それでも、私は“このビル”を持ち続ける ―賃貸オフィスビル・オーナー千人の本音から見えてきた現実と
「このビル、あと何年もつのだろうか」 千人を超えるビルオーナーへの調査から見えてきたのは、空室率改善という数字の裏側で、増え続けるコストと「事業承継」という出口のない問いに独り向き合うオーナーたちの姿でした。
本コラムでは、60代以上が過半数を占めるオーナー層が、なぜ苦労を背負いながらも「持ち続ける」という選択をするのか、その合理的かつ切実な論理をひもときます。
単なる精神論ではなく、管理コスト増大の現実や、マニュアル化できない経営ノウハウの継承問題、そして「売らない」のではなく「辞めにくい」構造までを徹底解説。築古ビルを次世代へつなぐか、あるいは自らの代でどう着地させるか。日々葛藤するすべてのオーナー様へ、現状を整理し、次の一歩を踏み出すための視点をお届けします。
賃貸オフィスビル・オーナーの“顔”が変わらない理由―なぜ60代以上が過半数なのか。事業継承の現実と、“持ち続ける”という選択の背景
千人を超えるビルオーナーを対象にした調査によると、経営者の約6割が60歳以上という結果が示された。
この数字だけを見ると「不動産オーナーの高齢化が進んでいる」といった、よくある表面的な解釈にとどまりがちだ。
しかし、より本質的な問いは別にある。それは「なぜ、その不動産は若い世代に引き継がれていないのか?」という問題だ。
単なるビルのオーナーが歳を取って年齢分布がシフトしたという話ではなく「継承されない構造」がそこにあるのだとすれば、これは今後の賃貸オフィスビル市場にとっても無視できないサインである。
「たった1棟」の重さ
調査によると全体の6割のオーナーは「1〜2棟」しかビルを持っていない。
その中でも主要ビルの延床面積は1,000坪未満が約7割、築年数は33年以上が約半数を占めていた。
つまり、いわゆる“中小型の築古ビル”を少数所有しているオーナーが、全体の多数派を形成しているのである。
地元で父の代から続く賃貸オフィスビルを1棟あるいは2棟、相続して、というような。そうした“零細かつ個人経営的な賃貸オフィスビル事業”が、実は東京の都市経済のベースを静かに支えているということは、あまり語られてこなかった。
そしてこの構図の中には「小規模だからこそ、次の世代に引き継ぎにくい」という側面も浮かび上がってくる。
たとえば5棟10棟と複数のビルを保有する法人オーナーであれば、ビル管理業務を専門の管理会社に任せたりもできるし、事業承継にあたっても、ポートフォリオの組み替えや一部売却などいくつかのがあり得る。
しかし、ビル1棟2棟しか持たないオーナーの場合、その運営は「事業」としての合理性よりも「家族の財産として維持されるもの」として扱われがちだ。
家業の一部として生活と直結するかたちで個人が担っており、意思決定も情緒的・保守的になりやすい。
経営というより“生活の延長線上で背負う資産”といった方が近いだろう。
そして当然ながら、資産規模が小さいほど失敗は許されない。
投資判断は慎重になり、収益のブレには神経質にならざるを得ない。その慎重さが知らず知らずのうちに「誰かに継がせる」という選択肢に、無意識にブレーキをかけていく。
「継がせたい」のに継がせられない―現場にある静かな断絶
相続を見据えて不動産を持ち続けることは今や珍しくない、というか王道の資産運用戦略だ。
賃貸オフィスビルであれば、毎月の賃料収入を得ながらも、相続時の評価額は一定程度圧縮される。現金で保有して相続させるよりも税務上は有利で「子どもに有利に残すために、賃貸オフィスビルを運営し続けている」という高齢オーナーを現場ではよく見かける。
しかしその一方で「相続させた後、息子や娘がこの賃貸オフィスビルの運営を引き継ぐのかどうかは正直わからない」と語る声も少なくない。
調査結果としては表に出てこない部分だが、実務の現場では“継がせたいという親の気持ち”と“継ぎたくないという子の本音”が噛み合わないまま空中に浮いているケースが多いようにも見受けられる。それも無理はない。
オーナー自身が日々の経営の中で「こんなに気を遣って、頑張って、それでも今後、ビジネスとして伸びていくこともない報われることを実感し難い仕事を、子どもにやらせたいか?」と自問してしまうのだ。
ある種の“やらせたくなさ”がオーナー自身の内側からにじみ出てくる。
現時点での賃貸オフィスビル経営は必ずしも“悪い”状況ではない。
ただし、じわじわと増えていく支出。強まる「身を削っている」という実感。これらは無視できないリアリティだ。
具体的な支出増の要因は多岐にわたります。最低賃金の引き上げに伴う清掃員や警備員の労務単価上昇、電気料金の高騰による共益費原価の圧迫、さらには消防法改正や設備点検基準の厳格化によるメンテナンス費用の増加など。これらはオーナーの努力だけではコントロールしにくい「外部要因」であり、知らぬ間に収益を圧迫する大きな要因となっています。
中小規模のビル経営は、単に管理会社に任せておけばいいようなシンプルな商売ではない。
- 修繕のタイミングをどう見極めるか
- 設備更新の必要性と費用の兼ね合い
- テナントとのトラブル対応、賃料交渉の方針
- 法務・税務にかかわるリスク判断
これらすべての決定が、最終的にはオーナー個人に委ねられる。
たとえ実務を管理会社に任せていたとしてもプリンシパル=エ―ジェント問題を無視できない以上、丸投げはできない。利害がズレれば、対応の質もズレていく。
ここで生じるのが、経済学でいう「プリンシパル=エージェント問題」です。オーナー(依頼人)と管理会社(代理人)の利益は、必ずしも一致しません。管理会社にとっては「効率的で利益率が高いこと」が優先されがちですが、オーナーにとっては「長期的な資産価値の維持」が最優先です。この利害のズレがある以上、プロに任せているからといって思考を止めることはできないのです。
しかもそれらの判断はマニュアルでは対応できない「個別対応」の連続だ。
数字だけでは測れない“現場の空気”や“相手の温度感”を読み取る力。地域との関係性、長年の経験値。
そういった、マニュアル化できないノウハウを以てこそ、賃貸オフィスビルをなんとか維持している実態だ。
だからこそ、いまのオーナー世代は思ってしまう。「これは自分で終わらせるしかないかもしれない」と。
それは単に子どもを頼れないという悲観ではなく、むしろ「面倒をかけたくない」という優しさと「誰かに任せるには重すぎる」という冷静な現実認識が交錯した、切実な判断なのだ。
続ける理由は「辞められない」のではなく「辞めにくい」から
都心部であれば、築古であったとしても立地によっては十分に収益が出ている。
また、たとえ駅から多少距離があったとしても「売ろうと思えば売れる」。
それでも多くのオーナーは売らない。それは「苦労しているのに、辞められない」ということでもなく“儲かっているからこそ、辞めにくい”という理屈である。
売ってしまえば、まとまった現金は入る。だがその後の相続税対策は難しくなり、現金の再投資先にも頭を悩ませることになる。
それならば、
- 安定的に賃料収入が入る
- 含み益がある
- 相続評価を抑えられる
こうした理由から、「このまま持っていた方が合理的だ」となる。これはまさに冷静な計算に基づいた“持ち続ける選択”なのだ。
だが、だからといって楽ではない。
築年数が進めば、建物の老朽化とともに「大規模修繕か、建替えか」の判断が求められる。
テナントの立退き、行政との調整、資金調達、相続人の合意、金融機関の査定…。
ビル経営の「終わらせ方」は、“始め方”よりもずっと複雑でずっと重い。
しかもその“正しい出口”が、いつ、どこに、どの条件で現れるのかは誰にもわからない。
ゆえに、こう考えるオーナーが多くなる。
「まだ回ってるうちは、自分の手元でやっておいたほうが安全だ」
この姿勢は決して後ろ向きではない。
それは、“なんとなく続けている”のではなく、“責任ある選択として、持ち続けている”という現代のビルオーナー像である。
このあとの章では「業況は回復した」とされながらも、多くのオーナーが感じている“違和感”―数字と感覚のズレに踏み込んでいく。
“儲かっているから辞めにくい”というリアル
築年数が古くなっていても、都心部の立地であれば賃貸オフィスビルは今なお十分な収益を上げている。
仮に駅から少し距離があるとしても「売ろうと思えば売れる」物件は少なくない。
それでも、多くのオーナーは売却に踏み切らない。
そこにあるのは「苦労しているのに辞められない」という後ろ向きな事情ではなく、“儲かっているからこそ、辞めにくい”という、きわめて合理的な構造だ。
たしかに売却すればまとまった現金は手に入るが、その瞬間から相続税対策が一気に難しくなる。
さらに、その現金をどう再投資するかという新たな悩みも生まれる。
だからこそ、多くのオーナーはこう判断する。
- 安定的な賃料収入がある
- 含み益がある
- 相続評価を抑えられる
これらを踏まえれば「このまま持ち続けたほうが合理的だ」という結論に至る。
これは、“なんとなく続けている”のではない。冷静な計算に基づいた、責任ある選択だ。
税務上のメリットも無視できません。不動産は現金に比べ、相続時の評価額を大幅に圧縮できる可能性があります。特に「小規模宅地等の特例」や「貸付事業用宅地」としての評価減を適用できれば、次世代への負担を大きく減らすことができます。「売るよりも、持ち続けて引き継ぐ方が、家族に残せる価値を最大化できる」という計算が、多くのオーナーの背中を支えています。
ただし、だからといって楽ではない。
築年数が進めば建物の老朽化は避けられず、いずれ「大規模修繕か、それとも建替えか」という重い判断に向き合わなければならない。
そのときにはテナントの立退き交渉、行政との調整、資金調達、相続人間の合意形成、金融機関による資産査定。
さまざまな要素が絡み合い、“終わらせ方”は始めるときよりもずっと複雑で、ずっと重い。
しかも、その“正しい出口”が、いつ・どこで・どんな条件で現れるかは、誰にも分からない。
だからオーナーはこう考えるようになる。
「まだ回っているうちは、自分の手元でやっておいた方が安全だ」
これは決して後ろ向きな姿勢ではない。
むしろ、“今はまだ出口ではない”と判断した上で、責任を持って続けているという、現代の賃貸オフィスビル・オーナーのリアルな在り方である。
次章では「業況は回復した」とされる一方で、多くのオーナーが抱えている“ある違和感”。
数字の好転と、実感の乖離に踏み込み、そのギャップの正体を明らかにしていく。
業況は“回復”した。でも、なぜこんなに不安なのか―「収入が増えた」3割強vs「支出が増えた」3分の2弱。見かけ上の好調と実態のズレ
「ビル経営、今どうですか?」
そう聞かれたとき、「まぁ、悪くはないですよ」と答えるオーナーは意外と多い。
実際、調査では6割強のオーナーが「業況が良い」「やや良い」と答えている。この数字だけを見れば、回復基調にあるように映る。
しかし、その言葉の裏には、どこか言い切れないニュアンスが漂っている。
たしかに「悪くはない」のかもしれない。けれど、なぜか皆が口をそろえて「でもこの先はわからない」と言う。
この“好調のはずなのに、不安が拭えない”という違和感の正体は何なのだろうか。
収入はそこまで上がっていない、むしろ「維持しているだけ」
「業況が良い」という回答の背景を見ていくと「収入が増えた」と答えたのは、全体の3人に1人程度。
残りの多くは「変わらない(約3割)」「減った」「わからない」と答えており、自分の収入の伸びを実感できている層は限定的だ。それでもなお「業況は良い」と答えるのはなぜか。
おそらくそこには、「悪くなっていないことが、むしろ良い」と感じている心理的構造がある。
つまり、“期待値がすでに下がっている”のである。
コロナ禍で空室が一気に増え、「このまま沈むかもしれない」と思っていたあの時期と比べれば、確かに今は落ち着いている。
実際に空室が減り、募集も徐々に動いているという実感が戻ってきているオーナーも多い。
だが、それはあくまで「元に戻った」だけの話であって「前より良くなった」わけではないってことなのかもしれない。
それなのに、「良くなったような気がする」。この心理的なズレが、表面的な好調感を生み出しているのではなかろうか。
支出は容赦なく増える「収入は横這い、コストだけが増加」
さらに深刻なのは、支出の増加である。
調査では支出が「増加した」と答えたオーナーは全体の3分の2にものぼる。
この割合は、「体感的に多い」というレベルではなく、明確に構造的な問題になりつつあることを示している。
特に増加が目立つのは以下の項目
- 公租公課(固定資産税など):約半数が「増加」
- 水道光熱費:3分の2が「増加」
- 修繕費・資本的支出:3分の2が「増加」
ここで注目すべきは、これらのコストが「価値向上」のための投資ではなく、「現状維持」のための出費であるという点だ。
つまり何かを改善するためではなく“悪くならないように守る”ためにコストをかけている。
しかもインフレやエネルギー価格の上昇、人件費の高騰といった外的要因は、ビル経営とは無関係にやってくる。
そうした“外圧的コスト”について、テナントの賃料や管理費を引き上げて即座に転嫁できるわけがない。結果的に、「実入りは据え置き、コストだけが上がっていく」構造ができあがっている。
「持ち出し前提」の時代へ
あるオーナーはこう語っていた。
「毎年建物が歳を取る。何もしなければ老朽化する。でも何かするには金がかかる。そして、何をしても収入は増えない」
この言葉はまさに現代の築古の賃貸オフィスビル経営の縮図である。
実際の現場では、こうした出費が繰り返されている。
- 電気料金の上昇することを踏まえた、エネルギー効率性向上を見据えた空調設備の更新
- 蛍光灯は間もなく製造中止になるので、照明器具のLED化は待ったなし
- 水漏れへの緊急対応としての防水補修
どれも「必要な支出」であることは間違いない。だが、どれも「収益を直接押し上げる支出」ではない。
むしろ「収益を維持するための費用」と言った方が近い。
つまり持ち出しが前提の経営が常態化しているのだ。
“好調”とは「想定よりマシだった」という感覚
結局「業況は良い」と感じている理由は「想定していたよりはマシだった」という安心感に根ざしている。
コロナ禍という偶発的な悪化フェーズを経た今「落ち着いている」「前よりまし」という相対的なポジティブ感がにじみ出ているだけとも言える。
だが、これはあくまで“比較の問題”であって“絶対的な安心感”にはつながっていない。
むしろ日常が戻ったことで「次に本当に必要な打ち手をどうするか」が正面から問われ始めている。
オーナーたちは薄々気づいているのだ。「このままでは、またすぐ限界が来る」と。
だからこそ“好調”という言葉にどこか戸惑いが残る。
次章では、そうした不安の正体に一歩踏み込む。
なぜ多くのオーナーが“価値向上の施策”に踏み出せないのか。
改善が進まないのではなく「進められない理由」があるとすれば、それはいったい何なのか。
ビルを整えられない理由
なぜ価値向上の手が止まるのか「やらない」のではなく「やれない」実情
多くの賃貸オフィスビル・オーナーにとって、「整える」「手を入れる」「価値を高める」といった言葉は、常に頭の片隅にあるはずだ。
老朽化が進むにつれ、どこかのタイミングで何らかの手を打たなければならない、そう感じている人は決して少なくない。
しかし現実には、その“手”が止まっている。思ってはいても、踏み出せない。
調査結果を見ても、その実態は明らかだ。
専用部について「特に何もしていない」と答えたオーナーは全体の6割。共用部においても「特になし」が5割弱。
つまり、半数以上の賃貸オフィスビルで価値向上に向けた施策が未着手のままということになる。
これは単なる怠慢なり、放置ではない。むしろ「やりたくても、やれない」オーナーの心理的な葛藤と、合理的判断の積み重ねにほかならない。
まず立ちはだかる「投資コスト」
施策が進まない最大の理由はやはり「お金がかかる」ことである。
調査でも「多額の投資が必要となる」と回答したオーナーが最も多く、全体の5割強にのぼった。これは当然の反応である。
たとえば空調設備の更新、照明のLED化、エントランスのリノベーション、屋上の防水工事など。
いずれもそれなりの規模の工事であり、数百万円から1千万円越え、場合によっては数千万円規模の出費となる。
しかもその投資が収益増加に結びついて、資金が回収できるかどうかが見通せないという問題がある。
「費用対効果が見込めない」「わからない」と答えたオーナーも4割弱。
さらに調査の結果を読み解くと「建物の寿命が近い」として判断を保留している層も3分の1に達している。
つまり、オーナーが直面しているのは“三重苦”である。
- お金をかけるには勇気が要る(コストが重い)
- 成果が見通せないから踏み切れない(リターンが不確実)
- そもそも、ビル自体、あと何年使えるかもわからない(老朽化と寿命の問題)
この三重苦が「整えたい」という気持ちにブレーキをかけて「整えられない理由」の根底にある。
「正しい打ち手」はコストだけが“見える化”されている
近年、ESG、ZEB、DX―こうしたキーワードがメディアや業界紙に溢れ、賃貸オフィスビル経営において「整えるべき」課題が目白押しである。
だが、こうした論調に接するたび、オーナーの頭にまず浮かぶのは「いくらかかるのか」という現実的な問いだ。
そして問題は、その問いに対して「かけた金額は分かるが、得られる効果はよく分からない」という点にある。
たとえば、ある空調設備を最新機種に更新しても、テナントがつくかどうかは別問題。エントランスの床材を高級にしたから賃料を上げられるか?
そうした問いに対して、確実な“見返り”を示すことはほとんどできない。
調査でも「施策をやってみてよかった」「空室が埋まった」といった“確かな手応え”をもって語られる事例はごくわずかにとどまっていた。
「支出は確定しているのに、効果は不確定なまま」。この非対称性が、オーナーの判断をためらわせる原因となっている。
実は“試してみたけど反応がなかった”層もいる
さらに現場では「一度整えてみたが、ほとんど反応がなかった」というオーナーも少なくない。
エントランスの壁紙を張り替えた、照明をLED化した、外構の一部をちょっといじってみた。
だが、いざ募集をかけても空室は埋まらない。内見の反応も、仲介業者の評価も変わらない。
そして、こう思ってしまう。「結局、手を入れても意味がないんじゃないか」
このような小さな失望体験が積み重なり、次の一手を止めてしまう。
「改善しても報われない」そんな諦めが静かにオーナー心理に根を下ろしていく。
“ビルの性格”は変えられない
築古の賃貸オフィスビルには、それぞれに“性格”がある。
天井が低い。柱が太い。給排水の配管経路が限られている。窓面が少ない。
それらのビルの性格に加えて、駅からの距離が中途半端。
オーナー自身が物件を誰よりもよく理解しているからこそ、こうした限界を日々実感している。そして多くの場合「この“性格”を抜本的に変えるとしたら、建替えるしかない」ことを知っている。
調査でも「建物の物理的な寿命」が価値向上の支障要因として3割強のオーナーに挙げられている。
言い換えれば「限界があることを、誰よりもわかっているから、整えない」という選択もまた、実に理にかなったものなのだ。
だからこそ“整え方”を問い直すべきとき
価値向上といえば、大規模なリノベーションやフルスペックの改修が連想されがちだ。
だが、本当に今求められているのは「整え方そのものの再定義」である。
- どこにお金をかけるべきか
- どこはあえて手を入れず、現状のままにしておくべきか
- どの順番で施策を打つか
- 効果をどう検証し、継続するかどうかをどう判断するか
こうした視点を持たないまま“なんとなくリニューアルする”という姿勢はむしろ危うい。
整えるという行為には戦略と感性、そして割り切りと判断軸が不可欠である。
次章では、そうした判断を支える「静かに整える」実践例に目を向けていく。
それは必ずしも“映える改修”ではない。
維持管理の見直し“できるところから始める”という実務的なアプローチ。
その先にある「続けるための火種」を見つめ直す。
それでも、ビルを整えてみた
リノベーションは“投資”ではなく“段取り”かもしれない
築年数が進んだ賃貸オフィスビルを「整える」ことの難しさは、多くのオーナーがすでに理解している。
資金、タイミング、入居状況、将来の建て替え可能性、そして手間。それらを天秤にかければ「いま無理に動く必要はない」と結論づけるのは、ごく自然な判断だ。
それでも、実際には一部のオーナーたちが静かに、そして現実的に“整えはじめて”いる。
それは大きな改修や派手な演出ではない。数千万円の投資を一気に行ったわけでもない。
むしろ「この状況下で、自分のビルにいま本当に必要な整え方とは何か?」を丁寧に問い直しながら、できるところから、計画的に、段取りとして進めているのだ。
目立たないけれど、確実に効く―共用部の最小リノベ
たとえば、築30年を超える中規模ビルで、「共用トイレと給湯室」だけをリノベーションした事例がある。
専有部には手を加えず、募集条件も大きくは変えなかった。にもかかわらず、施工後すぐに新たなテナントが決まり、賃料収入が増加したので、投資額600万円に対し、8ヶ月ほどで回収できる算出が成り立った。
この改修が成功したポイントは、「映える」見た目の演出ではなく、使い勝手と清潔感の両立に注力した点にある。
- LED照明とミラーで明るさと奥行きを演出
- 掃除しやすく汚れが目立たない床材を採用
- 女性用洗面台への細やかな配慮
- 統一感のある照明と素材選定で、給湯室にも清潔感を付加
どれも派手さはないが、「ここなら安心して借りられる」と感じさせるには十分な“整え”だったという評価ができよう。
一括改修よりも、「構造の整理」と「順序の明快さ」
別の事例では、五反田にあるビルで5フロアとエントランスホールを一括で改修したケースがある。
一見、大規模なリニューアルに見えるが、随所にコストを抑える工夫がなされていた。
- エントランスには白漆喰を使い、光と建具で“上質感”を演出
- 床や天井は既存を活かして再利用
- 水回りはステンレス製で、耐久性と清掃性を重視
- ガラス建具によって視覚的な抜け感をつくり、面積以上の開放感を実現
費用は5,000万円台半ばと大きいが、当時は5フロア分の空室があり「一度に整える」判断には十分な合理性があった。
この事例で注目すべきは、「何を変え、何を残すか」の線引きが極めて明確だった点だ。
- すべてを変える必要はない
- だが、手を入れるところには徹底的に注力する
- 判断基準は「それが入居につながるかどうか」の一点に集約されている
リノベーションに「正解」はない。
しかし重要なのは、行き当たりばったりではなく、“筋の通った構想”として整えることである。
リノベは「投資」ではなく「関係の再設計」である
よくある誤解に「リノベ=投資」という思い込みがある。もちろん、費用が発生する以上は投資であることに違いない。
しかし、実際に起きていることは、「物件との関係を再設計する作業」に近い。
- 現在の入居者に、自分のビルはどう映っているか?
- 内見者が最初に気にするポイントはどこか?
- なぜ空室が長引いているのか、根本原因は何か?
こうした“関係性の棚卸し”を抜きにしてリノベに踏み切っても、効果は限定的で、むしろ的外れな結果に終わることも多い。
リノベは、物件そのものの再評価であり、オーナーとビル、そして入居者との関係を再構築するためのプロセスでもあるのだ。
少しだけ整えて、反応を見るという戦略
何千万円もかけなくても打てる手はある。たとえば、
- 照明の色温度を変更、調整して、雰囲気を一新する
- トイレの壁紙だけを張り替える
- EVホールに案内サインを追加する
- 給湯室の古いカーテンを撤去して、スッキリと見せる
こうした“細かく、静かな整え”でも、内見者の印象やテナントの動きが変わることがある。
もちろん、劇的な成果がすぐに現れるわけではない。
だが「試してみたこと」「小さくても結果が出たこと」が次の一手を考えるための大事な足がかりになる。
整えることはゴールではなく、整えた先に出てくる“反応”こそが、次の展開を導くヒントになるのだ。
次章は「では、その整えた先に何があるのか?」を見ていく。
売却ではなく“持ち続ける”という選択をとったオーナーたちは、いま何を見ているのか。
「諦めではない継続」の背景にある論理と感覚をさらに深く掘り下げていく。
売らない理由、そして“持ち続ける”という決断
「もう、十分だ」と言える日が来るまで。
築古の賃貸オフィスビルを前にしたオーナーたちは、迷っていないわけではない。
修繕は増える。空室も続く。手間はかかるし、周囲からは「もう売ればいいじゃないか」と言われる。
それでも多くのオーナーは「持ち続ける」という選択をしている。
合理的に見えないかもしれないこの判断には、感情だけではない、いくつかの“ロジック”が存在する。
「出口がない」のではなく「出口を選ばない」
「売るに売れない」と言われるが、実際にはそうでもない。都心のビルなら買い手はいるし、価格もそこまで悪くない。
にもかかわらず、なぜ手放さないのか?
答えはシンプルだ。売っても残らないからだ。
売却益が出てもそこから税金を引き、ローンがあれば返済し、管理法人を整理して…と手続きを終えた頃には「あれ?こんなもんか」となる。
それなら“毎年少しずつでも入ってくる”方を選ぶ。
自分で管理すれば経費で落とせるし、相続税評価も圧縮できる。
要するに、オーナーは「辞めないこと」が最もローリスクな運営であることを知っているのだ。
「継がせたくない」は、“やめたい”とは違う
後継者がいない、という声もよく聞く。
しかし、それは「継がせたくない」のであって、必ずしも「辞めたい」という気持ちとは一致しない。
・この大変さを子どもに味わわせたくない
・24時間365日の気疲れを引き継がせたくない
・テナントとのやりとりは人格勝負。それを人に任せるのは難しい
こうした心理の裏側には、“まだ自分がやった方がマシだ”という判断がある。
言い換えれば、ビルを手放す覚悟より、続ける忍耐の方が軽いという状況なのだ。
“辞めどき”は利益で決まらない
どこまでやったらこのビルを卒業できるのか、どこまで頑張ったら「もう十分」と言えるのか。
これは利益率や満室率では測れない感覚の話だ。
例えば、
・すべての空室に、想定していたテナントが入った
・入居者との関係が落ち着き、やるべきことが明確になった
・自分のやりたかった改修が一通り終わった
そういう「納得のプロセス」を通ったときに、オーナーはようやく「もう手放してもいいかもしれない」と思える。
この意味で“辞めどき”とは、単なるタイミングではなく「自分なりにちゃんと着地した」と思える状態なのだ。
“資産”から“生活の一部”へ
築古ビルを長年持ち続けたオーナーにとって、それはもはや単なる不動産ではない。
「所有している」以上に「暮らしてきた」という実感がある。
毎月の家賃振込、電球交換の手配、設備更新の見積もり、退去連絡の処理。
ビルの呼吸に合わせて暮らしてきた日々が、いつの間にか“生活の一部”になっている。
だからこそ、売るという判断には資産としての合理性以上の迷いが生まれる。
たとえ数字で見れば十分に“売りどき”であっても、手放すということは、
「これまでの自分の営みをひと区切りつけること」と重なるからだ。
それは単なる資産整理ではない。
それは「自分の一部を、そっと閉じる」ような行為なのだ。
最後に
問いは、まだ終わっていない
このコラムのタイトルは「それでも、私は“このビル”を持ち続ける」だったが、もしかしたら本当に言いたかったのは、こうかもしれない。
「私は“まだ”このビルを持ち続けている」
この「まだ」には、希望も、不安も、未練も、意地も、すべてが含まれている。
楽な選択ではないけれど、決して間違った選択でもない。
築古の賃貸オフィスビルは単なる不動産ではない、長く続けてきた人にしかわからない“もうひとつの価値”がある。
そしてその価値は、これからの都市の中で、静かに再評価されていくはずだ。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2026年1月7日執筆