「第一印象」で決まる!築古・賃貸オフィスビルの空室対策・実務チェックリスト
皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「「第一印象」で決まる!築古・賃貸オフィスビルの空室対策・実務チェックリスト」のタイトルで、2025年11月25日に執筆しています。
少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願い致します。
はじめに:築30年を超える賃貸オフィスビルが“選ばれる”ために、いま見直すべき視点とは
東京23区、特に都心5区(千代田・中央・港・新宿・渋谷)には、築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルが数多く存在しています。大量供給された1970年代後半〜1990年代の建築ストックが、今まさに老朽化のピークを迎えています。データによれば、都心部の中小規模の賃貸オフィスビルにおける平均築年数は34年を超えており、2030年代には50年を超えることも見込まれています。
そうした中、築古ビルを所有するオーナーの多くが共通して抱えている悩みがあります。「空室が埋まらない」「フリーレントをつけても決まらない」「仲介担当者の内見すら入らない」──これらは決して珍しい悩みではなく、今や築古・賃貸オフィスビル市場における“標準的な困難”となっています。
しかし一方で、同じ築年数、同じような立地条件であっても、満室を維持し続けている築古ビルがあるのも事実です。彼らはどこに差をつけているのか? どんな工夫や改善をしているのか? そして、それは本当に多額のコストや大規模なリニューアルを必要とすることなのか?
本稿では、「築古だからこそ必要な視点と判断」を軸に、“選ばれるビル”になるための実務ポイントを、管理・運営・リーシングの観点から整理していきます。対象とするのは、延床面積5000㎡未満(=約1500坪以下)、かつ築30年超の中小規模の賃貸オフィスビル。都心部において最もストックが多く、同時に「古さ」によって差別化が難しいゾーンです。
重要なのは、「建物が古い」こと自体が致命的ではないという認識です。実際に空室を埋め、賃料を維持し、安定的に収益を上げている築古ビルは、共通して「選ばれる理由」を的確に整えている傾向があります。それは必ずしも、建物そのものの物理的価値ではなく、“見せ方”や“伝え方”、“手の入れ方”といった運用の工夫に支えられていることが多いのです。
このコラムでは、「今すぐ見直せる5つの実務ポイント」として、築古ビルの第一印象の整え方から、テナント満足度を高めるソフト管理、オーナーの意思決定プロセスまで、実務に役立つ具体的な視点を提示していきます。
次章ではまず、内見者やテナントが“最初に見ている場所”、すなわち「第一印象」の重要性と、それをオーナー自身が正しく理解できているかを見直すところから始めます。
第1章:テナントが見ている“最低条件”をオーナーは理解しているか?
オフィスビルの内覧で最初に判断されるのは、賃料や設備性能の優劣ではなく、「第一印象」です。テナント企業の総務担当や仲介会社の案内担当が、現地で最初に視認するのはエントランスの雰囲気、共用部の明るさ、そしてトイレや廊下の清潔さです。これは実務の現場で、何度も繰り返されている光景です。
築年数そのものが問題なのではありません。「築古に見える」「古びたまま放置されているように見える」ことが問題なのです。建物の構造や法規制上の条件で変えられない部分は多いとしても、第一印象の大部分は“整えているかどうか”で大きく変わります。
仲介担当者の案内ルートに潜む“判断ポイント”
例えば、仲介担当者がテナント候補と現地を訪れたとします。彼らが案内するルートは概ね以下の流れです。
- 1.建物の外観を遠目に確認(ファサードの清潔感、雑然としていないか)
- 2.エントランスに入る(光の入り方、床や壁の手入れ、匂い)
- 3.エレベーターで上階へ(エレベーターホールの照明・清掃状態)
- 4.貸室前の共用廊下(明るさ、足音の響き方、掲示物の有無)
- 5.室内を確認(窓からの視界、天井高、間取りの自由度)
- 6.トイレ・給湯室の確認(清掃の丁寧さ、古さと手入れのギャップ)
この流れのなかで、テナント候補者は「このビルはちゃんと管理されていそうか」「入居後のイメージが持てるか」を数分で判断します。どれも派手な設備投資をしなくても改善できる要素ばかりですが、それを放置していれば、「築古のわりに手が入っていない」という印象に直結してしまいます。
“選ばれない理由”は、設備ではなく印象の問題
ビルオーナーが抱える“空室が決まらない”という悩みの多くは、こうした初期印象の管理に起因しています。仲介担当が物件を見に来て、案内すらせずに「ここはやめておきます」と引き返す事例も、決して珍しくありません。問題は「間取りが悪い」「設備が古い」といった構造的な欠点だけではなく、「印象が悪い」というもっと曖昧で、しかし強力な要因なのです。
ある仲介会社の営業担当者はこう語っています。「築年数が古いビルでも、共用部が整理されていて、照明やトイレが清潔だと、テナントには『ちゃんとしているビルだな』という印象が残ります。逆に、細部に無頓着なビルは、その時点で内覧から外すことが多いんです」と。
つまり、“選ばれない理由”の多くは、オーナーが思っているほど構造的な問題ではないということです。内見者はオフィスに入る前にすでに判断を始めており、その判断材料となるのが、ビルの「印象=運用の手が入っているかどうか」なのです。
オーナーが“気づいていない視点”を補う
オーナー自身は、日々ビルを見慣れているため、経年劣化や管理上の“違和感”に気づきにくいことがあります。たとえば、暗いエントランスでも「このビルはこういうもんだ」と感じてしまったり、床のくすみを「まあ仕方ない」と放置してしまったり。
こうした“見慣れによる鈍感さ”を補うには、第三者の視点、特に仲介会社や内見者の目線をシミュレーションして、自分のビルを見直す必要があります。日常的な点検とは別に、半年に1回でも「内覧者目線で見る日」を設けてみるだけでも、気づけるポイントは劇的に増えるはずです。
次章では、こうした“第一印象”を、設備投資をせずに変える方法──つまり、「非設備系」の実務改善によって実現する“印象改善”の具体策を解説していきます。地味だけれど効果的な、実務ベースのヒントをご紹介します。
第2章:第一印象は設備投資せずに変えられる
築古ビルであっても、限られた予算内で第一印象を改善することは可能です。テナントの心証を大きく左右するのは、必ずしも最新の設備や豪華な内装ではありません。むしろ、「このビルはちゃんと手入れされている」「管理が行き届いている」という安心感が、最初の数分間で印象を大きく左右します。
本章では、特別なリノベーションや高額な改修に頼らず、「印象」を変えるための実務的な改善策を整理していきます。
見た目は変えられる ── 非設備系改善の可能性
築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルでは、構造やレイアウトの根本的な変更は現実的ではありません。しかし、印象は変えられます。それも、案外シンプルな手段で。
たとえば、以下のような非設備系の改善項目は、比較的低コストで実施可能です。
- ・照明の色温度統一:共用部やエントランスに異なる色味の照明が混在していると、全体にちぐはぐな印象を与えます。電球色・昼白色のバラつきをなくし、統一感のある色味にそろえるだけで空間の印象が整います。
- ・掲示物や張り紙の整理:共用廊下に雑多な張り紙が並んでいると、それだけで「古びた」印象を与えます。案内板や掲示板は最小限に、内容も整理されているか定期的に確認する必要があります。
- ・目地・継ぎ目の清掃・補修:床タイルや壁紙の継ぎ目に黒ずみやめくれがあると、清掃が行き届いていない印象に直結します。日常清掃では見落とされがちな細部こそ、印象を左右するポイントになります。
これらは、設備を新しくせずとも「きれいに整っている」「管理が丁寧にされている」という印象を与える具体的な方法です。
モネの絵画に学ぶ「光」と「印象」の関係
少し抽象的な話になりますが、印象派の画家クロード・モネの作品には、印象の操作という点で学ぶべきヒントがあります。モネは、同じ風景を「時間帯」「光の角度」「季節」によって描き分けました。対象物そのものを変えなくても、光の当たり方や周囲の色の配置によって、その見え方はまったく違ってくる──これは築古ビルの印象にもそのまま通じます。
たとえば、エントランスに朝の自然光がきれいに差し込む時間帯に内見を設定する。あるいは、白熱灯よりもやや白味のある照明に切り替え、清潔感を演出する。このような「光のコントロール」だけでも、古さを魅力に転化することが可能になります。
つまり、築古ビルを良く見せるために重要なのは、「何をどう見せるか」「どう整えて見せるか」であり、それは光や構成の工夫次第でいくらでも演出できるということです。
管理の丁寧さが“見える状態”をつくる
テナントが物件を選ぶとき、最終的に決め手になるのは「ここなら安心して借りられそう」という感覚です。これは、設備スペックではなく、“手入れの気配”から生まれます。具体的には以下のような状態が、「管理されている安心感」につながります。
- ・床の隅にホコリがない
- ・ゴミ置き場が整理整頓されている
- ・トイレの備品が補充されている
- ・窓ガラスがくもっていない
- ・点検報告書が掲示されている(更新されている)
これらは、いずれも小さな管理項目ですが、テナントの目には「このビルはちゃんとしているかどうか」の判断材料として映ります。オーナーとして「手が届いている」状態を見せることが、築古ビルのイメージ改善につながる第一歩です。
シンプルで整った状態が“清潔感”を生む
「古くても清潔感がある」と「古くて放置されている」は、たった一歩の差ですが、その印象の差は極めて大きいのが現実です。モノが多く雑然としたエントランスよりも、何も置かれていない、掃き清められた床と整然としたサインだけの空間のほうが、圧倒的に評価されます。
当社が管理するビルでは、「必要以上の什器や装飾は置かない」ことを基本方針としています。余計な飾りや装飾は、古さを目立たせるだけでなく、管理の手が届かなくなる原因にもなりがちです。素材と構成勝負。古いなりに整った状態に仕上げる。それが築古ビルにとってのベストな戦い方です。
次章では、こうした「印象」の整え方をさらに進めて、実際のリーシング活動における「見せ方設計」について、写真・図面・内見動線など具体的な実務視点で掘り下げていきます。テナントの心に届く“見せ方”とは何かを、一緒に考えていきましょう。
第3章:築古物件でも「見せ方」で印象は変えられる
築古ビルの空室を埋める上で、最初のハードルとなるのが「内見時の印象」です。建物の構造やスペックを変えられない以上、「見せ方」の工夫こそが勝負の分かれ目になります。
この章では、リーシング現場でよくある失敗と、それを避けるための“見せ方設計”の実務ポイントを紹介します。築古であっても、印象は変えられる。それを実現するのが「見せ方」の技術です。
共用部は“無意識”に見られている
共用部の印象は、内見者の第一印象に直結します。特に築年数の経過したビルにおいては、共用部の雑然さや古さが目立ちやすく、「手入れされていない感」を与えがちです。
改善の第一歩は、通路や共用廊下の“見通し”を良くすること。不要な掲示物、古びたマット、掲示板の古い書類などはすべて排除し、壁面をできるだけシンプルに保つ。物理的に変えられなくても、「空間が整っている」「乱れていない」というだけで清潔感と管理の丁寧さが伝わります。
また、エントランスやエレベーターホールの視認性を高めるためには、照明の色温度を揃え、汚れやすい角部分を丁寧に清掃することも有効です。ポスターやテナント掲示も必要最小限に抑え、乱雑さを感じさせない工夫が大切です。
トイレ・給湯室の“案内動線”は事前に整える
トイレや給湯室は、「最も印象を左右する」箇所でありながら、見せ方に配慮されていないことが多い場所です。
よくあるのが、「内見時に急ごしらえで片付ける」という対応。しかし、それでは印象改善にはつながりません。むしろ「普段は手入れされていないのでは?」という逆効果になることも。
理想は、「内見前に慌てて掃除しなくても、常に見せられる状態に保っておく」ことです。具体的には、
- ・トイレットペーパー・ハンドソープの補充状況
- ・洗面ボウルの水垢・カビの有無
- ・床の水滴やゴミの有無
- ・使用中の備品が乱雑に置かれていないか
といった点をチェックし、定期的に“内見モード”に整えておくルールを作ることが、結果的に印象改善につながります。
ポータルサイト用写真の撮り方と順序にこだわる
リーシング活動において、ポータルサイト上の写真は極めて重要な判断材料です。ところが築古ビルでは、「内装が古いから」といって写真に力を入れないケースが目立ちます。
しかし、築年数が古くても、“撮り方”次第で印象は大きく変わります。
たとえば:
- ・照明をすべて点け、日中の自然光が入る時間に撮影
- ・床・壁の清掃を済ませてから撮影
- ・極端な広角や歪みのある写真は避け、テナント目線の高さから撮影
さらに、「撮影順序」にも工夫が必要です。エントランス→共用部→貸室内部→眺望という流れで掲載することで、閲覧者に「段階的に印象が良くなる」構成を作ることが可能になります。
また、築古物件の魅力を伝えるうえで、無理に新築物件のように“整いすぎた”演出をする必要はありません。「整っている」「きちんと手入れされている」ことが伝わるだけで、十分な価値訴求になります。
仲介担当者が「案内しやすい」と感じるビルとは?
意外に見落とされがちですが、物件が選ばれるかどうかは、「仲介担当者が案内したくなるかどうか」にも左右されます。
たとえば、以下のようなポイントは仲介担当者の負担を軽減し、「紹介しやすい物件」として記憶される要因になります:
- ・エントランスや受付の動線がわかりやすく、鍵の受け渡しがスムーズ
- ・エレベーターや共用部に案内しやすいルートが確保されている
- ・トイレや給湯室が清掃されており、「見せても大丈夫」と安心できる
こうした“案内性の高さ”は、結果的に紹介回数を増やすことにつながり、空室対策として大きな意味を持ちます。
物件資料の更新も「見せ方設計」の一部
最後に、物件資料(図面・スペックシート)の更新も、見せ方の重要な要素です。
図面が古く、テナントレイアウトの参考にならない。あるいは、天井高・床仕様・エレベーター基本情報・建物の構造などの基本情報が抜けている。このような状態では、テナントの検討が進みません。
「図面のわかりやすさ」と「スペックの明記」は、築古物件においてはとくに重要です。たとえスペックが高くなくても、明記されていれば「それでも検討する」余地はあります。逆に不明な部分が多いと、それだけで候補から外されるのが実情です。
印象は、物件そのものの価値以上に、見せ方と整え方で変えることができます。築古ビルこそ、“どう見せるか”に本気で取り組むことが、選ばれるための最短距離です。
次章では、こうした“見た目の工夫”に加えて、「管理の見える化」「日常運用の丁寧さ」といった、オーナーの関与を感じさせる要素について深掘りしていきます。築古ビルの価値は、運営の質でこそ示されます。
第4章:コストをかけずに「管理が行き届いている」と感じさせる方法
築年数が古い賃貸オフィスビルで、テナントや内覧者に「管理がきちんとしている」という印象を与えるには、必ずしも大規模な設備更新が必要なわけではありません。むしろ、日々の運営で感じ取られる“管理の丁寧さ”や“オーナーの関心度”が、そのまま物件の印象に直結します。
この章では、コストを抑えつつも「管理品質の高さ」を視覚・体感レベルで伝えるための、具体的かつ現実的な工夫を紹介します。
(1). 清掃と点検の“見える化”で信頼感をつくる
築古ビルにおいて、もっとも印象に残りやすいのが「清掃の状態」です。とはいえ、ただ「清掃している」だけではなく、「清掃されていることがわかる」状態にするのが重要です。
たとえば、以下のような“見える化”の取り組みは、印象改善に効果的です。
- ・清掃完了時間と担当者名を記載した札をトイレ内に設置する
- ・点検実施日時と次回予定日を共有掲示板に表示する
- ・ゴミ収集日や館内点検スケジュールをわかりやすく掲示する
こうした運用はコストをほとんどかけずに実現可能でありながら、「きちんと管理されているビルだ」という無言のメッセージを与えることができます。
(2). 実は効く、“空気感”の管理
築古物件においては、見た目だけでなく「空気の質」も無意識に印象を左右する要素です。特に、貸室の第一印象は「空気のこもり感」や「臭い」で大きく損なわれることがあります。
効果的なのは、貸室の換気頻度を上げることです。特に内覧予定がある日は、事前に空気を入れ替えておくことで、入った瞬間の印象が大きく変わります。また、貸室に数日以上人が入っていない場合には、内覧直前にサーキュレーターで空気を回すだけでも清涼感は向上します。
一方、芳香剤の使用はテナントごとに好みが分かれるため、強い香りでの印象づけは避けるのが無難です。あくまで「無臭に近い自然な空気環境」が理想とされます。
(3). 小さな“気配り”が印象を変える
たとえば、「エントランス前が朝から清掃されている」というだけで、管理の丁寧さは明確に伝わります。ビルの正面が葉っぱやゴミで散らかっている状態は、わずか数秒で「放置感」を生み、第一印象を台無しにします。
また、以下のような“小さな気配り”も好印象を生みます。
- ・清掃が終わったタイミングで内覧予定を入れる
- ・清掃用具や備品が外から見える位置に置かれていない
- ・清掃等の点検時のスタッフが清潔な服装で業務を行っている
こうした些細なことの積み重ねが、「このビルはちゃんとしている」と感じさせる要因になります。目立たないことだからこそ、できているかどうかが印象を分けるのです。
(4). “オーナーが無関心じゃない”という空気をつくる
テナントや仲介担当者にとって、オーナーの「関心度」は極めて重要な評価軸です。
「築古でも構わないけど、放置されてそうな賃貸オフィスビルは避けたい」 「トラブルが起きたときに、ちゃんと対応してくれるかが不安」
――これは、多くのテナントが抱くリアルな本音です。
だからこそ、「オーナーが無関心ではない」という空気を、さりげなくでも伝える仕組みづくりが重要です。
たとえば:
- ・清掃スケジュール、建物の工事の予定等について、あらかじめ報告して、内容を共有する
- ・テナントが入居中の困りごとに対して、可及的速やかに返答する
これらは、特別な投資をしなくても、管理会社と相談して対応できる「関心を持つ姿勢の表明」であり、結果としてテナント・仲介に安心感を与え、空室リスクの低減につながります。
築古ビルの「管理の質」は、ハードのスペックだけでは測れません。むしろ、日々の運用の中で“見える丁寧さ”をどう作っていくかが差を生みます。
次章では、そうした丁寧な運営の積み重ねが、どう賃料や成約率に影響を与えるのか、「価格ではない選ばれ方」について掘り下げていきます。安易なフリーレントや値下げでは勝負できない時代、築古ビルの本質的な価値の伝え方が問われています。
第5章:賃料を下げる前にすべき「小さな改善」の積み重ね
築古ビルのオーナーが空室対策に直面したとき、多くの場合、最初に検討するのは「賃料の見直し」です。特に長期間テナントが決まらない場合、フリーレント(一定期間の賃料免除)や大幅な賃料ディスカウントを提示して何とか内見数を増やそうとするケースも珍しくありません。
しかし、この“価格勝負”の発想は、必ずしも成果につながるとは限りません。特に競争が激しい都心部では、単に「安い」だけでは埋まらない築古ビルが多数存在します。むしろ、価格よりも“見た目と管理”の水準で選ばれているビルが確かに存在しているのです。
(1). 空室対策=「まずフリーレント」では勝てない
確かに、賃料やフリーレントの条件はテナント選定の一因です。しかし、それが“決め手”になるケースは実はそう多くありません。特に中小規模のビルを検討する企業にとって、「条件が良い」だけでは移転の決断に至らないのが現実です。
仲介業者の声を拾っても、「フリーレントを2ヶ月付けても、室内の印象が悪ければ決まらない」「設備や共用部の手入れがされていない物件は、いくら安くても紹介しづらい」という実務的な意見が多く聞かれます。
つまり、価格やフリーレントは“最後の一押し”にはなっても、“最初の選定理由”にはなりにくいのです。
(2). 成約している築古・賃貸オフィスビルには「納得感」がある
築30年超の物件でも、満室運営が続いている事例は少なくありません。そうした物件に共通するのは、「古いけれど、しっかり管理されている印象」があることです。
・エントランスが清潔で明るい
・床材や照明のトーンに統一感がある
・トイレが古くてもきちんと清掃され、設備が壊れていない
・リーシングの窓口の担当者が物件のことをきちんと説明できる
こうした積み重ねが、「このビルなら安心して入居できそうだ」という“納得感”につながり、他より賃料が少し高くても契約に至る要因となるのです。
(3). 「少し高くてもここがいい」と言わせる物件になるには
賃料に対する“納得感”は、いくつかの要素の掛け合わせで生まれます。
- ・見た目の印象:第一印象が良い(明るい、清潔、手入れが行き届いている)
- ・使い勝手:レイアウトがしやすい、空調や照明が過不足ない
- ・コミュニケーション:問い合わせや申込み後のレスポンスが早い、丁寧
この3つを高めていくことで、「相場より少し高いが、このビルには価値がある」と思わせることが可能です。とりわけ最後の「コミュニケーション」部分は、物件そのものの改善が難しいときにも効果が出せる要素です。
実際、ある築35年の中小規模の賃貸オフィスビルでは、丁寧な管理体制と清掃品質の高さが評価され、同エリアの平均賃料より1割高い水準でも満室を維持しています。仲介担当者が「紹介しやすい」と感じる物件は、結果として内見数も成約率も上がっていくのです。
(4). 「見えない価値」が価格競争からビルを救う
築古ビルの最大の課題は、建物自体のスペックが新築物件に比べて見劣りする点にあります。これを設備更新で埋めるには多額の投資が必要になりますが、「丁寧な管理運営」による価値訴求は、低コストで十分可能です。
たとえば:
- ・トイレの備品が常に補充されている
- ・不具合時の修理対応が迅速で、きちんと説明がある
- ・ゴミの出し方などのルールが明快で、入居後のストレスがない
こうした“見えない価値”が積み上がることで、「このビルなら安心して使える」という印象が生まれます。そしてそれが、最終的な賃料や条件への納得感へとつながっていくのです。
築古ビルの経営では、「どこにお金をかけるか」も大事ですが、それ以上に「お金をかけずにできることをやっているか」が問われます。賃料という数字の前に、“選ばれる理由”をつくる地道な工夫こそが、空室対策の本質であり、競争力の源泉となるのです。
次章では、こうした運営の中でも、特にテナント満足度を左右する“ソフト面の管理”について掘り下げていきます。入居後の対応次第で、再契約率や退去率は大きく変わります。長く選ばれ続けるビルになるために、見直すべき視点を確認していきましょう。
第6章:テナント満足度を上げる“ソフト管理”の視点
築古ビルの運営において、建物のスペックや立地といった“ハード”の条件は変えようがありません。しかし、テナント満足度を左右するもうひとつの要素――「ソフト面での管理」は、今すぐにでも改善できる領域です。入居中の不満や不安を最小限に抑え、再契約や紹介につなげていくためには、ソフト管理の工夫が欠かせません。
この章では、テナントの視点から満足度を高めるための運用ルールやコミュニケーションの在り方について、実務的なポイントを整理します。
(1). 共用部のルールを「整備」から「見える化」へ
築古・中小規模・賃貸オフィスビルでは、ゴミ出しのルール、共用トイレや給湯室の使用マナー、空調や照明の使用時間など、利用者間のちょっとしたトラブルが不満の原因になりがちです。こうした小さなストレスを防ぐためには、「共用部のルールを事前に明文化し、見える形で共有する」ことが重要です。
たとえば:
- ・ゴミの分別方法や出す時間を明記し、掲示板に貼り出す
- ・給湯室やトイレでの使い方をシンプルにまとめて掲示する
- ・共用空調の稼働時間について事前に案内し、問い合わせ先を明示する
これにより、入居者同士のトラブルを未然に防ぐだけでなく、「このビルはちゃんと管理されている」という安心感にもつながります。
(2). 工事や修繕は“予告”と“説明”が鍵
築古ビルでは、空調や給排水、電気系統などの修繕工事が避けられません。しかし、予告なしの突然の工事や、詳細不明の貼り紙一枚で終わるような対応では、テナントにとって大きなストレスになります。
実際の現場では、「朝来たらエントランス前で工事をしていて、来客の案内ができなかった」「共有トイレが使えないことを当日知って困った」という声が少なくありません。
このようなトラブルを回避するには:
- ・事前に工事内容・日時・影響範囲を明記した通知文を配布
- ・できるだけ事前に質問を受け付ける体制を整えておく
このように「説明責任」を果たすだけで、同じ工事でもテナント側の受け止め方は大きく変わります。
(3). “対応力”と“仕組み化”が退去理由を減らす
築古ビルであっても、テナントとの信頼関係が築けていれば、多少の不便には目をつぶってくれます。逆に、管理側の対応が雑であれば、小さな不便が大きな不満へと膨らみ、退去の引き金になってしまうのが現実です。
たとえば、照明が切れている、トイレの水が出にくい、空調の調子が悪い――こうした日常的な不具合に対して、
- ・すぐに連絡がつく
- ・状況の共有と対応方針の説明がある
- ・数日内に修繕が完了する
という運用が整っていれば、テナントからの印象は格段に良くなります。
そのためには、「誰が」「いつ」「何を」対応するのかをルール化したオペレーションシートやフローを整備することが肝要です。人の対応力だけに依存せず、一定の水準で誰でも対応できる仕組みを持つことで、管理品質の平準化が図れます。
(4). テナント満足度=再契約率を高める“地味な努力”
築古ビルにとって、新規テナントを誘致するより、既存テナントに長く入居してもらうことの方が、圧倒的にコストパフォーマンスが高い戦略です。
そのためには、「いまのビルで特に不満はない」という状態を維持することが何より重要です。言い換えれば、目立つ改善よりも、“地味な不満の芽”を早めに摘み取ることがカギなのです。
日常的な対応、ちょっとした声かけ、月1回の巡回。こうした運営こそが、結果的に再契約率の向上=空室リスクの低減に直結します。
テナントの満足度を高める“ソフト管理”は、ビルの価値を決める最後のひと押しです。建物の外観や設備に大きな手を加えられない築古ビルこそ、この“人の対応”と“運用の仕組み”で、競争力の差を生むことができます。
次章では、こうした改善のアイデアを、実際にどう進めていけばよいのか――現状把握の手順と、実務的なチェックリストをベースに解説していきます。オーナー主導で再生を進めていくための「判断と段取り」の方法を、具体的に確認していきましょう。
第7章:改善の進め方──実行ステップとチェックリスト
築古・中小規模の賃貸オフィスビルにおける「再生」や「改善」は、大規模改修や建替えに限られるものではありません。予算を抑えながらでも、適切な視点と段取りがあれば、十分に“選ばれるビル”へと印象を変えることができます。
この章では、実際にどのように改善を進めていくべきか、そのステップとともに、現場で活用できるチェックリストの活用法を紹介します。
ステップ1:まずは「内見者目線」で現状を把握する
最初のステップは、「内見者の目で自分のビルを見る」という視点の獲得です。
「いつも見ている風景」ではなく、「初めて訪れるテナントの担当者が、どこを見てどう感じるか」に立って確認することが必要です。すべてを管理会社任せにせず、オーナー自身の視点を持つことも有効です。
チェックのポイントは以下の通り:
- ・エントランスや共用部の印象はどうか
- ・トイレや給湯室の使用感・清潔感は保たれているか
- ・通路や階段の見通し・照明の明るさは十分か
- ・看板やサインに古さや劣化はないか
- ・周辺環境と比べて、劣って見える点はないか
一度すべてをリセットして見るつもりで、メモや写真を活用しながら現状を把握していきましょう。
ステップ2:改善項目に“優先順位”をつける
改善点が見えてきたら、すぐに手を付けたくなるかもしれません。しかし、「どこに、どの順で、どれだけ手をかけるか」を冷静に判断する必要があります。
特に中小規模ビルでは、予算も時間も限られています。すべてを一度に変えることは非現実的です。以下の3軸で優先順位を整理するのが効果的です:
- ・費用の大きさ(コスト)
- ・改善にかかる時間(スピード)
- ・印象・満足度への影響の大きさ(効果)
たとえば、照明の色温度調整や案内サインの見直しは「低コスト・短期・高効果」であるため、すぐに取り組むべき項目です。一方で、空調の全面更新のように高コスト・長期・効果中程度の改善は、長期計画として位置づけるとよいでしょう。
ステップ3:共用部・テナント専用部・外周の“見逃されがち”チェックリスト
改善点を見落とさないためには、部位別のチェックリストを活用することが有効です。以下に基本的な確認項目を示します。
【共用部チェック項目】
- ・エントランス:床面の黒ずみ・照明の色温度・ゴミの落ちていない状態
- ・廊下・階段:埃や段差、手すりのぐらつき、滑り止めの状態
- ・トイレ・給湯室:清掃状況・臭い・備品の補充・水回りの不具合
- ・サイン類:案内板の視認性、劣化・破損の有無、更新年月の記載有無
- ・空調吹き出し口:汚れ、異臭の有無、フィルター清掃の記録状況
【テナント専用部チェック項目】
- ・壁や天井の汚れ・剥がれ・カビ
- ・空調の利き具合、異音の有無
- ・床の沈みや歪み、カーペットの汚れ
- ・配線やコンセント周りの整備状況
- ・内覧時に暗く感じる時間帯の明るさ(照明の配置・強さ)
【外周チェック項目】
- ・駐車場・通路のひび割れ、排水の状態
- ・外壁のクラック・塗装の剥がれ・看板の劣化
- ・照明(外灯・看板灯)の点灯状況
- ・植栽や雑草、ゴミの放置など周辺環境の清掃状況
このようなチェック項目を月次・四半期ごとに確認し、改善状況を記録しておくことで、ビル全体の管理品質が可視化され、入居者や仲介業者への信頼にもつながります。
ステップ4:すべてをPM・BM任せにせず、“オーナーの目”を持ち続ける
改善を実行していく上で、プロパティマネジメント(PM)やビルマネジメント(BM)会社の協力は不可欠です。しかし、それに“完全に任せっきり”にするのは危険です。
清掃や点検、テナント対応、リーシング活動などをアウトソースしている場合でも、「ビルの価値をどうしたいか」という判断は、オーナーしかできません。
たとえば:
- ・予算のかけ方(どこに、いくらまでかけるか)
- ・優先順位の考え方(印象重視か、機能重視か)
- ・テナントとの関係性についての最終判断
これらはすべて、「オーナーの意思」があって初めて正しく機能します。
月1回の簡単なレポート確認でも、半年に1回の物件立会でも構いません。PMやBMとの距離感を保ち、共通の目標に向けて動いているかを確認し続けること。それが、築古ビルで差を生む“運用力”の本質です。
次の章では、ここまでの実務ポイントを総括し、築古・中小規模の賃貸オフィスビルが持つポテンシャルと、オーナーに求められる“判断”と“段取り”について改めて考察します。大規模改修や建替えに頼らずとも、ビルの価値は確実に変えられるという視点を、最後に共有していきます。
第8章:築古・中小規模・賃貸オフィスビルの競争力は「判断」と「段取り」で決まる
築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルにおいて、「空室が埋まらない」「賃料を維持できない」という課題は避けて通れません。一方で、「築古でも安定稼働を続けているビル」も確実に存在しています。この違いは何か。それは、必ずしも資金力や立地の差ではありません。
差を分けているのは、“どこを優先して改善し、どう段取りを組んで行動しているか”という、ごくシンプルな「判断力」と「実行力」です。
「建替えできないから仕方ない」では競争に勝てない
都心部の中小規模ビルオーナーにとって、建替えは現実的な選択肢ではないことが多いでしょう。立地条件、資金調達、テナントの立退き交渉、再開発事業への参加難易度――。どれをとってもハードルは高く、また建替え後に想定通りの稼働率が見込める保証もありません。
その結果、多くのビルは「今のままで運用を続ける」という選択をしています。しかし、“現状維持”と“何もしない”は似て非なるものです。設備が古いまま、清掃が不十分、印象が悪い――。こうした小さな見過ごしの積み重ねが、いつしか競争力を根本から削いでいくのです。
変えられるのは「築年数」ではなく「印象」と「運用」
築年数は変えられません。しかし、ビルの“印象”は変えられます。そして、「印象」は、日常的な運用の積み重ねによって大きく左右されます。
例えば:
- ・トイレがきちんと清掃されている
- ・案内サインが分かりやすく更新されている
- ・照明が明るく、適切な色温度で整っている
- ・入居後のトラブル対応が迅速で、信頼感がある
- ・契約前に物件情報がしっかりと整理されている
これらはどれも、大きな費用をかけずとも実行できることばかりです。“築古だけど管理が行き届いている”という印象を与えることが、結果的に賃料や稼働率の安定につながっている事例は多数あります。
問題は「資金」ではなく「判断」と「可視化」の不足
「予算がないから何もできない」という声をよく耳にします。しかし実際には、改善できることのほとんどは“予算の有無”ではなく、“優先順位”と“整理”の問題です。
- ・改善すべき点を洗い出す(目視・写真・内見者目線)
- ・優先順位をつける(費用・効果・所要時間)
- ・管理会社の担当者と進行状況を共有し、記録を残す
- ・見直しとフィードバックを定期的に行う
このような「判断と段取り」のある運営を実践しているビルほど、結果としてテナントの満足度が高く、再契約率も高く、空室が出てもすぐに埋まるという循環を実現しています。
オーナー自身が“選ばれる理由”をつくる意思を持てるか
「選ばれるビル」に共通するのは、オーナーが“この物件をどう見せたいか”という明確な意志を持っていることです。それは、表に出るかどうかは関係ありません。意思をもって意思決定を積み重ねているかどうかが、結果に現れます。
- ・自分がテナントなら入居したいと思えるか?
- ・仲介担当者が安心して紹介できる物件か?
- ・入居テナントが長く使いたいと思える空間か?
これらにYesと答えられる状態を目指す。それが、築古ビルであっても選ばれるための“経営”の在り方です。
築古だからこそ問われる「運用力」という競争力
最後に強調したいのは、築古・中小規模の賃貸オフィスビルにおいて最も差がつくのは「運用力」だということです。
それは設備投資の額でも、建築デザインの派手さでもなく、「このビルは丁寧に管理されている」と誰もが感じるような小さな積み重ねです。
- ・掃除が行き届いている
- ・管理者の対応が早い
- ・不具合の報告がしやすい
- ・離れたあとも、また戻ってきたくなる
そんなビルが、築年数に関わらず、選ばれ続けています。
築30年を超えた中小規模の賃貸オフィスビルでも、「管理と運用」で勝負できる。オーナーが自ら“選ばれる理由”をつくりにいく限り、そのビルには未来がある。
この現実的で前向きな戦略こそが、いま最も求められている「築古ビル再生」の鍵であると、私たちは確信しています。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2025年11月25日執筆