なぜ今、東京の賃貸オフィスでセットアップ・オフィスが増えているのか
皆さん、こんにちは。株式会社スペースライブラリの飯野です。
この記事は「なぜ今、東京の賃貸オフィスでセットアップ・オフィスが増えているのか」というタイトルで、2026年3月2日に執筆しています。
少しでも、皆さんに新たな気づきをもたらして、お役に立てる記事にできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
序章:なぜ今、東京の賃貸オフィスでセットアップ・オフィスが増えているのか
このコラムで扱うのは東京の賃貸オフィスで、テナント企業が本来、自分のコストで手配する内装工事の一部(場合によっては什器まで)を貸主側が先に整えて募集する「セットアップ・オフィス」の話です。
“東京23区内でセットアップ・オフィスとして募集されている区画の総量”は増えています。
セットアップ・オフィスを居抜きオフィスとして商売していたこともある、いわば、パイオニアでもあるサンフロンティア不動産による東京23区調査では、セットアップとして把握した対象が2022年:721件(122,826㎡)→2023年:1,056件(190,130㎡)→2024年:1,494件(268,438㎡)と拡大しています。また、同調査によると、供給が多い区は中央区、次いで千代田区・港区です。
では、なぜ、賃貸オフィスでセットアップ・オフィスが増えているのでしょうか。
理由は、オフィス空間の質向上に着目してとかの、キレイごとじゃなく、もっと現実的な話です。オフィス移転に伴う入居工事について、特に東京だと、工事費用が嵩み、納期が長期化していて、不確定要素が増嵩しているからです。
賃貸オフィスでは、通常、入居するテナント企業のコストで、内装工事を手配します。ところが、その内装工事は、デザイン打合せ・相見積・価格交渉・発注・納品・施工まで工程が多く、一般的に2~3か月程度かかるとされています。加えて近年は、工事現場での人繰りがタイトで、工程の“前倒し”どころか、時期によっては、工期が延びることすらあります。
コスト面でも厳しい状況で、ここ数年で4割近く上昇しており、工事の内容にもよりますが、フロア100坪程度でも、400~500万円程度かかる場合があります。
東京の賃貸オフィス移転、とくに、フロア100坪以下の中小規模の区画では、この入居工事のプロセス管理と工事費用は重要な経営課題になり得ます。
つまり、セットアップ・オフィスは、見た目の話というより「オフィス移転プロジェクトを効率的に実施する商品」として成立しているとも言えます。
もちろん、最近はデベロッパーやコンサルタントによる「オシャレなオフィスが、従業員の満足度向上や採用に効果的」みたいな語り口を多く見かけるのも事実です。
ただ、賃貸オフィスの実務において実感されているのは、それより以前にある。入居に伴う不確定性、特に、入居工事関連業務にまつわる、相見積・社内意思決定・発注・工期管理という“面倒な工程”をすべてカットして、入居時期を前倒しできる──この機動力が、東京でセットアップが増えるいちばん実務的な理由です。
このあと本編では、ここから先を分解します。セットアップ・オフィスの仕様、会議室の配置、執務エリアをどうするのか、東京での実例も参照しながら整理していきます。
第1章:セットアップ・オフィスの仕様ってどうするのか
―「賃貸オフィスの入居工事」のどの範囲をセットアップするのか
このコラムで言う「フル/ハーフ」は、貸主が“入居工事のどの範囲”を、どこまでカタチに(セットアップ)して貸すかの違いです。
なので、最初に、賃貸オフィス移転で「入居工事」の中身を、いったん部品に分解してみます。
1-1.「入居工事」は、実際は“内装だけ”の話じゃない
オフィス移転の工事・作業は、現場の整理だとこう分かれます。
- 家具・什器(デスク・チェア等)
- 間仕切り(壁を立てる)
- 内装(壁・床・天井の表層)
- 電気照明
- セキュリティ
- 情報インフラ(LAN等)
- 移転作業、不用品処分、原状回復…
この「全部」をひっくるめて移転プロジェクトが回るわけですが、セットアップが関与するのは、主に間仕切り/内装/電気照明、場合によって家具までです。
ただし、賃貸オフィスの場合、スケルトンで渡すケースは稀なので、当社の管理物件を例にとると、最低限の内装(デフォルトのフロア・カーペット、デフォルトの壁のクロス貼り、天板)、デフォルトの照明器具、セキュリティは、入居時に設えて渡していて、LAN・電話回線は、顧客手配の工事手配(次節で説明しますが、C工事区分にあたります)でお願いしています。なので、セットアップ・オフィス対応した場合、内装と照明器具をどこまでグレードアップするのか、会議室設営を含めた間仕切りをどのように提案するのかが、主要なポイントとなります。
いずれにしても、この範囲、グレードを明確にしておかないと、たとえば、「坪単価」の話をしたとしても、内装、照明器具をどこまでやるのか、家具込みなのかが、あやふやになってしまうと、せっかく、提案しても話がまとまらないということになりかねません。議論が壊れます。
1-2.賃貸オフィスで、入居工事が“読みづらくなる”仕組み:A・B・C工事
賃貸オフィスでテナントが入居工事を進めるとき、工事は一般に「誰が手配するか/誰が費用を負担するか」でA・B・Cに区分されます。
A工事:オーナー負担。建物側の設備工事を中心とした“インフラ”の領域。
※当社の管理物件では、セキュリティ関連工事もA工事の範囲に含めています。
B工事:費用はテナント負担。ただし、ビル管理会社が手配する工事。
テナントの要望に基づき、管理側の運用ルールに沿って発注・施工が進む領域です。
C工事:費用はテナント負担。テナント自身が手配する工事。
たとえば、当社の管理物件では、電話/LAN回線工事と什器工事はC工事として扱います。
ここで“読みづらさ”が生まれやすいのは、B工事が「テナントが払うのに、テナントが工事手配の主導権を持たない」という性質を持つためです。具体的には次の2点です。
①価格や手配プロセスが、テナント側から見えない
B工事はビル管理会社手配になるため、テナントは「どの業者で、どういう見積比較の結果、その金額になったか」を把握できません。
②工期調整の主導が取れない
テナント側の希望・都合だけで、工期調整は無理。時期によってはテナントの希望通りに着工・完了しないことも起こり得ます。
セットアップ・オフィスは、テナント負担のB工事のすべてとC工事の一部を、貸主側負担で、先に整えてから、テナントに提示するやり方になります。その結果、テナントが、B工事区分に感じるモヤモヤを解消することにも繋がります。
1-3.セットアップ・オフィスの内装仕様の選定において、貸主が決めるポイントは
セットアップ・オフィスの内装仕様は、見映えだけで決めると、あとでうまくいきません。
貸主側が先に決めるべきなのは、次の3つに当たる箇所です。
- 補修・交換(摩耗・汚損・破損への対応)
- 運用負荷(テナントの“好み”が分かれる/クレームの原因)
- 調達と納期(材料・建具・金物・加工)
これらのポイントをフィックスしておくと、設計・見積もりもブレにくくなります。
床:仕上げをどう固定するか
床は摩耗と汚損が避けられないので、基本は管理優先で決め打ちします。
- 典型はタイルカーペット(部分交換ができ、復旧が早い)
- グレードを上げる/貼り替える場合、材料単価に加えて、貼替え範囲・段取り・廃材処理を踏まえて工期・総額を要確認
- OAフロアは原則採用
壁:クロス(または塗装)をどうするのか
壁は見た目の占有率が大きく、“基準”の決め方で、テナントの印象が左右されます。
- 基本は白系クロスで固定(退去時の部分補修・貼替え判断がしやすい)
- 会議室だけ色替え/素材替えの余地はある
- ただしコントラストを強くすると、テナントの好みで評価が割れやすい
窓まわり:ブラインド
ブラインドは「外観」「管理」「交換」の話なので、貸主側で固定します。
- 当社では外観の統一を重視するため、当社指定を原則
- 管理性の観点でも、既定仕様のまま運用が現実的
入口:ドア仕様
入口の仕様は、全体の印象に影響します。ただし、凝ると、コスト高・納期長期化しガチです。
- 扉仕様は、一般的に、ガラス/金属/木。当社の標準仕様はガラス扉or金属扉
- 提案仕様は“中庸”に寄せ、安定調達と納期優先で設定する
間仕切り:会議室をどう切るか
セットアップ・オフィスの仕様の核。
間仕切りの仕様の考え方次第で、テナントの使い勝手と印象が同時に決まります。
- まず、決めるのは会議室の部屋数・サイズ(日常業務の運用/テナントの納得感に直結)
- 次に決めるのが何で仕切るか(見え方/運用負荷/見積のレンジが動く)
“何で仕切るか”の選択肢
- アルミパーティション:軽い・早い・安い(事務所寄りの見た目)
- ガラスウォール:抜けと採光(見た瞬間に印象が伝わる)
- スティールパーティション:しっかり感(アルミより強め)
- 軽量鉄骨+PB(LGS壁):造作壁(自由度が高く、結果として“固い”方向に寄せやすい)
“何で仕切るか”の仕様選定のポイント
- 来客対応・短時間打合せ中心/印象重視→ガラスを候補
- 機密寄り/視線・会話が気になりやすい運用→LGS+PB(またはスティール)
- コスト優先/将来の変更が読めない→アルミで割切る
1-4.そのうえで、フルとハーフの差を「範囲」で固定する
前節の考え方で内装仕様を固めたら、次は「商品メニュー」としてフル/ハーフを用意するかを検討します。
ポイントは、テナントごとの要望に寄せて仕様を増やすのではなく、“貸主が用意する範囲”を先に線引きして固定することです。ここが曖昧だと、募集説明・見積・工程が毎回ぶれます。
ハーフ・セットアップ(貸主が用意する範囲をここまでに切る)
- 貸主が用意する
- 会議室の間仕切り
- 床・壁・照明などの基本内装
- (ケースによって)会議室什器まで付けることが多い
- テナントが持ち込む
- 執務エリアの什器(デスク・チェア等)
- ネットワーク等の自社仕様(自社IT、機器、運用ルール)
ポイント:汎用性が高い
- 会議室は使える前提/執務室はテナント自身が組むという割切り。
フル・セットアップ(執務室も「最初から使える」状態まで貸主が用意)
- ハーフ・セットアップの範囲に加えて、執務エリアの什器(想定席数分のデスク・チェア、必要に応じて収納)まで、貸主側で用意して設置する。
- テナント側の追加工事は自社IT(回線・NW・セキュリティ)だけなので、入居後の業務の立上げが早い。
ポイント:前提の明確化
- フル・セットアップは、テナントに選ばせないので、想定席数と含まれる什器・備品の範囲を、募集資料で明確にしておく必要がある。
- ここに誤解があると、「席数が足りない」「収納がない」「想定と違う」といった話になりやすい。
第2章:会議室の配置・仕様をどうやって決めるのか
セットアップ・オフィスで、差が出やすいのは会議室の配置・仕様です。
内見の印象として、整って見えていても、入居後は「使えるか」で評価が変わることがあります。しかも最近は、会議室のニーズが、社内・来客との対面会議・打ち合わせだけじゃなくて、リモート会議(グループ/1on1)のための場所も考えておく必要があります。執務エリアでリモート会議をしても、周囲に迷惑ですし、会議室をひとりで占拠してしまって非効率的な運営となりかねないリスクもあります。
とはいえ、セットアップ・オフィスなので、テナントごとに仕様を合わせる運用は取りません。
だから、割り切って、最大公約数で成立する会議室を、貸主側で決める。決めるときのポイントは次の2つ。
- 部屋割り(型):個室・会議室・打ち合わせスペースをどう作るのか。どこまで個室にするのか。
- 用意する範囲:電源・モニター・配線など、貸主がどこまで用意するか
会議室はこの2点が決まると、残りの要素は自然に決まっていきます。
2-1.会議室の配置は「型A:6名×1+4名×1」を基本形にする
会議室は用途が広い(来客、社内打合せ、オンライン会議、面談等)。
この用途の幅を、部屋の作り込みで全部拾いにいくと、コストと手間が加速度的に増嵩して、実務上、採算も厳しいし、対応が困難。
フロア面積100坪以下の中規模の賃貸オフィスでは、最大公約数で、会議室の基本形を型A:6名×1+4名×1と考えています。
この型の狙いはシンプルです。
- 4名室:面談・小会議・オンライン寄りに使える受け皿
- 6名室:来客対応や社内会議の“普通サイズ”の受け皿
「大きい会議室1つ」だけだと、小さな用事が吸い込まれて回しづらくなりがちです。逆に小部屋だけ増やすと、来客や社内会議で詰まる。型Aは、その中間を狙った形です。
リモート会議用途を、すべて上記の会議室で対応するのは、少々、無理があると思われますので、ブースや、区切られているけれどオープンな打ち合わせスペース等での対応も想定します。
また、会議室の機密性についても過度な仕様をしない前提で考えます。面談・評価などの使い方は想定しつつも、会議室を“防音室”として扱わない。この線引きの運用で十分、納得していただけるレンジを想定します。
2-2.会議室の部屋割りは、執務室側の前提を決める
会議室の部屋割り(部屋数とサイズ)が決まると、会議室だけでなく執務室側の条件が一気に決まります。
具体的には、入口からの動線、執務席の割り方、収納の置き場、電源・通信の取り回し、空調・換気の当て方まで、会議室の位置と大きさに引っ張られます。
このため、会議室の部屋割りは「会議室だけの仕様」ではなく、フロア全体の組み立てに関わる前提として扱います。
執務室側の具体(席配置、什器、電源計画など)は、第3章でまとめて扱います。
2-3.「用意する範囲」は、会議室の“使い切り方”に直結する
フォームの終わりセットアップ・オフィスで、会議室について「貸主がどこまで用意するか」をあらかじめ決めておく必要があります。
会議室は、電源・配線・モニター周りの扱いで使い勝手が変わりやすく、ここが曖昧だと仕様の説明もまとまらないし、実際の運用も落ち着きません。だから、貸主が用意する範囲をあらかじめ明確にしておかなくてはなりません。以下は、その整理の一例となります。
貸主が用意する範囲(会議室)
- モニター:設置の有無/設置する場合は、入力端子など接続の前提まで
- 電源:口数と位置(机まわりで足りる配置)
- 配線:取り出し位置と逃がし方(露出配線が常態化しない納まり)
テナント側に委ねる範囲
- ITネットワーク機器の選定・設定(社内ITの運用ルールを含む)
この整理を前提にすると、机配置やモニター位置も、迷わずに決められます。
2-4.会議室“以外”の打合せ等の対応は、3種類に分けて仕様を決める
昨今、執務エリアの使われ方も、随分、変わってきています。それぞれに決まった席を割り振るのではなくて、フリーアドレスとして運用されることもあるでしょう。
さらに、リモート勤務も定着しているので、社員同士でもリモートでの打合せが必要な場合もあります。
2-1で、大小ふたつの「会議室」を設置するプランを示しましたが、ふたつの会議室を設置するのではなく、もう少し違うスペースの配置を考えた方が、いまのオフィスのニーズに対応しているのかもしれません。
会議室以外のスペース配置を「干渉(視線・通行)」「声量」「機密性」の前提も踏まえて、3種類に分けて、以下、整理してお示しします。
①オープンな打合せスペース(短時間の用事を、自席から切り離す)
- 例:執務エリア脇の2~4名テーブル、腰高程度の軽い囲い。執務エリアの席数の余裕度にもよりますが、フリーアクセスとして配置された執務エリアも、オープンの打合せスペースとして使用されることは想定しておいてもよいかもしれません。
- 役割:短時間の社内打合せ/立ち話の受け皿
- 前提:通行・視線・音の干渉は生じる
- 留意点:遮音・機密性は期待しない前提。リモートでの商談や評価面談の用途はここでは対応しない。
②ハドルスペース(小さく囲って、打合せを“成立”させる)
- 例:ボックス席、ハイバックソファ、3面パネル等で視線を切った半個室コーナー
- 役割:少人数でも、短時間以上の打合せを会議室に寄せずに回す(会議室の予約負荷を下げる)
- 前提:オープンよりも干渉を減らし、議論が続けられる状態をつくる。ただし防音ではない。
- 留意点:「声が大きい用途」「外部に漏れると困る用途」は、個室会議室かブース側で対応する想定。
③ブース(リモート会議・通話の受け皿)※導入は検討中
ブースは、会議室の代替というより“自席に流れ込む通話・リモート会議を吸収する設備”です。
導入可否を判断する際は、見栄えよりも次の論点で整理しておく必要があります。
A.どの用途に対応するのか
- 対応する用途:1人のリモート会議、電話、1on1、短いオンライン商談
- 対応しない用途:2人以上の会議、長時間会議(=結局会議室が必要)
B.形式の違い(フルクローズ/セミクローズの使い分け)
- フルクローズ(完全個室):天井・壁・扉が揃う。音漏れと視線を抑えやすく、外部とのオンライン商談寄り。
- その代わり、換気・熱・消防・設置スペースの論点が重くなる。
- セミクローズ(半個室):天井なし等で、設置は軽い。通気性は確保しやすいが、防音は限定的。
C.設備として見るべきチェックポイント(“買えば終わり”ではない)
- 換気・熱:長時間使用で熱がこもって暑くならないか
- 電源:口数と位置(ノートPC+充電+周辺機器への対応)
- 照明:顔が暗くならないか(リモート会議の印象に直結)
- 音:遮音だけでなく、ブース内の反響(聞き取りやすさ)
- 置き場所:執務席の近くにないと使われない一方、通路沿いだと周囲の音と視線が気になる
当社では現時点で、ブースについては標準採用しているケースはないので、現時点での知見は、残念ながら、それ程でもないのですが、テナントの志向を踏まえて、導入を検討する場合は、上記の論点を踏まえ、「何の用途をどこまで受ける設備なのか」を整理した上で判断します。
第3章:執務エリアの仕様をどうするのか
第2章では、会議室の部屋割りを決めました。次は執務エリアです。
ここは、セットアップ・オフィスで一番“揉めやすい”領域でもあります。理由はシンプルで、テナントごとに働き方も、IT運用も、社内ルールも違うからです。
通常の賃貸オフィスなら、テナントが自社の要件(席数、運用、機器、セキュリティ、予算、工期)を整理し、貸主側・ビル管理会社と協議しながら、B工事・C工事を組み立てていきます。
一方、フル・セットアップオフィスでは、貸主が先に仕様を作って提供するモデルです。だからこそ、「貸主が用意する仕様の範囲」をテナントに、きっちりと文章で伝達して理解してもらう必要があります。
この章では、執務エリアの仕様を曖昧な雰囲気で決めないで、席数・什器・電源配線・IT分担の4点で、貸主側がなにを基準して仕様を決めているのかを見ていくこととします。
3-1.執務エリアは自由度が高い。だから先に“用意する内容”を明記する
執務エリアで、入居後にテナントから追加要望が出やすいのは、だいたい次の3つです。
- 什器を増やしたい/入れ替えたい
- 電源や配線を足したい
- IT環境を準備
ここで、貸主側が全てを個別対応してしまうと、セットアップ・オフィスとして成立しません。そこで、「貸主として用意する仕様」を先に明記して、追加対応の負担を明確に切り分けています。
当社の管理する賃貸オフィス物件のルールでは、IT環境の準備はテナント負担・テナント手配としています。セットアップ・オフィスでも、その整理に従うと、貸主側が提示する仕様は、以下に限定されます。
- 什器の数・種類・配置
- 電源・配線の数・配置(什器と整合する形で)
「何が含まれていて、何が含まれないか」を、ここで文章として固定します。
3-2.席数を決める。フルはここで原価が決まる
執務エリアの仕様設定は、「何席を想定するか」から始まります。
ここが決まらないと、フル・セットアップの什器数量も、電源・配線の前提も決まりません。つまり、詳細仕様も原価も決まりません。
貸主側がやるべき整理は、次の通りです。
- 席数は、テナントの“希望を聞く”のではなく、貸主側の想定値として明示する
- その席数に対して、机・椅子・最低限の収納をセットで提示する
- 想定値を超える増席は、テナント側の追加手配として整理する
なお、この整理はフル・セットアップオフィスの考え方です。
ハーフ・セットアップでは、執務エリアの什器は手配しません(ただし電源・配線は、最低限の設備として貸主負担で整備します)。
3-3.什器は標準セットで決める。更新と入替まで考える
フル・セットアップオフィスの場合、貸主負担で執務エリアの什器を用意します。
ここは“標準セット”で揃えるのが現実的です。理由は単純で、什器は壊れるし、入替が発生するからです。更新まで含めて運用できない仕様は、長期的に破綻します。
標準化しやすいもの
- デスク(サイズと配線孔の考え方を揃える)
- チェア(グレードを上げすぎない)
- 最低限の収納(不足すると追加発注が出やすい)
導入すると運用負担が重くなりやすいもの
- 特注寸法・特殊素材の机(入替が効かない)
- デザイン優先の椅子(破損時に同等品が入らない)
- “少しだけ”の造作収納(次のテナントに合わず残置になりやすい)
フル・セットアップオフィスでは、「余計な追加手配を出さない」ことが重要です。
3-4.執務エリアでの電源・配線と、IT環境の“線引き”
執務エリアは、テナントごとに運用も違ってきます。セットアップ・オフィスで、個別に対応することは無理なので、ここは、「通常の賃貸オフィスと同じルール」で線引きします。先に線引きを示すことで、あらかじめ、テナントにご納得いただくことを狙っています。
1)電源・配線:まず、“設備として提供する範囲”を基準にする
執務エリアの電源・配線は、基本的に通常の賃貸オフィスで「設備として提供する範囲」でカバーします。
フル・セットアップオフィスの場合は、貸主側が用意した什器レイアウトと矛盾しないように、電源・配線の位置と数量を事前に決めます。
そのうえで、入居後に追加要望が出た場合の扱いは、セットアップ・オフィスでも、通常の賃貸オフィスと同じ扱いとします。
- 追加の電源・配線(および追加什器の費用)はテナント負担
- 追加の電源・配線工事は、原則として貸主側手配(B工事対応)
- 追加什器の手配はテナント側(持込み)。ただし事前の届け出は必要
2)IT:当社管理物件では“IT環境はテナント手配”を原則にする
当社の管理する賃貸オフィス物件のルールでは、IT環境の準備はすべてテナント手配です。セットアップ・オフィスでも、その整理に従うと、テナント側が準備する範囲は以下のとおりです(これに限りません)。
- インターネット回線、Wi-Fi
- 社内LANの構成(配下設計・機器設定を含む)
- セキュリティ運用(ルール設計・運用管理)
- 端末管理等
3)例外:入退室管理は“ビル側の設備”としてA工事で対応
なお、入退室管理システム関連機器については、当社の管理する賃貸オフィス物件では貸主側負担のA工事として対応していますので、セットアップ・オフィスにおいても、同じ扱いとします。この点は、「テナントのIT機器」ではなく、「ビルの設備・運用」の領域として扱います。
3-5.フル/ハーフは、「入居時に必要な手配・工事の量」で説明する
フル・セットアップとハーフ・セットアップの違いは、貸主側が用意する什器がある/ない、だけではありません。
実務上の扱いの本質は、「入居時に必要な手配・工事の量」がどれだけ変わるかです。
- フル・セットアップ:席数・什器・最低限の電源配線まで貸主側
→テナント側の追加を軽減
- ハーフ・セットアップ:会議室+基本内装は貸主側、執務はテナント側
→独自仕様を適用する自由度はあるが、手配と工事の負担は増嵩
この差は、テナント側の手間と、入居までのリードタイムに直結します。
貸主側から提供するコストの差だけを説明したとしても、高級なオフィスなんてと誤解が生じるかもしれません。「その差を以て、実務上なにがラクになるのか」まで含めて、セットアップ・オフィスへの入居を検討しているテナントに理解してもらって、フルなのかハーフなのかを判断してもらうべきポイントです。
第4章:実際のセットアップ・オフィス仕様を見てみる
日本でのセットアップ・オフィスの流れを振り返ってみると、2009年の「居抜き賃貸オフィス」の流通サイトの立上げがエポック・メイキングとして注目されます。
当時は「セットアップ」という言葉は一般的ではなかったのですが、賃貸オフィスの内装を“次に渡す”という発想から、居抜き賃貸オフィスの流通サイト:「そのまんまオフィス」が立ち上げられました。その後、運営主体が変わりつつ、居抜き賃貸オフィスは、仕組みとして整理されていきました。
2010年代に入ると、前のテナントの内装を引き継ぐ「居抜き」とは別に、貸主側が先に内装を用意して貸す「セットアップ・オフィス」が、リーシング手法として輪郭を持ちはじめました。その後、工事費の上昇や工期の長期化も追い風になり、「工事を減らす」こと自体が付加価値になって、セットアップ・オフィスは一般化していきました。
ただ、その歴史はまだ浅く、だから、仕様も「これが正解」とは言い切れない状況と言えます。
実際の例を見ながら、どのようなタイプが多く、どのポイントが固まっていないのか、当社で実地に確認できた内容を踏まえて、付表として整理してみました(ネット上では詳細仕様が公開されないケースも多いため、サンプル数は限られていますが)。
4-1.会議室2室なら「8席+6席」が“基本形”として成立する
会議室を2室つくる場合、8席+6席の組み合わせは実例でも成立しています。
付表のうち、会議室数が確認できた17例では、会議室2室が9例あり、そのうち5例が「8席+6席」でした。
この組み合わせは、社内会議(6席)と来客・拡張枠(8席)を分けやすいという説明ができます。だから、この類型は「基本形」として考えることができます。
付表17例中、会議室2室が8例。そのうち5例が「8席+6席」(付表No.1/4/6/16/17)。
しかし一方で、会議室を2室つくって終わり、では実際の業務に対応できない場面が増えていることが、対応するべき検討課題となっています。
4-2.会議室だけでは処理できない“行為”が増えてきています
会社組織の設計・運用の柔軟化に伴い、足元、執務エリア内での座席配置は、固定席だけを前提にするのではなく、フリーアドレスを前提にした運用も一般化しています。加えて、コロナ禍を経てリモート勤務が一定範囲で定着し、社内外とのリモート会議や通話は日常業務の一部になりました。
このような変化によって増えたのは、「大きな会議」ではなく、むしろ短い打合せ・短い通話・小さな確認の機会です。たとえば、2~3人で10分だけ確認する、社外と15~20分だけオンラインで話す、採用面談や営業架電を数本こなす、といった“細かい行為”が、日中に断続的に発生します。
ここで問題になるのが、これらを会議室だけで処理しようとすると、前項で基本形として示した会議室2室だけでは、業務が回らない点です。
会議室は「予約して使う」こと自体に手間があり、5分~20分程度の短い用件ほど、予約のオーバーヘッドが相対的に重くなります。また、前後のバッファ(入替・準備・片付け)が必要になり、実際の会議時間より長く部屋が占有されがちです。会議室は“本当に会議室が必要な打合せ”で手一杯で、短い用件まで対応しきれません。
一方で、溢れた行為をそのまま執務エリアで処理すると、別の問題が起きます。
たとえば、フリーアドレスの場合、席が共用になるぶん「周囲が集中している場所で通話や小会話が始まる」状況が起きやすくなります。リモート会議や通話は、声量が上がりやすく、内容も外部に漏れてよいものばかりではありません。これが日常化すると、周囲のスタッフから「うるさい」「集中できない」「内容が気になる」といった不満が出るのは不可避です。つまり、会議室で処理しきれず、かといって執務席で処理するとクレームが出る、という板挟みになります。
この板挟みを放置すると、運用はどんどん歪んでしまいます。会議室は常に埋まっていて、執務エリアは落ち着かなくなり、結果として「働き易いはずのセットアップ・オフィス」が、実務上は扱いにくい物件になってしまいかねません。
そのため、会議室に加えて、会議室ほど重くない用途を受け止める“別の受け皿”を用意する、という発想が必要になります。次節では、その受け皿を3類型に分けて整理します。
4-3.だから「会議室+追加3類型」で考える
オープンな打合せスペース:
- 短時間の確認・立ち話・2~3人の軽い相談のための場所。
- 通行・視線・音の干渉は起きる前提で、用途を短時間に寄せる。
※付表17例中、オープンスペースの席が確認できた事例が10例・16バリエーション(内、会議室1室のケースが8例・9バリエーション)。
- 席数は3~6席が中心(11バリエーション)で、まずはこのサイズ感が現実的。
ハドルスペース:
- 小さく囲って視線を切り、2~4人で10~30分程度の打合せが成立する場所。
- “防音室”ではないので、声が大きくなる用途や機密性が必要な用途は割り当てない。
※付表17例中、ハドルスペースが確認できた事例が6例・9バリエーション。うち、1か所だけ設けているのが5バリエーション、複数設置しているのが、4バリエーション(6か所:1バリエーション、3か所:1バリエーション、2か所:2バリエーション)。「少し足す」のか「一気に厚くする」かの二極が見えてくる。
ブース(導入する場合):
- 1人の通話・リモート会議のための場所。2人以上の会議や長時間会議は想定しない。
- 導入するなら、換気・熱・照明・反響・配置条件を先に押さえる(ここが弱いとクレームが出る)。
※付表では、ブースが確認できた事例は2例。1台だけ置くケースと、6台まとめて置くケースがあり、「少しだけ」か「一気に」かの差が出ている。
第5章:実例を踏まえて、打合せスペースをどうするのか
第4章では、セットアップ・オフィスの実例を確認しました。会議室の部屋数だけでは、セットアップ・オフィスの仕様は決まらないことが見てとれたように思われます。
実際の現場で問題になりやすいのは、会議室の不足そのものより、会議室を使うほどではない短い用件(打合わせ関連の行為)が日中に何度も発生し、その用件に対応する場所が曖昧なままになってしまうことです。
その結果、会議室の予約が取りにくくなったり、執務エリアで通話や小さな打合せが始まって周囲が落ち着かなくなったりします。
そこで第5章では、会議室に加えて(オープン/ハドル/ブース)をどう組み合わせれば、日常運用を無理なく回せるのか、その決め方を整理します。
5-1.まず「打ち合わせ関連の行為」を4種類に分けます
打合せ関連の行為は、全部が会議室で行われるべき「会議」ではありません。用途を混ぜてしまうと、どこで何をするのかが曖昧になります。最初に打ち合わせ関連の行為を次の4種類に分けておきます。
①会議室で扱う行為
来客対応、機密性が必要な話、声量が上がりやすい議論、人数が多い会議、30分以上になりやすい会議です。
②オープンで扱う行為
2~3人で5~10分程度の確認、立ち話、短い相談です。周囲の人や通行の影響を受けやすい場所なので、長時間用途は想定しません。
③ハドルで扱う行為
2~4人で10~30分程度の打合せです。オープンよりは落ち着いて話せるようにしつつ、会議室ほどの遮音や機密用途は想定しません。
④ブースで扱う行為(導入する場合)
1人の通話・リモート会議のための場所です。2人以上の会議や長時間の会議用途は想定しません。
この区分を先に置くと、「会議室を増やすべきか」以前に、「会議室で扱わなくてよい行為が混ざっていないか」を点検できます。
5-2.会議室を増やす前に「短い用件の居場所」を作ります
会議室が埋まりがちになる理由は、だいたい次の2つです。
- 会議室でしか扱えない行為が多い(来客、機密、人数、長時間)
- 会議室を使うほどではない行為まで会議室に入ってしまう(短い確認、短い通話、1人リモート会議)
後者が混ざると、会議室の稼働が上がる一方で、短い用件の居場所がなくなります。
その居場所がないままだと、執務席で通話や小さな相談が始まりやすくなり、周囲から不満が出やすくなります。
ですので、手順としては、会議室の室数を検討する前に、短い用件を扱う場所(オープン/ハドル/ブース)を先に決めます。
5-3.数量は「執務席数」を基準に決めます(目安)
坪数基準だと幅が出すぎるので、執務席数を基準にします。ここでは目安を示します。
A)執務席25~35席くらい
- 会議室:2室
迷う場合は「8席+6席」を基本の組み合わせにできます。用途を分けやすく、仲介会社にも説明しやすいです。
- オープン:4~6席
短い確認・立ち話の場所として最低限必要です。
- ハドル:1か所(2~4席)
オープンでは落ち着かない打合せの受け皿として有効です。
- ブース:0~2台(導入する場合)
通話・リモート会議が多い業態を想定する場合に検討します。
B)執務席15~25席くらい
- 会議室:1室(6~8席)
- オープン:4席
- ハドル:必要なら1か所
- ブース:通話が多ければ1台
C)執務席35席超
この規模でも、会議室を増やすより、短い用件の場所を厚めにするほうが日常は回りやすいです。会議室は「本当に必要な会議」に使い、短い用件は別の場所で扱える状態にしておく、という考え方です。
※この節は、付表から「会議室2室の比率」「オープン席の席数レンジ」などの数字を差し込めます。数字は本文の主張を補強する役割に留めれば十分です。
5-4.配置で不満が出やすいパターンだけは避けます
数量が妥当でも、置き場所で不満が出ます。特に避けたいのは次の点です。
- オープンを執務席の中心に置く
小声でも会話は気になりやすいです。動線側に寄せる、距離を取るなどの工夫が必要です。
- ハドルを「会議室の代わり」として扱う
遮音や機密性は会議室ほど確保できません。用途は最初から限定しておく必要があります。
- ブースを入れたのに、熱・換気・反響が弱い
これだと使われなくなります。導入する場合は、換気・熱だまり・照明・反響・置き場所を先に押さえます。
5-5.運用ルールは「最低限だけ」明記します
よくある失敗は、空間だけ用意して、使い方を何も決めないことです。
一方で、細かい運用ルールを大量に作るのも現実的ではありません。最低限、次だけ明記しておけば十分です。
- オープン:短時間の確認・立ち話を想定します
- ハドル:2~4人、10~30分程度の打合せを想定します
- ブース:1人の通話・リモート会議を想定します
- 機密性が必要な会話、来客、長時間の会議:会議室で扱います
これだけでも、入居後の使われ方が想定から大きく外れにくくなります。
第6章:セットアップ・オフィス投資の回収をどう考えるか
第4章・第5章では、会議室と周辺スペースの仕様をどう組み立てるかを整理しました。
ここから先は、もう一段現実の話をします。つまり、「その仕様にいくらまで掛けられるのか」「その金額をどう回収すると考えるのか」です。
先に結論を言うと、賃料プレミアムだけで回収を組み立てると、内装に使える金額はすぐ頭打ちになります。賃貸オフィスは、通常、2年賃貸借契約なので、当該賃貸借契約期間内での回収と考えると、なおさらです。だからこそ、回収の考え方を整理しておく必要があります。
6-1.賃料プレミアムは“幅を持たせた前提”として扱います
セットアップ・オフィスの賃料は、エリア・築年数・階・募集時期・内装の状態・什器の有無などで条件差が大きく、同条件の比較が難しいです。
実際の賃料データで賃料プレミアムを算定するのが難しいので、意思決定に必要な整理として、賃料プレミアムの前提として幅を持たせて設定します。
ここでは次の前提で試算します。
- 通常の賃貸オフィス→ハーフ・セットアップ・オフィス
+2,000~5,000円/坪
- ハーフ・セットアップオフィス→フル・セットアップオフィス
+2,000円/坪
- したがって通常の賃貸オフィス→フル・セットアップオフィス
+4,000~7,000円/坪
6-2.「2年で回収、利益3割」の場合、内装に掛けられる上限が見えます
面積をA(坪)、プレミアムをP(円/坪)、回収期間をT(年)、目標利益率をm(例:30%→0.3)とすると、投下できるコストの目安は次で整理できます。
- 投下できるコストの目安≒A×P×12×T÷(1+m)
30坪、回収2年、利益3割(m=0.3)で当てはめます。
通常→フルのプレミアム(P=4,000~7,000円/坪)なら、
- 月:30坪×4,000~7,000円=12万~21万円/月
- 年:144万~252万円/年
- 2年:288万~504万円
ここから利益3割を確保する前提で投下できる金額を見ます(÷1.3)。
- 288万円÷1.3≒221万円(約7.4万円/坪)
- 504万円÷1.3≒388万円(約12.9万円/坪)
つまり、2年回収を前提にすると、セットアップ・オフィスの内装工事に掛けられる金額は概ね「坪7~13万円程度」になります。
6-3.賃料プレミアムだけでなく、「空室期間」の短縮も勘定に入れることができます
賃料プレミアムが上がるかどうかは、外部条件の影響も受けます。そこで、もう一つの見方として「空室期間」の短縮も勘定に入れることができます。
空室が1か月短くなる効果は、面積A(坪)と通常賃料R(円/坪)で次のように整理できます。
- 空室1か月短縮の効果≒A×R(円/月)
たとえば30坪で、通常賃料が15,000円/坪なら、
- 月額賃料:30×15,000=45万円
- 空室1か月短縮:45万円
- 空室2か月短縮:90万円
この金額は、賃料プレミアムとは別に効いてきます。
したがって、回収を考える際は「プレミアムがどれだけ取れるか」だけでなく、「決まるまでの月数がどう変わるか」も並べて見ておく必要があります。
6-4.2年賃貸契約でも、回収を“2年で終わる話”にしない考え方があります
2年賃貸借契約を以て、1テナントの賃貸借期間で投資回収を完結させようとすると、どうしても厳しい数字になりやすいです。
ただし、セットアップ・オフィス投資は「毎回フルで作り直す」前提は必ずしも当てはまらないと言えるかもしれません。
次回募集で再利用できる内装・什器がどれだけあるかによりますが、会議室の間仕切りや造作、床・照明、什器の一部などが、次のテナント向けのセットアップ・オフィスにも使えるなら、次の募集に向けては、全面的な作り直しではなく、補修と調整で済ませられる範囲を見極めることができるかもしれません。
もちろん、引き渡しのたびに手入れや手直しは必要です。壁や床の部分補修、什器の入替、傷や汚れの手当て、設備の点検など、一定の費用は見込んでおくべきです。
それでも、再利用できる部分が残る前提に立てるなら、「2年で必ず全額回収しなければならない」という見方から、現実に近い回収の考え方に移行できるかもしれません。
結び:セットアップ・オフィスは「オフィス内装の提案」じゃなく「オフィス移転の意思決定」を前に進める仕組み
働き方が多様化し、オフィスの解も会社ごとに異なっているのだと思います。もしかすると、理想的な最適解そのものが存在しないのかもしれません。
こうした状況の中で、貸主が一定の仕様を決めて提供する「セットアップ・オフィス」がなぜ選ばれるのか。その理由を考えてみたいと思い、このコラムを執筆しました。
さまざまな論点を取り上げて検討してきたつもりですが、結論は簡単には定まりません。むしろ、はっきりした答えが見えない、と言ってよいのかもしれません。
それでも敢えて言うなら、論点は、テナントにとっての理想のオフィス・レイアウトではなく、オフィス移転にあたって「テナントが、どう決めて、いつまでに入るか」という点に寄っているのではないでしょうか。
働き方が多様化し、望ましい形が一つに定まらないのであれば、「空間設計の問題」を突き詰めること自体に意味がないとまでは言いませんが、必ずしも効率的ではありません。もう少し実務的に、「意思決定と段取りの問題」として捉え直した方がよい場面が増えている、ということなのだと思います。
テナント側の事情は複雑で、かつ流動的です。人員増減、組織改編、採用の波、在宅比率の揺れ、部門間の権限、セキュリティの考え方など、前提が動き続けます。
そのためオフィスは、「一回作って終わりの完成品」ではなく、入居後も前提や状況が変わる中で運用し続ける対象になっていると言えます。
具体的には、人が増減して執務席の配置が変わります。会議室を含む社内の打合せスペースの使い方も変わります。情報システムの進歩に伴い、機器・配線やゾーニングの考え方が変わることもあります。
いまのオフィスは、静態的な「設計の完成度」だけを目指すのではなく、変化に合わせて運用し続けられるかどうかがポイントになっているのだと思います。
加えて、外部条件もオフィス移転の意思決定に影響します。工事費の上振れ、職人手配や工程の読みづらさ、機器調達のリードタイムなどです。こうした不確定要因の振れ幅が足元で大きくなっており、テナントは理想のオフィス環境を詰める以前に、スケジュールと予算の制約の下で、移転をどう成立させるかに焦点を置かざるを得ない状況になっています。
この結果、テナントにとっての優先課題は、「理想のオフィス内装を作れるか」ではありません。
決定すべき項目が多い、関係者が多い、期限が近い——この三点が立ち塞がる中で、プロジェクトとして実行できるかどうかが最優先になりやすい、ということです。
セットアップ・オフィスの提案は、この状況に対して一定の解決策を提示しています。
セットアップ・オフィスの提案により、貸主は、各社(テナント)に共通しやすい前提条件を先に用意し、議論の「初期状態」を整えることができます。
具体的には、次の二点に整理できます。
- まず「働ける状態」を先に成立させています。これにより、テナントはゼロから設計を始めずに済みます。
- その上で、会社ごとに差が出る部分については、テナントが後から判断できる余地を残します。運用やIT、細部の整え方は、各社が自社に合わせて決める前提です。
この整理ができると、テナントは「自社固有で悩むべき論点」に判断資源を集中できます。
したがって、セットアップ・オフィスは単に内装を提供する仕組みというよりも、オフィス移転における意思決定の範囲を整理し、前に進めるための初期条件を提供しているものとして捉えた方が、実態に即していると言えます。
また、オフィス移転の現場では、すべてを文章だけで説明して社内の意思決定をまとめることは難しい場合が多いです。そのため、図面、写真、イメージ、仕様の見え方をセットで示すことが求められます。社内合意に必要なのは、まず具体的なイメージです。
さらに、セットアップ・オフィスとして「実際に用意された状態」には、イメージ提示だけでは代替しにくい効力もあります。同じ図面やパースを素人が見ても、受け取り方は人によって揺れやすいものですが、実物があると解釈のブレは小さくなります。
また、社内で意思決定した後に「そこから設計・調達・工事を始める」というプロセスを丸ごと抱えずに済むため、入居までの段取りを現実に即して組み立てやすくなります。
その結果、次のような論点も説明しやすくなります。
- 経営には、「この移転で何が手に入るのか(期間・費用・立ち上がりの確度を含む)」を示します。
- 現場には、「どのように働けるのか(席配置・会議の扱いなどの運用イメージ)」を示します。
- 情報システムには、「どこまでが前提として用意され、どこからが自社判断になるのか」を示します。
一方で、リスクもあります。
セットアップ・オフィスとしてあらかじめ用意されている分、テナント側の「当然ここまで入っているはずだ」という想定と、実際の仕様との間にズレが生じることがあります。
このズレは、後からの微調整で解消できる場合もあります。しかし“軽い手直し”では済まない場合、追加の手配が必要になったり、関係者間の調整が増えたりして、セットアップ・オフィスのメリットを打ち消す方向に働くことがあります。この点を甘く見ると、意思決定の後に余計な負担が発生しかねません。
大事なのは、セットアップ・オフィスの個別仕様について延々と検討を繰り返すことではありません。
テナント側の関係者それぞれが、頭の中で「最初から前提として固定されている部分」と「自社の判断で変える部分」を分けて受け止められる状態を、早い段階で作っておくことです。これができると、期待値のコントロールが可能になり、現実的な合意形成につながります。
最後に残る問いはシンプルです。
このセットアップ・オフィスが提供している初期状態は、テナントがオフィス移転を前に進めるうえで、現実的な出発点になっているでしょうか。
「誰にでも合うもの」は難しい以上、どのタイプのテナントの意思決定を進めやすくする初期状態なのかが、説明できる形で用意されているでしょうか。
セットアップ・オフィスの価値は、ここで決まると言えます。

セットアップ・オフィスのイメージ図

セットアップ・オフィスのイメージ図

セットアップ・オフィスのイメージ図
執筆者紹介
株式会社スペースライブラリ プロパティマネジメントチーム
飯野 仁
東京大学経済学部を卒業
日本興業銀行(現みずほ銀行)で市場・リスク・資産運用業務に携わり、外資系運用会社2社を経て、プライム上場企業で執行役員。
年金総合研究センター研究員も歴任。証券アナリスト協会検定会員。
2026年3月2日執筆
