【コラム】蛍光灯からLEDへの大転換 いま、賃貸オフィスビルが直面する「照明の未来」とは

皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「蛍光灯からLEDへの大転換:いま、賃貸オフィスビルが直面する「照明の未来」とは」のタイトルで、2025年9月10日に執筆しています。
少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願い致します。
はじめに
ここ数年、家電量販店に行くと感じるのは、蛍光灯の照明器具がめっきり減り、LED照明が圧倒的な存在感を放っているという事実ではないでしょうか。かつては多種多様に並んでいた蛍光灯器具が、ほとんど見当たらなくて、売り場の主役はLED照明器具へと移行しています。一般家庭の照明がLED化して久しいとはいえ、オフィスビルや商業施設などの大規模空間では、まだまだ蛍光灯を使っているというケースも珍しくありません。ところが、ここにきて「直管蛍光灯の製造が2027年末までに禁止される」というニュースが取り沙汰されており、賃貸ビルのオーナーや管理担当者の方々にとっては、「じゃあ将来的にはどうすればいいのか?」と不安や疑問を感じる場面が増えているかもしれません。実際、賃貸オフィスビルでは、照明を入れ替えるとなると費用や工期、テナントとの関係調整など、さまざまな問題に直面することが考えられます。そこで本コラムでは、蛍光灯の製造禁止に至る背景から、LED照明のメリット、そして実際に賃貸ビルで導入する際のポイントまでを、できるだけ詳細かつわかりやすく解説してみたいと思います。
「蛍光灯がもう手に入らなくなる」とか、「水銀がどうたら」といった話を耳にしても、「自分のビルに本当に関係あるの?」と思われる方もいるかもしれません。しかし、ビルの管理運営において照明は大きなコスト要因であると同時に、入居テナントの満足度や空室率にも大きく関わる設備のひとつです。環境問題の観点や、ESG投資・SDGsへの取り組みをPRしたいテナント企業の増加を踏まえても、照明の省エネ化や快適性の向上がビル経営にとってプラスに働くことが多いのは事実です。蛍光灯のままで何とかやり過ごそうとしていても、いずれランプそのものが調達できなくなり、交換しようにも在庫がない、あるいは価格高騰が起きるといったリスクにさらされる可能性もゼロではありません。つまり、どこかで必ずLED化を検討することになるのであれば、早めに情報を整理して計画を立てておくことが望ましいはずです。
そこで、本コラムでは、まずは「なぜ蛍光灯が製造禁止になるのか」という大前提からスタートし、合わせてLED照明がここまで急速に普及してきた技術背景を振り返ってみます。蛍光灯と比べた場合のLEDの優位性やデメリットも含め、総合的に判断材料を提供できればと思います。そのうえで、賃貸オフィスビルにおいてLED照明を導入する際の実務的なポイントや、導入コストと投資回収期間の概算、そして将来のスマートビル化やIoTとの連携など、今後の潮流についても触れていきます。既にLED化を進めているビルもあれば、まったく着手していないビルもあるでしょうが、本コラムを読むことで、これからの照明戦略を考えるうえでの一助となれば幸いです。
第1章:蛍光灯の製造禁止に至る背景――水銀問題と国際規制
まず、もっとも気になるのは「なぜ蛍光灯が製造禁止になるのか?」という点ではないでしょうか。ニュースやテレビCMなどで、「蛍光灯は2027年末までに製造中止されます」というフレーズを聞いても、その理由がよくわからないと、なかなかピンと来ないものです。実は、その背後には国際的な水銀規制があり、蛍光灯が含まれる形で段階的な禁止措置が取られているのです。
1-1.水銀汚染がもたらした悲劇と国際的な動き
日本国内で水銀汚染が社会問題として大きく認知されたのは、1950年代に発生した公害事件でした。当時、水銀を含む排水が海洋に放出され、それを経口摂取した住民や漁業関係者に深刻な健康被害がもたらされたことで、重金属汚染の恐ろしさが広く知られるきっかけとなったのです。以降、日本では水銀やカドミウムなどの有害物質に対する規制や対策が進められ、海外でも水銀削減への機運が高まっていきました。やがて21世紀に入るころには、国際連合の場で水銀に関する条約が議論されるようになり、最終的に「水銀に関する水俣条約」という国際条約が2013年に採択されました。これは、水銀の生産や貿易、製品への使用を段階的に削減・禁止していくもので、各国が協力して水銀汚染を抑えていこうという試みです。
1-2.蛍光灯には微量の水銀が封入されている
一方、蛍光灯というのは、管の中に封入された水銀蒸気に放電することで紫外線を発生させ、それを蛍光体で可視光に変換する仕組みで光っています。水銀の量はごく微量で、普通に使用している限り危険はありませんが、廃棄や破損時には注意が必要です。さらに、環境面の大きな視点から見ると、水銀を含む照明機器を世界中で何億本と使い続けることが本当に望ましいかという疑問もあります。こうした事情から、水銀を使わない技術への切り替えが進められ、蛍光灯も製造禁止の対象となったのです。
1-3.2026年末から電球形蛍光灯、2027年末から直管型の製造・輸出入が禁止
具体的には、電球形(コンパクト)蛍光灯が2026年末まで、直管型(棒状タイプ)の蛍光灯が2027年末までに製造・輸出入を禁止するスケジュールとなっています。これらの期日以降は、新たに蛍光灯が市場に出回ることが難しくなるため、在庫が尽きると同時に従来型の蛍光灯を入手しにくくなるのは確実といえます。法律で「使用そのものを禁止」しているわけではありませんが、交換用ランプや部品がなくなれば、やはり使い続けることは事実上不可能です。つまり、多くの賃貸オフィスビルや商業施設で使われている蛍光灯器具が、近い将来、選択肢として外れてしまうというわけです。
第2章:LED照明がここまで普及した理由――青色LEDの発明と技術革新
蛍光灯が製造禁止になるとして、その代わりに主役の座を奪い取ったのがLED(発光ダイオード)です。実はLEDの研究自体は1960年代から始まっており、当初は赤色LEDや緑色LEDなどが、時計の表示灯や電子機器のインジケータとして細々と使われていました。しかし、そこから数十年の間は照明として使えるほどの明るさはなく、あくまで信号ランプ程度に限られた利用だったのです。では、どうしてこんな短期間で「LED照明」が急速に普及したのでしょうか。その裏には、青色LEDの“ブレイクスルー”と、大量生産技術の急激な発展というドラマがあったのです。
2-1.赤と緑はあったが、青がないと白色にはならない
LEDを照明に使うには、最終的に「白色光」を作り出さなければなりません。赤と緑のLEDは比較的早い段階で実用化されていたものの、青色だけがなかなか高輝度化されず、「このままじゃフルカラー表示も白色光も実現できない」という状況が長く続きました。白色光を出す方法はいくつかありますが、もっとも実用的なのは「青色LEDに蛍光体を組み合わせて擬似白色を作る」やり方です。従来のLED業界にとって、「青色LEDは未来の話」と思われていた時代があったわけです。
2-2.GaN結晶成長という困難を突破し、青色LEDが花開く
しかし、1990年代、日本の民間企業である日亜化学工業の研究者・中村修二氏らがGaN(窒化ガリウム)結晶のエピタキシャル成長に成功し、高輝度青色LEDを作り出しました。赤崎勇氏、天野浩氏なども学術的に大きく貢献し、最終的にはノーベル物理学賞を受賞したことは、多くの方がニュースなどでご存じだと思います。青色LEDの誕生によりRGB(赤・緑・青)がそろったことで、白色LEDが実用可能になり、照明としての応用が一気に広がったのです。
2-3.白色LEDの実用化(1990年代後半~2000年代)
ここで改めて、「白色光」を得るための具体的な実用手法を整理しておきましょう。青色LEDの登場によって“白色LED”が完成したのは、主に次の二つの方式です。
1. RGB方式
- 赤(R)・緑(G)・青(B)の3色LEDを混色して白色を作る方法。
- 色ごとの発光特性や経時劣化のバラつきなど、実用上の調整が難しい面もあります。
2. 青色LED+蛍光体方式
- 青色LEDの光の一部を蛍光体で変換し、残りの青色光と合わせて白色光を得る方法。
- 1996年頃、日亜化学工業が「青色LED+YAG(イットリウム・アルミニウム・ガーネット)系蛍光体」を組み合わせた白色LEDを商品化。
- このアプローチが最も普及する方式となり、LED照明の急速な実用化が進みました。
この「青色LED+蛍光体」の方式は、部品点数の少なさや実装の容易さもあり、大量生産に適していたことが大きな利点です。結果として、蛍光体や放熱設計など関連する要素技術の進歩が一体となって進み、コストと性能の両面で飛躍的な向上を遂げることになりました。
2-4.大量生産と価格の低下
青色LEDができて、白色LEDの方式が定まっただけでは、まだ肝心の青色LED素子のコストが高く、一般照明として普及するには至りませんでした。しかし、その後、MOCVD装置(有機金属気相成長装置)の高性能化や、蛍光体、パッケージング技術、放熱設計などが飛躍的に進歩し、LEDチップ1個あたりの製造コストが劇的に下がります。
そして2015年には、一般照明向けLEDランプ・LED照明器具の製品ラインアップが大幅に増加しました。大手メーカー(パナソニック、東芝、三菱電機、日立、NECなど)は蛍光灯器具の新商品を減らし、LED照明へシフトを加速させます。さらに、世界各国のメーカーがこぞって参入したことで競争が激化し、結果的にLEDランプやLED照明器具の価格が大幅に下がっていきました。
こうした技術革新と価格競争が、蛍光灯や白熱電球などを置き換える原動力となり、いまやLED照明はあらゆる場所で見られるようになりました。
第3章:LED照明のメリット――蛍光灯を凌駕する省エネ・長寿命・環境性能
では、なぜLED照明はこれほどまでに支持され、普及していったのでしょうか。その最大の理由は、やはり“省エネ効果”と“長寿命”という、実務的にもはっきりとした利点があるからだと言えます。賃貸オフィスビルや商業施設でLEDを導入する場合にも、こうした特徴が非常に魅力的に映るはずです。
3-1.省エネ効果が大きく、電気代を削減できる
一般に、白熱電球の効率は10~15lm/W、蛍光灯は80~100lm/W程度とされますが、LED照明は150~200lm/Wを超える製品も登場しており、同じ明るさを得るのに使う電力が圧倒的に少ないのです。オフィスビルなどでは照明が1日の大半を点灯しているため、電気代が大幅にカットできるのは大きなメリットとなります。電力単価が上昇している昨今、少しでも照明の消費電力を抑えたいというのは、多くのテナントやオーナーの共通する考えかもしれません。
3-2.長寿命で交換作業が大幅に減る
蛍光灯の寿命は1万~2万時間と言われるのに対し、LED照明は4万~6万時間が一般的です。もちろん、製品や使用条件によって異なりますが、単純計算で2~3倍ほど寿命が長いことになります。例えば、オフィスで1日10時間点灯するとして、蛍光灯なら3年ほどで交換が必要になるケースが多いのに対し、LEDなら7~8年、あるいはそれ以上使えることもあるわけです。天井が高いエントランスの照明を交換するとなると、足場を組んだりして大変な作業なので、交換頻度が減るのは管理上非常に助かります。
3-3.水銀フリーと紫外線レス
蛍光灯には微量なりとも水銀が封入されているのに対し、LEDは水銀を使わず、環境負荷が低いのも特長です。また、蛍光灯のように紫外線を発生させてから可視光に変換しているわけではないため、紫外線漏れがほとんどありません。虫が寄りにくい、展示物や資料の退色を防ぎやすいという細かな利点も存在するのです。ビルオーナーの立場からすれば、クリーンかつ長寿命というのはPRポイントにもなり得ますし、テナントへの訴求材料にもなるかもしれません。
第4章:賃貸オフィスビルならではの悩み――オーナーとテナントのギャップ
ここまでを見ると、「蛍光灯が使えなくなるなら、早めにLEDにしちゃったほうがいいんじゃないか」と思うかもしれません。しかし、賃貸オフィスビルや商業ビルの場合、照明の切り替えにはいくつか独特の悩みや課題があります。とりわけ、「投資はオーナーが負担するのに、電気代が下がるメリットはテナントが享受する」というギャップは大きな問題としてしばしば取り沙汰されるのです。
4-1.電気代削減の恩恵はテナント、工事費はオーナー持ち?
賃貸オフィスでは、当社のようなビル管理会社が取りまとめて水光熱費としてテナントに請求しており、「光熱費はテナント負担」というのが一般的です。つまり、LED化して省エネになった分だけテナントの負担が軽くなるわけですが、照明器具や工事費をまるまる負担するのはオーナーというケースが多いのです。そうなると、オーナーからすれば「投資コストをかけても、直接的には得をしないじゃないか」と感じることもあるでしょう。
4-2.補助金は万能ではない
LED導入の費用を抑えるために、国や自治体の補助金を活用できる場合があることは事実です。とはいえ、補助金には公募期間や応募要件があり、いつでも自由に使えるわけではありません。最近、ビル賃料は上昇傾向にあり、テナントとの賃料契約を更新するタイミングで調整するなど、ある程度の工夫が求められます。
4-3.それでもやるべき理由――空室率低減や資産価値維持
それでもLED化を進めるオーナーが増えているのは、やはり“間接的メリット”が大きいからだと言えます。例えば、LED化されているビルは「電気代が安く、設備が新しい」という印象を与え、テナント誘致に有利になります。空室が減れば賃料収入が安定し、結果的にビルの収益性が高まる可能性があるわけです。また、古い照明設備のままだと、ビル全体が老朽化しているように見え、資産価値が下がるリスクも考えられます。LED化しておくことで将来の買い手や借り手に好印象を与えやすく、いざ売却や相続を考えるときもプラス要素になるでしょう。さらに、蛍光灯が本格的に製造中止になった段階で一斉に交換すると、工事費が高騰したり納期が著しく長引いたりする恐れがあるため、「早めにやっておいたほうがいい」という考え方も現実的です。
第5章:具体的な事例――120坪のオフィスで年間電気代が30万円削減
実際にLED化すると、どれほどの費用対効果があるのでしょうか。賃貸オフィスの事例としてよく取り沙汰されるのが、120坪のフロアにおける蛍光灯照明のLED置き換えケースです。以前から使われていた1,200mmの直管蛍光灯を2本並べて使用する照明器具(67台)を、そのままLEDライトバーを適用した照明器具に交換し、あわせて非常灯も7台追加したところ、だいたい150万円程度で工事が収まったという例があります。蛍光灯照明の電気代はもともと年間60万円ほどかかっていたのが、LED化によって30万円ほどになる見込みで、年間30万円の差額が生じるわけです。これは省エネ効果としては非常にわかりやすい数字だと言えます。
もっとも、この差額は電気代を支払うテナントが享受する形になりがちで、オーナーとしては複雑な気持ちになるかもしれません。ただ、先ほど述べたように、テナントの満足度向上や空室率の低減、ビル全体の印象アップ、将来の交換時期を前倒しして混乱を避けるなど、間接的なメリットは十分見込めるでしょう。
第6章:LED導入の流れ――一体型交換、さらにはIoT連携
では実際にLED化するとなれば、どのような工事や手順が必要になるのでしょうか。家庭で行われるように、既存の蛍光灯器具を簡易改修してLEDランプを流用する方法もありますが、オフィスビルの場合は基本的に「器具ごとLED専用に交換する方法」がベストと考えられます。また、将来的なスマート制御やIoT連携を視野に入れるケースも、参考として紹介しておきます。
6-1.既存器具に直管型LEDランプを差し替えるケース
家庭や小規模な施設では「蛍光灯器具に直管型LEDランプを差し替える」という対応がまだよく見られます。具体的には、蛍光灯のグロー球を外すなどの簡単な改修で、そのまま直管型LEDを差し込む方法です。外観や配線をほとんど変えずに済むという点では、導入コストが比較的低く抑えられ、工事も簡便です。
しかし、次のような注意点があります。
1. 安定器の存在
- 蛍光灯用の安定器をそのままにしておくと、無駄な電力が消費されたり、LEDランプに適切でない電流が流れたりして、寿命や性能に悪影響を与える可能性があります。
- 最近では「安定器バイパス工事」を前提にした直管型LEDが登場しており、安定器を外して配線を直結することでLEDランプに合った電源を供給する方法が一般的です。とはいえ、バイパス工事を行うには電気工事士の資格が必要になり、大がかりではないまでも一定の工事費が発生します。
2. 器具自体の劣化・寿命
- もともとの器具が古くなっている場合、反射板や内部の電気配線などが経年劣化している可能性があります。
- 安定器だけでなく、ソケット部分なども消耗していれば、結局は器具全体の交換が必要になるケースが多く、「直管型LEDランプへの置き換え → 器具交換」の二度手間が生じるリスクがあります。
3. デザイン・配光の不一致
既存の蛍光灯器具は、蛍光灯の特性に合わせて配光設計や熱設計が行われています。そのため、LEDランプを差し替えるだけでは、本来の性能を発揮しにくいことがあります。
以上の理由から、特に大規模施設や長期運用を前提とする場合には、既存器具への差し替えはあまり推奨されません。「一時しのぎ」としては手軽でも、長期的にはコスト高・手間増になってしまう可能性が高いからです。
6-2.器具一体型LEDへのまるごと交換
こうした点を考慮すると、「器具そのものをLED専用品に交換する」ほうが、トータルで見てメリットが大きい場合が多くなります。器具一体型LEDの特徴やメリットは以下のとおりです。
1. 安定器が不要・余計な部品がない
- LED専用設計のため、安定器は必要ありません。結果的に部品点数が少なく、故障リスクも下がります。
- 電源やドライバー回路が最適化されているため、電気的ロスも少なく済む場合が多いです。
2. 配光設計・反射板・放熱構造が最適化
- LEDの特徴に合わせて配光設計が行われるため、必要なところに光を集中的に照らしやすく、効率が高いです。
- 放熱構造がしっかり作り込まれているので、LEDの寿命をフルに引き出せる可能性が高まります。
- 反射板やカバーもLED光源に合わせた素材や形状になっており、眩しさの軽減や光の均一性などの面で性能を発揮します。
3. 長期的なコストメリット
- 器具ごと交換する際の初期費用は高く見えますが、LED特有の高効率と長寿命によって電気代やメンテナンス費を大きく節約できるケースが多く、数年~十数年単位で見るとコストメリットが高くなりやすいです。
- また、器具の数を最適化できる設計を行えば、ランプ本数を減らせることがあり、導入費用が一部圧縮できる場合もあります。
4. 美観・空間演出
- 真新しいLED器具に交換することで天井まわりがスッキリし、建物全体の印象をリフレッシュできます。
- ビルへの来訪者や利用者に与えるイメージが向上し、ブランド価値や快適性にもプラスになることがあります。
5. 安定器の寿命を迎えている場合の合理的選択
- 既存の安定器が寿命に近い、あるいはすでに劣化しているならば、一部だけを改修しても長く使えません。
- それならば思い切ってLED一体型に交換してしまうほうが、トータルコストを抑えやすく、照明性能・メンテナンス面の安心感も得られます。
6-3.スマート制御やIoT連携を見据えるか
近年、「スマートビル」や「オフィスIoT」という言葉が聞かれるようになりました。照明も半導体ベースであるLEDなら、制御信号との相性が良く、センサーやネットワークを通じて自動的に点灯・消灯や調光を行うことが容易です。
- 人感センサー・昼光センサーによる自動制御
- 遠隔制御やスケジュール管理、色温度の変化(タスクごとに最適な色温度設定)
- 空室・在席状況に応じた効率的な点灯パターン
こうした高度なシステムを導入することで、さらなる省エネ効果や利用者の快適性向上を実現できる可能性があります。ただし、導入コストや運用負荷が増すことから、必ずしもすべての現場で現実的とは言えない面もあります。そのため、今後の拡張計画が具体的にある場合に限って検討する、というスタンスでも良いでしょう。
第7章:実務面での課題――古い配線や費用負担、契約条件の調整
LED化は高効率・省エネ・長寿命といったメリットが大きい反面、実際に工事を進める段階では、ビルの老朽化状況や費用負担のルール、既存の契約条件など、さまざまな課題に直面する可能性があります。この章では、具体的な注意点や検討事項を整理します。
7-1.築年数が古いビルなら配線改修が必要かも
一般的に、建物自体よりも電気設備や配線の寿命のほうが短く、長期間使用されたビルでは、照明器具の安定器や配線が相当程度劣化している可能性があります。LED化の際に配線の状態をまとめて点検・更新しておくと、後々のトラブルリスクを大幅に減らせるでしょう。
- 老朽化した配線のリスク
- 絶縁不良や接触不良が起こりやすく、火災や漏電など重大な事故につながる恐れがあります。
- せっかくLEDランプを新調しても、配線が原因で不具合が生じれば、LEDの省エネ・長寿命といった恩恵を十分に受けられません。
- 更新費用の問題
- 配線工事にはある程度の費用がかかるため、「ランプ交換だけにとどめたい」という要望が出ることもあります。
- しかし、将来的に配線改修が不可避になる時期が来ることを考慮すると、LED化と同時に実施するほうが総合的に効率的なケースが多いです。
- どうしても一度に大規模工事が難しい場合、小規模から段階的に進める方法もありますが、その際も将来的な設備更新の全体計画を踏まえて、できるだけ無駄が生じないように判断することが重要です。
7-2.テナント負担かオーナー負担か、その線引き
蛍光灯時代は「ランプ交換はテナント負担」としてきたビルも多いですが、LEDライトバー1本が数千円から1万円近くするとなると、テナントから「そんなに高いのは負担できない」とクレームが来る場合もあり得ます。実際、照明器具本体や工事費用はオーナーが出し、消耗品としてのLEDランプ交換代はテナント負担という形が多いものの、ビルのコンディションや契約内容によっては柔軟に取り決めることが望ましいでしょう。契約更新のタイミングで、LED化にともなうルールをしっかり盛り込んでおくと後から揉めるリスクが減ります。
7-3.投資回収とキャッシュフローの試算
LED化の費用をオーナーが出しても、その直接的な電気代削減メリットはテナントが受け取る形になるため、「じゃあオーナーはどうやって投資を回収するの?」という疑問が出ます。補助金を狙うとか、賃料に上乗せなども考えられるにせよ、現行の賃貸契約の枠内では、さすがに難しいので、結果的に、「空室率を下げる」「ビルの評価を高める」「将来の設備更新リスクを前倒しで解消する」といった間接的メリットを得て、長期的にプラスと捉える考え方が主流になっています。
第8章:今後の展望――蛍光灯の終焉からスマートビルへ
蛍光灯がいずれ入手不可になることは既定路線であり、LEDが現時点で最有力の代替光源となっています。しかし、照明に対するニーズは今後さらに変化する可能性があります。特に、IoT技術の進歩やAIの導入が進めば、「照明をただ点ける・消すだけ」ではなく、さまざまな付加価値を生み出す時代になるかもしれません。
8-1.照明=情報インフラ? センサー連携とビッグデータ活用
LED照明には半導体チップが含まれるため、デジタル信号のやり取りと組み合わせやすい構造をしています。海外の事例では、照明器具にビーコンやセンサーを組み込み、人の位置情報や在室状況をリアルタイムに把握するシステムが実装され始めています。これを空調管理やセキュリティシステムと連携すれば、誰もいないエリアの冷暖房を抑制したり、非常時に避難ルートを自動で点灯させたりといったスマート制御が実現するのです。将来的にはビル全体のエネルギー消費をAIが監視し、最適化するような世界も十分考えられます。
8-2.色温度制御で人間の活動をサポート?
オフィスワーカーの生産性や健康管理の視点から、照明の色温度を時間帯に応じて変化させる「ヒューマンセントリック照明」という考え方が注目されています。朝は少し青白い光で覚醒を促し、集中力や作業効率を高め、夕方からは暖色系の光にシフトすることで、疲労感の軽減や睡眠の質向上をサポートします。
実際に色温度調整を取り入れたオフィスでは、生産性が約10〜15%向上したとの報告もあり、導入効果は単なる快適性の向上にとどまりません。体内時計を整え、従業員の健康を積極的に管理するオフィス環境としてもアピールできるでしょう。
従来の蛍光灯では困難だったこうした精密な制御も、LED照明とIoT技術の普及によって比較的低コストかつ簡単に導入可能となっています。すでに一部のホテルや先進的な企業が積極的に取り組んでおり、今後さらに広がりを見せていくと考えられます。
8-3.蛍光灯から“次世代の光”へ
このように、単に「水銀が規制されるから蛍光灯はなくなる」というだけでなく、LED照明が持つ高い拡張性やデジタル制御のしやすさは、ビル管理やオフィス設計そのものを変える可能性があります。蛍光灯は確かに優れた発明でしたが、いまや時代が変わり、より省エネで長寿命、かつスマート化に対応できるLEDがメインストリームになっていくのは避けられない流れです。ビルオーナーや施設管理者にとっては、この転換期をどう活かすかが問われているとも言えるでしょう。
第9章:まとめ――いつやるか、いまやるか、それともギリギリまで待つか
ここまで見てきたように、蛍光灯の製造禁止は国際的な水銀規制に端を発するもので、2027年末には直管型蛍光灯が新規生産できなくなります。いずれ部品や在庫が底をつき、メンテナンスが難しくなるのは確実である以上、賃貸オフィスビルにおける照明のLED化は「いずれ必ず訪れる運命」です。問題は、いつその決断を下すかということです。
「電気代が下がるのはテナント、工事費を負担するのはオーナー……」というジレンマは確かにあり、短期的には投資に踏み切りづらいかもしれません。しかし、既存の蛍光灯や水銀ランプが廃番・品薄になるリスクや、環境規制の強化などを考えれば、いずれ大規模な照明交換が必要になる可能性は高いと言えます。
加えて、LED化によって得られるのは単純な電気代削減だけではありません。照明の質が向上すれば、テナントにとって働きやすい空間になり、ビル全体のイメージアップや入居継続率の向上といった形で、オーナーにとってもプラスとなることが期待できます。さらに、LED照明は蛍光灯などに比べて交換回数が少なく、保守管理の手間を減らせる点も無視できません。こうした要素は直接的な「電気代の削減分による回収」には当たりませんが、空室の抑制や長期的な維持コストの軽減として、最終的には投資の元が取れる可能性があります。
もし、まだ蛍光灯を使い続けているオフィスビルをお持ちなら、まずはフロア単位でどのような照明が使われているか、また実際の明るさやランプ寿命はどうなっているかを確認してみてください。照明の老朽化が進んでいる場合や、「建物としてそろそろ大規模修繕を検討しなくてはいけない」といった時期であれば、まとめてLED化を実施し、ビル全体をアップグレードする絶好の機会かもしれません。
大きなコストを一度に負担するのが難しい場合は、退去があったタイミングなど、区切りのいい場面で順次導入していくことも可能です。その際、新規テナントに対しては「LED照明が使われており、安定的かつ環境に配慮したビルです」とアピールすれば、物件価値の訴求にもなります。特に近年は企業の環境意識が高まっており、「環境配慮型の設備を備えたオフィスを選びたい」というニーズは小さくありません。
一方で、蛍光灯や水銀ランプが全面的に使えなくなるまで放置すると、在庫切れや急激な価格上昇といった問題が一気にのしかかってくる可能性があります。電気設備の更新は後回しにしがちですが、いざ不測の事態が起こった場合は、ビル運営そのものに影響が及ぶかもしれません。早めに対応しておくことで、コスト面や工事スケジュールなどを柔軟に調整でき、トラブルを最小限に抑えられるでしょう。
結局のところ、LED化によるコスト削減メリットはテナントに直接還元されるケースが多いものの、オーナー側にはビルの価値向上や維持管理負担の軽減といった形で別のリターンが期待できます。設備投資の効果を「電気代削減分だけで直接回収する」と考えるのではなく、長期的なビル経営の視点で検討することが、結果的に損をしない最善策と言えるでしょう。環境規制や市場動向を見ても、いずれは必要になる照明更新を前向きに捉え、テナントにとっても魅力的なビルへアップグレードしていくことをおすすめします。
おわりに
蛍光灯からLEDへ――この大きなシフトは、じつは単なる「光源の入れ替え」にとどまらず、建物の管理やビジネスの在り方までをも変える可能性を秘めています。とりわけ、賃貸オフィスビルのオーナーさんにとっては、「製造禁止? 何だか大変そうだな」ではなく、「ビルの資産価値を維持し、長期的に収益を安定させるための投資チャンス」と捉えることもできるのではないでしょうか。LED化によって電力コストが下がるのはテナントの直接的なメリットですが、ビルの評判が良くなって空室率が下がったり、テナントの入居期間が長くなったりする可能性があります。さらに、水銀フリーの照明は時代の要請とも言えますし、将来的にはIoT制御やAI分析と組み合わせることで、今までになかった省エネ・快適性が実現するかもしれません。
もちろん、補助金制度を活用しようにもタイミングや応募要件が合わないことがありますし、リーススキームを使っても最終的には費用を返済しなければならないなど、悩みどころは尽きないかもしれません。しかし、蛍光灯の廃止が目前に迫っている以上、「このままではいずれ交換ランプが手に入らなくなる」という問題には必ずぶつかります。それならば、足元の市場状況や工事費の相場をチェックしつつ、余裕を持ったスケジュールでLED化を計画し始めたほうが結果的に得策です。後回しにしてギリギリになってから大勢が一斉に工事を発注すれば、待ち時間が増え、コストが高騰する可能性だってあります。
「いつやるか、いまやるか、それともギリギリまで待つか」という判断は最終的にはオーナーの裁量ですが、少なくとも準備を早めに始めておくに越したことはありません。もし具体的にLED化を検討するのであれば、照明メーカーや施工業者との打ち合わせを通じて、配線改修の範囲や工期、工事費用、ランプ交換の負担をどうするかなどをじっくり調整する必要があります。また、テナントとのコミュニケーションも大切で、「明るさを確保してもらえるならうれしい」「フリッカーが減って作業環境が良くなる」「水銀フリーはCSRの観点でプラスになる」という声が出るかもしれません。こうした情報をこまめに集めながら、ビル全体の価値向上につなげるのが賢いビル管理の方法だと言えるでしょう。
もうすぐ2027年末が来れば、直管蛍光灯を新品で手に入れるのが難しくなる時代に突入します。蛍光灯が登場した当時は、白熱電球と比べて「省エネで長寿命な革新的技術」として大いに歓迎されましたが、いまやよりエネルギー効率の高いLEDが当たり前になろうとしています。技術の世代交代はあっという間であり、気づけば「蛍光灯は過去の遺産」という位置づけになりつつあるわけです。賃貸オフィスビルの世界でも、この世代交代をどのように受け止め、どのように活かしていくかはビルオーナーの腕の見せどころでしょう。
当コラムが、蛍光灯の製造禁止とLEDへの置き換えを考えるうえで、少しでもご参考になれば幸いです。水銀公害の歴史や青色LEDの発明という昔のエピソードをほんの少し振り返ってみても、最終的に私たちが得る教訓は、「より安全で省エネな技術が生まれてきたなら、早めに活用したほうが長い目でプラスになる」ということではないでしょうか。短期的にはオーナーが投資を負担する格好になることに対して納得しづらい部分があるかもしれませんが、ビルの環境性能が高まればESG投資の時代にも合致し、長期的に見てさまざまな恩恵を得やすくなります。ぜひ、電気代やメンテナンス負担、そして将来のリスクを総合的に考慮して、「蛍光灯からLEDへ」の転換を前向きに検討してみてください。
これから先、蛍光灯が完全に手に入らなくなるタイミングは意外と早く訪れるかもしれません。そうなる前に、ビルの競争力を高めるための投資と割り切り、計画的に照明更新を進めるかどうかで、数年後の経営状況は大きく変わってくるはずです。スマートビルやIoT連携など、LED照明がもつ豊富な可能性を上手に取り込みながら、次世代の“新しい光”を自分のビルにいち早く取り入れてみてはいかがでしょうか。そうした一歩が、テナント企業からの評価を高め、ビルの収益安定につながるかもしれませんし、何より水銀フリー社会へと進む世の中の流れに乗ることで、ビルオーナーとしての先見性と経営手腕をアピールできるのではないでしょうか。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2025年9月10日執筆
