築古の賃貸ビルでもデジタル化できる?スマートビルディング化の現実と課題

皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「築古の賃貸ビルでもデジタル化できる?スマートビルディング化の現実と課題」のタイトルで、2025年9月16日に執筆しています。
少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願い致します。
1. はじめに:世の中なんでもスマートになっている
身の回りの「スマート化」
最近では、あらゆるものが「スマート化」している。スマートフォンをはじめ、スマート家電、スマートウォッチ、スマートカー、さらにはスマート農業、スマートシティに至るまで、テクノロジーを活用して利便性や効率を向上させる動きが加速している。
例えば:
- スマートフォン:単なる通話機能から、生活のあらゆる面を管理できるデバイスへ進化
- スマート家電:冷蔵庫が在庫を管理し、エアコンが使用状況に応じて自動調整
- スマートウォッチ:健康データをリアルタイムで測定し、生活習慣をアドバイス
- スマートカー:自動運転技術やクラウド連携で、運転の安全性と快適性を向上
- スマート農業:ドローンやセンサーを活用し、農作業の効率化と収穫量の最適化
- スマートシティ:交通・エネルギー・防災システムがデータによって最適化される都市設計
このように「スマート化」とは、デジタル技術を使って「賢く」「効率的に」物事を運営できるようにすることを意味している。
「スマート(smart)」という言葉は、もともと、語源的には、古英語の smeortan(痛みを感じる、鋭く刺激する)に由来する。この「鋭い」「素早く反応する」といったニュアンスが派生して、「知的」「洗練された」「すっきりした」といった意味へと広がっていった。
- 「賢い、知的な」(例:スマートフォン、スマートビルディング)
- 人間の知的活動を補助し、データを分析して自律的に判断するような機能を持つものに対して使われる。
- 「すっきりした、洗練された」(例:スマートなデザイン、スマートな服装)
- シンプルで無駄がなく、スタイリッシュなものに対して使われる。
スマートビルディングとは?
こうした「スマート化」の流れは、ビルの管理・運用にも及んでおり、スマートビルディングという概念が登場している。
スマートビルディングとは、ICT(情報通信技術)やIoT(モノのインターネット)を活用して、ビルの管理・運用を効率化し、快適性やエネルギー効率を向上させるビルのことを指す。具体的には、スマートメーターによるエネルギー管理、IoTセンサーを活用した空調制御、入退室管理のクラウド化等によるセキュリティ強化などが含まれる。
かつては大規模なオフィスビルや最新の高層ビルで導入されるケースが多かったが、近年では築年数の築古の中小規模のビルでもスマート化が求められるようになってきた。その背景には、以下のような社会的・経済的な要因がある。
2.なぜ今、築古のビルでもスマート化が求められるのか?
:スマートビルディングの本当の効果とは?
2-1. エネルギーコストの低減
:スマートビルディング化で本当に電気代は安くなるのか?
近年、電気料金の上昇が続く中、ビルのエネルギー管理に対する関心が高まっている。その解決策の一つとして、スマートメーターやBEMS(Building Energy Management System)の導入が推奨されている。これらのシステムは、電気・水道・空調の使用状況をリアルタイムで監視し、無駄を削減することで運用コストを最適化すると言われている。
だが、本当に「スマートビルディング化すると電気代が安くなる」のだろうか?この主張は、どのような前提条件のもとで成り立つのか、慎重に検討する必要がある。
導入コストと削減効果のバランス
スマートメーターやBEMSを導入するためには、システムの購入・設置費用、さらに運用や保守にかかるコストが発生する。その上で、実際にどれくらいのコスト削減が可能なのかは、ビルの特性や運用状況による差が大きい。例えば、もともとエネルギー効率の良い設備を備えたビルでは、スマート化による節電効果は限定的かもしれない。逆に、エネルギーの無駄が多いビルでは、劇的な削減効果が期待できる。
また、運用する人が「システムをどう活用するか」によっても、結果は大きく変わる。データが可視化されても、それを活用する意思決定が適切でなければ、期待するような電気代削減にはつながらない。
つまり、単に「スマート化すれば電気代が下がる」とは言えず、導入費用と実際の削減効果を比較しながら、個別の状況に応じた判断を下すべきだ。
2-2. DXによる省力化
:DXによる管理の効率化は本当に人手を減らせるのか?
労働人口の減少が進む中、ビルの管理を担う人材の確保が年々難しくなっている。この課題に対する解決策として、IoTやAIを活用したデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が注目されている。特に、DXにより少ない人手で複数のビルを効率的に管理できるようになると期待されている。
しかし、ここでも疑問が浮かぶ。DXは本当に「管理の手間」を減らすのだろうか?
DXでどうやって人を減らす?
例えば、「AIを適用した遠隔監視カメラを導入すれば、管理人がいなくても安全性が確保できる」といった話がある。しかし、以下のような問題点が残る。
- カメラのデータを監視・管理するのはAIだけで大丈夫なのか?
AIが異常を検知したとしても、最終的な判断や対応を行うのは人間であることがほとんどだ。完全に人手を省略できるわけではない。 - システムトラブルやAIの誤検知にどう対応するのか?
AIが間違った判断をした場合、迅速に修正する体制が求められる。結局、人の手間が減るどころか、新しい種類の手間が増える可能性もある。
これらの点を踏まえると、DXが必ずしも「人手削減」につながるとは限らない。むしろ、「従来の業務負担が別の形で発生するだけ」になる可能性がある。
2-3. スマート化・DX化の闇
:スマート化/DXで、本当に人が減るとしたら、大問題なんじゃないのか?
もしスマート化/DX化で本当に労働力を削減できるのだとしたら、マクロレベルで見ると、労働市場や社会全体に大きな影響を及ぼす可能性がある。この点について、一部の経済学者は懸念を示している。
スマート化/DX化による労働力の需要低下と社会的影響
- 労働力が不要になれば、失業率が上昇し、労働者の所得が減少する可能性がある。
- 雇用所得が減ると消費が低迷し、結果として企業の売上にも影響を及ぼす。
- 需要の減退が経済全体に波及し、景気が悪化する可能性がある。
つまり、「スマート化/DX化で人を減らせる」こと自体が、単なる効率化の問題ではなく、経済や社会構造に大きな影響を与える可能性があるのだ。
この問題は、ビル管理に限った話ではなく、あらゆる業界で議論されている。DXの推進は避けられない流れではあるが、同時に「人が減ることで何が起こるのか?」を冷静に考える必要がある。
2-4.「本当にスマート化は役に立つのか?」という現場の疑問を掘り下げる
スマートビルディング化は、効率的なエネルギー管理や省人化を実現すると言われているが、現場レベルでは「本当にメリットがあるのか?」という疑問や懸念も少なくない。
特に、築古のビルにスマート化を導入する場合には、理論上のメリットと現実の運用が乖離するケースも多く、慎重な検討が求められる。まずは、スマートビルディング化の「期待される効果」と「現場での懸念点」を整理してみたい。
(1). スマートビルディングに対する現場での懸念とは?
スマートビルディング化に対して、よく聞かれる現場での疑問や懸念には以下のようなものがある。
① 「スマートメーターやIoT機器は故障が多いのでは?」
- スマートメーターやIoT機器は、従来のアナログ機器よりも複雑な電子部品を多く含んでいるため、故障リスクが高いのではないか?
- 特に築古のビルに新しいシステムを組み込む場合、配線や通信環境が対応できるのかといった技術的な課題がある。
- 故障した場合、従来のアナログメーターなら管理人が目視で確認できたが、スマートメーターでは専門的な知識が必要になるため、管理者の負担が増える可能性がある。
② 「システムを導入しても、実際にはコスト削減効果が出ないのでは?」
- システムの導入コストが高額なため、実際に運用を開始しても、期待したほどの電気代削減が得られず、投資回収ができないケースがあるのでは?
- スマートビルディングの成功事例の多くは大規模オフィスビルが中心であり、中小規模のビルでは、設備投資に見合うコスト削減効果が得られにくい可能性がある。
- エネルギー消費の削減効果が限定的な場合、「導入前とほぼ変わらない運用コストなのに、システムのメンテナンス費用が追加でかかる」という事態になりかねない。
③ 「システム会社が自社のSaaSを押し売りし、結果的に不要な機能ばかりになるのでは?」
- ビル管理側の業務フローを無視した「パッケージ化されたSaaS」を導入すると、実際には使わない機能ばかりが増えてしまう可能性がある。
- システム会社は「契約を取ること」が目的になりがちであり、導入後の運用負担や使い勝手は二の次になっていることが多い。
- 「スマートビルディングに必要だ」と言われて高額なシステムを導入したが、実際には従来の管理方式と大差ないというケースも少なくない。
これらの疑問を解消しつつ、築古のビルでも無理なくスマート化を進める方法を、詳しく解説していきたい。
3. 築古賃貸オフィスビルをスマート化するメリットと課題
築古賃貸オフィスビルでは、従来の設備や管理方法では競争力が低下し、空室リスクが高まる傾向にある。こうした状況を打破し、ビルの収益性を向上させるために、スマート技術の導入が有効な手段となる。以下、築古ビルのスマート化によって得られる具体的なメリット、その導入に伴う課題について詳しく解説する。
3-1. スマート化のメリット
(1) エネルギーコストの削減
築古ビルでは、老朽化した設備の非効率性や、手動での管理によるムダなエネルギー消費が問題となる。スマート化によって、以下のような省エネ効果が得られる。
- スマートメーターとAIによる電力最適化
スマートメーターを導入し、AIが電力消費データを分析することで、無駄な消費を特定し、自動的に最適なエネルギー配分を行う。これにより、エネルギーコストを10~30%削減することが可能となる。
- 空調や照明の自動制御
人感センサー等を活用し、使用状況に応じて空調や照明を自動で調整。
例えば、オフィス内の人数が少ない時間帯には空調を抑えたり、夜間は不要なエリアの照明を消灯したりすることで、省エネを実現する。
(2) ビル管理の効率化
築古ビルの管理では、老朽化した設備の維持管理や突発的な故障対応が課題となる。スマート技術を活用することで、以下のような管理業務の効率化が可能になる。
- 遠隔監視システムの導入
センサーやIoTデバイスを活用した遠隔監視システムにより、ビルの電力消費、空調、エレベーターなどの運転状況をリアルタイムで把握。異常が検知された際には、管理者に自動通知が送信され、迅速な対応が可能となる。これにより、管理スタッフの負担軽減が期待できる。
- AIによる故障予測
設備の運転データをAIが分析し、異常の兆候を早期に察知。例えば、空調設備の温度変化やモーターの振動データを解析することで、故障リスクの兆候を早期に察知し、メンテナンスを実施。これにより、突発的な故障による修理コストを抑え、計画的な保守管理が可能となる。
(3) テナントの満足度の向上
オフィス環境の快適性は、テナントの満足度に直結する。築古ビルでもスマート化を進めることで、現代のオフィス環境に求められる利便性と快適性を向上させることができる。
- 空調や照明の最適化
天候やオフィス内の利用状況に応じて空調や照明を自動調整し、常に快適な環境を維持する。例えば、温度や湿度をAIが分析し、最適な空調設定を行うことで、働く人の快適性を向上させる。
- 非接触型の入退室システム
コロナ禍以降、オフィスの安全性と衛生管理が重要視されている。スマートロックや顔認証技術を活用した非接触型の入退室システムを導入することで、セキュリティレベルを向上させるとともに、入退室の利便性を向上させることが可能となる。
(4) ビルの資産価値向上
築古ビルは、築年数の経過とともに資産価値が低下しやすい。しかし、スマート化を進めることで、ビルの魅力を向上させ、長期的な資産価値の向上につなげることができる。
- スマート化による競争力向上
省エネ対策や快適性の向上により、テナント募集時の競争力がアップ。特に、最新のオフィス環境を求める企業にとって、スマート化されたビルは魅力的な選択肢となる。
- ESG投資への適合
近年、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の重要性が高まっており、企業は持続可能なビルへの入居を優先する傾向がある。スマート化によって、省エネ性能を向上させることで、ESG投資家や環境配慮型企業のニーズを満たし、資産価値を高めることができる。
3-2. スマート化の課題
築古賃貸オフィスビルをスマート化することで、エネルギーコスト削減やビル管理の効率化、入居者満足度の向上など多くのメリットが得られる。しかし、その実現にはいくつかの課題が伴う。本節では、築古ビルをスマート化する際に直面する主な課題と、それらを解決するための方策について詳しく解説する。
(1) 初期導入コストの高さ
築古ビルでは、既存の設備が最新のスマート技術と互換性を持たない場合が多く、導入コストがかさむことが懸念される。例えば、旧式の空調や照明設備などは、スマート制御に対応していないケースが一般的であり、場合によっては対象設備自体の入替が必要となる。また、スマートメーターやIoTデバイスを設置したとした後、それらを統合的に管理するシステムの導入や、ネットワーク環境の整備も必要となり、想定以上に費用がかかることもある。
加えて、ビルをスマート化しようとしても、「何を導入すれば効果的か」が明確でないことがある。システム会社の提案を鵜呑みにすると、ソリューションが明確でないまま、必要以上の高価なシステムを導入してしまうリスクもある。
解決策:
- 既存設備の調査・診断を実施
まず、現在の設備の状態を詳しく診断し、どの部分をアップグレードする必要があるのかを明確にする。これにより、最低限の改修でスマート化を実現する方法を検討できる。
- レトロフィット型のスマート技術を活用
既存設備に後付けでスマート機能を追加する「レトロフィット型」の技術を活用することで、大規模な設備交換を避けながらスマート化を進めることが可能。
- 現場で必要な機能を明確化して、現場で使われるシステムを導入
事前に、「どの機能が、現場で、本当に必要なのか」をリストアップし、無駄な機能を押し付けられないようにする。また、現場にっての、システムの使い勝手は重要なポイント。
- 段階的な導入計画(PoC)を立てる
一度に大規模な投資を行うのではなく、一部システムをテスト導入し、実際の効果を検証して、最も効果の高い部分から段階的にスマート化を進める。また、このテスト導入の結果を、導入費用、運用費用、メンテナンス費用を踏まえて検証し、事前に想定されたコスト削減等が実際に可能なのかを数値で確認する。これらにより、無駄なコストを抑えつつ、最適なソリューションを選択できる。
(2) セキュリティリスクの増大
スマートビル化により、インターネット接続を通じた遠隔制御やデータ管理が可能になるが、これに伴いサイバーセキュリティのリスクが増大する。ハッキングやデータ漏洩のリスクが高まると、ビルの安全性やテナントの機微情報が脅かされる可能性がある。
解決策:
- 最新のセキュリティ対策を導入
ファイアウォールや暗号化技術を活用し、ネットワークの安全性を確保する。また、不正アクセスを防ぐために多要素認証(MFA)を導入し、管理者のアクセス権を厳格に管理することが重要。
- バックアップ手段を確保する。
スマートシステムがダウンした際に、従来のアナログ機器による手動での管理が可能なバックアップ体制を整えて、BCP対応を準備する。
- 定期的なセキュリティ監査を実施
サイバーセキュリティの専門家による定期的な監査を行い、システムの脆弱性をチェックする。また、従業員や管理者向けにセキュリティ教育を実施し、ヒューマンエラーによるリスクを最小限に抑える。
(3) 周辺機器も含めたシステム維持管理と運用の負担
スマート化した設備、関連して導入されたIoT機器等について、導入後の維持管理が重要となる。特に、スマートメーター等のIoT機器の故障が頻発すると、実際の運用に堪えないことになりかねない。また、技術の進化が早いため、適切なアップデートやメンテナンスが必要であり、これを怠るとシステムのパフォーマンスが低下する可能性がある。
解決策:
- シンプルなシステムを選ぶ
必要最小限の機能、適用範囲を絞り込んだ状態で、システムを導入、運用し、運用負荷を軽減する。
- システムの運用環境をクラウド化する
クラウドを活用したスマート管理システムを導入することで、最新のソフトウェア更新を自動で適用し、常に最適な状態を維持する。
- 専門業者と連携した管理体制を構築
内部での運用負担を減らすため、スマートビル管理に特化した外部業者と連携し、定期的な点検や運用支援を依頼する。
(4) テナントの理解・協力の必要性
築古ビルをスマート化する際、テナントが変更に対して消極的である場合、導入がスムーズに進まない可能性がある。特に、システムの入れ替えに伴う一時的な業務への影響や、新たなシステムへの適応が求められることが課題となる。
解決策:
- テナントへの説明と合意形成を重視
スマート化によるメリット(省エネ効果、快適性向上、セキュリティ強化など)を具体的に説明し、テナントの理解を得ることが重要。また、導入プロセスに関する情報を積極的に共有し、不安を解消する。
- テナント向けのインセンティブ設計
例えば、請求書の電子化の場合、郵送を選択するテナントには将来的に実費を請求する等のインセンティブ設計を提示し、テナントが協力する環境を作る。
4. 実際の導入事例:築古の中型賃貸ビルのスマート化
築古のビルでもデジタル化は可能なのか?
最近では、IoTやクラウドシステムを活用することで、既存の築古のビルでもスマートビルディング化が可能になってきている。しかし、すべての事例が成功しているわけではなく、導入後の運用やコスト回収の課題が浮き彫りになっている。
4-1. 成功事例
事例1:築40年の中型オフィスビルをスマート化した事例
このビルでは、設備の老朽化に伴う維持管理の手間や、空調・照明設備の非効率なエネルギー消費が長年の課題となっていた。そこで、管理会社は以下のようなスマート技術を導入した。
- スマートメーターとBEMS(Building Energy Management System)によるエネルギー管理
- IoT対応型の空調・照明自動制御システム
- AIを活用した遠隔監視による設備の異常検知と予知保全システム
これらの技術導入によって、ビルのエネルギーコストを約20%削減することに成功した。また、設備の故障を予知できるようになり、緊急時の突発的な修理コストが大幅に低下した。テナントからの評判も良くなり、空室率も大きく改善した。
事例2:高齢のオーナーでも簡単に操作できるスマート管理システムの導入
別のビルでは、ITに不慣れな高齢のオーナーが、従来型の紙ベースの管理を行っており、デジタル化に強い抵抗感があった。そこで導入されたのは、以下のようなシンプルな管理システムである。
- タブレット1台で操作が可能な直感的でシンプルなインターフェース
- 音声アシスタント対応で、口頭の指示だけで空調、照明、防犯設備の遠隔操作が可能
この仕組みによって、高齢のオーナーでもスムーズにスマート化に移行でき、日常的なビル管理の負担が大幅に軽減した。シンプルで導入ハードルが低い仕組みのため、継続的な運用にも支障がなく、オーナー自身の満足度も向上した。
4-2. 失敗事例とその教訓
事例1:スマートメーターが頻繁に故障し、管理が煩雑になったケース
あるビルでは、導入コストを節約するために比較的安価なスマートメーターを採用した。しかし、導入後に頻繁に故障が発生し、データが頻繁に欠損する状況が続いたため、結局は従来のアナログメーターとの併用を余儀なくされた。
この事例からの教訓は、信頼性や耐久性が高い製品を慎重に選定し、重要な設備にはアナログ方式などのバックアップを用意することが望ましいということである。
事例2: ITに不慣れなオーナーが操作に困惑し、結局アナログ管理に戻ってしまった事例
別のビルでは、高齢オーナーが複雑な管理システムの操作に苦戦した。オーナー自身がシステム操作を完全に理解できず、結局は元の紙ベースの管理方式に戻してしまった。
ここからの教訓としては、導入する管理システムのUI・UXを極力シンプルで直感的なものにする必要があること、さらにオーナー向けの十分な研修やサポート体制を提供することが不可欠だということである。
事例3:初期投資が大きすぎてコスト回収が困難になった事例
あるビルは、全面的なスマート化を目指して初期からフルスペックのシステムを導入した。しかし、高額な投資に対してテナントの賃料アップがほとんど見込めず、結果的に投資回収が困難になった。
このケースの教訓としては、スマート化は段階的に導入を進めることが重要であり、PoC(概念実証)を行いながら効果を確認しつつ、本当に必要な機能だけを選択的に導入することでリスクを抑えるべきだということだ。
5. まとめ:スマートビルディング化の未来と成功への道筋
築古ビルのスマート化は、単に最新技術を導入すれば成功するというものではなく、「無理なくシンプルに」を基本方針として進めることが成功への近道となる。
特に築古ビルの場合、既存の設備や管理体制との整合性を考慮せずに、すべてを最新のスマート技術に一気に切り替えることは、コスト面でも運用面でもリスクが高い。現実的には、既存業務の流れを十分に理解し、現場のニーズに合った機能だけを選定して、段階的かつ慎重に導入していくことが極めて重要になる。
また、築古ビルのオーナーの中には、高齢でIT技術に不慣れな方も少なくないため、ビル管理会社がオーナーとシステム開発企業の橋渡し役として、より一層丁寧にコミュニケーションを行い、細やかな支援を提供する必要がある。具体的には、導入初期の段階からオーナーの理解度や要望をしっかりと確認し、UI(ユーザーインターフェース)や操作性に優れたシンプルな管理システムを選定することが求められる。また、導入後も定期的な研修や丁寧なフォローアップ、運用サポートを継続的に提供し、オーナーの安心感と満足度を高めることが大切だ。
今後、AIやIoT、5G、エッジコンピューティングなどの技術革新は急速に進展していくものと予想される。この技術進化によって、これまで以上にシンプルで直感的に操作できるシステムが低コストで提供されるようになり、中小規模の築古ビルにおいても手軽にスマート化が実現できる環境が整備されることが期待されている。さらに、エネルギー管理の自動化や設備の予知保全の精度向上など、技術的な進化に伴い、ビルの運用効率化、管理業務の負担軽減、エネルギーコスト削減といった効果も一層高まるだろう。
築古ビルが今後も競争力を維持し、長期的な資産価値を向上させるためには、こうした最新技術を積極的かつ戦略的に活用していく必要がある。しかし、システム会社から一方的に提示される高度なソリューションを鵜呑みにするのではなく、自らのニーズを明確にし、本当に必要な機能を見極めながら慎重にシステム導入を進めていくことが肝心である。
結論として、築古ビルのスマート化を成功させるためには、無理なく段階的に進めること、高齢オーナーに寄り添った丁寧なサポートを提供すること、そして技術の進化を見極めながら適切なパートナーシップを構築していくことが欠かせない。管理会社がこうした役割を確実に果たすことで、築古ビルでも持続可能なスマート化が実現され、ビルオーナーやテナントにとっても魅力的で快適なオフィス環境が整えられるだろう。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2025年9月16日執筆
