皆さんこんにちは。
株式会社スペースライブラリの羽部です。
この記事はプロパティマネジメントについて総合的にまとめたもので、2025年8月25日に執筆しています。
少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

第1章 プロパティマネジメントとは

プロパティマネジメント(Property Management) は、不動産の運営管理を「投資価値向上」や「収益最大化」の視点で戦略的に行うサービスです。

  • 建物(オフィスビル・マンション・商業施設など)や土地などの不動産を対象に、日常管理業務だけでなく、テナント誘致・賃貸条件設定・バリューアップ提案など、資産価値を高める取り組み全般を担当する点が特徴です。
  • 従来型の「ビル管理」や「賃貸管理」が維持・保全に重きを置くのに対し、プロパティマネジメントは投資的観点から戦略を立案・実行する点に大きな違いがあります。
  • プロパティマネジメントの業務範囲は不動産所有者が本来すべき内容を含んでいます。不動産の運営管理水準を高度化するため、専門能力を結集して高度なビル経営を取り組むための選択肢としてプロパティマネジメント会社への業務委託があります。
  • PMやPMerと省略表記される場合がありますが、Project ManagementやProject Managerを意味する場合があるのでご留意ください。

第2章 プロパティマネジメントの特長

1. 総合的・戦略的アプローチ

通常の賃貸管理が日常的・事務的な業務をメインとするのに対し、プロパティマネジメントでは投資的視点から収益最大化を目指すための戦略立案と実行を含みます。

  • 最適な賃料設定
  • 競合物件から優位性を確保する募集戦術の構築
  • テナント構成や誘致戦略
  • リノベーションによる付加価値向上
  • 市場動向に応じたバリューアップ施策
  • 適切かつ有効なコスト管理

2. オーナーの利益最大化が目的

不動産資産の投資価値を高め、賃料収入や稼働率を向上させることがプロパティマネジメントの最重要ミッション。

  • 空室削減
  • 賃料アップ
  • 空室削減と賃料アップのバランス
  • リスク対応(テナント与信・滞納対策)
  • 老朽化対策、リニューアル提案

3. 幅広い専門知識・ノウハウ

建築・設備管理からリーシング・マーケティング、法務・税務など、多岐にわたる高度な知見が求められます。通常の管理会社と比べ、広範な専門家ネットワークを活用する点も特徴です。

第3章 プロパティマネジメントの具体的業務内容

1. リーシング(テナント誘致)活動

  • 市場調査を行い、適正な賃料や募集プランを策定
  • 仲介会社との連携や内覧対応、広告宣伝
  • 希望テナント層を設定し、効率的に誘致を図る
  • プロパティマネージャーによるテナント募集対応

2. 契約管理・賃料収受管理

  • 賃貸借契約の締結・更新・解約・定期借家における再契約手続き
  • 賃貸市場変動に応じた賃料改定対応
  • 賃料滞納対応や債務管理
  • 借主との各種交渉・調整

3. 建物・設備の維持管理

  • 日常清掃や定期点検の立案・実施
  • 管理仕様の立案・実施
  • 専門業者との連携や発注管理
  • 予防保全施策の立案・実施
  • 修繕計画の策定・実行、緊急対応
  • 管理作業や修繕履歴の情報管理
  • セキュリティ確保や耐震補強の提案

4. バリューアップ・リノベーション企画

  • 建物や設備の改装・アップグレード
  • ブランディング向上策(ロビーリニューアル、ICTインフラなど)

5. 財務管理・レポーティング

  • 管理費・修繕費の予算・実績管理
  • キャッシュフロー分析、投資利回り算定
  • 定期的な収支報告、空室率やリーシング状況のレポート
  • 不動産運営管理情報の管理

6. マーケット分析・経営戦略提案

  • 賃料相場や需要動向、競合物件の調査
  • 長期的な運用計画の立案、売却・買い増しの検討
  • 建物運営方針の見直し・立案

7. アセットマネジメントサポート

  • 不動産売却時の物件資料作成
  • アセットマネジメント会社との連携

第4章 空室率を抑えるための工夫・ノウハウ

1. マーケットリサーチと適正賃料設定

不動産の種類・用途に応じて重要なポイントは異なる場合があります。賃貸不動産ではテナント募集が最重要業務ですが、テナント種別に応じて業務内容は異なる部分があります。一般的なポイントとして、対象物件の競争力の把握と客観的評価を実施することです。更に、競合物件、周辺相場、建物特性・ターゲット層などを分析し、リーシング計画を具体的に策定します。賃貸条件の分析は不動産の用途に大きく異なります。参考までオフィスの市場分析事例について6.①-5で解説していますので、ぜひ、参考にして下さい。

市場分析が精確にできたら、それらの情報を俯瞰し、競合物件に比較して対象物件に対し、魅力あるとテナントが認識する条件を設定することで空室期間を短縮につながります。相場に比して安い条件であれば空室期間は減少しても物件の収益性が高まらない点にも留意する必要がありますので、適切な条件設定がどのような水準であるかは客観的な判断が必要です。一般的に空室による賃料収入機会損失は明確に把握されるため、プロパティマネージャーは高稼働の達成を優先する傾向があり、条件が相場水準を逸脱していないかの観点について客観的評価ができる仕組みがあるかの確認も必要となります。

2. 物件の魅力向上(バリューアップ施策)

  • 物件種別に応じた機能整備
  • ターゲットテナントに合致した建物設備や運営管理
  • 共用部のグレードアップ・リニューアル
  • オフィスビル等におけるICTインフラ整備
  • テナントビル等におけるレイアウトの自由度や顧客導線の工夫
    → 物件価値を高めることで賃料アップや長期契約を促進することができます。

3. テナントとの良好な関係構築

定期的なコミュニケーションやヒアリングで入居者満足度を高め、退去リスクの低減を通じ、優良テナントのリテンションに努める必要があります。

用途違反や滞納テナントに対するタイムリーな対応と損害リスクの回避に努める必要があります。

4. 機動的かつ積極的なリーシング活動

  • 仲介会社との連携強化
  • ネット募集媒体・SNSの活用
  • プロパティマネジメント会社自身によるリーシング活動
  • 柔軟な条件交渉
    → 市場やテナントニーズに合わせ、タイミングを逃さずアプローチすることができます。

5. 経営戦略的なポートフォリオ再編

フロア分割や用途変更など、需要に合わせた柔軟な運用が空室対策に有効な場合がある。但し、一定の需要が見込まれる物件において安易に柔軟な運用を行うことは建物の質が劣化し、競争力が大幅に劣化する致命傷となる場合があるので、実績や経験が不可欠です。

6. 不動産用途別空室対策

不動産の用途ごとに求められるニーズやターゲット層、利用形態は大きく異なるため、空室対策もそれぞれに合わせたアプローチが求められます。以下では、代表的な不動産用途であるオフィス、住宅、店舗、物流施設、駐車場それぞれについて、空室率を抑えるための具体的なノウハウ・工夫を整理します。

①オフィス(事務所)の空室対策

①-1. テナントニーズの的確な把握

  • レイアウトの柔軟性
    テナントが希望する区画面積・レイアウトへ対応できるよう、フロアの分割や共用部の使い勝手を考慮する。
  • 設備の充実
    光回線やWi-Fi環境、空調設備、セキュリティ強化など、オフィスに求められるインフラを整備する。

①-2. リノベーション・内装の刷新

  • 共用部やエントランスの改修
    エントランスやエレベーターホールなどのデザイン性を高め、ビル全体のイメージアップを図る。
  • スケルトンオフィスの提案
    入居者が自由に内装を設計できるように、躯体のみ(スケルトン)の状態で賃貸するケースも増えている。

①-3. 適切な賃貸条件・契約条件

  • フリーレント期間の設定
    入居初期のコスト負担を軽減することで検討ハードルを下げる。実際の適用に際し、フリーライドの問題があるため、約定での工夫が求められる。レントロールが表面的には良くなるため物件価値が増大したように見える場合がある。但し、フリーレントの濫用は実際の不動産収益を制限し、キャッシュフロー上で把握できるため、不動産市場の専門家は実質的な評価するため、場合によっては評価を落とす場合があるため、物件の競争力に応じた設定が必要である。
  • 短期契約やオプション契約への対応
    スタートアップ企業など、長期契約を避けたいテナントにも対応できるようにする。

①-4. 効果的なリーシング活動

  • 不動産仲介会社との連携強化
    テナント誘致力の強い仲介業者への情報提供や専任契約などを活用する。
  • オンライン広告・内見対応
    バーチャル内見やオンラインでの情報発信を充実させ、遠方の企業にもアプローチする。
  • コワーキングスペースとのハイブリッド化
    小規模区画をコワーキングとして運営し、稼働率を維持する取り組みも有効。

①-5. 市場分析

  • 実際のテナントの目線で評価する
    募集チラシや物件情報に記載された内容だけでは正確な比較ができません。対象物件を選択肢とする具体的なテナントのニーズを想定し、そのニーズに応じて評価した場合、どのような順位となるかを把握する必要があります。賃貸条件が異なる物件間の比較は極めて困難なので順位付けは同一賃貸条件であると仮定した場合で想定することができます。
  • 付帯条件を勘案する
    賃料、管理費以外に保証金、更新料、償却費、フリーレント、ネット率などを把握し、実質賃料ベースで比較する。
  • 正確な契約面積を把握する
    オフィスビルの契約面積の計算方法は物件により異なるため、同じ契約面積であっても実際にレイアウトをすると収容内容が異なることが通例である。この点、正確に把握するには貸室面積のネット率を確認する必要があります。
  • 実際に現地で物件を確認する
    ネット上で確認しただけでは物件の評価はできませんので、現地確認は必須です。またテナントの変動やリニューアルの実施など物件の状況は刻一刻変化するので、過去に見たことがある物件でも再確認が必要です。

② 住宅(マンション・アパート)の空室対策

②-1. 室内設備・デザインの向上

  • リフォーム・リノベーション
    築古物件の場合は、水回りや壁紙・床材の刷新などで室内の印象を大きく改善できる。
  • 省エネ・スマートホーム化
    IoTデバイスや省エネ設備の導入は、入居者にとって魅力的な付加価値となる。
  • 賃貸ポータルサイトの選択肢項目
    インターネット無料、追い炊き、バストイレ別、室内洗濯機置場、ゴミ集積場、オートロックなど貸室内容に応じた人気設備の導入

②-2. 賃料・契約条件の柔軟性

  • 敷金・礼金の見直し
    近年は敷金・礼金を抑えた物件が好まれる傾向があり、初期費用負担の低減が空室対策に寄与する。
  • ペット可・定期借家契約など差別化
    ペット可物件や定期借家契約などの仕組みを導入することで、ニッチなニーズを取り込みやすくなる。

②-3. 入居者募集の宣伝強化

  • ポータルサイトへの掲載・SNS活用
    SUUMO、ホームズなどの大手ポータルやSNS等をフル活用し、幅広い層にアプローチする。
  • 仲介会社との連携・囲い込み対策
    仲介会社に物件の魅力を正しく伝え、優先して紹介してもらえる関係を築く。

②-4. 管理・サービス品質の向上

  • 24時間トラブル対応・セキュリティ強化
    急な設備トラブルや防犯面の対応が充実していると、入居継続率が高まり、空室を防ぎやすい。
  • 共用部の清掃や美観維持
    ゴミ置き場の管理や廊下・階段の清潔感は内見時の印象を左右する重要なポイント。

③ 店舗(商業施設)の空室対策

③-1. ターゲット顧客とテナントのマッチング

  • 集客力の高いテナント構成
    アンカーテナントや人気ブランドを誘致し、周辺テナントに相乗効果をもたらす構成を意識する。
  • 客層の分析とコンセプト設定
    地域の人口動態やトレンドを踏まえ、ショッピングセンター全体や商業ビルのコンセプトを明確化する。

③-2. 共用スペースの演出・改修

  • 館内環境のアップデート
    空調や照明、サイネージなどを最新化し、来店者に快適で魅力的な印象を与える。
  • イベント・催事スペースの活用
    季節イベントやポップアップショップを行い、集客力を高めつつ空いている区画の活用を図る。

③-3. 賃貸条件の工夫

  • 売上歩合制や短期契約の活用
    新規出店のリスクを下げたいテナント向けに、固定賃料だけでなく歩合賃料を取り入れる。
  • 内装工事費用補助・出店支援
    初期投資コストが大きい場合、オーナーが工事費用の一部を負担するなど支援策を講じる。

③-4. 周辺施設・デジタル施策との連携

  • 地域とのコラボレーション
    地元のイベントや行政施策との連携で、集客を拡大。
  • オンライン×オフライン(OMO)戦略
    店舗の情報をSNSなどで発信し、来店誘導に繋げる。通販やモバイルオーダーなどとの併用も検討。

④ 物流施設(倉庫など)の空室対策

④-1. 施設仕様の充実

  • 耐荷重・天井高・床荷重などのスペック
    物流企業が求める物理的条件(フォークリフト対応、ハイピックラック対応)を満たすことが重要。
  • ドッグシェルターやトラックヤードの整備
    入出荷効率を高める設備があると、物流企業からの引き合いが増える。

④-2. 立地特性を活かす

  • 主要高速道路・港湾・空港へのアクセス
    物流施設は交通インフラへのアクセスが最重要要素。立地を強みとして明確にアピールする。
  • 周辺の労働力・雇用確保
    作業員確保のしやすさが企業にとっての決め手になるケースもあるため、周辺環境の情報提供を行う。

④-3. 運営・管理体制のアピール

  • 24時間対応・セキュリティ
    倉庫内のセキュリティシステムや防犯カメラ、警備体制などの充実度はテナント企業の安心材料となる。
  • 共用施設(休憩室・食堂など)の整備
    現場作業員にとって働きやすい環境を用意することで、テナントの離脱を防ぎやすい。

④-4. 契約条件の柔軟化

  • 定期借家契約・短期契約
    需要に合わせて柔軟な契約期間に対応できれば、繁忙期だけの利用なども取り込める。
  • 賃料交渉や共有コスト負担の調整
    企業の物流コスト圧縮のニーズに対応し、賃料や共益費の負担をバランスよく設計する。

⑤. 駐車場の空室対策

⑤-1. 駐車場形態に合わせた料金設定

  • 月極・時間貸し(コインパーキング)の併用
    立地条件によっては月極と時間貸しを併設し、稼働率を高める。
  • 相場を踏まえた柔軟な賃料設定
    周辺エリアの競合状況や需要を見極めて、割高感・割安感のない料金を設定する。

⑤-2. ユーザーの利便性向上

  • キャッシュレス決済や予約システムの導入
    スマホ決済や事前予約が可能なシステムを導入し、利用者の利便性を高める。
  • セキュリティ対策・照明の確保
    防犯カメラや出入口のゲート管理、夜間の照明など、安全で安心できる環境を整備する。

⑤-3. プロモーション・認知度拡大

  • 看板・サインの最適化
    近隣からの視認性を高め、駐車場の存在がわかりやすいようにする。
  • 周辺施設との提携や割引
    商業施設や飲食店との提携割引により、利用者数の増加を狙う。

⑤-4. 混雑状況の見える化

  • 空き状況のリアルタイム表示
    スマートフォンやデジタルサイネージで空き台数をリアルタイムに表示し、利用者を誘導する。
  • ピークタイム・オフピークの料金差
    曜日や時間帯で料金を変動させ、稼働率を均等化する取り組みも有効。

⑥まとめ

プロパティマネジメント業務において空室率を抑えるためのノウハウ・工夫として以下の項目について具体的な内容・計画を明確にする必要があります。これらの具体的な内容については個々のプロパティマネジメント会社および物件担当者により異なる場合がありますので、不動産所有者はしっかりと内容を確認し、不明点を確認しながらリーシング業務を進める必要があります。

  • 対象物件と競合市場の正確な把握
  • 商品としての物件の魅力向上施策
  • リーシング活動の強化と契約条件を個別最適化
  • 情報発信・マーケティングの最適化

第5章 専門業者が持つノウハウの事例

1. 大手プロパティマネジメント会社のネットワーク活用

  • 幅広い仲介業者やテナント企業との取引実績
  • 企業移転計画など先行情報の入手と積極的リーシング
  • 市場データの蓄積

2. 専門アナリストやコンサルタントの在籍

  • 市況や賃料相場、競合物件の動向をリアルタイムで把握
  • 中長期的な運営戦略や投資計画を総合的にサポート

3. 技術的提案力(建築・設備面)

  • 大規模修繕やリノベーションの企画・監修
  • 安全性・快適性向上のアドバイスや費用対効果分析
  • 長期の運営実績に基づく知見

4. 多様なリーシング戦略

  • 用途別(オフィス、商業、物流など)に異なる交渉術や集客ルート
  • WEBや内覧会など多面的なマーケティングによる早期成約
  • 直販リーシング業務の実施

第6章 従来の不動産管理手法との比較

項目従来の不動産管理 (ビル管理等) プロパティマネジメント (PM)
主目的日常維持管理 (トラブル対応など) 資産価値・収益の最大化
範囲設備管理・契約事務 (定型業務)リーシング・バリューアップ・財務分析 等
アプローチ受動的 (問題発生時対応が中心)能動的・戦略的 (収益増・空室減へ積極提案)
専門知識施設管理技術・基本的な契約知識不動産投資・マーケ・建築・法務など総合力
報酬形態管理委託料 (定額)プロパティマネジメントフィー (歩合・成功報酬型含む)
  • 従来管理は「建物を正常に維持」するのが目的。一方、プロパティマネジメントは「投資成果」を重視し、より攻めの姿勢で戦略を組み立てる。
  • プロパティマネジメント報酬は従来の定額管理より高額になる場合もあり、成果報酬型を採用することも多い。

第7章 不動産オーナーが注意すべき点

  • プロパティマネジメント会社の実績・得意分野の確認
    物件種別(オフィス、商業、マンションなど)やエリアとの相性をチェック。
  • 費用対効果の検討
    プロパティマネジメントフィーが高くても、空室率削減や賃料アップが伴えば十分採算が取れるかをシミュレーション。
  • 収益連動
    不動産所有者の収益増加がプロパティマネジメント会社の収益増加につながる点で物件収益改善に向けたインセンティブが生じる点はプロパティマネジメント運営管理のメリットとなるが、労力に見合わない報酬水準ではインセンティブが機能しない場合がある。利益相反については第10章にて言及。
  • コミュニケーションと情報共有
    一任するだけでなく、オーナー自身も定期的に報告を受けながら戦略に参加
  • 長期的視点での投資判断
    リノベーションや修繕など、大きなコストを要する場合は資産価値向上の観点でタイミングを見極める。
  • 契約内容のチェック
    業務範囲・報酬体系・責任分担を明確化。成功報酬率や修繕工事の発注方法などを事前に確認する。
  • 他の運営管理方式との比較
    不動産運営管理実績のある所有者(法人を含む)にとってビル運営管理全般を外部に委託することは大きな決断です。そのため現状の運営方式、管理メンテナンスのみ外注、サブリース事業者への一括賃貸などと比較することでより精緻な判断が可能と思われます。
    以下に他の運営方式の概要と比較した場合のプロパティマネジメント方式のメリットを挙げます。
    ビル運営方式には様々な形態がありますが、プロパティマネジメント(PM)方式が広く採用されている理由や、他方式との比較を「不動産所有者の視点」で解説します。以下では各方式の概要と、それに伴うメリット・デメリットを整理します。

1. 不動産所有者による直接運営管理方式

概要

  • 不動産所有者(企業や個人オーナー)が自らテナント募集や契約管理、施設維持管理を行う。
  • 設備管理の一部を専門業者に依頼することはあっても、基本的な運営判断・実務はオーナー側で担う。

メリット

  • コスト削減
    ・外部のマネジメント会社に支払うフィーが不要。
    ・管理コストを抑えやすい。
  • 経営方針の反映が直接的
    ・オーナーの判断で迅速に運営方針を決定・変更できる。
    ・オーナー自身の意思が直接テナント募集条件や改修計画に反映される。
  • 自社リソースの有効活用
    ・すでに不動産管理部門などを持つ法人オーナーであれば、自社スタッフやノウハウを活用できる。

デメリット

  • 専門知識・人的リソースの不足リスク
    ・賃貸管理のノウハウやマーケット知識、法務対応などが不足している場合は対応に限界がある。
    ・維持管理やリーシング業務に時間と労力を取られ、本業に支障をきたす恐れも。
  • 管理クオリティのばらつき
    ・適切なテナント対応ができず、テナント満足度の低下や賃料下落につながるリスクがある。
    ・一括管理システムやテナント管理ソフトなどを導入しないと、情報管理の非効率やミスが起こる可能性が高い。

2. ビルメンテナンス会社への管理業務委託方式

概要

  • 設備管理・清掃・警備など、建物のメンテナンス領域を専門とする会社に委託する方式。
  • テナント募集や契約管理についてはオーナーが直接行う場合も多いが、維持管理に関する技術的な部分はビルメンテナンス会社が担当。

メリット

  • 設備管理・清掃などの専門性確保
    ・建物のハード面のメンテナンスに特化しているため、専門的な対応が期待できる。
  • 部分的なアウトソーシングで柔軟性
    ・オーナーが賃貸管理やリーシングは自前で行いたい場合でも、施設管理だけ委託できる。

デメリット

  • 賃貸管理はオーナー負担
    ・テナント募集や賃料交渉などの専門知識・手間はオーナー側に残る。
    ・リーシング戦略などはビルメンテナンス会社の範囲外となり、総合的なサポートは期待しづらい。
  • 管理範囲の調整が必要
    ・ビルメンテナンス会社がどこまでを対応するのか、契約・コストとのバランス調整が煩雑になる可能性がある。

3. サブリース会社に一括賃貸方式

概要

  • 不動産所有者がサブリース会社に建物全体を一括で貸し出し、サブリース会社が転貸借契約を行う方式。
  • サブリース会社は一定の保証賃料をオーナーに支払い、テナントへの転貸で利益を得るモデル。

メリット

  • 安定収入の確保
    ・サブリース会社と契約で定めた賃料が保証されるため、空室リスクをサブリース会社が負担する形になる。
  • 管理業務の大幅軽減
    ・テナント対応、賃貸管理はサブリース会社側が行うため、オーナーの管理負担は小さい。

デメリット

  • 保証賃料の引き下げリスク
    ・市場環境や契約更新のタイミングで、サブリース会社から賃料の減額要請がなされるケースがある。
    ・「空室保証」と言いつつ一定期間後に契約見直しが入ることも多い。
  • オーナーの収益アップ余地の制限
    ・市場賃料が上昇しても、サブリース契約上の賃料が固定的に決まっていると、追加の収益獲得機会を逃す可能性がある。
  • サブリース会社の経営リスク
    ・サブリース会社が経営不振に陥った場合、安定収入が保証されないリスク。

4. 不動産ファンド組成による証券化方式

概要

  • 不動産所有者がビルをSPC(特別目的会社)などに移転し、そのSPCが発行する証券(不動産投資信託・私募ファンドなど)を投資家に販売する形で資金を調達し、管理運営を行う方法。
  • 組成したファンドやJ-REITなどの運用会社(アセットマネジャー)がPM会社やビルマネジメント会社を統括し、運営管理にあたる。

メリット

  • 資金調達とリスク分散
    ・オーナーは資産の流動化や現金化が可能となる。
    ・投資家から資金を集めることで、開発投資やリニューアルに資金を充当しやすい。
  • 専門的かつ高度な運営
    ・アセットマネジメント会社が運用戦略を立案し、PM会社が実務を担当するため、プロ同士による高度な運営が期待できる。
  • 物件価値向上による収益最大化
    ・ファンドの運用成績を向上するために資産価値向上施策(リニューアル投資・テナント誘致など)が活発に行われる傾向がある。

デメリット

  • 所有権の希薄化
    ・実質的にオーナーが物件をファンドに売却して、オーナー自身は出資者のひとり・または運用会社という立場になる場合もあるため、自由度が下がる。
  • ファンド組成コスト
    ・設立費用、投資家への分配、アセットマネジメント報酬など、コストが多岐にわたる。
  • 運用体制の複雑化
    ・ファンド規約、投資家対応、金融商品取引法などの法規制への対応など、運用上の制約やコンプライアンス負荷が増える。

6. まとめ/不動産所有者の視点

  • プロパティマネジメント方式は、総合的な管理を専門家に委託しながらも、所有者が主導権を保ちやすい点が最大の特徴です。管理コストは発生するものの、テナント満足度向上や収益最大化に向けたノウハウが得られます。
  • 直接運営管理方式は、オーナーが主体となり管理コストを抑えられる一方、専門知識や人的リソースが必要となります。本業をもつ法人や個人オーナーにとっては、時間やノウハウ面の負担が大きい可能性があります。
  • ビルメンテナンス会社への委託方式は、建物設備や清掃・警備などのハード面管理が中心で、賃貸管理面がカバーされない場合が多いことに留意が必要です。
  • サブリース会社への一括賃貸方式は、オーナーの安定収益確保に繋がりますが、賃料の見直しやサブリース会社の経営リスクが伴います。また、上昇局面での収益拡大の余地が制限される可能性があります。
  • 不動産ファンド組成による証券化方式は、大規模な物件や開発案件で活用されることが多く、資金調達やリスク分散と引き換えに、所有権・運営の自由度が低下するなど、オーナーの立ち位置が変わる点に注意が必要です。

選択のポイント

  • 運営コストとリソースのバランス
    ・オーナーの人的リソース(専門知識・組織体制)が十分か、どの程度の管理コストをかけられるかが大きな分かれ道。
  • リスク許容度
    ・空室リスクや賃料下落リスクをどこまでオーナー自身が負担するか。サブリースの場合はリスク移転が期待できるが、その分リターンの上限も限定されやすい。
  • 物件の規模・性質
    ・小規模物件であれば、PM会社やメンテナンス会社に支払うフィー割合が大きくなり不利になる場合も。大規模物件なら不動産ファンド組成による資金調達がメリットをもたらすことがある。
  • 事業戦略・資金戦略
    ・自社ビジネスと不動産事業をどのように位置付けるか、長期保有か短期売却か、などの経営方針に応じて最適な運営スキームが異なる。

結論

  • プロパティマネジメント方式は、ビル運営を総合的にカバーでき、オーナーの戦略や方針も反映しやすいため、最もオーソドックスかつバランスの取れた方法と思われます。
  • 一方で、オーナー自身のリソース状況やリスク許容度、物件の性質・規模によっては、直接運営やサブリース、不動産ファンド組成など他の方式を選択するほうが適している場合もあります。
  • 重要なのは、物件価値・収益性の最大化とオーナーの負担・リスクが最適化されるかどうかという視点で選択することです。オーナーとしては、これらの方式を比較検討しながら、経営戦略に合致した運営スキームを選定する必要があります。

第8章 プロパティマネジメントの歴史

8.1 米国におけるプロパティマネジメントの歴史

  • 19世紀末~20世紀初頭:不動産投資の拡大と管理の分化
    都市化に伴う人口増で不動産投資が活況となり、管理業務を外部に委託する仕組みが始まる。
  • 1920~1930年代:大恐慌と管理専門職の成立
    世界恐慌で不動産市況が低迷し、商業不動産やアパートの管理専門業者が台頭。
    1933年にIREM(The Institute of Real Estate Management)が設立され、教育・資格制度が整備され始める。
  • 戦後~1950・60年代:サブアーバニズムとプロパティマネジメント業の拡張
    郊外住宅地や大規模開発が増え、全国規模でプロパティマネジメント会社の需要が拡大。
  • 1970~1980年代:不動産投資の高度化と専門性向上
    REITやファンドの隆盛により、投資家のニーズに応じたバリューアップ・財務分析が進化。
  • 1990年代以降:グローバル化とIT技術の導入
    大手プロパティマネジメント会社が海外へ展開し、システム化・データ活用が急速に進む。

8.2 日本におけるプロパティマネジメントの発展

  • バブル期以前~1990年代:ビル管理からプロパティマネジメント概念の導入
    従来は設備保守や清掃中心だったが、バブル崩壊後に「投資資産としての不動産」視点が浸透し始める。
  • バブル崩壊後~2000年代前半:投資視点の導入とプロパティマネジメント需要の高まり
    不動産不良債権や空室率増加により、本格的なプロパティマネジメント手法が米国から導入される。
    2000年にJ-REITが導入され、投資運用ニーズが拡大。
  • 2000年代中盤~2010年代:プロパティマネジメント会社・AM会社の台頭と専門化
    アセットマネジメント(AM)とプロパティマネジメントの分業体制が確立。大手・外資系の参入で専門性が飛躍的に向上。
  • 2010年代~現在:個人オーナー・中小物件への浸透と多角化
    不動産投資の裾野拡大とIT活用が進み、シェアオフィスや高齢者住宅など多様な運用形態に対応。

8.3 日米の違いと相互影響

  • 制度面・商習慣の違い
    米国はプロパティマネジメント関連資格や法制度が早期から整備、日本は宅建業法や分業体系が複雑。
  • 投資文化の違い
    米国では不動産売買が機動的に行われ、日本はバブル崩壊後に徐々に投資志向が高まった。
  • 相互影響
    日本でもAMと連携した米国型プロパティマネジメントが広まる一方、日本独自のきめ細かなサービスが海外で評価されつつある。

第9章 専門家ネットワークの活用

プロパティマネジメントの現場では、テナントや近隣とのトラブルが訴訟や法的手続きに発展することもあります。プロパティマネジメント会社は弁護士・司法書士・税理士・建築士など専門家ネットワークを活用しながら問題を解決します。

  • 法務専門家との連携
    ・賃貸借契約の法的レビュー
    ・トラブル・クレーム対応、訴訟手続きサポート
    ・立ち退き
    ・滞納者からの債権回収
  • 税務・財務専門家との連携
    ・不動産所得の申告・税務アドバイス
    ・キャッシュフロー分析や相続・贈与の相談
  • 不動産鑑定士・調査会社との連携
    ・適正賃料算定や物件評価額の把握
    ・物件デューデリジェンス(DD)支援
    ・売却時の境界・地積等の測量
  • 建築士・設備エンジニアとの連携
    ・法的適合性や安全性の確認
    ・リニューアル・耐震補強などの企画
    ・売却時のエンジニアリングレポート作成対応

プロパティマネジメント会社が担う主な役割

  • 初期窓口対応と専門家手配
  • 専門家選定のサポート・コーディネート
  • 専門家候補の抽出・提案の選定作業
  • 必要資料の整理・提供
  • オーナーへの報告・提案
  • 和解交渉や行政対応の実務代行

注意すべきポイント

  • 契約範囲・費用負担の明確化
  • 専門家との契約形態と報酬体系の確認
  • 守秘義務や個人情報の取り扱い
  • オーナーの意思決定プロセスの確立
  • プロパティマネジメント会社の法務実績・ノウハウ確認

第10章 プロパティマネジメント会社との利益相反

プロパティマネジメント会社とオーナーの間では、報酬形態や業務範囲によって利益相反が生じる可能性があります。主なケースと対策は以下のとおりです。

  • 賃料設定やテナント誘致における相反
    ・低賃料で空室を早期に埋めたいプロパティマネジメント側 vs. 高賃料で収益を取りたいオーナー側
    ・対策:賃料ライン設定、客観的な市場データ活用、報酬体系の工夫、セカンドオピニオン、条件改訂履歴の把握
  • メンテナンス・修繕工事に関わる相反
    ・自社グループへの高額発注など
    ・必要性のない作業・工事の提案
    ・コスト削減を優先するあまり仕様不足により追加工事が発生するなど却ってコスト上昇となる
    ・対策:相見積もり取得、一定額以上の発注はオーナー承認、手数料開示
  • 自社案件優先や情報操作
    ・プロパティマネジメント会社が同地域で自社物件を優先的にリーシングするリスク
    ・対策:リーシング報告義務、複数仲介会社の併用、競合物件との優先順位ルール明文化
    ・留意点:このリスクは理論上のリスクに過ぎず、実際にそのような対応ができるプロパティマネジメント会社であれば、リーシング能力が極めて高いため、結果的に競合物件より早期成約が見込まれることが通例。そもそも物件選択権はテナントにあるため自社物件を優先したと認識できても実際にはテナント選定の結果に過ぎず、その峻別は極めて困難である。従って、そのような懸念がある場合、プロパティマネジメント会社に納得できるよう説明を求めるのが先決と思われる。
  • テナント交渉時の不公平
    ・プロパティマネジメント会社がトラブル回避を優先し、オーナーに不利な条件を飲ませるリスク
    ・オーナーが事前に提示した条件のなかで最もテナントに有利な形で合意となるリスク
    ・対策:重要交渉は事前協議、定期的なレポート・コミュニケーション
    ・留意点:プロパティマネジメント会社の姿勢に不満を感じる場合が頻繁に生じる場合はプロパティマネジメント会社に納得できるよう説明を求めるのが先決と思われる。オーナー自身で交渉することが可能であればその対策も検討されたい。そもそもプロパティマネジメント会社にとってオーナーがクライアント(発注者)であり、オーナー利益を阻害するのは極力避けるのが通常の企業の判断なので、そのようなリスクは理論的に存在しつつも、実務的にどこまで発生し得るかはプロパティマネジメント会社の方針というより、プロパティマネジメント担当者個人の問題の可能性も含めて確認すべき点と思われる。
  • 情報開示不足や不正確な報告
    ・レポートの改ざんや費用過大計上
    ・対策:第三者監査、明細レベルでのデータ共有、システム導入による可視化
    ・留意点:プロパティマネジメント会社の単純なミスの可能性もある。そのようなミスが発生しないような対策としてどのような対応をしているかを確認することが先決と思われる。
  • プロパティマネジメント会社の体制
    ・リソース不足。料率の安いプロパティマネジメント会社は担当するプロパティマネージャーの担当物件が多いため、対応力に制限がある場合がある。
    ・対策:システム導入(DX化)による可視化、業務量の把握
    ・留意点:標準的な不動産運営管理システムが存在しないため、ビルオーナー毎に異なるシステム対応が必要など生産性向上には限界がある。そのため料率の比較でなく、案件によるプロパティマネジメント会社収入を想定のうえ、利益率が妥当な水準であるかを検討する必要がある。

利益相反を回避・軽減するための基本姿勢

  • 契約書への明文化
  • 透明性の確保(レポートの客観性・監査体制など)
  • 複数業者・専門家との比較検討
  • 定期的なコミュニケーションとモニタリング
  • オーナー自身の知識・意識向上

第11章 不動産の投資価値向上とは

「投資価値向上」 とは、物件がより高い評価額・賃貸需要・収益性を得る状態を指します。例えば:

  • 評価額・売却価格の上昇
  • 賃料アップや空室率改善
  • 優良テナントの長期入居による安定性向上
  • ブランドイメージの向上

投資価値を向上させるための主な取り組み

  • バリューアップのための資本投下
    ・リノベーションや修繕、設備更新
    ・省エネ・環境配慮型改修(ESG投資対応)
  • マーケティング・ブランディング強化
    ・ターゲット層の明確化
    ・統一感あるデザインやネーミングの導入
  • 資金調達や資本政策の最適化
    ・金利や物件価値を踏まえたリファイナンス
    ・不動産ファンドやリートとの協働
  • 地域社会・行政との連携
    ・再開発や公共プロジェクトと絡めて物件価値を底上げ
    ・地域コミュニティへの貢献による周辺環境の向上
  • アセットマネジメント(AM)との連携
    ・ポートフォリオ全体で売却・買い増しを最適化
    ・プロパティマネジメント現場情報をAMが投資判断に活用

第12章 プロパティマネジメント会社のDX化

日本の不動産管理業界は近年、不動産テック(IT・クラウドサービス)や電子契約の解禁などでDX化が進んでいますが、他業種に比べるとまだ十分とはいえません。

1.クラウド型賃貸管理システムの導入

  • 入出金や契約管理の効率化
  • 主なシステム例:「@Propert」「イタンジBtoB」「ReDocS」など

2.契約関連の電子化

  • IT重説や電子契約の普及
  • 法的要件やオーナー・借主の理解が必要

3.入居者アプリ・IoT活用

  • スマホから修繕依頼や入退室管理
  • 故障予兆検知や省エネ監視システム

4.DXを阻む要因と今後の動向

  • 法規制や商習慣の複雑さ
  • システムのカスタマイズ負担
  • 大手企業の積極導入により競合優位性を高める流れが加速
  • “業界標準”と呼べるシステムはまだ確立されておらず、今後プラットフォーム競争が本格化

第13章 プロパティマネジメント会社の特徴

以下に、各プロパティマネジメント会社の特徴をより具体的に解説し、代表的な企業例や活用メリットを加えて内容を充実させました。プロパティマネジメント会社を選定する際のポイントとしてご参考ください。

1. 不動産仲介会社が母体のプロパティマネジメント会社

特徴

  • リーシング(賃貸募集・テナント誘致)力の高さ
    もともと不動産仲介業務を得意としているため、賃貸需要に関する情報やテナントのネットワークが豊富。空室対策やテナント誘致では強みを発揮し、物件の稼働率向上を目指しやすい。
  • マーケット情報の収集力
    日常的に取引事例や市況データを扱っているため、賃料設定や市場動向を踏まえた運営計画が立てやすい。

代表的な企業例

  • シービーアールイー株式会社
    シービーアールイー株式会社のプロパティマネジメント業務は、グローバルな視点と国内の豊富な実績を活かし、不動産資産の価値最大化や安定運用を実現する総合的なサービスが特徴です。テナント誘致から施設の維持管理、リスク管理、さらにはESG対応に至るまで、幅広い領域をカバーし、オーナーや投資家にとって頼れるパートナーとして機能しています。
  • ジョーンズラングラサール株式会社
    ジョーンズラングラサール株式会社のプロパティマネジメント業務は、グローバルで培った先進のノウハウと国内マーケットの特性を組み合わせ、オーナーに最適化された資産運用をサポートすることが特徴です。テナント誘致やリレーション強化、IT・データ分析の活用、長期的な修繕・リニューアル戦略、そしてESG・サステナビリティへの対応など多角的な観点から不動産価値の最大化を目指しています。グローバルな視点と高水準のコンプライアンス・リスク管理体制を活かし、質の高いサービスを提供することにより、オーナーや投資家の多様なニーズに応えています。

活用メリット

  • テナント誘致や賃貸管理を重視したい場合に有効
    入居率の確保、退去後の新規テナント募集スピード向上が期待できる。
  • 最新のマーケット情報を活かした賃料設定や物件活用
    相場観に基づいた提案が得られ、収益最大化を図りやすい。

2. 不動産デベロッパーが母体のプロパティマネジメント会社

特徴

  • 開発や運営計画のノウハウが豊富
    新築開発や再開発の経験があり、建築・設計段階から携わることで長期的視点で物件の価値を高める戦略を得意とする。
  • 資産価値の向上施策
    大規模修繕・リノベーション、コンバージョン(用途変更)などを検討し、資産価値を中長期的に高める。

代表的な企業例

  • 三井不動産ビルマネジメント株式会社
    三井不動産ビルマネジメントのプロパティマネジメント業務は、「三井不動産グループとしての総合力」「多様な用途や大規模案件への対応力」「建物価値向上を重視した管理・リーシング」「最新技術やノウハウの活用」「防災・セキュリティ面での高い安心感」「サステナビリティへの配慮」といった点が大きな特徴です。総合デベロッパーグループの強みを活かしつつ、きめ細かな運営と資産価値向上の両立を目指したサービスが強みとなっています。
  • 三菱地所プロパティマネジメント株式会社
    丸の内エリアの大規模再開発などを手がけてきたノウハウを基に、全国の大型ビル・商業施設のPMを行う。
    ・三菱地所プロパティマネジメントのプロパティマネジメント業務は、
    ・三菱地所グループの総合力
    ・大規模・複合再開発に対応できる豊富な実績とノウハウ
    ・ブランドイメージと建物価値を高める運営戦略
    ・防災・セキュリティ面での高度なリスクマネジメント
    ・ICT・IoTを取り入れた効率的かつ先進的な管理体制
    ・ESG/サステナビリティへの強いコミットメント
    などを強みとしており、大型オフィスビルから商業施設に至るまで、総合的かつ高品質なプロパティマネジメントサービスを提供しています。
  • 東急不動産SCマネジメント株式会社
    東急不動産が開発・運営を行うショッピングセンターなどのマネジメントを手がける。東急不動産SCマネジメントのプロパティマネジメント業務は、単なる建物管理にとどまらず、商業施設の収益最大化と価値向上を包括的に支援する総合力が特徴です。東急グループのネットワークや街づくりの視点を活用しながら、テナント誘致・契約管理からイベント企画、地域連携、環境対応まで多岐にわたる業務を一貫して行う点が強みといえます。商業施設の運営と社会的・地域的な意義の両面を重視し、サステナブルかつ魅力ある施設づくりに取り組む姿勢が、東急不動産SCマネジメントのプロパティマネジメントの大きな特色です。

活用メリット

  • 長期的視点で物件の運営を考えたい場合に有効
    開発・再開発案件の実績が豊富で、投資回収や収益性を踏まえた提案が可能。
  • 施設全体のブランディングや価値向上施策に強み
    大規模商業施設や複合施設などの運営にも長けており、収益改善のアドバイスを受けやすい。

3. 建物管理会社が母体のプロパティマネジメント会社

特徴

  • 清掃や設備メンテナンスのオペレーションに強み
    日常清掃や定期点検、設備保守などの品質が高く、コスト管理やトラブル対応にも迅速に対応できる。
  • 建物管理の専門知識・資格者が多数在籍
    設備管理技術者やビルクリーニング技能士など、管理面での資格保有者が多く、建物の安全性と快適性を重視する運営が可能。

代表的な企業例

  • 東京キャピタルマネジメント株式会社
    大手管理会社 日本管財グループ企業
    東京キャピタルマネジメント株式会社のプロパティマネジメント業務は、不動産投資やアセットマネジメントと強く連動した視点で行われている点が大きな特徴です。オーナーの収益最大化やリスク軽減を意識しながら、以下のポイントを包括的にサポートします。
    1. 投資家目線・オーナー目線に立ったバリューアップ提案
    2. 多様な用途への対応と専門チームによる柔軟なPM業務
    3. リーシング戦略とテナントマネジメントの強化
    4. 建物・設備管理を通じたコスト最適化と品質維持
    5. 透明性の高いレポーティングとコミュニケーション
    6. ESG/サステナビリティを意識した運営手法
    こうした総合力を発揮することで、東京キャピタルマネジメントは長期的・持続的な資産価値向上を目指すオーナー・投資家のパートナーとして、プロパティマネジメントサービスを提供しています。
  • 日本ハウズイング株式会社
    管理会社本体がプロパティマネジメント業務を受託する体制。国内トップクラスの分譲マンション管理戸数を誇り、ビル・商業施設等の管理にも実績を持つ。
    日本ハウズイング株式会社(本社:東京都新宿区)のプロパティマネジメント業務は、下記のような強み・特徴を備えています。
    1. マンション管理大手としての実績とノウハウ
    2. 多彩な用途(オフィス・商業施設・賃貸住宅など)への対応
    3. 設備メンテナンスから長期修繕計画までの包括的サポート
    4. バックオフィス業務(会計・賃料管理・保険など)の一括代行
    5. 24時間365日体制のコールセンターと緊急対応
    6. コミュニティ形成や生活サポートなどソフト面の充実
    7. サステナビリティ・環境対策に配慮した管理
    これらを総合的に行うことで、居住者・テナントの満足度向上と資産価値維持・向上を両立させるPMサービスを提供している点が、日本ハウズイングの大きな特徴と言えます。最新の事例や具体的なサービス内容は、日本ハウズイング公式サイトや直接の問い合わせにてご確認ください。
  • 株式会社東急コミュニティー
    東急グループの建物管理会社で、首都圏を中心に戸数・棟数ともに多数の管理実績を有する。株式会社東急コミュニティー(本社:東京都世田谷区)のプロパティマネジメント業務は、東急グループの総合力と豊富な管理実績を背景に、以下のような特徴を持っています。
    1. グループネットワークを活かした総合的なマネジメント
    2. マンション管理からオフィスビル、商業施設、公共施設まで多彩な実績
    3. 建物・設備の維持管理と資産価値向上を目指す長期的な視点
    4. リーシング戦略・テナントマネジメントの強化
    5. 24時間365日体制の緊急対応と充実したバックオフィス機能
    6. 環境・地域を意識したサステナビリティ対応
    これらを総合的に行うことで、オーナー・投資家の収益最大化と利用者の満足度向上、さらには街づくり視点の付加価値創出を実現する点が、東急コミュニティーのPM業務ならではの強みといえます。
  • 伊藤忠アーバンコミュニティ株式会社
    伊藤忠アーバンコミュニティ株式会社(本社:東京都中央区)のプロパティマネジメント業務は、以下のような特長を通じてオーナー・投資家の資産価値最大化と利用者・入居者の満足度向上に取り組んでいます。
    1. 伊藤忠商事グループの総合力と信頼性
    2. マンション・オフィス・商業施設・物流施設など多様な管理実績
    3. 建物・設備の予防保全と価値向上を重視した長期的視点
    4. リーシング戦略とテナントマネジメントの強化
    5. 24時間365日のコールセンターと充実したバックオフィス業務
    6. 環境・社会に配慮したESG/サステナビリティ対応
    これらを総合的に実践することで、長期的かつ安定的な運営・収益確保と社会的価値の向上を同時に目指すことが、同社のPM業務ならではの強みといえます。

活用メリット

  • 建物の維持管理・保守品質を重視したい場合に有効
    設備の故障リスク低減やクレーム対応がスムーズで、オーナー・入居者双方の満足度向上に寄与。
  • 運営コスト管理や日常清掃の精度に期待
    日常のオペレーションを熟知しており、コストの最適化を図りやすい。

4. ゼネコン(建設会社)が母体のプロパティマネジメント会社

特徴

  • 工事や修繕に関する知識・ノウハウが豊富
    大規模修繕・改修工事を含め、建設・リフォームが主軸にあるため、建物の構造や工事費の適正化に強い。
  • 技術力や工事の品質管理における強み
    ゼネコンとして培った品質管理手法をPM業務に活かし、耐震補強など専門性の高い提案も可能。

代表的な企業例

  • 鹿島建物総合管理株式会社
    スーパーゼネコン・鹿島建設のグループ会社で、建物管理・PMなどを幅広く手がける。鹿島建物総合管理株式会社のプロパティマネジメント業務は、「鹿島グループの総合力」と「ビル管理の専門性」を掛け合わせて、不動産オーナーが求める資産価値向上とコスト最適化を両立させることを目指している点が最大の特徴です。単なる日常管理だけでなく、建物の維持管理からテナント戦略、リニューアル提案まで、一貫したサポートを提供し、不動産価値を長期的に維持・向上させることに強みがあります。
  • 清水総合開発株式会社
    清水総合開発株式会社のプロパティマネジメント業務は、「清水建設グループの総合力」と「不動産の価値創造」を結びつけ、建物運営から開発・リニューアルまでを一貫してサポートする体制が大きな特徴です。清水建設と連携し、大規模建築物の管理・再開発支援などを推進しています。建物の長期的な資産価値の維持・向上と、オーナーの収益最大化を目指した戦略的な運営管理を実施し、テナントや利用者にとっても安心・快適な空間を提供することに強みがあります。
  • 大成有楽不動産
    大成有楽不動産株式会社のプロパティマネジメント業務は、「大成建設グループの総合力」と「戦略的な運営管理」を融合させ、不動産オーナーの収益向上と資産価値の維持・向上を支援する点に特徴があります。大成建設の知見を活かし、オフィスや商業施設の管理やリニューアル工事を総合的に行います。建物の長期的なライフサイクルを見据えた運営計画や、テナント誘致・管理のノウハウ、安心・安全のリスクマネジメントを組み合わせた総合的なPMサービスを提供していることが強みです。

活用メリット

  • 建物の構造面や長期修繕計画を重視したい場合に有効
    建築の専門家が多く、長寿命化や改修による価値向上に関するコンサルティングが受けやすい。
  • 大規模プロジェクトや特殊用途物件の管理での安心感
    技術・工事力をバックに、トラブル時の緊急対応や特殊設備への対応が迅速。

5. ハイブリッド型(合弁・協業によるPM会社)

特徴

複数の事業領域の強みを兼ね備えることが期待できる。

  • 株式会社エムエスビルサポート
    オフィス不動産仲介会社の三幸エステートと総合デベロッパーの三井不動産の合弁で誕生。三幸エステートはオフィス仲介や移転支援、テナント誘致などで豊富な実績を持つ。三井不動産は大規模開発やオフィスビルの運営、商業施設の開発など総合デベロッパーとして国内トップクラスの実績を誇る。
    リーシング力+開発・運営ノウハウが融合した総合的なオフィスPMサービスを提供しています。

活用メリット

  • 「仲介会社 × デベロッパー」という背景から、リーシング力と開発ノウハウの両面を有する。
  • グループ企業・提携企業との連携により幅広いソリューション、物件の取得・仲介から開発、管理までワンストップで行い、ノウハウやネットワークを相互補完できる。
  • オフィス市場に精通しているため、テナント誘致から建物運営まで一体的にサポートを受けられる。
  • 将来的にビル全体の大規模リノベーションや付帯施設の拡張などを計画する際にも、デベロッパー視点のノウハウを活かせる。

プロパティマネジメント会社選定のポイント

  1. 物件の特性やオーナー側の目的を明確化
  • 賃貸収益の最大化を狙う場合は、賃貸仲介やリーシングに強い会社。
  • 長期の運営計画や再開発を念頭におくなら、デベロッパー系。
  • 建物管理の品質重視なら、建物管理会社系。
  • 大規模修繕や特殊工事の技術力を求めるなら、ゼネコン系。
  1. 提供メニュー・対応範囲の確認
  • リーシング、管理、設備保全、会計処理など、総合対応が可能か。
  • 一部業務のみ委託する場合でも柔軟に対応してくれるか。
  1. コスト面とサービスのバランス
  • 管理費用が安いだけでなく、対応品質や緊急時のリスク管理能力も重要。
  • ランニングコストと修繕積立を含めた長期的なコスト試算を比較検討する。
  1. 実績と信頼性
  • 取り扱い物件の類似事例や管理実績をヒアリング。
  • 担当者の経験や会社のサポート体制(24時間緊急対応など)の有無をチェック。

まとめ

プロパティマネジメント会社は、その母体企業の特性や専門領域によって「リーシング」「開発・運営計画」「建物管理」「工事・修繕」など得意分野が異なります。しかし、各社とも総合的なPM業務をカバーしている場合が多く、必要に応じて提携先企業やグループ会社と連携し、専門外の業務にも対応します。
重要なのは、自身の所有物件の現状や将来的なビジョンを踏まえて、最適なパートナーを見つけることです。賃貸収益を重視するのか、建物の長寿命化や改修を重視するのか、ブランディングや資産価値向上を優先するのかなど、目的に合ったプロパティマネジメント会社の選定をおすすめします。

第14章 プロパティマネジメント業務関連キーワード

以下に、プロパティマネジメント(PM)業務において押さえておきたい主なキーワードと、その概要をまとめました。各用語の理解を深めることで、効率的かつ戦略的な管理業務が可能になります。

プロパティマネジメント(Property Management)

不動産の管理・運営に関する業務全般。建物の維持管理、テナント対応、賃貸借契約管理、収支管理などを含む。


リーシング(Leasing)

テナントの誘致・契約締結・更新交渉などを通じて空室を埋め、稼働率を高める活動。


稼働率(Occupancy Rate)

建物や施設などの賃貸可能面積・戸数のうち、実際に賃貸契約が成立している割合。投資収益性の重要な指標。算定方法に注意が必要。


レントロール(Rent Roll)

各テナントの契約賃料・契約期間・支払い状況などを一覧化した資料。管理の現状を把握し、収益予測・キャッシュフロー分析に活用。


PMレポート(Property Management Report)

プロパティマネジメント会社がオーナーに提出する管理報告書。収支やテナント動向、クレーム状況などをまとめる。意思決定や改善提案に必要な資料。


キャッシュフロー(Cash Flow)

賃料収入・駐車場収入などのインカムと、修繕・光熱費・管理費用などのアウトフローの差し引きを管理・分析することで、資産運用の健全性を把握。


AM・アセットマネジメント(Asset Management)

AMは不動産の資産運用戦略を立案・実行、PMは不動産の現場管理や日常運営を担う。両者の連携が重要。


サブリース(Sublease)

管理会社や転貸事業者が、物件を一括借上げしてサブリース契約を行う仕組み。空室リスクを軽減できるが、契約内容次第でオーナー・借り手双方に影響が及ぶ。


CAM(Common Area Maintenance:共用部管理費)

商業施設やマンション等の共用部分の維持管理に充当する費用。清掃や警備、照明、空調などが対象。


長期修繕計画(Long-Term Repair and Maintenance Plan)

建物の老朽化対策や設備更新に関する計画。費用を計画的に積み立て、物件の価値を維持・向上させるための戦略的な取り組み。


設備管理(Facility Management)

建物内の空調・電気・給排水・エレベーターなどの設備を最適な状態で維持する業務。故障リスクやクレームを抑え、快適な居住・利用環境を提供。


テナントリテンション(Tenant Retention)

既存テナントとの良好な関係を維持し、更新率を高める施策。クレーム対応や定期的なコミュニケーション、設備改善などが含まれる。


リスクマネジメント(Risk Management)

自然災害・経済情勢の変動・法規制の変更などのリスクを分析・評価し、事前に対策を講じること。保険の活用も含む。


コンプライアンス(Compliance)

建築基準法、消防法、宅地建物取引業法など関連する各種法令や条例を順守すること。違反が発覚すると事業停止やイメージダウンにつながる。


収益管理(Revenue Management)

家賃設定・テナント構成の最適化、キャンペーンの活用などで収益を最大化するための戦略的取り組み。


支出管理(Expense Management)

共用部の光熱費や修繕費、清掃費用などのコストを最適化・削減するための管理。定期的に見直しを行い、バランスの取れた運営を目指す。


資産価値向上(Asset Value Enhancement)

建物改修や共用部リニューアル、サービス向上などを通じて不動産のバリューアップを図る。テナント満足度の向上や、投資家へのアピールにも繋がる。


不動産投資信託(REIT: Real Estate Investment Trust)

多数の投資家から資金を集め、不動産に投資する商品。PM業務においては、報告体制や運営の透明性が重視される。


サステナビリティ(Sustainability)

建築物の省エネルギー化や環境負荷の低減、入居者の快適性向上を目指す取り組み。ESG投資の流れで重要度が高まっている。


デューデリジェンス(Due Diligence)

不動産取得時や売却時に行う徹底的な調査・査定。物件の法的リスク・建物状況・収支状況などを把握し、正確な価値を判断するためのプロセス。


コンストラクションマネジメント(Construction Management)

建築・改修工事などの計画立案から施工管理までを総合的にマネジメントする業務。品質・コスト・スケジュールをコントロールし、資産価値の維持・向上を図る。

第15章 プロパティマネジメント業務のまとめ

プロパティマネジメントは、不動産の運営管理を「収益最大化・投資価値向上」という観点で行う総合サービスです。

  • 空室率抑制や賃料アップ、バリューアップ提案に強みを持つ一方、高度な専門知識・ネットワーク・コストが必要。
  • オーナー側は、プロパティマネジメント会社のノウハウ・実績・得意分野を把握し、費用対効果とコミュニケーションを重視。
  • 長期的視点でパートナーを選び、投資戦略を慎重に立案・遂行することで、収益と資産価値の向上を実現できる。

最終的なポイント

  • プロパティマネジメント会社選び
    オーナーの物件特性と合致するプロパティマネジメント会社を選び、実績や報酬形態などを契約段階で十分に確認する。
  • 投資価値向上
    バリューアップ施策やマーケティング、資金調達戦略を総合的に組み合わせ、キャッシュフローと評価額を高める。
  • DXの活用
    デジタル技術・システムを積極導入し、効率的かつ透明性の高い管理を目指す。
  • 長期的視点での運用
    単年の収益だけでなく、将来的な資産価値やテナントの安定性を考慮して経営判断を行う。

プロパティマネジメントは「不動産投資成功の鍵」を握る重要分野です。オーナーにとっては、プロパティマネジメント会社との適切な協力関係の構築が、収益性向上と資産価値アップの大きな一歩となるでしょう。

執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ 
代表取締役
羽部 浩志

1991年東京大学経済学部卒業 ビルディング不動産株式会社入社後、不動産仲介営業に携わる
1999年サブリース株式会社に転籍し、プロパティマネジメント業務に携わる
2022年サブリース株式会社代表取締役就任(現職) ライフワークはすぐれた空間作り

2025年8月25日執筆

羽部 浩志
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「第一印象」で決まる!築古・賃貸オフィスビルの空室対策・実務チェックリスト

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「「第一印象」で決まる!築古・賃貸オフィスビルの空室対策・実務チェックリスト」のタイトルで、2025年11月25日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。 目次はじめに:築30年を超える賃貸オフィスビルが“選ばれる”ために、いま見直すべき視点とは第1章:テナントが見ている“最低条件”をオーナーは理解しているか?第2章:第一印象は設備投資せずに変えられる第3章:築古物件でも「見せ方」で印象は変えられる第4章:コストをかけずに「管理が行き届いている」と感じさせる方法第5章:賃料を下げる前にすべき「小さな改善」の積み重ね第6章:テナント満足度を上げる“ソフト管理”の視点第7章:改善の進め方──実行ステップとチェックリスト第8章:築古・中小規模・賃貸オフィスビルの競争力は「判断」と「段取り」で決まる はじめに:築30年を超える賃貸オフィスビルが“選ばれる”ために、いま見直すべき視点とは 東京23区、特に都心5区(千代田・中央・港・新宿・渋谷)には、築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルが数多く存在しています。大量供給された1970年代後半〜1990年代の建築ストックが、今まさに老朽化のピークを迎えています。データによれば、都心部の中小規模の賃貸オフィスビルにおける平均築年数は34年を超えており、2030年代には50年を超えることも見込まれています。そうした中、築古ビルを所有するオーナーの多くが共通して抱えている悩みがあります。「空室が埋まらない」「フリーレントをつけても決まらない」「仲介担当者の内見すら入らない」──これらは決して珍しい悩みではなく、今や築古・賃貸オフィスビル市場における“標準的な困難”となっています。しかし一方で、同じ築年数、同じような立地条件であっても、満室を維持し続けている築古ビルがあるのも事実です。彼らはどこに差をつけているのか? どんな工夫や改善をしているのか? そして、それは本当に多額のコストや大規模なリニューアルを必要とすることなのか?本稿では、「築古だからこそ必要な視点と判断」を軸に、“選ばれるビル”になるための実務ポイントを、管理・運営・リーシングの観点から整理していきます。対象とするのは、延床面積5000㎡未満(=約1500坪以下)、かつ築30年超の中小規模の賃貸オフィスビル。都心部において最もストックが多く、同時に「古さ」によって差別化が難しいゾーンです。重要なのは、「建物が古い」こと自体が致命的ではないという認識です。実際に空室を埋め、賃料を維持し、安定的に収益を上げている築古ビルは、共通して「選ばれる理由」を的確に整えている傾向があります。それは必ずしも、建物そのものの物理的価値ではなく、“見せ方”や“伝え方”、“手の入れ方”といった運用の工夫に支えられていることが多いのです。このコラムでは、「今すぐ見直せる5つの実務ポイント」として、築古ビルの第一印象の整え方から、テナント満足度を高めるソフト管理、オーナーの意思決定プロセスまで、実務に役立つ具体的な視点を提示していきます。次章ではまず、内見者やテナントが“最初に見ている場所”、すなわち「第一印象」の重要性と、それをオーナー自身が正しく理解できているかを見直すところから始めます。 第1章:テナントが見ている“最低条件”をオーナーは理解しているか? オフィスビルの内覧で最初に判断されるのは、賃料や設備性能の優劣ではなく、「第一印象」です。テナント企業の総務担当や仲介会社の案内担当が、現地で最初に視認するのはエントランスの雰囲気、共用部の明るさ、そしてトイレや廊下の清潔さです。これは実務の現場で、何度も繰り返されている光景です。築年数そのものが問題なのではありません。「築古に見える」「古びたまま放置されているように見える」ことが問題なのです。建物の構造や法規制上の条件で変えられない部分は多いとしても、第一印象の大部分は“整えているかどうか”で大きく変わります。仲介担当者の案内ルートに潜む“判断ポイント”例えば、仲介担当者がテナント候補と現地を訪れたとします。彼らが案内するルートは概ね以下の流れです。1.建物の外観を遠目に確認(ファサードの清潔感、雑然としていないか)2.エントランスに入る(光の入り方、床や壁の手入れ、匂い)3.エレベーターで上階へ(エレベーターホールの照明・清掃状態)4.貸室前の共用廊下(明るさ、足音の響き方、掲示物の有無)5.室内を確認(窓からの視界、天井高、間取りの自由度)6.トイレ・給湯室の確認(清掃の丁寧さ、古さと手入れのギャップ)この流れのなかで、テナント候補者は「このビルはちゃんと管理されていそうか」「入居後のイメージが持てるか」を数分で判断します。どれも派手な設備投資をしなくても改善できる要素ばかりですが、それを放置していれば、「築古のわりに手が入っていない」という印象に直結してしまいます。“選ばれない理由”は、設備ではなく印象の問題ビルオーナーが抱える“空室が決まらない”という悩みの多くは、こうした初期印象の管理に起因しています。仲介担当が物件を見に来て、案内すらせずに「ここはやめておきます」と引き返す事例も、決して珍しくありません。問題は「間取りが悪い」「設備が古い」といった構造的な欠点だけではなく、「印象が悪い」というもっと曖昧で、しかし強力な要因なのです。ある仲介会社の営業担当者はこう語っています。「築年数が古いビルでも、共用部が整理されていて、照明やトイレが清潔だと、テナントには『ちゃんとしているビルだな』という印象が残ります。逆に、細部に無頓着なビルは、その時点で内覧から外すことが多いんです」と。つまり、“選ばれない理由”の多くは、オーナーが思っているほど構造的な問題ではないということです。内見者はオフィスに入る前にすでに判断を始めており、その判断材料となるのが、ビルの「印象=運用の手が入っているかどうか」なのです。オーナーが“気づいていない視点”を補うオーナー自身は、日々ビルを見慣れているため、経年劣化や管理上の“違和感”に気づきにくいことがあります。たとえば、暗いエントランスでも「このビルはこういうもんだ」と感じてしまったり、床のくすみを「まあ仕方ない」と放置してしまったり。こうした“見慣れによる鈍感さ”を補うには、第三者の視点、特に仲介会社や内見者の目線をシミュレーションして、自分のビルを見直す必要があります。日常的な点検とは別に、半年に1回でも「内覧者目線で見る日」を設けてみるだけでも、気づけるポイントは劇的に増えるはずです。次章では、こうした“第一印象”を、設備投資をせずに変える方法──つまり、「非設備系」の実務改善によって実現する“印象改善”の具体策を解説していきます。地味だけれど効果的な、実務ベースのヒントをご紹介します。 第2章:第一印象は設備投資せずに変えられる 築古ビルであっても、限られた予算内で第一印象を改善することは可能です。テナントの心証を大きく左右するのは、必ずしも最新の設備や豪華な内装ではありません。むしろ、「このビルはちゃんと手入れされている」「管理が行き届いている」という安心感が、最初の数分間で印象を大きく左右します。本章では、特別なリノベーションや高額な改修に頼らず、「印象」を変えるための実務的な改善策を整理していきます。見た目は変えられる ── 非設備系改善の可能性築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルでは、構造やレイアウトの根本的な変更は現実的ではありません。しかし、印象は変えられます。それも、案外シンプルな手段で。たとえば、以下のような非設備系の改善項目は、比較的低コストで実施可能です。・照明の色温度統一:共用部やエントランスに異なる色味の照明が混在していると、全体にちぐはぐな印象を与えます。電球色・昼白色のバラつきをなくし、統一感のある色味にそろえるだけで空間の印象が整います。・掲示物や張り紙の整理:共用廊下に雑多な張り紙が並んでいると、それだけで「古びた」印象を与えます。案内板や掲示板は最小限に、内容も整理されているか定期的に確認する必要があります。・目地・継ぎ目の清掃・補修:床タイルや壁紙の継ぎ目に黒ずみやめくれがあると、清掃が行き届いていない印象に直結します。日常清掃では見落とされがちな細部こそ、印象を左右するポイントになります。これらは、設備を新しくせずとも「きれいに整っている」「管理が丁寧にされている」という印象を与える具体的な方法です。モネの絵画に学ぶ「光」と「印象」の関係少し抽象的な話になりますが、印象派の画家クロード・モネの作品には、印象の操作という点で学ぶべきヒントがあります。モネは、同じ風景を「時間帯」「光の角度」「季節」によって描き分けました。対象物そのものを変えなくても、光の当たり方や周囲の色の配置によって、その見え方はまったく違ってくる──これは築古ビルの印象にもそのまま通じます。たとえば、エントランスに朝の自然光がきれいに差し込む時間帯に内見を設定する。あるいは、白熱灯よりもやや白味のある照明に切り替え、清潔感を演出する。このような「光のコントロール」だけでも、古さを魅力に転化することが可能になります。つまり、築古ビルを良く見せるために重要なのは、「何をどう見せるか」「どう整えて見せるか」であり、それは光や構成の工夫次第でいくらでも演出できるということです。管理の丁寧さが“見える状態”をつくるテナントが物件を選ぶとき、最終的に決め手になるのは「ここなら安心して借りられそう」という感覚です。これは、設備スペックではなく、“手入れの気配”から生まれます。具体的には以下のような状態が、「管理されている安心感」につながります。・床の隅にホコリがない・ゴミ置き場が整理整頓されている・トイレの備品が補充されている・窓ガラスがくもっていない・点検報告書が掲示されている(更新されている)これらは、いずれも小さな管理項目ですが、テナントの目には「このビルはちゃんとしているかどうか」の判断材料として映ります。オーナーとして「手が届いている」状態を見せることが、築古ビルのイメージ改善につながる第一歩です。シンプルで整った状態が“清潔感”を生む「古くても清潔感がある」と「古くて放置されている」は、たった一歩の差ですが、その印象の差は極めて大きいのが現実です。モノが多く雑然としたエントランスよりも、何も置かれていない、掃き清められた床と整然としたサインだけの空間のほうが、圧倒的に評価されます。当社が管理するビルでは、「必要以上の什器や装飾は置かない」ことを基本方針としています。余計な飾りや装飾は、古さを目立たせるだけでなく、管理の手が届かなくなる原因にもなりがちです。素材と構成勝負。古いなりに整った状態に仕上げる。それが築古ビルにとってのベストな戦い方です。次章では、こうした「印象」の整え方をさらに進めて、実際のリーシング活動における「見せ方設計」について、写真・図面・内見動線など具体的な実務視点で掘り下げていきます。テナントの心に届く“見せ方”とは何かを、一緒に考えていきましょう。 第3章:築古物件でも「見せ方」で印象は変えられる 築古ビルの空室を埋める上で、最初のハードルとなるのが「内見時の印象」です。建物の構造やスペックを変えられない以上、「見せ方」の工夫こそが勝負の分かれ目になります。この章では、リーシング現場でよくある失敗と、それを避けるための“見せ方設計”の実務ポイントを紹介します。築古であっても、印象は変えられる。それを実現するのが「見せ方」の技術です。共用部は“無意識”に見られている共用部の印象は、内見者の第一印象に直結します。特に築年数の経過したビルにおいては、共用部の雑然さや古さが目立ちやすく、「手入れされていない感」を与えがちです。改善の第一歩は、通路や共用廊下の“見通し”を良くすること。不要な掲示物、古びたマット、掲示板の古い書類などはすべて排除し、壁面をできるだけシンプルに保つ。物理的に変えられなくても、「空間が整っている」「乱れていない」というだけで清潔感と管理の丁寧さが伝わります。また、エントランスやエレベーターホールの視認性を高めるためには、照明の色温度を揃え、汚れやすい角部分を丁寧に清掃することも有効です。ポスターやテナント掲示も必要最小限に抑え、乱雑さを感じさせない工夫が大切です。トイレ・給湯室の“案内動線”は事前に整えるトイレや給湯室は、「最も印象を左右する」箇所でありながら、見せ方に配慮されていないことが多い場所です。よくあるのが、「内見時に急ごしらえで片付ける」という対応。しかし、それでは印象改善にはつながりません。むしろ「普段は手入れされていないのでは?」という逆効果になることも。理想は、「内見前に慌てて掃除しなくても、常に見せられる状態に保っておく」ことです。具体的には、・トイレットペーパー・ハンドソープの補充状況・洗面ボウルの水垢・カビの有無・床の水滴やゴミの有無・使用中の備品が乱雑に置かれていないかといった点をチェックし、定期的に“内見モード”に整えておくルールを作ることが、結果的に印象改善につながります。ポータルサイト用写真の撮り方と順序にこだわるリーシング活動において、ポータルサイト上の写真は極めて重要な判断材料です。ところが築古ビルでは、「内装が古いから」といって写真に力を入れないケースが目立ちます。しかし、築年数が古くても、“撮り方”次第で印象は大きく変わります。たとえば:・照明をすべて点け、日中の自然光が入る時間に撮影・床・壁の清掃を済ませてから撮影・極端な広角や歪みのある写真は避け、テナント目線の高さから撮影さらに、「撮影順序」にも工夫が必要です。エントランス→共用部→貸室内部→眺望という流れで掲載することで、閲覧者に「段階的に印象が良くなる」構成を作ることが可能になります。また、築古物件の魅力を伝えるうえで、無理に新築物件のように“整いすぎた”演出をする必要はありません。「整っている」「きちんと手入れされている」ことが伝わるだけで、十分な価値訴求になります。仲介担当者が「案内しやすい」と感じるビルとは?意外に見落とされがちですが、物件が選ばれるかどうかは、「仲介担当者が案内したくなるかどうか」にも左右されます。たとえば、以下のようなポイントは仲介担当者の負担を軽減し、「紹介しやすい物件」として記憶される要因になります:・エントランスや受付の動線がわかりやすく、鍵の受け渡しがスムーズ・エレベーターや共用部に案内しやすいルートが確保されている・トイレや給湯室が清掃されており、「見せても大丈夫」と安心できるこうした“案内性の高さ”は、結果的に紹介回数を増やすことにつながり、空室対策として大きな意味を持ちます。物件資料の更新も「見せ方設計」の一部最後に、物件資料(図面・スペックシート)の更新も、見せ方の重要な要素です。図面が古く、テナントレイアウトの参考にならない。あるいは、天井高・床仕様・エレベーター基本情報・建物の構造などの基本情報が抜けている。このような状態では、テナントの検討が進みません。「図面のわかりやすさ」と「スペックの明記」は、築古物件においてはとくに重要です。たとえスペックが高くなくても、明記されていれば「それでも検討する」余地はあります。逆に不明な部分が多いと、それだけで候補から外されるのが実情です。印象は、物件そのものの価値以上に、見せ方と整え方で変えることができます。築古ビルこそ、“どう見せるか”に本気で取り組むことが、選ばれるための最短距離です。次章では、こうした“見た目の工夫”に加えて、「管理の見える化」「日常運用の丁寧さ」といった、オーナーの関与を感じさせる要素について深掘りしていきます。築古ビルの価値は、運営の質でこそ示されます。 第4章:コストをかけずに「管理が行き届いている」と感じさせる方法 築年数が古い賃貸オフィスビルで、テナントや内覧者に「管理がきちんとしている」という印象を与えるには、必ずしも大規模な設備更新が必要なわけではありません。むしろ、日々の運営で感じ取られる“管理の丁寧さ”や“オーナーの関心度”が、そのまま物件の印象に直結します。この章では、コストを抑えつつも「管理品質の高さ」を視覚・体感レベルで伝えるための、具体的かつ現実的な工夫を紹介します。(1). 清掃と点検の“見える化”で信頼感をつくる築古ビルにおいて、もっとも印象に残りやすいのが「清掃の状態」です。とはいえ、ただ「清掃している」だけではなく、「清掃されていることがわかる」状態にするのが重要です。たとえば、以下のような“見える化”の取り組みは、印象改善に効果的です。・清掃完了時間と担当者名を記載した札をトイレ内に設置する・点検実施日時と次回予定日を共有掲示板に表示する・ゴミ収集日や館内点検スケジュールをわかりやすく掲示するこうした運用はコストをほとんどかけずに実現可能でありながら、「きちんと管理されているビルだ」という無言のメッセージを与えることができます。(2). 実は効く、“空気感”の管理築古物件においては、見た目だけでなく「空気の質」も無意識に印象を左右する要素です。特に、貸室の第一印象は「空気のこもり感」や「臭い」で大きく損なわれることがあります。効果的なのは、貸室の換気頻度を上げることです。特に内覧予定がある日は、事前に空気を入れ替えておくことで、入った瞬間の印象が大きく変わります。また、貸室に数日以上人が入っていない場合には、内覧直前にサーキュレーターで空気を回すだけでも清涼感は向上します。一方、芳香剤の使用はテナントごとに好みが分かれるため、強い香りでの印象づけは避けるのが無難です。あくまで「無臭に近い自然な空気環境」が理想とされます。(3). 小さな“気配り”が印象を変えるたとえば、「エントランス前が朝から清掃されている」というだけで、管理の丁寧さは明確に伝わります。ビルの正面が葉っぱやゴミで散らかっている状態は、わずか数秒で「放置感」を生み、第一印象を台無しにします。また、以下のような“小さな気配り”も好印象を生みます。・清掃が終わったタイミングで内覧予定を入れる・清掃用具や備品が外から見える位置に置かれていない・清掃等の点検時のスタッフが清潔な服装で業務を行っているこうした些細なことの積み重ねが、「このビルはちゃんとしている」と感じさせる要因になります。目立たないことだからこそ、できているかどうかが印象を分けるのです。(4). “オーナーが無関心じゃない”という空気をつくるテナントや仲介担当者にとって、オーナーの「関心度」は極めて重要な評価軸です。「築古でも構わないけど、放置されてそうな賃貸オフィスビルは避けたい」 「トラブルが起きたときに、ちゃんと対応してくれるかが不安」――これは、多くのテナントが抱くリアルな本音です。だからこそ、「オーナーが無関心ではない」という空気を、さりげなくでも伝える仕組みづくりが重要です。たとえば:・清掃スケジュール、建物の工事の予定等について、あらかじめ報告して、内容を共有する・テナントが入居中の困りごとに対して、可及的速やかに返答するこれらは、特別な投資をしなくても、管理会社と相談して対応できる「関心を持つ姿勢の表明」であり、結果としてテナント・仲介に安心感を与え、空室リスクの低減につながります。築古ビルの「管理の質」は、ハードのスペックだけでは測れません。むしろ、日々の運用の中で“見える丁寧さ”をどう作っていくかが差を生みます。次章では、そうした丁寧な運営の積み重ねが、どう賃料や成約率に影響を与えるのか、「価格ではない選ばれ方」について掘り下げていきます。安易なフリーレントや値下げでは勝負できない時代、築古ビルの本質的な価値の伝え方が問われています。 第5章:賃料を下げる前にすべき「小さな改善」の積み重ね 築古ビルのオーナーが空室対策に直面したとき、多くの場合、最初に検討するのは「賃料の見直し」です。特に長期間テナントが決まらない場合、フリーレント(一定期間の賃料免除)や大幅な賃料ディスカウントを提示して何とか内見数を増やそうとするケースも珍しくありません。しかし、この“価格勝負”の発想は、必ずしも成果につながるとは限りません。特に競争が激しい都心部では、単に「安い」だけでは埋まらない築古ビルが多数存在します。むしろ、価格よりも“見た目と管理”の水準で選ばれているビルが確かに存在しているのです。(1). 空室対策=「まずフリーレント」では勝てない確かに、賃料やフリーレントの条件はテナント選定の一因です。しかし、それが“決め手”になるケースは実はそう多くありません。特に中小規模のビルを検討する企業にとって、「条件が良い」だけでは移転の決断に至らないのが現実です。仲介業者の声を拾っても、「フリーレントを2ヶ月付けても、室内の印象が悪ければ決まらない」「設備や共用部の手入れがされていない物件は、いくら安くても紹介しづらい」という実務的な意見が多く聞かれます。つまり、価格やフリーレントは“最後の一押し”にはなっても、“最初の選定理由”にはなりにくいのです。(2). 成約している築古・賃貸オフィスビルには「納得感」がある築30年超の物件でも、満室運営が続いている事例は少なくありません。そうした物件に共通するのは、「古いけれど、しっかり管理されている印象」があることです。・エントランスが清潔で明るい・床材や照明のトーンに統一感がある・トイレが古くてもきちんと清掃され、設備が壊れていない・リーシングの窓口の担当者が物件のことをきちんと説明できるこうした積み重ねが、「このビルなら安心して入居できそうだ」という“納得感”につながり、他より賃料が少し高くても契約に至る要因となるのです。(3). 「少し高くてもここがいい」と言わせる物件になるには賃料に対する“納得感”は、いくつかの要素の掛け合わせで生まれます。・見た目の印象:第一印象が良い(明るい、清潔、手入れが行き届いている)・使い勝手:レイアウトがしやすい、空調や照明が過不足ない・コミュニケーション:問い合わせや申込み後のレスポンスが早い、丁寧この3つを高めていくことで、「相場より少し高いが、このビルには価値がある」と思わせることが可能です。とりわけ最後の「コミュニケーション」部分は、物件そのものの改善が難しいときにも効果が出せる要素です。実際、ある築35年の中小規模の賃貸オフィスビルでは、丁寧な管理体制と清掃品質の高さが評価され、同エリアの平均賃料より1割高い水準でも満室を維持しています。仲介担当者が「紹介しやすい」と感じる物件は、結果として内見数も成約率も上がっていくのです。(4). 「見えない価値」が価格競争からビルを救う築古ビルの最大の課題は、建物自体のスペックが新築物件に比べて見劣りする点にあります。これを設備更新で埋めるには多額の投資が必要になりますが、「丁寧な管理運営」による価値訴求は、低コストで十分可能です。たとえば:・トイレの備品が常に補充されている・不具合時の修理対応が迅速で、きちんと説明がある・ゴミの出し方などのルールが明快で、入居後のストレスがないこうした“見えない価値”が積み上がることで、「このビルなら安心して使える」という印象が生まれます。そしてそれが、最終的な賃料や条件への納得感へとつながっていくのです。築古ビルの経営では、「どこにお金をかけるか」も大事ですが、それ以上に「お金をかけずにできることをやっているか」が問われます。賃料という数字の前に、“選ばれる理由”をつくる地道な工夫こそが、空室対策の本質であり、競争力の源泉となるのです。次章では、こうした運営の中でも、特にテナント満足度を左右する“ソフト面の管理”について掘り下げていきます。入居後の対応次第で、再契約率や退去率は大きく変わります。長く選ばれ続けるビルになるために、見直すべき視点を確認していきましょう。 第6章:テナント満足度を上げる“ソフト管理”の視点 築古ビルの運営において、建物のスペックや立地といった“ハード”の条件は変えようがありません。しかし、テナント満足度を左右するもうひとつの要素――「ソフト面での管理」は、今すぐにでも改善できる領域です。入居中の不満や不安を最小限に抑え、再契約や紹介につなげていくためには、ソフト管理の工夫が欠かせません。この章では、テナントの視点から満足度を高めるための運用ルールやコミュニケーションの在り方について、実務的なポイントを整理します。(1). 共用部のルールを「整備」から「見える化」へ築古・中小規模・賃貸オフィスビルでは、ゴミ出しのルール、共用トイレや給湯室の使用マナー、空調や照明の使用時間など、利用者間のちょっとしたトラブルが不満の原因になりがちです。こうした小さなストレスを防ぐためには、「共用部のルールを事前に明文化し、見える形で共有する」ことが重要です。たとえば:・ゴミの分別方法や出す時間を明記し、掲示板に貼り出す・給湯室やトイレでの使い方をシンプルにまとめて掲示する・共用空調の稼働時間について事前に案内し、問い合わせ先を明示するこれにより、入居者同士のトラブルを未然に防ぐだけでなく、「このビルはちゃんと管理されている」という安心感にもつながります。(2). 工事や修繕は“予告”と“説明”が鍵築古ビルでは、空調や給排水、電気系統などの修繕工事が避けられません。しかし、予告なしの突然の工事や、詳細不明の貼り紙一枚で終わるような対応では、テナントにとって大きなストレスになります。実際の現場では、「朝来たらエントランス前で工事をしていて、来客の案内ができなかった」「共有トイレが使えないことを当日知って困った」という声が少なくありません。このようなトラブルを回避するには:・事前に工事内容・日時・影響範囲を明記した通知文を配布・できるだけ事前に質問を受け付ける体制を整えておくこのように「説明責任」を果たすだけで、同じ工事でもテナント側の受け止め方は大きく変わります。(3). “対応力”と“仕組み化”が退去理由を減らす築古ビルであっても、テナントとの信頼関係が築けていれば、多少の不便には目をつぶってくれます。逆に、管理側の対応が雑であれば、小さな不便が大きな不満へと膨らみ、退去の引き金になってしまうのが現実です。たとえば、照明が切れている、トイレの水が出にくい、空調の調子が悪い――こうした日常的な不具合に対して、・すぐに連絡がつく・状況の共有と対応方針の説明がある・数日内に修繕が完了するという運用が整っていれば、テナントからの印象は格段に良くなります。そのためには、「誰が」「いつ」「何を」対応するのかをルール化したオペレーションシートやフローを整備することが肝要です。人の対応力だけに依存せず、一定の水準で誰でも対応できる仕組みを持つことで、管理品質の平準化が図れます。(4). テナント満足度=再契約率を高める“地味な努力”築古ビルにとって、新規テナントを誘致するより、既存テナントに長く入居してもらうことの方が、圧倒的にコストパフォーマンスが高い戦略です。そのためには、「いまのビルで特に不満はない」という状態を維持することが何より重要です。言い換えれば、目立つ改善よりも、“地味な不満の芽”を早めに摘み取ることがカギなのです。日常的な対応、ちょっとした声かけ、月1回の巡回。こうした運営こそが、結果的に再契約率の向上=空室リスクの低減に直結します。テナントの満足度を高める“ソフト管理”は、ビルの価値を決める最後のひと押しです。建物の外観や設備に大きな手を加えられない築古ビルこそ、この“人の対応”と“運用の仕組み”で、競争力の差を生むことができます。次章では、こうした改善のアイデアを、実際にどう進めていけばよいのか――現状把握の手順と、実務的なチェックリストをベースに解説していきます。オーナー主導で再生を進めていくための「判断と段取り」の方法を、具体的に確認していきましょう。 第7章:改善の進め方──実行ステップとチェックリスト 築古・中小規模の賃貸オフィスビルにおける「再生」や「改善」は、大規模改修や建替えに限られるものではありません。予算を抑えながらでも、適切な視点と段取りがあれば、十分に“選ばれるビル”へと印象を変えることができます。この章では、実際にどのように改善を進めていくべきか、そのステップとともに、現場で活用できるチェックリストの活用法を紹介します。ステップ1:まずは「内見者目線」で現状を把握する最初のステップは、「内見者の目で自分のビルを見る」という視点の獲得です。「いつも見ている風景」ではなく、「初めて訪れるテナントの担当者が、どこを見てどう感じるか」に立って確認することが必要です。すべてを管理会社任せにせず、オーナー自身の視点を持つことも有効です。チェックのポイントは以下の通り:・エントランスや共用部の印象はどうか・トイレや給湯室の使用感・清潔感は保たれているか・通路や階段の見通し・照明の明るさは十分か・看板やサインに古さや劣化はないか・周辺環境と比べて、劣って見える点はないか一度すべてをリセットして見るつもりで、メモや写真を活用しながら現状を把握していきましょう。ステップ2:改善項目に“優先順位”をつける改善点が見えてきたら、すぐに手を付けたくなるかもしれません。しかし、「どこに、どの順で、どれだけ手をかけるか」を冷静に判断する必要があります。特に中小規模ビルでは、予算も時間も限られています。すべてを一度に変えることは非現実的です。以下の3軸で優先順位を整理するのが効果的です:・費用の大きさ(コスト)・改善にかかる時間(スピード)・印象・満足度への影響の大きさ(効果)たとえば、照明の色温度調整や案内サインの見直しは「低コスト・短期・高効果」であるため、すぐに取り組むべき項目です。一方で、空調の全面更新のように高コスト・長期・効果中程度の改善は、長期計画として位置づけるとよいでしょう。ステップ3:共用部・テナント専用部・外周の“見逃されがち”チェックリスト改善点を見落とさないためには、部位別のチェックリストを活用することが有効です。以下に基本的な確認項目を示します。【共用部チェック項目】・エントランス:床面の黒ずみ・照明の色温度・ゴミの落ちていない状態・廊下・階段:埃や段差、手すりのぐらつき、滑り止めの状態・トイレ・給湯室:清掃状況・臭い・備品の補充・水回りの不具合・サイン類:案内板の視認性、劣化・破損の有無、更新年月の記載有無・空調吹き出し口:汚れ、異臭の有無、フィルター清掃の記録状況【テナント専用部チェック項目】・壁や天井の汚れ・剥がれ・カビ・空調の利き具合、異音の有無・床の沈みや歪み、カーペットの汚れ・配線やコンセント周りの整備状況・内覧時に暗く感じる時間帯の明るさ(照明の配置・強さ)【外周チェック項目】・駐車場・通路のひび割れ、排水の状態・外壁のクラック・塗装の剥がれ・看板の劣化・照明(外灯・看板灯)の点灯状況・植栽や雑草、ゴミの放置など周辺環境の清掃状況このようなチェック項目を月次・四半期ごとに確認し、改善状況を記録しておくことで、ビル全体の管理品質が可視化され、入居者や仲介業者への信頼にもつながります。ステップ4:すべてをPM・BM任せにせず、“オーナーの目”を持ち続ける改善を実行していく上で、プロパティマネジメント(PM)やビルマネジメント(BM)会社の協力は不可欠です。しかし、それに“完全に任せっきり”にするのは危険です。清掃や点検、テナント対応、リーシング活動などをアウトソースしている場合でも、「ビルの価値をどうしたいか」という判断は、オーナーしかできません。たとえば:・予算のかけ方(どこに、いくらまでかけるか)・優先順位の考え方(印象重視か、機能重視か)・テナントとの関係性についての最終判断これらはすべて、「オーナーの意思」があって初めて正しく機能します。月1回の簡単なレポート確認でも、半年に1回の物件立会でも構いません。PMやBMとの距離感を保ち、共通の目標に向けて動いているかを確認し続けること。それが、築古ビルで差を生む“運用力”の本質です。次の章では、ここまでの実務ポイントを総括し、築古・中小規模の賃貸オフィスビルが持つポテンシャルと、オーナーに求められる“判断”と“段取り”について改めて考察します。大規模改修や建替えに頼らずとも、ビルの価値は確実に変えられるという視点を、最後に共有していきます。 第8章:築古・中小規模・賃貸オフィスビルの競争力は「判断」と「段取り」で決まる 築30年を超える中小規模の賃貸オフィスビルにおいて、「空室が埋まらない」「賃料を維持できない」という課題は避けて通れません。一方で、「築古でも安定稼働を続けているビル」も確実に存在しています。この違いは何か。それは、必ずしも資金力や立地の差ではありません。差を分けているのは、“どこを優先して改善し、どう段取りを組んで行動しているか”という、ごくシンプルな「判断力」と「実行力」です。「建替えできないから仕方ない」では競争に勝てない都心部の中小規模ビルオーナーにとって、建替えは現実的な選択肢ではないことが多いでしょう。立地条件、資金調達、テナントの立退き交渉、再開発事業への参加難易度――。どれをとってもハードルは高く、また建替え後に想定通りの稼働率が見込める保証もありません。その結果、多くのビルは「今のままで運用を続ける」という選択をしています。しかし、“現状維持”と“何もしない”は似て非なるものです。設備が古いまま、清掃が不十分、印象が悪い――。こうした小さな見過ごしの積み重ねが、いつしか競争力を根本から削いでいくのです。変えられるのは「築年数」ではなく「印象」と「運用」築年数は変えられません。しかし、ビルの“印象”は変えられます。そして、「印象」は、日常的な運用の積み重ねによって大きく左右されます。例えば:・トイレがきちんと清掃されている・案内サインが分かりやすく更新されている・照明が明るく、適切な色温度で整っている・入居後のトラブル対応が迅速で、信頼感がある・契約前に物件情報がしっかりと整理されているこれらはどれも、大きな費用をかけずとも実行できることばかりです。“築古だけど管理が行き届いている”という印象を与えることが、結果的に賃料や稼働率の安定につながっている事例は多数あります。問題は「資金」ではなく「判断」と「可視化」の不足「予算がないから何もできない」という声をよく耳にします。しかし実際には、改善できることのほとんどは“予算の有無”ではなく、“優先順位”と“整理”の問題です。・改善すべき点を洗い出す(目視・写真・内見者目線)・優先順位をつける(費用・効果・所要時間)・管理会社の担当者と進行状況を共有し、記録を残す・見直しとフィードバックを定期的に行うこのような「判断と段取り」のある運営を実践しているビルほど、結果としてテナントの満足度が高く、再契約率も高く、空室が出てもすぐに埋まるという循環を実現しています。オーナー自身が“選ばれる理由”をつくる意思を持てるか「選ばれるビル」に共通するのは、オーナーが“この物件をどう見せたいか”という明確な意志を持っていることです。それは、表に出るかどうかは関係ありません。意思をもって意思決定を積み重ねているかどうかが、結果に現れます。・自分がテナントなら入居したいと思えるか?・仲介担当者が安心して紹介できる物件か?・入居テナントが長く使いたいと思える空間か?これらにYesと答えられる状態を目指す。それが、築古ビルであっても選ばれるための“経営”の在り方です。築古だからこそ問われる「運用力」という競争力最後に強調したいのは、築古・中小規模の賃貸オフィスビルにおいて最も差がつくのは「運用力」だということです。それは設備投資の額でも、建築デザインの派手さでもなく、「このビルは丁寧に管理されている」と誰もが感じるような小さな積み重ねです。・掃除が行き届いている・管理者の対応が早い・不具合の報告がしやすい・離れたあとも、また戻ってきたくなるそんなビルが、築年数に関わらず、選ばれ続けています。築30年を超えた中小規模の賃貸オフィスビルでも、「管理と運用」で勝負できる。オーナーが自ら“選ばれる理由”をつくりにいく限り、そのビルには未来がある。この現実的で前向きな戦略こそが、いま最も求められている「築古ビル再生」の鍵であると、私たちは確信しています。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月25日執筆

築古の中型賃貸オフィスビルの空室率を下げるための実践的テナント誘致戦略

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古の中型賃貸オフィスビルの空室率を下げるための実践的テナント誘致戦略」を解説したもので、2025年11月18日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次序論:築古オフィスビルの空室率問題とは?第1章:市場分析とターゲット設定第2章:築古オフィスビルの魅力を引き出すリノベーション戦略第3章:企業ブランディングとPR戦略第4章:効果的なテナント誘致戦略第5章:事例研究と実践的アドバイス最終章:築古オフィスビルの空室率低減に向けて 序論:築古オフィスビルの空室率問題とは? 近年、日本のオフィス市場において、中型の築古オフィスビル(1,000㎡〜5,000㎡程度)が直面している空室率の上昇が深刻な問題となっています。特に、東京においては、新築の大規模オフィスビルが次々と供給され、テナントの選択肢が広がったことで、築年数の経過したビルは競争力を維持することが難しくなっています。本コラムでは、築古オフィスビルの特有の課題を克服し、競争力を持たせるための具体的な戦略を提案します。成功事例を交えながら、実践的な施策を提示し、築古ビルでもテナントを誘致できる可能性を示しています。 第1章:市場分析とターゲット設定 ① 築古オフィスビルにおける市場の動向 (1) 中型オフィスビルの現状近年のオフィス市場では、リモートワークの浸透や働き方改革の推進により、企業のオフィス需要に変化が生じています。賃貸オフィス市場全体としては、空室率の低下傾向が見られる一方で、中型オフィスビル(フロア面積50~100坪)については、低減傾向から底ばい状態にあります。特に築20年以上が経過したビルの空室が目立ち、空室率が緩やかに上昇傾向を示しているようにも見受けられます。これは、築古ビルに対して、設備の老朽化や建物自体のデザインの陳腐化により、テナントが魅力を感じにくくなっているためです。こうした状況を踏まえると、築古の中型オフィスビルのオーナーは、これまで以上に慎重かつ戦略的なテナント誘致の施策を講じる必要があります。(2) 新築大規模ビルの開発による市場への影響近年、大手デベロッパーによる新築の大規模オフィスビルの供給が増加し、最新の設備や快適な労働環境を求める企業のニーズに応えています。特に都心部では、高機能オフィスが多く開発され、従来型の築古中型ビルは、テナントの獲得において不利な立場に置かれています。このため、従来型の築古中型ビルは市場における相対的な競争力低下が著しく、明確な差別化戦略を立てる必要性が高まっています。(3) 企業規模別オフィス選定基準の違い企業のオフィス選定基準は、規模や業種によって大きく異なります。一般的に大企業はブランド価値や最新設備の整ったオフィスを選ぶ傾向があり、快適性や機能性を優先します。一方、中小企業は賃料水準やコストパフォーマンス、実務性を重要視する傾向が強いです。また、経済情勢がオフィス選定に与える影響も大きいです。景気の良い時期には、大企業、中小企業ともに設備や環境の向上を求めてオフィス移転を検討するが、景気が悪化すると特に中小企業はコスト削減のために築古ビルへの移転を選択する傾向が高まります。2025年の日本経済の見通しとして、政府は「賃上げと投資が牽引する成長型経済」への移行を目指しているものの、米国のトランプ関税政策の影響や足元の円高傾向など、不透明な要素が依然として存在しており、市場動向の予測は容易ではないです。(4) 最新のオフィス市場動向とコスト問題ザイマックス不動産総合研究所が2024年12月に発表した調査によると、築古ビルはエネルギー消費効率が悪く、新築ビルに比べて光熱費が高くなる傾向があり、これがテナントのランニングコスト負担を増加させ、築古ビル選定時のデメリットとなっていることが分かっています。さらに同研究所が2025年2月に公表した調査では、築古ビルの修繕費や資本的支出の増加が著しく、オーナー側の負担も拡大していることが指摘されています。このように、築古ビルは維持管理費用の面でも課題を抱えており、収益性を高めるためには費用対効果の高い投資戦略が求められています。 ② 競合との比較と築古ビルのポジショニング (1) 築年数が経過したオフィスビルの課題築年数が経過したオフィスビルが抱える主な課題としては以下が挙げられます。・設備の老朽化:空調設備、給排水設備、電気設備といった基本的なインフラが築後20年以上経過すると著しく劣化します。設備トラブルの頻度が増え、突発的な修繕費用が発生するだけでなく、テナントの快適性や業務効率の低下を招きやすいです。・イメージの陳腐化:オフィスビルの外観や内装デザインは、時代のトレンドやテナント企業のニーズに敏感に対応する必要があります。築年数が経過すると流行から取り残され、「古臭い」「使いにくい」といったネガティブな印象を与えてしまうことが多く、ブランド力や企業イメージを重視する企業から敬遠されやすくなります。・競争力の低下:最新設備や優れたデザインを備えた新築ビルが市場に供給され続けているため、設備や快適性の面で新築ビルとの格差が広がり、競争力が低下します。その結果、賃料の引き下げや長期空室の発生を招き、収益力の維持が困難になります。これらの課題は単体で存在するものではなく、相互に影響し合いながら、築古オフィスビルのテナント誘致を難しくしています。そのため、築古ビルオーナーに求められるのは、これらの課題を包括的に把握し、戦略的に優先順位を付けて効果的な改善策を講じることであります。(2) 新築オフィスとの競争環境と差別化ポイント築古ビルが新築ビルとの競争を勝ち抜くためには、「低コストかつバリューアップ」を基本戦略とする必要があります。つまり、多額の投資を必要とする大規模改修を避けつつも、費用対効果の高い施策を実施して競争力を向上させるという考え方です。具体的な取り組みとしては、使用頻度の高い空調設備やトイレ・給湯室などを部分的に更新することで快適性を改善したり、エネルギー効率を高めるLED照明の導入や省エネ空調設備への切り替え、さらには耐震性や防災設備の強化を図る方法があります。これらの低コスト施策を効果的に組み合わせることで、築古ビルの経済的かつ実用的な価値を最大化し、新築ビルとは異なる魅力を提供できます。さらに、こうした差別化ポイントを、はっきりと打ち出すことにより、現実的かつ効果的なテナント誘致戦略を構築できます。 ③ ターゲットとなるテナント像の明確化 中堅企業の本社・支社、大企業のサテライトオフィス、士業・コンサルティング企業、地域密着型企業等、ターゲットとなるテナント像を明確にして、それぞれに響く訴求ポイントを具体化し、築古オフィスビルの特性を活かしたテナント誘致戦略を考えます。(1) 中堅企業の本社・支社① コストパフォーマンスの強調・築古ビルの最大の強みである「低賃料+必要十分な設備」を前面に出す。・固定費削減のシミュレーションを提示し、実際のランニングコストを数値で示す。② 実務的な機能性の確保・「シンプルで機能的」なオフィス設計を強調。・執務環境の効率化(レイアウト変更の自由度、会議室の最適配置、ネット環境の充実)を提案。③ 企業ブランディングを損なわないオフィス・「低コスト=安っぽい」イメージを払拭するため、シンプルながら清潔感のある内装やエントランスの刷新を行う。・過度なデザイン改修は不要だが、「機能美」を活かした設計でブランド価値を維持できることをアピール。(2) 大企業のサテライトオフィス① 分散型勤務のニーズに対応・「社員の通勤負担軽減+業務効率化を両立する拠点」としての役割を明確化。・交通アクセスを評価し、実際の通勤時間シミュレーションを提示し、周辺環境(カフェ・コンビニ・郵便局)などを訴求し、サテライトオフィスとしての利便性を強調。② 設備のシンプル化と低コスト運用・シンプルな内装・設備ながら、業務遂行に必要な機能は十分であることを明示。・「賃料を抑えながらも、Wi-Fi・セキュリティ・共用会議室など基本設備が揃っていること」をアピール。・ランニングコスト比較(電気代・清掃費など)を示し、本社や競合ビルとの差別化を図る。③ フレキシブルな契約形態・大企業が求める短期契約・柔軟な利用に対応できる点を強調。・「1年契約」「プロジェクト単位での使用」など、企業の拡張・縮小に柔軟に対応できる点をアピール。(3) 士業・コンサルティング企業① 顧客対応を重視したオフィス環境・来客対応が多い士業やコンサル企業にとって、「築古=汚い・古臭い」というイメージはマイナス。・清潔感を重視したエントランスや受付スペース、共用部のデザインリニューアルを行い、来客時の印象を向上させる。・「応接スペースが確保しやすい」「静かな環境で業務に集中できる」など、士業・コンサル特有のニーズを訴求。② セキュリティとプライバシーの確保・機密情報を扱う業種のため、オフィスの遮音性や個室利用の選択肢をアピール。・「隣のオフィスの音が聞こえにくい」「個別施錠が可能な部屋がある」などの設備ポイントを具体的に示す。③ 立地よりもコストと質のバランス・立地よりも「オフィスの質とコストのバランス」を重視する士業・コンサルに対し、「必要十分な設備で賃料を抑えられる」という合理的な価値を訴求。・「都心の高額オフィスではなく、築古ながらも十分な機能を持つオフィスを適正価格で提供」と明確にメッセージング。(4) 地域密着型企業(デザイン・広告企業など)への訴求ポイント① 築古ビルの個性を活かしたブランディング・デザイン・広告業などのクリエイティブ企業は、築古ビルの雰囲気を「個性」として活用できる。・「レトロで味のある内装」「ビンテージ感を活かしたオフィスデザインが可能」といった築古ならではの魅力を前面に出す。② カスタマイズ自由度の強調・「自社のブランドイメージに合わせた改装が可能」という自由度の高さを訴求。・クリエイティブ企業向けに、「内装工事OK」「リノベーション相談可能」といった柔軟な対応を提案。③ 地域ネットワークの活用・地元の企業やクリエイターとの連携を意識し、「地域のクリエイティブ拠点としての可能性」をアピール。・例:「このビルの入居者は●●の業種が多く、相互連携の機会がある」「地元の店舗とコラボできる立地」といった具体的なメリットを提示。これらターゲット企業は、築古ビルに求める設備やデザイン、コストのバランスが明確であり、マーケティング戦略やテナント誘致の方針を具体的に設計する上で重要な指標となります。以上を踏まえ、第2章ではこれらターゲットニーズに応じた具体的なリノベーション戦略について解説します。 第2章:築古オフィスビルの魅力を引き出すリノベーション戦略 築古オフィスビルの競争力を高め、テナント誘致を成功させるためには、リノベーションを戦略的に行う必要があります。ただし、大規模な投資を行うことは現実的ではなく、費用対効果を考慮しながら、最小限の設備投資で最大の効果を引き出すことが求められます。本章では、築古オフィスビルの価値を向上させるための具体的なリノベーション戦略を紹介します。 ① 設備投資を最小限に抑えつつ効果的にバリューアップ (1) 最小投資で大きな満足度向上を実現するポイント築古オフィスビルにおける設備投資のポイントは、「利用頻度が高く、テナントの満足度に直結する箇所から優先的に改善すること」です。特に、トイレ、空調、照明の改善は、コストを抑えつつ快適性を大きく向上させる効果があります。・トイレの改修:築年数が経過したオフィスビルでは、トイレの古さがテナントの満足度に大きな影響を与えます。ウォシュレットの設置、照明のLED化、清潔感を重視した内装の改修など、小規模な改修でも印象が大きく向上します。・空調設備の改善:築古ビルでは、空調設備の老朽化が快適性に直結する問題となります。全館空調の入れ替えはコストが高いため、部分的な設備交換や、個別空調の導入が現実的な選択肢となります。・照明のLED化:LED照明の導入は、光熱費削減と快適性の向上の両面でメリットがあります。オフィスの明るさを確保しながら、電気代の削減にもつながるため、優先して実施すべき施策の一つです。(2) 老朽化設備の部分的アップグレードとコスト試算設備改修に際しては、全面改修ではなく、費用対効果の高い部分的なアップグレードを実施することが重要です。 設備項目改修内容想定コスト   (1フロアあたり)効果トイレ便器交換・壁紙張替・LED照明導入100万~300万円清潔感向上、テナント満足度UP空調部分交換(主要ユニットのみ更新)200万~500万円快適性向上、ランニングコスト削減照明全LED化80万~150万円光熱費削減、明るい空間演出 コストを抑えつつ、テナントの評価が高まりやすい施策を優先的に実施することで、築古ビルの魅力を向上させることが可能です。 ② デザインとブランディング (1) 「レトロ感を活かす」 vs. 「モダンに刷新する」戦略築古ビルのデザイン戦略には、大きく分けて、「レトロ感を活かす」方法と、「モダンに刷新する」方法の2つがあります。・レトロ感を活かす:築古ビルの「味わい」を前面に打ち出し、ヴィンテージ風の内装やデザインを取り入れる。特に、デザイン・広告・クリエイティブ系の企業にはこの雰囲気が人気がある。・モダンに刷新する:外観や内装をシンプルで洗練されたデザインに統一し、新築ビルに近いイメージを作る。スタートアップ企業や士業向けのオフィスでは、清潔感と機能性が求められるため、このアプローチが適している。(2) 築古ビルならではの個性を打ち出すブランディング手法築古ビルの「個性」を打ち出すことで、ターゲット企業に対する訴求力を高めることができます。例えば、・ネーミングの工夫:単なる住所名ではなく、ビルのコンセプトを表現したネーミングを採用する(例:「○○クリエイティブオフィス」)。・エントランスのリノベーション:エントランスはビルの第一印象を決める重要な要素です。照明や植栽を活用し、デザイン性の高い空間を作ることで、印象を大きく変えることができる。(3) テナントの要望に沿った間仕切り(会議室の柔軟な対応)テナントの要望に応じて、間仕切りの柔軟な設計を取り入れることで、入居のハードルを下げることができる。特に、・固定壁ではなく可動式パーティションを活用し、レイアウト変更が容易な設計にする。・会議室や共有スペースの用途をカスタマイズできるようにし、テナントの希望に対応する。(4) 光熱費削減につながる改修(LED照明、省エネ空調、断熱強化など)築古ビルの運営コスト削減の観点から、省エネルギー対策も重要です。・LED照明の導入:電力消費を抑え、長寿命で維持管理の負担を軽減できる。・省エネ空調の導入:最新の高効率空調システムを導入し、エネルギーコストを削減する。・断熱強化:窓ガラスの二重化や遮熱フィルムの導入により、夏場・冬場の空調負荷を軽減する。(5) スマートロック・顔認証システムの導入近年、セキュリティ強化と利便性向上のために、スマートロックや顔認証システムの導入が進んでいます。これにより、・物理鍵の管理が不要になり、セキュリティが向上する。・テナントの利便性が向上し、入居率アップにつながる。これらの施策を組み合わせることで、築古ビルの価値を最大限に引き出し、テナント誘致の競争力を強化することができます。次章では、リノベーションによって高めたビルの価値を、どのように企業ブランドと結びつけ、効果的なPRを行うかについて詳しく解説します。 第3章:企業ブランディングとPR戦略 築古オフィスビルの競争力を高めるには、単なる物件の改修だけでなく、ブランド価値を構築し、適切なPR戦略を展開することが重要です。特に、新築ビルとの競争が激しい市場では、ターゲットとなるテナント層に向けたブランディングと情報発信を強化することで、築古ビルの独自性を際立たせることができます。本章では、オフィスビルのブランド力を向上させるため、会社を挙げて取り組んでいる、インターネットでのマーケティング戦略について詳しく解説します。 ① オフィスビルのブランド力を高める方法 (1) 築古ビルのリブランディング成功事例築古ビルのリブランディングとは、単なる建物の改修ではなく、「ストーリー」や「コンセプト」を持たせることによって、新たな価値を創出するプロセスです。以下に、成功事例を紹介します。事例①:築30年の築古オフィスビルをクリエイティブな業務環境のオフィスとして再生・レトロな外観を活かしつつ、内装をモダンに改修。・インターネットの自社チャンネル:プロパティ・ジャーナルでも積極的に情報発信し、入居率が改善。事例②:歴史的建造物を活かしたブティック・オフィス・伝統的な意匠を残しながら、最新の省エネ設備を導入。・歴史的な価値をブランディングに活用し、「唯一無二のオフィス空間」として訴求。・高付加価値化に成功し、賃料を引き上げて満室状態を維持。(2) 「歴史×モダン」などのコンセプト戦略築古ビルならではの強みを活かすために、「歴史×モダン」などのコンセプトを明確に打ち出すことが重要です。・「レトロ×テクノロジー」:築古ビルの味わい深い外観に、最新のITインフラやスマートオフィス設備を組み合わせます。・「サステナビリティ×伝統」:リノベーション時に環境配慮型の設備を導入し、エコフレンドリーなオフィスとしてブランディング。(3) 企業にとってのブランド価値をどう伝えるかテナント企業がオフィスを選ぶ際、「自社のブランド価値を高められるか」が重要な要素となります。そのため、築古ビルに入居することがブランド戦略にプラスになることを明確に伝える必要があります。・「オフィスの個性が企業の個性を高める」というメッセージを発信。・デザイン・広告・IT企業など、ブランドイメージを重視する業種に特化した訴求を行う。・成功事例を積極的に発信し、「このビルに入ることで得られるメリット」を明確に打ち出す。 ② マーケティング・広告戦略 (1) 自社で不動産ポータルサイトの展開現在、会社を挙げて取り組んでいる不動産ポータルサイトでは、自社メディア・サイト「プロパティ・ジャーナル」を設け、ビル・メンテナンス、プロパティ・マネジメント、リノベーション、仲介など、当社の多面的な業務展開を横断しながら、さまざまな切り口で情報発信を行っています。これは、単なるテナント誘致のためのツールではなく、不動産業界全体に向けた知見共有の場として活用することを目的としています。(2) 「オフィスビル=働く環境の一部」としてのコンテンツの打ち出し築古ビルの価値を「働く環境の一部」として強調するために、インターネットマーケティングを駆使した情報発信が必要となります。特に、自社メディア「プロパティ・ジャーナル」を中心に、次のような施策を展開します。●ストーリーテリングによるブランド訴求・「このオフィスに入居することで、企業の魅力が高まる」というコンセプトを、具体的なストーリーで発信。・実際の入居企業の成功事例を取り上げ、築古ビルが企業の成長に貢献する事例を紹介。「こんな風に改装可能!」といったクリエイティブな使い方の具体例も紹介。・写真の活用:「築古でも快適なオフィス空間」という視覚的訴求を強化。昼と夜のビルの雰囲気を比較できるように、複数のシチュエーションで撮影。テナントが働くイメージが湧くように、オフィスレイアウトを工夫した写真を掲載。●SEO対策を施したコンテンツマーケティング・「築古ビル オフィス」「コストパフォーマンスの高いオフィス」などの検索ワードを意識した記事を次々と作成しアップ。・専門家集団とタッグを組んで、Google検索で上位表示されるようなコンテンツ設計を行い、継続的な流入を確保。●SNSでの情報拡散とブランド強化・オーナー・管理会社が築古ビルの魅力を発信する際には、SNSの活用も効果的。・LinkedInを活用し、BtoB企業に対して築古オフィスの価値をPR。・Instagramではビジュアルを重視し、リノベーション事例やオフィス環境の魅力を訴求。・X(旧Twitter)では、最新の空室情報やキャンペーン情報をリアルタイムで発信。このように、インターネットマーケティングを駆使し、築古オフィスの魅力を発信することで、テナント誘致の成功率を高めることができます。 ③ ターゲットに合わせた訴求ポイントの明確化 ターゲット企業のニーズに応じて、デジタルマーケティング上での訴求ポイントを明確化し、それぞれの関心に合った情報を適切なチャネルで届けます。具体的には、WEBサイト、SEOコンテンツなどを活用し、ターゲット企業が求める価値を視覚的・言語的に訴求します。1.中堅企業の本社・支社向け:「コストパフォーマンスの高い実務的なオフィス」▶ メッセージ例・「経費削減を実現!築古オフィスでも実務効率の高いワークスペース」・「本社移転でランニングコスト30%削減!コストパフォーマンス重視のオフィス」・「執務スペースはシンプルに、コストは賢く。実務に最適な快適空間を提供」2.大企業のサテライトオフィス向け:「分散型勤務に最適なコンパクトオフィス」▶ メッセージ例・「分散型勤務の最適解!コストを抑えたサテライトオフィス」・「都心からのアクセス良好、効率的な働き方を実現する新しい拠点」・「高額な新築オフィスは不要。シンプル&機能的な築古ビルを活用」3.士業・コンサルティング企業向け:「信頼感のあるデザイン性+プライバシー確保」▶ メッセージ例・「お客様との信頼を築く、静かで落ち着いたオフィス環境」・「士業向けの快適ワークスペース。機密情報の管理も安心」・「築古でも清潔感のある空間。顧客の信頼を生むオフィス設計」4.地域密着型企業(デザイン・広告企業など)向け:「ユニークなデザインと自由度の高いオフィス」▶ メッセージ例・「個性を活かせるオフィス!築古ならではのレトロモダンな空間」・「自由度の高いレイアウトで、ブランドイメージを最大限に表現」・「デザイン会社・クリエイター必見!こだわりのオフィスを作れる物件」次章では、ブランディングによって向上したオフィスの価値を、実際にテナント誘致につなげる具体的な戦略について詳しく解説します。 第4章:効果的なテナント誘致戦略 築古オフィスビルの空室率を改善し、安定的なテナント確保を実現するためには、効果的なテナント誘致戦略が欠かせません。本章では、競争力のある賃料戦略と契約条件の設定、さらにテナントの意思決定プロセスを理解した上での営業戦略について詳しく解説します。 ① 賃料戦略と柔軟な契約条件の設定 (1) 競争力のある価格設定築古オフィスビルの賃料設定は、新築ビルや競合物件との差別化を図りながら、ターゲット企業にとって魅力的な価格帯を設定することが重要です。具体的な方針として以下が挙げられます。・周辺相場の徹底調査:近隣オフィスビルの賃料相場を調査し、市場に適した価格帯を設定する。定期的な市場調査を行い、競争力のある賃料を維持することが求められる。・コストパフォーマンスを重視:築古ビルの特性を活かし、「手ごろな価格で快適なオフィス環境を提供する」ことを前面に打ち出す。賃料を適正に抑えつつ、内装や設備の一部を改修することで、費用対効果の高い選択肢を提供できる。・長期契約割引の導入:長期契約を結ぶことで賃料を抑えるプランを用意し、安定したテナント確保を狙う。特に、一定期間以上の契約に対してインセンティブを設けることで、長期的な収益の安定化が期待できる。(2) 「賃料減額 vs. 高付加価値化」の選択肢築古ビルの競争力を高めるためには、単なる賃料の引き下げだけでなく、付加価値を向上させる選択肢も考慮すべきです。 選択肢メリットデメリット賃料減額低コストで入居を促進しやすい収益性が低下する可能性高付加価値化改修やサービスを強化し、適正な賃料を維持初期投資が必要 築古ビルの場合、設備投資によるバリューアップが可能なケースも多いため、「適度な投資による高付加価値化」で競争力を維持する戦略が有効です。(3) 保証金・更新料など契約条件の見直しテナント誘致のハードルを下げるためには、契約条件の柔軟性を高めることも重要です。・保証金の低減:初期費用を抑えることで、特にスタートアップ企業や中小企業の入居を促進。保証金を従来の相場よりも低く設定することで、契約成立のハードルを下げる。・更新料の見直し:長期入居を促進するために、更新料を低く設定する。特に、長期契約の場合には更新料の免除や低減措置を導入することで、長期間にわたる安定収益の確保が可能になる。・フレキシブルな解約条件:短期間でも入居しやすい契約プランを用意し、サテライトオフィス需要にも対応。テナントの事業展開に合わせた柔軟な解約条項を盛り込むことで、入居率向上につなげる。 ② テナントの意思決定プロセスの理解と営業戦略 (1) 企業がオフィス移転を決定するまでの流れ企業が新しいオフィスへの移転を決定するプロセスは、複数のステップを経るため、その流れを理解し、適切なタイミングでアプローチすることが重要です。●社内決裁のプロセス ・総務部門や経営陣が移転先を検討し、予算や条件を決定する。・役員会や取締役会での最終決裁を経て、正式な契約に至る。●コスト試算のポイント ・賃料、保証金、改装費、光熱費などのトータルコストを試算し、企業の予算と照らし合わせる。・築古ビルの優位性(低コストや自由度の高さ)を示すことで、意思決定を後押しする。●現地視察・交渉の重要性 ・実際のビルの雰囲気や利便性を確認するため、現地視察が重要。・視察時に具体的な契約条件を交渉することで、成約の可能性を高める。(2) 意思決定プロセスに沿った営業アプローチ企業の意思決定プロセスを踏まえた営業アプローチを展開することで、成約率を高めることができます。●士業・コンサル企業への直接営業 ・弁護士、会計士、コンサルタントなど、少人数で業務を行う企業に対し、築古ビルの静かな環境やコストパフォーマンスの良さを訴求。・セミナーや業界向けイベントなどを通じた関係構築も有効。●地元企業との関係強化 ・地域密着型の企業とのネットワークを強化し、地元の企業が移転先として検討しやすい環境を整える。・商工会議所や地域経済団体と連携し、築古ビルの利点をPR。●オフィス需要の高い業種リストアップとターゲティング ・市場調査をもとに、特定の業種(スタートアップ、IT企業、クリエイティブ業界など)に特化した営業戦略を展開。・各業種のニーズに沿った提案を行い、ビルの特性とマッチする企業を狙う。これらの戦略を組み合わせることで、築古オフィスビルの魅力を最大限に引き出し、効果的なテナント誘致を実現することができます。次章では、実際の成功事例をもとに、テナント誘致の具体的な実践方法や注意点について解説します。 第5章:事例研究と実践的アドバイス 築古オフィスビルのバリューアップを成功させるためには、実際の事例を参考にしながら効果的な施策を学ぶことが重要です。本章では、築古ビルの成功事例と失敗事例を紹介し、それらから得られる実践的なアドバイスをまとめます。 ① 築古オフィスのバリューアップ成功事例 (1) 築30年以上のオフィスビルを改修し、満室化したケース築古オフィスビルの老朽化は避けられないが、適切なリノベーションとマーケティング施策を組み合わせることで、高い入居率を維持することは十分に可能です。ここでは、実際に成功した事例を紹介します。事例①:築35年のオフィスビルを段階的に改修し、3年で満室化●築35年を超え、空室率が40%を超えていた中型オフィスビル。管理コストの上昇と入居者の減少が課題であった。●設備改修の優先順位を明確にし、段階的に改修を実施。 ・まず、テナントの不満が大きかったトイレ、空調、照明の更新を実施。清潔感の向上とエネルギーコスト削減を両立。・その後、エントランスのリニューアルを行い、外観イメージの改善に着手。●コストを抑えながらもテナントの利便性を向上させる施策を実施。 ・古いオフィスの「狭い・暗い・使いにくい」という印象を払拭するため、共用部のデザインを明るくシンプルに改修。・一方で、専有部の改修はテナントのニーズに応じて実施し、無駄な改装コストを抑えた。●自社メディアを活用したプロモーションにより、ターゲット層に的確にアプローチ。 ・自社メディア「プロパティ・ジャーナル」による築古オフィスの特集記事を展開し、築古ビルの魅力を再認識させる。・Instagram・X(旧Twitter)も活用し、リノベーションのビフォーアフターを発信。●結果として、3年以内に満室稼働を達成し、賃料も5%上昇。事例②:築古ビルの「レトロ感」を活かしたブランディング戦略●築40年のオフィスビルを、「クラシック×モダン」なデザインで差別化。●歴史的な建物のデザインを活かし、内装には洗練されたモダン要素を取り入れることで、独自のオフィス空間を演出。●ターゲットをデザイン・広告関連の企業に絞り込み、ニッチな市場で差別化に成功。 ・高級感とクリエイティブな雰囲気を強調し、感度の高い企業に訴求。・「歴史を感じさせるオフィス」というコンセプトを前面に出し、ブランド価値の向上を図った。●結果として、賃料を維持しながら高稼働率を実現し、空室率は10%以下に低下。(2) 企業とのコラボレーションで空室率を改善した事例築古ビルの活用は、地元企業や業界特化型企業とのコラボレーションによって更なる価値を生み出すことが可能です。事例③:ビル内の1フロアを特定業種向けにカスタマイズし、安定収益を確保●空室が続いていた築古ビルの1フロアを、IT企業向けに特化したレイアウトへ変更。●配線や通信設備を強化し、「即入居可能なITオフィス」として訴求。●業界イベントやセミナーを通じて、IT関連企業の認知を高め、6カ月以内にフロアの満室化を達成。事例④:地元企業との連携で築古ビルを活性化●立地を活かし、地元企業とのネットワークを強化。●商工会議所や地元メディアと協力し、築古ビルの魅力を発信。 ・地元新聞や地域密着型のオンラインメディアに特集記事を掲載。・地元企業とのビジネスマッチングイベントを開催し、新たなテナント候補を獲得。●結果として、空室率が改善し、地元企業の入居比率が30%増加。以上の成功事例から、築古ビルのバリューアップには以下のポイントが重要です。1.計画的な改修とコストコントロール:設備更新の優先順位を明確にし、段階的に進めることで、投資対効果を最大化できる。2.ターゲット層を明確にしたブランディング:築古ビルの特性を活かし、適切な市場に向けてアピールする。3.地元企業や特定業種との連携:地域経済とのつながりを活用し、テナントの安定確保を図る。次のセクションでは、築古ビルの失敗事例を紹介し、避けるべきポイントについて解説します。 ② 失敗事例から学ぶ 築古オフィスビルのバリューアップには、適切な戦略と計画が欠かせません。しかし、計画が不十分であったり、実施方法に問題があると、期待した成果が得られず、むしろ空室率が悪化してしまうこともあります。ここでは、過去の失敗事例を紹介し、そこから学ぶべきポイントを詳しく解説します。 (1) 中途半端な改修が逆効果になった例失敗事例①:エントランスの改修のみ実施し、統一感を欠いた結果、逆に印象が悪化背景・経緯・築年数が40年を超え、入居率が低迷していたオフィスビル。老朽化によるイメージダウンが顕著になり、オーナーは「とにかく第一印象を良くしよう」とエントランス改修に着手。・しかし、周辺相場や競合ビルのリニューアル状況について、十分なリサーチを行わないまま、エントランスだけ豪華にする方向で予算配分が決定された。具体的な改修内容・エントランスの壁面や床材を高級感のある素材に変更。ロビーにはデザイナーズ家具を導入し、まるで高級ホテルのような雰囲気を演出。・その一方で、オフィスフロアや共用部の内装・設備は老朽化が進んだまま放置され、外観と内部でギャップが生じてしまった。結果・問題点・内覧に訪れた新規テナント候補からは「エントランスと実際のオフィスフロアとの落差が激しく、逆に不安を感じる」との声が多数。・既存テナントからはエントランスの雰囲気向上を喜ぶ声もあったものの、新規入居には結びつかず、投資回収の見込みが立たなくなった。・管理上も、エントランスと他の部分で清掃やメンテナンスの基準が異なり、結果的に運営コストが増加した。教訓・改修はビル全体のバランスを考え、統一感を持たせることが重要。・見た目だけの変更ではなく、実際の使い勝手や快適性の向上を優先すべき。・優先度の高い設備更新(空調・照明・トイレなど)とのバランスを考えた改修計画を立てる。・投資範囲の決定前に、ユーザー目線での動線や利用シーンをシミュレーションし、複数の改修案を比較検討する。(2) ターゲット設定を誤ったために空室が続いた例失敗事例②:高級感を打ち出したが、立地特性とミスマッチで誘致が難航背景・経緯・交通アクセスがやや不便なエリアにある築30年超のオフィスビル。周辺は中小企業向けの賃料帯が主流で、豪華な設備を求める企業はあまり多くない環境だった。・オーナーは「同エリアの他ビルとの差別化」を図るために高級感路線を選択。内装や外観を大規模にリニューアルし、その分賃料を大幅に値上げする計画を打ち出した。具体的な改修内容・内装をハイグレード仕様に一新。高価な床材や照明、グレードの高いセキュリティシステムを導入。・見栄え重視である一方、エリア全体のニーズや、テナントが負担可能な賃料帯を慎重に検討することを怠りがちだった。結果・問題点・内覧には「設備は確かに良いが、このエリアでこの家賃は高すぎる」という声が多く、契約に至らないケースが続発。・広告宣伝にも力を入れたものの、そもそもの立地が高級志向の企業にとって好条件とはいえず、半年以上空室が埋まらなかった。・結局、大幅な賃料見直しとターゲット層の再設定を行った後に、ようやく入居率が改善。教訓・立地に応じたターゲット設定が不可欠。周辺市場の需要を調査し、それに合った戦略を立てる。・賃料の引き上げは慎重に検討し、エリアの相場と競争力を考慮する。・ハイグレード化を行う場合は、付加価値を明確に打ち出し、ターゲット層に強く訴求するマーケティングが必要。・リニューアル後の家賃設定だけでなく、共益費や初期費用などテナント目線での総費用も考慮する。(3) リノベーション投資の配分ミスによる損失事例失敗事例③:過剰な内装投資を行ったが、賃料に反映できず採算割れ背景・経緯・築35年のビルで「大規模リノベーションにより高級感を演出すれば、高い賃料でも借り手がつくだろう」と期待して、多額の投資を決定。・オーナーはデザイン事務所を招聘し、見た目の斬新さを追求する方針をとったが、同時にターゲットとする企業の業種や予算帯については深い考察がなかった。具体的な改修内容・木目調のフローリングや、オフィスには珍しい色使いのガラスパーティションを採用。ロビーや共用部にも最新デザイナーズ家具を導入。・物件の魅力を高める狙いだったが、そこまでの豪華さを求めない企業には「華美すぎて維持管理費も高そう」という印象を与えた。結果・問題点・コスト重視の企業が多いエリアにもかかわらず、内装の豪華さに見合うだけの家賃を設定できなかった。・当初の賃料設定ではテナントがつかず、値下げしても投資コストの回収が困難に。リニューアル後の収支計画が完全に狂ってしまった。・最終的に、一部の豪華設備を撤去し、賃料と内装のバランスを取り直すことで入居率は回復したものの、投資回収の遅れや無駄な経費が経営を圧迫。教訓・リノベーションは投資額とリターンのバランスを考えるべき。・市場調査を行い、ターゲット企業が求める改修内容を把握した上で計画を立てる。・必要以上の高級化はリスクが高いため、コストパフォーマンスの観点を重視する。・設備の選定には、内覧時のインパクトだけでなく、稼働後のランニングコストや運用面の利便性も考慮する。(4) 失敗事例から導き出されるポイント上記のように、築古オフィスビルのバリューアップを計画・実行する際には、「外観や内装の豪華さ」「ターゲット層との合致」「投資とリターンのバランス」「行政や周辺環境への配慮」など、さまざまな要素を総合的に検討する必要がある。失敗事例に共通するポイントとしては以下が挙げられます。1.周辺市場の状況分析の不足相場や需要の動向を把握しないまま改修や賃料設定を行うと、ニーズとの乖離が生じやすい。2.改修範囲とコンセプトの不整合建物全体を通じた統一感の欠如や、用途変更に伴う行政上の手続きなどが後手に回ると、時間・費用面でロスが大きくなる。3.投資コストの過度な先行見栄えや豪華さを優先しすぎて採算が取れなくなり、結果的に撤去や再工事で余計な支出を招くケースもある。4.ターゲット層の誤認立地特性を踏まえた客層分析や、賃料と設備のマッチングが不十分だと、空室率低減どころか悪化のリスクも高まる。これらの失敗事例とポイントを踏まえ、築古オフィスのバリューアップに取り組む際は、 「マーケット調査」・「投資計画の精査」・「全体コンセプトの統一」・「関係者とのコミュニケーション」 を怠らないことが重要です。成功事例だけでなく、失敗例から学ぶことで、無駄なコストや時間の浪費を避け、効果的な改修とテナント誘致が実現できるでしょう。 ③ すぐに実践できるポイント これまでの成功事例・失敗事例から得られた知見を踏まえ、今すぐ取り組める具体的なアクションをまとめました。予算やビルの状況に応じて柔軟に取捨選択し、効果的なテナント誘致につなげましょう。(1) テナント目線で「優先度の高い改善」をピックアップする●小規模改修から着手 まずはテナント満足度に直結する箇所(トイレ、空調、照明など)の改修を最優先とする。大規模リノベーションよりも費用対効果が高く、短期間での印象改善につながる。●統一感を意識した改修 一部だけ豪華にしても逆効果になるケースが多い。エントランスや共用部、オフィスフロアのデザインやメンテナンス基準をある程度そろえることで、「古い箇所が放置されている」というイメージを与えにくくする。(2)「発信力・PR」を強化する●ビフォーアフターの写真で訴求 小規模でも改修を行った場合は、ビフォーアフターの写真を積極的に公開する。築古ビル=「暗くて古い」というネガティブな先入観を一気に払拭しやすい。●自社メディアで情報発信 空室情報やキャンペーン告知、改修の進捗状況を、自社メディア「プロパティ・ジャーナル」で、特集記事を展開して情報発信。●ターゲット層ごとの刺さるキーワードを用意 「コスパ」「レトロ感」「ブランディング効果」など、ターゲット企業が関心を持ちやすいキーワードを明確にし、広告やコンテンツで繰り返しアピールする。(3) 無理のない「投資計画」と「収支バランス」の再確認●段階的改修スケジュールを作成 一度に多額の投資を行わず、優先度の高い箇所から順に改修を進める。その都度、テナントの反応と費用対効果をチェックしながら計画を微調整する。●リーシング担当との密な連携 改修や賃料設定に関する最新情報を常に共有し、投資計画とリーシング状況が合致しているかを確認。「賃料に転嫁できる投資額の範囲」を見極め、過度な先行投資を避ける。 最終章:築古オフィスビルの空室率低減に向けて 築古の中型オフィスビルが新築・大型物件と競合する中で安定した稼働率を確保するには、「ターゲット企業を明確にする」「低コスト・高効果のリノベーションを実施する」「企業ブランディングを意識した魅力づくり」「デジタルマーケティングの最大活用」という4つの要素が重要となります。まず、ターゲットの明確化では、企業規模や業種ごとに求められる設備や価格帯が異なるため、立地や物件特徴に合った客層を見極めることが不可欠です。築古物件でも、コストパフォーマンスやレトロな雰囲気を好む企業は意外に多く、そのニーズに適切に応えることが空室率改善の第一歩となります。次に、低コスト・高効果のリノベーションでは、設備の老朽化が顕著にあらわれるトイレ・空調・照明など、テナントの満足度に直結する箇所から優先的に手を入れるのが有効です。小規模な投資でも、内覧時の印象や入居後の快適性を大きく向上させることができる点が大きな強みです。また、テナント企業が自社のブランド価値を高めたいと考える以上、物件側でも「企業ブランディングを意識した空間づくり」を提案する必要があります。築古物件ならではの良さをあえて活かしつつ、清潔感と機能性を整備することで、新築ビルにはない独自の魅力を提供しやすくなります。さらに、デジタルマーケティングを最大限活用することで、情報発信力を強化し、対象となる企業へ直接アプローチしやすくなります。自社メディアなどを活用し、ビフォーアフターの写真・費用対効果の事例などをわかりやすく発信すれば、「築古=古い・汚い」という先入観を一気に払拭できます。 今後の展望と戦略的まとめ 不動産市場では、新築大型物件だけでなく、築古ビルの活用にも新たな可能性が生まれつつあります。コロナ禍以降、企業のオフィス戦略は柔軟性を求められるようになり、固定費を抑えながら必要十分な機能を確保できる物件の需要は引き続き根強いです。そこに合致する形で、築古オフィスビルは「低コストかつ柔軟な空間」を強みとして、今後も市場で一定の存在感を保てるでしょう。もちろん、新築・大型物件と比べた際の老朽化や競争力低下といった課題は避けられません。しかし、本コラムで示した「ターゲットを明確にする」「段階的に投資して価値を高める」「情報発信を強化する」という3つの軸を押さえれば、空室率の改善と安定収益の確保は十分に実現可能です。リノベーション技術やデジタルツールの進歩によって改修コストの負担も以前ほど高くなくなり、オーナー自身が物件の強みを見極めて効果的に発信することで、築古物件でも“古くても強いビル”としての地位を築けます。結局のところ、「ターゲットを定め、必要最低限の改修を的確に行い、魅力をデジタルで発信する」というシンプルな方程式こそが、築古オフィスビルの空室率を下げ、収益を安定させる最良の戦略といえます。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月18日執筆

旧耐震ビルの賃貸経営をあきらめない──中小規模オフィスオーナーのためのリスクと活路

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「旧耐震ビルの賃貸経営をあきらめない──中小規模オフィスオーナーのためのリスクと活路」のタイトルで、2025年11月13日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次1.はじめに2.旧耐震ビルとは何か3.なぜ今「対策」を検討すべきなのか4.耐震補強という選択肢の実情5.建替え/売却という選択肢7.旧耐震ビルにPM・BMを導入する具体的メリット8.PM/BM導入の進め方と事例紹介10.おわりに ──旧耐震ビルと向き合う「今」からの一歩 1.はじめに 突然ではありますが、あなたのビルは「旧耐震基準」で建てられたものではないでしょうか。1981年以前の耐震基準(いわゆる「旧耐震」)で設計・施工された建物は、日本各地にまだ多く存在しています。「旧耐震ビルのリスクはなんとなく知っている。でも、使えているうちはこのままでいいのではないか?」こう考えるオーナーは、実は少なくないのです。すでに建物の減価償却が終わっていて、毎月の賃料収入がほぼ「実入り」となっている状況であれば、わざわざ大きな投資をしてまで建替えや耐震補強を行わなくても、今のところは利益が出ているため、決断を先延ばしにするのも自然な流れかもしれません。しかし、耐震基準が古いというのは、地震大国である日本において見過ごせない問題です。大地震が発生したとき、倒壊や大規模な損傷が生じるリスクが高く、万一の際にはテナントにも大きな被害が及びます。近年では、企業がビルを選ぶ際、BCP(Business Continuity Plan)の観点から建物の耐震性能を重視する傾向が強まっています。結果的に、旧耐震ビルはテナント募集の際の選択肢から外されやすくなっているのです。さらに、周辺には新耐震や制震・免震構造を備えた新しいビルが増えています。賃料や立地条件が同程度であれば、「安全かつ設備が新しいビル」を選ぶテナントが大半でしょう。古いビルであるがゆえに空室リスクが高まるうえ、大地震のニュースが流れた直後などは、一時的にでも解約を検討する動きが出るかもしれません。とはいえ、旧耐震ビルに「全面的な耐震補強」を実施するのは、コスト面でも建物形状の面でも簡単ではありません。オフィスフロアの面積が100坪以下など比較的コンパクトな建物ほど、耐震壁やブレースの増設が執務スペースを大きく圧迫してしまい、窓を塞いでしまうようなケースも出てきます。テナントからすれば、使い勝手が悪く見栄えも損なわれるため、魅力が下がる懸念があるでしょう。こうした状況下で、多くのオーナーが「建替えしかないのか、それとも改修でしのぐべきか」と頭を悩ませています。実際、大規模な改修や建替えには多額の資金調達が必要ですし、仮にそこまで踏み切っても、経営的にペイするかどうかは不透明です。そのため、結局は“現状維持”を選択してしまうケースも少なくありません。しかし、建物の老朽化は待ってはくれません。耐震性の不安だけでなく、設備・配管・内装など、多方面の劣化が進むことで、想定外の修繕費用が急に発生したり、突然のトラブルでテナントからクレームが増えたりするなど、オーナーとしての負担は後々一段と大きくなる恐れがあります。そこで、本コラムでは、そうした問題を抱える旧耐震の中小型賃貸オフィスビルのオーナーを対象に、以下の点を中心に解説していきます。・旧耐震ビルが抱えるリスクと、市場での評価が下がる背景・実際に耐震補強を行う場合に生じる課題と、メリット・デメリットの整理・大規模改修・建替え・売却などの意思決定を迫られたときの考え方・プロパティマネジメント(PM)やビルメンテナンス(BM)導入の具体的意義とメリット・事例紹介を通じた、収益改善や資産価値向上につなげるためのヒントこれからご紹介するPM・BMは、「オーナーが管理業務の多くを専門家に委託し、不動産経営を最適化するための仕組み」です。単に清掃や警備を外注するビル管理業務(BM)だけでなく、テナント誘致や契約管理、修繕計画立案などを総合的に担うプロパティマネジメント(PM)を活用することで、オーナー自身が把握しきれていない建物の価値を引き出したり、将来のリスクに備えることが可能になります。特に小規模ビルでは、オーナーが自分ひとりで全てを運営管理しているケースが多いため、専門知識や時間的リソースがどうしても不足しがちです。PM・BM導入により、そうした弱点を補い、最終的に建替えや売却を検討する際にも、視野を広げた判断ができるようになります。本コラムは、建替えや売却を当然推奨するわけではありません。むしろ、「旧耐震ビルに耐震補強を施す」という一見まっとうに思える選択肢ですが、本当に得策かどうかを改めて考えてみる必要がある、という問題提起をしたいのです。そして、その検討過程においてこそ、PM・BMの活用が大いに役立つはずです。もし、この記事を読んでいるあなたが「うちは旧耐震だけど、まあ大丈夫だろう」と漠然と考えているのであれば、ぜひ最後までお付き合いください。建物の将来について早めに情報を集め、必要に応じた対策をとることで、結果的に余計なコストやリスクを大幅に削減できる可能性があります。なにより、“決断しないまま時が経って、いよいよどうしようもなくなる”という事態だけは避けたいところです。費用面のハードルや工事時期の問題など、悩みは尽きないかもしれませんが、本コラムの内容が少しでもヒントになれば幸いです。それでは、次章からは本題に入りましょう。まずは「旧耐震ビルとは何か」という基本的な定義やリスクを改めて整理し、現状を正確に把握することから始めていきたいと思います。 2.旧耐震ビルとは何か 旧耐震ビルとは、1981年以前の耐震基準(いわゆる「旧耐震基準」)で設計・施工された建物のことを指します。日本においては、1950年に制定された建築基準法の改正に伴い、幾度か耐震設計に関する規定が強化されてきました。その転換点となったのが、1981年6月1日に施行された新耐震設計法規です。この新基準以降に建てられた建物を「新耐震」、それより前の基準をもとに建築された建物を「旧耐震」と呼び分けています。 2-1.旧耐震基準と新耐震基準の違い そもそも、なぜ1981年という年が大きな区切りなのでしょうか。それは、1978年に発生した宮城県沖地震での被害を踏まえ、建物が「倒壊しないため」に必要な耐震強度を再検証し、耐震設計の方法が大幅に見直されたためです。新耐震基準では、主に以下のようなポイントが強化されました。・設計用地震力の見直し地震発生時に建物に作用すると想定される水平力(地震力)の想定値を見直し、より大きな地震を想定して構造計算を行うように。・靭性設計の導入建物の構造部材や接合部が、ある程度の変形に耐えうるように設計する考え方。これにより、大地震が起きてもすぐに崩壊せず、人命被害を防ぐことを重視。・施工精度・品質管理の強化単に設計段階だけでなく、施工段階のコンクリート強度や鉄筋のかぶり厚さ(鉄筋を覆うコンクリートの厚み)などの品質もより厳しく求めるように。一方、旧耐震基準は「中規模地震で倒壊しない程度」というおおまかな基準で、現行の新耐震基準ほどの詳細な検討や品質管理が行われていない場合が多いのです。その結果、旧耐震基準で建てられたビルは「大きな地震が発生すると、倒壊または重大な損傷のリスクが高い」と見なされています。 2-2.旧耐震ビルが抱えるリスク 旧耐震ビルは、単に“古い”というだけでなく、構造的・物理的にリスクをはらんでいます。代表的なものを挙げると、次のとおりです。(1)地震による倒壊・大損傷のリスク耐震強度が不足しているため、大地震の発生時に建物が部分的に崩落したり、大きく傾くおそれが高まります。建物が万一倒壊すると、テナントの事業継続はもちろん、人命に関わる非常事態になり得ます。(2)テナント募集時の不利要素企業の安全意識やBCPが浸透している昨今、旧耐震というだけで敬遠される場面が増えています。特に、社会的信用を重視するテナント(金融機関やIT企業など)は耐震性能を重視する傾向が強いです。結果的に空室が埋まらない、賃料を下げざるを得ない、という悪循環が起きやすいのです。(3)資産価値の下落建物の評価額は、耐震性や築年数、建物グレードなど多角的に評価されます。旧耐震ビルの場合、いくら立地が良くても、耐震リスクや老朽化の懸念で資産価値が低く見積もられることが多々あります。市場のトレンドも加味すれば、将来的に売却を検討する際、想定よりもはるかに安い価格が提示される可能性があります。(4)今後の法改正や行政指導リスク地震防災対策や都市計画の観点から、行政が段階的に耐震化を求める方向にあるのは周知の事実です。実際、一部の公共施設や大規模建築物には、耐震診断や補強実施の義務付けが進んでいます。今後、基準がさらに厳しくなる可能性はゼロではなく、行政からの指導や是正命令が下るリスクもあるでしょう。 2-3.中小型賃貸オフィスビル特有の状況 オフィスビルと一言でいっても、大規模なタワービルから数十坪規模の小型ビルまでさまざまです。ここで注目したいのが、100坪以下程度の比較的コンパクトなオフィスビルの特徴です。・建物の構造上、改修工事がしにくい大規模ビルに比べてスペースの余裕が少なく、耐震補強を施そうとするとどうしても執務スペースを侵食してしまう。窓を塞いだり、ブレースが大きく張り出したりといった物理的制約が目立ちます。・テナントが地域密着型であるケースも多い地元企業や小規模事務所が入居しており、“場所替え”がしづらい半面、建物の老朽化が進んでもある程度は入居し続けるといった状況が生じやすいです。これはオーナー側から見ると「なんとなく使い続けてもらえる」安心感があるため、補強や改修の先送りにつながりがちでもあります。・減価償却が終わっている物件が多い古いビルほど、すでに減価償却が終了しているケースが多く、毎月の家賃収入がまるまるオーナーの収益になるため、どうしても現状の収益を維持したい心理が働きます。大きな投資をして耐震補強や建替えをするより、今の“実入り”を継続したいと考えるのは自然な感情といえます。 2-4.旧耐震ビル数の現状データ 東京23区における旧耐震オフィスビルの割合東京23区内で賃貸オフィスとして利用されている建物のうち、1981年以前の旧耐震基準で建てられたビルは、近年おおむね全体の2割前後を占めると推計されています。中小規模ビルほど旧耐震率が高い大規模オフィスビル(延床5,000坪以上)に比べて、延床5,000坪未満の中小規模ビルは旧耐震が多く残っている傾向にあります。ある調査(2021年公表)では、旧耐震基準のビルの割合が大規模ビルで16%だったのに対し、中小規模ビルでは24%に上っています。都心部で大規模再開発が進んだ結果、比較的大きなビルの建替えや耐震補強は先行して行われてきた一方、小規模のオフィスビルについてはオーナー単独で対応することが難しく、更新が遅れがちな現状が背景にあると考えられます。近年の推移と耐震化の取り組みここ5年ほどを振り返ると、東京23区の旧耐震オフィスビルは徐々に減少傾向にあります。2010年代前半には棟数ベースで3割近くあったともいわれる旧耐震ビルは、新築供給の増加や建替えに伴い、2020年前後には2割台半ばまで縮小。その後も少しずつ比率を下げ、2020年代前半時点で2割強まで低下しているとの推計が示されています。一方で、実際の耐震改修は想定以上に進みにくい側面もあり、東京都による耐震診断義務付け対象物件のうち、約半数近くがいまだに耐震性不足のままとのデータもあります。都や国土交通省は耐震改修促進法を軸にして、2025年までに都内全域の耐震化率100%を目標とした施策を展開中ですが、オーナー個人が費用を負担する中小規模ビルでは特に対応が遅れがちです。結局のところ、東京23区では新築や大規模再開発によって旧耐震ビルの割合は着実に減りつつあるものの、現時点でもなお数千棟単位が存在し、中小ビルを中心に改修・建替えが進まないケースも少なくありません。2割前後という残存割合は、築古ビルが継続的に賃貸市場へ供給されていることを意味し、「老朽化+耐震不足」というリスクを抱えた不動産がまだ十分に存在する実態を示しているといえます。今後、行政の制度強化やテナント企業のBCP意識の高まりにより、こうした旧耐震ビルのオーナーは一層の改修や建替えを求められる可能性が高いでしょう。 3.なぜ今「対策」を検討すべきなのか 旧耐震ビルのオーナーが耐震補強や建替え、売却などについて「いつかは考えなければいけない」と思いつつも、実際に大きなアクションに踏み切れないケースは少なくありません。特に、減価償却が終わった物件であれば、毎月の賃料がほぼ実入りになるため、現状の収益を手放したくない気持ちになるのも自然です。しかしながら、以下のような理由から、先送りはさらに大きなリスクを招くおそれがあります。 3-1.建物寿命と老朽化 ●法定耐用年数と実質的寿命一般的に、鉄筋コンクリート(RC)造や鉄骨(S)造の建物は法定耐用年数を超えても十分使えると言われますが、耐用年数を大幅に超えるほど、構造体や設備の劣化は進行しやすくなります。経年劣化が表面化するまでに時間差があるため、「今まで大きなトラブルがなかったから大丈夫」と考えがちですが、一度大規模な損傷や設備不具合が発生すると、想定外の高額な修繕費が発生するリスクがあります。●不可逆的な価値の下落建物はメンテナンスを怠ると、経年とともに資産価値が下がるだけでなく、建物全体の安全性や市場評価にもマイナスの影響を与えます。老朽化が進む前に計画的な補修や改修を行うことで、長期的に安定した賃貸運営を実現しやすくなります。先送りすればするほど修繕コストが増大し、資産価値の下落も加速してしまう可能性が高まるでしょう。 3-2.地震リスクとBCP意識の高まり ●地震大国・日本でのリスクマネジメント日本は世界でも有数の地震多発国です。大地震がいつ起きても不思議ではないなか、1981年以前の旧耐震基準の建物は、新耐震基準の建物よりも倒壊・大破リスクが高いとされています。仮に倒壊に至らなくとも、大きな損傷を受ければテナントが入居し続けることは困難になり、長期的な修繕や賃料減免など、オーナーの負担は急増します。●企業のBCP(事業継続計画)対応近年、テナント企業の間では「災害時にも業務を継続できるか」を重視する動きが広がっています。耐震性能や設備のバックアップ体制が整ったビルを好むテナントが増え、旧耐震ビルは真っ先に候補から外されやすい状況です。BCP意識が高い企業ほど、入居ビルの耐震性を厳しくチェックし、安全性に疑問があれば契約更新を見送ることも珍しくありません。 3-3.賃貸市場の競争激化と空室リスク ●新築・再開発ビルとの比較劣位都心部を中心に、大規模な再開発や新築供給が続いており、テナントから見れば「新しく、安全性が高く、設備も充実したビル」の選択肢が増えています。立地や賃料水準が同程度であれば、耐震性や設備面で優位性のある新しいビルに入居を決めるのは自然な流れです。●空室率上昇への懸念旧耐震ビルは安全面での不安があるだけでなく、建物の古さや内装設備の老朽化によって、テナント募集の際の競争力を失いやすいのが実情です。大型企業はもちろん、中小企業でも新耐震の物件を好む傾向が強まれば、老朽ビルに入居していたテナントが徐々に他の物件へ移っていく可能性が高まります。結果的に、空室リスクが増加し、賃料値下げを余儀なくされるケースも考えられます。 3-4.行政や金融機関からの圧力 ●耐震診断・改修の義務化の流れ国や地方自治体は、耐震改修促進法や各種条例によって、一定規模以上の建物に対して耐震診断や耐震補強を義務づける方向で制度を強化しています。東京都は2025年までに都内全域で耐震化率100%を目指す方針を示しており、今後さらに規制が厳しくなる可能性も否定できません。今は対象外であっても、将来的にオーナーに改修を求められるリスクが高まっています。●金融機関の融資姿勢建物が旧耐震のままだと、金融機関からの融資審査でマイナス評価を受けることがあります。担保評価が下がるだけでなく、建物の補修計画や耐震性が担保されていない物件への貸し出しを渋るケースも増えています。資金調達面で不利になることが、結果として建物の更新や改修のタイミングを逃す要因にもなりかねません。 3-5.今だからこその「選択肢」が増えている ●売却・建替え・補強――柔軟な戦略の可能性過去には建物の補強費用や建替えコストがネックとなり、オーナーが決断を先延ばしにしてきたケースが多くありました。しかし近年は、耐震補強の技術が向上しつつあり、金融機関や専門家のサポートも充実してきています。売却という選択肢も、不動産市況が好調な局面であれば思いのほか高値がつく可能性があるでしょう。いずれにしても、早めに検討を始めることで、複数の選択肢を比較検討しながら最適解を探しやすくなります。●PM・BMによるリスクマネジメントの充実専門家に管理・運営を委託するプロパティマネジメント(PM)やビルメンテナンス(BM)が普及したことで、オーナーが自ら抱える負担を軽減しつつ、建物の状態を客観的に把握する環境が整いつつあります。PM会社がテナント募集や修繕計画の立案を代行し、費用対効果の高い改修プランや将来的な建替えの検討も視野に入れて提案してくれるため、結果的にリスクを“見える化”しながら意思決定がしやすくなるのです。 4.耐震補強という選択肢の実情 旧耐震ビルにおいて「耐震補強を実施する」というのは、一見すると安全性を高めるための最もまっとうな選択肢のように見えます。しかし、実際にはコスト面や建物構造上の制約など多くのハードルがあり、必ずしもベストな解ではない場合があります。とりわけ、フロア面積が100坪以下のような中小規模ビルでは、耐震補強によって執務スペースや採光性が損なわれ、かえって賃貸ニーズを下げてしまうリスクも考えられます。ここでは、耐震補強を行う上で直面しがちな実情を詳しく見ていきましょう。 4-1.小規模フロア特有の物理的制約 ●柱やブレースの増設による執務スペースの圧迫建物の構造強度を高めるために、柱や壁、斜めのブレース(筋かい)を追加する場合があります。フロア面積に余裕があればある程度吸収できますが、小規模ビルの場合、オフィス空間が大きく狭められるのが実情です。窓周りに補強要素が加わってしまうと採光や換気も制限され、テナントから見た「使い勝手」は明らかに低下します。●テナントレイアウトへの悪影響もともと区画が小さい物件では、オフィスレイアウトが大きく制約される可能性があります。たとえば執務デスクを並べるスペースが減少する、会議室や休憩スペースを確保できなくなるなど、テナントにとって魅力が損なわれる要因になりかねません。 4-2.工事コストと資金調達の負担 ●耐震診断・補強設計費も含めた総合的コスト耐震補強に着手する前には必ず耐震診断を行い、どの程度の補強が必要かを把握しなければなりません。診断費用と補強設計費用を合わせると、数百万円規模になるケースも珍しくなく、実際の補強工事費はさらに高額になる可能性があります。●減価償却が終了している物件ほど投資意欲が低い旧耐震ビルは築年数が経過していることが多く、減価償却がすでに終わっているケースも多々あります。オーナーからすると家賃収入が実入りになるため、わざわざ大きな借入をして補強工事を行うインセンティブが低いのが現実です。金融機関に融資を申し込む場合でも、建物の評価が低いため思ったほど融資額が伸びない、あるいは条件が厳しくなる懸念もあります。●公的支援制度の限界一部の自治体や国土交通省が行っている耐震化の助成制度は、適用要件や上限金額が限定的で、補強費用全体をカバーできるほどの補助は期待しにくい面があります。大きな負担を背負ってまで補強をするかどうか、オーナー側が真剣に悩むのも無理はないでしょう。 4-3.工事期間中のテナントへの影響 ●騒音・振動による業務阻害耐震補強工事は、壁や床などの躯体に手を加えるため、騒音や振動が発生しやすくなります。オフィスに入居中のテナントがある場合、業務への影響は避けられません。工事期間が数ヶ月に及ぶこともあり、その間テナントが「仮移転」を余儀なくされるケースも出てきます。●工事期間中の空室リスク大掛かりな補強工事が必要となる場合は、安全上の理由からテナントを退去させる必要が出てくることもあります。テナントから見れば、オフィス移転にかかるコストや労力が発生するため、これを機に他物件へ移転してしまう可能性が高くなります。結果的にオーナーとしては賃料収入の減少という大きなデメリットを被るかもしれません。●周辺住民や他テナントとの調整小規模ビルであっても、下層に店舗や他業種のテナントが入居している場合は、工事内容やスケジュールについて丁寧に調整を図る必要があります。意見の食い違いが大きいほどスムーズに工事が進まず、期間の長期化やコスト増につながるおそれもあります。 4-4.耐震補強のメリット・デメリット再考 メリット(1)安全性の向上耐震性能が高まることで、地震時の倒壊リスクが軽減されます。テナントの安心感は向上し、大地震が発生しても致命的なダメージを受けにくくなります。(2)ビル価値の維持・向上耐震性が高い物件は、売却時や金融機関での担保評価が相対的に高まることが期待できます。今後ますます災害リスクへの意識が高まる中、「安全な建物」であること自体が資産価値向上に寄与するでしょう。(3)行政からの指導リスクの回避耐震診断・改修が義務化される流れが強まっているなか、早めに改修を実施しておくことで、将来的な是正命令などに対応する負担を減らせます。デメリット(1)高額な初期投資先述のとおり、耐震診断や設計費用、工事費などを合わせると数千万円以上かかることも少なくありません。十分な資金が確保できない場合、工事自体が実施困難となる場合もあります。(2)テナント離脱リスク工事中の騒音や振動、あるいは一時的な退去要請がテナントの移転を促す可能性があります。一度テナントが離れてしまえば、補強工事後に新規テナントを確保するまで空室リスクが発生します。(3)居住性・採光性の低下小規模ビルでは柱やブレースの増設により、執務スペースや窓が塞がれ、使い勝手が大幅に悪化する懸念があります。オフィスとしての魅力が損なわれれば、補強後の賃料アップでコストを回収するのは難しいかもしれません。 4-5.部分改修・スケルトンリフォームとの比較 耐震補強というと、どうしても大掛かりな工事を想像しがちですが、「部分改修」や「スケルトンリフォーム」と合わせて検討することも大切です。たとえば、耐震補強と同時に水回りや内装設備を一新し、ビルそのものの魅力をアップグレードする形でリニューアルするプランもあります。・利便性・デザインの刷新による付加価値の向上ただ耐震性を高めるだけでなく、共用部やエントランスを改装し、テナントにとって魅力的な設備を導入できれば、賃料引き上げの可能性も視野に入ります。・テナントのニーズを反映入居中テナントやターゲットとするテナント層の要望を聞き、同時に実施する改装内容を調整することで、“ただ安全なだけの古いビル”から“使いやすくなった安全なビル”にイメージチェンジを図れます。 5.建替え/売却という選択肢 耐震補強を検討した結果、コストや物理的制約などから「やはり得策ではない」と判断される場面は少なくありません。とりわけ築年数が相当経過していたり、フロア面積に余裕がないビルでは、耐震補強工事を行っても採光や執務環境が悪化し、結果的にテナント満足度を下げてしまうリスクが高くなります。こうした背景から、「建替え」や「売却」といった抜本的な選択肢が浮上することもしばしばです。これらは大きな投資や意思決定を伴うため、慎重な検討が求められますが、将来的な収益向上やリスク低減といったメリットが得られる可能性も十分にあります。以下では、建替えと売却、それぞれのメリット・デメリットや検討時のポイントを丁寧に整理してみましょう。 5-1.再開発・建替えのメリットとハードル メリット(1)資産価値の飛躍的な向上新たに建設するビルは、当然ながら現行の耐震基準を満たし、最新の設備やトレンドを反映することができます。特に都心の好立地であれば、建替えによって高い賃料水準や安定した稼働率を狙いやすくなるでしょう。BCP(事業継続計画)への意識が高まる中、耐震性に優れた新築ビルはテナントから高い評価を得られる可能性が大きいです。(2)時代のニーズに合った設計・設備導入建替えのタイミングを利用して、オフィス空間に求められる最新の要素を組み込むことが可能です。例えば、スマートビルディング化(IoT技術による効率的な設備管理)、省エネ対策、バリアフリー化、オフィス内の広いコミュニケーションスペースなどを充実させることで、競合との差別化が図れます。(3)街並み・周辺環境との調和による付加価値再開発エリアのプロジェクトに合わせて建替えを行うと、周辺との一体的な美観やブランド価値を高めることができます。街づくりの流れに乗ることで、地価の上昇や再開発特有の集客力を享受できる可能性が高まります。ハードル(1)多額の建設費と資金調達の難易度建築費、設計費、解体費、仮移転費用などを含めると、建替えには膨大な資金が必要となります。築古の旧耐震ビルの場合、金融機関からの融資が思ったほど伸びない恐れもあるため、自己資金をどの程度用意できるかが重要な検討材料となります。(2)建設期間中の収益ゼロリスク解体工事から新築竣工までの間、家賃収入が途絶えるという大きなデメリットがあります。入居テナントが退去すれば賃貸収益は当然見込めませんので、オーナーにとっては長期間にわたるキャッシュフローの試練となります。(3)テナントや近隣との調整コスト入居中テナントがある場合、補償金や移転先の斡旋といった対応が必要です。また、工事に伴い周辺地域に騒音や交通規制などの負荷がかかるため、近隣住民や自治体との調整に時間や労力がかかることも考慮しなければなりません。 5-2.売却を選択する場合のポイント メリット(1)まとまった資金の早期確保古くなったビルであっても、立地が良いエリアや再開発見込み地なら、予想以上に高値で売却できる可能性があります。手元資金を早期に確保し、その資金を別の投資や事業、あるいは将来的なライフプランに活用できる点は大きな魅力です。(2)老朽化リスク・運営コストからの解放老朽ビルを保有し続けると、将来的に大規模修繕や空室対策など、多岐にわたるリスクと費用を負担しなければなりません。売却によってそれらの課題を一挙に手放すことができるのは、精神的にも経済的にも大きなメリットです。(3)柔軟な再投資の可能性オーナーとして別の不動産に投資する、あるいは全く異なる分野の投資や事業に挑戦するなど、ビル売却によって生まれた資金を柔軟に活用できます。耐震補強や建替えよりもリスクを抑えた形でリターンを狙える投資案件を探すのも選択肢のひとつです。デメリット(1)売却金額の下振れリスク実際の査定では、建物の老朽化や耐震性の欠如を大きくマイナス要素と見なされ、期待値よりも低い価格を提示されるケースがあります。とりわけ建替えを前提とした買主にとっては、解体費用や新築コストが売却価格に反映されるため、どうしても安めの査定になりがちです。(2)安定的な賃料収入の放棄売却すれば賃料収入を一切得られなくなります。もしオーナーの収入源がビルの家賃に依存していた場合、将来的なキャッシュフローが大きく変動する可能性があるため、慎重に検討すべきポイントです。(3)各種費用や税金の負担不動産の売却には、不動産仲介手数料や譲渡所得税、ローン残債がある場合は繰上返済など、複数のコストが発生します。総合的な費用を差し引いたうえで、手元に残る金額がどの程度になるのか正確に試算しておかないと、思わぬ損失に直面する恐れがあります。 5-3.今こそ迫られる「待ったなし」の意思決定 旧耐震ビルは、耐震性の不足だけでなく、設備の老朽化や賃貸市場での競争力低下といった課題を抱えています。対策を後回しにするほど建物の劣化は進み、安全性やテナントの確保がますます難しくなっていくでしょう。耐震補強が難しいと判断したのであれば、「建替え」あるいは「売却」の方向性をより真剣に検討するフェーズに入っている可能性が高いのです。(1)中長期的視点でのシミュレーション将来のビル市場や周辺エリアの地価動向、建設費の推移なども見据えながら、複数のシナリオを試算してみることが大切です。特に建替えの場合は、竣工後にどのようなテナントを想定し、賃料をどの水準に設定し、何年で投資回収を目指すのか――といった具体的なプランの精査が不可欠となります。(2)専門家との連携・情報収集建築や不動産の知識に加え、金融機関との交渉力やデベロッパーの開発動向、行政の再開発計画など、幅広い情報収集が成功の鍵を握ります。PM(プロパティマネジメント)やBM(ビルメンテナンス)の専門家、さらには税理士や不動産コンサルタントとの連携を行い、客観的なアドバイスを得るとよいでしょう。(3)「全てを手放す」か「再投資する」かのライフプランニング売却を選択するなら、その後の資金をどのように活用するかを明確に決めておくことが重要です。あるいは建替え後もビル経営を続け、テナントに入居してもらいながら収益を得るという方針を貫くのか――どちらにせよ、オーナー自身のライフプランや経営ビジョンに照らし合わせて意思決定することが大切です。 6.PM(プロパティマネジメント)・BM(ビルメンテナンス)の本質 旧耐震ビルをめぐる意思決定には、耐震補強や建替え、売却など、さまざまな選択肢が関わってきます。どの道を選んでも大きな投資とリスクが伴うため、オーナー自身がすべての情報を把握して的確な判断を下すのは容易ではありません。そこで注目されるのが、PM(プロパティマネジメント)とBM(ビルメンテナンス)という専門サービスです。どちらも日常的な管理から将来的な戦略立案まで、不動産の価値を高めるために専門知識を活用する仕組みですが、それぞれカバーする領域や得意分野がやや異なります。以下では、PMとBMの役割や特徴について整理し、その本質に迫ってみましょう。 6-1.PM(プロパティマネジメント)の役割 プロパティマネジメント(Property Management)は、不動産の所有者に代わって、不動産の運営・管理を総合的に行うことを指します。オフィスビルや商業施設、マンションなど、物件の種類や規模に合わせてサービス内容も多岐にわたりますが、主なポイントは以下のとおりです。(1)賃貸経営の戦略立案と実行テナントの募集計画や賃料の設定、契約管理、空室対策など、収益最大化のための施策を一貫して立案・実行します。マーケットの需要動向や周辺物件の賃料水準を踏まえ、最適な戦略を提案し、オーナーの負担を軽減することが目的です。(2)予算管理・経営分析オーナーが収支を把握しやすいよう、ビルの収入と支出をまとめ、予算との比較や経営分析を定期的に行います。経営指標を可視化することで、意思決定のタイミングや方向性を明確にし、長期的な修繕計画や投資回収シミュレーションにも活かします。(3)修繕計画の立案と実施管理建物の老朽化は避けられませんが、計画的な修繕・改修を行うことで安全性と資産価値を保ちやすくなります。PM会社は建築・設備の専門家とも連携し、必要な工事の優先順位を整理しながら、オーナーにとって最適なタイミングや資金計画を提案します。あわせて、リニューアル情報や設備改善のアピールを通じ、新規テナントへの魅力訴求も併せて行い、リーシング活動に生かします。(4)テナントリレーションの構築オーナーとテナントの間に立ち、クレーム対応や契約更新交渉などを円滑に進めるのもPMの重要な役割です。テナントの満足度が上がるほど、更新率が高まり、物件の評判が向上して新規獲得にも好影響を与え、結果として物件の収益性が向上します。 6-2.BM(ビルメンテナンス)の役割 ビルメンテナンス(Building Maintenance)は、建物の日常的な管理・運用にフォーカスするサービスです。PMが総合的な経営・戦略視点を担うのに対し、BMは「ビルの安全・快適性をどのように維持するか」という現場重視の業務が中心となります。(1)設備・施設の維持管理電気、空調、給排水、エレベーターなどの設備点検や清掃・衛生管理、警備・防災業務を行います。トラブル発生時には迅速な修理・復旧が求められるため、専門業者との連携体制やマニュアル整備が欠かせません。(2)法定点検・保守点検の実施建物や設備機器は、法令で定められた定期点検や検査を受ける必要があります。BM会社はスケジュール管理を行い、適切な頻度で点検を行うことで安全性と法令遵守を確保します。(3)緊急時の対応・災害対策地震や火災などの災害が発生した際、ビルメンテナンスの現場力が直接的に被害を最小限に食い止めることにつながります。避難誘導マニュアルの策定や防災訓練の計画など、テナントや周辺地域との連携も視野に入れた対策が重要です。(4)コスト削減と運用効率の向上エネルギー管理や定期修繕の最適化など、運用コストの抑制はBMの大きなミッションです。例えば、ビル全体の電力消費をモニタリングして無駄を削減したり、設備更新時期を見極めて改修コストを抑えたりすることで、オーナーの経営を支えます。 6-3.PMとBMの連携による相乗効果 PMとBMはしばしば同じ文脈で語られますが、その性質は異なるものです。とはいえ、両者を別々の会社や組織が担っている場合でも、情報共有と役割分担を徹底すれば大きな相乗効果が期待できます。●PMの戦略 + BMの現場力PMが収益やマーケティングの視点から打ち出す施策を、BMの現場担当者がどう実行するかによって成果は大きく変わります。例えば、オーナーやPMがテナント満足度を高めるためにロビーや共用部の改修を計画したとき、BMが具体的な工事内容や期間、施工業者との連携をしっかり調整しなければ、スムーズに進まない可能性があります。●建物の状態を正確に把握し、長期的な更新計画へつなぐBMが日常の点検や修繕で得た情報は、建物の長期寿命化や資産価値向上のための重要なデータです。PMはこれらの情報をもとに、将来的な大規模改修や耐震補強、あるいは建替えタイミングを検討し、オーナーに提案することができます。●テナント満足度を通じた収益最大化BMが日常管理の質を高めることでテナント満足度が向上すれば、契約更新率や賃料の維持・アップにつながりやすくなります。PMはその結果を分析し、空室リスクの低下や新規テナント募集の強化策として生かすなど、両者の連動が最終的に賃貸経営の安定化につながるのです。 6-4. 旧耐震ビルにPM・BMを導入する意義 特に旧耐震ビルの場合、耐震性の不足や老朽化によるリスクが通常の物件以上に大きいため、専門家による総合的なマネジメントが欠かせません。PM・BMを活用することで、以下のようなメリットが期待できます。(1)リスクの明確化と優先順位の整理耐震補強、設備更新、外装補修など、手を付けるべき部分が多い旧耐震ビルでは、どこをどのタイミングで改修すれば良いのかを明確にすることが課題となります。PM・BMが専門知識と市場動向に基づき、費用対効果の高い改修計画を提示することで、オーナーは優先順位をつけやすくなります。(2)テナント満足度向上による空室リスクの軽減旧耐震というマイナス要素を抱えながらも、日常管理の質を高めることで「清潔・快適・安心」な環境を提供できれば、テナントの離脱を抑止し、新規テナント誘致にもプラスに働きます。BMのノウハウによる円滑なビル運営が、PMが狙う収益最大化にダイレクトにつながります。(3)将来の大きな決断への備えいずれ建替えや売却を検討せざるを得ない場面が訪れるとしても、PM・BMが適切に建物と市場を管理・分析しておけば、最適なタイミングや手法を逃しにくいのが大きな強みです。正確なデータと検証を積み重ねることで、オーナーは意思決定の質を高めることができます。(4)金融機関や行政対応の円滑化耐震補強や再開発に関わる資金調達、法的手続きなどは煩雑になりがちです。PM会社やBM会社には、金融機関や行政との交渉経験を持つスタッフやノウハウを備えているところも多いため、オーナーが苦手とする領域をサポートしてもらえます。 7.旧耐震ビルにPM・BMを導入する具体的メリット 旧耐震ビルのオーナーが日常的に感じている悩みや不安は、「いずれ何とかしないといけない」という漠然とした思いが背景にあります。しかし、一方で建替えや耐震補強を検討する際のコストやリスク、既存テナントへの影響などを考えると、なかなか踏み切れないのが現実でしょう。ここで改めて注目したいのが、PM(プロパティマネジメント)とBM(ビルメンテナンス)の専門家を活用することによる具体的なメリットです。単に“ビル管理のアウトソーシング”という域を超え、オーナーの経営判断を強力にサポートしてくれる要素が多数存在します。 7-1.リスクの「見える化」と優先順位の明確化 ●建物診断と市場分析の総合的視点PM会社やBM会社には、建物診断の専門家や不動産マーケットに精通したスタッフがいます。旧耐震ビルの構造的な弱点や修繕の緊急度、周辺の賃料相場や空室率の動向などを総合的に分析し、どの部分を最優先で補強・改修すべきかを具体的なデータとともに提示してくれます。これまでオーナー個人で「どれが本当に必要な修繕なのか」「耐震補強のタイミングはいつがベストか」を判断しきれなかった課題が、専門家の視点で体系的に整理されるのは大きな価値があります。●不透明コストの可視化と長期修繕計画の策定旧耐震ビルでは、耐震補強だけでなく水回り・電気設備・外壁など、経年劣化に応じて発生する修繕コストが少なくありません。PMは収支シミュレーションの一環として、将来数年~十数年先までの修繕計画を策定・提案できます。事前に修繕費を見積もることで、突発的な出費を最小限に抑え、オーナーの資金計画にも余裕を持たせることが可能となります。●テナントとの借家契約自体がリスク要因見落とされがちかもしれませんが、賃貸契約やテナントとの関係に潜むリスク管理も重要です。経験豊富なPMはテナントの業種や契約内容を精査し、将来的な立ち退きや建替えを見据えた契約形態(定期借家契約の活用等)を提案してくれます。実際、旧耐震ビルにもかかわらず普通借家契約で長期入居を許したために、建替え決断時に多額の立ち退き料を請求され計画が難航した例もあります。こうした事態を避けるためにも、PMの視点で契約やテナント状況を見直し、将来リスクを金額に換算して管理することが大切です。 7-2.賃貸経営の安定化と収益最大化 ●空室率の低減と賃料の適正化PMはテナント募集や賃料設定のプロフェッショナルでもあります。旧耐震ビルというハンディキャップがあっても、適切な賃料査定やターゲットテナントに合わせた募集戦略を取ることで、想定以上に空室率を下げることができる可能性があります。特に、周辺で新築物件が相次いでいる場合でも、共用部の魅力づくりや内装の工夫によって「古いけれど快適に使えるビル」というイメージを訴求する施策を提案してくれます。●テナントリレーションの強化従来、オーナーが直接行ってきたテナントとの賃料交渉やクレーム対応をPM会社が代行することで、オーナー・テナント双方のストレスが軽減されます。テナント側としても、プロの管理担当者がいることで修繕・清掃などの要望を伝えやすくなり、信頼関係を築きやすくなります。その結果、更新率の向上や長期入居が期待できるのです。●運営コストの適正化BM会社が日常管理を担うことで、清掃費や設備点検費用などの見直しが可能となり、余剰なランニングコストを削減できます。また、エネルギー使用量を定期的にモニタリングすることで省エネ対策を検討し、光熱費の削減を実現することもできます。運営コストの低減は、直接的に利回りの改善につながります。 7-3.建物価値向上につながる小規模リニューアルの提案 ●部分的な耐震補強やスケルトン改修耐震補強と一言でいっても、大掛かりな工事だけが選択肢ではありません。BMやPMの専門家の知見を活かせば、部分的な補強工事やフロアごとの改修など、建物全体のコンディションに合わせた柔軟な工事プランを検討できます。特に100坪以下の小規模ビルは、執務スペースを最大限確保しながら安全性を高める工夫が求められるため、現場を熟知した管理会社のノウハウは非常に役立ちます。●付加価値アップによる賃料向上耐震補強と同時に、内装や水回り、空調設備などのリニューアルを実施すれば、従来のマイナスイメージを払拭するだけでなく、テナントに「新しく生まれ変わったビル」というポジティブな訴求が可能になります。結果的に、新築や競合ビルに近いレベルの賃料を設定できるケースもあり、改修投資の回収が早まることが期待できます。●省エネ化やBCP対応の強化耐震性向上だけでなく、非常用電源の確保や省エネ設備の導入など、企業が重視するBCP(事業継続計画)への対応要素をリニューアルに組み込むことで、テナント満足度をさらに高めることができます。PM会社が企業のニーズを把握しているからこそ、単なる耐震補強にとどまらない総合的な改修プランが実現しやすくなります。 7-4.将来の出口戦略(売却・建替え)への備え ●建物状態のリアルタイム把握PMやBMと連携していると、老朽化の進行度やテナントの動向、賃料水準など、意思決定に必要なデータが日常的に蓄積されます。将来的に「やはり建替えや売却を検討しよう」という段階になった場合も、この蓄積データを基に的確な査定や交渉がしやすくなります。●投資家やデベロッパーへのアピール材料売却を検討する際、建物の管理履歴や修繕状況が整然と整理されていることは、買い手からの信頼獲得につながります。PM・BMの専門家が日頃からメンテナンス記録やコスト管理を適切に行っていれば、老朽ビルであっても「手入れが行き届いた物件」として評価される可能性が高まります。●最適なタイミングでの資産入れ替え不動産市況が好調なタイミングを見計らって売却を検討したり、いざ建替える場合でも周辺再開発のスケジュールに合わせたりするなど、PM会社はマーケット情報に精通しているため、オーナーにとって最適な時期やパートナーをアレンジしてくれることがあります。こうした専門家のサポートがあれば、出口戦略に対するオーナーの負担が大幅に減ります。 7-5.ノウハウとネットワークの活用 ●多方面の専門家との連携が得られるPM/BMを行う企業は、建築士事務所や設備会社、金融機関、不動産仲介会社、さらには税理士や弁護士といった専門家とのネットワークを豊富に持っています。旧耐震ビルに必要な改修の検討や資金調達、法的手続きなど、オーナー一人では解決しにくい課題も、こうした連携を通じてスムーズに進めやすくなります。●オーナー自身の管理負担・ストレスの軽減小規模ビルのオーナーの場合、自主管理で対応しているところも多く、トラブル対応に時間や労力を取られがちです。PM・BMを導入すれば、日常管理からテナント対応まで一括で任せられ、オーナーが本業やプライベートに集中できる環境が整います。賃貸経営を続けるうえでのストレスが格段に減り、より長期的な視野でビルの将来を考えられるようになります。 8.PM/BM導入の進め方と事例紹介 旧耐震ビルのオーナーがPM(プロパティマネジメント)やBM(ビルメンテナンス)を検討する場合、どのように進めればよいのか、具体的なステップがイメージできないという方も多いでしょう。ここでは、導入までの一般的な流れと、実際にPM/BMを活用して課題を解決した事例を紹介します。具体例を知ることで、オーナーとしての心構えや期待できる成果がより明確になるはずです。 8-1.PM/BM導入の基本ステップ (1)現状分析・課題の洗い出しまずは、建物の構造や設備、テナント状況、収支バランスなど、オーナー自身も把握しきれていない情報を整理するところから始めます。耐震診断の結果や修繕履歴などがある場合は、あらかじめまとめておくとPM/BM候補の会社との打ち合わせがスムーズです。(2)PM/BM会社の選定・比較PMやBMを行う企業は大小さまざまで、得意とする物件タイプやエリア、提供サービスの範囲も異なります。複数社に声をかけ、提案内容や費用体系、実績などを比較検討し、建物の規模やオーナーの目的に合った会社を選ぶことが大切です。(3)契約内容・業務範囲のすり合わせどこまで業務を委託するのか、たとえば「テナント管理だけ」「清掃・設備点検だけ」といった部分委託にするのか、それとも全面的に任せるのかを明確にします。報告・連絡の頻度や方法、費用の負担範囲などもこの段階でしっかり合意を取り付けます。(4)導入初期のモニタリング・改善提案実際にPM/BMを導入すると、日常管理やテナント対応、修繕計画の見直しなど、多方面で変化が起きます。導入初期は特に、定期的に打ち合わせを行い、現場の問題点やテナントからの意見などをこまめに共有して改善につなげることが重要です。(5)長期的な戦略立案・運用建物の老朽化や耐震性の課題を踏まえたうえで、PM会社が長期視点で改修や投資回収のシミュレーションを行い、具体的な提案をオーナーに示します。BM会社は日常管理のデータを蓄積することで、メンテナンスコストの最適化や設備更新のベストタイミングを見極めます。こうした戦略的な運用が進むほど、建物の安全性や価値向上が期待できます。 8-2.PM/BM導入の事例紹介 ここでは、実際に旧耐震ビルでPM/BM導入を行い、課題をクリアした2つの事例を概観します。どちらも小規模オフィスビルで、オーナーが自主管理しきれない問題を解決し、最終的に収益性・テナント満足度を高めた好例です。事例1:部分改修とテナント満足度向上で空室率を改善●物件概要東京23区内・築40年以上・延床面積600坪・フロア面積50坪前後の小型オフィスビル。オーナーは個人でビルを相続したが、耐震性能や老朽化に不安を抱え、自主管理が手に負えなくなりPM会社に相談。●導入経緯と施策(1)現状診断:耐震診断の結果、フロア中央部にブレース増設を行う部分補強が効果的と判明。同時に、給排水設備の更新が急務であることがわかった。(2)段階的リニューアル:テナント退去が発生したフロアから順次、部分的な補強工事と内装リニューアルを実施。BM会社が工事期間の管理や作業調整を担い、騒音対策や安全確保に尽力。(3)テナント募集戦略:PM会社が周辺市場を調査し、「賃料水準はやや控えめに設定しつつ、清潔感と設備の新しさをアピール」という方針を打ち出した。共有スペースにWi-Fiや電子ロックを導入し、セキュリティと利便性の面で付加価値を高める。●成果とポイント・空室率が導入前の20%弱から、1年後にはほぼ満室に近い状態へ回復。・一部のフロアで光熱費や設備更新費用が削減され、賃料収入との収支バランスが向上。・テナントの評判でも「設備トラブルの対応が速くなった」「内装がきれいで来客時に印象がよい」と好評を得ており、長期入居につながりやすい環境ができあがった。事例2:耐震補強は見送り、建替え前提でBMを活用●物件概要大阪市内・築45年・延床面積1,000坪・低層6階建ての賃貸オフィス。オーナーは高齢で、建替えをいずれ検討していたが、具体的な時期や資金計画が定まらないまま運営を継続。●導入経緯と施策(1)長期視点でのシミュレーション:PM会社が詳細な市場分析を行い、「このまま部分補強と修繕を続けるよりも、建替えの方が長期的には収益が上がる」との結論を提案。オーナーも同意したものの、直ちに建替えられる資金力やスケジュールがなかったため、BMを活用しながら現行ビルの管理を続けることに。(2)BMによる運営最適化:テナントからのクレーム対応や設備故障の早期修繕など、日常管理レベルを引き上げることに注力。更新時期を迎えたテナントには、建替え計画を見据えた短期契約も用意し、柔軟な賃貸条件を提示する方針を取った。(3)資金調達サポート:PM会社がオーナーの借入先金融機関との間に入り、建替え費用の融資枠や共同開発の可能性などをリサーチ。テナントの入居動向やキャッシュフローの安定性を示すことで、有利な条件での融資を得る道筋を整えた。●成果とポイント・設備故障時の迅速な対応やテナントコミュニケーションの充実により、クレームや退去が激減し、賃貸経営が安定。・建替え計画に向けた金融機関との交渉がスムーズに進行し、新ビルの建築資金調達の目途がついた。・2年後の再開発スケジュールに合わせてテナント移転がスムーズに進む見込みとなり、オーナーは“大きな収益転換”への一歩を踏み出せた。 8-3.導入成功のカギ これらの事例から見えてくる導入成功の要因は以下のとおりです。(1)オーナーが課題を明確に認識する事例1では「設備更新も耐震補強も必要」と理解していたことが、素早い部分補強とリニューアルにつながりました。オーナー自身が現状を客観的に把握しているほど、専門家とのやり取りがスムーズになります。(2)PM/BM会社との「役割分担」オーナーは「どんなビルにしたいのか」というビジョンを持ち、それをPM会社やBM会社に伝える。専門家は「どう実現するか」「どの順番で取り組むか」を提案する。この両輪がうまく噛み合うことで、進行中のトラブルにも柔軟に対応できる体制が作れます。(3)長期視点の計画策定とりわけ耐震性や老朽化の問題があるビルは、短期的な部分改修か、それともいずれ大規模建替えか、複数のシナリオを視野に入れて検討すべきです。PM会社が客観的なデータに基づく将来シミュレーションを作成し、オーナーが判断するというプロセスがあれば、リスクを最小限にしながら最適解を模索できます。(4)テナントとのコミュニケーション強化耐震補強や改修工事を実施する際、業務に支障が出ることを理解してもらうためには、丁寧な説明や代替案の提示が重要です。PM・BM会社がテナント対応の専門知識を活かして不満を抑えれば、退去リスクを減らし、むしろ改修後の新しい環境を評価してもらいやすくなります。 9.旧耐震ビルオーナーが知っておくべき心構え ここまで見てきたように、旧耐震ビルのオーナーが建物の安全性や資産価値を守るためには、PM(プロパティマネジメント)やBM(ビルメンテナンス)の積極的な活用が有効な手段となります。しかし、専門家に依頼したからといって、オーナー自身は全く何もしなくてよいわけではありません。むしろ、最終的な方針や投資判断はオーナーが下す必要がありますし、専門家を動かすための明確なビジョンや最低限の知識も欠かせません。ここでは、旧耐震ビルオーナーがPM/BM導入にあたって心得ておくべきポイントを整理します。 9-1.他人任せにしない経営視点 ●“不動産経営者”としての意識を高めるビルを所有し、テナントに貸し出すという行為は、単なる資産保有ではなく事業行為です。古いビルであっても、賃貸経営を続ける以上はオーナーとしての経営判断が求められます。PM/BM会社はあくまでサポート役であり、「最終的な決断と責任は自分にある」という姿勢を持つことで、外部専門家の提案を客観的に評価・採択しやすくなります。●投資効果を理解する耐震補強や建替え、改修にかかる費用をどう回収するか、仮に赤字になる可能性はあるか――こうした投資対効果を冷静に把握することが重要です。専門家の示す収支シミュレーションを鵜呑みにせず、自らも基本的な計算やリスクの見方を知っておくことで、より現実的な経営判断が可能になります。 9-2.投資マインドとリスクマネジメント ●「放置コスト」と「改修コスト」のバランスを考える旧耐震ビルをこのまま放置しておくと、いずれ大地震や設備トラブルなどで大きな被害や修繕費用に悩まされるリスクがあります。一方、耐震補強や大幅な改修には大きな初期投資が必要です。「どちらを選んでもコストはかかる」という視点で、長期的な視野からいずれが得策かを検討することが大切です。●最悪のシナリオを想定する旧耐震ビルが倒壊リスクを抱えている以上、大地震発生という最悪のシナリオは避けては通れません。人命被害を出す事態となれば、オーナーとしての社会的責任は大きく、賠償問題に発展する可能性もあります。安全性確保のためにどこまで投資するのか、そのリスク許容度はどこまでか――専門家の意見を聞きながらも、オーナー自身の腹づもりが問われる部分です。 9-3.専門家とのパートナーシップ ●建築・不動産コンサル・税理士・弁護士との連携耐震補強や建替え、売却などを本格的に検討する場合、さまざまな専門家との連携が必要になります。建築士や構造設計の専門家だけでなく、借入時の金利交渉や税務対策には金融機関や税理士、契約関係の整理には弁護士が絡むケースもあるでしょう。PM/BM会社はこうした専門家ネットワークを持っていることが多いため、オーナーがうまく活用しながらコミュニケーションを取ると、スムーズに意思決定が進みます。●定期的な情報共有とフィードバックPM/BM会社に一任していても、定期的な報告会やミーティングでビルの収支状況や修繕計画、テナントの声などをキャッチアップする姿勢が欠かせません。オーナーからのフィードバックがあれば、専門家もより的を射た提案や改善策を提供できます。“管理を任せっぱなしにしない”のが、長期的なパートナーシップを築く秘訣です。 9-4.将来の決断に備える準備 ●やがて訪れる建替え・売却の可能性旧耐震ビルの場合、どれだけ改修をしても、築年数やスペック面でいずれは建替えや売却に直面する可能性が高いです。「今は耐震補強をしつつ、数年後に売却する」、「このタイミングでリニューアルして、10年後を目処に建替える」など、PM会社が提示するシナリオを検討しながら常に出口戦略を意識しておくことをおすすめします。●ライフプランとの結びつき個人オーナーであれば、自身のライフプランや相続計画とも建物の運命が密接に結びつきます。自分が現役で管理に関われるうちに、どこまで手を加えるか。相続した後継者は同じようにビル経営を続ける意志があるのか。そうした個人的事情も含めて、PM/BM会社と共有することで、より自分に合った提案を受けやすくなります。 9-5.オーナーとしての行動指針 (1)情報収集を怠らない耐震基準や法改正の動向、不動産市況など、オーナーとして追いかけておくべき情報は少なくありません。特に耐震化の義務付けや行政補助の制度は変化が激しいので、PM/BM会社の情報に加え、自治体や国の施策にも注意を払っておきましょう。(2)小さな一歩から動く大規模な耐震補強や建替えには腰が重いと感じても、まずは耐震診断や専門家への相談という小さなステップを踏むことで次の行動が見えてきます。現状把握が進めば、「放置しておくリスク」の大きさを再認識し、自然と行動意欲が高まることもあります。(3)感情的にならずデータを重視する旧耐震ビルに愛着がある、現在の家賃収入が惜しい……といった感情は理解できますが、長期的・客観的な数値データをもとに意思決定することが得策です。PM会社が提供する収支シミュレーションや建物診断の結果は、そのための有力な材料になります。(4)テナントの意見を尊重する実際にビルを使うのはテナントです。改修や工事の計画を進める際には、テナント満足度の向上が最終的な賃料収入やビル価値に直結することを忘れずに。BMを通じてテナントとのコミュニケーションを密に行い、相手のニーズや不満をしっかりと把握する姿勢が大切です。 10.おわりに ──旧耐震ビルと向き合う「今」からの一歩 旧耐震ビルのオーナーとして、毎月の賃料収入が入る現状に安心しながらも、「本当にこのままで大丈夫なのか?」という一抹の不安を抱え続けている方は多いのではないでしょうか。建物は経年とともに少しずつ傷み、そのリスクは時間とともに増大。耐震補強も建替えも、そして売却も、簡単に決断できることではありませんが、だからこそ「放置するリスク」の大きさを再認識してほしい。本コラムで見てきた通り、旧耐震ビルの経営には安全性の課題だけでなく、設備の老朽化や空室リスク、周辺再開発との競合など、さまざまな要素が絡み合っています。一方で、PM(プロパティマネジメント)やBM(ビルメンテナンス)を導入し、専門家のノウハウとネットワークを活かすことで、収益の安定化や改修コストの削減、テナント満足度の向上など、多角的なメリットを得ることが可能になります。さらに、いずれ訪れる“出口戦略”としての建替えや売却の際にも、オーナーが納得できる形で意思決定を行いやすくなるでしょう。 まずはできることから始めよう 「耐震補強なんて、とてもコストがかかりそう」「建替えの資金調達の目途が立たない」「売却には気が進まない」──こうした悩みは、実際に動いてみなければ解決の糸口は見えてきません。まずは専門家に相談し、建物診断や市場分析を受けてみるだけでも、あなたのビルに具体的にどんな課題と可能性があるのかが明確になるはずです。長年の自主管理でどうにかやってきた、というケースほど、プロの視点による客観的な診断が新鮮な発見をもたらすかもしれません。実際、「こんなところに改修優先度の高いポイントがあったのか」といった意外な気づきが、行動へのきっかけになることは珍しくありません。 やがて訪れる大きな決断のために 旧耐震ビルは将来的に、耐震補強だけでなく建替えや売却といった意思決定を迫られる段階がやってくる可能性が高いです。築年数の経過に伴い、賃料がどれだけ下がったら手放すか、どれだけ資金を投下できるか──いずれにせよ、情報不足や市場調査の甘さがあれば、希望する条件で行動するのは難しくなります。しかし、「決断しないまま時が過ぎ、いよいよどうにもならなくなる」という最悪のシナリオを回避できれば、時間をかけて最適な選択を模索することは十分可能です。PM/BM会社と定期的に情報共有し、建物と市場の状態を把握し続ければ、価格交渉や金融機関との融資条件、テナント移転の調整など、大きな動きが必要になった時にも対応がしやすくなります。 オーナーが主役のパートナーシップ PMやBMを導入しても、最後に舵取りを行うのはオーナーであるあなたです。専門家が提供する情報を「どう活かすか」、そして「いつどこまで投資するか」は、オーナーの経営判断にかかっています。しかし、それこそがこの賃貸事業の面白さであり、不動産の可能性を最大化するためのやりがいでもあるはずです。旧耐震ビルならではのデメリットを最小限に抑えつつ、魅力的な物件として生まれ変わらせるか、あるいは時機を見て思い切った決断を下すのか──いずれの道を選んでも、「自分はこのビルの将来に責任を持っている」という意識があれば、納得感のある結果を得やすくなります。 次のアクションステップ (1)専門家への相談を始めるまずは気軽にPM会社やBM会社に話を聞いてみましょう。耐震診断や賃料査定だけでなく、建物全体のポテンシャルや市場動向についても、多くの示唆が得られます。(2)建物診断や計画立案の第一歩を踏み出す建物の老朽化状況や耐震性能を正確に把握し、必要があれば部分的な改修計画を立ててみる。資金計画やスケジュールの概算を出せば、行動イメージが具体化していきます。(3)将来の出口戦略を意識し続ける「いつかは建替えや売却も視野に入る」と認識しながら、日頃からテナントやBM会社とコミュニケーションを取り、管理の質を維持・向上させておく。そうして蓄積されたデータや実績が、将来の大きな決断を支える後ろ盾となるでしょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月13日執筆

築古の賃貸オフィスビルの苦戦と再生へのヒント

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古の賃貸オフィスビルの苦戦と再生へのヒント」を解説したもので、2025年11月10日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに:築古賃貸オフィスビル市場の現状と課題1:資金を大きく投入せずに賃貸オフィスビルを再生する方法2:満室稼働を実現する具体策おわりに:築古ビル再生は戦略的に、そして継続的に はじめに:築古賃貸オフィスビル市場の現状と課題 日本のオフィスビル市場では、1980年代のバブル期に大量供給されたビル群が築30年を超え、ストックの高齢化が進んでいます。東京都心部では賃貸オフィスビルの平均築年数が約33年に達し、中小規模ビルの約9割がバブル期竣工という状況です。こうした築古ビルは設備や内装の老朽化が進み、何も手を打たなければ競争力を失っていきます。さらに近年、在宅勤務と出社を組み合わせたハイブリッドワークが広がるなど、「オフィスは社内コミュニケーションやコラボレーションの場である」という認識が高まっています。その結果、昔ながらの画一的なオフィス空間しか提供できない築古ビルは、テナントに選ばれにくくなっているのが実情です。このような環境下で、築古の賃貸オフィスビルオーナーは苦戦を強いられています。かつては「駅近・新築・大規模」(俗に「近・新・大」)という3条件を満たすオフィスほど競争力が高いとされました。従来は築年数が浅いほど空室率も低く安定していましたが、大規模ビルの開発が相次いでいることもあり、築浅ビルでも空室が目立ちはじめ、築年の古いビルとの差が縮小したとの指摘もあります。しかしそれは「築古ビルでも安泰」という意味ではなく、単にテナントの選別眼が厳しくなり、築浅ビルですら条件が悪ければ敬遠されるようになったということです。実際、「単に場所を貸すだけではテナントはついてこない時代」が既に始まっていると指摘されています。多くの築古ビルでは、テナント誘致のために賃料を下げざるを得ない場面が増えています。しかし、賃料値下げによる空室解消は一時しのぎに過ぎず、長期的には資産価値の低下に直結するリスクがあります。本稿では、賃料を安易に下げずに満室稼働を実現するための戦略と具体策について、事例やデータを交えながら論理的に考察します。築古ビル再生のヒントを探り、オーナーが直面する課題にどのように対処すべきかを明らかにしていきます。 1:資金を大きく投入せずに賃貸オフィスビルを再生する方法 築古の賃貸オフィスビルオーナーにとって、建物や設備の老朽化に伴う改修コストは頭の痛い問題です。立地や規模によっては、過度な投資を回収できないリスクも高く、経営の意思決定が難しくなることも多々あります。しかし、予算が限られているからといって、何もせずに放置してしまえば、築古ビルはさらに価値を下げ、空室率の悪化や賃料下落が進む一方です。ここでは、限られた資金でも実行可能な、建物の魅力アップとランニングコスト削減を両立する具体的な手法を詳しく解説します。 (1)設備メンテナンスの徹底によるコスト抑制 設備をすべて交換するには膨大な費用がかかりますが、既存設備を丁寧にメンテナンスしながら長寿命化を図ることで大幅な投資を回避できます。特に、空調設備のフィルターや熱交換器の定期的な清掃、給排水設備の定期洗浄や点検を行うことで、設備の稼働効率を高め、故障リスクを軽減できます。こうした日常的な保守を継続することで、設備の寿命を延ばし、大規模な設備更新投資を先延ばしにすることが可能です。事例①:港区の築30年ビルの空調メンテナンス対策港区にある築30年超のオフィスビルでは、老朽化した空調設備が頻繁に故障し、夏場のトラブルが続出。そこで、フィルターの定期交換や空調ダクトの清掃を徹底したところ、年間の修理費が40%削減され、冷暖房の効率が向上しました。これにより、テナントの満足度も向上し、契約更新率が改善しました。 (2)ポイントを絞った内装リニューアル 建物全体の大規模リノベーションは費用負担が重いため、ポイントを絞ったリニューアルを行うことで、効率的にビルの印象を改善できます。特に、エントランスや共用部など第一印象を左右する場所に、照明改善や壁・床の美装化などを施せば、ビルの魅力は大幅に向上します。事例②:千代田区のオフィスビルの共用部リニューアル千代田区の築35年のオフィスビルでは、エントランスと廊下のリニューアルを実施。床材を明るいタイルに変更し、照明をLEDに切り替えた結果、「清潔感が増し、古さを感じさせない」という声が増加。結果として新規テナント獲得率が向上しました。 (3)低コストで提供できる付加価値サービス 低予算で付加価値を提供するには、IoTを活用したスマートビル化がおすすめです。後付け型のスマートロックや照明・空調の自動制御システムを導入することで、テナントにとっての利便性や快適性を高められます。これらの設備は比較的低コストで導入でき、かつ設備管理の効率化にもつながるため、運営面でもメリットが期待できます。事例③:渋谷区の中規模ビルでのIoT導入渋谷区にある築32年のビルでは、スマートロックシステムを導入し、テナントがスマホアプリで入退館管理を行えるようにしました。これによりセキュリティが向上し、新規入居希望者へのアピールポイントとなりました。 (4)収益性向上と競争力強化に向けて 以上の施策を組み合わせれば、限られた資金内でも築古オフィスビルの競争力を回復し、収益性の向上を目指すことが可能となります。事例④:中央区の省エネ改修事例中央区の築33年のオフィスビルでは、空調設備の適正運用とLED照明導入により、電力コストを年間15%削減。これにより、共益費の削減にもつながり、結果としてテナントの退去抑制に成功しました。これらの実例からも分かるように、築古ビルの再生には、単なるコスト削減ではなく、設備の適正運用や小規模な改修による魅力向上が重要です。限られた予算内でも、適切な戦略を講じることで、築古ビルの資産価値を維持・向上させることが可能です。 成功事例から浮かび上がるキーワードは、「付加価値」「ターゲット戦略」「運営力」です。建物のハード(物理的な質)を高めることに加え、どのテナント層にどんな価値を提供するかを明確に描き、それに沿った改修・サービスを行うことが満室への近道となっています。一方で、すべての築古ビル再生プロジェクトが成功するわけではないことにも注意が必要です。改修に多額の費用を投じて内装を一新し、「これで賃料アップだ」と意気込んでも、肝心の入居者が集まらなければ投資回収は困難です。例えばデザイン優先で改装したものの立地の弱みを補いきれず、高めに設定した賃料に見合うテナントが見つからなかったケースや、テナントのニーズを読み違えて設備投資が空回りした例も報告されています。また、築古ビル特有の課題(耐震性や法規制上の制約など)を無視して表面的なリニューアルに終始した結果、「見た目は綺麗でも安心して入居できない」と敬遠されてしまう失敗もあります。こうした事例から学ぶべきは、市場ニーズや物件の本質的課題を見極めずに闇雲にリノベーションしても成果は出ないという点です。再生策を講じる際には、しっかりとした戦略とニーズ分析に基づいて計画を立てることが不可欠でしょう。以下では、築古オフィスビルを満室稼働させるための具体的な対策をいくつかの観点から掘り下げます。成功事例のエッセンスと失敗例の教訓を踏まえつつ、費用対効果を意識した実践的な手法を紹介していきます。 2:満室稼働を実現する具体策 (1)低予算で実施する設備更新・内装リニューアル 築古ビル再生の第一歩は、建物の基本性能と印象を底上げするハード面の改善です。限られた予算内でも工夫次第で効果的な改修は可能です。ポイントは「コストパフォーマンスの高い箇所から優先的に手を付ける」ことです。▪ 基本設備の基盤整備:古いビルでは空調や電気設備の老朽化により室内環境が劣化していることが少なくありません。空調設備の調整やフィルター清掃、必要に応じた更新を行い、適切な温度・空気質を維持しましょう。設備(とくに空調)の性能向上はテナント満足度を高め、ビル競争力の向上につながります。古い空調機を高効率機種に交換すれば省エネ効果も得られ、テナントの光熱費負担を下げられる可能性があります。▪ 内装・共用部のリフレッシュ:次に取り組みたいのがビル内外の見た目の改善です。第一印象を左右するエントランスやロビーは、比較的低コストな改修で大きな効果が期待できます。壁や天井の塗装を明るい色調に塗り替える、床材やカーペットを新調する、照明をLED化して明るさと省エネを両立する、といった改装は定番ながら有効です。特に照明のLED化は初期費用こそかかるものの電気代削減効果で数年程度で投資回収できるケースも多く、長寿命化によりメンテナンス頻度も減らせます。また、水回り(トイレや給湯室)の清潔感は入居検討者が重視するポイントです。古いトイレ設備を最新の節水型に交換したり、和式トイレしかない場合は洋式化したり、内装を明るく改装するだけでも印象は格段に向上します。男女別トイレの設置が難しい小規模ビルでも、内装をリニューアルし清掃を行き届かせることで「清潔で安心」なイメージを与えられます。共用廊下や階段も照明と内装を整備し、防犯カメラを設置することで安全性と快適性を訴求できます。▪ 部分改修で費用対効果を最大化:すべてを一度に直す予算がない場合は、ポイントを絞った部分リニューアルで段階的に価値向上を図りましょう。たとえば「エントランスホールのみ先行改修」「空室となっているフロアをモデルルーム化」「エレベーターの制御装置更新による待ち時間短縮」など、投資額に対してテナント受けする効果が高い部分から着手します。費用を抑える工夫としては、既存の什器や間仕切りを活用・再配置する、レイアウト変更を伴わない模様替え中心の工事にする、安価でもデザイン性の高い建材を取り入れる、といった方法があります。また、「古さ」を逆手に取る発想も有効です。内装のレトロな雰囲気をあえて残し、ヴィンテージ風オフィスとして売り出した例もあります。天井の躯体をあらわしにしてインダストリアルデザイン風に仕上げたり、昭和レトロな外観を活かして味わいのあるクリエイティブオフィスとしてPRすることで、画一的な新築ビルにはない個性を求めるテナントを引き付けられる場合もあります。このように、低予算でも「安全性の底上げ」と「印象の刷新」を両立する改修を進めることで、築古ビルのマイナスイメージを払拭し競争力を高めることができます。小さな改良の積み重ねがテナント満足度を向上させ、結果として高稼働率・賃料維持につながるのです。 (2)テナントニーズを捉えた運営工夫と差別化戦略 ハード面の改善と並んで重要なのが、ソフト面での戦略、すなわちテナントのニーズに合った運営とサービスの提供です。ただ空間を貸すだけでは選ばれない時代だからこそ、ビル独自の付加価値を打ち出し差別化を図る必要があります。ここではテナントターゲットの見直しと賃貸条件・サービス面での工夫について具体策を考えてみましょう。▪ ターゲット層の再設定:築古ビルが従来想定していたテナント像(例えば近隣の中小企業向け事務所利用など)に固執していては、市場の変化に取り残される恐れがあります。成功事例にあったように、発想を転換して新たな需要層を開拓することが鍵です。昨今増えているスタートアップ企業、ITベンチャー、地方や海外から進出してくる企業など、数十年前には少なかったターゲットが台頭しています。彼らは大企業ほどオフィスに高い予算は割けないものの、働きやすい環境やクリエイティブな雰囲気を求めています。また、小規模でもセキュアで快適なオフィスを必要とする専門士業(士業事務所)や、リモートワーク普及で郊外勤務を希望する従業員向けのサテライトオフィス需要なども見逃せません。自ビルの立地や規模に照らし、「このビルならでは」のターゲット層を定め、その層に響く改装・サービスを考えましょう。例えば駅から距離があるビルでも駐車場があれば車移動が主なテナントを狙う、都心でエリアイメージが良くない場所ならあえてクリエイター向けに内装を個性的にしてみる、といった戦略が考えられます。ターゲットを明確に絞ることで、その層に特化した売り込みができ、結果として満室につながりやすくなります。▪ ビルブランディングと情報発信:築古ビルを再生する際には、そのビルのコンセプトや強みを明確に打ち出すことも大切です。ただ安いというだけではなく、「○○な人たちが集まるビル」「△△な働き方ができるオフィス」といった物語性を持たせるのです。ビルのブランドを育てていく姿勢はテナントにも伝わります。具体的には、ビルの名前をリブランディングしてみるのも一案です。築年数が古いままの名前より、コンセプトに合ったネーミングやロゴを作成して刷新すれば、新規顧客の目にも留まりやすくなります。リニューアル工事のタイミングに合わせて内覧会イベントを開催し、当社メディア・サイトで紹介記事を掲載するなど、積極的な情報発信で「生まれ変わったビル」をアピールしましょう。最近ではリノベーション専門の不動産メディアや、テナントリーシング支援のプラットフォームもありますので、そうしたチャネルを活用して露出を増やすのも有効です。オフィス探しをしている企業だけでなく、不動産仲介業者に対してもビルの売りを明確に伝え、認知度を高めておくことで紹介件数アップが期待できます。▪ テナントとのコミュニケーション向上:ソフト面の充実として忘れてはならないのが、既存テナントとの関係構築です。現在入居中のテナントの満足度を上げることは、退去防止と口コミ効果につながります。小規模ビルでは管理人が常駐しない場合も多いですが、その場合でも管理会社が定期的に巡回した際に、こまめにチェックして、設備不具合の対応を早める、共用部の清掃頻度を上げる、といった地道な施策がテナントの愛着を育み、長期入居や知人企業の紹介といった形で報いてくれるでしょう。「このビルの管理は信頼できる」という評判が立ち、多少古いビルでも安心して入居できるとの評価につながります。結果として空室が出ても別のテナントで埋まりやすくなり、安定稼働・賃料維持に寄与するのです。 (3)省エネ改修・エネルギー管理の強化による付加価値創出 近年、企業の環境意識の高まりやエネルギー価格の上昇を背景に、オフィスビルの省エネルギー性能は重要な競争力の一つとなっています。ビルの省エネ性能を高めることは光熱費の削減による運営コスト低減だけでなく、「環境に配慮したオフィス」という付加価値を生み、テナント企業のイメージ向上にもつながります。ここでは、築古ビルでも実践できる省エネ・エネルギー管理強化策を考えてみましょう。▪ 照明・空調の省エネ化:オフィスビルで電力消費の大きな割合を占める照明と空調の高効率化は、省エネの要です。照明は前述の通りLED照明への更新が効果的で、消費電力を約半分程度に削減できるケースもあります。人感センサーを設置して人がいない時には自動で消灯するシステムを導入すれば、無駄な点灯を防げます。空調については、旧式の個別空調機(パッケージエアコン等)で効率が悪いものはインバーター式の省エネ型に交換する、セントラル空調の場合は熱源機器やポンプ類の高効率型への更新や制御システムの最適化を行うことで、かなりの省エネが期待できます。また、テナントが退去したフロアなど未使用区画の空調を停止・間引き運転できるようゾーニング制御を取り入れるなど、きめ細かなエネルギー管理を行うことも重要です。ビルのエネルギー使用量を見える化するスマートメーターやエネルギー管理システム(BEMS)を導入すれば、テナントごとの使用量を把握して省エネ意識を高めたり、ピーク電力を抑制したりといったデータに基づく運用改善が可能になります。省エネ改修の結果、CO2排出量削減や電気料金削減といった具体的数値が出れば、それ自体をビルのセールスポイントとして訴求できます。▪ 断熱性能の向上と快適性アップ:築古ビルでは窓サッシや外壁の断熱性能が低く、外気の影響を受けやすいため空調負荷が大きくなりがちです。可能であれば窓ガラスを複層ガラスに交換したり、窓枠に後付で断熱内窓を設置することで断熱性を高められます。簡易な対策としては窓ガラスに遮熱フィルムを貼るだけでも冷房負荷を減らす効果があります。夏場の直射日光が強い開口部には外部に可動ルーバーや日よけ(オーニング)を設置し日射を遮る工夫も有効です。逆に冬場の熱損失を防ぐため、出入口に風除室やエアカーテンを設けることも検討できます。こうした断熱改修はテナントの光熱費負担軽減につながるだけでなく、室内の温度ムラが減り快適性が向上する副次効果もあります。室温の安定したオフィスは従業員の生産性や健康にもプラスに働くため、テナント企業にとってもメリットが大きいポイントです。 (4)スマートビル化・付加価値サービスの導入による競争力強化 テナントの要望が高度化する中、築古ビルでもテクノロジーの力を借りて付加価値サービスを提供することが求められています。いわゆる「スマートビル」的な機能は何も最新鋭のビルだけのものではありません。近年は後付け可能なIoTソリューションやサービスプラットフォームが数多く登場しており、中小の築古ビルでも比較的容易に導入できるようになっています。ここでは、テクノロジー活用によるサービス向上策と付加価値創出の方法を見ていきます。▪ IoTによるビル管理の効率化と快適性向上:まず挙げられるのが、ビル管理業務へのIoT導入です。センサーやネットワークを活用して設備の稼働状況や各種環境データを収集・制御することで、旧来型のビルでも最新ビルと遜色ない管理レベルを実現できます。たとえば、水漏れセンサーや設備異常検知センサーを設置しておけば、故障やトラブルの兆候を早期に把握し対処できます。エレベーターやポンプなどの主要設備にもIoT監視を付ければ、異常時に迅速なメンテナンス対応が可能となり、サービス停止時間の短縮や事故防止による信頼性向上につながります。さらにセキュリティ面でも、顔認証やICカードによる入退館管理システムを後付け導入する例が増えています。非接触で解錠できるスマートロックやスマートセンサーライト、防犯カメラのネット連携などにより、小規模ビルでも安全・安心なスマートセキュリティ環境を整備できます。古いビルでも後付け技術でそうした環境が実現できるなら、テナントの安心感は格段に増すでしょう。▪ テクノロジー導入の費用対効果:スマートシステムや付加価値サービスを導入する際には、その費用対効果も考慮しましょう。幸いなことに、クラウドサービスやIoT機器の普及で初期投資ゼロ~小額で始められるサービスも多くなっています。例えば入退館管理システムは、クラウド型サービスを月額課金で利用すれば高価な専用機器を買う必要がありません。スマートロックも1台数万円程度からあり、工事も簡単です。また、テナント向けのスマホアプリを提供し、ビルの設備予約(会議室予約や空調延長申請など)を便利に行えるようにするサービスもあります。自社ビル専用アプリを開発するのは費用がかかりますが、既存のプラットフォームを使えば比較的安価です。重要なのは、テナント目線で「このビルに入ると便利」と思える仕組みを一つでも増やすことです。最新ビルでは当たり前の仕組みも、築古ビルで導入すれば大きな差別化になります。それがオーナーにとっても省力化・効率化につながるものであれば一石二鳥です。例えばオンライン上でテナントからの問い合わせや工事申請を受け付ける仕組みを導入すれば、対応履歴も残り管理もしやすくなります。小規模ビルゆえに人的サービスでカバーしていたことをIT化することで、逆にきめ細かなサービス提供が可能になる分野もあるでしょう。このように、スマート技術とサービスの導入は、築古ビルに現代的な付加価値をもたらし競争力を高める有効な手段です。テクノロジーは日進月歩で進化しており、今後も新たなソリューションが生まれるでしょう。オーナーとしては常に情報収集を怠らず、自ビルにフィットしそうなサービスがあれば積極的に試してみる姿勢が大切です。大掛かりな設備投資をしなくても導入できるサービスは数多くありますので、「築古だから…」と尻込みせずチャレンジすることで、テナント満足度と稼働率アップにつなげていきましょう。 おわりに:築古ビル再生は戦略的に、そして継続的に 築古の賃貸オフィスビルが直面する苦戦の背景と、再生への具体的ヒントを述べてきました。重要なのは、単に賃料を下げる安易な道に逃げるのではなく、戦略を持ってビルの価値を高める取り組みを行うことです。幸いにも、多くの成功事例が示すように、工夫次第で築古ビルは見違えるように蘇り、テナントにとって魅力的な存在になり得ます。老朽化が進むオフィスストックが大量にあるということは、裏を返せば変革の余地がそれだけ大きいということです。オーナーにとってはチャレンジであると同時に、大きなチャンスとも言えるでしょう。再生策を講じる際には、まず自ビルの強み・弱み、市場環境やターゲットのニーズをしっかり分析することが出発点です。その上で、本稿で述べたようなハード・ソフト両面の手立てを組み合わせ、自社の事情に合ったロードマップを描いてください。すべてを一度に実現する必要はありません。小さな改善を積み重ね、それをテナント募集のアピール材料として発信し、徐々に稼働率と収益性を高めていくことが現実的です。一度満室を達成しても油断は禁物で、市場動向やテナント要望は刻々と変化します。定期的にビルの状況を見直し、新たな競合ビルの動きや技術トレンドをチェックして、常にアップデートを図る姿勢が求められます。「単なる古いビル」だった物件が、リニューアルやサービス強化によって「選ばれるオフィス」に進化したとき、適正賃料で高い稼働を維持し、資産価値も向上する好循環が生まれます。築古ビルが持つポテンシャルを引き出し、テナントにとってもオーナーにとってもWin-Winとなる再生を実現するために、本稿のヒントがお役に立てば幸いです。築古ビル再生の成功例が増えれば、マーケット全体の活性化にもつながります。老朽化ストックが多い日本のオフィス市場において、一つひとつのビルが再生への一歩を踏み出すことで、新築偏重ではない持続可能な発展が期待できるでしょう。ぜひ、専門家の知見や周囲の協力も得ながら、ビジネスライクかつ柔軟な発想で築古ビルの再生にチャレンジしてみてください。満室稼働のその先に、ビルとテナント双方の明るい未来が拓けるはずです。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月10日執筆

東京・築古中型賃貸オフィスの適正賃料と空室対策【実践ガイド】

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「東京・築古中型賃貸オフィスの適正賃料と空室対策【実践ガイド】」のタイトルで、2025年11月5日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次1.導入:東京の築古・中型オフィス市場の現状と課題2.適正賃料の具体的な決め方3.空室対策の具体的実践4. 築古オフィスにおける成功・失敗事例5.今後の市場展望とオーナーが取るべき戦略6.まとめと実践的チェックリスト 1.導入:東京の築古・中型オフィス市場の現状と課題 近年、東京の築古・100坪以下の中型オフィス市場は、大きな変化に直面しています。テレワークの普及やフレキシブルワークスペースの台頭により、従来型のオフィスに対する需要が変化し、築古オフィスビルの競争力が問われています。築年数の経過に伴い、設備の老朽化やレイアウトの陳腐化が進み、新築やリノベーション済みのオフィスとの競争で不利になりがちです。また、近年のエネルギーコストや修繕費の上昇も、オーナーにとって大きな負担となっています。こうした背景の中、適正な賃料設定と効果的な空室対策を講じることが、オーナーにとって不可欠な経営戦略となっています。 空室対策と適正賃料設定の重要性 築古オフィスのオーナーが直面する最大の課題は、「適正な賃料を設定しつつ、安定したテナントを確保すること」 です。賃料を相場より高く設定すれば空室が長期化し、低く設定すれば収益性が低下します。さらに、安易な値下げによってビルのブランド価値が低下し、長期的な不利益を被る可能性もあります。また、単純に賃料を調整するだけでなく、ターゲットとするテナント層のニーズを正確に把握し、適切な付加価値を提供することが求められます。本コラムでは、適正な賃料の設定方法と、実践的な空室対策の手法を紹介し、築古オフィスの収益性向上に貢献することを目的としています。 本コラムの目的と読者への提供価値 本コラムでは、築古オフィスのオーナーが直面する課題に対し、「適正賃料の決め方」 と 「効果的な空室対策」 を実践的な視点から解説します。特に、以下の点に焦点を当てます。・市場調査を基にした適正賃料の算出方法・賃料値下げ以外の空室対策の実践例・ターゲットテナントの特定と誘致の戦略・収益最大化のためのリスク管理・成功・失敗事例から学ぶポイント築古オフィスを所有するオーナーが、本コラムを通じて、収益を確保しつつ安定したテナント確保ができるよう、具体的なアクションプランを提供していきます。 2.適正賃料の具体的な決め方 競合物件調査と比較方法(賃料・設備・立地の比較ポイント) 適正賃料を決めるためには、まず市場調査が欠かせません。競合物件と比較し、賃料設定の妥当性を判断する必要があります。調査する際の主なポイントは以下の通りです。・賃料水準:近隣エリアの築年数・設備が類似したオフィスの賃料相場を把握する。・設備・仕様:エレベーターの有無、セキュリティ設備、エアコン、トイレの新旧など。・立地条件:最寄駅からの距離、周辺環境(飲食店・コンビニの有無)、繁華性の違い。・入居率の傾向:周辺物件の稼働率を把握し、需要が高いか低いかを確認する。不動産ポータルサイトや地元の不動産仲介業者との情報交換を通じて、競合物件の最新情報を収集し、自社ビルの強み・弱みを分析することが重要です。 適正賃料の計算方法と実際のシミュレーション事例 賃料設定の基本的な考え方は、市場相場+自社物件の付加価値-築年数や設備劣化による減点 というフレームワークで整理できます。例えば、同じエリアの新築ビルの賃料が 20,000円/坪、築10年のビルが 15,000円/坪 だった場合、築30年のビルでは 12,000~14,000円/坪 が適正な範囲となる可能性があります。また、賃料を設定する際には、以下の要素も考慮する必要があります。・想定される稼働率:賃料を上げすぎると空室が長期化するリスク。・運営コストとのバランス:固定資産税、修繕費、水光熱費の上昇分を賃料に転嫁できるか。・テナントの経営状況:ターゲットとする企業が支払える賃料帯の確認。 フリーレント・保証金の設定基準と考え方 競争力のあるオフィス賃貸市場では、フリーレント(一定期間の賃料無料)や保証金の条件を適切に設定することで、テナントの入居を促進できます。●フリーレントの目安・競争の激しいエリアでは「2~3ヶ月のフリーレント」を設定することが一般的。・ただし、長期間のフリーレントは短期契約リスクが高まるため、最低1年以上の契約を前提とする。●保証金の設定・相場として、賃料の6ヶ月~12ヶ月分が一般的。・テナントの信用力によって調整可能(上場企業などは保証金を抑えられるケースも)。 築古ビルにおける「適正賃料水準の引き下げ」と「一時的な賃料値下げ」の違い 築古ビルで賃料設定を検討する際には、「市場環境に合わせて適正賃料そのものを引き下げること」と「短期的な目的で一時的に賃料を値下げすること」を明確に区別して考える必要があります。●適正賃料水準の引き下げ(長期的な調整)・築年数の経過、市場ニーズの変化、競合ビルの相場などを考慮して客観的に算出されます。・ビルの競争力を維持し、安定した入居率を長期的に保つため、定期的かつ戦略的な見直しを行います。●一時的な賃料値下げ(短期的・臨時的措置)・急な空室や資金繰り改善など、短期的な目的のために期間限定で実施します。・臨時措置であることをテナントに明確に示し、期間終了後には適正賃料に戻すことを前提とします。この2つの賃料変更を曖昧にすると、特に一時的な値下げによるネガティブな影響が目立ち、以下の問題を招く恐れがあります。●テナントの質の低下・大幅な賃料引き下げによって、財務基盤の弱い企業が入居しやすくなり、賃料滞納や短期間での退去リスクが高まります。●長期的な収益性の悪化・一度下げた賃料を市場回復時に元の水準に戻すことが難しくなり、既存テナントとの交渉も難航します。結果として長期にわたり低収益状態が続く危険性があります。●市場評価の低下・周辺相場を乱すほどの値下げは、地域の賃料水準そのものを引き下げる可能性があり、資産評価が下落し、不動産価値を毀損する原因にもなります。したがって、賃料値下げを検討する場合には、「短期的措置」としてフリーレントや短期契約など柔軟な方法を採用するとともに、基本となる適正賃料を守り、設備改善やサービス強化など別の方法でビルの競争力を高めることが重要になります。 3.空室対策の具体的実践 設備投資と賃料調整のバランス・優先順位 空室対策において、設備投資と賃料調整のどちらを優先するかは、オーナーにとって重要な課題です。一般的に築古オフィスでは、大規模な設備投資を行うよりも、必要最小限の設備改善に留め、適正な賃料水準を維持する方が効果的なケースが多いです。設備投資を行う場合は、特に空調設備やトイレ・給湯設備の改善、LED照明への変更、通信環境の整備など、テナントが直接的にメリットを感じる部分に集中すると、競争力の強化につながります。ただし、その投資が賃料に反映され、市場競争力を損なわない範囲であることが重要です。設備投資による賃料アップが困難な場合は、賃料の据え置きやフリーレントなどの条件で競争力を高める方が得策です。 ターゲットテナントの明確化と業種別テナント誘致の戦略 空室対策の成功には、明確なターゲット設定が欠かせません。東京都の中小企業の景況調査によると、製造業や卸売業の景況感が改善傾向にあるため、これらの業種に焦点を当てることが現実的です。例えば、製造業であれば営業拠点、卸売業であれば物流拠点兼オフィスとして活用可能な物件の訴求が考えられます。ターゲット業種に合わせて必要な設備や契約条件を整えることで、入居のハードルを下げ、競争力を高めることが可能になります。 賃料以外の付加価値提供策(内装・契約条件・短期契約の活用) 競合との差別化には賃料以外の付加価値提供が効果的です。特に以下の施策が有効です。・内装工事支援:基本的な内装を提供し、入居時のテナント負担を軽減する。・契約条件の柔軟性向上:短期契約や更新条件を柔軟に設定し、新興企業やスタートアップにも魅力的な条件を提示。これらの施策は、投資額を抑えつつテナントにとっての価値を高め、競争力の向上につながります。 収益最大化を意識した空室リスク管理シミュレーション 空室リスクを適切に管理するためには、収益シミュレーションを実施し、リスクを客観的に評価することが重要です。例えば、賃料を一時的に5%下げることによって稼働率がどの程度改善し、年間収益がどう変化するかを計算します。また、設備投資を行った場合の回収期間を明確に算出し、投資対効果を見極めることも必要です。空室が長期化するリスクと賃料を下げた場合の収益影響を比較し、どの施策が最も費用対効果が高いのかをシミュレーションによって判断します。この客観的なデータに基づいた意思決定が、収益の最大化とリスクの最小化を両立させる鍵となります。 4. 築古オフィスにおける成功・失敗事例 適正賃料設定で成功した事例 都内のある築35年・延床面積約80坪の中型オフィスビルでは、市場調査を徹底的に行い、競合物件よりやや低めながらも安易な値下げを行わず、設備投資を最小限に抑えたうえで賃料を設定しました。具体的には、競合物件との比較で賃料帯を周辺相場の約5%低めに設定し、さらにフリーレントを1ヶ月提供するという魅力的な条件を打ち出しました。その結果、新規テナントの獲得に成功し、稼働率は半年で70%から95%にまで向上しました。入居後のテナント満足度も高く、長期安定テナントの確保に成功し、収益基盤が安定しました。成功の要因は、競合との差別化を明確に図ったこと、そして適切な価格設定と柔軟な条件提示をバランスよく組み合わせたことにあります。 賃料設定の失敗例とその原因分析 一方、別のオフィスビル(築28年・90坪)では、早急な空室改善を狙い賃料を20%引き下げました。一見、短期的には空室が埋まり、表面的には成功したかに見えましたが、低賃料に惹かれて集まったテナントは財務基盤が弱く、入居後まもなく賃料滞納や契約違反が頻発しました。さらに、一度下げた賃料を市場の回復時に元の水準に戻そうとした際、テナント側から強い抵抗を受け、交渉が難航し、結果的に長期にわたる収益性の悪化を招きました。この失敗の主な原因は、十分な市場調査を行わず、競合との賃料差や入居するテナント層の特性を考慮せずに単純な価格競争に走ったことにあります。また、目先の稼働率改善ばかりを追求し、長期的な収益安定を見据えた戦略を欠いていた点も問題でした。 設備投資を最小限に抑えて空室を改善した事例 別の築32年の70坪のオフィスビルでは、空室が続き賃料収入の減少が深刻な状況にありましたが、大規模なリノベーションではなく、必要最低限の設備投資に抑えて空室対策を実施しました。具体的には、テナントニーズを把握するためのヒアリングを行い、Wi-Fi環境の整備と共用部分の照明をLEDに変更するという比較的低コストな施策を導入しました。さらに契約条件にも工夫を加え、短期契約や柔軟な更新条件を提供し、小規模企業や成長段階のスタートアップにも入りやすい環境を整備しました。この結果、初期投資の抑制を実現しつつも、新規テナントが集まりやすい環境が整い、1年以内に空室率を50%から10%にまで劇的に改善しました。この事例からも、無理な設備投資を避けながら、テナントニーズを捉えた最低限の設備改善と、契約条件の柔軟性を組み合わせることが、費用対効果が高く現実的な空室対策であることが明らかです。 5.今後の市場展望とオーナーが取るべき戦略 2025年以降のオフィス市場予測 2025年以降、東京のオフィス市場はますます競争が激化する見通しです。特に都心部では、大規模な再開発プロジェクトによって大量のオフィス供給が予定されており、虎ノ門や品川・高輪ゲートウェイ周辺、芝浦などのエリアにおいては超大型ビルが相次いで竣工する予定です。これら最新設備を備えた新築の大型物件が供給されることにより、大企業を中心に既存ビルからのテナント移転が加速する可能性があります。その一方で、中小企業やスタートアップ企業のオフィスニーズは依然として一定の水準で維持される見込みです。賃料が比較的手頃で柔軟な契約が可能な中型オフィスに対する需要も根強く、特に50~100坪の物件では、使い勝手の良さが評価される傾向にあります。ただし、大型オフィスでも、フロア分割して中規模テナントをターゲットとした戦略をとるケースも見受けられ、中型オフィスも厳しい競争に晒される可能性があります。また、大企業でも本社機能の一部を中型オフィスへ移転する企業が増える一方、リモートワークの浸透によるオフィス面積の縮小が進む企業も多いため、市場の二極化がさらに鮮明になると予測されます。こうした複雑で変動する市場環境下でオーナーが競争力を維持するためには、個々のテナントニーズを正確に捉え、柔軟で的確な対応を取ることが必要です。 長期視点で資産価値を維持・向上させる戦略 築古オフィスのオーナーが中長期的に資産価値を維持・向上させるためには、以下のような戦略を実践することが重要です。・定期的な市場調査と適正賃料の再評価:周辺市場の変化や競合物件の動向を定期的に分析し、適正賃料の見直しを戦略的に実施します。単なる値下げではなく、市場ニーズに合った柔軟な賃料設定やインセンティブ提供を検討します。・最低限の設備投資による効率的な改善:大規模リノベーションではなく、通信環境の改善、LED照明導入、空調設備の効率化など、費用対効果の高い最低限の設備改善に絞った投資を行います。こうした投資はテナント満足度の向上と維持につながります。・柔軟な契約条件の提示による空室リスク管理:短期契約や柔軟な更新条件を整えることで、多様化するテナントニーズに対応します。特にスタートアップ企業や拡張・縮小が頻繁な企業にとっては、契約の柔軟性が重要な決定要素となります。・ブランド力の強化と付加価値の創出:築古オフィスのブランド力を向上させるため、特徴的なデザインの共用部整備やテナントサービスの充実を図ります。これにより、競合物件との差別化を明確にし、賃料水準を守りつつ高い入居率を維持できます。これらの戦略を適切に実践することで、市場環境の変化に柔軟に対応しながら、築古オフィスビルの競争力を保ち、長期的な収益性向上を実現することが可能となります。 6.まとめと実践的チェックリスト 記事の要点整理と行動ポイント 本コラムでは、築古・100坪以下のオフィスビルを所有するオーナーに向けて、適正賃料設定と具体的な空室対策について解説してきました。主なポイントを整理すると以下の通りです。・市場調査に基づいた適正賃料設定を定期的に実施すること。・安易な賃料値下げは避け、競合と差別化できる付加価値を提供すること。・設備投資は最低限にとどめつつ、テナントのニーズに応じた改善を実施すること。・契約条件の柔軟性を高め、多様なテナントニーズに応えること。・ターゲットテナントを明確化し、戦略的なテナント誘致を図ること。・長期的な視点で資産価値を維持・向上させる戦略を立てること。 不動産専門家・プロパティマネジメント会社との協業チェックリスト オーナー自身がすべての施策を実施することは現実的ではありません。そのため、不動産専門家・プロパティマネジメント(PM)会社との連携・協業が非常に重要です。以下のチェックリストを参考に、専門家・PM会社と円滑に連携し、効果的に施策を推進してください。・周辺市場の情報収集・分析について定期的にPM会社からレポートを受け取る仕組みを構築しているか?・適正賃料設定の根拠となる市場データや競合物件比較を専門家が定期的に提示しているか?・賃料調整や一時的な値下げの判断をPM会社と協議し、リスクとメリットを整理しているか?・設備投資計画の策定にあたり、PM会社がテナントニーズ調査を実施し、結果に基づいて最適な提案を行っているか?・設備投資の費用対効果の分析をPM会社から提示させ、投資判断を共同で行っているか?・フリーレントや契約条件の設定をPM会社に任せる際、目的や意図を明確に伝え、定期的に成果報告を受けているか?・物件の付加価値を高める施策について、PM会社から積極的な提案を受け、それを実施するための計画を共有しているか?・テナント候補の信用力や業績状況に関する審査・評価をPM会社が徹底しているか? 不動産専門家・PM会社との上手な連携方法 築古オフィスビルの運営や管理は専門的な知識と経験を必要とします。オーナー自身が施策の細部までコントロールすることは難しいため、専門家・PM会社を信頼できるパートナーとして協業することが重要です。効果的な連携方法として以下をおすすめします。・定期的なミーティングでPM会社と最新の市場動向、競合物件情報、入居者動向を共有する。・賃料設定やテナント募集戦略はPM会社と共同で策定し、その実施状況について定期的に報告を求める。・設備改善や空室対策については、PM会社からの具体的な提案やシミュレーション結果を評価し、意思決定を共に行う。・PM会社との役割分担を明確にし、オーナーは戦略策定や最終的な意思決定に専念し、日常業務や施策の実行管理を任せる。このような専門家・PM会社との連携を通じて、効率的かつ効果的なオフィスビル運営を目指しましょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月5日執筆
 
 
 
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