築古オフィスビルを活かすインダストリアルリノベーション ~低コストで“今っぽい”空間を実現するための実践ガイド~
皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「築古オフィスビルを活かすインダストリアルリノベーション~低コストで“今っぽい”空間を実現するための実践ガイド~」のタイトルで、2025年11月12日に執筆しています。
少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
1.導入:築古オフィスビルの活用価値とトレンド
築古オフィスビルのリノベーションが近年、大きな注目を集めています。長くビジネス・エリアとして栄えたエリアに立地することも多く、年月を経た独特の風合いや街並みに溶け込む佇まいは、築古オフィスビルに、単なる箱としてではなく、過去の歴史を感じる“物語性”を持った空間としての付加価値が生まれます。
また、既存の構造をうまく活かせば工事コストを抑えることが可能であり、その分をデザインや機能性の向上に回すなど、自由なアイデアを盛り込みやすいというメリットもあります。
一方、社会全体では価値観や働き方の多様化が進み、シンプルかつ機能的な空間づくりへのニーズが強まっています。生活スタイルや働き方が大きく変化する中、「低コスト」でありながら「今っぽさ」を感じられる空間を実現するリノベーションに対する需要は、ますます高まっています。
築古オフィスビルならではの味わいを活かしつつ、テナントのニーズや時代性に合わせた新しい価値を創造していくことが、これからのリノベーションの可能性といえるでしょう。
2:低コストで、今っぽく見せるための基本ポイント
近年、築古オフィスビルのリノベーションにおいて「低コスト」でありながら「今っぽく」見せることが重要なポイントとなっています。その実現の鍵を握るのは、装飾過多を避けるミニマルなデザイン、素材の持つラフな質感を活かすこと、そしてあえて「未完成感」を演出する手法です。それぞれのポイントを詳しく掘り下げながら、実践的なアイデアや具体例を交えて紹介します。
2-1.ミニマルデザインで費用削減と洗練を両立
■ “残す”ことで生まれるコストダウン
築古ビルの壁や床は、長年の使用により塗装が剥がれていたり、キズや凹凸があったりするものです。これを全面的に改修しようとすると大きなコストがかかります。一方で、そうした“経年変化”をあえて残し、保護や部分補修だけで済ませることで、施工費用を削減しつつ独特の風合いを残せます。たとえば、塗装の剥げ具合をそのまま活かし、上からクリア塗装だけ施せば、古さと新しさが混在する不思議な魅力をもつ空間を創り出すことができます。
■ 無駄をそぎ落とすことで演出される洗練感
ミニマルデザインの考え方に沿って、空間全体の色数を抑え、インテリアの装飾をシンプルにすることで、広がりや余白を感じさせられます。古い建物ならではの風合いが際立つだけでなく、導線や機能面もすっきりと整理されるため、オフィスや店舗としては使い勝手が向上します。
2-2.ラフな質感の活用
■ コンクリートやOSB合板の可能性
インダストリアル・テイストを象徴する素材といえば、やはりコンクリートの打ちっぱなしでしょう。新築で意図的に作るとなると相応の施工費がかかりますが、築古ビルの壁や柱からコンクリートが出てくるケースでは、下地処理を最小限に抑えるだけでそれらを“表の顔”として活用できます。一方、OSB合板は下地材として使用されることが多いですが、その独特の木材チップ模様はデザイン性が高く、低コストで個性的なアクセントウォールや家具を作ることが可能です。
■ エージング加工と相性の良い素材
“ラフな質感”をさらに際立たせるために、エージング(古びた風合いを人工的に与える加工)を施すこともあります。金属部分をわざと酸化させたり、木材をバーナーで炙って焦がしたりするなど、ちょっとした手間でドラマチックな見栄えを実現できるのも、ラフな素材の面白さです。
2-3.あえての未完成感
■ 未完成がもたらす空間の自由度
完成しきっていない状態をデザインに取り込むと、利用者がレイアウトや用途を柔軟に変化させやすくなります。壁の一部に仕上げを施さず、下地のまま残しておけば、将来的に簡単なDIYで棚を取り付けるなどの拡張もしやすくなります。企業の成長スピードが速いスタートアップなどでは、オフィスのレイアウト変更が頻繁に起こり得るため、このような“未完成”の状態がむしろ利点となるケースがあります。
■ 施工工期の短縮とコスト削減
仕上げを最小限にするということは、つまり施工工程を大きく削減できることを意味します。特に築古ビルのリノベーションでは、現状把握から解体、内装工事までに想定外の工程が生じることも珍しくありません。あえて完璧な仕上げを目指さず、最低限の補修とクリアコート程度で留めることで、工期も費用も抑えつつ、むしろ“味のある”空間が得られるのです。
これらの「ミニマル」「ラフ」「未完成感」という要素を組み合わせることで、今注目される「インダストリアル・テイスト」を実現することが可能になります。次章では、このインダストリアル・テイストについて詳しく掘り下げ、その特徴や魅力を説明します。
3.インダストリアル・テイストの特徴と魅力
3-1.歴史的背景:産業革命から生まれた空間
インダストリアル・テイスト(Industrial style)は、その名のとおり産業的(industrial)な美意識に由来しており、19世紀末から20世紀初頭の欧米における産業革命期にルーツを持ちます。この時代は、蒸気機関や機械化技術の発展に伴い、大量生産と都市への人口集中が進んだ大変革の時代でした。イギリスではマンチェスターやリヴァプール、アメリカではニューヨークやシカゴなどの都市部を中心に大規模な工場や倉庫が次々と建設され、鉄骨、コンクリート、レンガなどの新しい建築素材が大量に使われるようになります。
しかし、20世紀に入り、産業構造の変化や工場の郊外移転などが進むにつれて、都市部に残された多くの工場や倉庫が放置されるようになりました。荒れ果てたこれらの建物は、広いフロアや高い天井といった特徴を備えつつも、外壁や柱、配管などの無骨な構造がむき出しで、一般的な住宅やオフィスとは異なる雰囲気を醸し出していたのです。
3-2.20世紀中盤以降:アーティストとデザイナーによる再評価
こうした廃墟化した工場や倉庫に最初に目をつけたのが、1960年代から70年代にかけて活動した若いアーティストやデザイナーたちでした。ニューヨークのソーホー地区やブルックリン地区、ロンドンのイーストエンド地区などでは、家賃の安い廃工場や倉庫がギャラリーやアトリエ、住居として再利用され始めます。彼らは、予算の制約や実験精神もあって、鉄骨やレンガ壁、コンクリートの床、配管やダクトなどを隠すことなく、そのまま活かすことを選びました。それは意図的というより、「経済的理由」や「工事の手間を省く」という必要に迫られた結果でした。
しかし、そのむき出しの配管や無機質なコンクリート壁が生み出す“無骨だが洗練された”魅力は、やがて意図せざる流行を生み、アンダーグラウンドの芸術家コミュニティを中心に注目されるようになります。これが、現在の「インダストリアル・テイスト」と呼ばれるスタイルの源流でした。
3-3.モダニズムからポストモダニズムへ:建築思想との関連
19世紀末から20世紀前半にかけて主流となっていたモダニズム建築は、“Less is more”に代表される機能主義と合理主義を追求し、装飾を廃した簡潔なフォルムに美しさを見出しました。ところが、1960年代以降になると、このモダニズム建築の均質的かつ無機質なデザインに対し疑問を呈する動きが生まれます。これがポストモダニズム建築の台頭です。
ポストモダニズムでは、多様で複雑な表現を志向し、場合によっては構造体や機能部を意図的に露出させ、建築物自体を“建築の内面を外部に可視化したオブジェ”としてデザインするという試みが見られます。その代表例が、レンゾ・ピアノとリチャード・ロジャースによるパリのポンピドゥーセンター(1977年)です。構造体や配管類をあえて外部に剥き出しにし、それ自体を装飾として強調する手法は、当時の建築界に大きな衝撃を与えました。さらには、フランク・ゲーリーのように、建物の外壁を歪ませたり、素材そのものの質感を強調するようなデザインを打ち出す建築家も登場しました。
こうしたポストモダニズムの考え方が、アーティストやデザイナーによる“廃工場・倉庫の再利用”の動きと結びつき、従来の建築常識ではタブーとされた“むき出しの構造”や“未完成のような仕上げ”をポジティブに評価する風潮が広がっていきます。これこそが、現在私たちがインダストリアル・テイストと呼ぶスタイルの大きな思想的背景になっているのです。
3-4.インダストリアル・テイストを形づくる要素
インダストリアル・テイストの具体的な特徴は、以下のような要素に集約されます。
- ■ 素材の露出
- 鉄骨(スチールフレーム)やコンクリート、レンガ壁、金属管(配管・ダクト)など、産業建築における構造材や機能部品を隠さずに見せる。
- ■ 無骨さと重厚感
- レンガやコンクリートがもたらす無機質で重厚な雰囲気、鉄骨や金属素材が放つクールさと線のシャープさ。
- ■ 未完成感・ラフな仕上げ
- 塗装が剥げたり、下地がむき出しになった状態をあえて残すことで、長年使用された建物特有の味わいを活かす。
- ■ 大きな空間と高い天井
- 工場や倉庫などにもともと備わっているオープンな空間構成を活かし、壁や区切りを最小限にする。
- ■ モノクロやアースカラーを基調とした配色
- 素材そのものの色(灰色のコンクリート、茶色のレンガ、黒い鉄骨など)を活かし、過度な装飾や多彩な色を使わない。
3-5.なぜ現代で支持され続けているのか?
■ 多様化する価値観や働き方との相性
モダニズム建築が追求した“合理主義”は、多くのメリットをもたらしながらも、行き過ぎると無機質・没個性的になりがちでした。現代ではSNSやクラウドサービスの普及により、人々がさまざまな場所・時間・手段で働き、暮らすようになっています。そのなかで、個性ある空間へのニーズが高まり、画一的ではない“個”を尊重するスタイルが好まれています。インダストリアル・テイストは、まさに“個性的な素材・構造”を大きな特徴とするため、この潮流に合致しているのです。
■ “無骨さ”と“クールさ”の絶妙なバランス
インダストリアル・テイストがもたらす無骨でありながらクールな印象は、特にオフィス空間や店舗デザインで引き合いが多い理由の一つです。画一的なオフィスでは得られないアーティスティックな雰囲気が、スタートアップ企業やクリエイティブ業界などで人気を博しています。スタッフの想像力やコミュニケーション意欲を高め、職場への愛着が増すといった効果も期待できるでしょう。
■ コストと環境への配慮
インダストリアル・テイストでは、配管やコンクリートを“隠す”内装仕上げを行わない分、低コストでの施工が可能になる場合があります。また、既存の建物や素材をそのまま利用することで、廃材や新材の使用量を減らし、環境への負荷を低減できる点も魅力です。建築のサステナビリティが求められる現代において、“再利用”と“デザイン”を両立させる手法として、インダストリアル・テイストがますます注目されているのです。
4.「見せる配管」の活用術
築古ビルをリノベーションする際、低コストかつ魅力的に見せる代表的なアプローチとして「見せる配管」が挙げられます。従来であれば壁や天井の中に隠す空調ダクトや電気配線を、あえて露出させる手法を指します。
空間の一部としてむき出しの配管やダクトが走る様子が視覚的に面白く、機能美をそのままデザインに取り込むことができます。オフィスビルのリノベーションにおいて、この手法は低コストとデザイン性を高レベルで両立できるアプローチとして注目されています。
4-1.「見せる配管」のメリット
①コスト削減・工期短縮
- ■ 隠蔽工事が不要
- 本来、天井裏や壁内部に配管を収めるための造作工事が必要ですが、見せる配管を採用すればこれを省けるため、工事費の削減と工期の短縮が期待できます。築古ビルでは想定外の補修が発生するケースも多いので、浮いた費用を別の設備投資に回せる点は大きなメリットです。
- ■ 投資回収のスピードアップ
- 施工期間が短くなると、テナントの入居開始時期が早まり、オーナーや投資家にとっては投資回収のスピードを上げやすくなる利点もあります。
② 空間のインパクト向上
- ■ 素材の質感・色合いを活かす
- 配管に使われる金属や樹脂などの素材感が、無骨ながらも独特の存在感を演出します。インダストリアル・テイストを強調するうえで非常に効果的です。
- ■ 意外性によるデザインの面白み
- 通常は隠される要素を見せることで、“意表を突く”デザイン上の面白みを生み、訪れた人の記憶に残るオフィス空間となります。
③ メンテナンスの容易性
- ■ 点検・修理が簡単
- 露出しているため、配管の劣化や異常に気づきやすく、万が一の修理作業も大掛かりな壁や天井の解体を行わずに済む可能性が高いです。
- ■ ランニングコスト削減
- 配管周りの補修に大きな費用をかけずに済むため、長期的な運用コストを抑えられます。
4-2.具体的な「見せる配管」デザイン事例
① 統一感を出す塗装
- ■ 配管を天井や壁面と同色に
- 白い天井に白いダクトを走らせると、光や影のグラデーションが適度な奥行きを生み出し、クールな印象になります。グレーや黒で塗装し、全体をモノトーンにまとめる事例も多く、落ち着いた大人の空間を演出できます。
- ■ 塗装の仕上がりにこだわる
- マット調や半艶仕上げなど、塗料の種類によってダクト表面の質感が変わり、全体の雰囲気にも影響を与えます。オフィスのブランドイメージやコンセプトに合わせて選ぶのがおすすめです。
② アクセントカラーで個性を演出
- ■ 企業カラーの取り入れ
- ロゴやコーポレートカラーと同じ色で配管を塗装すると、一体感のあるオフィス空間を手軽に作れます。訪問者に企業イメージを強くアピールするブランディング手法としても効果的です。
- ■ メタリックカラーや黒でシャープに
- 配管をあえて黒やシルバーメタリックに仕上げると、機械的で洗練された印象が強まり、インダストリアルの世界観をさらに引き立てます。
③ 素材感をそのまま活かす
- ■ 無塗装によるリアルなインダストリアル感
- ステンレスやガルバリウム鋼板など、素材そのものが美しい光沢や質感を持つ場合は、塗装を行わずにむき出しのままにするのも一つの方法です。シンプルな内装とのコントラストが際立ち、独特の迫力ある空間を演出できます。
- ■ 経年変化を楽しむ
- やや錆びた金属感や酸化による色変化は、ヴィンテージライクなテイストを好む層にとって魅力的な要素です。ただしオフィスとして快適さを損なわないよう、クリア塗装で表面を保護するなどの工夫も必要になります。
④ 照明との融合:機能性とデザイン性の両立
- ■ レール型LEDの取り付け
- 空調ダクトに沿ってレール型照明を設置し、必要に応じて照明の位置や角度を変えられるようにしておけば、空間の使い方が変わっても柔軟に対応できます。
- ■ 吊り下げ照明でアクセント
- ダクトや配管から吊るすペンダントライトを複数配置すれば、照明自体がインテリアの一部として映え、インダストリアルな雰囲気を高めると同時に作業エリアの照度を確保できます。
- ■ 天井高の有効活用
- 築古ビルの場合、元の天井がそれほど高くないケースもありますが、“見せる配管”と“照明の一体化”を図ることで圧迫感を軽減し、開放的な印象を維持できます。
4-3.導入時の注意点とメンテナンス
① 法規や安全性の確保
- ■ 建築基準法や消防法を遵守
- 特に耐火性能が求められる配管やダクトの露出には注意が必要です。万一の火災時に配管が延焼経路にならないか、避難動線に支障はないかなど、事前に専門家との協議を行いましょう。
- ■ 防災設備との位置関係
- 火災報知器やスプリンクラーの配置にも影響を与える場合があります。配管が検知機器を遮ってしまうと消防法に抵触する可能性があるため、施工計画を緻密に立てる必要があります。
- ■ 既存躯体の調査と補修
- 築古ビルのリノベーションでは、躯体や配管などが思いのほか傷んでいる可能性があります。安全性を確保するために専門家による調査を徹底し、必要な補修を行ったうえでデザインに活かすよう計画しましょう。
② メンテナンス対応の重要性
- ■ ホコリや汚れの蓄積
- 配管がむき出しだと、どうしてもホコリや汚れが目立ちやすいです。掃除のアクセスルートを確保し、高所作業車や脚立を使った清掃の手間を考慮しておく必要があります。
- ■ 結露や温度差による劣化
- 冷暖房機能をもつ配管(空調ダクトなど)は結露しやすく、周囲の建材を傷める可能性も。ドレン配管の処理や、保温材の選定などをしっかり行い、長期的な耐久性を担保しましょう。
③デザインバランスと快適性
- ■ 居心地との両立
- 露出配管や無機質な素材が増えると、空間が冷たい印象になりがちです。オフィスで働くスタッフのモチベーションや居心地を考慮するなら、木材やファブリック素材などをバランスよく取り入れて柔らかさを補完しましょう。
- ■ 企業のブランドイメージやコンセプトとの整合
- 企業のブランドイメージやコンセプトに合わせて、インダストリアル・テイストの度合いを調整することも大切です。すべてを無骨なままにするのではなく、部分的に洗練された仕上げを施すなど、メリハリを意識すると良いでしょう。
- ■ 空間レイアウトの柔軟性
- オープンな空間を活かすリノベーションが多いインダストリアル・スタイルでは、パーティションを工夫したり、ガラス張りの仕切りや可動式の間仕切りを取り入れるなど、空間の柔軟性を高め、機能的なゾーニングについても配慮する必要があります。
- ■ ノイズや振動への対策
- 稀に配管から出る風切り音や振動が気になるケースがあります。防振材の使用や配管の固定箇所の調整など、設計段階で対策を講じておくことが望ましいです。
築古オフィスビルのリノベーションにおいて「見せる配管」は、コストを抑えつつも今っぽさと機能美を表現する非常に有効な手法です。素材そのものの特性を活かし、構造や機能を隠すのではなく、むしろ積極的にデザイン要素として捉えることで、現代の価値観に合致した魅力あるオフィス空間を生み出すことが可能になります。
「見せる配管」イメージ図
5.実際のリノベーション事例
事例1:老舗企業の営業所ビルを刷新、ショールーム兼オフィスへ
■ 状況と背景
- ・築30年以上が経過し、壁紙や天井材などの老朽化が目立つ営業所ビル。
- ・社名や商品ブランディングの一環で、来訪者に「新しい企業イメージ」を感じてもらいたいという要望。
■ リノベーション内容
- ①天井をスケルトン化し、むき出しのダクトを採用
- ・空調や給排気の配管を露出し、トーンを統一したグレーの塗装を施す。
- ・天井を高く見せる効果があり、営業所内の圧迫感を軽減。
- ②ショールームスペースに“見せる配管”+スポット照明を組み合わせ
- ・ダクトにレール型の照明を取り付け、展示商品に合わせて照射角度を随時変更可能に。
- ・天井全体を暗めのカラーリングにすることで、商品のディスプレイが際立つ演出に成功。
- ③インダストリアル・テイストで企業イメージを刷新
- ・古い建物を大幅に改修することなく、“スケルトン+照明+塗装”だけで大きな変化を実現。
- ・内装に金属調の什器を組み合わせることで、先進的なブランドイメージを伝える仕上がりとなった。
■ 成果とポイント
- ・既存ビルを解体せずに再利用することで、工期を最小限に抑えられた。
- ・古い営業所のイメージを大幅に一新し、商談時の企業ブランディングにも役立っている。
事例2:中規模オフィスビルの一角を設計事務所のアトリエに改装
■状況と背景
- ・地元の設計事務所が、既存の築古ビルの1フロアを借り受け、アトリエ兼オフィスとして活用。
- ・クリエイティブな職場環境を目指し、無機質なデザインを採用したいとの要望。
■リノベーション内容
- ①配管の素材を敢えて活かし、未塗装のまま露出
- ・ステンレスのダクトをそのまま活かし、自然光が差し込むとメタリックな輝きを放つ。
- ・床面はコンクリートを薄く磨き上げ、クリアコーティングのみで仕上げ。
- ②モジュール化された照明計画
- ・ダクトに取り付けたレール照明で、作業机や模型置き場、打ち合わせスペースなどを柔軟に照らす。
- ・シーンに応じてライトの向きを変えたり、増減させることで、多目的に使えるアトリエを実現。
- ③ワークスペースに木材とファブリックをミックス
- ・クリエイターの長時間作業を考慮し、デスクとチェアには座り心地や疲れにくさを重視。
- ・木製ラックと観葉植物をポイントで配置し、インダストリアルな無骨さを和らげる工夫も。
■成果とポイント
- ・設計事務所ならではの“素材を見せる”アトリエ空間が評判を呼び、クライアントとの打ち合わせ時に“デザイン事務所らしさ”をアピールできる。
- ・配管のメンテナンスや設備点検がしやすく、オフィス移転コストやランニングコストを抑えられている。
6.低コストとデザイン性を両立させるポイント
6-1.余剰予算をどこに投資するか
築古ビルのリノベーションは、新築よりも建設費を抑えやすい傾向がある一方で、老朽化による設備補修や改修が思わぬコスト要因となる場合があります。そこで、まずは建物の躯体や設備の状態を入念に調査し、耐用年数や交換のタイミングを見極めることが肝心です。
- ・基礎設備の優先度
- 空調や給排水、電気配線などはビルの機能を支える基盤となるため、予算を確保して入念に整備すべきです。ここに予算を割き過ぎると、デザイン面での投資が難しくなる反面、逆に疎かにすると後々の維持管理コストが増大してしまいます。
- ・内装のメリハリ
- コスト削減が狙いやすい“見せる配管”やスケルトン天井などのインダストリアルな演出は、有効な低コスト手法の一例です。ただし、全体的に無骨にし過ぎると利用者の快適性が下がる恐れがあるため、必要な箇所には適切に予算を配分し、床材や照明などにメリハリをつけて投資することが大切です。
6-2.必要に応じて専門家の力を活用
築古ビルのリノベーションでは、古い建物ならではの図面不足や構造計算書の不備などに直面するケースが珍しくありません。こうした不確定要素をクリアし、安全性や建物の活用度を高めるには、専門家のアドバイスが不可欠です。
- ・建築士や設備設計者
- 耐震補強の必要性や設備の交換時期、配管計画など、幅広い視点で助言を得られます。
- ・歴史的建造物に詳しいコンサルタント
- 文化的・歴史的価値のある建物や景観保護が関係する場合、適切な保存方法や活用手段を提案してもらえます。
- ・インテリアデザイナー
- “見せる配管”やインダストリアル・テイストの度合いを、トータルコーディネートの中でどう活かすかなど、空間演出や動線計画で力を発揮します。
理想的には、設計・設備・デザインそれぞれの専門家とチームを組み、初期段階から協議を重ねながらプロジェクトを進めるのが望ましいと言えます。
6-3.情報共有とコミュニケーション
リノベーション後のビルにテナントやオフィス利用者を迎え入れる場合は、あらかじめコンセプトやデザイン方針を十分に共有することが極めて重要です。
- ・無骨さやインダストリアル感への理解
- インダストリアル・テイストは好き嫌いが分かれるスタイルとも言われます。配管の露出度、素材の選択、仕上げの程度をめぐり、意見が対立する可能性があります。
- ・イメージのすり合わせ
- 3Dパースやサンプル画像、塗料の見本などを用いて具体的なイメージを伝えることで、完成後の“ギャップ”を減らせます。
こうした準備を怠ると、完成直前になって「こんなに無機質なのは想定外だった」といったトラブルが生じかねません。事前のコミュニケーションが、後戻りのない工事をスムーズに進めるためのカギとなります。
6-4.運用開始後のメンテナンスと改善
築古ビルのリノベーションでは、完成後も適切なメンテナンスと改善が不可欠です。特に“見せる配管”を採用している場合、日常的な清掃や定期点検が運用コストを左右します。
- ・定期点検とクリーニング
- ダクトや配管が露出している分、ホコリの蓄積や錆びなどが見えやすく、景観を損ねる場合があります。清掃の頻度や方法を具体的に決めておくことで、常にインダストリアルの格好良さを維持できます。
- ・可変性の追求
- オフィスレイアウトの変更を想定する場合は、配管のルートや照明レールの設置に余裕を持たせ、後からアップグレードできる仕組みを検討しておくのがおすすめです。
こうした運用面の計画をしっかり練っておくことで、リノベーションが完成した後もビルの価値を長く維持し、快適な環境を提供し続けられます。
7.まとめ:築古オフィスビル×インダストリアル・テイストの魅力
「見せる配管」はインダストリアル・テイストを代表する要素であり、低コスト・短工期・デザイン性という3つのメリットを提供します。築古ビルが持つ味わい深い素材や構造を最大限に活かしながら、機能性や維持管理のしやすさを兼ね備えた、個性的で魅力的な空間づくりを可能にするのが特徴です。
一方で、配管を露出させる手法には法規や安全面での注意点があり、メンテナンス計画やデザインバランスの配慮も欠かせません。専門家との連携やテナント、関係者との丁寧なコミュニケーションを通じて、配管の露出度やカラーリング、照明計画などを総合的にプランニングすることで、“無骨でありながら洗練された”独自のオフィス空間が実現できます。
インダストリアル・テイストは単なる一時的な流行ではなく、工業建築の歴史やポストモダニズム建築思想と深く結びついたスタイルであり、その背景を理解したうえで適切に応用することが求められます。コストを抑えつつ、強い個性と利便性を兼ね備えた空間を創り出すことが、築古オフィスビルリノベーションの成功の鍵と言えるでしょう。
築古ビルは、新築では出せない経年変化や歴史的背景といった魅力を備えています。これらを積極的に活用し、現代のニーズに合わせて機能性をアップデートするリノベーションは、低コストで魅力的な空間を実現する新しい可能性を秘めています。インダストリアル・テイストを導入することで、古さと新しさ、無骨さと洗練さが絶妙に融合した世界観を演出できます。
築古ビルのリノベーションは、単に外見を変えるだけでなく、設備や構造面の改善を通じて安全性や機能性も高めることで、資産価値の向上や地域の再活性化にも貢献します。実際に、空室が目立つ地域においても、リノベーションによる魅力的な空間づくりを通じて、新たな事業者やクリエイターを引き込み、地域活性化を成功させた事例も数多くあります。
もちろん、施工費管理や法規制対応、維持管理計画など課題も多いですが、専門家との協力体制や関係者との密なコミュニケーションを図ることで、築古ビルが持つ潜在力を最大限に引き出すことは十分可能です。
日本各地が抱える老朽建築や空きビル問題に対して、リノベーションを通じて現代のライフスタイルやビジネス環境にマッチした空間を提供することは、地域社会や都市の課題を解決する有効な手段となります。「見せる配管」をはじめとするインダストリアル・テイストの要素を巧みに取り入れ、築古ビルの新たな可能性を開拓していくことが、今後ますます求められていくでしょう。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2025年11月12日執筆
