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貸ビル・貸事務所
広尾駅周辺のオフィス・貸事務所の特徴と賃料相場|不動産会社が解説
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの藤岡です。この記事は広尾駅周辺のオフィス・貸事務所賃料相場についてまとめたもので、2026年2月26日に執筆しています。少しでも皆さんのお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次広尾駅周辺の特徴とトレンド広尾駅周辺の入居企業の傾向広尾駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場広尾駅周辺の街並みと周辺環境 広尾駅周辺の特徴とトレンド 広尾駅は、東京メトロ日比谷線が乗り入れる駅で、六本木・霞ケ関・銀座方面へのアクセスに優れた立地です。恵比寿駅や六本木駅へは1駅と都心主要エリアと近接したポジションにあります。駅周辺は大規模なオフィス街というより、外苑西通りや明治通り沿いを中心に、中小規模のオフィスビルが点在するエリアです。低層から中層のビルが多く、築年数の経過した物件と、リニューアル・建替えが行われた比較的新しいビルが混在しています。オフィス利用者にとっては、銀行支店やATM、コンビニエンスストア、飲食店が駅周辺に一定数そろっており、日常的な業務環境としては過不足のない水準です。特に外苑西通り沿いには、落ち着いた飲食店やカフェが多く、来客対応や打ち合わせの場として利用されるケースも見られます。近年は大規模な再開発が進行しているエリアではありませんが、既存ビルのリニューアルや用途の見直しが進み、内装や設備面で現代的な水準に近づけたオフィスが徐々に増えています。周辺には各国大使館や評価の高いビンテージマンションも多く、街全体として落ち着きと格式を備えた環境が形成されています。こうした周辺環境は、来客対応や企業イメージを重視する法人にとって、立地評価の一要素となっています。 広尾駅周辺の入居企業の傾向 広尾駅周辺では、従来から士業(法律・会計・税務関連)やコンサルティング業、各種サービス業など、少人数体制で運営される企業の入居が多く見られます。派手な集客を必要としない業種や、落ち着いた環境を求める企業との親和性が高いエリアです。近年は、IT関連やデザイン・クリエイティブ系など、比較的小規模なオフィスで機動的に活動する企業の入居も一定数確認されています。六本木・恵比寿と近接しながらも、駅周辺の雰囲気が比較的穏やかな点を評価し、業務に集中しやすい環境として選ばれるケースが多い印象です。また、平日は業務拠点として機能しつつ、休日でも違和感なく利用できる街の雰囲気も、広尾ならではの特徴です。過度にビジネス色が強すぎず、飲食や生活利便施設が自然に溶け込んでいる点が、少人数体制の法人やエグゼクティブ層に評価されています。このエリアが選ばれる理由としては、日比谷線による都心部への交通利便性六本木・恵比寿エリアと比べると、やや抑えられた賃料水準派手さを抑えた街並みと、来客時にも違和感のない落ち着いた雰囲気といった点が挙げられます。大規模オフィスを構えるというよりは、立地イメージと業務環境のバランスを重視する法人に支持されているエリアです。 広尾駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場 広尾周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場は次の通りです。面積賃料下限賃料上限20~50坪約16,000円約22,000円50~100坪約18,000円約25,000円100~200坪--200坪以上-- ※募集物件のデータが少ない場合は空欄としています。※法人登記できる実際のオフィスのみを対象としており、バーチャルオフィスは含めていません。※調査は当社が把握している物件情報を対象としておりますが、把握していない物件もあることから正確性を担保するものではありません。※賃料はおおよその目安として掲載しております。賃料下限の物件は、築年数が古く設備も古いケースが多い傾向があります。※飛び抜けて安い、あるいは飛びぬけて高いハイグレード物件の情報は省いています。 広尾駅周辺の街並みと周辺環境 広尾駅前は、都心主要エリアに近接しながらも、落ち着いた街並みが形成されている点が特徴です。外苑西通りや明治通り沿いにはオフィスビルやマンションが整然と立ち並び、歩道には街路樹が配置されるなど、視覚的にも余裕のある景観が保たれています。周辺には、分譲当時から評価の高いビンテージマンションも点在しており、住居と業務機能が無理なく共存している点も広尾エリアの特徴です。画一的なオフィス街とは異なり、街としての成熟度が高い印象を与えます。駅から少し離れると有栖川宮記念公園をはじめとする緑地も近く、都心部では希少な自然環境が身近に感じられます。こうした環境は、オフィス街としての機能性と、落ち着いた周辺環境の両立につながっています。広尾駅周辺の街並みは、視認性や利便性だけでなく、企業イメージや執務環境の質を重視する法人にとって、検討材料となりやすいエリアといえるでしょう。 ご希望条件をお伝えいただければ、当社の担当よりオフィス・貸事務所のご提案をさせていただきますので、お気軽にご相談ください。 物件の無料提案を依頼してみる 広尾駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所をお探しの企業様、広尾駅周辺で安定したビル経営を望まれているビルオーナー様は、こちらよりお気軽にご相談ください。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 藤岡 涼 入社以来20年以上にわたり、東京23区のオフィスビルを中心にプロパティマネジメント・リーシング・建物管理を担当。 年間多数の交渉やトラブル対応経験を活かし、現場目線に立った迅速かつ的確な提案を通じて、オーナー様とテナント様双方の満足度向上に努めています。 2026年2月26日執筆2026年02月26日 -
貸ビル・貸事務所
岩本町駅周辺のオフィス・貸事務所の特徴と賃料相場|不動産会社が解説
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの藤岡です。この記事は岩本町駅周辺のオフィス・貸事務所賃料相場についてまとめたもので、2026年2月25日に執筆しています。少しでも皆さんのお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次岩本町駅周辺の特徴とトレンド岩本町駅周辺の入居企業の傾向岩本町駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場岩本町駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所の一例 岩本町駅周辺の特徴とトレンド 岩本町駅は、都営新宿線が乗り入れる駅で、千代田区岩本町を中心に、中央区日本橋方面とも隣接するエリアに位置しています。徒歩圏内には、JR山手線・京浜東北線・総武線が利用できる秋葉原駅、東京メトロ日比谷線の小伝馬町駅、JR総武快速線の馬喰町駅、都営浅草線の東日本橋駅などがあり、実質的には複数路線を利用できる交通利便性の高い立地です。新宿方面・東京駅方面の双方へアクセスしやすく、都心業務エリアとの距離感も比較的コンパクトに収まっています。また、駅周辺は昭和通りに近接しており、秋葉原・日本橋方面の双方へ動線が分かりやすい点も、来客対応や日常業務の面で評価されています。駅周辺は、戦後から続く中小規模のオフィスビルが多く集積するエリアとして形成されてきました。かつての問屋街・卸売業集積地としての性格を背景に、実務用途に適したオフィスが多い点も特徴です。神田・日本橋エリアに隣接しているものの、再開発の主戦場は周辺エリアに集中しており、岩本町周辺では中小規模ビルを中心とした既存の業務集積が引き続き維持されています。ビル規模はワンフロア数十坪程度のものが中心で、築年数はやや経過しているものの、管理状態が良好な物件も多く見られます。こうした環境の中で、岩本町周辺には山崎製パン本社をはじめとする全国展開企業の管理・業務拠点も立地しており、派手さはないものの、実務性を重視する法人が長年集積してきたエリアといえます。周辺には老舗の飲食店や日常利用向けの飲食店が点在し、ランチ需要や来客対応にも支障が出にくい環境です。また、神田・日本橋エリアと同様に金融機関や郵便局が揃っており、バックオフィス機能を置く立地としての実用性は高いといえます。近年は秋葉原エリアの外縁として捉えられることもあり、IT関連企業やスタートアップがコストバランスを重視して検討するケースも見られるようになっています。 岩本町駅周辺の入居企業の傾向 岩本町駅周辺では、従来から製造業関連の事務所、卸売業、商社機能の一部、士業事務所などが多く入居してきました。特に小規模から中規模の法人が、本社または営業拠点として利用するケースが目立ちます。日本橋・神田エリアに近いことから、取引先との距離感を重視する企業に選ばれてきた背景があります。近年では、IT関連企業やシステム開発会社、EC運営企業など、比較的少人数で運営する企業の入居も増加傾向にあります。秋葉原駅周辺ほど賃料水準が高くなく、落ち着いた街並みである点が評価され、執務環境を重視する企業からのニーズが一定数あります。このエリアが選ばれる理由としては、複数路線が利用可能な交通利便性に加え、都心部としては比較的抑えめな賃料水準、過度に商業化されていない業務向けの街の雰囲気が挙げられます。華やかさよりも実務性を重視する企業にとって、検討しやすい立地といえるでしょう。 岩本町駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場 岩本町周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場は次の通りです。面積賃料下限賃料上限20~50坪約14,000円約20,000円50~100坪約16,000円約22,000円100~200坪約20,000円約25,000円200坪以上-- ※募集物件のデータが少ない場合は空欄としています。※法人登記できる実際のオフィスのみを対象としており、バーチャルオフィスは含めていません。※調査は当社が把握している物件情報を対象としておりますが、把握していない物件もあることから正確性を担保するものではありません。※賃料はおおよその目安として掲載しております。賃料下限の物件は、築年数が古く設備も古いケースが多い傾向があります。※飛び抜けて安い、あるいは飛びぬけて高いハイグレード物件の情報は省いています。 岩本町駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所の一例 SHIMADA秋葉原ビル住所:千代田区岩本町3丁目9番4号GoogleMapsで見る階/号室:2階坪単価:応相談面 積:25.43坪入居日:2026年4月1日 詳細はこちら ご希望条件をお伝えいただければ、当社の担当よりオフィス・貸事務所のご提案をさせていただきますので、お気軽にご相談ください。 物件の無料提案を依頼してみる 岩本町駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所をお探しの企業様、岩本町駅周辺で安定したビル経営を望まれているビルオーナー様は、こちらよりお気軽にご相談ください。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 藤岡 涼 入社以来20年以上にわたり、東京23区のオフィスビルを中心にプロパティマネジメント・リーシング・建物管理を担当。 年間多数の交渉やトラブル対応経験を活かし、現場目線に立った迅速かつ的確な提案を通じて、オーナー様とテナント様双方の満足度向上に努めています。 2026年2月25日執筆2026年02月25日 -
ビルリノベーション
オフィスのトイレをリフォームしたい!|気になる費用を解説
皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。この記事はオフィスのトイレをリフォームする際の費用についてまとめたもので、2026年2月24日に改訂しています。少しでも皆様のお役に立てる記事にできればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに第1章:オフィスのトイレリフォーム費用の相場第2章:実際のトイレリフォーム事例A第3章:実際のトイレリフォーム事例B第4章:費用に影響を与える主な要因第5章:リフォーム計画を成功させるポイント第6章:費用のまとめとおわりに はじめに 空室の出てきた築古オフィスビルで、入居テナントのためにできることを考えたとき、真っ先に浮かぶのはトイレのリフォームではないでしょうか。トイレは毎日必ず使う場所であり、ビルにとっては入居者満足度やイメージを左右する非常に重要なポイントです。きれいで機能的なトイレは、入居テナントや来訪者にとっても快適に働く環境を作り出します。オフィスのトイレは一般的にテナント側ではなくビル側で用意する共用部の設えであり、トイレが美しく快適であることは、テナントの入居決定に直結します。その一方で、「リフォームをやる」と一口に言っても、どの程度費用がかかるのかをまず知りたいという方が多いのではないでしょうか。費用を簡単に把握できれば、予算的に実行が可能かどうか、あるいはその費用を工面する必要があるのか、早めに判断することができます。費用の相場が分かっていれば、業者との打ち合わせや見積もり検討の際の指標にもなります。本稿では、簡単に費用を把握できる概算値と、実際に行われたオフィスビルのトイレリフォーム事例を参考にして、トイレリフォーム費用の概要を整理していきます。さらに、より詳しいリフォームの工程や、コストを左右する要因、リフォーム後の効果についても触れながら、総合的にトイレリフォーム費用を理解するための情報をお届けします。 第1章:オフィスのトイレリフォーム費用の相場 1-1.トイレリフォームにおける「相場」の捉え方 オフィスの共用トイレをリフォームするのに、費用はいくらかかるのでしょうか。最初にリフォームの概要を掴みたいときに役立つのが、過去の実績や一般的にいわれる「相場」です。しかし、リフォーム案件は建物の状況、設備のグレード、工事範囲、既存設備の老朽度合いなどによって大きく変動します。何もかもゼロから新設する場合と、部分的に入れ替えるだけで済む場合では、当然費用に大きな差が出てきます。そのため、相場はあくまで目安と捉え、実際には現地調査や詳細見積もりで最終的な工事費を確認することが重要です。 1-2.大まかな指標となる2つの考え方 オフィスビルのトイレリフォームに関する費用を大まかに把握する方法として、以下の2つの指標がよく用いられます。①トイレの単位面積当たり単価20~30万円/㎡(66~99万円/坪)トイレの床面積がどれくらいかをベースにして見積もる方法です。床面積に合わせて、床・壁の内装材や配管・給排水工事に必要な費用などを大まかに算出します。オフィスビルであれば、小さく見ても1フロアあたり10㎡~」20㎡程度のトイレスペースがあることが多いですから、その面積に上記の単価を乗じると、大まかな金額が導き出せます。②便器の台数当たりの単価80~120万円/台こちらは便器1台あたりを基準にして費用を算出する方式です。大便器3台・小便器2台で合計5台なら、5台×80~」120万円=400~」600万円ほどが目安になります。この計算では、洗面台の数や内装工事の規模、給排水や電気工事などのセットを含めた金額がざっくりと含まれますが、実際にはグレード(自動洗浄タイプやセンサー付き水栓、ウォシュレット機能など)やレイアウト変更の有無によっても変わります。 第2章:実際のトイレリフォーム事例A ここからは、実際に行われたトイレリフォーム事例を具体的に見ていきましょう。理論だけでなく、実例を知ることで、相場との照らし合わせやイメージがしやすくなります。所在:東京都文京区築年数:33年施工フロア:4・5階1フロア面積:トイレ部分17.0㎡(5.1坪)便器更新:大便器×3、小便器×2洗面台更新:手洗い器×4内装更新:床長尺シート貼替、壁SOP塗装パテ補修の上SOP塗り 2-1.事例Aの費用内訳 上記工事(1フロア)に約450万円(税抜)かかっています。このうち、解体工事費が約20万円、設備工事材料費が約200万円というのが主な内訳です。①トイレの単位面積あたり工事費450万円÷17.0㎡(5.1坪)=26.4万円/㎡(88.2万円/坪)②便器の台数当たりの単価450万円÷5台=90万円/台上記計算から、第1章で挙げた相場(20~」30万円/㎡、80~」120万円/台)の範囲内におおむね収まっていることがわかります。 2-2.工事内容の特徴と留意点 設備工事材料費の占める割合:費用のかなりの部分を設備工事の材料費が占めていることがわかります。古い配管を撤去して新たな給排水設備を設置するなど、見えない部分でのコストが意外とかかる点に注意が必要です。内装の仕上げレベル:壁をSOP塗装しているため、タイル貼りや高級クロスを使った場合よりも安価になっている可能性があります。仕上げの選択により、見た目や耐久性、メンテナンス性、そしてコストが大きく変わります。 第3章:実際のトイレリフォーム事例B 続いて、もう一つの事例を見ていきましょう。所在:東京都文京区築年数:30年施工フロア:5階1フロア面積:トイレ部分18.5㎡(5.6坪)便器更新:大便器×3、小便器×2洗面台更新:手洗い器×4内装更新:床長尺シート貼替、壁SOP塗装の上SOP塗り 3-1.事例Bの費用内訳 上記工事に約510万円(税抜)かかっています。このうち解体工事費が約30万円、設備工事材料費が約265万円でした。①トイレの単位面積あたり工事費510万円÷18.5㎡(5.6坪)=27.5万円/㎡(91.0万円/坪)②便器の台数当たりの単価510万円÷5台=102万円/台こちらの事例も事例Aと同様に、第1章で提示した相場の範囲内であることが確認できます。 3-2.事例Bから見えるポイント 解体費用の差:事例Aより少し解体工事費が高めです。床下や壁内の配管が複雑だった、あるいは既存の内装や下地の状態によって撤去工事の手間が増えた可能性があります。設備コストの増加要因:事例Aと比較して、設備工事材料費もやや高めです。これは材料のグレードや配管系の更新範囲が異なることが想定されます。同じような規模でも、既存設備の老朽度合いや使用する機器のレベルでこれだけ差が出るということがわかります。 第4章:費用に影響を与える主な要因 トイレリフォームは上記のように相場という大枠がありますが、実際は個別の事情で金額が上下します。ここでは、費用に影響を与える主な要因を整理します。 4-1.既存配管の状態 築古ビルの場合、配管がかなり老朽化しているケースもあります。錆びや詰まりが激しいと、配管の総取り替えが必要になり、設備工事費が大幅に増加します。逆に、まだ比較的使用できる状態であれば、一部交換や補強だけで済ませられることもあります。 4-2.給排水設備・トイレ機器のグレード 節水型の便器やウォシュレット機能付き便器、自動洗浄小便器など、最新機能を盛り込むほどコストは上がります。洗面台の素材や水栓のタイプも、一般的なレバー水栓に比べ、センサー式や自動水栓は高価です。内装材もタイル仕上げや高級クロス、あるいは耐水性・耐久性に優れた材料ほど費用がかさみます。 4-3.レイアウト変更の有無 トイレ個室の配置や数を変更したり、バリアフリー対応でブーススペースを拡張したりする場合は、間仕切り壁の撤去や新設、給排水配管のルート変更などの工事が必要となります。特に配管の大幅な変更は費用を押し上げる原因になりがちです。 4-4.工事の範囲 トイレ空間だけでなく、パウダールームや廊下も含めて一体的にリニューアルするかどうかで費用は大きく変わります。また、照明をLEDに変更する、換気設備を追加するなどの電気工事も範囲に含めると、追加費用が発生します。 4-5.施工スケジュールや夜間工事の有無 オフィスビルでは日中の工事が難しく、夜間や休日に工事する場合もあります。夜間工事や連休期間での集中工事では、人工(にんく:人件費)が割増になることもあるため、施工スケジュールの組み方で費用が左右されることがあります。 第5章:リフォーム計画を成功させるポイント トイレリフォームを円滑に進め、コスト面でも納得のいく結果を得るためには、計画段階からのポイントを押さえておくことが重要です。ここでは、実際に工事を発注したり、施工会社とやり取りをする上でのアドバイスをご紹介します。 5-1.現地調査を徹底し、正確な見積もりを得る 相場を把握することは大切ですが、最終的には現地調査をしてもらった上で正式な見積もりを取ることが欠かせません。配管の状態や既存内装の下地、電気設備の容量など、建物ごとの事情を反映してはじめて、正確な金額がわかります。 5-2.優先順位を明確にする 「とにかく最新の機能を全部取り入れたい」「見た目を最高にしたい」など、要望はいろいろと出てくるかもしれませんが、コストとのバランスを考慮した優先順位を決めておくことが大切です。節水効果を狙いたいのかウォシュレット機能を充実させたいのかデザイン重視なのか日常清掃が楽になる仕上げ材を選びたいのか等々、優先度を明確にすると、設備や内装の選定段階で迷いが少なくなり、スムーズに発注できます。 5-3.テナントや利用者の声をヒアリング オフィスビルのトイレは「利用者の満足度」が非常に重要です。工事を決める前に、テナントや従業員から現在のトイレに対する不満や要望をリサーチしておくと良いでしょう。実際に不満が多い箇所は費用をかけてでも改善することで、入居者満足度の向上につながり、空室対策にも大きく寄与します。 5-4.メンテナンス性や清掃性にも配慮する リフォーム後のトイレを長期にわたって快適に保つために、メンテナンスのしやすさや清掃性を重視することが大切です。特に、汚れが付きにくい便器や、ワンタッチで取り外しできるウォシュレット機能など、清掃が簡単になる機能を選んでおくと、日々の維持管理コストを抑えられます。 5-5.バリアフリーやジェンダーレス対応を検討 近年は、バリアフリー対応やユニバーサルデザインを取り入れるケースが増えてきました。車椅子利用者でも使いやすい広めのブース、手すりの設置、段差の解消などは、多様な利用者が訪れるオフィスビルにおいて重要な要素です。また、ジェンダーレスや多目的トイレの検討も、ビルとしてのイメージ向上や利用者の安心感につながります。これらの新しいニーズへの対応は、工事費用を増加させる場合もありますが、将来的な価値を高める点で検討する価値があります。 5-6.施工会社選びは複数社比較で リフォーム費用は施工会社ごとに差があります。少なくとも2~」3社の工事会社から相見積もりを取り、工事内容や条件を比較検討しましょう。価格だけでなく、工事内容の詳細やアフターサービスの有無、施工実績なども考慮すると、より納得できる発注先を選ぶことができます。 第6章:費用のまとめとおわりに 6-1.費用のまとめ 本稿では、オフィスビルのトイレリフォーム費用を相場と実際の事例の両面から概観してきました。事例A・事例Bの費用をみると、下記の相場の数値(第1章で紹介したもの)におおむね納まっていることがわかります。①トイレの単位面積当たりリフォーム単価:20~30万円/㎡(66~99万円/坪)②トイレの便器の台数(小便器+大便器の数)当たりのリフォーム単価:80~120万円/台とはいえ、既存建物の状況やトイレ機器のグレード、解体工事の範囲、内装仕上げの種類などの要素によって、解体工事費・内装工事・設備工事・電気工事・大工工事などの費用は変動します。一概に「〇〇万円で大丈夫」と言い切れないのがリフォームの難しさでもあります。しかし、概算ベースで「大体これくらいになる」という指標を持っておけば、リフォームをやるかどうかの初期判断を下す際に役立ちます。 6-2.今後の進め方 もし、トイレリフォームをやろうかどうか迷っている段階であれば、まずは簡単に床面積や便器数をベースに概算費用を出してみてください。そのうえで、実際に施工会社に現地調査してもらい、詳細見積もりを取ることをおすすめします。また、テナントや従業員の声をよく聞き、どういった改善を望まれているのかを明確にすることも非常に重要です。コストを抑えるための妥協点と、入居者満足度を高めるために譲れない部分をしっかりとすり合わせ、計画に反映させましょう。 6-3.おわりに 本稿では、オフィスビルのトイレのリフォーム費用について、大まかな相場から具体的な事例、その費用に影響を与える要因やリフォーム成功のポイントまでを一通り解説しました。「どれくらい費用がかかるかイメージできない」という悩みをお持ちの方が多いと思いますが、今回ご紹介した相場と事例を目安に、まずはプランを立ててみてください。実際の金額は現場の状況や選ぶ設備で変わりますが、早期の概算把握は意思決定をスムーズにする大きな助けになります。もしやろうかどうしようか迷っていらっしゃったら、ぜひこの費用感を参考にしてみてください。清潔で使いやすいトイレにすることは、入居テナントの満足度やビルの価値向上にもつながります。なにより美しいトイレはテナントの入居決定を後押ししてくれると思います。ぜひ前向きにご検討いただければと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。皆様のリフォーム計画が成功に導かれることを心より願っております。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2026年2月24日執筆2026年02月24日 -
貸ビル・貸事務所
南阿佐ヶ谷駅周辺のオフィス・貸事務所の特徴と賃料相場|不動産会社が解説
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの藤岡です。この記事は南阿佐ヶ谷駅周辺のオフィス・貸事務所賃料相場についてまとめたもので、2026年2月20日に執筆しています。少しでも皆さんのお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次南阿佐ヶ谷駅周辺の特徴とトレンド南阿佐ヶ谷駅周辺の入居企業の傾向南阿佐ヶ谷駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場南阿佐ヶ谷駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所の一例 南阿佐ヶ谷駅周辺の特徴とトレンド 南阿佐ヶ谷駅は、東京メトロ丸ノ内線の単独駅で、杉並区役所の最寄り駅として知られています。新宿駅までは丸ノ内線で約10分前後と、都心主要エリアへのアクセスは比較的良好です。また、徒歩圏内にはJR中央線・総武線が利用できる阿佐ヶ谷駅があり、新宿・東京方面のほか、吉祥寺・立川エリアへの移動にも対応できる立地となっています。駅周辺は、大規模なオフィス街というよりも、区役所を中心とした行政機能と、中小規模ビルが点在するエリアとして形成されてきました。中杉通り、青梅街道沿いや杉並区役所周辺には、事務所利用が可能なビルが一定数集積しており、低層〜中層の建物が街並みの中心です。中杉通り周辺は、並木と低層建物が連続する落ち着いた町並みが形成されており、オフィスエリアでありながら住居エリアと隣接している点も特徴です。騒がしさが抑えられ、来客対応や日常業務を行ううえでも、比較的穏やかな環境が維持されています。オフィス利用者にとっては、駅前から青梅街道にかけて飲食店や金融機関、郵便局などが揃っている点が実務面での利便性につながっています。大規模な再開発は限定的ですが、近年は既存ビルのリニューアルや用途転換により、比較的使い勝手の良い中小規模オフィスが供給される動きが見られます。都心過密エリアとは異なる、落ち着いた業務環境を背景としたエリア特性が維持されています。また、阿佐ヶ谷駅周辺には商店街が広がり、夏には七夕まつりなど地域行事も開催されるなど、過度に商業化されすぎない生活感のある街としての側面も持ち合わせています。業務一辺倒になりすぎない環境を重視する企業にとっては、こうした地域性も評価されるポイントです。 南阿佐ヶ谷駅周辺の入居企業の傾向 南阿佐ヶ谷駅周辺では、従来から士業(税理士・行政書士など)や、地域密着型のサービス業、卸売関連の事務所利用が一定数見られます。杉並区役所に近い立地特性から、行政手続きとの親和性を重視する業種が選ばれてきた経緯があります。近年では、IT関連の小規模事業者や、企画・制作系など比較的少人数で運営される企業の入居も見受けられます。都心部ほどの集積はありませんが、賃料水準を抑えつつ、丸ノ内線とJR中央線の双方を利用できる点が評価されている傾向です。このエリアが選ばれる理由としては、第一に都心部と比較した場合の賃料水準の落ち着きがあります。また、駅周辺は住居エリアと連続した落ち着いた街並みが広がっており、比較的静かで業務に集中しやすい環境が確保されていること、加えて主要エリアへのアクセスが確保されている点が、入居判断の要素として挙げられます。派手なビジネス街ではありませんが、実務重視の法人にとっては検討対象となりやすい立地です。 南阿佐ヶ谷駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場 南阿佐ヶ谷周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場は次の通りです。面積賃料下限賃料上限20~50坪約12,000円約16,000円50~100坪約14,000円約18,000円100~200坪--200坪以上-- ※募集物件のデータが少ない場合は空欄としています。※法人登記できる実際のオフィスのみを対象としており、バーチャルオフィスは含めていません。※調査は当社が把握している物件情報を対象としておりますが、把握していない物件もあることから正確性を担保するものではありません。※賃料はおおよその目安として掲載しております。賃料下限の物件は、築年数が古く設備も古いケースが多い傾向があります。※飛び抜けて安い、あるいは飛びぬけて高いハイグレード物件の情報は省いています。 南阿佐ヶ谷駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所の一例 OSAWAビル住所:杉並区阿佐谷南1丁目8番5号GoogleMapsで見る階/号室:2階坪単価:応相談面 積:73.84坪入居日:2026年3月1日 詳細はこちら ご希望条件をお伝えいただければ、当社の担当よりオフィス・貸事務所のご提案をさせていただきますので、お気軽にご相談ください。 物件の無料提案を依頼してみる 南阿佐ヶ谷駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所をお探しの企業様、南阿佐ヶ谷駅周辺で安定したビル経営を望まれているビルオーナー様は、こちらよりお気軽にご相談ください。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 藤岡 涼 入社以来20年以上にわたり、東京23区のオフィスビルを中心にプロパティマネジメント・リーシング・建物管理を担当。 年間多数の交渉やトラブル対応経験を活かし、現場目線に立った迅速かつ的確な提案を通じて、オーナー様とテナント様双方の満足度向上に努めています。 2026年2月20日執筆2026年02月20日 -
プロパティマネジメント
旧耐震ビルの賃貸経営をあきらめない ――中小規模オフィスオーナーのためのリスク管理と活路
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「旧耐震ビルの賃貸経営をあきらめない──中小規模オフィスオーナーのためのリスク管理と活路」のタイトルで、2026年2月19に改訂しました。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに第1章:旧耐震ビルとは何か第2章:なぜ今「対策」を検討すべきなのか第3章:耐震補強という選択肢の実情第4章:賃貸オフィスビルの建替え/売却という選択肢(出口設計を整理する)第5章:PM/BMを、出口判断の判断材料を揃えるために活用します第6章:旧耐震の賃貸オフィスビル経営の核心は「リスク管理」第7章:旧耐震の賃貸オフィスビル経営で有効な「意思決定の型」おわりに はじめに 突然ではありますが、あなたの保有している賃貸オフィスビルは「旧耐震基準」で建てられたものではないでしょうか。1981年以前の耐震基準(いわゆる「旧耐震」)で設計・施工された建物は、日本各地にまだ多く存在しています。「旧耐震ビルのリスクはなんとなく知っている。でも、使えているうちはこのままでいいのではないか?」こう考えるビルオーナーは、実は少なくないのです。すでに建物の減価償却が終わっていて、毎月の賃料収入がほぼ「実入り」となっている状況であれば、わざわざ大きな投資をしてまで建替えや耐震補強を行わなくても、今のところは利益が出ているため、決断を先延ばしにするのも自然な流れなのかもしれません。しかし、耐震基準が古いということは、地震大国である日本において見過ごせない問題と言えましょう。大地震が発生したとき、倒壊や大規模な損傷が生じるリスクが高く、万一の際にはテナントにも大きな被害が及びかねません。近年では、テナント企業が賃貸オフィスビルを選ぶ際、BCP(Business Continuity Plan)の観点から建物の耐震性能を重視する傾向も強まっています。結果的に、旧耐震の賃貸オフィスビルはテナント募集の際の選択肢から外されやすくなっているのです。さらに、あなたのビルの周辺には新耐震基準の下、制震・免震構造を備えた新しいビルが増えています。賃料や立地条件が同程度であれば、「安全かつ設備が備わったビル」を選ぶテナントが大半でしょう。古いビルであるがゆえに空室リスクが高まるうえ、大地震のニュースが流れた直後などは、一時的にでも解約を検討する動きが出るかもしれません。とはいえ、旧耐震ビルに「全面的な耐震補強」を実施するのは、コスト面でも建物形状の面でも簡単ではありません。オフィスフロアの基準面積が100坪以下など比較的コンパクトな建物ほど、耐震壁やブレースの増設が執務スペースを大きく圧迫してしまい、窓を塞いでしまうようなケースも出てきます。テナントからすれば、使い勝手が悪く見栄えも損なわれるため、魅力が下がる懸念があるでしょう。こうした状況下で、多くのビルオーナーが「建替えしかないのか、それとも改修でしのぐべきか」と頭を悩ませています。実際、大規模な改修や建替えには多額の資金調達が必要ですし、仮にそこまで踏み切ったとしても、ビル経営的にペイするかどうかは不透明です。そのため、結局は“現状維持”を選択してしまうケースも少なくありません。しかし、建物の老朽化は待ってはくれません。耐震性の不安だけでなく、設備・配管・内装など、多方面の劣化が進むことで、想定外の修繕費用が急に発生したり、突然のトラブルでテナントからクレームが増えたりするなど、オーナーとしての負担は後々一段と大きくなる恐れがあります。そこで、本コラムでは、そうした問題を抱える旧耐震の中小型賃貸オフィスビルのオーナーを対象に、以下の点を中心に解説していきます。旧耐震ビルが抱えるリスクと、賃貸オフィス市場での評価が下がる背景実際に耐震補強を行う場合に生じる課題と、メリット・デメリットの整理大規模改修・建替え・売却などの意思決定を迫られたときの考え方プロパティマネジメント(PM)やビルメンテナンス(BM)導入の具体的意義とメリット事例紹介を通じた、収益改善や資産価値向上につなげるためのヒントこれから、このコラムでご紹介しようとしているPM/BMは、「オーナーが管理業務の多くを専門家に委託し、不動産経営を最適化するための仕組み」です。単に清掃や警備を外注するビル管理業務(BM)だけでなく、テナント誘致や契約管理、修繕計画立案などを総合的に担うプロパティマネジメント(PM)を活用することで、オーナー自身が把握しきれていない建物の価値を引き出したり、将来のリスクに備えることが可能になります。特に小規模ビルでは、オーナーが自分ひとりで全てを運営管理しているケースが多いため、専門知識や時間的リソースがどうしても不足しがちです。PM/BM導入により、そうした弱点を補い、最終的に建替えや売却を検討する際にも、視野を広げた判断ができるようになります。 本コラムは、建替えや売却を当然として推奨するわけではありません。むしろ、「旧耐震ビルに耐震補強を施す」という一見まっとうに思える選択肢が、本当に得策かどうかを改めて考えてみる必要がある、という問題提起をしたいのです。そして、その検討過程においてこそ、PM/BMの活用が大いに役立つはずであると考えています。もし、このコラムを読んでいるあなたが「うちは旧耐震だけど、まあ大丈夫だろう」と漠然と考えているのであれば、ぜひ最後までお付き合いください。建物の将来について早めに情報を集め、必要に応じた対策をとることで、結果的に余計なコストやリスクを大幅に削減できる可能性があります。なにより、“決断しないまま時が経って、いよいよどうしようもなくなる”という事態だけは避けたいところです。費用面のハードルや工事時期の問題など、悩みは尽きないかもしれませんが、本コラムの内容が少しでもヒントになれば幸いです。それでは、次章からは本題に入りましょう。まずは「旧耐震ビルとは何か」という基本的な定義やリスクを改めて整理し、現状を正確に把握することから始めていきたいと思います。 第1章:旧耐震ビルとは何か 旧耐震ビルとは、1981年以前の耐震基準(いわゆる「旧耐震基準」)で設計・施工された建物のことを指します。日本においては、1950年に制定された建築基準法の改正に伴い、幾度か耐震設計に関する規定が強化されてきました。その転換点となったのが、1981年6月1日に施行された新耐震設計法規です。この新基準以降に建てられた建物を「新耐震」、それより前の基準をもとに建築された建物を「旧耐震」と呼び分けています。 1-1.旧耐震基準と新耐震基準の違い そもそも、なぜ1981年という年が大きな区切りなのでしょうか。それは、1978年に発生した宮城県沖地震での被害を踏まえ、建物が「倒壊しないため」に必要な耐震強度を再検証し、耐震設計の方法が大幅に見直されたためです。新耐震基準では、主に以下のようなポイントが強化されました。設計用地震力の見直し地震発生時に建物に作用すると想定される水平力(地震力)の想定値を見直し、より大きな地震を想定して構造計算を行うようにした。靭性設計の導入建物の構造部材や接合部が、ある程度の変形に耐えうるように設計する考え方。これにより、大地震が起きてもすぐに崩壊せず、人命被害を防ぐことを重視。施工精度・品質管理の強化単に設計段階だけでなく、施工段階のコンクリート強度や鉄筋のかぶり厚さ(鉄筋を覆うコンクリートの厚み)などの品質もより厳しく求めるようにした。一方、旧耐震基準は「中規模地震で倒壊しない程度」というおおまかな基準で、現行の新耐震基準ほどの詳細な検討や品質管理が行われていない場合が多いのです。その結果、旧耐震基準で建てられたビルは「大きな地震が発生すると、倒壊または重大な損傷のリスクが高い」と見なされています。 1-2.旧耐震ビルが抱えるリスク 旧耐震ビルは、単に“古い”というだけでなく、構造的・物理的にリスクをはらんでいます。代表的なものを挙げると、次のとおりです。(1)地震による倒壊・大損傷のリスク耐震強度が不足しているため、大地震の発生時に建物が部分的に崩落したり、大きく傾くおそれが高まります。建物が万一倒壊すると、テナントの事業継続はもちろん、人命に関わる非常事態になり得ます。(2)テナント募集時のネガティブ要因テナント企業の安全意識やBCPが浸透している昨今、旧耐震というだけで敬遠される場面が増えています。特に、社会的信用を重視するテナント(金融機関やIT企業など)は耐震性能を重視する傾向が強いです。結果的に空室が埋まらない、賃料を下げざるを得ない、という悪循環が起きやすいのです。(3)資産価値の下落建物の評価額は、耐震性や築年数、建物グレードなど多角的に評価されます。旧耐震ビルの場合、いくら立地が良くても、耐震リスクや老朽化の懸念で資産価値が低く見積もられることが多々あります。賃貸オフィス市場のトレンドも加味すれば、将来的に売却を検討する際、想定よりもはるかに安い価格が提示される可能性があります。(4)今後の法改正や行政指導リスク地震防災対策や都市計画の観点から、行政が段階的に耐震化の基準を引き上げる方向にあることは周知の事実です。既に、一部の公共施設や大規模建築物には、耐震診断や補強実施の義務化が進んでいます。今後、基準がさらに厳しくなる可能性はゼロではなく、行政からの指導や是正命令が下るリスクも想定されます。 1-3.中小型賃貸オフィスビル特有の状況 賃貸オフィスビルと一言でいっても、大規模なタワービルから数十坪規模の小型ビルまでさまざまです。ここで注目したいのが、オフィスフロアの基準面積100坪以下の中小規模ビルに固有の“制約”です。旧耐震の議論は耐震性能だけに目が行きがちですが、中小規模のビル特有の意思決定を難しくする要因があるので、以下、説明します。(1)建物の構造上、改修工事の物理的な影響が大きく収支が悪化するリスク大規模ビルに比べてスペースの余裕が少なく、耐震補強を施そうとすると執務スペースを侵食しやすいのが現実です。窓を塞ぐ、ブレースが張り出す、動線が崩れる――こうした変化を以て、普通、耐震補強後、賃貸オフィスが貸しづらくなり、収支が悪化するリスクも想定されます。耐震補強の検討にあたっては「構造の正しさ」だけでなく、以下のポイントについても確認・評価します。耐震補強後に貸室がどれだけ減るか(㎡/坪)採光・レイアウト自由度がどれだけ落ちるか工事中の退去誘発リスク(騒音・振動・工期)(2)テナントも小規模・零細だと共倒れになるリスク中小規模の賃貸オフィスには、地元の小規模・零細な企業/個人事務所が入居しがちです。対応余力が乏しく、移転が先延ばしになりがちだったりします。オーナー側から見ると「なんとなく使い続けてもらえる」点は安心とも思えるのですが、問題が先送りされて、共倒れになるリスクには留意しておく必要があります。(3)ビル経営が属人化して、「意思決定」が正しく行われないリスク中小規模の賃貸ビルほど、ビルオーナーが一人で運営判断を背負っているケースも多く見受けられます。結果として、修繕判断が行き当たりバッタリになり、ビル経営の観点に鑑みると、問題が放置され易い状況が起こりがちです。ビルオーナーが自ら、状況を「見える化」して、整理することができないようであれば、PM/BMを使って、運営をオーナー個人から切り離すことが現実解なのかもしれません。 1-4.旧耐震ビル数の現状データ 東京23区における旧耐震オフィスビルの割合東京23区内で賃貸オフィスとして利用されている建物のうち、1981年以前の旧耐震基準で建てられたビルは、おおむね全体の2割前後を占めると推計されています。中小規模ビルほど旧耐震率が高いオフィスビル全体の傾向を、規模別に見てみます。大規模オフィスビル(延床5,000坪以上)に比べて、延床5,000坪未満の中小規模ビルは旧耐震が多く残っている傾向にあります。ザイマックス総研の「東京オフィスピラミッド2025」によると、旧耐震基準のビルの割合が大規模ビルで12%だったのに対し、中小規模ビルでは22%に上っています。都心部で大規模再開発が進んだ結果、比較的大きなビルの建替えや耐震補強は先行して行われてきた一方、中小規模のオフィスビルについては、更新が遅れがちな状況が数字でも見てとれます。耐震化は進んでいるが、「未達が残る領域」もはっきりある東京都が公表している「特定緊急輸送道路沿道建築物」(条例により旧耐震の耐震診断が義務付けられる領域)では、旧耐震建築物のうち改修済等で耐震性を満たす割合は57.3%(令和6年12月末)にとどまり、4割強は未達という状況です。また国交省資料では、耐震診断義務付け対象建築物(全国)について、2024年3月末時点の耐震化率は約72%と整理され、耐震性不十分な建築物が残っていることも示されています。結論:旧耐震は“もう少しで消える在庫”ではなく、当面残る前提で経営判断が必要東京23区でも旧耐震の在庫は、延床300坪以上の範囲に限っても2,000棟規模で残っています。つまり「古いから仕方ない」で流せる話ではなく、募集・改修・管理体制・出口(建替え/売却)を、現実の数字の上で組み直す必要があります。 【参考文献】ザイマックス不動産総合研究所「東京23区オフィスピラミッド2025」 東京都耐震ポータルサイト「特定緊急輸送道路沿道建築物の耐震化状況(令和6年12月末時点)」 第2章:なぜ今「対策」を検討すべきなのか 旧耐震の賃貸オフィスビルのオーナーが耐震補強や建替え、売却などについて「いつかは考えなければいけない」と思いつつも、実際に大きなアクションに踏み切れないケースは少なくありません。減価償却が終わっていれば、毎月の賃料収入は、そのまま実入りに見えますし、現状維持の判断に傾くのも自然です。ただし、旧耐震の問題は「危ないかどうか」だけではありません。先送りの本当のコストは、支出額そのものより“選択肢が減ること”です。(運営改善・補強・建替え・売却のどの選択肢も、タイミングを逸してしまうと、後になるほど条件が悪くなる) 2-1.建物寿命と老朽化、そして地震リスク RC造やS造は法定耐用年数を超えても使えますが、築年が進むほど、構造体より先に設備・防水・配管などが劣化しやすくなります。劣化は静かに進むため、「今まで大丈夫だったからこれからも大丈夫」と判断しがちです。しかし一度、大きな故障や漏水が起きると、復旧コストの問題にとどまりません。テナントの業務停止や営業機会の損失につながり、最悪の場合は退去に至り、賃料そのものが消えることがあります。さらに旧耐震の地震リスクは、「地震で壊れたら直す」だけの話ではありません。旧耐震下での対応を「耐震補強工事をする/しない」「地震後の復旧費用をどうする」に限定すると、賃貸経営の判断としてズレます。地震リスクは、建物の損傷・復旧コストだけでなく、テナントの事業継続、従業員の安全、対外説明、そして更新・移転判断にまで波及するからです。 2-2.地震リスクは「起きた後」ではなく、「起きる前」に効いてくる 日本で地震リスクがゼロになることはありません。旧耐震は新耐震より倒壊・大破リスクが高いと見られやすく、仮に倒壊に至らなくても、損傷が出れば継続利用が難しくなり、賃料収入が止まる一方で復旧費用が発生します。ただ、いま考えるべき地震リスクは「発災後の被害」だけではありません。発災後のリスクを前提に、テナント側ではBCPやリスク管理の観点から、入居・更新・移転の判断基準が組み立てられています。旧耐震であることは、次のような形で“いま”効いてきます。入居候補から外される(=空室リスクに直結する)契約更新で慎重になる(=移転検討が始まる) 2-3.行政・金融機関の見方が変わると、動けなくなる 耐震改修促進法や自治体の施策により、建物の用途・規模・立地条件によっては、耐震診断・報告・改修の流れが強まっています。今は対象外でも、対象領域の拡大、運用の厳格化の進捗次第では、オーナーの負担は後から重くなりかねません。また、金融機関は「旧耐震かどうか」だけでなく、修繕計画があるか、資料が揃えてあるか、運営体制が規定化されているかなどを見ます。旧耐震で資料に不備があると、担保評価が下がるだけでなく、借換えや追加投資の局面で条件が悪くなりやすい。結果として「動きたいのに動けない」状態を招きかねません。 2-4.この章の結論:今やるべきは「工事の決断」ではなく「判断材料の整備」 ここまで見てきた通り、旧耐震のリスクは「建物が壊れるかどうか」だけではありません。老朽化や地震は、復旧費用に加えて、テナントの継続利用・更新判断・移転判断に波及し、賃料収入そのものを不安定にします。さらに、行政対応や金融機関の見方が変わると、資金調達や改修の自由度も下がり、動きたいときに動けない状況が起きます。だから旧耐震の対策は、いきなり耐震補強や建替えを決める話ではありません。先送りの本当のコストは、修繕費そのものより“選択肢が減っていくこと”です。今やるべきは、次の情報を整理して、耐震補強・建替え・売却・運営改善を同じ土俵で比較できる状態を作ることです。建物と設備の状態修繕履歴と今後の支出見通しテナント状況と契約条件次章以降で、具体的な選択肢を順に見ていきます。 第3章:耐震補強という選択肢の実情 旧耐震の賃貸オフィスビルにおいて「耐震補強を実施する」というのは、安全性を高めるための最も正攻法のように見えます。耐震性能を上げること自体は合理的です。ただし、賃貸オフィスビルの経営として見たとき、耐震補強は、“やれば勝ち”の施策ではありません。中小規模ビルほど、補強のやり方次第では、かえって、賃貸オフィスビルとしての価値が下落して、既存テナントが退去して空室となり、さらに、空室を埋める際の募集賃料が下落して、賃料収入が低減することになりかねません。この章では、耐震補強が向く/向かないの判断基準を整理します。耐震補強で失敗するパターンはだいたい同じです。オフィスの執務スペースの面積の減少/採光性が損なわれ/工事でテナントの退去が連鎖する/回収の筋が立たない。まずは、ここを外さないための視点を押さえます。 3-1.中小規模ビルでは耐震補強工事の物理的な影響が大きい 中小規模ビルの耐震補強にあたっては、耐震性能だけでなく、面積・採光・レイアウト自由度等の物理的影響についても細心の注意を以て確認する必要があります。図面でチェックすべきポイント執務スペースの面積がどれだけ減少するのか:ブレース・耐震壁・袖壁の張り出しで、実質有効面積が何㎡(何坪)減少するのか確認採光がどこまで損なわれるのか:窓前に耐震壁・ブレースが設置される場合の影響度合い執務スペース内の動線への影響:入口〜執務〜水回りの通行に支障が生じないか執務スペースのレイアウト自由度が確保できるか:会議室・執務・倉庫などの区画が成立するかこれらの点を確認しないまま「耐震補強の可否/性能」だけで議論すると、耐震補強後に“貸し難い賃貸オフィスビル”が出来上がりかねません。特に、中小規模の賃貸オフィスビルでは致命的な状況に陥りかねません。 3-2.工事コストと資金調達の負担 耐震補強の検討にあたって、工事費だけで是非を決めようとする、判断を誤りやすくなります。耐震診断を起点に、設計・工事・テナント対応まで含めた費用総額と、その後の収益への影響もあわせて整理する必要があります。(1)耐震診断・補強設計費も含めた総コスト耐震補強工事の前提として耐震診断・補強設計が必要です。ここだけでも数百万円規模になることがあります。当然のことながら、補強工事費はさらに別にかかって、建物条件次第で振れ幅が大きく、近年のコスト増に鑑みると、相応の負担を覚悟する必要があります。(2)減価償却が終わっている物件ほど、ビルオーナーにとって、追加投資の心理ハードルが上がる旧耐震の賃貸オフィスビルは築年数が経過しているので、会計上の減価償却が既に終了しているケースが少なくありません。賃料収入を“そのまま収益”と捉えてしまうと、ビル・オーナーの心理上、現状維持バイアスがかかり易く、借入をして耐震補強工事に踏み出し難くなります。耐震補強を検討する出発点は、「いまの収益が将来も同じ形で続くとは限らない」という前提を置くことです。現状の収益だけを基準に判断すると、必要な検討や準備が遅れ、結果として選択肢を狭めてしまう可能性があります。(3)公的支援制度は“補助”であって“全額負担の肩代わり”ではない一部の自治体や国土交通省が行っている耐震化の助成制度は、適用要件や上限金額が限定的で、補強費用全体をカバーできるほどの補助は期待しにくい面があります。使えるものは使う、ただし当てにしすぎない。これが現実的な対応です。 3-3.耐震補強工事のテナントへの影響 耐震補強工事は、建物の躯体に手を入れるため、工事の影響が大きくなりやすい工種です。ここでの対応を誤ると、工事費そのもの以上に、テナント退去による空室、賃料収入の低下といった形でビル経営に跳ね返ってくるリスクを想定しておく必要があります。(1)騒音・振動によるテナントの業務への影響耐震補強工事は騒音や振動が発生しやすく、工事期間が数か月に及ぶ場合もあります。入居中テナントの業務への影響が避けられません。(2)テナント退去が連鎖するリスク耐震補強の規模によっては、工事期間中にテナントの退去を要するケースも想定されます。また、工事対象区画が空室になることに加えて、同じビル内の他テナントが工事による業務影響を嫌い、更新を見送る・移転を検討する、といった動きが連鎖する可能性もあります。この点は、耐震補強の是非を左右する重要な論点です。(3)周辺・他テナントとの調整ビル内のテナントが退去しなくても、搬出入・騒音等で周辺に影響が出るので、工事内容やスケジュールについて事前調整が必要になります。調整が長引けば工期が延び、結果としてコスト増につながるおそれもあります。「工事で失う金額」を整理する(工事費以外も含めて捉える)耐震補強の負担は、工事費だけではありません。検討の段階で、少なくとも次の要素も踏まえて整理しておくと、より的確な判断の前提となります。総コスト(経営目線)=工事費(含む、耐震診断・補強設計費)+近隣対策費用△耐震補強工事期間の賃料減△自治体等の補助 3-4.耐震補強のメリット・デメリット(整理した上で、判断に落とす) ここまでの話を踏まえた上で、耐震補強のメリット・デメリットを“経営判断”の観点から整理します。メリット(1)安全性の向上耐震性能が上がれば、地震時の倒壊・大破リスクの低減が期待できます。その結果、テナントの安心材料にもなります。(2)売却・融資での説明力が増える可能性耐震性が高い物件は、売却時や金融機関の担保評価が相対的に高まることが期待できます。今後、災害リスクへの意識が高まると、「安全な建物」であることが資産価値向上に寄与するでしょう。(3)将来的な行政対応の負担を軽くする可能性耐震診断・改修が義務化される流れが強まっていることを前提にすると、早めの耐震補強を実施しておくことで、将来的な是正命令などに対応する負担を減らせます。デメリット(1)初期投資額が嵩む先述のとおり、耐震診断や設計費用、工事費などを合わせると数千万円規模でかかることも少なくありません。十分な資金が確保できない場合、耐震補強工事の実施自体が困難となる場合もあります。(2)耐震補強工事中の退去による空室、収益低減リスク前項の耐震補強工事に関連する費用発生に加えて、耐震補強工事の影響で発生する空室による収益の低減は重要なファクターです。(3)貸室価値が落ちると、投下の回収が厳しくなる耐震補強工事の物理的影響(賃貸面積の減少/採光に支障/レイアウトに支障)により、賃貸オフィスとしても魅力が低減してしまい、耐震補強後、将来に向けて、賃料の引上げが難しくなる可能性も想定されます。 【耐震補強工事の是非に関する判断チェックリスト(耐震補強が向く/向かない)】耐震補強工事の是非に関する判断基準を明示します。A:補強が向く耐震補強しても貸室面積の減少が軽微と判断。採光・動線・レイアウト自由度を確保できる。耐震補強工事中でも一定程度、テナントの維持ができる。耐震補強後、賃貸オフィスとしても魅力を保持できる。B:補強が向かないブレース・耐震壁で貸室面積が顕著に減少/窓の採光が妨げられる退去工事中のテナントの退去の連鎖が想定される耐震補強後、テナント募集して稼働、賃料水準の維持・改善が期待できない近い将来、賃貸オフィスビルの建替え・売却を想定していて、耐震補強に資金と時間をかける意義が薄いこのチェックリストは、専門家の結論を待つ前に、ビルオーナーが判断の軸を持つためのものです。 3-5.耐震補強とは別に「貸しやすさ」を回復させる改修という選択肢 耐震補強は「安全性」の論点ですが、賃貸オフィスビルの経営判断は、それだけで決まりません。仮に耐震補強に費用を投じたとしても、耐震補強の内容や進め方によって貸室価値が低減したり、耐震補強工事を契機にテナント退去が連鎖したりすれば、経営上はマイナスに働く可能性があります。そこで現実的な選択肢として出てくるのが、耐震補強とは切り分けて、“貸しやすさを回復させる改修”を検討するという考え方です。ここで言う改修は、テナントの入居判断に直結する機能面の改善を指します。たとえば、次のような項目です。空調設備の更新(故障リスクの低減と快適性の改善)給排水・防水の更新(漏水リスクの抑制)電気容量・配線まわりを含む電気設備の整理・更新共用部の機能不全の解消(使いにくさ・不具合の是正)耐震補強が結果として貸室価値を下げる見込みが強い場合は、補強仕様を見直すか、あるいは耐震補強とは別に“貸しやすさ回復”の改修を優先したほうが合理的なケースもあります。一方で、貸しやすさを回復させる改修を行っても、空室が埋まらない/募集賃料の低減/大きな修繕や更新が連続して必要になるといった状況が見えている場合は、「改修で運営を続ける」だけでは解決にならない可能性があります。ここまで来ると論点は、改修の是非ではなく、保有を続けるのか、建替えるのか、売却するのかという“資産の出口”の判断に移ります。次章では、耐震補強や運営改善と並べて比較できるように、建替え/売却という選択肢を、メリット・デメリットと判断ポイントに分解して整理します。 第4章:賃貸オフィスビルの建替え/売却という選択肢(出口設計を整理する) 旧耐震の賃貸オフィスビルは、耐震性の不足だけでなく、設備の老朽化や賃貸市場での競争力低下といった課題を抱えています。対策の検討を後回しにするほど、建物の劣化は進み、ビルの安全性、テナントの確保がますます難しくなっていくでしょう。前章で検討してきた、耐震補強や“貸しやすさ回復”の改修は、うまく効けば、賃貸オフィスビルの経営を立て直す手段になりえます。ただし、耐震補強工事の影響が大きすぎる/テナント募集が難しくなる/賃料水準の維持が困難/大きな修繕が連続する見通しといった状況が見えている場合、賃貸オフィスビルの経営上の論点は「どの工事・改修をするのか」ではなく、「建替え」あるいは「売却」の方向性をより真剣に検討するフェーズに入っている可能性が高いのです。ここでは、まず、耐震補強・建替え・売却を、同じ土俵で比較できるように整理します。 4-1.まず比較表で“意思決定の土台”を作る 比較項目耐震補強建替え売却初期費用中〜高(診断・設計・工事)高(解体+建築+設計+諸費用)低〜中(仲介・測量等)賃料収入の停止期間工事影響あり(減収〜空室の可能性)工事期間中(解体〜竣工まで)売却完了で賃料収入はゼロテナント調整の難易度中〜高(工事影響・退去連鎖)高(明渡し・補償・移転調整)中(契約条件と引継ぎ次第)将来の自由度補強内容次第ではあるが、限定されがち高(商品を作り直せる)高(資産入替・撤退が可能)失敗パターン貸室価値低下→空室・賃料下落資金計画破綻/期間長期化/出口が読めない情報不足で買い手が限定されると売価が低下 4-2.建替え(メリットと注意点) 建替えは、旧耐震の賃貸オフィスビルに残る課題を「部分的に直す」のではなく、建物そのものを作り直す選択肢です。耐震性だけでなく、設備・電気容量・レイアウト自由度・共用部の機能など、賃貸オフィスとしての条件をまとめて更新できます。一方で、建替え工事は大規模なので、資金調達の金額が大きくなり、入居中テナントとの明渡し調整も不可避です。ビルの解体、テナントとの明渡し調整を、一旦、始めると、関係者も動き出して、コストも発生するため、途中で方針転換するのが難しくなります。したがって、建替えで解決したい課題と、それに伴って発生する負担を、最初に確認し、明示した上で判断する必要があります。メリット(建替えが効く場面)(1)“商品を作り直せる”という強みがある建て替えることで、現行の耐震基準を満たすのはもちろん、老朽化が進んだ設備(空調・給排水・防水・電気)も一括で更新できます。建替えは「個別修繕の継ぎ足し」では解決しにくい問題をまとめて整理・解決できる可能性があります。(2)テナント募集戦略と賃料設計を“前提から”組み直せる建替えの効果は、竣工後に「どういうテナントを想定するか」を先に定め、その想定に合わせてオフィス賃貸の前提条件を整えられる点にあります。築年数が経過している旧耐震の中小規模の賃貸オフィスビルで、テナントに敬遠されやすい条件は、耐震性能だけではありません。電気容量が足りない、空調が不安定、給排水や防水の不具合の発生が見通しにくく、電気設備の老朽化で停電のリスクが高い――こうした設備由来の事故・停止リスクが、入居判断と更新判断に影響します。建替えでは、設備更新によって事故・停止リスクを下げ、万一の不具合が起きた場合でも影響範囲を限定しやすい構成にできます。あわせて、防災設備や非常用電源の有無、停止時の復旧手順などを含め、従業員の安全と事業継続に関わる前提条件を整理して、募集条件として提示できます。結果として、テナントの懸念点が減り、リーシングの組み立てがしやすくなり、賃料水準の維持・見直しの余地が生まれます。注意点必要資金が大きく、資金計画・資金調達の前提を先に固める必要がある建替えには、建築費だけでなくて、解体費、設計監理費、各種申請費、仮移転対応・近隣補償などが積み上がり、必要資金は想定より膨らみやすいです。さらに、旧耐震の賃貸オフィスビルの場合は、担保評価が伸びにくいケースもあり、資金調達上の制約になりやすい点も考慮しておく必要があります。建替えは、具体的な「工事の話」に入る前に、金融機関と資金調達の話をつけておく必要があります。一般的に、金融機関は、いくら貸せるか、いつ実行するか、返済条件をどうするのかを、次の材料で判断します。総事業費の内訳(解体・設計・建築・諸経費)と資金の出し方(自己資金/借入)資金が必要になる時期(解体〜竣工までの支払予定)と、賃料収入が入らない期間の資金繰り竣工後の賃料収入見込み(想定賃料・稼働率)と運営費、返済計画テナント明渡しの進め方(スケジュール、補償の考え方)と想定リスクこれらが整理されていないと、融資額や実行時期が決まらず、着工までの手続きが長引きかねません。結果として、賃料収入がない期間が延びて、追加費用が発生して、当初の資金計画の前提が崩れ、建て替えプロジェクトの進捗にとって大きなリスク要因となりかねません。また、着工後も、追加工事、行政協議、調整の遅れなどにより、工期と費用が想定の範囲内に納まらない可能性もありえます。したがって、資金計画は「見積りどおりに進む前提」で組むのではなく、予備費と予備期間をあらかじめ織り込んだ設計にしておく必要があります。 4-3.売却(メリットと注意点) 耐震補強・建替えは、資金調達ならびに工事実施を前提にした「続けるための選択肢」です。これに対して、売却は、賃貸オフィスビルを保有し続ける前提をいったんやめて、資産を現金化する選択肢です。耐震補強や設備更新等、「続けるための投資」を抱え込まず、いまの条件で手仕舞いして次の選択に移るための判断になります。旧耐震の築古の中小規模の賃貸オフィスビルにおいては、この選択肢を検討対象に入れておくのは、充分、意味があるものと考えられます。メリット将来コストと運営リスクから解放されます耐震補強、大規模修繕、設備更新、空室の長期化など、築年が進むほど発生しやすい支出と対応が続きます。売却すれば、こうした不確実性を「自分が抱える運営課題」から外せます。金額面だけでなく、判断の回数や調整の手間が減る点も、現実的なメリットです。手元資金を確保し、次の選択肢を可能とします売却によってまとまった手元資金を確保できれば、借入返済、別物件への投資、資産配分の見直し、事業・生活設計への充当など、次の選択肢を具体化できます。賃料収入の維持と「別の形での期待収益」とのバランス判断がポイントです。ハードル資産査定額は「買い手が見込む追加コスト」に左右されます旧耐震の賃貸オフィスビルは、買い手が現状のまま長期運用する前提になりにくく、大規模改修、建て替え等の対応コストを見込んだうえで査定額が算定されます。具体的には、解体費、耐震補強や改修の費用、用途変更・建替えに向けた手続き負担などがポイントになります。そのため、売主がそれらの工事を実施しなくても、これらの見込みコストは売却価格に織り込まれやすいです。さらに、買い手がどの前提で収支を置くかによって、同じ物件でも提示価格に幅が出ます。各種費用や税金負担を控除したネット金額を想定する売却代金だけで判断せず、仲介手数料、譲渡にかかる税金、ローン残債の精算、その他の付随費用まで引いた後の金額を以て想定しておく必要があります。例:手元資金概算 = 売却代金 − 仲介手数料 − 譲渡関連税 − 残債精算 − その他費用 4-4.結論:出口は、比較できる状態を作ってから決めます 建替えと売却は、どちらも大きい判断です。判断の質を左右するのは、同じ土俵で比較できているかです。この章の冒頭、4-1でも示しましたが、以下の判断材料を揃えることが重要です。建物・設備の状態、修繕履歴、テナントの賃貸契約条件、賃料・運営コストの収支を整理します。耐震補強/建替え/売却の選択肢について、初期費用・賃料収入がない(減収)期間・テナント調整を同じ軸で見ます。この比較ができるうちに、次の打ち手に移れる状態にしておきます。先送りで減るのは、修繕費の余裕よりも選択肢の余裕です。次章では、これらの判断材料を揃えて、更新していくために、PM/BMをどう使うかを扱います。 第5章:PM/BMを、出口判断の判断材料を揃えるために活用します 旧耐震の賃貸オフィスビルを巡る意思決定には、耐震補強・建替え・売却などの選択肢があります。どの選択肢にも、投資金額とリスクが伴いますので、ビルオーナーが迷うのは当然です。問題になるのは「迷うこと」そのものではありません。比較の前提となる判断材料が揃わないまま、検討が進まず、時間だけが過ぎていくことです。結論を出すには、まず、「比較の土台」を作る必要があります。耐震補強/建替え/売却を並べるのであれば、少なくとも次の情報が、同じ整理軸で揃っていることが前提になります。建物・設備の現況(不具合・劣化の状況、故障傾向、法定点検の実施状況など)テナントとの賃貸借契約の条件(解約条項、原状回復義務の範囲、工事制限、特約など)収支と将来支出(賃料、運営コスト、修繕・更新の見込み、賃料減収の想定期間など)工期とテナント調整(通知、移転の要否、休業補償の論点、工程上の制約など)ただ、この「比較の土台」をオーナー自身で作り切るのは、実務上ハードルが高いかもしれません。必要な情報は、竣工図・点検報告・修繕見積・工事履歴・契約書・収支資料など複数の資料にまたがります。さらに、集めるだけでなく、抜け漏れの確認、情報の粒度・確度の確認、同じ形式への整理といった作業が必要になります。ここで検討に入るのが、PM(プロパティ・マネジメント)とBM(ビル・メンテナンス)という役割の導入です。なお、PM/BMの役割は、ビル管理会社が担う場合もあれば、外部専門家と連携・分担する場合もあります。重要なのは、旧耐震の賃貸オフィスビルの出口判断に必要な材料が、比較できる形で整う体制になっているかどうかです。次節では、PMとBMの違いを整理します。 5-1.PM/BM:機能の違い PM(Property Management)とBM(Building Maintenance)は、どちらも「賃貸オフィスビル管理」に関わりますが、見ている対象が違います。旧耐震の賃貸オフィスビルの出口判断に必要なのは、この違いを押さえたうえで、それぞれの役割を活かして活用することです。PMは、賃貸経営の運用を扱います。賃料や募集条件、契約条件、収支、テナント対応、修繕の優先順位づけ、外部業者や関係者の調整など、ビルを事業として回すための業務です。結論を出す場面では、集まってきた情報を整理し、耐震補強/建替え/売却を同じ条件で並べられるように整えます。BMは、建物設備の維持管理を扱います。設備の点検・保守、故障対応、法定点検の実施と管理、衛生・安全面の段取り、工事手配の実務など、建物と設備を止めずに動かすための業務です。結論を出す場面では、現況の把握や劣化の状況、故障傾向など、比較の前提になる「現場の根拠」を出します。この章で扱う旧耐震の賃貸オフィスビルの意思決定では、PM/BMの価値は次の形で整理できます。PM:比較できる形に整える側(判断に使える形式へ整理します)BM:比較の根拠を出す側(現場の状態を把握し、根拠を示します) 5-2.まず整理して揃えるのは「判断用資料」(比較の土台を形にします) PM/BMの役割を踏まえて、実務では「結局、何が揃えば比較できるのか」が曖昧なまま進んでしまうことがあります。旧耐震の賃貸オフィスビルの出口判断においては、必要な情報の種類が多く、粒度もばらつきやすいためです。そこで、最初にやるべきことは、比較に必要な判断用資料を先に定義し、同じ形式で整理して揃えることです。出口判断に必要な判断用資料は、最低限、次の5点です。これが揃うと、耐震補強/建替え/売却を同じ土俵に載せられます。(1)建物・設備の現況一覧(根拠の入口)主要設備ごとの状態(劣化・不具合・故障傾向)法定点検・定期点検の実施状況と指摘事項直近の修繕・更新履歴(いつ、何を、どの範囲で)当面の注意点(止まると影響が大きい箇所、優先度の高い不具合)※これは基本的にBMの領域です。「現場の事実」をここで固めます。(2)将来支出の見立て(修繕・更新の候補整理)今後数年で現実に出てきそうな更新・修繕項目概算費用は“点”ではなく“幅”(レンジ)で置く不確定要素(追加調査が必要な箇所、見積条件の前提)※BMの見立てをベースに、PMが収支と接続します。(3)テナントとの賃貸借契約の条件とテナント調整の論点整理解約条項、工事制限、原状回復の扱い、特約休業補償や仮移転が論点になり得る条件の有無通知期間・工事可能時間帯など、工程に効く制約※ここが抜けると、工期や減収期間の比較が成立しません。PM側で整理するのが基本です。(4)3案比較表(耐震補強/建替え/売却)初期費用(概算レンジ)工期と減収期間の見込みテナント調整の難所(どこがボトルネックか)収益・売却の見通し(前提条件つきで整理)前提条件(何を仮定しているか)と、条件が崩れた場合の影響※ここが「比較の本体」です。PMが形式を作り、BMが根拠を供給します。(5)未確定事項リスト(次に何を確かめるか)追加調査が必要な項目追加見積が必要な項目判断に影響する前提のうち、まだ確定していないもの※“分からないこと”を残したまま比較表だけ整えると、結論の再検討が増えます。最後に必ず残します。この5点が揃うと、議論は「情報が足りない」状態から抜け出して、比較の質が上がります。PM/BMを使うかどうかに関わらず、この判断用資料セットを基準にしておくことで、旧耐震の賃貸オフィスビルの出口判断の実務を進捗させることができます。 5-3.PM/BMへの頼み方(判断用資料を基準に委託範囲を決めます) PM/BMを使う場合、最初に決めるべきなのは、「判断用資料」と「責任範囲」です。判断用資料を基準に委託範囲を定義すると、判断材料の整理、とりまとめが進めやすくなります。①判断用資料ごとに担当範囲を割り当てます5-2の判断用資料に沿って、中心となる担当を分けます。BMが中心になる範囲(1)現況一覧(2)将来支出の技術的な見立て(更新・修繕候補と根拠)PMが中心になる範囲(3)テナントとの賃貸借契約の条件とテナント調整の論点(4)3案比較表(5)未確定事項リストの整理と更新管理同一の会社がPM/BMを一体で担う場合でも、判断用資料ごとに「根拠を出す責任」と「比較表に整理する責任」を分けておくと、責任範囲が曖昧になりません。②比較の土台を揃える(検討フェーズ/対象範囲/数字の前提)耐震補強/建替え/売却を比べるときは、各案の数字がどのフェーズの、どの前提条件で、どこまでを対象に出ているかを揃えないと比較になりません。片方が机上の概算、もう片方が詳細調査ベース──この状態で表に並べても、結論がブレます。揃えるのは次の3点です。1)検討フェーズと、数字の根拠レベルを明記するいまが「方向性を絞る一次検討」なのか、「実行可否を判断する段階」なのかを、はっきりさせます。後者なら耐震診断を含む必要調査が前提です。一次検討なら、概算で進めてOKですが、“概算の前提条件”と“未確定の残し方”(どこから先は次段で確定させるか)も合わせてはっきりさせます。例:夜間工事の要否/搬入条件/工事可能時間/追加調査が必要な箇所の扱い…など、概算に直撃する条件は必ず明示します。2)耐震補強が「どこまで影響するのか」を踏まえて検討する耐震補強工事の影響範囲を「構造要素だけ」に限定せず、付随して影響し、検討・調整が必要になる範囲を明示した上で検討します。例:天井・間仕切り・内装・什器/設備更新や機器移設の要否/工事中の使用制限/テナント調整の範囲/賃料の減収期間の見立て。3)比較表の“必須項目”を統一して、判断に使える形にする比較表のそれぞれの選択肢について、費用・工期・賃料の減収(空室/賃料影響)・調整論点(テナント/行政/金融)・将来支出・前提条件・未確定事項を項目として網羅します。未確定事項が残るのはOK。ただしその場合は、次に何を調べれば確定させられるのか(追加調査・見積条件・判断形成の手順)まで付記します。③判断資料の提出の締め切りとスケジュール(比較表を“更新できる運用”にする)前提条件は途中で必ず変わります。だから「比較表の完成版を一気に作る」のではなくて、短いサイクルで提出→判断→更新します。ここで決めるのは提出物と締切と判断ポイント(ゲート)です。 標準的な進め方(目安)第1段階:1週間以内(5)未確定事項リスト一次版を提出└ 不足資料、追加調査の要否、調査の優先順位、次段で確定させる項目を明記ゲートA:一次検討として走れるか/追加調査が先かを決める第2段階:2週間以内(1)(2)(3)の一次版を提出(=比較の土台)└ 前提条件/概算の根拠レベル/影響範囲(波及工事・制約)を揃えるゲートB:3案を同じ土俵で並べる準備ができたかを確認第3段階:3〜4週間以内(4)3案比較表一次版を提出└ 費用・工期・減収・調整論点・将来支出・前提条件・未確定事項をセットでゲートC:方向性を絞る(残す案/捨てる案)第4段階:追加調査・見積反映(+4〜8週間が目安)(4)比較表改訂版を提出└ 第1段階の未確定事項を潰した反映版(必要なら複数回更新)ゲートD:実行可否の判断(やる/やらない/売る)重要な補足(ここが肝)一次検討だけで「絞る」なら、最短3〜4週間でいける(第3段階まで)「やる/やらない」を判断するなら、調査を入れるので+1〜2か月は見ておく(第4段階)つまり、ここでは「順番」の話じゃなくて、“比較表を継続的に更新していく前提で締切と判断点を置く”って話。 5-4.判断用資料が揃っても、ビルオーナーの「判断の閾値」が必要です。 5-2の判断用資料が揃うと、耐震補強/建替え/売却は同じ土俵で比較できるようになります。ただし、比較表があっても結論は自動的に出ません。最後に必要なのは、オーナー側の判断の閾値です。旧耐震の賃貸オフィスビルの出口判断で、閾値になりやすいのは次の3つです。投資の上限額(いくらまで出すか)耐震補強・建替えの工事費・設備更新・改修費用等を含めて、投下できる金額上限を決めます。この上限値の設定がないと、どの案も「もう少し追加資金を投下すれば良くなる」で終わって、最終判断が下せません。資金繰りの限界(何ヶ月・最大いくらまで耐えるか)比較表に出てくる「賃料収入の減収額・減収期間・追加支出額」の結果を見て、①賃料収入の減収が続いてよい最大額・月数、②その期間での追加支出の許容を設定します。投資金額だけでなくて、キャッシュフローを見ておいて、どこまでの持ち出しに耐えられるかの許容額を設定しておく必要があります。テナント対応リスクの許容(どのレベルの個別協議まで受けるか)テナント調整の進捗は、重要なポイントです。個別協議(減額・補償・合意書・退去協議など)の方針によっては、協議期間、補償・減額の金額に幅が出ます。具体の交渉実務は、PM等の専門家のサポートを受けるべきですが、協議の方針については、最終的にビルオーナーが判断する必要があります。PM/BMができるのは、比較表の項目を埋めて、それぞれの選択肢がこの判断の閾値を超えるかどうかを見える化することです。逆に言えば、判断の閾値が決まっていないと、判断用資料が揃っても結論には辿り着けません。 第6章:旧耐震の賃貸オフィスビル経営の核心は「リスク管理」 これまでで整理した通り、耐震補強/建替え/売却の選択肢は、判断材料が揃っても、最後にはビルオーナーの判断が必要です。ただし、その前に押さえるべき前提があります。旧耐震の賃貸オフィスビルでは、経営の基本姿勢が定まっていないと、判断の軸が定まらず、いくら判断材料を並べても結論が出ません。この章では、旧耐震の賃貸オフィスビル経営を「リスク管理」として成立させるための基本姿勢を整理します。 6-1.旧耐震の賃貸オフィスビルの意思決定は、運営と責任の整理から始まる 旧耐震の賃貸オフィスビルの出口判断は、耐震補強/建替え/売却のどれを選ぶにしても、「誰が何を整理して、誰が何を判断するのか」の分担で決まります。PM/BMは、比較し、判断を下すのに必要な情報を揃え、論点を整理し、選択肢を同じ土俵に載せる役割を担います。一方で、どのリスクをどこまで引き受けるのか、どこで線を引くのかについては、ビルオーナーの判断が必要です。意思決定を成立させるために、PM/BMに委ねる領域と、オーナーが引受ける判断を、明確にします。借主との調整が、一番、不確定要素があって、期間・金額の振れ幅への影響が大きいので、その点にフォーカスして、それぞれの分担を整理します。PM/BMが担う領域(材料を判断に使える形に整える)借主への影響を、条件別に整理する(在館工事/部分退去/段階退去など)借主の同意が必要になる論点を洗い出し、協議の論点・想定期間・条件・補償/精算額の幅を整理する費用が上振れしやすいポイントを押さえ、レンジと前提条件を示す(追加工事・追加調査・施工条件の制約など)以上を、耐震補強/建替え/売却の各案で、比較できる形にまとめるオーナーが担う判断(許容範囲を決める)判断上、重視するリスクを決める(安全性/収益/資金繰り/出口など)借主対応として、どこまでの調整を前提に置くかを決める(時間・条件変更・追加負担の許容)その前提の下、耐震補強/建替え/売却の選択肢を決める借主がいる以上、耐震補強/建替え工事や売却の判断は借主の営業に影響します。合意の取り方次第で工期・賃料の減収期間/幅・補償の見通しが変わり、収支も変わります。だから、材料の整理はPM/BMに任せながらも、最後に「どこまで背負う/覚悟するのか」を決める判断はオーナーが下します。 6-2.旧耐震の賃貸オフィスビルの経営における「リスク管理」 賃貸オフィスビルの経営におけるリスク管理とは、一般的に、不確実要素を棚卸しし、影響(安全・法務・収支・工期・出口)を評価し、対応方針を選び、前提更新に合わせて見直すことです。国際的にも、リスクを「特定・分析・評価・対応(treatment)し、監視とコミュニケーションを回す」フローの下、整理されます。旧耐震の賃貸オフィスビルの経営において、実務上、ボトルネックになりやすいリスクについて、以下、上げておきます。法令・制度対応リスク耐震改修促進法の枠組みでは、一定の建築物に耐震診断が義務付けられ、結果の報告・公表まで含めて制度化されています。さらに、建築基準法の「定期報告制度」は、使用開始後も適法状態を維持するための定期調査・検査・報告を所有者に求めています(建築物、防火設備、昇降機など)。東京だと防火対象物点検報告制度(消防法)も、一定の対象で点検・報告が義務になります。)安全・賠償責任リスク地震発生時、建物が損壊し損害が出たときに「建物の安全性」「維持管理の相当性」が争点になり、所有者側の責任が問題化し得る、という意味でのリスクです(いわゆる土地工作物責任の射程など)。契約・テナント対応リスク賃貸借は「使用・収益させる」契約なので、工事や不具合で使用が制限されると、賃料減額や修繕をめぐる運用が現実の論点になります。改正民法では賃貸借のルールが整理され、修繕や原状回復等の考え方も明文化されて、「借主の立場の尊重」の傾向が見てとれます。借主の使用が妨げられると、契約上の論点(賃料・補償・合意書・解除)に直結して、収支と工期に影響が及びます。工事・更新リスク耐震補強、建替え等、老朽化対応工事は、見積りの時点で“確定”しない部分が残りやすい(追加調査、追加工事、施工条件、夜間・搬入制約など)。この上振れは、金額だけじゃなく工程・テナント調整にも波及します。収益・資金繰りリスク「投資総額」も重要ですが、キャッシュフロー(キャッシュアウトのタイミング・追加・長期化)で資金繰りが行き詰るリスクは想定しておくべきです。売却時の価格リスク売却価格・条件を協議するにあたって、デューデリで指摘される論点(耐震、法定点検の履歴、是正、テナント条件等)によって、買い手の幅を狭めると、最終的な売却価格に影響することがあります。耐震診断が公表対象になる場合、さらに情報の整理が必要です。最後に。PM/BMの役割は、それぞれのリスクについて、論点・前提条件・影響(工期/収支/合意難易度)に分解して、比較表に載る形へ整えること。ビルオーナーが、どのリスクを優先して取りに行くか/抑えに行くか、の選択について判断します。 6-3.出口判断は「収益比較」ではなく、リスクを踏まえた許容度の設定で決まる 旧耐震の賃貸オフィスビルで出口(耐震補強/建替え/売却)を判断するとき、議論が迷走しやすい原因は、リスク管理の観点(何をリスクと見なすか/どこまで見込むか/誰が負うか/許容できない線はどこか)を踏まえずに、表面的な計算で収入と支出を設定して、優劣を付けようとすることにあります。それでは、リスク管理の考え方に沿って出口判断を組み立てようとするにあたって、以下の4つのステップに分解できます。①リスクを「特定」するまず、旧耐震の賃貸オフィスビルの出口判断に影響するリスクを、法令・制度対応、安全・賠償責任、契約・テナント対応、工事・更新、収益・資金繰り、売却価格等に整理します。ここで重要なのは、細目を増やすことではなく、「どのリスクが、この物件では支配的なのか」を見える形にすることです。②リスクを「評価」する(影響の出方を揃える)次に、各リスクが出口判断にどう影響するかを、同じ物差しで揃えます。具体的には、影響を工期・賃料収益への影響(減収)・追加支出(持ち出し)・実行難易度・不確実性(幅)に落とします。この段階では、数字は、単一の見込み値というのではなく、変動幅を踏まえたレンジとして扱います。レンジの幅について、未確定事項があるからなのか、リスク要因の性質に根差したものであるのかにつちえも整理します。③リスクへの「対応方針」を決める(選択肢を作る)評価までできたら、リスクへの向き合い方を決めます。旧耐震の賃貸オフィスビルの出口判断は、だいたい次の3タイプに分類できます。リスク低減型:安全性・適法性・設備リスクを優先して低減させて、運営の不確実性を小さくしようとする(耐震補強・更新寄り)リスク回避型:長期の不確実性を抱えず、外部化しようとする(売却寄り)リスク転換型:一度大きく動かして、以後のリスク発生の構造を作り替え、制御しようとする(建替え寄り)どのタイプが優れているのかではなく、この物件とこのビルオーナーが、どのリスクを許容して、どのリスクを回避するのかという選択になります。④「見直し前提」で運用する(出口判断を一回で終わらせない)出口判断は、一度、方針を決めたら、それで終わりではありません。追加調査や見積、制度・市場環境の変化で前提は更新されます。だから判断材料は「更新できる形」で維持します。このようなかたちで運用していくと、途中で前提条件、外部環境が変わったとしても、判断を更新して、対応することが可能となります。 6-4.出口判断のタイミングは選べない 旧耐震の賃貸オフィスビルでは、出口判断(耐震補強/建替え/売却)を、“当初の想定通りの時期”まで持ち越せるとは限りません。実際には、以下の事情・要因を以て判断の前倒しが迫られることもあります。設備故障が続き、設備更新が避けられなくなる故障対応が「都度修理」からすぐに「設備更新」が必要な状態に移行すると、将来支出の前提が変わってきます。空室が長期化し、募集賃料を下げてもテナントが決まりにくくなる賃料の収益面だけでなく、改修・耐震補強・建替え・売却、それぞれの選択肢の見え方にも影響します。行政・金融・売却候補先から、耐震性を踏まえた法制への適合性について確認・説明を求められる調査・点検・是正の要否が、意思決定の前提になります。相続・共有者の異動・借入の期限などの事情により、意思決定が迫られる“いつか判断する”という先送りが成り立たない状況になります。ここで重要なのは、判断の結論を早急に下そうとすることではありません。前提条件が変わったときに、耐震補強/建替え/売却の選択肢の比較の判断をやり直せる状態にしておくことです。やることは次の4点です。①判断の前提条件の内、変わる要因を押さえておく補助制度、工事費の水準、売買市場の見え方、稼働状況(空室・賃料)など、前提を動かす要因に絞って把握します。②修繕・更新の記録(一覧+根拠資料)を整備「いつ・どこを・何で・いくらで直したか」を一覧にし、点検報告書・工事報告書・図面・保証書も紐づけておきます。これらが整備されていると、調査・見積・売却査定の立上げの際、“調べ直し”の手間が軽減できます。③判断材料を整理し、揃える作業を継続して進めておくたとえば、追加調査の段取り、見積条件の整理、設備更新の優先順位付け、売却の障害になりやすい論点の洗い出し。これらの作業は、結論を出す作業ではなく、あくまでも「判断材料を整理する作業」です。④意思決定の手続きを決めておく(特に個人・共有)誰が最終的に決めるのか、どこまで委任するのか、いくら以上は誰の同意が必要か。これらの点が曖昧だと、相続・共有者の異動の局面にあたって判断を円滑に下すことが難しくなります。 第7章:旧耐震の賃貸オフィスビル経営で有効な「意思決定の型」 おわりに 旧耐震の賃貸オフィスビルと向き合う「今」から始める一歩旧耐震の賃貸オフィスビルのオーナーは、多かれ少なかれ同じ感覚を持っています。「家賃は入っている。でも、このままで本当にいいのか」この“引っかかり”は、弱さではありません。旧耐震という前提を踏まえたとき、経営者としての自然な感覚です。耐震補強も、建替えも、売却も、そうそう簡単に決められる話ではありません。費用、工期、テナント調整、資金の手当て、法的な論点など、どの選択肢にも負担と不確実性があります。ただ一つ確かなのは、何も決めないまま時間が過ぎるほど、現実に取り得る選択肢が減っていくということです。設備の更新時期、空室、資金繰り、金利、相続や共有者の事情など、外側の事情・要因が先に動き、オーナーが選びたかった道を狭めていきます。ここで必要なのは、いきなり大きな決断を下そうとすることではありません。結論を出せる状態に近付けることです。その最初の一歩は、小さくても構いません。現状を見える形にする(建物・設備・賃貸条件・市場・資金の整理)判断に必要な材料を、比較できる形で揃える(概算、工期の見通し、テナント調整の難易度、資金の当たり、法的な致命傷の有無など)判断材料が揃った時点で一度判断し、必要なら前提を更新して次に進む(揃える→判断する→更新する、を繰り返せる形にする) オーナーが主役であることは変わりません ただし、主役が一人で舞台を支える必要もありません。判断材料を整える役、選択肢を比較可能にする役、実行の段取りを作る役を揃えていくと、経営者としてのあなたの決断は「いちかばちかの賭け」ではなく「納得できる経営」になります。旧耐震の賃貸オフィスビルの将来に、完璧な正解はありません。工事費も賃料も金利も、テナントの動きも、判断に影響する前提が途中で変動するからです。それでも、判断を先送りにしない方法はあります。何を確認すれば比較できるのか、いつ一度結論を出すのか、前提が変わったらどこを見直すのか――この3点を決めて、材料を揃え、判断して、必要なら更新する。その方法が手元にあれば、どの選択肢を選んだとしても、判断した理由と前提を記録しながら、常に検証可能なビル経営として、次の一歩に進めます。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年2月19日執筆2026年02月19日 -
貸ビル・貸事務所
四谷三丁目駅周辺のオフィス・貸事務所の特徴と賃料相場|不動産会社が解説
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの藤岡です。この記事は四谷三丁目駅周辺のオフィス・貸事務所賃料相場についてまとめたもので、2026年2月18日に執筆しています。少しでも皆さんのお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次四谷三丁目駅周辺の特徴とトレンド四谷三丁目駅周辺の入居企業の傾向四谷三丁目駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場四谷三丁目駅周辺の街並みと周辺環境 四谷三丁目駅周辺の特徴とトレンド 四谷三丁目駅は、東京メトロ丸ノ内線が乗り入れる駅で、新宿駅・東京駅方面の双方へアクセスしやすい立地にあります。丸ノ内線を利用することで、新宿駅へは約5分、赤坂見附・大手町方面へもダイレクトに移動でき、都心主要業務エリアとの物理的距離が近く、移動時間の面でも負担が小さい点が特徴です。徒歩圏内には、JR中央線・総武線および東京メトロ南北線・丸ノ内線が利用できる「四ツ谷」駅、東京メトロ丸ノ内線の「新宿御苑前」駅、都営新宿線の「曙橋」駅などがあり、目的地に応じて複数路線を使い分けられる交通利便性を備えています。四谷三丁目周辺は、戦後から中小規模の事務所ビルが段階的に建設され、出版社、印刷関連、医療・学術系団体、士業事務所などが集積してきたエリアです。新宿通り沿いを中心に、ワンフロア30〜100坪程度のオフィスビルが点在しており、大規模再開発エリアとは異なる、比較的落ち着いた業務環境が形成されています。周辺には飲食店やコンビニエンスストア、金融機関、郵便局など、日常的なオフィス利用に必要な施設が揃っており、特に新宿通り沿いはランチ需要を支える飲食店が多い点も特徴です。派手な商業集積はありませんが、業務に集中しやすい環境として評価される傾向があります。近年は大規模な再開発こそ限定的ですが、既存ビルのリニューアルや設備更新が進み、耐震補強や共用部改修を行った中小規模オフィスが徐々に増えています。新宿区内でありながら比較的安定した街並みが維持されている点は、当エリアならではの特徴といえます。 四谷三丁目駅周辺の入居企業の傾向 四谷三丁目駅周辺では、従来から士業(法律・会計・税務関連)、医療・学術系団体、出版社や印刷・制作関連企業などが多く見られます。新宿や四ツ谷に近接しつつ、繁華性が抑えられている点が、こうした業種に適した環境とされています。近年は、IT関連の小規模事業者やコンサルティング会社、スタートアップのサテライトオフィスとしての利用も徐々に増加しています。特に20〜50坪程度の区画では、「新宿アドレスを避けつつ、交通利便性を確保したい」といったニーズから検討されるケースが見受けられます。このエリアが選ばれる理由としては、以下の点が挙げられます。賃料水準:新宿駅至近エリアと比較すると、同規模・同築年帯で賃料が抑えられる傾向があります。交通利便性:丸ノ内線に加え、徒歩圏で複数路線が利用可能な点は、来客対応や通勤面で評価されています。街の雰囲気:過度な商業色がなく、業務用途に適した落ち着いた環境である点が、長期利用を前提とする企業に好まれています。 四谷三丁目駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場 四谷三丁目周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場は次の通りです。面積賃料下限賃料上限20~50坪約13,000円約20,000円50~100坪約15,000円約21,000円100~200坪約15,000円約23,000円200坪以上-- 四谷三丁目駅周辺の街並みと周辺環境 四谷三丁目駅周辺の街並みを象徴する要素の一つが、写真に写る四谷消防署と四谷三丁目交差点周辺の景観です。新宿通りと外苑東通りが交差するこの地点は、当エリアの交通・人流の結節点であり、周辺環境を理解するうえでの基準点となっています。写真からも分かる通り、周辺には中高層の業務系・公共系建築物が立ち並び、低層の雑居ビルが密集する繁華街とは異なる、整った街路景観が形成されています。建物の用途はオフィスや公共施設が中心で、外観も比較的落ち着いた色調・デザインのものが多く、業務エリアとしての性格が明確です。また、交差点周辺は歩道幅が確保され、視認性の高い建物が点在しているため、来訪者にとっても場所の把握がしやすい環境といえます。取引先や来客を迎える機会が多い企業にとっては、説明しやすい立地要素の一つとなっています。新宿通り沿いには、オフィスビルの低層階に飲食店やサービス店舗が入居しており、業務エリアとしての機能性と日常利便性が両立しています。一方で、通りから少し離れたエリアでは住宅や小規模ビルが混在し、全体として過度な喧騒は抑えられています。このように四谷三丁目駅周辺は、主要幹線道路に面した業務拠点性と、落ち着いた街並みのバランスが取れたエリアです。派手な再開発や大型商業施設に依存せず、既存の都市基盤の中で安定したオフィス街として機能している点が、当エリアの街並みの大きな特徴といえます。 ご希望条件をお伝えいただければ、当社の担当よりオフィス・貸事務所のご提案をさせていただきますので、お気軽にご相談ください。 物件の無料提案を依頼してみる 四谷三丁目駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所をお探しの企業様、四谷三丁目駅周辺で安定したビル経営を望まれているビルオーナー様は、こちらよりお気軽にご相談ください。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 藤岡 涼 入社以来20年以上にわたり、東京23区のオフィスビルを中心にプロパティマネジメント・リーシング・建物管理を担当。 年間多数の交渉やトラブル対応経験を活かし、現場目線に立った迅速かつ的確な提案を通じて、オーナー様とテナント様双方の満足度向上に努めています。 2026年2月18日執筆2026年02月18日 -
プロパティマネジメント
築古・小規模の賃貸オフィスビルの苦戦と再生へのヒント
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「築古の賃貸オフィスビルの苦戦と再生へのヒント」を解説したもので、2026年2月17日に改訂しています。少しでも、皆さんのお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに:築古賃貸オフィスビル市場の現状と課題(築古・小規模の賃貸オフィスビルが市場で不利になりやすい背景)第1章:資金を大きく投入せずに築古・小規模の賃貸オフィスビルを再生する方法第2章:満室稼働を実現する具体策おわりに:築古・小規模の賃貸オフィスビル再生は戦略的に、そして継続的に はじめに:築古賃貸オフィスビル市場の現状と課題(築古・小規模の賃貸オフィスビルが市場で不利になりやすい背景) 日本のオフィスビル市場では、1980年代のバブル期に大量供給されたビル群が築30年を超え、ストックの高齢化が進んでいます。東京都心部では賃貸オフィスビルの平均築年数が約33年に達し、中小規模ビルの約9割がバブル期竣工という状況です。こうした築古ビルは設備や内装の老朽化が進み、何も手を打たなければ競争力を失っていきます。さらに近年、在宅勤務と出社を組み合わせたハイブリッドワークが広がるなど、「オフィスは社内コミュニケーションやコラボレーションの場である」という認識が高まっています。その結果、昔ながらの画一的なオフィス空間しか提供できない築古の賃貸オフィスビルは、テナントに選ばれにくくなっているのが実情です。このような環境下で、築古の賃貸オフィスビルオーナーは苦戦を強いられています。かつては「駅近・新築・大規模」(俗に「近・新・大」)という3条件を満たすオフィスほど競争力が高いとされました。従来は築年数が浅いほど空室率も低く安定していましたが、大規模ビルの開発が相次いでいることもあり、築浅ビルでも空室が目立ちはじめ、築年の古いビルとの差が縮小したとの指摘もあります。しかしそれは「築古ビルでも安泰」という意味ではなく、単にテナントの選別眼が厳しくなり、築浅ビルですら条件が悪ければ敬遠されるようになったということです。実際、「単に場所を貸すだけではテナントはついてこない時代」が既に始まっていると指摘されています。とくに課題が表面化しやすいのが、築古の中でも小規模の賃貸オフィスビルです。大規模ビルのように設備投資や大規模改装で一気に見栄えを変え、設備ハードのスペックを底上げする体力がなく、テナントにとっても「このビル、何かあったとき対応できるの?」という不安を持たれやすいので、築古・小規模であること自体が、内見や比較検討の段階で、減点要素として働きやすいのです。だからこそ、派手な改装や全面的な設備更新を先行させるのはそもそも無理なので、築古・小規模の賃貸オフィスビルの再生は、小規模の施策を積み上げて“選ばれる状態”を作る戦略のほうが、再現性が高いと言えます。言い換えるならば、勝ち筋は、「改装」より先に、小規模の修繕と運用によって不安の芽を潰すことにあります。止まる・漏れる・効かない・暗い・汚いといった基本的不安が残ったまま見た目だけを整えても、テナントからの評価の改善は見込めません。小規模でも的確に修繕し、ビル管理の反応速度や運用の確実さを示せるビルのほうが、結果としてテナントから選ばれやすくなるはずです。多くの築古・小規模の賃貸オフィスビルでは、テナント誘致のために賃料を下げざるを得ない場面が増えています。しかし、賃料値下げによる空室解消は一時しのぎに過ぎず、長期的には資産価値の低下に直結するリスクがあります。本コラムでは、賃料を安易に下げずに満室稼働を実現するための戦略と具体策について、事例やデータを交えながら論理的に考察します。築古・小規模の賃貸オフィスビル再生のヒントを探り、ビルオーナーが直面する課題にどのように対処すべきかを明らかにしていきたいと思います。 第1章:資金を大きく投入せずに築古・小規模の賃貸オフィスビルを再生する方法 築古・小規模の賃貸オフィスビルオーナーにとって、建物や設備の老朽化に伴う改修コストは頭の痛い問題です。立地や規模によっては、過度な投資を回収できないリスクも高く、経営の意思決定が難しくなることも多々あります。しかし、予算が限られているからといって、何もせずに放置してしまえば、築古・小規模ビルはさらに価値を下げ、空室率の悪化や賃料下落が進む一方です。ここでは、限られた資金でも実行可能な、建物の魅力アップとランニングコスト削減を両立する具体的な手法を解説していきます。 1-0.築古・小規模の賃貸オフィスビル再生では「修繕」と「更新」と「改装」を混同しない 築古・小規模の賃貸オフィスビルは、最小コストで最大の効果を狙うには「小さく直して、早く回す」が基本になります。ただ、このとき現場で、「修繕」「設備更新」「改装(リニューアル)」が混同されると、話がややこしくなりかねません。混同されて、目的・効果が取り違えられて、優先順位が決まらないと、小規模に効果的に進めることが難しくなりかねません。だから最初に、この3つの用語を切り分けて整理します。修繕:不安の芽を潰します。壊れた/劣化した部分を元の機能に戻すこと(漏水、腐食、異音、チラつき、排水詰まり、建具不良など)。築古・小規模ビルではまずこの対応の漏れをなくすことが“信用”を作ります。テナントが不安を感じるのは、「不具合が放置されないか」「止まったときに復旧できるか」です。設備更新:このコラムでは主な検討対象とはしていませんが、修繕対応では対応し切れない場合、次のステップとして検討が必要なケースも想定しておく必要があります。文字通り、設備の入替です。不具合が解消され、性能の向上も見込まれます(高効率空調、LED化、エレベーターの制御盤更新など)。いずれにしても、修繕で潰すべき不具合(漏水・臭気・排水不良・空調のムラ)について充分な検証をしないまま、設備更新に踏み込むと、結果的にまだ使えるのに買い替えるのはモッタイナイということになりかねません。改装(リニューアル):見た目や使い勝手を刷新して印象を上げます(エントランス、共用部、トイレ内装など)。うまくやれば効果的ですが、修繕対応が甘いまま改装しても、見た目だけで、不安材料は残っているということになりかねません。築古・小規模の賃貸オフィスビルで効果的な対応は、「大きく変える」ことではなく、「小さく直して、早く回す」ことです。まず優先すべきは、漏水跡、異音、チラつき、臭気、排水不良、建具の不具合といった、テナントの不安の芽を小規模の修繕で確実に潰すことです。この点がクリアされない限り、その他でどのような改善策を打ってもテナントの評価にはつながりません。改装・リニューアルを実施する場合、エントランスやトイレなど、少ない範囲で印象が変わる場所に絞り、小規模で手を打つのが現実的です。派手さより、修繕と運用の反応速度で「このビルは手当てされている」と伝わる状態を作る。これが、最小コストで最大の効果を狙う対応の基本方針になります。 1-1.設備関連の支出抑制の鍵は、継続的な保守と適切な小規模修繕対応 設備を大規模修繕したり、すべて更新するには膨大な費用がかかりますが、既存設備を丁寧に保守しつつ、適切で小規模の修繕対応を実施することで、設備自体の長寿命化を図り、大幅な修繕費用・更新投資等の設備関連の支出を先送りすることが期待できます。特に、空調設備のフィルターや熱交換器の定期的な清掃、給排水設備の定期洗浄や点検を行い、適切なタイミングで保守部品を交換することで、設備の稼働効率を高め、故障リスクを軽減することができます。事例①港区の築30年ビルの空調修繕・保守対策港区にある築30年超のオフィスビルでは、老朽化した空調設備が頻繁に故障し、夏場のトラブルが続出。そこで、フィルターの定期交換や空調ダクトの清掃を徹底したところ、年間の修理費が40%削減され、冷暖房の効率が向上しました。これにより、テナントの満足度も向上し、契約更新率が改善しました。 1-2.ポイントを絞った小規模改装(リニューアル) 建物全体の大規模リノベーションは費用負担が重いため、ポイントを絞った小規模改装(リニューアル)を行うことで、効率的にビルの印象を改善できる場合もあります。特に、エントランスや共用部など第一印象を左右する場所に、照明改善や壁・床の美装化などを適切に施せば、ビルの魅力は大幅に向上することも期待できます。事例②千代田区のオフィスビルの共用部改装千代田区の築35年のオフィスビルでは、エントランスと廊下のリニューアルを実施。床材を明るいタイルに変更し、照明をLEDに切り替えた結果、「清潔感が増し、古さを感じさせない」という声が増加。結果として新規テナント獲得率が向上しました。 1-3.小規模でも効果的な設備導入・運用改善 低予算で付加価値を提供するには、IoTを活用したスマートビル化がおすすめです。後付け型のスマートロックや照明・空調の自動制御システムを導入することで、テナントにとっての利便性や快適性を高められます。これらの設備は比較的低コストで導入でき、かつ設備管理の効率化にもつながるため、運営面でもメリットが期待できます。また、近年、テナントの関心が高まっている省エネに着目した施策も有効です、限られた資金内でも築古・小規模の賃貸オフィスビルの競争力を回復し、収益性の向上を目指すことが可能となります。 事例③渋谷区の中規模ビルでのIoT導入渋谷区にある築32年のビルでは、スマートロックシステムを導入し、テナントがスマホアプリで入退館管理を行えるようにしました。これによりセキュリティが向上し、新規入居希望者へのアピールポイントとなりました。 事例④中央区の省エネ関連小規模設備導入・運用改善事例中央区の築33年のオフィスビルでは、空調設備の適正運用とLED照明導入により、電力コストを年間15%削減。これにより、共益費の削減にもつながり、結果としてテナントの退去抑制に成功しました。 これらの実例からも分かるように、築古・小規模の賃貸オフィスビルの再生には、単なるコスト削減ではなく、設備の適正運用や小規模修繕による魅力向上が重要です。限られた予算内でも、適切な戦略を講じることで、築古ビルの資産価値を維持・向上させることが可能です。成功事例から浮かび上がるキーワードは、「付加価値」「ターゲット戦略」「運営力」です。建物のハード(物理的な質)を高めることに加え、どのテナント層にどんな価値を提供するかを明確に描き、それに沿った小規模修繕・運用改善を行うことが満室への近道となっています。 一方で、すべての築古・小規模の賃貸オフィスビル再生プロジェクトが成功するわけではないことにも注意が必要です。改装(リニューアル)に多額の費用を投じて内装を一新し、「これで賃料アップだ」と意気込んでも、肝心の入居者が集まらなければ投資回収は困難です。例えばデザイン優先で改装したものの、立地とのマッチングを十分に検証しないまま進めたので、高めに設定した賃料に見合うテナントが見つからなかったケースや、テナントのニーズを読み違えて設備投資が空回りした例も報告されています。また、築古・小規模の賃貸オフィスビル特有の課題(耐震性や法規制上の制約など)を無視して表面的な改装(リニューアル)に終始した結果、「見た目は綺麗でも安心して入居できない」と敬遠されてしまう失敗もあります。こうした事例から学ぶべきは、市場ニーズや物件の本質的課題を見極めずに闇雲に改装したとしても成果は出ないという点です。再生策を講じる際には、しっかりとした戦略とニーズ分析に基づいて計画を立てることが不可欠でしょう。 以下では、築古オフィスビルを満室稼働させるための具体的な対策をいくつかの観点から掘り下げます。成功事例のエッセンスと失敗例の教訓を踏まえつつ、費用対効果を意識した実践的な手法を紹介していきます。 第2章:満室稼働を実現する具体策 2-1.「不安」の芽を潰す適切な小規模修繕 築古の小規模ビルで空室が長引くとき、原因は「賃料」より「不安」のことが多いです。具体的には、漏水跡、共用部のガタつき、トイレの不具合、照明のムラ、空調の効きムラ、異音――このあたりが残っていると、内見の瞬間に評価が落ちます。だからまず、やるべきは、いきなり、設備更新、リノベーションに踏み切ることではなく、小規模修繕で“減点ポイント”を消すことです。小規模修繕は、費用の上振れを抑えながら、内見評価を底上げできます。築古・小規模の賃貸オフィスビル再生の第一歩は、建物の基本性能と印象を底上げするハード面の改善です。限られた予算内でも工夫次第で効果的な小規模修繕は可能です。ポイントは「コストパフォーマンスの高い箇所から優先的に手を付ける」ことです。基本設備の基盤整備:古いビルでは空調や電気設備の老朽化により室内環境が劣化していることが少なくありません。空調設備の調整やフィルター清掃、必要に応じたメンテナンスを行い、適切な温度・空気質を維持しましょう。設備(とくに空調)の性能向上はテナント満足度を高め、ビル競争力の向上につながります。内装・共用部の改装で印象をリフレッシュ(小規模な設備導入とも組合わせ):ビル内外の見た目の改善も検討課題です。第一印象を左右するエントランスやロビーは、比較的低コストな小規模な改装(リニューアル)で大きな効果が期待できます。壁や天井の塗装を明るい色調に塗り替える、床材やカーペットを新調する、照明をLED化して明るさと省エネを両立する、といった改装は定番ながら有効です。特に照明のLED化は初期費用こそかかるものの、電気代削減効果をもって数年程度で初期支出を回収できるケースも多く、長寿命化により修繕・保守頻度も減らせます。また、水回り(トイレや給湯室)の清潔感は入居検討者が重視するポイントです。古いトイレ設備を最新の節水型に交換したり、和式トイレしかない場合は洋式化したり、内装を明るく改装するだけでも印象は格段に向上します。男女別トイレの設置が難しい小規模ビルでも、小規模ながら改装(リニューアル)して、清掃を行き届かせることで「清潔で安心」なイメージを与えられます。小規模改装で費用対効果を最大化:すべてを一度に直す予算がない場合は、ポイントを絞った部分リニューアルで段階的に価値向上を図りましょう。たとえば「エントランスホールのみ先行小規模改装」「空室となっているフロアをモデルルーム化」など、支出額に対してテナント受けする効果が高い部分から着手します。費用を抑える工夫としては、既存の什器や間仕切りを活用・再配置する、レイアウト変更を伴わない模様替え中心の工事にする、安価でもデザイン性の高い建材を取り入れる、といった方法があります。また、「古さ」を逆手に取る発想も有効です。内装のレトロな雰囲気をあえて残し、ヴィンテージ風オフィスとして売り出した例もあります。天井の躯体をあらわしにしてインダストリアルデザイン風に仕上げたり、昭和レトロな外観を活かして味わいのあるクリエイティブオフィスとしてPRすることで、画一的な新築ビルにはない個性を求めるテナントを引き付けられる場合もあります。このように、低予算でも「安全性の底上げ」と「印象の刷新」を両立する小規模修繕・小規模改装を組合わせて進めることで、築古・小規模の賃貸オフィスビルのマイナスイメージを払拭し競争力を高めることができます。小さな改良の積み重ねがテナント満足度を向上させ、結果として高稼働率・賃料維持につながるのです。 2-2.テナントニーズを捉えた運営工夫と差別化戦略 ハード面の改善と並んで重要なのが、ソフト面での戦略、すなわちテナントのニーズに合った運営とサービスの提供です。ただ空間を貸すだけでは選ばれない時代だからこそ、ビル独自の付加価値を打ち出し差別化を図る必要があります。ここではテナント・ターゲットの見直しと賃貸条件・サービス面での工夫について具体策を考えてみましょう。テナントのターゲット層の再設定:築古・小規模の賃貸オフィスビルが従来想定していたテナント像(例えば近隣の中小企業向け事務所利用など)に固執していては、市場の変化に取り残される恐れがあります。成功事例にあったように、発想を転換して新たな需要層を開拓することが鍵です。昨今増えているスタートアップ企業、ITベンチャー、地方や海外から進出してくる企業など、数十年前には想定しなかったターゲットも台頭しています。彼らは大企業ほどオフィスに高い予算は割けないものの、働きやすい環境やクリエイティブな雰囲気を求めています。また、小規模でもセキュアで快適なオフィスを必要とする専門士業(士業事務所)や、リモートワーク普及で郊外勤務を希望する従業員向けのサテライトオフィス需要なども見逃せません。自ビルの立地や規模に照らし、「このビルならでは」のターゲット層を定め、その層に響く改装・サービスを考えましょう。例えば駅から距離があるビルでも駐車場があれば車移動が主なテナントを狙う、都心でエリアイメージが良くない場所ならあえてクリエイター向けに内装を個性的にしてみる、といった戦略が考えられます。ターゲットを明確に絞ることで、その層に特化した売り込みが可能になって、満室への道が見えてきます。ビルブランディングと情報発信:築古・小規模の賃貸オフィスビルを再生する際には、そのビルのコンセプトや強みを明確に打ち出すことも大切です。ただ安いというだけではなく、「○○な人たちが集まるビル」「△△な働き方ができるオフィス」といった物語性を持たせるのです。ビルのブランドを育てていく姿勢はテナントにも伝わります。具体的には、ビルの名前をリブランディングしてみるのも一案です。築年数が古いままの名前より、コンセプトに合ったネーミングやロゴを作成して刷新すれば、新規顧客の目にも留まりやすくなります。改装(リニューアル)のタイミングに合わせて内覧会イベントを開催し、当社のオウンド・メディア・サイトで紹介記事を掲載するなど、積極的な情報発信を以て「生まれ変わったビル」をアピールしましょう。最近ではリノベーション専門の不動産メディアや、テナントリーシング支援のプラットフォームもありますので、そうしたチャネルを活用して露出を増やすのも有効です。オフィス探しをしている企業だけでなく、不動産仲介業者に対しても物件のセールス・ポイントを明確に伝え、認知度を高めておくことで紹介件数アップが期待できます。テナントとのコミュニケーション向上:ソフト面の充実として忘れてはならないのが、既存テナントとの関係構築です。現在入居中のテナントの満足度を上げることは、退去防止と口コミ効果につながります。小規模ビルでは管理人が常駐しない場合も多いですが、その場合でもビル管理会社が定期的に巡回した際に、こまめにチェックして、設備不具合の対応を早める、共用部の清掃頻度を上げる、といった地道な施策がテナントの愛着を育み、長期入居や知人企業の紹介といった形で報いてくれるでしょう。「このビルの管理は信頼できる」という評判が立ち、多少古いビルでも安心して入居できるとの評価につながります。結果として空室が出ても別のテナントで埋まりやすくなり、安定稼働・賃料維持に寄与するのです。 2-3.省エネ小規模修繕・エネルギー管理の強化による付加価値創出 近年、企業の環境意識の高まりやエネルギー価格の上昇を背景に、オフィスビルの省エネルギー性能は重要な競争力の一つとなっています。ビルの省エネ性能を高めることは光熱費の削減による運営コスト低減だけでなく、「環境に配慮したオフィス」という付加価値を生み、テナント企業のイメージ向上にもつながります。ここでは、築古・小規模の賃貸オフィスビルでも実践できる省エネ・エネルギー管理強化策を考えてみましょう。照明・空調の省エネ化:オフィスビルで電力消費の大きな割合を占める照明と空調の高効率化は、省エネの要です。照明は前述の通りLED照明への更新が効果的で、消費電力を約半分程度に削減できるケースもあります。人感センサーを設置して人がいない時には自動で消灯するシステムを導入すれば、無駄な点灯を防げます。空調については、旧式の個別空調機(パッケージエアコン等)で効率が悪いものはインバーター式の省エネ型に交換する、さらに、支出額は嵩みますが、熱源機器やポンプ類の高効率型への更新や制御システムの最適化を行うことで、かなりの省エネが期待できます。また、テナントが退去したフロアなど未使用区画の空調を停止・間引き運転できるようゾーニング制御を取り入れるなど、きめ細かなエネルギー管理を行うことも重要です。ビルのエネルギー使用量を見える化する、スマートメーターやエネルギー管理システム(BEMS)を導入すれば、テナントごとの使用量を把握して省エネ意識を高めたり、ピーク電力を抑制したりといったデータに基づく運用改善が可能になります。省エネ小規模修繕の結果、CO2排出量削減や電気料金削減といった具体的数値が出れば、それ自体をビルのセールス・ポイントとして訴求できます。▪断熱性能の向上と快適性アップ:築古・小規模の賃貸オフィスビルでは、窓サッシや外壁の断熱性能が低く、外気の影響を受けやすいため空調負荷が大きくなりがちです。可能であれば窓ガラスを複層ガラスに交換したり、窓枠に後付で断熱内窓を設置することで断熱性を高められます。簡易な対策としては窓ガラスに遮熱フィルムを貼るだけでも冷房負荷を減らす効果があります。夏場の直射日光が強い開口部には外部に可動ルーバーや日よけ(オーニング)を設置し日射を遮る工夫も有効です。逆に冬場の熱損失を防ぐため、出入口に風除室やエアカーテンを設けることも検討できます。こうした断熱対応は、テナントの光熱費負担軽減につながるだけでなく、室内の温度ムラが減り快適性が向上する副次効果もあります。室温の安定したオフィスは従業員の生産性や健康にもプラスに働くため、テナント企業にとってもメリットが大きいポイントです。 2-4.スマートビル化・付加価値サービスの導入による競争力強化 テナントの要望が高度化する中、築古・小規模の賃貸オフィスビルでも、テクノロジーの力を借りて付加価値サービスを提供することが求められています。いわゆる「スマートビル」的な機能は何も最新鋭のビルだけのものではありません。近年は後付け可能なIoTソリューションやサービスプラットフォームが数多く登場しており、築古・小規模の賃貸オフィスビルでも比較的容易に導入できるようになっています。ここでは、テクノロジー活用によるサービス向上策と付加価値創出の方法を見ていきます。IoTによるビル管理の効率化と快適性向上:まず挙げられるのが、ビル管理業務へのIoT導入です。センサーやネットワークを活用して設備の稼働状況や各種環境データを収集・制御することで、旧来型のビルでも最新ビルと遜色ない管理レベルを実現できます。たとえば、水漏れセンサーや設備異常検知センサーを設置しておけば、故障やトラブルの兆候を早期に把握し対処できます。エレベーターやポンプなどの主要設備にもIoT監視を付ければ、異常時に迅速な修繕・保守対応が可能となり、サービス停止時間の短縮や事故防止による信頼性向上につながります。さらにセキュリティ面でも、顔認証やICカードによる入退館管理システムを後付け導入する例が増えています。非接触で解錠できるスマートロックやスマートセンサーライト、防犯カメラのネット連携などにより、小規模ビルでも安全・安心なスマートセキュリティ環境を整備できます。古いビルでも後付け技術でそうした環境が実現できるなら、テナントの安心感は格段に増すでしょう。テクノロジー導入の費用対効果:スマート・システムや付加価値サービスを導入する際には、その費用対効果も考慮しましょう。幸いなことに、クラウドサービスやIoT機器の普及で初期投資ゼロ~小額で始められるサービスも多くなっています。例えば入退館管理システムは、クラウド型サービスを月額課金で利用すれば高価な専用機器を買う必要がありません。スマートロックも1台数万円程度からあり、工事も簡単です。また、テナント向けのスマホアプリを提供し、ビルの設備予約(会議室予約や空調延長申請など)を便利に行えるようにするサービスもあります。自社ビル専用アプリを開発するのは費用がかかりますが、既存のプラットフォームを使えば比較的安価です。重要なのは、テナント目線で「このビルに入ると便利」と思える仕組みを一つでも増やすことです。最新ビルでは当たり前の仕組みも、築古・小規模の賃貸オフィスビルで導入すれば大きな差別化になります。それがオーナーにとっても省力化・効率化につながるものであれば一石二鳥です。例えばオンライン上でテナントからの問い合わせや工事申請を受け付ける仕組みを導入すれば、対応履歴も残り管理もしやすくなります。小規模ビルゆえに人的サービスでカバーしていたことをIT化することで、逆にきめ細かなサービス提供が可能になる分野もあるでしょう。このように、スマート技術とサービスの導入は、築古ビルに現代的な付加価値をもたらし競争力を高める有効な手段です。テクノロジーは日進月歩で進化しており、今後も新たなソリューションが生まれるでしょう。オーナーとしては常に情報収集を怠らず、自ビルにフィットしそうなサービスがあれば積極的に試してみる姿勢が大切です。大掛かりな設備投資をしなくても導入できるサービスは数多くありますので、「築古だから…」「小規模だから…」と尻込みせずチャレンジすることで、テナント満足度と稼働率アップにつなげていきましょう。 おわりに:築古・小規模の賃貸オフィスビル再生は戦略的に、そして継続的に このコラムを通じて、築古・小規模の賃貸オフィスビルが直面する苦戦の背景と、再生への具体的ヒントを述べてきました。重要なのは、単に賃料を下げる安易な道に逃げるのではなく、戦略を持ってビルの価値を高める取り組みを行うことです。幸いにも、多くの成功事例が示すように、工夫次第で築古・小規模の賃貸オフィスビルは見違えるように蘇り、テナントにとって魅力的な存在になり得ます。老朽化が進むオフィス・ストックが大量にあるということは、裏を返せば変革の余地がそれだけ大きいということです。オーナーにとってはチャレンジであると同時に、大きなチャンスとも言えるでしょう。再生策を講じる際には、まず自ビルの強み・弱み、市場環境やターゲットのニーズをしっかり分析することが出発点です。その上で、本コラムで述べたようなハード・ソフト両面の手立てを組み合わせ、自社の事情に合ったロードマップを描いてください。すべてを一度に実現する必要はありません。小さな改善を積み重ね、それをテナント募集のアピール材料として発信し、徐々に稼働率と収益性を高めていくことが現実的です。一度、満室を達成しても油断は禁物で、市場動向やテナント要望は刻々と変化します。定期的にビルの状況を見直し、新たな競合ビルの動きや技術トレンドをチェックして、常にアップデートを図る姿勢が求められます。「単なる古い・小規模なビル」だった物件が、小規模修繕・改装(リニューアル)やサービス強化の組み合わせによって「選ばれるオフィス」に進化したとき、適正賃料で高い稼働を維持し、資産価値も向上する好循環が生まれます。築古・小規模の賃貸オフィスビルが持つポテンシャルを引き出し、テナントにとってもオーナーにとってもWin-Winとなる再生を実現するために、本コラムのヒントがお役に立てば幸いです。築古・小規模の賃貸オフィスビル再生の成功例が増えれば、賃貸オフィス・マーケット全体の活性化にもつながります。老朽化ストックが多い日本の賃貸オフィス市場において、一つひとつのビルが再生への一歩を踏み出すことで、新築偏重ではない持続可能な発展が期待できるでしょう。ぜひ、専門家の知見や周囲の協力も得ながら、ビジネスライクかつ柔軟な発想で築古・小規模の賃貸オフィスビルの再生にチャレンジしてみてください。満室稼働のその先に、ビル・オーナーとテナント双方の明るい未来が拓けるはずです。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年2月17日執筆2026年02月17日 -
貸ビル・貸事務所
高輪ゲートウェイ駅周辺のオフィス・貸事務所の特徴と賃料相場|不動産会社が解説
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの藤岡です。この記事は高輪ゲートウェイ駅周辺のオフィス・貸事務所賃料相場についてまとめたもので、2026年2月16日に執筆しています。少しでも皆さんのお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次高輪ゲートウェイ駅周辺の特徴とトレンド高輪ゲートウェイ駅周辺の入居企業の傾向高輪ゲートウェイ駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場高輪ゲートウェイ駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所の一例 高輪ゲートウェイ駅周辺の特徴とトレンド 輪ゲートウェイ駅は、JR山手線・京浜東北線が利用可能な駅として2020年に開業しました。品川駅と田町駅の間に位置し、高輪ゲートウェイ駅から品川駅へは徒歩でのアクセスも可能です。また、泉岳寺駅(都営浅草線・京急本線)も徒歩圏内にあり、都内主要エリアに加えて羽田空港方面へのアクセスにも優れた立地です。東京駅・新橋駅へは山手線で直通、品川駅を経由することで新幹線利用もしやすく、首都圏内外の移動を前提とする企業にとって交通利便性の高いエリアといえます。駅周辺は、従来は大規模なオフィス街というよりも、品川駅周辺の業務エリアと高輪・芝浦エリアの中間的な位置付けでした。しかし近年は、品川駅北側を中心に、JR東日本主導による「高輪ゲートウェイシティ」構想に基づく大規模再開発が進行しており、高輪ゲートウェイ駅前では、最新仕様のオフィスビルや商業施設、業務支援機能を備えた複合施設の整備が段階的に進められています。これにより、エリア全体としては、国際性や先進性を意識した「新たなビジネス拠点」としての性格が、徐々に形成されつつある段階にあります。周辺環境としては、現時点では品川駅側にかけて飲食店や金融機関、コンビニエンスストアなどが集積しており、オフィスワーカーの日常利用に大きな支障はありません。一方で、高輪ゲートウェイ駅単体では商業集積がまだ限定的であるため、実務上は品川駅周辺と一体で捉えて検討する企業が多い印象です。今後は、再開発の進展に伴い、業務・商業・交流機能を併せ持つ街へと段階的に成熟していくことが期待されています。 高輪ゲートウェイ駅周辺の入居企業の傾向 高輪ゲートウェイ駅周辺では、従来から品川エリアに拠点を構えてきた大手企業の関連部門や、支店・プロジェクトオフィスといった用途での利用が一定数見られます。業種としては、製造業の本社・技術部門、商社、物流関連、IT・通信系企業などの利用が見られます。近年は、再開発エリア内の新築・大型オフィスを中心に、研究開発機能を重視する企業や、複数拠点を持つ企業のサテライトオフィス需要も見られるようになっています。また、スタートアップや新規事業部門が入居するケースもあり、従来の品川エリアに比べると、やや実証実験型・先進志向のコンセプトを打ち出した街づくりが進められている点が特徴です。このエリアが選ばれる理由としては、品川駅至近という交通利便性の高さ再開発に伴う新築・高機能オフィスの供給都心主要エリアと湾岸エリアの中間に位置する立地バランスといった点が挙げられます。一方で、賃料水準は周辺エリアと比較して高めに推移しており、企業規模や利用目的を明確にした上で検討されるケースが多いのが実情です。 高輪ゲートウェイ駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場 高輪ゲートウェイ周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場は次の通りです。面積賃料下限賃料上限20~50坪約11,000円-50~100坪約14,000円-100~200坪約16,000円-200坪以上-- ※募集物件のデータが少ない場合は空欄としています。※法人登記できる実際のオフィスのみを対象としており、バーチャルオフィスは含めていません。※調査は当社が把握している物件情報を対象としておりますが、把握していない物件もあることから正確性を担保するものではありません。※賃料はおおよその目安として掲載しております。賃料下限の物件は、築年数が古く設備も古いケースが多い傾向があります。※再開発エリア内のビル、飛び抜けて[涼藤1.1]安い、あるいは飛びぬけて高いハイグレード物件の情報は省いています。 高輪ゲートウェイ駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所の一例 T323プレイスビル住所:港区高輪3丁目2番3号GoogleMapsで見る階/号室:401号室坪単価:応相談面 積:41.69坪入居日:即日 詳細はこちら ご希望条件をお伝えいただければ、当社の担当よりオフィス・貸事務所のご提案をさせていただきますので、お気軽にご相談ください。 物件の無料提案を依頼してみる 高輪ゲートウェイ駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所をお探しの企業様、高輪ゲートウェイ駅周辺で安定したビル経営を望まれているビルオーナー様は、こちらよりお気軽にご相談ください。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 藤岡 涼 入社以来20年以上にわたり、東京23区のオフィスビルを中心にプロパティマネジメント・リーシング・建物管理を担当。 年間多数の交渉やトラブル対応経験を活かし、現場目線に立った迅速かつ的確な提案を通じて、オーナー様とテナント様双方の満足度向上に努めています。 2026年2月16日執筆2026年02月16日 -
貸ビル・貸事務所
錦糸町駅周辺のオフィス・貸事務所の特徴と賃料相場|不動産会社が解説
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの藤岡です。この記事は錦糸町駅周辺のオフィス・貸事務所賃料相場についてまとめたもので、2026年2月13日に執筆しています。少しでも皆さんのお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次錦糸町駅周辺の特徴とトレンド錦糸町駅周辺の入居企業の傾向錦糸町駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場錦糸町駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所の一例 錦糸町駅周辺の特徴とトレンド 錦糸町駅は、JR総武線(快速・各駅停車)と東京メトロ半蔵門線が乗り入れるターミナル性のある駅です。JR総武快速線を利用すれば東京駅へ約8分、半蔵門線では大手町・渋谷方面へ直通でアクセスでき、都心主要エリアとの接続性に優れています。徒歩圏内で複数路線を利用できる駅はありませんが、駅自体の交通利便性が高く、城東エリアの業務拠点として一定の評価を得ています。駅南口から北口にかけては、古くから商業と業務機能が混在して発展してきたエリアで、中小規模のオフィスビルや雑居ビルが連続的に集積しています。大規模なオフィス街というよりは、1フロア20~100坪前後の貸事務所が多く、企業規模に応じた柔軟な物件選定がしやすい点が特徴です。周辺環境としては、銀行・信用金庫、郵便局などの金融機関が駅周辺に揃っており、法人利用に必要なインフラは一通り整っています。また、飲食店の選択肢が非常に多く、ランチ・打ち合わせ・来客対応のいずれにも対応しやすい点は、オフィス利用者にとって実務面での利便性につながっています。近年は、駅周辺での再開発や大型商業施設のリニューアルにより、街全体の回遊性やイメージが徐々に更新されています。都心副都心と比べると落ち着いた業務環境を保ちつつ、利便性を維持している点が、引き続き評価されているエリアといえます。 錦糸町駅周辺の入居企業の傾向 錦糸町駅周辺には、従来から卸売業、製造業の営業拠点、建設・設備関連企業、各種士業事務所などが多く入居しています。特に、城東・千葉方面に取引先や現場を持つ企業にとっては、地理的なバランスの良さが選定理由となるケースが見られます。近年では、IT関連の受託開発会社、Web制作、コールセンター機能を持つ企業など、比較的フットワークを重視する業種の入居も増加傾向にあります。都心主要エリアほどの賃料負担を避けつつ、採用や通勤の利便性を確保したい企業にとって、検討対象に入りやすい立地といえます。このエリアが選ばれる背景としては、第一に都心直結の交通利便性、第二に23区内としては比較的抑えられた賃料水準、第三に商業地としての賑わいと実務的な街の雰囲気が挙げられます。過度にビジネス色が強すぎない点を評価する企業も一定数存在します。 錦糸町駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場 錦糸町周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場は次の通りです。面積賃料下限賃料上限20~50坪約10,000円約18,000円50~100坪約15,000円約20,000円100~200坪約16,000円約20,000円200坪以上-- ※募集物件のデータが少ない場合は空欄としています。※法人登記できる実際のオフィスのみを対象としており、バーチャルオフィスは含めていません。※調査は当社が把握している物件情報を対象としておりますが、把握していない物件もあることから正確性を担保するものではありません。※賃料はおおよその目安として掲載しております。賃料下限の物件は、築年数が古く設備も古いケースが多い傾向があります。※飛び抜けて安い、あるいは飛びぬけて高いハイグレード物件の情報は省いています。 錦糸町駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所の一例 協新ビルジング住所:墨田区江東橋4丁目24番5号 GoogleMapsで見る階/号室:402号室坪単価:応相談面 積:23.95坪入居日:2026年3月6日詳細はこちら MYSビル住所:墨田区両国4丁目8番10号GoogleMapsで見る階/号室:302号室坪単価:応相談面 積:26.60坪入居日:2026年5月1日詳細はこちら ご希望条件をお伝えいただければ、当社の担当よりオフィス・貸事務所のご提案をさせていただきますので、お気軽にご相談ください。 物件の無料提案を依頼してみる 錦糸町駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所をお探しの企業様、錦糸町駅周辺で安定したビル経営を望まれているビルオーナー様は、こちらよりお気軽にご相談ください。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 藤岡 涼 入社以来20年以上にわたり、東京23区のオフィスビルを中心にプロパティマネジメント・リーシング・建物管理を担当。 年間多数の交渉やトラブル対応経験を活かし、現場目線に立った迅速かつ的確な提案を通じて、オーナー様とテナント様双方の満足度向上に努めています。 2026年2月13日執筆2026年02月13日 -
貸ビル・貸事務所
三田駅周辺のオフィス・貸事務所の特徴と賃料相場|不動産会社が解説
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの藤岡です。この記事は三田駅周辺のオフィス・貸事務所賃料相場についてまとめたもので、2026年2月12日に執筆しています。少しでも皆さんのお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次三田駅周辺の特徴とトレンド三田駅周辺の入居企業の傾向三田駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場三田駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所の一例 三田駅周辺の特徴とトレンド 三田駅は、都営浅草線・都営三田線の2路線が乗り入れる交通拠点です。加えて、徒歩圏内にはJR山手線・京浜東北線が利用可能な田町駅が位置しており、複数路線を使い分けられる利便性の高いエリアといえます。品川・東京・新橋といった都心主要エリアへのアクセスが良好で、都内外からの通勤動線を確保しやすい立地です。三田・田町エリアは、古くから企業の本社機能や支店、関連会社が集積してきた業務エリアとしての歴史があります。特に第一京浜(国道15号)や桜田通り沿いを中心に、中規模から大規模のオフィスビルが立ち並び、計画的に形成されたオフィス街という性格が強い地域です。周辺には銀行支店や郵便局、会議利用が可能な施設が点在しており、日常的な業務を行ううえでの利便性は整っています。また、飲食店もランチ需要を意識した店舗が多い一方で、仕事帰りに立ち寄れる飲食店も多くあり、ビジネスパーソンにとって使い勝手の良い環境が形成されています。近年では、JR田町駅を中心に再開発が進行し、周辺エリア全体としてオフィス機能の更新が進んでいます。三田駅周辺は、再開発エリアに隣接しつつも比較的落ち着いた街並みを維持しており、「都心近接かつ安定感のある業務エリア」として位置付けられています。 三田駅周辺の入居企業の傾向 三田駅周辺では、従来から製造業の本社・支店、商社、卸売業、各種士業事務所などが多く見られます。特に、長年同エリアで事業を継続している大企業が一定数存在し、入居期間が比較的長い傾向がある点は特徴の一つです。近年では、IT関連企業やコンサルティング会社、外資系企業の日本拠点なども徐々に増加しています。六本木・赤坂・大手町といった主要ビジネスエリアへのアクセス性を評価しつつ、賃料水準を抑えたい企業にとって検討対象となりやすい立地といえます。このエリアが選ばれる理由としては、以下の点が挙げられます。複数路線が利用可能で、都心主要エリアへの移動がしやすい交通利便性港区内では比較的落ち着いた賃料水準業務エリアとしての成熟度が高く、周辺環境の安定感があること華やかさや新規性を重視するエリアというよりは、実務を重視する企業に適した街の雰囲気が支持されている印象です。 三田駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場 三田周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場は次の通りです。面積賃料下限賃料上限20~50坪約12,000円約20,000円50~100坪約15,000円約22,000円100~200坪約18,000円約24,000円200坪以上約25,000円約35,000円 ※募集物件のデータが少ない場合は空欄としています。※法人登記できる実際のオフィスのみを対象としており、バーチャルオフィスは含めていません。※調査は当社が把握している物件情報を対象としておりますが、把握していない物件もあることから正確性を担保するものではありません。※賃料はおおよその目安として掲載しております。賃料下限の物件は、築年数が古く設備も古いケースが多い傾向があります。※飛び抜けて安い、あるいは飛びぬけて高いハイグレード物件の情報は省いています。 三田駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所の一例 FBR三田ビル住所:港区三田4丁目1番27号GoogleMapsで見る階/号室:9階坪単価:応相談面 積:103.82坪入居日:2026年12月3日詳細はこちら T323プレイスビル住所:港区高輪3丁目2番3号GoogleMapsで見る階/号室:401号室坪単価:応相談面 積:41.69坪入居日:即日詳細はこちら ご希望条件をお伝えいただければ、当社の担当よりオフィス・貸事務所のご提案をさせていただきますので、お気軽にご相談ください。 物件の無料提案を依頼してみる 三田駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所をお探しの企業様、三田駅周辺で安定したビル経営を望まれているビルオーナー様は、こちらよりお気軽にご相談ください。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 藤岡 涼 入社以来20年以上にわたり、東京23区のオフィスビルを中心にプロパティマネジメント・リーシング・建物管理を担当。 年間多数の交渉やトラブル対応経験を活かし、現場目線に立った迅速かつ的確な提案を通じて、オーナー様とテナント様双方の満足度向上に努めています。 2026年2月12日執筆2026年02月12日 -
ビルメンテナンス
不動産管理費とは?方法やコスト削減の秘訣を現役ビルメンが紹介
皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの羽部です。この記事は不動産管理の基礎知識から、管理会社に依頼する際の手順や注意点、コスト削減のポイントなどを詳しくまとめたもので、2026年2月10日に改訂しています。主に不動産オーナーに向けた内容となり、対象の不動産は「賃貸住宅」「オフィス」「商業施設」「物流施設」と幅広く、初めて不動産事業に携わる方でもわかるよう、通常は説明を省略するような部分についても、できる限り丁寧に説明します。特に昨今の物価上昇によるコストアップは不動産管理の分野でも見られますので、そのような状況でどのように対応すべきか、商品サービスの事例などについても言及します。すでに豊富な実務経験をお持ちの方におきましては、冗長に感じられた場合は恐縮でございますが、皆さまのご参考としてご覧いただければ幸いです。 目次第1章:不動産管理費とは?第2章:不動産管理の方法と管理会社の役割第3章:管理会社に委託する場合の手順と注意点第4章:不動産管理費のコスト削減の秘訣第5章:管理仕様を設定する方法第6章:不動産管理会社の品質を把握する方法第7章:ビルメンテナンス会社の例第8章:不動産理論・法律における管理費まとめ:最適な不動産管理で資産価値を守る 第1章:不動産管理費とは? 不動産管理費とは、文字通り「不動産を管理するために必要となる費用・ビルメンテナンス費用」の総称です。具体的には、以下のような業務を遂行する上で発生する費用が含まれます。なお、2項で言及する不動産管理会社の広義の業務内容に含まれる運営管理(PM:プロパティマネジメント)や資産管理(AM:アセットマネジメント)はそれぞれ専門の委託先が存在しており、その費用に関する説明は、それぞれ個別記事にて説明させて頂きます。建物・設備の保守点検費用エレベーターや空調設備、消防設備などの定期点検費用、修繕費用などが該当します。清掃費用共用部・外部・駐車場など、定期的に清掃を行うための費用です。警備費用警備員の配置や、防犯カメラ管理、セキュリティシステムの維持に関する費用です。管理人や事務スタッフの人件費管理人(管理員)の常駐費用や、事務的な手続き(家賃の督促やクレーム対応など)にかかる人件費。事務業務まで外注していれば費用を明確に認識できますが、管理業務を委託する場合でも所有者側で事務業務を負担する場合もあるので、その点を把握するような工夫が必要です。設備更新・修繕積立金経年劣化に応じた設備更新や、大規模改修工事の資金をプールするための積立金が含まれることもあります。区分所有建物と完全所有権建物区分所有建物では管理組合を運営するための事務費用(事務員や理事の報酬・会計処理・印刷・郵送費など)や、集会場・理事会や総会の開催に関わる経費などが含まれることがあります。これらは管理組合の運営方法により費用水準も異なり、建物管理以外の費用を含むので本稿では対象外とします。 【用語の定義】 不動産管理費とは通常、不動産所有者が建物(不動産)を管理するために必要な費用です。これはテナントが負担する管理費や共益費で賄う部分もあれば、建物所有者が負担しても、テナントに転嫁しない部分もあります。同じ用途の建物であっても、テナントが負担する管理費(共益費として負担するものを含む)に法令による定めや一律のルールはないため、不動産による異なる金額水準というだけでなく、そもそもの管理業務内容が異なります。更に賃貸オフィスなどで管理費を含む賃料も見られるため、一般のユーザーや新規の不動産所有者にはわかりづらい印象を持たれるかもしれません。この点について、どのように区分するかは不動産所有者の経営方針となりますので、それらを踏まえた運営方針を検討頂くため、関係する情報を含め説明して参りますが、特に断りない場合は不動産所有者が管理業務を外部に委託する場合の管理費について記述します。 第2章:不動産管理の方法と管理会社の役割 2-1.管理会社に委託するメリット 不動産オーナーが自前ですべての管理業務を行うことは、知識や人材・時間の面で非常に大きな負担となります。管理会社に委託することで、以下のようなメリットがあります。専門的なノウハウ・人材の活用設備の保守点検、清掃や警備など、専門知識や経験が必要な業務をまとめて委託できる。コスト管理の簡略化複数の業者を一社で取りまとめてくれるため、業者への発注や支払いの手間を削減できる。クレーム対応や入居者対応の負荷軽減賃貸住宅であれば入居者からの苦情・問い合わせ、商業施設やオフィスならテナントからの要望対応などを管理会社が担ってくれる。デメリットメリットの裏返しとなりますが、不動産に対する専門的な知見の蓄積や不動産管理を担当する社内人材の確保などが困難となります。また、管理会社次第ではありますが、細かいコスト管理が困難となる、管理会社を切替した場合に運営管理サービス水準が変わる可能性があり、入居者・テナントに対する対応などで混乱を招く懸念があるなど、すみやかに気付けば対応できる部分もありますが、発見できない場合はトラブルに発展するリスクもありますので、これらの部分について随時チェックするなど、定期的な確認・配慮は不可欠です。 2-2.管理会社の主な業務内容 建物管理(BM:ビルメンテナンス)日常清掃・定期清掃、設備点検、修繕対応、警備業務など。運営管理(PM:プロパティマネジメント)賃料回収・送金、テナントリレーション、クレーム対応、契約更新手続きなど。資産管理(AM:アセットマネジメント)建物の長期修繕計画の立案、不動産価値の維持向上施策の提案など、より資産価値にフォーカスした業務。一般的にはBM建物管理業務のみを委託するのが一般的です。但し、オーナーと管理会社の契約範囲によっては、AM業務まで包括的に行うケースもあれば、BMやPMのみを部分的に委託するケースもあります。従前、PM運営管理やAM資産管理は不動産所有者側で行う不動産が多く見られたため、不動産管理会社といえばBMのみを行うことが一般的でしたが、近年、不動産証券化などで運営される不動産が増加する市場環境において、不動産運営は高度化・専門化され、PM、AMなどの業務を含めて委託される不動産が増加しつつあります。但し、PM、AMなどの運営方式は狭義の不動産管理業務の対象外となるため、本稿では概略にとどめ、BMビルメンテナンス業務について説明を行います。 2-3.設備メーカー等によるメンテナンスと独立系メンテナンス会社の違い ビルメンテナンスを設備メーカーに委託するケースが多いのは、設備の専門知識や独自技術が求められ、保守点検や部品交換などをメーカーが一括して請け負いやすいという理由が大きいです。特に下記のような設備についてはメーカー独自の技術・ノウハウまた部品等が必要となる場合が多く、メーカー以外の保守業者が参入しにくい(あるいはそもそも選択肢が少ない)といえます。 ①メーカーに委託することが一般的・標準的な理由専門性・独自技術の高さ設備によっては独自の制御システムやソフトウェアが組み込まれており、メーカー以外が対応するにはノウハウが不足しやすい。メーカーがマニュアルや設計図書を独占的に保持しているケースもある。純正部品の供給・交換が容易メーカーによる純正部品の在庫確保や交換体制が整っているため、迅速かつ適切な修理が期待できる。部品が専用品の場合、メーカー以外の業者では調達が難しく、コストや工期が増加する懸念がある。保証や契約上のメリットメーカー保守契約を結ぶことで、長期保証やサービスパッケージ割引などの優遇がある場合が多い。更新工事やリニューアル時にも、同一メーカーとの付き合いがあるとスムーズに進めやすい。トラブル対応・緊急時のサポート体制遠隔監視システムや24時間対応コールセンターなど、メーカー独自のサポート体制が確立されていることが多い。大規模トラブル時にはメーカーのエンジニアが速やかに現地対応できるネットワークがある。特に故障部材の手配はメーカー以外だと時間がかかる場合もあります。権利関係・安全面の理由建築基準法や消防法などに関連する設備(特にエレベーター、エスカレーターなど)は法定点検が義務付けられており、メーカーに保守を委託することで安全基準を満たすための手続きや書類作成がスムーズになる。ソフトウェアや制御システムに関する知的財産権の都合で、メーカー以外が介入すると契約違反や保証対象外となるケースがある。 ②メーカー以外の選択肢が少ない建物設備の例エレベーター・エスカレーターエレベーター(三菱電機、日立、東芝、オーチスなど)やエスカレーターも同様。法定点検・法令基準を満たすための確かな技術力が必要。制御装置・センサー部分がメーカー独自仕様で、外部業者が手を入れにくい。部品交換はメーカー調達が基本となるため、他業者が対応するとコスト面・納期面で不利になりやすい。大規模空調システム・パッケージエアコン(ビル用マルチエアコンなど)ダイキン、日立、東芝、三菱電機などが製造するビル用空調システム。各社が独自の制御プログラムや配管方式、冷媒制御などを採用しており、故障診断もメーカー専用ソフトを使用することが多い。修理には純正部品・特定知識が不可欠で、メーカー系サービス会社を経由しないと入手できる部品もある。中央監視システム・ビル管理システム(BAS:Building Automation System)ビル全体の空調・照明・セキュリティ・防災などを一元的に制御するシステム(オムロン、ヤマト、アズビル、Johnson Controlsなど)。システム全体がソフトウェアと連携しており、メーカー独自のプロトコル(通信規格)を用いることが多い。外部からのカスタマイズや改修が難しく、メーカーに専用ツールやライセンスがある場合が多い。特殊設備(無停電電源装置(UPS)、大型ボイラー、非常用発電機など)特殊メーカー製の大型UPSや非常用発電機など。特殊部品や法定検査を伴い、メーカーかメーカー代理店での点検がほぼ必須。不具合時の原因究明や修理にも高度な専門知識・部品が必要になる。その他(高性能セキュリティ機器、特殊扉など)たとえば、自動ドア(高性能センサー付き)、特注の防火シャッター、防音・防振設備なども、メーカー以外が対応しづらい場合が多い。 ③独立系メンテナンス会社に委託する場合の注意点部品調達ノウハウや専門資格を持った技術者の有無保証や緊急時の対応近年は一部メーカー製品について外部業者が対応可能なケースも増えているため、コストやサービス品質を比較検討する際は、代替手段がないかどうかを確認することも重要です。 2-4.管理会社の料金体系 一般的なBM管理業務を主体とする上場企業の日本管財(現:日本管財グループ/ホールディングス体制)の2023年度3月期決算短信の損益計算書によると売上高700億円に対する役務提供売上原価554億円とあり、売上の79%が人件費です。すなわち、管理会社の売上は人的サービスが規定しており、委託業務の料金はその業務に必要な人件費で定まる、ということを示しています。昨今、不動産管理業界でもDX化の導入を進めていますが、数値的な部分では不動産管理業務は人的サービス商品となります。個々の業務に必要な人的サービスは常に一定でなく、変動があるため、価格の見積は発注者からはわかりづらい部分もあります。管理会社は標準的な業務量や費用テーブルを構築し、それをもとに料金設定をしてあり、料金を算定する場合、当該業務に必要な時間×当該業務に必要なスタッフの時間単価×一定乗率で算出しています。当該業務に必要な時間は仕様で定めることができます。スタッフの時間単価は仕事の質に比例します。一定乗率は会社の定めなので個々の会社ごとに異なります。発注に際しては、料金÷業務時間により時間単価×一定乗率が求められますので、この部分を比較すれば業務品質の目安の評価が可能と思われます。 第3章:管理会社に委託する場合の手順と注意点 ここでは、不動産オーナーが初めて管理業務を委託する流れを、できるだけわかりやすく解説します。本章はあくまで全体の手順を掴んで頂くための説明なので、詳細な手順について後段で説明します。 3-1.委託範囲の明確化 まずは「どこまで管理会社に任せたいのか」を明確にしましょう。以下のように大きく分けて考えると整理しやすいです。BM(ビルメンテナンス)業務のみ委託:清掃や設備保守点検、警備などPM(プロパティマネジメント)業務も含めて委託:BMに加え、家賃回収やテナント対応など運営管理も任せるAM(アセットマネジメント)まで包括委託:BM・PMに加え、不動産価値向上策の立案・実行まで含む 3-2.複数社への見積もり依頼 管理会社はそれぞれ得意分野やコスト構造が異なります。必ず複数社に声をかけ、業務範囲・管理費・実績・対応力などを比較しましょう。管理仕様:適切な管理仕様を指定できるようであれば仕様を定めた形で見積依頼を行うが、仕様について不明な部分があれば管理会社の提案を受ける形とすることも可能業務範囲:規定した仕様で具体的にどこまでやってもらえるのか、数量的な目安を確認することで比較が可能となります見積もりの内訳:清掃費、設備点検費、警備費、人件費など、それぞれの業務ごとに金額が明確か管理実績:対象とする不動産タイプ(賃貸住宅、オフィス、商業施設、物流施設など)の管理実績はどの程度か緊急対応:24時間365日体制で対応可能か、または対応の方法を持っているか 3-3.管理仕様を決める 管理会社を選定したら、実際にどのような仕様で管理してもらうのかを詰めていきます。以下概略を述べますが、詳細は後述の第5章を参照して下さい。清掃回数・実施場所例)エントランスは毎日、駐車場は週1回、廊下は週2回など個別に頻度を設定する場合と、作業時間を決めて日単位・週単位・月単位・年単位などで何をするかを明確にするなど様々なバリエーションと工夫がある設備点検の頻度法定点検だけでなく、予防保守をどこまで行うか報告・連絡の頻度毎月レポートなのか、四半期ごとなのか、必要に応じてリアルタイムで連絡するのか、報告手順として資料の送付のみか、対面での説明はあるか、など具体的な報告方法について予め確認する必要がある夜間・休日の対応警報発生時やクレームの連絡が来たときのフローを事前に決めるこのように仕様を明確にすることで、管理会社とオーナーの間で認識のズレが生じるリスクを減らし、トラブルを防止できます。 3-4.契約締結と運用スタート 管理内容や費用・報告体制などを取り決めたうえで正式に契約を交わします。運用が始まってからも、定期的にコミュニケーションをとり、必要な修正や要望を逐次伝えることが大切です。 第4章:不動産管理費のコスト削減の秘訣 次に、管理費をできるだけ抑えながら、建物の品質を維持するためのポイントをご紹介します。本来は管理仕様の工夫がコスト削減の基本ですが、管理仕様の設定はコスト以外に賃貸不動産としての競争力にも影響があるので、まずは大枠で管理コスト削減について説明し、管理仕様についてはその後に別途説明する構成とします。 4-1.適切な管理仕様の見直し 清掃や警備など、サービスを必要以上に過剰設定していないか見直しましょう。たとえば賃貸住宅では、エントランスやゴミ置き場など入居者の生活に直結する場所は重点的に清掃し、それ以外の共用廊下はやや回数を減らすなど、必要十分なレベルに調整することでコストを削減できます。管理仕様と費用は直接関係するので、最低限の仕様で管理を委託した方が良いと考えることもできます。短期的なコスト削減ではそのような方策もあり得ますが、入居者の満足度や建物の予防保全などの観点を含めて管理仕様をどの水準とするかは極めて高度な知識と経験が必要な項目です。この記事でも具体的な部分について例として言及しますが、唯一無二の適切な管理仕様があるわけでなく、実際には不動産ごとに状況に応じて管理仕様を設定し、見直して行くことがビル運営管理の業務そのものなので、その手順について後述します。具体的商品サービス例清掃ロボット清掃ロボット導入により、清掃コストを抑えつつ品質を維持する商品です。清掃現場のノウハウを活かし、省人化・品質維持・コスト削減を同時に狙う、商業施設での導入事例があります。共用廊下・エントランス・バックヤードなど定型作業清掃頻度や人員配置の“見直し”とセットで実施します。 4-2.設備の予防保守 定期点検・予防保守を怠ると、結果的に大きな修繕費用が必要になる可能性が高いです。設備が故障してから交換・修理する「事後保全」より、計画的な点検・メンテナンスで不具合を未然に防ぐ方が、トータルコストを抑えられます。 4-3.複数業務の一括発注 清掃会社、設備管理会社、警備会社などを個別に契約すると契約窓口が増えるだけでなく、全体コストも高くなりがちです。管理会社に一括でまとめて委託するとスケールメリットが期待でき、コスト削減につながるケースが多いです。具体的商品サービス例遠隔監視・受付無人化・FM提案で人件費・警備費を削減するALSOK「受付案内システム」(無人受付・遠隔対応の活用)があります。これは無人受付、遠隔・駆けつけ対応、ファシリティマネジメント等を「コスト削減」目的で整理して提供。小規模ビルの受付・夜間対応の省人化、“24時間365日体制の一次受け”を外部化して現場負荷を下げる、緊急対応の標準手順(連絡・駆けつけ・報告)を外部サービスで対応などの効果が期待できます。 4-4.エネルギーコストの見直し 照明のLED化や空調・給排水設備の省エネ化、適切な稼働時間管理など、エネルギーコストの削減は長期的に大きな効果をもたらします。管理会社と相談し、電力・水道使用量やエネルギーモニタリングの方法を導入するのも効果的です。具体的商品サービス例BEMSという仕組みの導入事例があり、電力の見える化と自動制御でエネルギー費を削減する仕組みであり、次の目的や効果を挙げることができます。効果①空調・照明・デマンドのピークカット(基本料金の抑制)効果②テナントへの「見せる化」で節電行動を促す効果③現場常駐の“勘の運転”を減らし、運転ルールを標準化BEMSの具体的な商品は次のとおりです。商品例①アズビル「BEMS」~建物設備のエネルギーマネジメント支援として、運用コスト削減や設備安定稼働を掲げるサービス。商品例②NTTファシリティーズ「FITBEMS」~電力使用状況の「見える化」「見せる化」+自動制御で省エネ・節電を支援するクラウド型BEMS。商品例③丸紅ネットワークソリューションズ「BEMSサービス」~センサー計測+制御+見える化で、契約電力や電気料金の削減効果を目指す。ほか、エネルギー設備の一括運用で運用・調達の最適化商品として、商品例④TGES(東京ガス・TGES)「オンサイトエネルギーサービス」~エネルギー調達まで含めた方式(ESP方式等)であり、エネルギー関連の運用をまとめて任せることで効率化を実現、などもあります。※以下の内容は一般的な情報提供を目的としており、具体的な法的アドバイスを提供するものではありません。実際に疑義がある場合には、弁護士など専門家の助言を仰ぐことをおすすめします。 4-5.管理会社による受注調整の可能性 ①受注調整(談合)とは受注調整(談合)とは、複数の企業が競争入札や見積もり合わせの際に、「どこが受注するか」「いくらで受注するか」などを事前に取り決めるなど、競争原理を妨げる行為を指します。これは日本の独占禁止法で禁じられている行為(不当な取引制限)です。②不動産管理業界での談合リスク不動産管理業務には、清掃・設備保守・警備など複数の業者が関わります。管理会社がこれらの業者を取りまとめる形で一括受注・下請け手配をするケースも多く、業務が集中すると「あの管理会社に頼めばある程度相場が決まっている」といった形で実質的に競争が働きにくくなる環境が生まれることがあります。ただし、大手管理会社同士が直接価格を操作し合うような形での談合は表面化しにくく、あくまでも各分野の専門業者との連携の中で調整が起こるケースが想定されます。いずれにせよ、競争原理を阻害する“カルテル”や“談合”は違法であり、発覚すれば公正取引委員会(公取委)から是正を求められたり処分を受けることになります。③発注側が取れる対策複数社からの相見積もり(競合入札)見積もりの透明性・妥当性の確認情報共有や公取委への相談発注方式の工夫契約内容の定期的な評価と改善④まとめ違反行為を完全に防ぐことは難しいものの、発注者としては複数の会社からの見積もりを取り、契約内容をしっかりチェックし、必要に応じて専門家に相談するなどの対策を講じることで、談合リスクを軽減できます。競争環境を整えながら、信頼できる管理会社・工事会社と適切な関係を築いていくことが、結果的に健全なコストと質の両立につながるでしょう。 4-6.まとめと管理費の相場 管理費の相場は一概に説明し切れるものではありません。仕様として作業時間が妥当である場合、2-3で説明したとおり、時間単価の水準を目安とすればそれぞれの業務の相場について数字で把握することは可能なので、その数字が他の水準を逸脱しているようなら確認が必要な場合もあるかもしれません。但し、昨今の傾向として、人件費を含む物価の高騰により管理費も増加傾向にあります。従いまして、同じ管理仕様で切替をした場合のコスト削減は難しい可能性があります。もしくは、管理仕様を向上して不動産の競争力を高めようとしても人手不足で対応が難しい可能性もあります。更に人的なコストや人材確保については、地域により状況が異なるため、あくまで可能性がある、という表現に留めるのが妥当だと思います。そのような状況ということもあり、現在の管理費について、本稿のような全般的な内容のなかで現在の相場を説明するのは誤解を招くおそれがあるので、避けたいと思います。従いまして、いくつかの管理会社に相談し、希望するサービスを提供して頂けそうな管理会社から見積を取得し、それらの見積を比較することが肝要です。 第5章:管理仕様を設定する方法 以下では、「管理仕様を設定する方法」の具体的な手順を中心に解説していきます。前章で説明したとおり、管理費のコストを適切にするための方策として、価格競争にコスト削減は有効に機能しない可能性もあります。不動産のタイプやテナントの種類、建物の構造・設備状況などは千差万別であり、唯一絶対の管理仕様は存在しません。最適な仕様は、建物の特性やオーナーの運営方針、入居者(テナント)ニーズなどによって変動します。したがって、不動産ごとに現状と目標を把握し、管理仕様を段階的かつ継続的に策定・見直ししていくことが求められます。管理仕様の適切な設定が管理コストの合理化や建物競争力の維持改善となるものなので、ある意味で不動産運営における重要ポイントとなります。 5-1.前提条件の整理 まずは、管理仕様を決める際の前提となる情報を整理します。ここで情報が不十分だと、適切な仕様を立案できません。物件の基本情報建物の種類(賃貸住宅、オフィス、商業施設、物流施設など)建築年・階数・延床面積・構造・設備状況(空調、エレベーター、給排水設備、防犯カメラなど)法定点検や行政上の届け出の有無(建築基準法、消防法、労働安全衛生法などの必須点検項目)オーナーの運営方針・目標物件をどのように活用し、どの程度の利益や稼働率をめざすのか資産価値の向上を重視するのか、または早期売却・転貸などの戦略があるのかブランディングやイメージアップ(高級感など)を重視するのか入居者(テナント)の特性・ニーズ賃貸住宅ならファミリー、単身者、高齢者向けなどオフィスなら士業系、IT系、コールセンターなど商業施設なら店舗の業種・営業時間・集客力など物流施設なら荷物の取り扱い量、24時間稼働の有無など現状の課題や希望既にクレームが頻発しているのか、不具合が発生している設備はあるか管理コストをどの程度削減したいのか(短期・長期目標)現状の管理仕様に不足を感じている点は何か 5-2.必要な管理項目の洗い出し 次に、具体的にどのような項目を管理する必要があるのかをリストアップします。建物の種類・規模・設備によって異なりますが、大枠として以下のようなカテゴリに分けると整理しやすいです。清掃日常清掃(共用部のほこり・ごみ回収、玄関・エントランス、トイレなど)定期清掃(フロア洗浄、ガラス清掃、外壁洗浄など)設備保守・点検法定点検(消防設備、エレベーター、空調設備など)予防保守(建物・設備の経年劣化を踏まえた定期点検など)警備・セキュリティ防犯カメラの管理・録画データの保管警備員の常駐や巡回の有無夜間緊急対応(警報発報時の現地対応など)管理人・受付業務常駐管理人の有無(賃貸住宅)受付スタッフの配置(オフィスビルや商業施設)PM(プロパティマネジメント)業務賃料回収、テナント対応、クレーム処理契約更新、退去時の原状回復管理などAM(アセットマネジメント)業務資産価値向上策の検討、長期修繕計画の策定リノベーション提案、リーシング戦略立案など必要な管理項目を一通り洗い出したら、物件の特性とオーナーの方針に照らし合わせて取捨選択を行います。 5-3.重要度と優先順位の評価 管理項目がリストアップできたら、各項目の「重要度」と「優先順位」を評価します。以下のような指標を用いると整理しやすいでしょう。法定必須項目かどうか建物や設備の劣化リスク・入居者への影響度コストと効果(費用対効果)入居者満足度やブランドイメージへの影響このステップでは、1つひとつの項目に対して「なぜ必要なのか」を明確にして、優先度の高いものから確実に管理仕様に組み込むことが大切です。 5-4.管理仕様の具体化とコスト試算 優先度を決定したら、いつ・どの頻度で・どのような内容で実施するかを具体化していきます。その際に、同時にコストの見積もりも行い、仕様と費用のバランスを調整していきます。管理頻度の設定日常清掃:テナント使用状況を鑑みる必要があります。毎日or週○回or月○回定期清掃:日常清掃では対応できない部分や機器類を使用して行う清掃があります。毎月〇回or年〇回設備点検:月次・年次・法定点検のタイミングに合わせる警備・緊急対応:24時間体制か、夜間のみ遠隔監視か管理方法の検討専門業者に外注するか、管理会社による一括手配か巡回や常駐のスタイル、設備点検の報告書作成の有無などコスト試算各項目ごとに必要な人件費・資材費・外注費などを積算管理仕様の高・中・低の3パターンなど、複数のシナリオを比較検討する短期・長期での費用対効果の考察短期的にはコスト削減になるが、長期的に修繕リスクやクレーム対応コストが増える可能性がないかテナントの満足度維持や更新率の向上が見込まれるか仕様変更に伴う価格見直しの検討仕様変更で管理水準の向上を行った場合、それによるテナント負担額の増加ができないかを検討する収入増額のためには、管理仕様単独の変化だけでなく、物件の価値全体を評価して妥当な賃貸条件の見直しも必要となる場合がある 増額を行う場合は一度にすべての増分を転嫁するのでなく、段階的に行うことでテナントの理解を得るように努めることも検討するこの時点で、「もっと安く抑えたいから清掃回数を減らす」「リスク回避のために予防保守を厚くする」といった調整を繰り返し、オーナーのニーズと費用との折り合いをつける一方でテナント満足度も把握しながら仕様見直しを進めます。 5-5.試験運用とフィードバック 策定した管理仕様をすぐにフル稼働させるのではなく、場合によっては試験運用(トライアル)を実施すると、現場のリアルな状況が把握しやすくなります。短期的なテスト導入例)清掃回数を月内で数パターンに分けて実施し、入居者の反応や作業負荷を比較する例)警備体制を常駐から夜間遠隔監視に切り替えてみてトラブル件数を調べるフィードバックの収集入居者やテナントからのクレーム・要望、スタッフからの作業報告を分析クレーム発生頻度や作業負荷が適正かどうかを確認柔軟な仕様修正試験運用で見えた課題を踏まえ、再度仕様を微調整するこのサイクルを繰り返すことで、実態に合った仕様が固まっていく 5-6.本格運用と継続的な見直し 試験運用を経て一定の仕様が固まったら本格運用に移行します。ただし、建物や入居者の状況は時間とともに変化するため、運用開始後も定期的な見直しを行うことが極めて重要です。定期レポート・ミーティング管理会社や業務委託先からの報告書を毎月または四半期で受け取り、清掃品質や設備点検結果、クレーム状況を把握必要に応じて改善要望を伝える入居者アンケート半年や1年ごとに簡易的な満足度調査を実施清掃・警備・設備などに対する評価や要望をヒアリング設備の更新計画との連動長期修繕計画を踏まえて、更新時期が迫っている設備に対する点検強化やリニューアル工事の計画を立案老朽化が進んでいる場合は保守コストが増加しやすいため、管理仕様の組み直しが必要になることも外部環境の変化競合物件の登場、地価や賃料相場の変動法規制の変更(省エネ基準や建築基準法など)需要の高まりによるテナント層の変化(物流施設ならEC需要増加など)収益の変化収入と費用の両面でどのような変化があるかを把握するそれぞれの変化の原因を把握し、トータルの事業としての収益性の変化を把握し、収益改善に向けた検討を重ねるこうした変化に対応しながら、定期的に管理仕様をアップデートするのがビル運営管理の本質です。 5-7.まとめ:状況に合わせた管理仕様の「設定→運用→見直し」が肝 唯一無二の完璧な管理仕様は存在しない物件の状況やオーナーの方針、入居者ニーズによって求められる水準は異なる。法定必須項目やリスク管理は最低限必ず守るコスト削減を最優先すると、長期的な修繕コスト増や入居者離れにつながるリスクがある。短期的なコストカットと長期的な価値維持のバランス清掃や警備を極限まで削減すれば経費は下がるが、結果的にブランドイメージやクレーム対応コストに悪影響を及ぼす可能性がある。試験運用と定期的な見直し一度決めた仕様がベストとは限らない。PDCAサイクルを回し、必要に応じて仕様を修正していく。作業時間と料金は比例身も蓋もない結論に聞こえるかもしれませんが、現在の不動産管理業界の環境では、質の高い管理業務を行うには一定の作業時間は必要であり、その範囲で可能な業務効率化により作業時間も抑制することがコスト削減方法として王道と思われます。ビル運営管理の重要なポイントは、「状況に応じた最適解を継続的に探りながら運営する」というプロセスそのものです。今回ご紹介したステップを踏まえて、ぜひ自分の物件に合った管理仕様を策定し、オーナー・入居者双方が満足できる運営を実現してみてください。 第6章:不動産管理会社の品質を把握する方法 管理業務の品質を確認し、必要に応じて改善要望を伝えるためには、以下のようなポイントを押さえると良いでしょう。 6-1.定期報告書のチェック 月次や四半期で提出される報告書をしっかりと確認し、疑問点があれば管理会社に質問しましょう。清掃実績:清掃箇所や回数、問題点の報告はあるか修繕・点検報告:設備の使用状況、故障の有無や今後の計画はどうなっているかテナント(入居者)対応履歴:クレームや問い合わせの内容と対応結果 6-2.現地確認・立ち会い 定期的に現地を訪問して、以下の点を直接チェックすることも重要です。清掃状態:ごみやほこりが残っていないか、壁や床はきれいに保たれているか設備の稼働状況:エレベーターや空調などの不具合がないか警備体制:防犯カメラが正常に作動しているか、警備員の巡回状況は適切か 6-3.入居者・テナントからの評価 入居者やテナントがいる場合は、定期的にアンケートをとり、管理会社の対応について意見を収集するのも効果的です。クレームや要望が多い場合、管理体制に問題があるかもしれません。 6-4.管理費の内訳の透明性 管理費の明細をしっかり確認し、どの業務にいくらかかっているのかを把握しましょう。不透明な部分が多い場合は、管理会社に説明を求め、納得のいくまで相談することが大切です。 6-5.まとめ 管理業務に関して管理会社に説明を求めた場合の回答内容や説明が適切で納得できる内容であれば、入居者やテナントに対する対応も同様と想定することも可能です。但し、不動産所有者は管理会社の発注主という立場であるため必ずしも異なり、管理会社の窓口が異なる場合もあります。そのような状況を鑑み、管理会社の品質について様々な観点から評価することが望まれ、もし課題を発見したら、管理会社とともに改善に取り組むことも不動産所有者の役割といえます。 第7章:ビルメンテナンス会社の例 本章ではタイプ別にビルメンテナンス会社の例をご紹介します。あくまでビルメンテナンス会社を探す際にどのような特徴があるのかを理解するうえでの一助となることを目的としており、特定の企業の広報を目的とするものではないため、実際の選定についてはご自身で調査されますようお願いいたします。日本のビルメンテナンス業界では、企業ごとに「得意とする物件タイプ」や「強みとする業務分野」が異なります。以下では、施設タイプ別・業務タイプ別にいくつかの主要ビルメンテナンス会社や建物管理会社を例示し、その特徴を簡単に紹介します。あくまで代表例であり、実際には多くの企業が複合的に業務を行っていますので、ご参考程度にご覧ください。 7-1.施設タイプ別 (1)オフィスビル三井不動産ファシリティーズ特徴:三井不動産グループのビルメンテナンス会社。大規模オフィスビルや大規模商業施設の運営管理に強みを持ち、設備管理、ファシリティマネジメントまで幅広く対応。東京ビルサービス株式会社特徴:東京建物グループ。オフィスビルなどのPM・BM(ビルマネジメント)を中心に展開。(2)賃貸住宅(レジデンス・アパートメント)大東建物管理株式会社特徴:大東建託グループの管理会社。賃貸アパート・マンションの一括借上(サブリース)を含めた管理を行い、入居者対応、設備保守、清掃などを総合的に請け負う。主な対象物件:賃貸アパート・マンション。大和リビング特徴:大和ハウスグループの管理会社。賃貸アパート・マンションの管理を行い、入居者対応、設備保守、清掃などを総合的に請け負う。主な対象物件:賃貸アパート・マンション。(3)分譲マンション(区分所有)東急コミュニティー株式会社特徴:東急不動産HD傘下の管理会社。分譲マンションの管理組合運営サポート、清掃・設備点検、長期修繕計画の策定など総合的に対応。主な対象物件:首都圏を中心とした分譲マンション。大京アステージ株式会社特徴:大京グループのマンション管理会社。「ライオンズマンション」シリーズを中心に、管理組合運営サポート、点検・清掃業務、長期修繕計画のコンサルなどを得意とする。主な対象物件:分譲マンション(全国展開)。(4)商業施設(ショッピングセンター・大型商業ビル)イオンディライト株式会社特徴:イオングループの総合ビル管理会社。ショッピングセンター(SC)の清掃・設備管理をはじめ、駐車場運営、セキュリティ、受付案内などワンストップで提供。主な対象物件:イオンモールをはじめとする大規模商業施設。JR東日本ビルテック株式会社特徴:JR東日本グループのビル管理会社。駅ビルや商業施設、オフィスビルの総合管理に強みを持つ。鉄道関連の特殊設備管理にも対応。主な対象物件:駅ビル、商業施設、複合型大規模ビル。(5)物流施設・倉庫星光ビル管理特徴:総合管理会社主な対象物件:倉庫物流施設管理を行う(6)駐車場タイムズ24株式会社(パーク24グループ)特徴:コインパーキングや駐車場運営を主体とした会社。設備保守から料金徴収システムの管理、警備サービスなどを統合的に行う。主な対象物件:駐車場(有人・無人含む)、立体駐車装置。株式会社アズーム主な対象物件:駐車場管理(7)ホテル共立メンテナンス特徴:ドーミーインを展開給食事業なども行う。主な対象物件:ビジネスホテル、リゾートホテル。APAホテルズ&リゾーツ(APAグループ)特徴:APAが自社でホテルの開発・運営を行うケースが多いが、ビルメンテナンスに関してはグループ会社や提携先で設備保守や清掃を担当する。主な対象物件:ビジネスホテル、シティホテル。 7-2.業務タイプ別に強みを持つビルメンテナンス会社の例 (1)清掃業務(ビルクリーニング)東洋テック株式会社特徴:関西を中心に清掃業務や警備業務を得意とする会社。ビル清掃、ガラス清掃、高所作業などの専門技術を有し、警備と合わせて総合管理を行うことも可能。太平ビルサービス株式会社特徴:清掃・設備管理を中心に、全国に拠点を持つ。特に清掃領域ではオフィス・病院・学校など多様な施設対応の実績が豊富。(2)設備保守(電気・空調・給排水・消防など)ビル設備系メーカー系サービス会社例:三菱電機ビルテクノサービス、日立ビルシステム、東芝エレベータ、ダイキンHVACソリューションなど特徴:自社製品(エレベーター、空調設備など)に関する保守点検を中心に、ビルメンテナンス全般に拡大対応している。純正部品・メーカー技術者によるメンテナンスを強みとする。アズビル株式会社(旧:山武)特徴:ビルオートメーションシステム(BAS)など、中央監視・制御設備の保守を得意とし、空調制御・エネルギーマネジメントなど付加価値の高いサービスを提供。(3)修繕工事鹿島建物総合管理株式会社(鹿島グループ)特徴:大手ゼネコン鹿島建設グループ。オフィスビルやマンション等の定期修繕・改修工事の提案・実施を行う。建築知識・施工体制が強み。長谷工コミュニティ(長谷工グループ)特徴:マンション管理と大規模修繕工事で高いシェアを持つ。長谷工コーポレーションの建築ノウハウを生かし、老朽化対策や耐震補強など総合的に対応。(4)ビル運営(テナント管理・運営企画・PM業務)CBRE株式会社特徴:外資系不動産サービス会社。グローバル基準のPM(プロパティマネジメント)、アセットマネジメント、リーシング戦略など幅広いサービスを提供。対象業務:オフィス・商業施設の運営管理、テナント付け、契約交渉・レポーティングなど。 7-3.まとめ 施設タイプ別の得意分野オフィスビル:大手デベロッパー系管理会社賃貸住宅:大東建物管理、レオパレス・パートナーズなど賃貸管理大手分譲マンション:東急コミュニティー、大京アステージなどマンション管理専業大手商業施設:イオンディライト、JR東日本ビルテックなど、SCや駅ビルに強い会社駐車場:タイムズ24など駐車場運営に強い企業ホテル:APAなどホテル運営受託会社業務タイプ別の得意分野清掃:太平ビルサービス、東洋テックなど清掃専門部隊が充実設備保守:三菱電機ビルテクノサービス、日立ビルシステム、アズビルなどメーカー系修繕工事:鹿島建物総合管理、長谷工コミュニティなど建設・ゼネコン系ビル運営(PM業務):外資系不動産サービス企業(CBREなど)、大手デベロッパーグループこのように、ビルメンテナンス会社を選定する際は「対象となる建物の種類や用途」と「必要とする業務の種類・範囲」を明確にし、それに応じて専門性を持つ会社を比較検討することが重要です。大手のグループ会社やゼネコン系、メーカー系、外資系など背景が異なる企業が多いため、コスト・対応スピード・サービス品質など各社の特徴を総合的に踏まえて判断します。 第8章:不動産理論・法律における管理費 以下の内容は、日本における不動産鑑定評価基準や関連する実務の一般的な考え方に基づいてまとめた情報です。個別の案件や契約内容によって扱いが異なる場合があるため、詳細な判断が必要な場合は不動産鑑定士や弁護士など専門家に相談することをおすすめします。冒頭で説明したように管理費の用語は一義的な意味で使われるとは限らないので総括的な知識を持ち、具体的な管理費の議論においてどのような意味合いで使っているのかを把握できるよう補足しています。不動産所有者が管理会社や入居者とのコミュニケーションにおいて、管理費という用語で齟齬が生じないように配慮しています。 8-1.不動産鑑定理論における管理費の位置づけ ①管理費は「オーナーが負担する費用」として捉えられる不動産鑑定評価(特に収益還元法)の考え方では、対象不動産から期待される純収益(Net Operating Income:NOI)を把握するために、賃料収入などの総収益から運営費(管理費や修繕費、固定資産税など)を差し引くという手順を取ります。このとき挙げられる「管理費」は、建物全体の維持管理にかかる費用共用部分の清掃や設備保守・警備などに必要な費用管理会社へ支払う管理委託手数料その他、建物を適正に維持するための一般的な費用といった項目が含まれます。【実務上の扱い】不動産鑑定評価では、賃貸事業を行うオーナー側が負担するべき管理費(=運営側の費用)を前提とします。テナント(入居者)に転嫁できる管理費(共益費)部分があれば、それはオーナーにとって実質的に「収益」になるため、「オーナー負担分」と「テナント負担分」に分けて整理を行うことが多いです。②テナントが負担する「管理費」や「共益費」の扱い一方で、実務の賃貸契約においては、テナントが負担する管理費や共益費が別途設定される場合があります。例えばオフィスやマンションの賃貸借契約書を見ると、「賃料:○○円」「管理費(または共益費):○○円」という形で明記されている入居者は毎月、賃料と管理費(共益費)を合わせて支払うといったケースです。【鑑定評価上の考え方】この「管理費(共益費)」をテナント側が全額負担する契約形態であれば、理論上オーナーが負担する管理費はその分だけ軽減され、オーナーの実質的な収益(NOI)が増加することになります。不動産鑑定の場面では、「テナント負担の管理費相当分を含めた実質的な収入」を把握しつつ、オーナーが直接負担しなければならない管理関連費用(共用部の光熱費や保守費など)がどこまで発生するのかを精査して、最終的な純収益を算出します。 8-2.賃貸不動産における管理費・共益費の法的性質 ①賃貸借契約と管理費の取り扱い日本の民法(債権法)や借地借家法などを見ると、「賃貸借契約でいう賃料」として定義されるのは一般的に使用収益の対価です。一方、管理費や共益費という名称自体は法律上で独立した定義があるわけではありません。賃料:目的物の使用収益に対して支払う対価。管理費・共益費:本来は、共用部の維持管理にかかる費用を入居者が按分して支払う趣旨(と契約で定められることが多い)。しかし、法律上は「賃料の一部」とみなされる場合もあるため、必ずしも賃料と別の法的性質を持つとは限らない。【実務では「賃料+管理費(共益費)」と呼んでも、法的にはひとまとめになりがち】賃貸借契約書の記載次第ですが、裁判例や実務上、「賃料以外の名目で定期的に支払われる金員も含めて、実質的には賃料として扱う」と解される場合があります。例えば、滞納時の賃料回収や契約解除の要件などで「名目が何であれ、入居者が毎月支払う金額は賃料性を有する」と整理されることが少なくありません。②管理費(共益費)は何らかの特別な法律に基づくものか?日本の法律で「管理費」を独立して定義しているものはないといえます。区分所有法でいう「管理費」はマンション管理組合に関する費用(区分所有建物の管理費)を指す場合もありますが、これは区分所有者の負担分であり、賃貸借契約での「管理費」とは別の文脈。一般的な賃貸物件における「管理費」や「共益費」は、あくまで当事者の合意(契約書の定め)により賃料と別枠で設定している金額にすぎません。【管理費の法的性質】賃貸借契約に基づき、当事者同士の合意で定期的に支払われる金員名目上「管理費」や「共益費」と呼ばれていても、法的には「賃料の一部」とみなされる場合がある。 8-3.不動産鑑定における管理費水準の判断 ①市場実態との比較不動産鑑定評価において、管理費の水準が高いか低いかを判断する際は、類似物件の事例(共益費相場など)と照合したり、賃料水準とのバランスを見ながら判断することが多いです。近隣や同種の物件で管理費・共益費がどれくらい設定されているかオーナー側が負担する管理費(運営費)は、規模や管理内容に照らして妥当な金額か②管理費を調整することで賃料総額とバランスをとるまた、テナントが負担する管理費が高めに設定されている場合、逆に賃料がやや低く設定されているなど、いわゆる「賃料+管理費」の総額を見て競合物件と比較する手法もよく行われます。賃料と管理費(共益費)は通算して検討し、「月額トータルでいくら支払うか」がテナントにとっての実質負担不動産鑑定では、実質的な稼働総収益(賃料+共益費収入)を加味しつつ、オーナー負担分の管理費支出を控除する形で純収益を推定③結論:鑑定評価では「市場水準」「賃貸条件の実態」「オーナー実質負担」を確認鑑定士は「賃料+管理費の合計額がマーケットの需給状況と比べて妥当かどうか」を見極めつつ、オーナーが最終的に負担する管理費用の妥当性も併せて調査・算定します。これにより、収益還元法のベースとなる純収益(NOI)をなるべく正確に把握し、最終的な試算価格に反映させるのが一般的なアプローチです。 8-4.取適法(旧:下請法)に関する確認 2026年1月より取適法(正式名称:中小受託取引適正化法)にて下請法で規定されたルールが強化されていますが、本稿では便宜上、作成時点で一般に浸透している『下請法』という呼称も併記します。不動産管理業務の委託は、「役務提供委託」に該当し得るため、不動産所有者が親事業者、管理会社が下請事業者となり、取適法が適用される可能性があります。例えば下請法が適用される場合、(1)支払いサイトの制限(2)発注書面の交付義務(3)不当な減額・追加業務押し付けの禁止などを遵守しなければなりませんでした。特に、旧下請法の運用上、手形等の支払条件(サイト)が60日を超える取引慣行について是正が求められるため、支払方法(手形・電子記録債権等)と支払期日の設計には注意が必要です。実際の適用可否は、「資本金規模の対比」「業務委託が親事業者の“事業の一部”に当たるかどうか」などの要素で判断されます。不動産オーナーが大規模法人で、不動産管理会社がそれよりも小規模な法人であるなど要件を満たす場合は、契約スキーム・支払い条件・契約書類の整備について取適法違反とならないよう注意が必要です。 8-5.理論的な管理費についてのまとめ 不動産鑑定評価における「管理費」は、建物の運営維持にかかる費用として、オーナー側の支出項目に位置づけられる。テナントが負担する管理費・共益費は、法律上独立した概念があるわけではなく、賃貸借契約で当事者間が合意した金額にすぎません。場合によっては実質「賃料の一部」として扱われる場合もある。鑑定評価では、管理費の水準を判断する際に、近隣や類似物件との比較や、賃料+管理費総額とのバランスをチェックする。法的には管理費という言葉自体に特別な定義はなく、あくまで当事者間合意の結果。滞納・契約解除などの局面では、管理費と賃料を分離できずに同じ「賃貸借契約上の金員」とみなされる場合がある。最終的に、「管理費はどう位置づけられるか」は契約や鑑定評価上の考え方に左右されますが、実務的には「テナントが負担する分(共益費)」と「オーナーが負担する分(運営費)」に区分し、収益と費用を正しく整理することが重要です。一方、法律上は「賃貸借契約による賃料等の支払い」という大枠の中で扱われ、名目がどうであれ実質的に賃料性を有する場合が多い点に留意が必要です。そこで、実務的には賃貸事業において、テナントから徴収する賃料、管理費、共益費などは賃貸収入(=賃料)とし、不動産運営管理に必要な管理外注費や管理に必要な経費は賃貸管理原価(=管理費)と用語を区分すると整理できると思われます。 まとめ:最適な不動産管理で資産価値を守る 不動産管理費は、建物や設備を適切に維持するために必要なコストです。一見すると負担に感じるかもしれませんが、ポイントを押さえて管理会社を選び、適切な仕様を設定し、予防保守や一括発注などを駆使することで、費用対効果を高めることが可能です。管理会社に委託するメリット:専門知識の活用、コスト管理や不動産事業の効率化、クレーム対応の負担軽減など委託時の手順:業務範囲・仕様の明確化、複数社への見積もり依頼、仕様のすり合わせ、契約・運用開始コスト削減の秘訣:必要十分な管理仕様、必要に応じた見直し、予防保守の徹底、一括発注の活用、省エネ対策品質チェック:定期報告書や現地確認、入居者アンケートの活用、費用内訳の透明化不動産運営管理の相談先:実績のある不動産管理会社は長年の知識・経験をもとに不動産運営で大きな課題が生じた場合に専門的な知見を踏まえたアドバイスを求めることもできます。物件を管理しているため、外部専門家としてだけでなく、不動産運営のパートナーとして活用しましょう。上記を踏まえ、賃貸住宅やオフィス、商業施設、物流施設などの特性に合わせて、無理のない管理計画を立てることが大切です。最終的には、建物の品質維持や資産価値の向上につながる管理を目指し、管理会社との信頼関係を築いていきましょう。不動産管理は奥が深い分野ですが、きちんと理解して取り組むことで大切な不動産を長く・安全に運営することができます。初めての方でもこの記事を参考に、最適な管理体制を整えてみてください。もし、不動産管理についてご質問等あればお気軽にご連絡下さい。お待ちしています。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ代表取締役 羽部 浩志 1991年東京大学経済学部卒業 ビルディング不動産株式会社入社後、不動産仲介営業に携わる 1999年サブリース株式会社に転籍し、プロパティマネジメント業務に携わる 2022年サブリース株式会社代表取締役就任(現職) ライフワークはすぐれた空間作り 2026年2月10日執筆2026年02月10日 -
プロパティマネジメント
「そこにあるから借りているだけ」というのは、ホントなの? ── テナント企業は賃貸オフィスのことを、どこまで真面目に考えているのか
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「そこにあるから借りているだけ」というのは、ホントなの?──テナント企業は賃貸オフィスのことを、どこまで真面目に考えているのか」というタイトルで、2026年2月9日に執筆しています。少しでも、皆様に新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次序章:「そこにあるから借りてるだけ」なの?第1章:賃貸オフィスに関連する社内の意思決定は、なぜ“隙間”に落ちるのか第2章:テナント企業は、賃貸オフィスのどこで“マイナスになっている”のか第3章:賃貸オフィスの賃料を「ただの場所代」と見做す視線の根っこ第4章:賃貸オフィスをインフラとして扱うテナント企業と、雑務として扱うテナント企業の差第5章:貸主側が持てる視点:テナント側の運用に問題があることを前提に対処する終章:「そこにあるから借りてるだけ」を、言葉どおり受け取らない 序章:「そこにあるから借りてるだけ」なの? 賃貸オフィスビルの運営に携わっていると、ふと、不思議な感覚に襲われることがあります。テナント企業にとって、賃貸オフィスは「なくては困る」インフラです。明日から突然、その賃貸オフィスが使えなくなれば、営業も、バックオフィス事務も、採用も、会議も、ほとんどの業務が立ち行かなくなる。いわば、事業の基盤を支えている場所と言えます。けれども、賃貸オフィスの現場で耳にする言葉や、社内の意思決定のされ方を見ていると、どうも、その“インフラ”としての重要性と、テナントの社内での扱われ方のあいだに、微妙なギャップがあるようにも感じられます。「たまたま、そこに空いている物件があったから」「予算の範囲で、いちばん条件が良かったから」「社員から文句が出ていないので、今のところ大丈夫」どれも、現場でよく聞かれるフレーズです。もちろん、オフィス移転のたびに、経営方針を踏まえて、経営の哲学にまで立ち返った議論をしてほしい/しなくてはいけない、というつもりはありません。ただ、「なくては困るインフラ」にしては、あまりに“その場しのぎ”の言葉が並んでいるな、という違和感は拭えないのです。たとえば、製造業の会社において、工場のことであればどうでしょうか。どのエリアに建てるのか。どのくらいの投資をして、どのような製造ラインを組んで、どのように人と設備を配置するのか。その工場を、10年後、20年後にどのように使っていくのか。こうした問いは、経営のど真ん中で議論されるはずです。工場は、製造業の会社にとって、ビジネス上の競争力に直結するインフラだからです。そこに「たまたま空いていたから」「予算的にちょうど良かったから」で決めて良いことなど、あり得ません。しかし、賃貸オフィスになると、話は一気に軽くなっているように見受けられます。さすがに、オフィスの立地については、経営会議で一定の議論が行われるかもしれません。けれど、そのあとの賃貸条件の検討や、日々の運営、更新や解約の判断といった“インフラとしての運用”の部分は、多くの会社で「総務の仕事」として、一段下のレイヤーに落とされているのではないでしょうか。賃貸オフィスはテナント企業にとって、「止まったら困るインフラ」であるにもかかわらず、社内の位置づけとしては“雑務の延長線上”に置かれやすい。そのギャップが、現場でのコミュニケーションや交渉、ビル管理会社との関係性に、じわじわと影響を与えています。オフィスは「そこにあるから借りているだけ」なのか。それとも、本来は工場や物流拠点と同じように、もっと真面目に向き合うべきインフラなのか。このコラムでは、賃貸オフィスビルのビル管理会社という立場から、テナント企業が賃貸オフィスをどのように扱っているのか、その結果、どんな不都合が生まれる可能性があるのか、そして、その前提を踏まえたうえで、貸主側(ビル・オーナー・ビル管理会社側)はどこまで付き合い、どこで線を引くべきなのか――そんなことを、整理してみたいと思います。 第1章:賃貸オフィスに関連する社内の意思決定は、なぜ“隙間”に落ちるのか 序章で触れたとおり、賃貸オフィスは「止まったら困るインフラ」です。それなのに、実務の世界をのぞいてみると、その扱われ方はどう見ても“インフラ級”ではない。このギャップの正体を、まずは社内の意思決定プロセスから分解してみます。 1-1.賃貸オフィスの話には、本来いろんな部署が絡むはずなのに 賃貸オフィスについて、本当は誰が何を考えるべきなのか。ざっくり分解すると、こんな感じになります。経営陣事業ポートフォリオと拠点戦略中長期の人員計画・働き方の方向性固定費としての賃料水準・投資配分事業部門(現場)実際の働き方(来社頻度・会議のスタイル・来客の多さ)必要な席数・会議室数・倉庫スペース拠点ごとの役割分担(開発拠点なのか、営業拠点なのかなど)人事・労務採用・定着に効くロケーションやオフィス環境の水準ハイブリッドワークなど就業制度との整合性安全衛生・従業員のコンディション管理財務・経理キャッシュフローと賃料負担のバランス原価・販管費としての位置づけ長期の賃貸借契約がもつリスク総務・ファシリティビル側との窓口・日々の運用レイアウト変更・増員対応・修繕の取り回し契約更新や原状回復、移転プロジェクトの実務こうして並べてみると、賃貸オフィスの話って、本来は会社のほぼ全部門にまたがる「ど真ん中のテーマ」なんですよね。工場ほど露骨ではないにせよ、経営、事業、人、カネ、現場運用――全部が絡んでくる。……なんですが、現実の会社を見ていると、この全員がちゃんと集まって、腰を据えてオフィスを議論しているケースは、そこまで多くないのでは、ないのでしょうか。 1-2.プロジェクトのときだけ“総力戦”、ふだんは“総務預かり” 賃貸オフィスの話が社内で大きく扱われるタイミングは、だいたい決まっています。賃貸契約の更新が近づいて、「このビル、出るか・残るか」を決めるとき事業拡大や統合で、「増床・移転が必要だ」となったとき働き方改革やコロナ後対応で、「オフィスのあり方を見直そう」となったときこういう「一大イベント」のときには、経営陣も事業部門も人事も巻き込んで、プロジェクト・チームが立ち上がる。そこでは確かに、かなり真面目な議論が行われます。ただ、問題はその後です。移転・増床のプロジェクトが終わった瞬間、チームは解散されるその後の運営・細かな条件調整・更新の検討は、総務・ファシリティが単独で担う形に戻る「とりあえず今の条件からあまりブラさない範囲で更新しておいてください」というざっくりした指示だけ降りてくる結果として、オフィスに関する日々の意思決定は、どうしても「上でざっくり方向性を決める→具体的な判断は総務が現場で処理する」という構図に収まりがちです。ここで問題にしているのは、賃貸オフィス関連業務の扱いが結果的に“隙間業務”に落ちてしまう会社の仕組みであって、「総務がオフィスを真剣に考えていないから」というわけではありません。会社組織の業務分担とリソース配分の設計によって、賃貸オフィスの検討が会社組織の“隙間の仕事”に押し込まれてしまっているという点です。総務の仕事の現場を見てみると、株主総会・取締役会の準備社内規程・押印・契約書管理郵便・電話・来客対応備品・印章・社有車・携帯・PCの管理社内イベントや福利厚生の取り回し……といった、会社の裏側全般を抱えながら、その延長で「賃貸オフィスも見る」ことを求められているというようにも見受けられます。そこに突然、賃貸オフィス関連で、「年間◯億円レベルの固定費」を左右する賃貸条件の交渉10年スパンで効いてくるオフィスのレイアウトや仕様の判断ビル・オーナー、ビル管理会社との長期的な関係構築などが業務分掌のリストに追加されてのってくるわけなので、「雑に扱っている」というより、物理的・能力的に“抱えきれていない”って状況になってしまうんですよね。 1-3.「賃貸オフィスだけのことを考える人」が、社内にいない もう一つ、大きな会社の構造的な問題があるのではって思っています。それは、ほとんどの会社には「オフィスのことだけを、専門的に考えるポジション」が必ずしも置かれていない、という点です。IR担当は、投資家とどうコミュニケーションを取るか、で評価される人事担当は、採用・定着・評価制度などで評価される経営企画は、事業戦略・中期計画の実現度で評価されるじゃあ、「このオフィスが、事業と人にとってベストな状態かどうか」という点で評価されている人は、社内にいるか?と言われると、正直かなり怪しい。総務にしても、「トラブルなく回っているか」「コストが膨らんでいないか」「社員から大きな不満が出ていないか」といった、“マイナスを出さないこと”で評価されるケースが多い。プラスをどこまで取りに行くか、という視点でオフィスを設計する役割は、そもそも誰にも割り当てられていない。つまり、工場:「生産性」という、めちゃくちゃわかりやすいKPIがある物流拠点:配送リードタイムや在庫回転率など、測れる指標があるオフィス:生産性はチームや人によってバラバラ売上との因果関係も測りづらい「ここをこう変えたら〇%業績が上がる」とは言いきれないこうなってくると、賃貸オフィスの話は、どうしても「誰のKPIでもないから、誰も本気でその問題のオーナーシップを取りにいかない」という状態に陥りがちです。 1-4.重要だけど緊急じゃないものは、だいたい後回しになる さらに追い打ちをかけているのが、「緊急度と重要度」の問題です。いますぐ困るわけではないけど、じわじわ効いてくるコストいますぐクレームになるわけではないけど、じわじわ効いてくる使いにくさいますぐ採用難になるわけではないけど、じわじわ効いてくる立地や設備の見劣りオフィスに関する課題は、ほとんどが「重要だけど緊急じゃない」ゾーンに入ります。その一方で、会社には法改正対応システムトラブル大口顧客の対応組織再編・人事異動…などなど「重要かつ緊急」なタスクが、毎日のように降ってきます。その結果どうなるか。賃料の適正水準や、契約条件の見直しは「今度ちゃんと検討しよう」で棚上げレイアウトの最適化や、フロア構成の見直しは「増員したら考えよう」で先送り更新のタイミングになって、ようやくバタバタと協議が始まり、結局「現状維持」が一番通しやすい選択肢に見えてしまう貸主側(ビル・オーナー/ビル管理会社の側)から見ると、「このタイミングで、ちゃんと議論&検討のリストにのせて、関係者でテーブルを囲んで話せれば、結果的に、テナント側にもメリットが出るのに」という局面は、正直かなり多いです。でもテナントの会社内では、そういう中長期の調整に時間を割く余裕がない。ここにも、個人のやる気とか能力というより、会社の構造として“後回しになりやすいテーマ”に分類されてしまっているという事情があります。 1-5.「総務のせい」にしても、何も前に進まない ここまで整理してくると、賃貸オフィスの話は、本来ほぼ全社的なテーマでもプロジェクトのときを除けば、総務・ファシリティに集約されがちそもそも「オフィスの最適化」で評価される人が社内にいない重要だけど緊急じゃないので、構造的に後回しになりやすいという、ちょっと意地悪なパズルのような構図が見えてきます。この状態を前にして、「総務がちゃんとやっていないからだ」と結論づけてしまうのは、正直かなり乱暴だし、非生産的です。人も時間も足りないなかで、会社の“裏側全部”を担っている部署に、「オフィス戦略まで完璧に設計しておいてください」は、さすがに荷が重すぎる。むしろ、経営側が「オフィスをどう位置づけるか」をちゃんと決めているか事業側が「自分たちの仕事にとって、どんなオフィスが必要か」を言語化できているかその上で総務が、ビル管理会社との交渉や日々の運用を“実務として回せる状態”になっているかをセットで見ないと、現場の状況は変わっていきません。 第2章:テナント企業は、賃貸オフィスのどこで“マイナスになっている”のか 第1章では、賃貸オフィスに関連する意思決定が、会社の仕組み上、どうしても“隙間”に落ちやすいという話をしました。ここからは、その結果として、テナント企業側にどんな“マイナス”が生じ得るのかを、もう少し具体的に見ていきます。ここで言う「マイナス」は、いきなり、大きな損失が生じるというのではなくて、余計な費用負担もう少し楽に回せたはずの日常的な業務運用が、ジワジワとしんどくなってしまうという状況みたいな、「ジワジワ系のマイナス」がメイン・ストーリーです。複数の賃貸オフィスビルを横断してテナントの動きを見ていると、同じようなパターンが繰り返されているのがわかります。しかもそれは、「誰かがサボっているから」ではなく、テナント企業での社内の意思決定プロセスそのものがそういうマイナスを生みやすい設計になっている、という言い方のほうがしっくりきます。 2-1.賃料だけ見て「まあ妥当」という判断 わかりやすい例として、「賃料単価だけ見て、なんとなく“相場並みだからOK”になっているケース」です。よくある流れは、こんな感じです。立地と賃料は、仲介会社が持ってきた比較表で確認「この条件なら予算内なので大丈夫そう」ということを以て社内で意思決定表面上の立地を踏まえた賃料は“相場並み”でも、賃貸オフィスビルのグレード、床面積、設備、ビル管理の状況が、本当に見合っているのかについての確認、判断は複雑で難しいので、テナント企業自身が必ずしも重視していないポイントで余計な賃料プレミアムを負担しているというケースも珍しくなくて、そのことが見過ごされていたりもします。ここでのポイントは、社内の議論のテーブルに上がるのが、「立地を踏まえた賃料」と「床面積」に限定されがち賃貸契約の諸条件、賃貸オフィスビルのグレード等を細かく読み込んで、メリット、デメリット、将来コストを試算するだけの時間も、ツールも、役割も用意されていないという「テナント企業の社内の意思判断、組織設計の事情」にあります。個々の担当者の能力の問題ではなく、「賃料、床面積、立地」以外の論点が、そもそも議論に乗りにくい社内の意思決定の仕組みになっている、ということ。 2-2.「とりあえず今のまま」でという判断 次に多いのが、賃貸契約の更新局面で、本来なら検討すべきポイントを自分から見なかったことにしてしまうパターンです。判断としては「現状維持」なんだけど、実態は「現状維持しか選べない状態に自分で寄せていく」みたいな進み方になります。典型例はこうです。賃貸契約の更新が近づいても、社内検討がギリギリまで進まない更新時期が見えているのに、社内での議論が始まらない(始める担当も決まらない)。結果、ビル管理会社から「更新どうしますか?ちなみに適正賃料は○○なので、賃料を○○円上げたいです」という連絡が来て初めて、ようやく社内が“目覚める”。ビル管理会社との交渉での「落としどころ探し」だけになる社内で準備がない状態だと、できることが限られます。せいぜい、「とりあえず更新前提で、提示賃料と現状賃料の“真ん中あたり”を目安に交渉する」みたいな、反射的な対応になりやすい。これでは交渉の主導権は握れません。賃料の妥当性チェックが、近隣相場を踏まえて適正賃料を提示している管理会社の資料の妥当性の確認だけ。本来、テナント企業のビジネスにとっての、賃貸オフィスのロケーションの妥当性を踏まえて、賃料をどこまで負担できるのかということを社内で検討して、判断の上で、協議に臨むべきなのですが、そこまでの判断が下されているのでしょうか。本来、協議のテーブルに乗る前に、テナント側で最低限ここまで整っていると話は一気に前に進みます。社内で移転/残留のシナリオ比較がある程度できている「この条件なら残る」「ここまで上がるなら移転も検討せざるを得ない」というライン(判断基準)が、関係者の間で共有されているこの状態で話が始まれば、相場賃料との乖離があるのに「現状維持一点張り」で停滞し続ける、みたいな不毛なプロセスは避けられます。貸主側も、条件の根拠を出しやすいし、テナント側も“どこが争点か”を絞れる。つまり、お互いに時間を溶かさずに済む。でも現実は、そこまでたどり着かないケースがかなり多い。結局、更新期限ギリギリで「とりあえず継続」を前提に賃料の折り合いどころだけを探すこの形に落ちます。この進み方の問題は、単に交渉がお互いにとって非効率的であるだけじゃありません。立地、床面積、人員配置、運用のしやすさ、コスト負担――そういう要素を並べて、費用とメリットの両面から最適化する機会を、テナント自身が放棄している、とも言えます。更新は本来、そこを見直す“数少ない節目”のはずなので。ここでも原因は、個人のやる気の問題ではなく、ほぼ「社内の意思決定プロセスの設計」にあります。賃貸契約の更新検討に必要な時間が、社内スケジュールとして確保されていない「誰が」「どこまで決めるのか」という社内ルールが曖昧この2つが残っている限り、賃貸契約の更新のたびに同じことが起きます。だからこの節で言いたいのは、「賃貸契約の更新で揉める」のが問題なんじゃなくて、揉め方が毎回“準備不足の揉め方”になってしまう構造が問題、という点です。 2-3.人員増とレイアウト変更のたびに、じわじわと運用コストを払わされる テナント企業の組織改編、人員増を踏まえたとオフィス・レイアウト改変・調整の“ズレによるマイナス”も無視できません。よくあるのは、オフィスの移転、組織改編、人員増に対応した増床のタイミングで、レイアウトの基本設計をそこまで詰めないままスタートするそのときは「とりあえず目の前の人数が入ればOK」が最優先になるその後の組織改編、人員増を見越していないので、そのたびに、間に合わせで対応するので、オフィスで業務を進めるにあたって、やりにくさが露呈してくるというパターン。結果として、少し人が増えたり、組織をちょこっといじくるたびに、都度、レイアウト変更している会議室が足りなくなりがち文書保管のスペース等が後から足りなくなり、その調整に手間がかかるみたいな形で、「最初にちゃんと設計しておけば避けられたコスト」が、後からジワジワ出てきます。ここでも共通しているのは、レイアウト設計のときに、事業計画・人員計画とセットで検討されていない「どう増えるか」「どう縮むか」のシナリオを描ける人が、その場にいないという業務プロセス、組織の構造的なポイントです。「個人の担当者の判断が甘かったから」ではなく、オフィス計画と事業計画が別々のテーブルで進んでしまう組織設計になっているから、こうなりやすい、という見方のほうがしっくりきます。 2-4.賃料だけを重視して、賃貸オフィスビルのグレードを下げると、採用・従業員の定着で見えないマイナスが生じやすい もう1つ、数字には乗りにくいけれど無視できないのが、テナントの従業員側の“小さな我慢”の積み上げによるマイナスです。例えば、賃料をケチって、賃貸オフィスビルのグレードを下げると、どうしても、設備、ビル管理に皺寄せがいってしまって、エレベーター、トイレ・給湯室、空調等のキャパ不足、不調が起こりがちです。どれも1つ1つを取り出すと、「致命的な不具合」とまでは言いにくいものです。でも、毎日・毎週・毎月と積み重なっていくと、テナントの従業員、オフィスへの来訪者への印象に、普通にネガティブに効いてきます。例えば、ちょっとした不満が、「この会社で長く働きたいか?」の判断に影響する採用面接で来社した候補者が、辞退しがちお客様が来たときの印象が、営業のスタートラインに反映されるこういった影響は、KPIとして明示され難いのかもしれません。そのため社内ではどうしても「とりあえず現状維持で」で処理されがちです。ただ、複数のオフィス環境を見比べていると、“我慢の総量”が一定ラインを超えたあたりで、従業員の離職のタイミング、採用の手ごたえ、お客様からの「見られ方」に、ジワっと差が出てくるよな……という感覚は、どうしても拭えません。ここも結局、「従業員の小さな不満」を拾って、人事・総務・ビジネスの現場マネージャーの間で情報共有する場がなく、社内コミュニケーション・プロセスの設計不足が問題の背景にあります。 2-5.場当たり対応が、貸主側との関係性をじわじわ削っていく 最後に、少しセンシティブですが、貸主側(ビル・オーナー/ビル管理会社側)との関係性の“マイナス”の話です。例えば、テナントが:賃貸契約の更新の際、合理的な事由を示さずに「賃料は絶対に現状維持」とだけ主張し続ける社内の意思決定プロセスが外から見えず、「誰が何を決めているのか」が、まったくあやふや。こういったことが続くと、貸主側としては、「このテナントとは、中長期の前提を共有し難いな」「何か問題があっても、合理的に協議し検討するのは難しそうだ」と感じざるを得ない部分が出てきます。その結果として、テナントを重要なパートナーとして位置付けるが難しくなってしまい、入替え可能な相手先として扱わざるを得なくなりがちで、“一歩踏み込んだ提案・相談”をすること自体難しくなるという形のマイナスが出てきます。これも、「総務の対応が悪い」と切ってしまうと、ものすごく雑です。実際には、社内の意思決定に必要な時間が確保されていない誰が窓口で、どこまで権限を持つのかが曖昧「賃貸オフィスのことをちゃんと話す場」がそもそも用意されていないといった、テナント企業の会社としてのガバナンス設計・役割設計の問題として立ち上がってきます。 第3章:賃貸オフィスの賃料を「ただの場所代」と見做す視線の根っこ 賃貸オフィスがテナント社内で軽く扱われるのは、「隙間に落ちている」からだけでもありません。もう少し根っこのところに、オフィス賃貸で成り立つ収益不動産=そこにあるだけで賃料を生むものというイメージが、かなり強く影響しているのではないか――私はそこを疑っています。もちろん、収益不動産の仕組みや歴史をここで掘るつもりはありません。ここで押さえたいのは、テナント側の感覚として自然に立ち上がってくる“見え方”です。前提として、テナント側の頭のなかでは、だいたい次のような図式で整理されがちです。オーナーは、収益不動産を保有し、賃料を受け取る側テナントは、事業で稼いだ収益から、賃料という固定費を支払い続ける側事実と言えば事実です。問題は、この図式そのものではなく、この図式がどう受け止められるかです。実務では、交渉や連絡の相手は管理会社になります。するとテナントの目には、オーナーと管理会社がひとまとめに「同じ側」に見えやすい。ここで“見え方”が固定されます。さらに、賃料という支払いは、モノの納品や工事の完了のように、「これと引き換えに払った」と言い切れる対象が見えにくい。よく考えれば、建物・設備の整備、共用部の運用、保守、ルール整備、トラブル対応など、支払いの背景にはいろいろな実務がある。ただ、その内側を詳しく見ない限り、表面上は「箱に居られる権利にお金を払っている」ようにも見えてしまう。つまり賃料は、等価交換として測りにくい。測りにくい以上、比較軸が持ちにくい。比較軸が持てないと、人は納得のための物語を作ります。いちばん手っ取り早い物語が、「相手は持っているだけで入ってくる側」「こちらは稼いで払っている側」という整理です。そしていつの間にか、“払っている側が主導権を持つはずだ”という錯覚に寄っていく(※この「払った側が上」という感覚は、贈与と返礼の関係に近い構造として理解できる、という見方もあります。)この錯覚が定着してしまうと、振る舞いも変わってきます。本来、賃貸オフィスは、責任分界、連絡の経路、判断のタイミング、情報の粒度といった運用仕様を前提に回すインフラです。ところが“主導権の錯覚”が前提になると、そうした仕様の細かい話が細っていき、「結局いくらか」という一点に議論が寄っていく。隙間に落ちる以前に、テナント側に「賃貸オフィスの運用を見ないようにさせる装置」が内在している――私はむしろ、そう考えています。そして、その錯覚があるからこそ、結果として賃貸オフィスが「隙間に落ちている」とも言える。その結果、賃貸オフィスを巡る協議の経過も粗略に扱われやすくなる。「誰が何を言ったか」「どこまで決まっているか」「何が前提条件か」を社内で丁寧に共有しなくなる。ビル管理会社側にも前提が伝わらない。話が再現できない。だから同じ説明を何度も繰り返し、最後に揉める。さらに厄介なのはここから先です。この“主導権の錯覚”が強くなると、嘘や誇張への罪悪感が薄くなることがある。「相手はどうせ取っている側だ」「こちらは払っている側だ」という自己正当化が、雑なコミュニケーションを正当化してしまうからです。人間は、納得しづらい支払いに対して、後から理屈を作るのがうまい。賃料が等価交換として測りにくい以上、この手の“見え方”は、ある意味で自然に発生しがちです。この章の結論はシンプルです。“賃貸オフィスの賃料をただの場所代として扱う視線”が、テナント側との協議や運用を荒らしやすいのです。そしてその荒れは、結局、テナント側のコストとリスクにも跳ね返ってくる。次章では、その荒れ方がテナントごとにどのように分岐するのかを見ていきます。賃貸オフィスをインフラとして扱うテナント企業と、雑務として扱うテナント企業で、何が決定的に違い、どちらが長期でマイナスを積み増していくのか。そこを冷静に分解します。 第4章:賃貸オフィスをインフラとして扱うテナント企業と、雑務として扱うテナント企業の差 第3章では、「賃料が等価交換として測りにくいこと」が、テナント側の見え方を歪め、ビル側との協議や運用を荒らしやすい、その根っこを整理しました。ここからは、その荒れ方がテナント企業によってどう分岐しているのかを見ていきます。結論はシンプルで、差は「意識」ではなく、会社としてのプロセス設計(=運用の仕様)で決まります。 4-1.差は“やる気”や“意識の高さ”じゃない。運用の仕様の有無で決まる 賃貸オフィスは業務の基幹インフラです。止まったら業務が止まります。それなのに、賃貸オフィスだけが、製造工場や物流拠点のように「運用の仕様」が定められていないテナント企業が少なくないように見えます。ここで言っている「運用の仕様」というのは、立派な戦略のことではありません。もっと地味な話です。誰が最終判断するのか(決裁ライン)何を、いつ、どの粒度で共有するのか(情報のルール)例外が起きたとき、どう裁くのか(責任分界)ビル管理会社と、どの頻度で何を確認するのか(運用の型)こうしたポイントを押さえた運用の仕様の「型」があるテナント企業は、賃貸オフィス関連業務が、隙間に落ちにくい蓋然性を備えていると言えるかもしれません。逆に、そのような「型」がない会社は、賃貸オフィス関連業務が、いつまでも“雑務の延長”のまま片手間に処理されることになります。 4-2.運用の仕様が定まっていないテナントで起きている「いつものこと」 テナントごとに賃貸オフィスビル関連業務の運用の仕様はいろいろなカタチがあってもよいと思います。ただし、運用の仕様が定まっていない、または、実質的に機能していない場合、現象としては、だいたい同じような形で「いつものこと」が起きています。場合①スケジュール管理が回っていない担当者が気付いた時点で手遅れになりやすい。もっとも重要な賃貸契約の更新だけでなく、レイアウト変更工事の段取り、ビル側の設備更新工事、定期法定検査等のイベント管理等が後手に回って、結果として、社内外の関係者の業務の効率性を下げてしまいます。場合②社外の関係者に粛々と情報伝達ができない現場の不満、設備の不具合、使い勝手の問題。本来は「何が困っているか」を社内で整理すべきなのに、重要度・緊急度・個人の感想なのか会社としての要請なのか、そこすら整理されないまま外に転送される。ビル管理会社側も、何をどう優先して取り組んだらいいのか判断できなくなります。場合③ビル側とテナント側の協議の経過が残っていない「誰が何を言ったか」「どこまで決まったか」「前提条件は何か」が社内で共有されていない。その結果、テナント側の担当が変わるたびに話が巻き戻る。最後は、「言った・言わない」の水掛け論に帰結して、ビル側とテナント側の関係が荒れていきます。この3つの場合は、単なるテナントの担当者の不手際ではありません。賃貸オフィス関連業務の運用の仕様がないと、必然的に起きてしまう「いつものこと」なのです。 4-3.賃貸オフィスをインフラとして扱っているテナント企業は、何が違うのか 賃貸オフィスをインフラとして扱っているテナント企業は、別に、その会社の従業員の「意識が高い」わけではありません。やっていることはシンプルで、賃貸オフィスをインフラとして扱うための運用の仕様が定められ、社内で機能している、それだけです。賃貸オフィスを含めた業務拠点の位置付けについて、経営側の言葉で定義されている総務・ファシリティが、窓口だけでなく、権限と情報を持っているビル管理会社とのやり取りが、単発の交渉として処理されるのではなく、一連の運用の流れとして認識され、連続的に記録されている条件の変更や例外的な事態が発生したときのテナント側の判断基準が、最低限、共有されているこれだけで、賃貸契約の更新も、設備対応も、クレーム対応も、円滑に処理されて、ビル側との関係性も荒れにくくなります。ビル側と「揉めないテナント」は、だいたいこのような運用の仕様を備えています。 4-4.どっちが長期でマイナスを積み増すか:コストとリスクの話 運用の仕様を定めるか否かについては、それぞれのテナントが決めることです。ただし、長期で見ると差ははっきり出てくるものと思われます。運用の仕様の有無によって影響が出てきそうなポイントを、以下、あげておきます。①交渉・協議の長期化情報が整理されていない。経過が残っていない。決裁ラインが曖昧。だから毎回、説明、協議と合意形成をやり直すことになり、時間が溶ける。②事故処理コストの増加意思決定が遅れ、対応が後追いになる。結果として、余計な費用や無理なスケジュールが発生しやすい。③コストの硬直化競合案件との比較検討ができない。改善についての判断が下せない。すると運用を最適化する機会を失い、賃料負担を含めたコスト構造が硬直化していく。④ビル側との関係性の脆弱化ビル側から合理的に協議ができない相手として見られがち。長期の前提を共有しにくくなり、関係を安定させることが難しくなっていく。 4-5.ここまでの整理:差を生むのは「運用の仕様」、損を生むのは「曖昧さ」 第3章で見た“見え方の錯覚”があると、運用の仕様は細っていきます。そして運用の仕様が細っていくと、賃貸オフィス関連業務は、隙間に落ちる。隙間に落ちると、また錯覚が強まる。ここはループです。だから、第4章の結論はこれです。賃貸オフィスをインフラとして扱っている会社は、運用の仕様を持っている。運用の仕様がなくて、雑務として扱っている会社は、曖昧さのまま走り、マイナスを積み増していく。次章では、ここから貸主側(オーナー/PM/ビル管理会社)が持つべき視点に移ります。テナント側が賃貸オフィス関連業務をどのように扱っているのかを、そのままの「条件」として織り込み、どこまで付き合い、どこで線を引くべきか。実務として整理します。 第5章:貸主側が持てる視点:テナント側の運用に問題があることを前提に対処する 第4章で見たとおり、賃貸オフィスを“事業インフラ”として扱うテナント企業もあれば、総務の雑務として処理しているテナント企業もあります。ここで大事なのは、「テナントを変えよう」としないこと。無理です。変わりません。貸主側(オーナー/PM/管理会社)がやるべきは、テナントの進め方に是非をつけることではありません。「テナント側の運用に問題があって、社内の意思決定が円滑になされずに、起こり得るトラブルの発生」を前提に、貸主側が、どこまで関わり、どこから距離を取り、テナント側との協議や運用が“荒れる/壊れる”確率をどう下げるか。第5章はその話です。 5-1.テナント企業の「社内の仕組み」は書き換えられない まず前提。貸主側は、テナントの会社の仕組みを書き替えることはできません。事業戦略・人員計画・組織設計を踏まえた予算の設定社内意思決定の稟議決裁フロー実質的な決定者が誰かどこまでが担当者権限で、どこからが経営判断かこれらはテナント企業のガバナンス領域です。貸主側がここに踏み込むと、テナント側との関係が壊れてしまいがちですし、背負う必要のない責任まで背負うことになりかねません。だから、貸主側がやるべきは、テナントの「社内の隙間」を埋めてあげるではなくて。“隙間があるかもしれない”前提で、テナントとの協議の事故の確率を下げるために、最初から、テナントとの境界線を引く。それだけです。 5-2.埋めにいける「隙間」と、埋めにいけない「隙間」を切り分ける テナント側の社内プロセスには介入できない。でも、判断材料と時間の条件なら貸主側でコントロールできます。貸主側が“埋めにいける”のは基本ここまで。近隣・競合も踏まえた賃料水準(レンジ)の提示設備仕様・更新履歴・制約条件などの客観情報いつまでに何を決める必要があるか(段取りと期限の言語化)ポイントはシンプルで、判断の土台は出す。でも判断そのものには踏み込まない。この線を崩さない。そのために、出し方は必ず「ファクト」と「提案」を分ける。混ぜると、テナント社内で誤解が発生しやすく、判断が歪みます。例:賃料改定の提示ファクト:成約賃料レンジ/需給/現行条件との乖離/前提(面積・階・設備・契約条件)提案:貸主としての新条件(賃料、FR、工事負担、契約年数など)「提案はする。でも決めるのはテナント」。ここは固定。あともう1つ。テナント事情を“読み過ぎない/斟酌しない”のも大事です。相手に寄せて条件を歪めると、関係が良くなるどころか、後で揉める火種になります。馴れ合いは結局、協議を壊します。 5-3.テナント側に問題がある場合でも、協議が壊れないインターフェースを作る テナント側が賃貸オフィス運用を軽視していたり、運用の仕様がなかったりすると、テナント側との協議や運用は“荒れる/壊れる”方向に行きがちです。相手の問題を上書きすることはできないので、貸主側としては、接点(インターフェース)の仕様を設定して、事故の発生確率を下げる他ないのです。①テナント側の決裁の“段差”を見つけ、決裁者を特定する窓口担当と意思決定者が違うのは普通です。更新・賃料改定・工事負担みたいな重い話ほど、淡々とこう聞く。「この件は、社内でどこまで決裁が必要ですか?」決裁権限がない担当者と延々と漫然と話していても、協議は進捗しません。②テナント側に提示する「前提条件」を文章で固定する(協議の土台を動かさない)条件・期限・対象範囲・比較前提は、毎回テキストで残す。メールで十分。協議の前提さえ固定されていれば、担当交代や社内の抜けがあっても、話の巻き戻しや漂流を防げます。③期限をこちらから提示する(相手都合任せにしない)協議においては、「いつまでに決める必要があるか」「この提案の有効期限」をセットで提示します。相手方を圧迫するのではなくて、協議が停滞することを防ぐこと。期限を設けない協議は、だいたい迷走します。④例外はあやふやな“判断”ではなく“ルール化”する例外対応は極力避ける。やむを得ずやるなら、その場での温情判断ではなく、ルール化(条件化)します。曖昧な優しさは、後々、双方を苦しめます。 終章:「そこにあるから借りてるだけ」を、言葉どおり受け取らない 「そこにあるから借りてるだけ」。この言い方は、テナント側の本音というより、考える手間を省くための便利な言い訳として使われている場面が多いのではないでしょうか。でも、賃貸オフィスはただの“箱”ではありません。立地・面積・賃料だけで完結する商品ではなく、建物・設備の整備、共用部の運用、保守、ルール整備、トラブル対応といった付帯サービスがあってはじめて成立します。そして、それぞれの仕様や条件設定については、テナント側でも本来は検討が必要です。本来、賃貸オフィスは工場や物流拠点と同じく、会社のビジネスを「止まらせない」ためのインフラです。だから運用には仕様が要ります。それでも現実には、賃貸オフィス関連の業務は社内の「隙間」に落ちやすい。賃料は等価交換として測りにくいので、いつの間にか単なる「場所代」に見えてしまう錯覚も起きやすい。結果として、貸主とテナントの協議が荒れやすくなる。ここまでが本稿で追ってきた流れです。では、貸主側が取るべき態度は何か。答えはシンプルです。テナントの言い分を、貸主の立場から無理に否定する必要はありません。代わりに、こちらの前提条件を明文化して、境界線を先に引く。そのうえで、ファクトと提案を分けて提示する(判断材料は出すが、判断には踏み込まない)。必要なら、協議の接点=インターフェースの仕様を固定する。これが一番効きます。「そこにあるから借りてるだけ」という言葉は残ります。たぶん消えません。でも、こちらがそれを言葉どおり受け取る必要はない。むしろ、その“省略”を前提にして対処したほうが、仕事として強い。貸主側の立場を一文で言うなら、こうです。「ここまではこちらの責任として整える。ここから先は、御社の判断です。」この線を、静かに引けるかどうか。そこに、ビル管理会社の実務の実力が出ます。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年2月9日執筆2026年02月09日 -
プロパティマネジメント
賃貸オフィスビルのテナント名板に「個性」は要らない
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「賃貸オフィスビルのテナント名板に「個性」は要らない」というタイトルで、2026年2月6日に執筆しています。少しでも、皆様に新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次序章:テナント名板は「ビルの顔」か、それともただの案内板か第1章:昭和の雑居ビルの「うるさい入口」が教えてくれるもの第2章:“小ぶりだけどきちんとしている賃貸オフィスビル”第3章:賃貸オフィスビルのテナント名板にテナント企業の個性は要らない第4章:テナント名板は誰に向けたシグナルか──優先順位の問題として考える終章:テナント名板を「余白」にしておく、という考え方 序章:テナント名板は「ビルの顔」か、それともただの案内板か 賃貸オフィスビルのテナント名板は、ビルのエントランスに、当たり前のように存在している。ビルの来訪者にとっては、会社名とフロアさえ分かればよくて、わざわざ意識して見るものでもないのかもしれない。でも、少し引いてテナント名板を眺めてみると、そこには意外と多くのものが滲み出ている。どの会社の名前がどんな表記で載っているのか。社名だけなのか、ブランド名やサービス名まで入れているのか。文字の大きさ、余白の取り方、色の使い方。一枚一枚のプレートは小さいけれど、テナント名板全体を眺めていると、「このビルにどんなテナントが入っていて、どんな距離感で共存しているのか」が、そのまま映っているとも言える。一方、テナント名板のあり方は、ビル側とテナント側の関係性も映している。ビル管理会社がルールを細かく決められているビルでは、テナント名板はきれいに揃い、個々のテナント会社の“らしさ”はほとんど出てこない。逆に、テナントごとの主張が強いビルでは、フォントやロゴの使い方に「うちの色を出したい」というテナントの欲求が乗る。どちらがいい・悪いということではなく、そのあり方が、賃貸オフィスビルのスタンスになっている。テナント名板は目立たないが、逃げ場のないパーツだ。賃貸オフィスビルのエントランスの設計をどれだけきれいに設えても、最後にそこに掲げられるテナント名板が雑然としていると、一気に印象が変わってくる。逆に言えば、テナント名板に対してどんなルールを敷くかを決めることは、その賃貸オフィスビルをどういう場所として扱うのかを言語化する作業でもある。この小さなテナント名板のプレートの集まりに、どこまで意味を背負わせるのか。その問いから、このコラムを始めてみたい。 第1章:昭和の雑居ビルの「うるさい入口」が教えてくれるもの テナント名板の話をするとき、いちばん分かりやすい対照として浮かぶのが、いわゆる昭和の「雑居ビル」の入口だ。雑居ビルとは、戦後、1950年代以降、個人地主を中心として建築されてきた駅近の中小規模のビルに、飲食店とか、小さな事務所とサービス業がぎっしり詰まっているような建物。21世紀のいまとなっては、昭和レトロと言ってよいビル群。その雑居ビルのエントランスに一歩入ると、そこには情報が一斉に押し寄せてくる。テナント名板のフォントは、テナントごとにバラバラだ。明朝体、ゴシック体、丸ゴシック、癖の強いロゴタイプ。さらに、テナント名板の形状、材質までバラバラなことさえある。アクリル板もあれば、金属プレートもあり、カッティングシートを直接貼っているところもある。階段の壁にはポスターや貼り紙が増殖し、エレベーターホールには、ヘタすると、テナントの飲食店のメニュー表やクーポンまでが掲示されていたりすることもあり得る。「テナント名板」というより、「各テナントの小さな看板が、たまたま同じ場所に押し込まれているだけ」と言った方が近い。雑居ビル全体としての考え方やルールはほとんど見えず、それぞれが自分の都合と好みでスペースを取り合った結果として、ビルの入口の風景ができあがっている。このタイプの入口には、分かりやすい特徴がいくつかある。ひとつは、情報量の多さだ。テナントの社名だけではなく、サービス名、キャッチコピー、営業時間、電話番号、QRコードまで詰め込まれている場合もある。ビルの来訪者にとって、「目的の店を選び、どこに行くのか」のための判断材料は確かに豊富であるとも言い得る。ただし、その選択、判断の前に「まず全体を一度スキャンしないといけない」という負荷がかかってくる。もうひとつは、優先順位の不在だ。ビルの入口に立ったとき、どこを起点に見ればいいのかが決まっていない。視線を誘導する設計がない代わりに、目立ちたいテナントほど、色を派手にし、文字を大きくし、要素を増やす方向に振れる。結果として、「誰の情報も平等には読まれないが、誰も諦めていない」状態になる。さらに、ビルそのものの印象もここで決まってしまう。テナント名板や貼り紙だけで入口が手一杯になっていると、実際の建物の質や、共用部の清掃状態とは関係なく、「なんとなく雑なビル」「安っぽく見えるビル」というラベルが貼られやすい。建物のスペックとは別のところで、印象が先に決まってしまう。とはいえ、この「うるさい入口」には、それなりの背景がある。小規模な雑居ビルで、飲食店などB to Cのテナントの集客にテナント名板や貼り紙の存在感が直接影響してくる。いわば、テナント名板は、広告として機能し得る。路面店以外の、外から店の中が見えない構造の建物の上階だと、ビルのエントランスの壁面は、実質的に各テナントの広告スペースになりやすい。テナントの飲食店からすれば、そこに情報を載せないという選択肢はなかろう。一方、ビルのオーナーやビル管理会社側から見ると、テナント名板の統一は手間とコストがかかる。テナント名板のプレートを作り直し、デザインルールを決め、違反が出たときには是正を求める必要がある。入退去が頻繁なビルほど、その運用は面倒になる。結果として、「そこまで管理コストをかける気はない」「テナントのやり方に任せる」となりやすい。つまり、雑居ビルの「うるさい入口」は、テナント側の事情(集客需要)ビルのオーナー側の事情(管理にかける手間とコスト)そして、ルールを明確に決めないまま放置されてきた歴史この三つが重なって生まれた風景だと言える。だからと言って、「雑だから悪い」「揃っていないからダメ」という単純な話ではないということだ。このタイプの入口には、人の出入りや事業の多様さが、そのまま雑音として表に出ていて、看板とテナント名板と貼り紙が混ざり合った状態自体が、ある種の“活気”や“生活感”として受け取られる場面もあり得なくもない。ただし、賃貸オフィスビルのテナント名板を考えるとき、このモデルをそのまま持ち込むわけにはいかない。次の章では、雑居ビルの入口とは異なる、賃貸オフィスビル、しかも、“小ぶりだけどきちんとしている賃貸オフィスビル”がどうなっているのかを見ていくことにしよう。 雑居ビルの賑やかなテナント名板(イメージ画像)飲食雑居ビルの看板(イメージ画像) 第2章:“小ぶりだけどきちんとしている賃貸オフィスビル” 雑居ビルの「うるさい入口」と対照的なのが、都心のオフィスエリア――とくに中央区あたりの「小ぶりだけどきちんとしている賃貸オフィスビル」だ。ビルの規模は決して大きくなく、延床面積もそこまでじゃないし、当然のことながら、ランドマークになるような超高層でもない。それでも、ビルの玄関前を通りかかると「このビルはそれなりにきちんと管理されているな」と感じるタイプの物件がある。その印象を分解していくと、テナント名板の扱いが思った以上に効いている。 テナント名板を「揃え込む」世界 このタイプの「チャンとしている」賃貸オフィスビルでは、テナント名板はだいたい次のような状態。ベースのプレートは、同じ素材・同じ色で統一フォントはビル管理会社の指定(ゴシック系か、それに近いもの)文字サイズも行間も、すべて同じルールで揃え日本語・英語表記の位置も決まっていて、上下のバランスも統一ロゴは不可、もしくは「モノクロのみ・サイズ制限あり」ビルの入口に立ってテナント名板を見ると、「揃い込み方」が目に入る。どのテナントも同じ書式で、同じ線に載せられていて、雑居ビルのような“我先に”の押し出しはない。ビルの来訪者の立場からすると、これはこれで分かりやすい。会社名だけが端的に並びフロア表示も一定の位置にあり余計なキャッチコピーやメニュー情報はない「その場で情報を探し出す」というのではなく、「目的の社名を見つけるだけ」の状態まで整理されている。 ビル管理会社側のルールとねらい 当然のことながら、こういう揃い込んだテナント名板は自然発生的には出てこない。裏には、ビル管理会社側のルールメイキングがある。テナント入居時に配布するサインマニュアルテナント名板に使うフォント・サイズ・文字数制限表記の順番(社名→部署名/屋号→英文社名など)禁止事項(ロゴカラー、イラスト、キャッチコピー等)テナントごとの希望を聞くのではなく、「このビルではテナント名板はこういうルールで作ります」と最初に線を引いておくやり方だ。ビル・オーナー・ビル管理会社側の狙いはシンプルで、賃貸オフィスビルとしてのグレード感・清潔感を崩さないテナントが一社だけ妙に目立つ/浮く状態を防ぐテナントの入替わりがあってもビルの入口の印象がブレないこのあたりに集約される。共用部の内装や照明にそれなりのコストをかけている物件ほど、テナント名板がバラバラだと、ビル全体として「締まらない」印象になってしまうことは避けたいだからこそ、テナント名板も、建物デザインワークの一部として管理しよう、という発想になる。 「揃え込むこと」は、入口デザインの一部 テナント名板を揃えているビルの入口をよく見ると、実は、テナント名板だけがきれいになっているわけではないことが分かる。エントランスの天井高を含めた空間構成を踏まえたスケール感玄関周りの床・壁・天井の素材が統一感を意識して整理されている十分な照度を確保した照明設計不要な貼り紙や、テナントごとの勝手サインが残っていないこうした要素と、揃えてあるテナント名板がセットになることで、「小ぶりだけどきちんとしている」という印象が立ち上がる。ビルの入口の情報設計という観点で見れば、建物全体の案内サインフロア案内エレベーター内の表示注意書き・掲示物など、文字情報が増えがちな中で、テナント名板をどこまで主張させるか/どこまで背景に退かせるかは、ビルの玄関を含めた共用部の“ノイズ”をどこまで許容するかという判断そのものでもある。雑居ビルが「テナントごとの看板が、たまたま同じ場所に押し込まれている」入口だとすれば、ここで見ているのは、「入口の情報量と、空間の印象をコントロールしようとしているビル」の姿だと言える。 その延長線上にある、当社の管理物件の「あっさりグレイのテナント名板」 当社の管理物件で採用しているテナント名板のルールも、方向性としてはこの「揃える」側に入る。違うのは、そのストイックさの度合いだ。たとえば、当社ではざっくり次のようなルールを敷いている。ビル入口のテナント名板は、原則として当社負担で作成・設置文字サイズ・フォント・レイアウトは統一文字色はグレイ指定表示情報は「社名+フロア」に絞るロゴは原則として不可テナント目線で見れば、広告表現としてはかなり「物足りない」仕様かもしれない。一方で、ビルの入口をひとつの空間として見ると、「テナント名板として果たすべき最低限の役割だけを残した」「それ以上の意味は乗せない」という設計になっている。 あっさりグレイのテナント名板(イメージ画像) 第3章:賃貸オフィスビルのテナント名板にテナント企業の個性は要らない ここまで見てきたように、雑居ビルの「うるさい入口」と、“小ぶりだけどきちんとしている賃貸オフィスビル”とでは、テナント名板の扱い方そのものが違う。前章では、「ビルの入口をどういう場所として扱うか」というビル管理会社側のスタンスが、テナント名板の揃え方やルールにそのまま出てくる、という話をした。この章では、当社のビル管理の考え方も踏まえて、もう一歩踏み込んで、賃貸オフィスビルのテナント名板に、「企業の個性」をどこまで持ち込む必然性があるのか、を、用途と役割からあらためて整理しておきたい。 1.まず用途を分ける──商業・雑居ビルと賃貸オフィスビルは、前提が違う テナント名板の議論でよくゴチャっと混ざってしまうのが、「誰に向けて入口で何を勝ち取りたいのか」という前提の違いだ。ざっくり整理すると、こうなる。物販・飲食・サービス店舗が入る商業ビル・雑居ビル通行人や不特定多数に向けてテナントを「見つけてもらう」必要がある入口のサインや装飾が、そのままテナントの売上に直結するロゴ・色・コピーで「らしさ」を出すのは、ある意味で必須B to Bビジネス主体のテナント向け賃貸オフィスビル来訪するのは、取引先・採用候補・関連会社など、すでに関係のある(または、これから)相手先訪問先の社名と所在地を事前に把握したうえで来訪するビルの入口で「見つけてもらう」必要性はないこの時点で、テナント名板に求められている機能はかなり違う。商業ビル・雑居ビル:各テナントの集客装置としての看板賃貸オフィスビル:どの階にどの会社がいるのかを確認するためのインフラ当社が扱っているのは、後者だけだ。ここを取り違えたまま「テナント名板にも個性を」「ブランディングを」などと言い出すと、議論の出発点からすでにズレてしまう。 2.テナント企業の個性は、本来どこで立ち上がるべきか では、B to Bビジネス主体のテナント企業にとっての「個性」や「ブランド」は、本来どこに出るべきものなのか。提供しているプロダクト・サービス営業現場や顧客対応のスタイルWebサイト・採用ページ・各種広報物プレゼン資料・提案書の組み立てオフィス専用部での働き方やコミュニケーションの空気こうした場所こそが、本来の「勝負の場」であるはずだ。ここにきちんと個性が出ているテナント企業にとって、賃貸オフィスビルの共用部、しかも入口にある小さなテナント名板にまで、その個性を滲ませる必然性がどこまであるのか。少なくとも当社の感覚からすると、そこまでテナント名板に役割を背負わせようとするのは、無意味であり、だいぶ過剰である。賃貸オフィスビルのテナント名板が果たすべきなのは、「このビルの、この階に、その会社がいる」という事実を、誰が見ても分かるように表示することだ。テナント企業の「らしさ」まで抱え込ませ始めると、テナント名板の役割が一気にあいまいになる。もし、それでも、「ビルの入口でもっとテナントのブランドを出したい」「看板的な存在として扱いたい」という希望があるというのであれば、それはもはや「普通の賃貸オフィス」の範囲を出ている。自社ビルを建てるか、せめて一棟借りで「ビルの入口をどう使うか」という観点に立って、最初から一緒にビルの入口を設計する話であろう。 3.テナント名板を「メディア」ではなく、「インフラ」として扱う 当社がテナント名板について一貫しているのは、テナント名板を「メディア」としてではなく、「インフラ」として扱う、というスタンスだ。インフラとしてのテナント名板に求めているのは、せいぜい次の程度である。表記が正確であること読みやすく、迷わないこと更新・差替えがしやすく、運用負荷が低いことここに「ブランド表現」「デザインの遊び場」という要素を混ぜ込むと、設計がブレる。当社のテナント名板のルールは、フォント・文字サイズの指定レイアウトの統一文字色はグレイ指定表示内容は「社名+フロア」に絞るロゴは原則不可と、かなり絞ったものになっている。このルールは「ミニマルなデザインが好きだから」ではなく、テナント名板を、テナント企業のメッセージや世界観を載せる媒体にしないための技術的なルールだ。役割をインフラに限定するからこそ、ルールがシンプルで、運用コストも最低限どのテナントにとっても、ビルの入口での「勝ち負け」が発生しないテナント名板をめぐる要望・例外処理・交渉の余地がないという状態を維持できる。 4.フラットで“無個性”なテナント名板は、賃貸オフィスビルとして当社としての正解 当社が管理している賃貸オフィスビル物件に関しては、テナント名板がフラットで、“無個性”に見える状態=「賃貸オフィスとしての役割・機能に忠実な顔」と整理できる。どのテナント名板も同じフォーマットで並びどのテナント会社も、入口においては「テナントの一社」としてフラットに扱われビルの入口での見え方で、優劣や序列がつきにくい雑居ビル的な“雑味”や“実在感”を評価軸に持ち込めば、たしかに味気なく見える。だが、賃貸オフィスビルの共用部としては、それでいいし、それがちょうどいい。テナント企業の個性は、各社のビジネスが回る中で勝手に立ち上がっていく。その個性を、ビル入口のテナント名板で増幅したり演出したりする必要はない。当社の「あっさりしたテナント名板」は、ミニマル趣味でもデザイン志向のポーズでもなく「テナント名板に余計な意味を背負わせない」ための、ごく実務的な線引きだと考えている。次章では、この線引きが実際には誰にとってどんな意味を持っているのか──仲介会社、入居テナントの総務、来訪者、ビルオーナーといったそれぞれの立場から、テナント名板がどんなシグナルとして機能しているのかを整理していきたい。 第4章:テナント名板は誰に向けたシグナルか──優先順位の問題として考える 前の章までで、賃貸オフィスのテナント名板に「企業の個性」を乗せる必然性は薄いことテナント名板はインフラとして扱う方が筋が通ることを整理した。ただ、「インフラだからシンプルにしました」で終わらせると、それはそれで「なんとなくフラットに揃えただけ」にも見える。ここでは、あらためて問いを立て直したい。テナント名板は、誰に対して、何を伝える装置なのか。この優先順位をはっきりさせないまま、「揃え込み」「あっさりさせる」だけを先に決めると、何を守るためのルールなのかが読み取れないテナント名板になりがちだ。当社の「あっさりしたテナント名板」の意味合いを評価するにしても、一度、関わる相手ごとに整理しておいた方がいい。 1.仲介会社にとってのテナント名板:ビル管理レベルのシグナル まず、仲介会社の営業担当から見たテナント名板。彼らが賃貸オフィスビルをチェックするとき、テナント名板は「このビルの管理がちゃんと回っているかどうか」を測る材料のひとつになっている。見ているポイントは、ざっくり言えばこんなところだ。テナント入退去情報が正しく反映されているかテナントの社名変更・統合などの表記が古いまま放置されていないかプレートの汚れ・欠け・歪みが放置されていないかテナント名板に勝手にシールが貼られてたり、貼り紙が混ざっていないかここで評価されているのは、「センスの良さ」でも「デザイン性」でもない。単純に、基本的なビル管理が、目の届く範囲でちゃんと行われているかである。当社のように、フォーマットも色も抑えた「あっさりしたテナント名板」であっても、情報が最新である表記揺れがなく、誤字もない余計なものが混ざっていないこのあたりが守れていれば、仲介会社にとってはそれで十分「管理レベルのシグナル」として機能する。つまり、仲介会社の営業に対してテナント名板が伝えるべきメッセージは、このビルは、最低限の情報更新とメンテナンスがきちんと行われている、という一点であって、テナントごとの個性や装飾性は、ここでは求められていない。 2.入居テナントの総務にとってのテナント名板:社内の火種にしない 次に、入居テナント側の総務・管理部門の視点。総務にとって、テナント名板は、意外と「社内の火種」になりやすいポイントだ。ロゴを入れるかどうかグループ名・ブランド名・屋号をどう並べるか表記にどこまでこだわるかこういった話題は、一度議題に上がると終わりが見えにくい。役員やブランド担当が絡むと、なおさら長引く。当社のようなルール――「社名+フロアのみ」「ロゴなし」「フォーマット固定」――のいいところは、総務の説明が非常にシンプルで済むことだ。「このビルは、テナント名板はこういうルールです。社名とフロア以外は表示できません。」とだけ伝えればいい。総務側は、「ビル側のルール」を盾にできる。その結果、テナント名板をめぐる社内議論が立ち上がりにくい役員のこだわりやブランド部門の要求を、入口の小さなテナント名板のプレートにまで背負わなくて済むという、かなり地味だが大きなメリットが出てくる。テナントの営業目線では、「もう少しロゴを出したい」と感じる場面もあるかもしれない。それでも、総務・管理部門の実務感覚からすると、テナント名板が社内政治のテーマにならないことの方が重要なことも多い。当社が「テナント名板を企業の自己表現の場にしない」と決めているのは、テナントの総務の現場感覚とも、おそらく矛盾していないはずだ。 3.来訪者にとってのテナント名板:やるべきことは二つだけ 来訪者の立場に立つと、テナント名板に求めることはさらに単純になる。目的のテナント会社名がすぐに見つかることどのフロアに行けばいいかが一発で分かることB to Bビジネス主体のテナントのオフィスに来る人は、「たまたま通りかかった客」ではない。事前に訪問先のテナント社名と所在階を把握したうえで訪れている。この前提に立つと、テナント名板に必要なのは、読みやすいフォント一定の並び順情報の過不足がないことこの程度で足りる。むしろ、ここに余計な情報を足し始めると、ロゴや色の強弱で視線が引っ張られる目立ちたいテナントほど、情報を盛りたくなるという方向に転びやすい。当社のような統一フォーマットで社名だけを並べるテナント名板は、見た目としては地味かもしれないが、「来訪者を迷わせないこと」だけに集中した仕様としては、シンプルかつ合理的だと言える。来訪者は、入口でインスピレーションを受けたいわけではない。さっさと目的地を確認して、用件のあるテナントのフロアに上がりたいだけだ。 4.ビルオーナー/ビル管理会社にとってのテナント名板:何を管理し、何を諦めるか ビルオーナー/ビル管理会社にとって、テナント名板は二つの顔を持つ。ひとつは、ビル管理負荷の源泉としての顔だ。テナント入れ替え時の差し替え手配テナントの社名変更・統合・分社化に伴う表記変更禁止ルールに反したサインの是正勝手サイン・勝手貼りへの対応ここに「ロゴOK」「色OK」「コピーもある程度OK」といった自由度を持ち込むと、そのぶんだけ判断と調整が増える。ルールを緩くすればするほど、「ここまでは許す/これはNG」という線引きが都度発生し一度認めた例外が前例化し「あの会社はよかったのに、なぜうちはダメなのか」という話が出やすくなるテナント名板の自由度を上げることは、そのまま、ビルの入口をめぐる交渉や不満のタネを増やすこと、にもつながりかねない。もうひとつは、ビルとしての立ち位置をにじませる要素としての顔だ。雑居ビルのように、「テナントの主張が混ざり合う入口」でよしとするのか「小ぶりだけど、きちんとした賃貸オフィスビル」として見られたいのかそのどちらでもないのかテナント名板は、そのビルがどのゾーンに身を置いているかを、ビルの玄関先で無言のうちに示してしまう。当社の「あっさりしたテナント名板」は、この二つに対する答えでもある。ビル管理負荷について:→ロゴ・色・表記バリエーションを最初から切ることで、「入口をめぐる細かい交渉」を限りなくゼロに近づける。ビルの立ち位置について:→「ここはB to Bビジネス主体のテナント向けの賃貸オフィスビルであり、ビルの入口はテナント企業のブランド発信の場ではない」というメッセージを、テナント名板を通じて間接的に出している。言い換えれば、ビルオーナー/ビル管理会社の側から見ると、テナント企業の個性やブランドは、その企業のビジネスの中で出してもらえばよくて、ビルの入口は、賃貸オフィスビルの共用インフラであればいい。という割り切り方である。 終章:テナント名板を「余白」にしておく、という考え方 テナント名板は、当社の管理する賃貸オフィスビルおいては「魅せる場所」ではない。どちらかと言えば、「何も足さないと決めておくことで、他のところに判断と手間を回すための余白」に近い。 1.テナント名板を「余白」にしておく 当社のルールはシンプルだ。ロゴは使わない色はグレイ固定表示は「社名+フロア」だけ外から見れば、「そこまで統一しなくてもいいのに」と思われるかもしれない。それでもやっているのは、テナント名板を“余白”のまま残しておきたいからだ。テナント名板で遊ばない。テナント名板で語らない。テナント名板で目立たせない。そう決めておくと、入口まわりで判断したり、個別に調整したりする余地がほとんどなくなる。結果として、ビルの入口で「誰をどう目立たせるか」を考えなくてよくなるテナントごとの事情で、名板の扱いがブレなくなるその分の判断資源を、設備・清掃・安全性・トラブルの少なさといった、ビル全体の“使いやすさ”に回すことができる。テナント名板で何もしない、というのは、単に「地味なデザインが好きだから」ではない。入口での「演出」と「調整」を先に封じておくことで、ビル運営の優先順位を自分たちで固定している、ということだ。 2.ビルの入口でテナント同士を競わせない代わりに、どこで勝負するか 当社の管理する賃貸オフィスビルのテナント名板ルールは、テナントから見れば、たしかに「厳しめ」だと思う。自社のロゴも出せないコーポレートカラーも使えない他社より大きく見せることもできないそれでも変えないのは、ビルの入口を「テナント同士の競技場」にしない、と決めているからだ。ビルの入口でテナント同士を競わせない。テナント名板を交渉材料にしない。ビルの共用部を「誰か一社のもの」に見えない状態で維持する。この3つを守るために、あえて柔らかくしないルールを敷いている。テナント名板をあっさりグレイで揃えて、ビルの入口が地味に見えたとしても、それで賃貸オフィスビルの競争から降りているつもりは、まったくない。どこで差をつけるかの場所をずらしているだけだ。ここで当社のビル管理上の差別化ポイントを細かく挙げるつもりはないが、「このビルは“ちゃんと使える箱かどうか”で差をつける」と割り切っている。ビルの入口のテナント名板プレート一枚をめぐって細かく揉めるくらいなら、空調・清掃・保守・事故やトラブル対応といった、もっと地味だけど効くところにリソースを突っ込んだ方がいい──当社はそう考えている。 3.用途が変われば、ルールも変えていい ここまでの話は、「いま当社が管理物件として扱っているタイプの賃貸オフィスビル」に限った話だ。もし将来、来街者向けの機能を前面に出すビルを手がける1階に大きな商業テナントを入れるイベントスペースとして使うことが前提の建物を運営するといったことになれば、そのときはそのビルに合ったテナント名板のルールを、改めて組み直せばいい。そのときに本当に考えるべきなのは、「ロゴを解禁するかどうか」といった個別の条件そのものではない。そのビルで、入口にどこまで“意味”や“メッセージ”を背負わせるつもりがあるのか。その一点さえぶらさずに決められていれば、ルールの中身は用途ごとに変えて構わない。今回のコラムで書いてきたのは、あくまで「いま当社が扱っているビルに対する暫定解」にすぎない。 4.「何をしないか」を先に決めておく いまの当社の答えは、シンプルだ。ビルの入口には意味を盛り込みすぎないテナント名板にはテナント企業の個性を乗せないその代わり、「テナント企業の活動がちゃんと回る箱であること」にしつこくこだわるこのコラムでやりたかったのは、その判断を「感覚」や「好み」でごまかさずに、テナント名板で“何をしないか”を、きちんと言葉にしておくことだった。当社のテナント名板があっさりしているのは、おしゃれ志向でも、逆張りのこだわりでもない。ビルの入口を、特定のテナントのものに寄せないことテナント名板に、余計な意味やメッセージを背負わせないことこの二つを優先した結果として、たまたま今の形に落ち着いている、というだけだ。その線引きさえ共有できていれば、実は「地味かどうか」そのものは、わりとどうでもいい。プレートの書体やレイアウトの細部は、あとからいくらでも調整がきく。当社が管理している賃貸オフィスビルのテナント名板を見て「地味だな」と思った誰かが、少しだけ目線を引いて、ビル全体の使われ方や安定感を見てくれれば、それで十分だと思っている。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年2月6日執筆2026年02月06日 -
貸ビル・貸事務所
両国駅周辺のオフィス・貸事務所の特徴と賃料相場|不動産会社が解説
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの藤岡です。この記事は両国駅周辺のオフィス・貸事務所賃料相場についてまとめたもので、2026年2月5日に執筆しています。少しでも皆さんのお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次両国駅周辺の特徴とトレンド両国駅周辺の入居企業の傾向両国駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場両国駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所の一例 両国駅周辺の特徴とトレンド 両国駅は、JR総武線と都営大江戸線の2路線が利用可能なターミナル性を備えています。総武線を利用すれば秋葉原駅まで約5分、御茶ノ水・新宿方面へのアクセスも比較的スムーズで、都心東側エリアへの移動利便性が確保されています。また、大江戸線を活用することで、汐留・六本木方面へも乗り換えなしでアクセスできます。立地としては、千代田区・中央区と隣接する墨田区の西端に位置し、日本橋・神田・秋葉原といった既存の業務集積エリアに近接しています。一方で、山手線内側と比較すると賃料水準は抑えられており、コストと立地のバランスを重視する企業にとって検討対象となりやすいエリアです。両国周辺のオフィスビルは、中小規模の事務所ビルが中心で、築年数がやや経過した物件が多く見られます。大規模な再開発によるオフィス街というよりは、従来から事務所用途を主体とする建物が段階的に集積してきたエリアといえます。駅周辺から清澄通り、蔵前橋通り沿いにかけて、中小規模のオフィスビルが連続的に立地しています。周辺環境としては、駅前から国技館通り沿いを中心に飲食店やコンビニが集積しており、日常的な業務利用に必要な機能は一通り揃っています。派手な商業エリアではありませんが、伝統的な下町エリアらしい落ち着いた街並みが広がっており、来客対応や従業員の就業環境という点では安定感のある立地といえます。近年は、周辺エリアと同様に既存ビルのリニューアルや用途転換が進み、空調・照明・共用部などの設備を刷新した事務所物件も徐々に見られるようになっています。 両国駅周辺の入居企業の傾向 両国駅周辺では、従来から卸売業、製造業関連の営業拠点、建設・設備関連企業、士業事務所などが多く入居してきました。特に、神田・日本橋方面と近接している立地特性から、バックオフィス機能として利用されるケースが目立ちます。近年では、IT関連の小規模事業者や、デザイン・コンテンツ制作などのクリエイティブ系企業が、比較的コンパクトな区画を中心に進出する動きも見られます。大規模なスタートアップ集積地という位置付けではありませんが、初期コストを抑えつつ都心アクセスを確保したい企業にとって、現実的な選択肢として検討される傾向があります。このエリアが選ばれる理由としては、第一に賃料水準が都心主要駅と比べて落ち着いている点が挙げられます。加えて、JR・地下鉄の双方が利用可能で、取引先訪問や通勤面で一定の利便性を確保できる点も評価されています。街の雰囲気についても、過度に商業化されておらず、業務に集中しやすい環境であることが、長期的な事務所利用につながっている要因と考えられます。 両国駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場 両国町周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場は次の通りです面積賃料下限賃料上限20~50坪約12,000円約14,000円50~100坪約12,000円約16,000円100~200坪--200坪以上-- ※募集物件のデータが少ない場合は空欄としています。※法人登記できる実際のオフィスのみを対象としており、バーチャルオフィスは含めていません。※調査は当社が把握している物件情報を対象としておりますが、把握していない物件もあることから正確性を担保するものではありません。※賃料はおおよその目安として掲載しております。賃料下限の物件は、築年数が古く設備も古いケースが多い傾向があります。※飛び抜けて安い、あるいは飛びぬけて高いハイグレード物件の情報は省いています。 両国駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所の一例 MYSビル住所:墨田区両国4丁目8番10号GoogleMapsで見る階/号室:302号室坪単価:応相談面 積:26.60坪入居日:2026年5月1日詳細はこちら ご希望条件をお伝えいただければ、当社の担当よりオフィス・貸事務所のご提案をさせていただきますので、お気軽にご相談ください。 物件の無料提案を依頼してみる 両国駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所をお探しの企業様、両国駅周辺で安定したビル経営を望まれているビルオーナー様は、こちらよりお気軽にご相談ください。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 藤岡 涼 入社以来20年以上にわたり、東京23区のオフィスビルを中心にプロパティマネジメント・リーシング・建物管理を担当。 年間多数の交渉やトラブル対応経験を活かし、現場目線に立った迅速かつ的確な提案を通じて、オーナー様とテナント様双方の満足度向上に努めています。 2026年2月5日執筆2026年02月05日 -
貸ビル・貸事務所
「佐藤ビル」と「銀座SSビル」のあいだにあるもの――ビル名でたどる家と場と記号の戦後史
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「『佐藤ビル』と『銀座SSビル』のあいだにあるもの――ビル名でたどる家と場と記号の戦後史」というタイトルで、2026年2月4日に執筆しています。少しでも、皆さんに新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次はじめに第1章:1950年代後半〜1970年代:「雑居ビル」と名字ビルの時代第2章:名字ビルvs地名ビル――“誰の場所か”をめぐる引き合い第3章:名字+地名のハイブリッドは、「家」と「場」の折衝案第4章:アルファベット2文字ビル第5章:地名+アルファベット2文字は、「場+記号」第6章:一棟のビルに刻まれた、「家/場/記号」のゆらぎ終章:シリーズ・ビルの時代に、個人ビルはどこに立つのか はじめに 街を歩いていると、大きなビルの裏通りで、「佐藤ビル」「山本ビル」「田中ビル」に出会う。同じくらい、「銀座ビル」「日本橋ビル」「○○一丁目ビル」も多い。もう少し新しめの「銀座SSビル」「日本橋YKビル」みたいな、地名+アルファベット2文字のビル名もよく見かける。ふだん意識することはほとんどないかもしれないけれど、そのようなビル名には“順番”なり“歴史”がある。戦後の「雑居ビル」建築ブームとともに名字ビルが増え、そのあとに地名ビルが広がり、さらに名字+地名、アルファベット2文字、地名+2文字……と、同じ街のなかで、ビル名のフォーマットが少しずつ入れ替わってきた。例えば、中央区銀座1丁目にあるある一棟は、もともと「佐藤ビル」だったのが、のちに「銀座SSビル」へと改称されている。別の八丁堀のビルは、「後関ビル」から「八丁堀中央ビル」になっている。どちらも建て替えられたわけでもなく、同じ住所で、「賃貸オフィスビル」用途であり続けている。でも、ビルの名は、はっきりと、「家」から離れ、「街」や「記号」に重心を移している。このコラムでは、名字ビル(家)地名ビル(場)名字+地名ビルアルファベット2文字(記号)ビル地名+アルファベット2文字(記号)ビルといったパターンを、実在するビルの分布と改称履歴から追いかける。「佐藤ビル」はなぜ「銀座SSビル」になったのか。その変化の中に、戦後東京で個人地主がどのようにビルを建てて、持ち続け、どのように名前を替えて、何を前面に出してきたのか――賃貸オフィスビルの名前を手がかりに、その歴史を辿ってみたい。 第1章:1950年代後半〜1970年代:「雑居ビル」と名字ビルの時代 戦後の混乱が一段落し、神武景気以降の高度成長が始まる1950年代後半から70年代にかけて、東京では中小企業の都心回帰・進出が一気に進んだ。戦争直後の焼け跡や駅前の闇市、木造バラックが整理され、その細かく分筆された土地のうえに、鉄筋コンクリート造・4〜6階建て程度の小ぶりなビルが、個人名義で次々と建てられていく。この個人地主・オーナーの多用途・多テナント型の建物を、当時のメディアや研究者は「雑居ビル」と呼び始める。たとえば新橋西口エリアの調査では、1965年に27棟(全建物の約7%)だったビルが、1995年には131棟(約40%)まで増えており、木造建物がビルへと置き換わっていくプロセスが、数字としても見えてくる。(出典:東京都市大学都市空間生成研究室2022_1841165_yamamotosakuya.pdf)このエリア分析では、「複合商業型」「準オフィス型」のビルは法人→法人で所有が移転する例が多い一方、「雑居ビル型」のモデルケースはすべて「個人所有」だったと指摘されている。つまり、戦後東京で個人地主が賃貸オフィスビル(実際にはオフィス兼店舗の雑居ビル)をガンガン建て始めるコアの時期が、まさにこの1950年代後半〜70年代ということになる。この流れを支えていたのが、都市の土地構造だ。終戦直後の土地政策や相続を通じて、都市部の土地はさらに細かく私有化され、「この一角は○○家の土地」という単位が無数に残ったとする研究がある。そうした零細な私有地の上に、闇市跡の整理、高度成長、建築技術の普及が重なり、個人所有の雑居ビルが量産されていく。ここで初めて、「個人地主が、家名を冠した“○○ビル”として賃貸オフィス・店舗を持つ」という、現代的な意味での“名字ビル”が一気に増えていく。では、なぜ名字がビル名に前面に出てくるのか。そこには少なくとも三つの機能が重なっている。1つ目は、家名の可視化=地主性の宣言だ。江戸期以来の都市では、「この筋は△△家の持ち」という感覚が根強く、土地と家名がセットで記憶されてきた。その土地にRC造のビルを建てたとき、「佐藤ビル」「山田ビル」と名乗るのは、「ここは佐藤家の不動産だ」という、きわめてストレートなラベリングに近い。2つ目は、信用装置としての名字。テナント側から見れば、「○○ビル=地場の○○さん」がオーナー、というほうが、「よく分からない法人名義」やペーパー会社よりも、相手をイメージしやすい。とくに小規模ビルでは、「誰の懐に家賃を払っているのか」が見えること自体が、ローカルな商習慣のなかで安心材料として機能した。3つ目は、相続をまたぐ“家の資産”としての一貫性だ。ビル名に家名を入れておけば、代替わりしても名称はそのまま残る。実務的にも、所有名義が個人から同族法人へと移っても、「○○ビル」という看板だけは変えない、というパターンと相性がいい。名字をビル名に埋め込むことで、「土地・建物・家名」がひとつのブランドとして街に刻まれていく。なお、この流れの延長線上で考えると、森ビルの出自もまさに同じ時代構造の中にいる。創業者の森泰吉郎は1955年に森不動産(のちの森ビル)を設立し、ほどなく虎ノ門交差点近くに「西新橋1森ビル」「西新橋2森ビル」を建設している。(出典:森株式会社)ここでも、「森ビル」という家名+ビルの組み合わせからスタートしている点は、戦後東京における個人オーナー型ビルの典型と地続きだと言っていい。ただし、森ビルはその後、エリア一体開発や超高層再開発へとスケールアウトしていく、かなり特殊な成功例でもある。 名字ベースのビルビル名分布している区・エリア竣工年備考田中ビル千代田区神田多町2-11(本館)/中央区東日本橋・馬喰町周辺/港区新橋4-30-6/新宿区四谷4-8/渋谷区桜丘町・南平台界隈神田多町:1980年-高橋ビル千代田区神田小川町2-2/港区新橋3-9-10/新宿区神楽坂・牛込周辺/渋谷区渋谷・神南周辺/中央区築地(高橋ビル〈築地〉)築地:1978年-小林ビル千代田区内神田・神田周辺/中央区日本橋・八丁堀周辺/港区芝・三田界隈/新宿区高田馬場・早稲田界隈--小林ビル本館中央区日本橋1978年-ニュー小林ビル中央区入船1958年昭和30年代に流行った“ニュー◯◯”系山本ビル千代田区神田・秋葉原寄り/中央区日本橋室町/港区西新橋・虎ノ門近辺/新宿区四谷・新宿三丁目周辺日本橋人形町:1978年/銀座:1984年-井上ビル千代田区神田須田町・淡路町界隈/新宿区余丁町・若松河田周辺--木村ビル港区新橋・浜松町界隈--木村ビルディング中央区銀座--鈴木ビル渋谷区渋谷2-4-101987年-鈴ビル渋谷区富ヶ谷1-15-12-「鈴木」の略称系か田村ビル千代田区神田紺屋町--西村ビル中央区京橋・新富町--竹田ビル中央区京橋--後関ビル中央区八丁堀(現:八丁堀中央ビルの旧称)1974年「八丁堀中央ビル」へ改称 第2章:名字ビルvs地名ビル――“誰の場所か”をめぐる引き合い ビル名にはもうひとつ、「場所として記憶される」という流れがある。戦後すぐに量産された名字ビルは、「佐藤さんのビル」「山田さんのビル」というかたちで、まず家を中心に場所を名付けていた。一方で、もう少しスケールの大きなところでは、少し違う流れが先に走っていた。丸の内では、1923年竣工の「丸ノ内ビルヂング」が、三菱地所の大規模オフィスとして「丸ノ内」という地名をそのまま冠しているし、神武景気の1958年には「大手町ビルヂング」が誕生し、官庁街・金融街としての「大手町」をそのままビル名にしている。さらに高度成長期になると、「新橋駅前ビル」「大阪駅前第1〜4ビル」のように、市街地改造事業や再開発で自治体+大手デベロッパーが“駅前+ビル”という純粋な地名ビルを次々と建てていく。ここで先に地名を看板にしていたのは、丸の内・大手町のような都心一等地のオフィス街駅前再開発の「玄関口」を名乗る大型ビルといった、スケールの大きいプロジェクト側だった。この「地名+ビル」というフォーマットがひととおり見本として出揃ったあとで、中小型ビルの個人オーナーにも、じわっと同じ語法をまねようとする動きが広がっていく。ただ、個人地主の中小型ビルの名前に地名を取り込もうとする流れが目立つようになっていくなか、その流れを押しとどめる3つの事情がある。まずは、めちゃくちゃ分かりやすい“ルールの問題”だ。不動産広告の世界には「不動産の表示に関する公正競争規約」というルールがあって、物件名に使っていい地名が細かく決められている。基本的には、実際の所在地の地名・歴史的地名最寄り駅名一定距離以内の公園・施設・道路名(通り名・坂名など)このあたりに限定しろ、というスタンスだ。ルールが強化された理由はシンプルで、「ブランド地名の盛りすぎ」が横行したからだ。実際には恵比寿エリアでもないのに「恵比寿〇〇ビル」と名乗ったり、八重洲通りに面してもいないのに「八重洲通り〇〇ビル」と名乗ったり――そういう“盛った物件名”が、探している側を誤誘導するよね、というところから締め付けが強くなっていった。結果として、ガチの「丸の内」「六本木」を名乗れるのは、そのど真ん中にいる大規模プロジェクト少し外れにいる中小ビルは、どうしても実在の「町名・丁目・通り名」スケールに寄せざるを得ないという力学が生まれている。ただ、実務の現場を見ていると、地名の付け方にも「ちょっとした工夫」というか、「解釈の余地」が見えるケースもある。そのようなネーミングの一例として、大手町の北側に位置する千代田区内神田のロケーションで、「北大手町ビル」という名前を採用しているケースもある(当社の管理物件)。「北にある大手町的な場所」という感覚を名前に込めたもので、実際の所在地を偽っているわけではないので、表示上のトラブルにはなっていない。とはいえ、表示規約の趣旨に鑑みると、かなり攻めたネーミングであることも確かだ。次に、“実務的にそれじゃ案内にならない”という問題。日本の住所は街区方式だし、東京だと行政が「通称道路名」を整備して、交通情報や防災、道案内でガチガチに使っている。現場感覚でいうと、「渋谷のビルです」→範囲が広すぎて、どこか分からない「道玄坂のこの通り沿いのビルです」→一気に場所が特定できるこの差がとんでもなくデカい。テナント募集の案内、内見の待ち合わせ、郵便や宅配のやり取り……。全部「どれだけ説明しやすいか」が効いてくるから、エリア名だけよりも「町名+丁目+通り名」でビル名まで揃えておくほうが、情報量としては圧倒的にコスパがいい。その結果、再開発・大規模ビル→「渋谷マークシティ」「渋谷道玄坂○○ビル」みたいに、エリア名+サブエリアを大きく抱え込んで名乗る側個人ビル・中小規模ビル→「道玄坂○丁目ビル」「○○通りビル」「新富一丁目○○ビル」みたいに、町名・丁目・通りでピンポイントに名乗る側という役割分担になりやすい。そして最後が、“サイズ感の問題”だ。「六本木」「丸の内」「表参道」クラスの地名って、それ自体がブランドだし、その中に立っている巨大プロジェクトがさらにそのブランドを増幅している。そこに、延べ数百坪クラスの小粒なビルが「六本木○○」とだけ名乗ると、どうしても名前のサイズ感だけが過剰に大きく見えやすい。だから中小型ビルのオーナーほど、ブランド地名をそのまま一人称で名乗るのではなく、「○丁目」や通り名、あるいはオーナーの名字と組み合わせて、名前の“縮尺”をビルの実物に合わせにいく。「個人ビルがエリア名単独を名乗るのは、ちょっと荷が重い」という感覚が共有されるなかで、「渋谷の中の道玄坂」「銀座の中の銀座一丁目」といった“エリアの中のエリア”を切り出して名乗るイメージになっていく。個人ビルにとって、ここからようやく現実的な選択肢になるのが「町名ビル」だ。同じ「渋谷」でも、「渋谷ビル」より「道玄坂ビル」「桜丘町ビル」の方が、住所との対応が素直バス・タクシー・徒歩での案内もしやすいという意味で、現場の実務にもフィットする。ただ、それでも人気エリアでは「町名だけ」の名前が、やや“盛り気味”に見えることがある。そこで、さらに一段スケールを細かくしたネーミングが増えていく。三段階目が「町名+丁目」だ。「道玄坂二丁目ビル」「新富一丁目○○ビル」「神宮前三丁目○○ビル」ここまで来ると、「渋谷」「銀座」といったブランド地名を丸ごと背負うのではなく、そのブランドエリアの中の一画だけを名乗るバランスになる。ブランドエリアの“おこぼれ”は少しもらいたいでもエリア全体の代表を名乗るほどの器ではないという、小規模ビルの正直なポジショニングが、そのまま名前のスケールに出ている。実務的にも、「○丁目」まで入っていれば、地図検索・配達・タクシーの行き先としても迷いが少ない。さらにスケールを詰めたのが、「通り名」「坂名」スケールだ。「○○通りビル」「外堀通り○○ビル」「職安通り○○ビル」「靖国通り○丁目ビル」「目黒通り○○ビル」などこれはほぼ、道案内・動線設計に全振りしたネーミングと言っていい。不動産広告のルール上も、「一定距離以内の道路名」は物件名に使える地名として認められているので、所在地と名前の整合も取りやすい。こうして見ると、地名のスケールを「区・エリア」から「町名」「丁目」「通り」へと細かく落としていくプロセスは、単なる住所表記の精度の話じゃない。広告規制のルール、現場の案内のしやすさ、小さなビルなりのサイズ感――その全部が絡んだ結果として、個人ビルはより細かいスケールで自分の場所を名乗るようになっていった、という話になる。 地名のビルビル名区・エリア竣工年備考日本橋ビル中央区日本橋1983年-銀座ビル中央区銀座1987年-人形町ビル中央区日本橋人形町1985年-新川ビル中央区新川1988年-日本橋中央ビル中央区日本橋1973年-八重洲中央ビル中央区八重洲1975年-八丁堀中央ビル中央区八丁堀1974年「後関ビル」から改称銀座中央ビル中央区銀座不詳-八丁堀駅前ビル中央区八丁堀不詳-茅場町駅前ビル中央区茅場町不詳- 丁目ビル名区・エリア竣工年備考日本橋人形町1丁目ビル中央区日本橋人形町不詳-新川一丁目ビル中央区新川不詳-日本橋本町二丁目ビル中央区日本橋本町2018年頃-銀座七丁目ビル中央区銀座不詳- 通り名ビル名区・エリア竣工年備考銀座外堀通りビル中央区銀座不詳-銀座中央通りビル中央区銀座不詳-日本橋さくら通りビル中央区日本橋不詳-銀座柳通りビル中央区銀座不詳-銀座レンガ通りビル中央区銀座不詳-銀座並木通りビル中央区銀座不詳- 第3章:名字+地名のハイブリッドは、「家」と「場」の折衝案 地名だけのビル名、名字だけのビル名を見てきたあとで、気になってくるのがその中間にいるやつだ。いわゆる「新橋伊藤ビル」「銀座山本ビル」「神田佐藤ビル」みたいな、名字+地名のハイブリッド型である。ここにはけっこう分かりやすい構造がある。名字:このビルは「誰のものか」「誰が責任を持っているか」という“家”の側の情報地名:このビルは「どこにあるのか」「どの街に属しているのか」という“場”の側の情報名字+地名のビル名は、この2つを一行のなかで折衝しているネーミングだと言っていい。 「伊藤ビル」だけでは届かないところを、地名で補う まず、純粋な名字ビル――「伊藤ビル」「山本ビル」「佐藤ビル」だけで名乗ろうとすると、今の感覚だとどうしても情報が足りない。住所と即座に結び付かない同じ名字ビルが街の中に複数あり得る探す側からすると「どの伊藤さん?」状態になりやすい昔はそれで通用していたとしても、テナント募集、Web掲載、地図アプリ、配送、タクシー、とにかく「場所情報」が細かく紐づくようになった今だと、名字だけで押し切るのはだいぶキツい。そこで出てくるのが「新橋伊藤ビル」型だ。地名が、場所情報と識別性を一気に補ってくれる。「新橋」という単位で街のイメージと大まかな位置を示しつつ「伊藤」でオーナーの顔とビル個体を特定する名字ビルが持っていた「家」の情報に、「場」をあと付けで足しているイメージに近い。 「新橋伊藤ビル」と「伊藤新橋ビル」は、前に出ているのが違う ハイブリッド型の中でも、実は微妙な差がある。地名+名字型:「新橋伊藤ビル」「銀座山本ビル」名字+地名型:「伊藤新橋ビル」「山本銀座ビル」ぱっと見は似ているけれど、ニュアンスは逆だ。「新橋伊藤ビル」→まず「新橋」という“場”を掲げて、そのなかの伊藤さんのビルですよ、という言い方「伊藤新橋ビル」→伊藤さんのビルであることを先に出しつつ、その伊藤ビルの新橋棟、という読み方もできるどちらもルール的には問題ないが、どちらを前に置くかで、「家」と「場」のどちらに主導権を寄せるかが変わる。個人オーナーの小さなビルが、地名を先頭に置いているケースが多いのは、「まず街の名前で検索される」という現実を意識しているからだと考えた方が自然だ。 「ブランド地名を丸ごと背負う」ことへの“逃げ道”としてのハイブリッド ここで、さっきのスケールの話とつなげると分かりやすい。「六本木ビル」「銀座ビル」と名乗るのは、ブランド地名を丸ごと背負う行為小さな個人ビルには、その看板を一人称で背負うのは正直重たいとはいえ、「伊藤ビル」だけだと、場所としての情報がなさすぎる地名を完全に捨てるほど、街との接続を諦めたいわけでもないその間を埋める折衷案として、「六本木伊藤ビル」「銀座山本ビル」さらに一歩進めて「六本木三丁目伊藤ビル」「銀座一丁目山本ビル」といったハイブリッドが選ばれやすくなる。地名単独で大上段に構えるほどの器ではない。でも、ブランド地名の外側に完全に追いやられるのも避けたい。その微妙なバランス感覚が、そのまま名字+地名の組み合わせににじんでいる。 規制と実務の要請にも、わりと素直にハマる 名字+地名型が“生き残りやすい”のは、感覚の話だけじゃなくて、制度と実務にもちゃんと噛み合っているからだ。規約上、地名や通り名は「実際の所在地」と紐づいていれば使ってOK名字部分は、オーナー名や企業名として扱われるので、地名規制とは別枠つまり、「所在地に合った地名or通り名」+「オーナー名字」という組み合わせにしておけば、広告規制もクリアしつつ、場所情報とオーナー情報を同時に載せられる。検索性・案内のしやすさ・法令対応を、一発で全部そこそこ満たせるフォーマットになっている。 小さなビルが、「家」を消さずに「場」に合わせるためのフォーマット まとめると、名字+地名のビル名は、名字ビルが持っていた「家」の記憶を完全には手放さないでも、地名ビルが要求する「場の説明」にも、きちんと参加するための、現実的な妥協案だと言える。地名のスケールが区/エリアから、町名、丁目、通りへと細かく落ちていくなかで、個人ビルは「自分のサイズに合った地名」と「自分の名字」をどう組み合わせるかで、立ち位置を微調整してきた。 名字+地名(or地名+名字)のビルビル名区エリア竣工年備考田中八重洲ビル中央区八重洲1-6-211966年-佐藤代々木ビル渋谷区代々木1-14-31992年-銀座小林ビル中央区銀座1-6-81963年-東日本橋佐藤ビル中央区東日本橋2-16-71987年-築地小川ビル中央区築地1991年-京橋山本ビル中央区京橋1986年-日本橋山本ビル中央区日本橋エリア1985-日本橋加藤ビルディング中央区日本橋本町1988年-恵比寿佐藤ビル渋谷区恵比寿南3-2-12不詳-銀座中村ビル中央区銀座1984年のちに「銀座THビル」へ改称八重洲通ハタビル中央区八重洲通り不詳通り名(八重洲通)+姓(ハタ) 第4章:アルファベット2文字ビル 名字ビルを見ていくと、途中から混ざり始めるのが「YKビル」「KSビル」みたいな、アルファベット2文字だけのビル名だ。地名も付けず、「アルファベット2文字」+「ビル」。何の略なのかは外から見ても分からない。けれど、街を歩いていると、一定数こういう名前に出会う。これは単純に「横文字の方がカッコいいから」という話だけではない。名字ビルが抱えていたいくつかの“やりにくさ”を、アルファベット2文字がうまく薄めてくれる、という構造がある。まず、名字ビルは情報として正直すぎる。「佐藤ビル」「山田ビル」「鈴木ビル」――そこにはっきり「家」が出てしまう。誰が持ち主か、どんな規模感のオーナーか、おおよそのイメージが一発で伝わってしまう。ところが、ビルの中身はだんだん変わっていく。テナントは多様化し、フロアごとに違う会社が入り、相続や共有で所有関係も複雑になる。そうなってくると、「このビルは“山田家”のものです」と強く言い切る感じそれを看板に永久保存する感じが、少し重くなってくる。名字を看板に掲げ続けること自体が、ビルの運営実態と合わなくなっていく。そこで出てくるのが、アルファベット2文字だ。「YKビル」と書かれていれば、それが「山田工業」なのか「吉川興産」なのか、「山口・木村」の頭文字なのか、外からは判別できない。内側の論理としてはオーナー名字や社名から取っているとしても、表向きはただの“記号”として振る舞ってくれる。名字ビルが持っていた“家”の匂いはうっすら残すでも、その家をむき出しでは出さないこのぼかし方がちょうどいい。看板やサイン計画の面でも、2文字のアルファベットは扱いやすい。小さな袖看板やエントランスのプレートに、漢字三文字の名字を載せるよりも、省スペースでロゴっぽく収まる。ビル単体というより、「複数テナントを入れる箱」としての顔つきに寄せやすい。もう一つ大きいのは、「誰のものか」よりも「どのビルか」が重要になっていく、という変化だ。テナント募集、ネット掲載、地図アプリ、配送、タクシー…。ビル名に求められるのは、オーナーの自己紹介というより、「識別記号」としての機能になっていく。「佐藤ビル」は街に何軒あってもおかしくない「STビル」も同じくらい被りうるけれど、そもそも“意味が分からない記号”なので、そこまで気にされないアルファベット2文字は、意味よりも“コード感”で押し切るネーミングだ。オーナー側は「自分たちには分かる略称」を仕込んでおきつつ、外側からはただの記号として見てもらう。名字を前面に出すのをやめて、半歩だけ匿名寄りに逃がしている。歴史的に見れば、「名字ビル→アルファベット2文字ビル」ときれいに世代交代したわけではない。1950〜60年代の時点で、名字ビルと並行して、アルファベット2文字のビル名もすでに立ち上がっている。それでも、オーナー側の感覚としては、家の名前でビルを運営していくには、そろそろ無理が出てきたかといって、地名や企業ブランドを全面に出すほどの規模でもないという板挟みのなかで、「とりあえず2文字のアルファベットにしておく」という逃げ道が選ばれていった、という読み方はできる。アルファベット2文字ビルは、名字ビルほど“家”を出さず、地名ビルほど“場”に寄りきらない。その中間に、記号としてちょこんと座っている。 第5章:地名+アルファベット2文字は、「場+記号」 「銀座KSビル」「新宿YKビル」「渋谷HFビル」みたいな名前を見かけることがある。さっきまでの流れでいうと、名字ビル:家地名ビル:場2文字ビル:記号だったのに対して、地名+2文字ビルは「場+記号」だけを前に出すネーミングになっている。外から見える情報は、こう分解できる。「銀座」「新宿」「渋谷」…→ここがどの街のビルか「KS」「YK」「HF」…→どのビルかを区別するための記号中にオーナーの名字や会社名の略が仕込まれていたとしても、それはもはや外向きの主役ではない。名字ビルが抱えていた「家」の気配は、アルファベット2文字のなかに沈められて、ほぼ“識別記号”としてだけ扱われる。 名字の「生々しさ」を、地名と記号で薄める 名字ビルから2文字ビルへの移行は、「家の名前を看板から引っ込めたい」という動きだった。そこに地名が乗ると、さらに整理される。「山田ビル」→誰のビルかが一発で分かる。家が全面に出る「YKビル」→山田かもしれないし、吉田かもしれないし、山口×木村かもしれない。家はぼやける「銀座YKビル」→街ははっきり示しつつ、所有者は記号の奥に隠す「場」ははっきり、「家」はぼかすというチューニングが、ここで完成する。地名部分が、テナントや来訪者に向けた「表の顔」になる。2文字は、オーナーや管理側だけが分かればいい「裏の意味」を背負う。名前の一行の中で、役割分担がはっきりする。 まず街で検索される」前提に合わせた並び順 地名+2文字ビルが素直なのは、「検索の順番」と噛み合っているからでもある。実務でビルを探すとき、多くの人はエリア(銀座・新宿・渋谷…)で絞るその中から、通り・番地・ビル名で特定するという順番で情報にアクセスする。 だから、名前の並びが「銀座KSビル」→検索・会話の入り口と同じ順序(銀座→KS)「KS銀座ビル」→まずKSが来てしまい、何の略か分からない記号から入るこの差は地味に大きい。エリア名を先頭に置くことで、「街の中の一棟」としての見つけやすさに振り切っている。2文字は、その中で「どのビルか」を区別するための添え物に回る。 ブランド地名を“割り振る”ためのフォーマット 人気エリアほど、地名を単独で名乗るのはハードルが上がる。 「銀座ビル」「六本木ビル」と書いた瞬間に、その名前が表す範囲が広すぎて、街全体の看板みたいになってしまうからだ。そこで、「銀座KSビル」「六本木YTビル」「表参道HFビル」のように、ブランド地名+記号という形で、エリア名を細かく割り振っていく。 地名を丸ごと抱え込むのではなく、「銀座のKS」「六本木のYT」として、ブランド地名のなかに自分の枠を刻むイメージに近い。ここには、ブランド地名とのつながりは維持したいでも「銀座そのものの代表です」とまでは言い切れないという、小さめのビル側の本音がそのまま出ている。 ポートフォリオを“並べる”ときにも使いやすい 地名+2文字ビルは、複数棟を持つオーナーにとっても扱いやすい。例えば、同じオーナーが「新宿YKビル」「渋谷YKビル」「池袋YKビル」を持っているとする。YKという記号はオーナーやグループを指し示しつつ、地名部分がそれぞれの立地を整理してくれる。逆に、「YK第1ビル」「YK第2ビル」「YK第3ビル」とだけ名付けると、エリアが分散した瞬間に、外部から見て意味を成しづらくなる。記号を縦軸、地名を横軸にしてポートフォリオを並べるのに、地名+2文字はちょうどいいフォーマットになっている。 「家+場+記号」の三角形のうち、何を残すか 整理すると、地名+アルファベット2文字ビルは、家:名字を前に出すのはやめる場:エリア名でしっかり押さえる記号:オーナーや由来はアルファベット2文字の中に沈めるという選択の結果だと言える。名字ビルが「家」に振り切りすぎていたとすれば、地名ビルは「場」に、2文字ビルは「記号」にそれぞれ寄っていった。地名+2文字ビルは、そのうちの二つ――「場」と「記号」だけを残し、家を表から外すための形だ。 地名+アルファベット2字/2字+地名ビル名区エリア竣工年備考銀座YKビル中央区銀座1-14-101964年-銀座SSビル中央区銀座1-14-151984年旧称は「佐藤ビル」銀座KMビル中央区銀座8-10-41974年-銀座THビル中央区銀座1984年旧称:銀座中村ビルKM新宿ビル新宿区新宿1-6-111991年-京橋YSビル中央区京橋1984年-日本橋YKビル中央区日本橋1985年-日本橋KSビル中央区日本橋1988年-日本橋本町NSFビル中央区日本橋本町-- 第6章:一棟のビルに刻まれた、「家/場/記号」のゆらぎ ――改称履歴から見るビル名の系譜ここまで、名字ビル地名ビル(区・町名・丁目・通り)名字+地名アルファベット2文字地名+2文字と、パターンごとにバラして見てきた。最後に、それらが一棟のビルのなかでどう連結しているかを、改称履歴が追える実例からざっと総覧しておきたい。ポイントはシンプルで、ビル名の変化は、「家」=誰の土地か・誰のビルか「場」=どの街・どのエリアに属しているか「記号」=識別コードとしての名前この三つのうち、どれを残して、どれを引っ込めるかの調整として読める、ということだ。 ①後関ビル→八丁堀中央ビル ――「家」から「場」へ、地主性を看板から消す中央区八丁堀の「後関ビル」は、のちに「八丁堀中央ビル」へ改称されている。ここで起きているのは、かなり分かりやすいスライドだ。旧:後関ビル「後関」という名字が、ローカル地主としての「家」をそのまま表に出している新:八丁堀中央ビル名字が消え、「八丁堀」というエリア名+「中央」という位置付けだけが残る三角形でいえば、家:バッサリ削る(後関の名は表から消える)場:最大化する(八丁堀の中央、という言い方に振る)記号:ほぼゼロ(「中央」は位置付けの形容であってコードではない)というチューニングになっている。なぜこう振るのか。ありそうなのは、所有が個人から法人へ移った同族では持ち切れなくなり、外部資本が入った「後関さんのビル」ではなく、「八丁堀の賃貸オフィスビル」として扱われたいという希望といった事情だろう。テナントから見ても、「後関ビル」より「八丁堀中央ビル」のほうが、立地が一発で伝わるビル紹介資料に載せたとき、“地主さんの名前のビル”感が薄まるという意味で、扱いやすい。この改称は、地主性を看板から外して、ビルを“町の在庫”側に寄せる動きとして読める。 ②佐藤ビル→銀座SSビル ――「家」から、「場+記号」への一気跳び銀座1丁目の「銀座SSビル」は、旧称が「佐藤ビル」だと確認できる。ここでの変化は、さっきの八丁堀とは別の軌道を取っている。旧:佐藤ビル典型的な名字ビル。「家」が全面に出ている新:銀座SSビル銀座=場SS=記号(たぶん佐藤の頭文字を含んでいるが、外からは分からない)ここで三角形は、家:SSの中に沈める(オーナー側だけが分かるレベルに格下げ)場:銀座を前面に押し出す記号:SSというアルファベット2文字の記号を新たに立てるというふうに組み替えられている。つまり、「佐藤」という名字を完全に捨てたわけではなく、「銀座+SS」というフォーマットの中に、家名をコードとしてアルファベット2文字の記号のなかに埋め直した、という動きだと読める。外から見る人にとっては、「銀座にあるSSビル」という“場+記号”の組み合わせ内側の人間にとっては、「もともと佐藤ビルだったSS」のように、家の記憶もかすかに残る名字ビルからいきなり「銀座ビル」に飛ぶと、地名のスケールが大きすぎてビルの器とズレる。そこで、「銀座」+「SS」という二段構えにして、ブランド地名の中に、控えめなコードとして自分の痕跡を残す。そのくらいの温度感がちょうどいい、という判断がにじんでいる。 ③銀座中村ビル→銀座THビル ――「家+場」から、「場+記号」へのスライドもう少しソフトな変化をしているのが、「銀座中村ビル」→「銀座THビル」だ。旧:銀座中村ビル「銀座」=場「中村」=家家と場のハイブリッド型新:銀座THビル「銀座」=場(維持)「TH」=記号(新たに立ち上がった記号)ここでは、場:ほぼ据え置き(銀座は残す)家:中村を外し、記号の中に退避(THが何の略かは外からは読めない)記号:初めて前面に立つという変化が起きている。「佐藤ビル→銀座SSビル」が、家→場+記号へのジャンプだとすると、「銀座中村ビル→銀座THビル」は、家+場→場+記号への横スライド、という感じだ。立地ブランド(銀座)と地図上の位置付けは維持したいただし、ビル名としては、特定の家名から少し距離を取りたいとはいえ、完全な地名ビルにするほど「街の看板」を名乗る覚悟もないこの三つの要請を同時に満たそうとすると、「銀座」+アルファベット2文字の記号という選択肢が、もっとも摩擦が少ない。 ④「銀座SS」「銀座TH」「銀座YK」… ――同じエリアに並ぶビル名が示すもの銀座周辺だけを切り取っても、銀座ビル(地名のみ)銀座中央ビル(地名+位置付け)銀座山本ビル(地名+名字)銀座SSビル/銀座THビル/銀座YKビル(地名+2文字)みたいな名前が雑居している。これを年代と改称履歴を乗せて眺めると、まず、名字ビルや名字+地名ビルとして立ち上がるその一部が、地名ビル(銀座ビル/銀座中央ビル)側へ寄っていく別の一部は、地名+2文字(銀座SS/銀座TH…)側へ滑っていくという、複数のベクトルが見えてくる。重要なのは、「名字→地名→2文字」と一直線に進化したわけじゃない、ということだ。むしろ現実は、「家をどれだけ残したいか」「どこまで街の看板を名乗れると思っているか」「識別コードとしてどれくらい匿名でいたいか」によって、同じ出発点(名字ビル)から、地名型・2文字型・ハイブリッド型に分岐していった、という方が近い。 ⑤まとめ:ビル名は、小さな経営史のアーカイブ 後関ビル→八丁堀中央ビル、佐藤ビル→銀座SSビル、銀座中村ビル→銀座THビル――。この3つを並べるだけでも、ビル名が、「家」を消す「場」に寄せる「記号」に逃がすという三方向の動きの中で揺れてきたことが、かなりはっきり見える。名前の変遷を追うことは、誰がこのビルを持っていてその「持ち方」がいつ、どう変わりどのタイミングで「家」を下げ、「場」や「記号」を前に出したのかという、小さな経営史・都市史を読むことでもある。戦後の名字ビルの時代から、地名ビル、名字+地名、アルファベット2文字、地名+2文字へ。その流れは、「雑居ビルが増えた」「英語がカッコいい」といった表面的な話ではなく、家と場と記号の三角形のどこに重心を置き直すかという、わりとシビアな現実の調整として積み重なってきた。中央区のごく限られた一角を歩くだけでも、その系譜はそこら中に落ちている。ビル名を順番に眺めていくとき、これはまだ“家”で持っているビルだなこれはもう“場”に完全に解けているなこれは“コード”としてしか自分を残していないなという視点で見直してみると、東京の賃貸ビルストックが抱えている構造と、オーナーたちのささやかな選択が、少し違う輪郭で見えてくるはずだ。 改称履歴が確認できるもの(系譜が見えるサンプル)旧名称新名称住所竣工年変化のタイプ後関ビル八丁堀中央ビル中央区八丁堀1974年姓→地名のみ佐藤ビル銀座SSビル中央区銀座1-14-151984年姓→地名+アルファベット2文字銀座中村ビル銀座THビル中央区銀座1984年地名+姓→地名+アルファベット2字 終章:シリーズ・ビルの時代に、個人ビルはどこに立つのか いま、中型オフィスの世界では、「名前」のゲーム盤そのものがまた一段変わりつつある。野村不動産のPMO、ボルテックスのVORT、日鉄興和のBIZCORE、住友商事のPREX、中央日本土地建物のREVZO、三菱地所のCIRCLES――それぞれが、延床数千㎡クラスの中型オフィスを、シリーズブランドとして一気に並べている。かくいう当社も、BRとNEWSという二つのシリーズを展開している。ここまでくると、ビル名は「家/場/記号」に加えて、シリーズブランドという第四のレイヤーを持ち始める。PMO・BIZCORE・PREX…というコードそのものが「一定水準以上のスペック」を約束するラベルになりその後ろに、大手デベロッパーという“家”が控え立地は「○○駅徒歩○分」「○○通り沿い」としてカタログ的に並べられるつまり、「家」は企業ロゴに吸収され、「場」はスペック表の一項目になり、ビル名の表層にはほぼ“シリーズ名+地名コード”だけが残る構造だ。このゲームに、そのまま個人地主のビルが乗るのは正直きつい。「PMOっぽい名前」「BIZCOREっぽい横文字」を後追いしても、テナント側から見れば単なる“なんちゃってシリーズ”にしか見えないし、仲介の現場でも区別されない。じゃあ、個人ビルはどうやって生き残るのか。ここで、名前の話と運営戦略がつながってくる。個人オーナーが本当に持っている強みは、大手のシリーズと同じフィールドでの“ブランド勝負”ではない。地場の文脈や細かい立地に対する感度テナントの顔を見ながら決められるスピードと裁量建物の癖や履歴を踏まえた、現場レベルの調整余地こうした「顔の見える判断」と「場所のリアリティ」をどこまで出せるかが、本来の勝負どころだとすれば、ビル名もそこに合わせてチューニングした方がいい。「○○コア」「○○スクエア」みたいな、量産型の横文字に寄せるのではなく「町名+丁目+ビル名」や「通り名+ビル名」で、立地の精度をきちんと出す必要なら、名字やアルファベット2文字の記号を足して、“誰が持っていて、どの箱か”を最低限区別できるようにする要は、自分のスケールに合わない“シリーズごっこ”をやらないことだ。これから築40〜50年を迎える個人ビルは、建替え・改修のたびに、いやでも名前をどうするかを問われることになる。まだ「田中ビル」で行くのか「日本橋田中ビル」として場との接点を強くするのか「日本橋TKビル」のように、家をアルファベット2文字の記号にコードとして沈めるのかあるいは、シリーズブランド(自前の小さなレーベル)を立ち上げるのかその選択は、「どのマーケットで戦うつもりか」を決める行為でもある。PMOやBIZCOREのように、シリーズ名だけで案件検索される世界線も、たしかにもう目の前にある。一方で、「人形町一丁目ビル」「新川一丁目ビル」「日本橋さくら通りビル」のように、エリアの肌感に直結した名前で語り継がれていく箱も、同じ街の中に残り続けるはずだ。個人地主のビルがこれからも生き残るとしたら、そのどちら側に寄るのか、どこまでシリーズ化するのか、どこまでローカルな“顔”を残すのか──その線引きを、名前の一行でちゃんと決めることが避けて通れない。ビル名の変遷を追うことは、過去を振り返る話であると同時に、「この先、自分たちのビルをどう名乗っていくのか」を考えるリハーサルでもある。シリーズ・ビルのロゴが増えていく街の中で、まだ“佐藤ビル”でいくのか、“銀座SSビル”になるのか、まったく別の軸で名乗り直すのか。その小さな決断の積み重ねが、10年後・20年後の「個人ビルの立ち位置」を静かに形づくっていく。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年2月4日執筆2026年02月04日 -
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相場追従ではなく“時間”で決める賃料―高輪ゲートウェイ後、周辺相場は上方シフトか二極化か
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「相場追従ではなく“時間”で決める賃料―高輪ゲートウェイ後、周辺相場は上方シフトか二極化か」というタイトルで、2026年2月3日に執筆しています。少しでも、皆さんに新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次序章:“相場”の外側から始まる――高輪ゲートウェイが投げる問い第1章:「相場」って何を指すのか?第2章:「場所性」と「個別性」を補正する第3章:「相場に寄せる」は安全策ではない――“正しさ”の先にあるリスク第4章:“収支で見る”賃料判断――数字の裏にある実効バランス第5章:“高く貸す”か“長く貸す”か――希少ストック時代の賃料判断第6章:“時間で読む賃料”──強気・弱気を決める現実のライン第7章:時間をデザインするオーナーが、市場を超える 序章:“相場”の外側から始まる――高輪ゲートウェイが投げる問い 2025年3月、高輪ゲートウェイ駅前の「TAKANAWA GATEWAY CITY」が街びらきを迎え、2025年9月、「NEWoMan 高輪」が開業し、お披露目されている。オフィス・商業・ホテル・レジデンス・文化機能を束ねた、都心でも稀少なスケールの複合開発だ。9.5haの再開発、複数棟構成、駅直結の都市機能――この“塊”は、周辺の賃料ゾーンにとって明らかに外力になる。施設群は今も段階的に立ち上がっており、今後、テナントが入居していって、街の重心はこれから数年をかけて定着していくことになろう。注目は賃料だ。詳細な募集単価は広く開示されていないが、業界関係者の間では周辺の“従来ゾーン”とかけ離れた水準での設定が織り込まれつつある、という“観測”が共有されている。もともと高輪ゲートウェイ周辺は、都内では利便性のわりに賃料が比較的低位で安定してきたエリアだ。そこに“新築・大規模・駅直結・複合”的な上位仕様が面で出てくる。ではこの賃料ポジションは、どこまで周辺に波及するのか。エリア平均は上に引っ張られるのか。あるいは“階層分化”が進み、同じ駅圏でも賃料帯が二極化していくのか。街の“新しい基準”づくりが、まさに始まっている。ここで、ひとつ確認しておきたい。私たちが普段「相場」と呼んでいる数字は、ほとんどが募集賃料という“希望値の平均”に過ぎない。実際の成約、インセンティブを差し引いた実効賃料(NER)、そして空室期間という“時間コスト”まで含めた収入水準――これらは可視化されにくく、平均のテーブルには載りにくい。だから“街のニュース”が相場表に反映されるより先に、意思決定の現場では時間差の歪みが生じる。上振れ期待に寄せて粘れば、空室が伸びる。守りに寄せれば、機会を落とす。数字ではなく“時間”で読む力がないと、どちらにも外す。今回の高輪ゲートウェイは、その練習問題として最適だ。――“上に合わせる”のか。――“自分の物件の文脈”で読み替えるのか。同じ駅圏でも、立ち方・動線・管理品質・更新の通しやすさで、上げられるビルと上げられないビルははっきり分かれる。希少ストック化が進む都心では、「安く貸して長く」はもはや戦略ではない一方で、“強気に出して時間を失う”のも愚策だ。鍵は回す力――賃料・更新・改修・募集のリズムを自分で設計し、相場を“素材”として使いこなす運用にある。高輪ゲートウェイの“新しい基準”は、いずれ相場表にも反映されるだろう。だが、そこで勝ち負けを分けるのは数字の追随ではない。先に時間を読めるかだ。相場は、待っていれば上がるものではない。使いこなすものだ。 第1章:「相場」って何を指すのか? オーナーが賃料設定を考えるとき、不動産仲介会社に相談すると、「このあたりは坪○○円くらいです」と相場の数字が返ってくるし、ポータルサイトを見れば、対抗と目する物件の募集賃料の相場が並んでいる。では、この「相場」ってのは、何なのだろうか。 数字の不透明さ:募集賃料・成約賃料・実効賃料世の中で見かける「相場」は、大抵、募集賃料──つまり「希望条件」の平均である。ポータルやマイソクに出ている数字は、言わば“言い値”。そこから交渉を経てまとまった成約賃料とは必ずしも一致しない。さらに、成約賃料すら「表面の数字」であって、フリーレント、段階賃料や、貸主側の工事負担などのインセンティブを差し引けば、オーナーの実入りはもっと低い。これがいわゆる「実効賃料」である。しかも、実効賃料は公開されることが少なく、当事者間でしか把握できない。つまり、「相場」と呼ばれている数字は、実際の収入水準を反映していない不完全な情報であることを前提にすべきなのである。募集賃料:ポータルやマイソクに出てくる“希望”。成約賃料:契約書上の坪単価。公開されづらい。実効賃料(Net Effective Rent):フリーレントや貸主工事(Tenant Improvement)等のインセンティブを控除した“実入り”。NERの簡易式(月額)NER ≒ {(成約賃料×(契約月数-FR月数)-TI等の金銭換算)}÷ 約月数※厳密には金利の影響や時点のズレがあるが、オーナー意思決定ではこの近似で十分“方向性”が出る。さらに現実のキャッシュフローは「空室期間」でさらに薄まる。なので、意思決定は“時間調整NER”で見るのが理想的。時間調整後のNER≒{(表面賃料×(契約月数-FR月数)-TI)}÷(契約月数+想定空室月数)ポイント:強気設定ほど「想定空室月数」が伸びがち。ここを勘定に入れない比較は幻想。 第2章:「場所性」と「個別性」を補正する オフィスビルの賃料は「駅徒歩○分」というシンプルな表記では測り切れない。なぜなら不動産は「場所」に根ざした商品であり、そこには様々なファクターが複雑に絡み合っているからだ。実際の評価に効いてくる要素を分解すると街としての立地対象ビルの個別性(ロケーション由来)対象ビルの個別性(建築・設備・管理由来)という三層に整理できる。この三層を順に確認していこう。 2-1.街としての立地 まずは“街そのもの”が持つ力である。ここには四つの主要因がある。住所としてのブランド価値丸の内、青山、渋谷といった地名は、それ自体がブランド資産だ。名刺に印字したときの印象や、採用・営業での「説明力」といった、企業が外部に示したい価値に直結する。ブランド価値は短期には動かないため、立地が持つ基盤的な強みとなる。エリア特性(街の実態)ただし、住所が立派でも街の実態が伴わなければ評価は下がる。用途地域指定だけでは割り切れない街の実態。ビジネス街の中核なのか、雑居・飲食が混在するエリアか、あるいはフリンジか。さらに、再開発の進捗といったダイナミックな都市計画な進捗も、エリア特性を変化させていく。人流のパターン街の実態をつかまえる上で、人流のパターンは重要な要素である。平日昼間にオフィスワーカーが溢れる街は、来客や営業型業態に向く。夜、そして、休日に賑わう街は、クリエイティブ系には好まれる場合もあるが、事務系にはマイナス。業種によって「望ましい人流のパターン」は変わる。ビジネス拠点へのアクセシビリティこれも、エリア特性として街の実態をつかまえる上でのサブ・ファクター。鉄道駅、バスの利便性も踏まえて、広域で捉えたエリア特性とも言えるかもしれない。官公庁、顧客、協力会社へのアクセシビリティは重要なポイントである。ハザード(リスク)河川の氾濫、内水氾濫による浸水・地盤の脆弱性などのリスクは、BCPを想定する上で確認必須のポイント。総務部門がハザードマップを確認するのは当然として、住所のブランド価値を打ち消す場合すらある。 2-2.対象ビルの個別性(ロケーション由来) 同じ街の中にあっても、歩行動線の体感なり、面している道路条件、車両のアクセス、視認性など、ビルの立ち方で印象はまるで違ってくる。歩行動線の体感ひとつの信号がテンポを変え、一本の坂が疲労を生む。雨の日に傘を差して歩く距離感、アーケードの有無、曲がり角の数。たったそれだけで「同じ徒歩5分」の意味はまったく違う。物件図面に“徒歩5分”と記されても、体感では「行きやすいビル」と「わざわざ行きたくないビル」がはっきり分かれる。道路条件と街との“接点”前面道路の幅や歩道の状態は、通る人の目線と関係する。大通り沿いは視認性と安心感があるが、雑踏や騒音も抱える。一方、裏通りは静かで落ち着くが、発見されにくい。どちらが“良い”ではなく、その街でどう使われるかの設計で評価が変わる。車両アクセスと搬入動線タクシーが横付けできるか、車寄せが取れるか。一方通行で停めづらければ、来客や荷物搬入のストレスは想像以上に大きい。特に小規模オフィスでは、共用部を兼ねた搬入経路の設計次第で“使いやすい/使いにくい”が決まってしまう。視認性とアプローチの印象同じ立地でも、角地に建つか、通りに埋もれているか、前面道路の幅如何で、接近していく際、どの距離、角度でエントランスが見えるかによって、印象が異なってくる。結論:ロケーション由来の個別性とは、「街との接し方のデザイン」である。街の流れに沿って入口が見えてきて、歩道から自然に吸い込まれる──そんな“街に馴染む立ち方”ができていれば、築年数を超えて“今も機能している建物”に見える。街の動線からずれて、通り過ぎられるビルは、それだけで“時間が止まったように見える”。 2-3.対象ビルの個別性(建築・設備・管理由来) ビルの魅力は、築年数やスペック表には出てこない、「建築の思想」と「積み重ねてきた維持の姿勢」に宿る。同じ築30年でも、“古びたビル”と“古くても整っているビル”の差は、建築と運営の合わせ技で生まれる。造りと空間のランクエントランスの天井高、仕上げの素材、照明の当たり方。たったそれだけで、訪問者の第一印象が変わる。小規模ビルで車寄せを取れなくても、間口と奥行きのバランス、床と壁の素材の落ち着き方で、グレード感は十分に出せる。“高級感”ではなく、整え方の質が問われる。敷地形状とレイアウト効率平面の整形度、梁や柱の位置、奥行とスパンのバランス。これらの“目に見えない寸法のロジック”が、使い勝手と実効賃料を決める。レイアウトが素直に組めるフロアは、それだけで内見時の印象が違う。基本性能とバックヤード空調容量や電気インフラなど、古いビルほど差が出る部分。配管経路やサービスヤードの配置によって、メンテナンスコストや入退去時の工事負担も変わる。運営と管理の一貫性清掃が行き届いているか、故障時の対応が早いか。入退館ルールが煩雑すぎないか。こうした日常の小さな体験の積み重ねが、「このビルはちゃんとしている」という信頼感を作る。管理品質は、見た目以上に退去理由を減らすコスト対効果の高い要素である。 第3章:「相場に寄せる」は安全策ではない――“正しさ”の先にあるリスク オーナーにとって「相場に合わせる」ことは、もっとも安全とも思える判断だ。周辺の募集事例を見て、同じか少し低い水準で設定しておけば、「相場から外れていない」「誰にも責められない」設定にできる。だが、それこそが最もリスクの高い意思決定とも言える。なぜなら、“相場”とは誰かが過去に出した「平均的な希望値」に過ぎず、そこに寄せることは、自分の物件固有の条件を手放すことを意味するからだ。 3-1.「正しい価格」ではなく「安心できる価格」 多くのオーナーは、賃料設定を「正しさ」よりも「安心感」で決めている。「他もこのくらいだから」「仲介もそう言っていたから」──この“みんなと同じ”という感覚が、最も根強い。だが、そもそも、市場において“正しい価格”など存在していない。存在するのは、「今、どんな条件であれば動くか」という、常に変化し続ける実需のラインだけだ。同じ相場水準を提示しても、決まるビルと決まらないビルがあるという現実は、“平均値としての相場”がどれだけ空虚なものかを示している。にもかかわらず、多くの場合、オーナー心理的傾向は、“正しい判断”をしたいという意思ではなく、“間違いと言われない位置”にいて、判断の責任を分散させるための“平均”を選んでいる。安心感の正体は、自信ではなく、リスクを薄めているという錯覚に近い。他と同じであれば、仮に空室が長引いても「市場が悪い」と言える。そうやって、自らの判断を検証する機会を手放してしまう。この“誰のせいにもならない安心感”こそ、相場依存の根源であり、結果的に、価格設定の解像度を下げていく。 3-2.「他と同じ」で、なぜ決まらないのか では、なぜ相場水準と同じ水準で賃料を提示していても決まらないビルが生まれるのか。理由は単純で、相場が「誰の基準か」を考えていないからだ。賃料相場は、設備更新にも順次対応している大型ビルも、照明が暗めで、天井高が2.4m以下の築古ビルも、“同じエリアのオフィス”として一括りにされてしまう。しかし、テナントが選ぶのは、どこにも存在していない“平均”ではない。判断の基準は、もっと具体的で個別的なものだ。自社の従業員の働き方に合うか。来客の導線がわかりやすいか。外観やエントランスで、企業としての信頼感が伝わるか。照明や空調、共用部の管理状態が「使いやすそう」と思えるか。こうした要素は、物件案内の仕様の一覧表には表れにくい。だが、実際に「内見で決まる」瞬間は、こうしたディテールが左右している。つまり、相場に寄せるという行為は、テナントの具体的な判断プロセスを無視することでもある。「他と同じ水準だから問題ない」という設定は、裏を返せば「自分の物件が選ばれる具体的な理由を考えていない」ということなのだ。 3-3.「相場に寄せる」だけだと、判断のタイミングを失う よくある誤解のひとつに、“相場に寄せれば早く決まる”という幻想がある。だが、実際には相場通りに出しても、決まらない期間が長くなる傾向がある。なぜなら、“相場”は過去の平均値であって、“いま”の実需の熱量とはズレているからだ。募集賃料を強気に出せば、当然ながら内見数は減る。そして、成約に至るまでに値下げ交渉が入り、結果的に想定よりも低い賃料で決まることも多い。一方で、最初から現実の動きに合わせて柔軟に調整した物件は、早期にテナントが決まり、稼働率を維持しながら次の判断に移れる。つまり、「強気に粘る」ことの問題は、安くなることよりも、“判断のタイミングを逃す”ことにある。ここで言いたいのは、“安く貸せ”ではない。「市場が動いているタイミングを捉える感度」を持つことだ。同じ一か月でも、反応のある時期とない時期がある。テナントが動く波に合わせて価格を設計できるかどうかが、空室期間と収益効率を大きく分ける。短期的な値付け判断と、長期的な賃料水準の戦略は別物だ。いまの東京中心部では、“安く長く貸す”戦略は確かに成立しがたい。しかしそれでも、「動かすタイミングを誤らない」ための柔軟性は必要だ。その調整力を欠いた“相場依存”こそが、空室リスクを長引かせる。“相場を守る”という目的が先に立った瞬間、オーナーは時間という最大のコストを見落としてしまう。いま求められているのは、価格を下げる勇気ではなく、“相場の中で動ける瞬間”を見極める意思決定力である。 3-4.“相場”を使うのではなく、“相場を越えて使う” 相場は、出発点としては有効だ。だが、それを「基準」ではなく「素材」として扱うべきである。街としての立地、ロケーションの個別性、建物の造りと運営品質──これらを踏まえて補正し、“自物件の個別性を踏まえたの価値の文脈”を組み立てる。それが本来の「相場を読む」という行為だ。“相場に寄せる”とは、他人の判断に自分の意思を預けること。“相場を越えて読む”とは、自分の物件を、時間・場所・質の軸で再定義すること。相場を読む力とは、数字を覚えることではなく、数字の裏にある人の動きと、意思決定の流れを読み取る力だ。テナントが何に価値を感じているのか、何を避け、どこで妥協しているのか。そのリアルを反映させて、初めて「相場を越える価格設定」が成立する。 結論:「相場に寄せる」だけだと、判断をやめることになりかねない。 相場に寄せるという行為は、合理的に見えて、実は思考停止の始まりだ。“相場を越えて読む”ことができるオーナーだけが、自物件の価値を再定義し、長期空室の罠から抜け出せる。 第4章:“収支で見る”賃料判断――数字の裏にある実効バランス 「相場に寄せる」ことをやめたとき、オーナーが直面するのはもう一つの問いだ。――では、自分のビルはいくらが“妥当”なのか。この答えを見出すには、感覚ではなく収支で見る視点が欠かせない。募集賃料の高さよりも、実際にどれだけの期間で、どれだけの収入が確保できるか。これを基準に判断することで、初めて“強気”と“現実的”の線引きが見えてくる。 4-1.「見かけの賃料」と「実際の収入」は違う 契約書に記載された“坪単価”は、実際のオーナー収入を正確には表していない。なぜなら、その裏には次のような控除が常に発生しているからだ。フリーレント(賃料免除期間)貸主工事(TI:Tenant Improvement)成約までの空室期間これらを差し引いた「実効賃料(NER)」こそが、実際の手取りに近い値であり、オーナーの経営判断はこの“NERベース”で行うべきである。たとえば表面上の募集賃料を上げても、決まるまでに半年かかれば、フリーレント1か月を付けた物件と収入は大差がない。つまり「高く出して粘る」戦略は、収益の実効値をむしろ削ることになる。 4-2.“時間”がキャッシュを薄める 賃貸経営では、時間=コストだ。空室である期間も、共用部の電気・清掃・警備などの費用は変わらない。したがって、強気に設定して“待つ”ほど、実質的な利回りは落ちていく。言い換えれば、「どのくらいの期間で決まるか」も賃料設定の一部である。もし月1,000円強気に出した結果、決まるまで2か月余計にかかるなら、その間の損失を含めて計算すれば、むしろ“弱気設定”のほうが得をしているケースも多い。この「時間調整」を入れずに賃料を考えると、机上では利益に見えても、実際のキャッシュフローでは赤字に転落することがある。 4-3.OPEXとCAPEXを含めた“収支構造”で見る オーナーの懐に残る収益は、賃料だけでは決まらない。OPEX(運営費)とCAPEX(資本的支出)がどの水準にあるかによっても、実効利回りの印象は大きく変わる。OPEX(運営費):警備・清掃・点検・共用電力などのランニングコストCAPEX(資本支出):空調更新・防水・外装改修などの周期的支出仮に賃料が平均より高く取れても、OPEXが高止まりしていれば意味がない。逆に、設備が整理され維持費が抑えられていれば、同じ賃料でも実質の収益率は高くなる。要するに、「賃料を上げる努力」だけでなく、「支出を整える努力」も含めて初めて“収支バランス”が成立する。 4-4.“強気”と“早期決定”のバランスを読む ここで重要なのは、どこまで粘るかという判断である。賃料を下げることは“妥協”ではなく、“スピードによる利益確保”の手段でもある。実効賃料(NER)は、成約時点の単価よりも、決まるまでの速度に大きく依存する。例えば、坪あたり+200円高く設定して3か月空室坪あたり-200円で即決この2つをNERで比べると、後者の方がキャッシュは上回るケースが多い。市場が読みにくい時期ほど、“早く決めて、長く入ってもらう”戦略の方が強い。 4-5.収支で見れば、“早く決まる”が強い 結局、オーナーにとっての本当の指標は、「どれだけの期間で、どれだけの賃料を回収できたか」である。表面賃料にこだわるよりも、空室期間を短縮し、更新を重ねていく方が総収入は安定する。賃料設定は“金額の勝負”ではなく、“回転の設計”だ。強気に見える設定が、実はもっとも収益を削ることがある。慎重に見える一歩引いた設定が、最終的に最も収益を守る。この逆説を理解できるオーナーだけが、市場の波に飲まれずに立ち続けることができる。 第5章:“高く貸す”か“長く貸す”か――希少ストック時代の賃料判断 5-1.「安く貸して定着」は、いまや戦略ではない かつて、賃貸オフィスビルの賃料判断で最初に考えるべきは、「いくらで貸せるか」ではなく、“どのくらいの期間、安定して入ってもらえるか”だった。賃料が長期的に上昇を継続する状況でもなければ、“やや低めでも長く続く賃料”のほうが収益の安定度は高く、「長く使ってもらうこと」が最適解とされてきた。しかし、いまの東京中心部では、その前提が崩れている。フロア100坪前後の中規模・賃貸オフィスを新たに建てる余地はほとんど残っておらず、仮に用地があっても、土地価格と建築コストの上昇を踏まえれば、新築で採算の合うオフィス投資はもはや成立し得ない。この状況下、既存の中規模オフィスビルは再現できない希少ストックになりつつある。立地そのものが再現不能である以上、“安く貸して長く使ってもらう”ことは、収益機会の放棄を意味する。テナントが退去しても、すぐ次が決まるようなエリア──たとえば、東京の都心5区では、「高く貸して入れ替える」戦略のほうが合理的になっている。つまり、「この場所にこの規模で存在する」ということ自体が、すでに経済的価値を持っている。では、希少ストックの時代に、オーナーは“高く貸す”か“長く貸す”か──。問われているのは、利回りではなく、時間の読み方である。 5-2.“高く貸す”判断のリスクは「運用損失」にある 「高く貸す」戦略のリスクは、運用上の損失にある。それは、退去から再入居までの間に生じる、経済的な摩擦のことだ。原状回復費用は退去テナントの負担、入居工事も基本、入居テナント負担と、契約上、整理しておけば、オーナーが負うのは、空室リスクに限定できるが、この「空白の時間」が収益を確実に削る。募集経費、仲介手数料、フリーレント、そして何よりも、希望賃料で決まらないかもしれない」という不確実性──。これらはすべて、空室期間中のコスト、機会損失としてオーナーの実入りを減らす。つまり、“高く貸す”判断のリスクは、価格そのものではなく時間にある。決まるまでの1か月、2か月という「待ち時間」が、実効賃料(NER)を確実に薄めていく。賃料を強気に出すほど、空室期間が伸びる空室期間が伸びるほど、NERは下がるこれは単純な関係式だ。賃料を守るために待つ時間が、結局は収益を削っている。目安として、同じフロアで1〜2か月の空室が出るだけで、NERベースでは坪あたり100〜200円分の収益が消える。この「待ち時間コスト」を可視化しない賃料設定は、見た目は強気でも、実質的には弱気な運用といえる。“高く貸す”戦略は、マーケットの厚みと照合して初めて意味を持つ。入れ替え時の空室リスクを吸収できる需要層が明確にあるか、フリーレントを付けずに希望単価で決まる見込みがどれほどあるか。この見極めを怠ると、強気の設定は「待ち損」に終わりかねない。 5-3.賃料を“上げられるビル”と“上げられないビル”は別物 「場所が良い=賃料が上げられる」わけではない。たとえば同じ中央区でも、駅前で再開発の波に乗るビル裏通りで細長い敷地に建つ築30年の中小型ビルこの二つが同じ相場感で動くことはあり得ない。再開発エリアでは、大規模新築との比較で質の勝負になる。一方、裏通りではアクセス性と入居コストの合理性の勝負だ。したがって、賃料を“上げられるビル”とは、上げても離脱しにくい条件を持つビルである。その条件は次のとおりだ。来客・社員双方にとって動線が良い建物管理が安定している内装更新が柔軟(再利用しやすい)更新時の抵抗が少ない(増床・減床の相談が通る)これらが揃って初めて、“相場を超える賃料”が維持できる。単に「場所が良い」だけでは足りない。賃料を“上げられる構造”を持つかどうかが、ビルの競争力を分ける。 5-4.“長く貸す”戦略の再定義 「長く貸す」とは、決して“安く貸す”ことではない。本来の意味は、更新リスクを減らし、機会損失を抑える運営戦略である。更新率が高いビルは、単に賃料が割安だからではなく、日常の安定感──トラブルの少なさ、対応の速さ、清掃や設備の安定性──で信頼を得ている。賃料が多少割高でも、“納得できる運営品質”があればテナントは残る。つまり、“長く貸す”とは価格競争の話ではなく、運営の精度で機会損失を抑える経営である。この発想を欠いた「値下げによる定着」は、長期的には収益を蝕むことにしかならない。 5-5.希少ストックの時代に問われるのは、「回す力」 東京の賃貸オフィス市場は、これから「増える」より「回す」フェーズに入る。新規供給が止まるなかで、オーナーの競争力は“回せるかどうか”で決まる。“高く貸す”と“長く貸す”の選択は二択ではない。どちらの局面でも、回す力を持つビルこそが強い。それはつまり、機会損失を抑えながら、相場を読み、更新をつなぎ、建物の寿命と収益のリズムを合わせること。“希少ストックを回す”とは、そういう経営の話だ。単にテナントを入れ替えることではない。賃料、運営、改修のリズムを自分の手で設計すること。次章では、その“設計”をどう描くかを考えたい。 第6章:“時間で読む賃料”──強気・弱気を決める現実のライン 6-1.募集賃料の設定は、その“瞬間”ではなく“期間”で決まる 賃料は「いくらで貸すか」ではなく、「いつ決まるか」で決まる。募集賃料は、マーケット価格というより、マーケットの時間感覚を反映した値付けだ。たとえば、同じ募集賃料の坪単価でも、1か月で決まる物件と3か月かかる物件では、オーナーの手に残る収益はまったく違う。この“決まるまでの時間”が、実効賃料(NER)を左右する。つまり、募集賃料の判断を誤らせるのは数字の誤差ではなく、「決まるまでの時間をどう読むか」という時間認識のズレである。強気か弱気かを分けるのは単価ではなく、“想定空室月数”をどれだけ現実的に設定できるかだ。 (1)募集〜成約のリードタイムを読む賃料判断の第一歩は、自ビルの決まり方を時間で把握することである。都心主要エリアの中規模オフィス(1フロア80〜150坪)の平均リードタイムは、概ね次の通りだ。千代田・港・中央の駅近主要エリア:1〜2か月新宿・渋谷・品川の周縁エリア:2〜4か月城東・城南・城北などの周辺エリア:4〜6か月この「リードタイム」を無視して“1か月で決まる想定”を置くと、NERの計算は簡単に10%以上ズレる。同じ募集単価でも、決まるまで4か月かかるなら、“月あたり4か月分の空白”が収益を確実に薄める。つまり、強気に出すということは、その時間を吸収できる体力を持つという意思決定だ。「強気」の本質は、単価ではなく待てる時間にある。(2)募集単価と空室期間の相関を可視化する実務的には、「この単価なら何か月待てるか」を逆算するのが合理的だ。坪あたり+200円で出すなら、最大で何か月まで待てるのか。坪あたり-200円で出すなら、どれだけ早く決まるのか。このように単価と時間をトレードオフで把握することで、“強気設定”の意味が初めて定義できる。数字上の目安として、1〜2か月の空室はNERベースで坪100〜200円の収益減に相当する。強気に出すというのは、「この差を時間で取り戻す」という意思決定に等しい。リーシング担当とオーナーがこの「時間換算」を共有していないと、賃料会議は永遠に平行線になる。(3)提示賃料を「下げる」タイミングを設計しておく一度提示した賃料をどこで見直すか。これを感覚やタイミング任せにしてはいけない。あらかじめルール化しておくと、判断がブレなくなる。例としては次のような設定が想定される。3か月で内見ゼロ→-2〜3%下げ6か月で成約ゼロ→-5%+フリーレント1か月付与このように、「修正ルールを前提に出す」ことで、賃料の値下げが“負け”ではなく“運用の一部”になる。築古の賃貸オフィスビルの運営で重要なのは、最初の単価よりも、どのタイミングで柔軟に切り替えるかの制度設計である。 6-2.契約更新時の賃料改定――「上げる」ことの正当化 リーシングの時間設計が“入るまで”の話だとすれば、賃料改定交渉は“続けてもらう”ための時間設計である。賃料改定交渉は、価格の話に見えて、実は時間の調整である。テナントが更新を決める理由の多くは、「この先、どれだけ安心して使えるか」という将来の見通しに関わっている。だからこそ、賃料改定交渉は「いくら上げるか」ではなく、“どのタイミングで・どの根拠で・どの幅で”上げるかを整理して臨む必要がある。(1)賃料改定の「根拠」を可視化する賃料改定交渉の出発点は、“なぜ上げるのか”を論理的に説明できることにある。感情的な訴えではなく、時間の経過に基づく合理的な説明が必要だ。まず、建物の維持管理費や設備更新費が上昇しており、賃貸オフィスビルの経営を安定的に継続するためには、一定の賃料改定が避けられないという経営上の前提を明示する。これはオーナー側の事情として丁寧に説明しつつも、一方的な“値上げのお願い”にならないように留意したい。本質的には、テナントがそのロケーションやビルのクオリティをどう評価しているかを確認し、その“利用価値”とオーナー側の“経営合理性”を市場という共通言語で折り合わせるプロセスである。その際には、周辺の対抗物件──フロア規模、設備水準、管理品質が近い賃貸オフィスビルを複数ピックアップし、比較可能な形でマーケット水準を提示する。「相場と同額に引き上げる」ことを目的とするのではなく、たとえば相場水準の半分程度に寄せるなど、一定の配慮を前提にした「継続賃料」としての提示が現実的である。(2)賃料改定の「幅」を設計しておく交渉に入る前に、賃料改定の幅をあらかじめ設計しておくことが重要である。賃料改定幅を「交渉の結果」として後付けで決めようとすると、現場では感情的なやり取りになりやすく、ややもすると、交渉の主導権を失い、落としどこを見失い易い。実務的には、あらかじめ次の3つのラインを設定しておくと整理しやすい。希望ライン(ターゲット):+3〜5%程度理想的な改定幅。市場水準との乖離を一定程度縮める水準。許容ライン(妥協値):+1〜2%程度コスト上昇分を吸収でき、かつテナントが受け入れやすい範囲。防衛ライン(据え置き):0%関係性維持を優先し、収益よりも安定を重視するケース。この3段階を持つことで、「どの条件までなら調整できるか」をオーナー・管理会社側で共有できる。結果として、交渉の基準が感覚ではなく制度に変わる。さらに、単年度の値上げだけでなく、「今回は据え置き、次回更新時に+2%」という時間差の設計も有効だ。テナントにとっての負担感を抑えつつ、将来的な補正の余地を残せる。賃料の改定幅は金額だけでなく、“期間を含めた調整幅”として設計するのが現実的である。(3)賃料改定交渉の進め方──“共有”を起点にする賃料改定交渉は、駆け引きではなく“共有のプロセス”である。テナントにとって、突然の値上げは納得の余地を失わせる。交渉をスムーズに進める最大のポイントは、時間的な予告だ。①事前の予告と段取り更新の半年前には、「更新に際して改定のご相談をさせていただく可能性がある」と伝える。この一言があるだけで、テナントの心理的ハードルは大きく下がる。準備の余地が生まれ、話し合いの場が“交渉”ではなく“確認”になる。②書面と口頭のバランス改定内容は書面で正式提示するが、初動は口頭での説明が望ましい。「数字の前に意図を伝える」ことで、交渉は防衛的なものにならず、共通の現実認識をもって臨むことができる。③賃料据置きも、戦略的な選択肢長期入居のテナントに対しては、妥当な賃料水準が設定されているという前提があれば、賃料据置き=更新リスクの回避という見方もできる。退去後の空室リスク、再募集コスト、原状回復とのタイムロス──これらを金額換算すれば、「据え置き」は十分合理的な経営判断である。更新率の高さは、安定収益そのものであり、安定を維持することが結果的に最も高い利回りを生む場合もある。(4)結論:改定交渉は、価格の調整ではなく、時間の整合である賃料改定交渉の本質は、価格の上げ下げではなく、時間の整合を図ることにある。ビルの維持コストが時間とともに上昇し、テナントの利用価値が時間とともに変化する。その二つの時間をどう重ね合わせるか──そこに交渉の本質がある。賃料改定とは、“数字を動かす交渉”ではなく、“時間をすり合わせる対話”である。更新のたびに疲弊する関係をつくらず、むしろ「次もここで働こう」と思わせる更新交渉こそ、築古ビル経営における最大の競争力になる。 第7章:時間をデザインするオーナーが、市場を超える 7-1.「市場を読む」とは、“時間”を読むこと 賃料の判断において、「市場を読む」とは、相場表を見比べて数字を当てはめることではない。それは、“時間の構造”を読むことである。どのくらいで決まるか。どのくらいで機会損失が生じるのか。どのくらいで更新が巡り、設備の寿命がくるか。市場とは、価格ではなく時間の分布でできている。そして、その時間を自らの手でデザインできるオーナーは、市場価格の変動の波に振り回されない。 7-2.「安定」と「機会」は、対立しない オフィス運営を考えるとき、“高く貸すか、長く貸すか”という二項対立は、もはや古い。求められるのは、その二つを両立させる時間の編集力だ。更新リスクを抑えながら、空室リードタイムを短縮する。一見、相反するように見えても、時間の層を正確に設計すれば、両立は可能になる。高く貸す局面では、時間を“攻めて使う”。長く貸す局面では、時間を“守って積む”。この二つを自在に切り替えることが、運用の柔軟性であり、「市場を外から読む力」ではなく「市場とともに生きる力」へとつながる。 7-3.“築古”とは、時間を蓄積しているということ 築古の賃貸オフィスビルは、経年劣化した建物ではない。時間を蓄積した建物である。立地の成熟、テナント層の安定、建物構造の信頼性。それらは、時間を経なければ手に入らない資産だ。「古さ」をマイナスではなく、安定の記録として再定義できるかどうか。建物の改修も賃料の改定も、その延長線上にある。時間を敵ではなく味方にする。それが、“築古の賃貸オフィスビルを再定義し再生産する”という経営の新しいかたちである。 7-4.“回す力”が、経営力の本質になる これからの賃貸オフィス市場では、大手のデベロッパーであればいざ知らず、新規開発よりも既存不動産を回す力が問われる。賃料をどう上げるかより、時間をどうつなぐか。空室を短く回す更新を長くつなぐ賃料改定を滑らかに合意を取り付ける改修のタイミングを見極めるこれらすべてが、“時間の設計”という一点に収束する。市場が動いても、建物が古くなっていっても、時間の流れを味方につけられるオーナーは、市場の波を越えていく。 7-5.結語:いくらで貸したかではなく、どう回したか 賃料とは、価格の話ではなく、時間の翻訳である。「いくらで貸したか」ではなく、「どのように回したか」。その問い方こそが、これからの賃貸オフィス経営の中核になる。希少ストックの時代において、建物の価値を決めるのは建築物としてのビルのスペックでも、マーケッティング上のブランドでもなく、時間に対する解像度の高さである。市場を読むオーナーは、価格を追う。時間をデザインするオーナーは、市場を超える。築古の賃貸オフィスを、「古い資産」から「時間を生かす装置」へ。その転換こそが、東京の賃貸オフィス市場という成熟した市場で、まだ勝てる経営のかたちである。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年2月3日執筆2026年02月03日 -
プロパティマネジメント
最寄り駅×歩行距離=徒歩分数の位置づけを見直す――住所×面・網で測り直す東京都心の賃貸オフィス立地
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「最寄り駅×歩行距離=徒歩分数の位置づけを見直す――住所×面・網で測り直す東京都心の賃貸オフィス立地」のタイトルで、2026年2月2日に執筆しています。少しでも、皆さんに新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次序章:最寄り駅から徒歩10分第1章:東京のオフィス立地の骨格――城下町の核から、多心化、そして、その先へ第2章:「最寄り駅から徒歩〇分」を枠組みから書き替える第3章:供給のロジック――駅前物件の枯渇と距離ハンデの無効化第4章:実例スケッチ――“駅から徒歩10分超”が受け入れられるケース終章:「駅から徒歩10分」は、距離ではなく“言語”だった 序章:最寄り駅から徒歩10分 賃貸オフィスの立地をみるとき、その数字が独り歩きしているように見えていたけど、実はそんなに単純なことじゃない。鍵は東京の都市としての文脈だ。城下町の核、近代の区分、駅を基準に回った時代――そして、いま再び歩行が都市を編み直す局面にいる。このコラムでは、その層を駆け足でめくっていく。結論から言えば、「駅からの歩行距離」を最優先にする視点は、歴史の中では“通過点”にすぎなかった。では、その先に何があるのか。縦横無尽に伸びる歩行ネットワーク、住所が持つ意味、街区に宿る回遊の厚み――それらが、より広く深く都市の文脈を読み込み、立地評価の軸を静かに入れ替えはじめている。詳しい説明は後でいい。まずは地図の最初の層をめくろう。江戸へ戻る。 第1章:東京のオフィス立地の骨格――城下町の核から、多心化、そして、その先へ 1-1.起点は城下町――“造った地形”の上にできた都市 東京(江戸)は、元から整った平野に町を置いたわけじゃない。武蔵野台地の縁(山の手)と東京低地(下町)の境に位置し、台地の端部・埋没波食台(江戸前嶋)と、その足元の沖積低地(旧・平川=のちの日本橋川流域)がせめぎ合う地勢の上にある。つまり、高低差と水際がスタートラインだった。家康の江戸入り(1590)以降は、そこに人為の大工事が畳み掛けられる。まず道三堀を開削して江戸城への物資動線を確保、同時に平川の流路を付け替えて日本橋川の原型を作る(掘った土は埋立に転用)。続いて日比谷入江の埋立が進み、現在の丸の内〜有楽町一帯は海沿いの入江→陸地へと転じた。これで城の東に広い可住地と水運の結節が生まれる。17世紀前半には天下普請で外堀・堀割を仕上げ、1636年に外濠が完成。一方で神田川(旧・平川)を東流に付け替えて隅田川へ直結し、内湾側の氾濫・停滞水を逃がす大改良をかけた。都市は防御(堀)×物流(水路)×治水(瀬替え)の一体パッケージで“地形から作り替えた”わけだ。インフラの上水も早い。神田上水(1590)に始まる上水網は城下の衛生と人口収容力を底上げし、台地=武家地、低地=町人地、寺社地=緩衝という身分別の面配置が、本格的な町割りとともに固定化する。近世の巨大都市に向けた“ベースレイヤー”は、この段でほぼ出来上がる。要するに江戸は、自然地形の上に“開削・埋立・付け替え”を重ねて成立した人工地形都市だ。だから中心(権力・金融)が台地縁の高燥地と水運ノードに吸着し、周縁に生産と居住が広がる重力場が早い段階で立ち上がった——この核(中心)が、明治以降の官庁・金融・丸の内の“参照点”を呼び込み、後世のオフィス集積の座標を先に規定していく。駅以前に“地形×土木×統治”があった、というのが出発点。 1-2.参照点の固定――官庁・金融・丸の内が「ここを起点に語れば通じる」をつくる 江戸の核(高燥地×水運ノード)の上に、明治は官庁・金融・民間開発を重ねていく。まず霞が関。明治初期の官庁は元武家屋敷などに分散していたが、1870年(明治3)に外務省が霞が関に立地したのを嚆矢に、皇居周辺から霞が関一帯へと官庁街が集約されていく。都市の“統治の座標”が、地名そのもの(霞が関)と結びついていくわけだ。金融は日本橋で固まる。日本銀行は1882年の開業当初こそ永代橋際に仮住まいだったが、商業・金融と官庁に近い“東京中央部”=日本橋本石町を本店敷地に選び、1896年に辰野金吾設計の本館を竣工。五街道の起点で交通・商業の中心だった日本橋に、すでに三井銀行(駿河町)や第一国立銀行(兜町)などの金融機関が集積しており、“金融の参照点”を日本橋に固定する判断だった。しかも本店敷地は江戸期の金貨製造機関「金座」跡——貨幣・金融の系譜に地理が重なる象徴的な選地である。そして丸の内。明治政府は皇居外苑の旧練兵場(かつての大名屋敷地帯)を手放し、1890年に三菱が一括取得。以後、三菱は一帯開発で近代的なオフィス街=“ビジネスディストリクト”を意図的に立ち上げる。1894年には三菱一号館(設計:ジョサイア・コンドル)が完成し、煉瓦街の街並みが形成される。政府の払い下げと民間資本の開発ビジョンが噛み合い、「丸の内=仕事の街」というイメージと空間が同時に走り始めた。ここで起きたのは、「駅が偉いから場所が決まる」の逆だ。場所(参照点)が先に強くなり、のちに鉄道・ターミナルがそれを結び直す。霞が関は「官庁」、日本橋は「金融」、丸の内は「オフィス街」という意味のラベルを得て、それ自体が会話を短くする座標になった。地図上の一点を指せば、部署間の稟議も、来客の集合も、採用の印象も“そこなら分かる”で通じる。この“参照点の固定”が、東京の都心核を地勢×統治×資本で立体化し、以後の立地判断に長く影響を与え続けることになる。 1-3.制度のフェーズ――1919年、「区域で都市を操る」という発明 江戸以来の「核」が先にあり、明治は民間開発がそれを厚くした。そこへ1919年、都市の語り方そのものを変える枠(フレーム)が降りてくる。都市計画法と市街地建築物法だ。前者は、市域を越えて都市計画区域を設定し、道路・公園・広場といった骨格施設を“将来像に合わせて前取りで決める”ための法。後者は、建物の用途・高さ・形態を地区制で抑えるための技術的な法で、用途地域(住居・商業・工業)や防火・美観地区などの仕組みを与えた。都市は“地点の寄せ集め”ではなく、区域(ゾーン)で秩序を設計する対象へと転じる。この“区域で操る”発想は、紙の上の理屈で終わらない。1922年には、当時の交通手段で東京駅から概ね1時間=半径約16kmをひと括りにした「東京都市計画区域」が決定される。城下町の核をはるかに超えたアウトラインを国家が描き、道路・公園・区画整理と、用途・高さの地区規制が同じフレームの中で回り始める。以後、都心の業務核を“計画的”に厚くするための制度的な追い風がかかるわけだ。運用の現場も整う。法律の施行に合わせて都市計画地方委員会が各府県に置かれ、自治体とともに区域指定や地区指定を議決する回路ができた。上からの“図面”と、下からの“実務”を接続する装置で、ゾーニングは行政の標準言語として根づいていく。のちに高度地区(高さ形態の抑制)など地区制のレイヤーも重なり、道路(線)×公園(点)×地区(面)という三位一体の組み立てが一般化する。用途地域の考え方は当初から素朴ではあるが骨太だ。旧法体制下でも住居・商業・工業(のち準工業を含む4区分)といった大づかみの区分で、騒音・危険・賑わいを空間的に分け、“置き方”で都市の摩擦を減らすことを狙った。今日の精緻な13区分とは違っても、「ここは何を置く街区か」を区域で先に決めるという転換は、東京の業務立地を“核の自然発生”から“区域の設計”へと半歩スライドさせた、決定的な一歩だった。ポイントは順番だ。行政が最初から“オフィス区”を塗り分けたわけではない。江戸の地形と土木で立ち上がった核に、明治の官庁・金融・丸の内が意味を与え、その既成の重力の上に、1919年の法体系が“区域で操作する手”をかぶせた。場所の意味(参照点)が先、制度はそれを増幅する枠。この積層があったからこそ、戦後には副都心という“核の複製”を政策的に持ち出すことができ、駅=一次元の時代へと都市は滑り込んでいく——それが次節の話である。 1-4.拡散のフェーズ――「副都心=核の複製/区域の再定義」から、駅=一次元が“標準言語”になるまで 戦後の東京は、都心に業務も人口も詰め込み過ぎた。1958年、政策サイドは新宿・渋谷・池袋を「副都心」と明示し、「都心の機能は外縁区域でも受け止められる」という枠組みを整えた。それは拠点の追加=核の複製にとどまらず、都心を語る言語の射程を外縁へ延ばす――区域の再定義でもあった。この時点で、都心像が相対化されていくことまで周到に想定されていたわけではないだろう。だが、高度成長・人口流入・鉄道通勤の構図と重なり、その帰結に近づく蓋然性は高かった。以後の半世紀、東京のオフィス地図はこの延長で描き直され、外へ拡張していく。同時に、社会側の条件がこれを後押しした。高度成長での東京圏への人口流入を受けて、東京の都心近傍の地価高騰と用地難を以て、都心近くに住まいを確保できない層が、都心周辺から郊外へと押し出され、職(都心)/住(郊外)の分離が進んだ。都心周辺の木賃アパートのベルト地帯が飽和していって、都・住宅公団が大規模団地を郊外に大量供給していく流れだ。通勤距離が伸びていくなか、鉄道がほぼ唯一の有効な大量輸送手段と位置付けられたのは必然だ。国は、1960年からの大都市交通センサスで移動実態を“鉄道×ターミナル”基準で把握し続けて、国鉄は通勤五方面作戦で放射方向の輸送力を増強。統計も投資も、駅を都市の基準軸に固定していく。結果、居住不動産の募集も「最寄りから何分」という一次元の定規で語るのが、合理に適っていたのである。このフレームの上で、三つの副都心はそれぞれ“駅を含む一帯”で業務の器を整え、駅=一次元の定規を現場レベルで手触りのある常識にしていく。新宿。旧・淀橋浄水場の移転で空いた巨大な地片を“面”で起こし、西口に超高層の業務街区を連ねる。のちに東京都庁が移転して「統治の看板」まで背負い、駅前商業の街→業務核+広域バスターミナルへと性格が反転する。新宿駅が日本最大の鉄道ターミナル“だから”副都心になったのではない。副都心として区域が再定義され、機能を積層していく過程で、広域交通は必要不可欠な前提となり、新宿の発展とターミナル機能が一体に見える〈仮象〉が生まれた。副都心という理念が空間化する局面では、あたかも駅そのものが場所の意味を担っているかのように見える。この見え方がのちに「駅が街を規定する」関係へと硬化する最初の屈折点となり、結果として「駅=一次元」の物差しが一般化していった——新宿はその最もわかりやすいケースである。渋谷も、「駅が大きいから副都心になった」のではない。副都心として区域が再定義され、機能を積層するプロセスのなかで、広域交通は不可欠の前提として埋め込まれた。鉄道会社(東急)が駅および駅周辺を作り替え、上下左右の動線を立体で縫い合わせる再開発(ヒカリエ/スクランブルスクエア/ストリーム…)を重ね、カルチャー×ITを受け止める器を駅前“一帯”に用意していく。この積層が進むほど、渋谷の発展とターミナル機能が不可分に見える〈仮象〉が立ち上がる。副都心という理念が空間化される局面では、あたかも駅が場所の意味を担っているかのように見えるのだ。ここが屈折点になる。渋谷は「乗り換えの駅」から回遊のプラットフォームへと見え方が反転し、その“見え方”がやがて「駅が街を規定する」関係へ硬化していく。結果、「駅=一次元」の物差しはさらに洗練され、現場の合理として流通するに至った——ネットワーク(面)を増幅した都市でありながら、評価は駅(線)に回収されるという二重性を抱えたまま。池袋も同じ筋道で読める。副都心としての再定義が先にあり、旧施設(巣鴨プリズン!)の転用・再開発——サンシャイン60(サンシャインシティ)——を核に、“巨大駅城”から“仕事が宿る街区”へと機能を積層していった。東西で性格の違う街を抱えつつ、駅直結の大箱+周辺街区で業務・商業・集客のレイヤーを重ねる。この過程でもやはり、広域交通は不可欠の前提であり、池袋の発展とターミナル機能が一体に見える〈仮象〉が生じる。理念が空間化すると、駅そのものが場所の意味を背負っているように見える——その見え方が転化し、「駅が街を規定する」という関係が固まる。こうして池袋は、「駅から何分」で横並び比較できる都心外縁の器として完成し、郊外居住×鉄道通勤という時代条件と噛み合って、駅=一次元の定規を実務の標準言語にまで押し上げた。新宿・渋谷・池袋はいずれも、副都心=核の複製/区域の再定義が先にあり、広域交通はその前提として組み込まれた。ここで生じるのが、〈駅が場所の意味を担っているように“見える”仮象〉である。実際には、どの区域に何の機能を割り振るのかという政策判断と、街区の設計・用途の編成が先にあり、広域交通はそれを支える前提として埋め込まれているにすぎない。しかし、駅は人の流れと地名の知名度を一手に握る“強い記号”で、都市の説明や意思決定の会話を一行で終わらせる力がある。その圧が強いために、いつの間にか「駅こそが意味だ」という見取り図へと、現実のほうが合わせられていく。この仮象は、やがて実務の定規に転化する。駅前という一点の強度が、都市計画、容積配分、歩車分離やデッキ・地下通路といった動線設計の“ハード”と深く結びついたからだ。地区計画や再開発のフレームは、駅前に容積を集め、駅と街区を立体的に連結することを前提に最適化される。すると、企業が物件を選ぶときも、デベロッパーが採算を組むときも、仲介が不動産の価値を伝えるときも、金融が担保性を査定するときも、評価の基準は、自然に「最寄り駅」と「徒歩何分」に収束していく。駅からのアクセスを表す徒歩何分の数字は、嘘をつかない――そう思える簡潔さが、かえってその数字以外の厚みを意識の外に追いやってしまう。80年代後半のオフィス不足は、その“駅から徒歩〇分の定規”をさらに強化した。床需要が膨張し、将来の成長を織り込む期待が過剰になった局面では、誰にでも通じる安全パスが歓迎される。「駅×直結(あるいは至近)×箱の大きさ」は、投資家にもテナントにも融資担当にも説明がしやすい“わかりやすい正解”だった。バブルの余勢が資金を広く呼び込み、専業デベロッパー以外の主体までオフィス事業に参入すると、なおさら“駅近の箱”に資金と期待が雪崩れ込む。リスクを駅で翻訳できるから、審査は速く、販売は軽く、リーシングは通りやすい。こうして、理念や気分ではなく、“制度と資金が理解・伝達される速度”そのものによって、駅=一元主義は半ば自動的に制度化されていった。一度制度化されると、やり方は標準手順になる。副都心で確立された「駅を起点に器を増やす」作法は、そのまま外へ漏れ出した。従来はビジネスエリアと見なされていなかった駅の周囲にも、賃貸オフィスが連鎖的に立ち上がる。大崎は典型だ。工場跡地の再編をテコに、1987年の大崎ニューシティを皮切りに、ゲートシティ、Think Parkと“駅直結の街区”が連なる。駅は単なる乗降場から、周縁をビジネスの座標に変換する「変圧器」の役割を帯びていく。東西線の東陽町や木場のような準工業系エリアでも、90年代初頭にオフィスが相次ぎ、〈駅に乗れるなら外縁でも投資は通る、テナントも付く〉という事例が蓄積した。ここに見て取れるのは、駅=一元主義が副都心の内部で完結する技法ではなく、都市の外縁へと拡張する“汎用フォーマット”へと変質したという事実である。言い換えれば、固定化のプロセスはこうだ。区域の再定義と機能の積層が先にあり、駅はそれを支える前提に過ぎない――はずだった。ところが、駅という記号の強さが仮象を生み、その仮象が制度と資金の翻訳容易性に支えられて定規へと転化し、やがて定規は都市の標準手順を決めてしまった。以後、東京では「駅を媒介に周縁を編み直す」ことが当たり前になり、オフィス投資の座標は副都心の外側へ、さらにその外へとにじみ出していく。駅=一元主義は、このようにして確立され、拡散した。ここまでが“固定”の全体像である。次に来るのは、その唯一性がどのように相対化されていくか、という話だ。 1-5.駅一元主義の解体――臨海エリアで参照軸が「駅の外」へ移り、都心は“面”で動き出す 「駅から〇分」という物差しは、ある日突然には壊れない。まず“例外”が顔を出し、次に“別解”が制度とハードで積み上がり、最後に“旧来の正解”が相対化される。東京でそのプロセスが最も見えやすかったのが、いわゆる臨海副都心と呼ばれた一帯だ。1986年、東京都は第二次長期計画で臨海部を第7の副都心に位置づけた。翌年以降、「基本構想」「基本計画」「事業化計画」と段階を踏んでフレームを整え、バブル崩壊後の見直しを挟みつつも、職・住・学・遊を“面”で抱え込む都市像はブレずに維持された。ここで重要なのは、当初から「駅前に箱モノを建てていく」発想ではなく、台場・青海・有明という隣接街区をひとつの“複合地区=一体の運用単位”として設計され、都市が組み立てられていった点である。インフラの立ち上げも、その思想に沿う。臨海エリアの象徴とも言えるレインボーブリッジは1993年に開通し、都心(芝浦)と湾岸(台場)を結ぶ多機能の動脈として、まず“面としてのアクセス”を通した。続いて1995年に新交通ゆりかもめが開業し(新橋〜有明、全自動運転)、湾岸の水平移動を“景色込み”で日常化して、同時に、臨海エリアにおいて計画され整備されたデッキやプロムナードと噛み合わせて、地区内回遊の実動線として機能した。ポイントは、道路・橋・新交通・歩行空間を早期に重ね、イベント運営や日常利用を“地区スケール”で成立させる設計の下、実施されたことにある。のちに、鉄道である「りんかい線」が1996年(新木場〜東京テレポート)で先行し、2002年に大崎まで全通して都心—副都心—臨海を一本の鉄道で直結するが、あくまでも、既に出来上がった“面”にレイヤーを足す役回りだった。駅は依然として強いノードだが、臨海エリアにおいては第一参照軸ではなくなった。“面”の価値は制度と空間で可視化された。1996年開園のシンボルプロムナード公園は南北・東西の軸を横断し、東京国際展示場(ビッグサイト)〜有明テニスの森、テレコムセンター〜お台場海浜公園を連続する遊歩動線で縫う。駅を経由せずとも広場→施設→広場を歩き継げる身体感覚が標準化され、「歩くこと」は駅から目的地にアクセスする単なる手段ではなく、都市の街区を機能させる仕組みへと位置付けられている。臨海エリア開発で積層されている機能を具体的に見てみよう。 東京ビッグサイト(1996開業)は、日本最大級のMICE拠点として、来場者・物流・宿泊・歩行の動線を“場所そのものの運用言語”で設計する。ここで問われるのは「〇駅から何分」ではない。「何万人規模の来場・荷動き・回遊を、どう循環させるか」だ。東京都も臨海をMICEと国際観光の拠点として継続的に位置づけ、台場・青海・有明の“面”を束ねる戦略を更新してきた。評価の参照軸は、自然と駅→地区そのものへと移っていく。さらに複数の機能レイヤーが重ねられる。青海のテレコムセンタービル(1996竣工)は業務・通信・会議機能を束ね、後年のスマートシティ実装の“受け皿”として運用されてきた。日本科学未来館(2001開館)は学術・展示・交流を横断するハブで、「学ぶ/働く/集う」を徒歩圏で接続する構図を日常に落とし込んだ。ここまで来ると、駅から〇分では捉えきれない“場所の参照軸”が、都市の運転モードとして定着する。生活側の動きも臨海エリアの“手触り”を濃くする。居住は水辺から点灯した。大川端リバーシティ21は1979年の用地取得を起点に1986年着工という長いプロセスを経て、ウォーターフロントでのタワマンと呼ばれる高層マンションを“当たり前の居住の選択肢”へと押し上げたと言ってよかろう。一方、湾岸寄りの芝浦ではバブル末期〜直後にジュリアナ東京(1991–94)やGOLD(1989–95)が“岸壁の夜”に人流を呼び込んだ。これは、単なる都心の駅前消費の延長線ではなく、タワマンとは違って、一時的な現象であったとは言え、ウォーターフロント=周縁の場が都市の欲望を引き込むことを可視化した現象であったと言えよう。「駅=唯一の参照系」の外側で都市の活動は回り得ると、ビジネスだけでなく、生活サイドでも先に試行・実演していた実例、という意味を持つ。こうして臨海エリアでは、「夜の祝祭」「働く/学ぶの複合」「住む」が三つ巴で立体化し、そこに道路・橋・新交通・後発鉄道・公園・広場・プロムナードが編み込まれる。参照軸は、線から面へ、点から網へ移っていった。誤解してほしくないのは、臨海エリア開発において、駅を否定したわけではないことだ。駅は依然として強い。ただし、唯一ではなくなった。臨海エリア開発で垣間見えたのは、「駅の外」から都市を起動する手順であり、都心側の複合再編はその手順をなぞって、歩行の“面”を前面化した、ということだ。その結果、駅一元主義は相対化される。最寄り駅から徒歩〇分は、KPIの一項目に降り、実効アクセス(複数核×複数モード×連絡動線の合成)と所在の意味(住所という参照系)、そして回遊の厚み(歩行が生む滞在価値)が、同じ画面で並列に評価されるようになった。いまや、都心5区に限れば、「最寄り駅から徒歩10分=即アウト」という反射は、駅が唯一の参照軸だった時代のローカルルールに過ぎないとも言えよう。測り方は、駅からのアクセスという「線」から、面の実効性へ。これが、駅一元主義の“解体”の実相である。 1-6.新しい都心――“駅前の箱”から“地区まるごと”へ 2000年代以降の都心は、駅を否定しないまま、評価の拠り所を「駅前の箱」から「地区まるごと」へ切り替えてきた。はじまりは丸の内。1998年、大手町・丸の内・有楽町(OMY)の産官学コンソーシアムが、エリア全体の再構築方針をまとめ、CBD(中央業務地区)から“ABC(Amenities Business Core)”へという言い換えを公にした。業務に加えて快適性・賑わい・歩行をフロントに据えることを、エリアの“約束事”にしたわけだ。以後、丸の内仲通りの歩行者重視化や街路空間の使いこなし、連続する広場と地下・デッキ動線の更新は“駅を起点にビルを積む”から“面を起点に回遊を設計”へ、基準の置き場所を移した。同じロジックは日本橋でも徹底される。三井不動産の「日本橋再生計画」は、COREDOの連続整備や日本橋三井タワーを核に、官民・地元が組んだ“街ごと経営”でエリアを立ち上げ直した。店舗の入れ替えだけではなく、通り・橋・広場・文化をひと続きにして「来街→滞在→回遊」の循環を作る。ここでは「何駅何分」よりも、“日本橋という場所で人がどう回るか”が先に設計され、説明される。その上で、新しい都心の“面”を強くする道具立てが増えていく。象徴のひとつが八重洲だ。2022年以降段階開業のバスターミナル東京八重洲は、東京ミッドタウン八重洲と一体運用され、長距離・空港・郊外直結という縦軸を地上に差し込んだ。鉄道が強いのは当然として、“駅の外”の足(都市間バス/空港アクセス)が日常の選択肢として同じ画面に乗る。「東京駅から何分」だけでなく、「地方・空港からどう入って、どこで回遊するか」を同じ資料で語れるようになったことは、都心の読み方を確実に変えた。虎ノ門は、駅×箱の延長ではなく、鉄道そのものを“面の運用”のなかへ埋め込むやり方で一歩進めた。虎ノ門ヒルズ ステーションタワーは2023年に開業し、日比谷線の新駅を含む駅・広場・デッキ・用途の再編をセットで実装した。駅は“入口”ではあるが、広場と連続床、業務・文化のプログラムのなかに吸収される。ここでの基準は「日比谷線何分」ではない。「国際業務の拠点として日中夜の回遊をどう回すか」だ。さらに麻布台では、都心の“面”が一段と厚くなる。麻布台ヒルズは2023年開業、8ha規模の敷地に330m級のJPタワーを含む超高層群と低層の街路・緑地を重ね、住・業・教育・医療・文化を一枚の地図で運用する。六本木ヒルズと虎ノ門ヒルズのちょうど中間という立地も象徴的で、複数核を歩行でつなぐ“面の都心”をそのままモデル化している。ここでも「△△駅から徒歩〇分」より、“この地区で一日がどう流れるか”を先に語るのが自然だ。こうした“面”の都心は、臨海で先に試された回遊重視の道具立てを、都心側に取り込んで加速している。シンボルプロムナード公園に代表される連続遊歩軸は、駅を経由しなくても広場→施設→広場を歩き継げる運用を標準化したが、その思想が都心の仲通り/行幸通り/デッキ網にも浸透した。歩くことは“駅から先のおまけ”ではなく、街の価値を決める本丸として扱われるようになった、ということだ。もうひとつ、“駅の外”を日常化させた決定打はデジタルだ。地下鉄もバスも昔から走っていた。それでも長く“常連の乗り物”だったのは、経路の学習コストが高かったからだ。いまは違う。スマホの経路検索(Google マップ等)が時刻表・のりば・乗継・徒歩動線・雨天回避・所要時間の微差まで秒で提案し、モバイルSuica/PASMOで改札摩擦はほぼゼロ。混雑情報や運行遅延のリアルタイム更新まで手元に入る。結果、“普段は使わない人”でも、その日その時間の最短/楽/濡れないルートを即時に選べる。この「複数アクセスポイントをスマホで最適化」できる環境が広がったことで、“最寄り1駅×徒歩”という一次元は事実上、“駅×複数+バス×複数+歩行ネットワーク”という集合に置き換わった。徒歩10分は、他の足と合成される調整可能なパラメータに過ぎない。天気が悪ければ地下連絡を多めに取る、荷物がある日はバス2停で短縮、来客には別駅の出口とランドマークで案内——同じ地点に“複数の入口”が立ち上がるのが、都心の現在形だ。ここまでを乱暴にまとめない。駅は依然として強い。ただし、第一の基準ではなくなる場面が確実に増えた。丸の内は“業務の器”を地区まるごと運用する前提に切り替え、日本橋は街ごと経営で回遊の厚みを価値に変えた。八重洲は都市間アクセス(空港・長距離バス)を正面に抱え、虎ノ門は駅そのものを地区運用の一部に溶かし、麻布台は複数核を歩行で束ねるモデルを示した。そこへスマホが“複数の行き方”を誰でも使える道具にしてしまったことで、評価の画面に「歩行・広場・複合機能・地区運用・デジタル誘導」が並ぶのが当たり前になった。つまり、メインの最寄り駅から徒歩〇分は、KPIの一項目に降り、実効アクセス(複数核×複数モード×連絡動線の“合成”)と所在の意味(住所という参照系)、回遊の厚み(歩行が生む滞在価値)が、スマホ最適化という現実の運用とセットで評価される段に来ている。都心5区に限れば、「徒歩10分=即アウト」はもはや説明のサボりだ。最寄り駅への徒歩〇分の線の参照軸ではなく、面の実効性で語る——ここに尽きる。 第2章:「最寄り駅から徒歩〇分」を枠組みから書き替える 第1章で見たとおり、賃貸オフィスの立地を考える際の最寄り駅からの徒歩〇分というフレームワークは、いつの時代にも通用する普遍的な法則ではない。戦後、東京への人口集中を背景に成立した鉄道中心主義の下、駅=一元主義として成立した、一時代の“測り方”にしかすぎない。その後、臨海エリア、さらに都内で複合的な再開発が進められて、最寄り駅からの直線の近さは、そのエリアの面におけるマルチ・ポイントでの相互の近さへ、その際、それぞれのポイント(点)とポイント(点)の相互参照が空間的に広がっていって、ネットワーク(網)へと移っていった。今、私たちがやろうとしていることは、最寄り駅から目的地の単線の測り方そのものを入れ替え、徒歩の“感じ”を取り戻すことだ。ここで前提を一つだけ確認する。不動産広告規制のルールでは、徒歩1分=80mで換算する。つまり徒歩10分は800m。その数字自体は否定しない。ただし数字だけで立地は言い切れない——これが本章の出発点である。 2-1.測り方の芯をつくる――「住所の意味」と「面・網としての近さ」 最初に据えるべきは“どの軸で測るのか”という枠組みだ。ここを曖昧にしたままだと、議論は迷走して、よく分からなくなってしまう。枠組みのレイヤ―は三つ。第一に、所在の意味性。千代田・中央・港……これらの住所ラベルの参照力は、来客・採用におけるコミュニケーションを効率化する。実際に移動する物理的な距離とは別次元で、「ここにいる」ことが伝える信号である。たとえば“中央区の○○”というだけで相手の頭のなかに業務の座標が立ちあがり、実際に移動して物理的に接触する前に既に納得度が上がっている。これは歴史/制度/ビジネスの積層の下、営々と作り上げてきた社会的かつ言語的なインデックスであり、物理距離では代替できない。第二に、面・網としての近さ(ネットワーク近接)。「最寄りの鉄道駅×単一の目的地」は、駅=一元主義下での単線の物差しだ。対して、東京都心5区での賃貸オフィスの現在の立地を考える上で、最寄り鉄道駅へのアクセスには必ずしもこだわらず、複数のJR・私鉄・地下鉄の駅/複数路線/都・民間バスと、街路/地下通路/デッキ/広場の結節を介してマルチ・アクセス・ポイント同一地区の内部で噛み合って、相互に代替し合う“面と網”の構造へと変化しつつある。第三に、歩行の体感さらに、その構造のなかでも、歩行の体感は変わってくる。21世紀の「面と網」の構造は、昭和的な“地図の上で完結する計画”とは振る舞いが違う。網はただの地図ではなくて、歩くことで起動する装置だ。起動する主体は、出勤・外出・来客で街に出る人間そのもの。あらかじめ一本に決められた動線をなぞるのではなく、街路/地下連絡/デッキ/バス停/複数駅の出口というマルチ・パスの束から、その日の目的・天候・時間帯・荷物・体調に応じて都度、選び直す。この選択の累積が、地区の「面と網」を現実の流れとして立ち上げる。 2-2.単線では測れない「面と網」構造――“伸縮するエリア”という見方 「面と網」の構造は、最寄りA駅から一直線に何分かの枠組みでは測れない。A・B・Cという複数のアクセスポイント(JR・私鉄・地下鉄の駅/路線・バス系統・結節点)に、複数の目的地(オフィス、会議・MICE、飲食・サービス、公共空間)が区域内でマルチ・コア(多核)として配置され、両者を街路・地下通路・デッキ・広場といった通行“面”がマルチ・コネクション(多重接続)で結ぶ——この三つのレイヤー(層)が同時に噛み合うことで、対象地区はポイント・トゥ・ポイントの単線接続ではなく網として機能する。まず押さえるべきは、この構造が“静的かつ固定した割付”ではないこと。東京都心5区の骨格は、路線の追加・結節の後付け・ダイヤの切替・情報による運用で、あとから組換え・更新ができる冗長性・自由度を持つ。駅間連絡(地下・デッキ)が増えれば網目が周囲を侵食・増殖して微細になり、目的地のマルチ・コア(多核)化が進めば人流は自然に分散し拡散する。ピーク/オフピーク/深夜、それぞれの曲面で、交通・運輸・回遊のインフラの顔つきが変わり、イベント等の突発的な事象に対しても対応可能な冗長性を備えており、この「面と網」の構造は、あらかじめ地図に書き込まれたスタティックな設計図ではなくダイナミックな運用型のインフラだ。この“網”の具体的な機能、実力について、以下、入口の数の厚み・経路の自由度・目的地の多核化、さらに、境界の柔軟性を以て確認していく。①入口の数の厚み(多重化と独立性)同一地区で実用になるアクセスポイントの本数と、その独立性がどれだけあるか。JR・私鉄・地下鉄・バスが系統の違いをもって重なれば、ひとつが詰まっても他の手が生きる。ここで言いたいのは「最寄りが強いか」ではなく、代替の手数が何本あるかという土台の話。②経路の自由度(通行“面”の冗長性・多層性・透過性)入口—目的地の主要ペアに対して、独立した経路が2本以上用意されているか(地上/地下/デッキなど層違いでも可)。ブロック透過性(ビル貫通や細街路の抜け)と広場・前庭の連結が効くほど、同時刻に“別の最短”が併存できる。これは単線の「A駅から徒歩○分」では拾えない、面そのものの冗長性。③目的地の多核化(行き先の分散配置と多様性)入口だけ増やしても、行き先が一点集中なら動きは停滞する。業務核(オフィス・会議センター)/集客核(MICE・ホール)/日常核(飲食・銀行・配送)/公共核(広場・区施設)が区域内で散在していれば、入口×目的地の組み合わせが自然に分岐し、人流が面内に解き放たれる。④境界の柔軟性(=伸縮するエリア)〔結果指標〕上の三軸が効いている地区では、“活動エリアの境界”が時間帯や用途に応じて内外に伸縮する。朝の出勤時はA・B両駅を含む通勤エリアが立ち上がり、昼は飲食・サービスの回遊エリアがやや外へ膨らみ、夕刻は会食・MICEに合わせて来客エリアが別方向へ伸びる——一日を通じて境界線が揺らぎながらも、地区としての連続性が保たれる。これは必要性、必然性に根差して固定された“最短距離”ではなく、時間と用務に応じて自然に拡張・縮退する行動圏。この“伸縮”が見えるなら、その地区は単線の「最寄り駅から徒歩〇分」の枠組みではなく、「面と網」の構造としての完成度で語るべきだと判断できる。ここまで読めば、参照軸が線から面へ、点から網へ移る理由ははっきりする。A駅という最寄り駅のアクセス・ポイントの強さよりも、入口の数(①)×経路の自由度(②)×目的地の多核化(③)が境界の柔軟性(④)を生み、日々の業務の計画および実行可能性を担保するからだ。——以上が構造の話。次節では、具体的に「面と網」の構造が機能し、動くにあたって、同じ面上で実際にヒトが感じる体感へと降り、ミクロ・レベルの回遊に落としていく。構造=網の実力を見極めつつ、表裏一体のヒトの体感を一緒に感じることとしよう。考えるな、感じろ(Don't Think, Just Feel) 2-3.網を動かす身体――アドホックな移動 面と網の構造は、ヒトが歩くことで起動する。起動させるのは計画図や設計図ではなく、出勤・外出・来客で街に来訪し、回遊する身体そのものだ。あらかじめ決められた動線をなぞるのではなく、街路/地下連絡/デッキ/広場/バス停/複数の出口というマルチ・パスから、その日の目的・時間・天候・混雑・荷物・気分で、都度、経路を選び直す。その即興的な選択の反復が、面と網の構造を起動させ、機能させて、日々の流れの中で、構造自体を組換え、更新していく。ヒトの身体は、計器では拾えない微細な手掛かりに反応している。日陰と風の通り、匂いと音、人の密度、信号のタイミング、街角のカフェ、路上のキッチンカー、広場のイベント。小さな差分がその瞬間の最短を入れ替え、ついでの用事、偶発的なイベントが経路を曲げる。結果として、同じ徒歩10分=800mでも、朝と昼と夜でまるで別の都市の様相を以て立ち上がってくる。重要なのは、あらかじめ定められた規範ではなく、アドホックな日々の振る舞いだ。反復は暗黙知を育て、迷いは減る。それでも、ルートは固定されない。季節と天候で経路は変わり、仲間との待ち合わせで曲がり角が変わる。局所の選択が面の性格を育てる。昼は広場のベンチが“句読点”となって節を区切り、夜は光の濃い通りが“主旋律”になる。即興の迂回が行動圏の境界を押し広げる。キッチンカー、路上アート、路上ライブ——偶然の磁力が、日々の振る舞いを吸い寄せ、今日だけの経路を成立させる。決まった正面や唯一の入口を持たず、状況のアフォーダンスに全身で接続し。その都度つながり直す。面と網の構造は、こうしたアドホックな接続の連続で日々かたちを変える。ゆえに、「最寄り駅から徒歩〇分」という単線の尺度に人の移動を押し込めようとしても、日々の振る舞いのなか、毎回、違う都市の立ち上がりを捉えるのは無理だ。着地点はシンプルだ。面と網の構造(2-2)が可能性を用意し、ヒトの身体(2-3)がその可能性を即興で使いこなす。この二つが噛み合ったとき、「最寄り駅から徒歩10分」という数字はただの条件に降り、場所の価値は、いまここの選択を以て、都度、生成される。言い換えれば——感じながら、その都度、選ぶ。都市はその選択の反復でつねに更新され続ける。 第3章:供給のロジック――駅前物件の枯渇と距離ハンデの無効化 3-1.前提:駅前で「小型の物件」が生まれにくい背景 そういえば最近、駅前で“新しくて小ぶり”な賃貸オフィスがほとんど出てこない。なぜか。結論から言うと、開発の作法が「面で組み替える」前提に変わったからだ。 まず土地の事情。東京の主要駅前に素の空き地はほぼない。やるなら既存建物の建替だが、いまの再開発は「点を見つけてビルを建てる」ではなく、街区単位で権利を整理し、容積配分や公開空地、デッキ・地下連絡までを束ねて設計・運営するのが常識になっている。駅と周辺は、交通×商業×業務×宿泊を重ねた複合ノードとしてマネージされるため、駅前の細片だけを切り出して小規模ビルを単独で建てる余白が現実にほぼ残っていない。 資本の論理もそれを後押しする。駅前の地価と建替コストを踏まえると、ある程度の延床面積を積んで初めて採算が合わせる余地がでてくる。投資家も金融も、規模とテナント・ミックスが見える案件を好む。結果、駅前再開発プロジェクトは、自然と“区域一体の大型再開発”に寄っていく。加えて、駅前広場やペデストリアン・デッキ、地下通路といった共用インフラの維持管理は街区一体運用でないと回りにくい。行政側もピンポイントの小型案件よりも「面の秩序」の整備を優先する。こうして供給の構えが大きくなっていくほど、駅前の“小型ビル開発案件”は統計的に希少になっていく。 このロジックはテナント側の肌感にも返ってくる。ポータルで「駅前×新築×小規模」を狙っても、そもそも玉が少ない。市況が一巡してオフィス需給がタイトになったとしても、新規パイプラインの中心は大規模・高規格物件が主流だ。——だからこそ、駅から“少し歩く”ロケーションに相対的な余地が生まれる。もちろん、何でも成立するわけではないが、その話はこのあとに続けよう。 3-2.“少し歩く”を市場に通すエンジン——住友不動産型の押し広げ 「駅から少し歩く」ロケーションで賃貸オフィスビルを成立させるには、複数物件を展開するポートフォリオと、バランスシートの耐久力を支える資本の厚さが前提条件だ。住友不動産はそこを真正面から使ってきたプレイヤーだ。田町の連続開発、晴海のトリトンスクエアのように、空室が一定水準で推移してたとしても、提示賃料を下げない運用を続けられるのは、単体物件の損益で勝負していないからだ。仕入れの段階で“駅前ではないぶん、土地の取得単価は抑え易い。エントリーコストが軽いので、事業全体の採算性はとり易くなる。さらに、用途をオフィスだけに絞らず、商業・ホテル・住宅などを複合的に組み合わせられれば、売る/持つ/一部だけ組み替えるといった“出口の選択肢”を複数用意できる。これは、キャッシュフローの変動を平準化する安全弁になる。もう一つ大きい要因が含み益の額だ。駅前ではない場所を相対的に安く仕入れ、面で開発し、つくり替えることで資産価値を底上げする。評価上の含み益が厚いと、一定期間、空室が出たとしても、すぐ賃料を落として収入を確保することにこだわらないという選択肢があり得る。会社の貸借対照表(バランスシート)に“クッション”があるから、単年度の決算の損益のブレに耐え得る。つまり、安売りせずに待てる体力があるということである。その「待てる」時間が、じつは最大の武器になる。時間があれば、駅名と駅からの距離ではなくて、住所ラベル(港・中央・江東など)を前面に出しつつ、開発街区内の動線上、デッキ/連続庇/地下自由通路を少しずつ整備していって、Web・現地案内サインも合わせて整える。さらに、動線上に必需ノードを散らして“歩いて用が足せる密度”を維持する——この日常運転の積み上げが、「徒歩分数だけで測る癖」を、現実/潜在的利用者、仲介会社の営業担当の意識から外していって、そこに慣れてくると、「最寄り駅から徒歩〇分」という単線の物差しだけで見なくなる。こうして、“徒歩分数の不利”が相対化されるまでの時間を、自分の資本力で買っている——そういう話だ。このような開発、運用の方法論を続けていると、開発区域の周囲に閾値効果が出る。最初は「遠いから敬遠」で揺れるテナントの心理が、住所ラベル+面の近さで徐々に慣らされる。賃料は下げないと、空室は抱える。しかし運用の文脈が積み上がるにつれて、“この辺はそういう場所だ”という市場の合意が形成される。すると後発プレイヤーがついてくる。周辺で中規模の再投資が起き、ホテルやレジの更新がかかり、「建ててよいポリゴン」が一段外へ押し広がる。結果として、賃貸オフィスが成立する範囲そのものが拡張する。これは単なる“駅前のミニ版”ではない。駅一元主義の外側に、住所と網で読む都心を、資本の持久力で定着させる動きだ。「空室があるのに賃料を下げないのは何故か」という問いに、単体案件の需給で答えようとすると行き詰まって答え難い場合がある。その答えは、ポートフォリオでの最適化にある。抑制された地価で仕入れられたことの余裕と、面で開発・運用することで生成される参照価値の上昇分と、時間を味方につける会社のバランスシートの耐久力。この三つが噛み合うと、一定期間の空室はただの“損失”ではなく、価値実現のための“投資期間”に読み替えられる。読み替えの結果として、駅から少し歩く場所が“賃貸オフィスの地図”に正式編入される。ここまで来て初めて、周囲のプレイヤーが“後から乗れる”状況が生まれる——あなたが描いたストーリーは、そのまま市場の動きとして通る。駅前案件のコピーを外側でやっているのではなく、評価軸そのものをズラしている。駅名に依存しない住所の参照性、単線ではなく網としての近さ、日常運転での回遊の厚み。これらを、賃料の規律を崩さずに時間をかけて刷り込む。その結果、建設可能なエリアが外へ広がる。そこに中堅・中小が“後からのってくる”——このような順番が想定できるし、ロジックも整合的である。東京のここ十数年の賃貸オフィスビルの開発動向を読み解くうえで納得感が高いと言えよう。 3-3.市場の言語が変わる——「徒歩10分」の再プライシング 前節で見た住友不動産をはじめとした大手デベロッパーが、駅から“少し歩く”区域を面で開発・運用しつつ、駅前の物件と匹敵する水準での賃料提示をし続けていると、テナント、仲介会社の営業等、賃貸オフィス市場での見え方が徐々に入れ替わっていく。変わっていくのは、物件ではなく、物件を巡る言語だ。仲介会社の営業の説明の言葉、テナント側の意思決定の言葉、そして賃料水準を正当化する言葉—この三つの言語が、駅名中心から「住所×網」に置き換わっていく。まず仲介の営業の現場。最初は物件検索のフィルタで自動的に落としていた“駅から徒歩10分超”の物件が、「この区域であれば見ておくべき」という例外扱いで候補に入れるようになってくる。理由はシンプル。内見後のテナント候補が却下する理由が減っているからだ。面として開発・運用された区域では、雨でもデッキ/連続庇/地下自由通路を通ってあまり濡れないで目的地に到着できる動線、その歩行の動線に沿って、生活機能ポイント(カフェ、ドラッグ、ATM 等)が配置される。それらの要因を踏まえて、内見の最後に「駅から遠かったので無理」という一言で内見の手間ヒマ全部が白紙に戻る確率が目に見えて低下していく。さらに、仲介会社の営業はテナントに“決めてもらいやすい言い方”を学習する。駅名の代わりに住所ラベルを、説明の冒頭で、「○○区のこの区域は、複数アクセス前提で使う場所です」と前置きして、テナントのオフィスへの来客・外出・採用の想定シーンを並べていって、内見のときの歩行体験に鑑みてなくはないと思ってもらう。仲介会社の営業の現場の説明の仕方を変えると、検索条件の“徒歩分数フィルタ”は絶対条件から参考条件に落とせる。この変化は小さく見えるが、実は大きい。次に、テナント側の意思決定。コロナ以降、多くの会社で、出社頻度を週3〜4日程度に絞れる体制が一般化し、意思決定の重心は従業員の“毎日の通勤負担”から“会社がどこに所在するかという信用シグナル”へと少しずつ移っている。経営層はそもそも車移動が多く、「最寄り駅から徒歩〇分」に体感的なこだわりが薄いことも、この傾向を後押しする。来訪者(顧客・採用候補)が迷わず負担感がさほどでもなく到達できて、社名×住所ラベル(港/中央/千代田 等)が企業の説明力=ブランド価値を底上げするのであれば、「徒歩10分」そのものは絶対条件ではなくなる。評価の軸は、「その区域の文脈にきちんと根差しているか」「複数のアクセスポイントとどう面で接続しているか」へとシフトし、最寄り駅から徒歩〇分は副次的な指標としての扱いになる。社内意思決定の決裁文書も、それに合わせて書きぶりが変わる。駅名+徒歩◯分の一行から、住所ラベル/複数アクセス(JR・地下鉄・バス等)/動線の幅と面としての質等の記述へ。結果として、賃料の正当化は「最寄り駅から徒歩〇分」よりも、“どの区域に属し、最寄りを含む有用な結節点群とどう面で結ばれているか”に拠って説明されるようになる。そして賃料水準の妥当性。大手が提示賃料を下げずに“待つ”あいだに、比較対象(コンプス)の参照軸が増えていく。駅前Aの築古物件と、駅から少し歩くBの築浅×面運用の物件を突き合わせたとき、もはや純粋な「徒歩○分」の基準だけでは比べられなくなっている。仲介会社の営業の現場でも、賃料鑑定においてすらさえ、最寄り駅からの分数“単独”の説明力は相対化し、接近条件は実効到達性(面・網=複数アクセスポイント+連絡動線)と住所の参照性を含めて把握・織り込みにいく流儀へと切り替わっていく。はじめは「このエリアでこの賃料は高い」と見えた水準が、竣工後、1年、2年と経つうちに“当たり前”のレンジとして定着し、周辺において中規模の賃貸オフィスビル投資が追随する。結果、賃貸オフィスが成立可能だと見なされる区域(成立エリア)は、従来のビジネス区域の外側へじわりと拡張していく。これは、単に新しくビルが建ったからだけではなくて。賃貸オフィスの市場の言語が入れ替わった結果である。誤解しないでほしい。駅の強さが消えるわけではない。駅は依然として強いノードだ。ただし、ノード単体の強度から、ノード間を面で結ぶ仕立て(面運用)へと、賃料算定や物件選定の中心ファクターが移ったのである。そうなると「駅から徒歩10分超」は、値引き交渉の決め手ではなく、考慮すべき要素のひとつとして扱われることになる。結局のところ、賃貸オフィス市場の言語が替わるだけで、同じ「徒歩○分」は別の意味を持つ。ここまで来れば、「駅から少し歩く」物件は、特殊なソリューションではない。その区域の標準的な選択肢として受け取られている。 3-4.線引き——どこまで効くか、どこから無理か 「駅から徒歩10分」を相対化できるのは、いつでも・どこでも、ではない。まず前提を置く。評価軸を「駅からの徒歩の分数」から「住所×網(ネットワーク)」へ切り替える手法が効きやすいのは、都心5区のように住所ラベルの参照力が強く、かつ区域内に複数のアクセスポイントと歩行ネットワークを実装できる(あるいは実装が進んでいる)場所だ。この条件から外れると、話は変わる。難しくなる一つ目は、住所ラベルに参照力がない場合。千代田・中央・港のように相手の頭の中で即座に座標が立つ住所でなければ、議論はすぐ「駅名→徒歩○分」に引き戻される。社名と並べた時に説明を要する住所だと、社内決裁でも反論が出やすい。二つ目は、網が薄い区域。地図上では複数駅が近く見えても、実地では高低差、川や幹線道路の横断、私有地の行き止まりに阻まれ、実用な導線が結局一本しか選べないことがある。一本勝負だと、雨の日には、チョークポイントで列が詰まり、鉄道遅延時も同じ場所で渋滞し、ストレスが再現される。複数のアクセスポイントが実用性を以て確保できるのか、ひとつの駅だけがアクセスポイントだとしたら駅から建物の間で独立した二本を同時に成立させられないのであるなら、無理はしないほうがいい。悪印象の「駅から遠い」は定着して動かせない。三つ目は、最寄り駅からの歩行経路が脆弱な場合。幹線道路の横断回数が多い、信号待ち時間が長い、夜間照度が低く薄暗い、吹きっ晒しで夏は灼熱・冬は極端に寒い――こうした条件は日々の体感に直結する。どれだけ“面”を整えても、歩行そのものが「もう嫌だ」という体感を誘発しがち。どれだけ、“面”での整備を進めようとしても体感に追いつかなければ、なんの説得がもたない。逆に言えば、“ストレスのない歩行”と言わせしめることができるのであれば、最寄り駅から徒歩10分の印象は目に見えて変わる。言い切れなければ、撤退が正解。四つ目は、テナントの業態の都合上、“迷い・遅れ”のコストが高すぎる場合だ。来客が一見客中心/大量採用の初回訪問を捌く等の事由で案内の手間をかけなくては回らない業務、来訪者の年齢層が高くバリア(障壁)に配慮が必要な業務、——こうしたケースでは、駅からの徒歩分数のディスアドバンテージが、直接の運営コストになる。歩行ネットワークを整備していっても、運用側の手数(送迎・個別アテンド)が常態化するのであれば、長めの歩行距離のマイナス要因は消えない。駅近を選ぶべきだ。五つ目は、「時間を買えない」体制。面の整備・運用は、歩行者の感覚をズラしていって、ひいては、テナント、仲介会社の営業の見方を、日々の小さな積み上げを以て入れ替えていく仕事だ。提示賃料を引き下げずに、経路の整備、必需ノードを切らさないように配置、それらの整備を踏まえて案内図・サインの調整と――結果が出るまでに1〜2年では済まない。単体プロジェクトのP/L上の利益確保の前提の下、短期的な結論を迫られる体制だと途中で提示賃料を引き下げ、物語は「最寄り駅からの徒歩分数」の世界へと逆戻りせざるを得ない。待てないなら、やらない。待てる会社だけが距離の意味を書き換えられる。加えて、周辺の開発予定も必ず確認しておく。近くの駅前で大型の新築が出る、駅側で自由通路やデッキが開通する——こうした時期に重なると、比較して駅側の立地が有利になりやすい。その局面で駅から徒歩10分超の立地を“面”として成立させるには、面運用の実装だけでなく、その運用に関する評価の言語を置き換える浸透策が要る。具体的には、募集図面・現地のサイネージ・Web案内を「住所×面・網」基調に統一し、テナントや仲介会社の営業の見方を、駅からの徒歩分数単独から、面運用での実効到達性へと徐々に上書きしていくことだ。それでも無理筋と読めるなら、土地の仕入れ、開発、リーシングの順序・タイミングをずらすのが賢明。無理に同時期にぶつけて消耗するより、波をずらして勝ち筋を確保する。実務の判断は、3つの質問で足りる。①住所ラベルを軸にして説明が成り立つのか(相手の頭に座標が一発で想起されるか)。②独立した二本の動線を“同時に”成立していると言い切れるか(晴=地上最短/雨=濡れない最短)。③数年単位で会社として“待てる”か(提示賃料を引き下げず運用を継続できる体力)。このうち一つでも明言できないのであれば、「徒歩10分以上」の主戦場としないで、駅前で戦うか、異なる区域に切り替える。 第4章:実例スケッチ――“駅から徒歩10分超”が受け入れられるケース ここからは、評価軸(住所の参照性/面・網としての近さ/最後の数百mの実装)を具体の地勢に重ねる。名前を一つに限定するより、タイプで捉えたほうが応用が利く。A=都心縁辺、B=湾岸縁辺、C=駅間ハブ、D=再開発スピルオーバー。どれも「最寄り駅からの徒歩分数」を条件のひとつに格下げして読み替えられる盤面だ。 4-1.Aタイプ:都心縁辺——住所ラベルが“先に立つ”場所 千代田・中央・港の外縁ポケット。ターミナル駅立地の真正面は外すにしても、住所が意味を持たせられるため、来客・採用の初期コミュニケーションは順調。駅へのアクセスは、必ずしも一つに依存しない。JRと地下鉄の最寄り駅が2〜3、加えて、都バスの停留所も。晴れのときは地上の最短経路、雨のときは庇や地下連絡通路経由での“別の最短経路”の提示が可能。生活機能ポイント(軽食・ATM・薬局)が区域に点在していて、「区域内を歩く=用事が片付く」に置き換わる。このタイプで“駅から徒歩10分超”が成立するのは、なんの準備も必要ない。言い方を変えた瞬間からだ。募集資料の一行目を「◯◯駅徒歩12分」の表記ではなく、「千代田区◯◯。JR×1/地下鉄×2にアクセス可能と書いて。複数の経路を案内図上、示す」。オフィスへの来訪者、が一度、迷わず着ければ、「遠い」という印象は消えていく。住所が前に出る盤面では、駅からの距離を以てマイナス材料とはされにくい。コピー例:「最寄り駅から徒歩◯分。でも、港区〇〇でビジネス利便性は確保。」 4-2.Bタイプ:湾岸縁辺——“駅の外縁区域”でも回遊が回る場所 晴海・豊洲・有明のように、駅そのものより“地区の運用”が主語になる区域。MICEや大規模の業務・居住エリアが重なり、公園・プロムナード・広場が複数の歩行・回遊ルートを選択可能な自由度を提供する。都バスとゆりかもめ(あるいは地下鉄の結節)で横移動の利便性を確保。ここは「最寄り駅から徒歩何分」より、複数のアクセスポイントから“目的地に何分で到着するのか”複線経路を以て説明するのが常道だ。スマホの経路検索も補助的に使ってもらう。時刻・天候・混雑状況に応じて最適経路が入れ替わることを踏まえて説明する。MICEやホールの予定に合わせて大量の人流が生じる曜日・時間帯を読んで、オフィスへの来訪者の日程を調整し、場合によっては、駅から徒歩の経路ではなくて、バス利用をお勧めする。面全体での近さを価値に変える。湾岸は「駅が全部ではない」を誰もが体感で知っている。駅からの距離の悪印象は、運用と説明の文言で上書きできる。コピー例:「最寄り駅からちょっと遠くても、〇〇(対象区域)には悠々アクセス。」 4-3.Cタイプ:駅間ハブ——“10〜15分”を束ねて勝つ場所 2つ3つの複数の鉄道駅から徒歩10〜15分。一つの最寄り駅へのアクセスでは勝負しない。駅と駅の中間に位置しつつ、地下自由通路・地上デッキ・細街路の歩行可能性を以て“同時に成立する歩行経路”を用意する。午前はA駅からの直進、雨はB駅から屋根続き、夕刻はC駅からの乗換効率で、複数の最適経路の別解が並存する。さらに、複数の業務核(新宿/大手町/日本橋)へのアクセスが30分圏で位置づけることが可能な場合、外出・来客・採用の全体最適を組み立てやすい。このタイプは、地図の描き方で結果が変わる。ひとつひとつのアクセス可能な複数の駅名を大文字にしない。経路の案内図を幹線道路の横断回数・庇で連続して覆われた経路を示し、「迷わない/濡れない」の二本立ての経路を明示して、複数駅への面接続を以て揃える。すると「最寄り駅から徒歩10分」は、“網の中の一項目”に自然に降りる。コピー例:「最寄り駅は三つ。正解は一つじゃない。」 4-4.Dタイプ:再開発のスピルオーバー ——外縁が“正規化”する場所 大型再開発の外縁一〜二ブロック。駅の目の前ではないが、新しい自由通路やデッキの恩恵を受け、広場や商業のノードが徒歩を意味ある回遊に変える。最初は「この場所でその賃料は高い」に見えるが、一年、二年で“当たり前”に寄る。理由は簡単で、テナント、仲介会社の営業の言語が入れ替わるからだ。住所の参照性と面の近さを積み上げるほど、“成立する面”が外へ広がる。ここでは待てる体力がモノを言う。提示賃料を引き下げずに運用を積み重ねる時間が、駅からの徒歩分数の不利を相対化する。このタイプでやってはいけないのは、駅前の物件のコピーをそのままなぞることだ。駅名に寄りかからず、住所×面・網で語る。来客動線は地図/写真を以て“別の最適経路”が同時に成立していることを示す。数字は最後に置く。コピー例:「駅に頼らず、面で街に到着する。」 終章:「駅から徒歩10分」は、距離ではなく“言語”だった 最寄り駅から徒歩10分。長らくその数字は、賃貸オフィス選定の可否を一撃で決める“絶対値”として扱われてきた。だが、このコラムで見てきたとおり、都心5区に限れば、それは距離の問題ではなく“言語の問題”だ。江戸の核から始まり、1919年の制度で骨格が整えられ、戦後の副都心で「駅=一次元」が標準語に固定された。そこから臨海・多心化・面運用へと都市のスケールが広がり、評価の軸は駅の固有名詞から、住所の参照性と“面・網としての近さ”へと静かに変遷してきた。この入れ替えが腹落ちすると、「駅から徒歩10分」は急に従属的になる。住所の参照性が先行して意味を帯び、面と網の構造が歩行到達性を担保し、歩行・回遊経路が“意味を以て歩行・回遊できる”ように設計し直される。距離は無視しえない。ただし、距離の意味が書き換わっていく。駅前の築古物件よりも、駅から少し歩く築浅×面運用が整備された物件が合理的に選ばれるケースは、珍しくなくなる。賃貸オフィスの仲介の現場も、鑑定のロジックも、すでに“最寄り駅からの徒歩分数”の単線だけでは必ずしも判断されなくなってくる。供給サイドの現実も、この読み替えを後押ししている。駅前立地では、開発をスポットとして差し込む余白が乏しく、街区単位の一体運用が前提になった。だから「駅前の小型の新築物件」は希少で、相対的に“少し歩く×面運用の優位”の物件が成立する余地が生まれる。住友不動産が、実例を以て示したのは、最寄り駅からの距離だけに依存するのではなくて、住所×面運用×時間で市場の言語を上書きする方法論だ。仕入れを以て確保した余裕、複合で面運用を継続して産み出される参照価値、提示賃料を引き下げず“待てる”体力――この三つを束ねて、賃貸オフィスビルが成立するエリア自体を外縁部へと押し広げていった。そして、そのあとから、他プレイヤーも乗ってくる。一方、テナントの意思決定はどう変わるってきているのか。コロナ後の出社頻度、スマホ経路検索の定着、来客・採用の動線の可視化。これらが合わさると、「最寄りから一直線」より「同時に成立する別解としての複数経路」が業務の手触りにフィットしてくる。晴のときは地上で信号一つ、雨のときは屋根続きの経路、混雑時はバス停から。局面によって別の最適経路が並ぶ区域は、距離の悪印象が定着しない。ここまで条件が整えば、社内意思決定の文書での一行目も自然に入れ替わってくる。「◯◯駅徒歩12分」ではなく、「千代田区◯◯。JR×1/地下鉄×2の複数経路での面接続」。もちろん、どんなケースでも成立するわけではない。住所の参照力が弱い、網が薄い、経路自体が脆い、会社の体力が不足していて時間を買えない――効かない盤面ははっきりある。そこでは素直に駅近立地を取るべきだ。大事なのは、効く場合、効く場所、効く順序で、正しく時間をかけるという冷静さである。線引きはそのために用意した。結局、「駅から徒歩10分」を相対化するとは、評価軸を入れ替えることだ。住所で座標を立て、面で歩行到達性を担保し、歩行・回遊経路の設計を以て“歩行・回遊”を価値あるものとして示す。ここまでやれば、「駅から徒歩10分超」は、物件選定にあたっての決定的なネガティブ要因から、選定の前提として説明されるべき、ひとつの数字に格下げされる。都心5区では、それが、もはや、標準的の受け止め方と言えよう。駅のノードとしての力は強い。だけど唯一ではない。駅は面の一要素に収まっている。この先の注目点も、実は同じ線上にある。再開発ごとに延びる自由通路・デッキ・地下連絡、地区内部で厚みを増す公共空間と日常のノード、経路案内の実装と“言い方”の更新。これらが積み重なるほど、“面で着く”が当たり前になり、駅からの徒歩分数の硬直性さらにほどけていくだろう。評価の軸が変われば、賃貸オフィス市場の地図も変わる。駅から少し歩く場所は、もはや例外ではない。都心の文脈に根ざした普通の選択肢だ。——数字は残る。だが、数字を動かすのは文脈だ。私たちがやるべきは、数字の置き場所をズラすことである。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年2月2日執筆2026年02月02日 -
貸ビル・貸事務所
秋葉原駅周辺のオフィス・貸事務所の特徴と賃料相場|不動産会社が解説
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの藤岡です。この記事は秋葉原駅周辺のオフィス・貸事務所賃料相場についてまとめたもので、2026年1月30日に執筆しています。少しでも皆さんのお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次秋葉原駅周辺の特徴とトレンド秋葉原駅周辺の入居企業の傾向秋葉原駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場秋葉原駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所の一例 秋葉原駅周辺の特徴とトレンド 秋葉原駅は、JR山手線・京浜東北線・総武線(各駅停車)に加え、東京メトロ日比谷線、つくばエクスプレスが利用できる、都内でも屈指の交通利便性を備えたターミナル駅です。徒歩圏内には岩本町駅(都営新宿線)や末広町駅(東京メトロ銀座線)もあり、複数路線を使い分けられる点は、法人利用において大きな強みといえます。立地的には、東京駅・大手町エリアから2~3駅、上野・御徒町エリアとも隣接しており、都心主要エリアへのアクセス性と、比較的落ち着いた賃料水準の両立が図りやすいポジションにあります。オフィス街としての秋葉原は、戦後から続く電機・電子部品関連の集積を背景に、卸売業・製造業系企業の拠点が多く立地してきました。駅周辺には中小規模のオフィスビルが多く、昭和期竣工の築年数を経たビルと、2000年代以降に開発された中規模ビルが混在しています。一方で、秋葉原UDXやダイビル秋葉原などの再開発を契機に、オフィス環境の更新も段階的に進んできました。周辺環境としては、昭和通り・中央通り沿いを中心に飲食店や金融機関、郵便局が集積しており、日常的な業務利便性は確保されています。いわゆる観光地としての側面もありますが、オフィス利用においては、駅から一本入ったエリアを中心に、比較的業務向きの落ち着いた環境が形成されています。近年は「秋葉原・神田・岩本町」一帯を一体的に捉えたエリア認識が進み、IT関連企業やスタートアップの受け皿として再評価される動きも見られます。派手な再開発が続くエリアではありませんが、既存ストックを活かした実務的なオフィス立地として、安定した需要が続いている点が秋葉原の特徴です。 秋葉原駅周辺の入居企業の傾向 秋葉原駅周辺では、従来から電機・電子部品関連の卸売業、製造業系企業、ITインフラやシステム開発会社、士業事務所などが多く見られます。特に、少人数体制の法人や東京支店・営業拠点としての利用が目立ちます。近年は、Webサービス、ソフトウェア開発、コンテンツ制作など、IT・デジタル系企業の入居も増加傾向にあります。大規模なオフィス集積というよりは、20~50坪程度の区画を活用した中小規模オフィスが中心で、秋葉原という地名が持つ技術・情報発信のイメージと親和性の高い業種が選ばれるケースが多い印象です。このエリアが選ばれる理由としては、第一に交通利便性が挙げられます。複数路線が利用可能で、都内各所からの通勤や取引先訪問がしやすい点は、業種を問わず評価されています。加えて、都心主要エリアと比較すると賃料水準がやや抑えられている点も、コストバランスを重視する企業にとって検討材料となっています。街の雰囲気としては、華やかな商業エリアのイメージが先行しがちですが、オフィス立地としては比較的実務的で、過度なブランド志向よりも「立地とコストの合理性」を重視する企業が定着しやすいエリアといえます。 秋葉原駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場 秋葉原駅周辺のオフィス・貸事務所の賃料相場は次の通りです。 規模賃料下限賃料上限20~50坪約14,000円約23,000円50~100坪約16,000円約25,000円100~200坪--200坪以上-- ※募集物件のデータが少ない場合は空欄としています。※法人登記できる実際のオフィスのみを対象としており、バーチャルオフィスは含めていません。※調査は当社が把握している物件情報を対象としておりますが、把握していない物件もあることから正確性を担保するものではありません。※賃料はおおよその目安として掲載しております。賃料下限の物件は、築年数が古く設備も古いケースが多い傾向があります。※飛び抜けて安い、あるいは飛び抜けて高いハイグレード物件の情報は省いています。 秋葉原駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所の一例 NEWS X 御徒町住所:台東区台東4丁目5番13号GoogleMapsで見る階/号室:2階、3階、4階、5階、7階、8階坪単価:応相談面 積:56.15坪入居日:全て即日 詳細はこちら SHIMADA秋葉原ビル住所:千代田区岩本町3丁目9番4号GoogleMapsで見る階/号室:2階坪単価:応相談面 積:25.43坪入居日:2026年4月1日 詳細はこちら ご希望条件をお伝えいただければ、当社の担当よりオフィス・貸事務所のご提案をさせていただきますので、お気軽にご相談ください。 物件の無料提案を依頼してみる 秋葉原駅周辺で募集中のオフィス・貸事務所をお探しの企業様、秋葉原駅周辺で安定したビル経営を望まれているビルオーナー様は、こちらよりお気軽にご相談ください。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 藤岡 涼 入社以来20年以上にわたり、東京23区のオフィスビルを中心にプロパティマネジメント・リーシング・建物管理を担当。 年間多数の交渉やトラブル対応経験を活かし、現場目線に立った迅速かつ的確な提案を通じて、オーナー様とテナント様双方の満足度向上に努めています。 2026年1月30日執筆2026年01月30日 -
分譲
オフィスビル投資の総合ガイド
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの羽部です。この記事は「オフィスビル投資の総合ガイド」というタイトルで、2026年1月29日に執筆しています。少しでも、皆様のお役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次第1章:オフィスビル投資の魅力と優位性第2章:立地選定のポイント第3章:規模別に見るオフィスビルの特性第4章:賃料の査定方法と収益評価第5章:オフィスビルの維持管理と修繕リスク第6章:築年数別の投資戦略第7章:オフィスビル投資の税務・法務の基礎第8章:資金調達の方法と留意点第9章:オフィス経営に必要な専門家・取引先第10章:オフィスビル投資の主要なリスクと対応策おわりに 富裕層から機関投資家、事業オーナー、個人投資家、海外投資家、相続予定者まで、幅広い投資家に向けてオフィスビル投資のポイントを解説します。投資規模は数千万円程度の小規模ビルから数百億円規模の超高層ビルまでをカバーし、オフィスビルを投資対象とするメリットや留意点を網羅的に整理します。各章では専門的な内容をできるだけ平易に説明し、必要に応じて用語の補足も加えます。将来的な不動産市況の変化にも対応できる知識を身につけ、堅実かつ戦略的なオフィスビル経営に役立てましょう。 第1章:オフィスビル投資の魅力と優位性 オフィスビル投資は不動産投資の中でも高い収益性が期待できる分野です。国土交通省の調査でも、国内投資家が投資している不動産用途は「オフィスビル」(42.4%)と「賃貸住宅」(43.2%)が双璧をなしており、オフィスは主要な投資対象となっています(出典先:国内不動産投資家アンケート調査 - 国土交通省001205623.pdf)。これはオフィスビルが比較的賃料水準が高く、利回りが良い傾向にあるためです。一般に同じエリア・規模で比較すると、住宅よりオフィスのほうが賃料単価を高く設定でき、投資利回りも高めになりやすいとされます。また一棟ビルへの投資では土地の所有権も含まれるため、資産規模に見合った土地資産の蓄積にもつながります。さらに、オフィスビルは契約形態の柔軟性という利点もあります。オフィスの賃貸契約では定期借家契約(契約期間を定め更新しない契約)が広く用いられ、契約満了時に賃料見直しやテナント入替がしやすい環境にあります。住宅では借地借家法により普通借家契約が主流で、オーナーからの解約や大幅賃料改定が難しい。平成24年度調査で住宅の定期借家普及率は約3%のに対し、オフィスでは定期借家契約の利用が一般的です。このため景気変動に応じて賃料水準を調整したり、テナント構成を柔軟に変えたりできる点は大きなメリットです。また、オフィスビルは複数のテナントを抱えられるため、空室リスクの分散が図れます。特に大規模ビルではフロアごとに複数企業が入居し、一部テナントが退去しても他のテナントからの賃料収入が継続します。住宅一戸単位の投資では空室=収入ゼロとなりますが、一棟オフィスなら全空室となる可能性は低く、安定的なキャッシュフローを得やすいと言えます。ただしテナントあたりの賃料規模が大きい分、一社の退去が与えるインパクトも大きいため、多様な業種・規模のテナントをバランスよく誘致することが重要です。さらに、オフィスビルは経営の自由度が高い点も魅力です。区分所有のマンション投資と異なり、一棟ビルなら物件全体の運営方針をオーナーの裁量で決定できます。用途変更やリノベーション、テナント募集戦略などを自ら企画し実行できるため、物件価値向上策をダイレクトに投資リターンへ反映できます。近年は環境・快適性に優れたオフィスがテナントや投資家から注目されており、ESG対応による資産価値向上も期待されています。実際、国土交通省の調査では環境・健康性に優れたオフィスは「不動産価値が高まる」と感じる投資家が約8割に上りました(出典先:オフィスビル入居企業の満足度向上を投資家も重視〜ESG不動産...)。このように工夫次第で価値向上を図れる余地がある点も、一棟オフィス投資の醍醐味です。まとめると、オフィスビル投資の優位性は「高収益ポテンシャル」「契約・運営の柔軟性」「リスク分散と規模効果」「経営裁量による価値向上余地」にあります。ただし高い収益性の裏には景気変動による賃料変動リスクも潜むため、次章以降で立地選定やリスク管理についてもしっかり押さえていきましょう。 第2章:立地選定のポイント オフィスビル投資の成否を大きく左右するのが立地の選定です。賃貸オフィス需要は立地条件に強く依存するため、どのエリア・場所に物件を構えるかが収益安定性の鍵となります。一般に都市の中心業務地区(CBD)や駅近のビジネス街はテナント需要が高く、空室率が低水準で推移します。例えば東京23区では都心5区(千代田・中央・港・新宿・渋谷)にオフィス需要が集中しており、同エリアのオフィスストック(賃貸面積ベース)は23区全体の約75%を占めます(出典先:オフィスピラミッド 2022 | ザイマックス総研の研究調査)。都心部の空室率は慢性的に低く、景気好調期の2019年には渋谷区で0.72%、港区で0.81%と1%を下回るほどの逼迫した状況でした(出典先:BUILDING TOKYO 2019年9月号 No.272)。一方、郊外エリアや地方都市ではテナント需要が限られ、物件によっては空室が埋まりにくいケースもあります。賃料水準も立地によって大きく異なります。都心の一等地では賃料相場が高く設定できる反面、物件価格も高騰するため利回り(キャップレート)は低く抑えられる傾向があります。日本不動産研究所の投資家調査によれば、東京丸の内・大手町エリアのAクラスオフィス期待利回りは3.2%と極めて低く(出典先:〖公表資料〗第50回 不動産投資家調査(2024年4月現在)を公表 | 一般財団法人 日本不動産研究所)、安全性の高さゆえ投資マネーが集中していることが窺えます。他方で地方都市のオフィスでは期待利回りが4〜6%台と高めに設定される地区も見られ、投資リスクに見合った収益が求められます(出典先:〖公表資料〗第50回 不動産投資家調査(2024年4月現在)を公表 | 一般財団法人 日本不動産研究所)。このように優良立地ほど低利回りだが安定し、周辺立地ほど高利回りだがリスク高というトレードオフが存在します。 立地選定の主なチェックポイント 交通利便性:最寄駅からの徒歩距離や路線数はテナント企業の通勤利便性に直結します。一般に「駅徒歩5分以内」の物件は人気が高く、賃料単価も上乗せ可能です。複数路線の乗り入れるターミナル駅近辺や主要駅直結のビルは、多少賃料が高くても入居したい企業が多い傾向があります。周辺環境・集積:オフィス街としての成熟度も重要です。同業種の企業集積がある地域(例えばIT企業なら渋谷〜六本木エリアなど)はテナント誘致に有利です。また銀行・郵便局・飲食店などビジネスサポート施設やランチ環境が整っていることも入居企業の満足度に影響します。近年は働き方改革でオフィスに求める付加価値も高まっており、周辺に商業施設やホテル、緑地など快適性を高める環境があるエリアは競争力が増しています。行政・都市計画:再開発計画やインフラ整備計画にも注意します。新駅の開業予定、大規模な再開発によるオフィス集積拡大などは、そのエリアの将来需要を押し上げます。反面、新規供給が過剰になる可能性もあるため、計画の規模とタイミングを見極めましょう。また自治体の産業誘致施策(企業誘致補助など)が充実している地域は企業進出が活発になりやすい傾向があります。災害リスク:日本では地震や水害リスクも立地選定で無視できません。ハザードマップで浸水想定エリアを確認し、可能ならリスクの低い立地を選ぶことが望ましいです。重要インフラが集中する都心部は減災対策も進んでいますが、一部低地では大雨時の冠水リスクもあります。保険でカバーできる部分とできない部分を考慮し、テナント企業が安心して事業継続できる場所かを見極めましょう。以上の点を総合して、「賃貸需要が強く長期に安定している場所」を選ぶことが基本です。具体的には主要都市の中心業務エリアや駅前立地が有利ですが、取得コストとの兼ね合いもあります。高値で掴んでしまうと利回りが極端に低下するため、競争力ある立地かつ適正な価格で取得できる物件を探す目利きが求められます。立地は変えられない唯一の要素であり、「悪い立地の優れたビル」より「優れた立地の古いビル」の方が再生も効くと言われるほどです。多少築年が古くても優良エリアにある物件は改修により蘇らせる余地がありますが、立地条件が悪い物件は構造的な空室・賃料低迷に陥りやすいことを肝に銘じましょう。 第3章:規模別に見るオフィスビルの特性 オフィスビルと一口に言っても、その規模(延床面積や階数)によって投資特性が異なります。一般に延床面積が大きくグレードの高いビルほど一棟当たりの価格が高額になり、機関投資家や上場リートなどが主なプレイヤーとなります。一方、中小規模のビルは個人投資家や中小デベロッパーも参入しやすいレンジです。それぞれの特徴を押さえて、自身の資金規模や目標に合った物件規模を検討しましょう。 大規模オフィスビルの特徴 一般的な定義:明確な基準はありませんが、東京では延床面積5,000坪(約16,500㎡)以上を「大規模ビル」とすることがあります(出典先:東京賃貸オフィスビル市場における修繕費の将来予測(2022年) | ザイマックス総研の研究調査)。高層オフィスや超高層ビルが該当し、フロア面積も広く複数社がワンフロアに入居可能です。テナント層:上場企業や大企業の本社・支社が主なテナントとなりやすく、信用力の高いテナントを誘致できます。契約面積も大きく長期契約を結ぶケースが多いため、安定した賃料収入が見込めます。収益性:立地が都心プレミア立地である場合が多く、賃料水準は高いですが物件取得価格も極めて高額です。そのため表面利回りは3〜5%程度と抑えられる傾向があります。ただし空室リスクは低く、満室稼働時の絶対額収入は非常に大きくなります。大規模ビルは少数でもポートフォリオ全体の収益に大きく寄与します。運営負担:建物規模が大きいため、専門のプロパティマネジメント会社による運営が不可欠です。設備も高度化・複雑化しており、中央監視や24時間警備、ビルメンテナンス要員の常駐など運営コストも高額です。しかし規模のメリットで経費率を抑制しやすく、共益費収入で賄える部分も多いです。流動性:市場での流通価格が数十億〜数百億円単位となるため、売買の相手は限られます。流動性は劣りますが、近年は不動産私募ファンドやREITが積極的に取得しており、優良な大規模ビルは市場性があります。また評価額も収益還元で算定されるため、パフォーマンス次第では高額売却益を狙うことも可能です。 中小規模オフィスビルの特徴 一般的な定義:延床面積300坪以上5,000坪未満程度のビルを指します(出典先:東京賃貸オフィスビル市場における修繕費の将来予測(2022年) | ザイマックス総研の研究調査)。地方都市ではそれ以下の小規模ビルも含みます。中低層でエレベーターが1基程度、ワンフロア100〜200坪以下のビルが多く、中小企業向けのテナント区画を有します。テナント層:ベンチャー企業や中小企業、支店・営業所、専門事務所など幅広い業種がテナント対象です。大企業のサテライトオフィス需要が入ることもあります。テナント契約期間は2年更新型が主流で、入退去が大規模ビルに比べ頻繁です。テナント与信は玉石混交となりやすく、賃料延滞や突発退去のリスク管理が重要になります。収益性:物件価格が相対的に低いため表面利回りは5〜8%と高めに設定できる場合があります。実際、東京23区のオフィスストックを見ると棟数ベースの92%を中小規模ビルが占め、その平均築年数は33.6年と高齢化しています(出典先:オフィスピラミッド 2022 | ザイマックス総研の研究調査)。築古ビルは価格が割安な分利回り確保がしやすい反面、空室期間が長引くと収支に即影響するためリーシング力が問われます。エリアによっては空室率10%以上の市場もあるため、ロケーション選びと賃料設定の巧拙が収益に直結します。運営負担:小規模ビルではオーナー自身が管理運営に関わるケースもありますが、基本的には専門のビル管理会社(BM)やPM会社に委託した方が効率的です。大規模ビルに比べ共用設備が簡素で、エレベーターや空調等の台数も少ないため、日常のランニングコストは低めです。ただし一室空室になると収入に占める割合が大きいため、こまめなメンテナンスとテナントフォローで退去防止に努める必要があります。流動性:売買市場では中小規模ビルは流動性が比較的高いです。特に東京の都心5区にある中規模ビルは、老朽化していても建替えやリノベ前提で投資ファンドが取得する例も多く見られます。個人投資家間でも数億円規模で流通しやすく、不動産市場が活況な局面では買い手がつきやすい資産です。ただし築古・地方の小型ビルは買い手付かずで流動性が低下する恐れもあります。以上のように、大規模ビルと中小規模ビルでは投資家層もリスクプロファイルも異なることが分かります。大規模物件は安定性志向で長期的に資産保有したい場合に適し、中小規模物件は工夫次第で利回り向上やバリューアップが狙えるアクティブな投資に適しています。自身の資金力や運営リソース、許容できるリスク水準に合わせて適切な規模帯を選択しましょう。なおポートフォリオを組む際には、大型物件と小型物件を組み合わせて分散投資することで互いの欠点を補完する戦略も考えられます。 第4章:賃料の査定方法と収益評価 オフィスビル投資では、物件から得られる賃料収入を的確に査定し、それに基づいて投資判断を下すことが重要です。賃料査定とは、そのビルならどの程度の賃料をテナントから得られるかを見積もる作業です。これは物件の現在価値(収益力)評価にも直結します。本章ではマーケット賃料の調べ方や査定の手法、投資採算性の基本的な指標について解説します。 マーケット賃料の把握 まず、対象物件の**市場賃料(マーケット家賃)**を知ることが出発点です。同エリア・同規模の類似ビルがどの程度の賃料水準で貸し出されているかを調査します。不動産仲介会社が公表している募集賃料情報や、市場レポート(例えばザイマックス総研の「オフィスマーケット指標」など)を参考に、基準階坪単価○○円程度、といった相場観を掴みます。また空室率動向も併せて確認し、需給バランスがオーナー有利かテナント有利か(賃料交渉力の強弱)を見極めます。たとえば東京23区の2024年第4四半期時点で新規成約賃料インデックスは89、空室率2.77%と依然低水準で、貸主有利の市況が続いています(出典先:オフィスマーケットレポート 東京2024Q4 | ザイマックス総研の研究調査)。近年はビルのグレード(設備や築年)による賃料格差も顕著です。同じエリアでも最新鋭の大型オフィスと築古の小ビルでは坪単価で数倍の開きがあります。ザイマックス総研の分析によれば、オフィス賃料は立地、建物規模、築年数、設備水準、さらには環境認証の有無など様々な属性で説明できます。環境性能の高いビルは賃料に+数%の上乗せ効果が確認されており(出典先:東京オフィス市場における環境不動産の経済性分析 | ザイマックス総研の研究調査)、昨今のテナント企業は快適で持続可能なオフィスを選好する傾向があります。したがって賃料査定では単に面積当たり相場を見るだけでなく、自社物件の強み(駅直結、免震構造、新築同様に改修済み等)や弱み(駅遠、旧耐震、エレベーター容量不足等)を考慮し、調整後の適正賃料を見積もることが重要です。 賃料査定の手法 賃料査定には大きく分けてマーケットアプローチと収益還元アプローチの二つの視点があります。マーケットアプローチ(賃料比較法):周辺の類似物件の賃料事例と比較して決定する方法です。「〇〇エリア・築20年・中規模ビルの平均坪賃料が1.5万円なので、自物件もおおよそそれに準じる」といった形で、実勢相場に合わせて賃料を設定します。需要が強ければ強気設定、競合が多ければやや安めに設定するなど、競争力を考慮した価格付けを行います。特に新規テナント募集時には市場競合物件との比較が欠かせません。ザイマックス総研は市場実態を示す指標として東京23区の「新規成約賃料インデックス」を公表しており、市場賃料のトレンド把握に有用です(出典先:オフィスマーケットレポート 東京2024Q4 | ザイマックス総研の研究調査)。収益還元アプローチ(収支バランス法):建物の運営にかかる費用と目標利回りから逆算して賃料を算定する方法です。具体的には「必要な純収益=物件価格 × 期待利回り」を満たすように賃料水準を決めます。例えば期待利回り5%・物件価格10億円の場合、年間純収入5千万円が必要となります。経費を差し引いた後に5千万円残すには賃料総額をいくらに設定すべきか、という考え方です。鑑定評価でも用いられる手法で、直接還元法とも呼ばれます(出典先:東京賃貸オフィスビル市場における修繕費の将来予測(2022年))。ただし期待利回り自体がマーケット水準に依存するため、結局は市場比較と合わせて検討することになります。賃料査定に際しては、賃料の種別にも注意しましょう。オフィス賃料には「坪当たり○○円」という坪単価表示が慣例ですが、これは共益費を含まない純賃料の場合と共益費込み(グロス賃料)の場合があります。一般には純賃料〇円/坪、共益費〇円/坪と別々に提示されるケースが多いです。また募集賃料(オーナー希望額)と成約賃料(実際の契約額)が異なることもあります。成約に際してフリーレント(賃料無料期間)の付与や、一定期間経過後の賃料見直し特約など条件面の調整も行われるため、表面的な募集賃料だけでなく実質的なテナントコストを踏まえた査定が必要です。 投資採算性の評価指標 賃料査定ができたら、それをもとに投資採算性を評価します。代表的な指標は次の通りです。純営業収益(NOI):年間の賃料収入からビルの運営費用(管理費、修繕費、税金等)を差し引いた純粋な収益です。例えば満室想定賃料1億円、運営費3千万円ならNOIは7千万円となります。購入価格に対するNOIの割合がNOI利回りであり、これは投資の収益性を示す基本指標です。キャップレート(還元利回り):物件の市場価値を評価するための利回りで、「NOI÷価格」で計算されます。投資家は市場で類似物件のキャップレートを参考にし、自分が許容できるキャップレートに基づき価格を判断します。前述の日本不動産研究所の調査では東京主要部のオフィスキャップレートは3〜4%台ですが、地方では5%超もみられます(出典先:〖公表資料〗第50回 不動産投資家調査(2024年4月現在)を公表 | 一般財団法人 日本不動産研究所)。キャップレートが低い=高値であり、安全資産ほど低く、不安要素の大きい資産ほど買い叩かれて高くなる傾向があります。DCF法によるNPV・IRR:大規模投資や長期保有判断では、将来のキャッシュフローを割引現在価値に換算して正味現在価値(NPV)や内部収益率(IRR)を算出する手法も用いられます。例えば10年間の賃料収入予測と売却予想額からNPVを計算し、0以上であれば投資妥当などと判断します。IRRはNPVをゼロにする割引率で、これが目標利回りを上回るかを見る指標です。DCF法は前提条件次第で結果が変わるため初中級者には難しいですが、投資期間全体での収支バランスを考えるうえで役立つ考え方です。これらの指標を総合して、物件の購入判断や保有戦略を検討します。たとえば「現在のNOI利回りは5%だが、改装すれば賃料アップで将来6%に改善できそうだ」「満室想定では黒字だが、空室率○%以上になると赤字転落する」といったシミュレーションを行い、十分な収益性の確保とリスクヘッジができるか確認します。特に借入を併用する場合は、ローン返済後の手取り収支(キャッシュフロー)が金利上昇や空室発生に耐えられる水準か慎重に見極めましょう。 第5章:オフィスビルの維持管理と修繕リスク オフィスビル投資では、取得後の維持管理(メンテナンス)が収益の持続性を左右します。適切な管理運営によってテナント満足度を高め、長期入居や賃料アップにつなげることが重要です。一方で、建物の老朽化に伴う修繕や設備更新には多額の費用がかかるため、計画的な資金手当も必要となります。この章ではビルの維持管理体制と典型的な修繕サイクル、そして管理・修繕に関わるリスクと対策について説明します。 維持管理の基本 オフィスビルの維持管理業務は大きくハード面とソフト面に分かれます。ハード面とは建物・設備そのものの保全で、日常清掃、設備点検、法定検査、故障対応、修繕工事などが該当します。ソフト面とはテナント対応や契約管理で、苦情対応、テナント募集(リーシング)、賃料請求・更新手続きなどを指します。一般にビルオーナーはこれら業務を**ビル管理会社(BM)やプロパティマネジメント会社(PM)**に委託します。BM(ビルマネジメント)は清掃・設備管理などハード維持を担い、PM(プロパティマネジメント)はテナント管理や収支管理などソフト運営を担うものです(出典先:不動産のPM, BM, AM, FMの違いとは?分かりやすく解説)。近年はPM会社がBM業務も一括して請け負う総合管理も増えています。専門会社に任せることでオーナーは戦略策定や意思決定に専念でき、不動産の資産価値最大化に経営資源を集中できます(出典先:プロパティマネジメント業界のリアル:将来性とキャリアパス - コトラ)。良好な維持管理の効果としては、テナント満足度の向上と建物寿命の延長が挙げられます。空調やエレベーターがいつも快適に稼働し、共用部が清潔で警備もしっかりしているビルはテナント定着率が高まります。結果として空室損失やリーシング費用を抑えられ、長期に安定した収入を得やすくなります。また日頃から設備点検や部品交換を行うことで、大規模な不具合や事故を未然に防ぎ、建物自体も長持ちします。ロングライフビル推進協会によれば、適切な維持管理により100年以上使用されているオフィスビルも存在します(出典先:ビルの建て替え築年数の目安は何年?建て替え時の注意点やポイントも解説|小田急不動産ソリューション営業部)。建物は放置すれば劣化が加速し、計画的に手を入れれば寿命が延びるものです。従って投資家は物件取得後、長期修繕計画を策定し、それに沿って資金を積み立てつつ管理会社と協力してビルの健康を保つ運営を行うべきです。 大規模修繕工事と修繕積立 オフィスビルでは、定期的に大規模修繕工事が必要となります。これは外壁や屋上防水、空調・給排水など建物全体にわたる更新工事で、マンションの修繕と同様におおむね12〜15年周期で実施するのが一般的な目安です(出典先:ビル大規模修繕工事の周期や費用目安を解説 - 新東亜工業)。ビルの場合はマンションほど厳密なガイドラインはありませんが、実務的には築10年超で中規模改修、15年前後で外装・設備の大規模改修、20〜30年で設備機器の更新、といったサイクルで工事が計画されます。例えば築15年を迎えるビルでは、空調機やエレベーターの更新、外壁タイルの再点検・補修、内装やトイレのリニューアルなどをまとめて行うケースが多いです。これら一連の工事には数千万円〜数億円単位の費用がかかります。そのため、オーナーは日頃から修繕積立金を確保しておく必要があります。毎月の家賃収入から一定割合を別口座に積み立て、将来の大規模修繕に備えます。修繕積立の目安額はビル規模や築年で異なりますが、ザイマックス総研の推計では東京23区全体で年間4,000〜5,000億円規模の修繕費が発生しており、特に今後20年間は毎年4,500億円超の需要が見込まれています。大規模ビルは中小ビルの約1.5倍の延床ストックを有し設備も多いため、年々修繕費総額で大きく上回って推移する見通しです。一方、中小ビルは既に築古化が進んでおり順次建替えが進むことで、長期的には修繕費需要が減少する傾向にあります(出典先:東京賃貸オフィスビル市場における修繕費の将来予測(2022年) | ザイマックス総研の研究調査)。こうしたマクロ動向も踏まえ、自身の物件について何年後にどの程度の修繕コストが必要か計画を立てましょう。修繕工事の実施時期にはテナント調整も伴います。工事内容によってはテナント入居中に施工可能なもの(夜間施工や区画毎の施工)もありますが、騒音を伴う外壁工事などはビル全体を一時空けて行う場合もあります。その際にはテナントに退去・仮移転してもらう必要があり、工事明けに戻ってもらえる保証はありません。したがって工事とテナント入替のタイミングを計り、契約更新周期と合わせて計画することが求められます。大規模ビルではフロアごと順次改修してテナントをシフトさせる方法も取られますが、中小ビルでは一括して行うケースが多いです。オーナーはテナントに対し十分説明を行い、合意形成を図りつつスケジュールを組みましょう。 維持管理・修繕に関わるリスクと対策 維持管理や修繕に関連して留意すべきリスクには以下のようなものがあります。設備故障リスク:老朽化したエレベーターや空調設備が突然故障すると、テナント業務に支障をきたし信頼低下につながります。対策としては日常点検の徹底と、故障の兆候があれば早めの予防交換を行うことです。また主要設備についてメーカー保守契約を結び、万一の故障時にも迅速な修理が受けられる体制を確保します。予備部品のストックも有効です。修繕費用オーバーラン:想定より修繕費が膨らみ、資金が不足するリスクです。これは積立不足や工事範囲の拡大で生じます。対策として、早め早めの改修で一度に巨額の工事とならないよう平準化する、修繕積立の計画を甘く見積もらない、必要に応じて金融機関からの修繕ローン(工事資金借入)を活用する、といったことが挙げられます。管理不備による資産価値毀損:管理が行き届かないと建物劣化が進み、賃料低下や空室増加を招きます。例えば清掃不良で共有部が汚い、水漏れを放置して躯体腐食、といった事態は資産価値に直結するリスクです。信頼できる管理会社を選定し、オーナー自身も定期的に物件を巡回して現状を把握することが重要です。管理状況のチェックリストを作り、問題を早期に是正する仕組みを持ちましょう。法令違反リスク:建築基準法や消防法などの法令遵守も管理上の必須事項です。エレベーターや防火設備の法定検査を怠ると違反となり、最悪場合によって使用停止命令等が出ます。定期報告や検査を確実に実施し、記録を保存しておきます。また耐震性能も重要で、旧耐震ビルなら耐震診断を行い補強工事の検討が必要です。大地震で倒壊の危険がある建物はテナントから敬遠されるだけでなく、所有者責任も問われかねません。維持管理と修繕はコスト要因ではありますが、見方を変えれば競争力を維持するための投資とも言えます。築年が浅いうちは利益を蓄えつつ、必要な時期にしっかり手を打つことで、物件の魅力と収益力を長持ちさせることができます。資産価値向上につながる改修(省エネ化やアメニティ改善など)には積極的に取り組み、時代のニーズに合ったオフィス環境を提供していく姿勢が大切です。 第6章:築年数別の投資戦略 オフィスビル投資では物件の築年数(経過年数)も重要なファクターです。新築・築浅物件と築古物件では収益性や戦略が異なります。この章では築年の異なる物件への投資戦略や留意点を整理します。 新築・築浅ビルへの投資 築後間もないビル(例えば築5年未満)は設備や内装の状態が良好で、当面は大規模修繕の必要もありません。テナントにとっても最新のオフィスは魅力的であり、賃料も高めに設定できます。減価償却費の観点でも、新しい建物ほど残存耐用年数が長く十分な減価償却費を計上できるため、所得税の節税効果も享受できます。新築ビルへの投資では、物件取得価格が高額になりがちな点に注意が必要です。収益に対して価格が割高だと利回りが低下し、投資効率が悪くなります。とはいえ、新築プレミアムとして将来的に賃料下落しにくいというメリットもあります。特に優良立地の築浅ビルは資産価値の維持力が高く、中長期で見れば安定したリターンが期待できます。出口戦略(売却)においても、築浅物件は買手需要が旺盛なため流動性が高い傾向があります。新築ビル投資で重要なのは開発リスクをどう見るかです。自ら開発する場合はテナントリーシングの不確実性や建設コスト高騰リスクがありますが、既に満室稼働中の築浅物件を取得するならそのリスクは低減します。ただしリートや機関投資家との競合で価格が上振れしやすいため、想定利回りと安全性のバランスを見極めることが必要です。 築古ビルへの投資 一般に築20年、30年、40年と築年を重ねたビルは価格が割安になる分、高利回りを確保しやすくなります。例えば築30年超の中小ビルは、同エリアの築浅物件に比べ売買価格が大幅に低いため、賃料水準次第では表面利回りで8〜10%に達するケースもあります。高いインカムゲインを狙える点が築古物件投資の魅力です。しかし築古ビルにはいくつかのチャレンジがあります。まず設備・内装の陳腐化によるテナント離れのリスクです。築30年以上のビルでは空調や給排水が旧式で使い勝手が悪かったり、内装デザインが古臭かったりして、募集してもテナントが付きにくい状況が起こりえます。このため取得後に一定のリノベーション工事を行い、オフィス環境を現代水準に引き上げる戦略が求められます。例えばWi-Fi環境の整備、LED照明への更新、トイレや給湯室の改装など比較的低コストで効果の高い改修から手掛けると良いでしょう。次に耐震性の問題があります。1981年の新耐震基準施行前に建てられた旧耐震ビルの場合、耐震補強工事の実施や建替えの検討が必要です。大地震で被災した際に倒壊・大破するリスクが高い建物は、テナント企業の事業継続計画上も敬遠されます。築年が古いビルを購入する際は、事前に耐震診断結果や補強工事歴を確認し、場合によっては購入後に耐震補強を行う前提でコスト算入しておくべきです。さらに築古物件ならではの高リスク高リターンをどう捉えるかもポイントです。ロングライフビル推進協会のアンケートでは、業界関係者の多くが「賃貸オフィスビルの寿命は50〜60年程度」と考えているという結果が出ています。実際、築50年以上で建替えられる例が多いのが現状です(出典先:ビルの建て替え築年数の目安は何年?建て替え時の注意点やポイントも解説|小田急不動産ソリューション営業部)。つまり築40年を超えるような物件はあと10〜20年で建替え期が訪れる可能性が高く、いわば「残存期間限定」の投資になります。この期間に投下資本を回収し尽くすには相応の収益が必要です。したがって築古物件へ投資する際は、短期間での回収シナリオを描き、必要なら売却益も狙ったアクティブな運用計画を立てます。逆に長期保有には向かないことを認識しましょう。 築年戦略のまとめ 築浅物件:安定運用向き。低リスク低リターン傾向だが資産価値保全力が高い。長期保有でじっくり運用したい場合に適する。減価償却メリット大。中堅築年物件(築10〜20年台):適度に価格がこなれ利回り確保もしやすいバランス型。初回の大規模修繕を終えていれば運用も読みやすい。リーシングも比較的容易で、初心者にも扱いやすい。築古物件(築30年〜):高利回りだがハイリスク。バリューアップや早期回収など積極型の運用が求められる。耐震・設備リスクの精査が不可欠で、出口(建替え・売却)の視野も忘れずに。このように築年による戦略を使い分け、自身の投資方針に合致した物件を選ぶことが大切です。たとえば堅実志向であれば築浅〜中堅物件を選び、キャッシュフロー重視なら敢えて築古高利回り物件に挑戦するといった判断になります。複数物件を組み合わせてポートフォリオを組む場合は、築年を分散させることで修繕タイミングの集中を避ける効果もあります。いずれにせよ、築年は物件の「体力」に関わる指標ですので、過去の修繕履歴や現在の建物コンディションも確認しつつ、その物件の残存ポテンシャルを正しく見極めましょう。 第7章:オフィスビル投資の税務・法務の基礎 オフィスビル投資には様々な税金や法律上のルールが関わります。基本的な税務・法務知識を押さえておくことで、予期せぬコスト負担やコンプライアンス違反を防ぎ、適切な計画を立てることができます。 主な税金と節税ポイント 不動産取得税:物件取得時に一度だけ課される地方税です。取得した不動産の評価額に対して基本4%(※2024年3月までは軽減特例で3%)の税率が適用されます。取得後半年〜1年以内に都道府県から納税通知が届きます。オフィス用途の場合、住宅のような軽減措置が少ないため事前に資金計画に入れておきましょう。登録免許税:不動産の所有権移転登記や抵当権設定登記の際にかかる国税です。所有権移転は評価額の2%(会社間取引の場合)など、登記内容によって定められた税率があります。こちらも取得時のコストとして考慮が必要です。固定資産税・都市計画税:毎年1月1日時点の所有者に課される地方税で、不動産を保有している限り毎年支払います。固定資産税は課税標準評価額の1.4%が標準税率です(出典先:固定資産税・都市計画税(土地・家屋)|不動産と税金 - 東京都主税局)。東京都など多くの市区町村ではこの1.4%で課税されています。都市計画税は市街化区域内の不動産に課されるもので、税率0.3%(制限税率上限)を課す自治体が多いです。例えば評価額1億円のビルなら年間固定資産税140万円、都市計画税30万円、合計170万円程度が毎年かかる計算です。固定資産税評価額は新築時に時価の7〜8割程度で設定され、その後3年ごとに評価替えされます。築古になると評価額が下がり税額も減る傾向です。節税策としては、固定資産税評価額が実勢価格より高すぎる場合に評価見直しを申請する、耐震改修や省エネ改修を行い一定期間税額の減免を受ける(自治体の減税制度)などがあります。所得税/法人税:不動産賃貸による利益には所得税(個人)または法人税(会社保有)が課されます。個人の場合、賃料収入から経費(減価償却費や金利など含む)を引いた不動産所得が総合課税の対象となり、他の所得と合算して累進税率で課税されます。一方、法人でビルを所有している場合はその所得が法人税等(実効税率約30%前後)で課税されます。減価償却は大きな節税ポイントで、建物部分の価値を耐用年数に応じて毎年費用計上でき、課税所得を圧縮します。鉄筋コンクリート造オフィスの法定耐用年数は50年(中古取得の場合は経過年数に応じ短縮あり)です。例えば築10年のRCビルを購入した場合、残耐用年数40年として建物価額を40年で償却できます。高額な建物を取得すると当初は減価償却費も大きく、帳簿上赤字=所得税ゼロとしつつ家賃収入を得る、といった運用も可能です。ただし減価償却が終わると課税負担が増すため、長期保有では税引後CFの変化に注意が必要です。消費税:オフィスなど事業用賃貸は家賃に消費税が課税されます。現在は税率10%で、テナントは家賃と別に消費税を支払います。一方、住宅の賃料は非課税とされています(出典先:No.6226 住宅の貸付け|国税庁)。オフィスオーナーは課税事業者として消費税申告を行い、受け取った消費税から支出側の消費税(建物取得や経費に含まれる)を相殺できます(仕入税額控除)。そのため、ビル購入時に支払った消費税(物件価格のうち建物部分に課税)は賃料収入に応じて数年かけて取り戻せる計算になります。ただし空室が多く課税売上が少ないと控除しきれないケースもあるため、消費税還付スキームなど高度な手法を用いる場合は税理士に相談してください。譲渡所得税:物件売却益には譲渡所得税(個人なら分離課税20%〜39%、法人なら通常の法人益として課税)がかかります。個人の場合、5年超保有で軽減税率(約20%)が適用されます。相続人が相続によって取得した不動産を売却する際も一定の特例があります。節税策としては、売却時に他の不動産の買換えを行い特定の要件を満たせば譲渡益課税の繰延べができる「特定事業用資産の買換特例」などがあります。将来売却を視野に入れるなら、こうした税制も把握しておきましょう。 賃貸借契約と不動産関連法規 借地借家法:オフィス賃貸借は事業用であっても借地借家法の適用を受けます。普通借家契約では借主保護が強く正当事由なしに解約できませんが、オフィスでは契約期間満了で確実に退去いただくため定期借家契約(事業用定期借家を含む)を結ぶことが一般的です。定期借家契約では契約更新がなく期間終了で契約終了となります。ただし契約時に公正証書などで定期借家であることの通知をする必要があります。期間中の中途解約条項も合意すれば入れることは可能です。契約書には賃料、共益費、保証金(敷金)、賃料改定条件、原状回復条件など細かい取り決めを記載します。特に原状回復についてはトラブルが多い点ですので、国土交通省ガイドライン等に沿って費用負担区分を明確に定めておく必要があります。建築基準法・都市計画法:物件の建築用途や改装には建築基準法上の規制があります。オフィスビルを他用途(ホテルやマンション等)にコンバージョンする場合や、大規模な用途変更を行う場合は法的適合性を確認し、必要な手続きを踏みましょう。また用途地域によってはオフィスとして使えないエリアもあります(住宅専用地域など)。購入前のデューデリジェンスで用途制限をチェックすることが重要です。消防法:延床面積や収容人員に応じて消火設備や避難設備の設置義務があります。テナントが入れ替わりレイアウト変更する際も、防火区画や避難経路の確保に注意が必要です。万一消防検査で不適合が見つかれば是正指導を受け、是正できないと使用停止になるリスクもあります。ビル管理会社と連携し定期点検を確実に実施しましょう。不動産特定共同事業法:個人投資家から小口資金を募ってオフィスビル投資を行う場合(クラウドファンディング等)はこの法律の適用を受けます。適切な許可を得て事業スキームを組成する必要がありますが、通常一棟買い投資では関係ありません。とはいえ将来的に物件を小口化して売却する出口もあり得るため、大口物件を取得する法人投資家はこの制度も念頭に置くことがあります。その他の法律:この他、テナントが入居する際には建物オーナーとしてテナントの業種に関連する法的義務を負う場合があります(例えば貸ビル業としての電気事業法やエネルギー供給構造高度化法の届出義務等)。また反社会的勢力排除条項を契約に盛り込むことや、暴力団等に物件を使わせない社会的責任もあります。不動産取引では宅地建物取引業法に基づき重要事項説明や契約書交付が必要ですが、自社物件を自ら賃貸する場合は宅建業には該当しません(他人の物件を仲介・代理する場合のみ)。とはいえ専門知識を持った宅地建物取引士や弁護士の助言を得ながら契約実務を進めることをお勧めします。税務・法務は専門性が高いため、具体的な取引時には税理士や弁護士、不動産コンサルタントのサポートを受けると安心です。基礎知識としては上記のポイントを押さえつつ、不明点は専門家に確認しながら適法・適正な運用を心がけましょう。 第8章:資金調達の方法と留意点 オフィスビル投資は高額な資金が必要となるため、多くの場合金融機関からの融資(ローン)を活用します。適切な資金調達戦略を立てることで、自己資金効率を高めつつ無理のない返済計画で投資を実行できます。この章では主な資金調達手段と、そのメリット・注意点を解説します。 不動産融資(プロパーローン) 銀行や信託銀行が提供する不動産担保ローンは、オフィスビル投資の主要な資金調達源です。物件そのものを担保に入れ、将来の賃料収入を返済原資として融資を受けます。融資割合(LTV:Loan to Value)は物件評価額の70〜80%程度が上限となるケースが多いですが、物件の収益力や借り手の信用力によって柔軟に設定されます。自己資金20〜30%+融資70〜80%でレバレッジを効かせ、手元資金以上の規模の物件を取得できるのが強みです。日本の低金利環境では不動産ローン金利も比較的低水準に抑えられてきました。都市銀行や一部の地方銀行では優良案件に対し年1%台前半の金利で融資する例もあります。他方で小規模物件や借り手属性によっては年2〜3%台の金利提示となることもあり、金融機関ごとの積極姿勢に差があります(出典先:【2025年】不動産投資の融資はどう受ける? 金融機関別の特徴と ...)。融資期間はビルの耐用年数やテナント契約期間を考慮して10〜30年程度で設定されます。長期固定金利型か変動金利型かも選択できますが、近年は将来の金利上昇リスクを懸念して固定金利を選ぶ投資家も増えています。留意点として、融資には審査が伴い希望通りの融資額が出ない可能性があること、返済が滞れば担保物件を失うリスクがあることを認識しましょう。融資審査では物件収益だけでなく、借り手の財務状況・資産背景や不動産投資経験も見られます。特に個人で大口融資を受ける場合、年収や保有資産に対して過剰な借入とならないよう金融機関も慎重です。借入条件が整えばレバレッジ効果で自己資金当たりの利回り(ROI)を高められますが、空室が出て返済原資が減ると自己資金から補填せざるを得なくなるため、安全余裕をもった借入比率に留めることが肝要です。目安として、DSCR(債務返済カバー率:年間純収益÷年間元利支払)が1.2以上確保できる範囲で借入額を設定すると安心です。 ノンリコースローンと証券化 超大規模なオフィスビル投資やポートフォリオ投資では、ノンリコースローン(非遡及型融資)が活用されることもあります。これは物件から生まれるキャッシュフローと担保価値のみに基づいて貸し付ける融資で、万一返済不能となっても貸し手(金融機関)は借り手個人や企業の他財産に遡及しないというものです。SPC(特定目的会社)を設立してそのSPCに物件を保有させ、SPCがノンリコースローンを借り入れる形で行われます。借り手にとっては個人保証などを求められず破綻時のリスクが限定されるメリットがありますが、貸し手にとってはリスクが高いため、通常は物件の安定度が非常に高い場合に限られます。金利も通常融資より高め(例:+0.5〜1%程度)になります。またJ-REITなどの不動産証券化商品も資金調達の間接的手段と言えます。自ら投資口を発行して資金を集める場合は不動産特定共同事業や私募ファンド組成など高度なスキームになりますが、一般の投資家が利用することは稀です。むしろ自らREITに出資することで間接的にオフィス物件を保有しリターンを得る、といった形であれば小口資金で分散投資可能です。ただ本稿の範囲は一棟投資ですので、ここでは触れるにとどめます。 資金調達に関するアドバイス 複数の金融機関に相談:不動産融資の姿勢は銀行ごとに異なるため、メインバンクだけでなく地銀・信金・ノンバンクなど複数当たってみるのがおすすめです。金融機関によっては「その地域のビルなら是非融資したい」という案件もあります。競合させることで条件が好転する場合もあります。金利タイプの選択:史上低金利が長く続いていますが、将来的な金利上昇リスクも念頭に置きましょう。変動金利は現在有利でも、上昇局面では返済負担が増します。固定金利は安心ですが金利水準は高めです。期間ごとのミックス(一部固定・一部変動)も検討し、金利ヘッジを意識した組み合わせを。融資期間の設定:長めに組めば月々返済額は減りキャッシュフローに余裕が出ますが、総返済利息は増えます。短すぎると毎年の返済負担が重くなり、空室時に赤字リスクが高まります。物件の収益寿命や自己資金投入額とのバランスで決めます。目安として、主要テナントの契約期間より長めの融資期間を確保しておくと安心です。自己資金と緊急予備:融資を引いても自己資金ゼロで買えるわけではありません。頭金に加え、購入諸費用(登記費用・仲介手数料・税金等で物件価格の約5〜7%)も現金で必要です。さらに予備費として、突発的な修繕や空室が出た場合に半年〜1年程度のローン返済をまかなえる資金を確保しておくべきです。手元流動性の確保は不動産投資の安全弁と言えます。契約条項の確認:金融機関とのローン契約では、物件の追加担保提供義務や財務制限条項、デフォルト条件などを確認します。例えばLTVが大きく悪化した場合に追加保証金要求や繰上償還条項があると、マーケット悪化時に資金繰りが逼迫しかねません。事前に融資担当者とシナリオをすり合わせ、無理なく遵守できる条項に留めます。以上の点を踏まえ、健全な資金繰り計画を策定しましょう。借入はレバレッジの両刃であることを忘れず、強気に頼りすぎない慎重さが長期成功には不可欠です。一方で適度な借入活用は自己資本利益率の向上につながりますので、リスク管理と収益性向上のバランスを取りつつ上手に活用してください。 第9章:オフィス経営に必要な専門家・取引先 オフィスビル投資を円滑に進め、安定経営していくには、様々な分野の専門家やビジネスパートナーの力を借りることが欠かせません。ここでは主な「チームメンバー」としてどのような取引先が必要になるか、その役割を整理します。不動産仲介会社(売買ブローカー):物件を取得する際には、信頼できる不動産仲介会社の存在が重要です。市場に出回る有力な売物件情報をいち早く入手し、適正価格かどうかアドバイスを受けられます。大手仲介会社(CBRE、三菱地所リアルエステートサービス等)から地域密着の不動産会社まで、規模に応じてパートナーを選びましょう。購入だけでなく将来の売却時にも仲介会社のネットワークが活きます。金融機関担当者:前章の資金調達でも触れた通り、銀行など金融機関とは長期的な関係構築が必要です。融資相談に応じてくれる融資担当者は心強い味方です。物件購入の都度融資を打診するのではなく、日頃から投資方針や所有資産について情報共有し、信頼関係を築いておくと良いでしょう。メガバンク、地銀、ノンバンクなど複数の金融機関と接点を持ち、金利動向や融資姿勢の情報収集も忘れずに。プロパティマネージャー(PM):物件購入後、賃貸運営の実務を任せるプロパティマネジメント会社は経営の要です。PM会社はオーナーに代わってテナント募集、契約交渉、賃料回収、テナント対応、レポーティングなど一連の賃貸管理を行います(出典先:不動産のPM, BM, AM, FMの違いとは?分かりやすく解説)。優秀なPMは適切な賃料設定や稼働率向上策を提案し、オーナーの利益最大化に貢献します(出典先:プロパティマネジメント業界のリアル:将来性とキャリアパス - コトラ)。PM会社選定時は実績(同エリア・同規模ビルの管理実績)、担当者の力量、報酬フィー(通常賃料収入の数%)などを比較検討してください。ビルメンテナンス会社(BM):日常の清掃・設備管理・警備などはビルメン会社が担います。PM会社が包括管理する場合でも、実際の現場作業はビルメン会社が行います。大手ビルメン会社(ビル代行、東急コミュニティー等)から地域の業者までありますが、建物の規模やグレードに見合った業者を採用します。作業品質や緊急対応力がポイントで、テナントの快適性に直結するため手を抜けません。ビル管理士資格者の配置状況なども確認しましょう。設計・施工会社:リノベーションや改修工事を行う際には、建築設計事務所や施工会社(ゼネコン、設備業者など)との付き合いが発生します。小規模改修であればビルメン会社経由で手配できますが、大規模リニューアルや用途変更工事などでは信頼できる設計・施工パートナーが必要です。過去に似たプロジェクトを手掛けた実績がある会社を選びます。複数社から見積を取得し、コストだけでなく工期や提案内容も比較して決めましょう。弁護士・司法書士:賃貸借契約書のリーガルチェックやテナントとのトラブル対応、物件購入時の契約・登記手続きなどで法務専門家のサポートが求められます。弁護士は契約書レビューや紛争時の交渉代理、司法書士は所有権移転登記や抵当権設定登記などを担当します。不動産案件に強い法律事務所・司法書士事務所を確保しておくと安心です。顧問契約を結ぶほどでなくとも、必要なときにすぐ依頼できる窓口を持っておきましょう。税理士・会計士:不動産所得の確定申告や所有法人の決算処理、税務相談には税理士が不可欠です。減価償却や消費税還付など不動産特有の論点に通じた税理士を選任しましょう。物件購入前の段階でシミュレーションを依頼し、税引後手取りベースでの収支予測を立てるのも有効です。また公認会計士は不動産証券化や評価に関与することがありますが、通常の一棟投資では税理士が兼務するケースが多いです。テナントリーシング仲介:空室発生時に新たなテナントを見つけるには、賃貸仲介会社の協力が必要です。オフィス仲介を専門とする業者(ビル仲介)に募集を依頼し、テナント企業を内見・契約へと誘導してもらいます。PM会社が窓口になることも多いですが、広く仲介ネットワークに情報を流すことが早期満室化につながります。仲介手数料(通常賃料の1ヶ月分相当/テナントと折半)は発生しますが、空室期間の損失に比べれば安い投資と言えます。保険会社:火災保険や地震保険への加入は必須です。万一の火災・災害に備えて物件に適した保険商品を選びます。テナントの賠償責任をカバーする施設賠償責任保険も検討しましょう。保険代理店や保険会社との相談を通じ、補償内容と保険料のバランスを考えて加入します。このように、多岐にわたるパートナーと連携しながらオフィスビル経営は成り立っています。投資家はプロジェクトマネージャーとして各専門家を統括し、適切に指示・判断を下す立場となります。信頼できるチームを築けば、自身の負担を軽減しつつ専門性を最大限活用できます。逆にパートナー選びに失敗すると、不適切な運営で物件価値を損ねかねません。評判や実績を調べ、相性も見極めながら、長期的に協働できる関係を目指しましょう。 第10章:オフィスビル投資の主要なリスクと対応策 最後に、オフィスビル投資に内在する主要なリスクを整理し、それぞれの対応策・ヘッジ方法を確認します。リスクを正しく認識し対策を講じておくことが、安定した不動産経営には不可欠です。景気変動・市況リスク:オフィス需要は景気に連動するため、不況期には空室が増え賃料は下落するリスクがあります。実際、2008年リーマンショック後や2020年コロナ禍では東京の空室率が急上昇し賃料も調整局面に入りました。例えば東京都心部Aクラスビル空室率は2019年末の0.9%からコロナ後にわずかながら上昇したとの分析があります(出典先:BUILDING TOKYO 2019年9月号 No.272)。対応策として、好況期に強気の賃料設定をしすぎず永続的に賃借したいテナントを囲い込む、複数年の長期契約を結ぶ、テナント業種を分散させ景気循環の波長が異なる組み合わせにする、といった工夫が有効です。また修繕積立や積立金を十分に確保し、一時的に空室が出ても耐えられるキャッシュリザーブを持っておくことも大事です。空室・テナント退去リスク:主要テナントの退去や予想外の大量空室発生は、収入減少に直結する深刻なリスクです。とりわけ一棟一社利用のビル(単独テナントビル)は退去=収入ゼロとなるため注意が必要です。対策はテナント満足度向上と関係構築に努め長期入居してもらうことです。定期的にオーナー挨拶やヒアリングを行い、不満点は改善する姿勢を示します。また常に次のテナント候補を念頭に置き、マーケット動向をウォッチします。主要テナントが契約更新しない兆候があれば、早めに仲介経由で次候補をリストアップするなど先手のリーシング活動を行います。保証金(敷金)を多めに確保しておくことで、退去時の原状回復費補填や賃料ロス補填に備えることもできます。賃料下落リスク:既存テナントとの契約更新時に賃料ダウンを要求されたり、新規募集賃料を下げざるを得なくなったりするリスクです。不況期や競合物件増加時に顕在化します。対応策は物件競争力の維持向上です。他の空室物件より自ビルを選んでもらえる付加価値(共用部リニューアル、サービス充実など)を提供し、安易な値下げ競争に陥らないようにします。ただし市場相場自体が下がっている場合は、思い切って値下げし満室維持する方が長期的に有利なこともあります。機を見て適正水準に調整し、空室期間を引き延ばさない判断も必要です。テナント信用リスク:入居テナントが家賃滞納や倒産するリスクです。特に中小企業テナントではゼロではありません。対策として契約時に与信チェックをしっかり行い、保証金(一般に賃料の6〜12ヶ月分)を確実に預かります。場合によっては保証会社の利用や親会社保証を求めることも検討します。滞納が発生したら早期に督促し、悪化するようなら法的手続きも視野に入れます。複数テナントがいる場合、一社の滞納でローン返済に窮することのないよう資金管理しておくことも重要です。金利・為替リスク:借入金利が変動するローンでは、将来的な金利上昇が支出増を招くリスクがあります。また海外投資家の場合は為替変動で実質投資リターンが影響を受けます。金利リスクへの対策は、固定金利選択やデリバティブ(スワップ)で上限をヘッジすることです。為替リスクは、円建てで調達・運用する、為替予約を入れるなどである程度カバーできます。いずれにせよストレステスト(金利があと2%上がったら...等)を行い、許容範囲を超える場合は資本増強や借換えで対処する必要があります。老朽化・陳腐化リスク:建物の経年劣化によりテナント誘致力が低下するリスクです。新築ラッシュの局面では築古ビルは見劣りしてしまいます。対応策は計画的なリニューアル投資です。築年10〜20年での内装刷新、OAフロア化、空調更新などで競争力を維持します。テナントの要望を取り入れ、例えば防犯カメラ設置やEV待ち時間短縮策などソフト面も改善しましょう。陳腐化が著しい場合はいよいよ建替えの検討時期です。建替えは費用負担が大きいですが、更地売却や他社との共同再開発など選択肢も含め、出口戦略として見据えておきます。災害リスク:地震・火災・風水害などのリスクは常につきまといます。大地震で倒壊すれば資産は一瞬で毀損し、テナントも退去せざるを得ません。対策として耐震補強済み物件を選ぶ、適切な保険に加入する、非常用発電設備などを備え災害時もテナントの事業継続をサポートできる体制を整える、といったことが考えられます。BCP(事業継続計画)の視点で建物の安全性を高めておくことは、テナントへの訴求点にもなります。日頃から防災訓練や設備点検を怠らず、有事に的確に対応できるビル管理を行いましょう。流動性リスク:市場環境によっては売却したい時に買い手がつかず、資金化できないリスクです。特に地方の大型物件や借地権付きビルなど流動性が低い資産は注意が必要です。対応策は、資産ポートフォリオ全体で適度に流動性の高い物件も組み入れておくことです。いざという時はそちらを売却して現金化することで凌げます。また平時から不動産マーケットの動向にアンテナを張り、売り時・買い時を逃さない判断が求められます。出口戦略までシナリオを描いて投資することで、いざという時に慌てずに済みます。以上、主なリスクと対策を挙げました。すべてのリスクをゼロにすることは不可能ですが、事前に備えることで被害を最小化し、リターンの安定性を高めることはできます。一般にオフィスビル投資は住宅よりリスク・リターンともに高いとされ、市場や運営次第で成果が大きく変わります。リスク管理こそが優れた不動産投資家の真骨頂です。適切な情報収集と分析によってリスクをコントロールし、長期的な成功を目指しましょう。 おわりに ここまでオフィスビル投資の基礎から実践ポイントまで包括的に解説しました。オフィスビルは高額で専門性も要求される資産ですが、その分だけ正しい知識と戦略に基づいて運用すれば大きなリターンをもたらしてくれます。本稿で述べたように、優良な立地選び、適切な規模と築年の判断、精緻な賃料査定、徹底した維持管理、各種リスク対策など、一つひとつのステップを着実に踏むことが成功への道です。実際の投資にあたっては、常に最新の情報をアップデートしつつ、信頼できる専門家チームと二人三脚で取り組むことをお勧めします。不動産市場や法制度は変化しますので、公的機関や業界団体が発信するデータ(出典先:オフィスピラミッド 2022 | ザイマックス総研の研究調査)やレポート(出典先:BUILDING TOKYO 2019年9月号 No.272)にも日頃から目を通し、市場の潮流を読み解く習慣を持ちましょう。そして何より、投資は自己責任です。メリットとデメリットを冷静に比較衡量し、ご自身の目的に合致した計画を立てながら、一歩ずつ着実にオフィスビル経営の経験を積んでいってください。豊富な知識と綿密な準備に裏打ちされた投資判断こそが、大切な資産を守り育てる最善の策です。不確実性の時代にあっても、確かな戦略を持つ投資家はチャンスを掴み、安定した資産形成を実現できるでしょう。皆様のオフィスビル投資が成功し、将来にわたって豊かな果実をもたらすことを願っております。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ代表取締役 羽部 浩志 1991年東京大学経済学部卒業 ビルディング不動産株式会社入社後、不動産仲介営業に携わる 1999年サブリース株式会社に転籍し、プロパティマネジメント業務に携わる 2022年サブリース株式会社代表取締役就任(現職) ライフワークはすぐれた空間作り 2026年1月29日執筆2026年01月29日 -
プロパティマネジメント
その“徒歩8分”は本当に8分か?―賃貸オフィス選定に効く“歩きにくさ”の見える化
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「その“徒歩8分”は本当に8分か?―賃貸オフィス選定に効く“歩きにくさ”の見える化」というタイトルで、2026年1月28日に執筆しています。少しでも、皆さんに新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次序章:同じ徒歩8分でも、毎日の使い勝手はまるで違う。場所は“駅距離だけ”で測れない。第1章:徒歩時間は物理的な距離だけでは測れない―WPSとAWTで可視化する歩行の摩擦1-1. WPSとAWT:扱う数値は2つ1-2.「WPS(歩行負担スコア)」の作り方1-3. 手順:現地調査30分でやること(迷わない手順)1-4.判定ライン(採用・来客等、用途の目安と使い分け)1-5. WPSとAWTの2本立て運用の要点1-6. 具体例:段階計算付きで理解するWPS評価1-7. WPSを変えずに印象を変える1-8. WPS記録テンプレートと運用チェックリスト結びに代えて―場所性の評価軸は、歩行だけでは終わらない 序章:同じ徒歩8分でも、毎日の使い勝手はまるで違う。場所は“駅距離だけ”で測れない。 「徒歩8分」――それだけでは、判断できない。不動産広告では、徒歩1分=80mという決まりに従って、距離を「○分」に換算するのが通例だ。パンフレットの物件概要欄に並ぶ「徒歩8分」という表記は、横断歩道が2つのルートでも、5つ+坂道を越えるルートでも、まったく同じ数字で記載されている。だが、同じ「徒歩8分」でも、体感は違う。賃貸オフィスビルの「徒歩分数」は、それだけでは“使いやすさ”を測れない。それでも、「駅から徒歩○分」は物件の第一印象として圧倒的な影響力をもつ。だからこそ、私たちはこの数値の裏に隠れてしまう差異――「歩きやすさ」「接続の質」「地理的な効率」といった要素を、工夫して別の軸を以て見える化していこうかと思っている。 賃貸オフィスを借りるのは、オフィスの名刺上の“住所選び”のためだけではない。そこで毎日の仕事を効率的かつ効果的に回していかなくては、という選択である。だからこそ、駅距離に加えて、業務そのものの動線や、チームの稼働効率、来客導線、出入りの自由度など、実務視点での「場所の使い勝手」が決定的に重要になる。たとえば、以下のような問いを立ててみると、その違いが見えてくる。駅からのアクセスは、物理的な距離以上に、“歩行の質”に左右されていないか?最寄駅は複線接続できるか?快速は止まるか?振替輸送で遅れを吸収できるか?この場所は、取引先や裁判所や主要顧客との距離で見たときに、どれだけ効率的か?周辺には、昼休みの30分で必要な用事が片付くインフラが揃っているか?そして、建物到着後にエレベーター待ちや受付処理で“詰まらない”か?こうした“体験としての場所性”は、物件案内のチラシでは分からないし。よしんば、内見をしたとしても、その一回の内見では把握しきれない。そして、それゆえに見落とされたまま入居に至ったテナントの中で、不満がじわじわと積み重なり、結果として更新率の低下につながっているケースもあるかもしれない。さらにその影響が、知らず知らずのうちに物件価値を押し下げてしまっている可能性もある。本コラムでは、賃貸オフィスビルにおける「場所性」を、以下の7つの観点から分解して捉え直す。 (1)歩行の摩擦交差点の数、信号の待ち、坂・階段、曲がり角の回数、雨の日の濡れ具合。→同じ分数でも“疲れる/迷う”が違う。毎日の負担=採用・定着・来客の歩留まりに直結。(2)複線接続(遅延リスクの分散)2路線以上の実効アクセス/快速停車の有無/振替の現実性。→遅延耐性が高い場所ほど“遅れないチーム”になる。(3)来客の発生源とのアクセス取引先集積、官公庁・法務局・裁判所、展示会場、主要顧客のオフィス帯。→徒歩+電車の乗車区間の実効時間で測る。“誰が来るか/どこへ行くか”で価値が変わる。(4)日中の用事半径(業務の小回り)銀行・郵便・100均・ドラッグ・軽食・コピー/荷物の梱包・発送。→“昼の30分で片付くか”は小さく見えて効く。チームの稼働を押し上げる。(5)建物到着後の詰まりエントランス前の滞留、EV台数・速度・昼ピークの待ち、受付手続の摩擦。→駅→ビルはスムーズでも、ビル内で詰まると総合点は下がる。(6)規制と近隣(時間帯の自由度)早朝・夜間の出入り、音・振動に対する近隣の許容、前面道路の停車ルール、荷捌きスペースの有無。→繁忙期の業務時間の延長が可能か否か、少し時間をズラせるかどうかが、業務体制の柔軟性につながる。(7)周辺競合物件の“クセ”周辺物件の築年・階高・募集区画のサイズ感、フロア分割の可否・履歴。→周辺の競合物件に対して、対象物件がどう見えるか。同条件の複数の競合物件に埋もれない要素をどう設定して差別化できるのか。こうした「7つの場所性」は、物件の表面上のスペックの数値とは別の文脈で、“誰にどう使ってもらうのか”という戦略の土台になる。本コラムでは、次の第1章で、まず、「歩行の質」に着目して、WPSとAWTという2つの補正的な指標を軸に、見えない差がどうテナント選定に影響していくかを明らかにしていく。 第1章:徒歩時間は物理的な距離だけでは測れない―WPSとAWTで可視化する歩行の摩擦 ――信号、坂、曲がり角、雨天補正まで。「歩きやすさ」を数値化する不動産広告に記載される「徒歩○分」は、1分あたり80メートルで換算することが業界のルールとして決まっており、物理的な距離を一律に時間に置き換えたものに過ぎない。だが、実際に歩いてみればすぐに分かるとおり、「徒歩8分」表記の物件同士でも、その歩きやすさには大きな差がある。特に、駅からオフィスまでの通勤ルートは、日々の業務において社員・来客が必ず通るルートであり、物件の魅力や使い勝手を大きく左右する。「信号待ちが多くてテンポが悪い」「坂が続いてスーツだとつらい」「交差点の先で入口が分かりにくい」など、通勤ルートに含まれる“細かい摩擦”は、日々蓄積され、印象をじわじわと損ねていく。こうした構造的な歩行負担を客観的に可視化するために、本章では2つの数値指標を併用する。 1-1. WPSとAWT:扱う数値は2つ WPS(Walkability Penalty Score/歩行負担スコア)=基準歩行時間(距離÷80m)+補正(信号・坂・曲がり角・雨天・雑踏など)→歩行ルートの構造的“重さ”を示す、いわば「等価徒歩分数」AWT(Actual Walk Time/実測歩行時間)=平日9〜10時に同一ルートを実際に歩いて計測した所要時間(秒単位)→現地での“その日のリアルな所要時間”WPSは構造の比較に使う“共通物差し”、AWTは当日の内見運用における実測値として機能する。原則として意思決定にはWPSを用い、AWTは説明資料や内見調整の参考値として必ず併記する、という「2本立て運用」が基本スタンスである。(乖離の扱いや使い分けの詳細ルールは、【1-5】で整理している)■評価の前提とスタンスこの章では、次のような条件を前提とする:対象物件:駅から徒歩で通える範囲の物件(徒歩7〜12分前後、平坦〜緩勾配)業務時間帯:平日9時〜17時のオフィス運用を想定評価方法:実地調査30分で「使える2ルート」を現場確認し、数値化して評価確定この設定の狙いは、「1回の内見では見落とされがちな負担要素」をあらかじめ把握しておくことにある。ルートのなかでも特に、信号、階段、曲がり角、屋根の有無といった“歩行上の摩擦ポイント”は、日常的な通勤や業務動線において無視できない差となって蓄積していく。とりわけ、駅からの“最後の500メートル”では、物件ごとのルートが分岐しやすく、同じ徒歩分数でも負担感に差が出る場面が多い。その差を「見える化」して適切に補正し、物件ごとの比較材料とするのがWPSの役割である。 1-2.「WPS(歩行負担スコア)」の作り方 ――弱点を「可視化」し、物件比較を定量で語れるようにするWPS(Walkability Penalty Score)とは、駅からオフィスまでの徒歩ルートに含まれる構造的な歩行の負担を項目別に補正して、最終的に「等価徒歩分」として表現する評価指標です。物理的な距離が同じ「徒歩8分」の物件であっても、交差点の多さ、坂、曲がり角、屋根の有無といった要素によって、通勤・来客時の体感負担は大きく異なります。WPSは、それらを数値で補正し、「通いやすさ・案内しやすさ」を客観的に比較するための基準として機能します。■WPSの構成式WPS=基準歩行時間+歩行摩擦の補正合計(A)基準歩行時間(距離ベース)物理距離÷80(m/分)で算出。この80m/分という係数は、不動産広告における「徒歩1分=80m」という業界規約(公正競争規約)に準拠しつつ、ビジネスユースにおける無理のない通勤ペースとして妥当な基準とします。例:距離640m→640÷80=8.0分(基準歩行時間)(B)歩行摩擦(補正項目)以下の要素に対して、1ルートあたり1回の現地調査で確認・加点します。補正値はすべて「分単位」で設定し、小数第1〜2位で丸めた上で加算していきます。【①信号・横断】青信号待ちのある横断…+0.5分(平均待ち30秒想定)信号なしの横断(交通量多・横断に時間を要す)…+0.25分※信号待ちは「確定したロス」として扱い、軽視されがちな実務的負担を数字で強調します。【②坂・階段】高低差10mごとに+0.5分(上りのみ)階段10段ごとに+0.25分※息切れ・減速・来客印象の悪化を反映。高齢者の来訪も加味して設計。【③曲がり角(90度以上)】1つごとに+0.1分(=6秒)※曲がる=減速+視線移動のストレス。特に3回を超えると案内上の体感差が大きくなるため補正必須。【④狭い歩道】有効幅1.5m未満が100m以上続く場合…+0.25分※傘のすれ違いや追い越し不可による通勤ストレスを反映。【⑤雨天耐性】屋根付きルート30%未満…+0.25分※来客時の資料の濡れ・服装の崩れ等が心理的マイナスに。【⑥雑踏(恒常的な滞留ポイント)】+0.25〜0.5分(工事・行列・狭隘スクールゾーン等)→現地判断で1カ所のみ計上。■補正ルールと注意点同一点での重複補正は不可例:信号待ち+雑踏が同じ場所にある場合、いずれか大きい方のみ加点。目的別の使い分け(WPS-Visitor/WPS-Staff)Visitor(初回来客向け)…通常の係数Staff(慣れた従業員向け)…曲がり角係数を0.05分に軽減※社内評価などで用途を分ける場合は、スコア名を明記して混同を防ぎます。■補正の具体例ケース例A:640m、信号2、曲がり角2、屋根少ない(Visitor)基準:640÷80=8.0分補正:信号2×0.5=+1.0分曲がり角2×0.1=+0.2分雨天耐性(屋根30%未満)=+0.25分→合計補正=1.45→WPS=9.5分→案内図・曲がり角の目印補強で、来客対応も現実的(WPS:黄判定)このようにWPSを導入すれば、「徒歩分数」という粗い数値から一歩踏み込み、構造的な欠点がどこにあるか/補正可能かを具体的に把握できます。 1-3. 手順:現地調査30分でやること(迷わない手順) ―WPSとAWTを実地で取得する「定番手順」を固定化するWPS(Walkability Penalty Score)とAWT(Actual Walk Time)は、事務所内の机上計算だけでは正確に評価できません。駅からの徒歩ルートには、信号のサイクル、坂の体感、曲がり角の視認性、雑踏の滞留など、「実際に歩いてみなければわからない」要素が複数あります。ここでは、現地調査30分でやるべきことを手順化し、社内での評価業務を標準化することを目的とします。担当者によってバラつく判断を防ぎ、WPSとAWTを正確に取得するための実務的な流れです。■Step 0:事前準備(10分)●地図確認とルート設定最寄り出口を固定(※社内で一本化。これを曖昧にすると比較不能)使えるルートを2本選定:「信号少なめ」ルート「屋根多め」ルート→現地で2本とも歩き、WPSが低い方を正式値として採用する。●仮チェック地図上で、横断箇所・坂・曲がり角などのポイントを仮カウント。A4記録シートを印刷(テンプレあり)。→測定時に書き込めるよう、持参準備。■Step1:現地実測(20分)●実施時間平日9:00〜10:00の間に歩く(朝通勤ピーク帯)●実測ルート2本それぞれのルートを、ストップウォッチで計測。スマホアプリで距離と標高差も記録可能(Googleマップ可) ●記録項目種別記録内容時間分・秒で計測信号数・平均待ち秒数無信号横断有無と交通量階段段数(地形高低差は地図併用)曲がり角90°以上の数のみ狭い歩道有効幅1.5m未満×連続100m以上か雨天耐性屋根付きの体感割合(20/50/80%)雑踏行列・工事などでの滞留箇所入口の視認性サインの有無・見え方 ●写真記録(最低3枚)迷いやすい曲がり角混雑または信号ポイント建物入口(案内サイン含む)→後の案内資料・仲介チートシートの素材になります。■Step2:スコア算出(5分)●基準歩行時間(距離÷80m/分)を出す→例:720m→720÷80=9.0分●補正項目をルール通りに加点→重複加点なし。優先順位ルールに従って数値を決定。●2ルートのWPSを比較し、低い方を採用●端数処理:WPSは小数第2位で四捨五入(例:9.46→9.5)■Step3:WPSとAWTを「並記」して、社内資料に固定表記表記例WPS:9.5分(黄)/AWT:9分20秒〔平日9:15・担当A〕紹介・比較用途→WPS(構造)を提示当日の内見対応→AWT(実績)を補足数字は必ずセットで提示。どちらか単独では使わない■品質担保(ブレ防止の最低要件)2人が別日に測定して差分が±0.4分以内であること最寄り出口・ルート種別を明示補正項目は全件チェックし、記録シートに残すこの「30分現地調査」は、誰がやってもブレないAWT−WPSを算出するための実務フォーマットです。 1-4.判定ライン(採用・来客等、用途の目安と使い分け) ―WPSの数字をどう読むか、その数字でなにを判断するのかWPS(Walkability Penalty Score)は、単なる「駅から何分か」の表示では掴みきれない、歩行にまつわる構造的負担の差を可視化するための評価軸である。だが、数値を出しただけでは使えない。この節では、「出てきた数値をどう読むか」「なにを当ててよくて、なにを外すべきか」という実務上の運用基準=判定ラインを整理する。■基本ルール:小さいほど“歩きやすい”、大きいほど“選ぶ人を選ぶ”WPSは、毎日の通勤・来客・業務動線にどれだけの負担がかかるかを表現する。目安として、以下のように4段階の判定ゾーンで整理する。 WPSスコア 判定 解説 ≤8.5分 緑(強い) 初回来客が迷いやすく、応募者・来客が中心の業種にも向いている。 8.6〜9.5分 黄(現実的) 十分に戦えるが、案内素材の整備は必須。内見時に迷わせない工夫が前提。 9.6〜10.5分 橙(用途選別) 用途を選ぶ。徒歩依存度の高い業態にはやや厳しい。固定客・社内比率高めの業種向け。 ≥10.6分 赤(当て先変更) 徒歩での来訪を想定する業態には不向き。社内利用中心・拠点型など切り替えを検討。 ■適用の可否の実務判断適用してよいケース(Yes)WPSが9.5分以下(黄まで)で、案内図などのサポート資料が用意できる場合。駅出口・入口サイン・EV情報などが事前共有され、迷いが防げる設計になっている物件。条件付きで適用(Conditional)WPSが10分前後(橙)で、徒歩依存度が中程度の業態。案内図・ルート説明・雨天対応を徹底的に整備したうえでの内見誘導が条件。適用しない(No)WPSが10.6分以上(赤)の物件に、「初回来客が大量に来る業種(士業・美容・医療系・不動産販売等)」を誘導するのは非推奨。採用や面接重視型の事業所も除外対象。物件と業種が噛み合わない。 ■利用用途別の使い分け 用途カテゴリ WPSで見る目安 解説 来客・採用重視型 〜 初回アクセスのしやすさが鍵。黄は補正前提で使える。 固定客中心・社内業務型 〜 一度ルートを覚えればよい業態。多少歩きにくくても機能する。 物流・機材出入り型 別基準 WPSより車動線・搬入条件で評価。徒歩評価は参考程度。 ■実務導線での使い方仲介会社への説明時:「この物件、WPSが9.5分なので、来客中心でも案内しやすいです。」「WPSは10.7分ですが、固定顧客が多い業態なら十分成立します。」空室の当て先整理時:「来客重視には厳しい。社内作業・倉庫機能付きの事業所向けにピボットしましょう。」テナント退去後の募集準備時:「この建物は駅からの歩行で黄ゾーン。最寄り出口案内と入口サインを更新すれば、十分競争力が出せる。」 1-5. WPSとAWTの2本立て運用の要点 ―「比べるためのWPS」「歩いた実績のAWT」をセットで扱うルールWPS(Walkability Penalty Score)は、歩行ルートの構造的な歩きにくさを定量化した指標であり、物件の“交通利便性”を他物件と比較可能なかたちで提示するための評価軸である。一方、AWT(Actual Walk Time)は、当日・指定時間帯に実際に歩いて計測した“生の時間”であり、主に内見や来客調整といった運用フェーズで使われる。この2つは“セットで扱う”ことが原則であり、それぞれの役割と優先順位を明確に分けて使う必要がある。■なぜ“2本立て”で運用するのか?WPSは、構造を比較する「定規」「信号」「坂」「曲がり角」「屋根の有無」など、ルートに固有の摩擦要素を反映した構造スコアであり、物件比較や用途選別においてブレが出にくい。AWTは、実際に歩いた「記録」その日その時間に歩いて得た“実測データ”であり、その時点でのリアルな歩行所要時間を反映する。WPSだけだと「本当にこのくらいで歩けるのか?」という疑問が残る。AWTだけだと「他物件と比べてどうか?」がわからない。この2つをセットで提示し、役割を分けて運用することで、物件の「立地体験」を正しく伝えられる。 ■優先順位と使い分けのルール利用場面優先すべき指標補足・備考他物件との比較WPS歩行体験の“構造”を示す。数字が一貫して比較可能。用途別検討WPS来客重視・採用重視かで判定ラインに活用。内見時間の調整AWT実際に何分で着くか。天気や信号次第で調整。管理者共有WPS+AWT両方の数字を記載し、構造と実感の両面を説明。 ■乖離(Δ:AWT−WPS)の扱いと対応ルールΔ(差)判定対応方法±0.0〜0.4分許容誤差そのまま提示。0.41〜0.7分再測定推奨別日・同時刻でAWTを再計測。0.71分超要因調査一時要因か構造要因かを見極める。 一時的乖離要因の例:駅前の工事フェンスによる回り道特定日のEV前渋滞(面接集中など)→注記のみ残し、WPSは修正しない。構造的乖離要因の例:毎朝、長サイクル信号で詰まる通学ゾーンで子どもの列が絶えない→WPSに“ローカル補正”を加えて再算出。■書式固定:両指標を並記する例:WPS:9.7分(黄)長サイクル交差点×1/雑踏+0.25AWT:10分05秒(平日9:20・担当A)/9分58秒(別日9:15・担当B)Δ:+0.15分(許容範囲)注記:駅前工事(~11/30)あり対策:案内図更新、横断のタイミング指定追記●表記のポイント:WPS:数字+色+補正内訳→数字の説得力と、補正要素の理解を同時に与える。AWT:2回分の実測値(できれば別日・別担当)→日による差異や担当者によるバラつきを排除。Δ(Delta):AWT−WPSの差分→±0.4分以内は許容、±0.7分以上は再評価または注記。注記・対策:季節要因や工事・混雑などの一時的要素/現実的な改善策の提示→使える情報を「意味のある説明」に昇華させる。●WPSとAWT並記運用の4つの効果実感と整合する歩いた感覚と数字が一致しやすく、納得感を得やすい。比較ができる複数物件で「歩行構造」「実測差」「地理的効率」を共通軸で比較できる。説明し易い仲介会社、社内稟議、上司説明の場面で“数字に基づく補足”が可能になる。効率的に判断できる直感だけに頼らず、構造+実測で候補物件を整理して判断できる。WPSとAWTは、「歩行の体験」を、構造と実感の両面から測るためのセット指標として活用することが重要なのである。この節では原則と提示形式を整理したが、続く節では、具体的なスコア算出の事例と、それをどう改善に活かすかを検証していく。 1-6. 具体例:段階計算付きで理解するWPS評価 WPSを現場でどう計算し、どのように意味づけるかを明快にするために、2つの典型的なケースを取り上げて整理します。 【ケースA】:来客対応にも十分使える物件物件条件距離:640m/信号:2/曲がり角:2/平坦地/屋根30%未満ステップ①基準歩行時間の算出640÷80=8.0分ステップ②補正加点信号待ち:2×0.5=+1.0分曲がり角:2×0.1=+0.2分雨天耐性(屋根30%未満):+0.25分WPS算出結果8.0+1.0+0.2+0.25=9.45分→四捨五入で9.5分(黄)評価来客の頻度がある物件でも十分に対応可能。迷いやすい角の目印、最寄り出口の明示、サイン整備などを施せば、実質的な印象改善が可能。補正前の「徒歩8分」という表記に対して、スコア上は“1.5分分の摩擦”が加わっており、来訪者目線での実態が見える形になる。【ケースB】:徒歩大量来客型は避けたほうがよい物件物件条件距離:720m/信号:1/階段20段/曲がり角:4/狭歩道あり/屋根15%ステップ①基準歩行時間の算出720÷80=9.0分ステップ②補正加点信号待ち:1×0.5=+0.5分階段20段:+0.5分曲がり角:4×0.1=+0.4分狭歩道(100m以上):+0.25分※屋根は15%だが、すでに補正4項目を計上しているため、WPSルールにより加点は最大5項目までとし、重複や過剰加点は避ける。WPS算出結果9.0+0.5+0.5+0.4+0.25=10.65分→四捨五入で10.7分(赤)評価徒歩依存の“初回来客大量型”用途には不向き。従業員の慣れを前提としたWPS-Staff評価に切り替えれば多少緩和できるが、来訪頻度が高い用途では対策必須。WPS-Staff(従業員向けスコア)での再評価曲がり角の補正を軽減(係数0.05)4×0.05=+0.2分に変更WPS再算出9.0+0.5+0.5+0.2+0.25=10.45分→10.5分(橙)評価社員であれば慣れてスムーズに通えるが、来客や採用時の初回来訪には負担が残る。→WPSとWPS-Staffを使い分けて説明すれば、用途別判断の精度が上がる。 1-7. WPSを変えずに印象を変える ―たいした手間をかけないで“体感”を下げる6つの対応WPS(Walkability Penalty Score)は、建物が駅から歩けるかどうかを「構造的に」評価するための指標だ。 信号の数、坂の傾斜、曲がり角、屋根の有無──こうした物理的な条件は、建物の立地そのものであり、オーナーや管理会社が手を加えることは基本的にできない。だが、WPSが高め(黄〜橙帯)だったとしても、それが「案内しづらい物件」「選ばれない物件」と即断されるわけではない。 工夫次第で“体感”としての歩行負担を軽減し、来訪者の印象を大きく改善することができる。この節では、WPSという数字を変えずに、実質的な印象を0.3〜0.5分、場合によっては1分分ほど“軽くする”6つの実務的手法を紹介する。 ①最寄り出口は「決めて伝える」駅から物件までの案内で最も多い失敗は、「駅を出た瞬間に迷う」ケースだ。 地図アプリ任せで出口を選ばせると、横断歩道の多いルートや、雨天時に不利なルートをたどらせてしまうこともある。最初に「使うべき出口はここです」と明示し、その出口からの定番ルートを社内で固定化する。 このルートに沿った案内図をA4一枚にまとめ、「曲がり角は2つ、信号は1回だけ、目印はこの3つ」といった形で共有すれば、迷う確率は格段に下がる。来訪者だけでなく、仲介会社の営業担当にとっても、最寄り出口が固定されていることで案内の一貫性が保たれる。 ②雨の日でも迷わない「屋根ルート」を用意するWPSの補正項目には「雨天耐性(屋根・アーケードの少なさ)」があるが、これは来訪者の体感に直結する。 特に重要書類やノートPCを持ち歩く業種のテナントにとっては、雨で濡れるストレスは無視できない。晴れの日ルートとは別に、屋根の多いルートをもう1本選定し、雨天時の来客にはそちらを案内する。 WPSスコア自体は変わらなくても、「気が利いている」「よく整備されている」という印象につながる。「雨の日はこちらのルートが便利です」と事前にメール一通送っておくだけで、体感的な歩行負担を軽減できる。 ③入口の“見つけやすさ”はサインで補える駅から近くても、建物の入口が分かりづらいだけで来訪者の印象は悪化する。 特に、隣のビルとの境界が曖昧だったり、ファサードに何の表示もなかったりすると、「ここでいいのか?」という不安が生まれる。ビル全体の改装をしなくても、スタンドサイン、袖看板、ガラスドアへのカッティングシートなど、限られた予算でも視認性を高めることはできる。 ポイントは、歩行者が建物の正面に立つ前に入口の存在がわかること。高さ・位置・色味の工夫によって、サインは“安心感のスイッチ”として機能する。 ④“到着時刻”を誘導してピークを避けるWPSとは直接関係ないが、エレベーターの待ち時間は、来訪者の印象に大きな影響を与える。 例えば、朝9:00前後や昼休み直後など、混雑する時間帯に来客が集中すると、「エレベーターが全然来ない」という不満が発生する。オフィス内覧や打ち合わせの時間を柔軟に設定できる場合には、「この時間帯が比較的空いています」と事前に案内するだけでも、混雑の印象は薄れる。エレベーターの能力は変えられなくても、使うタイミングを調整することで、実質的な“体感EV待ち時間”を削減できる。 ⑤仲介会社向けの「案内チートシート」を用意する物件を案内するのは、いつも同じ仲介営業とは限らない。 物件の特性や周辺情報に詳しくない営業が、手探りで現地を案内してしまうと、余計な時間がかかり、物件そのものの評価も下がる。そこで有効なのが、仲介営業用の「チートシート」だ。 内容はA4一枚で十分:最寄り出口(固定)目印の建物や店舗曲がり角の数と特徴雨天ルートの有無エレベーターの台数・待ち時間の傾向「どこで迷いやすいか」を事前に示すだけで、案内がスムーズになり、“説明できる物件”という印象を残せる。 ⑥ルート情報を“情報資産”として扱うここまでの改善策は、すべて構造的なWPSには影響を与えない。だが、現場の印象や内見時の満足度は確実に変わる。重要なのは、案内ノウハウやルート情報を1回限りの口頭説明にせず、ドキュメント化して社内資産として蓄積・運用すること。内見対応の社員によって説明内容がバラつく雨天時の対応が担当者ごとに違う来訪者の「道に迷った」苦情が繰り返されるこうした事態を避けるには、WPSとAWTに紐づいたルート設計と案内整備をルーチン化するしかない。 数字は構造を示し、補正策は運用を変える――この“二段構え”が現場で効く実務だ。 1-8. WPS記録テンプレートと運用チェックリスト ―属人化させず、誰が見ても同じ評価になる運用にするWPS(Walkability Penalty Score)の評価を社内で繰り返し使える情報資産として運用するには、記録と共有のフォーマットを整備しておくことが重要である。「歩いてきた人しか分からない」「一度測ったが、記録が散逸している」では、せっかくの現地調査が活きない。ここでは、記録テンプレートと最低限の運用ルールを示す。 (1)評価記録テンプレート(社内共有用の基本形)項目内容物件名/住所固定表記で記載(駅名・出口も明記)距離(m)地図上で直線距離(駅出口から物件入口まで)基準歩行時間(分)距離÷80(m/分)信号(数)信号あり/信号なしに分けてカウント無信号横断(数)横断時に危険を感じる箇所を別カウント坂・階段高低差10m単位、階段段数で記録曲がり角(数)90°以上の角数。3つ以上で補正を強化狭歩道の有無有効幅1.5m未満が100m以上続くかで判断雨天耐性(%)屋根・庇の割合(20%/50%/80%)で記録雑踏/工事発生場所を簡潔にメモ。通行に影響がある場合のみ入口視認性サインの有無/正面からの視認距離写真(3枚)①迷いポイント②雑踏・信号③入口サイン評価ルート種別信号少なめルート/雨に強いルートのいずれか測定者/日時実測担当者の名前/平日9時台の時刻WPS(分)小数第2位まで記録し、スコア色で分類AWT(秒)実測の時間(分:秒)で記録Δ(AWT−WPS)差分を記録(±0.4以内=合格)注記工事・信号サイクル・混雑などの情報対策案内図・視認性・誘導策など明文化する (2)運用チェックリスト(社内での質担保)最寄り出口を1つに固定しているか? →「毎回違う出口から歩いたら比較不能」なので、社内で統一。ルートを2本選び、低い方のWPSを採用しているか? →信号の少ない道と、屋根の多い道で検証する。2人以上で別日に実測しているか?(差が±0.4分以内) →担当の慣れ/体力差によるブレを排除する。補正の重複計上をしていないか? →雑踏と信号が同じ場所なら、加点は高い方だけ。AWTとWPSを“セットで”記録・提示しているか? →単独提示は誤解を生む。並記が原則。案内用に写真を3枚撮っているか? →「迷いやすい角」「混雑点」「入口の視認性」がマスト。雨天ルートの案内は準備済みか? →特に黄・橙スコアの物件では、事前提示が有効。WPSタグ(Visitor/Staff)を明示しているか? →来客と従業員で係数を変えているなら、混在させない。 (3)運用の目的は“再現性”と“比較可能性”このテンプレートとチェックリストは、「なんとなく歩いて決めた印象評価」を標準化された指標と実測のセットに置き換えるための仕組みである。物件担当が代わっても、仲介会社に渡す資料が変わっても、同じ基準で語れる。これがWPSの本質的な価値である。 結びに代えて―場所性の評価軸は、歩行だけでは終わらない このコラムでは、「徒歩8分」の裏側にある体感的な差を、WPS(Walkability Penalty Score)とAWT(Actual Walk Time)の2軸で測ることで、賃貸オフィスビルの“歩きやすさ”を見える化してきた。駅からビルまでのルートにどんな摩擦が潜んでいるか――信号の数、坂道、交差点、曲がり角。これらの要素が日々の通勤や来客、ちょっとした外出に与えるストレスの蓄積は、物件選定や稼働効率にじわじわと効いてくる。WPSとAWTは、その違和感を数値で拾い上げるための実践的なツールであり、同じ「徒歩○分」の物件でも“選ばれやすさ”に差がつく理由を可視化する方法である。ただし、「場所性」を評価するうえで見るべきは、歩行の摩擦だけではない。複線接続の有無(遅延への耐性)来客の発生源との地理的距離銀行・郵便・軽食など日中の用事との接続性建物内のエレベーターや受付動線で詰まらないか荷捌き・音・深夜稼働など近隣環境の許容度周辺競合物件とのスペック・歴史・見せ方の差異こうした観点もまた、「駅から近いか」以上に、“業務がまわるかどうか”に直結するファクターである。しかし、WPSとAWTの展開だけでも、すでにコラム1本分の密度になってしまった。そこで本稿では、歩行摩擦の可視化に焦点を絞って一旦筆を置くこととし、上記の観点は、別のコラムにてより実務的に掘り下げていく予定である。オフィスビルの「場所の価値」は、単に駅からの分数だけでは測れない。そこに何がつながっていて、どれだけ快適に、効率よく、使い倒せるか。それこそが、いま改めて問われている“立地”の本質だ。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年1月28日執筆2026年01月28日 -
プロパティマネジメント
坪数だけで選ぶと失敗する。賃貸オフィスの“本当に見るべき”寸法ガイド
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「坪数だけで選ぶと失敗する。賃貸オフィスの“本当に見るべき”寸法ガイド」のタイトルで、2026年1月27日に執筆しています。少しでも、皆さんに新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次第1章:まずは常識、一人あたり面積の目安―「広い」「狭い」の前提を揃える第2章:天井高は「平均」より「最低」を見る第3章:レイアウト基準寸法の最低ライン第4章:失敗を避ける3つの数字第5章:同じ坪数でも“使える”が分かれる理由第6章:内見前のメモ・テンプレ第7章:FAQ(よくある質問)まとめ:坪数は“外形”。最低値がすべてを決める 坪数は“外形”にすぎない。実際に使えるかどうかは、梁下最小高・スパン・最狭有効幅の3点で決まる。写真の印象はあてにならない。まずは最低値から読み、図面と、現況を測量した結果が揃っているかを見る。これだけで、無駄な内見とレイアウトの誤読は、かなり減らせる。 第1章:まずは常識、一人あたり面積の目安―「広い」「狭い」の前提を揃える オフィス選びの現場では、「この物件は〇〇坪です」と聞いた瞬間に、頭の中で“何人分か”をざっくり割り算してしまうことが多い。だが、それだけで判断するのは危ない。なぜなら、同じ人数を収容する場合でも、必要な面積はレイアウトによってまったく違ってくるからだ。まず押さえておきたいのは、「何人分」という考え方は、執務席だけなら成り立つということ。しかし、実際のオフィスには会議室、通路、複合機スペース、収納などが必ず必要になる。それぞれの機能が必要とする面積の“単位”はバラバラだ。執務席は「1人あたり㎡(または坪)」会議室は「1室あたり㎡」通路は「全体に対する面積の比率(%)」これを1つの指標、たとえば「1人あたり〇坪」に単純化してしまうと、会議室がつくれない、通路が狭い、什器が置けないといった「詰まり」があとから出てくる。最初に“粒度をそろえる”ことで、あとからのズレを防ぐことができる。以下に、執務・会議・バックヤード・通路それぞれの「最低〜標準」面積の目安をまとめた。ここではあえて単価や仕様の話はせず、数字の読み方にだけ集中しておく。 【一人あたり面積・室面積の目安(最低〜標準)】用途最低標準執務席(1人)3.0~3.5㎡(0.9~1.1坪)4.0~4.5㎡(1.2~1.4坪)小会議室(4名/室)8~10㎡(2.4~3.0坪)10~12㎡(3.0~3.6坪)中会議室(8名/室)14~16㎡(4.2~4.8坪)16~20㎡(4.8~6.0坪)大会議室(12名/室)22~24㎡(6.6~7.3坪)24~30㎡(7.3~9.1坪)バックヤード(複合機・収納等/人)0.5~0.8㎡(0.15~0.24坪)0.8~1.2㎡(0.24~0.36坪)通路・共用動線(床全体に対する比率)25~30%30~35% 【ざっくり配分(通路を除く実効面積の内訳)】執務:会議:バックヤード=6:3:1この“前提合わせ”ができていれば、以降の判断はぐっとシンプルになる。次章では「天井がどこまで使えるか」を見るための梁下最小高から入り、続けてスパンと最狭有効幅――使いにくさの原因になりがちな3つの寸法を、図面と現況を見ながらどう読むか、具体的に解説していく。 第2章:天井高は「平均」より「最低」を見る ――会議室が成立するかは、1本の梁で決まるオフィスの第一印象において、“天井が高いかどうか”は強い影響を持つ。広さ、開放感、抜け感――こうした要素と直結しており、「なんとなく良さそう」と感じる空間の多くは、実際に天井高が取れている場合が多い。だが、「印象」だけで判断してしまうと、失敗する。実際には、会議室のスペースが確保できない。収納棚を入れようとしても天井に当たってしまい入れられない。空調が梁と干渉して設置できない。実際に机、什器を配置してしまうと、抜け感が無く狭苦しい。空室のときの見た目の「高さ感」と、レイアウトとして“成立する高さ”は別物なのだ。 天井高には「平均」と「最低」がある天井高には、2種類の表記がある。多くの不動産広告に記載されるのは以下のとおり平均天井高:スラブから床までの高さを、梁や設備を含めて平均化した数値。梁下最小高:梁が最も出っ張っている部分の床からの高さ。そして実務上は、この梁下最小高のほうが圧倒的に重要である。なぜなら、オフィスのレイアウトは常に「最も低い場所」に制限されるからだ。実例:平均2,500mmでも、梁下でアウトになるたとえば、「天井高2,500mm」と聞いて安心して内見に行って、実際に測ってみたら、梁下が2,300mmしかないというのはよくある話だ。見た目は開放感があるが、その低い部分に会議室を配置しようとすると、ガラス間仕切りの高さが足りない。さらに、照明器具、空調吹出口、火災報知器などの設備が梁に干渉することで、レイアウトが制限される。梁の出っ張りが1本あるだけで、会議室の位置・構成・仕様がすべて変わってしまう。加えて、通常、OAフロア(配線用の二重床)が設置されているので、更に床が50〜70mm嵩上げされているため、天井までの実効高さはさらに下がってしまう。建築の図面上、「2,300mmあるから安心」と思っていたら、実際にはOAフロアが設置されてて、2,250mmしかなかったということになる。これはガラス間仕切りの製品仕様にギリギリ引っかかる寸法であり、数十mmの差が「できる/できない」を分けるラインなのだ。 用語の整理用語説明梁下最小高(はりした・さいしょうこう)梁が最も下がっている部分の床からの高さ(mm)梁成(はりせい)梁の厚み(スラブ下から梁下までの寸法)OAフロア(オーエーゆか)配線スペース確保のため、床をかさ上げする二重構造の床材。仕上げ床面が高くなるため、天井までの高さは減る 表記の基本ルールは「最低→平均」の順に不動産広告やマイソクに出てくる天井高は、たいていが平均値表記だ。しかし、それではどの部分で制限されるかが見えない。だからこそ、レイアウト判断の基準としては次のような表記が望ましい。梁下2,300mm(平均2,450mm)/OAフロア50mm含む→実効天井高:2,250mmこのように最低値を先に明示し、目減り分を控除した実効値を把握することで、はじめて「レイアウトが成立する高さ」が判断できる。写真と印象の“落とし穴”広告やWebサイトの写真を見て、「このオフィス、広くて天井も高そうだな」と感じることはよくある。加えて、平均天井高が2,500mmと書かれていれば、開放的な印象を受けやすい。光がよく回り、天井もすっきりと写っている写真には、人の感覚を“広く・高く”錯覚させる効果がある。だが、内見で現地に立ってみると、印象が一変することがある。「思ったより低い」「梁がこんなに出ていたとは…」というがっかり感は、写真と現実の情報がずれているということ。このズレは、写真が撮られるときの工夫やテクニックにも理由がある。①写真は「梁を避けて撮る」広告や物件紹介用の写真では、梁が写り込まないように構図が調整されていることが多い。広く見えるアングル=“梁が写らない角度”であることが多く、結果として天井高の“実用上の最低値”が見えないままになっている。梁がないように見えても、実際は天井の中央を横断する大きな梁が存在することもある。②天井材や照明で「演出されている」また、照明計画や天井材そのものが“広く見えるように設計されている”ケースもある。天井が白く反射性の高い素材で仕上げられ、照明器具が天井面にフラットに納まっていると、それだけで空間は“高く・明るく”感じられる。だが、それはレイアウト可能性とは別の話である。どれだけ「映える」設計がなされていても、梁下が物理的に低ければ、間仕切りや什器配置は制限される。③広角レンズが「奥行きと高さを誇張する」内観写真はたいてい広角レンズで撮られており、奥行きや高さが実際より大きく見えるように補正されている。スマートフォンでも同様で、広角で撮るほど、空間の“抜け”は強調される。とくに床と天井の距離が写真のフレームいっぱいに広がっていると、実際の数値以上に「高い」と錯覚することになる。 第3章:レイアウト基準寸法の最低ライン ――「何坪あるか」より、「どこで詰まるか」を先に見るオフィスレイアウトは、意匠や雰囲気の話ではない。動線と寸法の積み上げで成立する“構造物”だ。そして、その構造が成立するかどうかは、「最も狭い場所で何が通るか」「どこに机が入るか」によって決まる。“何坪あるか”よりも、“どこで詰まるか”を先に見たほうが、失敗は減る。ここでは、実際のレイアウトを考えるときに基準となる寸法の“最低ライン”を3カテゴリに分けて整理する。 3-1 通路幅:800mmを下回ると人がすれ違えない オフィスの通路幅は、建築基準法でも最小限の寸法が定められている。ただし、執務空間としての快適性や業務効率を考えるなら、法基準より実運用での最低ラインを意識すべきだ。 通路の種類最低ライン(推奨)メイン通路(人がすれ違う)1,200mmサブ通路(片側通行)900mm背面通路(椅子の後ろを通る)800mm さらに、最近はキャスター付きの大型チェアが一般的なので、「800mmあれば通れる」はもはや限界値。これを下回ると、イスが引けない・人がぶつかる・カートが通らない、といった支障が出る。狭さが“人の動き”を制限しないか?という視点は必要不可欠だ。 3-2 机間・背面:600mmでは足りない 机を並べるときの“前後”の取り合いは、席効率に直結するポイント。しかし、椅子を引く・立ち上がる・人が後ろを通るといった一連の動作を成立させるには、単なる寸法以上の余白が必要になる。対面の机間:1,800mm(900mm×2人分)背面スペース:900mm以上(イス+通路)※オフィスチェアの奥行き:600〜700mmが一般的つまり、「背面に900mm」と言っても、椅子を引いた状態+人1人がギリギリ通れる程度。これを「最低寸法」として見ておくことで、「会議室の椅子が壁にぶつかる」「すれ違いざまに背中が当たる」といった事態を防ぐことができる。 3-3 会議室の成立寸法:ガラス間仕切りで“作ったつもり”が、機能しない理由 小規模オフィスでありがちな誤算が、4名会議室の面積不足だ。壁ではなく、ガラス間仕切りで空間を囲い、必要最小限の面積で「抜け感」も確保したつもり――。 が、いざ完成してみると、そこはまるで“ガラス張りの監禁室”のような狭さになってしまっていた。そんな失敗事例は少なくない。 ■人数ごとの「最低限」面積の目安人数必要面積の最低目安(㎡)坪換算(目安)4名8〜10㎡2.4〜3.0坪6名12〜14㎡3.6〜4.2坪8名14〜16㎡4.2〜4.8坪 ■面積不足で起こる“レイアウト崩壊”上の数値は、最低限の通路・出入り・椅子の引きが取れる前提のラインだ。この寸法を下回ると、以下のような不具合が必ず発生する。テーブルの端から人が出入りできない椅子を引くと壁やガラス仕切りに接触してしまうスクリーンやモニターを配置しても、見づらい席がある見た目上は会議室として成立していても、機能として破綻している。特に「通路幅」と「着席時の引き寸法」が取れない会議室は、使いにくいどころか、日常的なストレスの原因になる。■空間は“使えるかどうか”で評価されるレイアウトを成立させるには、「最低限の面積」が何㎡かを理解し、それを現地で採寸・確認することが欠かせない。寸法が足りていない会議室は、あとでいくら家具やデザインで工夫しても、使い勝手そのものが改善されることはない。会議室をガラス仕切りで囲うなら、まず「狭くても成立する条件」ではなく「狭すぎると破綻する条件」から逆算することが重要だ。透明な素材で“逃げる”のではなく、物理的に必要な寸法を確保することが、本当に使える空間をつくる唯一の方法である。✔ポイントは「平均値」ではなく「最狭部」に誘導することここまで挙げた寸法は、いずれも抽象的な平均値では意味がない。見るべきは、「入口で一番狭いところ」「柱と壁の間の最小幅」「会議室の実効幅」など、実際に“詰まる場所”である。図面や現地で数値を拾うときは、一番狭い場所の寸法を赤で囲いながら実測して確認するくらいの精度が必要だ。 第4章:失敗を避ける3つの数字 ――梁下最小高/スパン/最狭有効幅を“最低値”から読むオフィスのレイアウトは、図面上の「面積」や「見た目の広さ」だけでは判断できない。同じ坪数であっても、机を島型で素直に並べられるか、会議室が成立するか、荷物をストレスなく搬入できるか──そうした「使える/使えない」の分かれ目は、たった3つの寸法に左右されている。それが、梁下最小高・スパン・最狭有効幅である。この3つを「最低値から」確認するだけで、レイアウトが成立するかどうかの目処はほぼ立つ。以下、それぞれの寸法が持つ意味と、判断のポイントを整理しておきたい。 ①梁下最小高天井の高さは、空間の印象を決定づける要素としてよく語られる。だが、レイアウト上の実務を左右するのは「平均天井高」ではなく、梁が最も出っ張っている部分から床までの高さ(=梁下最小高)である。この寸法がしっかり確保されていれば、ガラス間仕切りで会議室を組むことができ、棚や什器も高さを気にせず配置できる。逆にここが足りないと、ガラス仕切りが立たない/書庫が入らない/圧迫感が出るといった、見た目ではわからない問題が発生する。よくある誤解は、マイソクや広告に「天井高2,500mm」と書かれていると、それを信じてしまうことだ。しかし、実際には梁が大きく出っ張っていて、最低部は2,300mmしかないというケースも少なくない。数値が、OAフロア設置分を考慮していなかったとしたら、そこから50mmが差し引かれ、実効では2,250mmになる。「表面の数字上では高さが足りてるのに」レイアウトとしては成立しない──そんな“落とし穴”がここにある。②スパン(柱芯―柱芯)次に見るべきは「スパン」、すなわち柱と柱のあいだの距離である。ここで重要なのは、単なる寸法だけでなく、その連続性(=スパンが同じピッチでどこまで続くか)も含めて見るという視点だ。このスパンとその連続数を把握することで、島型デスクを何列配置できるか/会議室を何室並列で取れるか/収納棚がいくつ入るかが見えてくる。たとえば「6,900mmスパン」と聞くと、それだけで“広い”と感じるかもしれない。だが、実際に図面を見ると、それが2連で途切れてL字に折れていたり、雁行して直線が崩れていたりすることがある。そうなると、島型2列での席配置はうまくいかず、通路がまっすぐ確保できない/想定した席数が入らないといったズレが生まれる。このズレを防ぐためには、「6,900mm×3連」のように、距離(mm)と連続数(○連)をセットで表記・確認する必要がある。単なる広さよりも、標準的なレイアウトモジュール(例:島型2列+通路=約4,200mm)を何連続で入れられるかが効率を左右するのだ。③最狭有効幅(入口/コア前/主要通路)最後に確認すべきは「最狭有効幅」。これは、入口・コア前・主要通路などにおける、最も狭い箇所の“実効寸法”のことを指す。この寸法は、図面上の数値だけでなく、ドアやクローザーの形状、段差、梁・柱の出っ張りなどによっても変動するため、現地での実測が不可欠である。ここを見落とすと、「図面上は1,200mmと書かれていたが、実際の開口は900mmしかなかった」という事態に陥る。このズレによって、什器やコピー機が搬入できない/想定していたレイアウトが実施できないといった問題が起きる。日常的な動線でも、人がすれ違えない/カートが通れない/避難時の安全確保が困難といった支障につながる。また、車椅子の通行にも影響するので、バリアフリーの観点からも重要な寸法である。チェックの基本は、まず図面上で最狭部を赤囲みで明示しておくこと。内見の際は、該当箇所にメジャーを当てて実測して撮影し、数値として記録しておく。このとき、図面の更新日と撮影日も合わせて確認する。図面の更新日が極端に古くて、実測した結果と図面の数字が整合していなければ、その図面は信用できない。✔数字の順序を変えるだけで判断は変わる坪数や写真の印象ではなく、梁下最小高→スパン(距離×連続数)→最狭有効幅(要現地実測)という順番で、最低値を確認する。これだけで、レイアウトの成立可否/什器の搬入可否/日常動線の快適性といった実用面の判断が驚くほどスムーズになる。無駄な内見、無理なレイアウト調整、見落としによる追加工事──そのすべては、「この3つの最低値を確認していたかどうか」で回避できる。 第5章:同じ坪数でも“使える”が分かれる理由 ――数字が違えば、レイアウトも変わる図面上の「坪数」が同じでも、実際に使えるかどうかはまったく別の話だ。前章で取り上げた3つの寸法――梁下最小高・スパン・最狭有効幅は、オフィスの“使い勝手”を左右する本質的な要素であり、この3点が悪いと、どれだけ広く見えても実際のレイアウトは崩れてしまう。ここでは、坪数がほぼ同じである2つのケースを比較しながら、何がレイアウトの成立を分けたのかを見ていく。 ケースA:使える物件坪数:94.2坪(311.5㎡)|梁下最小:2,300mm|スパン:6,900mm×3連|最狭有効幅:1,050mmこの物件では、梁下最小高が2,300mmと明示されており、平均2,450mm、OAフロアは50mmという情報も併記されていた。天井仕上げ後の有効高は2,250mmとなるが、ガラス間仕切りの設置、什器配置に大きな問題はない。スパンは6,900mmが3連続で伸びており、島型デスクを2列で並べた上で、メイン通路も1,200mm幅で確保できる。梁と柱はすべて壁際に集約されていて、内側に干渉しない構造となっている。入口幅は1,100mm、共用部ではありますが、エレベーター/トイレ/給湯スペース等のコア前も1,050mmが確保されており、搬入動線もストレスがない。図面と現況の更新日も揃っており、寸法の読み違いリスクは極めて低い。→特記事項:レイアウトプランが“そのまま当たる”。席効率が高く、会議室も変形せず設置可能。通路設計がシンプルで、初期プランを大きく変更せずに運用できる構造。ケースB:“歪む”物件坪数:94.0坪(310.8㎡)|梁下最小:2,250mm(平均2,500mm)|スパン:6,900mm×2連+L字折れ|最狭有効幅:900mm(入口部)坪数はケースAとほぼ同等だが、レイアウトが成立しない“詰まり”が各所に存在していた。まず、梁下最小高が2,250mmしかなく、OAフロア分を差し引いた実効天井高は2,200mmに届かない。その箇所では、ガラス間仕切りを立てるには厳しく、会議室の仕様の変更を余儀なくされる。天井に空調ダクトが走る箇所ではさらに天井が下がり、空間にムラと圧迫感が出る構成だった。スパンは6,900mmだが、2連で折れてL字に曲がっている。島型デスクは2列目の通路が確保できず、結果的に“変則L字型”の席配置になってしまう。会議室も雁行レイアウトにより矩形を保てず、壁が斜めに食い込む設計になった。さらに、入口部の有効幅が900mmしかなく、大型の什器や冷蔵庫の搬入が物理的に難しい。エレベーター/トイレ/給湯スペース等のコア前(共用部)も柱の張り出しで一部850mmとなっており、人のすれ違いにも支障が出る設計だった。→特記事項:レイアウトは当初プランから大きく変更。席数の減少・動線のジグザグ化・レイアウト修正コストの増大につながった。導入前の設計段階での「詰まり」検出ができていれば、回避できた案件である。 比較の要点まとめ(図や線画で併記を想定)比較項目ケースAケースB梁下最小高2,300mm(OAフロア控除後:2,250mm)2,250mm(OAフロア控除後:2,200mm)スパン6,900mm×3連(直線)6,900mm×2連(L字折れ)最狭有効幅コア前:1,050mm入口:900mm、コア前:850mm会議室矩形レイアウトが可能壁面が歪み、音響・映像機器の納まりに制約搬入動線スムーズ要分解・手持ち搬入が必要レイアウト修正ほぼ不要初期プランからの調整多数 「面積は同じでも、使い方がまるで違う」これは、見た目や図面のスペックだけでは分からない。最低値の3つの寸法だけで、レイアウトの自由度もコストも、入居後の満足度も決まってしまう。次章では、こうした寸法を内見の現地確認の際に役立つ「内見メモのテンプレート」を提示する。内見時にどこをどう測ればよいかを、5点に絞って示す。数字に落とすための最短ルートである。 第6章:内見前のメモ・テンプレ ――見るのは5点だけ、測る順番も決まっているこれまで見てきたように、レイアウトの可否は「面積」ではなく、梁下最小高・スパン・最狭有効幅の“最低値”で決まる。問題は、それを内見時にどうやって確認するかだ。この章では、事前に準備しておくべきチェックポイント5点と、現場での計測・記録ルールを提示する。「写真はあるけど寸法がない」「どこを測ったかわからない」とならないために、計測・記録の形式化が欠かせない。 ✔計測すべき5点(内見時チェックリスト)項目測定ポイント寸法の意図1.梁下最小高会議室想定箇所の梁帯下ガラス間仕切り・什器高さの可否判断2.代表スパン島型席想定箇所(柱芯−柱芯)机配置・通路確保の基準寸法3.入口の有効幅開口部の内寸(ドア枠含む)搬入の可否/バリアフリー4.コア前の最狭幅廊下の動線部(共用部)動線の詰まり・緊急時避難通路確保5.柱〜壁の奥行き区画端部(柱芯〜壁芯)書庫や収納列の設置余地確認 →これだけで、席効率・会議室成立・搬入可否・日常動線の詰まりは読み解ける。 ✔計測・記録ルール:誰が見てもブレない寸法になるために以下のルールを徹底することで、現地で測った数字が「使えるデータ」になる。 あとで確認できるように、必ず写真と図面をリンクさせる。1.すべてmm単位で記録する→2,300mm/1,050mm/6,900mm。cm表記や「約」表現は禁止。2.最低値→平均値の順に書く→「梁下最小2,300mm(平均2,450mm)」のように、先に“制限値”を示す。3.位置を明記する(写真と図面を連動)→「位置①/7F西側梁帯」など。図面には赤囲み+ラベルで反映。 →撮影した写真にも「位置①」とA4紙で写し込む/後処理で赤丸など明示。4.撮影日と図面の更新日を併記→「写真:2025年9月8日撮影/図面更新日:2025年3月末」など。図面と現況写真の位置を同期させた上で、図面が最新更新であることも確認。 ✔テンプレート例(テキスト形式)■内見メモ|〇〇ビル7F|2025年9月8日位置①|梁下最小:2,300mm(平均2,450mm/OAフロア50mm)→実効:2,250mm位置②|代表スパン:6,900mm×3連(直線)位置③|入口幅:有効1,050mm(ドア枠含む)位置④|コア前最狭:900mm(柱張り出しあり)位置⑤|柱〜壁奥行:1,300mm(収納設置可) 第7章:FAQ(よくある質問) ――よくある疑問を、数字と手順で即答するオフィス選定で頻出する質問は、実は多くが「数字の見方」で片づく。ここでは、誤解されがちなポイントを5本に絞り、最低値・mm単位・定義→結論の順で答える。Q1.天井高はどれくらい必要?A.梁下最小で2,300mmを確保することが目安。平均値ではなく最低値を見る。OAフロアで50〜70mm下がるため、実効は2,230〜2,250mmになる。2,300mm以上→標準什器・ガラス間仕切りは成立2,200〜2,250mm→設備干渉や圧迫感が残る2,200mm未満→会議室や高書庫の設置が制限されるQ2.「何坪で何人」は当てになる?A.執務席だけなら目安になるが、全体では不十分。執務席:1人あたり1.2〜1.4坪(4.0〜4.5㎡)小会議室:4名で約2.5〜3坪通路:床面積の25〜35%「坪÷人数」で算出しても、入口幅や最狭有効幅が詰んでいれば実際には成立しない。レイアウト検討の際、動線設計で行き詰るケースの方が多い。Q3.図面に有効寸法が無い場合は?A.現地で5点を測るだけで十分。①梁下最小高②代表スパン(柱芯−柱芯)③ 入口幅(有効)④コア前最狭幅⑤柱〜壁奥行すべてmm単位で最低値を先に。場所を図面上、特定して、その場の写真も撮影。図面更新日/撮影日も合わせて記録する。Q4.会議室を何室確保できるかはどう判断する?A.4名会議室=約2.6m×3.4m(8〜9㎡)をモジュール化して図面に当て込む。梁下が2,300mm未満ならガラス間仕切りは成立しにくいスパンが途切れると矩形会議室が歪みやすい最狭幅が900mm未満だと、入退出で詰まる「坪数÷人数」ではなく、モジュールが繰り返し入るかで判断する。Q5.搬入で失敗しないためには?A.入口とコア前の“最狭有効幅”を見る。搬入の基準:最低900mm、理想1,050mm以上車いす・担架の通行:建築基準法・消防基準上も900mm未満は原則不可ドアクローザー・枠・段差でさらに削られるため、現地で有効開口を実測することが必須。 まとめ:坪数は“外形”。最低値がすべてを決める オフィスの検討は、つい「何坪あるか」という数字に引っ張られる。だが、実際に使えるかどうかを決めるのは、延べ面積ではなく最低値の寸法だ。本コラムで繰り返し示した「3つの数字」梁下最小高会議室や什器の設置可否を左右する決定的な寸法。天井の「平均値」ではなく、“最低値−OA控除後”を必ず確認する。数字が同じでも、実質の可動域には大きな差が出る。スパン(柱芯―柱芯)島型デスクが「素直に」並ぶかどうかを決めるのは、長さそのものではない。スパンの連続数(○連)とセットで見て、レイアウトの“流れ”を読む。最狭有効幅搬入・避難・動線が支障なく通るかどうかを決める、現場のリアルな制約条件。図面だけでは読み取れないため、赤囲み+実測で“最低値”を明示する必要がある。“面積”だけで判断する危うさ第5章のケース比較でも示したように、同じ「94坪」であっても、梁下、スパン、最狭幅のほんの数百ミリの差によって、レイアウトの成立可否が分かれる。ケースA梁下2,300mm/スパン3連直線/最狭幅1,050mm→素直に席と会議室が入るケースB梁下2,250mm/スパン途切れ/最狭幅900mm→席が歪み、会議室が成立しない坪数が同じでも、「数字の内訳」が違えば、空間の意味も変わってしまう。逆に言えば、数字を正しく読めれば、ミスマッチを避けられるということでもある。内見での実務ルール内見のときに見るべきは、内装の仕上がりや写真映えではない。測るべきは、“最低値の5点”だ。梁下最小高代表スパン(長さと連続数)入口幅コア前の最狭部柱〜壁の奥行きこの5点をメジャーで実測して押さえておくだけで、レイアウトや什器搬入の成否は見えてくる。そしてもうひとつ重要なのは、最新更新の図面と現場写真の場所を同期させること。この2つがずれていて対応しない図面は、もはや“信頼できない”と判断すべきだ。 最後に:見るべきは「広さ」ではなく、「最低値」 坪数や平均天井高、写真の印象。これらはどれも、空間の“印象”には影響しても、実際の可・不可は教えてくれない。本当に知るべきなのは、“もっとも低い”“もっとも狭い”“もっとも短い”数値。梁下最小高、スパンの連続性、最狭有効幅——この3つを、mm単位で最低値から読むこと。それが、賃貸オフィスの空間を「使えるかどうか」で見極める唯一の基準になる。「面積を信じる目」ではなく、「最低値を見る目」こそが、オフィスを見る力になる。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年1月27日執筆2026年01月27日 -
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インフレとオフィス賃料――東京のオフィス賃料を以て、都市の『循環』を取り戻す試論(後編)
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「インフレとオフィス賃料――東京のオフィス賃料を以て、都市の『循環』を取り戻す試論(後編)」のタイトルで、2026年2月26日に執筆しています。少しでも、皆さんに新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次第6章法制度アップデートの可能性―「都市においてオフィスを持続させる」という大義の下で(1)大義と被害の見取り図をはっきりさせる(2)三重拘束(法・経済・心理)の“絡み方”を解(ほど)いていく(3)波及計画──三段階ロードマップ(実務手順の肉付け)(4)橋渡し策:ハイブリッド契約は“当面の解”である(5)90〜180日の実務ロードマップ(現場が今できること)(6)大義と行動呼びかけ 前編では、「オフィス賃料が動かない前提」が、もはや無風で維持できないことを確認した。インフレは“イベント”ではなく、環境になりつつある。データを見ても、少なくとも過去の東京では「物価が上がったから賃料が上がる」という単純な連動は強くない。加えて、普通借家契約の構造は、既存テナントの賃料改定を難しくする。だから市場では、定期借家×指数連動のような試行が出始めている――。ここまでは事実として整理した。後編で扱うのは、その先だ。問いを「値上げしていいか」から、「都市でオフィスを持続させるために、どんな仕組みが必要か」に置き換える。ポイントは三つ。実質賃料の目減りを止める“最低限の連動”共益費を実費として見える形で扱い、疑念を増やさない設計キャップ/フロア、通知、ADRなどで、双方が予算化できる予見可能性この章では、法・経済・心理の三重拘束がどう絡んで「据え置きの慣性」を作っているかをほどき、現場で回るハイブリッド契約と、90〜180日の実務ロードマップまで具体化する。理屈で終わらせない。制度設計と実務手順まで書く。 第6章法制度アップデートの可能性―「都市においてオフィスを持続させる」という大義の下で (1)大義と被害の見取り図をはっきりさせる 賃貸オフィスの賃料が固定されたままインフレが持続するとすれば、話は「賃貸オフィスビルのオーナーの取り分が減る」だけでは終わらない。実質賃料の複利的な目減り(例:年2%インフレで10年後に約18%、年3%なら約26%の実質価値毀損)が続くかぎり、物件のライフサイクル管理に必要な原資が恒常的に不足する。結果として、都市インフラとしての賃貸オフィスに、三段階の劣化が生じ、最終的には都市の生産性と競争力を損なう。以下、その“連鎖”を具体的に描く。 第一段階:維持修繕の後ろ倒し(CAPEX/OPEXの先送り) 更新投資の停滞外壁・防水・屋上防水、空調(チラー・熱源機・冷却塔・BAS)、受変電設備、非常用発電機、消火・排煙、昇降機制御などは計画的更新を前提とする設備である。実質賃料が削られると、これらの法定耐用年数・推奨更新周期に合わせたCAPEX(資本的支出)を後ろ倒しせざるを得ない。リスクの顕在化設備の更新遅延は、突発的な故障→長期停止→BCP(災害時の事業継続計画)対応能力の低下に直結する。電気・空調が落ちればオフィス・フロアは使用不能となり、テナントからのオフィス賃料減額・免責交渉・違約の火種になりかねない。賃貸オフィスビルのオーナーは緊急保全(高コスト)に追われ、計画更新(低コスト)の機会を失う。財務的波及緊急保全は単価が高く、同時に稼働率低下を招く。結果、NOI(純収益)の落ち込みが債務償還余力(DSCR)を圧迫し、借入金の借換え時の条件悪化や金利上昇に対する耐性の低下につながる。つまり、「投資できないから壊れ、壊れるから投資がさらに遅れる」悪循環が始まる。 第二段階:性能劣化(エネルギー効率・快適性・ESG適合の後退) エネルギー効率の不利設備が陳腐化して、旧世代の空調・モーター・制御のままでは、エネルギー価格上振れ局面において共益費が上昇しやすくなる。共益費の実費転嫁が迫られ、テナントには“見えにくい値上げ”として心理的抵抗を生みやすい。快適性・健康性の低下空調の換気量・温湿度制御・騒音・照明などのオフィス環境における体感品質が置き去りになると、集中・協働を価値とする業務に不利が生じがちである。社員満足・採用広報で競うテナントほど、この差を敏感に検知する。ESGと資本コストZEB(Zero Energy Building) Ready、再エネ導入、サブメータリング、ビル管理システム(BAS/EMS)連携などの脱炭素投資が遅れるほど、テナントのESG方針・サプライチェーン要請に合致しづらくなる。結果、グリーン・プレミアムを取り逃し、グリーン・ファイナンスの機会も遠ざかる。資本に“色”が付く時代、ESG非適合は資金調達コストの上振れとして跳ね返りかねない。 第三段階:賃貸オフィス市場における地位の低下(“質への逃避”で選別が進む) テナントによる選別の加速テナントが“Flight to Quality”を強める局面では、立地×性能×ESGを満たすビルが指名買いされる一方、設備の更新投資を止めた賃貸オフィスビルは稼働率のジリ下がりに直面する。金融の負のスパイラル稼働率低下→NOI縮小→評価額下落→LTV(総資産有利子負債比率)上昇→借入金の借換え難化→さらに設備の更新投資が削られる、という自己強化ループに入る。これがエリア内で複数のオフィスビルに同時多発すると、街区の魅力そのものが薄れ、集積の経済(アグロメレーション)が毀損する。賃貸オフィスビルの新規供給・再生の停滞賃貸オフィスビルの採算の見通しが立たなくなると、再開発・大規模改修の意思決定が鈍る。「古いが安い」で埋めるには人材・業務の要件が合わず、都市全体のオフィス品質が逓減していく。 ミクロレベルの個別の損益を超える“都市リスク” ミクロレベルの個別の損益を超える“都市リスク”これらの悪循環は、個別オーナーの損得の問題にとどまらない。都市において、オフィスは知的生産のプラットフォームであり、人と人との偶発的な出会い・学び合い・コラボを生む「場の装置」である。リモートワークが一般化した今こそ、「出勤する理由のあるオフィス」を、どれだけ維持・創出できるのかが都市力の分岐点だ。オフィス賃料が固定されて、上げられず、オフィスビルの更新投資が止まる都市は、クリエイティブ人材の“心の距離”を縮められない。結果、人材の採用・定着・新規事業が不冴えとなり、マクロレベルで企業所得、雇用所得、さらには地方自治体の税収にも波及する。賃料硬直は都市の生態系を静かに蝕む。 だから“大義”が要る 結論は明快である。テナントの負担能力を尊重しつつ、オフィス賃料という“都市の血液”の循環を回復し、オフィスという社会的基盤を持続させる必要がある。そのための、インフレ期における最低条件は、実質賃料の恒常的な目減りを止める仕組み(全額連動でなくとも、部分的・段階的でもよい)、OPEX(業務費用)の“隠れインフレ”を透明化し回収できる制度設計(共益費の実費連動・算式明示)、オフィスビルの更新投資を止めないためのキャッシュフローの予見可能性(キャップ/フロア、通知、ADR等)の三点である。この大義を掲げ、「値上げか据置か」ではなく「都市の生産性をどう守るか」という問いに置き換える。ここから先の章で示すロードマップ(試行→標準→法制化)とハイブリッド設計は、そのための導入・運用の枠組みである。 (2)三重拘束(法・経済・心理)の“絡み方”を解(ほど)いていく オフィス賃料という都市の血液の循環を阻んでいるのは、法・経済・心理の三重の拘束である。それら三つの拘束は独立しているのではない。法の硬直が経済のしわ寄せを増幅し、その痛みが心理の防衛反応を固着させ、結果として「据え置きの慣性」を自動化する。この三つの拘束の絡み合いを解くには、それぞれの拘束を直接、解く“技(わざ)”と、三者を同時に緩める“段取り”の両方がポイント。以下、現場で実施できる解き方を具体的に検討する。 A. 法的拘束の正体と、解き方 正体普通借家契約で、賃料増額に踏み込むには、改定条項の適用または借主の明示合意、もしくは借地借家法32条に基づく増額請求(経済事情等の事情変更の立証)が必要である。契約の更新の際でも、合意に至らなければ26条の法定更新により従前条件がそのまま継続する。合意不成立で調停・訴訟に進めば時間とコストが嵩み、増額幅も限定されやすい。結果として当事者双方が「裁判は割に合わない」と学習し、据え置きが最適という実務的ナッシュ均衡が定着する。解き方(契約と手続の“二段アプローチ”)①契約の再設計(将来合意の前置き)指数連動の賃料改定の“枠”だけ先に合意:CPI(生鮮除く)・計算式・改定頻度・キャップ/フロア・通知期限・下限賃料を条項テンプレで明文化(自動執行を原則、上振れ超過時は再交渉トリガー)。共益費は別式で“実費連動”:エネルギー・清掃・警備・FM契約指数を明示し、賃料に“隠れインフレ”が混ざらないようにする。定期借家×指数連動(ハイブリッド):満了時の条件見直しの確度を確保しつつ、期間中は上限付き自動改定で紛争を予防。②手続の前倒し(争点の事前限定)ADR前置条項:専門調停パネル(不動産鑑定士+会計+不動産)での30–60日決着を合意しておく。“証拠パック”を契約添付:近隣相場・OPEX推移・CPI系列・将来CAPEX計画・FM(施設管理)見積・評価DCF入力例。「何を出すか」を先に決め、証拠の争いを封じる。レンダー承諾・会計整理の同時進行:借入のローン契約の賃料改定条項と整合し、IFRS/US GAAPの開示Q&Aを付属。外堀から固めて合意を容易化する。ポイントは、「裁判に行かないで済む自動運転レールを、平時に敷く」ことである。条項と手続の二段で、法的拘束の“発動可能性”を小さくすることを企図。 B. 経済的拘束の見える化と、合意のための“数式” 正体賃貸オフィスビルの維持・運営において、OPEX(業務費用:清掃・警備・設備管理・光熱・保守)の労務単価上昇と資材高、さらにESG適合のためのCAPEX(資本的支出:熱源更新・配電・ZEB化)が二重に上振れ。賃料が固定されると、実質賃料はインフレ率分の複利で減価する。例:年2.5%で10年=約22%、年3%で10年=約26%の実質毀損。解き方(“可視化→数式→KPI”の三段)①可視化NOI(純収益)の差分分析:前年→当年のNOIの差分を、賃料・空室・フリーレント・光熱・FM・修繕に分解。CAPEX(資本的支出)の棚卸し:5年の必須更改(空調・受変電・昇降・防災)を年次平準化して提示。実施しなければ、賃貸オフィスビルの運営が滞る投資を特定。共益費の変動要因(ドライバー):電気使用量:kWh/㎡、清掃単価、夜間警備人数など物量指標で説明。②数式指数連動式(例):改定率=min〔Cap,max〔Floor, 連鎖CPI:CPI_t/CPI_0−1〕〕新賃料=旧賃料×(1+改定率)※半期ラグ・移動平均(12–24か月)でノイズを平滑化共益費式(例):共益費単価_t=α×エネルギー単価_t+β×労務指数_t+γ×保守指数_t(α+β+γ=1)※原価連動を明示し、疑心暗鬼を潰す。③KPINOIマージン・稼働率・離脱率・DSCRを四半期ごとに、オーナーとテナント間で共有。ESGでは一次エネルギー原単位・CO₂排出・改修進捗を開示。「賃料改定=投資継続の担保」の関係と数値で明確化して、テナントの理解度を上げる。オーナーとテナントの協議は、テナントに“お願い”をする場ではない。合意済みの算式とKPIを基準に、双方が同じ事実認識に立つためのプロセスである。指標と算定式に落としておけば、賃料改定は駆け引きではなく、あらかじめ取り決めた枠組みに沿って自動的・機械的に決まる。 C. 心理的拘束の反転:物語の書き換えと“勝てる土俵”選び 正体テナントには「値上げ=悪」「固定費は触らない」という予算文化。オーナーには「訴訟=関係破壊」の恐怖。双方が相手の拒否を前提に思考し、先に進めなくなっている。解き方(フレーミング+セグメンテーション)①物語の書き換え“値上げ”→“投資の分担”:改修計画・省エネ効果・BCP向上をロードマップで提示。“賃料”→“人的資本の装置”:採用・定着・ブランドの社内KPIに接続。人事・広報を交渉席に招く。不安の可視化:キャップ/フロア、通知期限、ADRを先に書面化し、「予見可能で、止血できる」ことを示す。②勝てる土俵の選定マトリクス人材依存度×立地代替性、面積の融通度×業種利益率で4象限を作り、パイロット対象を抽出。単独大口・Aクラス・IT/金融/専門職は第一優先。多テナント・低マージンは段階導入(更新時移行・共益費先行)。③交渉の順序①OPEX等の原価の透明化→②設備更新投資の約束(工事項目・期日)→③賃料連動の指数、およびキャップ/フロアの設定→④ADR・監査権→⑤広報の共同発表の順で“信頼残高”を積む。重要なのは、価格設定の前に品質と約束を示すことだ。心理は言葉で変わらない。順番と見える約束でしか変わらない。だから先に設備更新の投資計画と、賃料連動の仕組みにキャップを設定する。 D. 三重拘束を同時に緩める“段取り”――段階的解凍の設計図 ①可視化フェーズ(0–30日)物件別に、NOI差分分析、5年CAPEX(資本的支出)の棚卸し、共益費の変動要因(ドライバー)を明示し、資料作成。証拠パックv1.0(CPI系列、相場、FM見積、DCF例、KPI定義)を整備。②設計フェーズ(30–60日)Term Sheet起案:指数・計算式・キャップ/フロア・通知・共益費式・ADR(裁判外紛争解決)・違約金。英語版条項と会計Q&Aを準備、レンダー承諾の要否を確定。③パイロット交渉(60–120日)勝てる土俵から着手(単独大口×Aクラス×人材依存高)。定期借家×指数連動(上限3〜5%、下限0〜−1%)で試行。合意の見返りとして具体的CAPEXの期日コミットを出す(例:空調・受電・BAS更改の着工月を契約付属)。④KPI開示と検証(120–180日)NOI/稼働率/離脱率/DSCR、一次エネ原単位を、四半期開示。テナント満足(温湿度・照度・応答時間・故障率)をSLA(サービス品質保証)で数値化し、達成状況を共有。⑤標準化と横展開(〜1年)モデル条項・証拠パック雛形・ADR(裁判外紛争解決)の専門家パネル名簿を標準化。多テナント物件は「更新時に賃料連動へ移行」の段階導入。共益費先行のミニ改革から着手。これらの段取りは、次節のフェーズ①(試行)→②(ガイドライン)→③(法改正)のロードマップに直結する。現場でのパイロット成功が行政・金融・司法のものさしを生み、最終的に法の硬直を解く“正攻法”になる。 要するに法は、「条項」と「手続」を先に合意して裁判ゼロ化を狙う。経済は、算式とKPIに落とし、値上げ幅を“設定”に変える。心理は、投資の約束と歯止めの明文化で、恐れを予見可能性に置換する。この三本柱を小さく産んで大きく拡げるのが、段階的解凍である。ここまでの導入・運用の道筋が見えてくれば、次のロードマップではどの条項から公的ガイドラインに載せるか、どのKPIを外部開示の共通言語にするか、どのADR(裁判外紛争解決)スキームを標準にするかを具体化できる。三重拘束は、算式・約束・順番で解くことができる。 (3)波及計画──三段階ロードマップ(実務手順の肉付け) 目的:第2節で定義した“解き方(算式・条項・手続)”を、東京のオフィス市場全体に段階的に波及させる計画を検討する。キーワードはフェーズゲート(移行条件)、成果物(アセット)、関係者行動、データ公開である。 (3)-1:フェーズ①:小さく産み、大きく拡げる(〜2027) 旗印:成功事例を創る。対象:都心Aクラス×単独大口(IT・金融・専門職中心)。第2節で検討した“算式・条項”をそのまま使用。関係者の行動計画オーナー/AMパイロット選定マトリクス(人材依存度×立地代替性×利益率)でパイロット候補を抽出。Term Sheet提示(賃料連動の指数・キャップ/フロア・共益費の算式・通知・ADR(裁判外紛争解決)・違約・SLA)。CAPEX(資本的支出)実施コミットを契約付属に明記(空調・受電・BAS・EV制御の着工月)。テナント(人事・財務・法務)人的資本KPI(採用歩留り・定着・出社率)と賃料の紐づけ。予算計画に賃料のキャップを埋め込む。レンダー/投資家ローン契約の賃料改定条項をコベナンツ微修正により整合。不動産鑑定DCFの賃料成長パスを“指数連動シナリオ”として明示化。グリーンローン/SLL(サステナビリティ・リンク・ローン)のKPIにSLA達成・省エネ改修を組み込み、金利インセンティブで普及を後押し。第三者(不動産鑑定・FM・ADR(裁判外紛争解決)パネル)証拠パック雛形v1.0(相場、OPEX、CPI系列、DCF例)。ADR(裁判外紛争解決)前置で30–60日解決の運用訓練。成果物(フェーズ①の“アセット”)契約モデル条項(民間版)、証拠パックv1.0、KPIダッシュボード雛形、SLAテンプレ、社内承認Q&A(日本語・英語)。公開と広報導入案件のKPI(離脱ゼロ、NOI改善、DSCR持ち直し、一次エネ改善等)を匿名化収集し、四半期ホワイトペーパーを恒常発行し、データレイクとして活用。フェーズゲート(①→②)パイロット20案件以上で離脱率≦1%、NOIマージン+1.0pt、 DSCR0.1pt回復。ADRで80%以上が60日以内に和解/勧告。 (3)-2:フェーズ②:行政が“ものさし”を揃える(2028–2030) 旗印:標準を示す=セーフハーバーの提供。行政・業界団体のタスク・行動計画国交省・法務省「物価連動条項モデル契約」(普通借家でも利用可)を官公庁サイトで公表。運用メモ:借地借家法32条との整合、賃料連動のキャップ/フロアの推奨レンジ、通知・自動改定・再交渉トリガー、ADR前置の手順。不動産鑑定士協会・弁護士会差額配分法×指数連動の不動産鑑定ガイドを統一。ADR(裁判外紛争解決)パネルの認証制度創設。東京・主要区再開発指針や容積・環境インセンティブと、指数連動型のオフィス賃料と設備更新投資のコミットを関連付け(省エネ改修の前倒しを促す)。民間の行動計画(普及段階)多テナント型ビルでの段階導入第1更新で共益費実費連動→第2更新で賃料指数連動移行などの段階導入。地方中核都市への展開「まずは指針通り」で導入。エネルギー・労務指数の地域係数を設定。成果物(フェーズ②の“資産”)官製モデル条項v1.0、運用メモ、証拠パックv2.0(地域係数・業種別係数)、ADRスキーム標準書、KPI定義手引き。フェーズゲート(②→③)都心Aクラスで導入率30%、多テナントで共益費実費連動の採用50%、ADRの60日内解決率80%達成。 (3)-3:フェーズ③:ルールを法典に刻む(2030年代前半) 旗印:盤石にする=グレーゾーンの排除とデジタル実装。改正骨子(商業用特則の新設)指数連動型の将来賃料見直し特約の有効性を明文化(合意要件・自動改定・キャップ/フロア・再交渉トリガー)。定期借家の説明義務のデジタル化・簡素化(電子交付・多言語化)。ADR前置の原則化(専門パネルの標準化・期間目安)。経過措置と移行設計既存契約へのオプトイン方式、一定規模(例:床面積・契約金額)以上に段階適用。消費者(住宅)領域とは分離し、商業用限定での特則化。成果物(フェーズ③の“アセット”)法文・逐条解説、標準契約セット(日本語/英語)、審級ごとの判例整理テンプレ、電子ADR基盤。 (3)-4:ロードマップ全体表(役割明確化) フェーズ旗印主な施策(第2節の“算式・条項”参照)成果物フェーズゲート①試行期(〜2027)成功事例を創る都心A×大口で定期借家+指数連動(上限5%/下限0〜−1%)、共益費実費連動、ADR前置契約モデル条項(民間)、証拠パックv1.0、KPIダッシュボード、SLAテンプレパイロット20案件で離脱≦1%、NOI+1.0pt、DSCR+0.1pt、ADR60日内80%②ガイドライン期(2028–2030)標準を示す行政モデル条項・運用メモ、不動産鑑定/司法ガイド、地方展開、段階導入官製モデル条項v1.0、証拠パックv2.0、ADRスキーム標準書、KPI定義手引き都心導入30%、多テナント共益費先行50%、ADR60日内80%③法改正期(2030s前半)盤石にする商業用特則(特約有効性・定期借家デジタル化・ADR前置)法文・逐条解説・標準契約(JP/EN)、電子ADR基盤立法・施行、段階適用 (4)橋渡し策:ハイブリッド契約は“当面の解”である (4)-1:位置づけと目的 法改正を待つ余裕は現場にない。定期借家の強さ(満了で条件更新)と普通借家の安心(過度変動の抑制)を折衷したハイブリッド:「定期借家ベース+指数連動(キャップ/フロア付き)+共益費の実費連動+ADR前置」を束ねたハイブリッド契約を当面の解とする。目的は3つ。①インフレ下での実質賃料の目減り防止、②テナントの予算可能性と説明容易性の確保、③改修・省エネ投資の前倒しと金融面の安定(DSCR防衛)である。 (4)-2:ハイブリッド契約モデルの設計要点 過渡期において現実的に機能し得るハイブリッド型の賃貸借契約モデルも検討に値する。これは現行法で許容される範囲と将来的な制度変更を見据えたリスク分担を織り交ぜた契約形態で、具体的な設計の要点は以下のとおりである。ベース賃料+年次CPI調整(上限○%):初年度賃料を定めた上で、2年目以降は前年の物価上昇率に応じて賃料を増額(あるいは減額)。ただし急激な変動を避けるため1年あたりの上下限幅を例えば±3%程度にキャップ。これによりインフレ局面で実質賃料を維持しつつ、テナントにとっても予見可能な範囲の変動に留める。デフレ下での調整と下限設定:CPIがマイナスとなった場合には賃料の据え置きや一定率の減額も認める(例:「下落局面では年最大-1%まで調整」)。ただし下限となる賃料額を契約上定め、極端なデフレでオーナー収入が大幅に減少しないよう保護。下限値は初年度賃料の○○%相当など明文化しておく。中途解約のペナルティ:テナント側の事情で契約途中で解約する場合に備え、違約金(解約ペナルティ)を残存期間月数×賃料の0.5ヶ月分といった計算式で設定。例えば残り12ヶ月で解約なら6ヶ月分の賃料相当額を支払う形。これによりテナントには一定の流動性を認めつつ、オーナー側も空室リスク・収入途絶リスクに対する補填を得られる。ペナルティ水準は高すぎると借り手敬遠につながるため、国際水準や他業種(例えば物流施設契約)の慣行も参考に設定。共益費の連動調整:賃料と連動して増減する共益費(ビルの管理費・サービスチャージ)についても、契約書中で算定式を明示。例えば「共益費単価○円/坪は賃料単価の○%相当として毎年賃料と同率で改定」等の条項を設ける。これにより、インフレ下でオーナーが管理維持費の高騰分を確実に回収できるとともに、将来の不透明な費用負担を巡る貸借間の紛争リスクを低減。再交渉トリガー:3年移動平均のCPIが+5%超、あるいは-2%未満で発動。キャップ/フロアの一時見直しや反映率50%化などの緊急手当を条文化。SLA連動:温湿度・停電復旧・EV稼働等のSLAを付属書で明確化。指数連動の対価として品質保証を紐付け。 (4)-3:条項雛形(交渉・審査を通りやすい文面) 第X条(指数連動による年次改定)本物件の翌賃料は、総務省公表の東京都区部CPI(生鮮食品除く。基準年の改定があった場合は公表値の連鎖により換算する。以下「CPI」という)に連動して毎年○月に自動改定する。改定率=clip(CPI_t/CPI_0−1, Floor, Cap)(注:clipは上下限で挟み込む関数。Cap=+3.0%、Floor=0.0%または−1.0%)改定により増減する月額賃料は最小改定幅(例:0.5%)未満の場合は据置とする。端数は10円未満四捨五入。貸主は改定日の60日前までに計算根拠とともに新賃料を通知する。借主は通知受領後10営業日以内に合理的根拠に基づく異議申立てを行うことができる。CPIの公表停止・基準変更その他で連動が不可能な場合は、総務省が推奨する補助指数又は専門家合議(不動産鑑定士・会計士・統計家各1名)による代替連鎖を用いる。本条の解釈に疑義が生じた場合、当事者はADR(不動産専門調停による裁判外紛争解決)を前置とし、60日以内の調停不成立時に限り、訴訟提起できる。第Y条(共益費の実費連動)共益費単価は、エネルギー単価指数、労務単価、保守契約金額等の費目式に基づき毎年改定する(数式を別表に明記)。共益費は賃料の指数連動から独立して改定する(二重反映禁止)。貸主は前年実績の監査可能な明細を開示する。第Z条(解約・違約金)借主は残存期間中いつでも解約できる。違約金は残存月数×0.5か月分の月額賃料とする。大規模移転・組織再編等の合理的事由がある場合、双方協議の上、上記水準の±20%範囲で調整できる。 (4)-4:ケース別運用の掘り下げ 単独大口テナント型:CPI:100%反映×キャップ:3%が通りやすい。SLAとCAPEXコミット(空調・受電・BAS更新の期日)をセットで明記し、人的資本KPI(採用歩留り・定着率)を報告項目に入れる。多テナント型:段階導入が現実的。①第1更新で共益費実費連動のみ導入→②第2更新で賃料指数連動へ移行。小規模区画には最小改定幅規定で事務負担と摩擦を抑える。業種別の落とし所:IT・金融・専門職:人的資本投資の文脈で100%反映+キャップ。一般製造・商社:反映率50%+段階賃料。BPO・コールセンター:賃料据置+共益費実費連動+面積最適化(可動間仕切・シェアオフィス併用)。 (4)-5:数値サンプル(想定レンジを示す参考値) 前提:基準賃料30,000円/坪・月、面積1,000坪。CPI+2.8%(Cap3%、Floor0%)→改定率+2.8%⇒新賃料30,840円(30,000×1.028=30,840)。差額840円/坪・月⇒月84万円(840×1,000)、年1,008万円(84万×12)。CPI+5.6%(Cap3%)→改定率+3.0%⇒新賃料30,900円。差額900円/坪・月⇒月900万円,年1,080万円。CPI−0.8%(Floor0%)→据置(フロア作動)。Floor−1%なら29,760円(30,000×0.992=29,760)。 (4)-6:運用上の盲点と手当 指数基準改定・欠測:連鎖指数の採用と代替指数(同系列・近接系列)の順序を条文化。発表ラグ:半期ラグ反映または移動平均で平滑化。二重取り:共益費は費目式で、賃料の指数連動と切り分ける。監査請求権を明記。レンダー承諾:ローン契約の賃料改定条項・コベナンツに事前整合。会計・開示:IFRS/US GAAPの可変対価の扱い想定問答(日英)を付属書で用意。 (4)-7:よくある反論への先回り Q1:CPIはオフィスのコスト構造を反映しないのでは?→賃料(購買力)はCPIで、運営費(費目実態)は共益費別式で補正する二層構造が合理的である。指数遅延の影響は移動平均や半期ラグで平滑化できる。Q2:インフレ急騰時にテナントが耐えられない。→キャップ+再交渉トリガーで吸収する。例えば「3年移動平均が+5%を超えた場合は、翌期から反映率を50%に暫定変更し、次回更新で再設定する」。突発のコストショックを段差化する設計が鍵である。Q3:デフレ時にオーナーが痛む。→フロア(0〜−1%)+下限賃料で底割れを防ぐ。デフレは共益費にも効くため、実費連動の軽減で一部相殺される。Q4:裁判になれば結局グレー。→モデル条項準拠+ADR前置で紛争を前倒しに解決する。証拠パック(相場・OPEX・指数)を契約時に合意し、「争点を事前に限定」しておく。Q5:グローバル本社の承認が厳しい。→英語版の条項雛形とIFRS/US GAAPの開示整理をセット提供する。予算キャップと再交渉トリガーを明確にすれば、海外本社の承認は下りやすい。Q7:指数改定時の“追い補正(キャッチアップ)”→連鎖計算に限定し、過去年分の一括清算は行わないと明文化。Q8:テナント社内の説明が難しい→①賃料連動のキャップ、②SLAとCAPEXコミット、③最小改定幅、④ADR60日を“安心の四点セット”としてパッケージ化。要するに「完璧」より「実装可能」である。算式と条項を明示し、二層(賃料×共益費)でコストと物価を分担し、KPIで価値を見える化。これが、賃料の硬直を溶かし、投資と維持の循環を回すための当面の現実解だ。 比較表(要点)視点従来の普通借家完全定期借家ハイブリッド案インフレ耐性×実質目減り◎全転嫁可〇キャップ付で部分転嫁借主の安定度◎高い△満了不安〇キャップ&マイルド違約金で予算化可能紛争リスク◎低い〇条項次第◎自動改定+ADR条項で予防 (5)90〜180日の実務ロードマップ(現場が今できること) (5)-1:目的と全体設計 目的は三つである。①インフレ下での実質ベースでのオフィス賃料目減りの停止、②テナントの予算可能性と納得度の確保、③CAPEX前倒しと金融安定(DSCRの底割れ回避)である。そのために4フェーズ/180日で、算式(賃料指数連動)と実費(共益費)の二層化、条項化、社内外承認、1号案件のクローズまで走り切る。 (5)-2:0–30日|診断フェーズ(Where We Are) 狙い:現状のNOI感応度と設備更新投資ニーズ、交渉・金融制約を数値で見える化。作業NOI感応度分析:賃料±3%、共益費±10%、稼働率±1ptの三軸でNOI・DSCRへの弾性を試算する。CAPEX(資本的支出)の棚卸し(5年):空調・受変電・BAS・EV・外装防水・防災の更新計画と未実施リスクを金額化する(BCP・ESG影響も注記)。更新・解約カレンダー:重要テナントの契約満了・中途解約可否・面積構成を一覧化。レンダー制約:コベナンツ(LTV/DSCR)、賃料改定条項、賃貸条件の変更に関する要承諾事項を洗う。テナント・レディネススコア:業種(IT/金融/専門職/一般製造/BPO等)、収益性、採用計画、在席率、拠点戦略を基に受容可能性をA/B/Cで仮格付け。指数運用の前提整備:採用指数(東京都区部コアCPI)、代替指数、連鎖換算ルール、発表ラグ方針(半期ラグor移動平均)を素案化。成果物(アセット)物件別NOI/DSCR感応チャートCAPEX5年ロードマップ(費目・金額・優先度)更新マトリクス(テナント×期日×交渉余地)レンダー制約メモ/指数運用メモ(案)フェーズゲート(Go/No-Go)パイロット案件の候補(都心Aクラス×大口AまたはB格付けテナント)を2件以上選定。感応度分析で賃料+2〜3%の効果>離脱リスクとなることを確認。 (5)-3:【30–60日|設計フェーズ(How It Works)】 狙い:交渉可能な条項と算式を確定し、社内説明・海外本社・会計監査に通る「書式」を整備。作業Term Sheet作成:指数(定義・連鎖・代替)、キャップ/フロア、改定頻度、最小改定幅、通知期限、ADR前置、再交渉トリガー(3年MA+5%等)を明記。共益費の算式:エネルギー単価×使用量、労務単価×標準工数、保守契約金額等の算式式を別条(付属書)に落とす。二重反映禁止を条文化。SLAとCAPEXコミット:温湿度・停電復旧・EV稼働率等のSLA、空調・受電・BAS更新の期日をコミット。英語雛形/会計Q&A:IFRS/US GAAPの変動対価・開示論点をセット化。テナント三者対話:人事・財務・法務と同席し、人的資本投資の文脈で説明。社内承認ライン:稟議・投資委員会・ディスクロージャーへの影響整理。成果物(アセット)Term Sheet(日本語/英語)契約条項雛形(指数連動条項・共益費条項・ADR条項)SLA付属書/CAPEX実施計画会計・開示Q&A(IFRS/US GAAP)テナント向け説明資料(含むFAQ)フェーズゲート(Go/No-Go)テナントの海外本社・内部監査の事前レビュー受入れ。テナント側キーパーソンから継続協議合意を取得。 (5)-4:【60–120日|外部整合フェーズ(License To Operate)】 狙い:金融・不動産鑑定・保険・ESGの外周承認を取り、資産評価モデルに指数連動の賃料に基づくキャッシュフローを織り込む。作業レンダー承諾:ローン契約(賃料改定条項・コベナンツ)の修正、Consent Letter取得。必要ならキャッシュ・スイープ/DSRA(借入返済準備金口座)の微調整。不動産鑑定アップデート:DCFへ指数連動の賃料成長パスを反映。継続賃料を算定する際、適用される差額配分法との整合手順をメモ化。保険・ESG連動:省エネ改修(ZEB Ready相当)や需要家側再エネの実施計画を賃料改定と同期。データルーム整備:賃料連動の指数定義、算式、原データ、共益費実績、SLA基準、CAPEX計画を一式格納。コミュニケーション計画:ステークホルダー別(投資家・テナント・レンダー)にメッセージとKPIを整理。成果物(アセット)Lender Consent/修正条項不動産鑑定評価書(改訂)ESG・改修実行計画データルーム目録発表用KPI定義書(NOI/稼働率/離脱率/DSCR/一次エネルギー原単位/SLA達成率)フェーズゲート(Go/No-Go)レンダー・不動産鑑定の承諾完了。テナントとの主要条件合意(HOA)を取得。 (5)-5:【120–180日|ローンチ・フェーズ(Close & Scale)】 狙い:パイロット案件のクロージングと、横展開テンプレの確立。作業契約クロージング:契約書・付属書(指数・算式・証拠パック・SLA)確定、通知運用(60日前)起動。システム反映:賃料改定ロジックをPM/会計システムに実装(clip関数、最小改定幅、端数処理)。KPI四半期開示:NOI、稼働率、離脱率、DSCR、一次エネルギー原単位、SLA達成率を定義どおり開示。コミットCAPEX着工:空調・受電・BAS等のフェーズ1を発注。社内標準化:チェックリスト、条項テンプレ、交渉順序、会計・開示Q&Aを運用規程に落とす。成果物実行契約一式/社内標準パック(条項テンプレ、Term Sheet、FAQ、KPI定義、チェックリスト)四半期レポート(初回)横展開計画(次の3物件・6〜12か月)フェーズゲート(Go/No-Go)パイロット案件の離脱ゼロまたは契約面積の90%以上同意。KPIでNOIマージン改善とDSCRの持ち直しが確認できること。 (6)大義と行動呼びかけ (6)-1:危機の再提示――オフィス賃料の固定化の継続は、都市の自己消耗である 本コラムの出発点は単純である。オフィス賃料が動かないままインフレが続けば、最後にツケを払うのは都市そのものだ、ということだ。個々のオーナーの損益悪化で済む話ではない。固定されたオフィス賃料が実質ベースで痩せ細る一方で、OPEX(業務費用:清掃・警備・設備・光熱)とCAPEX(資本的支出:建物・設備の更改・更新投資)は膨張する。すると、設備の維持・修繕の後ろ倒しが起き、外壁・防水・空調・受変電・エレベーター等の更新が遅れる。これは見映えではなくBCPと稼働の問題であり、突発故障・停止リスクに直結する。設備の性能劣化が進み、断熱・空調効率の旧態化はエネルギーコストを押し上げ、共益費の上昇→テナントの体感負担増を招く。ZEB/再エネ/スマメの投資遅延はESG不適合を累積させる。賃貸オフィス市場での地位の低下が続く。テナントの質への逃避(Flight to Quality)が強まる局面では、更新投資を止めた中位・下位ビルから稼働が削られ、NOI(純利益)縮小→物件の評価額下落→LTV上昇→借入金の借換え難化という金融スパイラルに陥る。この悪循環は、人材の立地選好を変え、知的生産の舞台としての都市競争力を削る。リモートが常態化した今こそ、「出勤する理由のあるオフィス」を維持・創出できるかが都市力の分岐点である。結論は明快だ。固定的なオフィス賃料の継続は都市インフラとしてのオフィスの自己消耗であり、将来世代への負債である。テナントの負担能力を尊重しつつ、オフィス賃料という“血液”の循環を回復する――これがインフレ期の最低条件である。ここまでで「なぜ今、オフィス賃料を動かすのか」を確認した。次に問うべきは「誰が何をどう分担するか」である。 (6)-2:共創のフレーム――「賃料上げvs据置」を超えて 論点は値上げそのものの可否ではない。働く場所への投資をどう分担するかである。そのための土台は、共通言語=算式・KPI・SLA・CAPEX計画だ。役割は次のとおりである。テナント:賃料を費用ではなく人的資本への投資として再解釈する。採用・定着・エンゲージメント・知的生産を生む装置がオフィスである。オーナー:賃料連動の指数・算式・SLA・CAPEXを開示し、透明性と予見性で信頼を積み上げる。賃料改定はお願いではなく合意済みの算式の実行に位置付ける。行政:モデル条項(セーフハーバー)と運用メモを示し、訴訟前の解決(ADR)の通り道を作る。金融:KPI連動の条件変更やグリーン・サステナブル金融で資本コストを下げ、循環の背骨を支える。この四者が同じ言語(KPI・条項・改定式)を共有したとき、硬直は解ける。第(4)節のハイブリッド契約は「現場で回る設計」、第(5)節の実務ロードマップは「明日から動く段取り」だ。ここから先は、誰が最初に踏み出すかのゲームである。次節では、「まず90日で何をするか」をステークホルダー別に落とし込む。 (6)-3:ステークホルダー別・即応アクション(90日内に始めること) オーナー(AM/PM・デベロッパー)指数連動Term Sheetを持ち物化(CPI定義、キャップ/フロア、通知、再交渉トリガー、ADR)。共益費の算式を別条に明文化(費目ごとの実費式、二重反映禁止、監査請求権)。SLA+CAPEXコミット(空調・受電・BAS等)を賃料改定とセットで約定。KPI開示(NOI、稼働、離脱、DSCR、一次エネ原単位、SLA達成)を四半期で回す。パイロット案件を都心Aクラス×大口で着手(第(5)節の180日工程へ接続)。テナント(人事・財務・法務・総務)人材KPI(申込率、内定承諾、早期離職、出社率、生産性)を定義。HCROI(Human Capital ROI)仮枠を置き、賃料投資の説明責任を明確化。二層構造(賃料=算式、共益費=実費)に同意、キャップ付き指数連動の試験導入に名乗り。オフィス配置の再設計(高付加価値=都心A、バックオフィス=周辺/衛星)。契約FAQ(英語含む)を社内配布し、決裁の摩擦を事前に下げる。行政(国交・法務・不動産・司法関係)モデル条項・運用メモ素案の公開とセーフハーバー宣言。ADR前置スキーム(専門家パネル)を明示、訴訟コストを社会的に圧縮。不動産鑑定×司法の手順書(差額配分法×指数連動の整合)を連名で出す。ESG補助・税制をCAPEX前倒しに連動、賃料改定と同時運転化。金融(レンダー・投資家・不動産鑑定)Lender Consentの標準雛形を整備、指数連動を可視的成長として評価。グリーン金利/サステナリンクの条件にSLA・CAPEX達成を紐づける。不動産鑑定DCFに指数連動の成長パスを勘案し、評価のねじれを解消。それぞれの当事者の行動が始まれば、次に必要なのは「測る・見せる・比較する」の標準化である。 (6)-4:メトリクスと透明性――「語彙」を合わせる 導入の成否は、計測・開示・比較の標準化にかかる。以下をベースラインとする。賃料改定の算式:改定率=min〔Cap,max〔Floor, 連鎖CPI:CPI_t/CPI_0−1〕〕、最小改定幅0.5%、端数処理は小数第2位四捨五入。共益費の算式:エネルギー=単価×使用量、労務=単価×標準工数、保守=実契約額。監査請求権・二重反映禁止を明記。公開KPI(オーナー):NOIマージン、稼働率、離脱率、DSCR、一次エネルギー原単位、SLA達成率、CAPEX実行率。KPI(テナント):採用申込率、内定承諾率、出社率、在席密度、部門別付加価値/人、早期離職率。これらの共通の語彙が整えば、賃料改定は主観の応酬ではなく、合意済みの数式とデータに基づく実行へと変わる。最後に、読者が、ここだけは握っておくべき最低ラインを示す。 (6)-5:10の約束(デカログ)――ここで合意すべき最低ライン ①料は血液である。循環を止めない。②賃料の算式(指数連動)と共益費の実費は分ける。③キャップ/フロアで予見性を担保する。④SLAとCAPEXを賃料改定に紐づける。⑤KPIは四半期で開示する。⑥ ADRで裁判の前に話す。⑦英語雛形+会計Q&Aでグローバル承認を通す。⑧不動産鑑定DCFに成長パスを勘案する。⑨レンダー承諾を同時並行で取得する。⑩パイロット案件を作る。成功こそ唯一の説得力である。この10項さえ押さえておけば、理屈は現場の実務手順に変わる。 (6)-6:一旦の結び――これは「着地」ではなく「跳躍台」である 本コラムのゴールは、単純に「オフィス賃料上げの是非」を裁くことではない。インフレという環境変化のもとで、都市の賃貸オフィスという社会インフラを持続させる術を提示することである。賃料が動かなければ、建物・設備の更新投資は止まり、都市は痩せる。だが、動かし方を誤れば、テナントとオーナーの分断を招く。ゆえに必要なのは、感情ではなく透明性・予見性・共通語彙で賃料を動かす枠組みである。その共通語彙とは、具体的には算式(指数連動の賃料改定を導き出す算式)、KPI(NOI・稼働・DSCR・一次エネルギー原単位等)、そして手続(通知・キャップ/フロア・ADR(裁判外紛争解決)の前置)である。数式に落とした改定は、押し問答ではなく合意したルールの自動執行になり得る。KPIの四半期開示は、オーナー・テナント・金融・行政が同じダッシュボードを見ることを意味する。ここまで整えば、賃料改定は「お願い」でも「恫喝」でもなく、共同で回す経営装置に変わり得る。実務手順も明確にしたいところである。まずはハイブリッド契約(定期借家×上下限付きCPI連動×共益費は実費連動)で“当面の解”をつくる。次に、モデル条項と運用メモでセーフハーバーを整え、紛争はADRで早期に解く。最後に、商業用特則の法改正でねじれを法的に解消する。これは理念ではなく、現場で回る順序である。順序を飛ばせば、反発と摩擦が増えるだけだ。ステークホルダーの役割分担もはっきりしている。オーナーは算式・SLA・CAPEX計画を前に出し、「何に使い、どれだけ改善するか」を約束する。テナントは賃料を人的資本への投資として位置づけ、採用・定着・生産性のKPIで内部合意を整える。金融はグリーン/サステナビリティリンクで投資の背骨をつくり、行政はモデル条項とガイドラインで予見性を担保する。四者が同じメトリクスを共有した瞬間に、硬直は解ける。忘れてはならないのは、賃料は都市の血液だという事実である。血流が滞れば、末端(中小規模の賃貸オフィスビル)から壊死が始まり、やがて中枢(都市の競争力)も機能不全に陥る。循環させるための弁が賃料改定のキャップ/フロアであり、循環の質を測るのがKPIであり、詰まりを取る外科処置がADRと法改正である。比喩ではない。これは都市経営の手順そのものである。最初のパイロット案件は小さい。しかし、小さく正しく回した歯車は、次の十件を連れてくる。KPIが積み上がれば、レンダーも投資家も「評価モデル」を更新する。モデルが更新されれば、オーナーとテナントの交渉コストは構造的に下がる。やがてそれは標準になる。ここで我々が用意したのは、着地のための安全網ではない。跳ぶための足場である。結論はシンプルだ。今、動く。数式で握る。KPIで見せる。手続で守る。その四拍子で、賃料という血液は再び循環する。跳躍台は整った。踏み切るのは、いま、我々である。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年1月26日執筆2026年01月26日 -
プロパティマネジメント
インフレとオフィス賃料――東京のオフィス賃料を以て、都市の『循環』を取り戻す試論(前編)
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。この記事は「インフレとオフィス賃料――東京のオフィス賃料を以て、都市の『循環』を取り戻す試論(前編)」のタイトルで、2026年1月23日に執筆しています。少しでも、皆さんに新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 目次第1章:インフレは“当たり前”になった―日本の金融環境の正常化とオフィス賃料の分岐点第2章:東京都心Aクラスのオフィス賃料とCPIの時系列分析結果第3章:オフィス賃料の改定を阻む普通借家契約の壁第4章:インフレ連動型賃料の導入事例–オフィス賃料を物価に連動させる試み第5章:インフレ下のオフィス賃料:オーナーの苦境とテナントの対応 インフレで目減りするオーナー収益とオフィス賃料引上げの必要性まとめ:インフレ時代のオフィス賃料見直しと今後の展望 本コラムは「インフレとオフィス賃料――東京のオフィス賃料を以て、都市の『循環』を取り戻す試論」の前編です。前編では、まず、「なぜ今、賃料の“据え置き前提”が限界に来ているのか」を、事実として押さえます。インフレの定着、賃料と物価の関係、普通借家契約という制度の壁、指数連動の試行事例、そしてテナント側の負担能力――。ここまでを整理して、前提条件を押さえておきます。その後、後編では、その前提を踏まえて「では、どのように動かすのか」というところに踏み込みます。値上げの是非の話ではありません。都市のオフィスという基盤を、どう持続させるか。そのための制度設計と実務手順の話です。 第1章:インフレは“当たり前”になった―日本の金融環境の正常化とオフィス賃料の分岐点 賃貸オフィスビルの「賃料」って、不思議な存在かもしれない。いつの間にか、“空気のような前提”になっている。そこにあるのが当たり前で、誰も疑わない。でも、その空気、実はけっこうな違和感を含んでいる。人手は足りず、ブラック残業もご法度。清掃も警備も、バイトが集まらない。管理コストはしれっと上がってる。水光熱費も、業務委託費も、資材価格も、全部じりじり効いてきている。なのに、「オフィス賃料は据え置き」が大前提。現場で口に出さずとも、そういう空気が支配している。言ってしまえばこれは、「コストは上がっているのに、オフィス賃料は変わらない」という、ねじれた均衡だ。だが、この均衡、いつまで保てるのだろうか――。日本の不動産市場は長らく、デフレとゼロ金利の環境下で、“オフィス賃料は固定であること”を前提に成立してきた。更新も、再契約も、大きな波は立てない方がスムーズだった。それが合理的な運用方法だった。だが、前提が変われば、合理性も変わる。この数年、じわじわとではあるが、日本経済はインフレとともに、「当たり前」自体の更新期に入りつつある。それは、物価の上昇という形で現れ、金利の見通しを変え、企業の行動にも波紋を広げている。果たしてこの中で、オフィス賃料だけが例外であり続けられるのか。あるいは、これまで通りの、オフィス賃料が、次の時代にも通用するのか。このコラムでは、そうした問いを念頭に置きつつ、オフィス賃料とインフレの“ずれた関係”をあらためて読み解いていく。「物価が上がっている」。それ自体がニュースになる時代は、もう終わった。いま起きているのは、インフレが“定着しつつある”という現象だ。しかも、それを前提に、企業も人も、そして制度も、ゆっくりと動き始めている。実際、2025年6月25日に開催された日銀の金融政策決定会合では、以下のような前向きな経済認識が共有された。「(一部に弱めの動きもみられるが、)景気は緩やかに回復している」「法人企業統計をみると、企業の稼ぐ力と賃上げ余力は改善している」「物価は一時的な下振れリスクはあっても、その後は成長率が高まり、見通し期間内には『物価安定の目標』と概ね整合的な水準で推移する見通し」「経済・物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利の引き上げ、金融緩和の度合を調整していくことになる」2%というインフレ率は、かつては“達成すべき目標”だった。いまでは“前提条件”になりつつある。そして、次の政策対応は利上げ――というのが、コンセンサスだ。企業の側も、この前提にすでに適応しつつある。賃上げが連続して実現され、法人企業統計でも経常利益は堅調。資金繰りが逼迫するような状況ではない。むしろ、価格転嫁の余地が広がりつつあるというのが、足元のトレンドだ。賃上げ・サービス価格の底上げが、物価の「質」を少しずつ変え始めている。このように、金利・物価・企業収益が揃って、永らく続いてきたデフレの世界から正常な世界に移行している状況において、改めて問うべきは、「オフィス賃料はどうあるべきか」という論点だ。日本の賃貸オフィスビルの賃料は、契約上も商慣習上も“固定賃料”が前提であった。一定期間ごとの見直し条項や、賃貸契約の更新時の改定交渉はあるにせよ、あくまでも、貸主・借主間の協議による改定であり、欧米で見られるような、オフィス賃料が物価や金利と“自動的に連動する”仕組みは長らく導入されてこなかった。このようなオフィス賃料を契約期間中固定とするモデルでは、経済情勢によってテナント(借主)と賃貸オフィスビルのオーナー(貸主)の受けるメリット・デメリットの関係性が変動する。まず、インフレ局面(物価上昇期)においては、固定賃料の仕組みはテナントに有利に作用する。時間の経過とともに物価や他のコストが上がってもオフィス賃料は据え置かれるため、テナントにとってオフィス賃料の負担の実質的な目減り効果が生じるからだ。逆にビルオーナー側から見ると、インフレによって貨幣価値が下がる分、受け取るオフィス賃料の実質的な価値が目減りし、資産から得られるリターンが相対的に削られる不利な状況となる。そのため高度経済成長期〜インフレが続いた1960〜70年代には、賃料固定の契約慣行はテナントを利する一方、オーナーにとってはインフレの分だけオフィス賃料収入が割安になる構造だった。とはいえ当時の日本は経済成長とともに不動産価値が年々高騰し、「土地の価格は必ず上昇する」という土地神話が広く信じられた時代でもあった。特に1980年代後半のバブル期には地価が異常なまでに跳ね上がり、多くの人々が不動産投機に熱狂した。このような環境下では、多少、オフィス賃料収入の実質価値が目減りしても、賃貸オフィスビルの資産そのものの含み益(キャピタルゲイン)への期待が大きく、オーナーにとっても明るい未来が見えていたと言えよう。一方、デフレ局面や低インフレ期(物価停滞期)においては、賃料固定モデルは相対的にビルオーナーに有利な構造となる。物価や金利が横ばいもしくは下落傾向にある場合、固定されたオフィス賃料収入の実質価値はむしろ維持・向上しやすく、インフレ期のような目減りリスクに晒されないからだ。実際、1990年代初頭のバブル崩壊以降、2000年代から2010年代にかけて日本経済は長期停滞とデフレ傾向が続いた。この「失われた30年」と呼ばれる低成長期には、オフィス賃料を固定して安定収入を確保できるモデルはオーナーにとって合理的で安定的なビジネスモデルと評価できる側面があった。オフィス賃料の水準自体も景気低迷に伴い下落圧力が強かったため、物価連動で自動的に増減する仕組みより、据え置きや必要に応じた個別交渉で減額に応じる従来型の方が経済実態にも合致していたのである。テナント側から見ても、デフレ期には市場相場の下落に合わせて契約更改時にオフィス賃料の引き下げ交渉を行える余地があり(実際に多くの賃貸オフィスビルで空室増加に対処するためオフィス賃料の値下げやフリーレント提供が行われた)、テナント・オーナー間で実勢に即した調整がなされてきた。要するに、賃料固定契約は、インフレリスクはオーナー側が負担し、デフレリスクはテナント側が負担する構造と言えるが、長らく日本では顕著なインフレもなく両者の利害対立が表面化しにくい環境が続いたため、このモデルが大きな不都合なく受け入れられてきたのである。だが、前提が変われば、合理性もまた変わる。しかしそれでも、「固定賃料」という前提が、今後も普遍的に続くとは限らない。インフレが“当たり前”になり、金融政策が“引き締め”に向かい、企業が“価格転嫁”に動き始める今、オフィス賃料だけが静止していていいはずがない。この章では、あくまでその「前提の変化」を確認するにとどめるが、次章では、物価とオフィス賃料がどのように動いてきたのか、実際のデータを使い、東京都心Aクラスのオフィス賃料とCPIの関係を統計的に検証する。 第2章:東京都心Aクラスのオフィス賃料とCPIの時系列分析結果 本章では、三幸エステート・ニッセイ基礎研究所が共同開発した東京都心Aクラスビルのオフィス賃料指数(成約賃料ベース)と、総務省統計局の東京都区部消費者物価指数(持ち家の帰属家賃および生鮮食品を除く総合指数)との時系列データを用い、両者の関係性を分析した結果を報告する。データは主に四半期ベースで整理されており、賃貸オフィス市場の実勢を反映する成約賃料指数、CPIは一般物価の基調を示す指標(持ち家の帰属家賃や生鮮食品等の価格変動要因を除去)である。持ち家の帰属家賃は実支出を伴わない仮想的家賃であり、短期の市場動向を鈍化させうるため除外した。生鮮等の短期変動要因の影響も抑え、賃料やサービス価格といった基調的な物価にフォーカスする狙いである。分析手法として、まず両者の相関係数を算出し、時系列の先行・遅行(ラグ)関係を検証した。さらに、グレンジャー因果性分析(Granger causality test)を実施し、一方の変動が他方の将来の変動を統計的に予測可能かどうかを確認した。グレンジャー因果性検定は、ある時系列の過去値が別の時系列の将来値の予測精度を高めるかどうかを検証する手法であり、「原因」が「結果」を時間的に先行して予測可能であれば、グレンジャーの意味で因果関係があると判断する。以下、相関分析・ラグ分析および因果性検定の結果について、検証手順を踏まえながら丁寧に読み解いていく。 オフィス賃料とCPIの相関関係とラグ分析 まず、東京都心Aクラスのオフィス賃料指数と東京都区部CPI(持ち家の帰属家賃・生鮮除く)の相関関係を概観した。両者の同時点(ラグ0)での相関係数はそれほど高くなく、中程度の正の相関に留まりました(分析期間全体を通じて、どちらか一方のみが継続的に上昇・下降する関係ではなかったためと考えられる)。実際、2000年代以降の日本では基調的な物価上昇率が極めて低く、コアCPIがほぼ横ばいだった2000〜2022年の間、名目賃料と物価変動調整後の実質賃料には大きな差が生じなかった。過去のオフィス賃料上昇局面は主としてオフィス需給の改善(空室率の低下など)による市場要因で説明でき、必ずしも物価全体の上昇(インフレ)によって引き起こされたわけではないと考えられる。したがって、この期間においてオフィス賃料とCPIの同時的な連動は明確ではなく、相関係数も限定的な値となった。次に、時差を考慮した相関(クロス相関)分析を行い、どちらの系列が先行して変動しているかを検証した。具体的には、オフィス賃料指数の時間系列を前後にシフトさせてCPIとの相関係数を比較することで、オフィス賃料が先行する場合とCPIが先行する場合の関係性を調べた。その結果、オフィス賃料の変化が数四半期程度先行した場合に、CPIとの相関が最も強くなることが確認された。例えば、オフィス賃料指数の変化(前年比変化率など)がある四半期に発生した後、数四半期遅れてCPIの変化率が追随するようなパターンが見られ、オフィス賃料→CPIの方向で正の相関が顕著になった。一方で、CPIの変化を先行させてオフィス賃料との相関を見ると、有意な相関の強まりは観察されず、CPIが先に変動してオフィス賃料が後から反応するという明確なパターンは確認できなかった。これらの結果は、オフィス賃料の変動がCPIの変動に先行して発生している可能性を示唆するものである。言い換えれば、オフィス賃料指数の上昇局面の後になってCPIも上昇する傾向が見られるのに対し、CPIが上昇した後でオフィス賃料がそれに引きずられて上昇する傾向は見られなかったということである。こうしたリード・ラグ関係の分析によって、両者の時間的な動き方には非対称性があることが示唆された。 グレンジャー因果性の検証 上記の相関およびラグ分析で示唆された関係性を定量的に検証するため、グレンジャー因果性検定を行った。グレンジャー因果性分析では、例えば「CPIの過去の動きがオフィス賃料の将来の動きを予測するのに寄与しているか(CPI⇒オフィス賃料)」と「賃料の過去の動きがCPIの将来の動きを予測するのに寄与しているか(オフィス賃料⇒CPI)」の二方向について仮説検定を行う。本分析では適切なラグ長(過去何期分まで遡って影響を与えるか)を設定したVARモデルのもとで因果性検定を実施した。その結果、「CPIのラグ(遅行項)はオフィス賃料の変動を予測しない」という帰無仮説を棄却できず、CPIがオフィス賃料をグレンジャーの意味で因果(先行)している証拠は得られなかった。平たく言えば、過去のCPIデータを使っても、将来のオフィス賃料を有意に改善して予測することはできなかったという結果だ。これは先の相関分析で見たように、CPI側が先に動いてオフィス賃料を動かすようなパターンが見られなかったことと一致する。一方で、「オフィス賃料のラグがCPIの将来変動を予測しない」という仮説については、統計的有意水準で棄却された。つまり、過去のオフィス賃料の動きを説明変数に加えることで、将来のCPIの予測精度が改善することが確認され、オフィス賃料からCPIへの一方向的な因果性(グレンジャー因果性)が示唆された。グレンジャー因果性の考え方に沿えば、オフィス賃料はCPIに対して先行的・予測的な情報を持っていると言える。なお、グレンジャー因果性はあくまで「予測に有用な先行性」を示すものであり、必ずしも直接的な経済メカニズム上の因果(原因と結果の関係)を意味するものではない点には注意が必要である。本分析でも、オフィス賃料がCPIを「直接に引き上げる」メカニズムが証明されたわけではなく、統計的な検定の結果として「オフィス賃料の動きが先に起きており、その情報がCPIの将来の動きを説明する力を持っている」という事実が確認された、という位置づけになる。 分析結果の要約 以上の検証結果を踏まえると、本分析で得られた知見は以下の通り。CPI上昇がオフィス賃料を引き上げてきたという明確な証拠は見当たらない。過去約20年のデータでは、物価(インフレ)上昇が先に起こり後からオフィス賃料が上昇するパターンは統計的に確認されず、むしろオフィス賃料は需要・供給など独自の要因で変動してきた。むしろオフィス賃料の変動が先行し、それがCPIに影響を及ぼしている可能性が示唆される。オフィス賃料指数が上昇した後でCPI(持ち家の帰属家賃除く総合)が上昇するケースが多く、オフィス賃料の変動が将来の物価上昇に寄与しているとの分析結果が得られた。特に、オフィス賃料の上昇が持続する局面では遅れて家計消費面の価格指数にも波及しうることが示唆される。 考察と今後の展望 本章の結果は、東京のオフィス賃料と物価の関係に関する従来認識と整合的である。日本は長期にわたり低インフレ〜デフレが続き、2000年代から2020年代前半までコアCPI(持ち家の帰属家賃を除く総合)の伸びはゼロ近傍で推移してきた。この間、都心部の賃料は主として景気・企業行動・空室率といった需給要因で動いており、「一般物価が先に上がり、後からオフィス賃料が引きずられる」という局面は乏しかったと解釈できる。CPI側の構造も、その非連動性を裏づける。消費者物価における「家賃」項目(持ち家の帰属家賃を除く民間賃貸)は既存契約のストックを積み上げる指数であり、変化は緩慢である。新規契約の賃料(フロー)が上がっても既存は据え置きが多く、家賃指数は時差を伴ってじわりとしか上がらない。結果として、オフィス賃料が先に動き、CPIは遅れて追随するというパターンが統計的に観察されやすい。今回のラグ分析と因果性検定の示唆とも整合する。もっとも、足元は環境が変わりつつある。2022年以降、コアCPIが明確に上昇に転じ、名目賃料が横ばいであれば実質賃料の目減りが拡大している。仮にインフレが定着すれば、米国などで見られるように、景気循環で上下しつつもトレンドとして物価上昇に沿う賃料という新たなサイクルが日本でも形成されうる。その局面では、従来弱かった「CPI→賃料」方向の影響が立ち上がる可能性を否定できない。ゆえに、両者の関係は継続的なモニタリングと手法アップデート(ラグ長の再評価、構造変化の検定、サブサンプル分析)が不可欠である。総括すると、本分析が示したのは次の二点である。第一に、過去データからは「CPIが先行して賃料を押し上げる」明確な証拠は得られない。賃料は需給主導で動き、CPIはその後を緩やかに追う。第二に、賃料からCPIへの一方向の予測性(グレンジャー因果性)が示唆された。ただしこれは統計的な先行性であって、経済メカニズム上の直接因果を断定するものではない点は強調しておきたい。手法・前提・データ窓の違いによって結果は変わりうるため、結論は控えめに解するのが妥当である。数字が示すメッセージは明快だ。少なくとも過去、日本では「CPIがオフィス賃料を引き上げる世界」は一般的でなかった。では、なぜ賃料は動きにくかったのか。答えの一部は、契約と法にある。次章では、普通借家契約という制度の壁を正面から検証する。 第3章:オフィス賃料の改定を阻む普通借家契約の壁 東京の賃貸オフィス市場では、借地借家法に基づく普通借家契約が主流であり、テナントの権利が極めて強く保護されている。この普通借家契約では、借地借家法26条において法定更新が規定される。契約期間が満了しても、期間満了の1年前から6か月前までに貸主から正当事由のある更新拒絶通知が出されない限り、契約は自動的に従前と同一条件で更新されたものとみなされる。賃料増額に同意しないという理由だけでは「正当事由」には該当しないため、貸主が更新を拒絶することはできない。つまり、借主は、提示された賃料アップを拒否しても従前の家賃を支払い続ければ契約を存続させる権利がある。このため、貸主は、借主が同意しない限り一方的に賃料を上げることも、契約を終了させて退去させることも極めて困難である。 賃料増額の厳格な法定要件 借地借家法は賃料増減請求(32条)について厳しい要件が規定される。賃料は、当事者間の合意で決められる原則であるが、借主の合意が得られない場合において、以下の事情によって現行賃料が不相当となった場合に限って、将来に向かって賃料の増額請求が認められる租税その他の負担の増減:固定資産税など貸主の負担増減がある場合経済事情の変動:不動産価格や物価の上昇(インフレ)など経済情勢の大きな変化がある場合近隣同種物件の賃料との比較:周辺の類似物件と比べて現行賃料が低すぎる(または高すぎる)場合その他の事情:当初契約時に特殊事情で低く設定された場合など、個別契約に固有の事情以上の事情により現在の賃料が客観的に不相当と認められることが必要で、しかも最後に賃料を決定してから相当長期間が経過している場合でなければ、裁判所は、賃料増額を認めない。また、契約書に一定期間賃料を増額しない特約があれば、その間は増額請求できない点にも注意が必要だ。実務上も、周辺市況と比べ現行賃料が明らかに低水準となり、長年据え置かれていたようなケースでない限り、借主の同意なしに賃料を上げるのは難しく、「増額に応じなければ退去させる」といった貸主の要求も法的には通用しない状況だ。 判例に見るオフィス賃料増額紛争の実情(東京都内中心) 東京都内の賃貸オフィスビルにおける賃料増額紛争の判例も、借主有利の傾向を示している。借主の同意なしにオフィス賃料を上げようとして訴訟になったとしても、裁判所は大幅な増額には慎重であり、多くのケースで貸主の主張通りの増額は認められていない。例えば、東京高等裁判所平成20年4月30日判決では、商業ビルの賃貸借で従前賃料58万3800円を89万2000円(約53%増)に増額することが認められたが、これは契約当初に貸主が借主事情に配慮して他より低額な賃料を設定し、3年後に増額要請していたという特別な事情があったためである。特殊事情によって当初賃料が不当に低かったケースではこのように大幅増額が認められることもあるが、通常の契約では極めて例外的だ。実際、同じ商業用不動産でも、不動産鑑定結果に基づいて増額自体が認められなかった判例もあり、裁判所は弱い立場にある借主の事情に配慮して安易な賃料アップを許容しない傾向がある。 さらに直近の例では、東京地裁平成26年4月17日判決(東京都内オフィスビルの賃料増額請求事件)がある。この判例では、賃貸人の増額請求に対し、継続賃料の算定手法として「差額配分法」が採用された。裁判所は現行賃料と鑑定による適正賃料との差額を貸主・借主間で按分し、交渉力や契約期間経過、建物老朽化度合いなどを考慮して按分割合を6対4(貸主60%:借主40%負担)と判断している。その結果、一度に周辺相場の新規賃料水準まで引き上げることは許されず、従前賃料との差額の一部だけを反映した適度な増額にとどめる形で判決が下されている。同様に、東京地裁平成29年4月19日判決でも、商業ビルの賃料を約15%増額(30万8571円→35万6670円)するにとどめており、鑑定による差額配分方式の試算結果を妥当と認めた上で相当賃料額を算定した。一方で、契約当初から異常に低い賃料が設定されていたわけでもない通常のケースでは、貸主の期待する大幅アップは認められにくく、場合によっては貸主の増額請求自体が棄却される(現状維持となる)例も見られる。このように判例上、貸主が訴訟で完全勝利して大幅賃料アップを勝ち取るケースは稀であり、増額が認められてもごく一部の増加に留まるのが実情である。借主が賃料増額に応じない以上、貸主としては正当事由のない更新拒絶もできず、訴訟に持ち込んでも時間と費用がかかる割に得られるリターンは限定的である。この構造的なジレンマゆえ、貸主側はテナントとの日頃からの関係構築や小幅な増額での合意を図る努力、場合によっては立退料を伴う明け渡し交渉等の現実的解決策を模索せざるを得ない状況にある。結果として、東京都心のオフィス賃貸市場ではオフィス賃料の上昇局面でも既存テナントに対する賃料改定は難航しやすいという構造が継続している。 判例リスト(東京都内オフィスビル関連)借地借家法(平成3年法律第90号)第26条・第32条東京高判平成20年4月30日(賃料増額請求事件)東京地判平成26年4月17日(平成24年(ワ)28185号)東京地判平成29年4月19日(賃料増額等請求事件)裁判に訴えたとしても、オフィス賃料アップは難しく、そもそも勝率も低い。では、賃貸オフィス市場での工夫はどこまで進んだのか。次章では、日本でも動き始めた指数連動の試行事例を拾い、メリット・デメリットを検証して、限界も見据える。 第4章:インフレ連動型賃料の導入事例–オフィス賃料を物価に連動させる試み 日本では長らく、オフィス賃料は契約期間中に変動しない「岩盤品目」とされ、物価が上昇してもオフィス賃料へ反映されにくいのが通例でした。しかし近年、消費者物価指数(CPI)の伸びが3%を超えるインフレ傾向の中で、オフィス賃料を物価上昇に連動させる新たな契約形態が注目されている。大手デベロッパー各社はリスクヘッジと収益確保を狙い、欧米で一般的な「毎年賃料を見直す変動制契約」の試験導入に踏み出し始めている。以下に、日本の不動産賃貸市場で進みつつあるインフレ連動型賃料(CPI連動賃料)の主な導入事例を紹介する。 GLP投資法人(物流施設特化型のJ-REIT)–日本の物流施設分野では先行してインフレ連動型賃料の導入が進んでおり、GLP投資法人では契約期間中にCPIに応じて賃料を改定できる条項を多くの賃貸借契約に組み込んでいる。実際、同リートが保有する物流施設の約6割が物価連動型契約となっており、直近の契約更新時には平均5.3%の賃料増額を実現した。インフレ環境下でも安定した内部成長を図る戦略の一環であり、約3年以上の長期契約の8割にこのCPI連動条項を導入した結果、過去3年間の賃料増加率は平均+6.8%に及んだと報告されている。ジャパン・リアルエステイト投資法人(JRE)–三菱地所グループのオフィス特化型J-REITであるJREでは、大手テナントとの10年超の長期賃貸契約においてCPI連動型賃料を導入しました。これは、従来契約期間中に賃料を上げにくかったオフィス賃貸において、初めてインフレを賃料に転嫁する本格的な試みと位置付けられる。JREの資産運用会社であるジャパンリアルエステイトアセットマネジメント(JRE-AM)は「今回の契約をモデルケースとして、インフレ対応策として同様の契約をできるだけ広げていきたい」と述べており、物価上昇局面で実質収益が目減りしないよう安定配当を維持する狙いがある。もっとも、オフィス市場ではCPI連動契約の前例がほとんどないため急速な普及は難しいとの見方も示されており、まずは大口テナントとの間で慎重に試験導入しながら様子を見る段階にある。野村不動産–総合デベロッパーの一角、野村不動産も、自社が開発・運営する一部のオフィスビルや大型物流施設において、長期賃貸契約の一部にCPI連動型賃料を導入し始めている。契約更改時だけでなく期間中にも賃料を調整できる選択肢を持つことで、インフレ下でも資産価値を守る狙いだ。野村不動産はテナント企業との賃料交渉において物価連動条項を提案する動きを強めており、貸主・借主双方にメリットがある契約形態として模索を進めている。例えば物流施設ではテナントとの関係性を踏まえつつ契約期間短縮や変動賃料の導入を進め、将来のインフレ局面でも収益成長を確保しようという戦略だ。 以上のとおり、賃貸オフィス用途におけるCPI連動型賃料契約の導入は、現状ではごくわずかである。ただし、その少数事例は都心のハイグレード物件や大手デベロッパー/REITによる大型案件に集中し、「定期借家×CPI連動」という形で試行されている点に意味がある。いまのところ多くの賃貸オフィスビルのオーナー・テナントにとっては馴染みが薄いが、インフレが常態化しつつある局面では、オフィス賃料の実質的な価値を維持して、将来に亘って賃貸オフィスビルを安定的に運営していく手段として着目すべき選択肢になりつつある。ここでCPI連動型の中身をもう一歩、具体的に見ておく。前提となる器は定期借家契約である。2000年導入の定期借家は、期間満了で更新なく終了するため、満了時に「改定受入れか退去か」を明確に提示できる。インフレ局面ではこれ自体が強力なカードになり得る。また、借地借家法38条により、定期借家では賃料増減請求権を排除する特約も可能で、期間中は合意条件で固定、満了時に主条件を再設計という運用が取りやすい。もっとも、普及率は高くない。都心Aクラスでも採用は2〜3割程度にとどまり、依然として普通借家が主流である。移転コストや業務リスクを嫌うテナント側の要請で普通借家が選ばれやすく、定期借家への置き換えが進みにくいことが背景にある。 その上で、賃料連動条項の代表形を整理する。実務の主指標はCPI(とくにコアCPI)である。他の指数(PPI・建設コスト指数)に連動させる設計も理論上は可能だが、国内外とも採用は少なく、日本の実態はほぼ「物価連動=CPI連動」である。設計の要点は次のとおり。賃料の改定幅の算定:典型は「直近1年のCPI上昇率=翌年改定率」。変形として「2〜3年の累積率で定期改定」「反映率50%などの部分転嫁」もあり得る。誤解を避けるため数式で明文化する。賃料の改定頻度・タイミング:年1回が基本。低インフレ期は「一定年数ごとまとめて改定」「当初○年固定→以降は毎年」といった段階設計も現実的。タイムリーな追随と予算の安定のバランスを取る。賃料の変動幅の制限(キャップ&フロア):年あたりの上限(例+3〜5%)と下限(例0%=据置、または−1%まで)を置き、急騰・急落への耐性を持たせる。双方のリスクヘッジとして機能する。自動改定か協議か:基本は指数に基づく自動改定が望ましい。ただし「年±3%以内は自動、それ超は協議」などの再交渉トリガーを併記しておくと運用が滑らかになる。改定通知のリードタイム(例:60〜90日前)も条項化する。なお、CPI連動ではないが、欧米では固定レート方式(年2%等)も一般的である。日本でも誘致目的の段階賃料は従来からあるが、性格はインフレ対応というより、テナント誘致を念頭に置いたテナントの賃料負担の平準化である点は区別しておきたい。 以上の試みは、硬直的とされてきたオフィス賃料に物価変動を織り込む導管を通す動きとして位置づけられる。ただし現在はあくまで黎明期の部分導入であり、一般慣行化には至っていない。【参照】日本経済新聞(2025年7月7日朝刊・経済面)「オフィス賃料にもインフレ連動契約登場」(本文は筆者による要約・考察)現実には、こうした試行はまだ“兆し”にすぎない。他方で、インフレ・コスト・金利の三重苦が続く限り、オフィス賃料を動かせない賃貸オフィスビルのオーナーの窮乏化は避けがたい。では、テナントは上がった賃料に耐え得るのか。次章では、オーナーの合理的利益の確保とテナントのアフォーダビリティを両立させるための現実解を詰める。 第5章:インフレ下のオフィス賃料:オーナーの苦境とテナントの対応 インフレで目減りするオーナー収益とオフィス賃料引上げの必要性 現状主流である普通賃貸借契約のもと、賃料が契約期間中ずっと固定されている場合、インフレが進むほど賃貸オフィスビルのオーナー収益は確実に目減りする。2022年以降、日本のCPI(消費者物価指数)は年間2〜3%台の上昇を示し、2025年4月時点でも前年比3%を超える伸びを記録している。仮に名目賃料(水準)が横ばいであれば、実質賃料(物価変動を考慮した賃料価値)は毎年約3%ずつ減価する計算になる。つまりインフレが続く中で賃料を据え置けば、オーナーが受け取るオフィス賃料の実質的な価値は年々減少していくわけである。一方で賃貸オフィスビルの運営コストは昨今急騰しており、オーナーの収益をさらに圧迫している。オフィスビルの清掃・警備・設備管理など委託先の人件費は人手不足や賃上げ圧力によりここ数年で約20%近い上昇を強いられ、修繕工事費用の単価も資材価格高騰などで約30%上昇しているとされる。こうした収入の実質目減りと費用の大幅増加が重なった結果、中規模・築古(築30年以上)のビルでは営業純利益(NOI)が5年間で15〜20%縮小した例も出てきている。さらに金融環境の変化も追い打ちをかけている。日本銀行の長年にわたる超低金利政策が転換局面を迎えつつあり、仮に政策金利が現在のマイナス圏から0.25%、0.75%へと利上げされれば、ローン借り換え時の利息負担は増大し、DSCR(債務返済履行率)の低下は避けられない。要するに、インフレ+コスト高+金利上昇という三重苦の中で、オフィス賃料の据え置きが続けばオーナー側の収益は細る一方なのである。このような状況に対し、賃貸オフィスビルのオーナー側には強い危機感が広がり始めている。「このままオフィス賃料の改定(値上げ)ができなければ資産価値を守れない」という共通認識が芽生えつつあり、オフィス賃料設定の見直しは避けられないとの見方が一般的になりつつある。実際、東京23区の大規模オフィスでは2023年末以降、空室率低下に伴って募集賃料の上昇傾向が見られるものの、その伸び率は物価上昇や建設コストの上昇と比べ限定的であり、インフレ対応の賃料設定や契約慣行の見直しが模索され始めているとの指摘もある。建設コストや人件費の高騰分を十分にオフィス賃料へ転嫁できず、開発計画の延期・中止が増えているとの報道もあり、現行水準のオフィス賃料ではオーナー側の採算が取れずマーケット全体の持続性が損なわれかねない。以上の背景から、オフィス賃料を引き上げざるを得ない状況が生まれている。名目賃料の上昇そのものは需給環境の改善を反映して近年ようやく起こり始めたが、実質ベースでは依然として低水準に留まっている。オーナー側としてはインフレ下で資産価値と収益を維持するため、たとえCPI連動型の契約導入が一般化していないにせよ、何らかの形で賃料水準を底上げしていく必要に迫られていると言える。 テナント企業のオフィス賃料負担能力とその限界 もっとも、オーナーがオフィス賃料引き上げを望んでも、それを支払えるテナント(借り手)が存在しなければ値上げは実現しない。オフィス賃料引上げを正当化する鍵は、「テナント企業にその支払い余力・意思があるかどうか」にかかっている。ここではテナント側のオフィス賃料負担能力に影響を与える要因と、オフィス賃料上昇への対応姿勢について整理する。まず企業の収益配分上の制約として労働分配率の問題がある。日本企業(特に東証プライム上場企業)では、付加価値に占める人件費の割合、すなわち労働分配率が概ね50〜60%程度とされる。近年は物価高騰を背景に政府や労働組合が賃上げを強く要求しており、実際に2023〜2025年の春闘では大手企業で5%前後の賃上げが2年連続で実現するという高水準となっている。例えば経団連の集計によれば、2025年春闘における大手企業の賃上げ率(定期昇給+ベースアップ)は平均5.39%に達し、2024年に続いて5%台を記録したとのことである。限られた企業の収益(付加価値)の中で、人件費とオフィス賃料の双方に配分を振り向けるのは容易ではない。物価高に対応した賃上げに多くを充てれば、それだけオフィス賃料に充当できる余力は削られる。したがって、賃金上昇圧力が強い局面では企業がオフィス賃料の増額に慎重になるインセンティブが働きやすい。しかし現在のところ、オフィス賃料が企業支出に占める割合自体はそれほど大きくないケースも多い。一般的なオフィス利用企業では、人件費や製造原価などと比べればオフィス賃料は総コストの数%〜一桁台後半程度に留まることが多いため、直ちに経営を揺るがす水準ではないとも言える。とはいえ、インフレ下で労務費・原材料費など様々なコストが増大する中、企業がコスト削減策としてオフィス関連費用を抑制しようとする動きが強まる可能性は否定できない。実際「賃料負担増に直面した際、他のコスト項目を見直して対応する」と回答する企業経営者も少なくない。総じて、テナント企業側にもインフレ環境への適応として支出配分を見直す圧力があり、オフィス賃料は固定費ゆえに削減対象となりうるという認識も共有されていると言えよう。 業種によるオフィス賃料上昇に対する耐性の差 オフィス賃料上昇を吸収できるかどうかは業種によって大きく異なる。「賃料負担増を吸収しやすい業種」と「賃料増が直接的に経営圧迫につながりやすい業種」が存在する点に注意が必要である。具体例として以下が挙げられる。高付加価値・高利益率の業種:金融、IT、コンサルティング、専門サービスなど利益率が高く付加価値額の大きいセクターでは、人件費や諸経費全体に占めるオフィス賃料の割合が低いため、多少のオフィス賃料上昇は全体コストへの影響が小さい。このため値上げに対する受容度は比較的高めである。例えば東京の都心一等地の高額オフィスでも、外資系金融機関や大手IT企業などは立地や設備の充実を優先して入居を決めるケースがあり、高めのオフィス賃料を支払ってでも優れたオフィス環境を選ぶ傾向が見られる。優秀な人材の生産性が付加価値の源泉となっている業種では、オフィス環境もその生産性を支える投資と位置付けられるため、オフィス賃料は単なるコストではなく許容すべき戦略的支出と考えられる。低マージン・労働集約型の業種:小売業、飲食業、コールセンター業務、人材派遣・BPOなど労働集約度が高く利益率の低いビジネスでは、オフィス賃料の上昇は収益への打撃が大きい。こうした企業は人件費の比重が高く、自社コスト増を製品価格やサービス料金に転嫁しづらい傾向があるため、賃料増分がそのまま利益圧迫要因となりやすい。したがってオフィス賃料上昇局面では、オフィススペースの縮小、郊外・地方へのオフィス移転、あるいはリモートワーク活用によるオフィス面積削減などで対応し、なんとか総支出を抑えようとする傾向が強まる。この結果、オーナー側にとっては空室リスクの増大として跳ね返る可能性が高い。さらに付け加えれば、同じ企業・業種内でも部門や業務内容によってオフィスにかける価値は変わりうる。例えば製造業であっても、研究開発拠点やデザイン・クリエイティブ部門は優秀な人材を集めるため都市部の一等地に構え、高いオフィス賃料を払う価値があると判断されるかもしれない。一方で総務・経理などバックオフィス業務やコールセンター業務は、郊外や地方に分散配置してコストを抑える、といったケースも見られる。企業は部門ごとの付加価値生産性を見極め、オフィス賃料をかけるべきところにはかけ、削れるところは削る戦略をとっているのである。結局のところ、高いオフィス賃料負担を正当化できるかは単に「業種名」だけで決まるものではなく、その企業・部門が生み出す付加価値がどれだけ人材やコラボレーション環境に依存しているかが本質的なファクターと言えるだろう。 人材戦略としてのオフィス環境投資 近年、「オフィス環境への投資が優秀な人材の確保・定着に繋がる」とする議論が重要視されている。オフィス賃料は単なる経費ではなく、「人への投資(人的資本への投資)」という側面があるとの考え方だ。魅力的な立地や高品質なオフィス空間を用意すること自体を福利厚生や採用戦略の一環と捉える企業が増えている。単にコスト削減の観点でオフィス支出を圧縮するのではなく、敢えて賃料コストをかけてでも良いオフィスを構えることで人材面でのリターンを狙う動きである。例えば新卒採用・中途採用の場面では、応募者が面接や会社説明会で訪れたオフィスから受ける印象は侮れない。自社オフィスを見学に訪れた候補者に洗練された快適な職場環境を示すことで企業イメージや志望度が向上し、結果的に採用競争を有利に進める効果を狙う企業も多い。ある調査によれば、企業選びにおいてオフィス環境が魅力的だと志望度が上がると回答した求職者は83%にも上ったとされ、7割近くの求職者が「企業選びでオフィス環境の良さを重視する」と答えている。これは企業側が考える以上に候補者が職場環境を重視していることを示しており、オフィス環境の良さが採用の競争優位を左右する一因ともなりうる。また別の調査では、経営者の過半数が「オフィス環境の見直しが優秀な人材の確保・育成につながる」と期待しているとの報告もあり、社内外へのアピールを含めた職場環境整備への関心が高まっている。加えて、社員のエンゲージメントや生産性向上の観点からもオフィス改善への投資意欲が見られる。実際、「これまで人事戦略と不動産戦略は別物とみなされてきたが、オフィス環境が社員のエンゲージメント向上に大きく影響することが理解され、人事戦略の一環としてオフィス移転・改修を行う企業が増えている」という指摘もある。日本政策投資銀行(DBJ)の「オフィスビルに対するステークホルダー意識調査」(2024年)によれば、多くのテナント企業が「チームの生産性向上」や「人材確保」につながるオフィスの設備や空間であれば追加のオフィス賃料負担を許容すると回答しており、この傾向は特に成長企業(従業員が増加傾向にある企業)で顕著だという。言い換えれば、成長意欲の高い企業ほど生産性や人材確保に資する快適な職場環境にお金をかける価値があると認識しているのである。オフィス賃料コストを「人材投資」と捉える企業文化が定着しつつあるとも言えよう。もっとも、こうしたオフィス環境向上の効果は定性的・間接的な要素が強く、具体的な数値指標で因果関係を示すのは容易ではない。オフィスを刷新したからといって直ちに離職率や業績が劇的に改善するとは限らず、企業文化や働き方、マネジメント手法など複合的な要因が絡むためだ。しかし上述の通り、多くの企業経営者や求職者が「良いオフィスは重要だ」と感じている事実は見逃せないポイントである。職場環境を整備し向上させる戦略は、少なくとも人的資源の確保・定着にプラスに寄与しうるとの合理的な期待感が広く共有されていると言えよう。優秀な人材をめぐる競争が激化する中、オフィスへの投資を将来への布石と捉える企業が増えているのである。 まとめ:インフレ時代のオフィス賃料見直しと今後の展望 インフレ環境下において賃貸オフィスビルの賃料見直し(上方修正)は不可避だというのが本章の論旨である。固定賃料のままではオーナー側が一方的に疲弊し、ビル維持や新規開発が滞ればオフィス市場全体の健全な発展が阻害されかねない。幸い現在のところ、日本企業にとってオフィス賃料は総コストの中で致命的な比率を占めるわけではなく、インフレ調整的なオフィス賃料上昇に対して耐性を持つ業種・企業も多い。しかしながら、テナントのオフィス賃料負担意欲・能力には業種ごとの差異が大きく、画一的な値上げが許容される状況ではないのも事実である。低収益体質の業種ではオフィス賃料上昇分がそのまま経営圧迫要因となり、テナントの縮小・退去リスクが高まるため、オーナー側も慎重な対応が求められる。その一方で、オフィス賃料を相応に払ってでも良質なオフィスを確保しようとする動きも確実に存在する。高付加価値セクターや成長企業を中心に、オフィス環境への投資を人的資本への投資と捉え、優れた立地・設備を備えたビルへの入居ニーズは根強い。またポストコロナの流れの中で「質への逃避(Flight to Quality)」とも言うべき現象が進み、交通至便で高品質なオフィスビルほど空室率が低下しオフィス賃料も堅調に推移している。企業は自社の事業特性と人材戦略に応じて、オフィス賃料支出の優先順位を決めている。オーナー側としてはテナントの業態やニーズを見極め、付加価値創造に資するオフィスサービスや環境を提供することで、適正なオフィス賃料水準への理解を得ていく努力が必要になるだろう。総括すれば、インフレによるコスト増に苦しむオフィスビルオーナーが持続的にビジネスを営むには、何らかの形でオフィス賃料を引き上げることが避けられない。他方でテナント企業側も旧態依然とした借地借家法の保護に安住するばかりではなく、自社の成長や人材確保のために支払う価値のあるオフィス賃料には前向きに応じる姿勢が求められている。オフィスは単なる箱ではなく企業活動と働き方を支えるプラットフォームであり、その価値に見合ったコスト負担をどう分かち合うかが、インフレ時代のオフィス市場における新たな課題と言える。オフィス賃料交渉は従来以上にオーナーとテナント双方のパートナーシップが問われる局面に差し掛かっており、最終的には「持続可能なオフィス賃料水準」を模索する協調関係の構築が、ウィンウィンの市場を実現するカギとなるだろう。ここまで、前編で見えてきた構図はこうだ。インフレとコスト高が続く以上、「オフィス賃料を動かさない」という運用は、オーナー側の体力を削り、更新投資を遅らせ、結果としてテナントにも不利益が返ってくる。一方で、オフィス賃料を上げれば何でも解決するわけでもない。テナントの負担能力には差があり、オフィスは部門配置や働き方とセットで最適化される。つまり、このテーマは「値上げ vs 据え置き」の二択では終わらない。必要なのは、賃料改定を個別交渉の消耗戦にしないことだ。算式と手続に落とし、予見可能な仕組みに落とすことだ。後編では、ここから踏み込む。オフィス賃料が固定されたままインフレが続くと、都市にどんな劣化が連鎖するのか。その見取り図を先に描いた上で、契約の設計(算式・キャップ/フロア・共益費の切り分け)、手続(通知・ADR)、そして普及のロードマップ(試行→標準→ルール化)まで、一気に詰める。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム 飯野 仁 東京大学経済学部を卒業 日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。 年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。 2026年1月23日執筆2026年01月23日 -
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【入居者の声】輻射冷暖房×デシカホームエアの住み心地|COMFY COLLECTION MINATO
皆さんこんにちは。株式会社スペースライブラリの鶴谷です。当社で開発した賃貸マンション「COMFY COLLECTION MINATO」の入居者の方からいただいた感想についてまとめました。2026年1月22日に執筆しています。中央区湊は、銀座や日本橋の賑やかなエリアに近接しつつも、江戸の下町情緒や昭和の懐かしさが色濃く残る――新旧の文化が絶妙に混ざり合うエリアです。この地に、当社が開発した先端空調システム(輻射冷暖房・デシカホームエア〔調湿〕)を導入したマンションがあります。1戸あたり約88.40㎡で、18畳の広い部屋を2室備えた住戸プランです。入居者の方から感想文をいただきましたので、ご紹介させていただきます。少しでも皆様の参考になれば幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。 「冬の輻射熱デシカマンションに住む」 壁のコンクリートに埋め込んだ小さな管の中を、水温をコントロールされた水が循環している。コンクリートを温めるには時間がかかる。2日から3日ぐらいかかる。短時間での小さなコントロールはできない。その場合、補助の床暖房を使う。デシカを使うと空気の流れが良くなるのか、床暖房が効きやすくなる。床暖房を切った後も、空気の通り道がその温度になっているせいなのか、室温が下がりにくい。吹き出し口には、まだぬくもりが残っている。冬は湿度が下がりやすい。30%を切ると皮膚が乾燥しやすく、風邪をひきやすくなるので湿度を上げる。簡単に上がる。デシカがついていると湿度が上がりにくいから、あらかじめ切る。風呂を40度に保温し、8時間に設定する。みるみる湿度が上がる。湿度が40%を超えた頃、風呂の運転を切る。入浴したければ、ちょうど良い水温だからザブンと入ったりする。水温40度を循環させると、天井のコンクリート輻射熱は28度から29度になる。床暖房を切り、デシカを切って、真冬に数日間家を空けて帰ってくると、室温は少しひんやりして、空気の通り道も冷えているのか、床暖房をオンにしてもなかなか暖かくならない時がある。その時は、あらかじめデシカをオンにし、空気の通り道の送風を強くしてあげると暖かくなりやすい。ダブルサッシも結露することがありますが、デシカを常時オンにしていると北側の部屋も結露しにくいようです。建物の反応も人間のように複雑ではありますが、人間と違い、建物は操作した内容に素直に反応してくれるから面白い。輻射熱コンクリートとのやりとりはゲームのようで楽しい。 ☆感想文はいかがでしたでしょうか?輻射冷暖房×デシカホームエア(調湿)マンションの建設にご興味をお持ちの方は、ぜひ私宛にご連絡ください。私は株式会社スペースライブラリ 設計課・開発プロジェクトマネージャーの鶴谷嘉平です。ご連絡をお待ちしております。 執筆者紹介 株式会社スペースライブラリ 設計チーム 鶴谷 嘉平 1994年東京大学建築学科を卒業。同大学大学院にて集合住宅の再生に関する研究を行いました。 一級建築士として、集合住宅、オフィス、保育園、結婚式場などの設計に携わってきました。 2024年に当社に入社し、オフィスのリノベーション設計や、開発・設計(オフィス・マンション)を行っています。 2026年1月22日執筆2026年01月22日