インフレでオフィス賃料は上がるのか?|賃料改定の現実とオーナーが知るべきポイント(前編)
物価上昇や人件費高騰が続く中、オフィスビルオーナーにとって賃料改定は避けて通れないテーマになっています。
しかし、実際には物価が上がったからといって賃料を自由に引き上げられるわけではありません。
本コラムでは、オフィス賃料とCPIの関係、普通借家契約が賃料改定に与える影響、そしてインフレ時代に求められるオフィスビル運営の考え方について解説します。
- どんな人向け?
- インフレ局面で賃料改定を検討しているオフィスビルオーナー
- 保有物件の収益性低下に不安を感じている方
- 賃料改定や契約更新の考え方を整理したい方
- 本コラムのポイント
- オフィス賃料とCPIは単純に連動しているわけではない
- 普通借家契約ではインフレだけを理由に賃料を引き上げることは難しい
- インフレ下では賃料改定だけでなく、テナントとの関係構築や建物競争力の維持も重要になる
- 結論
インフレだからといって、オフィス賃料が自動的に上昇するわけではありません。
また、物価上昇だけを理由に既存テナントの賃料を引き上げることも容易ではありません。
重要なのは、現在の賃料が市場水準と比較して適正かを把握することです。
これからのオフィスビル経営では賃料改定だけでなく、建物競争力とテナントとの関係維持も重要になります。
インフレ局面でもオフィス賃料はCPIに連動するとは限らない
インフレが続く中で「物価が上がっているのだからオフィス賃料も上がるはずだ」と考えるオーナーは少なくありません。
しかし、オフィス賃料と消費者物価指数(CPI)の関係は一般的にイメージされているほど単純ではありません。
下図の通り、東京都心のAクラスオフィスの成約賃料とCPIの推移を比較すると「物価が上がったから賃料も上がる」という単純な関係ではないことが分かります。
むしろ、オフィス賃料が先に動き、その後にCPIが追いかけるような動きが見られます。
このような現象が起きる理由の一つとして、日本の賃貸市場の仕組みがあります。
CPIの家賃データには既存契約も含まれているため、新規募集賃料が上昇してもその影響がCPI全体に表れるまでには時間がかかります。
つまり、両者はそもそも動く仕組みが異なります。
- オフィス賃料:オフィス市場の需給で決まる
- CPIの家賃項目:既存契約を含めた家賃水準で決まる
そのため、物価が上昇したからオフィス賃料が上昇するとは限りません。
「オフィス賃料は、物価ではなくオフィス市場の状況によって決まる」まずはこの前提を理解しておくことが重要です。
賃料改定を難しくする普通借家契約という壁
インフレだからといって、既存テナントへ簡単に賃料増額を求められるわけではありません。
その背景にあるのが普通借家契約であり、契約期間中であっても貸主・借主の双方に賃料増減額請求権が認められています。
ただし、請求したからといって賃料が上がるわけではありません。
周辺相場との比較や建物の状況などを踏まえ、その増額が妥当かどうかが判断されます。
主な判断材料は次の通りです。
- 周辺相場との乖離
- 契約当初の賃料設定
- 物価変動
- 固定資産税等の変化
- 建物維持費の増加
ただし「インフレになったから賃料を上げられる」というわけではありません。
物価が上昇していても、現在の賃料が周辺相場と大きく変わらなければ、増額は認められにくいのが実情です。
一方で、長期間賃料改定を行っておらず、周辺相場との間に大きな差が生じている場合は、増額が認められる余地があります。
実務上は、物価上昇そのものよりも「現在の賃料が適正かどうか」が重視されます。
広がり始めたインフレ連動型賃料
こうした状況の中で、一部の大手デベロッパーやJ-REITではインフレ連動型賃料の導入が始まっています。
代表的な仕組みは以下の通りです。
- 定期借家契約:契約満了時に賃料を見直しやすい
- CPI連動条項:CPI上昇率を賃料へ反映
- キャップ・フロア:上限・下限を設定し急変を抑制
物流施設では比較的導入が進んでいますが、オフィス市場ではまだ限定的です。
その理由の一つが、テナント側の移転負担です。
オフィス移転には、原状回復工事や内装工事、引越費用など多額のコストが発生します。
また、移転に伴う業務への影響も無視できません。
こうした事情から、テナントにとっては契約の継続性が高い普通借家契約の方が受け入れられやすく、現在もオフィス市場の主流となっています。
インフレ下で賃料を据え置くリスク
オーナーが最も注意すべきなのは、賃料据え置きによる実質収益の低下です。
近年は清掃費や警備費、修繕費や人件費といったコストが継続的に上昇しています。
仮に名目賃料が変わらなくても、支出だけが増えれば収益は減少します。
その結果として、次のような悪循環が発生します。
- 修繕予算が不足する
- 更新投資が後回しになる
- 建物競争力が低下する
- 空室リスクが高まる
重要なのは、単純に値上げを要求することではなく「テナントが現在のオフィスにどのような価値を感じているかを見極めること」です。
例えば、従業員の働きやすさや採用活動への効果、来客対応のしやすさなどに価値を感じている企業もあります。
そうした価値が十分に提供できていれば、一定の賃料上昇を受け入れるテナントも存在します。
適正賃料は市場相場だけで決まるものではなく、建物の競争力や空室リスクとも密接に関係します。
築古オフィスにおける適正賃料の考え方については、以下コラムをご覧ください。
あわせて読みたい: [ 築古中型オフィスの適正賃料とは?空室対策の考え方を解説 ]
これから求められるのはオーナーとテナントの協調
物価や管理コストが上昇する中で、賃料を据え置き続けることが常に正しいとは限りません。
だからといって、一方的な賃料改定が受け入れられるわけでもありません。
大切なのは、オーナーとテナントの双方が納得できる着地点を探ることです。
そのためには、次のようなことが求められます。
- 賃料改定の考え方を明確にする
- 契約条件を整理する
- 更新時の協議ルールを決める
- 建物維持コストを説明できる状態にする
特に中長期で保有するオフィスビルでは、賃料収入だけでなく建物競争力の維持も重要な経営課題です。
賃料を上げるか据え置くかではなく、建物を維持しながらテナントとの関係をどう築いていくか。
それが、これからのオフィスビル経営に求められる考え方です。
インフレ下で賃料改定を行う場合、実際にはどのような手順で進めればよいのでしょうか。
後編では、賃料改定の進め方やテナントとの協議のポイント、実務上の注意点について解説しています。
あわせて読みたい: [ インフレでオフィス賃料は上がるのか?|持続可能な賃料改定の仕組みを考える(後編) ]
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2026年1月23日執筆
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