築古・中型・賃貸オフィスビルのリアル:「SNSの声」から読み解く都内・賃貸オフィスビル・マーケットの本音と今後の行方
皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「築古・中型・賃貸オフィスビルのリアル:「SNSの声」から読み解く都内・賃貸オフィスビル・マーケットの本音と今後の行方」のタイトルで、2025年12月4日に執筆しています。
少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
はじめに:
東京都心のオフィスビル市場は今、大きな転換点を迎えている。2020年代に入ってからも、千代田区・中央区・港区・新宿区・渋谷区のいわゆる都心5区では、大規模な新築オフィスビルの供給が続いている。一方で、1970年代後半から1990年代にかけて大量に建設されたオフィスビル群は老朽化が進み、建替えや改修の時期を迎えている。こうした「築古ビル」と呼ばれる古い中小規模のオフィスビルが、今後のオフィスマーケットを左右する存在になりつつある。
こうした状況下、SNS上では築古中型オフィスビルに関するテナントの率直な声が溢れている。テナント企業や入居者のリアルな声には、データや統計だけでは捉えきれない現実が映し出されている。本記事では、そうしたSNS上の生の声を通じて、築古ビルの入居動向、テナントの本音、物件に対するニーズや満足度の傾向を探る。そして、それらのリアルな実態を踏まえて、今後のビル経営に役立つ実務的な示唆を提供したい。
都心5区において、多数を占める築古ビルが今後どのようなポジションを担い、どのような対策や施策が求められているのか――。その具体的な実態と方向性を検証していく。
第1章:データで見る都心5区・築古・中小規模オフィスビルの実情
広範囲に及ぶオフィスビルストックの老朽化
東京23区には非常に多くの築古オフィスビルが存在している。調査によれば、東京23区に所在するオフィスビルの半数以上が築30年以上であり、築50年を超える物件も決して珍しくない。特に中規模オフィスビルにおいては、平均築年数は34年で、約8割が築20年以上である。これらの多くが改修や再開発をされない場合、2030年までに平均築年数は約44年に達し、2030年代後半には平均50年を超える見込みである。これは、都心にオフィスを構える多くの企業が、施設設備が老朽化した、いわゆる「築古」(数十年前に建てられた)オフィスで働いていることを意味する。
都心5区(千代田・中央・港・新宿・渋谷)の賃貸オフィスビルの現状をデータで確認したい。国土交通省や東京都のデータをもとに纏められた調査結果(2022年時点)をもとに、現在のオフィスビルストック状況を整理する。
東京都心5区のオフィス市場は、賃貸面積ベースで約1,000万坪。このうち、中小規模ビル(延床面積300〜5,000坪)は5割弱。棟数ベースで見ると、7,000棟弱。中小規模ビルが9割以上と、延床面積5,000坪以上の大規模ビルに比して、中小規模ビルの比率が圧倒的に高いことがわかる。
注目すべきは、中小規模ビルの老朽化だ。同データによれば、中小規模ビルの平均築年数は34年に達しているのに対して、大規模ビルの平均築年数は26年である。つまり、中小規模のオフィスビルほど老朽化が著しく、築古ビル問題はまさに「中小規模ビル問題」でもあると言える。
さらに詳細に見ると、新耐震基準(1981年以降)で建てられた中小規模ビルでは、築20年以上経過した物件の賃貸面積が5割を超える一方、築20年未満はわずか20%弱に過ぎない(大規模ビルの場合、5割弱)。棟数ベースでも、新耐震基準以降の中小規模ビルで築20年以上が6割弱、築20年未満が15%弱と、圧倒的に築古物件が多い。これは、都心部の賃貸オフィスビルのマーケットが今後、築古の中小規模ビルをどう活用していくかという課題に直面していることを明確に示している。
※ザイマックス不動産総研『オフィスピラミッド2024』より
こうした状況を踏まえると、今後の都心のオフィスマーケットにおいて「築古ビル」というカテゴリーはますます特異なポジションを占めることになるだろう。これまでは新築や築浅のビルが市場の主役であり、築古ビルは「廉価な代替オフィス」と位置づけられてきた。しかし、この大量に存在する築古ビルの老朽化が加速する中で、「築古でも選ばれるビル」と「築古ゆえに敬遠されるビル」という二極化が一層進むことが想定される。こうした二極化の中で、各ビルがどういった方向性を選ぶかが今後の競争力を決定づけるだろう。
次章以降では、実際に築古ビルに入居するテナントや内見者がどのような本音を持っているのかをSNS上の声をもとに具体的に掘り下げていく。そのリアルな声から、築古ビルの課題と可能性を探っていく。
第2章:「SNSの声」で見る築古オフィスビルのリアルな入居状況と空室問題
都心の築古オフィスビルが抱えるリアルな課題として、SNS上で特に頻繁に指摘されているのが「空室問題」である。近年、東京23区内、とりわけ都心部では、最新の設備を備え広いフロア面積を確保した新築オフィスビルが相次いで竣工している。こうした最新のオフィスビルには大手企業を中心に多くのテナントが集まり、移転していく傾向が強まっている。
この結果、退去した企業が残した中小規模の築古ビルでは、新たな入居者が決まらないまま、空室が長期化する「二次空室」と呼ばれる現象が深刻化している。SNS上の投稿でも、「近所の古いオフィスビルが半年以上空きっぱなしだ」「大手企業が新築ビルへ移転した後の古いオフィスがなかなか埋まらない」といった声が頻繁に上がっている。これらの投稿から、築古ビルが次のテナントを見つけるのに非常に苦労している現状が浮かび上がってくる。
この背景には、企業がオフィスを選定する際の基準が明らかに変化しつつあることが影響している。企業は、「駅から近い」「築年数が浅い」「フロアが広い」といった要素を最重要視する傾向を強めており、これらの基準を満たさない築古ビルは、当初から検討対象から外されることが少なくない。実際、SNSの内見レビューでは、「築古ビルを見に行ったが、レイアウトが難しく柱が邪魔で、結局見送った」「天井が低くて圧迫感があり、社員のモチベーションに影響が出そうなので借りるのをやめた」「エントランスが薄暗く、企業イメージに合わない」といったリアルで率直な感想が数多く投稿されている。
これらの声を具体的に掘り下げると、築古ビルの抱える課題は単に「古さ」という抽象的な要素だけではなく、実際に内見をした段階で感じられる明確なデメリットや設備の不便さに起因することがよくわかる。企業にとってオフィス空間は、社員の働きやすさや生産性に直結するものである。そのため、「天井高が低い」「柱が多くレイアウト自由度が低い」「全体的に暗く、古びた印象がある」といった築古ビルの特徴は、即座に「不便で魅力に欠ける」という評価につながりやすい。この傾向はSNSの口コミを通じて広がり、さらに内見数の減少に拍車をかけている。
さらに、専門的な立場からも実務者の厳しい見解が示されている。仲介担当者の実際の報告によると、「築20~30年を超えるオフィスビルは、内見数が顕著に減少し、物件に対する問い合わせ自体が減る」という実務上の困難さが指摘されている。つまり、仲介業者自身が、築古物件をテナントに紹介する段階からハードルを感じており、紹介すら後回しにされる可能性があるという現実が存在しているのだ。
こうした厳しい実態を踏まえると、今後の都心オフィスビル・マーケットでは築古ビル市場の二極化が一層進む可能性が高いと推測される。すなわち、「築年数は古いが、設備や内装の改善によって快適性を高め、一定のニーズを維持できる物件」と、「設備改善やリニューアルが十分に行われず、テナントから敬遠されて空室が続く物件」の間で大きな格差が生まれることになるだろう。市場において競争力を維持できるかどうかは、こうした築古ビル特有の使い勝手の問題や内見時の印象を改善できるか否かにかかっていることが明確に示されたと言える。
結局のところ、SNS上で日々交わされるテナントのリアルな評価や内見者の具体的なコメントは、単に感情的なものにとどまらず、築古ビル経営者や管理会社が真摯に向き合い、具体的に改善していかなければならない重要なマーケットシグナルとなっている。この「選ばれない理由」を明確に理解し、それらを一つずつ解決していくことが、都心における築古オフィスビルの空室問題を解決するために避けて通れない道筋となるだろう。
第3章:築古オフィスビルのテナント満足度と設備老朽化の本音
築古オフィスビルを利用するテナント企業や従業員が最も気にしているのは「設備の老朽化」である。SNS投稿や各種アンケートを整理すると、以下のような課題が浮き彫りになっている。
【1】設備の老朽化
テナントが頻繁に指摘するのは、トイレや給湯室、カーペット、空調(HVAC)設備、電気設備などが古くなり使いづらいということである。ある調査では「オフィスの設備が古く、使いにくい」という声が多く寄せられている。特に築30年超でその後、設備の更新がなされていないビルでは、設備が故障したり、現代のニーズに対応できていないという指摘も目立ち、それが日常の不便や満足度の低下につながっている。
【2】空間レイアウトの悪さ・使い勝手の悪さ
古い中規模オフィスビルの多くは間仕切りが多く、天井も低いため、現代的なオープンプランに合わない。テナントは「古いオフィスは狭く、自由にレイアウト変更ができない」と感じており、壁やパーティションが多すぎて柔軟性に欠けるという意見もある。あるテナントは、「オフィスが狭く、椅子を引くと後ろの人にぶつかってしまう」と具体的に指摘しており、これは古いオフィス特有の問題をよく示している。最近の企業は広くオープンなフロアを好むため、古いビルではそのニーズに応えるのが難しい。
【3】快適性の問題(温度・空気環境など)
古いビルでは、室温管理や空気環境に関する不満も多い。ある調査によれば、温度調整や快適性はオフィス満足度を左右する重要な要素だが、古い空調システムでは冷暖房が均一でなく、窓際が暑すぎたり寒すぎたりすることが多い。実際にテナントコメントのテキスト分析では、「調整」「困難」「窓際」「ムラ」などの単語が頻出しており、温度管理が難しいことを示している。また、古いビルでは換気設備が古く、不快な臭いや空気のよどみがあるという声も上がっている。
【4】エレベーターの性能不足
築年数が古い中型オフィスビルではエレベーターが古く、遅かったり台数が不足していることが多い。そのため、待ち時間が長くなり、特に朝の通勤時などはテナントの不便につながっている。新築の大規模・高層ビルに設置される高速エレベーターと比較すると、その差は歴然としている。
【5】清潔感・見た目の悪さ
古い設備は入居者にとって「雑然としている」「汚れている」という印象を与えやすい。実際、ある調査でテナントからは「オフィスが乱雑で汚い、設備が古く、カーペットにはシミがついている」といった具体的な声があった。清潔感がないことは、オフィス環境への満足度を著しく下げる要因となる。オフィスビルに関するある調査でも、ビルの清潔感はテナント満足度を左右する最重要要素の一つであると指摘されている。
【6】最新のITインフラ不足
築古のオフィスビルは、現代のITニーズや規制対応に遅れていることが多い。築古オフィスではデータ配線が不足していたり、電力容量や空調が現代のIT機器に対応できていない場合が多く、防災基準の強化やBCP(事業継続計画)のための非常用発電設備、耐震性能強化が不十分なことも多いという。これらはテナントが災害時の備えとして重視する設備であるため、不足するとテナント離れの原因になる。
こうした問題はテナントの不満として明確に表れている。2024年に実施されたある調査では、オフィス勤務者の4割が現在のオフィスに不満を抱いており、その最大の理由は「設備が古くて使いにくい、空間が狭い」とされている。具体的なテナントの意見には、「水回り設備が古い」「照明が暗すぎて仕事がしづらい」などがあり、こうした不満が勤務意欲や職場満足度を低下させる要因になっている。こうした不満が、新築ビルへの移転を促す動機にもなっている。
第4章:リアルな賃料感とテナント交渉余地の現状
築古オフィスビルの市場競争力を考えるとき、真っ先に思いつくのは「賃料の安さ」という強みであろう。実際、SNSやテナント向けのアンケートなどを見ると、「新築や築浅ビルは賃料が高すぎるため手が出ないが、築古ビルは比較的安価であり、コストを抑えるにはちょうどよい」という声も確かに散見される。こうした一定のコストメリットを認識し、あえて築古ビルを選ぶ企業も存在しているのは事実である。
しかし一方で、ここ数年の都心部における大規模な新築ビルの相次ぐ竣工により、市場全体が供給過多傾向にあるため、築古ビルにおける空室問題は年々深刻化している。特に注目すべきは、「フリーレント(一定期間の賃料無料)」や「賃料の大幅な引き下げ」といった条件緩和策を実施しても、それだけではなかなか空室が埋まらないという現象である。ある都内のオーナー企業は、「3か月のフリーレントを提示したにもかかわらず問い合わせがほとんどない」と嘆いており、別の投稿では「周辺相場よりも坪単価を2割下げているが、それでも空室が埋まらない」という生々しい現状が報告されている。これは、単に賃料の条件を緩和しただけでは、築古ビルに内在する根本的な問題が解決しないため、結果的に競争力が回復しないことを示している。
また、テナント側から見たコスト意識には、単なる賃料だけではなく、「共益費」や「光熱費」といったランニングコストも含まれる。SNS上には、「ビルが古いために空調効率が悪く、夏は冷房費、冬は暖房費が想像以上に高額になる」という不満の声が頻繁に投稿されている。「賃料自体は安価だが、共益費や光熱費を含めた総合的なコストで考えると割高感が強い」といった、より現実的な視点からの評価も目立つ。こうしたテナント目線の評価が、結果的に築古ビルを敬遠する要因の一つになっている。
さらに実務の現場からは、仲介担当者が築年数と内見数の明確な相関関係を指摘している。SNS上でも仲介業者自身が「築20年以上の物件は露骨に内見数が減る」「築30年を超えた賃貸オフィスビルは内見の依頼すら極端に少なくなる」と述べており、市場における築年数の影響はきわめてシビアである。こうした実態は単なる統計的な話に留まらず、「築古・賃貸オフィスビルが市場から具体的にどのように敬遠されているか」を物語る生々しいエピソードである。
つまり、築古オフィスビルは賃料面での一定の強みがあるものの、それだけではもはや競争優位性を維持できなくなっている。条件緩和によるテナント誘致策だけでなく、設備改善や施設更新、運営管理体制の向上など、本質的な要素を改善しなければ、市場において選ばれにくい状況がさらに加速する可能性が高い。このような現状を前提に、より抜本的な対応が求められていると言えよう。
第5章:「築古でもニーズあり?」~潜在的なテナント需要を探る
築古・賃貸オフィスビルにとって厳しい市場環境が続く中、実は一部には「築古物件だからこそ良い」というユニークな需要層が存在していることも、SNS上の声や調査データから明らかになっている。特に、スタートアップ企業やクリエイティブ系企業など、企業規模やビジネススタイルによっては、「築古」という特徴を積極的に評価し、むしろ選択の優先順位を上げるテナントも少なくない。
こうした企業が築古オフィスビルを選ぶ動機として特に目立つのは、「物件を自由にカスタマイズできる柔軟性」である。実際の投稿からは、「新築ビルでは原状回復義務が厳しく、自由にオフィスを改装できない。一方で築古ビルなら、内外装に手を入れて自社ブランドに合った空間を作りやすい」と評価する声がある。また、クリエイティブ業界などでは、「築古のレトロ感を好み、自社の世界観にマッチした雰囲気を出したい」という独特の嗜好性を持つ企業もあり、「新しく整った環境より、多少古くても個性のあるビルのほうが社員のモチベーションが上がる」と語る経営者の投稿も見られる。
さらに、SNSやアンケートの分析から、「設備の一部を改善すれば築古オフィスビルであっても快適に使える」と考える企業が一定数存在していることも分かる。例えば、テナントが築古オフィスビルに期待する具体的な設備改善としては、まず「空調設備の更新」「防音性能の向上」「セキュリティの強化」といった、日常的な快適性に直結する項目が挙げられる。こうした改善があれば、「古さ」というデメリットが軽減され、むしろリーズナブルな賃料というメリットが前面に出て、魅力的な選択肢となり得るとの評価もある。
実際に都内の築古オフィスビルにおけるリノベーション事例を見ると、ハードの古さを活かしつつ、新たな設備導入や共用空間の充実という「ソフト面」を巧みに組み合わせることで、高い稼働率を実現した成功例が複数確認されている。例えば、空調設備の全面刷新や防音ブースの設置などの施策を行った結果、「レトロな外観はそのままに、内部の設備と快適性が大きく向上したことでテナント企業の満足度が急上昇した」というケースが報告されている。
このように、築古オフィスビルが持つ潜在的な需要を引き出すためには、「古さを活かしつつ現代的なニーズを取り込む」という視点が不可欠である。物件が抱えるデメリットを認識し、それを逆手にとって魅力に転換する柔軟なアプローチこそが、築古・賃貸オフィスビルが市場で再び競争力を発揮するための鍵となるだろう。
第6章:東京都の政策の現実的な限界と築古・中小規模・賃貸オフィスビルオーナーが取るべき道筋
ここまで見てきたように、築古オフィスビルが抱える課題は、単純な条件緩和や表面的な改善だけで解決できるレベルをすでに超えている。実際、SNS上で交わされるテナントや仲介担当者のリアルな声からも、「家賃引き下げやフリーレント設定程度の緩和策では競争力を回復できない」という厳しい認識が広がっている。ビルオーナー自身も、「抜本的な設備改修や運用ルールの見直しがなければテナント誘致は難しい」という本音を語っているのが現実である。
こうした状況に対し、東京都は都心部の老朽オフィスビル更新促進を目的に、都市再生特別措置法に基づく「都市再生特別地区」や「都市再生緊急整備地域/特定都市再生緊急整備地域」を活用している。容積率緩和や用途規制の特例を認め、大規模開発を誘導することで都市競争力を高め、魅力的な都市空間の創出を図っている。この施策により、東京都心では大手デベロッパー主導で高度な土地利用が進み、再開発地区では実際に地域全体の価値向上や雇用創出など、一定の成功事例も出始めている。
しかしながら、制度活用には複雑な行政手続きや長期間の計画策定が必要となるため、中小規模ビルの単独オーナーにとってはハードルが高いのも事実である。都市再生特区の認定条件には「資金力や事業遂行能力を持つ提案者であること」などが求められるため、小規模オーナー単独での事業参画が現実的に困難となっている。結果的に、制度は主に大手デベロッパー主導で活用される傾向があり、中小規模ビルオーナーには恩恵が限定的であることが課題として挙げられる。また、都市再生緊急整備地域は都心の特定地域に集中しており、対象外地域の築古ビルに政策効果が及びにくいという偏りも否定できない。
中小規模ビルオーナーにとって、建替えや用途転換が現実的でない背景には、資金調達やテナントの立退き交渉、解体コストなどの問題が大きく影響している。特に築40年超のビルでは配管・設備の大規模修繕に多額の費用がかかるが、修繕積立が十分でないケースも多く、オーナーは「資金がない」ために改修を先送りする状況に陥りやすい。さらに、日本の借主保護制度の強さから立退き料が高騰し、金融機関も立退き費用への融資に消極的なため、再開発へのハードルは非常に高い。このため、「建替えたくても何も手を打てない」という状況に直面しているオーナーが多く見られる。
また、共同再開発に参加すると、自社の資産運用における主導権を失い、大手デベロッパーや他の地権者の意向に左右される可能性がある。こうした懸念から、多くの中小規模ビルオーナーは建替えより現状維持か売却を選ぶ傾向にあり、結果として老朽ビルの放置につながっている。
東京都が奨励する用途転換(コンバージョン)も、決して万能策とは言えず、慎重な検討が求められる。オフィスから住宅やホテルへの用途変更は、短期的には収益確保に有効な手段となり得るが、中野駅北口の再開発事例のように、住宅比率を安易に増やした結果、市場ニーズや採算性が合わず計画の再見直しが発生しているケースもある。コンバージョンは長期的な市場動向や資産価値を正しく見極めないと、一時的な収益改善で終わり、将来的なリスクを招く可能性もあることを、オーナー側も冷静に認識する必要がある。
ただし、こうした制度の限界があるからといって、行政の施策がまったく無意味だというわけではない。むしろ、行政施策を適切に理解したうえで、「自助努力」を組み合わせた主体的な再生戦略を取ることが中小規模ビルオーナーにとって現実的な選択肢となる。築古オフィスビルの競争力回復に最も効果的なのは、テナントが求める安全性や快適性を軸に、設備改修や運営ルールの改善を主体的に進めていくことである。
実際、2023年に行われた築古オフィスビル・リノベーション調査でも、「空調設備更新でテナント満足度が約6割向上した」「セキュリティ強化により退去率が4割低下した」といった成果が報告されている。東京都自身の調査でも、設備改修を行った築古オフィスビルは、稼働率や賃料水準が明らかに改善されるというデータも示されている。こうした客観的成果をもとに具体的な設備改修を進めることは、資金負担が重い大規模建替えよりも現実的であり、中小規模ビルオーナーが主体的に取り組むべき道筋である。
また、動線整理やゾーニング、防犯カメラ配置の最適化、共用スペースの利用ルール改善など、比較的低コストで実行可能な運用改善策と設備改修をセットで提案することで、オーナーの納得感を高め、テナント維持や競争力回復がより確実となる。
結論として、東京都の政策には一定の合理性と限界があることを明確に認識したうえで、行政の施策と「自助努力」を適切に組み合わせていくことが重要である。築古オフィスビルの将来は、行政頼みでも市場任せでもなく、オーナーと管理会社が自らの主体的な判断と現実的な努力で築き上げるべきものである。現実的な視点から具体的な施策を進めていけば、築古オフィスビルは再び市場で競争力を取り戻し、新たな価値を見出すことができるだろう。
おわりに:
本稿では、東京都心部における築古中型オフィスビルの実情を、テナント自身がSNSなどで発信するリアルな声や市場データを通じて明らかにした。これまでの議論で明確になったのは、もはや築古オフィスビルが「低賃料」や「表面的な条件緩和」に頼る経営から脱却する必要があるという厳しい現実である。
東京都が打ち出している再生施策も一見すると有益だが、実際には個々の中小規模ビルオーナーが取り組むにはハードルが高く、場合によっては資産運営の自由度を狭める可能性さえある。したがって、行政主導の再開発や用途転換に依存するのではなく、オーナーと管理会社が一体となって主体的に現実的な施策を実行していくことが重要だ。
具体的には、空調や防犯設備などの設備改善、防音性能向上、運用ルールの明確化など、テナントが本当に求める安全性・快適性を追求した施策を進めることが必要である。こうした現実的な取り組みを通じて、築古・賃貸オフィスビルは市場競争力を再び取り戻すことができるだろう。
築古オフィスビルの未来は決して悲観的ではない。現実的かつ主体的な取り組みこそが、新たな価値を創造し、オーナー自身が自ら築古オフィスビルの未来を切り拓く最も効果的な道筋である。その具体的な選択を積み重ねることが、これからの都心賃貸オフィスビル市場における成功の鍵となることを強調して、本稿を締めくくりたい。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2025年12月4日執筆