賃貸オフィスビルのテナント名板に「個性」は要らない
皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「賃貸オフィスビルのテナント名板に「個性」は要らない」というタイトルで、2026年2月6日に執筆しています。
少しでも、皆様に新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
序章:テナント名板は「ビルの顔」か、それともただの案内板か
賃貸オフィスビルのテナント名板は、ビルのエントランスに、当たり前のように存在している。
ビルの来訪者にとっては、会社名とフロアさえ分かればよくて、わざわざ意識して見るものでもないのかもしれない。
でも、少し引いてテナント名板を眺めてみると、そこには意外と多くのものが滲み出ている。
どの会社の名前がどんな表記で載っているのか。社名だけなのか、ブランド名やサービス名まで入れているのか。文字の大きさ、余白の取り方、色の使い方。一枚一枚のプレートは小さいけれど、テナント名板全体を眺めていると、「このビルにどんなテナントが入っていて、どんな距離感で共存しているのか」が、そのまま映っているとも言える。
一方、テナント名板のあり方は、ビル側とテナント側の関係性も映している。
ビル管理会社がルールを細かく決められているビルでは、テナント名板はきれいに揃い、個々のテナント会社の“らしさ”はほとんど出てこない。
逆に、テナントごとの主張が強いビルでは、フォントやロゴの使い方に「うちの色を出したい」というテナントの欲求が乗る。
どちらがいい・悪いということではなく、そのあり方が、賃貸オフィスビルのスタンスになっている。
テナント名板は目立たないが、逃げ場のないパーツだ。
賃貸オフィスビルのエントランスの設計をどれだけきれいに設えても、最後にそこに掲げられるテナント名板が雑然としていると、一気に印象が変わってくる。
逆に言えば、テナント名板に対してどんなルールを敷くかを決めることは、その賃貸オフィスビルをどういう場所として扱うのかを言語化する作業でもある。
この小さなテナント名板のプレートの集まりに、どこまで意味を背負わせるのか。
その問いから、このコラムを始めてみたい。
第1章:昭和の雑居ビルの「うるさい入口」が教えてくれるもの
テナント名板の話をするとき、いちばん分かりやすい対照として浮かぶのが、いわゆる昭和の「雑居ビル」の入口だ。
雑居ビルとは、戦後、1950年代以降、個人地主を中心として建築されてきた駅近の中小規模のビルに、飲食店とか、小さな事務所とサービス業がぎっしり詰まっているような建物。21世紀のいまとなっては、昭和レトロと言ってよいビル群。
その雑居ビルのエントランスに一歩入ると、そこには情報が一斉に押し寄せてくる。
テナント名板のフォントは、テナントごとにバラバラだ。
明朝体、ゴシック体、丸ゴシック、癖の強いロゴタイプ。さらに、テナント名板の形状、材質までバラバラなことさえある。アクリル板もあれば、金属プレートもあり、カッティングシートを直接貼っているところもある。
階段の壁にはポスターや貼り紙が増殖し、エレベーターホールには、ヘタすると、テナントの飲食店のメニュー表やクーポンまでが掲示されていたりすることもあり得る。
「テナント名板」というより、「各テナントの小さな看板が、たまたま同じ場所に押し込まれているだけ」と言った方が近い。
雑居ビル全体としての考え方やルールはほとんど見えず、それぞれが自分の都合と好みでスペースを取り合った結果として、ビルの入口の風景ができあがっている。
このタイプの入口には、分かりやすい特徴がいくつかある。
ひとつは、情報量の多さだ。
テナントの社名だけではなく、サービス名、キャッチコピー、営業時間、電話番号、QRコードまで詰め込まれている場合もある。
ビルの来訪者にとって、「目的の店を選び、どこに行くのか」のための判断材料は確かに豊富であるとも言い得る。ただし、その選択、判断の前に「まず全体を一度スキャンしないといけない」という負荷がかかってくる。
もうひとつは、優先順位の不在だ。
ビルの入口に立ったとき、どこを起点に見ればいいのかが決まっていない。
視線を誘導する設計がない代わりに、目立ちたいテナントほど、色を派手にし、文字を大きくし、要素を増やす方向に振れる。
結果として、「誰の情報も平等には読まれないが、誰も諦めていない」状態になる。
さらに、ビルそのものの印象もここで決まってしまう。
テナント名板や貼り紙だけで入口が手一杯になっていると、実際の建物の質や、共用部の清掃状態とは関係なく、「なんとなく雑なビル」「安っぽく見えるビル」というラベルが貼られやすい。
建物のスペックとは別のところで、印象が先に決まってしまう。
とはいえ、この「うるさい入口」には、それなりの背景がある。
小規模な雑居ビルで、飲食店などB to Cのテナントの集客にテナント名板や貼り紙の存在感が直接影響してくる。いわば、テナント名板は、広告として機能し得る。
路面店以外の、外から店の中が見えない構造の建物の上階だと、ビルのエントランスの壁面は、実質的に各テナントの広告スペースになりやすい。テナントの飲食店からすれば、そこに情報を載せないという選択肢はなかろう。
一方、ビルのオーナーやビル管理会社側から見ると、テナント名板の統一は手間とコストがかかる。
テナント名板のプレートを作り直し、デザインルールを決め、違反が出たときには是正を求める必要がある。
入退去が頻繁なビルほど、その運用は面倒になる。
結果として、「そこまで管理コストをかける気はない」「テナントのやり方に任せる」となりやすい。
つまり、雑居ビルの「うるさい入口」は、
- テナント側の事情(集客需要)
- ビルのオーナー側の事情(管理にかける手間とコスト)
- そして、ルールを明確に決めないまま放置されてきた歴史
この三つが重なって生まれた風景だと言える。
だからと言って、「雑だから悪い」「揃っていないからダメ」という単純な話ではないということだ。
このタイプの入口には、人の出入りや事業の多様さが、そのまま雑音として表に出ていて、看板とテナント名板と貼り紙が混ざり合った状態自体が、ある種の“活気”や“生活感”として受け取られる場面もあり得なくもない。
ただし、賃貸オフィスビルのテナント名板を考えるとき、このモデルをそのまま持ち込むわけにはいかない。次の章では、雑居ビルの入口とは異なる、賃貸オフィスビル、しかも、“小ぶりだけどきちんとしている賃貸オフィスビル”がどうなっているのかを見ていくことにしよう。
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雑居ビルの賑やかなテナント名板(イメージ画像)
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飲食雑居ビルの看板(イメージ画像)
第2章:“小ぶりだけどきちんとしている賃貸オフィスビル”
雑居ビルの「うるさい入口」と対照的なのが、都心のオフィスエリア――とくに中央区あたりの「小ぶりだけどきちんとしている賃貸オフィスビル」だ。
ビルの規模は決して大きくなく、延床面積もそこまでじゃないし、当然のことながら、ランドマークになるような超高層でもない。
それでも、ビルの玄関前を通りかかると「このビルはそれなりにきちんと管理されているな」と感じるタイプの物件がある。
その印象を分解していくと、テナント名板の扱いが思った以上に効いている。
テナント名板を「揃え込む」世界
このタイプの「チャンとしている」賃貸オフィスビルでは、テナント名板はだいたい次のような状態。
- ベースのプレートは、同じ素材・同じ色で統一
- フォントはビル管理会社の指定(ゴシック系か、それに近いもの)
- 文字サイズも行間も、すべて同じルールで揃え
- 日本語・英語表記の位置も決まっていて、上下のバランスも統一
- ロゴは不可、もしくは「モノクロのみ・サイズ制限あり」
ビルの入口に立ってテナント名板を見ると、「揃い込み方」が目に入る。
どのテナントも同じ書式で、同じ線に載せられていて、雑居ビルのような“我先に”の押し出しはない。
ビルの来訪者の立場からすると、これはこれで分かりやすい。
- 会社名だけが端的に並び
- フロア表示も一定の位置にあり
- 余計なキャッチコピーやメニュー情報はない
「その場で情報を探し出す」というのではなく、「目的の社名を見つけるだけ」の状態まで整理されている。
ビル管理会社側のルールとねらい
当然のことながら、こういう揃い込んだテナント名板は自然発生的には出てこない。
裏には、ビル管理会社側のルールメイキングがある。
- テナント入居時に配布するサインマニュアル
- テナント名板に使うフォント・サイズ・文字数制限
- 表記の順番(社名→部署名/屋号→英文社名など)
- 禁止事項(ロゴカラー、イラスト、キャッチコピー等)
テナントごとの希望を聞くのではなく、「このビルではテナント名板はこういうルールで作ります」と最初に線を引いておくやり方だ。
ビル・オーナー・ビル管理会社側の狙いはシンプルで、
- 賃貸オフィスビルとしてのグレード感・清潔感を崩さない
- テナントが一社だけ妙に目立つ/浮く状態を防ぐ
- テナントの入替わりがあってもビルの入口の印象がブレない
このあたりに集約される。
共用部の内装や照明にそれなりのコストをかけている物件ほど、テナント名板がバラバラだと、ビル全体として「締まらない」印象になってしまうことは避けたい
だからこそ、テナント名板も、建物デザインワークの一部として管理しよう、という発想になる。
「揃え込むこと」は、入口デザインの一部
テナント名板を揃えているビルの入口をよく見ると、実は、テナント名板だけがきれいになっているわけではないことが分かる。
- エントランスの天井高を含めた空間構成を踏まえたスケール感
- 玄関周りの床・壁・天井の素材が統一感を意識して整理されている
- 十分な照度を確保した照明設計
- 不要な貼り紙や、テナントごとの勝手サインが残っていない
こうした要素と、揃えてあるテナント名板がセットになることで、
「小ぶりだけどきちんとしている」という印象が立ち上がる。
ビルの入口の情報設計という観点で見れば、
- 建物全体の案内サイン
- フロア案内
- エレベーター内の表示
- 注意書き・掲示物
など、文字情報が増えがちな中で、テナント名板をどこまで主張させるか/どこまで背景に退かせるかは、ビルの玄関を含めた共用部の“ノイズ”をどこまで許容するかという判断そのものでもある。
雑居ビルが「テナントごとの看板が、たまたま同じ場所に押し込まれている」入口だとすれば、ここで見ているのは、「入口の情報量と、空間の印象をコントロールしようとしているビル」の姿だと言える。
その延長線上にある、当社の管理物件の「あっさりグレイのテナント名板」
当社の管理物件で採用しているテナント名板のルールも、方向性としてはこの「揃える」側に入る。
違うのは、そのストイックさの度合いだ。
たとえば、当社ではざっくり次のようなルールを敷いている。
- ビル入口のテナント名板は、原則として当社負担で作成・設置
- 文字サイズ・フォント・レイアウトは統一
- 文字色はグレイ指定
- 表示情報は「社名+フロア」に絞る
- ロゴは原則として不可
テナント目線で見れば、広告表現としてはかなり「物足りない」仕様かもしれない。
一方で、ビルの入口をひとつの空間として見ると、「テナント名板として果たすべき最低限の役割だけを残した」「それ以上の意味は乗せない」という設計になっている。
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あっさりグレイのテナント名板(イメージ画像)
第3章:賃貸オフィスビルのテナント名板にテナント企業の個性は要らない
ここまで見てきたように、雑居ビルの「うるさい入口」と、“小ぶりだけどきちんとしている賃貸オフィスビル”とでは、テナント名板の扱い方そのものが違う。
前章では、「ビルの入口をどういう場所として扱うか」というビル管理会社側のスタンスが、テナント名板の揃え方やルールにそのまま出てくる、という話をした。
この章では、当社のビル管理の考え方も踏まえて、もう一歩踏み込んで、賃貸オフィスビルのテナント名板に、「企業の個性」をどこまで持ち込む必然性があるのか、を、用途と役割からあらためて整理しておきたい。
1.まず用途を分ける──商業・雑居ビルと賃貸オフィスビルは、前提が違う
テナント名板の議論でよくゴチャっと混ざってしまうのが、「誰に向けて入口で何を勝ち取りたいのか」という前提の違いだ。
ざっくり整理すると、こうなる。
- 物販・飲食・サービス店舗が入る商業ビル・雑居ビル
- 通行人や不特定多数に向けてテナントを「見つけてもらう」必要がある
- 入口のサインや装飾が、そのままテナントの売上に直結する
- ロゴ・色・コピーで「らしさ」を出すのは、ある意味で必須
- B to Bビジネス主体のテナント向け賃貸オフィスビル
- 来訪するのは、取引先・採用候補・関連会社など、すでに関係のある(または、これから)相手先
- 訪問先の社名と所在地を事前に把握したうえで来訪する
- ビルの入口で「見つけてもらう」必要性はない
この時点で、テナント名板に求められている機能はかなり違う。
- 商業ビル・雑居ビル:各テナントの集客装置としての看板
- 賃貸オフィスビル:どの階にどの会社がいるのかを確認するためのインフラ
当社が扱っているのは、後者だけだ。
ここを取り違えたまま「テナント名板にも個性を」「ブランディングを」などと言い出すと、議論の出発点からすでにズレてしまう。
2.テナント企業の個性は、本来どこで立ち上がるべきか
では、B to Bビジネス主体のテナント企業にとっての「個性」や「ブランド」は、本来どこに出るべきものなのか。
- 提供しているプロダクト・サービス
- 営業現場や顧客対応のスタイル
- Webサイト・採用ページ・各種広報物
- プレゼン資料・提案書の組み立て
- オフィス専用部での働き方やコミュニケーションの空気
こうした場所こそが、本来の「勝負の場」であるはずだ。
ここにきちんと個性が出ているテナント企業にとって、賃貸オフィスビルの共用部、しかも入口にある小さなテナント名板にまで、その個性を滲ませる必然性がどこまであるのか。
少なくとも当社の感覚からすると、そこまでテナント名板に役割を背負わせようとするのは、無意味であり、だいぶ過剰である。
賃貸オフィスビルのテナント名板が果たすべきなのは、
「このビルの、この階に、その会社がいる」
という事実を、誰が見ても分かるように表示することだ。
テナント企業の「らしさ」まで抱え込ませ始めると、テナント名板の役割が一気にあいまいになる。
もし、それでも、「ビルの入口でもっとテナントのブランドを出したい」「看板的な存在として扱いたい」という希望があるというのであれば、それはもはや「普通の賃貸オフィス」の範囲を出ている。自社ビルを建てるか、せめて一棟借りで「ビルの入口をどう使うか」という観点に立って、最初から一緒にビルの入口を設計する話であろう。
3.テナント名板を「メディア」ではなく、「インフラ」として扱う
当社がテナント名板について一貫しているのは、テナント名板を「メディア」としてではなく、「インフラ」として扱う、というスタンスだ。
インフラとしてのテナント名板に求めているのは、せいぜい次の程度である。
- 表記が正確であること
- 読みやすく、迷わないこと
- 更新・差替えがしやすく、運用負荷が低いこと
ここに「ブランド表現」「デザインの遊び場」という要素を混ぜ込むと、設計がブレる。
当社のテナント名板のルールは、
- フォント・文字サイズの指定
- レイアウトの統一
- 文字色はグレイ指定
- 表示内容は「社名+フロア」に絞る
- ロゴは原則不可
と、かなり絞ったものになっている。
このルールは「ミニマルなデザインが好きだから」ではなく、テナント名板を、テナント企業のメッセージや世界観を載せる媒体にしないための技術的なルールだ。
役割をインフラに限定するからこそ、
- ルールがシンプルで、運用コストも最低限
- どのテナントにとっても、ビルの入口での「勝ち負け」が発生しない
- テナント名板をめぐる要望・例外処理・交渉の余地がない
という状態を維持できる。
4.フラットで“無個性”なテナント名板は、賃貸オフィスビルとして当社としての正解
当社が管理している賃貸オフィスビル物件に関しては、テナント名板がフラットで、“無個性”に見える状態=「賃貸オフィスとしての役割・機能に忠実な顔」と整理できる。
- どのテナント名板も同じフォーマットで並び
- どのテナント会社も、入口においては「テナントの一社」としてフラットに扱われ
- ビルの入口での見え方で、優劣や序列がつきにくい
雑居ビル的な“雑味”や“実在感”を評価軸に持ち込めば、たしかに味気なく見える。
だが、賃貸オフィスビルの共用部としては、それでいいし、それがちょうどいい。
テナント企業の個性は、各社のビジネスが回る中で勝手に立ち上がっていく。
その個性を、ビル入口のテナント名板で増幅したり演出したりする必要はない。
当社の「あっさりしたテナント名板」は、
- ミニマル趣味でも
- デザイン志向のポーズでもなく
「テナント名板に余計な意味を背負わせない」ための、ごく実務的な線引き
だと考えている。
次章では、この線引きが実際には誰にとってどんな意味を持っているのか──
仲介会社、入居テナントの総務、来訪者、ビルオーナーといったそれぞれの立場から、テナント名板がどんなシグナルとして機能しているのかを整理していきたい。
第4章:テナント名板は誰に向けたシグナルか──優先順位の問題として考える
前の章までで、
- 賃貸オフィスのテナント名板に「企業の個性」を乗せる必然性は薄いこと
- テナント名板はインフラとして扱う方が筋が通ること
を整理した。
ただ、「インフラだからシンプルにしました」で終わらせると、それはそれで「なんとなくフラットに揃えただけ」にも見える。
ここでは、あらためて問いを立て直したい。
テナント名板は、誰に対して、何を伝える装置なのか。
この優先順位をはっきりさせないまま、「揃え込み」「あっさりさせる」だけを先に決めると、
何を守るためのルールなのかが読み取れないテナント名板になりがちだ。
当社の「あっさりしたテナント名板」の意味合いを評価するにしても、一度、関わる相手ごとに整理しておいた方がいい。
1.仲介会社にとってのテナント名板:ビル管理レベルのシグナル
まず、仲介会社の営業担当から見たテナント名板。
彼らが賃貸オフィスビルをチェックするとき、テナント名板は「このビルの管理がちゃんと回っているかどうか」を測る材料のひとつになっている。
見ているポイントは、ざっくり言えばこんなところだ。
- テナント入退去情報が正しく反映されているか
- テナントの社名変更・統合などの表記が古いまま放置されていないか
- プレートの汚れ・欠け・歪みが放置されていないか
- テナント名板に勝手にシールが貼られてたり、貼り紙が混ざっていないか
ここで評価されているのは、「センスの良さ」でも「デザイン性」でもない。
単純に、基本的なビル管理が、目の届く範囲でちゃんと行われているか
である。
当社のように、フォーマットも色も抑えた「あっさりしたテナント名板」であっても、
- 情報が最新である
- 表記揺れがなく、誤字もない
- 余計なものが混ざっていない
このあたりが守れていれば、仲介会社にとってはそれで十分「管理レベルのシグナル」として機能する。
つまり、仲介会社の営業に対してテナント名板が伝えるべきメッセージは、
このビルは、最低限の情報更新とメンテナンスがきちんと行われている、という一点であって、テナントごとの個性や装飾性は、ここでは求められていない。
2.入居テナントの総務にとってのテナント名板:社内の火種にしない
次に、入居テナント側の総務・管理部門の視点。
総務にとって、テナント名板は、意外と「社内の火種」になりやすいポイントだ。
- ロゴを入れるかどうか
- グループ名・ブランド名・屋号をどう並べるか
- 表記にどこまでこだわるか
こういった話題は、一度議題に上がると終わりが見えにくい。
役員やブランド担当が絡むと、なおさら長引く。
当社のようなルール――
「社名+フロアのみ」「ロゴなし」「フォーマット固定」――のいいところは、総務の説明が非常にシンプルで済むことだ。
「このビルは、テナント名板はこういうルールです。社名とフロア以外は表示できません。」とだけ伝えればいい。
総務側は、「ビル側のルール」を盾にできる。
その結果、
- テナント名板をめぐる社内議論が立ち上がりにくい
- 役員のこだわりやブランド部門の要求を、入口の小さなテナント名板のプレートにまで背負わなくて済む
という、かなり地味だが大きなメリットが出てくる。
テナントの営業目線では、「もう少しロゴを出したい」と感じる場面もあるかもしれない。
それでも、総務・管理部門の実務感覚からすると、テナント名板が社内政治のテーマにならないことの方が重要なことも多い。
当社が「テナント名板を企業の自己表現の場にしない」と決めているのは、テナントの総務の現場感覚とも、おそらく矛盾していないはずだ。
3.来訪者にとってのテナント名板:やるべきことは二つだけ
来訪者の立場に立つと、テナント名板に求めることはさらに単純になる。
- 目的のテナント会社名がすぐに見つかること
- どのフロアに行けばいいかが一発で分かること
B to Bビジネス主体のテナントのオフィスに来る人は、「たまたま通りかかった客」ではない。
事前に訪問先のテナント社名と所在階を把握したうえで訪れている。
この前提に立つと、テナント名板に必要なのは、
- 読みやすいフォント
- 一定の並び順
- 情報の過不足がないこと
この程度で足りる。
むしろ、ここに余計な情報を足し始めると、
- ロゴや色の強弱で視線が引っ張られる
- 目立ちたいテナントほど、情報を盛りたくなる
という方向に転びやすい。
当社のような統一フォーマットで社名だけを並べるテナント名板は、見た目としては地味かもしれないが、「来訪者を迷わせないこと」だけに集中した仕様としては、シンプルかつ合理的だと言える。
来訪者は、入口でインスピレーションを受けたいわけではない。さっさと目的地を確認して、用件のあるテナントのフロアに上がりたいだけだ。
4.ビルオーナー/ビル管理会社にとってのテナント名板:何を管理し、何を諦めるか
ビルオーナー/ビル管理会社にとって、テナント名板は二つの顔を持つ。
ひとつは、ビル管理負荷の源泉としての顔だ。
- テナント入れ替え時の差し替え手配
- テナントの社名変更・統合・分社化に伴う表記変更
- 禁止ルールに反したサインの是正
- 勝手サイン・勝手貼りへの対応
ここに「ロゴOK」「色OK」「コピーもある程度OK」といった自由度を持ち込むと、
そのぶんだけ判断と調整が増える。
ルールを緩くすればするほど、
- 「ここまでは許す/これはNG」という線引きが都度発生し
- 一度認めた例外が前例化し
- 「あの会社はよかったのに、なぜうちはダメなのか」という話が出やすくなる
テナント名板の自由度を上げることは、そのまま、ビルの入口をめぐる交渉や不満のタネを増やすこと、にもつながりかねない。
もうひとつは、ビルとしての立ち位置をにじませる要素としての顔だ。
- 雑居ビルのように、「テナントの主張が混ざり合う入口」でよしとするのか
- 「小ぶりだけど、きちんとした賃貸オフィスビル」として見られたいのか
- そのどちらでもないのか
テナント名板は、そのビルがどのゾーンに身を置いているかを、ビルの玄関先で無言のうちに示してしまう。
当社の「あっさりしたテナント名板」は、この二つに対する答えでもある。
- ビル管理負荷について:
→ロゴ・色・表記バリエーションを最初から切ることで、「入口をめぐる細かい交渉」を限りなくゼロに近づける。
- ビルの立ち位置について:
→「ここはB to Bビジネス主体のテナント向けの賃貸オフィスビルであり、ビルの入口はテナント企業のブランド発信の場ではない」というメッセージを、テナント名板を通じて間接的に出している。
言い換えれば、ビルオーナー/ビル管理会社の側から見ると、テナント企業の個性やブランドは、その企業のビジネスの中で出してもらえばよくて、ビルの入口は、賃貸オフィスビルの共用インフラであればいい。という割り切り方である。
終章:テナント名板を「余白」にしておく、という考え方
テナント名板は、当社の管理する賃貸オフィスビルおいては「魅せる場所」ではない。
どちらかと言えば、「何も足さないと決めておくことで、他のところに判断と手間を回すための余白」に近い。
1.テナント名板を「余白」にしておく
当社のルールはシンプルだ。
- ロゴは使わない
- 色はグレイ固定
- 表示は「社名+フロア」だけ
外から見れば、「そこまで統一しなくてもいいのに」と思われるかもしれない。
それでもやっているのは、テナント名板を“余白”のまま残しておきたいからだ。
テナント名板で遊ばない。
テナント名板で語らない。
テナント名板で目立たせない。
そう決めておくと、入口まわりで判断したり、個別に調整したりする余地がほとんどなくなる。
結果として、
- ビルの入口で「誰をどう目立たせるか」を考えなくてよくなる
- テナントごとの事情で、名板の扱いがブレなくなる
その分の判断資源を、設備・清掃・安全性・トラブルの少なさといった、ビル全体の“使いやすさ”に回すことができる。
テナント名板で何もしない、というのは、単に「地味なデザインが好きだから」ではない。
入口での「演出」と「調整」を先に封じておくことで、ビル運営の優先順位を自分たちで固定している、ということだ。
2.ビルの入口でテナント同士を競わせない代わりに、どこで勝負するか
当社の管理する賃貸オフィスビルのテナント名板ルールは、テナントから見れば、たしかに「厳しめ」だと思う。
- 自社のロゴも出せない
- コーポレートカラーも使えない
- 他社より大きく見せることもできない
それでも変えないのは、ビルの入口を「テナント同士の競技場」にしない、と決めているからだ。
- ビルの入口でテナント同士を競わせない。
- テナント名板を交渉材料にしない。
- ビルの共用部を「誰か一社のもの」に見えない状態で維持する。
この3つを守るために、あえて柔らかくしないルールを敷いている。
テナント名板をあっさりグレイで揃えて、ビルの入口が地味に見えたとしても、それで賃貸オフィスビルの競争から降りているつもりは、まったくない。
どこで差をつけるかの場所をずらしているだけだ。
ここで当社のビル管理上の差別化ポイントを細かく挙げるつもりはないが、
「このビルは“ちゃんと使える箱かどうか”で差をつける」と割り切っている。
ビルの入口のテナント名板プレート一枚をめぐって細かく揉めるくらいなら、
空調・清掃・保守・事故やトラブル対応といった、もっと地味だけど効くところに
リソースを突っ込んだ方がいい──当社はそう考えている。
3.用途が変われば、ルールも変えていい
ここまでの話は、「いま当社が管理物件として扱っているタイプの賃貸オフィスビル」に限った話だ。
もし将来、
- 来街者向けの機能を前面に出すビルを手がける
- 1階に大きな商業テナントを入れる
- イベントスペースとして使うことが前提の建物を運営する
といったことになれば、そのときはそのビルに合ったテナント名板のルールを、改めて組み直せばいい。
そのときに本当に考えるべきなのは、「ロゴを解禁するかどうか」といった個別の条件そのものではない。
そのビルで、入口にどこまで“意味”や“メッセージ”を背負わせるつもりがあるのか。
その一点さえぶらさずに決められていれば、ルールの中身は用途ごとに変えて構わない。
今回のコラムで書いてきたのは、あくまで「いま当社が扱っているビルに対する暫定解」にすぎない。
4.「何をしないか」を先に決めておく
いまの当社の答えは、シンプルだ。
- ビルの入口には意味を盛り込みすぎない
- テナント名板にはテナント企業の個性を乗せない
- その代わり、「テナント企業の活動がちゃんと回る箱であること」にしつこくこだわる
このコラムでやりたかったのは、その判断を「感覚」や「好み」でごまかさずに、テナント名板で“何をしないか”を、きちんと言葉にしておくことだった。
当社のテナント名板があっさりしているのは、
おしゃれ志向でも、逆張りのこだわりでもない。
- ビルの入口を、特定のテナントのものに寄せないこと
- テナント名板に、余計な意味やメッセージを背負わせないこと
この二つを優先した結果として、たまたま今の形に落ち着いている、というだけだ。
その線引きさえ共有できていれば、実は「地味かどうか」そのものは、わりとどうでもいい。
プレートの書体やレイアウトの細部は、あとからいくらでも調整がきく。
当社が管理している賃貸オフィスビルのテナント名板を見て「地味だな」と思った誰かが、少しだけ目線を引いて、ビル全体の使われ方や安定感を見てくれれば、それで十分だと思っている。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2026年2月6日執筆