皆さんこんにちは。
株式会社スペースライブラリの鶴谷です。

この記事は、建築再生に関する用語についてまとめたもので、2025年10月27日に執筆しています。

少しでも皆様のお役に立てる記事になればと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。

オフィスの空室対策として「リフォーム」や「リノベーション」を行うことは、近年ますます注目を集めています。ところで、この「リフォーム」と「リノベーション」という言葉には、どのような違いがあるのでしょうか。この記事では、その他の建築再生に関する用語も含め、きちんと整理してみたいと思います。
本コラムは、辞書のようにお使いいただけます。建築再生に関して意味がわからない用語に出会ったら、ぜひ本コラムに戻ってご確認ください。

1.「リフォーム」と「リノベーション」の違い

まず、オフィスの再生を語る上で基本となる「リフォーム」と「リノベーション」の違いを確認しましょう。一般的には、以下のように区別されることが多いです。


リフォーム(Reform)

  • ・既存の設備や内装が老朽化・破損した部分を、元の状態に戻す・新しく直す工事を指します。
  • 具体的には、古くなった壁や床材を貼り替えたり、壊れた水まわり設備を交換するなどが典型的な例です。
  • 比較的簡易な工事が多い一方、建物の性能やコンセプトそのものを大きく変えるようなことはあまり想定していません。
  • 英語では、服の仕立て直し等の意味で使われることがあります。


リノベーション(Renovation)

  • 元の設計やイメージを大きく変える、建物の価値を「刷新」するための改修工事を指します。
  • 単なる補修に留まらず、意匠設計や機能性の観点から大幅にアップグレードし、建物の資産価値を向上させることが大きな目的となります。
  • 空間の間取りやデザインを一新し、最新の設備を導入するなど、ある程度の広さを伴う大掛かりな工事である場合が多いです。
  • 英語では、広く「再生」を意味します。



オフィスビルにおいても、単に古くなったトイレを取り替える「リフォーム」にとどまらず、ビル全体のコンセプトやブランドイメージに合わせてデザインを一新する「リノベーション」を行うほうが、空室対策として高い効果が期待できます。共用部を刷新してイメージアップを図るだけでなく、働く人にとっての利便性や快適性を向上させることで、「このビルに入居したい」という明確な魅力を打ち出すことができるのです。



2.その他の建築再生に関する用語(英語)

リニューアル(Renewal)

  • リノベーションが「ある程度の広さを持ったグレードアップ・改修工事」を指すのに対して、部分的な改修にもビル全体の改修にも使われることがあります。
  • 特に非住宅の再生を指して用いられることが多く、リフォームと違って機能や意匠をアップグレードして建物の価値を「刷新」する意味が含まれます。
  • 英語では「アーバン・リニューアル(都市再開発)」など、建て替えに近い意味で使われることもあります。


コンバージョン(Conversion)

  • 建築物の元の用途を大きく変える行為を指します。「用途変更」「転用」とも呼ばれ、英語でも同様の意味を表します。
  • 日本では、廃校になった校舎のコンバージョンや企業の社宅・寮を高齢者居住施設へ転用するなどの事例がありました。1990年代半ばからは、海外の大都市で盛んになった「空きオフィスから住宅へのコンバージョン」が注目されるようになり、一般的に使われる用語となりました。


メンテナンス(Maintenance)

  • 建物、機器、機械、情報通信システムなどのインフラを正常な状態に保つことをいいます。
  • 保守や保全とも呼ばれ、日常的な保守点検、整備、交換、修理などを含みます。英語でも同様の意味です。


モダニゼーション(Modernization)

  • 既存の建築や建築の部位を、現在の生活様式や要求に合わせる形で改良・再生することを指します。


3.建築再生に関する用語(日本語)

既存建物に手を加える行為を総称して「建築再生」と呼んでいますが、さまざまな用語が用いられています。混乱しないよう、以下に整理しておきましょう。
(*1は日本建築学会「建築物の耐久計画に関する考え方」(1988年)、*2は建築基準法第2条第5、13、14号、*3及び英語表現は松村秀一編著「建築再生学」(2016年)によります。)

維持保全 *1

対象物の初期の性能および機能を維持するために行う行為。

英語ではMaintenance。

改修 *1

劣化した建築物などの性能、機能を初期の水準以上に改善すること。これには修繕も含まれる。

英語ではImprovement、Modifying、Renovation。

改善

劣化した建築物などの性能、機能を初期の水準を上回って良くすること。

英語ではImprovement、Modifying、Renovation。

改装 *1

建築物の外装、内装などの仕上げ部分を模様替えすること。

英語ではRefinishing、Refurbishment、Renovation。

改築 *1*2

建築物の全部または一部を取り壊して構造、規模、用途を著しく変えない範囲で元の場所に立て直すこと。

英語ではRebuilding、Modifying。

改造 *3

建築部位に付加あるいは除去を行い、建築物の形態または空間構成に変更を加える行為。

英語ではRemodeling、Renovation、Alteration。

改良 *3

劣化した建築物などの性能、機能を初期の水準を上回って改善すること。

英語ではImprovement、Modifying、Renovation。

更新 *1

劣化した部材、部品、機器などを新しいものに取り替えること。その際、更新時点で普及している技術や機器を取り入れることがある。

英語ではReplacement、Renewal。

修繕 *1

劣化した躯体、部材、部品、機器などの性能あるいは機能を現状または実用上支障のない状態まで回復すること。全体の耐久性を向上し、長期的使用に耐えることを目的とする。

英語ではRepair。

修復 *3

使用に相応しくない状態にまで経年劣化してしまった建築物を修繕あるいは改良し、使用に相応しいまたは快適な状態に回復すること。

英語ではRestoration。

増築 *2

すでにある建築物の床面積を増加させることをいう。同一敷地内別棟の場合は、集団規定のように敷地単位で扱う場合に限り増築となる。

英語ではAddition、Expansion、Extention。

大規模な修繕 *2

主要構造部の1種以上の部分の過半の修繕を指す。ただし、主要構造部とは壁、柱、床、梁、屋根または階段をいい、建築物の構造上重要でない間仕切壁、間柱、付け柱、最下階の床、まわり舞台の床、小梁、ひさし、局部的な小階段、屋外階段、その他これに類する部分を除く。

補修 *3

改良することなしに、劣化した躯体、部材、部品、機器などの性能あるいは機能を実用上支障のない状態まで回復すること。必ずしも耐久性の向上は意識せず、応急的な措置にとどまることが多い。

英語ではRepair、Maintenance。

保全 *1

建築物(設備を含む)および諸施設・外構・植栽などの対象物の全体または部分の機能・性能を使用目的に適合するよう維持または改良する諸行為。

英語ではMaintenance and Modernization。

保存 *3

歴史的価値が認められた建築物に対し、価値の減退を防ぎ、適宜改善措置を施すことによって、これらの価値を回復させること。

英語ではPreservation、Conservation。

模様替え *1

用途変更や陳腐化などにより、主要構造部を著しく変更しない範囲で建築物の仕上げや間仕切壁などを変更すること。

英語ではRearrangement、Alteration。



以上が建築再生に関する主な用語です。用語を正しく理解し、目的に応じて使い分けることで、より効果的な再生計画を立てられるようになるでしょう。オフィスビルの空室対策や建物の長寿命化・価値向上を検討する際、ぜひ本コラムをお役立てください。

執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ 
設計チーム
鶴谷 嘉平

1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。
一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。
2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。

2025年10月27日執筆

鶴谷 嘉平
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柔軟性:未来の変化に「対応できそう」と思わせる余白いまのテナント企業が求めているのは、「今だけ快適なオフィス」ではありません。人員増加・部署変更・フレキシブルな働き方…変化を前提としたオフィス選びが一般的になっています。だからこそ、「この物件なら、変化に柔軟に対応できそうか?」という視点が重要です。柱や梁の配置は、間仕切りの自由度に影響しないか?天井高は十分か?スケルトン対応が可能な構造か?壁や床の下地構造は、テナント工事に対応しやすいか?“どうにでもできそう”と感じさせる内装かどうか。この“余白”こそが、選ばれる築古ビルの重要な要素です。■ 共用部と専有部、それぞれに必要な改善ポイント内装リノベというと、「テナント専有部」ばかりに目が向きがちですが、共用部こそが、ビル全体の印象を決定づける場であることを忘れてはいけません。以下、実際に改善効果の高い代表的なポイントを整理します: 区分改善ポイント内容例共用部エントランスタイル・照明の更新、サイン計画、床材の張替えなどEVホール・廊下LED照明、視認性向上、壁紙の更新トイレ・給湯室器具更新、臭気対策、男女比対応、清掃性専有部床・天井・壁床・天井・壁OAフロア新設、天井現し、クロス・床材更新空調・照明照度設計、個別空調ゾーン設計、静音対策インフラ・配線電源容量、光回線、LAN配線・電話配管など 中でも、「一部だけでも刷新」することで印象が劇的に変わるポイントもあります:トイレの鏡と照明を変えるだけで、“新しいビル”に見えるEVホールの壁面のパネルを工夫するだけで、グレードアップ感が得られる廊下のクロスとエレベーターの意匠を揃えるだけで統一感が出るこうした“費用対効果の高い一手”を見極めることが、内装改善において極めて重要です。 第3章:成功事例に学ぶ「印象」と「機能」を両立させた内装改善 築古ビルが内装リノベーションによって“選ばれる物件”へと再生することは、理論上の話ではありません。ここでは、東京都港区に位置するフロア坪数100坪超の賃貸オフィスビルの事例を紹介します。この物件は、築10年超の時点で、一時全館空室となりましたが、全館の内装再生によって満室復帰・賃料水準の向上を実現した成功事例です。このケースからは、今の時代でも通用する普遍的な改善のヒントが多数読み取れます。ポイントは、「第一印象の劇的な改善」と「テナント目線の実用性強化」をセットで実施した点にあります。 ■ 物件概要と状況:全館空室状態からの出発 対象物件は、東京都港区・JR山手線の駅から徒歩10分の立地にある中規模オフィスビルです。竣工1993年。キーテナントが退去した時点で築13年でしたが、全フロアが空室となる危機的状況に直面しました。この段階で、オーナーが取った選択は「賃料を下げて埋める」のではなく、一棟丸ごとのリノベーションを断行するという、攻めの意思決定でした。築古ビルであることを前提にしながらも、「物件の印象と機能を根本から再構築する」という明確な方針のもと、工事は計画されました。 ■ 第一印象を劇的に変える:共用部の「印象改革」 最初に手を入れたのは、ビルの“顔”とも言える共用部の刷新です。この段階で重視されたのは、「古さを隠す」のではなく「時代に合った空間として再構成する」という発想です。(1). エントランス外観の刷新(庇の意匠変更)リニューアル前は、曲線的な庇とモルタル調の外壁が特徴的な古い印象のファサードでした。これを、直線的でシャープな意匠に変更し、外観に現代的な印象を加えています。(2). エントランスホールの照明演出・素材選定内部のエントランスホールでは、天井に間接照明を仕込むことで、柔らかくも高級感のある光を演出。白を基調とした壁面と、シルバー系の金属素材をアクセントとして用い、清潔感と洗練性を両立させています。(3). EVホール・廊下・水回りの素材アップグレード共用廊下には明るい床材を採用し、「暗くて古臭い印象」を徹底的に払拭。また、水回り(トイレや給湯室)については器具の交換・照明の調整・素材感の統一によって、清潔感と快適性の両方を確保しました。→ これらの共用部の刷新によって、内見時に「古いビル」というイメージを逆転させる効果を実現しています。 ■ テナント目線での実用性改善:機能面の再整備 次に、テナント専有部および設備系統についても、入居後の快適性・業務効率を重視した改修が行われました。(1). OAフロアの新設全フロアにOAフロア(フリーアクセスフロア)を導入し、配線の自由度と安全性を向上。これにより、テナント企業はレイアウト変更や機器配置を自由に設計できるインフラ環境を得ることができました。(2). 空調・照明のゾーニング空調設備については、エリアごとの温度調整が可能なゾーン設定を導入。照明も執務エリアと会議エリアで照度を切り替えられるようにし、社員の体感快適性と生産性を意識した設計がなされています。(3). セキュリティ・遮熱対策などの細部対応エントランスにはオートロックと監視カメラを新設し、セキュリティの信頼性を向上。また、窓面には遮熱フィルムを施工し、夏季の空調効率を改善するなど、細部に至るまで機能性の底上げが図られています。 ■ 結果:空室ゼロ&周辺相場超えの賃料で満室稼働 こうした印象改善×機能強化のリノベーションを経た結果、対象物件ビルは再募集開始から短期間で満室となり、空室ゼロを達成しました。しかも、リニューアル前より賃料を引き上げた状態で募集を行い、周辺相場より高い水準での成約が成立しました。見た目だけの化粧直しではなく、機能と印象の両面を改善かつ、細部にわたる“使いやすさ”への配慮この2点を的確に押さえたことが、成功の最大要因となったのです。 ■ 今の時代に通じる「エッセンス」は何か? 今回、取り上げた対象物件の改修は2006年実施とやや前の事例ですが、「どこに投資すべきか」「どう印象を変えるか」というエッセンスは今なお通用します。清潔・明るい・整っているという共用部の基本要件テナントが使いやすいインフラ環境(配線・空調・セキュリティ)内見時に「ここなら恥ずかしくない」と思わせる設えと印象づくりとくに、白+間接照明+金属素材の組み合わせや、シンプルで力強い空間演出などは2025年現在でも“時代に左右されない、選ばれ続ける定番”と言えるでしょう。 第4章:テナント目線で読み解く「内装の価値」 “良いオフィス内装”を決めるのは誰か? オフィス内装が“良い”かどうかを決めるのは、オーナーではありません。その空間で日々働く、テナント企業の社員たち自身です。しかもその評価は、誰かに聞かれたときだけでなく、日常のなかでリアルタイムに下されています。近年ではSNSを通じて、働く人の率直な本音が広がりやすくなっており、例えばこんな声が見られます:・「内装が古すぎて気分が上がらない」・「薄暗いオフィスで毎日出社するのが苦痛」・「エントランスが古くて来客を呼ぶのが恥ずかしい」逆に、ポジティブな声もあります:・「清潔で明るいオフィスだから毎日出社が楽しみ」・「エントランスがキレイだと会社のイメージも上がる」・「トイレが使いやすいおかげで快適に過ごせる」こうした声がSNSで拡散されることで、オフィス内装の印象や満足度は、企業のイメージにも少なからず影響を与えています。ただし、SNS上の意見をそのまま真に受けるのは危険です。発信者のバイアスや一時的な感情が反映されやすく、“言語化しやすいもの”だけが目立ってしまう構造があるからです。それでも、働く人たちがどんな空間に満足し、何にストレスを感じているのか――その「感覚のリアル」に向き合う姿勢は、オーナーや管理側にとって不可欠です。この章では、SNSなどの“表層の声”にとどまらず、社員の行動や心理に根ざした、「本質的な内装評価」の視点を深掘りしていきます。 ■ 第一印象と清潔感は“即決レベル”の判断要素 「このビル、いいですね」と感じるか、「ここはちょっと…」と引かれるか。内見や来訪のわずか数分のあいだに、物件の印象は決まります。特に共用部──エントランス、受付、EVホール、廊下、トイレといった空間は、全ての人が必ず“見る・通る・使う”場所であり、印象評価に直結します。以下は、テナント社員が日常で体感している“内装の印象”にまつわる声です:・「受付が暗くて来客のたびに恥ずかしい」・「廊下が無機質で気が滅入る」・「トイレが古いと、会社全体が古く見える」これらの声の共通点は、“清潔感”と“居心地”への感覚的評価にあります。見た目の派手さやデザイン性以前に、「きちんと手入れされているか」「明るく安心感があるか」が問われているのです。 ■ トイレ・廊下・照明──“意外に重要な細部”が評価を左右する ビルオーナーが見落としがちなのが、“脇役に見える内装要素”が実は主役級に重視されているという事実です。たとえば、ある調査では、働く人がオフィス内装で最も気になる場所は「トイレ」という結果が出ています。その理由は以下の通りです:・1日に何度も使うから「不快だと気になる」・プライベートな空間なので「清潔感がダイレクトに伝わる」・来客時にも案内するため「会社の印象に直結する」さらに、廊下や照明も心理的な快適性に大きく関わります。・廊下が閉鎖的だと圧迫感を覚える・蛍光灯のチラつきや、寒色系の光はストレスを誘発する・明るすぎず暗すぎない、自然な色温度の照明が安心感につながる内装というと「執務室のデザイン」や「インテリア」を想像しがちですが、社員が毎日必ず接するこれらの空間こそ、満足度・定着率・モチベーションに直結する領域です。 ■ テナント企業が重視する「見えない価値」とは? テナントの内装評価には、「目に見える部分」だけでなく、“見えない価値”も含まれています。・空間の清潔感や快適性が「社員に好かれるか?」という採用力に直結・取引先を案内した際に「会社の印象がどう見えるか」に影響・毎日働く社員の気分・集中力・健康にも間接的に関与これらは数値では測りにくいですが、非常に実感の強い要素です。「古いけど、なんか居心地がいい」「必要なところがちゃんと整っている」そんな空間は、長く愛され、選ばれ続けます。ビルオーナーとしては、“細部に神経が行き届いた空間”こそ、テナント企業から評価されるということを強く認識する必要があります。単なる箱貸しではなく、働く人に寄り添う空間づくりを提供できるか。そこに、築年数を超えた競争力が生まれるのです。 第5章:その空間に、思想はあるか?─ビルの価値を決める設計の哲学 (1). なぜ今、内装に「意味」が問われているのか 2025年、東京の賃貸オフィスビル市場では“内装”という言葉の重みが変わり始めています。ただお洒落にすればいい、映える空間をつくればいい――そんな時代は終わりました。現在のテナント企業が本当に求めているのは、「その空間が、自社にとって意味のある場となるか」という一点に集約されます。ポストコロナ、テレワーク、Z世代の価値観、多様性の再定義、ESG疲れ――こうした社会の揺らぎのなかで、オフィスという空間は単なる「執務スペース」から、“経営や組織文化を体現するリアルな装置”へと位置づけが変わってきています。そしてこの変化のなかで、オフィス内装に求められているのは、流行を取り入れることではなく、その企業らしさを引き出す「舞台」としての整え方です。だからこそ、オーナーも「いま流行っているデザインは何か?」ではなく、「働く場としての“質”とは何か?」を捉え直す視点が必要とされています。 (2). 「トレンドワード」に惑わされず、“意味”で読み解く 最近、「グレージュ」「ニューミニマル」「ホームライク」といったワードが、オフィスの内装トレンドとして取り上げられているみたいで、リノベーション業者やオフィス家具メーカーなどが、こうした言葉を積極的に打ち出しているのをよく目にします。たしかに、こうしたキーワードは空間デザインの方向性を端的に掬い取るという点で、一定の役割を果たしている側面もあります。しかし、本当に大切なのは――そうした言葉を「そのままなぞること」ではなく、その背景にある「人間の感覚」や「働き方の本質」を読み解くことです。たとえば:① グレージュ(Greige)とは:・グレージュ(Greige)は「グレー(灰色)」と「ベージュ」を合わせた造語で、灰色の持つ洗練された落ち着きと、ベージュが持つ温かみや自然な柔らかさを併せ持った中間色のことです。・オフィスにおいて、無機質で冷たい印象の強い真っ白な壁や濃いグレーを避け、従業員が心理的に落ち着き、リラックスして過ごせる色合いが選ばれるようになってきました。グレージュの柔らかくフラットな色調は、過剰な刺激を抑え、集中力を維持しやすくするとともに、「安心感」や「快適さ」を感じさせる色として評価されています。・つまり、企業側が従業員のメンタルヘルスや感情面の安定に配慮した職場環境作りを重視する流れの中で注目されているカラーです。② ニューミニマル(New Minimal)とは:・「ニューミニマル」は、単に装飾を減らしただけの従来型ミニマリズム(Minimalism)を超え、機能性や利便性を損なわずに、視覚情報を徹底してシンプル化する新しい概念です。形状や色彩を厳選することで、心理的ノイズや過剰な刺激を最小限に抑え、「集中力」や「生産性」を高めることを狙います。・近年、情報過多によるストレスが社会的問題になり、職場においても「いかに余計な刺激を排除し、仕事に集中しやすくするか」が重要視されています。ニューミニマルは、情報を削ぎ落とし、必要な情報だけを際立たせる「視覚的ノイズの最適化」という観点で、働く人の効率性と精神的負荷の軽減を目指す背景があります。③ ホームライク(Home-like)とは:・「ホームライク(Home-like)」とは、その名の通り「家庭のような」「自宅のような」空間のあり方を指し、職場においてもリラックスして自分らしくいられる環境づくりを目指すコンセプトです。オフィスの中に、自宅にいるような安心感や居心地の良さを取り入れ、従業員のストレスを緩和し、ウェルビーイング(心身の健康・幸福感)を向上させることを目的としています。・ホームライクという概念の背景には、従来型オフィス空間に対する意識の変化があります。長時間働く現代人にとって、職場で過ごす時間は非常に長く、従来のような堅苦しく緊張感の高い空間では心身への負担が蓄積されてしまいます。また、人間は本質的にリラックスした環境のほうが創造性や生産性を発揮しやすく、柔軟な発想やコミュニケーションの活性化も期待できます。このような理由から、企業側もオフィス内にリビングルームのような柔らかいインテリアや居心地の良さを取り入れ、従業員が心理的に安心し、ストレスから解放される職場環境の整備に積極的に取り組むようになりました。このように、トレンドワードにも共通しているのは、ただの流行として消費されるのではなく、「社員の心理的安全性」や「集中と拡散のバランス」、「緊張と解放」といった、“空間を通じて働きやすさを支える”という目的意識が、その背景にあるということです。オーナーにとって本当に重要なのは、「話題のキーワードを寄せ集めて、なんとなく取り入れてみる」ことではありません。それぞれの言葉が示している“人の働き方”や“企業の空間戦略”を、意味として読み解く力。そこに投資すべき価値があります。 (3)「完成された空間」から、「余韻のある空間」へ かつてのオフィス内装は、“完成された美しさ”を目指すものでした。共用部も専有部も「最初から出来上がった状態」で提供され、それを使ってもらう――そんな発想が一般的でした。しかし現在、多くのテナント企業が求めているのは、「自社らしく使いこなせる空間」です。それは決して“白紙の空間”を求めているのではなく、「整っていながら、手を加えやすい空気感」を備えた場だと言えます。たとえば:・内装を過剰に演出せず、素材感を活かしたニュートラルな設えにする・明るさや清潔感を意識した照明計画を敷きつつ、控えめな存在感にとどめる・床材や壁材はシンプルで質感のあるものを選び、テナントの家具や備品が映える構成にするこうした設計思想は、空間を「決めすぎない」ことで、入居者の創造性を引き出します。意図的に“余韻”を残した空間設計――それが、今後の築古オフィスにおける内装戦略の軸になり得るのです。未完成ではなく、“整えられた余白”としての完成度。それが、オーナー側から提供すべき空間のあり方ではないでしょうか。 (4)「整えて渡す」からこそ生まれる、自由度とのバランス 築古ビルの内装改善を考える際、オーナーとして悩ましいのは、「どこまで仕上げて渡すべきか?」という永遠のテーマです。仕上げすぎるとテナントが手を加えにくくなり、自由度が下がる。かといって、仕上げが甘ければ“管理されていないビル”と見なされ、印象で損をします。このジレンマに対して、私たちが取っている答えは明確です。「きちんと整えたうえで、自由に使える余白を設計する」こと。具体的には:・天井・床・壁の仕様は、上質でプレーンな仕上げを選択し、余白として機能する構成に・空調や電源・LAN配線などのインフラは、すぐに使える状態で整備しておく・ブラインドや照明は、快適性を担保しながら、過度に主張しない実用的な設計にとどめるこうした「汎用性のあるミニマルな完成形」を用意することが、テナントにとっては“自社らしく使いやすい空間”となり得ます。「何もしない自由」ではなく、「きちんと整っているからこそ安心して手を加えられる余白」――それこそが、築古ビルにふさわしい提供のかたちです。私たちが重視するのは、「選ばれる空間」であることと同時に、「信頼される空間」であること。仕上げの思想を持ち、整えたうえで手を渡す――そのあり方が、ビルの価値を左右します。 (5). 空間の「思想」が、ビルの差別化を生む トレンドやデザイン、機能性――それらは確かに重要ですが、最終的に「選ばれるビル」と「見送られるビル」を分けるのは、“空間に思想があるかどうか”です。これは、派手なコンセプトや装飾を施すという意味ではありません。むしろ逆に、「この空間は、誰が、どのように、どんな働き方をするための器か?」という明確な意図が込められているかどうかが問われているのです。たとえば:・「小規模でも、社員が静かに集中できる場所を用意したい」・「来客が多い企業向けに、受付から会議室への導線をスマートに整えたい」・「流行りのシェアオフィスなどではなく“専有空間の快適さ”にこだわる企業の受け皿になる」こうした設計思想が、内装のデザインや素材、照明や動線計画に反映されていれば、ビルそのものが“働くための哲学”を持った空間として評価されるのです。特に、築古の中規模・賃貸オフィスビルこそ、“思想のある改修”が価値を生みます。築浅・大型物件のように設備や構造で勝てないからこそ、思想とこだわりで差別化する。・派手なデザインではなく、“意図のある余白”・決まりきった内装ではなく、“丁寧に選ばれた素材”・無機質な空間ではなく、“人が安心して働ける場”としての提案その積み重ねが、「このビル、なんか良い」と感じてもらえる印象に変わり、結果として空室を埋め、テナントが長く居つくビルへとつながっていきます。空間の意味を再定義したうえで、ビルオーナーとして問われるのは「では、明日から何をするか」です。次章では、築古ビルでもすぐに着手できる内装改善の実務アクションを、費用対効果の視点とともに整理していきます。 第6章:オーナー・管理会社が今すぐできる実務アクション 空間に意味を持たせる。 それは決して、大規模改修や高額なデザイン監修だけで実現するものではありません。むしろ築年数の古い中小ビルにとって重要なのは、「限られた投資で、どれだけ印象と使い勝手を高められるか」という現実的な判断です。この章では、小さな改善でも大きな成果を生み出す“実務アクション”を整理していきます。そして、ただ整えるのではなく、「テナントが“選ぶ理由”になる改善」とは何か?を掘り下げます。① エントランスの整備(過剰な装飾ではなく、“きちんとした佇まい”をつくる)・床や壁の汚れ・劣化箇所を補修し、清潔でフラットな状態を維持・無駄な設置物を避け、空間にノイズを持ち込まない構成・照明は昼光色かつ高照度で統一し、明るさそのもので清潔感を演出→ 「整理されている」「信頼できるビル」という印象は、過剰な演出ではなく管理の精度で伝わります。② 共用部照明のLED化と高照度設計・昼光色×高照度を基準に、照度ムラや劣化を徹底排除・古い蛍光灯や色ムラのある器具は、LED一体型で一新・共用廊下・EVホール・トイレなど、全ての動線空間で明るさを担保→ 視認性・清潔感・安全性の3点を、最も効率的に改善できるのが照明。空間の信頼性を底上げする基本中の基本です。③ 部分リニューアル(素材の更新で“くたびれ感”を除去)・廊下やEVホールの壁紙・巾木の更新(落ち着いた色調で統一感を重視)・カーペットタイルは、やや暗め・深みのあるトーンを採用・ドア・スイッチ・サインプレート等、目につく細部部材は優先的に交換→ 一部の素材を更新するだけでも、「このビルは手が入っている」と感じさせる効果があります。④ 共用部の徹底清掃・メンテナンス強化・床や金属部材の洗浄・研磨でくすみを取り除く・ガラス面の定期清掃で視界と光の抜け感を確保・トイレの臭気対策・水栓まわりの更新を実施→ “清掃が行き届いている空間”は、それだけで管理レベルの高さを直感的に伝える最大の要素です。⑤ サイン計画の刷新(見落とされがちな印象の要)・古くなったテナント表示板・フロア案内板を統一フォーマットで更新・郵便受け・インターホン・注意書きなどの掲示類を“貼らない整理”に転換・サインはあえて主張せず、情報の視認性・整理整頓・静けさを優先→ 無理にかっこよくするのではなく、「混乱がない」「無駄がない」ことが価値になる領域です。 ▼印象戦略の本質:整っていれば、それだけで選ばれる 築古ビルにおいては、過剰な装飾や奇をてらった仕掛けよりも、「基本が整っている」こと自体が最大のアピールになります。何かを足すのではなく、余計なものを削ぎ落とす。そんな“引き算”の内装改善こそが、働く人にとって本当に快適で、評価される「地に足のついた空間戦略」と言えるのではないでしょうか。 第7章:まとめ 築古でも“選ばれる”ための内装戦略 築年数が古くても、人を惹きつける賃貸オフィスビルは確かに存在します。そして、それらのビルに共通しているのは、単なる見た目の新しさではなく、「この空間で働きたい」と思わせる“印象”と“思想”を備えていることです。本コラムで紹介してきたように、テナント企業の視点は、かつてよりもはるかに高度化しています。立地・広さ・賃料だけでは判断されず、「社員が毎日使う空間として、どこまで信頼できるか」という総合的な印象評価が、入居の意思決定を左右する時代です。(1). デザイン性だけでは足りない、“使いやすさ”とのセットが鍵照明が明るいか、トイレが清潔か、レイアウト変更しやすいか――こうした細部にこそ、働く人の快適性や企業の使い勝手が宿ります。どれほどお洒落な内装でも、座る場所が寒い/暑い、配線が不便、音が響くといったストレスがあれば、テナントから「ここでは働けない」と判断されてしまいます。逆に、華美でなくても使い勝手が良く、整った印象を与えるビルには、長く安定したテナントがつきます。デザイン性と実務性のバランス――それが“選ばれる内装”の本質です。(2). テナントの「働く環境」に寄り添えるかが選定基準になる2025年現在、オフィス内装に求められているのは、単なる意匠ではなく「働き方に応じた空間の調律」です。一人で集中したいときにこもれる場所があるか来客時の動線がスマートに構成されているか会議・雑談・静寂、それぞれのシーンにフィットするゾーニングがあるかこれらはすべて、テナント企業の“社員戦略”と直結する要素です。オフィスが整っていれば、採用・定着・エンゲージメントにも良い影響を与える――その感覚を持った企業ほど、空間を見る目が厳しくなっています。ビルオーナーが真に競争力を持つには、そうした「経営の文脈でオフィスを選ぶ企業」から見られていることを意識する必要があります。(3). 最後に問われるのは、“ビルの印象をどう作るか”という覚悟ここまで内装の要素、改善アクション、トレンドの読み解き方などを整理してきましたが、最終的に勝敗を分けるのは、“そのビルが持つ印象”です。共用部が明るく清潔に整っている無理にトレンドを追わず、落ち着きと使いやすさがあるスケルトンで余白を残し、入居企業が“自分たちの場”として育てられるこうした印象は、単なる仕様の積み重ねではなく、オーナーの「姿勢」や「考え方」が反映された結果です。このビルは、誰に、どんな働き方を提供したいのか?この問いに明確な答えを持ち、ブレずに整え続けている物件こそ、結果として選ばれていくのです。 おわりに:古いことは、弱みではない。整っていないことが弱みになる。 築年数の経過したビルでも、「デザイン性」と「使いやすさ」を両立させた内装戦略によって、十分に勝負できます。大切なのは、見た目の刷新にとどまらず、そこで働く人の視点に立った“使い勝手の向上”をセットで提供することです。テナントの従業員は、その空間で日々、長い時間を過ごします。だからこそ、快適で働きやすい環境をつくるという設計思想が不可欠です。派手さは必要ありません。清潔で、洗練され、機能的であること。そんな空間は、企業にとって「採用力」や「人材定着率」を支える、“人的資本への投資基盤”にもなり得ます。そして最終的に問われるのは、ビルオーナー自身の姿勢です。築年数は変えられなくても、「印象」は内装次第で変えられる。そしてその印象こそが、テナントに選ばれるかどうかを左右するのです。本コラムで取り上げたポイントをもとに、自分のビルにはどんな可能性があるか――ぜひ、現実的に見直してみてください。築古ビルでも、人は集まり、選ばれる。その未来を切り拓くのは、オーナーの判断と、内装への投資です。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月17日執筆

築古オフィスビルを活かすインダストリアルリノベーション ~低コストで“今っぽい”空間を実現するための実践ガイド~

皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古オフィスビルを活かすインダストリアルリノベーション~低コストで“今っぽい”空間を実現するための実践ガイド~」のタイトルで、2025年11月12日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次1.導入:築古オフィスビルの活用価値とトレンド2:低コストで、今っぽく見せるための基本ポイント3.インダストリアル・テイストの特徴と魅力4.「見せる配管」の活用術5.実際のリノベーション事例6.低コストとデザイン性を両立させるポイント7.まとめ:築古オフィスビル×インダストリアル・テイストの魅力 1.導入:築古オフィスビルの活用価値とトレンド 築古オフィスビルのリノベーションが近年、大きな注目を集めています。長くビジネス・エリアとして栄えたエリアに立地することも多く、年月を経た独特の風合いや街並みに溶け込む佇まいは、築古オフィスビルに、単なる箱としてではなく、過去の歴史を感じる“物語性”を持った空間としての付加価値が生まれます。また、既存の構造をうまく活かせば工事コストを抑えることが可能であり、その分をデザインや機能性の向上に回すなど、自由なアイデアを盛り込みやすいというメリットもあります。一方、社会全体では価値観や働き方の多様化が進み、シンプルかつ機能的な空間づくりへのニーズが強まっています。生活スタイルや働き方が大きく変化する中、「低コスト」でありながら「今っぽさ」を感じられる空間を実現するリノベーションに対する需要は、ますます高まっています。築古オフィスビルならではの味わいを活かしつつ、テナントのニーズや時代性に合わせた新しい価値を創造していくことが、これからのリノベーションの可能性といえるでしょう。 2:低コストで、今っぽく見せるための基本ポイント 近年、築古オフィスビルのリノベーションにおいて「低コスト」でありながら「今っぽく」見せることが重要なポイントとなっています。その実現の鍵を握るのは、装飾過多を避けるミニマルなデザイン、素材の持つラフな質感を活かすこと、そしてあえて「未完成感」を演出する手法です。それぞれのポイントを詳しく掘り下げながら、実践的なアイデアや具体例を交えて紹介します。 2-1.ミニマルデザインで費用削減と洗練を両立 ■ “残す”ことで生まれるコストダウン築古ビルの壁や床は、長年の使用により塗装が剥がれていたり、キズや凹凸があったりするものです。これを全面的に改修しようとすると大きなコストがかかります。一方で、そうした“経年変化”をあえて残し、保護や部分補修だけで済ませることで、施工費用を削減しつつ独特の風合いを残せます。たとえば、塗装の剥げ具合をそのまま活かし、上からクリア塗装だけ施せば、古さと新しさが混在する不思議な魅力をもつ空間を創り出すことができます。■ 無駄をそぎ落とすことで演出される洗練感ミニマルデザインの考え方に沿って、空間全体の色数を抑え、インテリアの装飾をシンプルにすることで、広がりや余白を感じさせられます。古い建物ならではの風合いが際立つだけでなく、導線や機能面もすっきりと整理されるため、オフィスや店舗としては使い勝手が向上します。 2-2.ラフな質感の活用 ■ コンクリートやOSB合板の可能性インダストリアル・テイストを象徴する素材といえば、やはりコンクリートの打ちっぱなしでしょう。新築で意図的に作るとなると相応の施工費がかかりますが、築古ビルの壁や柱からコンクリートが出てくるケースでは、下地処理を最小限に抑えるだけでそれらを“表の顔”として活用できます。一方、OSB合板は下地材として使用されることが多いですが、その独特の木材チップ模様はデザイン性が高く、低コストで個性的なアクセントウォールや家具を作ることが可能です。■ エージング加工と相性の良い素材“ラフな質感”をさらに際立たせるために、エージング(古びた風合いを人工的に与える加工)を施すこともあります。金属部分をわざと酸化させたり、木材をバーナーで炙って焦がしたりするなど、ちょっとした手間でドラマチックな見栄えを実現できるのも、ラフな素材の面白さです。 2-3.あえての未完成感 ■ 未完成がもたらす空間の自由度完成しきっていない状態をデザインに取り込むと、利用者がレイアウトや用途を柔軟に変化させやすくなります。壁の一部に仕上げを施さず、下地のまま残しておけば、将来的に簡単なDIYで棚を取り付けるなどの拡張もしやすくなります。企業の成長スピードが速いスタートアップなどでは、オフィスのレイアウト変更が頻繁に起こり得るため、このような“未完成”の状態がむしろ利点となるケースがあります。■ 施工工期の短縮とコスト削減仕上げを最小限にするということは、つまり施工工程を大きく削減できることを意味します。特に築古ビルのリノベーションでは、現状把握から解体、内装工事までに想定外の工程が生じることも珍しくありません。あえて完璧な仕上げを目指さず、最低限の補修とクリアコート程度で留めることで、工期も費用も抑えつつ、むしろ“味のある”空間が得られるのです。これらの「ミニマル」「ラフ」「未完成感」という要素を組み合わせることで、今注目される「インダストリアル・テイスト」を実現することが可能になります。次章では、このインダストリアル・テイストについて詳しく掘り下げ、その特徴や魅力を説明します。 3.インダストリアル・テイストの特徴と魅力 3-1.歴史的背景:産業革命から生まれた空間 インダストリアル・テイスト(Industrial style)は、その名のとおり産業的(industrial)な美意識に由来しており、19世紀末から20世紀初頭の欧米における産業革命期にルーツを持ちます。この時代は、蒸気機関や機械化技術の発展に伴い、大量生産と都市への人口集中が進んだ大変革の時代でした。イギリスではマンチェスターやリヴァプール、アメリカではニューヨークやシカゴなどの都市部を中心に大規模な工場や倉庫が次々と建設され、鉄骨、コンクリート、レンガなどの新しい建築素材が大量に使われるようになります。しかし、20世紀に入り、産業構造の変化や工場の郊外移転などが進むにつれて、都市部に残された多くの工場や倉庫が放置されるようになりました。荒れ果てたこれらの建物は、広いフロアや高い天井といった特徴を備えつつも、外壁や柱、配管などの無骨な構造がむき出しで、一般的な住宅やオフィスとは異なる雰囲気を醸し出していたのです。 3-2.20世紀中盤以降:アーティストとデザイナーによる再評価 こうした廃墟化した工場や倉庫に最初に目をつけたのが、1960年代から70年代にかけて活動した若いアーティストやデザイナーたちでした。ニューヨークのソーホー地区やブルックリン地区、ロンドンのイーストエンド地区などでは、家賃の安い廃工場や倉庫がギャラリーやアトリエ、住居として再利用され始めます。彼らは、予算の制約や実験精神もあって、鉄骨やレンガ壁、コンクリートの床、配管やダクトなどを隠すことなく、そのまま活かすことを選びました。それは意図的というより、「経済的理由」や「工事の手間を省く」という必要に迫られた結果でした。しかし、そのむき出しの配管や無機質なコンクリート壁が生み出す“無骨だが洗練された”魅力は、やがて意図せざる流行を生み、アンダーグラウンドの芸術家コミュニティを中心に注目されるようになります。これが、現在の「インダストリアル・テイスト」と呼ばれるスタイルの源流でした。 3-3.モダニズムからポストモダニズムへ:建築思想との関連 19世紀末から20世紀前半にかけて主流となっていたモダニズム建築は、“Less is more”に代表される機能主義と合理主義を追求し、装飾を廃した簡潔なフォルムに美しさを見出しました。ところが、1960年代以降になると、このモダニズム建築の均質的かつ無機質なデザインに対し疑問を呈する動きが生まれます。これがポストモダニズム建築の台頭です。ポストモダニズムでは、多様で複雑な表現を志向し、場合によっては構造体や機能部を意図的に露出させ、建築物自体を“建築の内面を外部に可視化したオブジェ”としてデザインするという試みが見られます。その代表例が、レンゾ・ピアノとリチャード・ロジャースによるパリのポンピドゥーセンター(1977年)です。構造体や配管類をあえて外部に剥き出しにし、それ自体を装飾として強調する手法は、当時の建築界に大きな衝撃を与えました。さらには、フランク・ゲーリーのように、建物の外壁を歪ませたり、素材そのものの質感を強調するようなデザインを打ち出す建築家も登場しました。こうしたポストモダニズムの考え方が、アーティストやデザイナーによる“廃工場・倉庫の再利用”の動きと結びつき、従来の建築常識ではタブーとされた“むき出しの構造”や“未完成のような仕上げ”をポジティブに評価する風潮が広がっていきます。これこそが、現在私たちがインダストリアル・テイストと呼ぶスタイルの大きな思想的背景になっているのです。 3-4.インダストリアル・テイストを形づくる要素 インダストリアル・テイストの具体的な特徴は、以下のような要素に集約されます。■ 素材の露出鉄骨(スチールフレーム)やコンクリート、レンガ壁、金属管(配管・ダクト)など、産業建築における構造材や機能部品を隠さずに見せる。■ 無骨さと重厚感レンガやコンクリートがもたらす無機質で重厚な雰囲気、鉄骨や金属素材が放つクールさと線のシャープさ。■ 未完成感・ラフな仕上げ塗装が剥げたり、下地がむき出しになった状態をあえて残すことで、長年使用された建物特有の味わいを活かす。■ 大きな空間と高い天井工場や倉庫などにもともと備わっているオープンな空間構成を活かし、壁や区切りを最小限にする。■ モノクロやアースカラーを基調とした配色素材そのものの色(灰色のコンクリート、茶色のレンガ、黒い鉄骨など)を活かし、過度な装飾や多彩な色を使わない。 3-5.なぜ現代で支持され続けているのか? ■ 多様化する価値観や働き方との相性モダニズム建築が追求した“合理主義”は、多くのメリットをもたらしながらも、行き過ぎると無機質・没個性的になりがちでした。現代ではSNSやクラウドサービスの普及により、人々がさまざまな場所・時間・手段で働き、暮らすようになっています。そのなかで、個性ある空間へのニーズが高まり、画一的ではない“個”を尊重するスタイルが好まれています。インダストリアル・テイストは、まさに“個性的な素材・構造”を大きな特徴とするため、この潮流に合致しているのです。■ “無骨さ”と“クールさ”の絶妙なバランスインダストリアル・テイストがもたらす無骨でありながらクールな印象は、特にオフィス空間や店舗デザインで引き合いが多い理由の一つです。画一的なオフィスでは得られないアーティスティックな雰囲気が、スタートアップ企業やクリエイティブ業界などで人気を博しています。スタッフの想像力やコミュニケーション意欲を高め、職場への愛着が増すといった効果も期待できるでしょう。■ コストと環境への配慮インダストリアル・テイストでは、配管やコンクリートを“隠す”内装仕上げを行わない分、低コストでの施工が可能になる場合があります。また、既存の建物や素材をそのまま利用することで、廃材や新材の使用量を減らし、環境への負荷を低減できる点も魅力です。建築のサステナビリティが求められる現代において、“再利用”と“デザイン”を両立させる手法として、インダストリアル・テイストがますます注目されているのです。 4.「見せる配管」の活用術 築古ビルをリノベーションする際、低コストかつ魅力的に見せる代表的なアプローチとして「見せる配管」が挙げられます。従来であれば壁や天井の中に隠す空調ダクトや電気配線を、あえて露出させる手法を指します。空間の一部としてむき出しの配管やダクトが走る様子が視覚的に面白く、機能美をそのままデザインに取り込むことができます。オフィスビルのリノベーションにおいて、この手法は低コストとデザイン性を高レベルで両立できるアプローチとして注目されています。 4-1.「見せる配管」のメリット ①コスト削減・工期短縮■ 隠蔽工事が不要本来、天井裏や壁内部に配管を収めるための造作工事が必要ですが、見せる配管を採用すればこれを省けるため、工事費の削減と工期の短縮が期待できます。築古ビルでは想定外の補修が発生するケースも多いので、浮いた費用を別の設備投資に回せる点は大きなメリットです。■ 投資回収のスピードアップ施工期間が短くなると、テナントの入居開始時期が早まり、オーナーや投資家にとっては投資回収のスピードを上げやすくなる利点もあります。② 空間のインパクト向上■ 素材の質感・色合いを活かす配管に使われる金属や樹脂などの素材感が、無骨ながらも独特の存在感を演出します。インダストリアル・テイストを強調するうえで非常に効果的です。■ 意外性によるデザインの面白み通常は隠される要素を見せることで、“意表を突く”デザイン上の面白みを生み、訪れた人の記憶に残るオフィス空間となります。③ メンテナンスの容易性■ 点検・修理が簡単露出しているため、配管の劣化や異常に気づきやすく、万が一の修理作業も大掛かりな壁や天井の解体を行わずに済む可能性が高いです。■ ランニングコスト削減配管周りの補修に大きな費用をかけずに済むため、長期的な運用コストを抑えられます。 4-2.具体的な「見せる配管」デザイン事例 ① 統一感を出す塗装■ 配管を天井や壁面と同色に白い天井に白いダクトを走らせると、光や影のグラデーションが適度な奥行きを生み出し、クールな印象になります。グレーや黒で塗装し、全体をモノトーンにまとめる事例も多く、落ち着いた大人の空間を演出できます。■ 塗装の仕上がりにこだわるマット調や半艶仕上げなど、塗料の種類によってダクト表面の質感が変わり、全体の雰囲気にも影響を与えます。オフィスのブランドイメージやコンセプトに合わせて選ぶのがおすすめです。② アクセントカラーで個性を演出■ 企業カラーの取り入れロゴやコーポレートカラーと同じ色で配管を塗装すると、一体感のあるオフィス空間を手軽に作れます。訪問者に企業イメージを強くアピールするブランディング手法としても効果的です。■ メタリックカラーや黒でシャープに配管をあえて黒やシルバーメタリックに仕上げると、機械的で洗練された印象が強まり、インダストリアルの世界観をさらに引き立てます。③ 素材感をそのまま活かす■ 無塗装によるリアルなインダストリアル感ステンレスやガルバリウム鋼板など、素材そのものが美しい光沢や質感を持つ場合は、塗装を行わずにむき出しのままにするのも一つの方法です。シンプルな内装とのコントラストが際立ち、独特の迫力ある空間を演出できます。■ 経年変化を楽しむやや錆びた金属感や酸化による色変化は、ヴィンテージライクなテイストを好む層にとって魅力的な要素です。ただしオフィスとして快適さを損なわないよう、クリア塗装で表面を保護するなどの工夫も必要になります。④ 照明との融合:機能性とデザイン性の両立■ レール型LEDの取り付け空調ダクトに沿ってレール型照明を設置し、必要に応じて照明の位置や角度を変えられるようにしておけば、空間の使い方が変わっても柔軟に対応できます。■ 吊り下げ照明でアクセントダクトや配管から吊るすペンダントライトを複数配置すれば、照明自体がインテリアの一部として映え、インダストリアルな雰囲気を高めると同時に作業エリアの照度を確保できます。■ 天井高の有効活用築古ビルの場合、元の天井がそれほど高くないケースもありますが、“見せる配管”と“照明の一体化”を図ることで圧迫感を軽減し、開放的な印象を維持できます。 4-3.導入時の注意点とメンテナンス ① 法規や安全性の確保■ 建築基準法や消防法を遵守特に耐火性能が求められる配管やダクトの露出には注意が必要です。万一の火災時に配管が延焼経路にならないか、避難動線に支障はないかなど、事前に専門家との協議を行いましょう。■ 防災設備との位置関係火災報知器やスプリンクラーの配置にも影響を与える場合があります。配管が検知機器を遮ってしまうと消防法に抵触する可能性があるため、施工計画を緻密に立てる必要があります。■ 既存躯体の調査と補修築古ビルのリノベーションでは、躯体や配管などが思いのほか傷んでいる可能性があります。安全性を確保するために専門家による調査を徹底し、必要な補修を行ったうえでデザインに活かすよう計画しましょう。② メンテナンス対応の重要性■ ホコリや汚れの蓄積配管がむき出しだと、どうしてもホコリや汚れが目立ちやすいです。掃除のアクセスルートを確保し、高所作業車や脚立を使った清掃の手間を考慮しておく必要があります。■ 結露や温度差による劣化冷暖房機能をもつ配管(空調ダクトなど)は結露しやすく、周囲の建材を傷める可能性も。ドレン配管の処理や、保温材の選定などをしっかり行い、長期的な耐久性を担保しましょう。③デザインバランスと快適性■ 居心地との両立露出配管や無機質な素材が増えると、空間が冷たい印象になりがちです。オフィスで働くスタッフのモチベーションや居心地を考慮するなら、木材やファブリック素材などをバランスよく取り入れて柔らかさを補完しましょう。■ 企業のブランドイメージやコンセプトとの整合企業のブランドイメージやコンセプトに合わせて、インダストリアル・テイストの度合いを調整することも大切です。すべてを無骨なままにするのではなく、部分的に洗練された仕上げを施すなど、メリハリを意識すると良いでしょう。■ 空間レイアウトの柔軟性オープンな空間を活かすリノベーションが多いインダストリアル・スタイルでは、パーティションを工夫したり、ガラス張りの仕切りや可動式の間仕切りを取り入れるなど、空間の柔軟性を高め、機能的なゾーニングについても配慮する必要があります。■ ノイズや振動への対策稀に配管から出る風切り音や振動が気になるケースがあります。防振材の使用や配管の固定箇所の調整など、設計段階で対策を講じておくことが望ましいです。築古オフィスビルのリノベーションにおいて「見せる配管」は、コストを抑えつつも今っぽさと機能美を表現する非常に有効な手法です。素材そのものの特性を活かし、構造や機能を隠すのではなく、むしろ積極的にデザイン要素として捉えることで、現代の価値観に合致した魅力あるオフィス空間を生み出すことが可能になります。 「見せる配管」イメージ図 5.実際のリノベーション事例 事例1:老舗企業の営業所ビルを刷新、ショールーム兼オフィスへ■ 状況と背景・築30年以上が経過し、壁紙や天井材などの老朽化が目立つ営業所ビル。・社名や商品ブランディングの一環で、来訪者に「新しい企業イメージ」を感じてもらいたいという要望。■ リノベーション内容①天井をスケルトン化し、むき出しのダクトを採用 ・空調や給排気の配管を露出し、トーンを統一したグレーの塗装を施す。・天井を高く見せる効果があり、営業所内の圧迫感を軽減。②ショールームスペースに“見せる配管”+スポット照明を組み合わせ ・ダクトにレール型の照明を取り付け、展示商品に合わせて照射角度を随時変更可能に。・天井全体を暗めのカラーリングにすることで、商品のディスプレイが際立つ演出に成功。③インダストリアル・テイストで企業イメージを刷新 ・古い建物を大幅に改修することなく、“スケルトン+照明+塗装”だけで大きな変化を実現。・内装に金属調の什器を組み合わせることで、先進的なブランドイメージを伝える仕上がりとなった。■ 成果とポイント・既存ビルを解体せずに再利用することで、工期を最小限に抑えられた。・古い営業所のイメージを大幅に一新し、商談時の企業ブランディングにも役立っている。事例2:中規模オフィスビルの一角を設計事務所のアトリエに改装■状況と背景・地元の設計事務所が、既存の築古ビルの1フロアを借り受け、アトリエ兼オフィスとして活用。・クリエイティブな職場環境を目指し、無機質なデザインを採用したいとの要望。■リノベーション内容①配管の素材を敢えて活かし、未塗装のまま露出 ・ステンレスのダクトをそのまま活かし、自然光が差し込むとメタリックな輝きを放つ。・床面はコンクリートを薄く磨き上げ、クリアコーティングのみで仕上げ。②モジュール化された照明計画 ・ダクトに取り付けたレール照明で、作業机や模型置き場、打ち合わせスペースなどを柔軟に照らす。・シーンに応じてライトの向きを変えたり、増減させることで、多目的に使えるアトリエを実現。③ワークスペースに木材とファブリックをミックス ・クリエイターの長時間作業を考慮し、デスクとチェアには座り心地や疲れにくさを重視。・木製ラックと観葉植物をポイントで配置し、インダストリアルな無骨さを和らげる工夫も。■成果とポイント・設計事務所ならではの“素材を見せる”アトリエ空間が評判を呼び、クライアントとの打ち合わせ時に“デザイン事務所らしさ”をアピールできる。・配管のメンテナンスや設備点検がしやすく、オフィス移転コストやランニングコストを抑えられている。 6.低コストとデザイン性を両立させるポイント 6-1.余剰予算をどこに投資するか 築古ビルのリノベーションは、新築よりも建設費を抑えやすい傾向がある一方で、老朽化による設備補修や改修が思わぬコスト要因となる場合があります。そこで、まずは建物の躯体や設備の状態を入念に調査し、耐用年数や交換のタイミングを見極めることが肝心です。・基礎設備の優先度空調や給排水、電気配線などはビルの機能を支える基盤となるため、予算を確保して入念に整備すべきです。ここに予算を割き過ぎると、デザイン面での投資が難しくなる反面、逆に疎かにすると後々の維持管理コストが増大してしまいます。・内装のメリハリコスト削減が狙いやすい“見せる配管”やスケルトン天井などのインダストリアルな演出は、有効な低コスト手法の一例です。ただし、全体的に無骨にし過ぎると利用者の快適性が下がる恐れがあるため、必要な箇所には適切に予算を配分し、床材や照明などにメリハリをつけて投資することが大切です。 6-2.必要に応じて専門家の力を活用 築古ビルのリノベーションでは、古い建物ならではの図面不足や構造計算書の不備などに直面するケースが珍しくありません。こうした不確定要素をクリアし、安全性や建物の活用度を高めるには、専門家のアドバイスが不可欠です。・建築士や設備設計者耐震補強の必要性や設備の交換時期、配管計画など、幅広い視点で助言を得られます。・歴史的建造物に詳しいコンサルタント文化的・歴史的価値のある建物や景観保護が関係する場合、適切な保存方法や活用手段を提案してもらえます。・インテリアデザイナー“見せる配管”やインダストリアル・テイストの度合いを、トータルコーディネートの中でどう活かすかなど、空間演出や動線計画で力を発揮します。理想的には、設計・設備・デザインそれぞれの専門家とチームを組み、初期段階から協議を重ねながらプロジェクトを進めるのが望ましいと言えます。 6-3.情報共有とコミュニケーション リノベーション後のビルにテナントやオフィス利用者を迎え入れる場合は、あらかじめコンセプトやデザイン方針を十分に共有することが極めて重要です。・無骨さやインダストリアル感への理解インダストリアル・テイストは好き嫌いが分かれるスタイルとも言われます。配管の露出度、素材の選択、仕上げの程度をめぐり、意見が対立する可能性があります。・イメージのすり合わせ3Dパースやサンプル画像、塗料の見本などを用いて具体的なイメージを伝えることで、完成後の“ギャップ”を減らせます。こうした準備を怠ると、完成直前になって「こんなに無機質なのは想定外だった」といったトラブルが生じかねません。事前のコミュニケーションが、後戻りのない工事をスムーズに進めるためのカギとなります。 6-4.運用開始後のメンテナンスと改善 築古ビルのリノベーションでは、完成後も適切なメンテナンスと改善が不可欠です。特に“見せる配管”を採用している場合、日常的な清掃や定期点検が運用コストを左右します。・定期点検とクリーニングダクトや配管が露出している分、ホコリの蓄積や錆びなどが見えやすく、景観を損ねる場合があります。清掃の頻度や方法を具体的に決めておくことで、常にインダストリアルの格好良さを維持できます。・可変性の追求オフィスレイアウトの変更を想定する場合は、配管のルートや照明レールの設置に余裕を持たせ、後からアップグレードできる仕組みを検討しておくのがおすすめです。こうした運用面の計画をしっかり練っておくことで、リノベーションが完成した後もビルの価値を長く維持し、快適な環境を提供し続けられます。 7.まとめ:築古オフィスビル×インダストリアル・テイストの魅力 「見せる配管」はインダストリアル・テイストを代表する要素であり、低コスト・短工期・デザイン性という3つのメリットを提供します。築古ビルが持つ味わい深い素材や構造を最大限に活かしながら、機能性や維持管理のしやすさを兼ね備えた、個性的で魅力的な空間づくりを可能にするのが特徴です。一方で、配管を露出させる手法には法規や安全面での注意点があり、メンテナンス計画やデザインバランスの配慮も欠かせません。専門家との連携やテナント、関係者との丁寧なコミュニケーションを通じて、配管の露出度やカラーリング、照明計画などを総合的にプランニングすることで、“無骨でありながら洗練された”独自のオフィス空間が実現できます。インダストリアル・テイストは単なる一時的な流行ではなく、工業建築の歴史やポストモダニズム建築思想と深く結びついたスタイルであり、その背景を理解したうえで適切に応用することが求められます。コストを抑えつつ、強い個性と利便性を兼ね備えた空間を創り出すことが、築古オフィスビルリノベーションの成功の鍵と言えるでしょう。築古ビルは、新築では出せない経年変化や歴史的背景といった魅力を備えています。これらを積極的に活用し、現代のニーズに合わせて機能性をアップデートするリノベーションは、低コストで魅力的な空間を実現する新しい可能性を秘めています。インダストリアル・テイストを導入することで、古さと新しさ、無骨さと洗練さが絶妙に融合した世界観を演出できます。築古ビルのリノベーションは、単に外見を変えるだけでなく、設備や構造面の改善を通じて安全性や機能性も高めることで、資産価値の向上や地域の再活性化にも貢献します。実際に、空室が目立つ地域においても、リノベーションによる魅力的な空間づくりを通じて、新たな事業者やクリエイターを引き込み、地域活性化を成功させた事例も数多くあります。もちろん、施工費管理や法規制対応、維持管理計画など課題も多いですが、専門家との協力体制や関係者との密なコミュニケーションを図ることで、築古ビルが持つ潜在力を最大限に引き出すことは十分可能です。日本各地が抱える老朽建築や空きビル問題に対して、リノベーションを通じて現代のライフスタイルやビジネス環境にマッチした空間を提供することは、地域社会や都市の課題を解決する有効な手段となります。「見せる配管」をはじめとするインダストリアル・テイストの要素を巧みに取り入れ、築古ビルの新たな可能性を開拓していくことが、今後ますます求められていくでしょう。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2025年11月12日執筆

オフィスをリノベーションする際の減価償却の考え方とは?

皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事はオフィスをリノベーションする際の減価償却についてまとめたもので、2025年11月7日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。 オフィスビルなどの建物や車両といった資産は、年数の経過とともに価値が減少していきます。こうした価値の減少分を経費として、耐用年数にわたり計上していく会計処理を「減価償却」と呼びます。減価償却を行うことで、企業は毎年その分の経費を多く計上できるため、利益が減って税金の負担を軽減できる効果があります。今回は、オフィスビルのリノベーションをご検討されているオーナー様に向けて、リフォーム・リノベーション費用の減価償却の仕組みや計算方法、そして耐用年数について解説します 目次1.資本的支出とは2.減価償却費の計算3.修繕費とは4.減価償却とは5.減価償却のポイント「耐用年数」とは6.リノベーション費用の減価償却計算方法7.まとめ 1.資本的支出とは リフォームやリノベーションを行った場合、その費用は「資本的支出」か「修繕費」のどちらかに区分されます。費用を減価償却できるかどうかは、まずその費用が「資本的支出」に該当するかで判断されます。「資本的支出」とは、固定資産の修理・改良のために支出した費用のうち、その資産の使用可能期間を延長し、または価値を増加させる部分に対応する金額を指します。 2.減価償却費の計算 原則として「資本的支出」にあたる工事費用は、もともとの減価償却資産と種類・耐用年数が同一の新たな資産を取得したものとして取り扱われ、そこから減価償却費を計算します。一方、資産の通常の維持管理や資産の原状回復を目的とする支出(=「修繕費」)は、その支出があった年に一括して経費計上が可能です。 3.修繕費とは 以下に該当するものは「修繕費」として処理できます。・修理・改良のために要した費用が20万円未満の場合・修理・改良などが、おおむね3年以内の期間を周期として行われることが既往の実績等から明らかな場合・原状を回復するために支出した費用また、修理・改良費用のうち「資本的支出」か「修繕費」かが明らかでない金額がある場合、次のいずれかに該当するときは修繕費として損金経理をすることができます。・その金額が60万円未満の場合・その金額が、その修理・改良などを行った固定資産の前期末における取得価額のおおむね10%相当額以下である場合(参照)国税庁:第8節 資本的支出と修繕費 4.減価償却とは 賃貸経営に限らず、建物などの減価償却資産は使用を続けるうちに経年劣化で年々価値が下がっていきます。そのため、取得時に全額を経費計上するのではなく、使用可能期間(耐用年数)にわたって分割で経費として計上していく必要があります。これが「減価償却」の基本的な考え方です。建物だけではなく、室内外の設備や機械装置など、時間の経過によって価値が下がるものは対象となります。一方、土地のように価値が減らないものは対象外です。なお、リノベーション工事の内容によっては、新設・交換した住宅設備なども減価償却の対象となりますが、単なる原状回復を目的とする「修繕費」に該当する場合は、工事の完了した年に一括経費として計上できます。 5.減価償却のポイント「耐用年数」とは 「耐用年数」とは、その資産がどれくらいの期間使えるかを示すものです。減価償却の対象となる建物や設備には、税法上「法定耐用年数」が定められており、その期間にわたって減価償却を行うことになります。例えば、オフィスビルの建物の場合、以下のように構造によって法定耐用年数が変わります。 建物の構造耐用年数鉄骨鉄筋コンクリート造・鉄筋コンクリート造50年金属造(骨格材の肉厚が4mmを超えるもの)38年 建物附属設備の場合は、用途によって次のように定められています。 建物附属設備耐用年数冷房用・暖房用機器6年インターホン6年電気設備(照明設備を含む)15年給排水・衛生設備、ガス設備15年 (参照)国税庁:主な減価償却資産の耐用年数表 6.リノベーション費用の減価償却計算方法 減価償却の計算方法には、「定額法」と「定率法」の2種類があります。資産の種類ごとに利用できる方法は決まっており、建物は定額法のみが原則ですが、建物附属設備は定率法も選択可能です(もちろん定額法で計算することも可能です)。【建物】定額法の計算方法**「リフォーム費用 × 定額法の償却率」**で求めます。たとえば、金属造(骨格材の肉厚が4mm超)に分類される建物を1,000万円かけて改装した場合、耐用年数が38年で償却率が0.027と定められているので、1,000万円 × 0.027 = 270,000円となり、年間27万円を減価償却費として計上します。(参照)国税庁:減価償却資産の償却率表【建物附属設備】定率法の計算方法**「(リフォーム費用 - 償却累計額) × 定率法の償却率」**で求めます。たとえば、共用部のトイレ(給排水・衛生設備、耐用年数15年)を500万円かけて更新した場合、償却率は0.133となります。1年目:(5,000,000円 − 0) × 0.133 = 665,000円2年目:(5,000,000円 − 665,000円) × 0.133 = 576,555円…というように、年を追うごとに計上できる額が減少していきます。 定額法・定率法 それぞれの特徴●定額法のメリット・計算がシンプルで、初期の減価償却費が定率法に比べて少ないため、初年度の経費を抑えられます。・デメリットとしては、建物などの収益力が下がり保守費用が増えてくる後年になるほど、減価償却費の負担比率が高くなる点が挙げられます。●定率法のメリット・早い段階で多く費用計上できるため、投資額の回収を比較的早められます。・デメリットとしては、初期の償却負担が大きくなることで、早期に利益を圧迫する可能性があるほか、年数が経過するにつれて節税効果が薄れていきます。 7.まとめ オフィスビルのリノベーションの際は、単純に工事費だけを考えるのではなく、減価償却や耐用年数の知識を踏まえて資産運用を検討することが、節税対策にもつながります。同じ工事内容でも「資本的支出」に当たるのか「修繕費」に当たるのかで処理が大きく変わる場合もありますので、詳細は施工会社や信頼できる税理士など専門家に相談されるのがおすすめです。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年11月7日執筆

オフィスのトイレをリフォームしたい!|気になる費用を解説

皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事はオフィスのトイレをリフォームする際の費用についてまとめたもので、2025年11月4日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。 はじめに 空室の出てきた築古オフィスビルで、入居テナントのためにできることを考えたとき、真っ先に浮かぶのはトイレのリフォームではないでしょうか。トイレは毎日必ず使う場所であり、ビルにとっては入居者満足度やイメージを左右する非常に重要なポイントです。きれいで機能的なトイレは、入居テナントや来訪者にとっても快適に働く環境を作り出します。その一方で、「リフォームをやる」と一口に言っても、どの程度費用がかかるのかをまず知りたいという方が多いのではないでしょうか。費用を簡単に把握できれば、予算的に実行が可能かどうか、あるいはその費用を工面する必要があるのか、早めに判断することができます。費用の相場が分かっていれば、業者との打ち合わせや見積もり検討の際の指標にもなります。本稿では、簡単に費用を把握できる概算値と、実際に行われたオフィスビルのトイレリフォーム事例を参考にして、トイレリフォーム費用の概要を整理していきます。さらに、より詳しいリフォームの工程や、コストを左右する要因、リフォーム後の効果についても触れながら、総合的にトイレリフォーム費用を理解するための情報をお届けします。 目次1.オフィスのトイレリフォーム費用の相場2.実際のトイレリフォーム事例A3.実際のトイレリフォーム事例B4.費用に影響を与える主な要因5.リフォーム計画を成功させるポイント6.費用のまとめとおわりに 1.オフィスのトイレリフォーム費用の相場 1-1.トイレリフォームにおける「相場」の捉え方 オフィスの共用トイレをリフォームするのに、費用はいくらかかるのでしょうか。最初にリフォームの概要を掴みたいときに役立つのが、過去の実績や一般的にいわれる「相場」です。しかし、リフォーム案件は建物の状況、設備のグレード、工事範囲、既存設備の老朽度合いなどによって大きく変動します。何もかもゼロから新設する場合と、部分的に入れ替えるだけで済む場合では、当然費用に大きな差が出てきます。そのため、相場はあくまで目安と捉え、実際には現地調査や詳細見積もりで最終的な工事費を確認することが重要です。 1-2.大まかな指標となる2つの考え方 オフィスビルのトイレリフォームに関する費用を大まかに把握する方法として、以下の2つの指標がよく用いられます。①トイレの単位面積当たり単価20~30万円/㎡(66~99万円/坪)トイレの床面積がどれくらいかをベースにして見積もる方法です。床面積に合わせて、床・壁の内装材や配管・給排水工事に必要な費用などを大まかに算出します。オフィスビルであれば、小さく見ても1フロアあたり10㎡〜20㎡程度のトイレスペースがあることが多いですから、その面積に上記の単価を乗じると、大まかな金額が導き出せます。②便器の台数当たりの単価80~120万円/台こちらは便器1台あたりを基準にして費用を算出する方式です。大便器3台・小便器2台で合計5台なら、5台×80〜120万円=400〜600万円ほどが目安になります。この計算では、洗面台の数や内装工事の規模、給排水や電気工事などのセットを含めた金額がざっくりと含まれますが、実際にはグレード(自動洗浄タイプやセンサー付き水栓、ウォシュレット機能など)やレイアウト変更の有無によっても変わります。 2.実際のトイレリフォーム事例A ここからは、実際に行われたトイレリフォーム事例を具体的に見ていきましょう。理論だけでなく、実例を知ることで、相場との照らし合わせやイメージがしやすくなります。・所在:東京都文京区・築年数:33年・施工フロア:4,5階・1フロア面積:トイレ部分17.0㎡(5.1坪)・便器更新:大便器×3、小便器×2・洗面台更新:手洗い器×4・内装更新:床長尺シート貼替、壁SOP塗装パテ補修の上SOP塗り 2-1.事例Aの費用内訳 上記工事(1フロア)に**約450万円(税抜)**かかっています。このうち、解体工事費が約20万円、設備工事材料費が約200万円というのが主な内訳です。①トイレの単位面積あたり工事費450万円 ÷ 17.0㎡(5.1坪) = 26.4万円/㎡(88.2万円/坪)② 便器の台数当たりの単価450万円 ÷ 5台 = 90万円/台上記計算から、**1章で挙げた相場(20〜30万円/㎡、80〜120万円/台)**の範囲内におおむね収まっていることがわかります。 2-2.工事内容の特徴と留意点 ・設備工事材料費の占める割合:費用のかなりの部分を設備工事の材料費が占めていることがわかります。古い配管を撤去して新たな給排水設備を設置するなど、見えない部分でのコストが意外とかかる点に注意が必要です。・内装の仕上げレベル:壁をSOP塗装しているため、タイル貼りや高級クロスを使った場合よりも安価になっている可能性があります。仕上げの選択により、見た目や耐久性、メンテナンス性、そしてコストが大きく変わります。 3.実際のトイレリフォーム事例B 続いて、もう一つの事例を見ていきましょう。・所在:東京都文京区・築年数:30年・施工フロア:5階・1フロア面積:トイレ部分18.5㎡(5.6坪)・便器更新:大便器×3、小便器×2・洗面台更新:手洗い器×4・内装更新:床長尺シート貼替、壁SOP塗装の上SOP塗り 3-1.事例Bの費用内訳 上記工事に**約510万円(税抜)**かかっています。このうち解体工事費が約30万円、設備工事材料費が約265万円でした。①トイレの単位面積あたり工事費510万円 ÷ 18.5㎡(5.6坪) = 27.5万円/㎡(91.0万円/坪)② 便器の台数当たりの単価510万円 ÷ 5台 = 102万円/台こちらの事例も事例Aと同様に、1章で提示した相場の範囲内であることが確認できます。 3-2.事例Bから見えるポイント ・解体費用の差:事例Aより少し解体工事費が高めです。床下や壁内の配管が複雑だった、あるいは既存の内装や下地の状態によって撤去工事の手間が増えた可能性があります。・設備コストの増加要因:事例Aと比較して、設備工事材料費もやや高めです。これは材料のグレードや配管系の更新範囲が異なることが想定されます。同じような規模でも、既存設備の老朽度合いや使用する機器のレベルでこれだけ差が出るということがわかります。 4.費用に影響を与える主な要因 トイレリフォームは上記のように相場という大枠がありますが、実際は個別の事情で金額が上下します。ここでは、費用に影響を与える主な要因を整理します。 4-1.既存配管の状態 築古ビルの場合、配管がかなり老朽化しているケースもあります。錆びや詰まりが激しいと、配管の総取り替えが必要になり、設備工事費が大幅に増加します。逆に、まだ比較的使用できる状態であれば、一部交換や補強だけで済ませられることもあります。 4-2.給排水設備・トイレ機器のグレード ・節水型の便器やウォシュレット機能付き便器、自動洗浄小便器など、最新機能を盛り込むほどコストは上がります。・洗面台の素材や水栓のタイプも、一般的なレバー水栓に比べ、センサー式や自動水栓は高価です。・内装材もタイル仕上げや高級クロス、あるいは耐水性・耐久性に優れた材料ほど費用がかさみます。 4-3.レイアウト変更の有無 トイレ個室の配置や数を変更したり、バリアフリー対応でブーススペースを拡張したりする場合は、間仕切り壁の撤去や新設、給排水配管のルート変更などの工事が必要となります。特に配管の大幅な変更は費用を押し上げる原因になりがちです。 4-4.工事の範囲 トイレ空間だけでなく、パウダールームや廊下も含めて一体的にリニューアルするかどうかで費用は大きく変わります。また、照明をLEDに変更する、換気設備を追加するなどの電気工事も範囲に含めると、追加費用が発生します。 4-5.施工スケジュールや夜間工事の有無 オフィスビルでは日中の工事が難しく、夜間や休日に工事する場合もあります。夜間工事や連休期間での集中工事では、人工(にんく:人件費)が割増になることもあるため、施工スケジュールの組み方で費用が左右されることがあります。 5.リフォーム計画を成功させるポイント トイレリフォームを円滑に進め、コスト面でも納得のいく結果を得るためには、計画段階からのポイントを押さえておくことが重要です。ここでは、実際に工事を発注したり、施工会社とやり取りをする上でのアドバイスをご紹介します。 5-1.現地調査を徹底し、正確な見積もりを得る 相場を把握することは大切ですが、最終的には現地調査をしてもらった上で正式な見積もりを取ることが欠かせません。配管の状態や既存内装の下地、電気設備の容量など、建物ごとの事情を反映してはじめて、正確な金額がわかります。 5-2.優先順位を明確にする 「とにかく最新の機能を全部取り入れたい」「見た目を最高にしたい」など、要望はいろいろと出てくるかもしれませんが、コストとのバランスを考慮した優先順位を決めておくことが大切です。・節水効果を狙いたいのか・ウォシュレット機能を充実させたいのか・デザイン重視なのか・日常清掃が楽になる仕上げ材を選びたいのか等々、優先度を明確にすると、設備や内装の選定段階で迷いが少なくなり、スムーズに発注できます。 5-3.テナントや利用者の声をヒアリング オフィスビルのトイレは「利用者の満足度」が非常に重要です。工事を決める前に、テナントや従業員から現在のトイレに対する不満や要望をリサーチしておくと良いでしょう。実際に不満が多い箇所は費用をかけてでも改善することで、入居者満足度の向上につながり、空室対策にも大きく寄与します。 5-4.メンテナンス性や清掃性にも配慮する リフォーム後のトイレを長期にわたって快適に保つために、メンテナンスのしやすさや清掃性を重視することが大切です。特に、汚れが付きにくい便器や、ワンタッチで取り外しできるウォシュレット機能など、清掃が簡単になる機能を選んでおくと、日々の維持管理コストを抑えられます。 5-5.バリアフリーやジェンダーレス対応を検討 近年は、バリアフリー対応やユニバーサルデザインを取り入れるケースが増えてきました。車椅子利用者でも使いやすい広めのブース、手すりの設置、段差の解消などは、多様な利用者が訪れるオフィスビルにおいて重要な要素です。また、ジェンダーレスや多目的トイレの検討も、ビルとしてのイメージ向上や利用者の安心感につながります。これらの新しいニーズへの対応は、工事費用を増加させる場合もありますが、将来的な価値を高める点で検討する価値があります。 5-6.施工会社選びは複数社比較で リフォーム費用は施工会社ごとに差があります。少なくとも2〜3社の工事会社から相見積もりを取り、工事内容や条件を比較検討しましょう。価格だけでなく、工事内容の詳細やアフターサービスの有無、施工実績なども考慮すると、より納得できる発注先を選ぶことができます。 6.費用のまとめとおわりに 6-1. 費用のまとめ 本稿では、オフィスビルのトイレリフォーム費用を相場と実際の事例の両面から概観してきました。事例A・事例Bの費用をみると、下記の**相場の数値(1章で紹介したもの)**におおむね納まっていることがわかります。①トイレの単位面積当たりリフォーム単価:20~30万円/㎡(66~99万円/坪)②トイレの便器の台数(小便器+大便器の数)当たりのリフォーム単価:80~120万円/台とはいえ、既存建物の状況やトイレ機器のグレード、解体工事の範囲、内装仕上げの種類などの要素によって、解体工事費・内装工事・設備工事・電気工事・大工工事などの費用は変動します。一概に「〇〇万円で大丈夫」と言い切れないのがリフォームの難しさでもあります。しかし、概算ベースで「大体これくらいになる」という指標を持っておけば、リフォームをやるかどうかの初期判断を下す際に役立ちます。 6-2. 今後の進め方 もし、トイレリフォームをやろうかどうか迷っている段階であれば、まずは簡単に床面積や便器数をベースに概算費用を出してみてください。そのうえで、実際に施工会社に現地調査してもらい、詳細見積もりを取ることをおすすめします。また、テナントや従業員の声をよく聞き、どういった改善を望まれているのかを明確にすることも非常に重要です。コストを抑えるための妥協点と、入居者満足度を高めるために譲れない部分をしっかりとすり合わせ、計画に反映させましょう。 6-3. おわりに 本稿では、オフィスビルのトイレのリフォーム費用について、大まかな相場から具体的な事例、その費用に影響を与える要因やリフォーム成功のポイントまでを一通り解説しました。「どれくらい費用がかかるかイメージできない」という悩みをお持ちの方が多いと思いますが、今回ご紹介した相場と事例を目安に、まずはプランを立ててみてください。実際の金額は現場の状況や選ぶ設備で変わりますが、早期の概算把握は意思決定をスムーズにする大きな助けになります。もしやろうかどうしようか迷っていらっしゃったら、ぜひこの費用感を参考にしてみてください。清潔で使いやすいトイレにすることは、入居テナントの満足度やビルの価値向上にもつながります。ぜひ前向きにご検討いただければと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。皆様のリフォーム計画が成功に導かれることを心より願っております。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年11月4日執筆

オフィスのトイレをリフォームする際に気を付けるポイント5点

皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事はトイレをリフォームする際に気を付けるポイントについてまとめたもので、2025年10月29日に執筆しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願い致します。 オフィスビルが経年劣化によって古くなり、改修の必要性を感じたとき、まず優先的に検討したいのがトイレのリフォームです。使用頻度が高く、清潔感やデザイン、カラーリングの好みなど、テナントや利用者それぞれのニーズが分かれる設備だからです。また、空室対策としても重要であり、ビルの印象を左右する要素でもあります。本コラムでは、オフィスのトイレをリフォーム・リノベーションする際に注意しておきたい5つのポイントを挙げ、それぞれ詳しく解説します。必要最低限の基準から、より快適で品のあるオフィスビルをつくるための視点まで、幅広く確認していきましょう。 目次1.【平面配置1】エレベータホールからトイレの入り口が見えていませんか?2.【平面配置2】トイレの箇所数は足りていますか?3.排水経路は素直に確保されていますか?4.衛生管理・ニオイ対策は十分ですか?5.バリアフリー・ユニバーサルデザインを意識していますか?まとめ 1.【平面配置1】エレベータホールからトイレの入り口が見えていませんか? 「品のあるオフィスビル」を目指すうえで、まず気を付けたいのがトイレの入り口の位置です。エレベータを降りたときやエレベータホールで待っているときに、トイレの入り口が直接見えるレイアウトはできるだけ避けたいところです。これはプライバシー確保の観点からも、昨今の主流となっています。トイレのドアがエレベータホールから丸見えだと、利用者は少し落ち着かないかもしれません。また、雰囲気のよいオフィスビルとしてアピールしたい場合も、トイレの入り口が目立ちすぎると全体のイメージを損なうおそれがあります。もし、エレベータホールからトイレの入り口が視線に入るレイアウトになっている場合は、廊下の配置やトイレの入り口の位置を再検討し、できる限り目立たないようにリノベーションを進めましょう。その際、貸室面積をなるべく減らさない工夫をしながら、トイレや給湯コーナーなどの水回りをうまく再配置していくことが大切です。 2.【平面配置2】トイレの箇所数は足りていますか? 次に注意したいのが、トイレの便器数や洗面台数など「箇所数」が適正かどうかです。利用者数に対して便器が少ないと、どうしても待ち時間が発生しやすくなり、ストレスが高まります。反対に、便器数が多すぎると貸室面積を圧迫するため、賃料収入への影響が懸念されます。●待ち時間のレベル・レベル1: ほとんど待ち時間がなく、非常に良好なサービスレベル・レベル2: 一般的なサービスレベル・レベル3: 最低限のレベル賃貸オフィスビルの収益を重視するなら、必ずしもレベル1を目指す必要はありません。しかし、最低限のレベル(レベル3)では「トイレがいつも混んでいる」「男女で兼用している個室がひとつだけ」という状態になりかねません。そのため、余裕があればレベル2を目指す配置にしておくほうが、結果的にはテナント満足度の向上につながります。●法的な基準(事務所衛生基準規則)オフィス(事務所)においては、労働安全衛生法の事務所衛生基準規則で**トイレの最低必要個数(レベル3相当)**が定められています。具体的には、次のように便器数が設定されています(例としてオフィスの天井高2.5mで、男性7割の職場の場合、女性5割の職場の場合を想定)。・男性用大便所の便房数: 同時に就業する男性労働者60人以内ごとに1個以上 →男性7割の職場で事務所面積342㎡(約103坪)以内ごとに1個以上・男性用小便所の箇所数: 同時に就業する男性労働者30人以内ごとに1個以上 →男性7割の職場で事務所面積171㎡(約51坪)以内ごとに1個以上・女性用便所の便房数: 同時に就業する女性労働者20人以内ごとに1個以上 →女性が5割の職場で事務所面積160㎡(約48坪)以内ごとに1個以上同時に就業する労働者が常時10人以内の場合は、男女を区別しない「独立個室型の便所」を1つ設置すれば基準を満たすなど、例外的な規定もあります。しかし、これはあくまで最低限の基準です。実際には、便器がひとつきりだと誰かが使用中の場合、常に待ちが発生します。●レベル2への配慮ある程度の余裕を持たせるためには、女性用便所の便房数や洗面台数は2つ以上確保する、男性用小便所も2カ所以上設けるなど、混雑が起きにくい配置にするのがおすすめです。特に女性用トイレは混雑しやすいため、便房数や洗面スペースの広さも重視したいポイントといえるでしょう。利用者目線で「どこで混雑し、どのくらい待つのか」をイメージしながら、無理のない計画を立てるとスムーズです。 3.排水経路は素直に確保されていますか? トイレのリフォーム・リノベーションを検討するときに見落としがちな要素が、排水経路です。水回りの工事には給排水工事が伴い、特に排水縦管の位置をよく確認して計画を進める必要があります。・既存の縦管をできるだけ活用するのがセオリー・トイレ配置を大きく変える場合、横引き管のルートも大幅に変わる可能性がある・横引き管の勾配をスラブ(床)の上で取るか、スラブを貫通して下階の天井裏で取るかを慎重に検討基本的にはリフォーム前と同じ配管方法が望ましいですが、床の段差や天井裏のスペースなどの制約から、どうしても変更を余儀なくされるケースもあります。スラブ上で勾配を取ると廊下や室内に段差が生じ、バリアフリーの観点から好ましくない場合があります。一方で、スラブ下を通す場合は下階の天井裏を工事する必要があり、工期や費用が増える可能性が高いです。どちらを選択するにしても、建物の構造や階高、既存天井の状況などを踏まえたうえで、最適解を探ることが重要です。段差の発生や勾配不足による詰まりなど、不具合が起きないように慎重に計画を立てましょう。 4.衛生管理・ニオイ対策は十分ですか? トイレをリフォームする際、衛生管理とニオイ対策は見落とせない重要ポイントです。どんなにデザイン性を高めても、ニオイや汚れが目立つようでは利用者の不満につながりやすいからです。清潔感を維持するためにも、以下のような点を意識しましょう。4-1. 清掃性を考慮した仕上げ材の選定床や壁の仕上げ材によっては、汚れがつきやすかったり落ちにくかったりすることがあります。特に目地が多いタイルや、表面がザラザラした素材は汚れが蓄積しやすいため、清掃性を考慮した素材やコーティングを選ぶのがおすすめです。汚れがたまったときに簡単に拭き取れるかどうか、清掃スタッフの手間やコストにも配慮しましょう。4-2. 換気設備の強化と消臭機能の導入トイレのニオイ対策として、換気扇の風量アップや排気ダクトの増設、あるいは脱臭機の導入などを検討すると効果的です。機械換気が不十分だと、こもったニオイがなかなか排出されず、利用者に不快感を与えます。近年は、天井埋め込み型の消臭・脱臭装置や自動消臭機能付きの便器など、さまざまな選択肢があります。導入コストはかかるものの、快適な空間づくりに直結するため、リフォーム時に合わせて検討するとよいでしょう。4-3. 手洗い・衛生用品の充実洗面台の数やハンドソープ、ペーパータオル・ジェットタオルなど、清潔を維持するための設備も大切です。オフィスであれば、従業員だけでなく来客が使うケースも考えられます。洗面スペースが狭いと水はねや混雑を起こしやすく、清潔感を保ちにくい要因となります。また、感染症対策の観点から、自動水栓(センサー式)や非接触型のハンドドライヤーなどの導入も検討してみましょう。設備を充実させることで、衛生環境の向上だけでなく、企業のイメージアップにもつながります。 5.バリアフリー・ユニバーサルデザインを意識していますか? オフィスビルの利用者は、年齢や身体的状況など実にさまざまです。快適なオフィス環境を整えるうえで、バリアフリーやユニバーサルデザインの視点は欠かせません。バリアフリーに対応したトイレを整備することで、より多様な人々に使いやすいオフィスを実現できます。5-1. 段差の解消前述の排水経路の問題と関連して、段差の解消は大きな課題となります。スロープや手すりの設置、車いす利用者が回転できるスペースの確保など、法的な基準だけでなく実際の使いやすさを考慮した計画が重要です。5-2. 多目的トイレの設置車いす利用者だけでなく、高齢者や妊婦、乳幼児連れの利用者など、さまざまな人々が安心して使える多目的トイレを設けることも検討しましょう。洗面台やベビーベッド、緊急呼び出しボタンなどが備わった多目的トイレは、ビルの価値を高める大きなポイントです。5-3. 安全性と快適性手すりの位置やドアの開閉方向、床の素材選びなど、高齢者や身体障がい者に配慮した設計はもちろん、全ての利用者が快適に使える工夫を意識しましょう。実際に車いすでの動きをシミュレーションするなど、リフォーム前にしっかりと確認しておくことが重要です。 まとめ オフィスのトイレをリフォームする際は、まずは平面配置やトイレの箇所数、排水経路をプロの視点で見直してもらうのがおすすめです。とくに以下の5つのポイントに注目すると、利用者の満足度を大きく左右する要素を押さえられます。1.エレベータホールからトイレの入り口が直接見えていませんか?プライバシーの確保や品のあるオフィスのイメージづくりに大きく影響。2.トイレの箇所数(便器・洗面台など)は十分ですか?待ち時間を減らしつつ貸室面積を確保する、バランス感覚が重要。3.排水経路は素直に確保されていますか?スラブ上・下の配管ルートや勾配を慎重に検討し、段差や詰まりを回避。4.衛生管理・ニオイ対策は十分ですか?仕上げ材の選択や換気設備の強化など、清潔感を維持するための工夫。5.バリアフリー・ユニバーサルデザインを意識していますか?段差の解消や多目的トイレの設置など、誰もが使いやすい空間づくり。 リフォーム費用と施工会社の選び方 トイレのリフォーム費用は、**便器1台あたり約100~200万円(洗面台や内装費用を含む)**が一般的な目安です。デザイン性の高い設備を導入したり、排水方式を大幅に変更したりすると、費用がさらにかさむ場合があります。機能面やデザイン性を優先しすぎると、工事の複雑化によるトラブルを招く可能性もあるため、建物診断の知見を持つ設計・施工会社とともに無理のない計画を立てることが大切です。リフォームやリノベーションは既存建物を活かして進めるため、建物の図面や現況の調査が欠かせません。給排水設備や構造の制約、必要なバリアフリー対応の範囲などを事前にしっかり把握し、プロと十分に打ち合わせを行いましょう。トイレの使いやすさは、オフィスビル全体の満足度とイメージにも大きく影響します。テナントや利用者の立場に立った配慮を積み重ね、より魅力的なオフィスを実現してください。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2025年10月29日執筆
 
 
 
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