インフレでオフィス賃料は上がるのか?|持続可能な賃料改定の仕組みを考える(後編)
インフレや人件費高騰が続く中、オフィスビルオーナーにとって賃料改定は避けて通れない課題です。
賃料を据え置き続ければ、建物維持や設備更新に必要な資金が不足し、建物競争力の低下につながる可能性があります。
しかし、物価上昇を理由に賃料を引き上げることは容易ではありません。
本コラムでは、インフレ時代の賃料改定の考え方と、オーナーが押さえるべき実務上のポイントを解説します。
- どんな人向け?
- インフレやコスト上昇による収益悪化に不安を感じているオフィスビルオーナー
- 賃料改定を検討しているが、どのように進めるべきか悩んでいる方
- 建物競争力を維持しながら中長期で資産価値を高めたい方
- 本コラムのポイント
- インフレ下で賃料を据え置き続けることには、建物価値や収益性の低下リスクがある
- 賃料改定には法律・経済・心理の壁があり、根拠に基づく説明が重要になる
- 賃料改定は値上げ交渉ではなく、建物を持続的に運営するための経営判断である
- 結論
インフレ下では、賃料を据え置き続けることが最善とは限りません。
建物維持や更新投資を考慮すると、適切なタイミングでの見直しが必要です。
重要なのは「一方的な値上げではなく、市場賃料や建物維持の根拠を整理したうえでテナントと協議すること」です。
オフィスビル経営では、賃料と建物競争力を一体で考える視点が求められます。
前編では、インフレとオフィス賃料の関係や賃料改定を難しくする普通借家契約について解説しています。
あわせて読みたい: [ インフレでオフィス賃料は上がるのか?|賃料改定の現実とオーナーが知るべきポイント(前編) ]
インフレがもたらす「建物価値の目減り」
オフィス賃料が固定されたまま物価や管理コストの上昇が続くと、影響はオーナーの収益減だけにとどまりません。
年2〜3%程度のインフレでも、複利で続けば10年後には実質的な賃料収入が大きく目減りします。
名目賃料が同じでも、清掃費、警備費、修繕費、人件費が上がれば、手元に残る資金は確実に減っていきます。
この状態が続くと、建物の維持管理に必要な投資が後回しになります。
結果として、空室対策や賃料改定以前に、物件そのものの競争力が低下します。
賃料の据え置きは、短期的にはテナント維持につながる一方で、中長期では資産価値を削る判断になり得ます。
特に注意すべき悪循環は、次の3つです。
- 維持修繕の後ろ倒し:外壁、防水、空調、受変電設備などの更新が遅れ、突発故障や緊急対応のリスクが高まります。
- 性能劣化:省エネ性能や快適性が改善されず、テナントから選ばれにくい建物になります。
- 市場地位の低下:より快適で設備水準の高いビルへテナントが移り、稼働率や賃料水準が下がりやすくなります。
オフィスビルは単なる貸室ではなく、企業活動や人材採用、来客対応を支える事業インフラです。
だからこそ、必要な更新投資を止めないための賃料設計が必要です。
賃料改定を難しくする3つの壁
賃料改定が簡単に進まない理由は、オーナーの説明不足だけではありません。
実務上は、法律、経済、心理の3つの壁があります。
| 壁 | 起きやすい問題 | 対応の考え方 |
|---|---|---|
| 法律の壁 | 普通借家契約では一方的な増額が難しい | 契約条件と市場賃料の根拠を整理する |
| 経済の壁 | テナント側も予算計画を急に変えにくい | 改定幅や時期に一定の予測可能性を持たせる |
| 心理の壁 | 値上げ要求として受け止められやすい | 建物維持のための投資分担として説明する |
重要なのは、賃料改定を「お願い」や「交渉の駆け引き」にしないことです。
市場賃料、管理コスト、修繕計画、設備更新の必要性を整理し、なぜ改定が必要なのかを説明できる状態にしておく必要があります。
賃料改定は、感覚ではなく根拠で進めるべき実務です。
特に法律面では、普通借家契約が賃料改定を難しくする要因になります。
あわせて読みたい: [ インフレでオフィス賃料は上がるのか?|賃料改定の現実とオーナーが知るべきポイント(前編) ]
現実的な選択肢としてのハイブリッド契約
今後は、従来型の固定賃料だけでなく、インフレや管理コストの変動をある程度反映できる契約設計も検討課題になります。
とはいえ、すべてのテナントに急な変更を求めるのは現実的ではありません。
そこで考えたいのが、固定賃料を基本にしながら、一部に変動要素を組み込むハイブリッド型の考え方です。
- 賃料改定:更新時や再契約時に、市場賃料やCPIを参考に見直しを行います。
- 共益費:清掃、警備、光熱関連など、費目ごとに実費変動を説明します。
- 上限・下限:急激な負担増を避けるため、改定幅に一定の範囲を設けます。
- 投資計画:空調、受変電設備、共用部改修などの予定を明示します。
この方法であれば、オーナーは実質収益の目減りを抑えやすくなり、テナントも将来負担を予測しやすくなります。
特に中長期で保有する物件では、賃料と建物維持を切り離さずに考えることが重要です。
賃料改定は段取りで決まる
賃料改定は、更新時に突然切り出してうまくいくものではありません。
事前準備の有無で、テナントの受け止め方は大きく変わります。
実務では、次の順番で進めることが有効です。
- 現状診断:現在賃料、周辺相場、空室状況、管理コストを確認します。
- 修繕計画の整理:今後5年程度で必要になる設備更新や修繕費を把握します。
- 対象テナントの選定:長期入居、賃料乖離、面積規模などを踏まえて優先順位を決めます。
- 説明資料の作成:市場データ、コスト上昇、建物維持計画を一つの資料にまとめるます。
- 協議の実施:一方的な通知ではなく、更新時期を見据えて早めに協議します。
ここで大切なのは、最初から全テナントに同じ対応をしないことです。
まずは市場賃料との乖離が大きい区画や、更新時期が近いテナントから着手します。
小さく始め、合意事例を積み上げることが、次の交渉の説得材料になります。
オーナーが押さえるべき実務上のポイント
インフレ下の賃料改定では、単に賃料を上げることだけを目的にしてはいけません。
重要なのは、建物を適切に維持し、テナントに選ばれ続ける状態をつくることです。
オーナーが押さえるべきポイントは、次の通りです。
- 現在賃料と市場賃料の差を定期的に確認する
- 管理コストや修繕費の上昇を継続的に把握する
- 共益費と賃料の役割を整理する
- 設備更新や共用部改善の計画をテナントへ説明できるようにする
- 日頃からテナントとの関係を築く
- 賃料改定の根拠となる資料を記録として残す
賃料改定はオーナーだけの都合で進めるものではありません。
一方で、必要な改定を避け続ければ、建物維持に必要な資金が不足し、設備の老朽化や空室リスクの増加につながります。
これからのオフィスビル経営では「賃料を上げるか据え置くか」ではなく、建物価値を維持するために必要な投資と負担を考えることが重要です。
まずは契約内容、管理コスト、修繕計画を整理し、数字と根拠に基づいてテナントと協議できる状態を整えましょう。
賃料改定を検討する際は周辺相場だけでなく、建物の立地や設備水準、テナント属性なども踏まえて適正賃料を把握することが重要です。
あわせて読みたい: [ オフィス賃料の決め方|相場だけではNGな理由と判断基準(前編) ]
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2026年1月26日執筆