古い賃貸オフィスビルの内装をどう変える?人材に選ばれる空間づくりの実務ポイント
皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「古い賃貸オフィスビルの内装をどう変える?人材に選ばれる空間づくりの実務ポイント」のタイトルで、2025年11月17日に執筆しています。
少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
はじめに
築年数が古くても、内装次第でビルは再生できます。
実際に、築30年超の賃貸オフィスビルであっても、戦略的な内装改善により、
優秀な人材を惹きつける企業が入居し、賃料アップや満室稼働を実現した事例は少なくありません。
本コラムでは、都心の中規模・賃貸オフィスビルを保有するオーナー・管理会社の方々に向けて、
ポストコロナ時代の働き方と人材ニーズに対応した「内装戦略の最前線」を、豊富な実例とともに、専門的な視点からわかりやすく実務的に解説していきます。
単なる“デザインの流行り”ではなく、テナント企業の評価軸に合った空間とは何か?
築年数というハンデを乗り越えるために、どこに投資すべきか、どこに手をつけるべきか?
本コラムを通じて、その判断軸と実行のヒントを、具体的に探っていきましょう。
第1章:なぜ今「内装」が人材確保のカギなのか
かつて昭和の時代から続いてきた「オフィス=作業場」という発想は、今や過去のものになりつつあります。
令和の現在、オフィスは企業の戦略や文化を表現する空間として、その役割と価値が再定義され始めています。
特に2020年代以降、働き方の多様化やテレワークの普及と見直しを経て、「社員がなぜ出社するのか」「出社する意味とは何か」を、企業があらためて問い直すようになりました。
その中で、「社員が出社したくなるオフィスをどうつくるか?」というテーマは、経営の視点からも重要な課題として注目されています。
単に生産性や利便性を追求するだけではなく、組織の創造性や意思決定のスピード、対話の質といった、“リアルな場”だからこそ生まれる価値が見直されている背景があります。
もはや、ただ机が並んでいるだけの従来型オフィスでは、人は集まりません。
これからの時代、過去のオフィス像を乗り越え、「働きたくなる空間」への転換が求められています。
「本質的な多様性」に応えるオフィス空間へ
「多様性(ダイバーシティ)」という言葉も、以前のように軽やかに語れる時代ではなくなりました。
働き方における多様性も、今まさに“再定義”のフェーズに入っています。
これまでは、“なんでも受け入れること=多様性”といった表面的な理解が広がっていた時期もありましたが、いま企業が求めているのは、もっと実質的で、仕事に集中できる環境を整えるという意味での“地に足のついた多様性”です。
その実現には、「誰にとっても快適な空間づくり」や「業種・職種ごとの働き方にフィットする柔軟性」が欠かせません。
たとえば、同じオフィスの中でも:
- ・一人で集中したいエンジニアと、会話が多い営業職
- ・通常勤務の社員と、フレックスや時差出勤をしている社員
- ・社内業務メインの部署と、来客対応が多い部署
──こうした多様な働き方が共存しています。
だからこそ、現場ごとの違いをきちんと捉えたうえで、選択肢のあるオフィス設計を行うこと。これが“本質的な多様性”に対応した空間づくりと言えるのではないでしょうか。
総務担当者が見る内装のチェックポイント
テナント企業のオフィス選定において、実質的な決定権を握っているのは多くの場合、総務部門や移転プロジェクトの実務担当者です。
彼らは“社員が毎日使う場所”としての視点で物件を見るため、ビルオーナーの想定以上に細かくチェックしています。
以下は、内見時に特に注目されやすいポイントです:
| チェック項目 | 着目されるポイント例 |
|---|---|
| エントランス | 清潔感/開放感/来客への印象.老朽化や暗い照明はマイナス要素 |
| 共用部(廊下・EV) | 共用部(廊下・EV) 明るさ/安全性/視認性.古い内装材や色温度の違和感は悪目立ち |
| 天井高・躯体構造 | 空間の開放感や現し天井の可否.圧迫感の有無も重要 |
| 床仕様/OAフロア | 床仕様/OAフロア レイアウト変更の柔軟性.配線のし易さなども見られる |
| 照明/空調 | 照明のチラつき/照度不足、温度ムラ/席による寒暖差は注意ポイント |
| トイレ/給湯室 | 清潔感/男女/手洗いスペースの広さ.古さ・臭いは即NG判断に直結 |
| セキュリティ/動線 | 来客/荷物動線の分かり易さ.オートロックや監視カメラの有無 |
| 案内表示/サイン類 | テナント表示やピクトグラムの視認性.統一感のあるサイン計画が好印象 |
加えて、近年では企業の“社員ブランド”や“採用力”を表現する場としても、オフィスの空間設計が重視されています。
- ・「このオフィスなら採用ページに載せても見栄えがするか?」
- ・「来社した取引先に“この会社、ちゃんとしてる”と思ってもらえるか?」
こうした視点で、内装そのものが企業の“顔”として評価されているという現実があります。
総務担当者は、設備だけでなく“目に見えない印象”まで含めて、内装を判断しているのです。
内装は、テナント確保=人材確保の基盤
企業にとって、オフィスは単なる設備ではありません。“人材戦略の一部”です。
社員が働きやすい環境を提供できなければ、離職リスクは高まり、採用競争力にも差が出ます。
そして、テナント企業が人材確保に本気で取り組んでいるからこそ、選ぶオフィスにも“本気”が求められているのです。
築年数という“言い訳”が通用しない時代に入っています。
ビルオーナーとしても、内装改善に本気で向き合う姿勢が問われています。
第2章:築30年超でも選ばれる「内装リノベ」の条件
「古い=選ばれない」という時代は、もう終わりを迎えています。
いまのテナント企業が重視しているのは、築年数そのものではなく、実際に働く空間の質です。
つまり、古さそのものが問題なのではなく、“古さのまま放置されている状態”こそが問題なのです。
適切な内装リノベーションを施せば、
「賃料が安いから仕方なく選ばれるビル」から
「この空間なら働きたい」と直感的に感じさせるビルへと進化することは可能です。
特に、築30年以上が経過した中小規模の賃貸オフィスビルにおいては、物理的な制約を受け入れながらも、どこに手を入れるかが勝負になります。
では、どのような視点で内装改善を考えるべきか?
ここでは、選ばれるビルが備えるべき3つの内装価値について整理してみましょう。
■ 選ばれる築古ビルの「3つの内装価値」
① 印象:最初の3秒で「ここ、良さそう」と思わせる力
人もビルも、第一印象が9割。
内見の最初の3秒で「ここはないな」と思われてしまえば、その後の逆転は難しくなります。
エントランス、受付、EVホール、共用廊下といった“共用部の顔”は、空間全体の評価を大きく左右します。
たとえば──
- 蛍光灯で薄暗いエントランス
- 汚れた床材が貼りっぱなしの廊下
- 年季の入ったトイレの蛇口や洗面台
こうした「手が入っていない印象」は、どれだけ立地が良くても選定から外される要因になります。
逆に、白を基調に間接照明を組み合わせるだけで、空間の印象は一変します。
“清潔感”と“明るさ”があれば、築年数の壁を超える──それが内装の力です。
② 機能:見た目ではなく「実際に使えるか」で判断される
オフィスは、見た目だけでは選ばれません。
テナントが業務を快適に遂行できる空間かどうかが、重要な判断基準です。
企業がチェックするのは、以下のような基本性能です:
- 空調はゾーン分けされており、席によって暑い・寒いが発生しないか
- OAフロアが設置されており、自由にレイアウト変更ができるか
- 通信設備(光回線・LAN・電源容量)は現代水準に対応しているか
- セキュリティや監視カメラなど、一定の安心感が担保されているか
こうした“実際に使えるかどうか”の視点で、機能性は冷静に評価されています。
いくら内装のデザインを整えても、こうした基本機能が備わっていなければ、テナントから選ばれることはありません。
③ 柔軟性:未来の変化に「対応できそう」と思わせる余白
いまのテナント企業が求めているのは、「今だけ快適なオフィス」ではありません。
人員増加・部署変更・フレキシブルな働き方…変化を前提としたオフィス選びが一般的になっています。
だからこそ、「この物件なら、変化に柔軟に対応できそうか?」という視点が重要です。
- 柱や梁の配置は、間仕切りの自由度に影響しないか?
- 天井高は十分か?スケルトン対応が可能な構造か?
- 壁や床の下地構造は、テナント工事に対応しやすいか?
“どうにでもできそう”と感じさせる内装かどうか。
この“余白”こそが、選ばれる築古ビルの重要な要素です。
■ 共用部と専有部、それぞれに必要な改善ポイント
内装リノベというと、「テナント専有部」ばかりに目が向きがちですが、
共用部こそが、ビル全体の印象を決定づける場であることを忘れてはいけません。
以下、実際に改善効果の高い代表的なポイントを整理します:
| 区分 | 改善ポイント | 内容例 |
|---|---|---|
| 共用部 | エントランス | タイル・照明の更新、サイン計画、床材の張替えなど |
| EVホール・廊下 | LED照明、視認性向上、壁紙の更新 | |
| トイレ・給湯室 | 器具更新、臭気対策、男女比対応、清掃性 | |
| 専有部 | 床・天井・壁 | 床・天井・壁 OAフロア新設、天井現し、クロス・床材更新 |
| 空調・照明 | 照度設計、個別空調ゾーン設計、静音対策 | |
| インフラ・配線 | 電源容量、光回線、LAN配線・電話配管など |
中でも、「一部だけでも刷新」することで印象が劇的に変わるポイントもあります:
- トイレの鏡と照明を変えるだけで、“新しいビル”に見える
- EVホールの壁面のパネルを工夫するだけで、グレードアップ感が得られる
- 廊下のクロスとエレベーターの意匠を揃えるだけで統一感が出る
こうした“費用対効果の高い一手”を見極めることが、内装改善において極めて重要です。
第3章:成功事例に学ぶ「印象」と「機能」を両立させた内装改善
築古ビルが内装リノベーションによって“選ばれる物件”へと再生することは、理論上の話ではありません。
ここでは、東京都港区に位置するフロア坪数100坪超の賃貸オフィスビルの事例を紹介します。
この物件は、築10年超の時点で、一時全館空室となりましたが、全館の内装再生によって満室復帰・賃料水準の向上を実現した成功事例です。
このケースからは、今の時代でも通用する普遍的な改善のヒントが多数読み取れます。
ポイントは、「第一印象の劇的な改善」と「テナント目線の実用性強化」をセットで実施した点にあります。
■ 物件概要と状況:全館空室状態からの出発
対象物件は、東京都港区・JR山手線の駅から徒歩10分の立地にある中規模オフィスビルです。
竣工1993年。キーテナントが退去した時点で築13年でしたが、全フロアが空室となる危機的状況に直面しました。
この段階で、オーナーが取った選択は「賃料を下げて埋める」のではなく、
一棟丸ごとのリノベーションを断行するという、攻めの意思決定でした。
築古ビルであることを前提にしながらも、「物件の印象と機能を根本から再構築する」という明確な方針のもと、工事は計画されました。
■ 第一印象を劇的に変える:共用部の「印象改革」
最初に手を入れたのは、ビルの“顔”とも言える共用部の刷新です。
この段階で重視されたのは、「古さを隠す」のではなく「時代に合った空間として再構成する」という発想です。
(1). エントランス外観の刷新(庇の意匠変更)
リニューアル前は、曲線的な庇とモルタル調の外壁が特徴的な古い印象のファサードでした。
これを、直線的でシャープな意匠に変更し、外観に現代的な印象を加えています。
(2). エントランスホールの照明演出・素材選定
内部のエントランスホールでは、天井に間接照明を仕込むことで、柔らかくも高級感のある光を演出。
白を基調とした壁面と、シルバー系の金属素材をアクセントとして用い、清潔感と洗練性を両立させています。
(3). EVホール・廊下・水回りの素材アップグレード
共用廊下には明るい床材を採用し、「暗くて古臭い印象」を徹底的に払拭。
また、水回り(トイレや給湯室)については器具の交換・照明の調整・素材感の統一によって、
清潔感と快適性の両方を確保しました。
→ これらの共用部の刷新によって、内見時に「古いビル」というイメージを逆転させる効果を実現しています。
■ テナント目線での実用性改善:機能面の再整備
次に、テナント専有部および設備系統についても、入居後の快適性・業務効率を重視した改修が行われました。
(1). OAフロアの新設
全フロアにOAフロア(フリーアクセスフロア)を導入し、配線の自由度と安全性を向上。
これにより、テナント企業はレイアウト変更や機器配置を自由に設計できるインフラ環境を得ることができました。
(2). 空調・照明のゾーニング
空調設備については、エリアごとの温度調整が可能なゾーン設定を導入。
照明も執務エリアと会議エリアで照度を切り替えられるようにし、社員の体感快適性と生産性を意識した設計がなされています。
(3). セキュリティ・遮熱対策などの細部対応
エントランスにはオートロックと監視カメラを新設し、セキュリティの信頼性を向上。
また、窓面には遮熱フィルムを施工し、夏季の空調効率を改善するなど、細部に至るまで機能性の底上げが図られています。
■ 結果:空室ゼロ&周辺相場超えの賃料で満室稼働
こうした印象改善×機能強化のリノベーションを経た結果、対象物件ビルは再募集開始から短期間で満室となり、空室ゼロを達成しました。
しかも、リニューアル前より賃料を引き上げた状態で募集を行い、
周辺相場より高い水準での成約が成立しました。
- 見た目だけの化粧直しではなく、機能と印象の両面を改善
- かつ、細部にわたる“使いやすさ”への配慮
この2点を的確に押さえたことが、成功の最大要因となったのです。
■ 今の時代に通じる「エッセンス」は何か?
今回、取り上げた対象物件の改修は2006年実施とやや前の事例ですが、
「どこに投資すべきか」「どう印象を変えるか」というエッセンスは今なお通用します。
- 清潔・明るい・整っているという共用部の基本要件
- テナントが使いやすいインフラ環境(配線・空調・セキュリティ)
- 内見時に「ここなら恥ずかしくない」と思わせる設えと印象づくり
とくに、白+間接照明+金属素材の組み合わせや、シンプルで力強い空間演出などは
2025年現在でも“時代に左右されない、選ばれ続ける定番”と言えるでしょう。
第4章:テナント目線で読み解く「内装の価値」
“良いオフィス内装”を決めるのは誰か?
オフィス内装が“良い”かどうかを決めるのは、オーナーではありません。
その空間で日々働く、テナント企業の社員たち自身です。
しかもその評価は、誰かに聞かれたときだけでなく、日常のなかでリアルタイムに下されています。
近年ではSNSを通じて、働く人の率直な本音が広がりやすくなっており、例えばこんな声が見られます:
- ・「内装が古すぎて気分が上がらない」
- ・「薄暗いオフィスで毎日出社するのが苦痛」
- ・「エントランスが古くて来客を呼ぶのが恥ずかしい」
逆に、ポジティブな声もあります:
- ・「清潔で明るいオフィスだから毎日出社が楽しみ」
- ・「エントランスがキレイだと会社のイメージも上がる」
- ・「トイレが使いやすいおかげで快適に過ごせる」
こうした声がSNSで拡散されることで、オフィス内装の印象や満足度は、企業のイメージにも少なからず影響を与えています。
ただし、SNS上の意見をそのまま真に受けるのは危険です。
発信者のバイアスや一時的な感情が反映されやすく、“言語化しやすいもの”だけが目立ってしまう構造があるからです。
それでも、働く人たちがどんな空間に満足し、何にストレスを感じているのか――その「感覚のリアル」に向き合う姿勢は、オーナーや管理側にとって不可欠です。
この章では、SNSなどの“表層の声”にとどまらず、社員の行動や心理に根ざした、「本質的な内装評価」の視点を深掘りしていきます。
■ 第一印象と清潔感は“即決レベル”の判断要素
「このビル、いいですね」と感じるか、「ここはちょっと…」と引かれるか。
内見や来訪のわずか数分のあいだに、物件の印象は決まります。
特に共用部──エントランス、受付、EVホール、廊下、トイレといった空間は、
全ての人が必ず“見る・通る・使う”場所であり、印象評価に直結します。
以下は、テナント社員が日常で体感している“内装の印象”にまつわる声です:
- ・「受付が暗くて来客のたびに恥ずかしい」
- ・「廊下が無機質で気が滅入る」
- ・「トイレが古いと、会社全体が古く見える」
これらの声の共通点は、“清潔感”と“居心地”への感覚的評価にあります。
見た目の派手さやデザイン性以前に、「きちんと手入れされているか」「明るく安心感があるか」が問われているのです。
■ トイレ・廊下・照明──“意外に重要な細部”が評価を左右する
ビルオーナーが見落としがちなのが、“脇役に見える内装要素”が実は主役級に重視されているという事実です。
たとえば、ある調査では、働く人がオフィス内装で最も気になる場所は「トイレ」という結果が出ています。
その理由は以下の通りです:
- ・1日に何度も使うから「不快だと気になる」
- ・プライベートな空間なので「清潔感がダイレクトに伝わる」
- ・来客時にも案内するため「会社の印象に直結する」
さらに、廊下や照明も心理的な快適性に大きく関わります。
- ・廊下が閉鎖的だと圧迫感を覚える
- ・蛍光灯のチラつきや、寒色系の光はストレスを誘発する
- ・明るすぎず暗すぎない、自然な色温度の照明が安心感につながる
内装というと「執務室のデザイン」や「インテリア」を想像しがちですが、
社員が毎日必ず接するこれらの空間こそ、満足度・定着率・モチベーションに直結する領域です。
■ テナント企業が重視する「見えない価値」とは?
テナントの内装評価には、「目に見える部分」だけでなく、“見えない価値”も含まれています。
- ・空間の清潔感や快適性が「社員に好かれるか?」という採用力に直結
- ・取引先を案内した際に「会社の印象がどう見えるか」に影響
- ・毎日働く社員の気分・集中力・健康にも間接的に関与
これらは数値では測りにくいですが、非常に実感の強い要素です。
「古いけど、なんか居心地がいい」
「必要なところがちゃんと整っている」
そんな空間は、長く愛され、選ばれ続けます。
ビルオーナーとしては、“細部に神経が行き届いた空間”こそ、テナント企業から評価されるということを強く認識する必要があります。
単なる箱貸しではなく、働く人に寄り添う空間づくりを提供できるか。
そこに、築年数を超えた競争力が生まれるのです。
第5章:その空間に、思想はあるか?─ビルの価値を決める設計の哲学
(1). なぜ今、内装に「意味」が問われているのか
2025年、東京の賃貸オフィスビル市場では“内装”という言葉の重みが変わり始めています。
ただお洒落にすればいい、映える空間をつくればいい――そんな時代は終わりました。
現在のテナント企業が本当に求めているのは、「その空間が、自社にとって意味のある場となるか」という一点に集約されます。
ポストコロナ、テレワーク、Z世代の価値観、多様性の再定義、ESG疲れ――
こうした社会の揺らぎのなかで、オフィスという空間は単なる「執務スペース」から、“経営や組織文化を体現するリアルな装置”へと位置づけが変わってきています。
そしてこの変化のなかで、オフィス内装に求められているのは、
流行を取り入れることではなく、その企業らしさを引き出す「舞台」としての整え方です。
だからこそ、オーナーも「いま流行っているデザインは何か?」ではなく、
「働く場としての“質”とは何か?」を捉え直す視点が必要とされています。
(2). 「トレンドワード」に惑わされず、“意味”で読み解く
最近、「グレージュ」「ニューミニマル」「ホームライク」といったワードが、オフィスの内装トレンドとして取り上げられているみたいで、リノベーション業者やオフィス家具メーカーなどが、こうした言葉を積極的に打ち出しているのをよく目にします。
たしかに、こうしたキーワードは空間デザインの方向性を端的に掬い取るという点で、一定の役割を果たしている側面もあります。
しかし、本当に大切なのは――そうした言葉を「そのままなぞること」ではなく、
その背景にある「人間の感覚」や「働き方の本質」を読み解くことです。
たとえば:
① グレージュ(Greige)とは:
- ・グレージュ(Greige)は「グレー(灰色)」と「ベージュ」を合わせた造語で、灰色の持つ洗練された落ち着きと、ベージュが持つ温かみや自然な柔らかさを併せ持った中間色のことです。
- ・オフィスにおいて、無機質で冷たい印象の強い真っ白な壁や濃いグレーを避け、従業員が心理的に落ち着き、リラックスして過ごせる色合いが選ばれるようになってきました。グレージュの柔らかくフラットな色調は、過剰な刺激を抑え、集中力を維持しやすくするとともに、「安心感」や「快適さ」を感じさせる色として評価されています。
- ・つまり、企業側が従業員のメンタルヘルスや感情面の安定に配慮した職場環境作りを重視する流れの中で注目されているカラーです。
② ニューミニマル(New Minimal)とは:
- ・「ニューミニマル」は、単に装飾を減らしただけの従来型ミニマリズム(Minimalism)を超え、機能性や利便性を損なわずに、視覚情報を徹底してシンプル化する新しい概念です。形状や色彩を厳選することで、心理的ノイズや過剰な刺激を最小限に抑え、「集中力」や「生産性」を高めることを狙います。
- ・近年、情報過多によるストレスが社会的問題になり、職場においても「いかに余計な刺激を排除し、仕事に集中しやすくするか」が重要視されています。ニューミニマルは、情報を削ぎ落とし、必要な情報だけを際立たせる「視覚的ノイズの最適化」という観点で、働く人の効率性と精神的負荷の軽減を目指す背景があります。
③ ホームライク(Home-like)とは:
- ・「ホームライク(Home-like)」とは、その名の通り「家庭のような」「自宅のような」空間のあり方を指し、職場においてもリラックスして自分らしくいられる環境づくりを目指すコンセプトです。オフィスの中に、自宅にいるような安心感や居心地の良さを取り入れ、従業員のストレスを緩和し、ウェルビーイング(心身の健康・幸福感)を向上させることを目的としています。
- ・ホームライクという概念の背景には、従来型オフィス空間に対する意識の変化があります。長時間働く現代人にとって、職場で過ごす時間は非常に長く、従来のような堅苦しく緊張感の高い空間では心身への負担が蓄積されてしまいます。また、人間は本質的にリラックスした環境のほうが創造性や生産性を発揮しやすく、柔軟な発想やコミュニケーションの活性化も期待できます。このような理由から、企業側もオフィス内にリビングルームのような柔らかいインテリアや居心地の良さを取り入れ、従業員が心理的に安心し、ストレスから解放される職場環境の整備に積極的に取り組むようになりました。
このように、トレンドワードにも共通しているのは、ただの流行として消費されるのではなく、
「社員の心理的安全性」や「集中と拡散のバランス」、「緊張と解放」といった、
“空間を通じて働きやすさを支える”という目的意識が、その背景にあるということです。
オーナーにとって本当に重要なのは、
「話題のキーワードを寄せ集めて、なんとなく取り入れてみる」ことではありません。
それぞれの言葉が示している“人の働き方”や“企業の空間戦略”を、意味として読み解く力。
そこに投資すべき価値があります。
(3)「完成された空間」から、「余韻のある空間」へ
かつてのオフィス内装は、“完成された美しさ”を目指すものでした。
共用部も専有部も「最初から出来上がった状態」で提供され、それを使ってもらう――
そんな発想が一般的でした。
しかし現在、多くのテナント企業が求めているのは、「自社らしく使いこなせる空間」です。
それは決して“白紙の空間”を求めているのではなく、「整っていながら、手を加えやすい空気感」を備えた場だと言えます。
たとえば:
- ・内装を過剰に演出せず、素材感を活かしたニュートラルな設えにする
- ・明るさや清潔感を意識した照明計画を敷きつつ、控えめな存在感にとどめる
- ・床材や壁材はシンプルで質感のあるものを選び、テナントの家具や備品が映える構成にする
こうした設計思想は、空間を「決めすぎない」ことで、入居者の創造性を引き出します。
意図的に“余韻”を残した空間設計――それが、今後の築古オフィスにおける内装戦略の軸になり得るのです。
未完成ではなく、“整えられた余白”としての完成度。
それが、オーナー側から提供すべき空間のあり方ではないでしょうか。
(4)「整えて渡す」からこそ生まれる、自由度とのバランス
築古ビルの内装改善を考える際、オーナーとして悩ましいのは、
「どこまで仕上げて渡すべきか?」という永遠のテーマです。
仕上げすぎるとテナントが手を加えにくくなり、自由度が下がる。
かといって、仕上げが甘ければ“管理されていないビル”と見なされ、印象で損をします。
このジレンマに対して、私たちが取っている答えは明確です。
「きちんと整えたうえで、自由に使える余白を設計する」こと。
具体的には:
- ・天井・床・壁の仕様は、上質でプレーンな仕上げを選択し、余白として機能する構成に
- ・空調や電源・LAN配線などのインフラは、すぐに使える状態で整備しておく
- ・ブラインドや照明は、快適性を担保しながら、過度に主張しない実用的な設計にとどめる
こうした「汎用性のあるミニマルな完成形」を用意することが、テナントにとっては“自社らしく使いやすい空間”となり得ます。
「何もしない自由」ではなく、「きちんと整っているからこそ安心して手を加えられる余白」――
それこそが、築古ビルにふさわしい提供のかたちです。
私たちが重視するのは、「選ばれる空間」であることと同時に、
「信頼される空間」であること。
仕上げの思想を持ち、整えたうえで手を渡す――
そのあり方が、ビルの価値を左右します。
(5). 空間の「思想」が、ビルの差別化を生む
トレンドやデザイン、機能性――
それらは確かに重要ですが、最終的に「選ばれるビル」と「見送られるビル」を分けるのは、“空間に思想があるかどうか”です。
これは、派手なコンセプトや装飾を施すという意味ではありません。
むしろ逆に、「この空間は、誰が、どのように、どんな働き方をするための器か?」という明確な意図が込められているかどうかが問われているのです。
たとえば:
- ・「小規模でも、社員が静かに集中できる場所を用意したい」
- ・「来客が多い企業向けに、受付から会議室への導線をスマートに整えたい」
- ・「流行りのシェアオフィスなどではなく“専有空間の快適さ”にこだわる企業の受け皿になる」
こうした設計思想が、内装のデザインや素材、照明や動線計画に反映されていれば、
ビルそのものが“働くための哲学”を持った空間として評価されるのです。
特に、築古の中規模・賃貸オフィスビルこそ、“思想のある改修”が価値を生みます。
築浅・大型物件のように設備や構造で勝てないからこそ、思想とこだわりで差別化する。
- ・派手なデザインではなく、“意図のある余白”
- ・決まりきった内装ではなく、“丁寧に選ばれた素材”
- ・無機質な空間ではなく、“人が安心して働ける場”としての提案
その積み重ねが、「このビル、なんか良い」と感じてもらえる印象に変わり、
結果として空室を埋め、テナントが長く居つくビルへとつながっていきます。
空間の意味を再定義したうえで、ビルオーナーとして問われるのは「では、明日から何をするか」です。
次章では、築古ビルでもすぐに着手できる内装改善の実務アクションを、費用対効果の視点とともに整理していきます。
第6章:オーナー・管理会社が今すぐできる実務アクション
空間に意味を持たせる。
それは決して、大規模改修や高額なデザイン監修だけで実現するものではありません。
むしろ築年数の古い中小ビルにとって重要なのは、
「限られた投資で、どれだけ印象と使い勝手を高められるか」という現実的な判断です。
この章では、小さな改善でも大きな成果を生み出す“実務アクション”を整理していきます。
そして、ただ整えるのではなく、「テナントが“選ぶ理由”になる改善」とは何か?を掘り下げます。
① エントランスの整備(過剰な装飾ではなく、“きちんとした佇まい”をつくる)
- ・床や壁の汚れ・劣化箇所を補修し、清潔でフラットな状態を維持
- ・無駄な設置物を避け、空間にノイズを持ち込まない構成
- ・照明は昼光色かつ高照度で統一し、明るさそのもので清潔感を演出
→ 「整理されている」「信頼できるビル」という印象は、過剰な演出ではなく管理の精度で伝わります。
② 共用部照明のLED化と高照度設計
- ・昼光色×高照度を基準に、照度ムラや劣化を徹底排除
- ・古い蛍光灯や色ムラのある器具は、LED一体型で一新
- ・共用廊下・EVホール・トイレなど、全ての動線空間で明るさを担保
→ 視認性・清潔感・安全性の3点を、最も効率的に改善できるのが照明。空間の信頼性を底上げする基本中の基本です。
③ 部分リニューアル(素材の更新で“くたびれ感”を除去)
- ・廊下やEVホールの壁紙・巾木の更新(落ち着いた色調で統一感を重視)
- ・カーペットタイルは、やや暗め・深みのあるトーンを採用
- ・ドア・スイッチ・サインプレート等、目につく細部部材は優先的に交換
→ 一部の素材を更新するだけでも、「このビルは手が入っている」と感じさせる効果があります。
④ 共用部の徹底清掃・メンテナンス強化
- ・床や金属部材の洗浄・研磨でくすみを取り除く
- ・ガラス面の定期清掃で視界と光の抜け感を確保
- ・トイレの臭気対策・水栓まわりの更新を実施
→ “清掃が行き届いている空間”は、それだけで管理レベルの高さを直感的に伝える最大の要素です。
⑤ サイン計画の刷新(見落とされがちな印象の要)
- ・古くなったテナント表示板・フロア案内板を統一フォーマットで更新
- ・郵便受け・インターホン・注意書きなどの掲示類を“貼らない整理”に転換
- ・サインはあえて主張せず、情報の視認性・整理整頓・静けさを優先
→ 無理にかっこよくするのではなく、「混乱がない」「無駄がない」ことが価値になる領域です。
▼印象戦略の本質:整っていれば、それだけで選ばれる
築古ビルにおいては、過剰な装飾や奇をてらった仕掛けよりも、「基本が整っている」こと自体が最大のアピールになります。
何かを足すのではなく、余計なものを削ぎ落とす。
そんな“引き算”の内装改善こそが、働く人にとって本当に快適で、評価される「地に足のついた空間戦略」と言えるのではないでしょうか。
第7章:まとめ 築古でも“選ばれる”ための内装戦略
築年数が古くても、人を惹きつける賃貸オフィスビルは確かに存在します。
そして、それらのビルに共通しているのは、単なる見た目の新しさではなく、
「この空間で働きたい」と思わせる“印象”と“思想”を備えていることです。
本コラムで紹介してきたように、テナント企業の視点は、かつてよりもはるかに高度化しています。
立地・広さ・賃料だけでは判断されず、「社員が毎日使う空間として、どこまで信頼できるか」という総合的な印象評価が、入居の意思決定を左右する時代です。
(1). デザイン性だけでは足りない、“使いやすさ”とのセットが鍵
照明が明るいか、トイレが清潔か、レイアウト変更しやすいか――
こうした細部にこそ、働く人の快適性や企業の使い勝手が宿ります。
どれほどお洒落な内装でも、座る場所が寒い/暑い、配線が不便、音が響くといったストレスがあれば、
テナントから「ここでは働けない」と判断されてしまいます。
逆に、華美でなくても使い勝手が良く、整った印象を与えるビルには、長く安定したテナントがつきます。
デザイン性と実務性のバランス――それが“選ばれる内装”の本質です。
(2). テナントの「働く環境」に寄り添えるかが選定基準になる
2025年現在、オフィス内装に求められているのは、
単なる意匠ではなく「働き方に応じた空間の調律」です。
- 一人で集中したいときにこもれる場所があるか
- 来客時の動線がスマートに構成されているか
- 会議・雑談・静寂、それぞれのシーンにフィットするゾーニングがあるか
これらはすべて、テナント企業の“社員戦略”と直結する要素です。
オフィスが整っていれば、採用・定着・エンゲージメントにも良い影響を与える――
その感覚を持った企業ほど、空間を見る目が厳しくなっています。
ビルオーナーが真に競争力を持つには、そうした「経営の文脈でオフィスを選ぶ企業」から見られていることを意識する必要があります。
(3). 最後に問われるのは、“ビルの印象をどう作るか”という覚悟
ここまで内装の要素、改善アクション、トレンドの読み解き方などを整理してきましたが、
最終的に勝敗を分けるのは、“そのビルが持つ印象”です。
- 共用部が明るく清潔に整っている
- 無理にトレンドを追わず、落ち着きと使いやすさがある
- スケルトンで余白を残し、入居企業が“自分たちの場”として育てられる
こうした印象は、単なる仕様の積み重ねではなく、オーナーの「姿勢」や「考え方」が反映された結果です。
このビルは、誰に、どんな働き方を提供したいのか?
この問いに明確な答えを持ち、ブレずに整え続けている物件こそ、結果として選ばれていくのです。
おわりに:古いことは、弱みではない。整っていないことが弱みになる。
築年数の経過したビルでも、「デザイン性」と「使いやすさ」を両立させた内装戦略によって、十分に勝負できます。
大切なのは、見た目の刷新にとどまらず、そこで働く人の視点に立った“使い勝手の向上”をセットで提供することです。
テナントの従業員は、その空間で日々、長い時間を過ごします。
だからこそ、快適で働きやすい環境をつくるという設計思想が不可欠です。
派手さは必要ありません。
清潔で、洗練され、機能的であること。
そんな空間は、企業にとって「採用力」や「人材定着率」を支える、“人的資本への投資基盤”にもなり得ます。
そして最終的に問われるのは、ビルオーナー自身の姿勢です。
築年数は変えられなくても、「印象」は内装次第で変えられる。
そしてその印象こそが、テナントに選ばれるかどうかを左右するのです。
本コラムで取り上げたポイントをもとに、
自分のビルにはどんな可能性があるか――ぜひ、現実的に見直してみてください。
築古ビルでも、人は集まり、選ばれる。
その未来を切り拓くのは、オーナーの判断と、内装への投資です。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2025年11月17日執筆