テナントリテンションとは?|総合的な空室対策の時代が到来

皆さんこんにちは。
株式会社スペースライブラリの鶴谷です。
この記事はテナントリテンションとは何かについてまとめたもので、2025年9月8日に執筆しています。
少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。
どうぞよろしくお願い致します。
1. テナントリテンションの概要
テナントリテンション(Tenant Retention) とは、日本語に直訳すると「入居者の保持」を意味し、ビルやオフィス、マンションなどの賃貸物件に入居しているテナント(借主)に、可能な限り長く居続けてもらうための施策や取り組みの総称を指します。ビルやオフィスのオーナーにとって、テナントが長期にわたり安定して利用してくれることは大きなメリットとなります。なぜなら、テナントが退去すると、次のテナントがすぐに決まるとは限らず、空室期間が長引くほど家賃収入は減少し、さらに原状回復工事などの費用負担も増えるからです。
実際、従来の賃貸契約では、礼金 や 更新料 などがオーナー側の収益として期待されるケースもありました。しかし、バブル期とは異なり、近年では「礼金なし」や「更新料なし」の物件も珍しくなく、テナント側の費用負担を軽減する動きが広がっています。この流れの中で、ひとたびテナントが退去してしまうと、次のテナントが決まるまで収入が途絶えてしまうリスクが高まっています。空室率の上昇が見られる都市部のオフィスビル市場でも、「空室を埋めること」から「いかに既存テナントを大切にし長く借りてもらうか」という戦略にシフトする動きが強まっています。
したがって、テナントリテンション は今や多くのオーナー・ビル管理会社・不動産会社にとって不可欠な概念となっています。ここでは、テナントリテンションの必要性や具体的な施策、そしてテナントリテンションと並行して取り組まれるべき「総合的な空室対策」について詳しく見ていきましょう。
2. テナントリテンションが重要とされる背景
2-1. 空室リスクと収益減少
オフィスビルやマンション、商業ビルなどの賃貸事業において、空室となる期間が長く続くことはオーナーにとって大きな収益ロスを意味します。空室期間中は家賃収入が途絶えるだけでなく、新しいテナントを募集するための広告費や仲介手数料、場合によっては設備投資コストが発生します。これらが重なると、事業収支の悪化をまねくことは明白です。
さらに、礼金の減少傾向 や 更新料の廃止 が進む中、「入居時の礼金」や「2年ごとの更新料」で得られる収益に依存するビジネスモデルは成立しにくくなっています。特に、かつては家賃2〜3ヶ月分の礼金が一般的だった時代とは異なり、現在では礼金ゼロ 物件が市場の半数以上を占めるエリアも存在します。このように、入居を繰り返しても礼金が期待できない状況においては、一度入居してもらったテナントに長く滞在してもらう ほうが、オーナーにとっては経営を安定化させるうえで望ましいことになります。
2-2. 原状回復費用と負担区分
テナントが退去すると、必ず発生するのが原状回復 と呼ばれる工事です。国土交通省のガイドラインによると、原状回復は主に賃借人(テナント)の故意・過失、善管注意義務違反、および通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損などを復旧する費用とされています。しかし、一般的な経年劣化や通常使用による汚れや消耗 などはオーナーの負担となるケースが多く、さらに物件の特性や契約内容によっては追加で設備補修などが必要になることもあります。
例えば、カーペットの張り替えや壁紙の張り替え、設備の更新などは、長期入居においても定期的に行う必要がありますが、短期入居・退去が続く場合はそのサイクルが早まり、オーナー側の支出が増えてしまいます。このように、テナントの入退去が激しくなるほどコスト負担が増える ため、テナントリテンションを意識した賃貸経営が、オーナーにとっても管理会社にとってもメリットが大きいといえるのです。
2-3. 物件価値とブランドイメージへの影響
テナントが短期間で出入りを繰り返している物件は、周辺から見ても魅力が低い物件として受け取られがちです。入居者にとっては「何か問題があるのでは?」という疑念を抱かれやすく、新規テナント獲得にも悪影響を及ぼします。逆に、長期間にわたり安定してテナントが入居している物件は、それだけでオーナーや物件の管理体制への安心感 を与えることができます。
さらに、オフィスビルや商業施設においては、「優良なテナントが長く入居している」という事実が、その物件のブランドイメージを高め、結果的に周辺相場よりも高い賃料 を設定できる可能性もあります。つまり、テナントリテンションは単に「退去を防ぐ」という消極的な側面だけでなく、物件価値を高める という積極的な要素も持ち合わせているのです。
3. テナントリテンションの具体的な取り組み
テナントリテンションを高めるためには、さまざまな角度からのアプローチが必要です。以下では、大きく3つに分けて代表的な施策を解説します。
3-1. 守りのリフォーム・クレーム対応
テナントとの信頼関係を築くために、まず必要なのはトラブルやクレームへの迅速・誠実な対応です。たとえば、オフィス内の空調が故障したり、トイレで水漏れが発生したりした場合、すぐに修理手配を行い、状況を的確に説明し、アフターフォローまでしっかり行うことが重要になります。こうした対応が遅れたり、責任の所在があいまいなままだったりすると、テナントは「このビルは管理がずさんだ」と感じて不満をため、退去の検討材料にしてしまうでしょう。
ポイントはスピード感とコミュニケーション です。小さな修繕であっても迅速に対応し、その経過や完了報告をテナントへきちんと伝えることで、オーナーや管理会社への安心感と信頼感が高まります。これらを「守りのリフォーム・クレーム対応」と呼ぶのは、現状の不具合を最低限、早急に解決することでテナントの不満や不安を取り除くという意味合いがあるからです。
- 事例:トイレの不具合対応
- 水漏れや詰まりが頻発するトイレがある場合、単に修理を行うだけでなく、老朽化した配管や便器そのものを交換し、将来的なトラブル発生リスクを軽減する。
- 修理進捗をテナントに適宜共有し、「何時から何時まで修理スタッフが入り作業する」「終了後にチェックを行う」など、具体的なスケジュールと対応内容をこまめに伝える。
- 事例:エアコン故障時の対応
- 真夏や真冬などエアコンが必須の季節にはテナントの業務に直結する問題となる。専門業者の手配を最優先で行い、代替の冷暖房機器を仮設置するなど、一時対応策も検討する。
- 故障原因や再発防止策を明示し、今後のメンテナンス頻度や点検計画も合わせて提示する。
このように、早い・誠実・継続的なフォロー を意識したクレーム対応は、テナントリテンションの基盤をつくるうえで欠かせません。
3-2. 攻めのリフォーム・リノベーション
空室が出ないように、あるいは空室を埋めるために、物件自体の魅力を向上させる「攻めのリフォーム」を検討することも大切です。例えば、築年数の経過したビルに多い「トイレや水回りの老朽化」、「照明器具が暗く電気代がかさむ」、「エレベーターホールが狭く清潔感に欠ける」といった問題は、長期的な視点で見ればビル全体の資産価値に直結します。
- トイレリフォームの例
最新の便器や節水型の設備に交換するとともに、手洗いスペースを広げて化粧品や荷物を置けるカウンターを設置したり、鏡の裏に間接照明を仕込むなどしてデザイン性と使い勝手を両立させる。
また、清掃性を高めるために壁や床材に防汚効果のある仕上げ材を採用することで、日々のメンテナンス負担を軽減し、衛生面の向上を図ることも有効です。
- エレベーターホールのリノベーション例
待合スペースが暗く狭いと、防犯上の不安や来客の印象ダウンにつながります。明るい照明への変更やアクセントウォールの採用、デジタルサイネージの設置などにより、ビル全体のイメージを刷新できます。
また、エレベーターの制御システムを見直し、待ち時間の短縮 や省エネ化 を図る取り組みも、長期的な維持管理コストの削減とテナント満足度の向上につながります。
- 執務スペースの間取り変更例
専有部分の話にはなりますが、オフィスビルの場合テナントの業種によって求めるレイアウトや設備が異なります。執務スペースを可動式パーテーションで区切れるようにする、あるいはワークスペースとコミュニケーションスペースを分離できるようにあらかじめ設計しておくなど、汎用性の高いリノベーション が行われるケースも増えています。
このような「攻めのリフォーム・リノベーション」は、PM(プロパティマネジメント)やBM(ビルマネジメント)の実績が豊富なリノベーション会社と相談しながら進めると効果的です。市場動向やテナントニーズを踏まえた最適解が得られやすく、工事予算とリターンのバランスを考えた提案を受けることができます。
3-3. 更新料の値下げ・廃止
賃貸契約では、一般的に2年ごとに更新料が発生します。とくに商業ビルやオフィスビルでは、家賃1ヶ月分を更新料として徴収するケースが多く見られますが、近年では市場競争の激化やテナントの更新拒否リスクを考慮し、更新料の値下げ や 廃止 を選択するオーナーも増えています。
- テナント目線: 2年目でまとまった出費があるのであれば、テナント側は「このタイミングで別の物件に移転してもコストは変わらないのではないか」と考えがちです。新築や築浅で同等の賃料のオフィスに乗り換えるなら、より快適な環境を得られるという動機付けにもなります。
- オーナー目線: 更新料として1ヶ月分を受け取るためにテナントの退去リスクを高めるよりも、0.5ヶ月分、あるいは無しにすることでテナントが長く滞在してくれるのであれば、その方が長期的に安定収益が期待できるという判断があります。特にバブル期とは違い、礼金や更新料が市場で当然のように受け入れられていない現在、こうした柔軟な対応がテナントリテンションには効果的です。
4. テナント満足度を高めるプラスアルファの要素
4-1. コミュニケーションの強化
テナントリテンションにおいては、物件のハード面だけでなくソフト面の配慮 も忘れてはなりません。定期的なアンケート調査やミーティングの場を設けることで、普段は表面化しにくい不満や要望を拾い上げ、改善につなげることができます。
- アンケートやヒアリング
- 「執務環境に関しての不満はないか?」「共有スペースやエントランスの清潔感は十分か?」など、定期的に意見を集める。
- 特にスタッフの人数増減や働き方が変化するタイミング(コロナ禍のリモートワーク化など)では、オフィスレイアウトのニーズが変わる可能性がある。
4-2. サービスの付加価値
昨今のオフィスビルでは、テナント向けの付加価値サービスが充実しているケースが増えています。たとえば、貸会議室の利用、コワーキングスペースの設置、防災備品の完備 などは、テナントにとってメリットが大きく、入居継続の動機付けになります。特にリモートワーク普及後は、サテライトオフィスやフリーアドレス化を検討する企業も多いため、ビル内に**個人用ブース(1人用の集中スペース)**を設けるなど、柔軟な働き方に対応する設備を整えると高評価につながるでしょう。
また、防災対策やセキュリティ強化は信頼度 の面で非常に重要です。災害時の避難経路確保や非常用電源の完備、ITインフラのバックアップ策などを充実させることで、企業が安心して事業継続を図れる環境をアピールできます。これらの取り組みは初期投資がかかる場合もありますが、物件全体の評価を底上げし、長期的に優良テナントを惹きつける要素として機能するでしょう。
4-3. ESGやSDGsへの対応
近年、ESG(環境・社会・ガバナンス) や SDGs(持続可能な開発目標) が企業の社会的責任として注目される中、不動産業界でも環境配慮や社会貢献が求められています。具体的には、ビルの省エネ化や環境性能の向上(断熱性能アップ、太陽光発電の導入、LED照明の採用など)を進めることで、**「グリーンビルディング」**としての価値を高められます。
また、廃棄物の削減やリサイクルの推進など、テナントが自社のCSR活動をアピールしやすい環境整備 は、長期入居の動機付けになる場合があります。こうした時代の要請に応える物件は、これからますます評価が高まるでしょう。
5. 海外の動向と先進事例
海外の大都市では、すでにオフィスビルのアメニティや快適性、さらにはテナントコミュニティの形成を重視する動きが進んでいます。たとえば、アメリカの大手コワーキングスペース企業が展開するビルでは、テナントが自由に利用できるラウンジスペースやイベントスペース、さらにはヨガ教室や栄養士によるヘルスケアプログラムなどの付加サービスを導入しています。これらは、単なる「貸しオフィス」ではなく、**「働く人のライフスタイルを豊かにする場」**として機能させようという狙いがあります。
また、ヨーロッパの一部地域では、オフィスビルに限らずマンションや商業施設においても、入居者と地域社会が交流するコミュニティスペースを開設し、管理会社が定期的なイベントや勉強会を主催するケースが増えています。こうした取り組みは、テナントのロイヤルティを高め、結果として長期入居につなげるだけでなく、地域とのつながりを深めることで物件全体のブランド価値を向上させる効果ももたらします。
6. 今後の展望:総合的な空室対策としてのテナントリテンション
これまで解説してきたように、テナントリテンションは**「退去を防ぐための受け身の戦略」にとどまらず、物件やオーナー自身のビジネスを成長させるための「攻めの戦略」**としても機能します。時代の変化とともに、オーナーやビル管理会社が取り組むべきテーマは拡大し、今や単なる空室対策やクレーム対応の枠を超え、総合的なサービス提供者としてのマインドセットが求められています。
- 空室対策は「補修工事」から「魅力づくり」へ
- 老朽化した部分を補修するだけでなく、テナントや利用者のニーズを先取りし、設備やデザインを積極的にアップデートする姿勢が重要。
- 物件の魅力を高めることで、入居者が「ここに居たい」という気持ちを抱きやすくなる。
- コミュニケーションを軸とした運営
- 定期的なアンケートやミーティングでテナントの声を吸い上げるだけでなく、建物全体の利便性を高めるアイデアを一緒に検討するなど、パートナーシップを構築する。
- オーナーとテナントが「共創」できる体制が理想的。
- 長期的な視点と投資判断
- テナントリテンション向上のためのリノベーションやサービス強化は、短期的にはコストがかさむ場合もある。しかし、空室率の低下や賃料収入の安定化、さらには物件価値の向上につながれば、中長期的な収益に大きく貢献する。
- 不動産投資の視点からも、持続可能な収益モデルを構築するための戦略が欠かせない。
今後、人口減少や働き方の多様化、在宅勤務やサテライトオフィスの普及など、社会環境の変化によってオフィスや商業施設を取り巻く状況は刻々と変わっていきます。その中で生き残る物件やビルは、テナントの視点に立ち、より良い環境とサービスを提供する努力を続けているところです。テナントリテンションの強化はまさにその第一歩であり、物件の新しい可能性を切り開く「鍵」となるでしょう。
7. まとめ
- テナントリテンション とは、テナントに長く入居してもらうための施策の総称であり、空室リスクを減らすだけでなく、物件価値やブランドイメージを高める意味でも重要。
- 従来の礼金・更新料モデル が成立しにくくなった今、テナントが退去するたびに収益が途絶え、原状回復などのコストがかさむリスクは高まっている。
- テナントリテンション施策としては、クレーム対応の迅速化(守りのリフォーム)、設備の積極的なグレードアップ(攻めのリフォーム・リノベーション)、更新料の値下げ・廃止 などが代表的。
- さらに、コミュニケーションの強化 や 付加価値サービスの提供、ESG・SDGsへの取り組み など、テナント満足度を高めるソフト面にも注力することで、長期入居につながる体制が整う。
- 海外の先進事例では、コミュニティ形成やアメニティ充実が重要視されており、日本でも今後は総合的な空室対策の一環として、テナントリテンションに力を入れるオーナー・管理会社が増えていくと考えられる。
総じて、テナントリテンション は、賃貸経営における「守りの戦略」であると同時に「攻めの戦略」にもなるものです。テナントのニーズと時代の変化に合わせて物件を進化させ、コミュニケーションを図りながら付加価値を提供していくことが、これからの不動産事業の安定と成長を支える大きな要素となるでしょう。昨今の厳しい市場環境の中でも、こうした取り組みによって空室を出さない、退去を防ぐ、さらに物件価値を高める、その好循環を生み出すことが、まさにテナントリテンションの本質なのです。
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ
設計チーム
鶴谷 嘉平
1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。
一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。
2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。
2025年9月8日執筆
