計算方法には、「定額法」と「定率法」の2種類があります。資産の種類ごとに利用できる方法は決まっており、建物は定額法のみが原則ですが、建物附属設備は定率法も選択可能です(もちろん定額法で計算することも可能です)。【建物】定額法の計算方法**「リフォーム費用 × 定額法の償却率」**で求めます。たとえば、金属造(骨格材の肉厚が4mm超)に分類される建物を1,000万円かけて改装した場合、耐用年数が38年で償却率が0.027と定められているので、1,000万円 × 0.027 = 270,000円となり、年間27万円を減価償却費として計上します。(参照)国税庁:減価償却資産の償却率表【建物附属設備】定率法の計算方法**「(リフォーム費用 - 償却累計額) × 定率法の償却率」**で求めます。たとえば、共用部のトイレ(給排水・衛生設備、耐用年数15年)を500万円かけて更新した場合、償却率は0.133となります。1年目:(5,000,000円 − 0) × 0.133 = 665,000円2年目:(5,000,000円 − 665,000円) × 0.133 = 576,555円…というように、年を追うごとに計上できる額が減少していきます。 定額法・定率法 それぞれの特徴●定額法のメリット・計算がシンプルで、初期の減価償却費が定率法に比べて少ないため、初年度の経費を抑えられます。・デメリットとしては、建物などの収益力が下がり保守費用が増えてくる後年になるほど、減価償却費の負担比率が高くなる点が挙げられます。●定率法のメリット・早い段階で多く費用計上できるため、投資額の回収を比較的早められます。・デメリットとしては、初期の償却負担が大きくなることで、早期に利益を圧迫する可能性があるほか、年数が経過するにつれて節税効果が薄れていきます。 7.まとめ オフィスビルのリノベーションの際は、単純に工事費だけを考えるのではなく、減価償却や耐用年数の知識を踏まえて資産運用を検討することが、節税対策にもつながります。同じ工事内容でも「資本的支出」に当たるのか「修繕費」に当たるのかで処理が大きく変わる場合もありますので、詳細は施工会社や信頼できる税理士など専門家に相談されるのがおすすめです。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年11月7日執筆
 
 
 
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