その天井、どう見せる?築古オフィスの空間印象を変える設計戦略 後編:実践編
皆さん、こんにちは。
株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「その天井、どう見せる?築古オフィスの空間印象を変える設計戦略 後編:実践編」のタイトルで、2025年12月23日に執筆しています。
前編に引き続いて、今回、後編をお送りします。
少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
前編の要点をひと息で
前編では、六尺の町家から3mハイスタッドの超高層まで
─天井が映し出してきた歴史・技術・心理のドラマを辿りました。
日本の天井高は六尺の江戸町家から、八尺団地、そして3mハイスタッドへ
―高さは合理と憧れの間で揺れ、いまや賃料とブランドを決める「頭上資産」になりました。とはいえ市場の半数を占める築40年ストックは梁下2.3m。
後編〈実践編〉へ――“変えられない高さ”を武器にする視点を切り替える
ここからは舞台を図面と見積書の世界に移し、「梁下2.3m」をどう資産に変えるかを具体策で掘り下げます。
天井が低いからといって、ビルの価値まで低くなるわけではない。
変えられない寸法を、設計と意味づけで超える。
それではページをめくり、後編:実践編へ。
後編は、第6章:築古オフィスの「天井戦略」を再設計するから始まります。
高さは稼ぐのではなく、設計するという新しい常識を、現場目線でひも解いていきましょう。
第6章:築古ビル梁下2.3mを救うリノベ課題と5つの打ち手――築古オフィスの「天井戦略」を再設計する
6-1.なぜ「天井」が勝負を分けるのか?
築古のオフィスビルを活用していく上で、「天井の高さが低い」という問題は、決して見逃せない要素のひとつです。
それは単なる設計の古さや見た目の印象にとどまらず、テナントの第一印象や、執務空間としての快適性、さらにはリーシングのスピードや賃料水準にも間接的な影響を及ぼす要素だからです。
■築古ビルに多い「梁下2.4m」の現実
とくに、築30年以上が経過した中小規模オフィスビルでは、梁下で実測2.3~2.5m前後の天井高となっている物件が非常に多く見受けられます。
図面上では「天井高2.5m」と記載されていても、実際には梁が張り出しているため、スペースの多くは「梁下2.4mの制約を受けた空間」として使われていることになります。
この数値は、現代の感覚からすれば「やや低い」と感じる高さです。
とくに内見時や、外部来訪者がエントランスから入室した瞬間に感じる「圧迫感」は、空間の印象を左右する決定的な要素となり得ます。
■なぜ、こうした“低い天井”が生まれたのか?
この背景には、建築技術の進歩や社会の変化だけでなく、かつての都市計画や設計思想が大きく関係しています。
かつてのオフィスビルでは、
・建築基準法による高さ制限(絶対高さ・斜線制限)が厳しく、
・その中でできるだけフロア数を確保するために、1フロアあたりの階高を抑える設計が多く採用されました。
・さらに、空調ダクトや照明器具を天井裏に納める「二重天井方式」が標準化されたことで、天井裏の懐として20~30センチ程度が常に削られる構造が一般化しました。
つまり、現在の築古ビルの低い天井は、当時としては合理的な設計判断であり、建物そのものの欠陥というわけではありません。
しかしながら、現代のオフィス利用者が求める快適性・開放感の水準から見ると、そのままでは選ばれにくい空間となりつつあることもまた事実です。
■「天井高」は、操作可能な空間要素である
ここで重要なのは、たとえ天井の高さが物理的に限定されていたとしても、設計や演出の工夫によって高く感じさせることは十分に可能だという点です。
空間の「体感的な高さ」は、単に物理寸法だけで決まるものではありません。人間の視線の抜け方、天井と照明との関係性、用途ごとの意味づけなど、複数の要素が組み合わさることで、「高さの感じ方」は大きく変わっていきます。
空間の印象を構成する3つの要素
| 要素 | 内容 | 実務上の工夫の可能性 |
|---|---|---|
| 物理的な高さ | 天井板の撤去や勾配加工によって、天井そのものの高さを上げる | 条件付きで可能(梁・配管・法規次第) |
| 視線の抜け・奥行き感 | 折上げ・勾配天井や照明演出で、視線の“逃げ”をつくる | 高コスパで有効 |
| 心理的な意味づけ | 低い空間=集中、高い空間=開放といったゾーニング効果 | 実践的で即導入可能 |
6-2.空間の重さを軽くする――折上げ・勾配天井の実践力
「このオフィス、なんだか低くて重たい」。
築古ビルの現場でよく聞かれる第一印象のひとつです。
「天井が低い」と感じる原因は、実は天井高そのものよりも、空間の平坦さや閉塞感にあることが少なくありません。
そこで検討に値するのが、天井面の一部を持ち上げてしまうという発想です。
天井の仕上げ材(ボード・下地)を加工し、スパンの中央や導線上だけ天井を高く演出することで、全体の印象を大きく変えることが可能です。
この方法は、構造体(梁・スラブ)には手を加えず、非構造部分だけを加工する軽量な改修であるため、技術的ハードルは低め、それでいて改修による体感効果も見込めるという意味で、築古ビルにおいても、「検討テーブルに載せる価値がある」施策といえます。
■折上げ天井とは何か?勾配天井との違いと関係性
「折上げ天井」とは、天井面の一部を周囲より高く仕上げる設計手法の総称です。
ホテルや会議室などでよく見られる、「天井の中央だけがふわっと高くなっている」意匠といえば、イメージしやすいかもしれません。
この折上げ天井には、大きく分けて2つのバリエーションがあります。
| タイプ | 特徴 | 視覚効果 |
|---|---|---|
| フラット型 | 中央部を水平に持ち上げる | 明瞭な段差による重厚感 |
| 勾配型 | 中央部に向かって傾斜(スロープ)をつけて高くする | 視線を導く“抜け感”と動き |
現在、オフィス空間で主流となっているのは、この「勾配型の折上げ天井」です。
中心に向かってゆるやかに天井を高くしていく構成は、圧迫感を和らげる効果が高く、構造体を避けながら施工できる可能性が高いという利点があります。
■なぜ「勾配型の折上げ」が築古ビルに適しているのか?
築古の中小オフィスビルでは、梁(はり)と梁の間隔が限られており、天井をまるごと持ち上げるような大胆な改修は困難です。
そこで、梁間の1スパンだけを使い、その中に勾配構造の天井を組むことで、空間の一部に抜けと奥行きをつくり出すことができます。
この手法は、構造体に手を加える必要がなく、かつ改修範囲が限定的で済む可能性が高く、技術的に実現性は高いと考えられます。
■施工断面イメージ図
下図は、折上げ天井のフラット型と勾配型の違いを断面で示したものです。
- ※図はイメージです
■導入事例の多い3つの配置パターン
| 配置箇所 | 狙い | 実績上の採用率 |
|---|---|---|
| エントランス直後 | 来訪者の第一印象を大きく改善 | 約70% |
| 執務エリア中央通路 | 島型デスク配置でも圧迫感を緩和 | 約45% |
| コラボ・ラウンジスペース | ABWの“象徴空間”としての演出 | 約55% |
このように、全体ではなく一部だけに施すことで、
空間のリズムと緩急を生み出し、天井の低さを逆に活かすことが可能となります。
■改修内容と実務的な工夫
施工内容は以下の通りです(梁間6m×奥行6mの1スパン想定)
1.既存スラブの調査・鉄筋探査
2.鉄筋探査→直交方向の主筋を避け、幅900mm×梁間いっぱいを開口
3.斫り・補強鋼材溶接で180mm持ち上げ
4.中央部を180mm程度まで持ち上げるLGS(軽量鉄骨下地)構成の勾配天井
5.仕上げ材:石膏ボード二重貼り+防火塗装(準耐火45分)
6.折上げ部の内周にLED間接照明(3,500K)を設置
7.天井内の配線・ダクトを再ルーティングし、薄型設備に切替
■費用・工期・効果のバランスを検証
折上げ・勾配天井の改修は、構造体に手を加えずに空間の印象を変えることができるので、築古中小ビルにおいて実現可能な打ち手です。
では、その費用・工期・効果のバランスについて検証してみます。
まず費用については、折上げ部そのものの施工費(直接工事費)としては、天井板の開口・補強、軽鉄構造下地・石膏ボードの仕上げ、LED照明設置込みで、1㎡あたり30,000円(税別)が目安となります。
ただし、実際の発注時には、これに設計・監理費、仮設・養生、諸経費などを含めたオールイン費用としての見積もりが必要になります。
その場合、工事対象面積1㎡あたりで約70,000円程度が想定されます。もちろん、当該折上げ工事に伴い、空調設備が影響を受ける可能性も想定され、その場合、さらにコストは嵩みます。
工期は1スパン(梁間6m×奥行6m想定)あたり約2週間程度。
施工範囲が限定的で済み、既存設備の配置やダクト経路をうまく活かすことができれば、費用・工程ともに調整が可能となります。
改修効果としては、物理的には梁下から最大+180mm程度の折上げが可能であり、
間接照明の組み合わせなども含めると、体感的には+200~300mmの高さ改善効果が得られます。
これは数値以上に、空間の抜け感・明るさ・心理的な開放感といった点で影響を与えることが見込まれます。
構造体(梁やスラブ)を一切いじらずに済むので、テナント入居中のまま施工できる可能性があり、運用への影響を最小限に抑えながら、実行可能な改修策と考えられます。ただし、原状回復工事と比べても工事単価は嵩むので、どこまで、「抜け感」を買うのか判断は難しいところです。
■「高さの設計」ではなく、「印象の設計」へ
この折上げ・勾配天井の手法は、単に天井を高くするというより、
どの空間をどう見せたいかという視覚戦略を取り入れることに意味があります。
物理的な制約を正面から突破するのではなく、使い方・見せ方で空間価値を高める。
そうしたアプローチが、築古中小ビルにおける天井戦略の積極的な施策として、現実的に検討俎上に載せることができます。
次の節(6-3)では、逆に「低さ」を活かす発想――包まれ感を意図的にデザインに取り込む集中ブース戦略をご紹介します。
- エレベーターホールの折上げイメージ画像
6-3.低さを「こもり感」に変える――集中ブース戦略
築古ビルにおける最大の制約のひとつが、梁下2.3m前後の動かせない低さです。
これを無理に高く見せようとすると、逆に不自然な仕上がりになってしまったり、施工コストが過大になってしまったりするケースも少なくありません。
では、その「低さ」を、短所ではなく、あえて活かす方法はないのでしょうか。
答えのひとつが、こもり感を意図的にデザインする集中ブース戦略です。
■低い=悪ではない。「集中空間」ではむしろ武器になる
近年の働き方においては、「高くて開放的な空間=正義」とは限りません。
たとえば、次のようなケースでは、あえて包まれる空間の方が機能的であることがわかってきています。
・ノイズや視線から遮断された、集中作業用の小空間
・一時的に深く考え込むための、静かな場所
・過度に開放的な空間では、気が散ってしまうという従業員の声
実際、業務の内容(=Activity)に応じて、働く場所・環境を自分で選ぶという考え方のABW(Activity-Based Working)型オフィスを導入している企業では、全体の15~20%程度の席を「集中作業専用」に設計しており、その多くが、天井高2.2~2.4mのやや低めの空間として設計されているのが実情です。
■集中ブースにおける設計寸法の目安
| 項目 | 推奨寸法 | 実務的根拠 |
|---|---|---|
| 天井高 | 2.2~2.3m程度 | 着座姿勢で頭上600mm以上を確保しつつ、包まれ感を演出 |
| 面積 | 4~6㎡/席 | 机幅1,400mm+袖ワゴン+着席動作の余裕 |
| 設置比率 | 総席数の15~20% | ABW型オフィスでの集中:協働の推奨バランス1:4 |
このように、ブース空間は「狭すぎず、広すぎず」のバランスが求められます。
少し低く、少し狭くすることで、心理的に集中力が高まりやすい環境がつくれるのです。
■内装マテリアルのポイント
集中ブースを設計する際は、単に区切るだけでなく、音・光・素材による演出が重要です。
| 要素 | 推奨仕様 | 意図 |
|---|---|---|
| 天井 | 吸音ルーバー(木質・厚30mm) | 静けさと質感の両立 |
| 壁 | グラスウール充填+突板パネル(NRC0.65以上) | 吸音・音漏れ防止 |
| 照明 | ダウンライト(2,700K/250lx)+机上タスクライト(600lx) | 落ち着きと集中の両立 |
| 床 | ループパイルカーペット(NRC0.20) | 足音や残響の抑制 |
このように、低天井だからこそ整えることで機能する空間に仕上げることが可能です。
■実証データ:集中力が“可視化”された
東京都内の実証オフィス(約200席規模)で、集中ブース導入前後の変化を測定した結果が以下です。
| 指標 | 改修前 | 改修後(平均6ヶ月) | 変化 |
|---|---|---|---|
| 自己評価スコア(5段階) | 3.1 | 4.2 | +1.1pt |
| エラー率(伝票処理) | 2.4% | 1.9% | -0.5pt |
| ブース滞在シェア | 8% | 18% | +10pt |
集中タスクの定着やエラー低減といった効果が、数字としても示されています。
■コスト感と施工上の工夫
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 改修コスト | 約450,000~550,000円/席(間仕切り・吸音材・家具含む) |
| 設計の工夫 | ブース天井を「点検開閉式」にすることで、上階テナントの排煙改修などにも対応しやすくなる |
なお、スケルトン化によって削減した天井工事費を低さを活かす装置に再投資するという考え方も、資金計画上の説得材料になります。
■「開放」だけが正義ではない時代へ
近年のオフィス設計は、ただ明るく広くするだけでは支持されにくくなっています。
むしろ、場面ごとに異なる集中・協働の質をどう演出できるかが問われています。
「低い」ことが制約である時代から、「低さにも意味がある」と捉え直せる時代へ――。
集中ブース戦略は、築古ビルの限界を逆手に取った、ポジティブな空間戦略といえるでしょう。
6-4.“高くできない時代”の天井設計とは?
築古オフィスビルにおける「天井の低さ」は、構造的な制約であり、避けて通れない前提条件です。
どうにかならないかと、あれこれ調べてみると、「スラブを抜いてしまおう」とか、「床吹き出し空調を導入すれば、天井のダクトが減らせる」といった案が出てきます。もっともらしくそうした提案の説明でお茶を濁すことも考えました。
しかし、現実的にはどうでしょうか。
スラブを抜くには構造の補強や上下階の調整が必要になり、床吹き出し空調も、全館空調の更新や床下の再設計を前提とした大がかりなプロジェクトになります。
検討プロセスの詳細は省略しますが、正直に言えば、これらはほとんどの築古中小ビルにとって「非現実的な選択肢」と言わざるを得ません。
では、「高さが変えられない」のであれば、いったい何を変えるべきなのでしょうか。
■本質は、“高さそのもの”ではない
第6章の冒頭でも触れたとおり、空間の「体感的な高さ」は、物理的な寸法だけで決まるものではありません。
・視線の誘導(どこに抜けをつくるか)
・空間の意味づけ(開放ゾーンか、集中ゾーンか)
・照明や素材の演出(後退や包まれといった錯覚)
こうした設計的要素の組み合わせによって、人は空間の高さを「感じている」のであって、必ずしも梁下寸法そのものに反応しているわけではないのです。
■物理的な改修が難しいからこそ、“見せ方と使い方”が決め手になる
本章では、「高さ」をめぐる現実的な打ち手として、次の2つをご紹介しました。
・第6-2:折上げ・勾配天井による抜けの演出
→一部スパンを高く見せることで、空間全体の印象を軽くする
・第6-3:集中ブースによるこもりの演出
→低さを逆手に取り、包まれる空間として意味を与える
これらはいずれも、梁下2.3~2.4m台という制約の中で成立する、現実的な戦略です。
そしてこの2つは、対立するものではありません。むしろ、空間に緩急を与える両輪として機能します。
すべてを高くするのではなく、高く見せる場所と低く使う場所を明確に使い分けることで、空間にリズムが生まれ、奥行きと快適性が共存するオフィスが生まれるのです。
■高さの設計から、「使い方の設計」へ
かつての空間デザインでは、「何センチ上げるか」という物理的な高さの操作が議論の中心でした。
しかし、上げられない空間を前にした今、問われるのは、高さそのものではなく、その使い分けをどう設計するかという発想です。
たとえば――
・エントランスを抜けた瞬間、折上げ天井で空間の始まりを演出する
・執務エリアは全体を均質に保ちつつ、中央通路だけ勾配で視線の逃げをつくる
・一角の集中ブースでは、梁下2.3mの低さを安心感に変える包まれ空間として意味づける
このように、変えられない高さを前提として活かせる設計者こそが、築古ビルの空間に新たな価値を吹き込むことができるのです。
■読者への提案:「高さがないから、諦める」時代は、もう終わった
かつては、天井の低さは「マイナス評価」の理由でした。
けれど、これからは違います。
高さとは、稼ぐものではなく、設計するもの。
構造的に動かせない空間においても、“どう見せるか”“どう使うか”の工夫によって、寸法以上の印象を与えることは十分に可能です。
その空間は、「低い」からダメなのではなく、「見せ方」と「意味づけ」を通じて、その低さにしかできないことを語れる空間になる。
そう言える設計こそが、築古オフィスビルに求められる、次の時代の天井戦略なのではないでしょうか。
第7章:“高さ”を働き方・ウェルビーイングでどう活かすか
―働き方改革とウェルビーイング:高さは“思考モード”を切り替えるスイッチ
2章でも紹介しましたが、オフィスの天井高が与える心理的影響について、心理学や環境行動学の研究では『カテドラル効果(Cathedral Effect)』と呼ばれる概念が知られています。これは、「天井高が高い空間では人間の発散的な思考が促され、低い空間では集中力や細部への注意力が高まる」という心理的効果を指します。
たとえば、天井が高い教会(カテドラル)のような空間では、人間は自然と視野を広げ、自由で抽象的なアイデアを思いつきやすくなります。一方、洞窟や茶室のように天井の低い空間では、「包まれ感」や「守られている感覚」が強まり、緻密な作業や集中が必要なタスクに没頭しやすくなります。
こうした心理的効果を活かし、オフィス空間の天井高を調整することで、働く人の思考モードや感情を意図的に切り替えることが可能です。
ただし、実務上すべてのオフィスビルの空間で実天井高3mに向けて2.8mを確保することは現実的ではありません。
そこで重要になるのが、「高さそのもの」ではなく「高さをどう感じさせるか」という視覚的・心理的設計です。
以下の表は、この心理的背景を踏まえた推奨空間設計をまとめています。
以下の天井高は「体感的高さ」「知覚による演出」を含めた設計目標です。すべての実天井高の物理的寸法を前提としているわけではありません。
| シーン | 推奨体感天井高 | ねらい | 演出のコツ |
|---|---|---|---|
| コラボラウンジ/アイデアソン | 体感2.8m相当 | 発散的議論・ブランディング | 天井をスケルトンにし、間接照明で上部を照らすことで視覚的な「無限感」を作る |
| 集中ブース/経理・法務 | 2.4m前後 | 作業・緻密思考 | 折下げ天井や吸音材で「包まれ感」を演出し、心理的な安心感・集中感を高める |
| エントランス→執務エリア | 段階的に300mm | 心理プロローグ(ケーン効果) | 天井を徐々に下げることで、心理的に落ち着きを誘発し、自然と足を止めさせブランド・ロゴなどへ視線を誘導する |
| 会議室(対外プレゼン) | 可変照明で2.4↔2.8m錯覚 | 緊張→解放のドラマを演出 | 天井周囲に間接照明を配置し、質疑応答のタイミングで照度を変化させることで、心理的に緊張感→解放感を演出する |
設計・演出の具体的なコツとしては、次のポイントがあります。
・段差・折上げでメリハリをつけます
・照明グラデーションを活用します
・上部を明るくし、天井面に梁影を見せないことで知覚天井高が実際より150mm~200mm高く感じられます
・音環境をセットで調整します
・高天井エリアは吸音パネルを使い残響を調整。低天井エリアでは静かになり過ぎることを防ぐためBGMやホワイトノイズを活用し、快適な集中状態を維持
こうした心理的効果を活かし、「高さ」を空間の演出要素として捉えることで、働く人の思考モードや感情の切り替えを“設計”できるようになります。
第8章:総括――“頭上の境界”を資産に変える3つの視点
あなたのビルの天井高は、「歴史・技術・心理」という3枚のレンズで評価されます
天井高の価値は、「高いか低いか」という単純な尺度だけでは語れません。
それがどのような設計思想のもとに生まれたものか、
現代の技術でどこまで再編集できるか、
そしてその空間が人の思考と行動にどんな影響を与えるか――
これらを踏まえたうえで、「高さ」をどう語り、どう回収し、どう持続させるかが問われる時代に入っています。
(1)歴史――「八尺=2.4m」の呪縛を理解し、越える
・江戸の六尺(1.8m)から、昭和の八尺(2.4m)へ。
・2.4mという寸法は、モジュールと耐震の“折衷点”に過ぎず、絶対的基準ではない。
・天井高が低いビルでも、「折上げ+演出」で体感的に+300~400mmの“抜け”をつくる余地は残されています。
歴史的な制約を、空間演出の原材料に変える――
それが築古ビルの高さ戦略の原点です。
(2)技術――“天井裏から空間内へ”見せ方を切り替える
・かつての「天井裏の整理」は、スケルトン化や床吹出し空調など大規模・全体改修を前提とした手法でした。
・しかし現実には、既存ビルの設備・構造・消防要件が足かせとなり、適用できる例はごく一部に限られます。
そこで今注目すべきは、「構造を変える」のではなく、見せ方で知覚を変えるというアプローチです。
| 手法 | 投資目安 | 効果 |
|---|---|---|
| 折上げ・勾配天井 | 約65,000~75,000円/㎡(原状回復控除後) | 体感+200~300mmの開放感 |
| 集中ブース | 約450,000~550,000円/席 | 「包まれ感」を演出し、集中度と満足度を向上 |
高さを稼ぐ時代から、高さを設計する時代へ。
(3)心理――高さは思考モードをスイッチする
・「高い空間」は発散・創造を促し、
・「低い空間」は没入・緻密な思考を支える。
このカテドラル効果は、実天井ではなく体感的な高さによっても発揮されることが、心理学・環境行動学の知見から明らかになっています。
実務では、以下のような構成が有効です。
| 空間 | 推奨演出 | 効果 |
|---|---|---|
| コラボ・ラウンジ | 折上げ+照明で体感2.8m相当 | 発散・共創・ブランディングに強い空間体験 |
| 集中ブース | 包まれた構成で実2.3~2.4m | 安心・没入・エラー削減を実現 |
| 通路・導線 | 段差設計で緩急を演出 | 奥行き・静けさ・ブランド印象強化 |
天井の高さは、物理寸法だけではなく、「心理的な温度差」を設計する素材にもなります。
5つのアクションチェックリスト
①現状把握:梁せい・天井裏厚・防火区画を図面と実測で可視化
②目標設定:「全体体感2.8m」ではなく、「スパン単位での体感アップ」か「用途別ゾーニング」で現実的に設定
③演出シナリオ検討:
・A=間接照明+色彩で錯覚づくり
・B=折上げ/集中ブースで用途ゾーン演出
④消防協議の先行確認:排煙ルート・天井材種別・点検口条件などを早期に整理
⑤語れるストーリーに落とす:改修の理由・背景をテナントと共有していく
終わりに――“頭上の境界”は、動かなくても変えられる
吉田兼好が「天井高きは冬寒く、燈(ともしび)暗し」と書いた14世紀。
オーソン・ウェルズが布1枚の張りぼて天井で観客を圧倒した1941年。
そして、LEDと心理設計で体感天井を再構成する2025年。
天井は、いつの時代も技術と価値観の交差点でした。
築古ビルを所有するあなたが、次の物語を語る番です。
壊すか、残すか――ではなく、「どの高さで、どんな体験と収益を同時に創るか」を再定義しましょう。
頭上の数十センチは、働く人の思考を変え、そして都市の活力を変える力を秘めています。
さあ、“天井”という静かな主役に、新しい役割を与える時です。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2025年12月23日執筆

