旧耐震ビルの賃貸経営をあきらめない──中小規模オフィスオーナーのためのリスクと活路
皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「旧耐震ビルの賃貸経営をあきらめない──中小規模オフィスオーナーのためのリスクと活路」のタイトルで、2025年11月13日に執筆しています。
少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
1.はじめに
突然ではありますが、あなたのビルは「旧耐震基準」で建てられたものではないでしょうか。1981年以前の耐震基準(いわゆる「旧耐震」)で設計・施工された建物は、日本各地にまだ多く存在しています。
「旧耐震ビルのリスクはなんとなく知っている。でも、使えているうちはこのままでいいのではないか?」
こう考えるオーナーは、実は少なくないのです。すでに建物の減価償却が終わっていて、毎月の賃料収入がほぼ「実入り」となっている状況であれば、わざわざ大きな投資をしてまで建替えや耐震補強を行わなくても、今のところは利益が出ているため、決断を先延ばしにするのも自然な流れかもしれません。
しかし、耐震基準が古いというのは、地震大国である日本において見過ごせない問題です。大地震が発生したとき、倒壊や大規模な損傷が生じるリスクが高く、万一の際にはテナントにも大きな被害が及びます。近年では、企業がビルを選ぶ際、BCP(Business Continuity Plan)の観点から建物の耐震性能を重視する傾向が強まっています。結果的に、旧耐震ビルはテナント募集の際の選択肢から外されやすくなっているのです。
さらに、周辺には新耐震や制震・免震構造を備えた新しいビルが増えています。賃料や立地条件が同程度であれば、「安全かつ設備が新しいビル」を選ぶテナントが大半でしょう。古いビルであるがゆえに空室リスクが高まるうえ、大地震のニュースが流れた直後などは、一時的にでも解約を検討する動きが出るかもしれません。
とはいえ、旧耐震ビルに「全面的な耐震補強」を実施するのは、コスト面でも建物形状の面でも簡単ではありません。オフィスフロアの面積が100坪以下など比較的コンパクトな建物ほど、耐震壁やブレースの増設が執務スペースを大きく圧迫してしまい、窓を塞いでしまうようなケースも出てきます。テナントからすれば、使い勝手が悪く見栄えも損なわれるため、魅力が下がる懸念があるでしょう。
こうした状況下で、多くのオーナーが「建替えしかないのか、それとも改修でしのぐべきか」と頭を悩ませています。実際、大規模な改修や建替えには多額の資金調達が必要ですし、仮にそこまで踏み切っても、経営的にペイするかどうかは不透明です。そのため、結局は“現状維持”を選択してしまうケースも少なくありません。
しかし、建物の老朽化は待ってはくれません。耐震性の不安だけでなく、設備・配管・内装など、多方面の劣化が進むことで、想定外の修繕費用が急に発生したり、突然のトラブルでテナントからクレームが増えたりするなど、オーナーとしての負担は後々一段と大きくなる恐れがあります。
そこで、本コラムでは、そうした問題を抱える旧耐震の中小型賃貸オフィスビルのオーナーを対象に、以下の点を中心に解説していきます。
- ・旧耐震ビルが抱えるリスクと、市場での評価が下がる背景
- ・実際に耐震補強を行う場合に生じる課題と、メリット・デメリットの整理
- ・大規模改修・建替え・売却などの意思決定を迫られたときの考え方
- ・プロパティマネジメント(PM)やビルメンテナンス(BM)導入の具体的意義とメリット
- ・事例紹介を通じた、収益改善や資産価値向上につなげるためのヒント
これからご紹介するPM・BMは、「オーナーが管理業務の多くを専門家に委託し、不動産経営を最適化するための仕組み」です。単に清掃や警備を外注するビル管理業務(BM)だけでなく、テナント誘致や契約管理、修繕計画立案などを総合的に担うプロパティマネジメント(PM)を活用することで、オーナー自身が把握しきれていない建物の価値を引き出したり、将来のリスクに備えることが可能になります。特に小規模ビルでは、オーナーが自分ひとりで全てを運営管理しているケースが多いため、専門知識や時間的リソースがどうしても不足しがちです。PM・BM導入により、そうした弱点を補い、最終的に建替えや売却を検討する際にも、視野を広げた判断ができるようになります。
本コラムは、建替えや売却を当然推奨するわけではありません。むしろ、「旧耐震ビルに耐震補強を施す」という一見まっとうに思える選択肢ですが、本当に得策かどうかを改めて考えてみる必要がある、という問題提起をしたいのです。そして、その検討過程においてこそ、PM・BMの活用が大いに役立つはずです。
もし、この記事を読んでいるあなたが「うちは旧耐震だけど、まあ大丈夫だろう」と漠然と考えているのであれば、ぜひ最後までお付き合いください。建物の将来について早めに情報を集め、必要に応じた対策をとることで、結果的に余計なコストやリスクを大幅に削減できる可能性があります。なにより、“決断しないまま時が経って、いよいよどうしようもなくなる”という事態だけは避けたいところです。費用面のハードルや工事時期の問題など、悩みは尽きないかもしれませんが、本コラムの内容が少しでもヒントになれば幸いです。
それでは、次章からは本題に入りましょう。まずは「旧耐震ビルとは何か」という基本的な定義やリスクを改めて整理し、現状を正確に把握することから始めていきたいと思います。
2.旧耐震ビルとは何か
旧耐震ビルとは、1981年以前の耐震基準(いわゆる「旧耐震基準」)で設計・施工された建物のことを指します。日本においては、1950年に制定された建築基準法の改正に伴い、幾度か耐震設計に関する規定が強化されてきました。その転換点となったのが、1981年6月1日に施行された新耐震設計法規です。この新基準以降に建てられた建物を「新耐震」、それより前の基準をもとに建築された建物を「旧耐震」と呼び分けています。
2-1.旧耐震基準と新耐震基準の違い
そもそも、なぜ1981年という年が大きな区切りなのでしょうか。それは、1978年に発生した宮城県沖地震での被害を踏まえ、建物が「倒壊しないため」に必要な耐震強度を再検証し、耐震設計の方法が大幅に見直されたためです。新耐震基準では、主に以下のようなポイントが強化されました。
- ・設計用地震力の見直し
- 地震発生時に建物に作用すると想定される水平力(地震力)の想定値を見直し、より大きな地震を想定して構造計算を行うように。
- ・靭性設計の導入
- 建物の構造部材や接合部が、ある程度の変形に耐えうるように設計する考え方。これにより、大地震が起きてもすぐに崩壊せず、人命被害を防ぐことを重視。
- ・施工精度・品質管理の強化
- 単に設計段階だけでなく、施工段階のコンクリート強度や鉄筋のかぶり厚さ(鉄筋を覆うコンクリートの厚み)などの品質もより厳しく求めるように。
一方、旧耐震基準は「中規模地震で倒壊しない程度」というおおまかな基準で、現行の新耐震基準ほどの詳細な検討や品質管理が行われていない場合が多いのです。その結果、旧耐震基準で建てられたビルは「大きな地震が発生すると、倒壊または重大な損傷のリスクが高い」と見なされています。
2-2.旧耐震ビルが抱えるリスク
旧耐震ビルは、単に“古い”というだけでなく、構造的・物理的にリスクをはらんでいます。代表的なものを挙げると、次のとおりです。
- (1)地震による倒壊・大損傷のリスク
- 耐震強度が不足しているため、大地震の発生時に建物が部分的に崩落したり、大きく傾くおそれが高まります。建物が万一倒壊すると、テナントの事業継続はもちろん、人命に関わる非常事態になり得ます。
- (2)テナント募集時の不利要素
- 企業の安全意識やBCPが浸透している昨今、旧耐震というだけで敬遠される場面が増えています。特に、社会的信用を重視するテナント(金融機関やIT企業など)は耐震性能を重視する傾向が強いです。結果的に空室が埋まらない、賃料を下げざるを得ない、という悪循環が起きやすいのです。
- (3)資産価値の下落
- 建物の評価額は、耐震性や築年数、建物グレードなど多角的に評価されます。旧耐震ビルの場合、いくら立地が良くても、耐震リスクや老朽化の懸念で資産価値が低く見積もられることが多々あります。市場のトレンドも加味すれば、将来的に売却を検討する際、想定よりもはるかに安い価格が提示される可能性があります。
- (4)今後の法改正や行政指導リスク
- 地震防災対策や都市計画の観点から、行政が段階的に耐震化を求める方向にあるのは周知の事実です。実際、一部の公共施設や大規模建築物には、耐震診断や補強実施の義務付けが進んでいます。今後、基準がさらに厳しくなる可能性はゼロではなく、行政からの指導や是正命令が下るリスクもあるでしょう。
2-3.中小型賃貸オフィスビル特有の状況
オフィスビルと一言でいっても、大規模なタワービルから数十坪規模の小型ビルまでさまざまです。ここで注目したいのが、100坪以下程度の比較的コンパクトなオフィスビルの特徴です。
- ・建物の構造上、改修工事がしにくい
- 大規模ビルに比べてスペースの余裕が少なく、耐震補強を施そうとするとどうしても執務スペースを侵食してしまう。窓を塞いだり、ブレースが大きく張り出したりといった物理的制約が目立ちます。
- ・テナントが地域密着型であるケースも多い
- 地元企業や小規模事務所が入居しており、“場所替え”がしづらい半面、建物の老朽化が進んでもある程度は入居し続けるといった状況が生じやすいです。これはオーナー側から見ると「なんとなく使い続けてもらえる」安心感があるため、補強や改修の先送りにつながりがちでもあります。
- ・減価償却が終わっている物件が多い
- 古いビルほど、すでに減価償却が終了しているケースが多く、毎月の家賃収入がまるまるオーナーの収益になるため、どうしても現状の収益を維持したい心理が働きます。大きな投資をして耐震補強や建替えをするより、今の“実入り”を継続したいと考えるのは自然な感情といえます。
2-4.旧耐震ビル数の現状データ
東京23区における旧耐震オフィスビルの割合
東京23区内で賃貸オフィスとして利用されている建物のうち、1981年以前の旧耐震基準で建てられたビルは、近年おおむね全体の2割前後を占めると推計されています。
中小規模ビルほど旧耐震率が高い
大規模オフィスビル(延床5,000坪以上)に比べて、延床5,000坪未満の中小規模ビルは旧耐震が多く残っている傾向にあります。ある調査(2021年公表)では、旧耐震基準のビルの割合が大規模ビルで16%だったのに対し、中小規模ビルでは24%に上っています。都心部で大規模再開発が進んだ結果、比較的大きなビルの建替えや耐震補強は先行して行われてきた一方、小規模のオフィスビルについてはオーナー単独で対応することが難しく、更新が遅れがちな現状が背景にあると考えられます。
近年の推移と耐震化の取り組み
ここ5年ほどを振り返ると、東京23区の旧耐震オフィスビルは徐々に減少傾向にあります。2010年代前半には棟数ベースで3割近くあったともいわれる旧耐震ビルは、新築供給の増加や建替えに伴い、2020年前後には2割台半ばまで縮小。その後も少しずつ比率を下げ、2020年代前半時点で2割強まで低下しているとの推計が示されています。
一方で、実際の耐震改修は想定以上に進みにくい側面もあり、東京都による耐震診断義務付け対象物件のうち、約半数近くがいまだに耐震性不足のままとのデータもあります。都や国土交通省は耐震改修促進法を軸にして、2025年までに都内全域の耐震化率100%を目標とした施策を展開中ですが、オーナー個人が費用を負担する中小規模ビルでは特に対応が遅れがちです。
結局のところ、東京23区では新築や大規模再開発によって旧耐震ビルの割合は着実に減りつつあるものの、現時点でもなお数千棟単位が存在し、中小ビルを中心に改修・建替えが進まないケースも少なくありません。2割前後という残存割合は、築古ビルが継続的に賃貸市場へ供給されていることを意味し、「老朽化+耐震不足」というリスクを抱えた不動産がまだ十分に存在する実態を示しているといえます。今後、行政の制度強化やテナント企業のBCP意識の高まりにより、こうした旧耐震ビルのオーナーは一層の改修や建替えを求められる可能性が高いでしょう。
3.なぜ今「対策」を検討すべきなのか
旧耐震ビルのオーナーが耐震補強や建替え、売却などについて「いつかは考えなければいけない」と思いつつも、実際に大きなアクションに踏み切れないケースは少なくありません。特に、減価償却が終わった物件であれば、毎月の賃料がほぼ実入りになるため、現状の収益を手放したくない気持ちになるのも自然です。しかしながら、以下のような理由から、先送りはさらに大きなリスクを招くおそれがあります。
3-1.建物寿命と老朽化
- ●法定耐用年数と実質的寿命
- 一般的に、鉄筋コンクリート(RC)造や鉄骨(S)造の建物は法定耐用年数を超えても十分使えると言われますが、耐用年数を大幅に超えるほど、構造体や設備の劣化は進行しやすくなります。経年劣化が表面化するまでに時間差があるため、「今まで大きなトラブルがなかったから大丈夫」と考えがちですが、一度大規模な損傷や設備不具合が発生すると、想定外の高額な修繕費が発生するリスクがあります。
- ●不可逆的な価値の下落
- 建物はメンテナンスを怠ると、経年とともに資産価値が下がるだけでなく、建物全体の安全性や市場評価にもマイナスの影響を与えます。老朽化が進む前に計画的な補修や改修を行うことで、長期的に安定した賃貸運営を実現しやすくなります。先送りすればするほど修繕コストが増大し、資産価値の下落も加速してしまう可能性が高まるでしょう。
3-2.地震リスクとBCP意識の高まり
- ●地震大国・日本でのリスクマネジメント
- 日本は世界でも有数の地震多発国です。大地震がいつ起きても不思議ではないなか、1981年以前の旧耐震基準の建物は、新耐震基準の建物よりも倒壊・大破リスクが高いとされています。仮に倒壊に至らなくとも、大きな損傷を受ければテナントが入居し続けることは困難になり、長期的な修繕や賃料減免など、オーナーの負担は急増します。
- ●企業のBCP(事業継続計画)対応
- 近年、テナント企業の間では「災害時にも業務を継続できるか」を重視する動きが広がっています。耐震性能や設備のバックアップ体制が整ったビルを好むテナントが増え、旧耐震ビルは真っ先に候補から外されやすい状況です。BCP意識が高い企業ほど、入居ビルの耐震性を厳しくチェックし、安全性に疑問があれば契約更新を見送ることも珍しくありません。
3-3.賃貸市場の競争激化と空室リスク
- ●新築・再開発ビルとの比較劣位
- 都心部を中心に、大規模な再開発や新築供給が続いており、テナントから見れば「新しく、安全性が高く、設備も充実したビル」の選択肢が増えています。立地や賃料水準が同程度であれば、耐震性や設備面で優位性のある新しいビルに入居を決めるのは自然な流れです。
- ●空室率上昇への懸念
- 旧耐震ビルは安全面での不安があるだけでなく、建物の古さや内装設備の老朽化によって、テナント募集の際の競争力を失いやすいのが実情です。大型企業はもちろん、中小企業でも新耐震の物件を好む傾向が強まれば、老朽ビルに入居していたテナントが徐々に他の物件へ移っていく可能性が高まります。結果的に、空室リスクが増加し、賃料値下げを余儀なくされるケースも考えられます。
3-4.行政や金融機関からの圧力
- ●耐震診断・改修の義務化の流れ
- 国や地方自治体は、耐震改修促進法や各種条例によって、一定規模以上の建物に対して耐震診断や耐震補強を義務づける方向で制度を強化しています。東京都は2025年までに都内全域で耐震化率100%を目指す方針を示しており、今後さらに規制が厳しくなる可能性も否定できません。今は対象外であっても、将来的にオーナーに改修を求められるリスクが高まっています。
- ●金融機関の融資姿勢
- 建物が旧耐震のままだと、金融機関からの融資審査でマイナス評価を受けることがあります。担保評価が下がるだけでなく、建物の補修計画や耐震性が担保されていない物件への貸し出しを渋るケースも増えています。資金調達面で不利になることが、結果として建物の更新や改修のタイミングを逃す要因にもなりかねません。
3-5.今だからこその「選択肢」が増えている
- ●売却・建替え・補強――柔軟な戦略の可能性
- 過去には建物の補強費用や建替えコストがネックとなり、オーナーが決断を先延ばしにしてきたケースが多くありました。しかし近年は、耐震補強の技術が向上しつつあり、金融機関や専門家のサポートも充実してきています。売却という選択肢も、不動産市況が好調な局面であれば思いのほか高値がつく可能性があるでしょう。いずれにしても、早めに検討を始めることで、複数の選択肢を比較検討しながら最適解を探しやすくなります。
- ●PM・BMによるリスクマネジメントの充実
- 専門家に管理・運営を委託するプロパティマネジメント(PM)やビルメンテナンス(BM)が普及したことで、オーナーが自ら抱える負担を軽減しつつ、建物の状態を客観的に把握する環境が整いつつあります。PM会社がテナント募集や修繕計画の立案を代行し、費用対効果の高い改修プランや将来的な建替えの検討も視野に入れて提案してくれるため、結果的にリスクを“見える化”しながら意思決定がしやすくなるのです。
4.耐震補強という選択肢の実情
旧耐震ビルにおいて「耐震補強を実施する」というのは、一見すると安全性を高めるための最もまっとうな選択肢のように見えます。しかし、実際にはコスト面や建物構造上の制約など多くのハードルがあり、必ずしもベストな解ではない場合があります。とりわけ、フロア面積が100坪以下のような中小規模ビルでは、耐震補強によって執務スペースや採光性が損なわれ、かえって賃貸ニーズを下げてしまうリスクも考えられます。ここでは、耐震補強を行う上で直面しがちな実情を詳しく見ていきましょう。
4-1.小規模フロア特有の物理的制約
- ●柱やブレースの増設による執務スペースの圧迫
- 建物の構造強度を高めるために、柱や壁、斜めのブレース(筋かい)を追加する場合があります。フロア面積に余裕があればある程度吸収できますが、小規模ビルの場合、オフィス空間が大きく狭められるのが実情です。窓周りに補強要素が加わってしまうと採光や換気も制限され、テナントから見た「使い勝手」は明らかに低下します。
- ●テナントレイアウトへの悪影響
- もともと区画が小さい物件では、オフィスレイアウトが大きく制約される可能性があります。たとえば執務デスクを並べるスペースが減少する、会議室や休憩スペースを確保できなくなるなど、テナントにとって魅力が損なわれる要因になりかねません。
4-2.工事コストと資金調達の負担
- ●耐震診断・補強設計費も含めた総合的コスト
- 耐震補強に着手する前には必ず耐震診断を行い、どの程度の補強が必要かを把握しなければなりません。診断費用と補強設計費用を合わせると、数百万円規模になるケースも珍しくなく、実際の補強工事費はさらに高額になる可能性があります。
- ●減価償却が終了している物件ほど投資意欲が低い
- 旧耐震ビルは築年数が経過していることが多く、減価償却がすでに終わっているケースも多々あります。オーナーからすると家賃収入が実入りになるため、わざわざ大きな借入をして補強工事を行うインセンティブが低いのが現実です。金融機関に融資を申し込む場合でも、建物の評価が低いため思ったほど融資額が伸びない、あるいは条件が厳しくなる懸念もあります。
- ●公的支援制度の限界
- 一部の自治体や国土交通省が行っている耐震化の助成制度は、適用要件や上限金額が限定的で、補強費用全体をカバーできるほどの補助は期待しにくい面があります。大きな負担を背負ってまで補強をするかどうか、オーナー側が真剣に悩むのも無理はないでしょう。
4-3.工事期間中のテナントへの影響
- ●騒音・振動による業務阻害
- 耐震補強工事は、壁や床などの躯体に手を加えるため、騒音や振動が発生しやすくなります。オフィスに入居中のテナントがある場合、業務への影響は避けられません。工事期間が数ヶ月に及ぶこともあり、その間テナントが「仮移転」を余儀なくされるケースも出てきます。
- ●工事期間中の空室リスク
- 大掛かりな補強工事が必要となる場合は、安全上の理由からテナントを退去させる必要が出てくることもあります。テナントから見れば、オフィス移転にかかるコストや労力が発生するため、これを機に他物件へ移転してしまう可能性が高くなります。結果的にオーナーとしては賃料収入の減少という大きなデメリットを被るかもしれません。
- ●周辺住民や他テナントとの調整
- 小規模ビルであっても、下層に店舗や他業種のテナントが入居している場合は、工事内容やスケジュールについて丁寧に調整を図る必要があります。意見の食い違いが大きいほどスムーズに工事が進まず、期間の長期化やコスト増につながるおそれもあります。
4-4.耐震補強のメリット・デメリット再考
メリット
(1)安全性の向上
耐震性能が高まることで、地震時の倒壊リスクが軽減されます。テナントの安心感は向上し、大地震が発生しても致命的なダメージを受けにくくなります。
(2)ビル価値の維持・向上
耐震性が高い物件は、売却時や金融機関での担保評価が相対的に高まることが期待できます。今後ますます災害リスクへの意識が高まる中、「安全な建物」であること自体が資産価値向上に寄与するでしょう。
(3)行政からの指導リスクの回避
耐震診断・改修が義務化される流れが強まっているなか、早めに改修を実施しておくことで、将来的な是正命令などに対応する負担を減らせます。
デメリット
(1)高額な初期投資
先述のとおり、耐震診断や設計費用、工事費などを合わせると数千万円以上かかることも少なくありません。十分な資金が確保できない場合、工事自体が実施困難となる場合もあります。
(2)テナント離脱リスク
工事中の騒音や振動、あるいは一時的な退去要請がテナントの移転を促す可能性があります。一度テナントが離れてしまえば、補強工事後に新規テナントを確保するまで空室リスクが発生します。
(3)居住性・採光性の低下
小規模ビルでは柱やブレースの増設により、執務スペースや窓が塞がれ、使い勝手が大幅に悪化する懸念があります。オフィスとしての魅力が損なわれれば、補強後の賃料アップでコストを回収するのは難しいかもしれません。
4-5.部分改修・スケルトンリフォームとの比較
耐震補強というと、どうしても大掛かりな工事を想像しがちですが、「部分改修」や「スケルトンリフォーム」と合わせて検討することも大切です。たとえば、耐震補強と同時に水回りや内装設備を一新し、ビルそのものの魅力をアップグレードする形でリニューアルするプランもあります。
- ・利便性・デザインの刷新による付加価値の向上
- ただ耐震性を高めるだけでなく、共用部やエントランスを改装し、テナントにとって魅力的な設備を導入できれば、賃料引き上げの可能性も視野に入ります。
- ・テナントのニーズを反映
- 入居中テナントやターゲットとするテナント層の要望を聞き、同時に実施する改装内容を調整することで、“ただ安全なだけの古いビル”から“使いやすくなった安全なビル”にイメージチェンジを図れます。
5.建替え/売却という選択肢
耐震補強を検討した結果、コストや物理的制約などから「やはり得策ではない」と判断される場面は少なくありません。とりわけ築年数が相当経過していたり、フロア面積に余裕がないビルでは、耐震補強工事を行っても採光や執務環境が悪化し、結果的にテナント満足度を下げてしまうリスクが高くなります。こうした背景から、「建替え」や「売却」といった抜本的な選択肢が浮上することもしばしばです。これらは大きな投資や意思決定を伴うため、慎重な検討が求められますが、将来的な収益向上やリスク低減といったメリットが得られる可能性も十分にあります。以下では、建替えと売却、それぞれのメリット・デメリットや検討時のポイントを丁寧に整理してみましょう。
5-1.再開発・建替えのメリットとハードル
メリット
(1)資産価値の飛躍的な向上
新たに建設するビルは、当然ながら現行の耐震基準を満たし、最新の設備やトレンドを反映することができます。特に都心の好立地であれば、建替えによって高い賃料水準や安定した稼働率を狙いやすくなるでしょう。BCP(事業継続計画)への意識が高まる中、耐震性に優れた新築ビルはテナントから高い評価を得られる可能性が大きいです。
(2)時代のニーズに合った設計・設備導入
建替えのタイミングを利用して、オフィス空間に求められる最新の要素を組み込むことが可能です。例えば、スマートビルディング化(IoT技術による効率的な設備管理)、省エネ対策、バリアフリー化、オフィス内の広いコミュニケーションスペースなどを充実させることで、競合との差別化が図れます。
(3)街並み・周辺環境との調和による付加価値
再開発エリアのプロジェクトに合わせて建替えを行うと、周辺との一体的な美観やブランド価値を高めることができます。街づくりの流れに乗ることで、地価の上昇や再開発特有の集客力を享受できる可能性が高まります。
ハードル
(1)多額の建設費と資金調達の難易度
建築費、設計費、解体費、仮移転費用などを含めると、建替えには膨大な資金が必要となります。築古の旧耐震ビルの場合、金融機関からの融資が思ったほど伸びない恐れもあるため、自己資金をどの程度用意できるかが重要な検討材料となります。
(2)建設期間中の収益ゼロリスク
解体工事から新築竣工までの間、家賃収入が途絶えるという大きなデメリットがあります。入居テナントが退去すれば賃貸収益は当然見込めませんので、オーナーにとっては長期間にわたるキャッシュフローの試練となります。
(3)テナントや近隣との調整コスト
入居中テナントがある場合、補償金や移転先の斡旋といった対応が必要です。また、工事に伴い周辺地域に騒音や交通規制などの負荷がかかるため、近隣住民や自治体との調整に時間や労力がかかることも考慮しなければなりません。
5-2.売却を選択する場合のポイント
メリット
(1)まとまった資金の早期確保
古くなったビルであっても、立地が良いエリアや再開発見込み地なら、予想以上に高値で売却できる可能性があります。手元資金を早期に確保し、その資金を別の投資や事業、あるいは将来的なライフプランに活用できる点は大きな魅力です。
(2)老朽化リスク・運営コストからの解放
老朽ビルを保有し続けると、将来的に大規模修繕や空室対策など、多岐にわたるリスクと費用を負担しなければなりません。売却によってそれらの課題を一挙に手放すことができるのは、精神的にも経済的にも大きなメリットです。
(3)柔軟な再投資の可能性
オーナーとして別の不動産に投資する、あるいは全く異なる分野の投資や事業に挑戦するなど、ビル売却によって生まれた資金を柔軟に活用できます。耐震補強や建替えよりもリスクを抑えた形でリターンを狙える投資案件を探すのも選択肢のひとつです。
デメリット
(1)売却金額の下振れリスク
実際の査定では、建物の老朽化や耐震性の欠如を大きくマイナス要素と見なされ、期待値よりも低い価格を提示されるケースがあります。とりわけ建替えを前提とした買主にとっては、解体費用や新築コストが売却価格に反映されるため、どうしても安めの査定になりがちです。
(2)安定的な賃料収入の放棄
売却すれば賃料収入を一切得られなくなります。もしオーナーの収入源がビルの家賃に依存していた場合、将来的なキャッシュフローが大きく変動する可能性があるため、慎重に検討すべきポイントです。
(3)各種費用や税金の負担
不動産の売却には、不動産仲介手数料や譲渡所得税、ローン残債がある場合は繰上返済など、複数のコストが発生します。総合的な費用を差し引いたうえで、手元に残る金額がどの程度になるのか正確に試算しておかないと、思わぬ損失に直面する恐れがあります。
5-3.今こそ迫られる「待ったなし」の意思決定
旧耐震ビルは、耐震性の不足だけでなく、設備の老朽化や賃貸市場での競争力低下といった課題を抱えています。対策を後回しにするほど建物の劣化は進み、安全性やテナントの確保がますます難しくなっていくでしょう。耐震補強が難しいと判断したのであれば、「建替え」あるいは「売却」の方向性をより真剣に検討するフェーズに入っている可能性が高いのです。
(1)中長期的視点でのシミュレーション
将来のビル市場や周辺エリアの地価動向、建設費の推移なども見据えながら、複数のシナリオを試算してみることが大切です。特に建替えの場合は、竣工後にどのようなテナントを想定し、賃料をどの水準に設定し、何年で投資回収を目指すのか――といった具体的なプランの精査が不可欠となります。
(2)専門家との連携・情報収集
建築や不動産の知識に加え、金融機関との交渉力やデベロッパーの開発動向、行政の再開発計画など、幅広い情報収集が成功の鍵を握ります。PM(プロパティマネジメント)やBM(ビルメンテナンス)の専門家、さらには税理士や不動産コンサルタントとの連携を行い、客観的なアドバイスを得るとよいでしょう。
(3)「全てを手放す」か「再投資する」かのライフプランニング
売却を選択するなら、その後の資金をどのように活用するかを明確に決めておくことが重要です。あるいは建替え後もビル経営を続け、テナントに入居してもらいながら収益を得るという方針を貫くのか――どちらにせよ、オーナー自身のライフプランや経営ビジョンに照らし合わせて意思決定することが大切です。
6.PM(プロパティマネジメント)・BM(ビルメンテナンス)の本質
旧耐震ビルをめぐる意思決定には、耐震補強や建替え、売却など、さまざまな選択肢が関わってきます。どの道を選んでも大きな投資とリスクが伴うため、オーナー自身がすべての情報を把握して的確な判断を下すのは容易ではありません。そこで注目されるのが、PM(プロパティマネジメント)とBM(ビルメンテナンス)という専門サービスです。どちらも日常的な管理から将来的な戦略立案まで、不動産の価値を高めるために専門知識を活用する仕組みですが、それぞれカバーする領域や得意分野がやや異なります。以下では、PMとBMの役割や特徴について整理し、その本質に迫ってみましょう。
6-1.PM(プロパティマネジメント)の役割
プロパティマネジメント(Property Management)は、不動産の所有者に代わって、不動産の運営・管理を総合的に行うことを指します。オフィスビルや商業施設、マンションなど、物件の種類や規模に合わせてサービス内容も多岐にわたりますが、主なポイントは以下のとおりです。
- (1)賃貸経営の戦略立案と実行
- テナントの募集計画や賃料の設定、契約管理、空室対策など、収益最大化のための施策を一貫して立案・実行します。マーケットの需要動向や周辺物件の賃料水準を踏まえ、最適な戦略を提案し、オーナーの負担を軽減することが目的です。
- (2)予算管理・経営分析
- オーナーが収支を把握しやすいよう、ビルの収入と支出をまとめ、予算との比較や経営分析を定期的に行います。経営指標を可視化することで、意思決定のタイミングや方向性を明確にし、長期的な修繕計画や投資回収シミュレーションにも活かします。
- (3)修繕計画の立案と実施管理
- 建物の老朽化は避けられませんが、計画的な修繕・改修を行うことで安全性と資産価値を保ちやすくなります。PM会社は建築・設備の専門家とも連携し、必要な工事の優先順位を整理しながら、オーナーにとって最適なタイミングや資金計画を提案します。あわせて、リニューアル情報や設備改善のアピールを通じ、新規テナントへの魅力訴求も併せて行い、リーシング活動に生かします。
- (4)テナントリレーションの構築
- オーナーとテナントの間に立ち、クレーム対応や契約更新交渉などを円滑に進めるのもPMの重要な役割です。テナントの満足度が上がるほど、更新率が高まり、物件の評判が向上して新規獲得にも好影響を与え、結果として物件の収益性が向上します。
6-2.BM(ビルメンテナンス)の役割
ビルメンテナンス(Building Maintenance)は、建物の日常的な管理・運用にフォーカスするサービスです。PMが総合的な経営・戦略視点を担うのに対し、BMは「ビルの安全・快適性をどのように維持するか」という現場重視の業務が中心となります。
- (1)設備・施設の維持管理
- 電気、空調、給排水、エレベーターなどの設備点検や清掃・衛生管理、警備・防災業務を行います。トラブル発生時には迅速な修理・復旧が求められるため、専門業者との連携体制やマニュアル整備が欠かせません。
- (2)法定点検・保守点検の実施
- 建物や設備機器は、法令で定められた定期点検や検査を受ける必要があります。BM会社はスケジュール管理を行い、適切な頻度で点検を行うことで安全性と法令遵守を確保します。
- (3)緊急時の対応・災害対策
- 地震や火災などの災害が発生した際、ビルメンテナンスの現場力が直接的に被害を最小限に食い止めることにつながります。避難誘導マニュアルの策定や防災訓練の計画など、テナントや周辺地域との連携も視野に入れた対策が重要です。
- (4)コスト削減と運用効率の向上
- エネルギー管理や定期修繕の最適化など、運用コストの抑制はBMの大きなミッションです。例えば、ビル全体の電力消費をモニタリングして無駄を削減したり、設備更新時期を見極めて改修コストを抑えたりすることで、オーナーの経営を支えます。
6-3.PMとBMの連携による相乗効果
PMとBMはしばしば同じ文脈で語られますが、その性質は異なるものです。とはいえ、両者を別々の会社や組織が担っている場合でも、情報共有と役割分担を徹底すれば大きな相乗効果が期待できます。
- ●PMの戦略 + BMの現場力
- PMが収益やマーケティングの視点から打ち出す施策を、BMの現場担当者がどう実行するかによって成果は大きく変わります。例えば、オーナーやPMがテナント満足度を高めるためにロビーや共用部の改修を計画したとき、BMが具体的な工事内容や期間、施工業者との連携をしっかり調整しなければ、スムーズに進まない可能性があります。
- ●建物の状態を正確に把握し、長期的な更新計画へつなぐ
- BMが日常の点検や修繕で得た情報は、建物の長期寿命化や資産価値向上のための重要なデータです。PMはこれらの情報をもとに、将来的な大規模改修や耐震補強、あるいは建替えタイミングを検討し、オーナーに提案することができます。
- ●テナント満足度を通じた収益最大化
- BMが日常管理の質を高めることでテナント満足度が向上すれば、契約更新率や賃料の維持・アップにつながりやすくなります。PMはその結果を分析し、空室リスクの低下や新規テナント募集の強化策として生かすなど、両者の連動が最終的に賃貸経営の安定化につながるのです。
6-4. 旧耐震ビルにPM・BMを導入する意義
特に旧耐震ビルの場合、耐震性の不足や老朽化によるリスクが通常の物件以上に大きいため、専門家による総合的なマネジメントが欠かせません。PM・BMを活用することで、以下のようなメリットが期待できます。
- (1)リスクの明確化と優先順位の整理
- 耐震補強、設備更新、外装補修など、手を付けるべき部分が多い旧耐震ビルでは、どこをどのタイミングで改修すれば良いのかを明確にすることが課題となります。PM・BMが専門知識と市場動向に基づき、費用対効果の高い改修計画を提示することで、オーナーは優先順位をつけやすくなります。
- (2)テナント満足度向上による空室リスクの軽減
- 旧耐震というマイナス要素を抱えながらも、日常管理の質を高めることで「清潔・快適・安心」な環境を提供できれば、テナントの離脱を抑止し、新規テナント誘致にもプラスに働きます。BMのノウハウによる円滑なビル運営が、PMが狙う収益最大化にダイレクトにつながります。
- (3)将来の大きな決断への備え
- いずれ建替えや売却を検討せざるを得ない場面が訪れるとしても、PM・BMが適切に建物と市場を管理・分析しておけば、最適なタイミングや手法を逃しにくいのが大きな強みです。正確なデータと検証を積み重ねることで、オーナーは意思決定の質を高めることができます。
- (4)金融機関や行政対応の円滑化
- 耐震補強や再開発に関わる資金調達、法的手続きなどは煩雑になりがちです。PM会社やBM会社には、金融機関や行政との交渉経験を持つスタッフやノウハウを備えているところも多いため、オーナーが苦手とする領域をサポートしてもらえます。
7.旧耐震ビルにPM・BMを導入する具体的メリット
旧耐震ビルのオーナーが日常的に感じている悩みや不安は、「いずれ何とかしないといけない」という漠然とした思いが背景にあります。しかし、一方で建替えや耐震補強を検討する際のコストやリスク、既存テナントへの影響などを考えると、なかなか踏み切れないのが現実でしょう。ここで改めて注目したいのが、PM(プロパティマネジメント)とBM(ビルメンテナンス)の専門家を活用することによる具体的なメリットです。単に“ビル管理のアウトソーシング”という域を超え、オーナーの経営判断を強力にサポートしてくれる要素が多数存在します。
7-1.リスクの「見える化」と優先順位の明確化
- ●建物診断と市場分析の総合的視点
- PM会社やBM会社には、建物診断の専門家や不動産マーケットに精通したスタッフがいます。旧耐震ビルの構造的な弱点や修繕の緊急度、周辺の賃料相場や空室率の動向などを総合的に分析し、どの部分を最優先で補強・改修すべきかを具体的なデータとともに提示してくれます。
- これまでオーナー個人で「どれが本当に必要な修繕なのか」「耐震補強のタイミングはいつがベストか」を判断しきれなかった課題が、専門家の視点で体系的に整理されるのは大きな価値があります。
- ●不透明コストの可視化と長期修繕計画の策定
- 旧耐震ビルでは、耐震補強だけでなく水回り・電気設備・外壁など、経年劣化に応じて発生する修繕コストが少なくありません。PMは収支シミュレーションの一環として、将来数年~十数年先までの修繕計画を策定・提案できます。事前に修繕費を見積もることで、突発的な出費を最小限に抑え、オーナーの資金計画にも余裕を持たせることが可能となります。
- ●テナントとの借家契約自体がリスク要因
- 見落とされがちかもしれませんが、賃貸契約やテナントとの関係に潜むリスク管理も重要です。経験豊富なPMはテナントの業種や契約内容を精査し、将来的な立ち退きや建替えを見据えた契約形態(定期借家契約の活用等)を提案してくれます。実際、旧耐震ビルにもかかわらず普通借家契約で長期入居を許したために、建替え決断時に多額の立ち退き料を請求され計画が難航した例もあります。こうした事態を避けるためにも、PMの視点で契約やテナント状況を見直し、将来リスクを金額に換算して管理することが大切です。
7-2.賃貸経営の安定化と収益最大化
- ●空室率の低減と賃料の適正化
- PMはテナント募集や賃料設定のプロフェッショナルでもあります。旧耐震ビルというハンディキャップがあっても、適切な賃料査定やターゲットテナントに合わせた募集戦略を取ることで、想定以上に空室率を下げることができる可能性があります。特に、周辺で新築物件が相次いでいる場合でも、共用部の魅力づくりや内装の工夫によって「古いけれど快適に使えるビル」というイメージを訴求する施策を提案してくれます。
- ●テナントリレーションの強化
- 従来、オーナーが直接行ってきたテナントとの賃料交渉やクレーム対応をPM会社が代行することで、オーナー・テナント双方のストレスが軽減されます。テナント側としても、プロの管理担当者がいることで修繕・清掃などの要望を伝えやすくなり、信頼関係を築きやすくなります。その結果、更新率の向上や長期入居が期待できるのです。
- ●運営コストの適正化
- BM会社が日常管理を担うことで、清掃費や設備点検費用などの見直しが可能となり、余剰なランニングコストを削減できます。また、エネルギー使用量を定期的にモニタリングすることで省エネ対策を検討し、光熱費の削減を実現することもできます。運営コストの低減は、直接的に利回りの改善につながります。
7-3.建物価値向上につながる小規模リニューアルの提案
- ●部分的な耐震補強やスケルトン改修
- 耐震補強と一言でいっても、大掛かりな工事だけが選択肢ではありません。BMやPMの専門家の知見を活かせば、部分的な補強工事やフロアごとの改修など、建物全体のコンディションに合わせた柔軟な工事プランを検討できます。特に100坪以下の小規模ビルは、執務スペースを最大限確保しながら安全性を高める工夫が求められるため、現場を熟知した管理会社のノウハウは非常に役立ちます。
- ●付加価値アップによる賃料向上
- 耐震補強と同時に、内装や水回り、空調設備などのリニューアルを実施すれば、従来のマイナスイメージを払拭するだけでなく、テナントに「新しく生まれ変わったビル」というポジティブな訴求が可能になります。結果的に、新築や競合ビルに近いレベルの賃料を設定できるケースもあり、改修投資の回収が早まることが期待できます。
- ●省エネ化やBCP対応の強化
- 耐震性向上だけでなく、非常用電源の確保や省エネ設備の導入など、企業が重視するBCP(事業継続計画)への対応要素をリニューアルに組み込むことで、テナント満足度をさらに高めることができます。PM会社が企業のニーズを把握しているからこそ、単なる耐震補強にとどまらない総合的な改修プランが実現しやすくなります。
7-4.将来の出口戦略(売却・建替え)への備え
- ●建物状態のリアルタイム把握
- PMやBMと連携していると、老朽化の進行度やテナントの動向、賃料水準など、意思決定に必要なデータが日常的に蓄積されます。将来的に「やはり建替えや売却を検討しよう」という段階になった場合も、この蓄積データを基に的確な査定や交渉がしやすくなります。
- ●投資家やデベロッパーへのアピール材料
- 売却を検討する際、建物の管理履歴や修繕状況が整然と整理されていることは、買い手からの信頼獲得につながります。PM・BMの専門家が日頃からメンテナンス記録やコスト管理を適切に行っていれば、老朽ビルであっても「手入れが行き届いた物件」として評価される可能性が高まります。
- ●最適なタイミングでの資産入れ替え
- 不動産市況が好調なタイミングを見計らって売却を検討したり、いざ建替える場合でも周辺再開発のスケジュールに合わせたりするなど、PM会社はマーケット情報に精通しているため、オーナーにとって最適な時期やパートナーをアレンジしてくれることがあります。こうした専門家のサポートがあれば、出口戦略に対するオーナーの負担が大幅に減ります。
7-5.ノウハウとネットワークの活用
- ●多方面の専門家との連携が得られる
- PM/BMを行う企業は、建築士事務所や設備会社、金融機関、不動産仲介会社、さらには税理士や弁護士といった専門家とのネットワークを豊富に持っています。旧耐震ビルに必要な改修の検討や資金調達、法的手続きなど、オーナー一人では解決しにくい課題も、こうした連携を通じてスムーズに進めやすくなります。
- ●オーナー自身の管理負担・ストレスの軽減
- 小規模ビルのオーナーの場合、自主管理で対応しているところも多く、トラブル対応に時間や労力を取られがちです。PM・BMを導入すれば、日常管理からテナント対応まで一括で任せられ、オーナーが本業やプライベートに集中できる環境が整います。賃貸経営を続けるうえでのストレスが格段に減り、より長期的な視野でビルの将来を考えられるようになります。
8.PM/BM導入の進め方と事例紹介
旧耐震ビルのオーナーがPM(プロパティマネジメント)やBM(ビルメンテナンス)を検討する場合、どのように進めればよいのか、具体的なステップがイメージできないという方も多いでしょう。ここでは、導入までの一般的な流れと、実際にPM/BMを活用して課題を解決した事例を紹介します。具体例を知ることで、オーナーとしての心構えや期待できる成果がより明確になるはずです。
8-1.PM/BM導入の基本ステップ
(1)現状分析・課題の洗い出し
まずは、建物の構造や設備、テナント状況、収支バランスなど、オーナー自身も把握しきれていない情報を整理するところから始めます。耐震診断の結果や修繕履歴などがある場合は、あらかじめまとめておくとPM/BM候補の会社との打ち合わせがスムーズです。
(2)PM/BM会社の選定・比較
PMやBMを行う企業は大小さまざまで、得意とする物件タイプやエリア、提供サービスの範囲も異なります。複数社に声をかけ、提案内容や費用体系、実績などを比較検討し、建物の規模やオーナーの目的に合った会社を選ぶことが大切です。
(3)契約内容・業務範囲のすり合わせ
どこまで業務を委託するのか、たとえば「テナント管理だけ」「清掃・設備点検だけ」といった部分委託にするのか、それとも全面的に任せるのかを明確にします。報告・連絡の頻度や方法、費用の負担範囲などもこの段階でしっかり合意を取り付けます。
(4)導入初期のモニタリング・改善提案
実際にPM/BMを導入すると、日常管理やテナント対応、修繕計画の見直しなど、多方面で変化が起きます。導入初期は特に、定期的に打ち合わせを行い、現場の問題点やテナントからの意見などをこまめに共有して改善につなげることが重要です。
(5)長期的な戦略立案・運用
建物の老朽化や耐震性の課題を踏まえたうえで、PM会社が長期視点で改修や投資回収のシミュレーションを行い、具体的な提案をオーナーに示します。BM会社は日常管理のデータを蓄積することで、メンテナンスコストの最適化や設備更新のベストタイミングを見極めます。こうした戦略的な運用が進むほど、建物の安全性や価値向上が期待できます。
8-2.PM/BM導入の事例紹介
ここでは、実際に旧耐震ビルでPM/BM導入を行い、課題をクリアした2つの事例を概観します。どちらも小規模オフィスビルで、オーナーが自主管理しきれない問題を解決し、最終的に収益性・テナント満足度を高めた好例です。
事例1:部分改修とテナント満足度向上で空室率を改善
- ●物件概要
- 東京23区内・築40年以上・延床面積600坪・フロア面積50坪前後の小型オフィスビル。オーナーは個人でビルを相続したが、耐震性能や老朽化に不安を抱え、自主管理が手に負えなくなりPM会社に相談。
- ●導入経緯と施策
- (1)現状診断:耐震診断の結果、フロア中央部にブレース増設を行う部分補強が効果的と判明。同時に、給排水設備の更新が急務であることがわかった。
- (2)段階的リニューアル:テナント退去が発生したフロアから順次、部分的な補強工事と内装リニューアルを実施。BM会社が工事期間の管理や作業調整を担い、騒音対策や安全確保に尽力。
- (3)テナント募集戦略:PM会社が周辺市場を調査し、「賃料水準はやや控えめに設定しつつ、清潔感と設備の新しさをアピール」という方針を打ち出した。共有スペースにWi-Fiや電子ロックを導入し、セキュリティと利便性の面で付加価値を高める。
- ●成果とポイント
- ・空室率が導入前の20%弱から、1年後にはほぼ満室に近い状態へ回復。
- ・一部のフロアで光熱費や設備更新費用が削減され、賃料収入との収支バランスが向上。
- ・テナントの評判でも「設備トラブルの対応が速くなった」「内装がきれいで来客時に印象がよい」と好評を得ており、長期入居につながりやすい環境ができあがった。
事例2:耐震補強は見送り、建替え前提でBMを活用
- ●物件概要
- 大阪市内・築45年・延床面積1,000坪・低層6階建ての賃貸オフィス。オーナーは高齢で、建替えをいずれ検討していたが、具体的な時期や資金計画が定まらないまま運営を継続。
- ●導入経緯と施策
- (1)長期視点でのシミュレーション:PM会社が詳細な市場分析を行い、「このまま部分補強と修繕を続けるよりも、建替えの方が長期的には収益が上がる」との結論を提案。オーナーも同意したものの、直ちに建替えられる資金力やスケジュールがなかったため、BMを活用しながら現行ビルの管理を続けることに。
- (2)BMによる運営最適化:テナントからのクレーム対応や設備故障の早期修繕など、日常管理レベルを引き上げることに注力。更新時期を迎えたテナントには、建替え計画を見据えた短期契約も用意し、柔軟な賃貸条件を提示する方針を取った。
- (3)資金調達サポート:PM会社がオーナーの借入先金融機関との間に入り、建替え費用の融資枠や共同開発の可能性などをリサーチ。テナントの入居動向やキャッシュフローの安定性を示すことで、有利な条件での融資を得る道筋を整えた。
- ●成果とポイント
- ・設備故障時の迅速な対応やテナントコミュニケーションの充実により、クレームや退去が激減し、賃貸経営が安定。
- ・建替え計画に向けた金融機関との交渉がスムーズに進行し、新ビルの建築資金調達の目途がついた。
- ・2年後の再開発スケジュールに合わせてテナント移転がスムーズに進む見込みとなり、オーナーは“大きな収益転換”への一歩を踏み出せた。
8-3.導入成功のカギ
これらの事例から見えてくる導入成功の要因は以下のとおりです。
(1)オーナーが課題を明確に認識する
事例1では「設備更新も耐震補強も必要」と理解していたことが、素早い部分補強とリニューアルにつながりました。オーナー自身が現状を客観的に把握しているほど、専門家とのやり取りがスムーズになります。
(2)PM/BM会社との「役割分担」
オーナーは「どんなビルにしたいのか」というビジョンを持ち、それをPM会社やBM会社に伝える。専門家は「どう実現するか」「どの順番で取り組むか」を提案する。この両輪がうまく噛み合うことで、進行中のトラブルにも柔軟に対応できる体制が作れます。
(3)長期視点の計画策定
とりわけ耐震性や老朽化の問題があるビルは、短期的な部分改修か、それともいずれ大規模建替えか、複数のシナリオを視野に入れて検討すべきです。PM会社が客観的なデータに基づく将来シミュレーションを作成し、オーナーが判断するというプロセスがあれば、リスクを最小限にしながら最適解を模索できます。
(4)テナントとのコミュニケーション強化
耐震補強や改修工事を実施する際、業務に支障が出ることを理解してもらうためには、丁寧な説明や代替案の提示が重要です。PM・BM会社がテナント対応の専門知識を活かして不満を抑えれば、退去リスクを減らし、むしろ改修後の新しい環境を評価してもらいやすくなります。
9.旧耐震ビルオーナーが知っておくべき心構え
ここまで見てきたように、旧耐震ビルのオーナーが建物の安全性や資産価値を守るためには、PM(プロパティマネジメント)やBM(ビルメンテナンス)の積極的な活用が有効な手段となります。しかし、専門家に依頼したからといって、オーナー自身は全く何もしなくてよいわけではありません。むしろ、最終的な方針や投資判断はオーナーが下す必要がありますし、専門家を動かすための明確なビジョンや最低限の知識も欠かせません。ここでは、旧耐震ビルオーナーがPM/BM導入にあたって心得ておくべきポイントを整理します。
9-1.他人任せにしない経営視点
- ●“不動産経営者”としての意識を高める
- ビルを所有し、テナントに貸し出すという行為は、単なる資産保有ではなく事業行為です。古いビルであっても、賃貸経営を続ける以上はオーナーとしての経営判断が求められます。PM/BM会社はあくまでサポート役であり、「最終的な決断と責任は自分にある」という姿勢を持つことで、外部専門家の提案を客観的に評価・採択しやすくなります。
- ●投資効果を理解する
- 耐震補強や建替え、改修にかかる費用をどう回収するか、仮に赤字になる可能性はあるか――こうした投資対効果を冷静に把握することが重要です。専門家の示す収支シミュレーションを鵜呑みにせず、自らも基本的な計算やリスクの見方を知っておくことで、より現実的な経営判断が可能になります。
9-2.投資マインドとリスクマネジメント
- ●「放置コスト」と「改修コスト」のバランスを考える
- 旧耐震ビルをこのまま放置しておくと、いずれ大地震や設備トラブルなどで大きな被害や修繕費用に悩まされるリスクがあります。一方、耐震補強や大幅な改修には大きな初期投資が必要です。「どちらを選んでもコストはかかる」という視点で、長期的な視野からいずれが得策かを検討することが大切です。
- ●最悪のシナリオを想定する
- 旧耐震ビルが倒壊リスクを抱えている以上、大地震発生という最悪のシナリオは避けては通れません。人命被害を出す事態となれば、オーナーとしての社会的責任は大きく、賠償問題に発展する可能性もあります。安全性確保のためにどこまで投資するのか、そのリスク許容度はどこまでか――専門家の意見を聞きながらも、オーナー自身の腹づもりが問われる部分です。
9-3.専門家とのパートナーシップ
- ●建築・不動産コンサル・税理士・弁護士との連携
- 耐震補強や建替え、売却などを本格的に検討する場合、さまざまな専門家との連携が必要になります。建築士や構造設計の専門家だけでなく、借入時の金利交渉や税務対策には金融機関や税理士、契約関係の整理には弁護士が絡むケースもあるでしょう。PM/BM会社はこうした専門家ネットワークを持っていることが多いため、オーナーがうまく活用しながらコミュニケーションを取ると、スムーズに意思決定が進みます。
- ●定期的な情報共有とフィードバック
- PM/BM会社に一任していても、定期的な報告会やミーティングでビルの収支状況や修繕計画、テナントの声などをキャッチアップする姿勢が欠かせません。オーナーからのフィードバックがあれば、専門家もより的を射た提案や改善策を提供できます。“管理を任せっぱなしにしない”のが、長期的なパートナーシップを築く秘訣です。
9-4.将来の決断に備える準備
- ●やがて訪れる建替え・売却の可能性
- 旧耐震ビルの場合、どれだけ改修をしても、築年数やスペック面でいずれは建替えや売却に直面する可能性が高いです。「今は耐震補強をしつつ、数年後に売却する」、「このタイミングでリニューアルして、10年後を目処に建替える」など、PM会社が提示するシナリオを検討しながら常に出口戦略を意識しておくことをおすすめします。
- ●ライフプランとの結びつき
- 個人オーナーであれば、自身のライフプランや相続計画とも建物の運命が密接に結びつきます。自分が現役で管理に関われるうちに、どこまで手を加えるか。相続した後継者は同じようにビル経営を続ける意志があるのか。そうした個人的事情も含めて、PM/BM会社と共有することで、より自分に合った提案を受けやすくなります。
9-5.オーナーとしての行動指針
(1)情報収集を怠らない
耐震基準や法改正の動向、不動産市況など、オーナーとして追いかけておくべき情報は少なくありません。特に耐震化の義務付けや行政補助の制度は変化が激しいので、PM/BM会社の情報に加え、自治体や国の施策にも注意を払っておきましょう。
(2)小さな一歩から動く
大規模な耐震補強や建替えには腰が重いと感じても、まずは耐震診断や専門家への相談という小さなステップを踏むことで次の行動が見えてきます。現状把握が進めば、「放置しておくリスク」の大きさを再認識し、自然と行動意欲が高まることもあります。
(3)感情的にならずデータを重視する
旧耐震ビルに愛着がある、現在の家賃収入が惜しい……といった感情は理解できますが、長期的・客観的な数値データをもとに意思決定することが得策です。PM会社が提供する収支シミュレーションや建物診断の結果は、そのための有力な材料になります。
(4)テナントの意見を尊重する
実際にビルを使うのはテナントです。改修や工事の計画を進める際には、テナント満足度の向上が最終的な賃料収入やビル価値に直結することを忘れずに。BMを通じてテナントとのコミュニケーションを密に行い、相手のニーズや不満をしっかりと把握する姿勢が大切です。
10.おわりに ──旧耐震ビルと向き合う「今」からの一歩
旧耐震ビルのオーナーとして、毎月の賃料収入が入る現状に安心しながらも、「本当にこのままで大丈夫なのか?」という一抹の不安を抱え続けている方は多いのではないでしょうか。建物は経年とともに少しずつ傷み、そのリスクは時間とともに増大。耐震補強も建替えも、そして売却も、簡単に決断できることではありませんが、だからこそ「放置するリスク」の大きさを再認識してほしい。
本コラムで見てきた通り、旧耐震ビルの経営には安全性の課題だけでなく、設備の老朽化や空室リスク、周辺再開発との競合など、さまざまな要素が絡み合っています。一方で、PM(プロパティマネジメント)やBM(ビルメンテナンス)を導入し、専門家のノウハウとネットワークを活かすことで、収益の安定化や改修コストの削減、テナント満足度の向上など、多角的なメリットを得ることが可能になります。さらに、いずれ訪れる“出口戦略”としての建替えや売却の際にも、オーナーが納得できる形で意思決定を行いやすくなるでしょう。
まずはできることから始めよう
「耐震補強なんて、とてもコストがかかりそう」「建替えの資金調達の目途が立たない」「売却には気が進まない」──こうした悩みは、実際に動いてみなければ解決の糸口は見えてきません。まずは専門家に相談し、建物診断や市場分析を受けてみるだけでも、あなたのビルに具体的にどんな課題と可能性があるのかが明確になるはずです。
長年の自主管理でどうにかやってきた、というケースほど、プロの視点による客観的な診断が新鮮な発見をもたらすかもしれません。実際、「こんなところに改修優先度の高いポイントがあったのか」といった意外な気づきが、行動へのきっかけになることは珍しくありません。
やがて訪れる大きな決断のために
旧耐震ビルは将来的に、耐震補強だけでなく建替えや売却といった意思決定を迫られる段階がやってくる可能性が高いです。築年数の経過に伴い、賃料がどれだけ下がったら手放すか、どれだけ資金を投下できるか──いずれにせよ、情報不足や市場調査の甘さがあれば、希望する条件で行動するのは難しくなります。
しかし、「決断しないまま時が過ぎ、いよいよどうにもならなくなる」という最悪のシナリオを回避できれば、時間をかけて最適な選択を模索することは十分可能です。PM/BM会社と定期的に情報共有し、建物と市場の状態を把握し続ければ、価格交渉や金融機関との融資条件、テナント移転の調整など、大きな動きが必要になった時にも対応がしやすくなります。
オーナーが主役のパートナーシップ
PMやBMを導入しても、最後に舵取りを行うのはオーナーであるあなたです。専門家が提供する情報を「どう活かすか」、そして「いつどこまで投資するか」は、オーナーの経営判断にかかっています。しかし、それこそがこの賃貸事業の面白さであり、不動産の可能性を最大化するためのやりがいでもあるはずです。
旧耐震ビルならではのデメリットを最小限に抑えつつ、魅力的な物件として生まれ変わらせるか、あるいは時機を見て思い切った決断を下すのか──いずれの道を選んでも、「自分はこのビルの将来に責任を持っている」という意識があれば、納得感のある結果を得やすくなります。
次のアクションステップ
(1)専門家への相談を始める
まずは気軽にPM会社やBM会社に話を聞いてみましょう。耐震診断や賃料査定だけでなく、建物全体のポテンシャルや市場動向についても、多くの示唆が得られます。
(2)建物診断や計画立案の第一歩を踏み出す
建物の老朽化状況や耐震性能を正確に把握し、必要があれば部分的な改修計画を立ててみる。資金計画やスケジュールの概算を出せば、行動イメージが具体化していきます。
(3)将来の出口戦略を意識し続ける
「いつかは建替えや売却も視野に入る」と認識しながら、日頃からテナントやBM会社とコミュニケーションを取り、管理の質を維持・向上させておく。そうして蓄積されたデータや実績が、将来の大きな決断を支える後ろ盾となるでしょう。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2025年11月13日執筆