不動産管理費とは? 仕組みやコスト削減の秘訣を現役ビルメンが紹介

皆さんこんにちは。
株式会社スペースライブラリの羽部です。
この記事は不動産管理の基礎知識から、管理会社に依頼する際の手順や注意点、コスト削減のポイントなどを詳しくまとめたもので、2025年9月1日に執筆しています。
主に不動産オーナーに向けた内容となり、対象の不動産は「賃貸住宅」「オフィス」「商業施設」「物流施設」と幅広く、初めて不動産事業に携わる方でもわかるよう、通常説明を省略するような部分についても、出来る限り丁寧に説明します。特に昨今の物価上昇により、コストアップは不動産管理の分野でも見られますので、そのような状況でどのように対応すべきかについても言及します。すでに豊富な実務経験をお持ちで、冗長に感じられる場合はまことに恐縮ではございますが、皆さまのご参考として頂ければ幸いです。
1. 不動産管理費とは?
不動産管理費とは、文字通り「不動産を管理するために必要となる費用・ビルメンテナンス費用」の総称です。具体的には、以下のような業務を遂行する上で発生する費用が含まれます。なお、2項で言及する不動産管理会社の広義の業務内容に含まれる運営管理(PM:プロパティマネジメント)や資産管理(AM:アセットマネジメント)はそれぞれ専門の委託先が存在しており、その費用に関する説明は、それぞれ個別記事にて説明させて頂きます。
・建物・設備の保守点検費用
エレベーターや空調設備、消防設備などの定期点検費用、修繕費用などが該当します。
・清掃費用
共用部・外部・駐車場など、定期的に清掃を行うための費用です。
・警備費用
警備員の配置や、防犯カメラ管理、セキュリティシステムの維持に関する費用です。
・管理人や事務スタッフの人件費
管理人(管理員)の常駐費用や、事務的な手続き(家賃の督促やクレーム対応など)にかかる人件費。事務業務まで外注していれば費用を明確に認識できますが、管理業務を委託する場合でも所有者側で事務業務を負担する場合もあるので、その点を把握するような工夫が必要です。
・設備更新・修繕積立金
経年劣化に応じた設備更新や、大規模改修工事の資金をプールするための積立金が含まれることもあります。
・区分所有建物と完全所有権建物
区分所有建物では管理組合を運営するための事務費用(事務員や理事の報酬・会計処理・印刷・郵送費など)や、集会場・理事会や総会の開催に関わる経費などが含まれることがあります。これらは管理組合の運営方法により費用水準も異なり、建物管理以外の費用を含むので本稿では対象外とします。
以上のように、不動産管理費は単なる「管理会社への支払い」だけでなく、建物や敷地を適切に維持するために必要な各種コストの総体を指します。
【用語の定義】
不動産管理費とは通常、不動産所有者が建物(不動産)を管理するために必要な費用です。これはテナントが負担する管理費や共益費で賄う部分もあれば、建物所有者が負担しても、テナントに転嫁しない部分もあります。同じ用途の建物であっても、テナントが負担する管理費(共益費として負担するものを含む)に法令による定めや一律のルールはないため、不動産による異なる金額水準というだけでなく、そもそもの管理業務内容が異なります。更に賃貸オフィスなどで管理費を含む賃料も見られるため、一般のユーザーや新規の不動産所有者にはわかりづらい印象を持たれるかもしれません。この点について、どのように区分するかは不動産所有者の経営方針となりますので、それらを踏まえた運営方針を検討頂くため、関係する情報を含め説明して参りますが、特に断りない場合は不動産所有者が管理業務を外部に委託する場合の管理費について記述します。
2. 不動産管理の仕組みと管理会社の役割
2-1. 管理会社に委託するメリット
不動産オーナーが自前ですべての管理業務を行うことは、知識や人材・時間の面で非常に大きな負担となります。管理会社に委託することで、以下のようなメリットがあります。
- 専門的なノウハウ・人材の活用
設備の保守点検、清掃や警備など、専門知識や経験が必要な業務をまとめて委託できる。 - コスト管理の簡略化
複数の業者を一社で取りまとめてくれるため、業者への発注や支払いの手間を削減できる。 - クレーム対応や入居者対応の負荷軽減
賃貸住宅であれば入居者からの苦情・問い合わせ、商業施設やオフィスならテナントからの要望対応などを管理会社が担ってくれる。 - デメリット
メリットの裏返しとなりますが、不動産に対する専門的な知見の蓄積や不動産管理を担当する社内人材の確保などが困難となります。また、管理会社次第ではありますが、細かいコスト管理が困難となる、管理会社を切替した場合に運営管理サービス水準が変わる可能性があり、入居者・テナントに対する対応などで混乱を招く懸念があるなど、すみやかに気付けば対応できる部分もありますが、発見できない場合はトラブルに発展するリスクもありますので、これらの部分について安定するまで配慮が必要です。
2-2. 管理会社の主な業務内容
- 建物管理(BM:ビルメンテナンス)
日常清掃・定期清掃、設備点検、修繕対応、警備業務など。 - 運営管理(PM:プロパティマネジメント)
賃料回収・送金、テナントリレーション、クレーム対応、契約更新手続きなど。 - 資産管理(AM:アセットマネジメント)
建物の長期修繕計画の立案、不動産価値の維持向上施策の提案など、より資産価値にフォーカスした業務。
一般的にはBM建物管理業務のみを委託するのが一般的です。但し、オーナーと管理会社の契約範囲によっては、AM業務まで包括的に行うケースもあれば、BMやPMのみを部分的に委託するケースもあります。
従前、PM運営管理やAM資産管理は不動産所有者側で行う不動産が多く見られたため、不動産管理会社といえばBMのみを行うことが一般的でしたが、近年、不動産証券化などで運営される不動産が増加する市場環境において、不動産運営は高度化・専門化され、PM、AMなどの業務を含めて委託される不動産が増加しつつあります。但し、PM、AMなどの運営方式は狭義の不動産管理業務の対象外となるため、本稿では概略にとどめ、BMビルメンテナンス業務について説明を行います。
2-3. 設備メーカー等によるメンテナンスと独立系メンテナンス会社の違い
ビルメンテナンスを設備メーカーに委託するケースが多いのは、設備の専門知識や独自技術が求められ、保守点検や部品交換などをメーカーが一括して請け負いやすいという理由が大きいです。特に下記のような設備についてはメーカー独自の技術・ノウハウまた部品等が必要となる場合が多く、メーカー以外の保守業者が参入しにくい(あるいはそもそも選択肢が少ない)といえます。
【2-3-1.メーカーに委託することが一般的・標準的な理由】
- 専門性・独自技術の高さ
設備によっては独自の制御システムやソフトウェアが組み込まれており、メーカー以外が対応するにはノウハウが不足しやすい。メーカーがマニュアルや設計図書を独占的に保持しているケースもある。 - 純正部品の供給・交換が容易
メーカーによる純正部品の在庫確保や交換体制が整っているため、迅速かつ適切な修理が期待できる。部品が専用品の場合、メーカー以外の業者では調達が難しく、コストや工期が増加する懸念がある。 - 保証や契約上のメリット
メーカー保守契約を結ぶことで、長期保証やサービスパッケージ割引などの優遇がある場合が多い。更新工事やリニューアル時にも、同一メーカーとの付き合いがあるとスムーズに進めやすい。 - トラブル対応・緊急時のサポート体制
遠隔監視システムや24時間対応コールセンターなど、メーカー独自のサポート体制が確立されていることが多い。大規模トラブル時にはメーカーのエンジニアが速やかに現地対応できるネットワークがある。 - 権利関係・安全面の理由
建築基準法や消防法などに関連する設備(特にエレベーター、エスカレーターなど)は法定点検が義務付けられており、メーカーに保守を委託することで安全基準を満たすための手続きや書類作成がスムーズになる。ソフトウェアや制御システムに関する知的財産権の都合で、メーカー以外が介入すると契約違反や保証対象外となるケースがある。
【2-3-2. メーカー以外の選択肢が少ない建物設備の例】
- エレベーター・エスカレーター
エレベーター(三菱電機、日立、東芝、オーチスなど)やエスカレーターも同様。
- 法定点検・法令基準を満たすための確かな技術力が必要。
- 制御装置・センサー部分がメーカー独自仕様で、外部業者が手を入れにくい。
- 部品交換はメーカー調達が基本となるため、他業者が対応するとコスト面・納期面で不利になりやすい。
- 大規模空調システム・パッケージエアコン(ビル用マルチエアコンなど)
ダイキン、日立、東芝、三菱電機などが製造するビル用空調システム。
- 各社が独自の制御プログラムや配管方式、冷媒制御などを採用しており、故障診断もメーカー専用ソフトを使用することが多い。
- 修理には純正部品・特定知識が不可欠で、メーカー系サービス会社を経由しないと入手できない部品もある。
- 中央監視システム・ビル管理システム(BAS: Building Automation System
ビル全体の空調・照明・セキュリティ・防災などを一元的に制御するシステム(山武、オムロン、ヤマト、アズビル、Johnson Controlsなど)。
- システム全体がソフトウェアと連携しており、メーカー独自のプロトコル(通信規格)を用いることが多い。
- 外部からのカスタマイズや改修が難しく、メーカーに専用ツールやライセンスがある場合が多い。
- 特殊設備(無停電電源装置(UPS)、大型ボイラー、非常用発電機など)
特殊メーカー製の大型UPSや非常用発電機など。
- 特殊部品や法定検査を伴い、メーカーかメーカー代理店での点検がほぼ必須。
- 不具合時の原因究明や修理にも高度な専門知識・部品が必要になる。
- その他(高性能セキュリティ機器、特殊扉など)
たとえば、自動ドア(高性能センサー付き)、特注の防火シャッター、防音・防振設備なども、メーカー以外が対応しづらい場合が多い。
【2-3-3.独立系メンテナンス会社に委託する場合の注意点】
- 部品調達
- ノウハウや専門資格を持った技術者の有無
- 保証や緊急時の対応
近年は一部メーカー製品について外部業者が対応可能なケースも増えているため、コストやサービス品質を比較検討する際は、代替手段がないかどうかを確認することも重要です。
2-4. 管理会社の料金体系
一般的なBM管理業務を主体とする上場企業の日本管財株式会社の2023年度3月期決算短信の損益計算書によると売上高700億円に対する役務提供売上原価554億円とあり、売上の79%が人件費です。すなわち、管理会社の売上は人的サービスが規定しており、委託業務の料金はその業務に必要な人件費で定まる、ということを示しています。昨今、不動産管理業界でもDX化の導入を進めていますが、数値的な部分では不動産管理業務は人的サービス商品となります。
個々の業務に必要な人的サービスは常に一定でなく、変動があるため、価格の見積は発注者からはわかりづらい部分もあります。管理会社は標準的な業務量や費用テーブルを構築し、それをもとに料金設定をしてあり、料金を算定する場合、当該業務に必要な時間×当該業務に必要なスタッフの時間単価×一定乗率で算出しています。当該業務に必要な時間は仕様で定めることができます。スタッフの時間単価は仕事の質に比例します。一定乗率は会社の定めなので個々の会社ごとに異なります。発注に際しては、料金÷業務時間により時間単価×一定乗率が求められますので、この部分を比較すれば業務品質の目安の評価が可能と思われます。
3. 管理会社に委託する場合の手順と注意点
ここでは、不動産オーナーが初めて管理業務を委託する流れを、できるだけわかりやすく解説します。本章はあくまで全体の手順を掴んで頂くための説明なので、詳細な手順について後段で説明します。
3-1. 委託範囲の明確化
まずは「どこまで管理会社に任せたいのか」を明確にしましょう。以下のように大きく分けて考えると整理しやすいです。
- BM(ビルメン)業務のみ委託:清掃や設備保守点検、警備など
- PM(プロパティマネジメント)業務も含めて委託:BMに加え、家賃回収やテナント対応など運営管理も任せる
- AM(アセットマネジメント)まで包括委託:BM・PMに加え、不動産価値向上策の立案・実行まで含む
3-2. 複数社への見積もり依頼
管理会社はそれぞれ得意分野やコスト構造が異なります。かならず複数社に声をかけ、業務範囲・管理費・実績・対応力などを比較しましょう。
- 管理仕様:適切な管理仕様を指定できるようであれば仕様を定めた形で見積依頼を行うが、仕様について不明な部分があれば管理会社の提案を受ける形とすることも可能
- 業務範囲:規定した仕様で具体的にどこまでやってもらえるのか、数量的な目安を確認することで比較が可能となります
- 見積もりの内訳:清掃費、設備点検費、警備費、人件費など、それぞれの業務ごとに金額が明確か
- 管理実績:対象とする不動産タイプ(賃貸住宅、オフィス、商業施設、物流施設など)の管理実績はどの程度か
- 緊急対応:24時間365日体制で対応可能か、または対応の仕組みを持っているか
3-3. 管理仕様を決める
管理会社を選定したら、実際にどのような仕様で管理してもらうのかを詰めていきます。以下概略を述べますが、詳細は後述の第5章を参照して下さい。
- 清掃回数・実施場所
例)エントランスは毎日、駐車場は週1回、廊下は週2回など個別に頻度を設定する場合と、作業時間を決めて日単位・週単位・月単位・年単位などで何をするかを明確にするなど様々なバリエーションと工夫がある - 設備点検の頻度
法定点検だけでなく、予防保守をどこまで行うか - 報告・連絡の頻度
毎月レポートなのか、四半期ごとなのか、必要に応じてリアルタイムで連絡するのか、報告手順として資料の送付のみか、対面での説明はあるか、など具体的な報告方法について予め確認する必要がある - 夜間・休日の対応
警報発生時やクレームの連絡が来たときのフローを事前に決める
このように仕様を明確にすることで、管理会社とオーナーの間で認識のズレが生じるリスクを減らし、トラブルを防止できます。
3-4. 契約締結と運用スタート
管理内容や費用・報告体制などを取り決めたうえで正式に契約を交わします。運用が始まってからも、定期的にコミュニケーションをとり、必要な修正や要望を逐次伝えることが大切です。
4. 不動産管理費のコスト削減の秘訣
次に、管理費をできるだけ抑えながら、建物の品質を維持するためのポイントをご紹介します。本来は管理仕様の工夫がコスト削減の基本ですが、管理仕様の設定はコスト以外に賃貸不動産としての競争力にも影響があるので、まずは大枠で管理コスト削減について説明し、管理仕様についてはその後に別途説明する構成とします。
4-1. 適切な管理仕様の見直し
清掃や警備など、サービスを必要以上に過剰設定していないか見直しましょう。たとえば賃貸住宅では、エントランスやゴミ置き場など入居者の生活に直結する場所は重点的に清掃し、それ以外の共用廊下はやや回数を減らすなど、必要十分なレベルに調整することでコストを削減できます。
管理仕様と費用は直接関係するので、最低限の仕様で管理を委託した方が良いと考えることもできます。短期的なコスト削減ではそのような方策もあり得ますが、入居者の満足度や建物の予防保全などの観点を含めて管理仕様をどの水準とするかは極めて高度な知識と経験が必要な項目です。この記事でも具体的な部分について例として言及しますが、唯一無二の適切な管理仕様があるわけでなく、実際には不動産ごとに状況に応じて管理仕様を設定し、見直して行くことがビル運営管理の業務そのものなので、その手順について後述します。
4-2. 設備の予防保守
定期点検・予防保守を怠ると、結果的に大きな修繕費用が必要になる可能性が高いです。設備が故障してから交換・修理する「事後保全」より、計画的な点検・メンテナンスで不具合を未然に防ぐ方が、トータルコストを抑えられます。
4-3. 複数業務の一括発注
清掃会社、設備管理会社、警備会社などを個別に契約すると契約窓口が増えるだけでなく、全体コストも高くなりがちです。管理会社に一括でまとめて委託するとスケールメリットが期待でき、コスト削減につながるケースが多いです。
4-4. エネルギーコストの見直し
照明のLED化や空調・給排水設備の省エネ化、適切な稼働時間管理など、エネルギーコストの削減は長期的に大きな効果をもたらします。管理会社と相談し、電力・水道使用量やエネルギーモニタリングの仕組みを導入するのも効果的です。
※以下の内容は一般的な情報提供を目的としており、具体的な法的アドバイスを提供するものではありません。実際に疑義がある場合には、弁護士など専門家の助言を仰ぐことをおすすめします。
4-5. 管理会社による受注調整の可能性
【4-5-1. 受注調整(談合)とは】
受注調整(談合)とは、複数の企業が競争入札や見積もり合わせの際に、「どこが受注するか」「いくらで受注するか」などを事前に取り決めるなど、競争原理を妨げる行為を指します。これは日本の独占禁止法で禁じられている行為(不当な取引制限)です。
【4-5-2. 不動産管理業界での談合リスク】
不動産管理業務には、清掃・設備保守・警備など複数の業者が関わります。管理会社がこれらの業者を取りまとめる形で一括受注・下請け手配をするケースも多く、業務が集中すると「あの管理会社に頼めばある程度相場が決まっている」といった形で実質的に競争が働きにくくなる環境が生まれることがあります。ただし、大手管理会社同士が直接価格を操作し合うような形での談合は表面化しにくく、あくまでも各分野の専門業者との連携の中で調整が起こるケースが想定されます。いずれにせよ、競争原理を阻害する“カルテル”や“談合”は違法であり、発覚すれば公正取引委員会(公取委)から是正を求められたり処分を受けることになります。
【4-5-3. 発注側が取れる対策】
- 複数社からの相見積もり(競合入札)
- 見積もりの透明性・妥当性の確認
- 情報共有や公取委への相談
- 発注方式の工夫
- 契約内容の定期的な評価と改善
【4-5-4. まとめ】
違反行為を完全に防ぐことは難しいものの、発注者としては複数の会社からの見積もりを取り、契約内容をしっかりチェックし、必要に応じて専門家に相談するなどの対策を講じることで、談合リスクを軽減できます。競争環境を整えながら、信頼できる管理会社・工事会社と適切な関係を築いていくことが、結果的に健全なコストと質の両立につながるでしょう。
4-6. まとめと管理費の相場
管理費の相場は一概に説明し切れるものではありません。仕様として作業時間が妥当である場合、2-3で説明したとおり、時間単価の水準を目安とすればそれぞれの業務の相場について数字で把握することは可能なので、その数字が他の水準を逸脱しているようなら確認が必要な場合もあるかもしれません。但し、昨今の傾向として、人件費を含む物価の高騰により管理費も増加傾向にあります。従いまして、同じ管理仕様で切替をした場合のコスト削減は難しい可能性があります。もしくは、管理仕様を向上して不動産の競争力を高めようとしても人手不足で対応が難しい可能性もあります。更に人的なコストや人材確保については、地域により状況が異なるため、あくまで可能性がある、という表現に留めるのが妥当だと思います。そのような状況ということもあり、現在の管理費について、本稿のような全般的な内容のなかで現在の相場を説明するのは誤解を招くおそれがあるので、避けたいと思います。従いまして、いくつかの管理会社に相談し、希望するサービスを提供して頂けそうな管理会社から見積を取得し、それらの見積を比較することが肝要です。
5. 管理仕様を設定する方法
以下では、「管理仕様を設定する方法」の具体的な手順を中心に解説していきます。前章で説明したとおり、管理費のコストを適切にするための方策として、価格競争にコスト削減は有効に機能しない可能性もあります。不動産のタイプやテナントの種類、建物の構造・設備状況などは千差万別であり、唯一絶対の管理仕様は存在しません。最適な仕様は、建物の特性やオーナーの運営方針、入居者(テナント)ニーズなどによって変動します。したがって、不動産ごとに現状と目標を把握し、管理仕様を段階的かつ継続的に策定・見直ししていくことが求められます。管理仕様の適切な設定が管理コストの合理化や建物競争力の維持改善となるものなので、ある意味で不動産運営における重要ポイントとなります。
5-1. 前提条件の整理
まずは、管理仕様を決める際の前提となる情報を整理します。ここで情報が不十分だと、適切な仕様を立案できません。
- 物件の基本情報
○建物の種類(賃貸住宅、オフィス、商業施設、物流施設 など)
○建築年・階数・延床面積・構造・設備状況(空調、エレベーター、給排水設備、防犯カメラ など)
○法定点検や行政上の届け出の有無(建築基準法、消防法、労働安全衛生法 などの必須点検項目) - オーナーの運営方針・目標
○物件をどのように活用し、どの程度の利益や稼働率をめざすのか
○資産価値の向上を重視するのか、または早期売却・転貸などの戦略があるのか
○ブランディングやイメージアップ(高級感など)を重視するのか - 入居者(テナント)の特性・ニーズ
○賃貸住宅ならファミリー、単身者、高齢者向けなど
○オフィスなら士業系、IT系、コールセンター など
○商業施設なら店舗の業種・営業時間・集客力 など
○物流施設なら荷物の取り扱い量、24時間稼働の有無 など - 現状の課題や希望
○既にクレームが頻発しているのか、不具合が発生している設備はあるか
○管理コストをどの程度削減したいのか(短期・長期目標)
○現状の管理仕様に不足を感じている点は何か
5-2. 必要な管理項目の洗い出し
次に、具体的にどのような項目を管理する必要があるのかをリストアップします。建物の種類・規模・設備によって異なりますが、大枠として以下のようなカテゴリに分けると整理しやすいです。
- 清掃
○日常清掃(共用部のほこり・ごみ回収、玄関・エントランス、トイレ など)
○定期清掃(フロア洗浄、ガラス清掃、外壁洗浄 など) - 設備保守・点検
○法定点検(消防設備、エレベーター、空調設備 など)
○予防保守(建物・設備の経年劣化を踏まえた定期点検 など) - 警備・セキュリティ
○防犯カメラの管理・録画データの保管
○警備員の常駐や巡回の有無
○夜間緊急対応(警報発報時の現地対応 など) - 管理人・受付業務
○常駐管理人の有無(賃貸住宅)
○受付スタッフの配置(オフィスビルや商業施設) - PM(プロパティマネジメント)業務
○賃料回収、テナント対応、クレーム処理
○契約更新、退去時の原状回復管理 など - AM(アセットマネジメント)業務
○資産価値向上策の検討、長期修繕計画の策定
○リノベーション提案、リーシング戦略立案 など
必要な管理項目を一通り洗い出したら、物件の特性とオーナーの方針に照らし合わせて取捨選択を行います。
5-3. 重要度と優先順位の評価
管理項目がリストアップできたら、各項目の「重要度」と「優先順位」を評価します。以下のような指標を用いると整理しやすいでしょう。
- 法定必須項目かどうか
- 建物や設備の劣化リスク・入居者への影響度
- コストと効果(費用対効果)
- 入居者満足度やブランドイメージへの影響
このステップでは、1つひとつの項目に対して「なぜ必要なのか」を明確にして、優先度の高いものから確実に管理仕様に組み込むことが大切です。
5-4. 管理仕様の具体化とコスト試算
優先度を決定したら、いつ・どの頻度で・どのような内容で実施するかを具体化していきます。その際に、同時にコストの見積もりも行い、仕様と費用のバランスを調整していきます。
- 管理頻度の設定
○日常清掃:テナント使用状況を鑑みる必要があります。毎日 or 週○回 or 月○回
○定期清掃:日常清掃では対応できない部分や機器類を使用して行う清掃があります。毎月〇回 or 年〇回
○設備点検:月次・年次・法定点検のタイミングに合わせる
○警備・緊急対応:24時間体制か、夜間のみ遠隔監視か - 管理方法の検討
○専門業者に外注するか、管理会社による一括手配か
○巡回や常駐のスタイル、設備点検の報告書作成の有無など - コスト試算
○各項目ごとに必要な人件費・資材費・外注費などを積算
○管理仕様の高・中・低の3パターンなど、複数のシナリオを比較検討する - 短期・長期での費用対効果の考察
○短期的にはコスト削減になるが、長期的に修繕リスクやクレーム対応コストが増える可能性がないか
○テナントの満足度維持や更新率の向上が見込まれるか - 仕様変更に伴う価格見直しの検討
○仕様変更で管理水準の向上を行った場合、それによるテナント負担額の増加ができないかを検討する
○収入増額のためには、管理仕様単独の変化だけでなく、物件の価値全体を評価して妥当な賃貸条件の見直しも必要となる場合がある
○増額を行う場合は一度にすべての増分を転嫁するのでなく、段階的に行うことでテナントの理解を得るように努めることも検討する
この時点で、「もっと安く抑えたいから清掃回数を減らす」「リスク回避のために予防保守を厚くする」といった調整を繰り返し、オーナーのニーズと費用との折り合いをつける一方でテナント満足度も把握しながら仕様見直しを進めます。
5-5. 試験運用とフィードバック
策定した管理仕様をすぐにフル稼働させるのではなく、場合によっては試験運用(トライアル)を実施すると、現場のリアルな状況が把握しやすくなります。
- 短期的なテスト導入
○例)清掃回数を月内で数パターンに分けて実施し、入居者の反応や作業負荷を比較する
○例)警備体制を常駐から夜間遠隔監視に切り替えてみてトラブル件数を調べる - フィードバックの収集
○入居者やテナントからのクレーム・要望、スタッフからの作業報告を分析
○クレーム発生頻度や作業負荷が適正かどうかを確認 - 柔軟な仕様修正
○試験運用で見えた課題を踏まえ、再度仕様を微調整する
○このサイクルを繰り返すことで、実態に合った仕様が固まっていく
5-6. 本格運用と継続的な見直し
試験運用を経て一定の仕様が固まったら本格運用に移行します。ただし、建物や入居者の状況は時間とともに変化するため、運用開始後も定期的な見直しを行うことが極めて重要です。
- 定期レポート・ミーティング
○管理会社や業務委託先からの報告書を毎月または四半期で受け取り、清掃品質や設備点検結果、クレーム状況を把握
○必要に応じて改善要望を伝える - 入居者アンケート
○半年や1年ごとに簡易的な満足度調査を実施
○清掃・警備・設備などに対する評価や要望をヒアリング - 設備の更新計画との連動
○長期修繕計画を踏まえて、更新時期が迫っている設備に対する点検強化やリニューアル工事の計画を立案
○老朽化が進んでいる場合は保守コストが増加しやすいため、管理仕様の組み直しが必要になることも - 外部環境の変化
○競合物件の登場、地価や賃料相場の変動
○法規制の変更(省エネ基準や建築基準法など)
○需要の高まりによるテナント層の変化(物流施設ならEC需要増加など) - 収益の変化
○収入と費用の両面でどのような変化があるかを把握する
○それぞれの変化の原因を把握し、トータルの事業としての収益性の変化を把握し、収益改善に向けた検討を重ねる
こうした変化に対応しながら、定期的に管理仕様をアップデートするのがビル運営管理の本質です。
5-7. まとめ:状況に合わせた管理仕様の「設定 → 運用 → 見直し」が肝
- 唯一無二の完璧な管理仕様は存在しない
物件の状況やオーナーの方針、入居者ニーズによって求められる水準は異なる。 - 法定必須項目やリスク管理は最低限必ず守る
コスト削減を最優先すると、長期的な修繕コスト増や入居者離れにつながるリスクがある。 - 短期的なコストカットと長期的な価値維持のバランス
清掃や警備を極限まで削減すれば経費は下がるが、結果的にブランドイメージやクレーム対応コストに悪影響を及ぼす可能性がある。 - 試験運用と定期的な見直し
一度決めた仕様がベストとは限らない。PDCAサイクルを回し、必要に応じて仕様を修正していく。 - 作業時間と料金は比例
身も蓋もない結論に聞こえるかもしれませんが、現在の不動産管理業界の環境では、質の高い管理業務を行うには一定の作業時間は必要であり、その範囲で可能な業務効率化により作業時間も抑制することがコスト削減方法として王道と思われます。
ビル運営管理の重要なポイントは、「状況に応じた最適解を継続的に探りながら運営する」というプロセスそのものです。今回ご紹介したステップを踏まえて、ぜひ自分の物件に合った管理仕様を策定し、オーナー・入居者双方が満足できる運営を実現してみてください。
6. 不動産管理会社の品質を把握する方法
管理業務の品質を確認し、必要に応じて改善要望を伝えるためには、以下のようなポイントを押さえると良いでしょう。
6-1. 定期報告書のチェック
月次や四半期で提出される報告書をしっかりと確認し、疑問点があれば管理会社に質問しましょう。
- 清掃実績:清掃箇所や回数、問題点の報告はあるか
- 修繕・点検報告:設備の使用状況、故障の有無や今後の計画はどうなっているか
- テナント(入居者)対応履歴:クレームや問い合わせの内容と対応結果
6-2. 現地確認・立ち会い
定期的に現地を訪問して、以下の点を直接チェックすることも重要です。
- 清掃状態:ごみやほこりが残っていないか、壁や床はきれいに保たれているか
- 設備の稼働状況:エレベーターや空調などの不具合がないか
- 警備体制:防犯カメラが正常に作動しているか、警備員の巡回状況は適切か
6-3. 入居者・テナントからの評価
入居者やテナントがいる場合は、定期的にアンケートをとり、管理会社の対応について意見を収集するのも効果的です。クレームや要望が多い場合、管理体制に問題があるかもしれません。
6-4. 管理費の内訳の透明性
管理費の明細をしっかり確認し、どの業務にいくらかかっているのかを把握しましょう。不透明な部分が多い場合は、管理会社に説明を求め、納得のいくまで相談することが大切です。
6-5. まとめ
管理業務に関して管理会社に説明を求めた場合の回答内容や説明が適切で納得できる内容であれば、入居者やテナントに対する対応も同様と想定することも可能です。但し、不動産所有者は管理会社の発注主という立場であるため必ずしも異なり、管理会社の窓口が異なる場合もあります。そのような状況を鑑み、管理会社の品質について様々な観点から評価することが望まれ、もし課題を発見したら、管理会社とともに改善に取り組むことも不動産所有者の役割といえます。
7. ビルメンテナンス会社の例
本章ではタイプ別にビルメンテナンス会社の例をご紹介します。あくまでビルメンテナンス会社を探す際にどのような特徴があるのかを理解するうえでの一助となることを目的としており、特定の企業の広報を目的とするものではないため、実際の選定についてはご自身で調査されますようお願いいたします。
日本のビルメンテナンス業界では、企業ごとに「得意とする物件タイプ」や「強みとする業務分野」が異なります。以下では、施設タイプ別・業務タイプ別にいくつかの主要ビルメンテナンス会社や建物管理会社を例示し、その特徴を簡単に紹介します。あくまで代表例であり、実際には多くの企業が複合的に業務を行っていますので、ご参考程度にご覧ください。
7-1. 施設タイプ別
(1) オフィスビル
三井不動産ファシリティーズ
- 特徴: 三井不動産グループのビルメンテナンス会社。大規模オフィスビルや大規模商業施設の運営管理に強みを持ち、設備管理、ファシリティマネジメントまで幅広く対応。
東京ビルサービス株式会社
- 特徴: 東京建物グループ。オフィスビルなどのPM・BM(ビルマネジメント)を中心に展開。
(2) 賃貸住宅(レジデンス・アパートメント)
大東建物管理株式会社
- 特徴: 大東建託グループの管理会社。賃貸アパート・マンションの一括借上(サブリース)を含めた管理を行い、入居者対応、設備保守、清掃などを総合的に請け負う。
- 主な対象物件: 賃貸アパート・マンション。
大和リビング
- 特徴: 大和ハウスグループの管理会社。賃貸アパート・マンションの管理を行い、入居者対応、設備保守、清掃などを総合的に請け負う。
- 主な対象物件: 賃貸アパート・マンション。
(3) 分譲マンション(区分所有)
東急コミュニティー株式会社
- 特徴: 東急不動産HD傘下の管理会社。分譲マンションの管理組合運営サポート、清掃・設備点検、長期修繕計画の策定など総合的に対応。
- 主な対象物件: 首都圏を中心とした分譲マンション。
大京アステージ株式会社
- 特徴: 大京グループのマンション管理会社。「ライオンズマンション」シリーズを中心に、管理組合運営サポート、点検・清掃業務、長期修繕計画のコンサルなどを得意とする。
- 主な対象物件: 分譲マンション(全国展開)。
(4) 商業施設(ショッピングセンター・大型商業ビル)
イオンディライト株式会社
- 特徴: イオングループの総合ビル管理会社。ショッピングセンター(SC)の清掃・設備管理をはじめ、駐車場運営、セキュリティ、受付案内などワンストップで提供。
- 主な対象物件: イオンモールをはじめとする大規模商業施設。
JR東日本ビルテック株式会社
- 特徴: JR東日本グループのビル管理会社。駅ビルや商業施設、オフィスビルの総合管理に強みを持つ。鉄道関連の特殊設備管理にも対応。
- 主な対象物件: 駅ビル、商業施設、複合型大規模ビル。
(5) 物流施設・倉庫
星光ビル管理
- 特徴: 総合管理会社
- 主な対象物件: 倉庫物流施設管理を行う
(6) 駐車場
タイムズ24株式会社(パーク24グループ)
- 特徴: コインパーキングや駐車場運営を主体とした会社。設備保守から料金徴収システムの管理、警備サービスなどを統合的に行う。
- 主な対象物件: 駐車場(有人・無人含む)、立体駐車装置。
株式会社アズーム
- 主な対象物件: 駐車場管理
(7) ホテル
共立メンテナンス
- 特徴: ドーミーインを展開 給食事業なども行う。
- 主な対象物件: ビジネスホテル、リゾートホテル。
APAホテルズ&リゾーツ(APAグループ)
- 特徴: APAが自社でホテルの開発・運営を行うケースが多いが、ビルメンテナンスに関してはグループ会社や提携先で設備保守や清掃を担当する。
- 主な対象物件: ビジネスホテル、シティホテル。
7-2. 業務タイプ別に強みを持つビルメンテナンス会社の例
(1) 清掃業務(ビルクリーニング)
東洋テック株式会社
- 特徴: 関西を中心に清掃業務や警備業務を得意とする会社。ビル清掃、ガラス清掃、高所作業などの専門技術を有し、警備と合わせて総合管理を行うことも可能。
太平ビルサービス株式会社
- 特徴: 清掃・設備管理を中心に、全国に拠点を持つ。特に清掃領域ではオフィス・病院・学校など多様な施設対応の実績が豊富。
(2) 設備保守(電気・空調・給排水・消防など)
ビル設備系メーカー系サービス会社
- 例:三菱電機ビルテクノサービス、日立ビルシステム、東芝エレベータ、ダイキンHVACソリューション など
- 特徴: 自社製品(エレベーター、空調設備など)に関する保守点検を中心に、ビルメンテナンス全般に拡大対応している。純正部品・メーカー技術者によるメンテナンスを強みとする。
アズビル株式会社(旧: 山武)
- 特徴: ビルオートメーションシステム(BAS)など、中央監視・制御設備の保守を得意とし、空調制御・エネルギーマネジメントなど付加価値の高いサービスを提供。
(3) 修繕工事
鹿島建物総合管理株式会社(鹿島グループ)
- 特徴: 大手ゼネコン鹿島建設グループ。オフィスビルやマンション等の定期修繕・改修工事の提案・実施を行う。建築知識・施工体制が強み。
長谷工コミュニティ(長谷工グループ)
- 特徴: マンション管理と大規模修繕工事で高いシェアを持つ。長谷工コーポレーションの建築ノウハウを生かし、老朽化対策や耐震補強など総合的に対応。
(4) ビル運営(テナント管理・運営企画・PM業務)
CBRE株式会社
- 特徴: 外資系不動産サービス会社。グローバル基準のPM(プロパティマネジメント)、アセットマネジメント、リーシング戦略など幅広いサービスを提供。
- 対象業務: オフィス・商業施設の運営管理、テナント付け、契約交渉・レポーティングなど。
7-3. まとめ
- 施設タイプ別の得意分野
- オフィスビル:大手デベロッパー系管理会社
- 賃貸住宅:大東建物管理、レオパレス・パートナーズなど賃貸管理大手
- 分譲マンション:東急コミュニティー、大京アステージなどマンション管理専業大手
- 商業施設:イオンディライト、JR東日本ビルテックなど、SCや駅ビルに強い会社
- 駐車場:タイムズ24など駐車場運営に強い企業
- ホテル:APAなどホテル運営受託会社
- 業務タイプ別の得意分野
- 清掃:太平ビルサービス、東洋テックなど清掃専門部隊が充実
- 設備保守:三菱電機ビルテクノサービス、日立ビルシステム、アズビルなどメーカー系
- 修繕工事:鹿島建物総合管理、長谷工コミュニティなど建設・ゼネコン系
- ビル運営(PM業務):外資系不動産サービス企業(CBREなど)、大手デベロッパーグループ
このように、ビルメンテナンス会社を選定する際は「対象となる建物の種類や用途」と「必要とする業務の種類・範囲」を明確にし、それに応じて専門性を持つ会社を比較検討することが重要です。大手のグループ会社やゼネコン系、メーカー系、外資系など背景が異なる企業が多いため、コスト・対応スピード・サービス品質など各社の特徴を総合的に踏まえて判断します。
8. 不動産理論・法律における管理費
以下の内容は、日本における不動産鑑定評価基準や関連する実務の一般的な考え方に基づいてまとめた情報です。個別の案件や契約内容によって扱いが異なる場合があるため、詳細な判断が必要な場合は不動産鑑定士や弁護士など専門家に相談することをおすすめします。冒頭で説明したように管理費の用語は一義的な意味で使われるとは限らないので総括的な知識を持ち、具体的な管理費の議論においてどのような意味合いで使っているのかを把握できるよう補足しています。不動産所有者が管理会社や入居者とのコミュニケーションにおいて、管理費という用語で齟齬が生じないように配慮しています。
8-1. 不動産鑑定理論における管理費の位置づけ
8-1-1. 管理費は「オーナーが負担する費用」として捉えられる
不動産鑑定評価(特に収益還元法)の考え方では、対象不動産から期待される純収益(Net Operating Income: NOI)を把握するために、賃料収入などの総収益から運営費(管理費や修繕費、固定資産税など)を差し引くという手順を取ります。このとき挙げられる「管理費」は、
- 建物全体の維持管理にかかる費用
- 共用部分の清掃や設備保守・警備などに必要な費用
- 管理会社へ支払う管理委託手数料
- その他、建物を適正に維持するための一般的な費用
といった項目が含まれます。
【実務上の扱い】
- 不動産鑑定評価では、賃貸事業を行うオーナー側が負担するべき管理費(=運営側の費用)を前提とします。
- テナント(入居者)に転嫁できる管理費(共益費)部分があれば、それはオーナーにとって実質的に「収益」になるため、「オーナー負担分」と「テナント負担分」に分けて整理を行うことが多いです。
8-1-2. テナントが負担する「管理費」や「共益費」の扱い
一方で、実務の賃貸契約においては、テナントが負担する管理費や共益費が別途設定される場合があります。例えばオフィスやマンションの賃貸借契約書を見ると、
- 「賃料:○○円」「管理費(または共益費):○○円」という形で明記されている
- 入居者は毎月、賃料と管理費(共益費)を合わせて支払う
といったケースです。
【鑑定評価上の考え方】
- この「管理費(共益費)」をテナント側が全額負担する契約形態であれば、理論上オーナーが負担する管理費はその分だけ軽減され、オーナーの実質的な収益(NOI)が増加することになります。
- 不動産鑑定の場面では、「テナント負担の管理費相当分を含めた実質的な収入」を把握しつつ、オーナーが直接負担しなければならない管理関連費用(共用部の光熱費や保守費など)がどこまで発生するのかを精査して、最終的な純収益を算出します。
8-2. 賃貸不動産における管理費・共益費の法的性質
8-2-1. 賃貸借契約と管理費の取り扱い
日本の民法(債権法)や借地借家法などを見ると、「賃貸借契約でいう賃料」として定義されるのは一般的に使用収益の対価です。一方、管理費や共益費という名称自体は法律上で独立した定義があるわけではありません。
- 賃料:目的物の使用収益に対して支払う対価。
- 管理費・共益費:本来は、共用部の維持管理にかかる費用を入居者が按分して支払う趣旨(と契約で定められることが多い)。
- しかし、法律上は「賃料の一部」とみなされる場合もあるため、必ずしも賃料と別の法的性質を持つとは限らない。
【実務では「賃料+管理費(共益費)」と呼んでも、法的にはひとまとめになりがち】
賃貸借契約書の記載次第ですが、裁判例や実務上、「賃料以外の名目で定期的に支払われる金員も含めて、実質的には賃料として扱う」と解される場合があります。例えば、滞納時の賃料回収や契約解除の要件などで「名目が何であれ、入居者が毎月支払う金額は賃料性を有する」と整理されることが少なくありません。
8-2-2. 管理費(共益費)は何らかの特別な法律に基づくものか?
日本の法律で「管理費」を独立して定義しているものはないといえます。
- 区分所有法でいう「管理費」はマンション管理組合に関する費用(区分所有建物の管理費)を指す場合もありますが、これは区分所有者の負担分であり、賃貸借契約での「管理費」とは別の文脈。
- 一般的な賃貸物件における「管理費」や「共益費」は、あくまで当事者の合意(契約書の定め)により賃料と別枠で設定している金額にすぎません。
【管理費の法的性質】
- 賃貸借契約に基づき、当事者同士の合意で定期的に支払われる金員
- 名目上「管理費」や「共益費」と呼ばれていても、法的には「賃料の一部」とみなされる場合がある
8-3. 不動産鑑定における管理費水準の判断
8-3-1. 市場実態との比較
不動産鑑定評価において、管理費の水準が高いか低いかを判断する際は、類似物件の事例(共益費相場など)と照合したり、賃料水準とのバランスを見ながら判断することが多いです。
- 近隣や同種の物件で管理費・共益費がどれくらい設定されているか
- オーナー側が負担する管理費(運営費)は、規模や管理内容に照らして妥当な金額か
8-3-2. 管理費を調整することで賃料総額とバランスをとる
また、テナントが負担する管理費が高めに設定されている場合、逆に賃料がやや低く設定されているなど、いわゆる「賃料+管理費」の総額を見て競合物件と比較する手法もよく行われます。
- 賃料と管理費(共益費)は通算して検討し、「月額トータルでいくら支払うか」がテナントにとっての実質負担
- 不動産鑑定では、実質的な稼働総収益(賃料+共益費収入)を加味しつつ、オーナー負担分の管理費支出を控除する形で純収益を推定
8-3-3. 結論:鑑定評価では「市場水準」「賃貸条件の実態」「オーナー実質負担」を確認
鑑定士は「賃料+管理費の合計額がマーケットの需給状況と比べて妥当かどうか」を見極めつつ、オーナーが最終的に負担する管理費用の妥当性も併せて調査・算定します。これにより、収益還元法のベースとなる純収益(NOI)をなるべく正確に把握し、最終的な試算価格に反映させるのが一般的なアプローチです。
8-4. 下請法に関する確認
不動産管理業務の委託は、「役務提供委託」に該当し得るため、不動産所有者が親事業者、管理会社が下請事業者となり、下請法が適用される可能性があります。
下請法が適用される場合、(1) 支払いサイトの制限(60日以内)、(2) 発注書面の交付義務、(3) 不当な減額・追加業務押し付けの禁止などを遵守しなければなりません。
実際の適用可否は、「資本金規模の対比」「業務委託が親事業者の“事業の一部”に当たるかどうか」などの要素で判断されます。
不動産オーナーが大規模法人で、不動産管理会社がそれよりも小規模な法人であるなど要件を満たす場合は、契約スキーム・支払い条件・契約書類の整備について下請法違反とならないよう注意が必要です。
8-5. 理論的な管理費についてのまとめ
- 不動産鑑定評価における「管理費」は、建物の運営維持にかかる費用として、オーナー側の支出項目に位置づけられる。
- テナントが負担する管理費・共益費は、法律上独立した概念があるわけではなく、賃貸借契約で当事者間が合意した金員である。場合によっては実質「賃料の一部」として扱われる場合もある。
- 鑑定評価では、管理費の水準を判断する際に、近隣や類似物件との比較や、賃料+管理費総額とのバランスをチェックする。
- 法的には管理費という言葉自体に特別な定義はなく、あくまで当事者間合意の結果。滞納・契約解除などの局面では、管理費と賃料を分離できずに同じ「賃貸借契約上の金員」とみなされる場合がある。
最終的に、「管理費はどう位置づけられるか」は契約や鑑定評価上の考え方に左右されますが、実務的には「テナントが負担する分(共益費)」と「オーナーが負担する分(運営費)」に区分し、収益と費用を正しく整理することが重要です。一方、法律上は「賃貸借契約による賃料等の支払い」という大枠の中で扱われ、名目がどうであれ実質的に賃料性を有する場合が多い点に留意が必要です。そこで、実務的には賃貸事業において、テナントから徴収する賃料、管理費、共益費などは賃貸収入(=賃料)とし、不動産運営管理に必要な管理外注費や管理に必要な経費は賃貸管理原価(=管理費)と用語を区分すると整理できると思われます。
9. まとめ:最適な不動産管理で資産価値を守る
不動産管理費は、建物や設備を適切に維持するために必要なコストです。一見すると負担に感じるかもしれませんが、ポイントを押さえて管理会社を選び、適切な仕様を設定し、予防保守や一括発注などを駆使することで、費用対効果を高めることが可能です。
- 管理会社に委託するメリット:専門知識の活用、コスト管理や不動産事業の効率化、クレーム対応の負担軽減など
- 委託時の手順:業務範囲・仕様の明確化、複数社への見積もり依頼、仕様のすり合わせ、契約・運用開始
- コスト削減の秘訣:必要十分な管理仕様、必要に応じた見直し、予防保守の徹底、一括発注の活用、省エネ対策
- 品質チェック:定期報告書や現地確認、入居者アンケートの活用、費用内訳の透明化
- 不動産運営管理の相談先:実績のある不動産管理会社は長年の知識・経験をもとに不動産運営で大きな課題が生じた場合に専門的な知見を踏まえたアドバイスを求めることもできます。物件を管理しているため、外部専門家としてだけでなく、不動産運営のパートナーとして活用しましょう。
上記を踏まえ、賃貸住宅やオフィス、商業施設、物流施設などの特性に合わせて、無理のない管理計画を立てることが大切です。最終的には、建物の品質維持や資産価値の向上につながる管理を目指し、管理会社との信頼関係を築いていきましょう。
不動産管理は奥が深い分野ですが、きちんと理解して取り組むことで大切な不動産を長く・安全に運営することができます。初めての方でもこの記事を参考に、最適な管理体制を整えてみてください。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ
代表取締役
羽部 浩志
1991年東京大学経済学部卒業 ビルディング不動産株式会社入社後、不動産仲介営業に携わる
1999年サブリース株式会社に転籍し、プロパティマネジメント業務に携わる
2022年サブリース株式会社代表取締役就任(現職) ライフワークはすぐれた空間作り
2025年9月1日執筆
