東京・築古中型賃貸オフィスの適正賃料と空室対策【実践ガイド】
皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「東京・築古中型賃貸オフィスの適正賃料と空室対策【実践ガイド】」のタイトルで、2025年11月5日に執筆しています。
少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
1.導入:東京の築古・中型オフィス市場の現状と課題
近年、東京の築古・100坪以下の中型オフィス市場は、大きな変化に直面しています。テレワークの普及やフレキシブルワークスペースの台頭により、従来型のオフィスに対する需要が変化し、築古オフィスビルの競争力が問われています。
築年数の経過に伴い、設備の老朽化やレイアウトの陳腐化が進み、新築やリノベーション済みのオフィスとの競争で不利になりがちです。また、近年のエネルギーコストや修繕費の上昇も、オーナーにとって大きな負担となっています。こうした背景の中、適正な賃料設定と効果的な空室対策を講じることが、オーナーにとって不可欠な経営戦略となっています。
空室対策と適正賃料設定の重要性
築古オフィスのオーナーが直面する最大の課題は、「適正な賃料を設定しつつ、安定したテナントを確保すること」 です。賃料を相場より高く設定すれば空室が長期化し、低く設定すれば収益性が低下します。さらに、安易な値下げによってビルのブランド価値が低下し、長期的な不利益を被る可能性もあります。
また、単純に賃料を調整するだけでなく、ターゲットとするテナント層のニーズを正確に把握し、適切な付加価値を提供することが求められます。本コラムでは、適正な賃料の設定方法と、実践的な空室対策の手法を紹介し、築古オフィスの収益性向上に貢献することを目的としています。
本コラムの目的と読者への提供価値
本コラムでは、築古オフィスのオーナーが直面する課題に対し、「適正賃料の決め方」 と 「効果的な空室対策」 を実践的な視点から解説します。特に、以下の点に焦点を当てます。
- ・市場調査を基にした適正賃料の算出方法
- ・賃料値下げ以外の空室対策の実践例
- ・ターゲットテナントの特定と誘致の戦略
- ・収益最大化のためのリスク管理
- ・成功・失敗事例から学ぶポイント
築古オフィスを所有するオーナーが、本コラムを通じて、収益を確保しつつ安定したテナント確保ができるよう、具体的なアクションプランを提供していきます。
2.適正賃料の具体的な決め方
競合物件調査と比較方法(賃料・設備・立地の比較ポイント)
適正賃料を決めるためには、まず市場調査が欠かせません。競合物件と比較し、賃料設定の妥当性を判断する必要があります。調査する際の主なポイントは以下の通りです。
- ・賃料水準:近隣エリアの築年数・設備が類似したオフィスの賃料相場を把握する。
- ・設備・仕様:エレベーターの有無、セキュリティ設備、エアコン、トイレの新旧など。
- ・立地条件:最寄駅からの距離、周辺環境(飲食店・コンビニの有無)、繁華性の違い。
- ・入居率の傾向:周辺物件の稼働率を把握し、需要が高いか低いかを確認する。
不動産ポータルサイトや地元の不動産仲介業者との情報交換を通じて、競合物件の最新情報を収集し、自社ビルの強み・弱みを分析することが重要です。
適正賃料の計算方法と実際のシミュレーション事例
賃料設定の基本的な考え方は、市場相場+自社物件の付加価値-築年数や設備劣化による減点 というフレームワークで整理できます。
例えば、同じエリアの新築ビルの賃料が 20,000円/坪、築10年のビルが 15,000円/坪 だった場合、築30年のビルでは 12,000~14,000円/坪 が適正な範囲となる可能性があります。
また、賃料を設定する際には、以下の要素も考慮する必要があります。
- ・想定される稼働率:賃料を上げすぎると空室が長期化するリスク。
- ・運営コストとのバランス:固定資産税、修繕費、水光熱費の上昇分を賃料に転嫁できるか。
- ・テナントの経営状況:ターゲットとする企業が支払える賃料帯の確認。
フリーレント・保証金の設定基準と考え方
競争力のあるオフィス賃貸市場では、フリーレント(一定期間の賃料無料)や保証金の条件を適切に設定することで、テナントの入居を促進できます。
- ●フリーレントの目安
- ・競争の激しいエリアでは「2~3ヶ月のフリーレント」を設定することが一般的。
- ・ただし、長期間のフリーレントは短期契約リスクが高まるため、最低1年以上の契約を前提とする。
- ●保証金の設定
- ・相場として、賃料の6ヶ月~12ヶ月分が一般的。
- ・テナントの信用力によって調整可能(上場企業などは保証金を抑えられるケースも)。
築古ビルにおける「適正賃料水準の引き下げ」と「一時的な賃料値下げ」の違い
築古ビルで賃料設定を検討する際には、「市場環境に合わせて適正賃料そのものを引き下げること」と「短期的な目的で一時的に賃料を値下げすること」を明確に区別して考える必要があります。
- ●適正賃料水準の引き下げ(長期的な調整)
- ・築年数の経過、市場ニーズの変化、競合ビルの相場などを考慮して客観的に算出されます。
- ・ビルの競争力を維持し、安定した入居率を長期的に保つため、定期的かつ戦略的な見直しを行います。
- ●一時的な賃料値下げ(短期的・臨時的措置)
- ・急な空室や資金繰り改善など、短期的な目的のために期間限定で実施します。
- ・臨時措置であることをテナントに明確に示し、期間終了後には適正賃料に戻すことを前提とします。
この2つの賃料変更を曖昧にすると、特に一時的な値下げによるネガティブな影響が目立ち、以下の問題を招く恐れがあります。
- ●テナントの質の低下
- ・大幅な賃料引き下げによって、財務基盤の弱い企業が入居しやすくなり、賃料滞納や短期間での退去リスクが高まります。
- ●長期的な収益性の悪化
- ・一度下げた賃料を市場回復時に元の水準に戻すことが難しくなり、既存テナントとの交渉も難航します。結果として長期にわたり低収益状態が続く危険性があります。
- ●市場評価の低下
- ・周辺相場を乱すほどの値下げは、地域の賃料水準そのものを引き下げる可能性があり、資産評価が下落し、不動産価値を毀損する原因にもなります。
したがって、賃料値下げを検討する場合には、「短期的措置」としてフリーレントや短期契約など柔軟な方法を採用するとともに、基本となる適正賃料を守り、設備改善やサービス強化など別の方法でビルの競争力を高めることが重要になります。
3.空室対策の具体的実践
設備投資と賃料調整のバランス・優先順位
空室対策において、設備投資と賃料調整のどちらを優先するかは、オーナーにとって重要な課題です。一般的に築古オフィスでは、大規模な設備投資を行うよりも、必要最小限の設備改善に留め、適正な賃料水準を維持する方が効果的なケースが多いです。
設備投資を行う場合は、特に空調設備やトイレ・給湯設備の改善、LED照明への変更、通信環境の整備など、テナントが直接的にメリットを感じる部分に集中すると、競争力の強化につながります。ただし、その投資が賃料に反映され、市場競争力を損なわない範囲であることが重要です。設備投資による賃料アップが困難な場合は、賃料の据え置きやフリーレントなどの条件で競争力を高める方が得策です。
ターゲットテナントの明確化と業種別テナント誘致の戦略
空室対策の成功には、明確なターゲット設定が欠かせません。東京都の中小企業の景況調査によると、製造業や卸売業の景況感が改善傾向にあるため、これらの業種に焦点を当てることが現実的です。例えば、製造業であれば営業拠点、卸売業であれば物流拠点兼オフィスとして活用可能な物件の訴求が考えられます。
ターゲット業種に合わせて必要な設備や契約条件を整えることで、入居のハードルを下げ、競争力を高めることが可能になります。
賃料以外の付加価値提供策(内装・契約条件・短期契約の活用)
競合との差別化には賃料以外の付加価値提供が効果的です。特に以下の施策が有効です。
- ・内装工事支援:基本的な内装を提供し、入居時のテナント負担を軽減する。
- ・契約条件の柔軟性向上:短期契約や更新条件を柔軟に設定し、新興企業やスタートアップにも魅力的な条件を提示。
これらの施策は、投資額を抑えつつテナントにとっての価値を高め、競争力の向上につながります。
収益最大化を意識した空室リスク管理シミュレーション
空室リスクを適切に管理するためには、収益シミュレーションを実施し、リスクを客観的に評価することが重要です。
例えば、賃料を一時的に5%下げることによって稼働率がどの程度改善し、年間収益がどう変化するかを計算します。また、設備投資を行った場合の回収期間を明確に算出し、投資対効果を見極めることも必要です。
空室が長期化するリスクと賃料を下げた場合の収益影響を比較し、どの施策が最も費用対効果が高いのかをシミュレーションによって判断します。この客観的なデータに基づいた意思決定が、収益の最大化とリスクの最小化を両立させる鍵となります。
4. 築古オフィスにおける成功・失敗事例
適正賃料設定で成功した事例
都内のある築35年・延床面積約80坪の中型オフィスビルでは、市場調査を徹底的に行い、競合物件よりやや低めながらも安易な値下げを行わず、設備投資を最小限に抑えたうえで賃料を設定しました。具体的には、競合物件との比較で賃料帯を周辺相場の約5%低めに設定し、さらにフリーレントを1ヶ月提供するという魅力的な条件を打ち出しました。その結果、新規テナントの獲得に成功し、稼働率は半年で70%から95%にまで向上しました。入居後のテナント満足度も高く、長期安定テナントの確保に成功し、収益基盤が安定しました。
成功の要因は、競合との差別化を明確に図ったこと、そして適切な価格設定と柔軟な条件提示をバランスよく組み合わせたことにあります。
賃料設定の失敗例とその原因分析
一方、別のオフィスビル(築28年・90坪)では、早急な空室改善を狙い賃料を20%引き下げました。一見、短期的には空室が埋まり、表面的には成功したかに見えましたが、低賃料に惹かれて集まったテナントは財務基盤が弱く、入居後まもなく賃料滞納や契約違反が頻発しました。さらに、一度下げた賃料を市場の回復時に元の水準に戻そうとした際、テナント側から強い抵抗を受け、交渉が難航し、結果的に長期にわたる収益性の悪化を招きました。
この失敗の主な原因は、十分な市場調査を行わず、競合との賃料差や入居するテナント層の特性を考慮せずに単純な価格競争に走ったことにあります。また、目先の稼働率改善ばかりを追求し、長期的な収益安定を見据えた戦略を欠いていた点も問題でした。
設備投資を最小限に抑えて空室を改善した事例
別の築32年の70坪のオフィスビルでは、空室が続き賃料収入の減少が深刻な状況にありましたが、大規模なリノベーションではなく、必要最低限の設備投資に抑えて空室対策を実施しました。具体的には、テナントニーズを把握するためのヒアリングを行い、Wi-Fi環境の整備と共用部分の照明をLEDに変更するという比較的低コストな施策を導入しました。
さらに契約条件にも工夫を加え、短期契約や柔軟な更新条件を提供し、小規模企業や成長段階のスタートアップにも入りやすい環境を整備しました。この結果、初期投資の抑制を実現しつつも、新規テナントが集まりやすい環境が整い、1年以内に空室率を50%から10%にまで劇的に改善しました。
この事例からも、無理な設備投資を避けながら、テナントニーズを捉えた最低限の設備改善と、契約条件の柔軟性を組み合わせることが、費用対効果が高く現実的な空室対策であることが明らかです。
5.今後の市場展望とオーナーが取るべき戦略
2025年以降のオフィス市場予測
2025年以降、東京のオフィス市場はますます競争が激化する見通しです。特に都心部では、大規模な再開発プロジェクトによって大量のオフィス供給が予定されており、虎ノ門や品川・高輪ゲートウェイ周辺、芝浦などのエリアにおいては超大型ビルが相次いで竣工する予定です。これら最新設備を備えた新築の大型物件が供給されることにより、大企業を中心に既存ビルからのテナント移転が加速する可能性があります。
その一方で、中小企業やスタートアップ企業のオフィスニーズは依然として一定の水準で維持される見込みです。賃料が比較的手頃で柔軟な契約が可能な中型オフィスに対する需要も根強く、特に50~100坪の物件では、使い勝手の良さが評価される傾向にあります。ただし、大型オフィスでも、フロア分割して中規模テナントをターゲットとした戦略をとるケースも見受けられ、中型オフィスも厳しい競争に晒される可能性があります。
また、大企業でも本社機能の一部を中型オフィスへ移転する企業が増える一方、リモートワークの浸透によるオフィス面積の縮小が進む企業も多いため、市場の二極化がさらに鮮明になると予測されます。
こうした複雑で変動する市場環境下でオーナーが競争力を維持するためには、個々のテナントニーズを正確に捉え、柔軟で的確な対応を取ることが必要です。
長期視点で資産価値を維持・向上させる戦略
築古オフィスのオーナーが中長期的に資産価値を維持・向上させるためには、以下のような戦略を実践することが重要です。
- ・定期的な市場調査と適正賃料の再評価:周辺市場の変化や競合物件の動向を定期的に分析し、適正賃料の見直しを戦略的に実施します。単なる値下げではなく、市場ニーズに合った柔軟な賃料設定やインセンティブ提供を検討します。
- ・最低限の設備投資による効率的な改善:大規模リノベーションではなく、通信環境の改善、LED照明導入、空調設備の効率化など、費用対効果の高い最低限の設備改善に絞った投資を行います。こうした投資はテナント満足度の向上と維持につながります。
- ・柔軟な契約条件の提示による空室リスク管理:短期契約や柔軟な更新条件を整えることで、多様化するテナントニーズに対応します。特にスタートアップ企業や拡張・縮小が頻繁な企業にとっては、契約の柔軟性が重要な決定要素となります。
- ・ブランド力の強化と付加価値の創出:築古オフィスのブランド力を向上させるため、特徴的なデザインの共用部整備やテナントサービスの充実を図ります。これにより、競合物件との差別化を明確にし、賃料水準を守りつつ高い入居率を維持できます。
これらの戦略を適切に実践することで、市場環境の変化に柔軟に対応しながら、築古オフィスビルの競争力を保ち、長期的な収益性向上を実現することが可能となります。
6.まとめと実践的チェックリスト
記事の要点整理と行動ポイント
本コラムでは、築古・100坪以下のオフィスビルを所有するオーナーに向けて、適正賃料設定と具体的な空室対策について解説してきました。主なポイントを整理すると以下の通りです。
- ・市場調査に基づいた適正賃料設定を定期的に実施すること。
- ・安易な賃料値下げは避け、競合と差別化できる付加価値を提供すること。
- ・設備投資は最低限にとどめつつ、テナントのニーズに応じた改善を実施すること。
- ・契約条件の柔軟性を高め、多様なテナントニーズに応えること。
- ・ターゲットテナントを明確化し、戦略的なテナント誘致を図ること。
- ・長期的な視点で資産価値を維持・向上させる戦略を立てること。
不動産専門家・プロパティマネジメント会社との協業チェックリスト
オーナー自身がすべての施策を実施することは現実的ではありません。そのため、不動産専門家・プロパティマネジメント(PM)会社との連携・協業が非常に重要です。以下のチェックリストを参考に、専門家・PM会社と円滑に連携し、効果的に施策を推進してください。
- ・周辺市場の情報収集・分析について定期的にPM会社からレポートを受け取る仕組みを構築しているか?
- ・適正賃料設定の根拠となる市場データや競合物件比較を専門家が定期的に提示しているか?
- ・賃料調整や一時的な値下げの判断をPM会社と協議し、リスクとメリットを整理しているか?
- ・設備投資計画の策定にあたり、PM会社がテナントニーズ調査を実施し、結果に基づいて最適な提案を行っているか?
- ・設備投資の費用対効果の分析をPM会社から提示させ、投資判断を共同で行っているか?
- ・フリーレントや契約条件の設定をPM会社に任せる際、目的や意図を明確に伝え、定期的に成果報告を受けているか?
- ・物件の付加価値を高める施策について、PM会社から積極的な提案を受け、それを実施するための計画を共有しているか?
- ・テナント候補の信用力や業績状況に関する審査・評価をPM会社が徹底しているか?
不動産専門家・PM会社との上手な連携方法
築古オフィスビルの運営や管理は専門的な知識と経験を必要とします。オーナー自身が施策の細部までコントロールすることは難しいため、専門家・PM会社を信頼できるパートナーとして協業することが重要です。効果的な連携方法として以下をおすすめします。
- ・定期的なミーティングでPM会社と最新の市場動向、競合物件情報、入居者動向を共有する。
- ・賃料設定やテナント募集戦略はPM会社と共同で策定し、その実施状況について定期的に報告を求める。
- ・設備改善や空室対策については、PM会社からの具体的な提案やシミュレーション結果を評価し、意思決定を共に行う。
- ・PM会社との役割分担を明確にし、オーナーは戦略策定や最終的な意思決定に専念し、日常業務や施策の実行管理を任せる。
このような専門家・PM会社との連携を通じて、効率的かつ効果的なオフィスビル運営を目指しましょう。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2025年11月5日執筆